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昨日
昨日は朝も午後もババは来てました。

朝はうちらは行きませんでしたが、9時過ぎに来てインタビューを30分くらいして、10時過ぎに家に帰ったみたいです。

午後はわたしらは6時くらいに行って、ババはなかなかこなかったので、今日は午後のダルシャンはないのかな?と思いましたが、6時半くらいに来て、7時半くらいに家に戻りました。

しかし、ローカルピープル(はげしい系のインド人)と瞑想系外国人をダルシャンで同じ場所にまぜこぜに座らせるのは酷ですよ(お互いに)、、、と、この日も思いました。

今朝もババは来てたみたいです。
うちらは前の晩には明日の朝トークンに行こうとか言っていたのですが、9時まで寝てました。

シュナは少し喘息気味です。
でも一週間学校がないし、今週は毎日タブラーのレッスンに行こうという計画です。

今、レッスンから帰ってきましたが、今日も先生が変なことを言ったと、しかめっつらの苦い顔で帰ってきました。
タブラーの先生は変な言語を駆使して一人で受けて笑うので、主名は子供ながらにうんざりしてるみたいです(笑)

わたしも一緒に通ってたときはうんざりして正直頭痛のたねになっていたので、最近は主名だけ送り込んでいます。
まあ、技術的にはすばらしい先生なので、シュナもそれなりにたたけるようにはなってきています。

最近は主名の友達も一ヶ月限定で通いだしたので、最初の顔合わせのときだけ私もつきそいで行きましたが、あとは放置。
友達同士がいるとやはりかなり楽しいみたいです。
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【2010/03/07 20:06】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ならいごと
この前、音楽教室でおにいちゃん先生が主名に女の子がまるでおじさんのように自分に酔いしれてタブラーをたたきまくってる映像を見せてくれました。

私はそういう映像は好きじゃないのですが、主名は影響されたみたいで、タブラーを熱心に、速いスピードでたたく練習をしています。

タブラーの先生も、最近いいことがあってハッピーになってて、教室の雰囲気が明るくなりました。

タブラーの先生は芸人というかんじで、主名に一発芸みたいなギャグを披露することに熱心です。
先週から、主名は英語もこのタブラーの先生に習ってますが、教えてる途中にギャグを入れるので主名は混乱しています。

まあ、なので、主名はこのタブラーの先生のところはあまり休みたがりません。

昨日はバジャン練習に行きました。
ハヌマーンの最新バジャンを習いました。

バジャンもどんどん新しいのが作られてて、アシュラムのバジャンを聞いてても、「あ、これ、新曲?」と、時々思います。

多分もっと聞きなれてると、誰それが作ったやつだなこのメロディは、とかもピンと来るんでしょうね?

ここ数日は少し暑いです。
【2009/09/15 15:03】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー教室
タブラー教室に、主名の友達の女の子とそのお母さんも今日は行きましたけど、女の子は男の先生が怖くなっちゃったみたいでレッスンが出来ませんでした。

昨日の顔合わせではやる気だったんですが、そうですよね。ひげのおじさんは、4歳の女の子には、やですよね?面と向かいたくないよね?

午後のダルシャンではババは4時半くらいに来ました。
なんだっけ、ブラーカタ?だっけ?ハリカタだっけ?忘れましたけど、とにかく、3人でやる音楽漫才みたいな出し物がありました。

さっき(8時くらい)からまた雨が降り出しました。
今夜も涼しくなりそうです。
【2009/08/24 23:55】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー教室
昨日は、今来てる親子連れも一緒にタブラー教室に行きました。
タブラー教師は奥さんが戻ってきたので持ち直したみたいでよかったです。

その親子連れも子供を習わせたいということで、主名がいるほうがその子もリラックスできるだろうし主名も喜ぶだろうということで、しばらくは出来るだけ毎日レッスンに行く事になりました。

