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朝4時半にスップラバータムに行きました。
今朝は朝4時前に起きて用意して、4時半くらいにバジャンホール(マンディール?)でのスップラバータムに行きました。



4時半だと遅いかなと思ったのですが、今日は少し雨っぽかったこともあってか人数は心なしか少なめで、さらに外人ということで前に座らせてもらえました。


昨夜3時間睡眠だったので、あまり前に座って眠くなったらどうしようと少し心配でした。

朝5時からオームカーラムで、オームをみんなで21回唱えました。

午後の瞑想をはじめるとき、いつも、オームの音がみんなばらばらですごい気になってたので、だれか何か基本になる音を鳴らせばいいのにと思ってましたが、
朝のスップラバータムの時はオームカーラムのときからハーモ二ウムが鳴らされてて、それでもみんなばらばらの音程だった。笑


でも、オームカーラムを100の音程で唱えてると、その振動が地球を厚く包む様子が映像で現れました。

その細かい音の粒子のようなほとんど物質のように思えるオームカーラムの音はすべてを震わしてすべてをやさしく包んで染み渡っていた。

そのあとスップラバータムになって、
神様起きてください~朝ですよ~みたいなもの憂いような神聖なような旋律で唱える声が響き、わたしは薄暗いホールの中で、シローダーラされてるみたいに意識が飛びました。

眠かった、というのはあるけど、寝てはいなかったみたいで、
座っててもふらふらしたりせずに、戻ろうと思えば意識を戻せる感じで、
実際様子を見るために2~3回意識を戻して目を開けた。

知り合いの歯医者さんがいつもナガラサンキルタンでリードして歩く人たちのグループにいるのですが、その人や、ほかのリードする人も来てスップラバータムに参加していました。

ジェネラルホスピタルの歯医者さん結構ハードワークなのに、毎朝こんな早くから参加してるんだなーと感心しました。


この歯医者さんは性格もよくて、美しくて、技術は知らないけど少なくともいやな思いはしない。
こんなに早朝から毎朝神聖な思いに満たされてる歯医者さんに治療してもらおうと思ったら世界中探しても見つけるのは難しいと思います。

彼女はまだは医者さんじゃないころにインターナショナルバジャングループに半分助っ人的に来てました。

なので一緒にバジャンの練習をしてたのですが、はつらつとして見た目も美しく、歌もすごくうまかったのですごいなと思っていた。

彼女は夢でババに呼ばれて、ジェネラルで仕事するためにやはり歯科医である夫とともにプッタパルティに来て、

その後、ジェネラルでの試用期間を経て、採用か不採用かの最終判断が下されるのですが、

たまたまその採用の知らせが来た瞬間に主名を連れてジェネラルの歯科の治療室に私はいて、

彼女が採用の知らせを受けて感動して少し涙ぐんだあと、本採用後の初仕事を主名の治療で始めてくれました。
(だんなさんも無事に本採用になりました。)


そんな、少し縁のある彼女を見て、
その後外に出てガネーシャテンプルの前にすでにたくさんの人がスタンバッてるナガラサンキルタンのグループに加わりました。

歯医者の彼女と、さらに別の知り合いもリードグループに加わりました。

その彼女はやはりインターナショナルグループで教えてくれてたのですが、のちにイーシュワランマスクールの先生として採用されたので今はもう教えていない。

彼女の教え方はすごく高度で、色鮮やかな音が見えるような教えかたで、とても好きだった。


西洋人はそんなの高度すぎて私たちには必要ない、私たちはインド人じゃないから。といっていたのでもったいなかった。

バジャンの指導の彼女にはいつも近くに来て座るようにいわれ(インド人は気に入った人をよくそういう風にあからさまに差別化して扱う)、西洋人グループの刺すような視線の中言われるままに横に座ると
はじめて行ったときにもかかわらずそこに集まった人たちに対してリードをさせられて、
雰囲気的にまずいんじゃないかなと思ったんだけど、
案の定そのあとすぐ、声がまったくでなくなった。苦笑

そのときは2~3週間くらいで2回、完全にのどがつぶれて声がでなくなった。
あなおそろしや西洋人も結構念が強い。

その後も影響はしばらくあって、ウエスタンで熱湯状態のスープをかぶって、やけどしたのをホースの水をウエスタンキャンティーンの奥でぶっ掛けられて冷やされたら風邪を引いてと散々だった。

それはいいとして、そういう数年前に毎日一緒に歌っていた素敵なインド人女性二人を感じながらナガラサンキルタンの列の後ろにつきました。


雨っぽくて人数が少なめだったのでわりと前のほうでリードを聞けたので、ついて歌いやすかった。

しかし、どしゃ降りの日とかはどうしてるのかな?


始まったのが5時45分ごろ、それが終わったのが6時15分ごろだったかな?

そのあと、またバジャンホールの中で行われるシヴァリンガムのアビシェーカムの列に並びました。
これも人数がそんなに多くなくて前のほうに座れた。


これは、おもしろかった!!


