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歯医者
主名は虫歯がたくさんあるんですが、なんとなくやりすごしてます。

でも昨日からそのうちの1本がずっと痛み出したので、抜歯覚悟で本人の希望で今日は朝からジェネラルホスピタルに行きました。

9時から行ったんですが、12時前になってようやく順番がまわってきて観てもらったんですが、
プッタパルティに住んでるという理由で、削って詰めるだけの主名の治療も後回しにすることにしたらしく、
2日分の痛み止めの薬だけくれて、次回の予約を取って帰ってといわれたので、
2時間半待って、予約だけとって帰るのか、、、まあ、しょうがないか、と待ってたら、

歯医者と患者の間のこまごましたことをする男性が、次回の予約日時を持ってきて、

「じゃあ、来月来て」
と言ったので、わたしは心底驚いて

「来月~~!??ほんとに????え~~~~~~????」

と、心底驚いた気分そのままに大声で発言したら、

その男性は
「ちょっと待って、、、」
と、また治療室の中に入っていって、出てきて、

「今日の午後2時とか2時半とかに来て」

と言ったので、
ずいぶん早くなったなと思ってジェネラルホスピタルを後にしました。


で、ウエスタンキャンティーンで昼食を食べて子供に歯を磨かせて、
またすぐに2時ごろにジェネラルホスピタルに行きました。


やっぱり午前も来てた女性が1番に来て待ってて、わたしたちは2番目でした。

もう、眠くて、うとうとしながら待ってたんですが
全然順番がまわってこない。

係りの男性は後から来た人達をどんどん先に案内して、
「みんなが終わってからだからちょっと遅くなるからね」というんだけど、
次々患者が来るので全然終わらずに、
わたしたちは1番目のポジションで待合のイスに座りつつひたすら待たされてました。

先に来てた女性は1番に治療を受けてさっさと帰って行きました。


開閉するドアの向こうで、案内する係りの男性がこっちを見てるものの、
一向に案内されない。

そのうち、今日勤務していた歯医者の一人の男性はジェネラルホスピタルに歯医者に採用される前から奥さんともども個人的な知り合いだったのですが、彼が何かの用事で待合場所に出てきたときに、
わたしたちを見て、自分ももう終わるし、彼女(別の歯科医)が主名を観るからね、と、声をかけてくれました。
時すでに午後3時。
わたしはなんか本気で具合が悪くなってきてました。
病院苦手なので。

彼が中に入って何か言ってくれたみたいで、係りの男性が呼んでるのか呼んでないのか分からない感じでわたしたちを呼んで、ようやく順番がまわってきました。

入ってからも歯科医の彼はリラックスさせるような言葉を色々かけてくれました。

うーん、彼が気を使ってくれてる様子や状況からしてやはり理不尽に待たされてたような気もしないでもない。
朝に後回しにされた時点で多分なんか巧妙に理不尽だったんだろうとおもう。


歯科医のこの彼の、人物なことよ。
やっぱり歯科医の奥さんも超美人だし歌やたらうまいし。


主名の治療は、
麻酔なしでチュイ~~~ンと、削って、詰めて、所要時間は10分~15分といった所でしょうか。


これを、なんで朝にやってもらえなかったか、とちょっと思いましたけど、
とにかく終わったんで、お礼を言って帰りました。


いろいろあるんですよね。

インドではまだ医者は権威者そのものだから、
治療方針に従わない=エゴイストとみなされるという。

わたしは基本的に医者を医者というだけでは丸ごと信用できないので、
というか、盲目的に信用して泣きを見るのは自分なので、
そこらへんはみんなそうだと思いますけど、信用したり、しなかったり。

私も歯は弱くって、歯医者がよいばかりですが、
ジェネラルホスピタルの歯医者とはどうも相性が合わないというか、
ジェネラルは基本的に緊急の患者を治療というかんじがあるから、
細やかなものはあまり求めるほうがおかしいんですが、

以前、差し歯がぐらついたので再接着してもらおうと思って行ったら、
成功率20パーセントの骨を削る手術をして、それが失敗したらインプラントをしましょう、
と、恐ろしく無表情な月1回ジェネラルに来るスペシャリストに言われ、
他のそのときそこに居た歯医者たちは「なんてラッキーなこと!!」みたいに浮かれてたんですが、

