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最近(含:ガネーシャチャトゥルティ)
更新滞り気味ですみません。

思考がまとまらなくて集中できなくて。

いけるときは朝にサマーディー参りをしているのですが、
その都度自分の中から湧いてくる祈りの言葉が自動的に変わります。

最近は「あなたの意志を私の意志にできますように」だったんですけど
(これが適切な祈りかどうかは分からないですが、勝手に出てくるんだからしょうがない)

今日は何も出てきませんでした。

昨日はガネーシャチャトゥルティの最終日というか、町中のガネーシャが練り歩く日だったのですが、
わたしたちは土曜だったので早朝から出かけてバンガロール郊外の日本語補習校に行って、
わたしは主名を見てくれるという方たちに主名を託して途中でバンガロール市内の歯医者に行きました。

このときは1時間半くらいで治療は終わりました。
前回の6時間て、ホントに長かった。。。

でも4本差し歯を作り直してて、1本は根元もないのでブリッジなのですが、
3本は根元から作り直したので、かなりいじりたおして、
前回の治療のあと結構腫れて痛みをもってました。

今までのは根っこが浅かったらしく、しかも折れてたらしく、
今回のは今までのの2倍以上長い根っこにしたみたいなので、
歯の根っこも3箇所、2倍深くほじくったので、やっぱ私の口の中もてんやわんやなかんじになったというか。

で、今回はそういう状態だったので4種類の薬がでました。

前回出してほしかった気がしますがまあいいとして、
なんか抗生物質ぽいのが2種類と、口の中の消毒液と塗り薬です。

抗生物質は去年、抗生物質でアレルギー性肝炎になったからびびってることを言ったら、
少量ずつをわけて服用して様子を自分で見れるようにしてくれました。

今のところ問題ないです。

口の中の消毒液はまあまずいとして、

口の中の塗り薬は激まずです。
しかもしばらくしたら口がしびれてくるんですけどなんですかねこれ。
麻酔というか痛み止めみたいなもんなんだろうか。。。

しかしさすが西洋の薬は恐ろしくガツンと効くのですでに腫れは収まってきてます。

まあたいした腫れでもないのですが。



このときも歯医者はサイババのこととかいろいろ話をして、
担当してくれた歯医者はどうもその10数名のスタッフが所属する歯医者の院長だったみたいで、
「普段は自分は治療しない」だの「(君のは)すごく難しいケースだった」とか、
また言ってました。

この歯医者は何回かダルシャンをむかーしに受けにいったらしく、
ババの親族に知り合いがいたかなんかでプライベートルームで3時間くらい、ほかの人とともにババと一緒にすごしたこともあるらしかったです。

別に信奉者というわけではないみたいでしたが、
そのプライベートルームでのダルシャンを「素晴らしいバイブレーションだった」と言っていました。

バンガロールの人は大体そんな経験をしているのだろうか。
それともやっぱうまくそういう歯医者が担当してくれたのか、
それとも私がプッタパルティからはるばる治療を受けに来てるということで、そういう人がでてきたんだろうか。

またもやなんやかんや色々聞かれ、相手が期待するような内容の答えだったかどうかは分からないですが、
まあとにかくそんなかんじでした。


4種類の薬は自分でどっカの薬局に買いに行かないといけなかったので、
その歯医者に近所の薬局を紹介してもらって買いに行ったらそこにもサティアサイババやシルディサイババの絵や写真があちこち飾ってありました。(歯医者に飾ってあったわけではないですが)

この薬局のおじさんは「またしてごめんねごめんね」と何度も謝ってきて
実際混んでたので少しだけ待ったのですが、
インド人にそんなに謝られることってほとんどないので、バンガロールは都会だなと思いました。笑

都会の人間関係の適度な距離感のよさと田舎の環境のよさがどっちもあればいいのになあ。


主名を預かってくれてた人たちに連絡を取って、マクドナルドの前で主名を拾ってプッタパルティに帰りました。

帰る道すがら道のあちこちでガネーシャが出動していました。


途中でパーキングエリアみたいなこぎれいな感じのレストランでお茶だけ飲みました。
小さな公園も併設してあって、こんなとこあったの知らなかったなーと思いました。


途中、先日訪れたサッティヤサイアーナンダムの建造物が山のふもと、遠くのほうに見えました。


帰る道の風景は、前回も思ったのですがとても美しくて、
この道ってこんなにきれいな景色だったかなあ???と不思議に思いました。

10数年前なんかはもっと荒涼として埃っぽかったイメージがあるのですが、
今は遠くまで広々と緑が広がっていて、実に美しい風景になっています。

雨もよく降るようになって、気候もわりとすずしいし、植物が昔よりも生き生きしてるんだろうなと思います。


とてつもなく大きい岩でできた山、まるでオーストラリアのエアーズロック(でしたっけ)みたいな光景も途中で見ることができます。

大自然がまだまだそのままのダイナミックな姿で残っています。



プッタパルティについたらまだガネーシャたちが練り歩いていて、群衆も騒いでて通れなかったのでバスステーションのところでタクシーを止めてしばらく待ち、裏からまわってアパートの近くまで行きました。


