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子供の教育とプッタパルティの学校計画
今日実家に電話して、おかーはんは私と子供をあんまり接触させたくない気持ちがどこかにあるのか、こないだもそうだったんだけど、

子供が日本でいかにみんなによくしてもらってるかとか、いままではインドでは栄養が足りていなかたっとか、そういうようなことをずっとしゃべってて、

おかーはんとしてはたとえ突発的な出来事(子供がありえない感じで長期ビザ喪失)としてでも、子供が日本で日本の学校に通うようになって本当によかった、自分の希望通りと思ってるんだと思いますが、

そんで、日本で子供の面倒見てくれて本当にありがたいと思っていますが、

前回も子供としゃべろうと電話したんだけど、おかーはんとしゃべって、あんまり日本にちょくちょく帰ってくることとか考えるなとか言われて子供とはしゃべれずに終わって、今回もそうなりそうだったので、

子供がいるのか聞いたらいたので呼んでもらって変わってもらいました。

ちょっとした声色とかで何考えてるかとかどういう価値観かとか伝わると思うんですけど、

子供はすでに母に「中学卒業までは日本で勉強するのだ」とマインドセットされてて、
誰かに聞かれたらそう答えてるみたいなんですけど、

だから、私としゃべって子供が里心がついて、インドの雰囲気に戻ることを母はどこかで良しとしない思いがあり、
なんとな~く、積極的にはつないでくれないような。

で、わたしは日本にちょくちょく帰ってくるとか考えないようした方がいいみたいに言われました。

ああ、いつものプチグル。子供の心を惑わすものから子供を守ってるつもりの正義なんだろうなあ。

可笑しいくらいどこでも同じパターン。

な~んでなんだ~~~ろ~~~~~?


何で私っていつもこんな扱いなんだろう?

しかしもちろん子供にかかるお金は送るように言われる。
そりゃ送るけど、嬉々として100万クラスののローンを組まそうとしないで欲しい。。。
なんかちょっと浮かれてる?

とりあえず「無理」と言っときましたが。

母不満そう。


私の人間関係、こういうパターン、ほんっと多すぎで。もうさすがに飽きてきた。
あれとは接触するな、でも必要なものは遠慮なくあれから取れみたいな。

何でいつもこういうパターン?

私の心は誰か守ってくれるのだろうか?

つーか、よっぽどだれからも心身ともに頑丈と思われてるんだと思いますけど。

何しても言っても絶対壊れなさそうとか思われるみたい。

だれかは私のことハチキンとかいったっけ。金玉8この。
確かに弟4人の上に君臨してはいたけれど。
そんなんじゃないと言ったらじゃあ7個くらいかといわれた。


ちょっとこういうパターン多すぎなので違うパターンにしたい。

どうしたらいいのかな?


で、子供も電話を代わったときは戸惑ってて、なんか母が子供に電話を変わるときの声色も私としゃべることに対して何か潜在意識に後ろめたさを強く感じさせるような、おおらかな態度とは裏腹の非難めいた感情を伝える声色としゃべり方なもんだから。(これを専門用語でダブルバインドと言うのでしたっけ。態度と言葉それぞれ逆のメッセージを送ることで混乱させて思考停止を引き起こし、身動きできなくさせて他人をコントロールするやり方)

で、子供はいまグルば~ば(おかーはん)の支配下なもんだから、そこから抜けられず、なんかその意思に従おうとする本能が出てくるんですよね。

手放しで私と接触できる感じじゃないような。
私に心を開いたらぐるば~ばが面白くないみたいだし、気持ちを損ねたくないなと、自然と思うように、自制するように仕向けられていると言う。

これを潜在意識コントロールと言うのだわ。

そしてそれが日本社会なのだわ。。。私無理。ぜったい。


まあとにかくそんなわけで子供はしゃべるのも最初のうちは「え~~~と、どうしよう」とかいってたんですが、

そのうちおかーはんが買い物に行ったらしく、

結局体育会のこととかだらだらしゃべって、体のこととか、学校のこととか、インドのこととか、
パンはパンでも食べられないパンな~んだとかいってきたり。
「フライパン」
「正解」
あと、パンダとパンツも正解らしい。そりゃくえんわ。

