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正月早々、絶対原子力戦隊スイシンジャー動画とケン・ウィルバー
※以下、別ブログ、プレマサイジョ~ティ~ショップブログより転載。



あけました。おめでとうございます!

2012年が無事過ぎて!!2013年に突入ですかー。

なんか、おまけの人生をもらってるような気もしないでもないですね。


おまけの人生になってからが自由なほんとの楽しみが始まるみたいな?


旧年中はいろいろサポートしてくださって、見守ってくださってありがとうございます。

今年以降も皆さんにとって実りの多い晴れ晴れとした年でありますように。





と、ここからは新年のご挨拶以降の余談。

南インドプッタパルティは日付が変わる前後に大きな花火の音と、ひょーひょーとおたけびを挙げる男女の声が聞こえましたが、
1時間過ぎた今はすでに静かになりました。
(9時くらいに寝る人多し)





絶対原子力戦隊推進ジャー

最後がちょっとくどかったけど。



年明け早々、何を見とんじゃってかんじですが、

あるのは知ってたけど、じっさいに動画を見たのは今さっき初めて。

すでにいくつも話があって、さっき見たのは「LOVE LOVE ハイロ」を歌ってた脱原発アイドルの藤波心が原発マネーに買収されて、「LOVE LOVE ワイロ」を歌う脱・脱原発アイドルになる話で、再稼動に反対する「怪人反原発男」を、正義の味方スイシンジャー(東電レッド・経産省ブルー・マスコミホワイトの三位一体)とともにやっつけるようなちょっと長めのお話。(ここには貼ってません)

おもしろかった。笑






次回予告「怪人俳優山本太郎を干せ」君のハートに原子力。




怪人小出男あらわる。→必殺、痴漢冤罪アタックで見事葬り去られる。


しかし、この世に損得で動かぬ人間がいる限り、

我等が原子力ムラに

平和な日々は訪れない。。


われらの利権を守る為

行け!行くのだ!

スイシンジャー!





「怪人の唄」

これは、、ちょっとやばい。。。号泣レベルで泣かされてしまった。かなりキタ。



しかし、最初に見た、ここに貼ってない動画の最後、、、

(スイシンジャーを応援して、怪人反原発男を攻撃する子供たちの出演がある意味怖くてなんか微妙なとこがあるので貼らなかった。発表当時も賛否両論が寄せられたらしい)


われらの利権を守る為には

これ以上 一匹たりとも

怪人を増やしてはならない

すべての日本人が

このまま永遠に

ピュアなちびっ子で

いてくれるよう

行け!

それ行け!スイシンジャー






「さいかどー!」と声を上げてくれた ちびっこも

何も声を上げなかった

ちびっこも

どっちも ありがとう!

       byスイシンジャー



だって。



↓その動画へのコメント抜粋。


>子供たちはある意味間違った事を植え付けられて

洗脳され騙されてきた日本人と同じに見える。


>「日本人の心情が子供のように純真」これは分かるが、「日本の風­土が少数派の議論を許さない」とも受け取れる。それを、原発反対­オトコでさえ、扉から覗き見ることしか出来なかった。今回の推進­ジャーのテーマはなかなか難しいぞ。頑張れスタッフのみんな。(­海外)


>「何も声を上げなかったちびっこもありがとう!」

声を上げないのは賛成しているのと同じ、ってことだな。

いつもながら言葉の使い方が上手い一座だ。また何か作って下さい­。


>最後にちびっ子たちが洗脳されてスイシンジ­ャーごっこをしているのにはぞっとした。ラストで「スイシンジャ­ーたちは日本人がピュアなちびっ子であることを望むのであった。­」とあるのけれど、福島以前の自分たちは確かにピュアなちびっ子­でしかなかった。「喉もと過ぎれば」との格言があるとおり、私た­ちはピュアなちびっ子に戻ろうとしているのではなかろうか。怪人­がんばれ、ピュアな日本人に事故を忘れさせるな。


>利権と関係なくても原発肯定派の人というのは、かっこよく見えれ­ば簡単に味方しちゃうこの子どもたちのようなものってことですね­。おみごと。


>ちょっと落ち着いて考えてみてくれ。

あのちびっこたちは311以前の私たちなんじゃないか?

正義の味方の姿をしていれば、おかしなことを言っていても気が付­かない。

原発はエコだ、と言われて信じ切っていたんじゃなかったか?

