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ベリービッグジョーク!
何でも、聞いた話ですが、今日のババの学校の新入生選抜のくじ引きは約8千人の願書の中から女30人男60人を選んだとのこと。


ほんの数年前はこれほどまでの倍率じゃなかったみたいなんですよね、上の子がババの学校に入ってる、主名の友達のお母さん方の話とか聞くと。


2年前だったかも50倍と聞いて、それでもすご!と思ったんですが、さらに増えてる。


やっぱ、インドでサイババの知名度がここ数年でも一気に広まって名声が高まったとかもあるんでしょうね?
この倍率の伸び具合は。


ババの人生がテレビドラマ化されたり。
それで一般大衆の心もとりこになった?笑
村への水の奉仕活動とかもものすごく喜ばれてるみたいですしね。


なんか変な言い方と思いますが、普通にみんなの人気者になった感じ?


ところが亡くなっちゃったんで、今回のくじ引きは政府がインド全体に出した指示で、この変化はババが亡くなったからというものではないらしいんですが、
ババは亡くなるわ、やたら難しい試験はくじびきになるわで、大変化ですよね。


今日のくじ引きは私はいく必要もなかったんで行かなかったんですが、
スタジアムの中で華やかに行われ、
なんかどこぞの子供を番号を引く係りにして、その場で当選番号を電光掲示板に表示して、マイクで名前を読み上げてたそうです。
知人の占星術師の子供も一応エントリーしてたんですが、
なんせ8000人の中の90人ですし、
「ノーチャンスだ」
とか言ってました。

ほんと、どこぞの子供に番号を引かせて決めるとかって、いままでわが子にむちゃくちゃ勉強させてノイローゼみたいになってたお母さん方にとってはどういうこと~!!!?ってかんじですよね。

くじに外れて泣き崩れる人とかもいたそうで、

まあ、そりゃそうだろ思いますが、

ほんと、なんだこれは!?ビッグジョークか!?ってとこです。


選抜方法がくじ引きになったんで、地方の人とかは来てない人も多かったと思いますし、
選ばれても今年は辞退する人もすごく多いでしょうね!!

地方の人(プッタパルティじゃない、インドの別の場所の出身の人)もたくさん選ばれてたみたいですし、
そういう人たちはなおさら今年は入学しないような。。。


ババが生きてるときは学生に色んなものを配ってたそうで、
サリーとかドーティーとかはよく聞きますが、
あるときは500ルピー札をババ自ら全員に配ったこともあったそうです。

ちなみにこれは賄賂とかそういうタグイのものではなくて、笑。たぶん。
インドの伝統文化的な背景があってのことだろうと推察します。

前、知人のインド人が「兄妹の契り(?というのだろうか)をしよう」とか言い出したときに
「500ルピー札もってこい!」と奥さんに言ってて、
形式的にわたしに500ルピーの現金を渡すことがなんか儀式の一環みたいだったので。
その兄妹の契りはそんなことになったら恐ろしいので拒否りましたが。笑


とにかく何が言いたかったかというと、ババが生きてるとき学生や親たちにとってはそういう楽しいイベントみたいなのが目白押しだったけど、今はないですよね。そういう意味ではつまんないですよね。

ダルシャンの特別席とか、
そういうのも今は価値が薄いし。

で、もうおいしいことないじゃ~ん、意味ないじゃ~ん、と思う人もいっぱいいるだろうとは思います。

ただでさえ厳しいプライマリースクール、ババが監督してたからババを信じて子供を預けてたけど、ババがいなくなってはもう終わりだとか思ってる人も少なくないみたいです。

で、じっさい大量の退学希望届けがプライマリースクールでは提出されてる状況のようで。
(セカンダリーとか、そいうのではそんなに退学願いの話は聞かないけどどうなんでしょうね。)

とはいってもそういうプライマリースクールも8~9割の学生はちゃんと戻ってきてるでしょうし、
ほとんどの親はプライマリースクールへの信頼は揺らがず、
欠員も学校側がそう決めたらいくらでも補充できるんだろうと思います。

一応名目上は途中の学年で欠員が出ても補充しないとなってるらしいですが、
実際は途中の学年に編入してる場合もよく聞きますよね。


私がなんでババが亡くなってもまだ、できれば子供はババの学校に入ったらいいんじゃないかと思うかというと
これはどこかの星からの指令が来てるとしか。。。笑

と言うのはまあ半分ほんとですが、
ここに住んでるし、というのが実際のところですか。

ここには自分的にあんまりまともな学校がないので自分の中で選択肢がないので。

なんでここに住んでるのかというのは、自然の流れとしか言いようがないですが。


なので、ババが生きてようが生きていまいが、できればサイスクールが望ましい様な気はしてます。

とはいっても学校側は外人受け入れ態勢ではないので、
そこでまあ色んなドラマも生まれたわけですが。


ほんと、いろいろドラマだらけですよプッタパルティって。
わたしらだけじゃなくてみんなそうですよね。
地位があるとかそんなのはあんまり関係なく、みんなここにいると波乱万丈なんじゃないだろうか。

