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休むように言われた子
今朝、サウスインディアンキャンティーンでご飯を食べた後、
神殿の中のババをちょっと見てから主名の学校に行こうとしたら反対方向から主名の学校での知り合いの母子が来ました。

学校に行かないんですか?と聞いたら、子供が行きたがらなくて行ってもいたがらなくって泣くので、先生に2~3ヶ月休んで、子供がもうちょっと大きくなってから来るように言われたとの事でした。
その子は3歳1ヶ月です。
でも、そのこは最初の15日間は楽しく通ってたそうです。

私が思うに、先生は今は4~5歳の子の相手をするのに気持ちをもっていってて、3歳児は相手できてないんじゃないかと思います。
今、それぐらいの年齢の子供(4~5歳)が何人か入ってきたし、
最初は親も心配だから親を安心させるためにもその子たちを楽しませないといけないし。
主名も最初はもっと学校にいたいと言っていたけど最近は途中で帰りたがってるみたいですし。
主名は今、3歳8ヶ月くらいです。

3歳と4歳と5歳じゃ、ずいぶん対応も違ってくるんだろうと思います。
でも3歳児は3歳児で4歳や5歳の子がスペルの練習してる間とかはおもちゃで遊ばせておくとかしておいてもいいように思いますけど、それをすると4歳や5歳の子が集中できないんでしょうか。

確か2歳児もいたと思いますがどうしてるんだろう?
教室の中はブラックボックスです。
主名の空想交じりの報告が頼りです。
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【2007/06/29 13:39】 | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月29日 ババにさわった夢
6月29日 ババにさわった夢

今朝はダルシャンの夢を見ました。
なんかくじ引きみたいなので寝る場所を決めたら自分と仲間たちは屋外で寝ることになって、
で、冷えるかもしれないので屋内の荷物を置いてるところに主名と行って、
長袖長ズボンの衣類を取りました。
屋内ではペンキを塗るような作業をしていてすごい刺激臭がしていたので
ああそれで屋外で寝ることになったのかと思いました。

そしたらその建物の入り口からババが入ってきてダルシャンになりました。
私は一生懸命手を伸ばしてババの腕や手にさわりました。
で、とうとう触ったなと思いました。
というのは現実世界では話をしたり触ったりなどの直接の肉体的接触はないので。
(でもこれも夢でした。)

その後ババが白くてナッツなどの混ざった甘いお菓子を配っていたので
欲しくてこれまた一生懸命手を伸ばしたら、他の人に大きい塊をあげた後に残った
かけらのような小さな一切れをくれました。

そしたら私が並んでいた列の人が欲しがったので、もらったプラサードを列にまわして、
ほんのちょっとずつだけ分けました。
でももともと少ないし、自分の分がなくなりそうで気が気じゃなかったです。
そしたら列の後ろのほうの人たちはもっともっと大きいプラサードの塊をみんなふんだんにもらってて、
私がもらった小さなプラサードは全然およびじゃありませんでした。

その後でぶっちょのヒーラーのような女の人のセミナーみたいな場に私はいました。
女の人が、高校生が光を連れてくることが多かったというような体験談を話したりしていて、
そしたら私を見て、私の頭上にすごい光か来てるとか言って、こっちに来て頭上の光が
あるあたりをなぞるようにした後ハグしてきて私個人のセッションみたいなのがその場ではじまりました。
で、あなたは子どものころはすごく頭がよかったとか、歯がやばいので長生きしないかもしれない。
長生きするパーセントは・・・とかずっと一方的にしゃべってました。
わたしはずっと号泣していて、
夢の中でそれは3千円弱のセミナーだったんですけど、元を取ったなと思いました。
で、私が号泣するのでそのヒーラーは今の私の現状がどんなに恵まれたものであるかということに
意識を向けさせようとしていました。
インドに旅行も出来るし、驚くべきことに自分で働いてお金を稼ぐ必要もないし、と。
しかしわたしはいろいろたまった思いが出るのでずっと号泣しててヒーラーの話は全然
心に響きませんでした。
途中からはヒーラーに対して心理的な距離を少し置いていて、
単に私は自分のためにきもちいいから泣いていました。