わたしの口の中を直接見もしないそんな恐ろしいスペシャリストに失敗手術をされるのはイヤだ怖いと
拒否ったこと、

主名の虫歯を1本抜いてもらおうと行ったらまず隣の歯を抜かれたので、
驚いて、違いますよ!と言ったら、
歯医者は隣近所あわせて4本抜くつもりだったみたいなので、
本来抜くつもりで来た歯だけを抜いてもらって終わりにしたこと、

そんなこんなで
わたしを超エゴイストな、なんかひっかかる患者と思ってる関係者が数名いるかもしれない。
わたしの被害妄想かもしれないけど。笑。

で、微妙に関係者サイドに近かったり変に対等な感じでつながりがあったり、
でも私たち自身は何も権威も栄光もなかったり、なんとなく貧乏くさかったり?みたいに直接友好関係にない関係者からするとなんかとっても微妙な存在形態。




別にだれになんと思われようといいけれど、
無料じゃなくていいから、プッタパルティにももっとたくさん個人開業のいい歯医者がいればいいなとつくづくおもいました。



バンガロールやアナンタプールに歯の治療に通う人も多いし。


わたしも差し歯を作り変えたいけど、プッタパルティではできない。
けど、バンガロールに通うのもたいへんなので、
いい歯医者がプッタに来て開業するのを待ってます。


おかげで主名の歯の痛みは治まったようです。

歯の痛みはほんと悪魔の仕業としか思えないからね。


歯の痛いのがおさまったのはほんとによかったです。

しかし今日はこんな風に朝から丸一日病院で、心身ともにぐったり疲れました。



夕方からは雷鳴とともに雨がしとしと降り続いていました。

この酷暑なはずのこの時期にこんなに涼しいなんて、というかんじです。
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テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/04/20 04:29】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
シュナの熱
昨日の夜はシュナはまだ熱は高かったものの、一回も起きずに朝まで熟睡していました。

赤ちゃんのときなど、熱が出たら泣きっぱなしで乳くわえっぱなしで、わたしにとっても地獄の出現だったのですが、6歳にもなると熱が出ても泣かずにふーふーいうだけなので実に平和です。

昨日熱を測って、38度6分とかそんなんで、「まだ熱あるよ」とシュナにいうと、シュナは
「ぼく、死にかけてるん?」
とかいってました。
「ぷぷぷっ」と笑いをこらえて、と言うか、笑っちゃいましたけど、
「まだまだと思うよ」と答えました。

そういえば、子供のころって、気楽そうにみえても何事に対しても真剣、というか、深刻だったなあ、と思いました。

朝になると、熱が下がったような感じでしたが、はかってみると、まだ37度9分ありました。
なのでまだ自宅静養です。

朝ごはんのおかゆに入れる大根を買いに外に出たついでにアシュラムをのぞいてみました。
9時過ぎで、バジャンの時間帯なのに、やけにシーンとしてるなあと思ったら、マイクをオフにした状態でバジャンが続けられていました。

ババが来てたようには思えなかったのですが、来てたのかもしれません。
今もう10時過ぎですが、まだアルティも聞こえないし、インタビューが続いているのでしょうか?

ガネーシャテンプルの前でシュナと同じ学校にいってる子供とお母さんと妹に会いました。
シュナにと、シュナの友達は駄菓子屋のおもちゃみたいなのをくれました。

その子の妹も、その子のいとこの子供も、昨日熱出したそうです。
なにか大きなエネルギーが来てるのかもしれないなと思いました。
アティルッドラマハヤグニャの初日にシュナがホールで吐いて、その日の晩熱を出し、ババの小学校の子供たちの多くも熱を出してみんな自宅に帰らされたように。

しかしシュナが熱を出したらわたしもなにか一緒にちょっとすっきりしたような感じはあります。

部屋にじっとしておれるのも実にいいものです。
シュナが元気だととにかく外出したがるから忙しいので。
【2010/03/09 13:40】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
おなかいた
おとといの夜から主名がおなかを痛がってて、でも、踊ったり遊んだりしたら忘れる程度だったので気にしてませんでした。