飽きないといえば飽きなくて面白いですよね。


今日のくじ引きの結果はすでにどこかに貼り出されてるそうです。

ネットとかに流してくれたらいいのにね。
どこかでネットでも見れるのかな。



でもくじびきといえどもいろいろ調整とかも入るんでしょうね。

編入の調整もいろいろやるんだろうなあ。

でも、ほんと、人生運しだいだな。笑。

外人の子供も、3年以上プッタパルティに、もしくは5年以上にインドに住んでたら受験(くじ引き)資格を与えるとかしてくれてもいいんじゃない?

だって、集団生活になじめないというのが理由のひとつなら、
外国(アメリカとか)暮らしのインド人の子供もそうとうそれまでの生活と寮生活じゃギャップがあると思うけどな。

主名はやっぱ2歳から住んでるので、知り合いのインド人たちはみんな当たり前のように
「受験したか?」とか「受かった?」とか聞いてくるんだけど、
みんな、そもそも主名が受験資格がもらえないとは思わないみたいで、説明してもなかなか理解してくれないという。

さすがに、そう聞かれるのも3年目なのでインド人の知り合いとか顔見知りの人たちももうほとんど聞いてこなくなったけど。
でもやっぱりずっと気にはしてくれてるみたいで、
もしかしたら!?とかも思うみたいで、
ちょっと私一人でご飯食べに行ったりしたらよく、「入学したのか?」という含みを持たせて「子供は?」と聞いてきます。
特にこの時期。


なんか、またプッタパルティのインターナショナルスクール開校の話も聞きますけど、
あまり興奮して話す人がいないところを見ると、そんなにちゃんとは始まってないんじゃないかなあ。



ああ、人生ドラマよ。

あまり激しいジェットコースタームービーは疲れますよ。
面白いといえば面白いけど。



結局は色んな出来事をとおしてババは、このインドという国は、諸行無常を見せてくれてんのかしら。


それならなおさらこの瞬間を味わって楽しまないとですね。
どんなドラマであるにせよ。


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【2011/06/04 05:14】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日はすごく涼しいです。
昨日の夜はすごく涼しくて寒いくらいでした。

今朝も水シャワーだとちょっと寒かったです。


主名は今はどこの学校も行ってないので朝寝してましたが
わたしはサウスでご飯が食べたかったので出かけて食べて、芝生のところでチャイを飲んでからバジャンに行きました。

バジャンの後はいつものようにバジャンホール(神殿)の中におまいりして、
それから主名の朝ごはんをウエスタンキャンティーンに買いに行きがてら散歩しました。

今日も曇ってて涼しくて、
ぶらぶら歩いてると妙な幸福感がやってくるかんじで。

面白い表情のあかんぼがいて、
私は子供は好きじゃないけど、赤ん坊や小さい子供はそれ自体生真面目なだけに笑えるなあとか思いながら歩いていました。

アシュラムの外に出てATMに行ったらひとつめは現金が出てこないらしく、
別のところに行ったらカードがつっかえて入らず、3つ目でようやく現金を引き出せました。

今日はババの学校の新入学の学生選抜のためのくじ引きが行われてるはずなんですけど、
今年は願書は出したもののババが亡くなったので来るのをやめた人も相当いるんでしょうね。
今年の倍率はさてどのくらいになったんだろう。

今まではたぶん何十倍ですよね。

それだけじゃなく、すでに入学していた子供たちも親が別の学校に転校させるケースも相次いでるらしく、
たぶんプライマリースクール(日本で言う小学校)がそういうケースが多いんじゃないかと推測しますが、
子供がババの学校に行ってる知人たちの話を聞くと、数日前の話で各学年の10パーセントくらいは辞めたみたいで、プライマリースクールだけでも数十人はやめたんじゃないかと思います。

いや~、インド人はなんというかしたたかというか現実主義というか臨機応変というか。
感心しますよね。

でもそうでなくちゃ生きてけないですよね。

今まではババのダルシャンがあったりいろいろ他にもババがいることでいいことがあったから我慢して子供を預けてたんでしょうか。厳しいみたいだもんね、相当。特にババの学校のプライマリースクールは。