今、アルティをしてるのはわりと若くてかっこいい感じのお坊さんですけど、
その彼が
ヴェーダやマントラを唱えながらプージャをしてて、
声もよくて唱え方も癖がなかったのですごく楽しかった。

ヴェーダを唱える速さは結構高速なのですが、私はむしろそっちのほうが好きなので、喜んで一緒について唱えました。(小声で)

一緒に唱えたりしたらだめなのかな?と、ほかの人の静かな様子を見ながら思ったんですが、

サーイーシュワラーヤのマントラとか、シャンティシャンティとかになるとみんな唱えだしてたので、単に唱えられないから唱えてないだけなんだろうと思って、遠慮なく一緒について唱えさせてもらいました。

ガナパティアタルヴァシールシャム、バッギャスークタム、ナカルマナ、ドゥルガースークタム、ナラヤナウパニシャッド、シヴォーパーサナなどがアビシェーカムの間に唱えられていました。

そのあと、水で洗い流すときにはサーイーシュワラーヤのマントラが72回くらい唱えられてたように思います(これはお坊さんは最初だけ唱えて、あとはホールの人たちが唱えていた)

そのあと、サイババの108の御名が唱えられ、その後たぶんシヴァの108の御名が唱えられてました。

どっちも108全部やったかどうかはわからないけど。

で、ラージャーディラージャーヤとかが唱えられてプージャ終了。


眠くなるかと思ったけど全然眠くならなくて、楽しかった!!!
毎朝欠かさずこういうことが行われていたなんて!

しらなかった~。

いろいろ面白いことやってるんだな~。

シヴァリンガム
(白い大きい石のが1つ=アティルッドラのときの、と、黒い小さいのが3つと、クリスタルの大き目のひとつ)にアビシェーカムしてました。どれもきれいだった。

ああ、素敵な一日の始まり。


それが終わってホールの外に出たら7時20分でした。
サウスインディアンキャンティーンでご飯を食べて部屋に戻ってきました。

また今からサイクルワントホールのヴェーダチャンティングに行ってきます(今すでにやってる)


こういうのが毎日まいにち欠かさず行われてるって、そりゃ、アシュラムがいい意味でぶっ飛んだ異次元の場になるわけだなと思います。

サイババのサマーディーもあるし。

生きてたころのダイナミックさはないけど、これもやはりなにかすごいままでいるような感じはします。


ここで思ったこと、望んだことなどはすぐに実現するんだろうなあという感じ。


アシュラムはやはり奥が深いと、いればいるほど思います。


詰まんない、退屈な場所と思う人にとってはそうなんだけど、
やっぱりものすごいところだ、と、私なんかは思います。
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【2013/09/03 14:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プッタパルティ観光スポット
日々いろいろ書きたいなと思うことはあるけれど、文字にするのはちょっとめんどくさいですよね。

ここしばらくは日本と世界平和のための大規模プージャの実行のためにクムバコーナムにいて、いつだっけ、おととい?その前の日?に帰ってきました。

今回もプージャは滞りなく終了し、いつものごとく少し破壊的な感じでわたしがぶち切れてプージャは終了しました。

たぶんそういうのもプージャの一環なのだろうと。


そしてつくづく自分は投げやりなとこがあるなと思うのですが、
投げやりというか手放しでいろいろやってしまうと言うか。

それっていつも覚悟ができているという風にいい風に思っておこう。



昨日はよその国に住んでる日本人家族がはじめてプッタパルティを訪れていたので、その家族の知り合いに頼まれてアシュラムの外の見所を一緒にオートで回っていました。

見所と言ってもそんなにたくさんあるわけでなく、半日もあれば十分見て回れるのですが、

しかしそれにしても駆け足でいろいろいきました。


最初にババの生地で今はシバテンプルになってるとこに行き、次にハヌマーンテンプルをお参りしてサッティヤンマテンプルは外からチラ見して、ババの両親のサマディーをお参りし、

願望成就の木の丘に登り願い事の紙をくくりつけて枯れたチトラバティ川と上からのスタジアム方面の眺めを見たあと、

ゴークラムで牛たちを見物し、

スーパースペシャリティホスピタルの中をうろうろ見学し、

駅の向かいのとこに新しくできたお寺?のサティアサイババ像を見に行きました。



スーパースペシャリティホスピタルが見学できるのは午後12時から2時とオートのドライバーが言ってたので12時過ぎにいったのですがホントかな?

少なくともその時間は問題なく見学できました。


ゴークラムはゲートの手前のクリシュナ像を見に行ったことはあったのですが、
中に入って牛たちを見たのは初めてでした。

みんな大事にされてる感じで毛づやが良かった。



駅の向かいのたぶんここ1~2年の間に設置されたサティアサイババ像は新しい観光名所になりつつあるのかな?

その小さなテンプルの前にはアシュラムにあるのとそっくりな小さなストゥーパまで建っていました。


ドライバーはこれらはインド人がやってると言ってましたが、今日情報収集したところ、西洋人の女性があるインド人女性に委託して管理させてるそうで、

設置したのは西洋人らしいです。

ちなみにほぼ等身大のジャイプール産大理石製のサティアサイババ像は製作費用は2ラックだったそうです。

サティサイババ像はいろんな人が作らせてると思うんですけど、どれもいまいちなかんじで。

アシュラムのサマディーのとこにも像が設置される話が何度も流れたのだけど結局設置されていない。
誰もが満足のいくようなできばえの像が作れなかったからだという話をホントかどうかはともかく、聞きますが、

そのなかで、駅の向かいに設置されたサティアサイババ像はわりとよい出来栄えと思います。

ダクシナムルティ、ダッタートレーヤー、ガヤトリー、ガネーシャの像もありました。



まあでもわざわざ見に行かなくてはというほどのものでもないと思いますが、
暇ならどうぞという感じ?

