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プッタパルティに到着しました。
6日にマトゥラーから列車に乗りました。

いつも、すかさずクーリー(荷物を運ぶ人)を確保して、座席まで案内してもらうのですが、(探すのとか大変だから)なかなかクーリーがいなくてあせりました。

しょうがないから、売店の人とかに自分の席の乗り場はどこか聞いてもみんな

「アゲ」

とか言うばっかりで。

「あっち」とか「向こう」とかいうことらしいんですけど。

でも途中でクーリーを確保できてほっとしました。

帰りも2Aとかいうエアコンの席をとったのですが、ACの車両って、すっごいはじっこにあるので、
ここ2日間、少し歩く練習しててよかったとか思いました。
乗る場所までけっこう歩きました。

乗ったら、乗客のラップトップ(ノートパソコン)所有率がすごく多くて、時代の流れを感じました。

私の区画は定員6人でしたが、
よそからも集まってきたのか、一時私のを含めて5台のラップトップが同じコンパートメント内に集結していました。

わたしは暇なときに少ししたらすぐに酔いそうになったのでやめましたが、若いお兄ちゃんなんか、寝るまでやってて、お腹の上に乗せたまま寝てしまい、
早朝に起きたらすぐにまた始めていました。

みんなDVDを見たり、音楽を聞いたりしてる人が多かったです。

開いたまま、やりかけのラップトップをおいたままみんなどこかに行ったり、
エアコンなしの車両と、エアコン車だとだいぶ雰囲気が違いますね。

それでも、行きはたまたま1Aの席に行かされたので、そのあとに2Aの席に乗ったら、
「あれ?2Aってこんなに狭かったっけ?」
とか思いました。

ずっと2Aに乗ってなくてエアコンなしのローカル席ばかりだったので、2Aがいつのまにか美化されてたみたいです。



そして今日の昼前くらいにほぼ定刻どおりプッタパルティに着きました。

やれやれのやれやれです。

列車に乗ってる時は少し雨模様みたいでしたが、降りるころにはやんでたのでよかったです。

プラシャンティニラヤムの駅はババの降誕祭の準備が少し行われていて、なんか布で中途半端な感じに飾られていました。

アパートの部屋に戻って洗濯の洗い物をドーピーに出したり、自分たちも風呂に入ったりしてから
ハヌマーンヒルロックカフェに昼食を食べに行きました。

普段は行かないですが、今回の旅行は食事がなんか大変だったので、ちょっとおいしいもの食べてバランスをとりたくなって。

ああ、何も言わなくても辛くない食事がでてくる、、、と、それだけでうれしかったです。
2人でコースを頼みましたが、
スープとサラダがすごくおいしくて、メインはわたしはリゾット、主名はラザニアを頼んだのですが、私のリゾットを2人でつつくだけでお腹いっぱいになって、
ラザニアは持ち帰りました。

デザートは主名はバニラアイス、わたしはミントシャーベットを食べました。

堪能しました。

その後、主名の友達んちに行って、しばらくダラダラごろごろさせてもらいました。

そこのお母さんにも子供にも「顔が変わった!」とか言われました。
まあ、多少やせたのと、めがねがなくなったのと、眉毛をかく気力もなかったのですっぴんで行ったからでしょう、と思いましたが、やっぱそれだけじゃなくて、フルタリアン生活で浄化されちゃったのかもしれません。
ほんと大変でしたよー。

そのあと、いったん部屋に戻って荷物を置いてからアシュラムに行って、ホールの外からダルシャンを受けました。

その後、ウエスタンキャンティーンで夕食にしました。

あんまり急に食べ過ぎないようにしようと思いましたがお腹いっぱい食べてしまいました。

でもまだ胃が小さくなってるままみたいなので量はさほどでもないのですが。

しかし、プッタパルティはやっぱり楽です。

主名も「なんか元気がでる」とか言っていました。

今回ほんとくたびれたので、もう数日休養します。

hanu

プッタパルティで一番洗練されてるっぽい食べ物やさん。
ハヌマーンヒルロックカフェ。
いやされる~。

窓の外を見るときは目にかすみをかけて、しばしインドから逃避。
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【2010/11/09 03:25】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
帰プッタ。
今日の夜の列車のチケットが取れたみたいなので、今日の夜11時くらいのカルナータカエクスプレスでプッタパルティに戻ります。

列車が遅れませんように~。
(前回は12時間遅れました)

昨日はお祭りで、ホテルの人たちもみんな額に赤いのをべっとりつけて、抱き合って「ハッピーディーパワリー」とかやってました。
いつもご飯を持ってきてくれるレストランの初老のおじさんの額にも赤い米つきのペーストが塗られていたので

