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頭皮と髪の健康に役立つインドの天然毛染め「へナ」と「メヘンディ」
今日は午後からはキャンティーンセバの休みをもらったので、気分的にのんびりしてました。

で、久しぶりになおみさんちに遊びに行って、久々に触れるなおみさんちの子供達の無法ぶりにおののきながら、出してもらったお茶やお菓子をご馳走になっていた。

ここしばらく結構ちゃんとセバしてたので、半日休みでもなんかすごく嬉しい。笑

なので、へナで白髪を染めてみようと思って、
先日アシュラムのショッピングセンターで買ったへナ2種類を持ってって、なおみさんに見せて、アドバイスを受けてみた。

へナって、冷やす効果があるらしく、暑い時期に手や足をへナで染めたりすると手や足が冷えていいんだって!

へ~~~!それは知らなかった。

と、それを聞いて思いました。


日本では体を温める方法が健康法としていろいろ普及してるけど、インドでは暑い場所が多いから逆に体をいかに冷やすかに気を使ってることが多いんですよね。

だから、暑い時期に、全粒粉で栄養があるからと思って、毎食チャパティをたくさん食べてたらインド人のオバチャンに「チャパティは体が熱くなってよくないよ!」と注意されました。


久しぶりに夕食はチベッタンレストランで食べようかと思って向かってる途中で停電になったので、自家発電のあるアシュラムに行って、結局今日の夕食もウエスタンキャンティーンで食べました。

でもなおみさんちでドライフルーツとか食べまくっててあまりおなかがすいてなかったので、

ビートルーツ(赤カブ)のスープと、サラダと、シナモンアップルをクレープ生地で包んだやつを食べて、モカ?を飲みました。


モカって、つづりあってるかどうか分からないけどMOCCHAとかMOCHAとか?そんな感じで書かれてるので、

注文すると会計してる人がインド人のオバチャンだったら必ず「モチャ!」と言ってくれる。

基本、インドはどんな英単語もほとんどアルファベット読みで、CARを「カール」と、「BURGER」(つづりあってるかな?)を「バルガル」読んだりするのは有名ですが、

さらにウエンズデイ(つづり自信ないからカタカナで書いた。笑)は「ウエドンネスデイ」と、力強く発音します。
少なくともプッタパルティでは。

「う、、、ウエンズディ」と弱々しく言ってみると、「あら知らないのね。ダメね~」というかんじで、「ウ エ ド ン ネ ス デ イ」と指導してくれます。


部屋に帰ってとりあえず少量のへナを溶いて、1~2時間置いてから髪の生え際に塗りつけてみた。スプーンで。笑

初めて、へナってどんなもんかやってみたけど、私が使ったやつはヨモギみたいな薬草っぽいいいにおいがして、しょっぱなからすごい好印象。
なんとなくわくわくした気分になりました。

で、2時間くらい置いて髪を洗って鏡を見たらちゃんと白髪がオレンジに染まっていたのでとても嬉しい。

これは、続けられそう。

意外にすごく簡単でした。



なおみさんいわく、色の調整によい、MIX用のハーブとかあるらしく、シカカイとか?

で、オレンジ色じゃなくてもっと黒くしたい場合はインディゴを混ぜるといいらしいというので、

インディゴ??藍???

と聞くと、「そう」と言っていた。


藍なら日本にもありますよね。

なんかすごく青く染まりそう。笑
あ、でも、オレンジに染まるへナとあわせたら黒になってちょうどいいのかな。

しかし、日本で藍で髪を染める発想の人はあまりいないだろうなと思いました。


日本でもナチュラルハーブで髪を染める研究してる人とかいるのかな?
いるんでしょうね?


わたしは昔はケミカルで脱色して染めたりしてたときもあったのだけど、

パーマとかもそうだけど、すごいくさいんですよね。


でも若いときはそういう身体的な負担も非日常っぽくて楽しかったんだけど、


もう、ちょっと、今はパーマとかもあんまりしようとは思わないですよね。
毛穴からやばい液がどんどん入っていきそうだし。

以前1~2回行った助産院で、なんだっけ、出産のときに破水して羊水が出てくるけど、

その羊水が、出産してる女性が使ってるシャンプーの匂いがするので、何のメーカーのシャンプーかまで分かるくらいだという話も聞いて(頭皮の毛穴から体内に取り込まれるらしい)

女性は毒素は特に子宮にたまりやすいんだなー?と思って、

シャンプーでそんなんだったら脱色とか染色やパーマの液なんか劇物ですよね。


体も自然のものだから、環境破壊しないに越したことないなと思います。


その点へナは混ぜ物がないやつだったら超ヘルシーだし、ヨモギみたいないいにおいで、

頭皮や髪の健康にいいらしいです。


インドはこういう自然のいいものも普通にたくさんあるので、こういうのはどんどん他の国にも広まっていくといいですよね。


そんなこんなで優雅な半日は終わりました。



あ~れ~~~。仕事(ネットショップの)するつもりだったのにね~。



P.S.そうそう、手や足に繊細な模様を書くのに使うのも同じこの「へナ」を使います。

手足に模様を書くのはメヘンディって言うんですよねたしか。

メヘンディは私はまだ未体験。

そのうちプロの描き手に素敵なデザインでやってもらっちゃおう。


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グーグル画像検索「メヘンディ」より
https://www.google.co.jp/search?num=10&hl=ja&site=imghp&tbm=isch&source=hp&biw=1143&bih=565&q=%E3%83%A1%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3&oq=mehen&gs_l=img.1.0.0i4l5j0l2j0i5i4.960.3569.0.9568.7.7.0.0.0.0.1581.7595.4-1j1j0j4j1.7.0...0.0...1ac.1.BOwDzofICx0