駅のほうまでいけるから、オートドライバーとしては紹介のしがいがあって、あの像設置はプッタパルティの観光発展に寄与してるとは思う。


昼はウエスタンキャンティーンの時間には間に合わなかったのでハヌマーンヒルロックカフェに行ったのだけど、
好評で、そこの家族の子供たちはお寺はもうこりごりだけど(足が熱かった?)レストランがよかったのでまたインドに来たいと思ったらしい。笑


何かいっこでも気に入ってくれてよかった。笑



あ、それとそこの家族の奥さんに、

sawakoさん実物のほうがきれい。もっと怖い感じの人かと思った。ブログの写真変えたほうがいいですよもったいない。

と、言われ、「よく言われます」と思って気をよくした。



「写真だとよかったけど。。」とかじゃなくてよかったなと思うので写真はこのままで。

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【2013/04/14 19:26】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
満月の日の変容②
昨日はそんなわけでいろいろ展開があったり、意識して展開させたりしました。

数日前に実家に電話して、春休みに子供もくる気になってたし、インドに呼ぼうと思ってたのだけどいろんな面で力及ばず申し訳ないと詫びを入れようと思ったんですが、

「そんなに無理しなくても」と言われた。

いろいろ大人な態度を身につけていってるのはいいのかわるいのか。

日本での生活に入り込んでいくにつれて、プッタパルティにどんどん引力を感じなくなってきているということでもあると思うんだけど。


やはり一度インドを離れてしまうともう二度と戻れないものがあるなあと思います。

ビギナーズラックみたいなものってあるから、

わけのわからない状態でいろいろやってみると分けのわからんままうまくいってるというやつ。


出来ればそういう状態を保ってやりたかったんだけど、

いったんインドを離れて日本で自我を確立しつつある状態ではもう同じような感じではインドに戻ることは不可能だと思います。



まだ、もとだんなが協力して子供を呼び戻すとかいうことであれば状況も違ったかもしれないけど、そうはならなかったので、

また、もしそうなら2番目の子供の助けも入っていて状況が底上げされる予定であったと思うんですけど、そうもならなかった。

(2番目の子供については結婚するずいぶん前から自分でも感じていたし、夢でもババと何度かそれについて話していた)

主名については、彼が生活拠点をまたインドに戻したいと思うことがあれば可能かもしれないけど
そうじゃないともう無理だなと思います。

でもそう思える可能性を残すために英語を継続して勉強させておいて欲しいんだけどそれも出来ていない状態。

インドにいる人はけっこう主名が去ったことを残念に思う人も多く、

先日もサイスクール関係の教師の誰かがいまだに主名のことがやたらいつも脳裏にちらついてくるということで、インドに戻ってくることを前提に、よその地域の評判のいい学校の校長に、入学の話をつけてくれたらしいです。

もう、日本の学校に通っているからと断りましたが、ありがたかった。

いまだに、子供の姿がないと、子供はサイスクールに入ったのかと嬉しそうに無邪気に聞いてくるインド人が多いです。

この子はサイババの学校に入るだろうと無邪気に思い込んでいた人が多かったので。
また、実際、そういう風にいろんな人に言われもしたし。



いや、外人は取らないと校長に言われたと何度もその都度説明するのですが。(強力なコネなどあれば別)


血の感覚は、やっぱりインドはとくに強いなーと思います。




そういう血の濃い学校によそものとして入れなかったならそれはそれでいいと思うんだけど、

ババの直接の指示で入ってもコネなしの一般人的な外人の子供へのいじめや風当たりはものすごく強いみたいだったし。

まあそれはそういう性質の集団として自然なことだったんだと思いますが。

純潔を守ろうとするゆえに排他性もすごいみたいな。

そこらへんは団体となるとサイババ本人とはどうしてもズレが生じるのも自然なことだと思います。




なので、一般外人の私の子供はそこに属させるには親の徳足りず、一般のお金さえ出せば誰でも入れる学校でとりあえず落ち着いて、


わたしも、ようやく子供の英語とヒンディーの習得が乗ってきて、同時に日本語補習校にも楽しく通わせだした矢先で、今までいろいろ大変だったけど、ようやく生活が落ち着きそうだと思い、可能性がいっぱい見えてきて楽しみになってきた状態で突然切れてしまったので残念ではあった。