と思い至ったら、尾米タケル一座の才覚と、現実のひどさの両方に­、背筋が寒くなった。



>最高です!

子供たちへのいとも簡単な洗脳、ラスト影からそれを寂しげに見て­いる怪人・・・

泣けました。



>私達が反省すべきことは、 空気感や雰囲気と、人の見かけだけで、判断してしまうと、 どっちにも転びやすいこの純粋な子供たちと同じように、 「情報」を与えられず、事故前のように推進派のメディア洗脳にさ­らされれば、 私達も、警告を発してきた人たちに、モノを投げつける側に回りか­ねなかったという点です。 恥ずかしながら、私は3.11以前は、私生活が忙しかったせいに­して、原発問題については、無関心という罠にハマっていました。­


>いやー、子供は「見かけ」と「場の雰囲気」で判断するってのが

分かりやすい動画でした。

つまり、3.11以前の私達自身の姿です。




この他にもこの動画を製作した一座がテレビ出演していろいろしゃべってる動画もあったんだけど、

この原発事故の件に関してはみんなが被害者でみんなが加害者。
自分は関係ないということはありえない、みたいに言っていたのはほんとそうだよなあと思います。

聖者とかは、聖者のタイプによるのかもしれないけど、超越してるから影響を受けないという説もあるかもしれないけど、

究極的には聖者に限らず誰しもそうなのかもしれないけど、

現象レベルにおいては、

全体と一致していて差異がない状態の聖者はむしろこういう影響をダイレクトに自分のこととしてあらゆるレベルに転写されて受けるようにも思います。。

そしてそれを分離感なしに自分のこととしてバランスを取ることが自動的になされるのじゃないかなと思います。

そのような時だけ全体に本当の統合と癒しがもたらされる。

だから、たとえば原発反対とか賛成とか、
そういう地点では分離が深くて統合が起こりにくい。


今回貼った動画では、まあ、ギャグではあるんだけど、反原発派の人たちによって、原発推進派がヒーローな設定になっていて、
推進派なりの正義や価値観の世界が展開されるわけなんだけど、

その推進派の人たちの世界も、その世界においては反原発の人たちの世界と同じ正当性と実在性を持っているわけなんです。

だから、どっちが勝つとかそういうバトルをしてる限りは誰も勝つ人がいない。


でも情報を得て考えたり、反原発派にとって逆の世界感をギャグとはいえ取り込んで笑ったりしたら状況からふっと自由になる感じもします。

そうしたら、勝ち負けの世界を包括した上で、比べるものなく純粋に単独でそこに立ち上がってくるものがあるんだろうと思います。

反原発、原発推進の両方の世界を自分の中に内包することで、おのずと、全体にとってよい選択が、選択の余地なく内側から知らされるように思います。


震災の少しあとに、少量の放射能を浴びるとむしろ元気になる、と言っていた教授?がいて、動画も紹介しましたが、

私は前も書きましたけど
チェルノブイリの後に起こった反原発の動きに母が同調してて、放射能に関する怖い情報を中学生くらいでいっぱい注ぎ込まれたので、
不必要に、もしかしたら過度にビビッて神経症っぽく思いつめるような感じがあったかもしれないんだけど、

その教授が「少量の放射能を浴びるとむしろ元気になる」と言ってるのを聞いて、そんな可能性を考えること自体が自分は今までありえなかったので、その説によってすごい新鮮な風が自分の中に吹いたようなさっぱりした気がして、
価値観がひっくり返されて面白くて、あまりにも真逆だったのでその節の真偽はともかく、その可能性を検討してみるだけで笑えて、すごく気持ちが楽になりました。

だからそういう風に反対要素を取り入れて、それまでの自分の枠組みを広げてゆるめてやることで、賛成でも反対でもない、単に適切な答えが知られるようになるというか。

だから、当時放射能のことをすごく心配してる人がたくさんいたし、その動画で「うそ~~~ん?」と、自分を笑ってゆるんでいったん離れて、その分別枠で、再統合されて楽になって欲しかった。