「ネパール出身ですか?」
と聞いたら、自分はポカラ(ネパールの地方都市)からだよ、と言ってました。

このホテルの従業員は、インド人ではありえない感じの柔和な微笑みを見せる人が半分くらいいるのですが、
顔立ちからして、デリーよりさらに北の地方の人たちなんだろうと思ってましたが、
そうかー、ネパールの人たちだったかー、と思いました。

このおじさんもすごく誠実な感じで、気を配ったり心配してくれたりして心が安らぎました。
顔立ちが似てるというだけで、なんとなく安心するところもありますよね。

昨日はホテルの表の軽食コーナーみたいなところで夕食にしたのですが、
そこに「モモ(餃子みたいなやつ、ネパール人もよく食べる)」があったので、
注文してみたけど辛くて食べれなかったので残しました。

おじさんは「これでもだめだったかー、、」と言う顔をしてました。
皮も薄くてほかほかでやわらかくて、普段なら少々辛くても食べてたはずですが、
さすがにまだ病み上がりなのでやめときました。


今からなんか食べて、
昨日探しきれなかったりんごを探すたびにでも出ようかな。
いつも列車の中ではりんごが半分主食なので。

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【2010/11/06 12:46】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
ディーパワリー
今日は、主名があまりにうるさいので、ホテルの人に聞いて、数百メートルはなれた露地に花火を買いに行きました。

光のお祭り、ディーパワリーなので。

目的の花火を買って、ホテルに戻って休憩してからホテルの横で花火をしました。

そのあと夕食を食べて部屋にいたのですが、
打ち上げ花火の音がエスカレートしていくので、ホテルの屋上に上がって見ました。を

街の四方八方からやたらめったら打ち上げてました。

しばらく見てたら、ホテルの前の道路を挟んだ向かいの建物の前で数人が打ち上げ始めました。

普通にでっかい丸く広がる花火を素人が簡単に打ち上げていいもんなんですね。。。

おかげで暇と体力をもてあまして室内のサルと化している主名は興奮して大喜びでした。
(昨日は頭突きされて目の上にたんこぶできました)

私も目の前で大きい花火を打ち上げるのを見たのは初めてで、びっくりしました。
でも、すごく簡単に打ち上げてましたけど。

いろんな種類の花火を目の前で打ち上げてて、時々は失敗して横に飛んで行ったりと、なかなかヒヤヒヤものでした。

噴水型のもいくつかやってましたが、
7メートルくらい吹き上がってたと思います。
ちょっとすごいですよね。

街路樹とか電線とか燃えるんじゃないかと思いました。

しかし、プッタパルティでのディーパワリーは狭いところでみんな集中してやるからか、爆音とか火の粉とかまさに市街戦なかんじですごく怖いんですけど、
ここでのディーパワリーはあちこちでいっぱいやってるけど全体的に静かな感じです。
なのでよかったです。

目の前で数人の男たちが打ち上げ花火を次々あげるのを見学したあとは、主名は打ち上げ花火がしたいとか言い出しました。こわいからいいと言っていたのに「あんなん、逃げるだけやん」とかいって。

まあ、そんなのは聞き流しますが、今は夜の11時過ぎですが、まだまだ打ち上げ音は盛り上がっています。
しかし、これ、みんな、それぞれが勝手にあちこちでやってるんですよね?
それがすごいなとか思います。
de1
今日の昼ごはんは、全部うまく注文できたので、なんとなく勝利を感じました。
しかしここに至るまで、かなりの紆余曲折がありました。
主名もお子様ランチ気分でうきうきで食べてます。

de2
右斜め上は「キジュリー」だか「キジョリー」だかいうおじやみたいなやつで、知人に教えてもらったので注文してみました。スパイス抜き、ギー(油)抜き、コショウ抜き(スパイス抜きと言ってもコショウが入ってくるときがあるので)で作ってもらったら、おいしく食べられました。米と黄色い豆が半々みたいなおじや状のものです。

右下は苦労して作ってもらえるようになった「湯で野菜、、、ボイルドベジタブル」です。
色味はよくないけど、カリフラワー、ジャガイモ、グリーンピース、キャベツなんかがまざってます。
これを作ってもらえるようになってとりあえず助かりました。

左下はパニールパコラ(チーズのてんぷら)です。これも辛くないように作ってもらいました。
左上はきゅうりのサラダ、、、というか単に輪切りですが。

これがわれわれの努力の結果でございます!
写真になると地味だけど、わたしも主名もこのときは完璧にどれも辛くないものがそろったので、
「やったー」と、奇跡を見るような気持ちでした。
ホットレモンウォーターも塩味じゃなくてちゃんと甘かったです。

de3

露地の花火やさんの品揃え。

de4

品物を選んでいたら、奥から親族みんなが顔を出しました。
露地のあちこちからも小さい子が集まってきました。

de5

えらくローカルな場所にきちゃったかんじ。

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【2010/11/06 03:07】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
肝臓話。
肝臓話。