ちょうどサマディロードのガネーシャが出動してるのも見ることができました。
今年のサマディロードのガネーシャは生々しくてきれいでした。


今日も午後たぶん学生によるプログラムが行われていました。
音楽と語り、みたいな。
ババのビデオをスクリーンに映しつつ。

そういうのを見ると、まだババが生きてるかのような錯覚を自分に与えることができるので、
その感覚を楽しみました。


プラサードにチョコレートのお菓子も配られました。


アナウンスによると確か明日から5日間またプログラムがあるみたいなことを言っていました。
オーナムに向けてやってきたケララの人たちの出し物っぽいです。

ケララはいつも出し物のクオリティが高いですよね。

しかしババが亡くなったあともみんな気合はいってますよね。

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テーマ:美容と健康 - ジャンル:心と身体

【2011/09/05 07:52】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
バンガロールでの活動
今日は土曜なので早朝からでかけて午前はバンガロールの日本語補習校(だったかな?)に、主名を行かせました。

今日は国語2時間と算数1時間でした。

その後私は歯医者でした。

補習校で知り合った方が私が歯医者の間、主名を預かってくれると言うのでおまかせしました。


今日は3~4時間の治療ということだったので、
「ながいな~~~」と思ってたのですが、
実際は1時過ぎに始めて夜7時過ぎに終わりました。

。。。6時間!!



ぶっとおしですよ。
すでに手術の域なんじゃないかと思ったんですけど。


途中歯医者さんは2~3回どこかに行ってたのでお茶でも飲んでたんじゃないでしょうか。

わたしは6時間椅子から動きませんでした。

さすがに最後のほうは早く終わらないかなーと思いました。


私はまえば4本が作りもんの歯なのですが、もう10年以上前に作ったやつで、
でも気に入ってたので何事もなければ後10年でも使うつもりでしたが、
2年位前に外れて落として欠けたのを、インドのアロンアルファでくっつけてはとれ、というのを繰り返してました。

古い差し歯は日本の上手な歯医者さんが丁寧に作ってくれたので最高と思ってて、
変えたくなかったのです。
(なんか古い部屋といい、こういうパターン多いかも)

でもシュナが毎週バンガロールに通う用事が出来たので、いよいよ作り直しました。
(プッタパルティでは差し歯とか作れない)

今日の歯医者さんはなんかスペシャリストらしく、
何度も予約確認されました。
私のために来るんだからと。

こっちの歯医者さんはしゃべくる人が多いのか、今日のその歯医者にもプッタパルティから来たのかとか、ババが死んだ後はどうかとかいろいろ聞かれました。

その歯医者さんも10年以上前にダルシャンを受けたことがあるらしく、
ババのすごく近い有名な帰依者の息子と学校で同じクラスだったとか言っていました。


しかし、治療は長かったあ。。。。。

さすがにみんな、歯医者も私も疲れました。

「日本人はこんなには働かないはずだよ」と歯医者は言っていました。(ジョークか?)

なんかすごく困難な治療だったらしく、
「42年間の治療人生の中でもすごく難しい治療だ」
とか言ってました。

ほんとかなー、だまそうとしてるんじゃ、、、

とか思いましたが、
私は19のときにバイクでこけて前歯をその根元の頭蓋骨ごと折ったので、
差し歯をするにしても難しいのかも?

何回も何回も何回も何回も同じ手順をしていました。

痛かったし疲れました。
麻酔も切れてきたら途中で何度も何度も追加で打って。

何回も何回も何回も何回も同じようなことをしていました。

麻酔、すごくたくさんあちこちに打ってたので、麻酔が切れたらその針を刺したあとがいたくって。



今日は仮の歯をつくってとりあえずはめてるのですが、
それも、歯医者はものすごいマニアックに作ってました。
彫刻ですよね。

白い塊から糸のことかを使って4つの歯のブリッジを削りだしてました。
でも手間隙かけただけのことはあって、できばえは思った以上によかったです。

「これ、一時的なやつですよね?」
と、思わず聞いてしまいました。


しかし夜までかかるとは思わなかったです。

担当は医者以外のスタッフが「グッナイ、サー」とかいって帰っていくし。



でもいいのができそうでよかったです。
治療中はず~っとちょびっと拷問受けてるような気分でしたが。


主名をあずけた家に行ったら、遅くなったのでとまっていくように勧められたので、
今はそこのおうちに泊めてもらっています。


部屋から外を見たらプールがあったので「わー、プールつきのマンションなんですか」と聞いたら
あまり使われてないのに維持費がかかって大変みたいな返事でした。

泊めてもらったおうちはひろくていい家具もおいてて、すっごいすてき~。さすが文明の香り~、とか思ったら、
ほかの補習校の人たちからすると「かわいそう」レベルらしく、
よその子とか来たら「部屋これだけ?」とか正直な感想を言われるそうです。

いやいやいやいやー、プッタパルティの平均的な暮らしはじゃあいったい、、、みたいな。笑
やっぱ世界が違うんだなー。単純に不思議ですよね。

プッタはみんなのらりくらりと極楽トンボばかりかと思っていたけど、がぜん全員修行してるかのような印象になりました。
家賃月3000ルピーとかの部屋ですごく質素に暮らしてるし。