使わせていただいた画像の持ち主の方ありがとうございます。
(NGの場合は削除しますのでお手数ですがご一報を!)
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【2013/01/17 06:49】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2013年のアラハバードで絶賛開催中?の、マハークムバメーラの写真がもう見れます。はや~い。
2013年のアラハバードで絶賛開催中?の、マハークムバメーラの写真がもう見れます。はや~い。



1月14日のマカラサンクランティの日にスタートしたんですね。



untitled+mahakumba_convert_20130116013143.png



大喜びで沐浴しに行く愉快なサドゥーたち。


うむっ、このフルチンサドゥーの群れの中には入りたくないなー。。。びびる。。。








写真のアルバムはこちら。



http://www.theatlantic.com/infocus/2013/01/kumbh-mela-the-largest-gathering-on-earth/100438/




プッタパルティからも知人が何人か行く予定にしてるみたいです。





アラハバードは北だし、今の時期はちょっと寒いんでしょうね?

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【2013/01/16 02:03】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
路上の死体とGさん?Jさん?
昨日、サマディーロードのお店のシャッターが軒並み閉まっていたので、なんで?と思って
そこらへんの人に聞いたら、ババの親戚が亡くなったとのこと。

で、けさはサマディーロードにその死んだ人がガラスケースに入って置かれていた。笑?


サマディーロードを通る人はもれなく誰でも故人の遺体とご対面。

しかも、道に対して垂直に置かれてますから!

オートリキシャが通る幅もなし。


通行人は故人の遺体の足元の50センチくらいの幅をすり抜けて通行。



いや~、改めてインドはあからさまな国だと思います。

こんなだからみんなあっけらかんとしてるのかもね。



ちなみに亡くなったのはサイババのシスターの息子だと誰かが言ってましたが、
どこまでがシスターとみなされるのかさえよくわからん。

ババが入院したときに100人くらいの親族が会わせろと来たらしいし(もっとだったか?)
インドはそういうお国柄なので。



昼前には遺体はもういなかった。

たぶん、チトラバティー川に運ばれて(たぶん、みこしみたいに担ぎ上げられて顔カバーなし)
燃やされたんだと思います。



たまに西洋人でもなくなって川辺で燃やされる人いますけど、
西洋で生まれ、最終の地がインドになったかと思うと他人ながらしみじみした気分がします。




話は変わるけど、今朝、バジャンのあと芝生にいってお茶を飲んで帰ろうとしたらひょろ長Gさん?Jさん?にばったり会いました。
日本で去年ヴェーダレッスンしてくれた人。

昨日一日のためだけに来たとか言ってました。

へ~、そうなんだ~

って感じで別れ、

さっきウエスタンに行こうとアパートを出てサマディロードからメインロードに出たところでまた会った。


で、昼ごはんを食べて芝生に来たら芝生でもまた会ったので、さすがに一日に何度もばったり会いすぎるのはなんとな~く決まりが悪いので向こうに気づかれないうちに手前を右に曲がってやりすごした。笑


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【2012/11/12 18:08】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴィジャヤダサミ?
たぶん今日、ヴィジャヤダサミだと思うんですけど、


今日、10月24日。



だったら、物事をはじめるのに適した日といわれてると思います。


確か、特に、何かをならいはじめるのにいいんじゃないかな。




今まで私の場合だと、サンスクリット語、というか、デーヴァナガリ文字を勉強しはじめたり、


ルッドラムを勉強しはじめたりしました。


何かを身につけはじめたこともあったかな。



インドでは何かをはじめるのに特に適した日が年に何度かあると思いますが

ヴィジャヤダサミはその中でもベストスリーに入る吉祥な日とされてると思います。


特に、何かを学びはじめるのにいいと聞いた覚えがあります。


たぶん、何かを勉強しはじめたりしたらそのことについて勝利するとか、そんな感じで思われてるんだと思います。



もしタイミングが合えば、今日から何かを勉強しはじめるのもいいかもしれないですね。(‐^▽^‐)





私は~、今日ガンゴートリにでも行こうかと思ったけどタイミングが合わなかったのでそーだなー、なにかするかなー。。。。



とりあえず朝風呂にでも入ろうかと思います。 ♪(*^ ・^)ノ⌒☆




(ちなみにシルディババが逝ったのもヴィジャヤダサミの日だったんじゃなかったかなと思うんですけど、どうでしたっけ?)