こないだ子供をババの学校に預けてる知人が言ってたけど、学校の先生が間違ったことを言っても
「そうです!その通りです!サー!」
と言わなくちゃいけないらしく、

先生に
「きみは馬鹿だ!」といわれたら
「そうです。わたしは馬鹿です。(へらへら)」
と答えるべきとか。

深い。。。笑


こうして幼少期から反射的な絶対服従の態度を訓練されるわけですね。
しかし内面はともかく、そういう態度はきっと生きていくうえで非常に有用なんでしょう。
というわけで特にプライマリースクールはそんなんらしいです。

とにかくいろいろ考えさせられる学校ではあるわけです。

余計なことを考えないように形成されて。

だから、こないだ、ババの学校が休みの学校の中でも優等生の少年とお母さんと一緒にノースインディアンキャンティーンに行ったら
その少年に「いり口はあっちだよ」と、すご~く遠回りの正規のルートを行くように指導されたんだけど、
目の前の近道をみんな自由に行き来してたので
そっちを行こうとしたらまた「あっちだよ」と遠いほうを教えられて、

でもどう考えても行きたくなかったので
「いいのよ」
と、近道を行ったら少年は、はははと力なく笑ってました。


こういう学校で先生をやるには個人尊重の精神を持ってたら先生としてもやってられないんでしょうね。



これからババの学校もどう変わっていくのでしょうか、変わっていかないのでしょうか。


主名のコーチングスクールの子達もババの学校希望で、
今年は今までのむちゃくちゃ難しい入試から一転してくじびき選考ということで、
主名もみんなと同じように勉強してたけどくじ引きも受けられないということでやっぱり気の毒に思って
いろいろアドバイスしてくれる人もいて、

もう校長に会って話して、ババの許可がないと外人の子供は入れないと言われたといっても、(しかしババが亡くなってからもその条件て。。)

もういっぺん校長に会うべきだ!
そして子供に校長先生にパダナマスカールをまずさせて、
子供自身に切々と訴えさせなさい。
何度でも会いに行って、しまいに校長が疲れて「わかりました」と言うまで行き続けるのよ!
とか、主名の友達のお母さん(上の子はババの学生でだんなはアシュラムスタッフ)にアドバイスされたりしましたが、(校長を疲労させろ指令)

そこまでやっても入学後にもきっと校長先生や先生たちに上からの圧倒的なグル目線でいじめられるんだろうよとか思ったら
なんかもういいよとか思えてきて。

わたしらは充分もう厳しいこといわれたし。2回にわたって。これがインド文化なんだろうなー。
人格否定は洗脳の前処置だし。。。
先生や校長先生の発言にあきれた私は失格だったんだな。

洗脳にもいい洗脳とそうでないのがあるんだろうし、人はみんな何らかの洗脳を受けてるんだろうけど。

学校にとりあえず一般人は表面上はこういうインド人的な絶対服従以上の親子しか入れないみたいなんですけど、
ババが亡くなってこんなにみんな学校から去っていくとは。

インド人の精神の強靭なことよ。私はそのしたたかさがある意味うらやましいよ。

でもこういう状況、当然と言えば当然なような気もしないでもないですが。



そして空きができたところに、やっぱり子供を預けたいと言う人もいて、
そういう人にとってはすごくよかったなというとこなんだろうと思います。

主名の友達の女の子もきっと途中の学年に編入できるんだろうと思います。

一応うちらもまだババの学校に入学希望ではあるんですけど、
もう充分がんばったからこれ以上がんばる気は枯渇しました。

その、主名の友達のお母さんにも校長のとこに行って訴え続けて疲れさせて編入の入学許可をもらえと言われたけど、
インドはなんで何するにも疲れるのがセットなんだろうか。
余計なエネルギーが余りすぎてるのだろうか。
そんな、普段から疲れてる校長先生をさらに疲れ果てさせなくても。。。気の毒じゃないの?