今回、わたしがどうしようもない感じになってるときに救世主のように登場したアーユルヴェーダの薬、「Liv.52DS」ですが、このLiv.52は世界で一番売れてるタブレットだという話を聞きました。

わたしも肝臓の特効薬として、名前だけは聞いたことがありました。

実際、今回わたしの症状にはどんぴしゃで、おかげで助かった~、というかんじです。
これは、、、ちょっと、回復無理かも。とか思いましたもん。

今はまだ100パーセントとはいきませんが、50~60パーセントくらいは体調も回復しました。
気分的にはほぼ100パーセント回復です。

少量とはいえ、一応もうご飯でも何でも味わって食べられるようになったのでそれがうれしいです。
でもコーヒーとか紅茶とか、スパイス類はまだとる気がしないですが。

具合が悪くなると体感的に分かることもたくさんありますね。

紅茶なんかはインド人はなぜか濃いほうが高級みたいな感じがあるのか、煮出して作ることもあり、相当濃いです。
肝臓の具合が悪くなると、まず、紅茶は飲みたくなくなりました。

ご飯もなぜか火の通ったものは一切食べれなくなりました。
なにか匂いとかそういうのでもだめになってたのかも。

果物は何でも食べれました。りんご、バナナ、パパイヤ、ざくろ。
インドに果物があってよかったよ、、、

なので1週間くらいほとんどりんごとバナナが主食の野生生物のような食生活をしました。

でもそれだとなんとなく不安なので、主名のご飯の、ゆでたジャガイモを一口とか、味のないものか、単なる塩味ならあまりおえっとならずに一口、2口食べれました。

それだけ、煮た野菜とかおかゆですら厳しかったのに、りんごを食べるのがまったく問題なかったのは、不思議でした。

バナナは、以前戦争が終わったのを知らずにジャングルでバナナを主食にして1人で戦争を続けて健康に生き延びた日本兵の話を本で読んだことがあったので、

バナナだけで何十年も生きれるんだし、と思って、今回肝臓が問題になってから1日1本くらい食べるようにしてたのですが、たまたまかもしれないですがある日バナナを半分食べた後すごく具合が悪くなったので、その後は怖くなって食べてません。

でももう平気と思いますが、
しかし、ジャングルの中で何十年もバナナで生きてた人、病気にもなったりしたみたいですけど、ものすごい精神力だなとか思いました。
実際、その人も最初は何人か仲間がいたけどみんな次々死んでしまったんだったと思います。

私はもう、そんなことになったら食べるのやめて楽になろうとか思うと思います。

自分が病みあがりなだけに、その日本兵の精神の強靭さ(肉体もですが)のすごさを実感します。
私が今回具合が悪いときに、さらに、そのバナナも自分で調達しなければいけないとかいうんだったら
「無理~」
と言って死んでると思います。

水も調達しないといけないし、ベッドもないし、話し相手もいないし。

雨が降ったり蚊が来たり。


あと、ホットミルクやラッシーは少し飲めました。
レモン水は結構飲めました。
生野菜は食べることができました。

何でも食べれるにこしたことはないですが、
やはり、具合が悪くなると、どういうものが体に負担が大きくて、どういうものが負担が大きくないかというのがハッキリわかるので、
回復して何でも食べられるようになって、そういう感覚が薄れるのが少し惜しいような気もします。

火を通してやわらかくしたものが体にいいというイメージもあったのですが、今回、肝臓のものさしからするとぜんぜんそうでもなかったので、他のものがどんなにだめでもリンゴが普通にパクパク食べれるのはほんとに不思議な感じでした。

電話で、インド人と結婚して多分7~8年くらいはこっちに住んでる知人(Liv.52を飲むといいかもとアドバイスしてくれた)としゃべったのですが、
やっぱりインドに住んでると煮出したチャイを飲む頻度も増えるし、スパイスの摂取量が増えるので、自覚がなくても普段から肝臓が疲れてるんだそうです。

すみ始めて何年とかたつと、辛いものもそれなりにおいしく食べられるようになるし、さらにスパイスの摂取量が増えていきますしね。


しかしまた別の説も聞きました。

肝臓は感情(怒りとか)に対応するから、インドにいるとそういう感情が掻き立てられることが多くなって、それでも肝臓が疲労するとか何とか。

しかし、そういう感情を出さないで静かに肝臓ガンになったりするよりも、むしろ、今回の私のように時々、肝臓具合悪い~!というふうに症状に出るほうがいいのかもとかなんとか。

怒りと聞いて、相当思い当たることはありますが、
怒っても自分の体に反動が来るんだったら割に合わないので、とにかく、自分の体が楽になるように、体に聞きながら何でもやっていかないといけないなあと思います。



しかし、インドで街中にいながら、ほんと、なんにも食べるものがない!食べれるものがない!というのだけは、インドを旅行して体験した人にしか分からないだろうと思います。

ほんと、何にも食べられるものがない!