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【2012/10/24 11:16】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
自身のツイートより
まだ朝8時ですか。今はインドからスリランカに天然の?橋が伸びる場所ラーメーシュワラムにいます。朝5時から6時はお寺でクリスタルリンガム(スバディカリンガム)ダルシャンがあるので行ってきました。海に寄ってホテルに戻ってきました。

インド人は楽しそうに海で遊ぶよね。遊ぶというか今朝行った場所は一応礼拝ポイントだったんだけど、みんな砂でシヴァリンガム作ったり、腰まで海に入って朝日に向かって太陽礼拝したり、思い思いに海辺を満喫してました。

大音量で「みんなクールな潮風を楽しんでね!」「でも持ち物にはちょっと気をつけてね。泥棒がいるから!」みたいなすごく楽しそうなはじけた声の放送がずっと流れてました。



日本でのアティルッドラマハヤグニャ、実行資金のめどはまだでも、とりあえずやるとしたらどんな感じになるのか話だけしました。今年の5月29日~6月9日にはロシアでも行うそうなので、今までみたことない人なんかはその時にロシアに見に来たらイメージがつかめるんじゃないかということでした。

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【2012/03/19 12:25】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババーニでのプージャ
昨日つい遅くまで起きてて、
今朝は6時からプージャだったので5時にホテルを出ました。

ババーニというとこの、トリベニサンガマムと呼ばれる場所でのプージャです。
トリベニサンガマムは3つの水の流れが合流する聖地で、インドにはいくつかあり、ババーニもそのひとつのようです。

ババーニはカーベリー川とババーニ川と、寺の中のシヴァの足元から流れ出ているといわれるアムリタナディと呼ばれる流れの合流地点でした。

予想外に水が澄んできれいで、魚もいっぱいいました。

夜遅くまでプージャがかかるのを覚悟してましたが、予想外に早く終わりました。3時半くらい?

休憩なしでぶっ続けでやったからなのですが、
選挙の投票があるとかいってたような。
だからぶっ続けでやったみたいです。

写真とったんですけど今ブログに写真のせる気力はないのでそのうちかなー。

おわんの船みたいなボートに乗って河の中央にあるガネーシャテンプルも見物しました。


プージャは始めてみるタイプのプージャだったのでなかなか興味深かったです。

牛へのプージャや象へのプージャもしました。

なかなか面白かったから
予算が許せば半年に一度くらいでもやってもいいかなレベルでした。

17日の今日が誕生日だった主名は指令どおり、リシケシのガンガーで沐浴したらしいです。

眠さ限界なので寝ます。

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【2011/10/18 02:32】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プッタパルティに戻ってきました。
7月1日になったばかりの夜中にアルナーチャラ(ティルヴァンナマライ)のプージャ旅行からプッタパルティに戻ってきました。

2日の今日、プッタパルティで子供の世話を頼んでた母と弟は早速帰国しました。

夕方は雨がザッと降ったのでとても涼しくって、肌寒いくらいです。


今回の日本のプージャの動画、
ユーチューブへのアップロードがようやく初めて成功したので4日目のプージャの様子をちょっとご紹介。



処女へのプージャ(カンニャプージャ)、独身男性へのプージャ(ブラフマチャーリヤプージャ)、母親へのプージャ、夫婦へのプージャなども22日に行われました。

ブラフマチャーリヤの青年たちはプージャに携わってるお坊さんたちです。

処女プージャ(カンニャプージャ)をうける女の子たちが真剣な面持ちなんだけど、笑いそうでかわいい。






こちらはチャンディーホーマム(女神へのホーマム)のクライマックスの様子。

大きな護摩壇の中で燃える炎にギーに浸したシルクのサリーや各種穀物、フルーツなどが次々と捧げられます。



写真は多分このアドレスから見れると思うけど。。

https://picasaweb.google.com/100945939409128691746


写真のアルバムの中にも時々動画もアップされています。

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【2011/07/02 22:21】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(3) |
5月23日のホーマムとカウプージャの話の続き
ようやく午後1時半くらいにドゥルガーテンプルを後にした私たち。

主名はもう150パーセント海のことしか考えてないのがよくわかる。

ところが占星術師とドゥルガーテンプルの坊さんは、おっさん同士、気持ちがまったりと通じ合ったらしく、
ドゥルガーテンプルを後にして車を走らせてからも
主名の海海催促に占星術師の反応は鈍い。

そのまままっすぐ海に車を走らせるのかと思ったら、2分だけもうひとつ寺に行くからと言い出しました。

2分。。。そんなの絶対20分以上と思うけど。と思ったけど、様子を見ました。


主名はもう気が気じゃなくて、

「あとどれくらい遠いの?どれくらい!!?ねえ、どれくらい!?」
と、せわしなくみんなに質問攻め。

「海に行く途中にある寺だから」
と占星術師は答えるもなかなか到着せず。

さすがにわたしも「あとどれくらい?」と聞いたところでその寺に到着しました。

何でも、そこに湧いてる水で沐浴するのはガンガーで沐浴するよりも、ラーメーシュワラムで沐浴するよりもさらによくって、すべてのカルマがチャラになるんだすごいとこなんだ、という占星術師の話。

その寺はそこそこの大きさの簡素な感じで静かなたたずまいの寺でした。

よくわからないままに寺の中に入ると、なんとドゥルガーテンプルの坊さんが先に来て待ってました。
なんだよ、そんなに心が通じ合ったのかこのおじさんたちは。。。いつの間に。とか思いましたけど、
占星術師はさすがに職業柄もあるけど、話もうまいし人心掌握にも長けてるから
ドゥルガーテンプルの坊さんもうっとりしちゃったのかも?