そして復活させる気力も私が持てなかったし。

日本においてきたときは私も子供も3ヵ月後にはインドに一緒に戻れると思っていたのだけれど。



まあ、そういうパターンというのもあるけど。
なんかこう、すべてが満たされてこのままずっといけそう、と思うや否や思わぬ転機が訪れるような。


こうなる運命だったんだよという運命論者もたくさん世の中にはいて、

私も昔はそういう考えのときもあったと思うけど、

すべては最善だ、という。



確かにそうなんだけど、

私はたくさんの最善の道があって、どれも最終的には同じとこにたどり着くという意味ではどれも最善。

でも、最善はひとつだけではないとも思うんですよね。



今回の一連の出来事は私の好みのパターンの最善ではなかったのでざんねーん。


全部自分が引き起こしているというのもそうなんだけど、

たぶん、私個人のことではないというのはよく感じます。

どういうことかというと、

私の好みの最善のルートがあって、そこをいくならおとぎ話のように何もかもつじつまが合って最高に楽しいルートというのが、私は好みなので、その路線で行くんですけど、

そういうのを好む人ばかりじゃないということ。


苦しみたいややこしい人がたっくさんまだまだいるので、

他の人たちとの交流の中でそういう最高にラクチンルートはスポイルされて亡きものにされてしまう。

つまり、人間の集合意識はそんなのまだ許しませんよ、という態度なので。



なので、物事はプッタパルティバイブレーションの中で進めるのがそのおとぎ話性が一番守られるのですが、

そうならず、

分離的な思考で何もかもバラバラになってしまった。


そしてプッタパルティバイブレーションはホントは今最も必要とされているすべてを超える力でもあると思うのだけど、

おとぎ話の夢物語として現実味を奪われてしまうのですよね。

もしくはネガティブなイメージを付与されて不当に見下げられてしまうか。


それでも主名は人生の大半をプッタパルティで過ごしたから、まだそのリアリティを自分のリアリティとして想起できるキャパシティがあるので、
なるべくひんぱんにつれてきてやりたいとは思うのだけれど。


でないと私とのつながりも切れるか、もしくは私が子供のより分離したリアリティに引っ張られて混乱して、それもよくないので。



電話してたら頼みがあるというので何かと聞くと、

お菓子を送って欲しいとのこと。



わたしの母に言われていってるのかと思って聞いたら違うということで、実家にあんまりお菓子がないからと。


「できたら、でいいんだけど」と何べんも言うので、

「できるよ」と答え、


よしきた、とばかりに早速数日前にアシュラムのショッピングセンターに行って大量に買い込みました。

少し手をかけて作るタイプのお菓子の元や、インドの軽食の素材なんかも一緒に。


お菓子とかを選んでるうちに、
そうか、主名は頑迷にべジを日本でも貫いてるから、お菓子もあまり食べるものがないんだなと気がつきました。

今までそのことにはあまり気がつかなかった。


春休みで友達も遊びに来るだろうし、山のように買ってパッキングしました。

春休み中に届けばいいけど。


インドのインスタントラーメンも子供は大好物なんだけど、明らかに添加物やまもりでもあるのでそれは今回は入れなかった。

多少体に悪いのには目をつぶって、いろんな味のポテトチップとか、チョコのついたビスケットとか、

スナック類を大量買いしました。

そういうの、日本ではもれなくなにか動物性のものが入ってるから、食べられないんですよね。

インドでもそんなに食べさせてはいなかったんだけど。


こっちではココナツとかフレッシュジュースとかそういうのがどこでもすぐにあるから。



春休みに子供をこっちに呼ぼうと思ってて力及ばず出来なくて、

日本で行き詰って頼ってきた元だんなもプッタで暮らしてしばらくして元気になると、インドや~めた、とまた日本に戻り、その後はエネルギーを私と子供には漏らさないように決めたらしく、すでに扉を閉めて音信不通を決め込んでるし。

それでここしばらく少し自分の情緒も不安定気味だったんですが、

お菓子を所望してくれて少しは気が晴れた。



私と関わると自動的に変容させられることになるから、あわてて逃げる人も多いんですよね多分。


慣れ親しんだとこの方が多少不自由でも安心できるから。


わたしもそういう自分の性質がむやみに作用しないように、なるべく人とは距離を置くように心がけてはいるのですが。


もしくは喜んで変容する準備の出来てる人だけと接するとか。?


たいがいみんな、一歩足を踏み入れてはみるものの、その先へはついて来れないかな。



といっても、わたしは薄らぼんやり気楽に普通に暮らしてるだけなんだけど。

そうなるまでにきっといろんなものを手放させられることになっているのかも。



昨日はそのようにお菓子をパッキングして、さらに木箱に入れて送ろうと思って、木箱の注文をしました。

あと、歌もまた習い初めてみた。


今度行ってみたとこの先生は歌は上手。

ヒンドゥスターニスタイルらしい。

私が今まで習ってたのはカルナータカミュージックなので、ちょっと違うそうです。

その先生いわく、カルナータカミュージックはリズムを刻むことにすごく集中してていっつもがんがんリズムを刻んでるから彼女はあんまり好きじゃないらしい。

ヒンドゥスターニだと、そんなにがんがんリズムをきざまずに、もっと情緒深く流れるような歌い方だそうです。

なので、その先生はヒンドゥスターニが好きらしい。

ま、私からしたらどっちも似たようなもんだけど。



その先生は少し狂気はいってる感じでデービームードがちょっと漂ってました。

だいじょーぶかこの人!?

