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アーヤッパン?アーヤッパン!
アーヤッパン信者は真っ黒な格好をしているので、白い服装の人が多いアシュラム内で最初見たときは異様に思えました。

でもアーヤッパン信者だと知ってからはたまに歩いていたりする彼らを見かけると、草むらで珍しいバッタを見つけたときのようなちょっと楽しい気分になりました。

降誕祭前には何十人もの老若男女黒ずくめのアーヤッパン信者の群れがいて、それはさすがに圧迫感を感じました。

今日は道端で初対面のアーヤッパン信者が出会って、お互いに
「アーヤッパン?」
と聞いてました。

なんかアーヤッパン信者の生態に触れるとき、どうしても珍獣を見てるときのような心持ちで観察してしまいます。
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【2006/11/27 16:14】 | 人間模様 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ教室
前々回、ヴェーダ教室は休みでしたが、おばあちゃん先生のところに人を二人連れて行きました。
一人は外国人にヴェーダを教え始めたヨーロッパ人で、もう一人はたまたまその場にいた日本人です。

ヨーロッパ人には、何度もおばあちゃん先生のところに連れて行ってといわれて、できませんといってそのつど断っていました。
なんでかというとわたしが他の人を連れて行けるような立場じゃないし、他にも理由はいろいろ。
そのような他の人を連れて行くということは心の広さというよりむしろ自分の弱さを表すような気もして。

で、断り続けてそのたびに、どうしてどうしてのうらめし光線を浴びてるような心持ちであったのですが、ババが私の心に「大丈夫だから今日連れて行きなさい」と言ったようで、私の理性も心も「ノー」だったのですが連れて行きました。

もう一人の日本人はたまたまです。
でも、一緒にヴェーダの練習はしてて、わたしがおばあちゃん先生に習い始めたときに「いいなー」と言っていたので、望みはいつかかなうんだなと思いました。

おばあちゃん先生はやっぱりいい顔はしませんでした。
ものいいたげにじーっと目を見られました。
わたしは心の中ですみませんとか思いつつ。

でも、「よろしい、来週からこの3人だけ来なさい」
と受け入れてくれました。
ヨーロッパ人は3年間ここに住んで先生を探し続けてもスワミは与えてくれなかったけど今願いがかなったとルンルンでおばあちゃん先生に花輪を贈っていました。

おばあちゃん先生はあとで、「あなたのヴェーダはべリーグッドだけど。。。」とわたしに言いました。
私の時も最初に一人で唱えさせられて状態をそこにいた人たちでチェックしたりと、それから、生徒としてとるか決めたみたいだったので、わたしがいきなり勝手に連れて行くのはルール違反な感じですよね?
インド人ならいざ知らず。
ま、でも、受け入れられました。

で、昨日、降誕祭後はじめての教室だったんですけど、その二人は欠席でした。
日本人は私に教えてもらうので満足してるから、おばあちゃん先生のところには行かないかもしれないと言っていて、
ヨーロッパ人は土曜日にみんなを集めてヴェーダの練習をすると聞いたので部屋に行ってみたら熱出して病気になっていました。
次回は行くから、明日、おばあちゃん先生にその旨伝えてと言われて、
もし、別の時間に練習の時間をとってくれるなら。。。と言ったので
甘い。。。と思いつつ、「彼女はそれはできない」と言いました。
というのはおばあちゃん先生は平日は学校で教えてて朝から夜の9時まで外出してるので、それはおばあちゃん先生の口から何度も私自身言われているのでした。

日本人も聞いた話によると2日くらい寝込んでたそうなので(降誕祭の疲れ?)それでかもしれません。

ヨーロッパ人からもらっちゃって、(ウイルスかなんかが入ってきたときはわかりますよね?あ、今、入っちゃった。と。)のどが私も少しいがいがしてますけど、大丈夫です。

昨日の教室は私のほかに小学生の男の子とおばちゃんでした。
昨日は降誕祭後はじめてだったからか、おばあちゃん先生は今までのは今日はしなくて、新しいのをする、と言って、ローガニワールナスークタムとかいうのを教えてくれました。
帰ってから調べたらサンスクリットのテキストには載ってましたけど。。。テープやCD、あるのかなー???