主名は昨日中古の自転車を手に入れたので、暇さえあれば乗り回してどこかに行っています。

今は昨日友達がおいていったキーボードをむちゃくちゃに演奏して遊んでいます。


なんにしろ、今日は涼しくていいです。

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【2011/06/03 16:45】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
願書提出未遂。
今日は何してたんだっけ。

昼は主名とサウスで男女別々に食べました。

そのあと、芝生に行ってココナツウォーターとカプチーノを飲みました。

日差しが暑かった。。。

いよいよ来たなって感じです。

これから5月くらいまでどんどん暑くなっていく酷暑期になります。

でも、その後また気温が下がる、こういうサイクルだというのをいっぺん経験してしまったら気分的にはラクです。



最初の年はそりゃあきつかったです。

暑さとともに脳みそがぐつぐつ沸騰していって。

ただでさえ幼児連れで脳みそ沸騰気味だったのが、2月も後半となるともうなんか常に吹きこぼれてるみたいな感じでした。

しかもそのころはビザの延長を頼んだ人が逃亡したりして、非常に不本意ながら親子でしばらく不法滞在状態だったり。
そりゃあ、脳みそも煮えます。

毎日のように何かちょっとしたことにでもぶち切れて号泣してました。


ちなみにビザはあとで、3ヶ月の延長分だけもらえたので、その3ヶ月のビザ切れの1日前にインドを出国し、3月に無事に日本に一時帰国できたというわけです。

インドのビザの制度や状況もほんとによく変わりますね。

願わくば世界どこでもビザなしでいける世の中になりますように。
日本の通行手形が不要になったように。


ああ、そうだ、それで、暑くなってきたこともあり、少し情緒不安定気味なのを自分で感じたので部屋のかたづけと掃除をしました。


頭がぐちゃぐちゃなときは掃除するに限る。

床の拭き掃除もして気持ちが良くなりました。


で、子供の学校(ババの全寮制の学校)の願書でも書いて出しに行こうと思って、書いて、分からない所を先に願書を出した知り合いに聞いたのですが、
説明を聞いてるうちに

「ああ~~~、だめだ~~~~~~。。。。。」
という気になってきたので書くのをとりあえずやめました。

なんでも、

☆日本人だということは悟られないほうがいいらしい。(無理)
☆受験票の返信のはがきの宛名には子供の名前とだんなの名前を記入のこと(。。。。。)
☆親のサインのところはだんなのサインを記入。(読めないサインにすればいいか。)

まあ、分かってましたけど、
奥さんは前に出ちゃだめなのです。

むりだよ。。

去年イーシュワランマスクールの願書を取りに行ったときも並んだ行列の中、女一人で取りに来てるのは私だけでした。(家族全員で取りに来てるロシア人はいた)
子供の願書をとりに来てるのはほぼ、おっさんばかりでした。

こういうことは男の仕事らしい。

願書を出しに行くのも男がいいんだろうなと思うので、学校の少し向こうの郵便局から郵送することにしました。
(気にしすぎ!?ところがそれがそうでもなさそうなんですよ)

そのほか、現実を書いたところで、注目を集めて中央(ババ)に反逆してると思われて
排除されてもバカみたいなので、

「はぁ~~~、、、」と思った数々の黒い、いや、灰色と書いておこう。灰色な出来事は省略。
しょせん、諸条件を満たすことができないもののひがみだし。

大多数のインド人はいろんな条件を普通にしてても満たすことができるもんなんだろうし。

文句があるならまっとうに日本で教育を受けさせなさいということですもんね。

おかしなことをしてまともに扱えといってるようなものだし。というか、そういうことだし。


しかしおかしなこともたくさんの人数がやれば大きな流れに。
ほんといいかげんもう、プッタパルティ在住の外国人の子供だれでもがまともな教育を受けられる場所が必要です。

プッタパルティ在住の外国人の子供たち、数十人はいますもの。

エリート養成学校じゃなくていいから、外国人の子供らが普通に楽しくて、外国人の親もそれなりに安心して通わせられる学校が必要です。

このあたりの普通の政府認定の学校は通う子供も恐怖で、送り出す親も苦痛!


まあ、そもそも主名は受験の年齢制限を越えてる(しかしこの年齢制限も実際はかなりあやふやなんです!)、
外人(インド人じゃないので)、
両親がそろってプッタパルティに住んでいない(そういう人もたくさんいるけども)、

という3重苦なので

この願書を出しても受験には不適切で、受験票も無効と記入されるか何かしたものが送り返されてきて終わりだと思います。

でも何もしないよりは出すだけ出そうとしてるわけなんですが、
出す準備だけでもすでに気持ちがへこたれ気味。


今日はババは夜7時前に車で来ました。

主名は部屋で休憩しすぎてババが来て前を通ったときに間に合わなかったので、今日は手紙渡せず。

ババはしゃんとして見えました。




夕食はウエスタンでそれぞれ別々に食べました。


私の親や知人数名に、主名の学校のことでババに手紙を書くのを頼んで、あちこちから出してもらってるので、
部屋に帰るときに、
だれそれさんや、だれそれさんとかみんなババに主名の学校のことで手紙かいて出してくれてるんやで、
と教えたら、主名は