と思ったんだけど、まあ、適度に距離を置いていいとこだけ吸収できるようにちょっとやってみます。


がんがん締めてこようとするので、

「わたしはシリアスじゃないし、練習も自分がしたいときにしかしないし、ここへは単に歌ってエンジョイするために来てる」というのを何回も繰り返して伝えました。

インド人の先生の常として、まず生徒の自我を殺すということを本能的にやろうとするので。

ほんとに最高の先生なら自我を殺されても益になるかもしれないけど、

そうでもないから相手の自我に自分を明け渡すことはしない。


インドにいると人と関わるたびにそれの繰り返しなので、下手に相手に合わせないことを、それこそ罪悪感なしに出来るようになった。



先生は「わかってる、わかってる」といいつつも、締め付けるのをやめられない。笑

きっと、そういう風に育てられてきたんだろうなーと思いました。

頭ごなしに否定され続けて。


私がサリー着てるのを見て、自分はサリーを着られないとか言うので、

なんで?ババの学校で着るでしょう?と聞いたら(中高生くらいの4年間ババの学校に在籍してたらしい)
あれはセパレートタイプで、着るのがすごい簡単なんだ、ということでした。


なんか、相当脳にストレス抱えてる感じで、だいじょーぶかなーという感じの先生だったけど、
(一緒にいたら私の頭も痛くなってきた)
ま、ようすみてみます。

2歳から音楽やってるとか言うだけあって、音楽的なレベルはとりあえず満足できたので。



あと、新しいお手伝いさんも呼んでみて様子見てみようかと思ったんだけど、
なんかびびったらしくて、部屋まで来ずに途中で帰っちゃったらしい。。。


あと、さっき、植木を3つくらい植え替えた。


サルに丸ごと食べられたバナナの木を救済してサルの来ない部屋で育てようと思ってたんだけど、

植え替え中に目を話した隙にサルが来て、残った新芽も全部食べられてしまった。

この状態から復活できるかどうか、かなり厳しいと思うけど、まあこれも様子を見てみることにします。


他2つのバナナの木はすでに救済して、部屋で新しい葉っぱを出してます。
そっちは充分復活しそう。


さ、日本から持ってきたべジラーメンでも作って食べよう。

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【2013/03/27 18:53】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
満月の日の変容①
今日はインドは満月だったみたいですよね?

満月にしてはやさしい光だったけど。



月の影響もあるのか、いろいろ動きのあった日でもありました。



4月に予定していた大規模プージャ、なんか切迫感とか、私もどんどんなくなってるし、案内出すにしても見る人の多くは私の様子を通して知るわけだから、ニュートラルな状態にあることは私にはいいんだけどプージャ実行にはどう働くかなー。

今回は実行無理かもー?

と少し思わないこともなかったのですが、

ありがたいことに同じくニュートラルな感じの人が出資を決めてくれたので、ある程度のことは出来るめどがたちました。


2年ほど前からこういう大規模プージャを次々計画して実行してきて、


最初は死ぬ気といったら大げさかもしれないけど、

えいやっと気合でみんなを巻き込んでいたようなとこもあって、

実行できるとなると毎回みんなが驚いて、奇跡だ、とか言ってたんですが、


そんなんいう暇もないくらいさらにどんどん立て続けにやってって、


私ももうわけわからんというか、

個人のキャパは超えてたのか、どうにでもなれという感じででも一応私を通してお知らせするしかないので

お知らせしてたらほとんど今まで実行できて来てたのは思考の範疇を越えてる気がします。



もうなんかいろんな神経が擦り切れて、

プージャだけじゃなくて同時に自分個人の環境や人間関係も根底からグワングワン動きまくっていて喪失を重ねていたので。


そういうわけで今度の4月の大規模プージャには自分がコミットメントする感覚が相当薄くなってたんですが、やはりお知らせして、

そしてこういうある意味ニュートラル度が上がった状態のお知らせの放り出し方でも加わってくれる人たちがいるというのは、よかったなと思います。

もうあんまり必死になれるような神経が死んでるから。



でもとにかくなんらかのものが、少なくとも予定の半分以上のものが出来るめどがたったということはよかった。



やっぱりやるとやらないだとやったらなんでかいいのでね。



起こることが起こらなくなる、和らいだ形で起こる、というのはなんとも認識しにくいことなんだけど、

「なんだかんだいって、災害、おさえられてますよね」

という人もいるし、私も全体像がちゃんと見えてるわけじゃないのでなんともいえないのだけど、

もしかしたらプージャに関わる人がパラレルワールドでまだ何とかなってる地球にシフトしてるだけで

別の地球では別のことが起きてるのかもしれないけど。笑


まあ、プージャは軽い気持ちでやれるならやったらいいんじゃなーい?
と思います。


何よりお金がかかるというのがみんなが思うことなんだけど、


お金も実態ではないから、

そう思える人が軽いバイブレーションのお金を、もしくはお金のバイブレーションを昇華して軽くしたものでこのプージャは成り立ってるようにも思わないこともないです。



お金をお金としてほかのものより価値をおいてる人にとってはこんなプージャは無意味でけしからんみたいに否定することで身を守れてると感じてる人もいるでしょうよ。


お金、お金、お金、


お金に価値を置きすぎてそこに意識を縛り付けられてるのは多分そうすることで人々の意識を不自由に、弱くしてコントロールする方法として採択してる人たちの計画通り。


それって、規模が大きいことだからそのシステムの中で生きてる私たちはもうそのように生きるしかないじゃないという感じかもしれないんだけど、

個人のもつ力というのはそんなものやすやすと剥ぎ取れるものだから。

個人が、力を持つのではなくて

個人個人の中にある真理につながることで個人を通して放たれる無限の力というか。


それはどんな障害も抑圧もすべてティッシュペーパーのようにふ~~っと払いのけられる、最高のすべてを貫く黄金の光り輝く鋼の力。

すべての障害も抑圧もなにもかも、そのすべてを貫き、すべてに浸透している力を弱める試みであるだけで、
いつもその真実の力があってこその障害や抑圧やコントロールだから、