昨日はちょっと録音させてもらえたらと思って録音機器を持参してました。
そしたらおばあちゃん先生の娘と孫娘がいて、おばあちゃん先生のヴェーダを全部録音したいからと、たまたま私が持ってたちっちゃなテープレコーダーが録音機能がついてたのでそれを2日くらい貸してというので貸しました。
あんなん性能悪いだろうに、もっといいので録音したい気になりましたけどすべてよしと思うことにしました。

私が用意してた録音機器(ボイスレコーダー)はきれいに音が取れるのですが、残念ながら情報をパソコンにおとしたりなど、コピーできるようにはなっていないのです。

で、レッスンが始まるときに録音させてもらっていいか聞いたら「あとで」と言われました。今はだめ。と。

前回人を連れて行って、なんとなく罪を犯したような気分だったんですけど、その二人が休みだったのでそういうもんなのかなと思いました。
やっぱりすべてバイブレーションだなあとか。
罪滅ぼしには練習するしかないと思って、この一週間、いつもより少し多めに自主錬して、今まで唱えられなかったやつを唱えられるようにしておきました。
おばあちゃん先生と私の関係も微妙に変化したように思います。
でもいいんだろうと思います。
昨日も「あなたのヴェーダはベリーグッドだ」と言ってくれました。
おばあちゃん先生と一緒に唱えてて、途中で彼女がわからなくなったり止まったりしても、私は自主錬してたもんですから、そのまま一人で唱えたりしました。
おばあちゃん先生のヴェーダはやはりくせがあったりするんですけど、私はそのくせをその場に応じて取り入れたり、自分で修正して唱えたりしています。
他の人は間違いもそのまま取り入れて吸収してますけど、私はある程度自分で修正していて、おばあちゃん先生もそこはわかっててそのように教えてくれます。

おばあちゃん先生の持ってる雰囲気だとか、人格みたいなものがすばらしいと思います。その点信頼しています。
彼女の素朴さと気高さが同居している様子やその安定感に触れると、あー、わたしら外国人が信用されにくいのもそりゃ道理だと思います。









【2006/11/27 16:08】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
降誕祭当日
昨日は降誕祭当日でした。
といっても、普段どおりの時間に起きて、朝ごはんついでにちらっとババ見れたら、くらいのノリでアシュラムに行きました。

ところがガネーシャゲートをくぐるためにすでに長い行列。
男女別に交互に入場させていました。
わたしはベビーカーに主名をのせていたので男性の列の最後について、女性の先頭で入場させてもらいました。

ゲートチェックしてる余裕はさすがになし。

入ったらもう身動きできない状態。

ゲート入ってすぐ右の道はパンパンだったので左から回っていこうかと思ったら広い道がなぜか通行止めされててその上の小道のみ通行可。
もちろんそこも人でパンパン。
50センチくらいそこを進んでみて、無理とわかったので引き返して部屋に帰りました。
ちょうどババがしゃべっていたので声だけ聴いて。

部屋であるもの食べて、午後は早めにと思って1時半くらいに並びに行きました。
そしたら列の前のほうでした。
思ったよりすいてて、ベビーカーも座布団も部屋に置いてきてたので後ろのインド人のおばちゃんが見ててくれるというので主名を座らせて部屋に取りに帰りました。
セバダルに聞くと今日は4時半にならないとホールへの門を開けなくて、中にも入れないというので急いでいけば大丈夫だろうと思い。

アパートから座布団やベビーカーを取ってきて、長丁場に備えジュースも買ってきました。

そしたら男性側の列が暴動状態になってて、やっとの思いでそこを抜けて女性側に行ったらもとのまま静かに並んで座ってたのでほっとしました。

ベビーカーを置いて、知り合いとちょっとしゃべって主名のところに向かい、あと数メートルというところでみんないっせいに立ち上がり女性たちも暴動状態に!
あわてて主名のところに行っておばちゃんから主名をうけとりました。
おばちゃんも興奮してました。
しかしよかった。間に合って。

