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アマチ(アンマ)の来日プログラム(東京)のお知らせ
アマチ(アンマ)の来日プログラムのサイトはっときますね。


http://www.amma-rainichi.org/


東京でのダルシャンは27~29日だそうです。アマチも、本人がそう決めたらいつでも逝ける人だとおもうので、チャンスがまだあるうちに、縁のある人はぜひダルシャンを受けてみてください。

このブログは基本サイババブログなんですが、
アマチのダルシャンでサイババを直接感じたという人もまわりに多く、私もその一人だったので来日プログラムここでも紹介しときます。

姿かたちは違えども、内在する神はひとつですから!

そしてアマチはその内在の神を個人性の雑音なくこの世界に現して、わたしたちにパワフルに見せてくれている人のうちの一人だと思います。
彼女に心を開いても個人性の汚れで傷つけられることはない、数少ない安全な存在だとわたしは感じています。


すばらしいです。


以前書いた記事
http://furunosawako.blog59.fc2.com/blog-entry-1338.html


午後のダルシャンを受ける場合は終電のがす可能性も高いので、ちょっと気をつけてください~。


なので午前の部だと時間がかかっても昼過ぎとかだから、終電のがす心配なく、安心して参加できるかも。


わたしはアマチの歌うバジャンが、すご~~~!と思いました。(アマチがバジャン歌うのは多分午後のダルシャンが始まる前)
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【2012/05/27 10:40】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(0) |
自分のツイートより。
3月15日にインドのカレシュワールスワミがマハーサマディーに入った(自分の意思で肉体を離れた)みたいですけど、3月16日には吉本ばななのお父さんも亡くなってたんですね。人はいつか死ぬ、みたいな。

カレシュワールは自分で自分はババジだって言ってたみたいだけど、オリジナルのババジって今も生きつづけてるんですよね。てことは、カレシュワールの時は同時に2つ肉体を持ったりしたってことかな。ババジくらいになると(ってどのくらいだろう)それくらいは余裕で出来そうですね。

もうじきカレシュワールがマハーサマディーに入ると聞いて、もし彼がババジなんだったら、前からババジにあいたかったので(私の願望の一つだった)ぺヌコンダのアシュラムに1月だったか、だめもとで行ってみました。やっぱアポなしでは会えなかったんだけど、彼が肉体に留まってる間に行ってみてよかった。

カレシュワールのグルのシルディサイババへの美しいアビシェーカム(プージャ)の様子。



なんかの本で、だれかがプッタパルティでサイババダルシャンを受けに来ていたババジに出会ったと書いてありました。ババジは「あなたたちはいつもダルシャンを受けれていいね」みたいに言ったと書いてあったような。サイババの恐ろしいほどの栄光よ。


以上、自分のツイートより。

https://twitter.com/#!/furunosawako


ちなみに2:40くらいにでてくる2人の女性ダンサー、チトラバティーロードで踊ってたの見たことある。笑
すごく上手だった。

テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体

【2012/03/17 22:25】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アマチ(アンマ)IN 宮城
来日中のインドの女性聖者アマチ(アンマ)が、今日、急遽予定変更して宮城を訪れてるみたいです。

アマチの訪問先は宮城県多賀城市総合体育館で、住所は 多賀城市下馬(けま)5丁目9-3 と、ツイートがありました。

ツイートにかかれてた予定では12時半に訪問らしく、そろそろダルシャンが始まるのかな?といったところ。

ご近所の方でもし興味のある人は行かれてみてはいかがでしょう。

速報でした。

テーマ:ありがとう - ジャンル:心と身体

【2011/07/25 14:19】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アマチの香り
そういえば昨日の午後3時半くらいにアシュラムの芝生から帰るとき、アマチの香水のにおいが強く一瞬香ったように思いました。

周りを見てみると、インド人のおっさんばかりだったので、おっさんのにおいじゃないと思うんですけど、
アマチの意識が来てるのかな?とか思いました。


サイババのセンターの中では、ほかの聖者のところに行くとなんとなくよくないんじゃ?
サイババに集中すべきなんじゃ?