何がもともとの出発点か、何が主役かというのはおのずから決まってるから、勝負にならない。

その、なによりも強い真実の力はなによりもやさしくて、

あらゆるものをコントロールなしに内から導き、同時に包み込んでいる。


すべてに浸透しているこの輝きを私も含め、誰もが直接見ることが出来ますように。



だれもがやすやすと生きて、みんながお互いを大切にかけがえのないものとしてニュートラルに(笑)尊重できますように。



楽しいばかりの、縛りのない世界でいいじゃない、と思います。

それは逆説的なようだけど、お互いに完全に責任を持つことで生まれるのかもしれないですよね。


自分が世界に現れていることのすべてに責任があるということは、
一見おこがましいようでおせっかいなようだけど、

実は本当のことなんだと思います。



インド中のこじき全員を自分が養わないといけないとか言うことじゃなくて、


まさにそれらを自分の世界に含めているかどうかだと思います。


すべてが世界を構成する一部分だから、


何かを切り離して除外するとその分自分の葛藤は深まり分離がすすむ。


いろんなものを否定せずに自分の世界の中に含めていくとおのずと全体の中で適切な個人としての動き方も示されるんだと思います。


それはさまざまな形で表現されるでしょうし、


その中のひとつにこういうプージャを行う活動もはいってるみたいだから、

動くときは個人として動くけど、それも全体の中での動きだということで安心してニュートラルでいようと思います。


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【2013/03/27 04:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サッチャギータ(サッティヤギータ?)
サイギータの後に飼われてた象のサッティヤギータ(サッチャギータ?)が先日死んじゃったみたいですね。

http://www.srisathyasai.org.in/Pages/Announcements/CTPressRelease22Jan2013.html

まだ若かったのにね。

よくアシュラム内外を散歩させられてたから走っていってごわごわの生暖かいお尻?を触ったものでした。



こういう動画を作った人もいるんですね。



In Memory Of Sathya Gita


こちらのブログより拝借
daivampremaのブログ


この動画も色の調整の仕方が面白&きれいだった。




しかし、サッティヤギータの件確認しようと思って、情報を探して国際サイオーガニゼーションのサイト見たら、


ババが生きてたころはババの現在の居場所のお知らせが

スワミ イズ イン プラシャンティニラヤム(スワミはプラシャンティニラヤムにいます。) とか、コダイカナルとか、ホワイトフィールドとかそのときその時の状況によって書きかえられていたんだけど、

今は 


スワミ イズ イン ユア ハート 


になっていた。





スワミはどこにいるのでしょう?と思って見てみると、


「スワミはあなたの心の中にいます。」




なんかちょっと感慨深いものがありますね。

これはもうずっと変わらないんでしょうね?




きっとサッティヤギータもみんなの心の中に。



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【2013/01/25 04:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
自分を(自分は)大事にしていなかった。
いまさらだけど、私は自分を大事にしていなかったなあという気がします。

好きなように生きてきたつもりだったけど、
肝心なときに自分を守ることをいつも放棄していて、それは自分を疎外していたことで、自分に対する偽善だったといまさらながら気がついた。

誰かが自分に不利益をあたえたり、傷つけようとしたり傷つけたら甘んじて受けて相手にさらにエネルギーを与えるということをしていた。

人のためになら怒れるけど、自分のためには、怒れなかった。


でもそれは自分を特別扱いする形のひとつで、

増上慢と卑下慢はおなじことだと昔どこかの人が言っていたように思いますが、

それと同じことが自分の場合にも言えるんだろうなと思いました。


自分と他人を同じように尊重していなかったのだと思います。




たぶんだからそれが私が心を開いた相手を潜在意識で刺激してて、彼ら・彼女らが私を攻撃されたり侮辱されるのを促してて、
それはそういう私自身の自分や他人に対するそのような形の偽善が引き起こしていたのだと思います。



と、こういう風に思ったのもわたしが他の人や大切な人を守ろうという思いで腹が据わったときに気がついたことなのがなんだかどうなんだかという感じなのですが。

自分を大事にしていないことが、自分につながる人に悪影響を与えていた。

つまり自分は間接的に自分の周囲の人への加害者だったというわけ。

そういう形で私はたくさんの人を守れなかったどころか、私を大切に思う人たちを積極的に傷つけてきたことに気がついた。



そんなマカラサンクランティでした。。。





今朝も変わった夢を見た。

横に長ーい、2階建ての建造物があって、2階部分の端のほうは踏み抜きそうな感じだったんだけど、
私は2階の部分に立ち入って歩こうとしていて、

それを見ていた人たちが、1階部分の仕切りがはずされて、もう1階が使えるようになったと思って、
1階部分にみんなわらわらと入ってこようとしてました。

1階にはいってこようとしていた人たちはプッタパルティの長期滞在の女性達だった。

なので、わたしは、わーまだですよー、と、2階から押しとどめたんだけど、

みんな、仕切りがはずされるのを待ってたんだ?