そのうち家賃月10数万ルピーくらいのとこに住んでるという、駐在員のおうちにも目の保養で見物に行きたいものです。
インドで家賃月10数万ていったら、日本円だと20万くらいですが、
インド的には月100万円くらいの家賃のところと考えてもそう大きくは外れてないですよね。

ほんと、世界のこの多様性が単純に不思議。


子供たちは3人がひとつのベッドに雑魚寝状態で寝てます。
楽しそう。

私もそろそろ寝るとします。文明の香りの中で。笑

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【2011/08/28 03:34】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
日本語補習校より
今はバンガロールで週一回開かれてる日本語補習校にきてます。

子供が授業を受けてる間に、保護者は別室でしゃべったり本を読んだりして待ってます。


朝5時にプッタパルティを出てきたのでちょっとねむいです。。。



サイババのとこに来る感じじゃない日本人て、こんなかんじだったんだ~。


子供は日本で言うとこの小学2年生なんですけど、
この補習校は2年生が多いみたいです。
20人くらい?


駐在員の奥様方はさっきからモルジブとモーリシャスの話をしてますが、
モーリシャスってインドの横だったっけ???

モルジブの話はプッタパルティでも時々聞きますが(ビザのとりなおしに行ったとか)
モーリシャスの話はそういえば聞かないな~。


てことは、モーリシャスでビザの取り直しをする人はいないということか?

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【2011/08/06 14:16】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
バンガロール補修校再び&歯医者
昨日の土曜はまたバンガロールに行ってきました。

早めだけど朝ごはんも途中で食べるしいいやと思って、前回と同じ、朝5時すぎにプッタパルティを出発したのですが、
私と主名が爆睡してる間に今回のタクシードライバーは30分以上休憩したみたいで、
なんかえらく到着まで時間がかかって、道に迷いつつ行った前回より1時間も余計にかかりました。

なので補修校の始まる時間(9時)に間に合わず15分くらい遅れていきました。
怒りはしなかったけど、なに目的でせっかく来てるんだか。だめすぎだ、、、と思って苦笑しました。


主名がクラスにいってる間、控え室でほかの保護者の人たちとしゃべってました。

この日主名は生まれて始めて日本語での授業に出たのですが、2コマのクラスが終わったら楽しそうにさわやかに走って戻ってきました。
ノートに漢字の練習をしたり、先生やほかの子たち(この日は主名のほかの2年生は双子の男の子2人だけでした)と、教科書を順番に朗読したりしたそうです。

まあ、無理にでも日本語の読み書きの練習させててよかったなと思いました。


ほかの人たちにプッタパルティはどんなとこかとかいろいろ聞かれたので、アシュラムにはキャンティーンが3つあって、サウスインディアンキャンティーンは1品2ルピーと言ったのが一番反応が大きかったです。


そのあとまだしばらく控え室でだらだらしたあと、日本語の本も借りて、タクシーでバンガロール市内に行きました。

ほかの保護者に、お昼を食べるのにいい中華料理屋さんは、と聞いた店に行ってみました。

まあ、ほとんどの人が駐在員とその家族なので、教えてもらったお店もインドにしたらかなりの高級店でしたが(スープ2種と春巻きと、野菜のあんかけみたいなのとライスとミネラルウォーターで2000円くらい)、普通においしかったので、やっぱ口コミ強しだな、と思いました。
口コミははずれがないもの。


その後やはり補修校で教えてもらった、先週予約した歯医者に行きました。

日本人がよく行ってる歯医者ということで、そんなに悪くはないだろうと思って行きました。

清潔な感じでよかったです。

土足厳禁だったので、ビニールに入ったスリッパをビニールを破って出して履きました。
そういう清潔な感じ。

受付のインド人のおばさんも落ち着いてて親切な感じでよかったです。

プッタパルティの西洋人がよく行くバンガロールの歯医者、とか、そういう情報・選択肢もあったんですが。
(ドイツ人の歯科医とか?)


私が土曜に行った歯医者さんは若いインド人でしたが、なんかノリノリで、
治療もなんか店頭実演販売みたいな口調で明るかったです。

なんだろう、アメリカかどこかで実地訓練してきたのだろうか。

自分ところには西洋人も日本人もたくさん来るけど、プッタパルティからきたのは(こういうタイプの人は)初めてだと言われ、
なんか興味しんしんでいくつか質問とかされました。
何聞かれたかは忘れましたけど。

プッタパルティからそう遠くない、ブッカパトナムからもたくさん西洋人がこの歯医者に通いに来てるそうですが、ブッカパトナムにそんなに西洋人がいたとは。

そういえば、インターナショナルスクールがあると聞いたのはブッカパトナムだったかな?
インターナショナルスクールという名のローカルスクールじゃなくて、ほんとの正規のインターナショナルスクール。



2年間壊れっぱなしの差し歯を作り直すのが目的だったのですが、5種類くらいの差し歯の質と値段のランクを説明されたので、とりあえずそれは紙に書いてもらって、検討して決めたら後で電話することにして、
この日は歯のステイン(私の場合はヘビースモーカーとかではないので茶渋なはず)をとってもらって、あと、自分でも気がついてなかった虫歯を一本治療してもらいました。