しばらくサウスで食べてて、おとといの夜に久しぶりにウエスタンで食べたのが原因じゃないかと思います。
多分重かったんじゃないかと。

でも今朝は「病院にいきたいー」というので、時間の無駄じゃないかと思いましたが連れて行きました。

小児科では「原因なし」で、痛み止めの薬だけ処方されました。

まあ、ジェネラルホスピタルって、肺炎も腸チフスもそうと診断せずに帰すところみたいですし?
やはりなという感じで、様子を見てます。

薬は甘かったみたいで主名はうれしかったみたいです。

多分、消化不良の胃もたれとガスとかそんなだと思います。
ここ数日おならばっかりしてますし。
【2009/09/16 15:13】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
抜歯
今日は主名はジェネラルホスピタルで末期的な歯を2本抜きました。

知り合いのインド人歯科医夫婦がジェネラルホスピタルで試験的に働いてて、私らが部屋に入ってしばらくするとその夫婦が戻ってきました。

どうも、ババの許可が下りて、本採用されたそうで、感動して涙ぐんでいました。

しかーし、そこに主名の抜歯で、本採用早々、難しい患者!
前歯への注射で恐怖のあまり、泣き叫び空中に足を蹴り上げる主名。

いったん外に出て、私と主名が話し合って(今日歯を抜いたらおもちゃ買ってあげるから)また部屋に入り、4人の歯医者になだめすかされたり恫喝されたりしながらなんとか2本の歯を抜きました。

主名と私としては一本のつもりだったんですけど、先にそのつもりがなかった歯を抜かれたので、合計2本抜いてもらいました。
さすがジェネラルホスピタル。うわさどおり。

しかし、おもちゃ買ってほしさに主名は恐怖を克服してよくがんばりました。
最近、捨てたりあげたりするばっかりで、新しいのはぜんぜん買ってなかったので。
そんなに、買ってほしいんかー、と思いました。
おかげで助かりました。

抜いた後はけろりとしたもので、主名は会う知り合いごとに「きょう、はぁぬいたん。すっごい泣いた」と報告しまくり。よかったですね。
【2009/06/21 01:26】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
歯の治療
昨日ジェネラルホスピタルの歯医者に主名をつれていって、前詰めてもらった前歯の穴のセメントが取れたので詰めなおしてもらおうとたのですが、歯医者さんはもう詰めるのはしない、抜いていい?とかいいました。
ちょっと考えますといって即答しなかったんですけど、多分、偉い歯医者が来てて、その歯医者のムードや方針で、主名担当の歯医者さんも方針を強固なものにしたんだと思います。
なんか、態度が今までと違ってたし、その、ほかの歯医者の意識で主名担当の歯医者さんがうごいてるふうに感じたので。
今までは謙虚で明るくて、毎回おもちゃをくれたんですけど、今回は違ってました。

ついでに、私の差し歯、3本分つながってて、中の一本は欠損なのでブリッジしてるやつが、一週間ほど前に強く噛んでから少しうごくので、外して付け直してもらおうと軽く思って、見てもらいました。

最初主名担当の歯医者さんが少し見て、それから別の歯医者さんに代わりました。
主名担当の歯医者さんは一番のペーペーだということが判明。
だから腰が低かったのか。。。その治療態度を見て、これぞ奉仕、と、感動したのですが、
だんだん権威を身につけて横柄になっていくものなんですね。。。

その,代わってくれた歯医者さんに歯をチェックしてもらってるうちにもう帰りたくなりました。
あちこちぶすぶす刺して痛いし。

今つけてる差し歯は日本でいい先生に丁寧に作ってもらったやつなので壊してほしくなくて、
「これは壊さないでください」とか言いました。

部分的なレントゲンを撮って、さらにいつもはいない権威のある歯医者がそこにいたのでさらにその権威のある歯医者の指示を仰いだようでした。

すると、レントゲンによると歯の根元が膿んでるから、歯茎を切開して骨もなんかして、膿みを出してきれいにして薬を詰めて、それで治療の確立は30パーセントだとか言われました。

それで直らなかったら(つまり70パーセントの確率で)もう、歯を抜いてインプラントをする、といわれました。

なんかもう、全然信用できなくて、医者の顔と態度が。
絶対いや、と思いました。
もしその治療方針が適切でもこの医者には治療してほしくない、という。
それを想像するとすごい恐怖が襲ってきました。

その手術はすぐにはできないから、やるなら明日の午前に来てくれ、そしたら部屋の掃除とかをして午後に手術をするからといわれました。

その時点で絶対行かない、と思ってたので、2番目の医者に「私は来ないかもしれません。すっごい怖いから」と言ったら、その医者は「怖い?何が怖い?その傷は?」とか聞いてきました。
「14年前にバイクでこけた」とか答えて「医者は「ああ、それが差し歯の理由だね」みたいにどうでもいいことを言っていました。