10数年前にはバックパックは背負ってなかったのでバックパッカーといえるのかは怪しいけど、数ヶ月間アジア各国(日帰りも含めると10カ国)を貧乏旅行した時期がありました。

日本でも広い公園や海辺、キャンプ場などでキャンプしたり住み込みで働いたりしながらの放浪同然のきままな生活を送っていたので、それが外国に場所を移動した感じだったのですが、

インドは旅行するにはすごく面白い国だったけど、食べれるものがなくて、インドにいたのはその時は合計1ヶ月くらいじゃないかと思いますが、とにかくガリガリに痩せました。

そのころはインドの料理の名前も今以上に知らなかったし、
どういう風に言ったら辛くないものがでてくるかも知らなかったので、ひたすらベジタブルフライドライスばかり食べてました。

今回は多少苦労して、メニューにない「湯で野菜」は作ってもらえるようになったので、(塩味だけの料理とかが想定外らしく、なかなかこちらのイメージが伝わらないです)わたしらが辛いのがだめという情報も伝わったらしく、注文を出しに行くのも主名にやらせてることもあり?辛くなく作ってもらえるようになりました。
(主名は毎回5回くらい「スパイスなし!」と連呼してます。)

しかし今朝はベジタブルパコラ(野菜のてんぷら)を単品で頼んだら、衣の中にチリパウダー混入で上にもなにかかけてて思いっきりスパイス効きまくってて、わたしのホットレモンウォーターも海水のような塩味でした。
やられた!これだよ、、、というかんじです。

イメージと違う食べ物ばかり出てきて食べられないと、ホント、生きる気力もそがれてしょんぼりした感じになります。

主名なんか顕著で、おいしいときはうきうきして実際はねてますが、食べられないとほんとにしょんぼりしてしぼんでます。

そんな気持ちをたくさん味わわせてくれる国、インド、、、ってかんじです。

でも、インド人ももうちょっと薄味に慣れたほうがいいんじゃないかと、思うんですけど。
肝臓を常に壊してるようななんともいえない恐ろしい顔色の人多いですもん。

今回もLiv.52を買いに行くのをホテルの人に頼んだら、「これでしょ」と、レセプションに常備薬としておいてありましたから。

いい薬が開発されるにはわけが(需要が)ある、というところなんでしょう。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

【2010/11/05 01:32】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
肝臓多少復活。
プージャをしてもらったからか、がんばれば動けそうだったのですでに某アシュラム(サラスワティなんとかというアシュラムでした)から思い切ってホテルに1日に移動しました。

ああ、これでラデラデ地獄(失礼!)からは脱出です。
なんせ、隣の寺では朝から番まで同じラデラデバジャンがエンドレスでかかってて、しかも変な曲調だったのでうんざりしていたのでした。

しかも朝4時からひっきりなしに前の通りをやたらめったら叫びながらバジャン隊が通るし。

サルはトタン屋根にひっきりなしにジャンプして、爆音を立てるし。


ホテルに移ったら移ったで部屋の窓に大穴が開いてたりして(29インチのテレビくらいの)
ふさいだり、、、
調整することはたくさんありましたが、

とりあえずまだすごくむちゃくちゃ体調が悪かったのでホテルの人の前に窮状を訴えてサポートを頼みました。

それでも何をどうするかはいちいち何度も説明しまくらないといけなくて
ヒンディー主体ということもあってなかなか意思疎通もままならないかんじでした。

昨日の夜までむちゃくちゃ具合が悪かったです。

フルーツ以外は口に入れられなくて、それすら昨日の夜はバナナを半分食べた後に具合が悪くなってうんうんうなってました。

フルーツを食べれる量も日に日に少なくなって、日に日にいろんな余裕(筋力とかも)がなくなる感じだったので、どうすんだ?というかんじでした。

昨日の朝はババが夢に出てきました。
ババもふらついてるのかゴルフカートみたいなやつから転げ落ちて降りてました。
ああっ、と思って助けに行こうと思ったらだれかに止められて近づけませんでした。