わたしは前回はダッガーだかなんだかいうタブラーテクを教わりました。
たたいてからぐぅん、と、音を伸ばすやつです。
でも私がやると音が変わらずあまり効果なし。

昨日は、バジャンのときのタブラーのはじめ方と終わり方を習いましたが、今朝のアシュラムでのバジャンを聞いててもそのテクは確認できず。
多分、私が習ったのは初歩の初歩の初歩と思われます。

同じたたき方でも4~5段階くらい、スピードを上げる必要があるみたいですけど、2倍速がやっとです。

昨日はガネーシャチャトルティだったので、路上でも芸の披露がされてて、子供たちや女性が仮設ステージ上で踊っていました。
かなり面白かったので、すべてが終わる夜の10時半まで見てしまいました。

クリシュナとヤショーダでしたっけ?おかあさんとのやりとりの場面の踊りなんかはほとんどパントマイムで、98パーセントくらい分かって、コントみたいですごい面白かったです。

表情がすごい豊かに踊るので、顔のパーツの大きいインド人ならではだなあと思いました。
手の表情と顔の表情がもう芸でした。

黒いクリシュナがいたずらをして、お母さんが怒ってクリシュナの耳をつまんだりとお仕置きをしたりするのですが、いったんクリシュナが笛を吹きだすとアラ不思議、怒ってたお母さんの表情は和らぎ、うっとりとなってクリシュナに寄り添い、クリシュナはにんまり。
というのがいたずらの種類やお仕置きの種類などのディテールを変えて何度も何度も繰り返されてました。
いや、すぐ近くで見てたこともあるせいか、かなり面白かったです。
芸人ですね。。。

日本に、山椒は小粒でもピリッと辛い、みたいな言葉がありましたけど、インド人は全員山椒だなと思いました。


【2009/08/24 15:32】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー教室
昨日の夜はタブラーレッスンに行きました。
先週のレッスンが、先生が今度は躁ぽくて、だいぶおかしかったので、そのおかしな積極性にぐったりして、昨日行くのは気が重かったのですが、昨日はまともになってました。
でも、インド人て、そんなのかもしれません。

まえ、ひそかに尊敬してたアシュラムの中に住んでるママ友達が、ちょっとこけてちょっと血が出ただけで死にそうになってたのを見て、意外だったのを思い出します。

インド人て、ちょっとなにかあるとあわてふためいて心神喪失状態になる感じ。と、イメージが変わりました。

タブラーの先生は、私をこの先生に紹介したアシュラムスタッフのインド人女性が自分も何か聞きたくなってこの先生を訪問したらしく、私たちのこともお互い話したらしく、それとかもあって、われ(威厳のある先生の人格)を取り戻した様子です。

また、彼に色々英語とか習ったり助けたりする弟子みたいな人たちも加わって、安心感が出たのかもしれないとか思いました。

私の友人のインド人女性に、ほんとのことを言わなくてよかったです。

(習いだしてから、彼女に、彼はどうか、GOODかと聞かれたときに、わたしは、このタブラー教師は大丈夫だったのか、習ってた友達に確認してみてよと、言おうかと思いましたが、踏みとどまりました。単に、「He is OK.」とだけ言いました。そしたら、仕事に忙しく、生活費も稼がないといけない彼女は、色々習える私をいいカルマがあるとうらやましがってて、そのうちあなたが私に教えて、とか言ってました。もちろんただで。)

よかったです。
タブラーを習う(というか、主名に習わせる)だけが目的ですから。

ババが色々人を差し向けて、タブラー教師を支え、助けたのかもしれません。

「男殺し、女殺しという言葉があるけど、あなたがそうなのよ」
などというほとんど呪いの言葉のようなことを趣味で占いをする知人に言われたことを思い出しました。

よっぽどしっかりしてないと(もしくは星の影響を越えていないと)、私と近しく関わるとある種の人には破滅的になるのかもしれません。

インド占星術的に見てもらったときの説明では、私は一人でいるべきなので、そうでない状態になると神の摂理に反することになり、土星が怒って一緒にいる人を攻撃するとのことでした。

タブラーを習いに行くことは弟子入りみたいなものなので、それでも土星は怒ったのかもしれません。タブラー教師は技術云々はともかくとして、家族の生活を背負っているだけに、音楽教室の10代の兄妹先生ほど純粋無垢の強さを保持してないですし。

しかし、インドでものを習おうとすると、レッスンそのもの以外のところが大変なのはなぜでしょうか?
どこでもそうですか?

