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Jyothi Meditation(光明瞑想)
すまさんのブログで紹介されてた光明瞑想のユーチューブがいい感じでした。






私は瞑想はしてるのかしてないのかよくわからないのですが、いろんな人に情緒不安定だから瞑想しろとかいわれるからしてないのかな?笑


昨日、知人宅に行ったら私が行く前にアメリカの聖地で見神体験した人がたずねて来てたらしく、

でもヨガとかそういうインド系のはこれからで、覚醒後の?暗中模索がはじまった?ばかりのような人だったので、

やはりある種の覚醒体験のある知人は

「ハタヨガとかチャンティングとかのフィジカルサイドに特化したほうがいいですよ。じゃないと片道切符つかまされるから。爆」

とかアドバイスしたらしく、それを聞いてわたしらも笑ったんですが、


確かにそれはいえてて。笑


わたしもインドに来て日常生活を送ることに集中していた。
それが一番ある意味チャレンジなことなので。


知人夫婦も勝手に色んな意識状態になるのは仕方ないにしても、

そうとう堅実に日常生活を営んでいます。
(といっても日本の感覚からしたらそうとうずれてるのかもしれないけど)

毎日朝、山に牛乳をもらいにいって、チャパティを焼いて、チャンティングをして、ハタヨガをして、人が来たらもてなしたり宿を提供したり



ハタヨガやチャンティングは情緒の入る余地があんまりないのがいいですよね。

開き直ってる陽なかんじというか、

音や身体感覚を見ていく感じでまさにフィジカルで。

このせっかく陽気で面白いものに、そこで霊的なもの、この場合陰なもののイメージですが、そういうのを求めるとなんか残念。



この世界に生きてるときにスピリチュアルに寄っちゃった人にとってはフィジカルサイドでの活動が道で救いで、結果だと思うんですよね。


この世界において、この世界に位置する自分を働かせていくというか。




前置きが長くなりましたが、

光明瞑想は、私はそういう意味ですごくフィジカルな瞑想だと思う。笑


明らかに陽だし、

自分とこの世界の両方の調和があって、

この世界を抜け出すのではなくてこの世界に生きて、この世界と積極的に愛でつながり変容させる瞑想だとおもうので、


だから激動の時代の求めに応じてこの世界にやってきた、そういう役割を担っていたサイババはこういう瞑想をすすめたんだろうなと思います。



サイババが僧侶階級ではなく、クシャトリア階級に生を受けたのもそういう、世界の保護者としての表現の一つだったんだろうと思います。


それに結局この世界において個人性を超えて全体に自己拡大していくには何らかの形の世界全体への奉仕、他者への奉仕が必要不可欠だろうと思われるので。



自分をむなしくして他者や世界に尽くすのではなく、
自分自身としてすべてを愛し、適切にメンテナンスする態度が今求められてるんだろうと思います。



そしてそのときの自分というのは充分光によって清められている、逆説的だけど、個人性から完全に解放されている必要があるんだろうなと思います。



すべてがあからさまな霊性大国インドにおいても、多くの聖者が奉仕活動を修行の根幹としているのはそれが実はすべてのプロセスを経たのちに、霊性の至る最終結論だからだと思います。
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テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体

【2012/10/26 12:35】 | 瞑想(Meditation) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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