そしたらババがこちらに来て、頭に手を置いてなぜなぜしてきました。
「ようやく来たかーババ。(遅かったな)」
と思いつつ、

ババを捕まえてぶちゅっとキスしたあとに抱きつきました。
ババはとりあえずなすがままにされていました。
ババのローブの布が顔に当たる感覚が、夢から覚めたあとも印象深く残っていました。

起きてから、ようやくババが登場したし、
回復するんだろうかとか思いました。

しかしその日はまだ身動きできない感じでベッドの上で苦しんでましたが、
ブログをみてびっくりして電話してくれた知人がいろいろアドバイスをくれて、「そっちに行きましょうか」とかまで言ってくれて、わたしも状況を日本語でしゃべれて気がまぎれました。

で、彼女も彼女の親族も、西洋医学の薬、特に抗生物質できつい副作用がでるそうで、
やっぱ、抗生物質だよなー、と思いました。
私も今回全身じんましんが出たりとかもしました。

で、わたしは肝臓がやられたっぽいことははっきりしてると思ったのでそう言ったら、
Liv.52(リブフィフティツー)という薬がいいと教わりました。

でも、すでに極限まで弱ってるので、これ以上副作用があるとつらいことを言ったら、いろいろその薬について説明してくれて、大丈夫そうだったので、
ホテルの人に買いに行ってもらって飲みました。

Liv.52については肝臓の特効薬といううわさは聞いたことはあったのですが、飲んだのは初めてでした。
Liv.52DSだったか、効果2倍の強力版を昨日の夕方に飲みました。

そしたら、急に寒気がしてきてまた発熱してまた大変なことになりました。

これは、まだ判断力があるうちに、ほんとに誰かに来てもらったほうがいいのかも。
とか思いました。

しかし翌朝起きると、確実に何か状況は変わってました。

西洋医学の薬を飲むのをやめたときからずっと口の中が乾いて変な味がしてて、それで、食べ物を少しでも口に入れたり料理のにおいをかぐだけでげぇっ!となってたのですが、
口の中の感覚がまともになっていました。

で、体の重苦しいしんどい感じも和らいで、楽になっていました。

おお、効いた!
と思いました。

昨日の夜から、主名に食べさせるために、メニューにない「湯で野菜」をホテルに頼んで持ってきてもらっていたのですが、今日の昼に主名が食べてる湯で野菜と白いご飯も少し口に入れて食べれたので、食べれる!と思って嬉しかったです。

といってもほんの少量、数口ですが、喜んで食べたら量を間違えた感じで、その後数時間またしんどかったので、少しずつ、、と思いました。


そんなかんじです。

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【2010/11/03 01:58】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(1) |
フルタリアン生活
西洋医学の薬で、悪寒、熱、頭痛、関節痛などの症状はほとんどなくなりましたが、
おとといだっけ、朝起きると、内蔵がどーんと鉛のように膨張した感じで、すごくやばい感じでした。

トイレに行くと茶褐色の尿が!
今話題になってるらしい、肝炎か?とか一瞬思いましたが
(インドで肝炎になった知り合いが2人いるので)

とりあえずその朝から薬を飲むのをやめました。
そしたら尿も徐々に正常化しました。

吐き気があって、それは薬から来るものだろうなとは思っていたのですが、
薬を飲むのをやめたことを知った坊さんはすごく困った顔をしてました。

が、尿がこげ茶色になったとか、薬を飲んだらはきそうになる、とか、もう熱は下がったし。
とかいって説明しました。

そして、その前の日までチャパティとか野菜とか食べれてたのに、その日、内臓がかなり疲労したようで、そういうのがぜんぜん食べれなくなり、食べてみようという気すら起こらなくなりました。

なんか、もうインドはいやだー、という、インド拒否症状も出てたかも。
だから少しでもインドをイメージさせるものはうぇっとなって。

フルーツは普通に食べれるので、だから昨日今日とフルーツが主食になってます。

おじさん坊さんは
「お願いだからチャパティ食べて。じゃないと、君はとても弱くなってしまうから」
と、プリーズ連発でしたが、
文化の違いとはいえ、内臓にダメージを受けて吐き気があるのにそんなに熱心にチャパティを食べさせようとしないでくれーという感じで断固拒否。
チャパティは消化に悪いですよね?

主名は食べ飽きたという理由でチャパティ拒否。
彼はご飯が好きなので、白米をがつがつ食べてますけど。


なので、私らはもうチャパティ食べないからチャパティ持って来ないで、と頼んでるのですが、
いつも3枚のチャパティが添えられてきます。
無駄になるからもったいないのですが、チャパティは北インドの主食なので、おじさんの気持ち的には添えないわけには行かないのでしょうか?