そのセッションが終わった後もそのヒーラーと何かしゃべった気もしますが忘れました。
思い出しました。パソコンは疲れるでしょうと言われ、あれはわりといいんですとか答えて、
集中するでしょう、と少し非難の雰囲気も混ざったように言われて、
集中できないですよ、子どもがいるからとか答えていました。
夢の中でそのヒーラーが作ったおいしいキャベツ料理を食べました。

起きてから思ったのは、
ダルシャンの夢でババに一生懸命触ろうとするとは、
今の私はずいぶん肉体意識が強いんだなということでした。
アシュラムの近くにずっといることの影響と思います。
日本でセンターに行ってると二元性の意識が強く表面に現れてくるようなパラドックスと同じく。

プラサードを、なくならないかと思って冷や冷やしながら配ってたら
他の人はもっといっぱいたくさんもらってた、というのは分け与えてるという分離的な意識を持つときに
よくありがちなことだなと思いました。
ほんとはみんな充分満たされてて、その上であげたりもらったりとかそういう遊びが行われるだけだから
遊びに深刻になるとおかしなことになるんだろうと思います。

目が覚めたときは朝7時でした。
眠かったので起きようかと思ったけど正座して布団の上に突っ伏してまたうとうとしていたら
左の肩にぽんと手を置かれたので(ババに?)起きて、これを書いたというわけです。

ほとんど書き終った時に主名が起きました。
「お風呂いっしょに入りたいー」といって泣くので
「私まだ入ってへんで」というと「え?」と言っていました。

「電気つけようか?」と言ったら「つけないー」と言ってぎゃー、というのでつけずいにいたら
「電気つけてよー、遊べへんやん。今つけてよー」と言ってまたギャーと泣いて私をつかんできて、
放っておいたら落ち着いて今はほかの事に気を取られて静かに「暗いのが好きじゃない」と語っています。

今から電気をつけて、お湯を浴びてアシュラムにご飯を食べに行って学校に連れて行こうと思います。

(その後、パソコンを消して電気をつけようとしたら主名は「つけない」と言いました。。。パソコンをしてる間に電気をつけたかったそうです。)
【2007/06/29 13:29】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月28日 学校。。。
6月28日 学校。。。

この前、もうひとつの学校の見学に行きました。
こっちは今行ってるところとは対照的に地元のもろ一般庶民の子供たちという感じでした。
月々の学費を払ったりかばんなどをそろえたりする余裕がある家庭ではあるんでしょうけれど?
いま行ってるところは外国人や、インドのどちらかといえば上流っぽい雰囲気の子が来ています。
しかし時間が2時間と短いし、しかも早くに呼び出されたりして実質いまは1時間半です。
ちょっと短すぎるし(送り迎えの私がしんどい)土曜は休みで、
先週の金曜は学校のすぐ前まで行ったのに携帯に電話があって
「今日は雨だから休みにしましょう」と。
遊んでばっかりでどうなんかなあ、こんなんでいいんかなあと思ったこともあり、
もうひとつのほうも見に行きました。

もうひとつのほうは午前3時間午後2時間でいまのところと同じ月300ルピー。
入学時に設備費が1500ルピー。
日曜は休みだけど希望者は追加料金月100ルピーで
日曜の午後に2時間、創作活動の時間に参加できるということでした。
先生は3人で生徒は40人くらい。
いくつかのクラスに分かれて一クラス15人以下で授業するそうです。
今の所は先生1人に多分先生のお母さんらしきおばあさんの2人で10人の子供をみています。

もうひとつのほうは教えるほうも教わるほうも
熱意があって、しっかり色々教えてくれそうでいいなあと思いました。
名前もLearning Centreとなっていて。

今の所は先生が私の携帯に打ち込んでくれた名前はFUN SKOOLとなっていました。
つづり、違ってますよね???SCHOOLですよね?それを見ながら大丈夫か?と思ったわけです。
後で主名のお絵かき帳みたいなやつの表紙に
先生のお母さんらしき人が書いてくれたのもやっぱりSKOOLでした。
SKOOLのOOのところには目玉が描いてあってかわいくしてありましたけど。
でもかわいくてもこんなん間違えないで欲しい。私が気づくくらいだから。

