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4月24日 チェックアウト~他人の別荘へ
4月24日 チェックアウト~他人の別荘へ

今日、ホテルをチェックアウトしました。
ほんとは迎えに来てくれる知人は朝8時にコダイカナルに着く予定だったのですが、
バスがパンクとかで4時間遅れたそうで、9時くらいに電話をもらいました。
で、12時半か1時くらいに私の泊まってるホテルに来てくれました。
わたしはホテルはどうせ24時間制だろうと思って、
チェックインを3時にしたからチェックアウトも3時にしたらいいわと思っていて、
でも一応早めに行っておこうと思って、
主名はまだ寝ていたのでおかゆを作って自分の分を食べ、
フロントに行ったらチェックアウトは10時でした。
その時点で10時40分。

しょうがないし、部屋で残りの荷物をまとめて、
主名を起こしておかゆを食べさせて、荷物をフロントのところに運びました。
チェックアウトしたら、10時を2時間半過ぎましたけど追加の分はとられませんでした。
すでに8000ルピーは払っていたので、残り2500数十ルピー払ったと思います。
お金を払ったらホッとしました。
フロントの責任者みたいな人が、オーナーか誰かに電話して、
私がチェックアウトするというので
ババが来ても一泊800ルピーのままで宿泊費は据え置きと話をつけてくれたようですが、
もういまさらだしそのままチェックアウトしました。
どうせそこにいてもどっちみちお金がかかるということもありますし、
引き止められたら去ったほうがいいという感覚があるということもあります。

前、わたしが道に迷ってホテルまでの道を教えてもらった人も、
一泊1200ルピーとかそういうホテルでしたが安くするからいっぺん自分のホテルを見に来てとか
言っていました。
私が泊まってたところが800で泊まってるとか聞くと、それより安くするみたいでした。
きれいなホテルでしたが結局時間の都合がうまくつかなくて見に行きませんでした。
自分のホテルは君と子供の家だから。とか言っていましたが、
も個人的に気に入られてたりしたらそこに行くのも怖かったりして。
私は別の場所に行くけど、もし友達が来て、泊まりたかったら同じ、安い値段で泊まれますか?
と聞いたらもちろん。みたいにいってましたけど、見にも行かずうやむやになりました

しかし、今日、生姜湯を飲みながら窓の外を見ていたら知人のヨーロッパ人が下を通ったので
声をかけたら、部屋を探してて、私の泊まってるホテルの横のホテルは
ババが来たら2000数百ルピーとかいわれたと言っていました。
なんでそんな値段がいろいろなんでしょうね?
でも思ったのは、そのヨーロッパ人(プッタパルティでのヴェーダ教室仲間)は英語ぺらぺらですけど、
英語の比較的不得意な人の多い(私も含め)日本人のほうがちゃんと情報がまわってるような。
語学力はそりゃ、あるに越したことはないですけれど、
そのヨーロッパ人とかかわるたびに、なんか考えさせられます。
なんだかんだいってもやっぱり日本人はグループ意識がうまく働きやすいんだろうな、と。
不思議なもので。

迎えに来てくれる知人を待ってるあいだにチャイを横の店で飲みました。
母子が来て、おごってくれというので3ルピー出しておごったつもりになってたら、
赤ちゃんはミルクを飲んでおかあさんはチャイを飲んでたのでもう3ルピー払いました。
母子はお礼を言ってどこかに行きました。

ホテルの従業員の男の子たちが主名とボールを投げて遊んだりしていました。
フロントの男の人も従業員の男の子たちも子供が好きみたいで、
ここは口減らしの丁稚奉公が多いのかなと、よく働く男の子たちを見て思ったり、
多少複雑な気もしましたが、充分長くいたと思います。
主名はここの部屋は気に入っていて、部屋を返したくないとか、返すのは嬉しくないとか言っていました。
しかし、私としては何か非常に微妙なバランスの中で泊まっていたような気もします。
まあ、いつでもどこでもそうなんですけど。
いつも一回きりで、同じ場所と状況などというものはありえないし。
でも、振り返ってみると、充分居心地のいい部屋だったなと思います。
離れ(別館)、というのがよかったです。

しかし、ダルシャンのないコダイカナルは普通に色々楽しかったです。
お金に不自由しないならずっとここに住んでもいいかもと思ったくらい。
最初来た時はみんな少し暗い気もしましたが、顔みしりも増えてきたりすると居心地もよくなって来て。
学生時代のような気楽さでおれました。
しかし、期限付きの顔見知りだから楽しいんだろうとは思います。
ほんとにずっといるとなると息苦しさと紙一重でしょうし。
ほんとはいつも期限付きといえば期限付きですけど。

昨日はババへの手紙を、私の分を少し書き直しました。
そういうのもあってか、昨日見た夢はかなり激しいものでした。
しかも意外な内容で。
多分、ずっと引っかかってたものとかが形を与えられて出てきた感じです。
夢の中で私は嫌な人にいやなことをされてむちゃくちゃ感情の嵐でした。
そして憎しみを掻き立てられたいろんな人に暴力を振るいまくっていました。
顔を持ってがんがん打ち付けたり、傍観者にもいすを投げつけたり。
で、投げつけられた人が流血してやばいので救急車を呼んだのですが、病院の指示が
温泉に行くようにというものだったので、指定された温泉を探して行っていました。
ああ、温泉に行きたいなあ。少しだけ。

新しい落ち着き先は知人の知人(の知人?)の別荘でした。
売りに出してるそうなので、ここに泊まるのは今回が最初で最後になるそうです。

思ったより町中から遠かったので、徒歩でダルシャンに行くのはすでにあきらめました。
しんどすぎることはしないほうがいいはず。
自分がいらついたり疲れたらしわよせは間違いなく主名にいくし。
それにベビーカーもあるだろうし、それを預けるのもできるかどうかわからないから
タクシーに荷物を置いとくのがいいのかも。
しかし、自分でするときにタクシーがうまく手配できるんだろうか?
近くに公衆電話もなく。かなり心配。
こういうときは携帯があると便利ですね。普段使わないから持ってないですけど、
インドでは予定外の状況で使うことも多そうです。
しかしここはいったいどこか定かでないという。
もし自分らだけでタクシーで帰ってくる時、自分が道案内できるのかもかなり疑問です。

部屋は別といえども人と一緒に生活することになるので、必然的に心を開いてにぎやか感じになるのかと思ったら、
むしろ奇妙に隔離された状況、特殊な状況に入ったような気もします。
だらだら町中を散策したりということが減りそうです。
どっちみちダルシャンが始まれば時間の使い方も決まってくるでしょうけれど。

なんせ、状況に乗って、ここにきました。たぶん。
今後何がどう反応していくのかなあ。

今日の昼は管理人のおじさんにご飯を持ってきてもらい、
タクシーで知人と出てアシュラムによったり買い物をして帰り、
夕食は庭で栽培されているブロッコリーで知人がパスタをつくってくれました。
コダイカナルに来てからずっと私も主名もパスタを食べていなかったこともあり、おいしくいただきました。

主名はいっぱい相手をしてもらって上機嫌でした。
私と部屋で二人きりになるまでは!
なんか、主名はベッドに入ってから考え事をしているように見えました。
「世の中には自分のことをちゃんと相手してくれる人たちが存在しているというのに、
たとえ母親とはいえ、自分勝手なさわこに自分がこんなに執着しているのはおろかなことではないのだろうか」
・・・などと考えていたのでしょうか?(だったらいいな)

それとも単に、
「抱っこしてくれへんかな~、今言ったら怒られるかなぁ。だまっとこ。」
とか考えてたんでしょうか。
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【2007/04/25 21:58】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月23日 ヒョウが降りました。
4月23日 ヒョウが降りました。
コダイカナルに来て、2週間弱ですが、今までで一番すごい雨が降りました。
大粒の弾丸のような雨粒から始まって、まさにバケツの水をひっくり返したような豪雨。
泊まってる部屋の屋根がトタンなので、ただでさえ大きな音なのが、そのうちすさまじい爆音になりました。
主名も「部屋壊れる?」と聞いてきました。
あんまりすごいので外をよく見ると雨はヒョウに変わっていました。
午後3時から5時くらいまで2時間くらい降ったでしょうか。
夕方、やみました。

翌日ホテルをチェックアウトするためにATMでお金を引き出す必要があったので出かけました。
昨日、なんとなく借りたのですが、ぼけっとしてて1泊分に足りるお金を借りたけど、
3泊分プラスレンタル毛布代が12日分くらい120ルピーくらいかかったので
結局自分でお金を作らないといけませんでした。

今日はATMは問題なく使えました。

その後、べジタリアンのインド料理の店に夕食を食べに行き、
おいしかったんですけど、食べ終わるころにはまた雨が降っていました。
しょうがないので多少イラつきつつネットやに行って、雨宿りついでに少ししようかと思いましたが
主名がうんこ。がまんできへん。と言って、部屋を出る前にたくさんしてきたし、
どうせ気を引くためにいってるだけだろうと思って、
「おしめしてるしおしめでしたら?」
と言ったらほんとにおしめでしたのでネット終了でした。

15分刻みの料金なのですが中途半端に終わったので高めに払わされるし、
しかも私がお金を払ったすぐ後に停電になって、他の人たちもできなくなったのですが
その人たちは半端な時間の分は次回に繰越になったみたいで、少しのことなのですが、
ちぇっ、というかんじでした。

しばらく、雨がやむかと思って待っていましたが、やみそうにないのでタクシーに電話して
来てもらってホテルに帰りました。

タクシーのドライバーに26日にババが来ると言われ、
Are you happy?
と、聞かれましたが、いらついていたし、まあ、ね。みたいに答えました。

翌日チェックアウト予定だったので、夜中まで荷物整理をしました。
【2007/04/25 21:54】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月22日(またボートに乗った)
4月22日(またボートに乗った)

今日はまたボートに乗りました。
今日は奮発して、湖一周コースにしました。
こぎ手つきで160ルピー。約一時間。
ババのアシュラムの前まで行きました。
前見たときは人けがありませんでしたが、今日はセバダルのスカーフをした男性が何人かいたり、
他にも人がいて、活気がありました。

湖の横の木に変わった鳥がいました。
こぎ手のおじさんに教わってやっと分かりました。

キングフィッシャーというんでしょうか?
青いかわせみも見ました。

水鳥も泳いでいました。

主名はオールが水をかいて水面がかき回される様子が面白かったらしく、
ボートのへりから水面ばかり見ていました。

ボートは楽しいですね。ひとに漕いでもらうとなおさら。
学生のとき一時期ボート部に所属していて、楽しかったけど毎回心臓が破れそうでした。

ハネムーンのカップル用のボートはよりそってだらんと横たわれるようになってるので、
面白いから写真を撮りたいけど気が引けて撮れません。
コダイカナルはハネムーンの旅行先になってるみたいですね。
貸し自転車で2人でこぐ自転車に乗ってるカップルもよく見かけます。
女の人は全然こいでなかったりとか。

後思ったのは、日本だと足こぎボートは白鳥ですけど、インドだとくじゃくです。

前、違うババ情報を伝えてしまった旅行会社の人がいたので、
「ごめんなさい、ババきませんでした」
と言ったら
「26!」
といって笑っていました。
みんなちゃんと情報知ってますね。
あたりまえですけど。

今日はATMでお金を引き出そうと思って、ボートの後にATMに行きました。
そしたら機械が動いていませんでした。

しょうがないから日本円をルピーに両替しようと思って散歩しながらぶらぶら歩いていたら、
顔見知りの日本の旅行会社の通訳のインド人に会いました。
意外な出会いだったんですけど、お互い全然意外じゃないみたいに当たり前のように手を振って。
3日前に来たそうで。

なんだかんだしゃべって、今からどこに行くんですか?と聞かれたので
お金を引き出そうと思ってたけどATMが止まってたと言ったら、
彼はさっきそこでお金を引き出したところだというので、
もう直ったのかな?と思って一緒に行ってみると今度はシャッターが閉まっていました。

明日わたしは泊まってるホテルをチェックアウトするというような話をしていたので、
(私の勘違いで明日じゃなくてあさってでした)
彼は「お金、借りてください。今わたしもおろしたところだから」とか言いました。
でも、日本円を両替したらいいから、と言ったら
ここで両替したらレートが悪いでしょ、みたいに言われて、
結局なんとなく1500ルピー借りてしまいました。
4日まで彼はいるそうなので返すのはいつでもいいです、と言われて。

彼は仕事できてるので、ホテルとか探したり情報を集めたり忙しそうでした。
アシュラムで聞いたらやっぱり26日にババ様は来るといわれたと言っていました。
でもわからないです。とも。
予定変更とかしょっちゅうですもんね。

プッタパルティには行かないけどコダイカナルだけ来るお客さんとかもいるそうで。
そうだなあ、それがいいかも、と、私も思いました。
まだここでのダルシャンを体験してないですけど。
ババとの距離も近いそうですし。

今日はおもちゃを2種類買いました。買いすぎですね。
ひとつは、針金のパズルみたいなやつで、手で色々形が変えられて面白いやつです。
前、知り合いの外国人の奥さんにプッタパルティで日本に帰るときにプレゼントしてもらったやつです。
なかなか面白かったけど、主名が遊んでるうちにぐちゃぐちゃに壊しちゃって、
どこで売ってるんだろう、と思ったらコダイカナルに売っていました。
日本でネットでも見つけたのですが、それはヨーロッパのどこかの国製だったように思います。
2000円くらいしていました。
インドで売ってるやつはそれを真似して作ってるのかなと思います。
ひとつ75ルピーだか95ルピーだか言われました。

50ルピーにしてと値切って、結局2つ80ルピーで買いました。
どうせ主名が荒っぽく遊んだらすぐに壊れそうと思って、
自分のためのやつをキープしておきたかったので。これは私が欲しかったおもちゃでした。

別のところではおもちゃのギターを買いました。
一応弦が6本くらい張ってあって、
チューニングも一応できるようになっているプラスチック製のものです。
ミッキーマウスっぽいイラストが描いてありました。

これは150ルピーといわれたので、そんなあほなと思って、これも50ルピーで買いました。
主名は大喜びでずっと弾いていました。
一応ピックもついていたのですがこれは途中でどこかになくしました。
このおもちゃのギター、売ってた人は8本くらい持っていたのですが、
どれもこれもどこか壊れてる感じで、袋とかやぶってみんな開けてもらって、
いちばんマシそうなのを買いました。
おもちゃのギター、主名が持つとちょうどいい大きさで、ビジュアル的になんか面白かったです。
ベビーカーに座ってギターを弾き続ける主名が通るとき、道行く人はみんな笑っていました。
後で、チベット料理屋の店員にいくらだったか聞かれたとき、
50ルピーと言ったらふーん、、、みたいな微妙な反応でしたが、
最初は150ルピーといわれたといったらびっくり仰天した顔をしていました。

自然食品の店にも行きました。(エコナッツ)
行ったらいろいろ買ってしまって。
赤い豆があったから、ぜんざいでもしようかなと思って一袋買ったり。
大豆はそのうち煮豆をしようと思って。
ここのチョコレートもおいしかったからまた買おうと思ってたけどそれは買い忘れました。
野菜も、もうすぐ、至近距離といえども部屋を移動するし、
荷物整理しないといけないので買うつもりなかったけど見たら買ってしまいました。
にんじんと、たまねぎを。バナナも買いました。
あと、主名のキビ団子(キビで出来てるんじゃなさそうですけど)。
バナナのカップケーキみたいなのがすごいおいしかったのですが、最近いつも売切れです。
こういう店が行く先々にあるといいなあ。
この店に入るとき、
なぜかよく主名はそこらへんで売ってる添加物いっぱいのポテトチップスの袋を持って食べています。
というか食べさせてます。

ここの店はラマナの写真を飾ってあったりして、そういう店みたいです。
今、ラマナの本のコピーを読んでるからちょうどいいです。
ここ一ヶ月、これをちびちび読んでいます。

ネットカフェにも行って、途中で主名がうんこというので(すみません、こんなんばっかり)
席をそのままにして1ルピーの公衆トイレに連れて行って、帰りに20ルピーのアイスを買って
ネットカフェに戻りました。
高いだけあっておいしかったです。
しかし主名はおいしいものを知ってしまって、きっと店の前を通るたびにほしがると思います。
「こういうのは時々、やで」と言い聞かせていますけれど。
今日、蒸しピーナツも主名は気に入ったみたいで、「これも時々?」と聞かれて、
「これはいっつも食べていいよ」と答えました。

ネットカフェでお金を払うときに、このパソコンウイルスが入ってるかも、と一応言っておきました。
そのネットカフェで一台、ノートン(ウイルスが入ってないか調べるやつ)が作動してないパソコンがあって、
昨日そこを使ったので。昨日、ノートンバツ印になってるなー、と思ってて。
今日もバツ印のままでした。
「今朝、私のパソコンでウイルスを見つけたけどわたしはここででしかインターネットしてないから」
と、そう言いたかったんですけど通じたかどうか?ウイルスという言葉は通じたみたいで、
店員は私らが店を出た後そのパソコンを見てはいました。

日本に昼間電話して聞いたら、ウイルスの入ってるやつをチェストに移動したらそれでよかったそうで。
そんな簡単でいいのか、ちょっと不安だったんですけど、それでいいんだったらよかったです。

帰りにはもうATMは復活してたみたいでしたが、人通りの減った夜遅くにお金を引き出して
てくてく歩いて帰るのもちょっとなんなので、明日することにしました。

そういえば今日は大きいなべも買いました。なべ3つ目です。
あんまり買うと持って帰るのが大変かも。
部屋に帰って試しにお湯を沸かしてみたらばっちりでした。
そこが平たいやつなので、熱効率がいいみたいです。
でもふたになるものがないことに気がつきました。
他のなべのときに使ってる金属の丸いお盆みたいなやつでやると、落し蓋になってしまいます。
それでいいのかな。
【2007/04/25 21:53】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月22日ダルシャンを待つ夢
4月22日ダルシャンを待つ夢