と、そのことで気がついた。



そういう夢でした。



意味があるのか無いのか分からないけど、
とりあえずヴェーダチャンティングに行ってこよう。

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【2013/01/15 11:25】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
すごくショックで泣いた。あと何度そういうことがあるのだろう?
今日は朝っぱらからすごくショックで残念なニュースを得たので泣いた。

あと何度こういうことを繰り返すのだろう。

というか、なんかそういうことありすぎなんですけど。


ショックを引きずったままキャンティーンセバに行って、やる気喪失してたので時々涙ぐみつつ、お茶とか飲んで休憩入れまくって、すごく適当に幽霊のようにセバをやってたら体は疲れなかった。


そういえば、この日の朝、夢で3回くらい繰り返して脳がビカビカーとすごいことになろうとしてて、うわうわうわ!となるのを繰り返していた。

そういう変な夢を見ていた。

そしてこの日、今日はマカラサンクランティ。天の扉が開く日なのでした。



最近のセバといい、浄化と悲しみは私の場合セットになってるのだろうか。

そんなの、ハッピーセットに変えて欲しい。




あまりに悲しくて残念で、キャンティーンセバの教えてくれてるオバチャンが今日は自分は断食すると言っていたので、

私も食べる気起きないし、今日一日断食しようと思ったんだけど、


ババに食べろ食べろと言われたような気がしたのでしっかり食べた。

さまざまなものを失い続けても生きるように促されるのは死ぬよりつらい。


このように失うものがもうないと思っても、まだまだあるものだ。


くどいけど、ハッピーセット、もしくはファミリーセットに変えてください!



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【2013/01/15 05:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ハードワークしすぎた。
昨日は朝昼晩とセバしたらオーバーワークだったようで、今朝起きたら8時半で寝坊した。
ちょっと働きすぎたなーと思ってたんだけど。


目覚ましかけてないので適当におきるんですが、

7時半くらいにはおきるだろうと思って寝たんだけど、8時半まで睡眠が必要だったみたい。


なのでゆっくり9時半前にアシュラムに行って最後のほうだけバジャン&アルティ&サマディーにおまいりして、

ウエスタンに朝食を食べに行きました。


なんかちょくちょく新メニューが出てきてて、今朝も見たことない丸いパンがあったので食べてみたらまだできたてで暖かくて柔らかくておいしかった。

中にチョコレートが入っていた。

あと、フルーツサラダを食べた。


あと、カプチーノを飲んだ。



食後に一応裏に回って仕事があるかみてみたけど、まだ洗いあがったお皿類が来てなかったので、待つのもだるかったのでショッピングセンターに買い物に行きました。


ショッピングセンターに入って、何を買おうと思ったんだっけ?

と、しばらく思案して、

あ、そうだ、へナだ、と思い出して、


へナを買った。

白髪が結構増えてきてるのでヘナ使ってみようかなーと思って。(毛染め)



2種類あって、たぶん一個はへナだけの袋?

もういっこはいろいろハーブとか混ざってて、さらにヨーグルトとか混ぜるのをお勧めしてたりして、髪や皮膚に優しそうだったけど、ぬってから2~3時間置いとくみたいでちょっとだるい。


へナだけのは20分くらいと書いてある。
でも地肌も強烈に染まりそうな気もするけど。。。


昔おとーはんがヘナやってみたら白髪が燃えるようなオレンジの髪になって、たぶん尺八のお弟子さんとかみんな度肝を抜かれたと思うんだけど、

なのでちょっと怖いので町の美容院(いわゆるビューティーパーラー)でやってもらおうかなとかも思ったけど、

ビューティーパーラーの情報網に入るのもちょっと怖いので。笑(ビューティーパーラーの奥さんの情報通ぶりをよく聞いているので)

まあ、まだほとんど黒い髪だし、全部オレンジの髪にはならないだろうから(白髪にだけ色が入る感じ)
そんなにびびることもないかなと思った。




昼セバに行ってこよう。

たぶんちょっと中毒だな。

気持ちいいものに中毒するのは生き物のさだめじゃ。



P1090308_convert_20130109191031.jpg

奥の大きめの袋の方が高いんだけど、塗って20~30分くらいおくだけでいいみたい。
手前のはいろんなハーブが入っててよさそうだけど2~3時間置かないといけないみたい。

P1090319_convert_20130109191130.jpg

この数年、異国で幼児と暮らすために攻守ともに最強のおばおばパワー(インド版←たぶん世界最強)を身につけてきたのだけど、
幼児消えたし、そんなにがんばらなくていいようになったから徐々におばおばパワーを引っ込めていく、つもり。笑

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【2013/01/09 16:11】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマスの飾り撤去。
今日は朝からちゃんとアシュラムに行ってヴェーダとバジャンに行った。