みたいなムードもないことないと思うのですが、

私が10数年前に始めて来日してたアマチ(アンマ)こと、マータアムリタナンダマイーに会いに行ったときには私はそんなことぜんぜん気にしてませんでした。
まあ、サイセンターにそんなに深く関わってたわけでもなかったので、義理も縛りもなかったし。


その頃私はほとんどの時間、家にこもって絵を描いていました。

心の安定はなかった一方、絵を描くことが自分を保つ手段にもなっていたので、何を考えることもなく新鮮な絵がいくらでも湧いてきて、それはそれでよかったのです。

しかしあるとき、自分は人間関係において、本当の愛を知らないとつくづく思い、自分が知らないのに他人を愛せるわけがないとか思って、猛烈に悲しくなって、

ほとんど祈るということはしたことがなかったですが、その時は神に
「私は本当の愛を知らないです。本当の愛が知りたいです」

と、強烈に祈りました。


すると、たしかその翌日に、アマチが明日(だったか?)来日するという話を聞いたので、兵庫から関東に行きました。

もう、会場に向かっている途中で早くも泣いてました(笑)


ダルシャンが何時に始まるかとかも知らなかったので、会場に着いたらまだ準備中だったので、準備を手伝いました


午後からダルシャンが始まって、
受けたんですけど、
号泣もいいとこで、他の人からも「長かったね」と言われたくらいだったので、
だいぶ長くハグしてもらってたんだと思います。


たぶん、その頃は肉体レベルというか、肉体に近いレベルでのいくつかの体すべてがめちゃくちゃな状態だったんじゃないかな~?と思います。
バランスもぜんぜん取れていなかったのは間違いないし。


で、号泣ロングダルシャンが一回目だったんですけど、2回目も号泣で、

3回目はちょっと落ち着いてきて、アマチにすべてを捧げるくらいの気持ちになってて、

4回目には顔を見合わせてにっこりする余裕が出てきて、

このときのアマチの来日の期間中、結局5回ダルシャンを受けました。



サイババもそうですけど、アマチもやっぱり離れていても突然視線を投げてくる?ときがあって、


それはその時の自分の意識状態に合ったものだったので、そのたびに納得というか、静かなつながりを感じたりしました。


最終日の5回目のダルシャンを待ってるときに、希望者はアマチからマントラをもらっていたのですが、わたしは、アガスティアからもらったマントラがすでにあったので、きっと、あれでいいんだろうなー、と思ったら、その時もアマチはまっすぐこっちを見てきたので、やっぱりそうなんだろうなと思いました。


ダルシャンのための列に並んでいる時には、会場にいてそれぞれのことをしている人たちみんなが全員アマチになったり、サイババになったり、自分になったりとフラッシュしていました。


自分のハグの順番が近づいてきて、前の人がハグされてるのを見てたら、アマチがサイババの姿になって、サイババがうれしそうにハグしている姿でした。

「あ、みちゃった。」
と、私は思い、

サイババは一人一人に接触する機会が限られてるから、アマチの姿を借りて、こうやって楽しんでるんだろうなあ、と思いました。


で、自分の番が来て引き寄せられてハグされてる最中に

「あなたサイババでしょ?(私知ってるよ)」
と、心の中でアマチに言ったら、

アマチはいったん体を離して神の状態にあるままで私の顔を見て

「まぁ~~~~、、、」
といって笑い、
再び私の体を引き寄せてハグしなおしてくれました。



その後、ステージの上に気が済むまで残るように言われて、ほかの人たちと一緒に残っていたのですが、
気がついたらダルシャン続行中のアマチに近づきすぎてたらしく、後ろに回るように係りの人に言われて5メートルくらいさがったのですが、