みんながホールへの門へおしかけたので、うちらも行ってみましたけど、そしたら知り合いの日本人が「セバダルがあっち側に回れといった」と言って、昨日もここは閉ざされててあっち側からだけ入れたから、というので、群集から離れ、ベビーカーに主名をのせ、反対側の入り口に5人くらいで向かいました。

そしたらそこのセバダルは「ここから入れるのはVIPだけ」と。
まー、そうだろうな、と思い、日陰で座って休んでました。

そしたらババの側近が出てきてセバダルにロープをはるように指示しました。

ババがこちらから出てきて、スタジアムに向かうとのことで。

なので道沿いに並んで待ちました。

私は勘違いして、スタジアムからババが帰ってくると思ったので、ババがよく見えるのはこっち、と思って人の少ない日陰の砂場で座って他の人としゃべって待ってました。みんなあっち側は日向で暑いのにたいへんだーとか思いながら。

向かい側には知り合いのVIPの奥さんたちも待ってたり、ヴェーダのおばあちゃん先生も我慢強く待ってました。
奥さん方やおばあちゃん先生はホールに席があるんではないのかな?と意外に思いつつ。

主名は砂遊びしてました。砂を巻き上げてぐちゃぐちゃになりながら。
パウダー状なので砂煙が。。。

しばらくしてババが出てきました。
黄色い服を着ていました。
朝は白だったそうです。
向こう側の人たちのほうを向いて祝福しながら通り過ぎていきました。

スタジアムでバスケの試合と音楽プログラムが行われたようです。
その前日はスポーツはバレーとバトミントンだったそうです。
昨日は一般人もスタジアムに入って観戦できたそうで、選手たちがサービス精神旺盛で面白かったーと言ってました。

うちらはまあ、ババ見れたからいいか。というかんじで、ココナツを飲みに行きました。
で、そのまま夕方まで芝生で飲み食いしたり知り合いの部屋に行ったりして遊んでました。
部屋に帰るにはガネーシャゲートを通らないといけなくて、通りたくなかったので。
ホールではやはりスタジアムの中継をしてたようです。
で、夕食をキャンティーンで食べて主名をまた他の子と門限過ぎまで遊ばせてから帰りました。

降誕祭はホールの中に入らずじまいでしたけど、子連れなのでそれでよかったようです。
ぎゅーぎゅー押されて子供らぎゃーぎゃー泣いてたとかで。。。

今朝は起きるのが遅かったので朝食だけ食べにアシュラムに行きました。
今日はダルシャンはお休みだったようです。

心持ち人は減りましたけど、まだ十分多いです。
人口過密は大変ですよね。。。
【2006/11/24 15:51】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(1) |
降誕祭前日
今日は降誕祭の前日でした。

朝はわりと普通だったんですけど、午後、今日はバスケの試合が新しいスタジアムで行われるとか聞いてたけど、誰も何も言ってないなーと思いつつ、ガネーシャゲートにいたセバダルのおじさんに
「午後のダルシャンはここ(アシュラム)ですか?」
と聞いてみました。

そしたらスタジアムで、と言うじゃないですか。
何のアナウンスも告知もなかったけどなあと思って、何時からか聞いたら1時半からと。
えー。と思って、急いで部屋に帰って急いで昼食にして急いで出ました。

新しいスタジアムの様子がわからないし、もみくちゃになったりしたら大変だし置いてたら盗まれそうなのでベビーカーは置いて、主名を抱っこしてオートリキシャに乗りました。

スタジアムまで50ルピー。
普段は10ルピーなのにと思って言ったら、交通規制してるからぐるっと回り道で行くとのこと。
裏の道から行きました。途中、村の中は相当の悪路。
でも、オートリキシャって馬力あるんですね。
舌かみそうになりながらスタジアムの裏について、そこから歩いていきました。

ところがスタジアムの中には入れませんでした。
招待客のみのようで。
しょうがないしうろうろしてました。
50ルピーかけてきたし、村の中でオートリキシャをまたつかまえられるか疑問だったし。帰るに帰れない状態で。