多くのことに気づいていること、は、動画の怪人の唄のように時に楽ではないと思うけど。
知らなければよかったと思うこともたくさんあるかもしれないし。

でも今はすべての人が自分と周囲に何が起こっているのかについてあらゆるレベルで自覚的になろうとしている流れのように思います。

だから見ないように聞かないように目や耳をふさいだり、何かを排除したりするんじゃなくて、
すべてを包括して内在させ、そしてその包括した世界の、全体に対する割合に応じてに応じてそれぞれ選択の余地のない選択肢が与えられるので、

その神の呼び声ともいえる選択の余地のない選択肢を受け止めて体現しつつ私たちは踊っているように思います。


だから、世界全体すべてにとってよい、選択の余地のない選択肢を私たちが体現できるためには、そのための素材として世界全体が内包されていることが必須となり、
本来は反原発も推進もないんですよね。

だからといって反原発も推進も意味がないというのではなくて、逆に両方が私たちの明快な自覚のためには等しく必要なんだろうと思います。


今回のたぶん不正もありそうだった12月の選挙の結果、なんだか日本は急速にさらなるコントロールを受けるのをもう阻止できなさそうながっかりな雰囲気もあるかと思うのですが、

野田さんが大飯を無理やりな感じで再稼動して、そのショックで逆に脱原発に対して自覚的に行動に移す人も急激に増えたように、

今回の脱原発な人たちにとってはがっかりな選挙結果がきっとすばらしく真逆の効果をもたらしてくれると信じています。
たぶんそのように動いているような気がします。

コントロールがきつくなりすぎて、逆に、あまりにもコントロールされてることがはっきりわかり、そこから抜けずにはいられなくなるような。

ま、希望ですけど。




ホントはケン・ウィルバーの言葉を紹介して終わろうと思ってたんだけど、しばらく前からすでにねむくて何かいてるか読むのも困難なくらい目が寝てるので、
とりあえず寝ます。ああもう6時!


おやすみなさい&おめでとうございます。


貼るだけはっとこ。

@KenWilber_botJP

異なった真実の多様性を理解し、認識することで、わたしたちは共感をもって、それらを統合的に包括できる。よりゆったりと自分たち自身と世界とを調和させることができる。(p.294)


Sai Ram!
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【2013/01/01 15:41】 | 持続可能な世界のために | トラックバック(0) | コメント(0) |
還暦を過ぎたジュリーこと沢田研二の原発・311震災・憲法9条を歌った歌。(泣けた~。)
還暦を過ぎたジュリーこと沢田研二の原発・311震災・憲法9条を歌った歌。



F.A.P.P(フクシマ・アトミック・パワー・プラント)  
作詞:沢田研二  作曲:柴山和彦

太陽と放射線 冷たいね
子供はみんな 校舎の中 育つ
死の街は死なない かけがえのない大事なふるさと
我が家へ 帰れない 希望はあるけど
こんなにしたのは誰だ

BYE BYE A.P.P  BYE BYE 原発
苦しみは いつも複雑すぎるよ 当然
BYE BYE A.P.P  BYE BYE 原発
HAPPINESS LAND 終息していない福島

地球が怒る 何度でも
大人はいつも 子らを 思い悩む
死の街が 愛しい あらゆる不安に苛まれても
偽善や裏切りも これ以上許すの
何を守るのだ国は

BYE BYE A.P.P  BYE BYE 原発
哀しみはは ひとりひとりで違うよ 当然
BYE BYE A.P.P  BYE BYE 原発
HAPPINESS LAND へこたれないで福島

NO 長崎  MORE 広島
人は何故 繰り返すのか あやまち 当然
BYE BYE A.P.P  BYE BYE 原発
HAPPINESS LAND 世界が見てる福島
世界が見てる福島

こちらのサイトからいただきました。ありがとうございます。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1756.html