そしたら胸が破れるように痛くなったので

「数メートル離れただけでこんなに寂しくなるなら、兵庫に帰ったらどうなってしまうんだろう?」
と思い、

「私の心の中に生きてください」
とアマチに祈りました。

そしたら離れても平気かな、と思ったので。

そしたら私の前にいた人たちがいっせいにステージから降りたので、
私はまた前に行って、
今度はアマチのすぐ背後からダルシャンの様子をみる感じになりました。

そしたら、アマチと正面から対峙している時と、背後にいるときとでは感じるムードが全く違ってて驚きました。


もしかしたらアマチがあえて、彼女のオーラの?マーヤーの?(笑)外に私を出してくれたのかもしれません。

アマチの眼前にいるときは濃厚なアマチのムードに包まれていたのに、背後に回るとうそみたいにスッキリして、頭が冴え冴えとしました。

わたしはアマチの後ろから、次々と彼女にハグされる人の様子をほとんど彼女と同じ目線で見ていました。

同じようにハグされるのに、それぞれの人の表情や態度、ムードがぜんぜん違うことにも気がつきました。

アマチに対してかたくなさが残る人、開いている人、開きすぎて溶けてる人。


そんなダルシャンの合間に時々アマチはぶわっと振り返ったり横を向いたりして、
そのときは明らかに濃厚なアマチのオーラに背後の私も包まれて溶けるのでした。

そしてアマチが正面を向くとまた、その会場全体を包む濃厚なムードの外にいる、冴えた意識がわたしに戻ってくるのでした。


そのようにして、アマチにはわたしに何かを伝えて教えているようなきもしました。


最後にはアマチの弟子や組織で活動している人たちが、もう、彼ら、彼女たちにとっては何回目になるかわかりませんが、きっと数多いダルシャンのさらにもう一回を受けました。

その静かで満たされた様子も印象に残っています。



その後そのままそのステージ上のアマチの前で帰依者同士の結婚式が行われ、私たちは新郎新婦に花を振り掛けました。


その後、女神の姿をしたアマチがステージの上に立ち、
人々は会場の部屋の中をみんなでぐるぐる回ってアマチの祝福を受けました。

私は抜け殻のように、人々に流されるままその流れの中にいたのですが、そんな私にもアマチは花をかけて祝福してくれました。



そんな日本でのアマチ体験だったのですが、
兵庫に戻ってからもしばらくアマチとのつながりが強くあったようで、
意識がアマチのそれと入れ替わったり、(そもそもその時期はアマチに限らずそういうことが多い時期でした)

サイババとアマチとの境界が自分の中であいまいだったこともあり、
人に頼まれてサイババのバジャンのカセットテープをダビングしてたらアマチの香水のにおいが強く漂ってきたこともありました。

それはわりと長く続いたのですが、その場にいた父ににおいがするかと聞いたら、父はそのにおいは感じないようでした。

その後もそのにおいが、どういうシチュエーションだったかは忘れましたが、また、来たことがありました。



アマチは私がサイババ系だと知っていたと思うので、後から考えてみると、そのように適切に私に対応していたんだろうと思います。


私の中では、アマチは少女時代にクリシュナが好きだったという話を読んだので、
アマチの帰依者がむっとしたら申し訳ないですが、
クリシュナとサイババを私は同一視しているので、アマチとクリシュナの関係に基づいて、
私の中ではサイババとアマチの関係が位置づけられています。


夢にもちょくちょくアマチは出てきて、
時には太陽と月が同時に空にあるときにアマチがプッタパルティで祈っている夢を見ました。

3年前、主名が離乳できなくてわたしが困ってるときに夢でアマチが「もうやめなさい」と言ってきて、
おきてから主名に「アマチにもうやめろと言われた」と言ったら、それ以来主名がぴたりと離乳したということもありました。


わたしはアマチの存在がその10数年前には必要で、今はもう必要ないのかもしれませんが、
恩がある感じだったり、好きかどうかというと好きなことには変わりは無いので、
時々こうやって思い出すことがあります。


ammma
amma2
amma3
amma4
amma5



【2010/06/17 16:01】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ユーチューブって~。
教えてもらって、ユーチューブ観賞をしました。

ここから入りました。↓
            ここ。

最初のはラメーシさんもしくはラメーシュさんで、ニサルガダッタマハラジの弟子でしたっけ?多分そうだったと思いますけど、間違ってたら教えてください。
覚醒してるらしいですけど、老人好きにはたまらない感じと思います。
(知人にお年寄り好きがいるもので。。。)

この映像を見て、個人的な感想としては、去年までヴェーダを教わってたおばあちゃん先生を思い出しました。
おばあちゃん先生っぽい~。なんか雰囲気が似てて懐かしいです。
おばあちゃん先生は悟ってるというみんなの話だったのですが、やっぱ悟ってたのだろうか?