嬉しかったみたいで、歩き方がうきうきと上下にゆれる感じになって、
「なんで、お母さんとかじゃないのにみんなぼくのために書いてくれるの?」
とかいって、その後、

「ありがたい。。。」

と、年よりじみたかんじで噛みしめるように言っていました。

「みんな手紙書いてくれてるんやから、、あんたもちゃんとダルシャンでババにお願いしときや」
とわたしは言いました。


今日は、主名はミルクティーを入れて、先ほどしずしずと持ってきてくれました。(カップ&ソーサーで)
こりゃいいや。

砂糖の量も今日は適切。

そのうち作るのも飽きるだろうけど、今はまだ嬉しいみたいです。




さあ、無意味な願書でも、明日は出しに行こう。

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【2011/02/25 02:49】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
入寮
ババの学校の寮に、主名の幼なじみのRくんも、他の2人も入寮していきました。

Rくんのお母さんとサウスでご飯を食べてるときに聞いた話では、まだ、年度の最初なので、あんまり勉強させずに子供らを遊ばせてるそうで、なので、Rくんも「ハッピーハッピー」だそうです。
ごはんは、ずっと、カードライスだけ食べてるそうです(笑)それは辛くないから。
でも、ずっとカードライスだけ食べてたらそのうち味気なくなってきて、ちょっとづつカレー味の野菜の煮物とかとかもまぜて食べるようになると思います。
朝、シャワーを浴びないといけないらしいのですが、水なので、Rくんは「ホラブル!」と言ってたそうです。(ホラブルって、テリブル~ひどい~のホラーめいた感じ、と、わたしは思ってますけど)
彼のお兄ちゃんの時は学校になじむまで大変みたいでしたが、弟のRくんは1歳からプッタパルティに住んでて、学校の情報もお兄ちゃんを通して知ってるし、先にお兄ちゃんが入ってるし、その点おにいちゃんよりもスムーズみたいです。、

他の二人は、お母さんに連れられての入寮のときに、途中まで他の人たちと見送りましたが、人ごとながらしみじみしました。彼らのその後の近況はとくに聞いていませんけれど、バジャンの後に、他の子供と手をつないで学校に帰っていく姿は見ました。

新しい年度の始まりですね。それぞれの門出。

主名は「さびしくなった」とか言ってます。

しかしさびしいことは悪いことではないと思います。

今朝はババは来てました。
【2009/06/05 15:09】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
新学期
今日からババの学校は新学期だそうで、主名の遊び友達のR君も、今日からもう寮に入ったはずです。
主名の日本人の友達一家も、今日の早朝にプッタを出発したはずです。
誰もいなくなってしまった感じ。。。

今年は主名は入らなかったので、今日はわたしがまた少し体調がすぐれなかった事もあり、また休憩モードに入り、朝から部屋の片付けとか、たまった繕い物とかをしていました。(インドで買った服はどんどんほころびるので)

今朝はみんな遅い時間に帰って来てたようなので、ダルシャンもあったんじゃないでしょうか?

主名は昨日、夢でババが10月に学校に来てくださいと言ったというけど、多分、作り話か空想じゃないかと思います。
【2009/06/01 18:24】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プライマリースクール
今日の夕方にもプライマリースクールに行ってきました。

昨日とは打って変わって、門も難なく通過しました。
最初は学校で校長が帰ってくるのを待つのもだめといわれ、門の外で祈れといわれたのですが、同行してもらった人が肩書きがあったので学校のロビーでしばらく待たせてもらえました。そしたら知人の先生がバジャンから帰ってきて、その後校長先生も帰ってきて、昨日届けた手紙にも目を通してもらえてたようで、話をすることができました。

でももう、ぜんぜんだめでした。
誰かほかの子と間違えてるのか、朝、この子はバジャンで何とかかんとかで、英語がぜんぜんしゃべれないでしょ、とかいわれました。
今朝はバジャンには行ってないので、人違いと思うんですけど、訂正するまもなく、でもまあ、どっちにしろその場で話をしてどうこうできるような感じでもありませんでした。