今朝はダルシャンに行く夢を見ました。
夢では午後で、午後のダルシャンに積極的に行く気はなかったのですが、
知り合いがやる気を出してたので、つられて早くから行くことになりました。
別の、昔の友達と2人で大きな体育館みたいなところに行きました。
すでにたくさんの人が列を作って、係りの人の指示で順番に列ごとに座らされていました。

私たちが行くと、中央の通路側ではなく、外周の通路側の一番先頭に座らされました。
友達は残念がっていましたが、わたしは
なんで?一番前やしババがすぐ前通るやん。と、ラッキーに思っていました。
ババに渡す手紙を持ってくるのを忘れたことに気がついて、急いで部屋に取りに帰りました。
そういう夢でした。

コダイカナルに着てから3日目か4日目くらいにもダルシャンの夢を見ました。
その時は人が座るエリアの前から2列目の横から2列目という微妙な位置に座りました。

現れたババは、歌舞伎役者の格好をしていて白塗りで、見得を切るというんでしょうか。
歌舞伎の動作をしてなりきっていました。
そういう夢でした。

今日、パソコンを開いたら、トロイの木馬を発見しました。でもあわてることはありません、という
表示がありました。
なんでそんなウイルスが入ったんでしょうか???
今回インドに来る直前にパソコンを買って、実家のパソコンにつないだのとコダイカナルのネットやで
スティックメモリー?なんていうのか知りませんけどそれを使ったのだけなのでどっちかです。
しかし、インドに来る前の日になんていうんですか?ウイルスをチェックするやつをパソコンに入れておいてよかったです。
どうせネットにつながないんだったらいらないんじゃないの?とか言われたのですが。

昨日、メモリーがないとかいう表示が出て、イメージングに画像が取り込めなくなったのは
ウイルスのせいだったのでしょうか。
指示に従ってチェストに移動させましたがたったそれだけでいいんだろうか。
あとで誰かに聞いてみよう。
【2007/04/23 00:41】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(2) |
4月21日の日記(パーフェクトなひきこもり日)
4月21日の日記(パーフェクトなひきこもり日)

今日は、どこにも行きませんでした。
こういう日があってもいいかな。
ずっと部屋にいたら主名が水や味噌汁をこぼしたりして部屋が崩壊しましたが、まあいいです。
午後、出かけようかな、と思ったりもしましたけど、
というのは今日ババが来るという情報を何人かに言ってしまったので、
訂正できるなら出かけていってしようかなと思って。
でもそしたら雨が強く降ってきたりしたので、ああこれは出かけられないな、と、
喜んで部屋にいました。
ババはもうちょっと後みたいです。
さあ、忙しくなるかな、と思ったら、もう少しのんびりできそうなので、
コダイカナルに来てからの空白期間の日記を昨日、書いたりしました。

ちかくにスピーカーでもあるのか、あれはイスラムのお祈りの放送でしょうか?
すごい声が一日に何回か聞こえてきます。

出かけないとお金が減らなくていいですね。
今日は服の洗濯に10ルピー払ったくらいです。
しかし、1枚10ルピーです!
プッタパルティなら3ルピーです。
でもきっと乾かないからアイロンとかかけまくってるのかなと思います。
帰ってきた洗濯物はなんとも言えないにおいがします。
アイロンのすすのにおいでしょうか。
きっと、炭火のアイロンだと思うので。

かさばらないものはわたしもさっき自分で洗濯しました。
主名の薄っぺらいズボンやTシャツ、靴下や下着など。
調理用ホットプレート型コンロをずっとつけっぱなしにしてるので部屋があったかいです。
洗濯物も明日の朝には乾いてると思います。

主名は今日は夜はズボンもはかず足むき出しでした。
はきよー!と言っても「寒くないから」とか言って、
確かに部屋は暖かいですが、やせ我慢が入ってて、一瞬、ちょっと咳していました。
お風呂も、結構熱いお湯をバケツに入れてバケツ風呂にしたら、
「主名、熱いの好きになった」と言って、入ろうとするのですがやっぱりちょっと熱いらしく、
ちょっと浸かってから立ち上がるのを繰り返していました。
「ちょっと遊んでるだけ」
とか言って。
妙なやせがまん。

今日一日でインドのガイドブックをほとんど隅々まで読みました。
今回関空でなんとなく買ったのですが、マドゥライで観光するときなど役に立ちました。
買っててよかったな~、と。
どうせだから旅情報を投稿して、掲載してもらって最新判をもらおうかな。
コダイカナルはこのガイドブックにはまったく載ってないので、
たくさん情報を寄せたらコダイカナルの項目が次回からできるでしょうか??
でも、他にもわりと近くに同じような避暑地があって、それはちゃんと載ってて、
そっちの方が観光地としては魅力がありそうなので無理かな。

ガイドブックを見てたら色んなところに行きたくなります。

ああ、そういえばホテルの宿泊費というかデポジットを追加で4000ルピー払いました。
電話で言われて、私から出向きますと言ったのですけど、
仕上がった洗濯物を持ってきてくれるついでにホテルの人が部屋まで受け取りに来ました。
今日でここに10日目ですもんね。
思ったより長くいました。
合計8000ルピー払いました。
あと2泊で出るかもしれません。ということは後1600ルピー払わないといけないから、
手持ちの日本円をまた両替して、また、手持ちの現金ゼロ状態かー。
マスターカードでキャッシングする手もあるけど、なるべく引き出すのを先延ばしして5月に
するように言われてるので。
しっかし、わたしってお金がたまらない。循環がよすぎです。
【2007/04/23 00:39】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月15日の日記(無為の日)4月16日の日記(馬に乗った)
4月15日の日記(無為の日)

何をやったか何があったか忘れました。
湖の周りを一回りしたのは前日だったっけ。。。
たぶんそうですね。それは前日。
そんで、人や車があんまり多いんでびっくりしたと思います。
タミルニューイヤーということもあったようです。
湖の周りの道は渋滞になっていました。
観光の馬やレンタルの自転車が通るのも困難なくらいの混みようでした。
アシュラムの裏手のホテルを徒歩で見ようと思っていたのですが、
寝ていた主名がベビーカー上で起きたとき、猛烈に機嫌が悪くって断念しました。
まだ調子が本調子じゃないこともあったと思います。
泣きまくり。

15日は多分やる気も何もない日だったと思います。
来たばかりの、いっぱいいろんなことやらなくちゃいけない気分も主名の病気で消えうせ、
とりあえず急ぐ必要もなく。

4月16日の日記(馬に乗った)

16日は確か馬に乗りました。
観光用の。主名と2人で80ルピーでした。
湖沿いの道を1キロ行って帰る。
幼児が乗ってるので、馬は走りたがってましたが、すごくゆっくり安全走行でした。
なので1キロといえどもわりと長く乗っていました。
馬は他のより小さめの馬で、この馬もまだ子供だ、と、馬を引っ張るおじさんが言っていました。
馬は暖かかったです。
主名はたてがみにチョン、と、少し触っていました。
主名はもっと乗りたがっていました。
写真撮影10ルピー、とあったので、途中2枚ほど移したから100ルピー払うのかと思ったけど、
それは80ルピーに込みでした。
馬に乗った姿の写真だけ取りたい人は10ルピー、ということのようでした。

この日もなんだか精神的に「なぎ」のような一日でした。
馬に乗る1

【2007/04/23 00:37】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月14日の日記(わたしぐったり)
4月14日の日記(わたしぐったり)

主名は元気になりました。少しやせて、ふらふらになりましたが。
昨日買ったコンロをつけっぱなしにして寝たら部屋が暖かかったです。
危ないかな、と思ったけど、昼間もほとんどつけっぱなしで問題なさそうだったので。
初日も子供とくっついて寝てるから思ったほど寒くないし、ちゃんと寝れたなと思っていましたが、
コンロで部屋を暖めて寝たらやっぱり眠りの深さが違っていました。
ふか~く寝た~という気分で起きました。

朝、なべで日本の米を炊いてみました。
丸い金属のお盆みたいなのをふたにしてやってみました。
すぐ水がなくなってしまい、まだ芯があったので、おかゆになってもいいやと思って
水を足してさらに炊きました。
そのうち水がなくなってこげるにおいがしたのでコンロからおろして逆さまにして蒸らしました。

まあまあちゃんとできました。
芯もなく。
おにぎりにするにはちょっと柔らかいかなというご飯ができました。
のりにしょうゆをつけてそのご飯を巻いて食べたりしたらまあまあおいしかったです。
味噌汁も作ったと思います。
主名も喜んでいました。
彼はかわいそうなことに和食が大好きで。何の因果かインド暮らし。

ご飯を食べたら頭も体もすべて重くなって、起きていられなくなりました。
寝ました。
2,3時間は寝たと思います。
なんか、自分で作ったご飯を食べたらぐったりと重くなる傾向があります。

主名の
「さわこ~、うんこでた~、もうおわり~!」
と、トイレから呼ぶ声で目が覚め、おしりをふきに行きました。
自分でトイレに行けるのに何で普段は自分で行かないんだろう。
「あるけれへ~~~ん」とかいって。
そんで、わたしが全然使い物にならないときはちゃんと分かってて自分で用を足すという。
3歳児って、自分でおしりふけそうな気もするけど。。。
教えてないけど。

主名は部屋でご飯を食べるのに味をしめて、外に行きたがらなくなりましたが、
わたしは、なんか自炊ばっかりが続くと血統書つきの猫や犬みたいに純粋ゆえの虚弱な気分になって
あんまりよくないので、外の風を入れに、夕食は確か外に食べに行ったと思います。
それか買って持ち帰ったか。
もう忘れました。これ書いてるのは21日の早朝だし。
【2007/04/23 00:35】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月13日の日記(主名ダウン)
4月13日の日記(主名ダウン)

前の晩から主名は下痢と熱でした。
下痢もとうとう水状になりました。
夜中に何回もトイレに連れて行き、私も疲れました。
喘息は出てなかったのでその点は気楽でした。

無理はしないほうがいいなと改めて思いました。
前の日、別のホテルを探さなきゃという気持ちもあってがんばってあちこちうろうろしたけど、
その反動で翌日は全然動けなくなってますから。

自炊セットや食材をそろえてよかった。役に立った。
しかし、これを買いに行くことでも主名に無理がかかったかもと思いました。

下痢のときは水分補給しなきゃいけないと思いましたが主名はあんまり飲みたがらなくて。
食べるのもしたがらなかったです。
でも私はお腹がすくし一緒になって体力落とすわけにも行かないので色々食べたり飲んだりしていました。
主名は朝になって、コーンスープを飲んだら吐きました。
りんごを食べたがって、実際おいしいりんごで。
下痢してるからもっと消化のいいもののほうがいいだろうなと思いましたが
食べたがって、おいしそうにどんどん食べたので食べさせました。
その後、そっこう下痢で出てました。

熱が出てて、あついあついといってました。
しいたけのスープはわたしにとってほとんど信仰のように、熱さましを意味してるので、
午後になって、ラーメンを作るときに乾燥しいたけでだしをとって作って、
しいたけそのものは食べさせなかったけど、
麺やスープを飲ませたら熱が下がりました。
下痢もそのうち止まってきました。
これで私のしいたけスープ信仰は強化されました。。。

パズルとかDVDとか、喜びそうなものを出してきて遊ばせたり一緒に見たりしてるうちにすっかり元気になりました。
1日で回復するとは思いませんでした。
しかし具合が悪くなると気が弱くなるみたいで、ずっと横に座って手をつないでいることを要求するので
動けません。
しかしそれがきっと彼のやりたいことだったんだろうなと思います。
マドゥライでは楽しく過ごしてたけど、コダイカナルに来て、私もなんか急に主名に嫌気がさして
うっとおしくなって、邪険にしていたので。
そのギャップを病気になって強制的に一気に埋めた気がします。

ミネラルウォーターがなくなったので、ホテルの横の小さな店に、夜の9時前くらいに主名を抱いて
買いに出ました。
この日外に出た、それが最初で最後でした。
【2007/04/23 00:34】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月12日の日記(ヤガッパあるじゃないですか)
4月12日の日記(ヤガッパあるじゃないですか)

前日見るだけで通り過ぎた湖沿いの公園で、主名を遊ばせました。
管理するおじさんがいて、鍵を開けてくれました。
いくつか遊具もあって、こんな公園があるとは、やっぱりコダイカナルはなんというか洗練されてるなと思いました。
主名は喜んで遊具のはしごをしていました。

そのうち別のインド人家族も何組か来て、遊ぶ子供たちが増えました。
上流っぽいインド人家族の兄弟が2人で遊んでいるのを見て、
主名も一緒に遊びたくなったようで、「こっちに来るかな」などと私に聞いていました。
その子達の両親も気をつけて、一番年少の主名が一緒に遊ぶのを見てくれました。
一緒に遊ぶというか、その子達の遊びに主名をまじらせてくれたり、主名が遊ぶのを手伝ってくれたり
というかんじで、すごくやさしかったので、育ちがいいんだなあと思いました。

育ちが悪いというわけではないですが、アシュラムに来てる外国人の子供はきつい子が多いので。
インド人の子供は優しくて無邪気で、問題なく一緒に遊べることが多いのですが。
民族性の違いなんでしょうか。

主名ははりきって、あっちの遊具こっちの遊具と走り回って遊んでいました。
ずいぶんな運動量でした。

コダイカナルは2000メートル以上の場所にあるので、その分空気が薄いです。
公園を出てしばらくしてから主名は「しんどい」と泣きが入りました。
抱っこをせがまれましたが、私もしんどいし無理なので、
座って抱っこしてましたがいつまでもそうしてるわけにいかないし、
泣くけどベビーカーに乗せて移動しました。
じっと座ってればそのうち落ち着くだろうと思って。

さすがリゾート地。公衆トイレがあちこちにあります。

しかし、アメリカが開発した土地ということでインド人としての魂を抜かれてるのか??
寒いからか、基本的にここのインド人はみんなちょっとさびしくて暗い印象を受けました。
マドゥライの人の濃すぎるくらいの情と熱気をたっぷり吸い込んで来ただけに
余計そう感じたのかもしれません。
インド人としての魂のない、空虚な土地だからサイババみたいな濃い存在が入ってこれるのかな
とか勝手に思ったりしました。
しかし、街の空気を受けてわたしもちょっと頭の上に灰色な雲がかかるような気がしました。
基本的にちょっと憂鬱、というふうな。
クールといえばクールな。

インターナショナルスクールが街の中心にどんとあって、そこに通ってるらしい学生も
たくさん見かけられて、
サイババの学校の超純粋培養箱入りな潔癖さの印象を見慣れているので、
インターナショナルスクールの生徒がやさぐれて見えてしょうがなくて。。。

そのうち主名はベビーカーで寝ました。
わたしはあちこちベビーカーを押して歩いて街を見て回りました。
パン屋さんでパンを買ったり。

雨が降ってきたのでベジタリアンのレストランで雨宿りしました。
食事をするつもりはなかったのですが、なんとなくなりゆきでミールスを頼んで食べました。
ご飯がおいしかったです。
カレーは辛くていつものごとくあまり食べられませんでしたが、
煮物か和え物みたいなおかずなど、何種類かでご飯を食べました。
スイーツがとてもおいしかったので、主名、起きてたらよかったのになあと思いました。

チャイも頼み、飲み終わるころには雨も上がっていたので店を出ました。
そのままホテルの部屋に帰って休もうかとも思ったのですが、
昨日、ヤガッパがクローズだと聞いて、ショックだったけど、
もしほんとにそうだったらババと一緒に移動してきてそこに泊まるつもりの人で、
困る人がいるだろうから、もう一度ちゃんと自分で確認しようと思って徒歩で行ってみることにしました。

簡単な地図をもらっていたのでそれを見ながらこっちかな、と進んでいきました。
途中で主名が目を覚まし、「今どこ行ってんの?」とか聞いてきました。
私は食べたけど主名はまだなので、さっき買っておいたピザみたいなパンを食べさせながら行きました。
私は食べてないけどおいしかったみたいです。

またもや、こんなに歩くはずはないから絶対違うだろうな、というくらい歩きました。
すでにトレッキングの気配。
さらにぐんと上り坂になる手前で、そこらへんにいる人に道を聞きました。
そしたらやっぱり行き過ぎまくっていました。
今思えば観光ポイントの入り口に入るゲートのところで道を聞きました。
道を聞かれて教えてくれた人は、
「道を戻っていったらここと同じようなゲート(多分その観光ポイントの出口)があるからそこを
右折。ヤガッパは有名だから誰に聞いても分かるよ」と教えてくれました。
その後何回か人に聞きつつ、ヤガッパにたどり着きました。
私の昨日のショックなど関係なく、そこに堂々とありました。
前日連れて行かれたところは完全に違うところでした。

広い庭を抜けて建物の中に入るとおじさんが電話していました。
電話が終わるのを待って、
「今、別のホテルに泊まってて、16日までの分、料金を払ってるけど、その後の部屋をさがしてます」
みたいに言って、ヤガッパの空室状況とか料金とか聞きました。
部屋も2つ見せてもらいました。
1階の1号室の部屋は4つベッドがある部屋で、いくつかの部屋に分かれてて、広くて驚きました。
聞いてたとおり清潔で感じがよかったです。
2階の9号室は2つベッドがある部屋で、自分たちが借りるならこのタイプだと思いました。
主名も迷いなくこの部屋好きと言っていました。
どちらの部屋も風呂場に、どれくらいちゃんと動くのかは知りませんが湯沸かし器が着いていました。
私もいいなと思って、
ほとんど借りるくらいのつもりになりました。
ただ、料金は350ルピーと聞いていたのですが、それはどうもベッドひとつ分の値段だったようで、
1号室なら990ルピー、9号室なら770ルピーということでした。