なんか、今回、ジェネラルホスピタルのどの歯医者も信用できなくなりました。
ここはサイババの権威で動いてる場所ですから、権威嫌いなら、いるべき場所ではないのかもしれないのですが。

しかし、なんせ私は素人なので、自分の拒絶感はエゴかも?とか思って、オペを受けたほうがいいのか?ただだし。とか思って、日本に連絡して今日の午後のオペを受けることの吉凶を易で調べてもらいました。

結果、凶。やめたほうがいいと。
あ、よかった。
なので行きませんでした。
自分の感覚はいつも正しいのでした。
【2008/07/04 14:52】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(3) |
土曜は主名の抜歯のために病院に行ったのですが、医者が10時半に帰ってしまったらしくて、2時にまた来てと言われ、2時過ぎに行ったら今日は掃除だから午後はないといわれ、月曜の朝に来てと言われました。

何せ暑いので、、あんまり外をうろうろしたくないです。

マハシヴァラトリのためにアシュラムに来る人が徐々に増えてきました。
去年マハシヴァに一緒に並んだ母子に話しかけられたけどこっちは忘れてて、しばらく話してやっと記憶がよみがえってきました。

先週はサリガマパダニサのミュージッククラスにフル参加しました。
今日の日曜だけヴェーダクラスです。
サリガマ♪でぱんぱんだったのでヴェーダぜんぜん練習できてないです。
昨日の夜中に一夜漬けで練習しました。
スーリョウパニシャッドです。
練習と言うより、テキストを自分が見やすいように書き直しました。
テキストと音源さえちゃんとあればヴェーダは簡単と思いますが、
それがきっちりそろってないので練習までに何段階かの手間を経る必要がある場合が多いです。

サリガマパダニサもいいけど、やっぱりヴェーダを唱えると空気の整い方がまるで違うのを感じます。
主名とアニメのDVDを見たあとに一緒にヴェーダを少し唱えたりなんかしたときにはそういうのをよく感じます。
ぎゅうっと空気が濃縮されてミルクがバターになります。
【2008/02/24 17:42】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
10月22日ホメオパティックメディスン
10月22日ホメオパティックメディスン

こないだ夢でババに、主名はスキンプロブレムがあるからホメオの薬を飲ませるようにいわれたので、
チトラバティーロードのホメオの薬局兼病院にいきました。

喘息の症状が出てたので、まずそれを言ってその薬を出してもらって、
で、今はあまり問題ないんですけど、皮膚のアレルギーが以前あって、それの薬もほしいんですけど・・・。
と言ったら、医者は
「ん?後で出てくるかもしれないけど出た時でいいんじゃない?
誰が言ったの?ジェネラルホスピタルの医者?」
と言ったので、
「わたしは今は彼はスキンプロブレムがあるとは思わないんですけど・・・。」
「スワミが夢で、『彼(主名)はスキンプロブレムがあるからホメオパティックメディスンを使いなさい』と言ったので」
と横にかけてあったサイババの写真をちらちら見ながらためらいがちに言おうとしたら、
医者は私にみなまで言わせず、
「ホメオバティックメディスンを使うように言った!」と最後の部分を先取りして自分で言って、
ぱっと何かに気がついたように
動きがすばやくなってすぐに処方箋を書いてくれました。いそいそというかんじで。

わたしは認識を新たにしました。
「あぁここはプッタパルティ・・・!サイババ王国!」

薬局で薬をつくってもらって代金を払う時に、薬局の人が
「OOルピーが、薬の代金です」と言ったので、
「あの~、診察料は?」と聞くと
「As you like.」とか言われたので、
え~?そうだったんだ~?前回診察料払わずに帰っちゃったよ!と思って、
1回1人100ルピー合計300ルピーを診察料として払いました。
(ちょっと多いとは思いますけど)
サイババがホメオパティックメディスンを主名に飲ませるように言ったのは
ここの病院の前回の分の診察料も払うようにということでだったりして。

歯医者もそうでしたけど、プッタパルティの一般の医者はサイババの病院がが無料だしか、
診察料を取ることに積極的じゃないので払いそびれそうになります。
でも、なんか、あの医者はいい医者だったんだなあと思って感動しました。