あと、昨日の夜まで、完全に無気力になってて、何もかもいやになって、おきてもしんどいしずっとベッドと一体化して横たわってたのですが、

すごいえぐい悪夢もいっぱい見てて、なんか、この町の、かどうか分からないですが、ネガティブなものとつながりっぱなしになってる感じでした。

そのことについて思いをめぐらせていると、そういえばブラックインクを使ってないな、何で今まで使ってなかったんだろう?とか思いました。

ブラックインクはネガティブなエネルギーを転換させる、108種類のハーブで作られたペーストです。
この旅行のはじめから生理で、生理の時には神聖なものには触れないようにということだったので使ってなかったのですが、

思い出して、使ったら、すーっと深く眠ってそれまで微熱もまだあったのですが、目覚めたら熱も下がってすっきりクリアーになっていました。


そして悪夢を見るのがぴたりと止まり、その後はのどかな夢ばかりになりました。
極度の無気力と厭世観も去りました。

悪夢がぴたりと止まったのには感心しました。
これは精神病とかにもよく効くんだろうなという感じもしました。

ということで昨日今日とブラックインクを心持多めに使いまくっています。
パソコンをしたら熱が出やすいので(わたしが)パソコンにもインクをつけときました。

そしたら世界も少し変わってきたようで、いくつか変化がありました。

ここにきてネガティブな世界とどっぷりつながっていた私が変換したことで、世界も少しよくなったのだろうか?


おじさん坊さんと連絡事項を話してるときに聞かれたので、
実際はうちらは4年くらいアンデラプラデシュのサイババアシュラムのところに住んでて、
とかいう話をしたら(それまではなにも聞かれなかったから何も言わなかった)

「アンデラプラデシュ!君はサイババが好きなのか!」
とかいう話になって、

坊さんはしばらく口をあけたまま絶句してハァ~~~~と感じ入りつつ、脳内は高速回転してるようでした。

坊さんはババの大きい病院の話を聞いたので、一度アンデラプラデシュに行こうかと思ってた、と言い出しました。
心臓でも悪いのかと思って、聞いたら、血糖値が高くて、腕が上がりにくい、とのことでした。

今まで何の治療もしてこなかったけど、君がサイババのところに帰ったら病院に予約を入れてくれないか?
そしたらその日に自分は行くから。
とかいわれました。

う~~ん、スーパースペシャリティホスピタルは心臓と目の手術だったような気がするけど、、、
と思うのですが、バンガロールのほうの病院もそうだったかな?
誰か奇特な方がいたらおじさんの治療が可能かどうか調べてやってください。

血糖値ということは糖尿ということと思いますけど、
左腕が上がりにくくなってきたことが気になるみたいでした。

アンデラプラデシュには親戚も誰もいないから、というのですが、
まあ、インド人てすぐこういう発想になりますよね。
いつも「無理だよ。私外人だよ?とか思うんですけど。」

しかし私も散々ここ数日ご飯とか飲み物とかいろいろこまめに運んでもらっただけに。

スーパースペシャリティホスピタルで糖尿治療を受けられるかどうかは怪しい気もしますが、
ババのダルシャンはぜひ受けてほしいなーとか思います。

おじさんはここのアシュラム?の管理者で見た目も堂々とした坊さんで、推定年齢60歳ですが、そういう治療の理由があると、仕事を休んでアンデラプラデシュまでいけるのかも?

しかし、この坊さんの今までの人生がどうだったのか知らないですが、

インド各地からやってきた人が、スーパースペシャリティホスピタルの、あの、ロマンチックな宮殿のような姿を目にしたら、なんか、それだけで治療が進むような気がしました。
おじさん坊さんと話しているうちに、そういう、地方から来る人たちの気持ちに私もちょっとなりました。

願わくば、そういう、遠くから来た人たちには十分やさしくしてあげてほしいなあとか思います。
インドだから、また、無料だから人がいっぱい来すぎてしょうがないのでしょうけど、治療に来て、治療以前に疲れる思いをしてる人の話も何度か聞いたので。
まあ、わたしはそこでは献血しかしたことないので実情は分からないのですが。
(そのあと貧血で倒れたのでもう献血するのはやめた)

しかし、サイババのスーパースペシャリティホスピタルはインドの人に希望を与えてるんだなあと実感しました。

糖尿は知らないけど、心臓の手術が必要な人とか、ほんとに助かるんでしょうね。

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【2010/10/30 02:01】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(6) |
あー、くたばってました。
2晩ほど熱を出してくたばってました。