(なんとなく、このおじさんはクリスチャンなんだろうかと思いました。
コダイカナルは教会がいっぱいあります。)

おじさんも最初はぶすっとして見えましたが、話し始めるとすごく感じよくなって、
やさしくなりました。
わたしがもし移動するなら16日で、今予約を入れて決めてしまえないけど、もし来るなら電話しますと言ったら、
おじさんは、OK!あんたの顔を覚えてるから大丈夫だよ、みたいに言いました。
(でも行ってないし電話も入れてなくて、ほとんど行くつもりだっただけにちょっとごめんなさいという気持ち)

ババが来ても料金は変わらないと言っていました。
この2ヶ月だけしか宿をやってないといっていました。
それと、おじさんは、サイババは来ないよ、ノープログラムだよ、と言っていました。
サイババ来るの?と聞かれて、
他の人は20日くらいに来ると言ってるけど、知らない。と答えました。

ヤガッパを出て、街中で自炊道具を買いました。
店の人はストーブ、と言っていましたが、調理するコンロを買いました。
コイルがむきだしのやつが300ルピーくらいで、上に金属が覆ってあって
ホットプレートみたいになってるやつが600ルピーくらいで、
コードがどちらも別売りで80ルピーくらいだったと思います。
大きくて重いけど、ホットプレートみたいなやつを買いました。
コードはその場で切ったりつけたりして合うやつを作ってくれました。
あと、食器洗いとかノリとか主名のおもちゃをせがまれて、ラジコンだったし絶対高いから、
30ルピー以下だったか買ってやろうと思って、絶対30ルピー以上だろうと思って値段を聞いたら
30ルピーだったので買いました。

ネットカフェもまた行ったと思います。
主名は買ったラジコンで遊んでいました。
他の、目に付いたホテルにも行ってみたりしてみました。

後、別の店でなべを2つ買いました。あと、スプーン、フォーク、お玉、トレーなども。
なべは中くらいのがアルミだったので、アルミってなんか体によくないのが出るんじゃなかったっけ、
と思いましたが他のがなかったので買いました。
小さいのはスチールでした。
どちらもそこが丸いタイプので、ホットプレート状のコンロだと安定しなくてぐらぐらしました。
しかし、アルミはやわらかいので、コンロに乗せて、ぐっ、と押したら変形して安定しました。

スーパーで食糧も買い込みました。
すごい荷物になりました。

ホテルに帰ったら従業員が2人で荷物を運んでくれました。
昨日、運んでくれた少年にチップを渡したのを知って、一人で間に合うのに2人来たのかなと思いました。
でも、今日は渡さなかったら、2人はたぶん「今日はなかったな」などと言いながら帰っていきました。
たぶん、このホテルでは基本的にチップは必要なさそうな雰囲気のように思います。
でも、従業員は少年だし、チップくらい上げてもいいんじゃないかという気にもなります。
微妙な気分です。
すれたおっさんだったら自分のほうから要求してきたりするだろうけど、
日本だと労働基準法に違反するような少年たちだし、ただ働きの丁稚奉公みたいな状況なのかなと思ったり。
そういう少年たちの労働力を搾取して、ここのホテルのルームサービスはいい、
という風になってるんかなと思ったり。

晩御飯は外で食べたかどうしたか忘れましたが、
主名は部屋に帰ってから具合が悪くなりました。
空気が薄いところに来て間もないのに公園で遊びすぎて疲れたのと、
雨宿りしたものの少し雨にぬれたのと、出歩きまくりすぎや、
なにか食べ物も合わなかったのかもしれません。
私が疲れて、やさしく相手するような余裕を失って、うざったがっていたのも原因としてあると思います。
夜遅くから下痢して、熱が出ました。
【2007/04/23 00:32】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月11日の日記(マドゥライ発~コダイカナル着)
4月11日の日記(マドゥライ発~コダイカナル着)

朝、9時半にタクシーの予約をしていたので、9時過ぎに荷物をまとめてホテルの下のロビーに降りました。
チェックアウトをしようとしたら、1泊500ルピーの約束のはずが550ルピーで計算されていたので
そう言っても通じなかったので、値段交渉の時にいた責任者っぽい人に電話して聞いてもらいましたが
やっぱりだめでした。
あの人に聞いてもだめなら無理だと思ってあきらめました。
今度からは文章にしてもらおう。と思いつつ。

タクシーでほぼ定刻に出発し、もしコダイカナルでお金が下ろせなかったらやばいので念のため、
街を出る前に、マスターカードの使えるATMに寄ってもらってある程度のお金を引き出しました。
(コダイカナルのATMもVISAやマスターカード大丈夫でした)

街を走リ抜け、川沿いの道を走りました。
ドライバーが、
「マドゥライの地図を持っていますか?あれがなんとか川(覚えられませんでした)です。」
とか言いました。
でも水がないです。と言ったら雨が降ってないから。とか言って笑っていました。

1時間ほど走って休憩したと思います。
主名はシートに横になって熟睡していたので、置いて外に出て、お茶を飲んでトイレに行って、
また出発しました。
休憩後、しばらく走るとすぐに山道になりました。
山道前の休憩だったようです。

山道のはじめの方は高所からの眺めのよう景色が楽しめました。
眼下にやしの木の林などが小さく見られました。

さらに行くと山々の間を抜けるようなヘアピンカーブの連続になって、眺めも単なる森の中でした。
はじめのうちは運転をすごく注意深く、子供仕様か?というような感じでしてくれていました。
神経が続かなかったのかもういいだろうと思ったのか、
最後の方はそんなむちゃくちゃ丁寧でもなく、普通になってましたが。

主名は山道のはじめの方は寝てて、中ほどでいっぺん起きました。
この山道で大人も子供も吐きまくると聞いていたので、あえて今日は朝ごはん抜きで山道に挑みました。
で、起きた主名がお腹すいたと言ったので、キャラメルを何個か食べさせたら満足したみたいでした。
横を向いて窓の外を見たがったので、
ちゃんと前むいとかな吐くで。と言って、まっすぐ座らせて前を向かせました。
そしたら主名はわたしに対しても「ちゃんと前むいときや」などと指図してきました。
そのうちまた主名は寝ました。

だんだん気温が低くなってきて、半そででは寒いくらいでした。
ずっと窓は開けっ放しだったので、山の新鮮な空気が入ってきました。

道沿いにある、コダイカナルまで後何キロとか書いてある表示を見ながら行きました。
3時間半くらいかけて、午後1時くらいに到着したでしょうか。
さすがにマドゥライから出発したのでそんなに疲労はなかったです。
主名もほとんど寝てたので、心配していた吐きまくり状態はまぬがれました。

コダイカナルの街中に入ったので、サイババのアシュラムはどこですか?と聞いたら
見たいですか?と言われたので、
イエス。わたしらの目的はサイババのダルシャンなので。と言ったら、
「アッチャチャチャチャチャ」
などとドライバーは言いました。
「ハァイハイハイハイハイ」
ということなんでしょうね?
ダルシャン目的だと言ったらドライバーの脳内回路がつながって、私たちに対する不透明さが急にクリアーになったような。
そんな様子でした。

湖沿いの道に車を走らせ、
これが、テレビやネットで見たコダイカナルのアシュラムかー、と、一応見て、
その後ホテル探しをすることになりました。

ドライバーが700とか800ルピーの安いホテルを知ってると言ったけど、
私は前もって、200~350くらいの宿があると聞いていたので、
(でもこれはたぶんドミトリーのベッドひとつ分の値段と後でわかりました)
私らは1ヶ月くらいいるつもりなので高く設定したつもりで400ルピー以下のところがいいと言いました。
そしたらまあ行きましょう、ということで行きました。
途中でコダイカナルのタクシードライバーが助手席に乗り込んできて、一緒にホテル探しをしました。
マドゥライからのドライバーは「彼は友達だ」と言いました。
1ヶ月滞在するんだったらいっそのことアパートみたいなのはないのか聞いたらないと言うことでした。
家族向けのコテージはあるけど、2人だけの私たちにとっては高くつくみたいでした。

最初に行ったホテルは400ルピーで、ババが来たら800ルピーとのことでした。
800ルピーになるんだったらちょっとなあ、と思って、でも一応部屋を見せてもらいました。
最初に見た部屋は狭いけど狭いだけに暖かそうで、壁になぜか日本のお城の写真が飾ってありました。
次に見た部屋も同じようなもので、3つ目に見せてもらった部屋は別館にある離れといった雰囲気のところで、
階段をいくつも降りていった先でした。
ホテル自体が坂に建っているので。
その部屋は平屋でプレハブみたいな質素さがあったけど中は明るく、広々してて気持ちよかったです。
広いから寒いかもとは思いました。

でももしサイババが来て800ルピーになると予算オーバーなので別のホテルを見に行きました。
隣のホテルのおじさんも見に来てくれ。見るだけでいいからというので行ったらとてもいい部屋でした。
なのでべリーナイス。ハウマッチ?と聞くと1200ルピー。というので次に行きました。

そんな感じでたくさんのホテルを回りました。
大体が800~900で、少し気が利いた感じのところは1200とかでした。
いくつかのホテルのタリフ(料金表みたいなやつ)をもらいましたが、
今思えばどうせだったら全部のホテルのをもらっておけばよかったかな、と。
なんせ、400ルピー以下という、今思えばありえない値段で探したので、予算に合うホテルのあるはずもなく、
コダイカナル中の安目のホテルを行き尽くしたと思います。
でも初めて来た場所で土地勘がないのでどこをどう回ってるのかもよくわからず。

タクシーのドライバーも文句を言わずよくつきあってくれたものだと思います。
紳士なドライバーでよかった。。。と思いました。
しかし、ホテルの相場に対してさすがに自分の予算が低すぎるので、
ドライバーにも申し訳なくなりました。

一ヶ月いるというと普通は割り引いてくれたりするのですが、コダイカナルは今がシーズンで、
シーズン中は料金も高くなるし、サイババが来たら最高に高くなるということで、
割引は無理そうでした。
私らは早く来たからホテルも空いてるしまだ安いけど、
サイババが来たらホテルはみんな満室になるとかなんとか。

アシュラムの裏手の坂の上のホテルも行きました。
満室のホテルか、やはり900ルピーとかそういうホテルだったと思います。
そこはアシュラムには歩いてだと5分くらいでいけるけどタクシーではいけないとのこと。
歩いて5分の道は車が通れないような道なので。

コダイカナルのタクシードライバーいわく、もうどこもないよ、という風になったので、
あんまり行くつもりはなかったけど、
ヤガッパはどう?と350ルピーだけどアシュラムから遠いと聞いていた宿のことを
そのコダイカナルドライバーに聞いたら
「ヤガッパを知ってるの?」と言われたのでイエス、と言って連れて行ってもらい ワした。
そしたら行ってみると連れて行かれたその場所は工事中で、ドライバーに「ヤガッパはクロージング」と言われました。
(翌日自分で徒歩で探して行ったら、ヤガッパはちゃんと営業していました)
ええっ?と思って、ここに泊まる予定のサイババ関係者いっぱいいるだろうに、どうするんだろう?
と、ちょっとショックでした。

じゃあ、YMCAは?と、遠いけどここもやはり200台~300ルピー台と聞いていたので
そのドライバーに聞いてみたら、YMCAも700ルピーくらいで、
あそこはすごくいい部屋だから、みたいに言われました。
YMCAはどっちみちすごく遠いと聞いていたので見に行くのはやめました。
そのドライバーいわく、どこのホテルでもタクシーだとダルシャンに行くのに片道50ルピーとか言っていました。
サイババ関係の知り合いに聞いた値段は1日100ルピー(2往復?)とか、片道20ルピーとかです。
でも今の時点では他のドライバーも60ルピーとかみたいなので、実際にサイババ関係で人がたくさん来ると
客引き競争で相場が下がるのかもしれません。

今思えば、このコダイカナルのタクシードライバーはあんまり正直じゃなかったかもと思います。
言葉の不自由さでしばしば誤解があったりもするのでヤガッパの件も真相はわからないですが、、
たくさんのホテルを回ったときも、あるホテルはドライバー自身が聞きに行くから車で待っててと言ったり、
別のところでは私自身がオーナーと交渉してくれと言ったり、その使い分けも今思えば不鮮明。
多分、ヤガッパに客を連れて行っても手数料をもらえないところだったので、クロージング、とかいって
私たちを連れて行かなかった、というのが真相じゃないかと思います。

マドゥライからのタクシードライバーは終始無口でした。
きっと、彼はヤガッパがどこかくらいは知ってたでしょうし、でも言うにいえなかったのでしょうか。
単に押しが弱い人だったりして。

後でもう一人のコダイカナルのタクシードライバーが現れて、この人はあとで、ドライバーじゃなくて
タクシーやスパイスなどの店のオーナーだと知ったんですけど、
マドゥライからの紳士なドライバーはこの人もまた友達だとわたしに紹介して、
自分の連絡先の名刺の裏には最初のコダイカナルドライバーではなく、
この後に現れた人の電話番号を書いて渡してきました。
なので、最初の人は仕事上の知り合いで、後の人がほ ・ニに友達なんだろうなと思いました。
雰囲気的にも共通したものがあったし。
(なので、後日この人を通して何度かタクシーを送ってもらいました。)

結局、最初に見たホテルにとりあえず泊まることにしました。
ところが、400ルピーではなくて、800ルピーで、
3日後にシーズンに入ると1200ルピーになると言われました。
(これを書いてて、だまされてるんじゃないかという気もしてきました)
なので、えー、そしたら無理だとか言ったら1200ルピーはババが来たらでいいというふうに
ホテル側が譲歩しました。
それでも1200ルピーになったら泊まれないのでしぶってたら、
後からのコダイカナルドライバーが、もしババが来なかったらずっと800で泊まれるんだし、
ここはルームサービスがすごくいいからいいよ、みたいに言ってきました。
(後で、彼の友達もこのホテルに宿泊してて、そこの部屋にこのドライバーというかタクシーオーナーが遊びに来ていました)

どうしたもんだろう、と思って、知り合いに電話して状況を話して、
意見を聞いてみようと思って、ホテルの横の店で電話してみましたが通じませんでした。
後からのタクシーオーナーが自分の携帯でもかけてみてくれたりいろいろしてくれましたが
つながらなかったのであきらめました。

わたしもいっぱいホテルをまわってコダイカナルについてからすでに2時間くらい経ってたし、
主名もわたしも部屋を気に入ってはいたのでとりあえずのつもりでここにしました。
3つ目に見た、広くてちょっと寒そうな簡素な雰囲気の部屋にしました。
1つ目に見た狭くて暖かそうでお城の絵が飾ってあった部屋はすでに誰かが借りていました。

マドゥライからのドライバーを2時間も余計に拘束してコダイカナルをうろうろ運転してもらったので、
せめて200ルピーくらい余分に渡そうと思っていたのですが、
出すときには手が勝手に100ルピー渡していました。
でも彼はにこっと笑って御礼を言って帰って行きました。

ホテルに前金を8000ルピー払うように言われたのですが(もし早めに宿泊を切り上げて、
宿泊費が8000ルピーに満たなければ返金)10日分もいっきに払うのに抵抗があって、
そんなにいるつもりもなかったので4000ルピーでいいかと言ったら
はっ、と笑われました。
そして、ババが来たら1200ルピーになるというのはこのホテルでは通常のやり方ではないみたいだっ スので、
これは文章にしてもらっておいたほうがよさそう、マドゥライのホテルでのこともあるし。と思い、
料金の条件を紙に書いてほしいと言ったら、
ホテルの人は、自分が覚えてるから大丈夫、とか言いました。
でもわたしは英語が達者じゃないから文章にしておいてほしい、となおも言ったら、
ホテルの人は嫌気がさしてて、自分は文章にサインするから文章はあなたが書いて。みたいに嫌そうに言いました。
とは言っても、なんて文章にしたらいいか分からなかったので結局その人に聞きながら書いたんですけど。

で、部屋が決まったらホテルの人たちがわらわらと荷物を部屋まで運びました。
サービスする人たちはみんな若い、少年がほとんどでした。
わらわらっと運んで、チップとかわたすひまもなく、またみんなわらわらっと去っていきました。

気分的に疲れたけど、体力的には元気だったので、荷物が部屋に落ち着いたら街に出ました。
湖に向かって坂を下りていき、交差点のところで道を聞いたらそこらへんにいた人に、
ババのアシュラムの近くに貸す部屋があるから見に来てくれと言われました。

この日泊まったホテルに長居する気もなかったし、なんでも見てみようと思って見に行きました。
案内人についていって、渡し舟に乗って湖を渡り、小道を入っていくとアパートみたいな
2階建ての建物がありました。
静かでいいかんじでした。
部屋を見せてもらうと広いし、大きなキッチンがあって、自炊するならその案内人が
料理ができるように全部手配するとかいうし、お風呂も湯沸かし器がいちおうついてて、
これで1日700ルピーならいいかもと思いました。
主名に、「ここいいと思うわー」とか言いましたが主名はいやと言っていました。
建物のオーナーと直接はなしをしてと携帯を渡されて、話してみたのですが
通じなかったので案内人に間に入ってもらって聞いてもらいました。
そしたらその部屋は1200ルピーの部屋でした。
で、ババが来たら1500ルピー。
700ルピーの部屋は別の部屋で、案内人がちゃんと把握してなかったようでした。