私はいまだに少し葛藤があるもんだから、
子供に、インドと日本とどっちがいいか聞いたら、「どっちでもいい」と、いつもの答えを言うので、

「ほんとはどっちがいい?」
と聞いたら「カードライス食べたいなー」と、インド食のことをいったりして、

最近ちょっとそんな感じで、マンゴーいいな~、といってみたり。

インドが懐かしくなってきたというより日本に飽きてきたみたいで。


でも、インドやったら、日本語の学校はあるけど(週1の)、プッタパルティはワラディスクールしかないやろ、
あそこでいいん?
と聞いたら「学校は日本のほうがインドよりラク」というので
「そうやんな~、面白いやろうしな」
とかわたしは答え、
結局答えは出ない。

インドの学校は朝から6時とかまで冗談抜きでずっと教室で勉強。先生余裕でたたくし。
日本の学校は体育とか音楽とかあるし、2時半~4時くらいにはもう家に帰れるし、給食も辛くないし。


学校、プッタに計画中の外国人の子供でも楽しめるいい学校の計画が現れては消え、というのが続いてますが、
ここらでいいかげんババの意思が実を結んでもいいんじゃないかと思います。

ババが直接計画にかかわってた、プッタの外国人の子供のための授業料の安いインターナショナルスクール。

計画責任者は資金があれば今すぐにでもはじめられると数年前から言ってるんだけど、
理想は高いけどあまり動ける人じゃないのかもしれない。

みんな相当期待して、毎週月曜とかにミーティングを重ねていたのにな~~。

ちなみに日本円で3億あれば始められるみたいです。
幼稚園から大学までのを。

私はもちろん持ってないけど、だれか3億使いたい人がいるかもしれないのであちこちに書いときます。笑

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【2012/06/24 00:26】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(2) |
主名の学校
今週は先週から通わせている主名の学校の定期テストの期間です。

先週はお試し期間ということで、まだ教科書ももらってないので、そんなのでテストを受けてもしょうがなし、
テストは毎朝11時半に終わると聞いたので、
今週休ませようかとも思ったのですが、11時半ごろに学校に連れて行ってみました。

そんで、テスト中には何か課題をもらって自習させておいてくれるということだったので
明日からは朝のバスで普通の時間に登校させようと思います。



土曜日はまた朝5時半に出発して、9時からのバンガロールの日本語補習校に行きました。

少しでも日本語での授業を受けてるとやっぱり違うと思うのでありがたいです。

昼で授業が終わったあと、
主名はもうちょっと学校で遊びたがったのですが、
1時からバンガロール市内で歯医者の予約を入れていたので急いでタクシーを飛ばしていきました。

わたしはこの回で終了かと思ったらもう1回行く必要があるようです。

このとき主名の治療も始めてもらったのですが、
こっちは虫歯すごく多いので、しばらくはまた通うことになりそうです。

何枚もレントゲンをとったので保険なしで治療を受けてるし、6000ルピー以上になりましたが、
ちゃんとした治療には変えられないです。

主名は前歯を2本5歳のときに抜いたのですが、
その後全然生えてこなくて、今も新しい歯が出てくる気配がないので、
ちゃんと形成されてるんだろうかとちょっと気になっていたのですが、
レントゲンで、ちゃんと歯肉の中に新しい大人の歯が待機してるのを確認できたので「おお~」と思いました。

日本語補習校には小規模ながらも子供向けの本中心の日本語の文庫があって、
わたしたちもそれぞれ毎回数冊借りて帰ってます。

この日は新しいシリーズの本が数十冊来てました。

私は主名が勉強が終わるまでに手塚治虫の漫画のブッダを4冊読んで、
こみ上げるものを抑えていました。笑

漫画って素晴らしい表現媒体ですよね。

5巻めは借りて帰りました。

主名は「科学の不思議」とか「手品の不思議」みたいな不思議シリーズを何冊か借りてました。

あと、家庭で不要になった日本語の本ももらって帰ってよかったので、古い教科書を含め、10冊くらいもらって帰りました。


プッタパルティに帰ったらすぐに私も主名も夜中まで読みふけってました。

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【2011/09/26 17:16】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
学校事情
プッタパルティの教育事情はとても厳しいものがありまして、
主名が通ってたコーチングスクールの先生に先日主名の友達のお父さんが電話して、
「プッタパルティでスワミズスクール(ババの全寮制の学校)とイーシュワランマスクール(ババの庶民派の通いの学校)以外にいい学校があったら教えてください」
と聞いたら