この歯医者は見せ方がうまくて、光の当て方とかで虫歯がどんなか自分でもよく見えました。
たしかにトンネルになっていた。

その虫歯治療は1500ルピーかかるけどいいかどうか前もって聞かれたのでOKして治療を進めてもらいました。

プッタパルティの町の某歯医者だと、「治療費はお好きなように」と、こっちに決定を投げられたりするんですが、「そんなの言われても困るから決めてください」と言うと「じゃあ100ルピー」とか言います。

聞かないと請求しないから時々払い忘れて帰りそうになるという。

そういう超良心的なのはいいんですけど、虫歯治療したあとにしばらくしたらその場所がもれなくもっとすごい虫歯になるので(主名の場合)、ある程度の治療費がかかってもいいからきちんとした治療をしてもらったほうがこっちとしてはありがたいです。

バンガロールの歯医者は差し歯用に前歯の小さいレントゲンを2つ撮ったのと、(4本差し歯)、ステイン除去と、虫歯治療でなんだかんだ1時間以上かかって、3000ルピーくらいでした。

ちなみに保険なし。

まあ大体日本並みか、レントゲンに保険が利かない分やや高いくらい?


わたしの歯の茶渋はちょっとすごいので、取ってもらえてさっぱりしました。


とりあえず、いやな思いはしなかったし、治療も手際よく丁寧で満足だったのでよかったです。
なんだか自分が久しぶりに人間に戻ったような気がする。


唾液の質と思いますが、主名も茶渋がすごいんで、そのうち主名もこの歯医者にかからそうかな。


帰りにはクリアーバックに入ったマウスウォッシュ?と歯ブラシをおまけにくれました。


歯医者を後にして、
先週、補修校の近くのショッピングモールが小規模ながら楽しすぎたので、
バンガロール市内でもそういうとこに行きたい、さらに楽しいはずと思ってタクシードライバーにそういうとこ、どこか連れて行ってと頼んだのですが、
帰依者の店だからここがいい、と、個人商店のサリー屋さんに連れて行かれました。
いや、そんな真剣に買い物したいんじゃなくて、ただぶらぶらいろんなもん見て回って都会の空気に触れてウキウキしたいだけだし、、、と思ってそう車内でごねて言ったんですけど、

「ここがベターだ」
とドライバーが言い張って引かないので、じゃあ見るだけ、と、店内に入って少し見せてもらいました。

確かに良心的な値段でしたが、やっぱり心がうきうきするようなこれといったものはなかったので、店のカードだけもらって何も買わずに出てきました。

私が不満足な面持ちで出てきたのでドライバーはようやく別のところに連れて行ってくれましたが、
そこも大型店だったのに何か重苦しくって、
入り口にはなんか異様に気持ち悪く装ったピエロが両脇に2人いるし、

店員も付きまとうを超えて、先回りして歩く方向を誘導しようとするくらいコントロール激しかったので、
(一人の店員が2階に行っても隅々までついてきた、というか、先回りして「こっちを見て」と行く先々で言って来た。立ち止まると次々商品を広げだす。トイレに入っても外で待ってた。←あっぱれ?)

こういう店か、と一通り見て「もういいわ」と出てきました。

タクシードライバー的インド人感覚の、外人が喜びそうな店はのイメージはこれが限度だと悟りました。

もうそれ以上他に行く気も失せたのでそのままプッタパルティに帰りました。


教訓、バンガロールのことは在住日本人に聞け。口コミにハズレなし。


ちなみに帰りも私も主名も寝てたんですけど、市内からプッタに向けて走り出して1時間後にはドライバーは車を停めて20分休憩してました。
(わたしらが用事してる間に休憩しといてくれ~、というか休憩してたはずなんだけど)
その1時間後にもわけのわからんとこで停まって「ちょっと2分」とかいってどこかに行って、やっぱり20分くらい帰ってこなかった。

タバコ吸ったりお茶飲んだりしてたみたいです。

このドライバーじゃ時間かかるはずだ、、、と思いました。


ということで、気のいいおっさん風のきょときょとした小太りのドライバーだったけど私的にはハズレ。
次はこのドライバーには頼まないです。車はよかったんだけど。

実は昼食の場所から歯医者までもドライバーは、近いから15分もあればつくといったので予約した20分前に出発したのですが、歯医者に何度も電話して場所を確認しながらも30分以上走って迷って、歯医者も予約より20分くらい遅れて到着したのでした。


メモとして、このとき(昨日)は空港近くの補修校のあとバンガロール市内(補修校からは小一時間)に行ってプッタに戻って、タクシー代は全部で2400ルピーでした。
朝5時から夜8時半まで。
昼ごはん代も目をむいて請求されたので「そんなん聞いたことないわ」と文句言いながら少し(ミールス食べて少しおつりが来るくらい)渡しました。
最後にはチップで100ルピー多めに渡しておきました。