700ルピーの部屋を見せてもらうと、狭くて汚くて病気になりそうな部屋でした。くさいし。
バスルームの暗さと汚さはいやすぎました。
で、そこもババが来ると1000ルピーと。
こんなところに700ルピー出すんなら、今いるホテルの800ルピーのほうが文句なしにいいので
もし借りるなら電話すると、案内人の電話番号を聞いて去りました。
大きいほうの部屋は悪くなかったのですが、
通常で1泊1200ルピーは無理です。

また2ルピーの渡し舟に乗れて、主名は喜んでいました。
案内人にチベット料理の店への行き方を聞いて、行きました。
チベット料理は、おいしいと聞いていた2階にある店に行って食べました。
おいしかったです。
その日は車酔い防止のため、まだほとんどろくなものを食べていなかったのでなおさらでした。

ご飯を食べた後、ネットカフェに行ってメールチェックをしました。
日本語で書けるようにはなってなかったのですが、
店の人が日本語で書けるように設定してくれました。
何時まで店はやってるのか聞いたら10時までと言ったので、書きたいこともたくさんあったし
10時まで店にいて、帰りました。

ところが暗くなると初めての場所でうろ覚えの道が余計に分かりづらく、帰り道が分からなくなりました。
ホテルに電話をして聞こうにも、電話をかけられるようなところもすでに
みんな閉まっていました。
人通りも極端に少ないし、道によったら街灯も少ないし。
通りがかる車やバイクをとめて道を聞くのも逆に危ない気がして。
送ってあげるから乗って。とかいわれても困るし。

大体の方向であちこち歩き回り、
ここだと思う道をかなり歩きましたが上り坂でしんどいし、どんどん山深くに入っていって、
こぉ~んなに長い距離を歩くはずはないし絶対違う。というわけで引き返してまた別の道を行ったり。
完全に道に迷った。道分からんわ。とベビーカーの主名に言いながらひたすら歩きました。
主名は主名で「こっちと思うわ」とかなんとか適当なおしゃべりをしてくれて。

きっとこの道、と思った、これまた極端に急な上り坂を登りきって、
これもこんなの絶対違うみたいだけど、どうするか?明かりがついてる民家のベルを鳴らして聞こうか。
とか思いながら惰性でというかやけくそで進んでいたらかんじのいいホテルの庭先に出ました。
ちょうどそこに、ホテルの中からだれか用事をしに出てきていたので、
ここの人ならきっと大丈夫と思い、ホテルの真っ暗な庭にベビーカーでずんずん入っていってその人に
「道に迷ったんですけど」とか言って、自分のホテルのカードを見せました。
それを見て「うわぁ~お」とその人はちょっと驚いて、
ホテルへの道を口頭で説明してくれました。

お礼を言って行こうとしたら、
「ちょっと待って、一緒にいってあげる」
と、その人がついてきてくれました。
一瞬気が緩んで泣きそうになりましたがすぐ引っ込みました。
すっかり気が楽になって、その人と楽しくしゃべりながら歩いていきました。
今日着いたばかりで、聞いてたよりコダイカナルのホテルは高かったからびっくりした。とか言ったら、
いくらのとこに泊まってるの?ときかれたから800と言ったら、
高くない、という意味で、「いい値段だ」と言われました。
自分のホテルは1200だか1300だかだよ、とか言っていました。
わたしのホテルの看板の明かりが見えるところまで来て、あれがそうだと教えてもらいました。
うわー、すごく近かったんだーと思いました。
道に迷って、す~っごく遠くまで行っていました。
そこでその人は自分のホテルに帰りました。
(何日か後に、道の向こう側からわざわざ道路を渡ってきて、この人が「元気?」と声をかけてくれましたが
私の方は誰か忘れてました。「自分のこと覚えてる?」とか言われてやっと思い出しました。
いや、ほんと、その節は有り難かったです)

私が自分の泊まってるホテルに入ると、ロビーに従業員が並んで毛布に包まって寄り添いあって寝ていました。
駐車場係のおじさんに「道に迷っちゃって」みたいに言ったら、いつでもホテルに電話したらいいんだよ
とかやさしく言われました。
一番若い、10歳くらいじゃないかと思うような従業員の男の子がベビーカーを部屋まで運んでくれました。
若いし、行けと言われたのかなとか思いました。
泊まってる部屋は階段3階分か4階分降りたところの離れの建物にあるので少し離れています。
本館と離れの間に階段のところで、昼間、はっ、とか小ばかにして笑った人が階段を上がってきたのに
会いました。帰りが遅かったから心配してわたしらの部屋を見てたんだろうかと思いました。
ベビーカーを運んでくれた男の子に、寝てるところを起こして悪かったと思って10ルピーわたしました。
最初、受け取らなかったのですが少し後に、受け取りました。
このホテルは従業員にチップは渡さないことになってるんだろうか、と思いました。

部屋に入って時計を見たらすでに11時半くらいだったんじゃないかと思います。
無事に帰ってこれてよかったです。。。
紫の花と犬
紫の花と犬

下り坂より
下り坂より

夕方の湖
夕方の湖
【2007/04/23 00:26】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
画像
デジカメの画像をそのままアップロードするのは無理みたいですね。
大きすぎて。
今、雨で、ネットカフェにほかに客がいないので
やってみようかと思いましたが。
勝手にかるくしてはくれないみたいです。
今ほかのも見たら、タミルオームのみ、可能でした。
20070421004258.jpg

この、タミル語のオームの上に並んでいる光はミーナクシ寺院の塔の光です。(←説明がなかったらわからない!)
【2007/04/21 00:42】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) |
頭からフライドライス
主名は今日はふざけすぎてイスからひっくりかえって、頭からフライドライスをかぶりました。。。
【2007/04/21 00:14】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
のびました?
ババが来るのが少し伸びたそうです。
やばい。けっこうほかの人に言ってしまったかも。
ババ関係のことはあんまり人に言わないのが無難かもしれませんね(^^:)

明日来ると思っていたので、やり残したことはボートに乗ることくらいだったので、今日は30分80ルピーこぎ手つきのボートに乗りました。
こないだ乗ったのは一回2ルピー5分で向こうにつく渡し舟だったので、
今日のはちゃんと観光客用で。
主名は、乗ったとたんにこれが終わったらまた船に乗ろうねとか言っていました。
船の上は違う時間が流れているようで楽しかったです。
降りたら雨がぱらぱらと降り出したのでレストランに入ってご飯を食べました。

今日は2回目、日本の米のご飯をなべで炊いてみました。
今日のは80点くらいのできでした。
これ以上はなべで炊くなら求めるのは無理かなというところで。
上手に炊けました。
すこしおこげもあり。
今日のはおにぎりもできるなと思いました。しませんでしたけど。
こないだのはとにかく芯のないようにという目標設定だったので柔らかくておにぎりは無理でした。

でも、米のご飯を食べた後は食べすぎなのかもしれませんけど、
起きていられなくなって1時間とか寝てしまいます。
で、なんかやる気がなくなります。
なんでかな。
米のごはんて、なんか気分を食べてるようなところがあるんでしょうね。
食べた後、なんか、すごい、やる気がなくなる。
なんででしょう。
【2007/04/21 00:10】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月19日
今日は昼間、すごい土砂降りでした。土砂降りだと今いる部屋、すこおし雨漏りします。
でもバケツを置いて、ノープロブレムです。

そろそろホテルを移動するかもしれないので、今日は部屋で荷物整理をしていました。

朝昼兼用のご飯は、パンと、野菜スープにしました。
今日は一日部屋にいようかと思いましたが、空気も気持ちいいし、日が暮れてから町に出ました。

そろそろホテルに支払いしないといけないかもと思って、一万円をルピーに両替しました。
こないだは3400ルピーでしたが、今日は3350ルピーでした。
しかし、マドゥライで両替したときはたしか3200ルピーだったんですよね。

そこは旅行会社でもあったので、私の前に、白人の2人組の女性がプチ旅行の手配をしていました。3泊くらいの。
ババが来るのを待ちくたびれたのか。
ババが来たら旅行の予定は変更すると言っていました。
時々、サイババ待ちの白人を見かけます。
「サイラム」
とかいって。

ネットやに日記をアップしに来たら、近々ババがコダイに来るとの情報が。
よかった。
そろそろ、やることなくなってたので。
それもいいんですけど。
優雅なコダイでの日々はあとわずかとなりそうです。
きっとペースも変わって忙しくなるんでしょうね?

そうかー、ババ、くるのかぁ。
【2007/04/20 00:11】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月18日プージャの日
4月18日プージャの日

今日はマーリアンマンの寺でお祭りと聞いたので、、8時に目覚ましをかけて起きました。
(遅い?でも近頃ずっと11時とかに起きていました。)
ネットカフェの人は10時半からと言っていて、ホテルの人は10時からと言っていたので、
まあ、10時くらいに寺に着くように行こうかと思いました。

ホテルの人に昨日、ホテルからはどのくらい離れてるのか聞いたら、
すごい近くて、歩いても10分くらいだと言っていたので、
タクシーではなく徒歩で行くことにしました。10時前くらいにホテルを出ました。
寝起きで泣きかけた主名も寺に行くと聞いていそいそと用意をし。
「主名、チョコレートもって行くの」
と、チョコレートの袋を手に持ってベビーカーに乗り込みました。
私がベビーカーを押してる間、勝手に食べてました。

ところが遠かったです。ベビーカーを押してるからか。
5,6回かもっと道を聞きながら行きました。
みんな、歩いてほんの5分だよとかいうんですけど、地元民の歩調と私らのそれとではだいぶ違うことがわかりました。
あるおじさんに迷いなく教えられて、すっごい坂をものすごいがんばってベビーカーで登りきったら行き止まりで道がなく、
そこのホテルの人が
「ベリータイヤード」
とかいって笑いながら迎えてくれたりしました。
疲れたんでそこでちょっと立ち話をして。

こんだけ苦労して行っても、同じ神様を祀ってある違う寺だったとかいうことはないだろうかという気もしてきて、
そのホテルの人にマーリアンマンの寺はコダイカナルでひとつだけですか?と聞いたらそうだと言ってました。
でもほんとかどうかはわかりません。
コダイカナルにヒンドゥーの寺はもうひとつあって、ほにゃほにゃほにゃ、と何か言って、
つまりムルガンの寺だよ。と、教わりました。
たぶんムルガンの別名の方が寺の名前になっていて、それはわたしは聞き覚えのないものでした。
ちなみにムルガンはガネーシャの弟でスップラマンニャン(ム?)の別名もあります。
ホテルの入り口に入る階段から見えていて、
ホテルの人は、あのタワーが2本立ってる横に寺があって、ここから3キロだよ。
とかいいました。

でもぜったい3キロの道のりには見えませんでした。
この高台のホテルとその寺のある山までいくつか山があって、谷もあるので
これは空中を歩いた直線距離が3キロよ。

ホテルの人にまた道を聞いて、来た坂を下って降りて、また別の坂を間違えて登って降りて、
左手に立派な教会が見えてきたころ、ようやく右手の坂の上にヒンドゥー寺院が見えました。
小さな寺でした。
坂を登って、寺の下の階段のところにベビーカーを置いて靴と靴下を脱いで
紅白模様の階段を上っていきました。

階段を上りきったところに祀られているのはガネーシャかと思ったら
なんかよくわからないおじさん顔をした神様でした。
後で坊さんに聞いたら天界の鳥、ガンダルバと言っていたと思います。
そういわれてみると羽が生えていました。
最初、ガルーダと聞こえて、「ガルーダ?」と言ったら坊さんは「ああぁ」と肯定していましたが
後で「ガンダルバ?」と聞いたらやっぱり「ああぁ」と肯定しました。
どっちも同じでしたっけ。
坊さんは多分タミル語オンリーでした。

一番右の3体並んだ神様のところで参拝者にみんなするやつと思いますけど、
簡単なプージャみたいなのをしてくれました。
あたまに金属のおわんみたいなのをバフッとかぶせてくれて。
いちおう主名もかぶせてもらいました。
ここはなんだったっけ。中央がミーナクシデーヴィ、左がジャヤデーヴィ(記憶が怪しいです)
右がブーデーヴィの3体(という数え方ですか?3神?3柱?)の女神様の部屋でした。
でも私がそう繰り返したら肯定されたけど、合ってるかどうかは限りなく怪しいです。
マーリアンマンはどこ?
しかし中央のミーナクシデーヴィに「よく来たね」と言われた気がしました。
「大変だったよ」と思いました。

その左の部屋にはアーヤッパン(アイヤッパン?)が祀られていました。
アーヤッパンの寺に来たのは初めてです。
わあ、アーヤッパン!と思いました。
そこでもプージャっぽい、同じようなことをしてもらいました。
主名もわたしも額に赤やら白やら黄色のしるしがどんどん増えていきました。
あとで主名の額がくさかったので、牛の糞だったかもしれません。(ということは私も)

一番左の部屋はガネーシャでした。
なんだー、ガネーシャここにいたのかと思いました。
最初に参拝する決まりになってますけど最後になりました。
他の二つの部屋で100ルピーずつ渡したので、ガネーシャだけケチるわけにもいかないから
ここのプチプージャ?でも100ルピー出しました。
きっとほんとは小銭程度でいいんだと思います。
でも、来たかったし、予想以上に苦労してきたし、ジャパンマネーをたずさえている外国人なので
奮発しました。
ほんとは花とか買ってくればよかったんですけど、寺に来てから気がついて、
もう階段と坂を下りてまた上る気力もなく。
しっかし、アガスティアの葉でカルマ解消の寺参りすることを思えば安いものだと思いました。

寺の坊さんは女神の部屋のところでもう一度プージャみたいなのをしてくれました。
またお金払わなきゃいけないかなと思いましたが、それはおまけみたいでした。
細かいプラサードをいっぱいもらいました。
米のぺしゃんこにしたやつとジャガリー(砂糖)を合わせたやつとか花とかライムとかビブーティとか
お供えのラドゥーとか。(主名、即、食べました。実質これが朝食?)

ここの坊さんとしゃべるというか単語のぶつけ合いをしてる時にもムルガンのお寺のことを言っていました。
結局、祭りはあったのかどうかもわからず。
寺に来る動機になったのみでした。

どうせだからムルガンの寺にも行こうと思って、
絶対3キロじゃないし、山の上だし、タクシーで行こうと思って、
道沿いのホテルに併設されていた旅行会社に入りました。
ムルガンの寺まで80ルピーとのことでした。
そこで降ろされただけだと困るので、お参りした後、湖のほうまで行くといくらか聞いたら100ルピーでした。
そういえばコダイカナルに来る途中にミュージアムの看板があったなと思って、
ミュージアムも回ったらいくらか聞いたらミュージアムはここから6キロ下がるので250ルピーだと言われました。
ミュージアムなー、と思って、そこらへんにいた人に子供(主名)にいいミュージアムか聞いたらいいと言うし、
ま、ミュージアムも回っていくことにしました。
すでにミニツアーです。

主名はタクシーに乗れて喜んでいました。
昨日、「明日も車に乗ろうね」と主名に言われて、
「明日はのらへん。だって乗る用事ないもん」とか言っていたので。

ミュージアムは林の中の感じのいい道を入っていった先にありました。
ナチュラル サイエンス ミュージアムだそうです。
シークレット ハート カレッジとかいう(たしかそんな)
よくわからんけどこぎれいな学校に併設された施設のようでした。
いったい何の学校?
スピリチャリティーとかおしえるっぽかったです。

感じのいい平屋の建物の中の小さなミュージアムは入場料は2,5ルピーでした。
2,5ルピー(2ルピー50パイサ)きっちり払ったらほめられました。
コダイカナルでは特に小銭がないんでしょうか?
すごい、細かいお金で払ってほしがります。あちこちで。
で、すまなさそうに、小銭がないからと理由をわざわざ言います。

抱っこしていた主名は立てるか聞かれて、入場料がいるかどうかの分かれ目だったのかもしれませんけど、
立てるけど立ちたくないみたいといったらなんかしらん納得されて、
入場料は一人分だけで子供のはいらないと言われました。

ところが入場料を払ったとたん主名は飛び降りて走り出しました。
階段横のスロープが遊び心を刺激したようで。

展示物は動物の剥製とか昔の土器みたいなのや貝の標本、骨の標本、虫の標本など。
わー、蛇のホルマリン漬け・・・。
さまざまな種類と大きさの蛇がたくさん浸かってました。
二またの蛇・・・。コブラの頭。うーん。。。これは?子牛?小猿・・・・。
あんまりこういうのきもちよくないなー、と思いつつ主名にはうしろの鳥の剥製を見せ、
さっさと先に進むと、わーぁ、人間の赤ちゃん。ひえー。えー。えー。
胎児も。なんかいろいろあるけど先に行こう。はーはー。
細かい描写は割愛させていただきます。
子供にいいのか?このミュージアム?