で、そのドゥルガーテンプルの坊さんがこのマル秘寺を説明しながら案内してくれました。

残念ながらあれからもう何日もたったのでどうも記憶が定かでないですが、
月の祖父というすごく力のある聖賢の像があり、それはなんか珍しかったような気がします。
座ってる下のほうに太陽と月の図が描いてありました。

頭の上に木もあしらってある像で、
う~~~ん、なんだったのかなああああ、あの木は。
すみません、聞いたけど忘れました。


そしてその寺の本尊のシヴァリンガムにもお参りしました。

坊さんいわく、このシヴァリンガムに正しい方法でお参りすることであらゆるカルマがチャラになると。
カルマチャラはここにも。というか、ここが?
よくわかりませんが、そういうことはサンスクリット語の文献にしか書いていないので、
サンスクリットを解読できる人だけがこの寺の重要性を知ることができる。
だからここはあまり人が訪れないクローズな寺だ、ということでした。

そのシヴァリンガムは大地から自然に盛り上がって出てきたものだそうで、
てっぺんにはさらに盛り上がった部分がありました。

上から水がそこにたれてきてるのか、それともその盛り上がった部分から水が出てるのか、
どっちだったかすみません忘れましたが、
とにかくシヴァの頭にはガンガー女神がいるんですが、
そのガンガー女神つき、しかも自然に水も出てる、その水がどこから来るのか誰も知らないという
すごいリンガムだという説明でした。

わたしたちは大きなオイルランプの器を2つ用意して、
それぞれの中に、さっきの聖賢の頭のところにあった木から取れるオイルを満たし、火をともしました。

そしてドゥルガーテンプルの坊さん自らアルチャナをしてくれました。


カルマ、チャラ。

ということで、占星術師や私やタクシードライバーはそれぞれの縁故の者たちの名前をプライベートにそこで唱えてもらったのですが、
坊さんがその名前を唱える手順を終わらして用具を持ってシバリンガムのほうに行こうとしたときに

「あ」

と思い出して、
占星術師に坊さんを呼び止めてもらって、菅総理と「ジャパン」も唱えてもらいました。

思い出してよかった。。。



それが終わったあとも坊さんはほかの全部の神像でもアルチャナをしてまわってくれました。

何の像があったかはすっかり忘れました。


その後ぼうさんは水とか用意してくれて、
その寺の建物の中で、さっきのドゥルガーテンプルのプラサードのご飯を私たちが食べれるように
バナナの葉っぱ(お皿)とか、セッティングしてくれました。
そして用事をする別の男性や、坊さん自らもご飯をよそってくれました。


まあ、お腹はすいてたので「海。。。。。」
と、私も思ってましたけど、食べることにしました。
カードライスがおいしかったです。


食べ終わってから主名がじっとしてられなくてどこかにうろつきに行ったら
占星術師が主名の葉っぱを片付けようとして、
そしたら坊さんがこの方にこんなことをさせてはいけない!みたいにあわてて止めて、
せんせいじゅつしは「ほんの小さな子供だから」と、制止をさえぎって片付けました。

まったりとなじんだこの2人の中年男性のこの出来事は何か少し、いちゃつくためのお芝居めいていたようにも思えましたが

私はそれを眺めてたのですが、
この場では私は働かないのが仕事だと思ったので、
私のは主名に自分のお皿葉っぱを片付けて捨てに行かせました。


最後まで占星術師とドゥルガーテンプルの坊さんは、まったりムードで通じ合っていました。


ようやくその寺を後にしたのは2時ごろでした。

占星術師は「このまま直接海に行くの?」と聞いてきて、

「何をいまさら」と思いつつ、
「いっぺんホテルに戻るんですか?」と聞いてみたら
「いや、今からじゃ時間がかかりすぎる。。。。もごもご。直接行く。」

とか言ってたので何が言いたいんだ?とそのときは思いましたが、
あとで思うに、もう時間がないから海はまた次回にします、と、私が言うのを期待してたのかも。

でもそんなの、この主名の期待の高さを受けて言えるわけもなし。無理無理。

前回、3月にプージャに来たときも、主名は占星術師に、プージャが終わってから海に連れて行ってやるからそこで思う存分貝を拾ったらいいとインド人特有のその場しのぎの解決案をいわれてその提案を飲んで、
(主名と占星術師の子供が寺の砂地にあった貝殻の激しい奪い合いになってたので)
プージャの日程が終わるまで期待しまくって待っていたのですが、

結局そんな時間はないということで何事もなかったように却下されて、
足掛け2か月分の期待が高まっていたのですごいことになっていました。

海に行きたい一心で、大量の宿題も当日のプージャ中にまでかかってウキウキしながら書いて終わらせてました。

いまさら行かないとはいえない。


それから海までは45分と聞いてましたが軽く1時間以上かかり、
私と主名は車中でほとんど寝てたのですが

3時15分くらいに海に着いたら主名はもう、うきうきで車から降りてすぐにパンツになってました。
で、吸い込まれるように海に行きました。

海は波はけっこうあったものの水はきれいで水温も高かったです。

わたしも海で沐浴しろとか言われましたが、
着替える場所もないし、そのまま夕方の列車にクムバコーナムから乗る予定だったので
(ホテルは朝にチェックアウトして車に荷物を積んで移動していました)
何を無責任なことを。時間もないし無理だよと思って、私は沐浴は遠慮して、
足を水に浸すだけ浸しました。

それでもとても気持ちよかったです。


主名もぎこちなく、しかし実に楽しそうに波と遊んでいました。

ほんとは2~3日、もしくはせめて2~3時間くらいは遊ばせたかったのですが、
私たちは6時台のクムバコーナム発の列車でプッタパルティに戻らなければいけなかったので、
遊び始めてわずか30分後の4時45分ごろに占星術師は引き上げるように促してきました。