その前のときのタクシーは補修校のあと、そっから15分くらいバンガロールよりのショッピングモールとその隣の病院に行ってプッタに戻って1800ルピーでした。
やはり朝5時から夜8時半まで。
このときは知り合いが専属で雇ってるタクシーを拝借したので相場より多少安いんじゃないかと思いますが。
ちなみにこっちのなじみのドライバーは待ってる間にどっかで昼ご飯食べててといっても食べに行かなかった。
(ご飯代渡さないと、節約して食べに行かないんだろうか。)
そういえば朝ごはんはなんとなく自然とドライバーの分も払ってみんなそれぞれ食べたような。
私ら自身が要求したとき以外は彼は走行中に車を停めて休憩もしなかった。
こっちも最後にいくらかチップ渡しました。

このなじみのドライバーはこの日(前回)、長距離運転を終えたばかりでちょっと具合悪いという話で、別の人が運転するはずだったんですが、でも結局無理を押して来ました。
大丈夫かー?
と思ったんですが、夜8時半にプッタに戻ってきて、私らがいったん部屋に戻ってちょっと休憩して9時くらいにまた出かけたら路上で座ってニコニコ機嫌よくほかの人とたむろしてました。


バンガロールに行く道路は今はきれいになって有料道路になってるみたいで、
通行料は往復90ルピーみたいでした。(別料金で払った)


なんにしろ、道路がきれいになって、プッタパルティとバンガロールが近くなってありがたいことです。
移動時間は1時間は短縮されました。

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【2011/08/01 04:11】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
バンガロールに行ってきました。
昨日の土曜日はバンガロールに行ってきましたー。

なんか、バンガロールでは毎週土曜にインド在住の日本人の子供向けの補習校が行なわれているので、
それに行ってみたという訳です。

前日の夜に決めて、急遽タクシーを予約して、
朝5時にプッタパルティを出発しました。

補習校は9時スタートということで、3時間半もみてればいいかなと思ったんですが、
2時間半で、補習校の行なわれるカナディアンインターナショナルスクールにつきました。

道路が整備されてほんとにバンガロールへの行き来が楽になりました。
(カナディアンインターナショナルスクールはプッタパルティからバンガロールに行く手前)

小道みたいなのを入ってって、林みたいな中を1、4キロだったか進んでいって、
その奥に学校はありました。

カナディアンインターナショナルスクールはきれいで広々した学校でした。
補習校はここの一部を借りて行なわれてるわけです。

早くつきすぎたし、また通りに戻って朝食を食べに行きました。

プッタに比べるとバンガロールはやっぱり涼しい、、、というか、寒かったです。

でもそのうち日が高く昇ると暖かくなってきました。


朝食を食べて学校に戻って、
それでもまだ早かったので構内を見学しました。

遊具があったので主名に遊んだら?というと、
「何で遊ばないといけないんだよ~」とか言うので、

この後公園に行って遊ぶとかいってたやん。
ここで遊べば?
と言ったら、

「じゃあ、もう公園にいかなくていい」

とかいいました。

なんか、勝手に遊んで誰かに怒られたら怖いと思ってるみたいだったので、
「僕が遊びたいっていってるって言わないでね」
とかいってえらくびびってる主名をほうっておいて、
近くで仕事してた学校関係者に子供が遊具で遊んでいいかとか聞いたらいいと言ったので、

「いいってよ~~~」

と呼んでも遠くで様子を見てなかなか来なかったので、
半分怒り気味に呼んで、来させて、遊ばせました。

プッタパルティで遊んでたらセバダルとかに頭ごなしに怒られることが多いので、ちょっとトラウマになって萎縮してるのかも?

で、主名はぎこちなくちょっと遊んで遊ぶのを終わりました。
きれいな学校だったから主名のインド人マインドがビビッてたのだろうか。
他の子が遊んでたらまだ違ったかもしれないけど。

それとも格好つけてたのか?


日本人がちらほら来だしてたので、
私たちも教室に行きました。

前の日に連絡してくれてた責任者?の人も来てて、挨拶したり、説明や案内を受けたりしました。

あいにくこの日は小学校2年生担当の先生がお休みだったので、主名は授業は受けなかったのですが、
日本語の本やマンガがあったので私も主名も読みふけりました。

私も久しぶりに一般日本人と話ができて楽しかったです。

バンガロールの日本企業の駐在員や、インド人と結婚してバンガロールに住んでる人とかが来てました。

プッタパルティから2時間半かけてきたと言うと他の人たちはうわーとか言っていました。
今までそんなに遠くから来る人はいなかったとのこと。

わたしは2時間半で着いて、むちゃくちゃ早いなーと思ってたんですが。

ただ、途中で、わたしと主名の声が他の人たちよりもやけに粗野で大きいような気がしたんですけど、調整できなかった。笑


来てた保護者の方たちにバンガロールの歯医者情報とかも教えてもらって、日本語の本も貸し出しもしてたので主名とわたしは3冊ずつ借りて、

12時くらいだったかに学校から帰りました。

その後、主名の希望で学校から15分くらいのところにあるマクドナルドに行ってべジバーガーのハッピーセットを食べ、

(わたし的には食堂のドーサのほうがおいしい。でもマクドナルドはマクド(関西は「マクド」だった)でバイトしてた高校時代とかを思い出す。家はマクロビして玄米菜食だったのに私は焼肉屋やマクドでバイトしてたのは今思えば不思議。)