わたしがヴェーダを無料で教えたりしてるのを知って感動したとかいうひとも
時々いましたけれど、私程度だと初心者・入門編しか教えれないし、
私が教わった時もあたりまえのように無料で教わって、しかも先生から色々もらうほうが多いくらいですから。
一方医者は大学行ったりして元手がかかってるはずですから、なんだかとても感動しました。

なにがいいって、ホメオの飲み薬はみんなおいしいのがいいですね。
【2007/10/27 14:21】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ぜんそく
昨日から主名はぜんそくがひさびさにきつく出てて、
昨日の夜に雨になったからだと思うんですけど、
(雨の前に発作が出やすいみたいです)

今日はそういうわけで学校は休ませて朝からジェネラルホスピタルに行きました。
小児科の待合のイスのところでお母さんに抱っこされてるあかちゃんが派手にはいて、でもみんな見てたから、
セバダルをよんで戻ってみたら主名もつられて吐いてました。

すぐ順番がきたからおいといて診察室に入って診察をうけたら
セバダルが「自分できれいにするべきよ!」と、診察室に来て
ちぎった新聞紙を2枚さしだして言ってきたので、
「今!?」と、半分キレて言ったら医者がたぶん、
掃除の人をよんで始末させなさい、とか言ったようで、
そのセバダルはひっこみました。

日本の医者でもらって毎日飲ませてる薬とかみんな持っていって見せたんですけど、
医者はそれはそのままぜんぶ飲ませといていいよ。
自分はこれはわからないから。とかいうので、
こわいから飲み合わせがやばそうなのは自分で飲ませないようにしました。

主名は吸入と注射をうけて、
手の甲に最初医者が丁寧に注射しようとしたら主名は予想外だったみたいですごいびっくりして、
もう針が手の刺さってるのにすごい勢いで抜いて払いのけたので
注射をしようとした医者も私もびっくり仰天しました。
で、医者はさっと主名のおしりを出してぶすっとさしたので
主名はぎゃーぎゃー泣きました。

ヤグニャは今日はババが会場からダルシャンホールに移動するとこを外から見たり、ダルシャンホールをイスで回ったのを外から見たりしました。
昨日とかは主名が学校に行っててくれたので一人で楽にヤグニャに行けたのですが、
やっぱり子供をつれてると大変というか、
子供にばっかり気が行ってます。

主名が学校に行ってる間、一人でぼうっとできる時間ができてよかったんですけど、その楽さを思い出してしまうと逆に、主名が帰ってきてからの時間がすごいきつくかんじます。
24時間どころかずうっと一緒だったら麻痺してもうしんどいとかわかんなくなってるんですけど、
一人の軽さを思い出してしまうともう、子供をつれてるのがきつくつて。
そういうわけで気圧の変化とかあると思いますけど、
今日はやたらと疲労して、午後は4時間昼寝しました。

午後はババは6時前に車椅子で来て、6時くらいに音楽プログラムが始まって
7時くらいに終わりました。

明日はダサラの最終日です。
去年はガネーシャゲートがしまっててアシュラムの中にすら入れませんでした。
去年はダサラ期間中は主名が転んで後頭部を4針縫ったんでしたっけ。
今年はこないだきつい風邪を主名も私もしたので前もって浄化されてて
喘息くらいですんでるのかなあ、と。
【2007/10/21 00:21】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
通院
今日はすでに土曜日ですが、こないだの木曜日はまた病院に来るようにいわれていたので行きました。
私と主名と同じような症状なのに主名の方が薬の種類が少ないなあと思って、きっと主名には出してない薬があるんだろうと思って、
主名の診察の時に「黄緑色の鼻水」を強調して言ったら、
「熱が下がってるときは普通は処方しないんだけど」
といいつつ、医者は、やっぱり私にあって主名に無かった薬を出してくれました。

この日は確かシルディサイババの誕生日だったと思うんですけど、特別盛り上がったようにも思えませんでした。
人はなんとなく多かったですけど。
シルディサイババの誕生日って、あんまり重要視されてないんでしょうか?