昨日医者が来てくれて3種類薬を出してくれて、飲んだので楽になりました。

西洋医学の薬はよく効くなあと改めて実感。

でも薬が切れてくる今頃の時間になるとなんとなくまた熱っぽくなってくるので、食べて寝て、もう1~2日は静養しようと思います。

ちなみにここのアシュラムはルームサービスはないけど、管理してるおじさん坊さんがこまめに必要を聞きにきてくれて気を配ってくれてるので快適に過ごしてます。

もうじきたぶん夕食を運んできてくれるので、パソコンをしてるところをみられないように切ります。
仮病じゃないんだけど、こっそりいたずらしてるみたいでなんとなくバツが悪いし、余計な想念を引き起こさないように、素直な病人らしくしておきます。

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【2010/10/27 21:57】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
マトゥラーからブリンダバンに移動しました。(写真)
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オートリキシャで移動しました。ほんの15キロの距離なので(な、はず)

ぶり2
のら牛?

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宿泊場所に着きました。

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簡素にして十分な部屋。(ルームサービスがあればなおいいけど!)

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ベランダの向こうはラーダーダモーダルテンプルです。

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何か変身してるらしい。

ぶり7
どこでもインターネット。便利な世の中になったもんだ。

ぶり8
まだやってる。

あー、今日は早く寝よう。

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【2010/10/26 01:01】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
あ~、熱っぽいです
夕方、夕食を食べれる場所を探しに町に出ました。

最初、人に教えてもらったところに歩いていきましたが、ブリンダバンは迷路みたいで、目的の店はわかりませんでした。
なので、必殺、サイクルリキシャに適当に連れて行ってもらいました。

超ローカル食堂でターリー(定食)を食べました。
まあいいんですけど、辛かったです。

主名は大きくなったらすばらしい夢の町を作る計画を練っていて、その名も「広町(ひろまち)」英語では主名いわくビッグシティというそうですが、常に彼の頭の中にあって、細部の計画を常に練り直しています。

今日のターリーを食べているときにも広町のアイデアがひとつ追加されたようでした。
かれは食べながら「広町ではご飯はからくない。普通においしい」と、つぶやき確認していました。

でもまあ、出されたお米のご飯はダル(豆スープ)とともにみんな食べました。
飢えて死ぬことはないはずです。

わたしは米のご飯とチャパティのどっちももらいましたが、どっちも食べました。

しかし辛いご飯を食べてるときって、昏倒寸前みたいな心理状態ですよね。

その後、ラッシーやさんでマンゴーラッシーを半分こして飲みました。

飲み水やジュースなんかも調達しました。

またサイクルリキシャに乗ってまっすぐ帰ってもよかったのですが、せっかくなので道を確認しながら歩いて帰りました。

途中で、外人が好みそうな品揃えの店、プッタパルティで言うところのギリジャンマストアみたいなのがあったので、シャンプーとか日焼け止めとか、お菓子とか、あと、トワイニングのハーブティーもあったのでそれも買って帰りました。

わたしはだんだんちょっと悪寒がしてきて、どうも発熱してるみたいでした。

う~ん、今回は、出発前から調子がいまいちだったのでぜんぜん無理できない感じです。
代わりにいつもくたばる主名は比較的元気ですが。


それか、ブリンダバンのバイブレーションに適応するための浄化でしょうか???

ブリンダバンは以外に外国人がたくさんうろうろしてます。
東洋人も何人かいて、すれ違いざまに挨拶されたようなされてないような気もしたので、もしかしたらプッタで知ってる人かもしれません。
でもめがねもないし(折れた)、頭が朦朧としてるのか、単に視力が足りなくてぼやけてるのか、わけがわかりません。

眼鏡屋さんも発見して、新しいのを買おうかなーと思ったけど、メガネがまたサルを呼ぶかと思うといやになってやめました。


今とまってるところはアシュラムのようなので、シャワールームが共用だし、主名に使った後のひどい状態を掃除させました。

そうだ、主名の教育用にはいいかも。
しかし監督しないといけないのはだるいですね。
わたし風邪みたいだし。


ビスケットとかりんごとかも買い込んだので、もし出歩きたくなくても少しは篭城できます。

お湯を沸かすやつも持ってきたし、あ、砂糖がない。まあ、なしでもいいかな。

ああ、なんだか、10数年前に初めてブッダガヤに行ったときのことを思い出します。
あの時はすごく暑くて、石の床に水をまいてもすぐに蒸発してしまってどうにもならなくて、
バケツに水を張って両足をその中に突っ込んだまま寝たらすごい風邪を引きました。