しかし後で聞いたら主名は面白かったといっていました。どこらへんが?蛾とか貝とか?
あ、しかし、昨日道ばたに落ちてた、巨大な瀕死のタガメみたいな虫の標本もあって、
これ、昨日道に落ちてたなーと思いました。

平静を装ってミュージアムの外に出、横の手芸品販売の部屋に入りました。
まさに手芸品。そこで女の人が編んでました。
やたら静かな空気。時が止まってるなあ。

タクシーに乗って、ムルガンの寺に向かいました。
寺を後に残しておいてよかったと思いました。
まさかミュージアムでこんなに疲れると思わなかったもので。
なんかしょっちゃった?
主名も急に眠たがってタクシーの座席で横になるし。へんなかんじ。
すぐ着くで、と言って寝かせませんでしたけど。
寺でリセットしよう。

村を抜け、山道を登りきって寺に着きました。
思ってたより大きくて栄えた雰囲気の寺でした。
今日はプージャをするつもりだったので
入り口で花やココナツなどの盛りあわされたプージャセットとギーを2袋を買って中に入りました。
プージャはガネーシャとムルガンの2神に対して行われることになってるみたいでした。
主神のムルガンが中央に祭られていて、
そこでさっそくわたしと主名の名前でプージャをしてもらいました。
ボーイスカウトみたいな格好をした少年たちや遠足できたような女の子たちが先生に引率されて大勢来てて、
ちょうどわたしらがプージャをしてもらってるのを見ていました。

終わった後、左手奥には9つの惑星の神様が祀られていたのでそっちでもプージャしました。
星回りは私はそんなに悪くないはずだけど。と思いつつ。
確か162ルピー?とかそんな半端な料金でした。
皿に乗せられた9つの茶巾絞りみたいなのに火をつけて神様の前でくるくる回して、
終わったらさらにもう一セット火をつけて渡されたので、
主名の分も?料金2倍?と思ったらそうではなく、全部で9つの皿をくるくる回して全部合わせて一セットでした。
惑星の神様へのプージャは何回かしましたが、こういうのは初めてしました。
途中で主名が「ぎゃー、だあっこおぅ」と言ったので(女の子がたくさん来てびびった?)
最後の3つくらいは火をつけてくれる人が代わりにまとめてやってくれました。
気楽なもんです。
9つの燃える皿の炎に手をかざし、遠足みたいな女の子たちが惑星の神様の周りをくるくる回っていました。
私たちも一緒になって3回くらい回っておきました。楽しい感じ。

右手奥にはハヌマーンと、ラーマならぬビシュヌが祀られていました。
そこではプージャはなかったので、ハヌマーンなら20ルピーでも文句言わなさそう、とか思いつつ
20ルピー札を鉄格子の間から中に入れました。

帰ろうかと思ったら鐘を鳴らす音がして、またムルガンのところに行くように言われたので行くと、
また何かやってもらったかどうか忘れましたが、坊さんがいろいろ説明してくれました。
英語なのであんまりよくわかりませんでしたが、ここでプージャしたら健康にいいとか言っていたような。
私は健康だからなあと思いましたが、主名によかったかもしれません。喘息っ子なので。
いいにおいの白いハスの花をもらいました。

出口の手前にこの寺の歴史みたいなのの説明があって、案内してくれた寺の人が説明してくれました。
インド人と、その奥さんのヨーロッパ人だかがこの寺を開いたとか?
なんせ私の英語理解力なのでここらへん真に受けずに読み流してください。
一日に2時間だけ咲く花がなんとかかんとか?あ~、なるほど、、とわかったふりしました。

出口で、プージャでできたプラサードを包んでくれました。
コダイカナルでは環境美化のために、
ビニール袋ではなく手作りの新聞の紙袋を商店などで使用しているようです。
この寺でもプラサードは新聞の紙袋に入れて持たせてくれました。

プージャのギー売りが、自分の月収まで披露して、多めにギー代をくれてもいいよ、みたいに言ってきたので、
これもプージャの一環ということで少し多めに払いました。

さあ、と思ったら、案内役の足の悪いおじさんも。
これもプージャ、ということで案内料50ルピー渡しました。

寺の前でタクシーのドライバーが自ら申し出て写真を撮ってくれました。
主名がのどかわいたというので、ビンのジュースを買ったら炭酸入りだったので1口しか飲みませんでした。
でも、工事車両のおもちゃ30ルピー、これもプージャと思って買ってやったら
それでしゃがみこんで遊びだしてジュースはどうでもいいみたいでした。
(昨日買ってやった65ルピーのかっこいい車のおもちゃは、
ホテルの人に冗談で「ちょうだい」とからかわれた時、
かんしゃくを起こして破壊してしまいました。がっかり。わたしが。
本人は「はじめからこうやった(破壊状態)」とうそぶきながら、壊したおもちゃで遊んでましたけど)
チャイと炭酸飲料を飲んで出発しました。

寺から少し行ったところにきれいな庭園がありました。
ドライバーが中に入るか聞いてきたので、入場料がいるのか聞いたらいらないというので、
車を停めてもらって待っててもらって、庭園の中を散歩しました。
動物の形に刈り込まれた木が下に下りる階段沿いに並んでいました。
ねこやねずみ、いぬなどがありました。
向かい合ったコブラのかたちの木があるところはインドだなと思いました(?)

まだ庭園を作ってる最中みたいなところがあったり、大木が倒れてたりしましたけど、
いろんな色の花が咲いていてきれいでした。
近かったら、お弁当を持ってきてここで食べてもよさそうとか思いました。
インド人のグループも芝生のところでキャーキャー言いながら走り回ってすっごい楽しそうに遊んでいました。
新婚さんらしいカップルもいて、男性が黄色い花の前で座ってポーズを決めて写真におさまったかと思うと、
次に女性が男性の組んだ足の上に座ってポーズを決めていました。
いや、見てるほうがちょっと照れました。

主名はひたすら工事車両のおもちゃで仕事していました。
「タクシー待ってるから行こ~」
と言っても
「今仕事してるから」
としゃがんだまま何やらしていました。
トンネルが好きなので、トンネル型に刈られた木のほうに誘ったりして、
何回かその下をくぐってタクシーに戻りました。

自分たちの泊まってるホテルの前を通り過ぎて、
レストランがたくさんあるとこらへんの近くで降ろしてもらいました。
ドライバーも、寺や庭園でいっぱい待ってもらったのでこれもまたプージャと思いながら
50ルピー多く渡しました。

雨が降るだろうなとは思ったのですが、主名の要望を受けて、どこかで昼食を食べることにしました。
チベット料理の食堂が一番無難なのですが、主名が飽きたというので
西洋料理の店に入ってみたら全メニュー肉が入ってるというし、
しょうがなしにホテルのヴェジタリアンのレストランに入ったら、
昼食時はミールス(南インド料理の定食みたいなもの)のみと言われたので
まあいいかと思ってミールスを頼みました。

50ルピーと、ミールスにしては多分高めのだったからか、まず、スープが来ました。
それからして辛かったです。
混ぜご飯もダルもチャパティも辛かったので主名は怒っていました。
でもダルはそれほど辛くなかったので主名も少し食べれました。
「辛いの食べてるな。大人やな。子供やのにな」などと自分で言っていましたが、
そのうち蓄積された辛さでうぎゃーと泣きました。
白いご飯も持ってきてもらいましたが主名はあんまり食べませんでした。
さっき食べて泣いた辛い混ぜご飯をまた食べたがったので「辛いで」と言っても食べたがりました。
ちょびっと食べさせたら「辛い~!」と泣きました。

「お腹いたい。うんこ出る。がまんできへん」というのが気を引くための
ほとんど口癖になってるのですが、今日もトイレに連れて行っても「でえへん」
それを言うと放っておかれない魔法の言葉になってるようです。

レストランを出るとザーザー降りでした。
しばらく雨宿りしていたら満足の行く食事のできなかった主名がさらに不機嫌になって、
「もう行きたい」とか言ったので、
「今行ったら絶対かぜひくわ。
あんたは(ベビーカーの)レインコートあるからいいけど私は濡れるやん。
雨ふるで、って言ったけどあんたが食べに行きたいっていうから来たし、
あんたがチベットのご飯やさん嫌っていうからここで食べたんやん。
全部あんたのやりたいようにやってるんやで。文句言うな。」と言ったら静かになりました。

しばらくしたら小ぶりになったので行きました。
主名はベビーカーで寝ました。
途中、スーパーに寄って豆乳ときゅうりとセロテープを買いました。

ホテルの部屋に戻ると主名は起きました。
私はむちゃくちゃぼうっとして疲れて眠かったので主名を放っておいて寝ました。
(プージャ疲れ?頭がパンパンに張ってるかんじ)
好きな豆乳を買っておいたので、自分であけてこぼしながらコップに入れて飲んでました。
あんまりこぼしてるみたいだったので、かして、と言って、ベッドに横になりながら豆乳を
コップに入れたら私もこぼして主名に指摘されましたけどまた寝ました。

2時間くらい、また強く降り出した雨の音を聞きながら寝ました。
主名は元気いっぱいで変な体勢でベッドの上でふざけていたら胃が押されたみたいで
せっかく食べた希少なミールスもみんな吐きました。
仰向けで吐いたので顔も頭もミールス。
あんたはあかんぼか、と思いながら、しょうがないので起きました。

風呂場でお湯を出したらラッキーなことにわりとすぐ熱いお湯が出てきたので
主名を洗って、ついでに自分もお湯を浴びてさっぱりしました。
お湯が出ると水が出なくなるので温度調節ができなくて熱かったのですが、
今日は主名は文句を言わず「主名、熱いの好きになった。」とまで言っていました。
昨日、喜んでバケツの風呂に入ったものの、ぬるくて身動きできず「寒い~」と泣いたからでしょうか。
昨日はなんかしらん、ぬるい水でした。

外食が多いといくらベジタリアンの食事でも野菜が足りなくなるので、
夕食はたまねぎ一個と小さいにんじん一本とキャベツの葉っぱ3枚とごまとトウモロコシと、
細いねぎみたいなの一束を入れた塩ラーメンにしました。
と、きゅうりの輪切りと。

主名は食後に自然食品の店で買ったボール状のお菓子を
「ももたろうのきびだんごやな」と言って、3つ食べました。
おいしいの?と聞いたら「おいしい」と言っていました。
残ったひとつを味見したら、きな粉とか、はったい粉とか、そんな感じの味でした。

カエルが、また、ドアの下から入ってきて、部屋の端まで跳ねていって、
また戻ってきてドアの下から出て行きました。

プージャして、もうなんか、やることやったなという感じです。
【2007/04/19 23:56】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月17日
4月17日

最近、引きこもりのように部屋にいることが多かったので
(部屋で煮炊きすると出かけるのもめんどくさくなって)
今日は午後からミニツアーみたいなのに行きました。(VALLEY TOUR)
タクシーで4時間くらいで600ルピーでした。
10の観光スポットをまわりました。

1、COAKER'S WALK
2、LA SALETH CHURCH
3、500 YEARS TREE
4、PAMPAR FALLS
5、GREEN VALLEY VIEW
6、GOLF COURSE
7、PILLAR ROCKS
8、GUNA CAVE (DEVILS KITCHEN)
9、PINE TREE FOREST
10、SHANTHI VALLEY VIEW

この他にUPPER LAKE VIEW も行ったような気もしますがよくわかりません。
ここからは湖が上から眺められました。
左手にはアシュラムが見えました。

上記の10個のポイントのうちでは4番の滝から行きました。
私は滝が好きなので見えたらわーと喜んだのですが、タクシードライバーは
今は水がないからと、少し車のスピードを落としただけで通り過ぎてしまいました。
確かにちっちゃい滝だったけど降りたかったなと後で思いました。
最初だからよくわからなくて。

次に5番の、眺めのいいところに行きました。
インド人観光客がたくさん来ていました。
霧がかかっていて眺めは見えたり見えなかったり。
サルがいっぱいいて、カメラを撮られそうになった若者たちが喜んでいました。
主名は65ルピーのコカコーラのトラックのおもちゃを手に入れました。

次に4番のでっかい垂直の岩の眺めが見れるところに行きました。
ちょっとした公園というか広場みたいなのになっていて、主名は滑り台を一回滑りました。
幅が広くて怖かったのか、一回で充分だったようです。
シャボン玉も売ってたので買いました。
横には花壇が作られていて、色とりどりの花が咲いていました。

次は8番の洞窟だったか。
たくさんの人が転んですごく危険なので立ち入り禁止になったそうで、
洞窟の上から中を覗けるだけになっていました。
金網や柵で、内部には入れないようになっていました。
確かに、柵とかなかったらすっごい危なそうな裂け目でした。
インド人の若者がわざわざ危ないちょっとした崖を降りていました。
車を停めたところから洞窟まではわりと歩きました。
もちろん主名はほとんど歩かず。
抱っこして歩きながら、こんなに運動するつもりじゃなかったのになあと思いました。

次は6番のゴルフ場だったと思います。
なんでゴルフ場が観光スポットになってるのかよくわかりません。
滝では車を止めなかったドライバーが、ここでは車を止めて写真を撮ることをすすめてきたので
一応写しました。

次は9番の松林あたりですか。
松林は政府が植えたものだそうで、まっすぐな松が整然と並んでる人工的なものでした。
これもなんで観光スポットになるのかよくわかりませんでしたが、インド人観光客はおおはしゃぎでした。
奇声をあげてどんどん林の中に入っていって、「ツリー!ツリー!ツリー!!!」とか言っていました。
たくさん観光客が立ち寄っていました。

次は10番のまた眺めがいいところでした。
ここもサルの群れがいました。
ここが一番好きでした。
観光スポットだけど、なんかプライベートスペースみたいで。
車から降りて、ごつごつした足場を少し下っていくと、視界の開けた場所にでました。
しばらくそこに座っていました。
地面が消えてる先はすっごい崖らしくて、覗きはしませんでした。子供を抱っこしてるし。

コダイカナルは2000メートル以上のところにある場所なので、眺めがいいところが多いですね。
霧も多いみたいなのでスッキリと見えることは少ないのかもしれないですが。

あと、コダイカナルで有名だという教会に行って(5時半で閉まってたので中には入りませんでした)
古い木をフェンス越しに見て(観光客が木に自分の名前を書いたりして落書きするので政府が立ち入り禁止にしたそうです)
1番の、また眺めがいいところで最後でした。
ここは遊歩道みたいになっていて、景色を見ながら20分くらい歩いて別の出口から出ました。
主名はボンドみたいなのをストローで膨らまして作る風船を買いました。
どこに行っても彼は車のおもちゃを地面に走らせて遊んだり、風船を地面に落として眺めたり。

途中、コダイカナルのテレビ局か何かがあって、巨大なパラポラアンテナ?が3つくらいありました。
ゴルフ場よりそっちの景観のほうが面白かったのですがそこは撮影禁止でした。

いくつかヒンズー教の寺院もありました。
そのひとつはマーリアンマンの寺でした。
でもドライバーはイスラムっぽかったのであんまり聞きませんでした。
別の日にでもどっかの寺でプージャしたいなと思ってたのですが、
もしタクシー頼むならヒンディの人がいいだろうなと思ったり。

チベットレストランで降ろしてもらいました。
トマトスープとベジタブルチーズスプリングロールとベジタブルチョプシーにしました。
と、飲み物と。

ボンドみたいなので作る風船が割れたので、主名にせがまれて作ったらへたくそで、小さいのしかできませんでした。
店員もベリースモール、とかいって笑うし、主名は大きいのがいいと言って泣くし、(そんなんで泣くなよ)
それを見てまた店員が笑って、わざわざ他の人に主名の泣きまね入りで状況を説明して笑っていました。
でもそのうちわたしも上手に作れるようになりました。

地元の学校に通ってる日本人のハーフの女の子に声をかけられて少ししゃべりました。

その後ネットカフェに行って、ようやくマドゥライの日記をブログに貼り付けられました。
私にしては遠い道のりでした。
画像を貼り付けるのは、む、むりかな。
ここのネットカフェでやったら店内のすべてのパソコンが停止しそうです。

外を行列が練り歩いていました。
何かと聞くと、明日マーリアンマン寺のお祭りだということです。
行列はそのお祭りの一環だそうで、寺に行くところでした。
今は正月なので年一回のお祭りだそうです。

明日はプージャに行こうと思っていたので、ちょうどいいしそのお祭りに行こうと思います。
私らが行っても見れるのか、ネットカフェの人とホテルの人に確認したら大丈夫とのことでした。

夜、ホテルへの帰り道、主名は聞いてもいないのに「主名、コダイカナル好き」と言っていました。
「涼しいからな」と、答えました。
【2007/04/19 23:53】 | マドゥライ | トラックバック(0) | コメント(0) |
マドゥライ3日目
今日コダイカナルに立つ予定だったんですけど、マドゥライの居心地がいいというのと、
レストランのメニューをもう少し試してみたいというのと、
髪の毛をしっかり洗ってからコダイに行きたいというのと(お湯に困るという話を聞いたので)、
パンジャビをさらに一枚か二枚仕立てたいというのと(気に入った)
クリーニングと自分でする洗濯をして、衣類の準備を整えてから行きたいというのと
(コダイは洗濯しても乾きにくいと聞いたので。マドゥライなら速乾)
パレス(王宮)にまだ行ってない、というのがあって、出発を一日延ばしました。

早く出発したい要素としては、主名があせもぎみでかゆがるということくらいで。
私はさっぱりしたくて一日4回くらい水を浴びてるけど主名は1回くらいしか浴びる気にならないらしくて、
そりゃ、かゆくもなります。
汗でべたべただから。

昨日仕立てたパンジャビが気に入ったので着て出かけました。
すでに日が高くて暑かったので、オートリキシャでパレスに行きました。
入場料は50ルピー。
主名はちっちゃいしいいだろうと思って自分の分だけ払って入りました。

中は普段の生活ではないような大きくて太い柱が林立している、天井の高い宮殿でした。
外から見たらのっぺりしてるのに。
いろいろな装飾もされていましたがずいぶん修復されて、色とかもちゃんと塗りなおされていました。
しかし印象としてはガイドブックに書いていたように、過去の遺産で、跡地、でした。
中央には中庭のように広いスペースが開いていて、そこは天井もありませんでした。

大きくて手の込んだ建造物は王様が権力を誇示するために作ったとかそういうのなんでしょうけど、
普段の生活にはないスケールの建造物の中にいると非常に開放されたような気持ちよさを感じました。
しかし、これがもし現役の建造物で王様がいて、そこに訪れたなら、
ここでは王様には逆らえないという、権力の存在を感じるんだろうなと思いました。
でも王様はもういないので、楽しい場所でした。

このパレスの気が抜けたような気持ちよさに比べれば、ミーナクシ寺院で起こりえる開放の感覚とは、
多分個人性を抑圧してつぶしてしまって、
そこから立ち上がってくる非個人性の気持ちよさで開放なんだろうなと思いました。
パレスの方は、他者を飲み込む個人性で、好きなように思ったままやっちゃって気分がいいという感じで。