薬を貰うとき、主名の咳の薬は入れ物持参じゃないと渡さないといわれて、また来いといわれました。
でも、またで直すのもいやだったし私も病人だし、その場でプリーズプリーズと粘ったら窓口の仕事が進まないしくれました。
ほかのインド人とかはどこかからペットボトルを調達したりしてきて、それに入れてもらっていました。
ああゆうの不衛生じゃないんでしょうか。
プラスチック容器なんかいっこ1ルピーもしないでしょうに、それくらい予算に組み込んで用意しておくことくらいしてもいいように思うんですけれど。
ちなみに私の咳止めシロップは外の薬局で買ってといわれて買いました。
完全に無料、じゃないですよね。
貧乏そうな人には窓口で咳止めシロップもわたすのかなあ?

歩くのがしんどいからサイクルリキシャでキャンティーンへ往復したりしています。
でもそろそろ体調も元に戻りつつあります。
【2007/09/29 17:03】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
インフルエンザ?
先週の水曜日くらいからの主名の微熱に始まって、この一週間くらい、
二人とも時には39度台の熱を出していました。

日曜には私は治ったと思って、主名も調子よくなったように思えたので、
バジャンだけでも行こうかと思って5時くらいに連れて行ったらすごいたくさんの人で
びっくりしました。

その日はそれから劇や踊りをやっていて、ババはまた衣類をプレゼントしていました。
金ぴかの箱に入ったいかにも価値のありそうなプラサードはこちらまではあたらず、
でも主名が欲しがるし、ババが帰った後に人だかりのしているところで
まだ配ってるのかと思って行ってみたらそうじゃなくて、
床にオームの文字が現れたということでみんなが我先に触ろうとしている現場でした。
たしかにきれいにオームの文字がありました。

その後ジュースを飲んでからアウトサイドのおばあちゃん先生のところに行って
「風邪をひいてるので今日は休みます」と言ったころには
治ってたはずの自分の調子がすごい悪くなってしまっていて、
ガネーシャゲートをくぐったらもうだめで、ガネーシャテンプルの裏の段差のところに
座ったきり動けなくなりました。

激しく咳き込んだらお腹がつって、息が出来ない、と思った後は過呼吸みたいなのになってもうぼろぼろで。
いろんな人が入れ替わり立ち代りきてくれて
コーヒーやビスケットを持ってきてくれる人がいたり
「お金が必要なの?」とそっと聞いてきてくれる人がいたり!
立とうと試みても力が抜けちゃっててだめで、30分くらいは動けずそこにいたと思います。
水も持ってきてもらって1リットル半くらい飲みました。

結局、知り合いのドイツ人が来て、座ったままでしばらくしゃべってるうちに
行ける気がしたのでキャンティーン帰りの彼女もひき返してベビーカーを押してついてきてくれて、
(実際はベビーカーを押してくれる彼女についていって)キャンティーンに食べに行きました。

その日の夜はこんなに具合が悪くなったのは久しぶりで小気味がいいほどというかんじでした。
これは神そのものではないか?というくらい。
主名もまた熱が出たので熟睡も出来ず。

翌朝また様子を見に来ると言ってくれてたドイツ人の彼女を待ってから
主名と二人でさすがにもうジェネラルホスピタルに行きました。
もう、自力で治るの無理。とあきらめて。

しかし前日の夕方まではさかさか歩けていたのにガネーシャテンプルのところで
がっくりと座り込んだ時にまるであらゆる力も落としたみたいにその後完全虚脱状態で、
自分は熱にはかなり強いという自覚があったのですがもうそれも言えない感じです。

病院では先に私が西洋人の医者に診てもらいました。
血圧がすごい下がってる、とのことで、
実は普段からすごい低いんですけど
(日本の医療機関で冗談で「ご臨終というかんじ」などと言われたことも)
多分それよりも下がってたと思います。
わたしはもう力がまるでなくなってたのでちょっと点滴でもうって欲しかったんですけど、
それはなく、私も言い出せず。
しかしインドでは西洋人の医者はすごく信用できる風に思ってしまいます。
彼女はビタミン剤を含む5種類の薬を出してくれました。

その後小児科で主名を診てもらいました。
インド人の医者は「もう学校に行ってるの?」とか治療に直接関係ないようなことを
いっぱい聞いてきたので全部答えました。
主名本人が「ぜんそくでてない」「しんどくない」と言ってたので
「そうか」と思って、予防的に喘息用には貼り薬を貼ってるだけにしてたのですが、
医者いわく,すごく呼吸が速くなってて喘息が出てる、とのことだったので
病院で吸入してもらって、3日後にまた来るように言われ、
主名には2種類の薬を出してもらって帰りました。