(あれ?Learning Centreもつづり違ってます・・・?がくっ。)

こないだは誰かの誕生日だったらしくて、屋上で待ってたらみんな来て、
子供らはケーキを食べて、板チョコとキャンディーが配られました。
この学校、おもちゃはいっぱいあるみたいなんですけど、授業の様子を見れる機会もないし、
それも不満で。だいたい遊んでるみたいです。

もうひとつのほうの責任者の先生に話を聞いたら感じもよくて、
その人は以前は公立高校の美術教師をしてたそうで、字もきれいだし、
私の絵を見せてあげましょうか?というので喜んだら、以前描いた絵じゃなくて
その場でさらさらっと多分インコが木に止まってる絵を描いて
私の名前を装飾文字で書いて入れてプレゼントしてくれました。
(スペースの都合か、「Sawko」とちぢめてありましたが)
もし鷲とかだったら気まずいのであえてインコかどうかは確認しませんでしたが。
私も以前絵を描いていたと言ったのでなんとなく意気投合したような雰囲気になって
(あくまで雰囲気)その先生からインドの伝統的な絵を学べばいいとか言われました。

主名はその先生に
「名前にSAIをつけるべきだ。前にする?後ろにする?」
と言われたので「じゃあ、前に」というと
「サイ主名」と名づけなおさられました。

創作活動の時間はドイツ人のプロのアーチストが来て行うということで、
その人が来るときにまた来て話を聞こうと思ってその時は帰りました。

で、今日はドイツ人が来ると聞いていたので主名を今行ってる学校に預けてから行ってみたら
他の先生は明日、金曜に来るはずと言ってて、
責任者の先生に聞いたら彼女は今はバンガロールに行ってるということでした。
月曜日に来るそうです。ああ、いつものパターンだ。。。

その責任者の先生が来る前に、せっかく来たし、授業風景を見てました。
私を熱烈に誘った数年前からの顔みしりのおばちゃんが先生をやっていました。
私は常に引きぎみに接してた人なので、この人に習うのか~・・・。と思いましたが、
彼女の背景も知らないし、
責任者の先生も彼女はすごくいい教師だというし、
まあ、と思ってみてたんですけど、
インド人の大人がよくやる子供のほっぺをぎゅーっとつまむ動作が頻発。しかもかなり強い。
目にも止まらぬ速さで子供にマジ張り手。(子供泣く)
あと、かわいがるかんじの張り手。。。。。
これは、ちょっとなぁ・・・。と思いました。
ほんの10分か20分見てる間にそんなだったので、これを一日5時間は嫌かもと思いました。
ベリーグッドティーチャーですか・・・。
前回主名と見学に来たときは主名も子供たちに混じってたし、
こっちの学校に変わるのもいいかもと思ったのですが、ちょっと考えます。

子供に字を教えてたんですけど、20数人が教室にいて(あれ?15人以下ではないですよ?)
先生の前の5人くらいがノートに書いてて、先生がそれを添削してて、
後の子たちは単に座ってしゃべってました。
日本の学校の授業風景のまとまりを期待するのが無理なんでしょうけれど。
だって、ヴェーダ教室でさえばらばらですもん。
大人はほとんどがアシュラムのスタッフという面子でありながら。

この学校には住み込みで勉強してる子供たちも10人くらいいるみたいで、初めて行ったときは
そのこたちはご飯を食べていました。

その顔みしりのおばちゃんはここの学校の授業はべーリィグーーッド。なんでこっちの学校にしない?
と言いました。
こっちはテレビもあってアニメも見せられる。と。
今主名が行ってるところもテレビはあるというと、そしたらそこは何が悪いの?と。
テレビがあるかないかで学校の質が判断されるところなんですか、インドは。
アニメを子供に見せることが売りになるという。
今行ってる学校に迎えに行ったときに子供らがみんなでアニメを見てたときは
なんか先生楽してるんちゃうかという気がしましたが。

で、いっぺんアパートの部屋に帰ってお茶を飲んで一休みしたら携帯がなりました。
まだ11時なのに・・・。
主名が探してるから迎えに来て。と。
ちゃんと11時半まで預かって欲しい・・・。ほっと一息ついた分疲労感がおしよせました。