パレスの右奥には博物館があって、昔の道具や文字や仏像などが展示されてありました。
ブーデーヴィの像とかもあって、これがヴェーダのブースークタムの女神様か~と思いました。
アガスティアの葉と同じ、やしの葉に文字が書かれたものも展示されていました。
虫食いになっていました。

デジカメを持ってくるのを忘れたので、パレス内部の写真を撮る気は最初、なかったのですが、
まあ、もう2度とこないかもしれないし思い残すことのないようにしようと思い、
使い捨てカメラで、何枚か撮りました。
で、出た後でカメラ持ち込み料を払いました。

またオートリキシャに乗って、ミーナクシ寺院の北門に行こうかと思ったら、
パレスの外に待ってたのはサイクルリキシャでした。
まあいいかと思って乗ろうとしたら、
マーリアンマン池に行ってから北門に70ルピーで行くからどうだとか言ってきました。
何回か断ったのですが、マーリアンマン池はガイドブックで見て、
パレスの方向だなー、でも遠そうかな。と思っていて、ちょっと行ってみたい気もあったので、
オッケーしました。
リキシャのおじさんはガンジー博物館も回ったら130ルピーで行くと薦めてきましたが、
お腹すいてて、さっさとご飯を食べに行きたかったし、ガンジーには興味ないので断りました。

昼間の暑いときで、リキシャーのおじさんが炎天下の中自転車をこぐのを後ろから見てると、
ちょっとすまないような複雑な気分になりました。
しかもマーリアンマン池までけっこう遠かったです。
どこまで行くのかなー、まだ着かないのかなー、と、乗ってるだけでも疲れました。
ガイドブックによると、市の東端4,5キロだそうです。
しかし、ミーナクシもマーリアンマンもともに女神で、マドゥライは女神が表に立ってる感じですね。

マーリアンマン池は暑さで干上がってて、牧場みたいになってました。
牛がのどかに草を食べて。
中央に建物があるのでそこに行こうと思い、草地になっている池を渡りました。
水がいっぱいのときはボートでわたったりするようです。
緑の草地の上は地上よりも涼しく感じました。
ぬかるんだり水溜りになってるところもたくさんあったので、あちこちうろうろしながら
歩けるところを探して中央まで行きました。
おじさんは裸足なので、ざばざばどろんこの水溜りを歩いていって、大丈夫だから
私もそこをわたれると思ったみたいでしたが、
牛の糞ぽい褐色の水溜りはちょっといやだったので、歩けるところを探しました。

中央について、階段を上がっていって、島のようになっているそこで休憩しました。
池から涼しくて気持ちいい風が吹いてきました。
地面に枯葉や枯れ枝がいっぱいあったので、主名はそれで楽しそうに遊んでいました。
 
マドゥライの男女の若者グループと一緒にあがってきたので、一緒に休憩して、
先に私たちが去りました。
階段とかはおじさんが主名をおんぶしてくれたので、主名は味をしめてしょっちゅうおんぶをせがんでいました。

池が干上がった後の草地では子供たちがクリケットをして遊んだりしていました。

何枚か写真をとったら、おじさんができた写真を送ってくれと言うので住所を聞きました。
その前に、外国人と一緒に撮った写真や手紙などをたくさん見せられていたので、
その中に加えられるんだろうな、と思いつつ。
子供が5人いるとかいうので、がんばって働いてるんだなと思ったら、
子供はもう成人してたりもするみたいでした。
でも、結婚させるのに。お金が要るとかも言ってました。
女の子は持参金がたくさん必要とかも聞きますもんね?
仕立て屋で、わたしが子供は男の子が一人だと言ったら、ラッキーだとか言われました。
そういうもんなのかなと思いましたけど、インドではそうなんでしょうね。どこでも???

のどが渇いたので小屋みたいな店でジュースなどの水分を補給しました。
おじさんにもジュースを勧めたら、おじさんはチャイと名前は知らないけど天ぷらみたいなおやつを食べました。
ジュースとかだとばてるんですかね。

あんまり一生懸命何度もすすめるし、見るのはタダだというし、数メートルわき道にそれるだけだったので、
全然興味なかったんですけど、紡績工場に行きました。
といっても小さい部屋に機械を置いて糸をつむいだり(かな?)布を織ったりしていました。
コットンの部屋ではガンジーの糸車みたいなのの大版みたいな糸車がまわっていました。
多分、こういうガンジーイメージのものは観光客の反応がいいんだろうと思います。
でもわたしはガンジー興味ないし、
こういうローカルな工場も自分が働いてたくらいだから別に見たいと思わなくて。

そんなでしたが、主名は紡績工場の機械がめまぐるしく動く様子が面白かったらしくて、
次のナイロンの部屋に行った後に自分でまたコットンの部屋に再び行っていました。

工場を出て、比較的清潔そうな、さとうきびジュース屋さんがあったので主名と分けて飲みました。
おじさんもいるかと思ってもうひとつ頼んだらいらなかったらしくて、ジュース屋さんの横にたたずんでいた
女の人二人が分けて飲みました。

ミーナクシ寺院の北門に行くまでにも、
他にどこそこに行こうとかいろいろ言ってきましたが池が遠くて疲れたので断りました。
北門に着いたら300ルピーとか言ってきました。
なのでキレたふりをして、私は最初北門にだけ行くといったけどおじさんが70ルピーでいいというので
池に行ったのになにそれ。みたいに正論を言ったら、
オッケー。ラストプライス。150ルピー。
などというので相手してられないと思って、70ルピーを渡して、主名のおんぶ代10ルピーを加えて去りました。
写真は送りません。
主名をおんぶしてる写真を他の観光客が見たら間違いなくおじさんを実際以上にいい人と思ってしまうはず。
しかし、300ルピーはけっこうおじさんも思い切って言ったみたいで、どことなく弱気だったので
対応が楽でした。

北門の仕立て屋でさらにパンジャビを2着頼みました。
2着で1100ルピー。自分でも自分の金銭感覚は理性的ではないと思います。
よく言って直感的。
パンジャビはこれまた欲望を満たすことで心残りをなくそうと思って。

その後また昨日も行ったおいしいご飯やさんに行きました。
仕立て屋の横にいたサイクルリキシャで行きました。
ところが道を知らなかったみたいでだいぶ遠回りして、
最後は一方通行でリキシャが目的地方向に行けないところに出たので歩くからといって降りました。
あんまり遠回りして気の毒になったので5ルピーだけ上乗せしたらにっこりしていました。

おいしいご飯やさん。
ところが、色んなメニューを試してみたくて今日頼んだものはどれも味が濃くて私も主名も
食べるのがつらいものでした。
ああもう、ここにも思い残すことはないと思いました。
やきそばみたいなのをスパイスを利かさないで作ってもらって持ち帰りました。

食べてるときに外はすごい雨になっていて、道は洪水になってるし、稲妻もビカビカ光っていました。
やっぱ、今日の朝、コダイカナルに移動しておけばよかったのかなあ、
マドゥライでだらけずぎたかなあと思いました。
コダイへの道は山道というし、土砂崩れとかで通れなくなってないだろうか、とか。

とにかく店の外に出て、オートリキシャを拾いました。
道路が川になってたので主名をドライバーに受け取ってもらい、わたしはサンダルを脱いでジャバジャバ渡りました。
泥のやわらかい感触が気持ち悪かったです。

いつもならホテルまで30ルピーなのですが、50ルピーと言われました。
一応、はむかってみましたが、洪水中だし、すぐひきさがりました。
ところがちょっと行った別のホテルと勘違いされてたみたいで、すぐ降ろされそうになりました。
この距離で50ルピーと言ってたのか?と思いました。
そこからだいぶ離れた自分のホテルについて、50ルピー渡して、もっとといわれるかと思いましたが
そうではありませんでした。
だって普段30ルピーですもんね。

コダイカナルに行ったらお湯が充分使えるかどうかわからないので、マドゥライにいる間に
念入りに頭を洗いました。
お湯を浴びて、クリーニングから帰ってきていた服に着替えたらもう、パンジャビの出来上がる時間だったので出ました。
出るときに、ホテルのフロントで翌日のコダイカナル行きのタクシーを頼みました。
エアコンなしで2000ルピー以下で。もし2000ルピー以上だったら自分で予約するからといって。
空港からホテルに来る時にタクシーの名刺を2枚もらっていて、
どっちもエアコンなしだと2000ルピーと言っていたのですが、
どっちのドライバーのタクシーに乗っても酔いそうな雰囲気だったので、ホテルで頼んだらいいドライバーが来るかもと思って。

もう雨はほとんど上がってましたが、道がずるずるだったのでベビーカーは持っていかずに
主名を抱いて歩いていきました。

途中で、初日に会ったおばちゃんと、次の日プージャを助けてくれたおばちゃんが仲良く歩いてくるのに会いました。
いろいろしゃべって、「今からお茶のみに行くの?」と聞かれたので
「パンジャビを取りに行く」
と言ったら、次の日会ったおばちゃんは「ああそうよ、もうできてるから!」みたいに反応して、
一方、初日に会ったおばちゃんはびっくりして、
「あら、この人(次の日会ったおばちゃん)、商売しちゃったのね」
というような表情と目線を送ってきたので
「ええ、まあ、そういうことなんです」
というような目線で答えました。
そしたら初日のおばちゃんは手に持ってた黒いビニール袋を開こうとして、
なかなか開けなかったのでしまいにはやぶって、中から商売用の売り物の小銭入れをひとつくれました。
ええっ、と思って、感動しました。

マドゥライ、今日は雨も降ったし、余分な滞在だったかな、もう全然思い残すことないわ。とか思って、
マドゥライと心理的な距離が開いてたのですが、また心が開きました。
初日のおばちゃんは「私も3歳の子がいるからね。いっしょよ。」と言っていました。
(ということはおばちゃんと思ってたけど同年代???)
このおばちゃんは私にとってすばらしいばっかりの神聖な存在の人でした。
ババか?と思ったくらい。
このおばちゃんとはそこで別れました。

次の日のおばちゃんと一緒に仕立て屋に行って、パンジャビを受け取りました。
おばちゃんは「わたしはこの子(主名)が好き。だって友達の子だから」
とか、友達を連発していました。前の日もそんなでしたが。
主名にチョコレートを買って食べさせてくれたりしていました。
最後まで、おばちゃん自身の銀細工の店に誘ってて、
足につけるやつがたったの20ルピーだけだからとか言っていましたが、
アクセサリーには残念ながら興味がないので断り続けでした。
仕立て屋のおじさんも感じがよかったです。
おばちゃんと何枚か写真を撮りました。

洪水で北門からは寺院に入れなくなっていて、最後は正門の東門から入りたく思っていたので
リキシャで東門に行きました。
ご飯やさんへの道がわからなかったあのリキシャでした。
おばちゃんがリキシャと交渉してあげる。と言って、20ルピーと値段を言ってきましたが、
北門から東門まであまりにも近いのでせいぜい10ルピーしか払うつもりなかったので、
そう言ったら、
寺院の周りの道は一方通行なのでぐるっと回って帰ってこなくちゃいけないからと言っていました。
でも、ぐるっと回ってる間に他の客を乗せれるかもしれないし。と思いました。
結局10ルピーで東門まで行きました。

東門のセキュリティチェックの婦人警官が主名の年とか聞いてきたのでちょっとしゃべって、
その人も子供がいるのかなと思って聞いてみたら、2歳半の子がいるといっていました。

今日は大雨が降ったのでもう象は帰った後みたいでした。
はすの池は昨日まで中央のプールみたいなところにしか水がありませんでしたが、
今日は全体が池になっていました。
中央の通路を歩きながら、外へ続く横の道を見るとなるほど、水浸しで歩ける状態ではありませんでした。

今日で最後なのでうろうろ歩き回りました。
途中で主名がおしっこと言ったのでいっぺん外へ行っておしっこをさせてまた寺へ帰りました。
クロージングセレモニーの時間まで、シヴァ寺院の前に座って待ちました。
今日、プージャを行ったらしいインド人夫婦が横に座ってプージャのプラサードのバナナとココナツを食べていて、
私たちやよこでやはり座って待っていたインド人おばちゃんに分けてくれたので食べながら待ちました。

時間になって、今日は観客が少なかったからか?シヴァのみこしは一度寺院の前を回ると
あっさりとミーナクシ寺院のほうに行きました。
みこしが通るときに立ちそびれて座っていたら、みこしをかついだ坊さんの一人に立つようにしぐさで指示されました。
横の夫婦も立たずに食べ続けてたけど、私らだけ言われちゃったなあと思いながらも
みこしを追いかけて、ミーナクシ寺院の前に行きました。

ミーナクシ寺院の前でみこしは止まって、そこでプージャが行われるので、みんなここぞとばかりに
みこしの周りをぐるぐる回るので、わたしらもまた回りました。
みこしを担ぐ棒に触れたがる人たちに坊さんは触らないように言っていました。
ここでも、インド人て、周りを回って気が済んだらさっさと帰るんだなあと思いました。
プージャが終わるころには見物客はほとんどいなくなっていました。

みこしがミーナクシ寺院に入っていって、すべてが終わり、寺全体も閉まる時間なので
私たちも帰りました。
途中で主名に黄色くて大きなボールを買いました。
高いだろうと思っていたら10ルピーでした。

帰り道でインド人の男の人にどのくらいマドゥライにいるか聞かれたので3日目と行ったら、
そして明日行くんでしょ?みたいにその人に言われました。
なんで知ってるんだ?と思いました。
「毎日寺に来てたの見てたよ」みたいに言われました。
日本人で子連れなので目立ったんだと思います。
最後にミーナクシ寺院の塔のタミル語のオームをデジカメで写しました。
数年前、タミル語のオームのシールをホワイトフィールドで買ったっけ。と思い出しながら。

ホテルに帰ったらホテルの人が呼んだタクシードライバーが来ていました。
紳士的な人で、私が名刺をもらった2人のタクシードライバーとはずいぶんタイプが違う感じだったので、
ホテルで頼んでよかったと思いました。
コダイカナルでのホテルの予約はまだしてないけど、どこか知ってますか?聞いたら、
ドライバーはちょっと考えて、オーケー、マム。みたいに言いました。
自分を消して職業に徹してるみたいに思いました。
日本人みたいと思いました。

マドゥライはもう2度と来なくても思い残すことはないです。
満足しました。
【2007/04/18 00:05】 | マドゥライ | トラックバック(0) | コメント(0) |
マドゥライ2日目
朝は9時くらいまでゆっくり寝て、ゆっくり準備してミーナクシテンプルに行きました。

ちなみにミーナクシテンプルはパールバティと同一視されるミーナクシ女神の寺で、
その中にシヴァ寺院やミーナクシ寺院などがあります。中に池もあります。広いです。
現役ですけど遺跡みたいな雰囲気です。それだけ古いみたいです。
なんか、アンコールワットみたいな雰囲気と思いました。
アンコールワット同様、そこを仕事など生活の場とする寺と一心同体みたいな人々がいて、
そしてみんな寺を誇りに思っていて。

今日は入り口でスペシャルプージャセットとやらを買いました。
普通のは40ルピーで、スペシャルは70ルピー。それと花輪なども買いました。
それを坊さんに渡してプージャをしてもらうと。

せっかく来たからにはプージャをしよう(してもらおう)と思ってたので。
でも、そのセットを持って道を進んでいくと、また誰かに、
外国人はシヴァのところには入れないから、あそこのナンディ(牛)の像のところで
ココナツを割ってプージャしなさいとか言われました。
へんなの。
パタールブヴァネシュワル(ヒマラヤのシヴァの地下寺院)でも
びっちり坊さんにプージャしてもらったのに。
とか思いました。

昨日のおばちゃんがいて、友達のおばちゃんみたいな人に、私のことをしゃべってました。
そしたらそのおばちゃんが「私が助けてあげる」「お金は要らないから」と言って
、一緒にシヴァ寺院の中に入りました。
そのおばちゃんが坊さんに話をするから、
何か聞かれたらムンバイから来たとか、自分はヒンディだ、とか言うんだよ、と言われました。
その通りにしました。
ムンバイに泊まったことあるし、その時点からしてみれば私はムンバイから来たなとか思いつつ。

しかし坊さんも、その場にいたインド人の男性も明らかに疑わしいと思ってて、質問されたりして、
結局奥の奥には入れてもらえませんでした。
そこにいたインド人男性が何人か、
自分たちのプージャで使ったと思われる草の葉っぱの輪っかや花輪を気の毒に思ったのか何なのか、くれました。
でも、シヴァ寺院の中にいることはできたので、
そこで自分と主名の名前を告げて、坊さんのプージャが終わるのを待ちました。
20分くらい待った感じです。

おばちゃんが、坊さんが言ったらお金を払うんだよ、みたいに言ったので、
いくらくらい払ったらいいものか聞いたら、ちょっと考えて50ルピーと言いました。
坊さんが出てきたので50ルピー札がなかったし、お盆の上に100ルピー置きました。
坊さんはまた内部へ姿を消しました。
おばちゃんは主名を抱いて内部に入りました。
さすがにそれは坊さんたちも止めませんでした。
おばちゃんは出てきて、この子はすごいラッキーだよ。中に入って見たよ。とかいいました。
そして、中に何があるか説明してくれました。
そして、私に対してもラッキーだ、今日は月曜だから。と言いました。
あ、そうか、今日は月曜、シヴァの曜日とされる日だ、と、そのとき初めて気がつきました。