その後、マクドナルドが入ってるショッピングモールで買い物を存分に楽しみました。
おもちゃ屋さんに行ったらなぜか水中眼鏡が売ってたので、前々からほしかったし買いました。

家電売り場とかもうろつきまわって楽しみました。
こういう、壊れたり汚れたりしてないきれいな品物がたくさんある場所にいるだけで癒やされる。笑

ファブインディア(インドでインド人にも外人にも人気のファブリック製品などのチェーン店)もあったので、
パンジャビスーツいくつかとサリーを何枚か買いました。

バンガロールに行く前の晩に、翌日何を着ていこうかと手持ちの服をバンガロールの目線で見たら絶望的だったので、
まともな普段着が必要だと思ってこの際、買っときました。

(結局、破れてた服を何枚か縫って修繕してバンガロールに着て行きました。ちょっとくらい破れてても気にしてなかった)


その後、その隣の総合病院で差し歯を作った話を補習校で聞いたので、行ってみましたが歯医者は入ってないとのことだったので、やはり補習校で聞いた、日本人がよく行くというバンガロール中心地の個人の歯医者に今から行ってもいいかと聞いたらだめだったので、翌週の土曜の午後2時にそこに予約を入れて、
総合病院のカフェでお茶を飲みました。
ご飯を食べてる人もいたけどなかなかおいしそうでした。

差し歯はもう2年くらい壊れてて、プッタパルティでは抜歯は出来ても新しい差し歯とかは作れないので、
しょうがないから破片を自分でアロンアルファでくっつけてるという。
1~2ヶ月に一回その破片がぽろっと取れるので、それをまたインド版アロンアルファ(スーパーグルー)で接着、、、と言う状態なんですが、

タクシーで片道3時間かけて歯医者のためだけにバンガロールに通うのは(列車やバスだともっとかかる)大変すぎて割に合わない感じがして、そうこうしてる間に2年たちました。

主名のバンガロールの日本語の補習校参加と組み合わせてだったらバンガロールの歯医者に通ってもいいかなと思ったので、この際、歯医者も行くことにしました。


それにしても、歯医者はなかったけど、総合病院はきれいでした。
コロンビアエイシア?とかいう総合病院で、内装は深い緑を貴重としたモダンなデザインで、病院スタッフの制服も同じ緑でそろってました。

いすとかも広々した感じで配置してあって、絵と言うか、カラフルな作品もあちこちの壁に並んでて、病院の重苦しさや緊張感を感じさせないさわやかで風通しのいい雰囲気でした。

プッタパルティのジェネラルホスピタルもこういうデザインにしたらいいのにな~。


その後、また、しつこくマクドナルドの入ってるショッピングモールに戻って、思い残すことがないように、悔いのないようにして(デパートとかに飢えてるんです。笑)6時前くらいにバンガロールを出発し、8時半くらいにプッタパルティに到着しました。

帰り、一回主名が車に酔って吐きましたけど、わたしも主名も楽しい気分で帰ってきました。

広々してきれいな学校も見れて、近代的な町並みも見れて、たくさんのやさしい日本人と話が出来て、いい気分転換になりました。



帰って来てからチトラバティーロードの食堂に夕食を食べに行ったんですが、
「ぼくは、どうしてこんなに汚いところにいるんだろう?」と、まだバンガロール気分の主名は自問自答していました。

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【2011/07/24 22:31】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
バンガロール
昨日とおととい、バンガロールに行ってました。

バンガロールのクリニックで出してもらった主名のホメオの薬がなくなって、ダルシャンの時にババに聞いてみたら「バンガロールに行きなさい」とのことだったので、めんどくさかったけど行ってきました。

予算も全然なかったので、実家に電話して、嫌がられながらも2000円小遣いをもらって宿泊費が出たので(どんだけカツカツやねん、という)一泊してきました。

主名は前日には「あした、早く起きるから」と、私より先に部屋に帰って翌日の準備をしていました。
リュックに自分で着替えやら、おねしょ予防のおしっこパットなんかもつめて。

行きはバスで行きました。
子供は半額チケットで、私と主名で200ルピー弱でした。
ほんと、主名が大きくなったので移動が経済的になりました。(前はタクシーばっかり)
通路を挟んだ隣に年配のバックパッカー日本人夫婦が座っていたので、しゃべってるうちにすぐにバンガロールに着きました。
主名はバンガロールに向かってると考えただけで嬉しいらしくて、ずっとニヤニヤしてました。
「何がそんなに嬉しいの?」と聞くと、「オートリキシャが、プッタパルティは上が黒で下が黄色だけど、バンガロールでは上が黄色で下が黒だから」とのことでした。

そこからオートでクボンパークに移動して、その近くのマクドナルドで腹ごしらえをしました。(主名はお子様セット。スパイダーマンのおもちゃつき)
すでに主名は大喜び。
ソフトクリームとかも食べました。
マクドナルドのソフトクリームって安いんですね。
バニラで10ルピーでした。主名はチョコレートコーティングのバニラで15ルピーでした。
インドならではのべジバーガーをたべましたが、ケンタッキーのべジバーガーより、マクドナルドのべジバーガーのほうがおいしかったです。