「これっぽっちもない」

という返答だったそうです。

。。。。。同意。笑


学校の数は掃いて捨てるほどあるのですが、そのどれもが私とかからしたら悲惨としかいえない感じで。


しかし、今年はババも亡くなって、外国人の子供たちはババの直接の許可を得て入学するというほとんど唯一の手段を失ったのでか、

インターナショナルスクールが始まるとかいう話を2~3聞きます。


そのうちの一つはこないだ見に行ってきたのですが、
(ワラディ インターナショナルスクール)
空港の裏手にあるその学校は建物とかいろいろ作りかけだったけど、
できた部分や教室の中はきれいでよかったです。

始まるのは6月20日くらいみたいですが。
そしてまだ英語の先生募集中みたいですが。笑


きれいだったので夢が持ててなんとなくほっとして、でも、もっとこの学校についての調査が必要とか思って、
2年ほど前から別のインターナショナルスクールを作る計画をしてるスペイン人(だったと思う)に会ったので
あの学校はどうですかと聞いたら、
インターナショナルスクールと名乗るにはその条件があるんだけど、
あの学校は中身は完全にローカルスクール。とのことでした。

学校に運び込まれていた教科書類が昔主名が行ってた政府系の学校でもらったものと同じだったので「あれ?」と思い、

そうかなという気(名前だけインターナショナルで中身はローカルスクールかもという気)もしてたのでなるほどと思い、
一方、その西洋人の代表者に
彼が計画してる学校はどうなってるのか聞いたら
お金だけの問題で、お金さえあればいつでも始められるというので、

「いくら必要なんですか?」
と、一応効いてみたら

「ミニマム5ミリオンダラーズ(4億円ほど?)」
「マックス9ミリオンダラーズ(7~8億円?)」

とのことでした。

う~ん、永遠にできなさそう。。。



親としてはそんな大々的に始めなくても、
建物はいいから基本的な教育をちゃんと受けれれば、という気持ちです。

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【2011/06/11 05:54】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
助っ人登場
「人生って何見ても不思議だね」

そう?

「だって、ママの鼻ってこんなんだし、目もぬれてるし、口もこんなんだし」

たしかにね。


「なんで宿題とかあるんだろう。地球には。」

・・・・・。



語彙の中の「人生」とか「地球」とか使う頻度が多い子。




今日は一日中濃く活動していました。

サイババの学校やイーシュワランマスクールに直訴に行ったりいろいろしてました。


昨日であったばかりの人がほんとに助けてくれて、一緒にあちこち行ってくれて、
彼女は7~8の言語ができるみたいで、
たとえば門番のセバダルにテルグ語で話しても通じなかったらタミル語で、みたいに
どんどん門を開けていってくれる感じで、

私が一人で行ってたら絶対どこの門からも中に入れなかっただろうなと思いました。

いろいろ堂々と私の状況についてとか説明してくれたり代弁してくれたりもしたので、
2年前はサイスクールの校長先生に直訴したときになんか自分たちがかわいそうになってきたりもしたのですが、
今回はさすがインド人にはインド人という感じで、インド人を挟んで向こうも安心感があったのかもしれないですが、
それなりにまともに話ができたかんじで。

結局まあ、サイスクールとしてはサイババが直接Okを出さない限り外国人の入学は認めませんのであしからず、ということで、
ババなき今となってはどうなん?てかんじですが。



インドのことだからそんなこといっても私がとどかないだけで、やり方はどこかには絶対あるはずですけど。

インドってそういう国。




そんなかんじで助っ人がほんとに助けてくれて力づけてくれたのでありがたかったです。

インド人は助けてくれようとする人はすごく多いですが、これだけほんとに一緒に行動したりして実際の助けになるように助けてくれたことはあまりなかったと思います。



よっぽど助ける必要アリと見えたのかもしれないけど。笑




「人生ってなに見ても不思議だね」



きっと世界は奇蹟だけでできてるんでしょうけど、

 それにいちいち反応するにはわたしは脱力しすぎてて。

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【2011/05/12 03:05】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ああ、雷と雨の夜。
子供が