私たちのほかにも嘆願者が来てました。多分、そういう嘆願者がたくさんいるんでしょうね?
はなから嘆願者になじまないようにしてる感じでした。
でも、今まで校長が誰かも知らなかったので、低レベルなんですけど、話をしたというのは大きな一歩だったりします。
後から思えば、手紙にもう少しこちらの情報を書いておいても良かったかもと思いました。
主名が勉強とヴェーダが、どの程度できるかとか。
多分、ぜんぜん訓練されてない子供をつれてきてると思われたみたいで、書いたりとかもぜんぜんできないとはなから決めてたような感じでした。
実際は、学校は去年の8月くらいまでしか行ってませんが、一年半くらいは行ったので、数字もアルファベットもかけるし、数字のつづり(1ーONE,とかで100までとか)や、曜日のつづり、月のつづりとか、体の部位のつづり、九九の暗唱など、できることもけっこうあるのですが。
この子は幼すぎるからなにもできないとか。年齢的には今年入学が適正年齢なんですけれど。幼く見えたようでした。
寮生活への準備として、インドの辛いのもだいぶ食べれるようになったし、インド式トイレも練習して、一人で全く問題なくなったし、歯磨きも風呂も全部自分でできるように練習したのですが。
喘息も最近はほとんどでなくなりました。出ても一回くらい薬を飲めばおさまります。
おねしょも、今は暑いからかもしれませんが、ほとんどしていません。

英語もぜんぜんだめでしょ、といわれたので、「(主名に)話しかけてくみてださい」と言ってみましたが、主名も恥ずかしがって黙って後ろにいるし、校長先生も話しかけたりはしませんでした。
主名の友達で、今回入学がほぼ決定したR君なんかは、じぶんがどんだけすごいかとか、何ができるとか、そういうのをどんどんしゃべるタイプなのですが、インドでは、というか、日本以外ではそういうほうがいいんでしょうね。。。

ヴェーダはいちおう主名の売りなので、校長が去った後に、あ、ヴェーダ聞いてもらってなかった、と思い、まだそこにいた知人の先生に「聞くだけ聞いてやってくれませんか?たくさん練習してきてるので」と言いましたが、「何も助けられないわよ」みたいに言われ、私としては、今日もずっと部屋で練習させたし、入学どうのはべつとしてもせめて聞くだけでも聞いてもらえればありがたき幸せ、と思ったんで、唱えてみ、と、主名に唱えさせましたが、すぐに「シャーンティシャーンティ」と、打ち切らせようとされました。でもまあ、「イナフイナフ」などと言われてもそのまま唱えさせてたんですけど、(なんせ、たくさん練習してたので、主名は自分が言えるやつを全部言うつもりでしたから)いったん出て行った校長がまた帰ってきて、また、やめさせられようとしました。
でもまだ唱え続けてましたが、しまいに止められました。

主名はりちぎにガナパティプラールタナからはじめて、ニグルシュワイラ、オームタッブラムハー、ナカルマナ、などとと唱えていったので、ドゥルガースークタム、ナラヤナウパニシャッド、ルッドラムなどまでにはいきつかずに止められてしまいました。
よく練習したんだけどなあ。
校長先生に聞いてもらうということで練習して、大きな声で言えるようになったし。
まあ、いつか、別の機会があるんだろうと思います。
聞いてもらえるような受容的な場でもなかったですし。
迷惑がられて唱えてもヴェーダにも失礼かと。

先生方がやめさせようとする中、両手を合わせて淡々と唱える主名はなんだか哀れにも思えましたが、その後、本人はけろっとしたものでした。
ほんとに、無心に唱えてたようで。
私だったら確実に悲しくなってたと思います。

インドはほんと、下から行ってもだめですね。上から、いかないと。
今回肩書きのある人と一緒に行ったおかげでロビーで待たせてもらって、帰ってきた校長先生と会うことはできましたが、下のものとして、まったく取り合ってもらえない感じでした。

まあ、でも私も今までいろんな場面で拒絶されたりたたかれたりたくさんしてきたので、基本的に拒絶された場合に自分が傷つかないためのだめもと精神がしみついてて、わたしも、あっ、そ、そうですよね、だめですよね、わかってますわかってます。というかんじで、がっかりするほどでもなかったのですが、今回は知人3人が直接的に、そして間接的にも多分たくさんの人が応援してかかわってくれたので、私はすごく気が楽で、迷惑千万かもしれませんが、みんなに支えてもらえて楽しいくらいでした。
でも他の人たちは多分、主名の学校の件に直接かかわってくれたのは初めてとかだったので、私たち以上にがっかりしてくれてて、私たちにも慰めの気持ちを持ってくれてるみたいでした。
ありがたいことです。

実際は、今まで主名とわたしがインドに来てからはこの3年(主名が生まれてからは5年)の間に孤独さを噛みしめつつ流した涙は数知れず、なので、ああ、なんだか、わたくしごとなのに、他の人にこうして支えてもらい、かかわってもらえるようになったなんて、なんだか、私たちのある種のネガティブなカルマも尽きたのかなと思います。