2ヶ月待ちに待ってわずか30分じゃああまりにも満たされないだろうと思い、
促しを聞き流して、主名には「あと10分ね」と言ってもうしばらく遊ばせてて、
そのうちいったん先に車に戻ったドライバーも何度も迎えに来たので、
主名も一応気が済んだらしく、自分に言い聞かせてたのかもしれないけど、
「あ~、きもちよかった」

と、海からあがってきたので(やっぱりどこか風呂間違えてる?)、貝殻を拾いつつ車に戻りました。


シャワー施設なんかないので、ペットボトルのミネラルウォーターで主名の塩分を流し、着替えさせて、

5時くらいに海から出発しました。



わたしは1時間以上あるし、確か6時25分発のクムバコーナムの列車に間に合うんじゃないかと思ってたのですが、
「クムバコーナムは今から行くには遠すぎる」

ということで、海から近い駅から乗ることになったみたいでした。


それから、もともと少し荒い運転のドライバーだったけど、事故寸前な感じで猛烈に飛ばしまくって、
揺れまくったので、座席で横になってたのも関わらず吐き気を催した私は車を停めてもらって
ドアを開けると同時に吐きまくって、
そしたら腹筋がつって、うーーーと、しばらく地面にしゃがみこんでました。

ようやくおさまったころに、車内にいて様子をいてた主名も「ぼくも」と出てきて、
やはり車から降りると同時に吐きまくり、
しかし子供は回復が早いので、吐いたら「すっきりした」とか言っていました。


そしてまた車を走らせ、5時半ごろに私たちが乗る列車の始発の駅らしきところに着きました。

発車は5時40分くらいみたいだったので、
占星術師は先に出て行って消え、ドライバーは私たちの荷物をもってダッシュ。


わたしらは疲れてるしあまり急ぐ気にもならなかったけど急ぎ足で高架をこえて、私たちが乗る列車がとまってるプラットホームに行きました。

ドライバーは動転してたのか、乗る車両がうまく見つけられず、なぜか私が先導して案内する羽目に。
思えば来る時もそうでした。クーリーが違う車両にまちがえて乗って連れて行こうとしたのでなぜかクーリーを正しい車両に案内して連れて行く羽目に。

で、もっと運び代くれとか言うのでそぉんなあほな、というかんじでした。

で、無事に席に着いて、消えてた占星術師はその駅からクムバコーナムまでのわたしたちの乗車券を買ってたらしく、それをもらって、まもなく列車はゆっくりと発車しました。



用事でまだクムバコーナムにもう一日残った占星術師とタクシードライバーはさぞかしやれやれと思ったことでしょう。

私は別に急ぐ人生でもないし、(主名の学校はあるにしても)もう1日や2日プッタに帰るのが伸びてもクムバコーナムでゆっくりできて、海でももっと遊ばせられるし、いいやという気持ちだったので、

間に合ったんだーーー、と、嬉しいほどでもなく悲しいほどでもなく、微妙な自分でもよくわからない感じでした。


列車が動き出して乗客の出入りもなくなったので、着替えとあきペットボトルを持ってバスルームへ行き、
水浴びして着替えました。

朝からうごきつづけで汗だくだったので、ようやくさっぱりして気分よく座席に戻りました。


車掌が来たのでさっきもらった一番安い、クムバコーナムまでの乗車券とクムバコーナムからバンガロールまでのスリーパー(エアコンなしの寝台車両)の乗車券を見せ、まだ客はその時点でほとんど乗ってなかったので、OKかな、と思ったのですが、その席にいたいなら、というかんじでクムバコーナムまでのスリーパーのチケットを買うように言われたので素直に購入しました。

クムバコーナムでは少しの間停まってたので、急いで離れたところの売店に行って、ポテトチップスとプーリーふた包みとチャイを買って席に戻りました。

席に着くとすぐに列車は発車しました。

クムバコーナムの駅のプーリーは特に期待してなかったけどおいしかったので、
車窓を眺めながら窓際の席で食べてると完全に満たされた幸福な気持ちになりました。

あと、手持ちのオレンジなんかも食べながら外を見ているうちに日が暮れて夜になりました。

「夜になった」

と、主名が言いました。


同じコンパートメントにはお母さんと男の子2人と子守の少女がいて、
主名はその2人の男の子と遊び、
私はその建設会社に勤務してるというお母さんに聞かれるままに答えたり、こちらからも一応何か聞いたりしながらしゃべってました。

クムバコーナムでは寺でプージャして、今度はアルナーチャラでする予定で、
でも基本は仏教徒なので2年ほど前に北インドの仏跡地を回ったと、話の流れのままにしゃべってたら、
24時間祈ってるのか?みたいに言われました。

。。。そうだった、一般インド人はもっと普通なんだった。プッタのインド人は全体からしたら特殊、と言うことを思い出し、まあでも話の流れでプッタパルティに住んでることを言ったら、
サイババが亡くなったあとも会いに行ったの?
とか聞かれたので10回くらい行ったとか何とか答えました。

で、アシュラムのこととか、ほかのこととか、年も同じくらいなのか?いろいろ話しやすいお母さんでした。

彼女たちは兄弟が日本でエンジニアとして働いてたので1年前に日本に1週間くらい行って観光したそうで、
日本はどこもかしこもきれいで、みんな親切で、みたいに日本をべた褒めしていて、インドに住んでる私たちに、日本のあとにインドに住むのは難しいでしょう、とかそんなようなことを言ったりしていました。