「あのねえ、なんで今ぼく生きてるんだろう」

とか聞くので

「そうだねえ」

と答えて終わり。


きっと、カルマのバランスをとって全体に融合するためでしょうけど、

生きるのって疲れますね。笑

わたしが言うなって感じですか。

のんべんだらりとしてるわたしが。


今日の午後は7時半に最後の一人としてサイババサマディーにお墓参りをしました。

なんか、疲れるときはダルシャンがよく効くんですが、

もうないのでサマディー。


なんとなく、日本でいたときに半分頭がおかしいようなかんじで寝たり起きたりでずっとババに集中してた(せずにおれなかった)頃を思い出しました。

あの頃は毎日どころか一日何度もババの夢を見たりしたものでした。
たぶん、危機的状況のときにはよく夢に来てくれるんだろうとおもいます。

でもそういう集中の仕方はけっこうきついというか、つらいので、
こっちに来たら集中するまでもなくまわり全部がサイババ王国なので、
逆説的ですが、わたしもやっと日常生活に意識を向けることができていたような。

今日はなんとなくつらい気持ちでの墓参りでした。

なのでまたもや、そのままガネーシャテンプルをまわり、つづいてムルガンテンプルを、回りました。

今日は火曜日のはずだし、ちょうどいいやとかも思って。



サイクルワントホールには護摩壇がひとつ作られていました。

明日は何かプログラムが朝6時とか6時半とかからあるそうで、ホーマムもするんでしょうかね。

夕方は5時からだそうです。


今朝、子供の学費を払いに学校に行ったらずっと宿題をやってきてないとかいわれ、
子供はずっと毎日テストだから宿題ないとかウソいってて、
たぶん、どうせやっていかないからもう出してもらえないんだろうとか思ってたのですが、出てた模様。


しかしもう書いたかもしれませんが、今年はサイスクールもイーシュワランマスクールも入試は行なわれずくじ引きだろうという話です。

なんでも、インド政府がインド全部の学校に、プライマリースクール(日本で言う小学校)で難しい入試をしないように決めたそうです。あんまり難しいことをやらせすぎると精神異常になるからと。

インド政府もいい決断するんだなと感心しました。


サイスクールなんかもバカみたいに難解な入試で、
でも親はみんな必死ですから、子供を3歳半から調教して丸暗記させて試験を受けさせるわけです。

わたしもできるだけ頑張ってやらせましたが、
インド文化に溶け込みきってるわけじゃないし、頑張りきれずにあんまりうまくいきませんでした。
学校に通わせるのも子供も私の神経も限界で、無理。。。と思ったので、

なので自宅で英単語の基礎的なものを繰り返し暗記させるのと、
あとはヴェーダを覚えさせていました。

でも5歳のときに入試すら受けれず、6歳のときはイーシュワランマスクールを受けたけどだめで、
7歳の今年はサイスクールに願書は出しましたが、
どうなることやら。

くじびきなら最高ですが、
そもそもそのくじ引きへのエントリーをさしてくれるのかが分からないという。

もう、5歳以降はわたしも気が抜けて、行かせてた地元の学校やコーチングスクールの先生にほとんどまかせっきりで、
私はもう子供の勉強であんまり悩まないようにしてたんですが、
まあ、それなりに発展していってるみたいです。
200点満点のテストで130点くらいは取れるようになってるみたいですが、どんなもんやら。


聞いた話によると、インドのよその地域でのことでしょうけど、
5歳児の自殺が続いてたらしいです。

5歳の子が自殺するって。。。あるのか?と、驚きでした。
でもそういうのが続いてたらしいです。

プッタパルティはまだダルシャンに行ってみたりと、勉強以外のことに気がそれるけど、
よそじゃあ学校に行く前に1つか2つ塾に行かせて、学校が終わったら休憩なしでまた塾とか、
そんなの当たり前の世界もよくあったみたいで、5歳児かそれより小さい子に。


プッタパルティもでも例外ではなくほとんどそんな激しい世界でした。

価値観がもうそんなだし、親も良かれと思って必死で、
鬼気迫る世界でした。

5歳での受験のために、3~4歳から親元を離して全寮制の学校に入れて一日中勉強させるとかあたりまえでしたもの。

もちろん調教のための暴力びしびしで。

インドは激しいですよね。。。極端なとこもあるというか。


わたしもインドの教育事情の現実に触れて、これは一体どういう世界だ。。。。とか思い、葛藤しましたが、
この世界でやっていくには致し方ないことなのかと、できるとこまでやってみました。が、