もちろん今までもいろんな人に助けてもらいながらこうしてきてるのですが、なんだか、やっぱり、この時期からは何か開いたような感じもあります。
他の人にかかわってもらえるというのは、それがどういう結果になろうとも、支えて助けてもらったという事実だけでうれしいものですね。

まあ、なるようになると思うので、いましばらく、トークンにもなるべく参加して、機会を得るべく行動し続けようと思います。
今は自分からことを起こす気が、何事に対しても起きなくて、ただ、やるべきことをやってる感じです。
主名が別にババの学校に行っても行かなくてもいいんですけど、行く可能性が高いような気もするので、そのように行動してるところです。

自分としては、主名の自立度が高まるに連れて、一緒に暮らすのがすでに気分的に限界が来てると思うことがしょっちゅうなので、全寮制の学校に入るのはお互いに逆にいい関係になると思ったりもしますが、なんせ、結局はよくわかりません。

主名の友達の外国人のRくんは別個にテストを受けられるようになったので、主名にもその機会を与えてもらいたかったのですが、Rくんはお兄ちゃんがもう学校に入ってるので、そのリレーションシップがあるからとも言われました。
とりあえずなんでも言ってみようと思い、Rくんと主名はすごくいい友達なんですけど、と言ってみましたが、もちろん問題外。実際、赤ちゃんのときからの友達で、Rくんのほうが1歳年上なので、Rくんのおかあさんは、Rくんに、一緒にスワミの学校に入ったらあなたが主名を助けるのよ、なんて言い聞かせてくれてたりもしてました。

昨日とは違って、今回は、帰りもアシュラムへの通用門(スタッフ用)がすんなり通れたりと、なんだか開かれてる日でした。

近所のインド占星術にでも行ってみようかな?新たな視点が得られるかも。
【2009/05/20 02:00】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プライマリースクールの入試
今日と明日はババの学校(プライマリースクール。。。小学校のようなもの)の入試だそうです。

昨日、それを聞いて、外国人は入試が受けられないけれど、行ってみたらいいよと、ババの元学生2人組に言われ、強く勧められたので、主名の学校に関しては、自分から動く気はしなかったのですが、これは啓示か?と思い、その場にいた英語に堪能な日本人女性に通訳をお願いして、今朝、プライマリースクールに行ってみました。
月曜は朝7時半から9時まではラフカーラだから物事を始めないほうがいいというので、7時半前に向こうに着くようにしました。

しかしまあ、願書も出してないので(出しても外国人はそのまま戻されるそうです)門の中にも入れないし、手紙なら校長に届けてくれると門番のセバダルが言うので、私が日本語で書いた文面をその場で英訳してもらい、渡そうとしました。

しかし、1時半にまた来るように言われ、手紙もそのときにと言われたので、出直しました。

やはり交渉ごとなどは男性がいたほうがいいとも思い、通訳役の男性と、もう一人肩書きのある男性も門前払い防止のためにサポートとしてついてきてもらいました。

しかしまた、午後のバジャン後に来るように、そのときなら校長はフリーだから、そのときはどの門からでも入ったらいいと言われ、また、バジャン後に出直しました。

しかし、門のところでやはり入れてもらえず、門番と問答しているうちに校長先生の乗った車が中から出てきて走り去っていきました。

また別の門に回り、そこから手紙を中に届けてもらいましたが、校長先生が帰ってこなさそうだったので、また、明日出直すことにしました。

今日は、走り去る車の中に校長先生を見ましたが、今までは見たことなかったし会ったことがなかったです。

疲れました。

でもほかの人についてきてもらうと、一人で動くのと違って落ち込みが少ないので助かります。
もし一人だったら、すでにあきらめてる、というか、そもそも学校に行ってみようと思ってなかったと思います。
今までの経験上、めちゃくちゃ疲弊するだけで得るとこなし、ということになりそうだったので。
ババが主名を学校に入れる気なら、何か動きが起こってくるはずと思ってたので、自分から動く気には、なれませんでした。
なんかもう、いろいろ結構すでに疲れてるし。

午後のダルシャンではババに祝福をもらおうと思ったら、ババはにっこり微笑みました。
ババが帰っていくときもそう思ったら、誰かに手をあげてブレスしてました。
いつも微妙なババの反応。。。
はっきりしてる人にはすごくはっきりしてるみたいですけど、何なんでしょうね?この違い。

昨日はやはりいろいろな思いが沸いてきたりもしてなかなか寝れなかったので、疲労しました。
明日も学校に行ってみて、とにかく校長に話をして、主名のともだちのRくんのように、一般のインド人とは別の日にテストだけでも受けさせてもらえるようにお願いしようと思ってます。