そこから飛んで、いろんな聖者といわれる人の映像を見ました。
おんなじようなのがぞろぞろ出てくるんですね。

プンジャジは、頭のつやがありがとう村のありがとうおじさんみたいでした。なんか重量感も。

ニサルガダッタマハラジの映像なんかあるんですね。
うーん、なんというか、コメントしにくい感じ。
ぎょぎょぎょっ、動かされてる人、って印象を受けました。

クリシュナムルティは今まで写真でしか見たことがなかったのですが、写真のほうがかっこいいです。

なんか、映像はわたしはだめでした。途中で切っちゃった。
なんか苦しそうだし。
クリシュナムルティの学校はすごくいいという話を聞きますが。(授業料もすごく高いと聞きましたが)

ラジニーシははじめから見るのをやめました。
なんでか?
昔一冊だけラジニーシの本を買ったことがあって、写真も中身もすっごいかっこよくて、
わー、かっこいーーー、素敵。。。とうっとりしてたら意識が急に吸い込まれて閉じ込められて出れないみたいになって、怖かったことがあったので。なんでですかね。

そのとき、近くにニームカロリババの「愛という奇蹟」か、なんかそんなような本もあって、そっちのニームカロリババの本の表紙の写真に意識を移したら、ラジニーシのとこから出て広がって自由になれたので、助かった、、、となったことがありました。

そのあと、ニームカロリババにすごく会いたくなって、でももう一応死んでるので向こうから来てもらおうと思い、「現れてください!」と祈ったら、お風呂に入ってるときに壁に光の輪がキラキラリン☆と光って、
「会う必要ないだろ?」
みたいな声が脳裏に響いてきたのでわたしも可笑しくなって、「それもそうだな」と思ったことがありました。

ラマナマハリシのは、たぶんもってるDVDと同じっぽかったので見ませんでした。

パラマハンサヨガナンダはがっくし。。。。でした。

いくらなんでも丸すぎやしませんか!!??
いや、だめだ。人のことはいえない、、、。

プッタパルティのチトラバティロードの霊感アーユルヴェーダ医師(元ババの学生で、おなかからだかよく知りませんけどいくつかリンガムが出てきたりしたそうです。)にそっくりと思いました。
パラマハンサヨガナンダって、こんな感じだったんだー?
声もそのまま本人の声ですよね?これか~。もうちょっと落ち着いた感じと思い込んでましたよ。

ちなみにビベーカーナンダがスリランカ人として生きてるというのはサイババ関係者の間では有名な話ですが、パラマハンサヨガナンダもそういう話を聞きました。

過去生と現在と、姿や雰囲気も似てるとかいう話をよく聞きますが、そうなんですかね?

そういう、昔有名な聖者だった人って、今の時代だと普通に暮らしてる人が多いんですかね?なんで?

オーロビンドはうーん、なんかどうなん?て感じです。(これは動く映像じゃなくて写真でした)
いまいち親近感が湧かないので、あんまり縁がないのだろうか。
マザーも見る気がしなかった。
なんかもうちょっと笑いがほしい感じ。だめ?

でもオーロビルはよさそうですね。
すごいまじめな感じのクリシュナムルティとかオーロビンドとか、まあ、実際にお会いしたことがないのでわかんないのですが、学校とかアシュラムとか、残ったものはなんかすごくおしゃれでよさそうですね。なんで?

もとアルジュナとかいうはなしの、チンモイさんは日本にも来てたんですね。しらんかった。
しかし、いろんなことしてて楽しそうでこれはかなり笑っちゃいました。
私はチンモイさんの演奏は途中で飽きて消したかったのですが、主名はなぜか最後まで見たがりました。

それからババジ好きの主名のリクエストで、ババジのマントラを唱えてる映像も見ました。
マントラというから「オームナマババジ~」くらい言ってるのかと思ったら
「ババジ、、、ババジ、、、ババジ、、、」
と、つぶやいてるだけで、ストーカーっぽかった。
でも主名は喜んでて「見て、見て」とわたしに見させようとするんだけど、もういいよー、ってかんじでした。

グリーンターラーのマントラというのもあって、これは好きでした。
気持ちよかったから全部一緒に唱えました。

えーと、そんなとこですかね。

しかし、今まで写真でした見たことがない人たちの動く姿を一気にみたもんで、すごい豪華ダルシャンな日ってかんじです。

まだ脳が情報処理中かも。
【2010/04/04 05:02】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(2) |
マザーミーラ
斜体文少し前に女性のアバターといわれているマザーミーラという人のダルシャンを受けたのですが、それをブログにアップしようとしても3回くらい失敗して無理だったので、まだ公開していい時期じゃないのかなと思って、下書き状態で保存していました。

最近だいぶ何か変わったような気もしたので、さっきアップしたらできました。
2010年2月23日の記事です。(カテゴリー「聖者」)
興味がある人は探して、記事に目を通して見てください。
【2010/03/05 19:40】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マザーミーラ
そうそういえば、こないだ、日帰りで「マザーミーラ(Mother Meera)」という女性の聖者というか、アバタ-らしいのですが、その人のダルシャンを受けてきました。
行く前にババに聞いてみると、「行け行け」とのことでした。