ある地元の学校の先生のあまりのひどさの連続にもうわたしも主名も心が折れたかんじで、
その次を探す気も起きず、しばらくどこにも行かせてませんでした。

今は午前中の3時間だけの家庭でのコーチングスクールに行かせてますが、
先生が有能なので3時間でも、地元の政府系の学校に一日中行ってるよりもよっぽどよく勉強できてます。


基礎的なことができればそんなに勉強をしまくらなくてもいいと思うのですが、
ここでは普通にしてたら基礎的なこともろくに身につかないかんじです。

主名だけじゃなくて、インド人の子でも。




今日の夜はかみなりと雨でした。

結構激しく降ったみたい。

しばらく停電にもなりました。


まだごろごろいっています。



主名はいまごろ(夜10時半)宿題をやっていましたが、
時々逃亡して消えています。

学校の先生にも、今度宿題やってこなかったら学校に来なくていいからね、といわれたと言ってますけど、
あんまり進んでないです。
わからんで泣きべそかいたり、キーッとかなったり。


昼で学校終わりで、その後から今まで何をやってたんだよ~!と思いますが、
もう、怒るのもしんどいので先に寝ます。


わたしもやること進んでないです。



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【2011/05/04 02:12】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(3) |
ああ、学校は。。。?
今日は、主名はきちんと時間に間に合うように用意して学校に行きました。
マトゥラーから戻ってきてから初めてなので、実に一ヶ月ぶりくらいでしょうか。

わたしはその後自分のご飯をアシュラムのパン屋で食べました。

今、N棟の裏で無料で食事を3食配ってるので、
朝ごはんは食べたけど、様子を見に行きました。

そこにいたセバダルに聞いたところ、食事の時間はサウスインディアンキャンティーンとほとんど一緒なかんじでした。

あしたは朝、ここに食べに行こうかな?

今月25日くらいまで配るそうです。
聞いたところによると北インドの帰依者が大金を寄付したとか何とか?


部屋に帰ったら主名が漫画を読んでいました。。。

今日から10日間学校は休みだそうです。。。久々の登校だったのに。



昼はチベッタンレストランで食べて、主名は友達の家に遊びに行き、わたしは知人のお店に写真を撮りに行きました。

夕方雨が降ってきました。
いつのまにか主名も友達の家からこっちに来ました。

そのあと荷物を部屋に置きに行って、ダルシャンに行きました。
6時半ごろだったでしょうか?

ババはもう来ててバジャンになってて、、あ、じゃないや。
ババはアシュラムの外に車で出かけてたんでした。

なので女性側に行こうとしたら通行止めで通れなかったので、引き返し、主名は男性側に入り、私はぐるっと回って女性側に入りました。

今日もトークンスペースまでしか入れなかったので、適当なとこに座ってみてました。

私が女性側に入ったときにはババはもう戻ってきてて、ホールの中をサリーやドーティーを関係者に配ったりしながらうろうろしていました。

うろうろして、ババはそのまま家に帰ったような気がします。
なんか、何が起こったかよく分からなくて、ホールの中の人もみんなわーっと帰っていったのですが、バジャンは続いてて、あれ?どうなってんの?てかんじでした。

しばらくして、待つのがいやになったので、主名と待ち合わせをしてたウエスタンキャンティーンに行きました。

主名はまだ来てなかったのでしばらくそこらへんに座ってましたが、アルティになったので、ババの家が見えるほうから家に入っていくババを見ようと思って行ったのですが、
ババの姿はなかったので、やっぱりそのままさっき家に帰っちゃったのかもしれないなと思いました。

よくわからんかんじでした。

その後主名と会ってウエスタンで夕食を食べました。
主名はフライドライスとかスープとか食べてましたが、私はスパゲティにしました。
実は病気してたときにおいしいスパゲティが食べたいと思ってて、今日のはおいしそうだったので
食べました。

欲望が満たされて満足しました。
パスタはサイババアシュラムのウエスタンキャンティーンのパスタがインドで一番おいしいんじゃないかと思います。
ラザニアとかも、その日によりますが、おいしいときはホントすごくおいしいです。
ちゃんとイタリア人の手とチェックが入ってるので。
食べる外国人たちの舌も肥えてるし。


