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華僑のお祈りとサリー。
最近手際が悪すぎて、やることが終わらず寝るのが12時とか1時とかになってるので、
さすがに朝4時半に起きるのはつらくて、6時に目覚ましかけて、30分~1時間くらいだけ朝のウエスタンキャンティーンのフルーツとか野菜を切るのに行ってます。

こないだ28日だったかの中国正月当日はたくさんの中国人が手伝いに来てて、
みんながみんな、パイナップルをすごく美しく切っていた!さすが~~~。

その後のコースはいつもの通り、8時前にサウスで朝食→8時からサイクルワントホールでヴェーダチャンティング→9時からバジャン→9時半からサイババサマディーダルシャンです。

で、大体朝10時くらいから地上の日常が始まる感じ。

今朝は、10時までN7の裏でなんか中国人たちがお祈りをすると張り紙があったので、
サマディーダルシャンの後にちょっと行ってみました。

青空の下、広々したとこに中国風の祭壇が作ってあって、
いろんな装束をした中国人たちが踊ってステップを踏みながら一人ひとり祭壇におまいりしてました。

一種のショーみたいなかんじで面白かった。

西洋人たちは写真とかビデオとかとりまくりで。

私もカメラあればよかったなーと思いました。

皇帝みたいなのとか、中国のお姫様とか、仙人とか、野菜売りとか、薬売り、あとむかしあった幽玄導師?なんだっけ、キョンシーの世界の人みたいな黒いお坊さんみたいな装束したおばちゃんたちとか。
みんなにこにこで。

中国の音楽や歌も流れてて、やっぱアジアの血は争えないと言う感じで?魂の奥底にぐっと懐かしいものがこみ上げてきますよね。やばい。
中国大陸~~~~、敦煌~~~~~みたいな。


とにかく、踊ってる人たちも見てる人たちもみんなニコニコで、楽しい雰囲気で、これはなんだというくらい祝祭で楽しい&きらきら空中が光っているかのような異常に1分のすきもないような平安と幸福感と生命に満ちていた。

うーーーん、これはすごいと少し圧倒されてしまった。

なんだここに出現してるこの場は、みたいな。



謎に感じるくらいでした。



中国人といっても、中国から来てる人はいないんじゃないかと思います。
マレーシアとか、シンガポールとかからの華僑の人たちがほとんどだと思う。

いいね、華僑の中国人明るくて、パワフルで。

記念写真に私も入っちゃった。笑


みんなに長ーーーい、線香が配られて、火がついたそれで一人ひとり祭壇におまいりして、
米の線香立てにさした。

中国語のバジャン(ヒンディーバジャンの替え歌)がノリノリで歌われ、
アルティになり、
その後オレンジと、カードと、寒天ゼリーのプラサードが配られました。

楽しかった。

カードは中国語で書かれててわからなかったので
(わたし中国語3年勉強したはずなんだけど)
近くの人に意味を聞いたら、
「英知のある人はモノを上げて、幸せを得る」みたいな事が書いてあるとのことでした。なるほど。

朝っぱらから充実しすぎの1日の始まりでした。


P1290370_convert_20120131015909.jpg

昨日、ウエスタンキャンティーンでほめられたサリー。
自分ではヨーロピアン風と思っている。


P1300374_convert_20120131020127.jpg

今朝N7の裏でのお祈りで配られたプラサードを手に。


今日、アパートに、前のアパートの部屋の隣人のおばあちゃんが2回来たと聞いたので彼女の部屋に行ったら
彼女の娘が手描きで絵を描いたというサリーを2つ並べられて、

どっちがほしい。どっちも欲しかったら2つでもいいよ。
と言われたので、

大木とシカの絵の描かれたサリーにしました。

もういっこは白地にもやもやした悩み深いみたいな模様と乱れ飛ぶ小学生手書き風ちょうちょ。ごめんこれはむり!