ドイツ人の知人が共通の日本人の知人に知らせてくれて、その彼女が様子を見に来てくれたりもし、
一瞬で体力がゼロになった自分に驚き、西洋医学の薬の効き目に感嘆し、
普段接してる町のお店の人たちなどのちょっとしたサービスをうけ、
(八百屋の主名へのサービスのおやつにんじんが1本→2本。
チベットレストランでは持ち帰りの料理が出来るのを待ってる間にジョッキに入った生姜湯が・・・。)

体力ゼロになって見るからによぼよぼになってゆっくりしか歩けなくなって、
この体力ゼロ状態は自分こそが世話を受けたいと切望してたこと(ガネーシャテンプルのうらで
座り込んだ時に気づきました)の願望成就だなあ、と思いました。
そういうの、すごい求めてたなぁ~、これだ~、こういうのが欲しかったんだ~、と、
ガネーシャテンプルの裏で差し出されたコーヒーを飲んだときに思ったのでした。

主名は先に山を越えてるので、熱も先に平熱になり、部屋で遊んだり踊ったりしています。
でもまとまった距離を歩くのはまだしんどいみたいで、
今日の夕方散歩した時は二人とも途中でしんどくなってちょっと休憩したりしました。
学校にも行かずダルシャンにもバジャンにも行かずというのはたまにはいいものです。

すでに完全に日が暮れた夜に部屋で夕食を食べていると、主名が
「今日はいい天気やなあ」などと言い出したのでさすがに驚いて
「ど、どこが?」とまともに聞き返してしまいました。
「ほら、そこが」と、天井を指差して「太陽がまだでてるのよ」とのことでした。
続いて「ここは宇宙なん」「宇宙は気持ちいいねぇ」と、なんかすごい夕食になっていました。

食後は「主名、眠いからちょっと寝るわ」と、自分で横になって、
普段かけないかけ布団を自分で足の先から首のしたまでかけて寝ようとしたので
急いで歯を磨きました。

「さわこ、(私が寝たら主名が)布団かけたげるよ」
「さわこ、ちょっとだけお風呂はいっていいよ。いっぱいやったら主名待てれへんから」
「電気消さんといて。消したら怖いのが来るから」
とかいうのでキッチンの電気をつけたままでわたしだけ風呂に入って、
出てきたら主名はテーブルの足を両手でつかんですでに熟睡していました。
寝る時は手をつないで寝ることが多いので今日はテーブルの足をつかんで寝てたのかなと思います。

こんなに長引くとは思ってませんでしたけど、
先週主名が具合が悪くなった時に、今回のは甘えたい風邪かな、と思って、
特に甘やかすつもりでいました。
4日位したらいやになって
「あんた治る気あるの?明日までになおしてね」とか言ったりしてましたけど。
後半は自分が他の人にやさしくされるとは思ってませんでした。
表れ出たオーム文字の恩寵でしょうか。

主名はさっきまで招き猫のようなポーズで熟睡していました。
今、私が咳き込んだらポーズを変えました。

明日、木曜は病院に再度来る様にいわれた日なのでいく予定です。
インフルエンザはやっぱり流行ってるそうです。
大きな団体が来るたびに新しいタイプの風邪みたいなのが流行ります。
そしてこないだの団体は何日間か夜遅くまで通りを大騒ぎして練り歩いていました。
ああ、平安とは正反対だなあと熱で朦朧としながら思いました。
そして、ここ、プッタパルティは人間の住むところじゃないなあ、と。
わたしは今頃気がついてきました。

祭りはたまにだと祭りですけど、ここではしょっちゅうですし、カレンダーにない行事が
その間を埋め、そのたびに時には何千人もの野性味あふれる荒くれたような人たちがここぞとばかりにやって来て
大興奮して混乱して帰っていくという。

アシュラムの中に住むようになると逆に楽なのでしょうか・・・。
ゆれる部分を相当なくした状態じゃないと中には住めないのかもしれません。
外に住んで、たとえ逃げ腰でもアシュラムに関わり続けているだけで勝手に削がれていってる
部分はあるようには思います。
今回はアシュラムの中に住んでる子らも熱出したりしてたみたいですけど。

中に住んでる人で、すごーく優しい人がいるのも事実だと思います。
【2007/09/29 16:45】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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