坊さんが出てきて、シヴァ寺院内の通路にある仏像だったかリンガムだったかにさらにプージャを行いました。
それは私もそこで見れました。
さらにお金を払うみたいだったので、100ルピーまた払いました。
おばちゃんに50ルピーと聞いてたので、ちょっと多いかなと思ったので
私と主名の2人分。と、いいわけしました。

プージャが全部終わった後は、そこらじゅうの仏像やリンガムに、
プージャの残りのターメリックやビブーティの粉をおばちゃんの指示でかけてまわりました。
自分ひとりだったらどうしていいかわからないし、おばちゃんがいてくれてよかったと思いました。
リンガムいっぱいありました。
ガネーシャやサラスワティやラクシュミーや色んな像がありました。

プージャのプラサードのバナナを、主名は3本くらい食べてました。
予想外に時間がかかったのでお腹がすいてたはずです。

バナナとココナツを象にやろう、ということで、寺院内にいる象にやりにいったら、
もう食べすぎなのか、象の世話をしてる人にだめと言われました。
なのでお金をあげました。
10ルピー札。
小銭が見当たらなかったので。
主名と一緒に象に渡しに行ったら、象は私の首にかけていた花輪の花をむしって食べました。
鼻の先にお金を置きました。
あんな近くで鼻の先を見たのは初めてです。
鼻の一部がピコッと動いてお札をつかみました。
お礼(?)に鼻を私の頭の上において祝福してくれました。

寺院内の何箇所かで灯りをささげました。
シヴァとドゥルガーだと聞いた像の前で小声でルッドラムの一部とドゥルガースークタムを唱えてみました。
だいたい口が覚えてるのですが、周りの雰囲気に飲まれたのか、最近やってないからか、
どちらも忘れがちでした。
なので「間違えたかもしれないけどごめんなさい」の、クシャマプラールタナも唱えました。
それも危なかったですが、なんとか唱えることができました。

おばちゃんは北門の前の政府公認の土産物屋に連れて行ってくれて、
そこの店員がビルの上に案内してくれて屋上から寺院を眺めました。
地上からはよくわからなかったけど、屋上からはその配置がよくわかりました。
ついでにあれが教会で、とか、あれが座ってる象の形をした山、とか、そういう説明もありました。
屋上にも土産物屋のドアがありましたが、いらないと言ったら、気を悪くするでもなく
店員はあっさりしたものでした。

そのビルの少し横におばちゃんのお父さんだかがやってる仕立て屋があって、
そこに連れて行かれました。
まあ、お約束という感じで。
いらないと言えばいい話ですが、パンジャビ類はプッタパルティのアパートに置いてきちゃってて、
古いのを実家から持ってきてはいたのですがあんまり着たい感じのものではなかったので、
そこの仕立て屋にあった布で私と主名に上下組のやつを一着ずつ仕立ててもらうことにしました。
もちろんおばちゃんへのお礼の気持ちも多少あって。
2着で1000ルピーでした。高いか安いか?

その後、歩いて、ガイドブックに載ってたレストランを探しに行きました。
あちこちで聞いて、わかりました。

お腹がすいてたのでいっぱい頼みました。
スープが最初に来て、おいしくて体が生き返りました。
今まで死んでたみたいだったんだなと気がつきました。
春巻き、べジバーガー、べジピザ、などなど頼みました。
飲み物も主名はイチゴミルクシェイク、わたしはコーヒーとライムジュース、と、水。
おいしくて感動しました。
心の中で褒め称えながら食べました。
しかもわりに安くて。

一気に食べたら立ってるのもつらいくらい眠くなったので、オートリキシャでホテルの近くまで帰りました。
そしたらまたおばちゃんがいて、パレスとかテーラー通りとか案内してくれようとしてましたが
眠すぎたので断って、ホテルに帰って主名も私もちょっと寝ました。

ちょっと寝た後、ガイドブックを見たらパレスは5時までと書いてあって、
もう4時半くらいだったので行くなら行かなきゃなと思って起きて、
寝てる主名をベビーカーに乗せて出ました。
でも町を見ながら歩きたかったので歩いていったらやっぱりパレスはすでに閉まっていました。
なのでまた歩いて帰って、途中で電話をしたり、パンジャビなどが6時に受け渡しの約束だったので、
北門のテーラーまで歩いていこうとしました。
そしたら適当に歩きすぎて、半分牛の飼育場所みたいな雰囲気の道とかに入っていって、
どうなるんだ?と思いましたが無事着きました。

町を歩くのがとても楽しかったです。
道ばたにいる人やすれ違う人などみんなが私たちに笑いかけたりニコニコして愛情をくれてるような感覚がしました。
マドゥライでは心が痛くなることが何もなくて、(寺に入れなかったこと以外)
万事自分のためにあるような安心感というかうれしさがあります。
なんか、心の芯の部分でどの人にもすごくいたわられてるような。
人と接するときの雑音のなさは、ここと自分は深くつながっている部分があるんだなと思わせるものがあります。
今回初めて会う人ばっかりだけど、あー、初めてじゃないんだな、と。
ここで出会う人たちは魂において初めてじゃないはずなのにこの肉体で初めて会って、
今の肉体に沿ったそれぞれの役割を演じる妙、のような不思議さを感じました。

できた服をもらった後、北門からそのままミーナクシテンプルに入りました。
別にあんまりする気もなかったのですが薦められるままにプージャセットをまた購入しました。
売る人が、なんかしらん今日の午後は月曜日だし特別だから、入場料がタダだとか言ってて、
ほんとかなと思って、私みたいな外国人も中に入れるの?と聞いてみたらそうだとか言っていました。

ふーんと思って中に入って、なんとなく今回はミーナクシ女神のほうにプージャをしてもらおうと思って、
そこらへんにいた人にどうしたらいいのか聞いたら、
これまたそこらへんに座っていた比較的若い坊さんが立ち上がって、プージャセットを受け取りました。
そんで、やっぱり、外国人は寺の中には入れないから、入り口で10分くらい待っててね、
中でプージャして、プラサードとかもってまた出てくるから。とと言われました。
なので待ってました。

シヴァのときよりも短時間で坊さんが出てきて、なにやらして、お金を出すように言われました。
シヴァのときは2回、お金を渡す場面があったので、
今回細かいお札があったので10ルピー札とかで50ルピーくらい渡そうとしたら
少なかったらしくて、何人の坊さんがいて、それだけの人数みんなで分けるんだとか、
寺の内部事情を説明されました。
じゃあ、いくらくらい出すもんなのかなと、その坊さんに直接聞いてみたら、
100ルピーとか、500ルピーとか・・・。と言われたので100ルピー札を出しました。
サンキューとか言われましたが、きっとたくさん出すのを期待されてたんだろうなと思いました。
おばちゃんが言った相場の50ルピーは、多分、私が外国人だし多めに言って、それだったと思います。
プージャもシヴァより短かったし、出したお金が少ないと坊さんに言われて正直びっくりしてちょっと冷めました。

他の観光客のインド人親子との会話でも、プージャのセットを持ってる私だけど、
外国人だし寺の中には入れないと言ったらその人らは驚いてて、
なんで?入れるよ。入りなさいよ。みたいな反応でした。
でもまあ、もう、そんなに内部に入りたくてしょうがないみたいな気持ちはなかったので、
寺の中の池が見えるところで休憩したりした後、正門から帰ろうと思ってそちらに歩いていきました。

すると、目の前の通路を象が楽器の演奏を従えて横切っていったので喜んで見送りました。
そしたら横の土産物屋の人がここで待っとくようにと言って来たので、
誰か来るのかと聞いてみたらそうだと答えました。
そうか、と思って待ってたら、ど派手な電飾みこしが練り歩いてきました。
これは撮らなきゃと思って、写真を撮りました。

通り過ぎた後に、なんだったんだろう。ガネーシャ?と思って、土産物屋に聞いたら、この寺の主役のミーナクシ女神でした。
わあ、もう、プージャの御利益があった。と思いました。ミーナクシがじきじきに現れたよー。と。
毎日こんなのやってるのか聞いたら、そうじゃなかったらしく、
なんかのグループが来てるからミーナクシが出てきたとかいう説明でした。
スペシャル?と聞いたらそうだとか答えて。
よくわからんけど、よかったです。

正門のところで内部をバックに、写真を撮ってる人がいたので、
おおそうか、と思って、真似して撮ってもらってみました。

また前回のレストランに行って、夕食を食べました。
べジタブルフライドライスとトマトスープと飲み物にしました。
やはりおいしくて、もっと他のメニューも試してみたいと思いました。

後でホテルに帰ってから、デジカメの画面を見ると、ミーナクシのみこしの写真や、
正門で撮った写真には丸い白いやつが写っていました。
こういうのは霊だから、霊的な場所とかでよく写るというけど、ほんとだなあと思いました。
私もプージャした直後だったし、色んな加護を引き連れてる状態だったんだろうな、と。
突然現れたミーナクシ女神
突然現れたミーナクシ女神

プージャ後1
プージャ後

【2007/04/18 00:03】 | マドゥライ | トラックバック(0) | コメント(2) |
4月8日の日記(日本発、バンガロール泊、マドゥライ着)
なんか、疲れたーというかんじです。
多分気分的に。

7日に日本を出発して、その日のうちにインドのバンガロールに着きました。
いつものごとく、大量の荷物で、どの位大量かというと、預ける荷物が5つに、機内持ち込みが3つでした。
関空は機内持ち込みの液体は各内容物が100ccしかだめで、
しかも向こうで用意してるビニールの袋に入るだけとかいう決まりになってたので、
ごま油の小瓶と瓶入りの海苔だけ持ち込みました。
最近そうなったみたいなので、職員もお互い聞きながらという様子でした。

わたしは明らかに重量オーバーなので、おまけをしてくれるのを期待して、
主名と2人で預けるのは40キロまでのところを40数キロの重さにしておいて、
残りは機内持ち込みにできるようにしていました。
機内持ち込みも2人で14キロまでなんですけど、20数キロになってました。
でもそれは重さを量らないときもあるかなと思って。
子連れだと多少多めにみてくれるのが常なのですが(ベビーカーの重さは重量に入れないとか)
あまりにもオーバーしすぎだとさすがに超過料金を取られるので。
2年前だかは、ツアーだから大丈夫と言われて、
気を大きくしてスーツケースなどの他にダンボールの箱3つとか持っていったら、
いくらツアーでも一緒にチェックインしないとだめということで、
すっごいまけてもらって、それでも1万数千円の超過料金を払った覚えがあります。

今回は、謙虚に(?)40数キロに抑えたので問題ありませんでした。
それどころか、その、液体は機内に持ち込めないので、ということで機内持ち込みにしようとしていた
かばんのひとつをまるごと預けるように向こうから提案してもらったので助かりました。
たぶんそれだけで7キロとかはあったと思います。
液体って、ちっちゃいカップに入ったゼリーとか、レトルトのおかゆもだめでした。

いつもなんかしらん飛行機の搭乗がギリギリになるんですけど、今回も最後で、
空港職員が無線かなんかで連絡を取りながら誘導してくれました。
迷惑ですか?やっぱり?

機内での席は、前が広く開いてるところということで取ってもらったところでしたが、
スクリーンの前だったので、寝ずに映画を2本観てしまいました。
それが微妙に疲れが後まで重い原因と思います。
主名はよく寝ていました。

主名は今回、インドに行きたくないとずっと主張していて、
「コダイカナルも嫌いになった。だってインドやから。」
なんて言っていました。
家を出てからも、「明日日本に行く?」とか言っていました。
しかし、今日マドゥライに来て、夕食を食べてるときに
「主名、インド好きになった」と言っていました。
なんで?ごはんがおいしくてたくさん食べて幸せな気分になったのでしょうか。
主名は今日はミールスのバターミルクをかけたごはんを、ちょっと心配になるほど食べていました。
ホテルの部屋に戻ったら足も洗わずにベッドで昏睡しそうでした。
水浴びせて体洗って、歯を磨いたら1秒で寝ていました。

タイでは、機内で「入国カードは全員が書く必要があります」とかいうアナウンスがあったので、
トランジットでも?と思いながら書いたら結局いらなくて、ちょっと混乱しました。
あれは空耳だったんだろうか。
主名はタイの空港ではなぜか歩きたがらなくて、
今回もぐにゃぐにゃになってしまったので疲れました。
多分、空港内を移動する、ちっちゃくてかっこいい車に乗りたいとかあるんだと思います。
トランジットのエリアまで結構遠かったので、
乗せてほしいと頼んでみようかなと思ったりしましたけど、
結局カートに荷物と主名を乗せて移動しました。

トランジット(トランジットとトランスファーってどう違うんですか?)の人用の休憩するところには、
子供が遊べる場所もあったので主名はずっと遊んでいました。
ああゆうのがあると、助かります。

ネットカフェでメールチェックをしました。
バンガロール到着時のタクシーをメールで頼んでたのですが、返信もなかったし、見てなさそうで、
タイでメールチェックしたときも返信がなかったのであきらめました。
タイからインドに電話を入れる方法もよくわからなかったし、もういいやと思って。
メールで、ババのコダイカナルへの移動はまた伸びそうだという情報を教えてもらって、
バンガロールからマドゥライにいくチケットを変更して、プッタパルティに行っては?と提案されて、
なんかすでにタイについた時点で疲れてたし、変更するのもしんどいし
人間が渦巻いてて、気温も高いに決まってるプッタパルティに行くのも気が進まなかったので、
そのままマドゥライに行くことにしました。
でもホントは、マドゥライ行きの飛行機のチェックインするまで迷ってました。
しかし体が自動的にチェックインしたのでそのまま来ました。

バンガロールに着いてからも、私のあまりの荷物の多さに、
職員が荷物を持ってくれて案内してくれました。
主名も歩かなかったので一人ではとても大変で。

しかしバンガロールの荷物を受け取るベルトコンベヤーのところはせまいですね。
人がギューギューづめでベルトコンベヤーの随分はなれたところで見てるしかできなくて。
あの光景を見たら旅の疲れ6割り増しです。

やっぱりタクシーは来てなかったので、空港でホテルとタクシーを紹介してもらいました。
1000ルピー以下くらいでと言ったのですが、ダブルでは税抜きで1600ルピーが下限のようでした。
たっかいなー、と思いましたが、かなり疲れてたし、いいことにしました。
タクシーは300ルピーこれも高~と思って、ちょっと不機嫌になりましたが、
これはそれなりに相場だったみたいです。
そこで日本円をルピーにして、一万円だと3200ルピーで、
これも暴利をむさぼられてるように思いましたが
(数年前は4000ルピーくらいのときがあってそのイメージが強くって)
それも空港両替ではそこそこ相場だったようです。
マドゥライの空港でも同じレートでした。

一泊するだけでそんなにお金がかかるなら、
バンガロールで泊まらずにプッタパルティに借りっぱなしにしているアパートにタクシーを直接走らせたい衝動に駆られました。
でも、主名はよく寝て元気でしたけど、主名の体調を崩したらいかんので、
もうホテルに行きました。
実際は私が疲れてました。

ホテルは値段の割りにぼろい雰囲気で。
あー、昔は平均100ルピーの宿しか泊まらなくって、200ルピーだったら贅沢な気分だったけど、
1600ルピー(実際は税込みにするともっと)でこれかー。200ルピーの宿とかわらんやん。
と、思いました。
わたしも贅沢するようになったなー、とか。
しかしインドのホテルは雰囲気と値段がほんとまちまちですよね?