しかしおかげで、適度な距離感が生まれて、習うのを続けられそうです。
人と人が出会ったときに起こる化学反応がとりあえず一通りおわったかんじでしょうか。
【2009/08/10 14:25】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー
最近、タブラーを買いました。

最初、タブラー教師にタブラーはどうするのか聞かれ、買おうと思ってます、と言ったら、バンガロールに買いに行ったらプッタパルティで買うよりも安いから、少し後でもいいなら自分が買いに行ってあげよう、とか行ってました。

でも、聞いたらせいぜい1500ルピーくらい違うくらいみたいだったし、わざわざ買いに行ってもらうのも大変だと思ったし、自分が買いに行って丸一日つぶすのもしんどいので、プッタパルティで買うことにしました。

そしたら、自分が楽器屋についていって選ぼう、と自ら言ってくれてたので、時間をきめて行こうとしましたが、2かいほどうやむやになったり変更になったりして、最終的に、楽器屋で落ち合って、前日くらいに私たちが先に楽器屋で見て、楽器屋で薦められたタブラーでオッケーかどうかチェックしてもらいました。

結局、前回自分たちだけで行った時に薦められたタブラーをそのときいわれた値段で買いました。
(6500ルピー)
まあ、でも先生に選んでもらったということはなんとなく縁起がいいかなー?と思ったのでした。
ハーモ二ウムのときも、そのときは「一番安いのを買いなさい」という指令をおばあちゃん先生から受けて楽器屋で買って、あとでおばあちゃん先生に見せに行って、「うん、いいハーモニウムだ」といってもらって、たぶん、買った楽器を先生に見せるのは縁起物みたいなものなんだろうなと思ってたのです。

やっぱ、交渉ごとにはインド人のおじさんがいると楽だなとか思ったんですけど、
そしたら次のレッスンの時に、タブラー教師は、タブラーを入れるバッグは重要だという話をして、なんでかというと、バッグに入れとかないと虫とかねずみとか何かの動物が来てタブラーの皮(ヤギの皮だそうです)を食べてだめにしてしまうから、という話で、だから、家で練習しない時はいつもバッグに入れておいて、練習の時だけ取り出して練習し、練習後はまたバッグに収納するようにといわれました。

でも、タブラー教師自身はタブラーを常に出しっぱなしだし、いちいちバッグに入れてたらめんどうで練習しなくなりそうなので、そうする気はなかったんですけど、
たぶん、タブラー教師は自分が店についていったからバッグはおまけとして店の人がつけてくれたんだということを暗に示したかったんだと気がつきました。
バッグは買ったら多分500ルピーくらいと思います。
(でも使わないから邪魔)

で、自分がついていったから、店の人はどの品質のタブラーでも6500ルピーでいいよと言ってくれたとかいっていました。
だから、店で、いろんなタブラーをたたき比べてたという話でした。
結局、私と主名だけでまえもって店に行ったときに店の人に6500ルピーといわれた、その店では安めのタブラーをタブラー教師がこれが一番いいといったので買ったんですけど。
まあ、その6500ルピーが高いのか安いのかはよく分かりません。
前もってタブラー教師が店に電話してたみたいなので私たちだけで行っても安くしてくれたのかも知れませんし、そうじゃないかもしれません。
まあ、そこらへんはもうどっちでもいいです。

で、通常は教師に店についてきてもらったら、時間をとらせたということで500ルピーくらいお礼として払う人もいる、みたいな話をタブラー教師は言ってて、でもまあそれはあなたしだいだけれど。
という話をしたので、はあ、そうなんですか、と聞き流しました。