YESと肯定しておきました。

宮島にも行ったとかいってて私も行ったことないよとか思いました。

そしてやはりこの前の震災の話になり、
でも日本人は素晴らしいから、原爆のあとにもすぐに復興したからね、みたいに励まされました。


なかなか居心地よく楽しく時を過ごし、9時過ぎには寝て、朝はそのお母さんが「次の駅よ」と起こしてくれ、6時くらいに無事にバンガロールに到着しました。

予約してたタクシーに乗り、寝てる間に休憩なしであっというまにプッタパルティに戻ってきました。
プッタにつく直前にまた主名は酔って吐きました。

しかしながらさわやかな気分でプッタパルティに着きました。

3泊4日のプージャ旅行。
うち2泊は列車の車中泊だったのでホテルには1泊だけ。うごきっぱなし。

こんな強行軍はいやなんだけど、
ゆったりした日程を組もうとしてもなぜかこうなってしまう。

しかし海行きも含め、すべての目的は達せられた旅行でした。


ただひとつをのぞいては。。。
実は内心に秘めてちょっと買いたいものがあったんですが買えなかったので、
次回またクムバコーナムに行くことがあれば、そのときにまだ買いたければ、こんどこそ。

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【2011/05/29 05:34】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
23日のホーマムとカウプージャ
いいかげん、忘れないうちに書いときます。

更新のない間にも拍手ボタン押してくださってる方ありがとうございます。
けっこう励みになるもので。

23日は朝からまたドゥルガーテンプル(パッティーシュワランテンプル)に行きました。

このお寺は色々独特なものがあって、
9つの惑星の神様の向きも一般の寺にあるものとは違ってました。
普通は中央の太陽の神様は東を向いてて、その周囲に配置されてる惑星の神様たちはみんなそれぞれ外側を向いているのですが、

ここのお寺では太陽は実際の太陽が日の出のときにそうであるように西を向いていて、周りの惑星の神様たちは全員、中央の太陽に向かって立っていました。

あと、悪魔マヒシャを殺したドゥルガー(この場合、パールバティと同一視)が、勝手なことをしたということで、その後シヴァに受け入れてもらえなかったらしく、

パールバティはシヴァに受け入れてもらえるように片足立ちの苦行を行なって、無事シヴァの受け入れてもらえた、ということで、
苦行中の片足立ちのパールバティの像もありました。

そのように、またもや寺のあちこちの神様たちに坊さんと一緒にお参りを済ませてからホーマムを行ないました。

これは、日本のカルマ解消のプージャを6月19日から11日間することになったのですが、
それまでのつなぎのプージャとして行なうことにしたものです。

ちょっと前にも別の場所で日本のプージャへのつなぎプージャをしたのですが、
それは日本の憲法の発行された日時を基に作成したチャートから決めたプージャでした。

日本の誕生日がわかればいいんですけど、わからないんで、(それこそ古事記の時代?)
そういう、重要な節目のタイミングからチャートを見ていくらしいです。

関係ないけど、インドで神様ドラマが根強い人気なように、
日本でも人気のある俳優とか女優で古事記のドラマすればいいのにな。


日本のチャートを作るときに、
現総理のチャートと、その、戦後の憲法発行のチャートを合わせて見ていったのですが、
「天皇で見るべきだ」とか、憲法も「もっと昔の時代ので見るべきだ」とかいう意見ももらって、
いくつか別のでも合わせてみたのですが、
不思議というか、やはりというか、それらは矛盾しないんですよね。

究極的にはどのポイントにも全体が含まれて折り込まれてるんでしょうね。


ということで、この日のは現首相のチャートを元にしたホーマム&プージャだったんですが、

最近は少し違う風も吹いてるのかもしれませんが、チャート作成時(4月)の現首相の人気のなかったこと。笑

そのひと本人がどういう人だとかそんなのは分かりませんが、
たとえ敵でも(首相が敵というわけではないですが)プージャがやるような形でエネルギーを与えるのは
それがだれを対象であっても、私は万人に利益として還元されると思っています。

まあ、プージャにもいろんなのがあるみたいですが、、、それはそれとして。


ホーマムは2~3人(基本2人)で行なわれました。

おいしそうな5種類のフルーツも火にくべてて、なかなか燃えにくそうでした。

煙がすごいときもあって、
でもこの煙にはダイオキシンとかはないだろうと思いつつ煙を浴びていました。
こういうホーマムの煙とかはいいって言いますよね。


ホーマムが終わった後にはまたドゥルガーのアビシェーカムとかいろいろあって、
この日はいい日だったからか別の人も寺の別の場所で同時にホーマムをやってたので、ホーマムでできる聖水、カラッサムウォーターがたくさんできてたので、
前日ほどの牛乳の量は浴びせず、カラッサムウォーターをたくさん使ったアビシェーカムでした。

また別の人もすごい豪勢な太い花輪とかを捧げてて、
こういうふうにみんなの祈りが合わさってプージャが行なわれているんだなあと思いました。

この日は11の、レモンを裏返した器をつかったオイルランプを灯しました。
ちょっとは慣れて、早く火がつけられるようになりました。


一つ一つのプージャの合間が長くて、
この日は午後から主名は海に行くと思ってたので、彼は気が気じゃないみたいでした。
遅くなるから昼ごはんも食べないとか言っていました。



なんか、プージャの一環としてご飯を配ったりもしました。(アンナダーナム)