そしたら知り合いの日本人がいました。
話を聞くと今日はバスケの試合がメインじゃなくて、毎年恒例の大学の卒業式だそうです。
プレジデントが来るとかで警察もすぐどなってけん制するし、あー来るんじゃなかったとか思いましたけど、
その人もそこで見るというし、道路の向こう側でスタジアムのほうを向いてババが来るのを待ちました。

しかし、スタジアム、できましたね。
ついこないだ見たときは全然できてなかったのに。
中に入れても、入るのがちょっと怖かったりして。

待てども待てどもババは来ませんし、その人としゃべってました。
このひとも解脱してるという人ですけど、
昨日聞いたばかりの情報の確認をしてみました。
ラタンさんとリトルハートさんのことです。
リトルハートさんが97パーセントで止めてるということについてはその人は「そういうこともあるかもしれませんねぇ」と。
その人の見解ではラタンさんもリトルハートさんも肉体のババの近くに留まってる(いた)ということは仏教でいう小乗ですね、と。
???そうなんですか?
また新たな疑問が。

プレジデントだかババのだかの車が来ましたけどババはよく見えませんでした。3時半くらい?
主名を抱っこしっぱなしで苦行!!!
苦行なんかする気さらさらないのに。。。
主名は調子に乗って私の頭をぐちゃぐちゃにしたり顔をつかんだり。

なあんだと思って、その人と別れて村に行ってオートリキシャをひろってまた50ルピーで帰りました。
これはこれで楽しいドライブと思えないこともなく。
主名も牛の群れやにわとりや景色を楽しんでいました。
やまいっぱーい。オートリキシャはやいねー。とかいって。
私も、あ、あれはサトウキビ畑かな、とか、田んぼだなーとか、チトラバティ、水ないなーとか川原に洗濯物が干してあるなーとか思いました。

アパートの部屋に帰って、ちょっと休憩してからアシュラムに行きました。
スタジアムの中の様子が中継されると聞いたので。
でもホールに入れなかったのでおやつとお茶にしました。

で、部屋に帰って、主名は新しいおもちゃを今日買ったのでそれでずーっと遊んでて、私は、疲れたなーと思って少し本読んだり横になったりしました。

夜になったのでキャンティーンに行ったら着く前に主名が寝てしまったのでバスタオルをひいて床に寝かせてご飯を食べました。
一応主名の分も持ち帰ってますけど、明日までこのまま寝そうです。
と、思ったら起きました。

さっきババが帰ってきてました。車だけ見ました。

明日が降誕祭です。
夜のアシュラムの中は電飾できれいです。


【2006/11/23 00:49】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(2) |
降誕祭3日前?
今日は降誕祭の3日前くらいでしたっけ?

人が昨日くらいから一気に増えて、ダルシャンも人数制限されるように状況になりました。
ボディーチェックも念入りで、外のアパートなどからダルシャンを受けに行こうとしたら3回、金属探知機でチェックされます。(空港にあるような、下をくぐるやつ)

でも、今はまだ日常という感覚です。
わたしは。

明日とかもっと増えるんでしょうね?人が。

先日主名が高熱。嘔吐。喘息の発作のフルコースでしたが、一晩で治りました。
急に症状が出て急に治る。私とおんなじですね。
やはり、行事の前は彼はこういう形で反応起こすようです。
ダサラの時は外傷でしたが。

きっと、一年間、全部体験したら2年目は楽でしょうね。
私も初めての行事や状況が多くて。

いろんな事がいっぱいありますけど、ネットやに来て書いてる暇が取れなかったりするのですが、アパートの部屋で書けたら逆に大変かもしれないですね。何から何まで書いてたら。

今日はさそわれて、ちょっとだけ集会に参加しました。
今はなきラタンさんの後におなじ集まりをラタンさんの弟子がやってるようです。
ラタンさんがなくなる少し前に力を授けられて、最後まで100パーセント解脱したとか?
比較的若くて柔和そうな男性でした。

やはりプッタパルティに住んでるオーストラリア人の女性のリトルハートさんは97パーセント解脱してるとのことで、
じゃないと肉体をはなれちゃうそうで、それを聞いて、最近なんとなく思ってたあれこれの疑問や愚問が氷解しました。
彼女はバクティタイプなのでそういうかんじだそうです。