バンガロールはもう地下鉄できてるんですか?地下鉄の入り口はありましたけど。

その後クボンパークのこどもの広場みたいなところに遊びに行きました。
前回、年末に来たときは遊園地みたいな場所は日曜で閉まってて、それはそれで周りの自然の公園で遊ぶのもむしろそっちのほうが私はよかったのですが、主名は子供用の汽車が大好きなので、今回はこれも大きな目的でした。

でも、動く気配もなくて、今日はやってないのかなーと思いつつ、主名は線路とかそういうのもマニア的に好きなので、線路に入って遊びました。
主名は線路の上に座ったり、レールのにおいをかいで喜んでました。(マニア)

動く気配のない汽車に乗り込んで遊んでると、係員が「20人以上集まったら動かすから」というので、しばらく待ちました。

でも集まる気配なし。
一瞬15人くらいまで集まりましたが、その後増えないのでみんな散ってしまいました。
係員も水をまきだして「のいてくれ」とかいうし。
30分くらいはまったような気がします

なので、待ちきれなくてほかの遊具で遊ばせました。
1ルピーコイン2枚で動く、乗る遊具もいくつかあったのでそれに乗せたり。
主名がそこら辺から動かないので、「汽車そろそろうごくんちゃうかなー」と思いながらそこにいたら、
案の定、20人以上乗せた汽車が公園の周りを回って、私らの近くも通り過ぎていきました。

あーあ、とか思いつつ、でもまた動くかも?と思ってまた汽車の所に戻りました。
また、私と主名の2人からスタートでした。
でも、夕方になるとちょろちょろ人も増えてきて、今度はわりとすぐ定員になって、ようやく汽車は動きました。
わりと広い公園の敷地内をグルッと回るので、なかなかいいです。
前回は大人6ルピーに子供3ルピーでしたが、今回は10ルピーと5ルピーに値上がりしてました。
主名はもう一度乗りたがりましたが、クリニックの午後の診療時間がもう始まってたので、公園を後にしました。
シャボン玉やらヘリウムガスが入った風船を買ったりしました。(3分後には大空へ消えました)

その後ホメオのクリニックにオートで行きました。
バスでもいけるらしいんですけど、どのバスだったか忘れたので、オートのドライバーに住所を渡して探してもらいました。一時間くらいかかってたどり着いて、130ルピーでした。

私らの前には一組患者がいただけなのですぐに順番が回ってきました。

前回と薬はほとんど同じでした。
今回はおねしょの薬も出してもらいました。

ここのドクターもシッディーの医者なのですが、このお医者さんはこちらのエネルギーを奪わないかんじがします。ちゃんとお互いのスタンスを保ちます。

私の父のことも聞いてみて、薬を出してもらうなら一月いくらでどのくらいの期間飲む必要があるかとか教えてもらいました。
最初、父の戸籍上の名前を告げたのですが、もうひとつ名前があるはずだといわれたので、芸名?を告げたら、こんどはクリアーになったようでした。

予算がなかったので、「まず、父に、その薬がいるかどうか聞いてみます」と言ったら、「一月分だけ送ってあげなさいよ。そしたら彼はハッピーになるから」とか言われたので、「そうですね」と、深く考えずに答えましたが、ドクターは父への薬は持ってきませんでした。
多分、霊感で、ほんとに予算がなくて、いまここで薬を買ったらあとで私がまずいことになるのがわかったんじゃないかと思います(笑)

オートのドライバーに聞いたらクリニックからバンガロールに行くのもホワイトフィールドに行くのも同じ距離で同じ時間と値段だと言われたので、よく使う、ホワイトフィールドの500ルピーの宿に泊まろうかと思ったんですが、主名はバンガロールがいいと言うので、オートのドライバーにバンガロールの駅の近くの安いホテルに連れて行ってもらいました。

わたしは500ルピーくらいと言ったのですが、ドライバーは安いほうがいいだろうと思ったらしく、360くらいの宿に連れて行きました。
レセプションで400と言われ、370ルピーで泊まりました。

バンガロールに来たときバスで隣に座ってた夫婦の一泊の予算が300ルピーくらいということで、地方ならいいかもしれないけど、バンガロールでその値段であるのかなー?とか思ったり。
わたしはもうそれなりにちゃんとしたところしか泊まりたくなかったのですが、そのイメージもあったので、まあ、300台の宿が、バンガロールであるんだなーと思って、泊まることにしました。

しかしまあ、消毒液くさくて、あまり長居はしたくない部屋だったので、夕食を食べにでて、その後ホテルのすぐ近くのシティ駅に翌日の列車の時間を見に行くついでもあって、遊びに行きました。

11時くらいに部屋に戻り、清潔感のない部屋でしたが主名は何でも目新しいのが嬉しいので、ベッドで飛び跳ねたりして遊んでました。
わたしは、やっぱり、もう少し高くてもいいから清潔感のある部屋がいいなあとしみじみ思いました。
部屋番号は311でした。サイーか、これも勉強ですな。とか思いつつ。