その後もなんやかんやプージャをして、(もう何がなんだか)


そして寺の門のところに行って、そこに連れて来られていた、前日村で見た牝牛と子牛にもプージャをし、
それを私からいったん寺の坊さんにプレゼントし、
(ブラーミンにプレゼントする必要があるらしい)
その後坊さんはよその寺で働いている貧しい女性(多分掃除したりするような)に牛の手綱を手渡してプレゼントしてました。

プージャの最中に牝牛はボトンボトンと糞をし、
それにはみんなあまり反応しなかったけど、
プージャの終盤にはジョーーーーー!!!と、たくさんおしっこをしました。

私や主名はギャーとか思ったんですが、
占星術師や他のインド人は「ベリーラッキーだ!!」とか言いながら、
新鮮な牛のおしっこを地面に落ちる前に手の先で受けて自分の頭に振り掛けたりしてホクホクしていました。


まだまだ私はインド文化になじんだと言うには程遠いと感じた瞬間。
(と言うかむしろなじみたいとは思わない分野)


まあでもこの手のプージャをするときに牛がおしっこをするのは吉兆なんだそうです。


そんなこんなで、悠長にたっぷり時間をかけて数々のプージャを行い、
主名が時々「海に行くから!!」と、根気よく主張してましたけど、
そのドゥルガーテンプルを後にしたのはもう午後1時半くらいでした。


つづく

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【2011/05/26 22:16】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クムバコーナムのドゥルガーテンプルでのプージャ
もう眠くって、寝たい気もするけど、寝たら二度と書かなさそうなので書いときます。

子どももふざけまくりで、口うるさく言えばいうほど調子に乗るのはどうしたものか。
いっぺん泣かしたら静かになるのは分かってるんだけど。


今朝30分くらいだけ遅れてバンガロールからの列車はクムバコーナムに着きました。

近くのホテルに行って、シャワーを浴びて朝食を食べてからそこから6キロほどの距離にあるドゥルガーテンプルに行きました。(なんて名前の寺だったかは忘れました)

今日の目的は、わたしのヴァシシタの葉のカルマ解消の、ドゥルガーへのプージャをすることでした。

えっとですね、ああ、寺の名前がありました。
Pattyeshwaram(パッティエーシュワラム)テンプルでした。

ここのドゥルガーに、ミルクアビシェーカムをするのと、新しいサリーを贈るのと、レモンでできた首飾りをかけるのと、灯りを年齢の数だけ灯すのと、クムクムアルチャナと、サハッスラナーマアルチャナをするってやつです。

ほんとはもっと他の寺ですることもいわれてたけど、それらはこないだナヴァグラハスペシャルプージャのときにやったので省略。

午前10時前くらいに寺について、
しばらく待たされてる間にうろうろ敷地内を見て回りました。
沐浴場ではカワセミが水中に飛び込んで魚をつかまえていました。
上に鷹みたいな鳥が来たときは、カワセミは上を心配そうに見ているように見えました。

プージャ前のプージャがいつもあって、
サンカルパンとか何とか。
毎度ながら悠長な行為だなと思います。プージャって。

ガネーシャや寺中の他の神様にもお参りしました。
ほんとにたくさん色んな神様が祭ってあるんですよね。

シヴァリンガム、パールバティ(この寺ではニャーナーンビカと言う名前だったっけ)、ムルガン(この寺ではシャンムカとか何とか行ってたような。顔が6つありました。大きくてけっこう迫力ありました。)、ガネーシャ、なんかシヴァに取り次ぐような神様、なんか聖者、などなど。

あ、あと、カーラバイラヴァもいましたけど、なぜかフルチンでした。
みた感じがすごく不動明王みたいでした。
カーラヴァイラバも怒りすぎて、着てる服もどこかに飛んでいってしまったのでしょうか。

この寺のナンディ(シヴァの従者の牡牛)は変わってて、普通ナンディはシヴァリンガムの真正面に、リンガムのほうを向いて座ってるのですが、
ここの寺ではナンディは少し脇へ押しやられていました。

なんでかというと、ある聖者(名前忘れました。トゥリニャーナなんとか)がやってきたときにシヴァが彼を直接見たくて、ナンディをちょっと脇にどかしたんだそうです。

あと、別のシヴァリンガムもあって、それはラーマがプラーナを授けて自らプージャをしたリンガムだそうです。
そんなすごいリンガムらしいのですが、寺の裏手の人もあまり来ないようなとこにありました。

これって、日本で言うと弘法大師ゆかりのものってあちこちにあるけど、そういうノリなんだろうかとちょっと思いました。


この寺は彩色の壁画もあったりして、修復とかいうのとは無縁な感じでどんどん消えていってるみたいでしたが、歴史のある寺なんだろうなと思いました。

柱の彫刻もなかなか素晴らしかったです。


ドゥルガーの像は黒い石でできていて、高さ2メートル弱くらいでしょうか?