前述の男性やラタンさんは知恵の道を行ってたので、行ったり来たりが自分でコントロールできるので、100パーセント解脱しても大丈夫だそうで。

何か、いろいろなことの疑問が解決したような気分でちょっと嬉しいです。昨日も自分でいろいろ、どうなんだろう?とか思ってたので。
なるほどなあ、と。

今はじぶんは知恵の道くさいのでした。



【2006/11/21 17:30】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
降誕祭一週間前
降誕祭一週間前です。降誕祭をこっちで迎えるのは初めてです。

そろそろ特別プログラムも出てきて、ダルシャンのときにブラスバンドが演奏したりなど出し物が行われています。

今日、はじめてきたというカップルにアシュラム情報を教えました。
知らずにたまたま今の時期に来たみたいですけど、ラッキーですよね?
【2006/11/17 00:32】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(2) |
アカンダバジャン
昨日はアカンダバジャンでした。
夜6時から24時間連続バジャンです。
日本でもやってるんだろうなー、と、思いをはせていました。

でも、長く参加は疲れるので、ほぼ、いつもどおりの時間の分だけ参加しました。
さすがに、最後のほうのリードシンガーは特にいい声の人が歌ってるようでした。
なのに、最後は歌声が途切れて、あれ?わからなくなったのかな?と思ったらアルティでした。
そんな終わり方でいいのか?
でもきっとババが「終了」と言ったか合図したんでしょうけど?

終わってからプラサードが出たからもらいました。
辛いチャーハンみたいなのとラドゥーです。
葉っぱのお皿にのせてもらって。
おいしかったです。
もらうまでが疲れたけど。

夜のホールはシャンデリアが全部ついてきれいでした。
いつもは前のほうしかつけてないです。省エネでしょうか。

しかし、適当にしか参加しなくても、行事があるとなんとなくくたびれますね?人がいっぱい来るからか。

アカンダバジャンだったのでヴェーダ教室はお休みでした。
【2006/11/14 00:56】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダの需要
昨日、例の外国人のヴェーダ練習に「行きなさい」
という心の声が。
そのまえは
「参加すべきではない」
だったのに、、、と思いつつ行ってみました。

今度は時間通りに行ったのでやってました。

で、どうなったかというと、教えてる人に、初心者の半分をわたしたち日本人のグループで教えてといわれました。
で、断りました。
というか、したいんだったら、初心者の半分をあなたが教えて、と言われたのですが、できるけどしたくない、と答えました。
「どうして?」
とか言われましたけど。
我の強い西洋人はややこしそうなので。へたに関わったらつかれそう。
状況もようわからんし。
わたしの基本は逃げ腰です。

教えてる人はCDやテープで独学で覚えたそうで、明らかに間違ってるように思えるところとか、思うところはありましたけど、
でも、集まってる人もその人に共鳴して集まってるんだし、いいと思います。
私が口出しすることじゃないと思って。
意味とかを細かく研究してるようでした。
勉強しに来てる人は、何年もとか、ずっとこっちに住んでる人のようでした。

でも、ここにいたらヴェーダ唱えるようになりたいと思う気持ちはよくわかります。
いっつもダルシャンのときに唱えられてるし。

で、いつかババの前で唱える機会を持ちたいと思ってるようでした。

で、今日はわたしら日本人のヴェーダの唱える時間にその、教えてる人が来ていっしょに唱えました。
今までグループを作ったこともないし教わったこともないということで、良かったようです。
今後も参加すると。

しかし彼女は英語ぺらぺらなのに、今まで教えてくれる人が現れなかったと言っていました。
わたしはこんなだけど、ここに来て数ヶ月で、こちらで教えてくれるという人(インド人)が3~4人現れています。
なんか、そういうもんなんでしょうね。。。縁というか、
それが可能になる状況、場、みたいなものがあるというか。

しかし思うのはヴェーダをやりたいという一般外国人の需要の高さに対する供給の薄さ。
でも、学生はみんな唱えられるんですよね?
接点がないということか。

でもやっぱりなんといってもヴェーダだし、状況が整えば教師が現れるということなんでしょうね?