いざ寝ようと毛布をめくるとすこーし汚れがあったので、シーツくらいきれいじゃないと耐えられん、と思って、ボーイを呼んでシーツを帰るように頼みましたが、「5分待って」と言われたきり誰も来ないので、自分で廊下にあった新しいシーツをかってにも持ってきて取り替えました。
(インド人の5分は、時には1時間かそれ以上のことが多いです)

毛布は足のくさいにおいがしたので棚の上において、持参の大判のショールをかけて寝ました。
枕もなんか気持ち悪いので除去。

いやしかし、ベッドのマットのくさかったこと!
10年前にもっと節約して旅行してた時にはどんなところでも気になりませんでしたが、いまはもうだめです。
自分の着替えを顔の下にひいて、においを遮断して寝ました。

主名はすやすや寝てましたけど。(さすがに時々うなされてました)
わたしはにおいが気になってなかなか寝付けなかったのでこの匂いをどうにかしてくれとババに祈りつつ眠りの訪れを待ちました。

それなりに寝て、朝になって、朝風呂を浴びてさっさとチェックアウトしました。

まず駅に行って、14時発のプラシャンティエクスプレスのチケットを2人分買いました。
自由席だと一番安いですが、指定席を買いました。2等のスリーパーで子供は半額で、私と主名で250ルピーくらいだったと思います。
バンガロールからプラシャンティニラヤムの駅まで3時間10分でした。早いですね。

チケットを買った後、駅の近くの食堂で朝食を食べて、バスでラーマクリシュナのお寺に向かいました。
知人にここの本屋で売ってるヴェーダのカセットテープを頼まれてたので。

ところが渋滞で、バスで行くとだいぶ時間がかかりました。
オートだと駅から30分くらいですが、バスだと1時間くらいかかりました。
時間は余裕だと思ってたのですが、そんなわけで、昼の12時15分くらいについたらラーマクリシュナのアシュラムは閉まってました。

すぐに引き返すのも疲れたので、わたしはアシュラムの前で座って休憩して、心の中でラーマクリシュナに「門を開けてー」と言ってみたり、ピザハットに昼ご飯食べに行こうかな、と思ったりしてました。主名はシャボン玉をしてました。そしたら、そのうち時間外でしたが開けてくれました。

「誰かに会いたいですか?」とかきかれましたが、申し訳ないことに、私はこのアシュラムにどういう会うべき人がいるかも知らなかったので、、そのことを言って、CDを買いたいと言ったら、本屋に連れて行ってくれて、開けてくれました。

主名は本屋の外でシャボン玉をしたり、魚を見たりしてました。坊さんらが遊んでくれたりしてたみたいです。

わたしは、CDやらDVDやらテープやら本なんかを買いました。
朝早くからみんな起きて活動してて、いまは昼休憩の時でしょうに、時間外のまぬけな訪問者のために5人も6人も出てきてくれて、ちょっと申し訳ないようにも思いました。

時間が押してたのですが、みんなで対応してもらって、本屋だけ行って帰るのもなんだし、テンプルに行って、ラーマクリシュナに挨拶をして、対応してくれた人たちにお礼を言って、アシュラムを去りました。ラーマクリシュナのとこはいつもそうでしたが、今回も皆さんすごく親切でした。

すでに1時25分になってました。
急いでオートを捕まえて駅に向かいました。
2時発の列車、無理かも?とか思いましたが、まあ、主名にババに祈らせました。主名は電車が好きで、乗るのが念願だったので、列車に乗れないかもよ。と言うと、主名は列車に間に合って乗れるように真剣に祈ってました。

ドライバーは日本はいい国だとか、のんきなことを楽しそうにしゃべってました。
携帯でも何でも日本はすばらしいとか何とか。

しかしスムーズに駅について、駅の入り口に着いたのは2時7分前でした。
あ、間に合うかも、と思って、急いでホームを確認して、階段をあがって乗る列車が停まってるホームに行きました。
ホームで水とかパンとかご飯とか買って、列車が動き出さないかどうかちらちら見ながらお茶も買って、乗り込んで席に座ったのは2時30秒前くらいだったと思います。

よー間に合ったなー、と、ほっとしました。

列車が出発したのはそれから10分後でした。

パンもご飯もおいしく全部食べて楽しい列車のたびでした。
途中までは6人席に私と主名だけでした。
途中でもう一人女性が乗り込んできました。

車内に売りに来るコーヒーとか買って飲んだり、寝たりしてたらすぐにプラシャンティニラヤムの駅に着きました。
途中で乗ってきた女の人が熟睡してたので、降りなくていいのかなー?と思って、一応起こしてみたら、まだ先まで行くみたいでした。

実際はバンガロールシティ駅からちょうど3時間でプラシャンティニラヤムの駅に到着しました。
夕方5時10分に着きました。

駅からはバスかなんかでアシュラムまで行こうと思ってたのですが、オートのドライバーが60ルピーで行くというので、オートにしました。
で、アパートの近くまで行ってもらいました。

ちょうど、アルティの音が聞こえました。

シャワーを浴びてさっぱりしてからバジャン練習に行きました。

主名は列車を降りる前から「あしたもバンガロールに行こう」などと行っていました。
2台が繋がったような長~いバスとか、いろいろ見れたし、楽しかったみたいです。
「主名、街好き。」とか言っていました。
【2009/02/07 19:35】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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