それにじゃんじゃんアビシェーカムをしてました。
どのくらいじゃんじゃんかというと、牛乳は冗談抜きで100リットルくらいかけてました。
ヨーグルト50リットル、ターメリックウォーター、サンダルウォーター、ココナツウォーターなど各20リットル、あと、カットフルーツやジャガリー(黒砂糖)を混ぜたどろどろした甘いものとか、蜂蜜とか、いろいろたくさんかけてました。

合間合間は水で清めて。

最初はガナパティアタルヴァシールシャムをとなえて、あと、ドゥルガースークタムを繰り返し唱え、最後のほうにはシュリスークタムとか唱えていました。

アビシェーカムされてるとき、ドゥルガーは赤いふんどしみたいな長い細いぬのを首から下げられてて、細い布なんでやけにドゥルガーをなまめかしく見せてるように思いました。
まるですごく切れ込んでる水着みたいな感じで。
何だあの布は~みたいな。

アビシェーカムのあとに花輪をいっぱいかけて、そこにさらにターメリックのどろどろした液体をドゥルガーの顔とかにかけたので驚きました。
花がターメリックまみれ。。。

で、お坊さんが指でドゥルガーの顔をなぞって眉毛とかめとか口とかわかるようにしてました。
でもなんでつながり眉毛にするのかな?

よくインド人女性で顔とか手足にターメリックを塗って黄色くしてて、
みたらぎょっとする人いますけど、
あれは美白のためとからしいですけど、
ドゥルガーにも美白なのでしょうか。。。

その後わたしはレモンで作ったオイルランプ(半分に切ったレモンを裏返したものを器にしたオイルランプ)に、インド式の数え方ではひとつ増えて38個、火をつけました。
けっこう苦労しました。(人生が、じゃなくて火をつけるのが)

またドゥルガーのほうに戻ると、幕の後ろでお色直しと言うか着付けみたいなのをしてたみたいで、
幕をあげると金のカバーとかもされて、花にうずもれたようなドゥルガーが出現しました。
知らない間にサハッスラナーマもしてくれてたみたいで、きっとドゥルガーの足元に積み上げられていたはすの花びらがそのしるしなんだろうと思います。

アルチャナもして、ドゥルガープージャが終わりました。

で、プラサードをもらったり、やってくれたお坊さんにお礼を渡したりして寺を後にしました。


どっかの食堂でお昼を食べて、主名は本人の希望もあり、ホテルにおいて(テレビ&宿題&休憩のため)、私たち(私、占星術師、いろいろ手配や準備に走り回るおじさん、タクシードライバー)はそのまま片道1時間半か2時間くらい離れたところにあるヴァイティーシュワランコイルに行きました。

以前あけたヴァシシタの葉を読んだナディリーダーにお礼を渡すためです。
もとナディリーダーの占星術師は「自分の経験上そんなの渡さなくていい」とかいってましたが、
わたしは今まであけたもの(これがこの手の葉っぱの8回目)は全部やることやって、出すものは出してきてたので、どうしようか昨日まで迷ってましたが、結局渡すことにしました。

もし渡す必要がないにしても、向こうが要求してるんだし、
私のカルマをもっていってくれるんだろうとか思ったりして。
前回、ここの館の一室でプージャ中なのをチラッと見て、なんかすごくいいと思ったので、
お金や品物と一緒に私のカルマが行ったとしても、きっと彼らは上げて(昇華して)くれるだろうと思い。


まあ、向こうはもちろんいやな顔はしませんでしたけど、
プージャルームに連れて行かれてそこでプージャとともにそれらの物を渡しました。
5種類の果物、はちみつ、ビテルの葉っぱ、クムクム、ターメリック、男女一組の衣類、花、と、現金なんかです。

しかしそこのプージャルームでの簡単なプージャでしたがよかったです。
バイブレーションがぐおおと変わっていった感じがしました。

なにか望むことがあれば祈りなさいと、プージャルームに一人で取り残されて、
別にないので世界平和と、神の御心が行われますようにとだけ祈りました。



私が今日行ったのは日本ではまだあんまり有名じゃないヴァシシタの葉の館で、
でも内容の質的には悪くないです。

文句をいう人も多いけど、私の人生ではこれらの予言の葉っぱはいつも私を力づけてくれたので、そういう予言の葉っぱと私は相性がよかったのかもしれないけど、
感謝してるし、自分が得たものを考えるとお金を払ってもぜんぜんかまわない感じはしてます。

その後また車で帰りました。

途中今まで行ったことがないヴィシュヌテンプルに一つ寄り(しまってる時間でしたが)
明日のカウプージャの牝牛と子牛を村に見に行きました。
きれいな牛でした。
母牛は初産で、子牛はまだ生まれて15日目らしい。

途中、草ボーボーのところをさして占星術師が
「あそこで私のグルがサマーディーになった(死んだ)」「グル大好き」
とかいうのを聞いたり、

「この村はヘビのマントラで有名。ヘビに噛まれたらみんなこの村に来る。マントラを唱えたらもう問題なし」
とかいうのを聞きながらホテルに戻りました。

車を走らせてるホテルへの帰り道、ふと、日本画を描くのもいいな、と思いました。
もともと専門的に勉強したのは日本画なのですが、
なんで今頃そんな思いが出てくるかなあと思いましたが、
インドや日本の普通にいい風景や光景を日本画の砂絵のような画材で普通に描くのもいいなあとか思いました。

もしもう何にもやることがなくなったらそういうことをしてもいいかも。

たとえばカンニャクマリの日の出を迎えて拝む人々とか。

で、どこかにウォーリーを探せみたいにサイババが混じってたり。笑。普通じゃないか。



明日は朝8時にホテルをチェックアウトして、カウプージャしにいきます。
たぶん今日と同じドゥルガーテンプルに。

そして予定では午後に主名を海に連れて行って、夕方の列車でバンガロールに向かいます。

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【2011/05/23 02:57】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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