確かにそういう世界があるのは分かりますし、タブラー教師としてはいい技術を持ってるし尊敬されてるっぽいのはわかります(ほんとはどのくらいなのかは私にはわかりませーん)けど、
タブラー教師の自宅から200メートルくらいのところにある楽器屋にきてもらっただけでこれですよ。
バンガロールから買ってきてもらわなくて良かった。。。
ちゅうか、実際わたしはその時500ルピーも持ってなかったのですが。貧乏は最強。

このタブラー教師はババの学校に勤める前は立派な口ひげを蓄えてたそうです。
で、「おれはおとこだ!女々しく自分からダルシャンなんか行くもんか。来て欲しいならサイババが俺のところに呼びにこい!」とか言ってたそうです。自分で言ってました。

なのでプッタパルティに大学の音楽教師として呼ばれたかなんかで来ててもダルシャンも行ってなかったそうなのですが、そのうちこんなサイラムワールドに嫌気がさして、もう帰る、と決めたそうです。

そしたらババが音楽大学にやってきて、そのタブラー教師を含む数人とかがババの前で演奏して見せたそうです。

そしたらババはその演奏をほめたそうで(タブラー教師が出したタブラー教本にそのときのババのコメントを載せてます。ブログを読んでる方でもし欲しい方がいれば喜んで販売すると思います。ただし英語。)その時だかなんだかに、タブラー教師はビビビー。と変容させられたそうです。

そして7年ほどババの音楽大学に勤め、彼はそもそもタブラーについてのなんらかの資格を大学で取れるようにする仕事のために呼ばれてたらしく、そのめどがついたそうで、今は大学を辞めてフリーとしてやってるというわけです。

ババの学校に勤めてた時は写真を見る限りひげは剃ってましたが、今は昔ほどではないけれど復活しています。

多分、ババの学校に勤める前によその場所でどこか学校に勤めてたと思いますけど、その頃は9000ルピーくらいのサラリーをもらってたそうです。
ババの学校はその半額以下だそうです。
聞いてもないのにお金の話をよくするんですよね。
で、同時に、「お金は問題じゃない」ともよく言います。

ま、でもタブラーがうちに来たので、私は時々練習してます。
習うものとしては、ちゃんと練習することこそが一番の礼儀だと思うので。
【2009/07/30 18:31】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー教室
こないだの月曜日から主名とともにタブラー教室に通ってます。

先生はババの音楽大学のタブラー教師を7年勤めて今はフリーというおじさんです。
タブラー自体は30年くらい教えてるそうです。

まあ、悪くないと思います。(えらそうですか?)

いやしかし、思うのはババの学校の教師とか元教師とか接する時も時々ありますが、やっぱり現役の学生の清潔感は特別ですね。

年をとるといろんなものを背負うのでしょうがないのですけど、どうしても澱みますよね??

サマスタジーヴァースキノババントゥ、ってかんじですか?

知り合いのインド人にこの先生を教えてもらって、月4回で200ルピーと聞いてたのですが、いざ行ってみると子供は一回50ルピーで大人は100ルピーといわれたので、ま、いいか、と思ったのですが、
なんか、わたしってタブラーに向いてない?とか思って、(だってたたいても音が出ないんですもん)ちょっとやる気をなくして、体調もいまいちだったし、お金もったいないしとか思って、最近の2回は主名だけレッスンしてくださいとか言ったりしたんですけど、そしたら私も50ルピーに値下がりしました。
主名だけの50ルピーよりも、私のも値下げして2人で一回100ルピーとしたほうがいいと思ったのでしょうか。

じゃあ、私も毎回やろうかな。

主名に教えるより私に教えたほうが簡単なので、私に教えて主名に私が教えるという形にしたいらしいです。
主名は男の子なのでか、音はいい音を出すのですが、技術を教えるとなると、なんでそうなるね~~~ん?と、横で見てる私が突っ込みを入れたくなるような手の動きをしたりするので(本人まじめ)、先生も力が抜けるみたいです。

でも、わたしも回を重ねるとだんだん音も出るようになりました。

あと、音楽教室に通ってることを言ったらレッスン料はいくらかとか詳細を聞かれたので、週2回あるので、月8回で100ルピーと言うと、その安さがちょっとショックだったみたいです。
(音楽教室の兄妹のお兄ちゃんのほうはババの音楽大学でのタブラー教師の元教え子)