昨日の夜、主名の伸び放題だった髪をカットし、白い上下のクルタパジャマも買って着せたので、見た目だけはまるでちょっと、学生のようになりました。

今日は良く寝れると思います。
何もしてない、というかできなかったのですが、疲れました。
【2009/05/19 01:20】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
面会
今朝は起きるのが遅かったのでオートリキシャで急いで主名を学校に連れて行ったら、オートリキシャを降りてから主名がこけて、
「ここで座って水飲んどく」
とかいうので今日は休みますって学校に電話しようか?というと「だめ」というので、しょうがないからしばらく座ってて、
結局10分か15分遅れて行きました。

そしたらまだ2人しか生徒が来てなくてびっくりしました。
兄弟姉妹がババの学校に行ってる子供は日曜に2時間面会があるのは知ってましたが、木曜日も面会だそうです。
でも多分朝のバジャンのあとにホールから出てくるのをつかまえて少ししゃべるとかそんなだと思いますが。
道端でチャイを飲んでたらその子供たちが次々と遅れてやってきました。

昨日の午後は体調の関係で動けなかったので部屋で寝ててました。
4時前にヴェーダが聞こえてきて、その後音楽とか聞こえてきたのでなのか出し物をやってるんだなと思いました。
5時半近くに部屋を出てアシュラムに行くと、アシュラムの敷地内にはいってしばらくしたらスコールになったので走ってベビーカーをおいてダルシャンホールに入りました。

まだ出し物をやっていて、テルグ語のすごい大勢の人たちが10人ずつ位のグループに分かれて数分間ずつババの前に行って次々何かやっていました。踊ったり、展示物を見せたり。
今日までの3日間何かこのイベントが行われる期間になってるみたいです。

6時半くらいに終わって、その後もう暗くなったので散歩してご飯に行こうかと思ったら打ち上げ花火が始まりました。
建物の陰で隠れていたので見えるところまで行って見ました。
ちゃんとした打ち上げ花火でした。
なんだか久しぶりに見たきれいな花火でした。
(おそろしい爆音花火はちょくちょくあったけれど)

もういっこの学校の校長が呼んでるとかいわれて、今日はしんどいしやめとこうかと思ったけど、まあ、行ってこようかなと思います。
主名を迎えに行くまであと一時間くらいは時間があるので。
【2007/07/12 13:50】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
空手の授業
昨日の夕方はイラン人の家族と芝生でしゃべってました。
子供を遊ばせながら。

ここの長男は去年ババの小学校に入学したのですが、今年はスペイン人、と言ってたと思いますが、また一人外国人の子供が入学したそうです。
イラン人が言うには、そういうわけで、近頃、ババは外国人の入学にオープンになってきてるんじゃない?とのことで。

主名もババの学校に行ったらいいというので、そう考えてると言うと
喜んでくれました。
子供を学校に行かせてる当事者にそういってもらえるとなんとなく心強いです。
その家族がババの確約をもらったにも関わらず、入学までにかなり苦労してたのも見てるんですが。

主名は昨日は甚平を着てたのでやはり予想通り「サムライ」「キモノ」
などと言われて好評でした。

ババの学校でも空手の授業があるんだそうです。
「日本人の先生?」とイラン人の奥さんに聞いたら
確かベネズエラ?忘れましたけど、とにかく南米の先生みたいでした。

イラン人の両親が自転車、あまってるから貸したげるとか言ってました。
でもサリー着てたら乗れないよね?と思って、奥さんに聞いたら
「今日試してみたら大丈夫だった」
とのこと。

イラン人の次男と主名は走り回ったりして遊んだこともあり、
夕食は近頃ではめずらしく主名は自分でもりもり食べました。
やっぱ、おなかすかさないとだめですね。

とりあえず、来年になって主名がもうちょっと大きくなったらアウトサイドの幼稚園に行かそうと思います。
イラン人いわく、家族経営で少人数制でいいところだそうです。
【2006/07/31 19:55】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
学生の家族
先日、日本人サーダナキャンプで日本人と一緒にヴェーダを唱えたババの外国人学生の親と知り合いという日本人が、こんどその親にあわせてあげると言ってくれてたのですが、
さっき、その日本人とその両親が歩きながらしゃべってるところにわたしも通って歩いたので紹介してもらいました。

あー、このひとたちかー、と。
いつも見かけるし、なんか存在感あるし、ダルシャンの時に住人の席に座ってるし、どういうひと?と思ってた家族でした。

私も急いでたのでその場はすぐ別れましたが、
なんかすごい勢いで物事が進んでるような気もなきにしもあらず。
【2006/07/28 23:58】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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