1週間くらい寝込んで、すごい具合が悪かったのですが、そのうちよくなって、
次の目的地の、どこだっけ?パトナー?忘れましたけど、
ネパールに陸路で行こうと思ってバスに乗って、去り行くブッダガヤの村の様子を眺めていたら、
この場所の目玉である、仏陀が悟りを開いた場所に行ってなかったことに気がつきました。

でももうバスは動いていて、あ、あ、あ、と思いながら、そのまま私はブッダガヤを去りました。

そのことはずっと覚えていて、その後たしか2回、ブッダガヤを訪れなおして、無事願望を成就したのですが、
改めて行ったときが、その仏陀が悟りを開いたまさにその場所への初訪問だったのは適切だと思いました。

数年が流れすぎるうちに、いろいろ自分の状態も変わっていっていたので。

でも、今回、もしかしてカルマ解消旅行のけっこう濃縮版かもしれないけど、
まあ、お手柔らかにという感じです。

サルに引っかかれた傷はもう痛くなくなりました。
このサルはメガネだけじゃなく、財布とか帽子とかカメラとかも盗るそうで、(調教してるんじゃないでしょうか)
あとでやっぱり男(もしくは男たち)がどこからともなく登場してお金を請求するそうです。

主名が聞くのでそういうトリックを説明したら、しばらく飲み込めなかったみたいで、わたしの言ったことを口をもごもご動かして反芻していましたが、しばらくしてから、
「そんな悪いことをしなくても、落ちてる実を拾ってひもをつけて売ったりしたらいいのに」
とか、あとなんていってたっけ。
なんだかやけに実用的なビジネスアイデアをいくつか提供してきました。
ああ、健全だなあ、と思いました。

その人はババを知らないの?と主名が言うので、
ここはクリシュナの場所だから、みんなクリシュナは知ってるけど、クリシュナがまたババになってるってしらんのちゃう?
だから、悪いことしても平気と思ってるんちゃう?と言ったら考え込んでました。
実際は、プッタパルティも魑魅魍魎が、、、いやいや

しかしブリンダバンは訪れる価値がある場所だと思います。

外国人(西洋人)もたくさんいるから、私がまだ知らないだけで、きっと西洋人好みのレストランとかもどこかにあるんだろうと思います。

しかしブリンダバンは寺が多すぎて、こんなにどこもかしこも寺だと、あえてひとつを選んで入る気がしないです。
いろんな宗派や聖者の人たちが、それぞれの寺やアシュラムを建ててる感じですか。

リシケシもそんな風にアシュラムだらけでした。
プッタパルティもそのうちそんなになるんでしょうか。

まあ何しろ泊まってるところの近くの大きな寺だけでも訪れるのは十分な気がします。
多少寺に食傷気味です。

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【2010/10/26 00:34】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブリンダバンへ移動しました。
今日は昼ごはんをホテルで食べて、そのあとブリンダバンに移動しました。

道でオートリキシャを捕まえて、交渉して、わかってると思ったのですが、ドライバーは行き先をあまりわかってなかったみたいです。

ホントはツーリストインフォメーションのオフィスに寄って、ブリンダバンの地図をもらってからブリンダバンに行きたかったのですが、ドライバーはヒンディーもあやしいかんじで、どこか別の地域から出てきた若者かもしれませんが、運転もなんかあやしくて、
わたしと意思疎通が図れないので埒が明かなくて、携帯で友達に助けを呼んでました。

その呼ばれてやってきた若者はなかなか好青年でよかったのですが、やはり英語があまり通じなくて、ツーリストインフォメーションは彼だよ!みたいにドライバーのことを言うので、違う違う、私は地図がほしいんだと、そんなやり取りを繰り返すばかり、

もしかしたら私の南インド英語がわけがわからなかったのかもしれませんが、
とにかくどうも前途多難な感じがしたので(そんなに難しいことでもないのに)
難しいことをいうのはやめよう、と思い、ツーリストインフォメーションはパスして直接ブリンダバンに行くように行ったら2人ともほっとしてました。

ドライバーも道を聞き聞きどうにか目的地に着き、私も荷物を降ろして宿泊先に入りました。

ここはお寺の横の、某アシュラムのゲストルームみたいです。

来る前は、苦行はいやだ、、、と思ってましたが、
来てみるとやっぱりアシュラムは雰囲気がさっぱりしてて、簡素さが心地いいです。

まあ、ルームサービスでシェイクとか持ってきてもらうわけにはいかなくなりましたが、
部屋に物が少ないと時間がゆっくり流れ出す感じがします。


食事とかは出そうにないので、(大きいアシュラムだったら出るとこも歩けど)どこでご飯を食べたらいいのか、もう少ししたら散歩に出ようかと思います。

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【2010/10/25 19:04】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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