インドの手描きサリーって、ネタにしてどこかに投稿したくなるようなすごいのが多くて、
たとえばヘタウマ風のミッキーマウスっぽいのとミニーマウスっぽいがテニスしてる絵とか。

手描きサリーをあんたに上げると言われて「ぎょえー」と思ったんですが、

シカのサリーは微妙ながらもかわいいかんじがして、OKな気もしないでもなかったので(かなり微妙だけど)
ありがたくいただきました。色も地味だし。
これなら気合でイケてるサリーの幻想のベールをかぶせられそう。



もう引っ越してるのにわざわざ4階の部屋まで階段上って訪ねてきて、サリーくれようとして、ありがたいですよね。
おばあちゃんが。


そのうち、ブログでお見せします。笑 おたのしみに。。。
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テーマ:ありがとう - ジャンル:心と身体

【2012/01/31 02:15】 | サリー | トラックバック(0) | コメント(0) |
気になってたサリー
ここしばらく、ガネーシャゲートの向かいのサリーやさんの店先に、ちょっと気になるサリーが飾ってあって、聞いたら600ルピーだったんですけど、絵柄は大胆だけど色味がシックだったので、ちょっとおばあさんぽいかなあ?と思って買うのをやめて、でも毎日前を通るたびに気になって見ていました。

そしたら今日、ホールのボディチェックを担当する若いセバダルがそのサリーを買ったらしく、着ていました。
なので、じろじろ見てしまいました。あ、やっぱりけっこういいなあ、と。
おばあさんぽいかと思ったけど、若いセバダルが買ってきてたので、いいかんじでした。
やっぱ、あのサリーはおばあさんぽくはなかったのか、、と。

サリーも奥が深くて、どういうのが自分に似合うのかいまだによくわかりません。
普段着や晴れ着のサリーの違いもあるし、なかなか、、、

自分ではあんまり気合の入ってない、ふぬけた薄い青(素材は化学繊維)とかそんなのが着ててらくなんですけど、人に「よく似合う」といわれるのは、結構保守的なたとえば茶色と光沢のある緑のコンビネーションのサリー(シルク)なんかを着てるときです。

でもそういうのを着ると、ほんとにインド人のおばちゃん気分になってしまって、いくらでもサイズが調節可能なサリーに合わせてウエストがどんどん膨らんでいきます。(それはちがう?)

ところで、最近来てる人が、アシュラムの中でサリーの仕立てを頼んだらびっくりな出来のものが仕立てあがってきて、シルクのサリーに合わせてあるシルクのブラウスだったんだけど、だめになっちゃたそうです。
わたしは現物を見てないし、アシュラムの中で頼んだこともないのですが、そうなんですか、、、あんまり難しいものは頼まないほうがお互いのためなのかも??

ちなみに私はガネーシャゲートの向かいのサリー屋の店先にいるちょっとおかまっぽいテーラーにいつも頼んでいます。
アシュラムへの通り道だから渡したりもらったりが楽だから。
それにやはり数をこなしてるので上手だし誠実です。
主名のずぼんの仕立てとか、すそ上げとか、服でも布でも何でも持ち込んで頼んでしまってます。
ほんとはサリー屋の専属のテーラーだし、と思って、とっきどきはその店で買い物したりもしています。
【2010/03/15 03:04】 | サリー | トラックバック(0) | コメント(0) |
それってどうなん?と思った柄のサリー。
今日見たちょっとどうなん?という柄のサリー。

朝、、、木目柄サリー。色は全体的に薄茶色で、すそはこげ茶色。

夜、、、ポニーテールでパフスリーブ、ミニスカートのちょっと太目の女の子がバンビと一緒にボール遊びをしてる、ヘタウマ手書きサリー。

私と主名は、それを着てた女の人に珍しげにじろじろじろじろ見られました。
なんか変だったみたいです。うちらが。
【2009/01/31 01:11】 | サリー | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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