その、外国人女性のヴェーダ練習会、私が行ける時には行って一緒に唱えるという形で手伝うというのは了承しました。
唱えられる人が多いほうが初心者もやりやすいからということで。

気長にいきましょう。
ぜんぜん急がないし。
状況把握。







【2006/11/11 00:57】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
奉納ヴェーダですか?
今朝は外国人がヴェーダグループ作ってババの前で唱えるために練習してるから、と言われたので行ってみました。
降誕祭用でしょうか?
でも行ったら丁度終わったところでした。
毎日女性だけで同じ時間に一時間練習してるようですけど。
「参加するべきでしょうか?」
と心の中に聞いてみたら
「参加するべきではない」
と言われたのでたぶん、参加しないと思います。

でも、そこで練習してた「ドゥルワースークタム」は、今まで気にしたこともなかったので、いい機会なので自分でちょっと練習してみました。

先日訪問先のお宅に猫がいて、子猫も4匹いました。
主名、喜んでました。
「ねこ、いっぱ~~~い」
とかいって。
「一匹いらない?」
とそこの家の人に言われたけど、そっこう断りました。「ノー」

その後、象のサイギータも見に行きました。
鼻で草をつかんで食べてました。
主名は
「今度ライオンと、キリン行こう」
と言いましたけど、ライオンはここにはいないなあ。
トラならたまに出るかもしれないけど。

今日の午後は用意を全部して、あとは出るだけだったのですが、
「ゆっくりやすみなさい」
という心の声に従い、部屋で昼寝しました。
そしたらダルシャンのホールが見えて、
ババがいつもは来ない、わたしらが座ってる、後ろのはじっこの方まで車いすで来ました。
これは夢みたいな夢じゃないみたいなやつですけど。

わたしは、ここにいるからには毎回きちんとダルシャンに出るのが最良と思っていて、まあ、実際は適当に出てるんですけど、
こういうことがあると、
これは部屋でのダルシャンということなんでしょうか。
現実にダルシャンに出ててもババに集中できてないときもよくありますし。
ちょっと考えさせられます。

なんか寝すぎたときみたいな少し頭痛がしそうな感じで目が覚めて、
もうバジャンも終わってる時間だったけどアシュラムに行きました。
行く前に路地でチャイを一杯飲みました。
その場でしょうがをすって入れてくれるのでおいしいです。

今日の夜はヴェーダ練習は誰も来なかったので(遅く行ったので来ても帰った?)少し自主錬して、食事に行きました。
主名はすごくたくさんご飯を食べました。
今は横でスリランカのガイドブックの写真を見てなんやかんやしゃべっています。
【2006/11/09 00:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
パダマナスカール
前回のヴェーダ教室には少年も二人来て、ドゥルガースークタムを教わったりしていました。
私のほかにおばちゃんがもう一人来てて、みんな順番におばあちゃん先生にパダマナスカールをしていって、
今まで私はすべきかどうか多少悩んでたんですけど、いい機会だと思ってしてみようとしたら
「サイラムサイラム」
といっておばあちゃん先生に止められました。
良かった。悩みがひとつ解消しました。

そして昨日、午後のダルシャンの時間に部屋で寝てたらサイババの夢を見ました。

わたしは座ってるかなんかで、ふと上というか後ろを見上げるとサイババが微笑んで私を見下ろしていて、この時点では夢と言うか、夢未満みたいな状態で、目が覚めそうだったのでグッと集中してその夢を引き寄せてそのままパダマナスカールをした夢(?)でした。
感触など、感覚的なものや雰囲気が印象的でした。

今朝のダルシャンのヴェーダは珍しく全部知ってるやつでした。
めずらしく早めに目が覚めたので早めに行って、でもご飯を食べながらですけど、聞いてました。

ガナパティアタルバシールシャム、ブースークタム、ドゥルガースークタム、メーダスークタム、プルシャスークタム、と、シヴォーパーサナマントラムでしたっけ、それを途中まで、でした。