インドの高級なホテルとかでもパスタはいつも思い切りがっかりなのが多いですから。
なんというか、根本的に違うものが出てくるというか。
根本的にコンセプトが違う感じ。

いやしかし、食べることになると書くのにも熱が入りますね。
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【2010/11/17 01:56】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
シュナの学校(シルディサイスクール、SSSスクール)
しゅな1
ネクタイを締めた(ワンタッチネクタイ&ワンタッチベルト)6歳児。

しゅながっこう
結構大き目の、しっかりした学校です。

しゅな2
これは登校2日目だったか?まだ制服を用意できてないとき。シュナも気持ち、遠慮気味。
シュナの後ろの子、味あり過ぎ。

しゅな3
子供は写真に写るのとか好きですよね。特に男の子。。。

しゅな4
教科書とノートを入れたかばんを背中に、手にはお弁当セットを提げて登校、のスタイル。
サラリーマンぽい?

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【2010/08/23 16:35】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アシュラムへのドネーションと、主名のシルディサイスクール初登校。
今朝は主名を学校に連れて行きました。

9時からと聞いてたのですが、9時半からでした。

主名は今までの経験上、まず、私に、「先生に叩かないでって言って」と言うので、そう言いました。

主名を学校に置いて、私はいったんアシュラムに行きました。

今朝はババは来てなかったのですが、
最近ババの学校に入ったらしい、ロシア人姉妹のお母さんがいたのでしゃべりついでに聞いたらやっぱりそうでした。
なので、おめでとうとかいって、しゃべってました。

そのお母さんは、もし、親がスタッフだったらババに(学校に?)入学を頼むことができるから、みたいなことを言ったので、「それは難しいな~」と、答えました。


私自身が正規のアシュラムスタッフになれたとしても、主名の面倒を見ながらスタッフとして働くのは難しいです。
そんな余裕ないんで無理と思います。

そのロシア人家族はお父さんがスタッフなのかなんなのか知りませんが、ラジオサイに関わってたり、チャイタニヤジョーティー(ババの博物館)でセバ(ボランティア)をしてるので、お母さんの感じからだと、そのお父さん方面から入学の話がつながったかんじですよね。

私がスタッフにという可能性は今までにないこともなかったような気もしますけど、まあ、そうなるようにはなってなかったみたいです。


それに、スタッフの子供だからといって必ずしもスムーズに入学させてもらえるとは限らないのも見てきたので、結局、なるようになってるんでしょ、というかんじです。

しかし、縁故の強いインドだなと思います。
まあ、どこでもそうなんでしょうけど。



そのお母さんと別れたあと、アシュラムの中の銀行に行きました。
今朝見たババの夢の、ババが出てくる前、私はアシュラムに寄付したことになってたので、じゃあ、その夢の中で私が寄付したことになってた金額を寄付しようと思って、実際に銀行に行きました。



するとドネーション(寄付)カウンターは長蛇の列。
さすが、、、、と思いました。

自分の番が回ってくる前に他の人の用紙をチラッとみたのですが、
ローカルインド人のおばちゃんは51ルピーとかで、西洋人とか、ドバイに住んでるようなインド人、ほかにもプッタの高級目のアパートに住んでるようなインド人は数万ルピーとかを寄付してました。

でも、当たり前かもしれないですけど、寄付金額に関係なく一人一人同じように丁寧に対応してたのですごいなと思いました。

1000ルピー札が使えなくて(インドでは大きい額のお札は拒否されることが多いです)困って寄付を思いついたんじゃなかろうか、と思われる、1000ルピー札1枚を寄付しに来てたロシア人もいました。

私も夢の金額を寄付したあと、部屋に帰って昼までチャンティングの練習を他の人たちとしました。
知人夫婦が去るまでに「ブースークタム」という、多少マニアックなかんじのヴェーダをみんなが唱えることができるようになるように練習しています。
あと、好きなのを適当に唱えてます。

昼、いちおう主名の様子を見に行きました。

「先生、たたかんかった!」と、一応元気にしてて、バナナ半分とスイーツの差し入れを持っていったんですが、わたしがバナナの皮を持ってボーッとしてたら、子供たちが窓から捨てろというのでそうしました。