でも、ホテルの従業員が感じよかったのでいいとしました。
部屋の電話も使えなかったです。
床はまだらに変色して。
でも、ホテルの従業員が感じよかったのでいいとしました。

睡眠時間は短かったけどよく寝て、よく休まりました。

マドゥライに行く、エアーデカンにチェックインしようとしたら、
預ける荷物が2人で30キロまでのところ、45キロで
15キロオーバーしてるから超過料金を払うようにチェックインカウンターのお姉さんに言われました。
女の人はびた一文まけてくれませんね?前、男の人だったら結構まけてくれたのですが。
いや、今思えばすでにベビーカーの分を差し引いてくれていたのかもしれません。
15キロオーバーは最初からわかってたので、払うつもりでしたが、
一応なんか言ってみようと思って、主名の体重は15キロしかないとか言ってみましたが、
機内持ち込みの荷物は一人一個です。いくつですか?と返されました。2人で大きいのを4つ持ってました。
観念して、超過料金を払うカウンターに行ったらルピーをあんまり持っていないことに気づいたので、
日本円からルピーに両替したいと言ったら、そこのおじさんは困って、いくらなら払える?と聞いてきて、
その時は700ルピーくらいしか持ってなくて、見せたら、
おじさんはさっきのお姉さんのところに行ってなにやら話して、
700ルピーだけ払えばいいようにしてくれました。
1000ルピー以上払わないといけなかったので思いがけずだいぶ安くなりました。
知らなかったんですけど、国内線の出発ロビーには両替所がなかったようです。

エアーデカンは席が早いもの順なので、今回は悪いけどほかの人を押しのけて、主名も走らせました。
やっぱり主名と並んだ席じゃないと非常に不都合が多くて。
無事、並んだ席に座れましたけど、今回は急がなくても結構あいてました。

ああ、流されるままに、頭悪いかんじでマドゥライまで行ってしまうのだという気がしました。
今回、わたしもインドに来るのは荷物の多さなどを抜きにしても気が重かったです。
全然行きたいと思わなかったけど、日本にいてもあっという間に行き詰るのもわかってるし。

マドゥライはでも、コダイカナルへの通過地点だと認識する前に、
いつかは行くだろうと思っていました。
最初に見たアガスティアの葉っぱで出た過去生の舞台だったので。

マドゥライの空港について、飛行機を降りたら感無量という感じで胸がジーンとしました。
とうとう来た。と。
私も主名と同じくインドは来たくなかったけど、マドゥライとコダイカナルは来たかったんで。
それってそのまんま、過去生から蓄積された傾向ってことで、
プッタパルティに行けばいいのにこっちに来ちゃったってことかもしれません。
そんな気がします。
開放されるべきエネルギーがここにたまってて、それに引き寄せられたような。

やっぱり、主名が寝てしまって、起きたけど寝起きで歩こうとしなかったので身動き取れなかったので
また、ほかの乗客や職員の手を借りました。
子連れで荷物が多いと大変だけど、助けを借りなきゃやっていけないので逆に不安が少ないです。

マドゥライの空港は予想外に建物が小さくて、
まだ次の部屋があると思ってドアを抜けたらすぐ外でした。
バンガロールの田舎空港め!みたいに思ってたところがあったんですけど、
バンガロールのあれは都会の空港なんだなあ、と認識を新たにしました。。

やっぱりたくさんの人によってたかって助けてもらって、荷物運んでもらったり、
いったん空港の建物の外に出ちゃってから両替しようとしたので中に引き返して両替についてきてくれたり
そんなこんなでチップ払わなきゃとか思ってるうちに
タクシーのドアがバタンとしまってあれよあれよという間に発車していました。

考える間もなくて楽といえば楽だけど・・・。

宿はまだとってなくて、ガイドブックに乗ってるやつもよさそうなのがいっぱいあったので
そのうちのどこかに行こうと思ってたのですが、なんかこれも考えたり選んだりする間もなく、
タクシーの運転手に任せる形になりました。

マドゥライの空港から街中に行く景色はバンガロールよりも緑が深い感じがしました。
そして色んなものがつながりあってる空気を感じました。
ここで過去生を過ごしたって、嬉しいというか、なるほどというか、なんかそんな気分がしました。
バンガロールはいろんなものがもうちょっとばらばらで、赤土の乾燥したイメージがあります。
マドゥライは熱帯雨林みたいな印象でした。

道路ばたに普通に象がいました。
わー、道にいるよ、と思いました。
野生じゃなくて飼ってるやつですけど。

ついたホテルは思ってたよりずっと高級ホテルでした。
え~、と思って、
しかもガイドブックでは駅とミーナクシテンプルの西門の間のエリアが旅行者には便利みたいだったので、
私もそこらへんに泊まろうと思ってたのに、そのホテルは反対側の東門のところでした。
一応値段を聞いてみたらエアコンなしのダブルで650ルピー。
タクシーの運転手に300ルピーくらいって言ったのに。と文句を言ったら、
それを聞いていたホテルの人が、
じゃあエアコンなしのシングルで550ルピーの部屋を税込みで500ルピーにします。
と値段を下げてきました。
でもダブルじゃないと。
と言ったら650ルピーのエアコンなしのダブルの部屋が税込みで500ルピーになったので、
部屋もバスルームも広くてきれいだし、そこに泊まることにしました。
それと、ミーナクシテンプルは東西南北の4つの門のどこからでも入れるんですけど、
東門が正面のようだったので、寺に行くにはいい場所だなと思って。
東門に徒歩2分のところでした。

しかし、マドゥライでは英語が全然聞き取れませんでした。
マドゥライはマドゥライでマドゥライ英語になってるようで、単語の使い方とかも違うような気がします。
バンガロールやプッタパルティにいて、少しは英語が理解できるようになってきた気もしてたんですが、
たぶんあれは英語というよりテレパシーがよく通じるようになったということなのかもしれません。

ミーナクシテンプルは夜9時まであいてて、まだ8時くらいだったのでちょっと行ってみました。
塔は予想外に高層でした。
始めてみる目にはすごい迫力でした。
これは高層ビル並み。と思いました。そこに彫刻がびっしりなので、いやー、すごいなと思いました。

プッタパルティのダルシャンに行くときみたいに警官に金属探知機でチェックされました。
くつは脱いで靴置き場に置こうと思ったら、そこにいたおじさんが
「かばんに入れときゃいいよ」
みたいに言ってきて、女性警官はちょっと反論していましたがおじさんの意見が通りました。
まあ、寺を通りぬけて向こう側の繁華街でご飯を食べようと思ってたから都合がよかったわけなんですけど、
いいのかな?とちょっと思いました。

入り口付近はおもちゃ屋さんなどの店が並んでいて、楽しい気分になりました。
主名にビーチボールを一個買いました。
中に入っていくとその雰囲気はまさに深きインドのそれでした。

奥に行ったら灯りを売ってたので、
2個買って、ミーナクシ女神とシヴァらしき像にくるくる回してささげました。
自分の体を使って捧げているという全身感のようなものと、
目の前の神像にゆだねていて自分のなかに雑音がなくなったような敬虔な感覚は久しぶりだと思いました。

予言の葉っぱのカルマ解消のために寺に行ってプージャをしてもらったり色々したときの、
プログラムにのっとって行動している感覚です。
それがよみがえってきました。

ああ、ここに呼ばれて、来たんだなあと思いました。

さらに奥のシヴァ寺院に入って、そのさらに内部の有料のところにチケットを買って入ろうとしたら
インド人しかだめと決まってる、と言われました。
異教徒は参拝できないと知ってたんですけど、あんまりそういう意識がなくて。
というのは、今までカルマ解消でインドのあちこちの寺に行ったときはインド人ガイドと一緒だったので
「この人はヒンズー教徒だ」とガイドが言って、
異教徒立ち入り禁止のところでもどこでも入ってプージャしてもらったりしてたので。
なんで?というかんじで、
別の入り口のチケット売り場に言ったらまたそう言われて、
しかも、そのシヴァ寺院自体がそもそも立ち入り禁止だったようで、
あきらめて有料のところの周りを回ろうとしたらそれもだめで引き返せと言われました。
仏教徒はインド人にとったらヒンズー教徒のはずじゃなかったのかなとも思って、
「わたしはヒンズー教徒だ」と言ってみたけど、
そんな意外すぎる言葉は耳に入らなかったようで、
「そうだ、ヒンズー教徒だけだ」
と言われました。

がっくりして、来た道を引き返しました。
この寺に来て感動したけれど、しょせんよそ者だから入れてもらえないんだと思って、
疎外感いっぱいでやる気も楽しい気持ちも何もかも失って引き返していったら、
途中に座っていたおばちゃんが主名は何歳だとか話しかけてきて、
いろいろ答えてるうちに私は外国人だから中に入らないように言われたとかいう話になって、
いつものごとく泣けてきました。

そしたらおばちゃんはびっくりして、そんなわけはないよ、いろんな国の外国人がもうすぐたくさん来るよ。
毎日9時にイベントがあるから。
と、いろいろ説明してくれて、なぐさめてくれました。
9時にはシヴァがシヴァテンプルから出てきて、ミーナクシテンプルに入っていって、
寺全体が閉まるんだそうです。

そして、私が引き返してきた道をもう一度一緒に引き返して、シヴァテンプルの前に私を立たせて、
ここからこう出てきて、こっちを通って、あっちに行くからね。と、教えてくれました。
そして、私の代わりにどこかに行って外国人用のチケットを購入してきてくれました。
これがあれば大丈夫だから安心して。と。
あれ?そんなの買う必要あったの?と思って、買わなくてもいいチケットを買ったような気もしましたが。

9時になるころにはほんとに外国人がカメラを持っていっぱい来ました。
西洋人ばっかりみたいでした。

9時に中にシヴァが入ってるらしいみこしを担いだ人たちがシヴァテンプルから楽器の鳴り物入りで出てきて、
私の前を通ってぐるっと回って、横のミーナクシテンプルに行きました。
おばちゃんがあっちあっち、と言ったので、あ、ついていっていいんだ、と思って、
ついて行ったら、ミーナクシテンプルの前でみこし集団はなにやらプージャのようなことをしました。
西洋人の観光客は写真をたくさん撮っていました。
インド人も携帯で撮っていました。
インド人はプージャ中のみこしの周りをぐるぐる回ってたので、わたしもここぞとばかり回ってお参りしました。
シヴァが出てきて、こうやって周りを回れるということは、それでいいのかなと思いました。
みんな、みこしの中を覗き込もうとしていましたが、
布がたらしてあって、見えそうで見えないニクイちらちら加減でした。

みこしがミーナクシ寺院に入って行った後、
プージャの後の場所に手をついてその手を額に当てたり、
ココナツジュースや花を床から拾ったりしてる人がいたので私も真似しました。

すっかり機嫌を直したわたしはおばちゃんと一緒に途中まで行って、途中で別れて私は西門から出て
ご飯を食べに行きました。

ご飯は、歩いていったら目的地になかなか着かないことに気がついたので、
看板や店の中もアマチだらけの食堂があったのでそこに入りました。

ミールスという、南インドの定食を、食べたことがなかったのですが、食べてみることにしました。
バナナの葉っぱに乗って出てくるし楽しそうとか思って。
その日初めての米のご飯だったのでとてもおいしかったです。
ちっちゃいうつわに色んなカレーが入って出てくるのですが、さすがに辛くて、3種類くらいしか食べれませんでした。
辛いの苦手で。
主名は先に書いたように、大丈夫か?というくらい食べていました。
ひもじかったのかな。
店のおじさん、この人がアマチの帰依者なのかなという人が
ちょくちょく来てこまめにお代わりを持ってきてくれました。
ぼろいともいえる店だったけど、帰依者特有の雰囲気に満たされていて、
宗教施設にいるみたいな気になりました。

帰りはすごく遅くなって、11時くらいになりました。
プッタパルティと違って人通りがぱったりなくなるということはなかったですが、
さすがに歩いてるのは男性ばかりで、我ながら平和ボケしてるかなと思いました。
しかし無事にホテルにたどり着きました。

寝てしばらくたってから、主名は暑さでぐずぐず言ったりしていました。
そういえば、主名は暑いと感じる気温が私よりも低かったけ。と思い出しました。
そうとう扇風機を強く回して、水分補給してやるとグニャグニャ言わずに眠りました。
タイ空港で
タイ空港で

機内で遊ぶ
機内で遊ぶ

【2007/04/18 00:01】 | マドゥライ | トラックバック(0) | コメント(0) |
なかなか。
今回インドにパソコンを持ち込んだので、いろいろ便利に書けるかなーと思ったら、
主名が起きてるときは主名の電車や動物などのDVDを見るのに使われて、私が使えませーん。

それでも主名が寝てるときに書いた日記を記録して、今インターネットカフェでちゃっちゃっとはりつけようと思ったら、文字化けして不可能。

コダイカナルに来てからはなんでか日記を各タイミングもつかめなくて

あ、文字化け対応できましたが主名が泣いたので出ます。
【2007/04/16 00:43】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
ほかの人に当てたメールの抜粋
サイラム

インターネットカフェからです。
日本語オッケーです。
パソコンは持ち込んだのですが、今のホテルの部屋の電話は内線だけなので。
ここのは気持ち遅いですが、前の道路には「早いインターネット」みたいな、別の店の看板もあります。そっちはまだ行ったことないですが、ここは主名を遊ばせておきやすい感じなので。

昨日は主名が体調を崩したので一日部屋にいて、今日は午後から外に出てきました。
主名は下痢とかもしてたのでふらついてますがもう元気になりました。
自炊セット用意しててよかったです。
ラーメン、ソーメン、くらいだと作れましたが、ちょっと元気な野菜だとなかなか火が通らなかったです。
ホットプレートタイプのやつを買ったのですが、暖房器具のように長時間使ってます。
追加の毛布を借りたら1日10ルピーでした。

ヤガッパは
2つのベッドの部屋で770ルピーと言ってたから、一人当たり385ルピーということなんでしょうかね。
だったら4つのベッドの990ルピーの部屋だと一人当たり、えーと、250ルピーくらいということですか。
YMCAは実際には行ってないです。
多分、ヤガッパと同じく、ひとつのベッドが350ルピーとかの相部屋。と、そういうのかな、と。
タクシーのドライバーはすごくいい部屋とか言ってましたけど。

初日に宿を探しまくって、まあ、400ルピー以下でというありえない値段で探してしまったのでなかなか見つからなかったのですが、どこもババが来たら値段が上がるのを聞いて、ババとともにサイラム関係者が来て、泊まるところあるんだろうか?と心配になりました。
でも、わたしはコダイ初心者なので、タクシードライバー感覚と、サイラム関係者の意識のギャップで全体が見えてないのかもしれません。

今とまってるホテルでは、今日あたりからシーズンで、今私が泊まってる部屋もほんとは1200ルピーになるそうなのですが、1日半ぶりに町に出てみてなるほどと思いました。
2日前にくらべて交通量がずいぶん増えています。
観光バスもいっぱい来てて。
ホテルの前のスペースも駐車してる車でいっぱいです。
週末ですしね。

合同結婚式ならぬ、ババの親族の娘さんの結婚式が14日くらいだかにあるからババが動くのはその後よって、わたしらがまだプッタにいるとき(つまり3月20日以前)にだれか外国人に聞いたような。
ということはあの情報はかなり正確だったんですね。
誰が言ってたんだっけなあ。シンガポールの人だったかな。

今日は、アシュラムの裏手のホテルにもう一度徒歩で行ってみて、部屋を見せてもらおうかなと思ってます。
あさって、今のところを出るなら出るので。

オームサイラム

(ブログを見てる人へ;ババがコダイに動く可能性は高いのは20日くらいだそうです。もちろん動かない可能性も。)
【2007/04/14 19:44】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(1) |
Thailand
Ima,Thailand desu.
Ima ni natte, Putta ni itta houga iinodeha?to iu mail ga kitari site,U-n,dousubeki???
Baba no idou ga nobiteru toka iu hanasi desukedo.
Dousubeki?
Chotto wake wakaran toiuka, konran sisouna.
Ma-,
Kangaete mimasu.
【2007/04/07 19:35】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(3) |
明日またインドです。
夕方、スーツケースとバック、計40キロのを空港宅配の人に集荷してもらって、やれやれです。
後に残った残骸のような散らばったものをかき集めて手荷物にして持って行きます。

主名は「もうインド嫌いになったん。ここにいるの」とか言って、日本にいることを断固主張してます。私だけがインドに行っていいそうです。

わたしも、だるいなーとか思いますが、チケットもあるし、荷物も送ったし、食材も買い込んで中古のノートパソコンまで買って、もう行くしかない状況に自分を追い込んで、出発します。行く意欲は限りなくゼロ。

周りの家族も私たちを送り出すのに非常に協力的でして。
だんなも実家の両親も。
今回みたいに2~3週間ぐらいの帰国がみんなにとってちょうどよかったみたいです。
(わたしらっていったい・・・。)

しかし、私もゆっくり湯船につかれたし、主名と四六時中顔を突き合わせる生活からしばし開放されて、骨休めしました。
主名も交通博物館やこどもの森に行ったり、みんなに遊んでもらってのびのびして、ご飯ももりもり食べていました。
かなり主名中心の帰国期間でした。

あんまり主名が「インドいや」というので、主名用にDVDとか買いました。電車のとか、動物のとか、働く車のとか。
今回、DVDも見れるノートパソコンを持っていくことになったので。
シールブックなんかも、「インドに行く飛行機でしようね」とおあずけにして。

インドだとすぐ怒る私しかいないし、日本だと好きな納豆やのりでご飯も好きなだけ食べれるし、日本には近くにいじめる子もいないから、インドがいや、日本がいいというのももっともです。子供が遊べるような公園や遊具もインドでは見かけないし。
まあ、若いうちに苦労しといたら後が楽やで、とか慰めにもならないことを言ってみたり。

ちっちゃい炊飯器を持っていこうかと思いましたが、コダイカナルは電圧が低いから使えないかも?というのと、それ用の変圧器も高かったから買わなくて、でもきっとマイコンジャーなのでどうせ使えなさそう、と思って、もって行く気は限りなく薄くなりました。
向こうでなにか調理器具を買おうかと思いますが、どんなかな。なんせ行ったことないところだし。
いっぺん行ってみたいなとは思ってて。

夜にバンガロールに着くので、そこで一泊して、翌日の夕方にマドゥライに飛行機で行って、またそこで一泊して、翌日の朝、ミーナクシ寺院でも見てからタクシーで山を登ってコダイカナルに行く予定です。
一日あたりの移動時間をなるべく少なくしようと思って。
高度2000メートルくらいでしたっけ。コダイカナルは。
酸素も薄いでしょうし、主名は喘息持ちということもあるし、なるべく疲れないようにしようと思います。

さあ、もうちょっとやることをやってしまいます。
【2007/04/06 19:41】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
一時帰国
3月21日だったか、一時帰国しています。
4月7日にまたインドに行く予定です。
帰ってきて2日目に実家の犬が老衰で死にました。
別に悲しいとかはなくて、特別かわいがってたとかもないんですが、なんか、タイミングだなあ、と思いました。

日本に帰ってきて、羽をのばしたら、インドに戻るのが正直だるいですが。
日本にいるのは楽だなあ、と。
これも長くなったらまたきっといやになってくるんでしょうけど。

サクラが満開のときをこっちで過ごせたのはなんだか贈り物でした。

カスツーリ夫妻のCDロムをゆっくり見る時間ができたので見ています。
日本での日常に巻き込まれて精神的昏睡状態になりかけたときにはこのCDロムの持つ力を感じます。
夫妻と直接話したりしてるというのも大きいかもしれませんが。
英語は私はよくわからないので内容は適当にしか見たり聞いたりしませんし、もうちょっとこうだったらいいなとか思う欲もありますが、なんにせよ、夫婦でこういうものを作るのって、力強いなと思いました。
本みたいに画面がめくれるので、主名がよろこんで操作しています。
絵や写真もいろいろあるし、音も出るし楽しいみたいです。
ただ、ババの写真集のやつは、パスワードがないと開けないようになってるみたいですね?
知らなかった。
夫妻にこんど会ったときにでも聞いてみます。

【2007/04/04 03:04】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(5) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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