バジャン後ココナツ飲んで、本屋に行ったらアティルッドラマハヤグニャのDVDだか何か、3枚組みとMP3がついてるやつが売ってたから買いました。
本屋でそれをモニターで流してたからしばらく見ました。
アパートの部屋でもパソコンが使えるといいなぁ。
【2006/11/07 15:40】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ぐあいが。
数日前わたしがいきなり具合が悪くなって一日寝てました。
夕方になってましになったので午後のバジャンのアルティだけ行こうと思ったけど間に合わなくて、外からババが家に帰るのだけ見ました。

しかしいっぺんに動いてまた調子悪くなったので横になったりして、主名をノースインディアンキャンティーンで食べさせて、そのあとココナツのところに行ってわたしも飲んで食べたら急に調子が回復しました。

なんかそういうの多いです。
短時間でぱっと悪くなってぱっと良くなる。

しかし、ココナツは体調良くなくて何にも食べれないときにおいしく飲めて食べれるんですね。

玄米がゆも日本から持ってきてるのでそれも食べたらかなり良くなりました。調子が悪いときの特効薬みたいなもんですよね。
普段食べてもそんなにおいしくなかったりするのに。

今日は布団を2枚買いました。
具合が悪くなって、今まで水で大丈夫だったけど、お湯を足して行水するようになりました。
沸かして運んでるんですけど、ちょっと危ないし何度も面倒だから湯沸かし器つけたい気分です。

昨日は雨の中、主名の要請でババがドライブから帰ってくるのを路上で待ってました。
わたしはさっさとアシュラムに入りたかったんですけど。
そのうち、私のかさの中でインド人2人が雨宿りしだして去るに去れず。ちっちゃい折りたたみの傘で。。。

そしたら2階から見てた人がババが別の入り口から行っちゃったよと言ったので、みんな、なあんだー、とアシュラムに入っていったら
やっぱりババが来たー!となって、ダッシュで引き返してました。
わたしはもう引き返さず(かなり危ないからベビーカーでは自殺行為)
そのままおやつを食べに行きました。

しかし、ほとんどの人が傘を持ってなかったから、みんなずぶぬれですよね。
集団心理のなせる業か。

今日の午後はダルシャン寝過ごして行けませんでしたけど、夢で充分あま~いダルシャン与えられてよかったです。
(でもここにいるなら現実に行くに越したことないですけど)
【2006/11/07 00:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
きなさい
昨日は雨が降って雷もすごかったです。
でも、夕食後、主名がぜんぜん食べてなかったことと、わたしもマサラティーが飲みたくなったので、主名を抱いてすぐ近くのチベットレストランに行きました。
少し本を読んだりしてのんびりして、主名もパパイヤジュースとポリッジ(穀物を煮たおかゆみたいなやつ)をたくさん食べて元気に楽しく帰りました。

部屋に帰って何かしてたら主名がふにゃふにゃ言い出したので見ると、見てるうちにどばっと吐きました。

汚れたからついでに行水させたら元気になってけろっとしてました。

しかし、ベッドと床が。。。
吐いたものを片付けて、少しヴェーダをしたり絵本を読んだりして寝ました。

明け方夢を見て起きました。
最近多いです。
起きた瞬間はまだ理性が働いてないので情報がたくさん流れ込んできます。
しばらく寝れずに起きてました。

下の階の人はいつも早朝に何か唱えたりアルティをしています。
それを聞きながらいつの間にか寝ていました。

めざましをかけていたので7時過ぎに起きて、ゆっくりダルシャンに行ったら丁度ババが来たところで、ガネーシャゲートで通行止めでした。
解除になったとき、まだババが居たのでホールに入って、その後サウスに食事に行きました。

バジャン後あれこれして部屋に帰って、たまってたやつや昨日の吐いた汚れ物を洗濯機で洗いまくりました。

午後は私も少し微熱っぽかったし、主名も寝てしまったのでダルシャンは休もうかと思ったけど、「きなさい」と言われたようだったので
じゃあ、と思っていきました。
主名は3時間くらい寝っぱなしでした。
私もホールで座ったまま寝てました。

それだけ。
【2006/11/03 00:29】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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