このタブラーの先生は私と主名が行ってる貧しい子のための学校に興味しんしんで、校長に自分のことを話してくれとか、一緒に学校に行こうとかいうので、校長は男&テルグピープル嫌いだしなあ、と、私はあまり気が進まなかったのですが、「校長に今日は言えなかった」とか私が言うと、「マダム~そりゃないよ~(意訳)」みたいにソフトに攻めるので、しょうがないから校長に電話して、翌日早速タブラーの先生は学校に来ました。

校長は愛想がいいので、その場ではタブラーとテルグ語をこのタブラー教師が学校で教えることになりましたが、ほんとに実現するかどうかは不明。

でも、ちゃんとした先生なので、学校にとってもいいチャンスと思います。

タブラー教師と校長先生ともう一人の学校の先生は昼ごはんのあとにいっぱいいろんな話しをしててわたしも聞いてましたが、学校の教師(ある種すさまじい性格)が、一般論にカモフラージュして、自分の最近許せなかったことなどをタブラー教師に話して意見を求めたりして、それに校長も興奮して激しく反論したりして、女二人はすごい騒ぎになりました。(子供たちは部屋で昼寝中)

タブラー教師はだんだんオーラがしぼみ。。。。。(笑)

いやでも、昨日習いに行ったときは、タブラー教師は、校長先生はすばらしい女性だと絶賛していました。
校長先生ももちろん完璧な人間じゃないと思いますが、しかし、ここの学校の子供たちは楽しそうに暮らしてるし、それは私も認めます。

タブラー教師は、学校で出されたご飯を最初は断ってたのですが最後は断りきれずに食べてました。
「自分は家以外では食事をしないのですが、ここの学校はすばらしいしみんな家族なので特別に食べることにしました。ベリーベリーハッピーホーム!!」みたいに言っていました。(一部脚色)

しかし前日、タブラー教師は外で買ってきたご飯を家で食べるために持ち帰ってきてたのを私は見た。。。

タブラー教師は昨日は実際のレッスンよりも語りが多くて、わたしはそれがババの学校のやり方なのかとか思って感心すべきかと思ったりもしたのですが、過去は過ぎ去った、明日はまだ来ない、私たちは今を楽しむべきだ、そうじゃない?みたいにさんざん熱弁をふるわれたあかつきには、わたしは、
「私はタブラーを習うためにここに来てるので、レッスンをしてください」と言わずにおれませんでした。

いやぼくは、霊性について君とディスカッションをしようと思って、、、、
とか何とかタブラー教師は言っていましたが、面白くないですもん。どこかで読んだ話ばかりだし。

いや、雑談の多いこと。部屋代はいくらだとかきかれたので1400です。グッドプライスでしょう?と言うと、ここは1800だよ?電気代は300ルピーくらいで、、、とかいうので、でもここは部屋が、一つ、二つ、と、何かまだ他にもスペースがあるじゃないですか、と、なぐさめたり?何で愚痴話を聞く羽目に。。。

外国人を見ると物売りは10ルピーのものでも20ルピーとかで売るのでプッタパルティの物価が上がる。プロブレムだ、とかいうので、(ここのレッスン料も、最初私には外国人だから2倍にしてなかったっけ?)プッタパルティだけじゃなくて世界的に不況なことを日本の状況の説明もしながら話したり。

まあ、確かにプッタパルティって他のインドの土地に比べて何でも高いみたいですけど。

現実の生活の重みと霊性の理想の間で揺れ動く多感な?タブラー教師なのでした。

主名は、というか、男の子は、やっぱり太鼓とかむいてると思います。
タブラー教師がタブラーのテクニックを披露してくれるのを見てると、小学生の時に、勉強の出来ない男の子たちが猛烈な速さと指使いで競って机をたたきまくってたのを思い出しました。

主名も、今のところ喜んで行ってます。
【2009/07/24 19:04】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(1) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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