プッタパルティからタクシーで2時間半の、彼女の出身地の町に会場がありました。

彼女は現在50歳のインド人なのですが、ドイツに若いときに渡り、ドイツにずっと住んでる聖者ということです。

本人はドイツからは出ない、といっていたそうですが、何かが変わったのか、最近は世界ツアーをしているようです。
で、こないだはその、彼女の出身地である町でダルシャンを一週間ほどしていました。

西洋諸国でダルシャンをするときは子供は参加不可と、イギリスのホームページとかに書いてあったので、シュナはもし参加できないならタクシーのドライバーにあずけるということでシュナとは話をつけていたのですが、インドに限っては子供も参加していいとのことで、参加させてもらいました。

というわけで、会場に行ってみると、50人くらいだったでしょうか、外部から来てた人たちはほとんど西洋人でした。会場も明るくてきれい。
なので、もちろん押し合いへしあいもなく。各自にいすが用意されていました。ああ、なんて静かなダルシャン、、、だれもくっついてこないし、、、平安へいあ~~~ん。西洋文明万歳。というかんじでした。

最初に彼女が作った学校の先生と生徒たちらしきインド人たちがバジャンを歌ったりしたのですが、これも手拍子すらなし。なんとも不思議なバジャンでした。

そのあと、彼女が部屋に入ってきました。
わたしの心の声は「あ、おねえちゃんが来た」といいました。

彼女のダルシャンは静寂のうちに行われるもので、一人一人のこめかみに手を当ててなんかエネルギー調整みたいなのをしたあとに、彼女とじっと目を合わせる、というものでした。

先にシュナが受けたのですが、シュナはこめかみに手を当ててもらったあとにさっさと自分の席に戻ろうとしたので、あわてて私がシュナの腕をつかんで、彼女の目を見るように指示しました。

あとで、シュナにどんなだったか聞いたら、すっごいぼーっとしてた(彼女が)という感想でした。

たしかに、目をあわせて見詰め合うダルシャンと聞いて、どんな強烈な視線なんだろうとか思ったりもしたのですが、彼女はこちらを見ているような見ていないような、あえていうならあくまで神に没頭したままの状態で、外界を外界としては一切見ていませんでした。

私の番に、彼女がこめかみに手を当ててくれてるときはあっけないほど何も感じませんでした。
???なんだ?というかんじ。
エネルギーがじゃーっと流れてきたり視界がぱあっと明るくなるような分かりやすいヒーリングを受けたこともありますが、そういうのにくらべるとなにがなんだか。なにかあるのかな?と疑問に思うほど何も感じませんでした。
でも、ほんとにバイブレーションが細やかなときは強いエネルギーとしては感じられないから認識できないこともあると思うので、そういうのかもしれませんが、よく分かりません。

次に彼女の目をみると、最初は彼女の目とチューニングが会わない感じがして、しかし彼女は自分の中から出てきてこちらにあわせるわけでもないので、次の瞬間私の中のそれこそシャクティか何か分かりませんけどそういうのが活性化して、それによって彼女のそれと徐々にチューニングが合っていった感じがしました。
3段階くらいの変化を感じ、お、来た来た来た、と、盛り上がってきて楽しくなってきたところで彼女はすっと目を伏せ、私個人に対するダルシャンの終了がそれによって告げられました。
時間にすれば、目を合わせてる時間は10秒くらいのようです。

1時間くらいでダルシャンはさっさと終わり、横に置かれた花輪を彼女の首にかけるでもなく、アルティがささげられるでもなく、静寂を保ちつつ、敬意を表すためにいすから立ち上がった人々の前を実にあっさりと彼女は去っていきました。
そして集まった人たちもそれぞればらばらと帰っていきました。

見事なあっさりぶりでした。

そのあと、しばらく少し頭が痛い感じがしていました。
予想していたような激しさや強烈さこそありませんでしたが、なにか底のほうから上げられたようなじわっとしたかんじがありました。素朴で堅実な感じ。

その日のうちにプッタパルティに戻りましたが、翌日には「彼女はほんものだったな」という印象になりました。
いやあ、いろんなタイプの聖者がいるものです。
【2010/02/23 02:25】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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