教室にもゴミ箱なんてものはないので、みんなゴミは床に捨ててました。

学校の入り口に駄菓子屋があって、主名が2ルピー頂戴というのであげたら駄菓子屋に群がる子供たちの仲間入りをして、「もう行っていいよ」とかいうので帰りました。

部屋に戻って少し落ち着くとすでに迎えの時間でした。

4時に終ると聞いてたのですが、4時半でした。

先生も学校もいい感じなのですが、悪がきがのさばってるらしく、すでにおろしたばかりの主名の靴はなくなってました。

後で聞くと、お弁当のサンドイッチも半分投げられから半分しか食べられなかったし、2切れ入れてたりんごも一個食べられた、とのことでした。

ベルトのバックルで叩いてきたり、頭突きしてきたりもしたそうです。(それはみんなに)

さっき主名は「頭かゆいっ!」とか言ってたので、頭突きでまたしらみをうつされたかもしれません。

なかなか、学校も、先生も、生徒もいいところってないみたいですね。


でも、テルグ語とヒンディーと数学と英語を習ってきて、
今まで主名はよくいんちきテルグ語を書いていたのですが、とうとうほんとにテルグっ子になったなーと思いました。
別にテルグ、必要ないんですけど。

制服とかノートとか、お弁当に入れるものとか、いろいろ揃えに、スーパーバザールに行きました。
新しい運動靴も買いました。

買い物して、部屋に戻って、主名は先に行かせて、私は風呂に入ってからダルシャンに行きました。

そのうち主名が「ダルシャン終ったよー」といいながら戻ってきたのですが、一緒にアシュラムニ行くと、
まだババはいてくれたので、外からダルシャンを受けました。

ウエスタンキャンティーンでご飯を食べて、そのあと、用事があったので占星術師のところにいくと、今日は新月だから、と、満月のときと新月のときにするらしいプージャをしてたのでそのプージャに私たちもあずかりました。

いつもは切ったレモンやココナツの上で樟脳の火を燃やすのですが、今日は大きな冬瓜の上で燃やしてて、迫力満点でした。
【2010/08/10 03:48】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
主名の新しい学校(シルディサイスクール:通称3Sスクール)
今朝は簡単なお弁当を作って主名と一緒に新しい学校に行ってみました。

けっこう遠いと聞いてたのですが、予想以上に遠かったです。
オートだったらサイタワーの前から片道20ルピーでした。

ほんとは昨日、手続きのために行って、今日から通わせようと思ってたのですが、時間が取れなかったので、
今日いきなり行きました。

そしたら今日は小さい子達(小学校低学年とか)は休みで、大きい子達(小学校高学年や中学生くらい)が、ピクニックだそうで、バスにぎゅうぎゅう詰めに乗って楽しそうに出発していきました。
校長先生に、主名をこの学校に通わせたいことを言って、半年分の授業料や雑費を払い(3000ルピー)、登録してきました。

なので、実際通うのは月曜日からになりました。

学校はきちんとした感じで、もうちょっと大きい学年になるとコンピューターの授業もあるみたいでした。

比較的郊外になるので、広々した雰囲気でした。



ほんとは主名をさっと置いてきて、人が来る前に部屋に戻って掃除をしようと思っていたのですが、
登録に1時間半もかかったので、

部屋に戻ったら約束してた知人たち3人がもう待っていました。

なので、ウォッチマンに屋上の鍵を借りて、屋上でヴェーダの練習をしました。

主名はお弁当のサンドイッチをみんなに配って無理やり食べさせていました。



お昼まで練習して、昼はウエスタンキャンティーンで食べ、知人夫婦が泊まってるゲストハウスを見物しに行きました。

カナラバンクの向かいのチンマヤロッジというとこで、1泊300ルピーを250にしてもらったそうです。

すごくきれいというわけでもないですが、250ルピーでこれなら安いですよね、という部屋でした。
ベッドが4つもあって、知人はその上でハタヨガが出来ていいと言っていました。

今はヨーロッパやイギリスの大きいグループが来てるので、アシュラムの中の部屋もいっぱいで、外も、いいホテルの部屋は押さえられてるみたいです。

でもチンマヤロッジは、そんな状況とは無縁な雰囲気でした(笑)