【3月8日の雲】




作詞:沢田研二 /作曲:大輝

3月8日の雲白く 3日後の天の仕業など
誰かの想像も超えてた罰か
平穏まじめに暮らしていたのに 3月8日の雲白く

情けないです こんな目にあうなんて

胸がしぼむんです 息もできない ああもう
解かってくれますか みょうな感じ

元気なひとはいい 黙る者にあかりを
声にさえできない 折れそうです君を想うと

3月11日の空 1年後天は穏やかで
泣いてもしかたない笑っていなきゃ
忘れたことなど一時もない 3月11日の空は  

やり切れんです そよ風に疼きます

後悔ばかりです やさしさを もっともう
解かってくれますか 深い闇を

賢いひとはいい 閉ざす者に救いを
心ない言葉 折れちゃいけない君を想うと
折れないよと 折れないで




【カガヤケイノチ】




作詞:沢田研二 /作曲:下山淳

逃げるのに必死だった 無力さにふさいでいる
See 景色がにじむんだ

歳月がすぎようと まちつづけている人に
See 温もりをあげたい

ブレない人なんていない
ブレつづけても 貰った命

受け入れかねないつらさ 彼岸に届け
寡黙に前を向くしかないのですか

頑張らないでいい 泣いていいのに
笑って生きて行くしかないのですね
イノチアルモノ

ブレつづけても 貰った命

受け入れかねない孤独 彼岸に届け
寡黙に前を向くしかないのですね

uh uh uh uh

笑顔で ララララララ  カガヤケイノチ
寡黙に ララララララ  カガヤケイノチ
笑顔で ララララララ  カガヤケイノチ
寡黙に ララララララ  カガヤケイノチ
トワニトワニト




【我が窮状(9条)】


テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2012/12/10 01:29】 | 持続可能な世界のために | トラックバック(0) | コメント(0) |
映画「第4の革命」100パーセント再生可能エネルギーシフト
「第4の革命」



ドイツを脱原発に導いたドキュメンタリー映画だそうです。

見に行こうかな。



こういうの見るとちょっと胸が痛いです。

ほんとはもう、フリーエネルギーとかできまくってるらしいですよね。


でもみんなの意識がそれが一般に広く認識されるのを許さないというか、

そういう大事なとこに意識の膨大なエネルギーを注げないくらいバラバラになっている。


まずはそういうところにわたしたちの意識を向けるのが小さな一歩だけど、それがわたしたちが自分でできることのすべてなんだろうと思います。

日本が、世界が、あらゆる存在を自分自身と思って大切にできますように。

そのためにすべきことを今できますように。




動画はここのページからいただきました。上映場所とかも載ってます。

http://www.4revo.org/

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【2012/09/02 03:16】 | 持続可能な世界のために | トラックバック(0) | コメント(0) |
ザ・デヴァイン・シャクティと、持続可能なコミュニティオーロビル
知人親子はアルナーチャラに行ったんですが、わたしはチェンナイに行くつもりで荷物を持ってゲストハウスをチェックアウトしたのですが、なぜかオーロビルに1泊することになりました。

P5272741.jpg

<オーロビルの中心にあるカフェ&レストラン>


P5262714_convert_20120531202844.jpg

<そこでのご飯。たぶん自家製の、MIXベジタブルとフェタチーズのサラダが特においしかったです。>


昨日まで2泊したのはポンディシェリーで、オーロビルはそこから6~10キロのとこです。

オーロビルはオーロビンドという名のインド人と、その霊的伴侶であるマザーと呼ばれるフランス人女性を精神的中心にすえたコミュニティです。

二人ともすでに亡くなっているのですが、
このコミュニティーは安定して人々に新しい生き方を生きることができる場、人生を変革する場としての機能を果たし続けています。

広いんですよね。直径10キロくらいの?円の中にコミュニティーが分散して点在する感じ?

住人の過半数が西洋人みたいです。

なのでいい感じでゆるくて開放的で洗練されてます。

自然の緑が豊かなので落ち着いた感じです。


オームアンマという、女神のアバターといわれてる女性聖者が最近までアルナーチャラ近くにいたので、
彼女のダルシャンを受けれるならと思って、わたしもタクシーに同乗して日帰りでアルナーチャラに行こうかと思ったのですが、

調べてみると今年に入ってからオームアンマはカルナータカに引越したっぽいので、アルナーチャラに行くのはやめました。

ちなみにオームアンマ(AUM AMMA)はこういうかんじです。

http://www.paramatmaaumamma.net/index.php

相当強烈系。
むちゃくちゃにされてみたい人向き!?笑?