アシュラムのプログラムにまともに出続けるときもちがよい。

。。。。となるとは、わたしもよっぽど逝ってるな。


アルティ&サマディーダルシャン後にウエスタンで朝食にした。

新メニュー?、チャパティーみたいなのにレタスとトマトとチーズとゴマソースみたいなのがはさんであるやつ、おいしかった。


クリスマスの飾りを南米のママ友の知人が撤去してたので食後に手伝った。
広いウエスタンなのに2人だけでやってて3人目になった。

ほかの人も呼んだけどこなかったらしく、だからありがたがられた。


で、クリスマスに、クムクムとビブーティがでてきた巨大キャンドル、今日がセバダルの交代日だったので任期を終えたセバダルにかけらを配ってたんだけど、私ももらっていいよといわれたので、ナイフでわったかけらをもらった。

もらって、どうしたらいいんだろう。飾る?使える?と思案したけど、

部屋でとりあえず祭壇的なとこに置いておいた。


昼前に担当の部分の撤去が終わり、

そのままウエスタンで昼食のサービングセバに突入。


人が引いてから抜けて軽く食べて、その後あとかたづけ&食器ふきセバ。



夕方もヴェーダから行って、サマディーダルシャン後に芝生でお茶飲んでからキャンティーンセバ。
こういうスケジュールで動いてると何にも考えなくていいから楽。

あ、そういえば、今朝は1995年にババのインタビューでもらった白っぽいサリーを久しぶりに着たんだった。

そしたらなんかすごくうらみ悲しみ憎しみみたいなのが出てきて。

まだ根強くあるんだと多少驚いたんだけど、

たぶん、その白いサリーをもらったころは自分も真っ白けな状態のピカピカなときだったから、着たらあぶりだされて、薄い影もみんな浮かび上がってくるんだろうなと思った。


汗かいたので午後でかけるときにはやっぱいつだかのプログラムのときにもらったえんじ色のサリーに着替えて出かけた。


今日も楽しく一日が終わった。作業したり体動かしたりいろんな人と関わって楽しかった。


P1070284_convert_20130108043018.jpg

クリスマスのときにサイクルワントホールの中央に置かれていた巨大キャンドルの一部をもらった。
少し、赤いクムクムがついている。(物質化して出てきたやつ)



P1070305_convert_20130108043117.jpg

1995年のインタビューでもらった記念のサリー。





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【2013/01/08 04:40】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
うっかり瞑想。
今日は張り切って、、、といっても少し遅れて午後のヴェーダチャンティングに行きました。

アシュラム滞在時間が最近長い。


でもそのほうが忙しくて何も考えない感じになるからいいんですよね。

ヴェーダチャンティングは今日のはほとんど知ってるやつだったので楽しく唱えられました。


バジャンは、最近思うんだけど、じつはヴェーダチャンティングでも思うんだけど、なんかかったるい雰囲気が。。。
リードする人たちが。

なんか夢の中にいて半分寝てるみたいな。


もっと、カンカンカーン!と突き抜けてるのがあってもいいと思うんだけど。

45パーセントくらいしか元気出してない感じ。


まあでも今日は日曜だからかなあ?いつもだったっけ?

男女交代でリードして歌ってたので、女性のリードのときはキーが合いやすいので歌いやすい。


それにしてもなんか、ホント、半分寝てるみたいなバジャンに思えた。



今日はVIPゲート側の席に座ってたんだけど、
どうもそこって、アルティの後にバジャンホールの中の瞑想に行こうと思ってる人が主に座ってるっぽくて、

なんかそれもあって、周りの人たちも瞑想タイプなのか、あんまりバジャン歌ってなかった。



アルティ後の瞑想より、アルティ後に30分でもアシュラム公認でハイクオリティなバジャンレッスンをしてくれたら絶対参加するんだけどな。



で、今日のアルティ後に周りの人が(アルティが終わらないうちから)どぁーっと立ち上がってバジャンホールの入り口の前に並びだしたので、私もついつられて立って並んでしまった。


前回、5分くらいで「もう出たい~~~」と思ったというのに。



前回は外人多くて、バジャンホールの瞑想に入りきらなくって、人員整理のインド人も多少殺気立ってたんだけど、
今日は並んだ人は無事全員入れました。

で、瞑想が始まったら、しばらくしてやっぱ出たくなった。笑



なんかやっぱ、人が近くにいると瞑想とか私すごく難しい。

他人が内在しちゃうから気配が入ってくるのを防御できなくなっちゃうので。


しょーがないからババに夢で教えてもらった呼吸法をやってみたりしたけど、
自分ひとりでするときはどこまでも深く息が入っていくんだけど、
やっぱこれだけたくさんの人に囲まれてると息が深く入っていかないのはもしかして自然な防御反応?
何でも吸い込んじゃわないように。

先日ナンディヒルの自然いっぱいエリアにた。いったときは何もしなくても勝手に呼吸がどこまでもどこまでも深く入ってきた。

なのでさらにしょーがないから、目をバチッとあけて、前の祭壇のとこにあるサティアサイババとシルディサイババの写真
をみて、思索にふっけていました。

しまいに脳内でブログ記事を書き出した。



時間が来て、ホールの外に出たらやっぱせいせいしてしまった。



瞑想、むいてないな~~~?

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【2013/01/07 03:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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