その後、主名だけ音楽教室に行かせました。

私は、昨日今日と自主休校です。

前回、女の子先生に主名に毎日10分レッスンしてあげて、といわれたので、
「無理~」
と、行く気をなくしました。


歌の練習は自分の中で優先順位があまり高くないので、
ちょっとでもプレッシャーがかかると「そんなのいらない」となってしまいます。

何回も、
「楽しむためだけ、趣味のためだけに来てるから、一生懸命には出来ないしやりたくない」
「資格とか、取れたらそれはそれでかまわないけどそれは目的じゃない」
と言ってるのですが、

先生たちは音楽に命をかけてて、音楽こそが人生だみたいな生き方をしてるので、
私にも無意識的にそういう態度を求めるのですが、
もう、すれてるからいまさらそんな風にはなれないですよ。

でも、年齢的には先生は私の半分だし、私がそこら辺は大人の余裕でうまくかわせばいいんでしょうけど、
不登校になる私(笑)


そうしてしばらく部屋で至福の一人の時間をすごしました。

まもなく主名が帰ってきましたが、なぜか今日はさっさとダルシャンに行きました。
最近、たちのいい、毎年来てるロシア人の兄弟が来てるので、ダルシャンホールで会って遊べると思ったのかもしれません。


わたしはちょっと昼寝(すでに夕寝)します。
【2010/08/06 19:51】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
月曜日
今朝は主名は久しぶりに学校に行きました。
今月分の授業料を払いそこねていたので、今日は私もついていって払いました。

本とは直接渡したかったのですが、授業がもう始まってて、中の子供がドアを開けてくれて、先生は中から動かなさそうだったので、主名に現金を渡して先生に渡させました。
失礼かな?とちょっと思ったのですが、それは杞憂で、先生はうれしそうにこちらを向いて微笑みました。
ああ、インド人だな、と思った瞬間でした。わかりやすい。。。

アシュラム在住の一人の女の子はいつもずっと泣いてるらしくて、今日も泣きまくっていました。
先生が私に、その子のおばあちゃん来てる?とか、警察が誰が泣いてるか調べに来るのよ、とか言ったので、何のことか分かりませんでしたが、私との会話を聞かせてその子をびびらせて泣き止ませようとしての発言だったようです。

その子の中で何がおこってるのかは知りませんが、先生は「彼女は理由なしに単に泣いてるわ」と言ってるそうです。
しかし、男の子たちはみんなげらげら笑ってるそうで、その子は学校は好きなんだそうですが、何でそんなに泣くんでしょう?
家じゃないところに出るのがつらいんでしょうか?

そのあと、主名を学校においてわたしはバジャンに行きましたが、今朝はババはお休みでした。

アシュラムでパンを買って部屋に戻りました。
ガーリックトーストのいいにおいがしたので「ガーリックトーストありますか?」と聞いたら「ない」といわれたので、
奥に隠しておいて、売るものがなくなったらあとから出してくるのかもと思い、コーヒーを飲みながらパン屋の前でしばらく待ちましたがコーヒーを飲み終わっても出てこなかったので、最初に買ったトマトブレッドともやしとジャムブレッドだけもって帰りました。
他の人も「ガーリックトーストあるの?」と、聞いて「ない」といわれていました。
ミルクブレッドとレーズンケーキは後から出てきてました。

髪の毛を洗って、ついでに風呂掃除をして、昼ごはんのスープを作りました。
主名が戻ってきたので昼ごはんを部屋で食べました。(主名はまだ食べ中)

夏ばて防止にトリファラという液体を薄めてジュースにして飲んでいます。
(TRIPHALA)
アムラとか、とにかく3種類の実かなんかを混ぜてるみたいです。
アシュラムのショッピングセンターで買ったのですが、薬草ジュースという感じで、苦味と酸味がさっぱりさせてくれます。はちみつを混ぜて飲んだらなかなかいけるのですが、今は切らしてるので、レモンを絞って砂糖を混ぜて飲んでます。

こないだ知人がこれをお土産にたっくさん買って帰っていました。
とにかく健康にいいというのでインド人も絶賛です。
何がどういいのか知りませんが、飲んだら体の中がきれいに掃除されて、しかもミネラルとかたっぷりな感じはあります。

今日は主名はタブラーの練習も久しぶりに行く予定です。

今日か明日あたり新月だそうで、わたしは部屋の掃除と整理をしたいなと思ってますけど、昼寝して終わるかも。
【2010/03/15 17:16】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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