しかし今はネットのおかげでいろいろすぐに調べられるようになって、、、。


ネットにももちろん限界はあるんですが。
先方が発信する気がなかったら表に出てこないし。


ポンディシェリー滞在初日にはポンディの街中にある、
オーロビンドの昔のアシュラムにも行ってみました。
そこにはオーロビンドとマザーのサマディー(おはか)があります。

P5252688_convert_20120531202552.jpg

<オーロビンドとマザーのサマディーがある、オールドアシュラムの前で>



こじゃれたかわいい建物を入ると、中にも植木の花や植物がかわいらしく並べられていました。

リスやトカゲが走り回っていました。

墓参りをすると、マザーの優しいムードが来たような気がしました。

008001000002_2_thumb[1]

<マザーと呼ばれた、オーロビンドの後継者の後継者のフランス人女性(故人)>


私はこの二人は別にとくに興味をひきつけられたわけではなかったのですが、
オーロビルってたのしいよ~みたいにはよく聞いてたので、
いっぺん行ってみたいなとは思ってました。

オーロビンドは、サイババが生まれる前日だか生まれた日だかに、
とにかくそこらへんの時に、霊感でそれを察知してみんなにその出来事を告げて、
だから自分はもう表に出る必要ない、みたいなかんじで隠遁したことで、サイババ関係者には有名だったと思います。


私の印象はこの二人は覚醒者というより、さまざまな霊の世界の探求者というイメージが強かったです。

別の、女神のアバターとされる、これまでドイツで活発に活動してきてたマザーミーラという女性聖者も一時期このオーロビルに住んでいたことがあり、
オーロビンドとマザーのサマディーのところでなにか深い経験をしたみたいなことが、マザーミーラの本に書いていました。


私自身数年前から女神のイメージやエネルギーがキーワードとしてよく来ていて、そういう経験に導かれたりということが多かったのですが、

今、日本で日本にいる人たちがアマチのダルシャンを受けているので、
わたしも受けたいなーとか思って、
それでまたこういうオームアンマだとかアマチだとか、そういう女神を純粋に体現してる人に会いたくなりました。

この、オーロビルの精神的中心のマザーという人のことも、いまいちよくわかってないんですが、

これだけのコミュニティーができていい感じで運営されてるということだけを取ってみても旅行者としてはありがたいというか。笑

ポンディのオーロビンドアシュラムの本屋に、一冊だけ日本語の本があったので購入してみました。

「神の生命(いのち)」というタイトルと、「霊的進化の哲学」というサブタイトルがついています。

著者はシュリー・オーロビンド、 山口泰司 訳 です。

文化書房博文社 発行。

ISBN978-4-8301-1143-3[1]



900ページ以上ある分厚い本で、
空いた時間に開いてみたら、うわ、読みにくいかも、と思ったのですが、
(買うときはビニールに入ってたので中身をチェックできなかった)

最後のところがひきつけられて、最後のオーロビンド著の付篇「大母神、ザ・マザー」 が、読みはじめたら面白くて最後まで読みました。

ここをよむために買ったのかというような。

「神の聖なる生成力」ザ・デヴァイン・シャクティからの恩寵と、それを受けるものの態度や性質などについてさまざまな角度から霊感に促されたよどみのない注釈が書かれたりしていました。

なのでここらへんは息もつかずに一気に読んだ感じ。面白かったです。

なんか、神と人との永遠の課題ですよね~。。。

とくにカリユガの時代には?


お金についても、女神との関係、どう考えるかとかが書かれてあって、
面白いな~と思えました。

あと、大母神マザーの4つの人格の4つの力能についてもかかれてあって、それぞれの説明も面白かったです。

それは「叡智の大女神」マヘーシュワリー(パールバティ)と、

「力の大女神」マハーカーリー、

「美と調和の大女神」マハーラクシュミー、

「完全性の大女神」マハーサラスワティー

として表現されていて、

本の中ではそれぞれの女神の性質が事細かに見てきたように書かれていました。

半分にしか光の差していない薄暗い牢獄に幽閉された人間の精神には、「神の聖なる生成力」ザ・ディヴァイン・シャクティの歩みが備えてる多面的な自由についていくことなど不可能である。(P759)
と、オーロビルは人間のささやかな判断を切って捨て、

女神の自由闊達なさまを生き生きと描写していて、それはほんとうに胸がすくような気持ちがしました。

しかし彼女は全き高みにのみいるのではなく、無知の場に身をおいて対処するために、みずからにヴェールをかけたりはずしたりしながらすでにそこに降り立ってきていて、

さまざまなルールや方法にあえて従うことで逆にそれらの方法を変容させようとします。


オーロビンドは、私たちの人間的自然は、自分をはるかに超えた形態にまでいきなり引き上げてもらうのにはあまりにもか弱く、あまりにも自覚に欠けていると述べ、

あなたがただ自分の精神に従うのならば、「大母神」ザ・マザーがあなたの前にはっきり姿を現しても、あなたの精神が彼女を見分けることはないだろうと警告します。

だから、見かけに飛びつく精神にではなく、「真理」に応える魂に従い、あなたの内なる「神の聖なる力能」を信頼するように勧めます。

そして超精神による上からの認可と、光を求め、認めていこうとする下から呼び求める声の仲立ちをする力能がマザーの凄みであり、

彼女の

「その力能のみがあいまいと誤りと、、死と苦難とから成るこの世に、神の聖なる「真理」と「光」と「生命」と、不死の「至福」アーナンダとを引き降ろすことができるのである(P761)」

という、彼女の働きを歌い上げて、この付篇は閉じられていました。



数年前から女神づいていた自覚のあった私は、
この、女神の、自らを犠牲にして上と下との仲立ちをする役割・性質について考えることや感動することが多かったです。


昔ケララで、ヒンズー教徒しか入れないお寺のねっころがってるヴィシュヌを見たくて、クリスチャンのタクシードライバーはフリーパスなのに自分は入れてもらえなくて頭にきて、無謀にもケララの王様のとこにまで行って、それでもやっぱりすぐには無理で、
(しかるべき宗教団体とかから手紙を携えてきたりしないとだめらしかったです)

情けなくて悔しい思いをしたのですが、
そのとき泊まってたカンニャクマリでお祭りが始まって、
女神カンニャクマリ自らがお寺からおみこしに乗って出てきて、
それぞれの家やホテルの前で鳴り物入りでいちいち止まってプージャして練り歩くということが行われて、

ああ、男の神様は知らん顔だけど、女神はこうやってわざわざ向こうから来てくれるんだ。。。と、深く感動したことがありました。


今日本に来て一人ひとりを抱擁しているアマチのことも私はそのように感じて、深い感動を覚えます。


今世界は危機に瀕しているという見方もありますが、
そのようなときに世界に神聖による平安をもたらせるのは、このような女神の仲立ちをする力能と、それを求め、認める受け手の相互作用によるものなんだろうと思います。


オーロビンドとマザーは、おそらく覚醒後の、と思いますが、
探求を続けていくうちに、
世界全体の覚醒がなされない限り、地上での個人の完全覚醒は成されることができないということに気がついたというようなことが別の本に書いてあったように思います。

そんな彼らだからこそ、
世界全体の覚醒、ということに関して特に働きかけようとする方向性が強かったんだろうと思います。

そのオーロビンドが、サティアサイババが生まれたときに、クリシュナそのものが地上に降りてきたからには、もう自分は隠遁して隠れてもいいと判断したというのは興味深いことだと思います。

(たしかそんなようなことだったと思いますが違ってたらすみません)


そしてオーロビンドが肉体を離れたあとも、後継者としてのマザーの元で、コミュニティーがどんどん発展していったところに、やはり女性性の生成力、現実世界に強く働きかける力の凄みと底力というものを感じます。


女性性の、自らを与えることと生み出すことを同時に行う芸当は、やはり、女性性の脅威であり、

またそれが無自覚と自覚も同時に併せ持つという不可思議さも持つように私は思います。

そしてそれは超精神による上からの認可という確固とした支えによって、のびのびと自由自在に動き回るのだと思います。



このような男性性と女性性の働きがあらゆるレベルで行われていて、
世界はこのような無数の陰陽のダンスによって舞われているように思います。

だから世界はあらゆるレベルで小宇宙を形成し、それぞれに魅力的なそれぞれの引力を備えています。

しかし願わくば、私たちがその中で最高の超精神と最高のザ・ディヴァイン・シャクティの現われを求め、認めていくことで女神の力能によって解放され、神の純粋な表現の一つとして私たちが完全に仕立てあげてもらえますように。


オーロビルの参考サイト
http://www.eri-eco.net/Myweb/sustainable%20community/Auroville.htm

http://www.auroville.org/

http://d.hatena.ne.jp/mura_chourou/20081212

http://ontheplanet.seesaa.net/category/5804389-1.html


プッタパルティも徐々にこんな風になっていくのかな?

テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体

【2012/05/28 01:16】 | 持続可能な世界のために | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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