学校に行ったら中では英単語のアルファベットを教えている声が聞こえました。
多分、主名にはまだ早くて飽きたんだと思います。
「途中から帰りたくなった」と主名は言ってました。
でもあと30分くらい休ませて欲しいっ。
新しい子がまた入ってきたので、それで年上のその子にあわせたことを中心にやるようにしてるのかなとか。
たぶん手が回ってないような。早く帰らせたほうが都合がいいんだろうとか。
そういう思いが浮かびました。
明日からはしばらく11時に迎えに来てといわれました。

しかしやはりプッタパルティの学校は「スワミの〇〇の娘も通ってる」とか
「〇〇(ババの人生の中での重要人物)の孫も来てる」とか、ババの血縁の子どもが来てるとかそういうのが引力になるみたいです。
もうひとつの学校で先生をしてる顔みしりの彼女も「わたしが〇〇の孫を教えてるのよ」みたいに
言っていました。まあ、ここに限らずどこもそうなんでしょうけれど。

最近は昼寝なしでも大丈夫になっていましたが、やはり新しいエネルギーに触れると疲れるのか、
今日はもうとてもじゃないけどしんどくて、部屋で昼食を食べて行水した後、
20分だけでも昼寝をしようと思いましたが
状況を見ない主名は5分毎につついて起こしてきたりしてふざけるので私はまた激しくきれました。

今日は疲れすぎてたので切れた後「何で休ましてくれへんのよ」と泣けてきました。
英語もろくにできないわたしがあちこち話を聞きに行って、学校の送り迎えも他は子どもの父親や
おじいちゃんおばあちゃんがやってるところも多いのにとか思ったり。しょうがないんですけど。
で、疲れて20分寝ようと思ったら子ども本人に邪魔されて。かなりいやになりました。

ダルシャンに行って、おやつを食べて、バジャンのときは雨が降っててさらにもっと降りそうだったし
疲れてたので部屋に帰って寝ました。
ダルシャンに行く前にかなり怒ったので
「また怒られたいんか」というと「怒られたくない」と言って
主名はもうあんまり寝る邪魔はしませんでした。(すこしした)
というか、主名も寝てました。

7時過ぎに起きてウエスタンキャンティーンにご飯を食べに行きました。
雨は上がってたけど途中で主名がべしょっとこけて服が泥んこになりました。
着替えに帰るかと聞いたら帰らないというのでそのまま行って、
キャンティーンの前でズボンだけ脱いでご飯を食べて帰ったらやっぱり冷えたのか
久しぶりに少し喘息が出ました。
でも最近は常用していた薬をやめていたのでずいぶん発作が出にくくなったものだと思います。
前は雨になる前やちょっと走っ回ったりしただけで出たりしていたのですが。
最近はまとまった時間走ったり歩いたりしても平気になりました。

学校は、見学に行ったもうひとつの学校も大はやりみたいですし、今行ってるところももう定員なので
新しい子は断ってるみたいです。
というのは、今日キャンティーンの帰りに子連れのインド人に「どこに通わせてるの?」と尋ねられて
学校の名前を言ったらそこはもうフルなのでだめだったと、その人が言ってたので。
ここはほんと選択肢が限られています。

ここでは6月が入学のタイミングらしいです。
インド全部がそうなのか、ここだからババの移動にあわせてるのか、そこらへんは分かりません。
なんだかんだいってもやっぱり日本の幼稚園や保育園はいいよなあと思います。
ちゃんと遊具とかもあったりするし。先生の伴奏で歌を歌って絵を描いて粘土や工作もして。
遠足や芋ほりやお泊まり会とか。プールもあるし。
親の負担も大きいのかもしれないですけど。日本で通わせたことないしわかりません。
でも日本での親同士の交流は私には無理と思います。
今行ってる学校では親同士はさらっとしたものです。今のところ。

なんかやっぱりいろいろ暑苦しくて疲れます。
なんか常に全身で物事にかかわってる感じなので。頭に涼しい風を吹き込みたいです。
常に頭に血が上ってるみたいです。
気温は雨のおかげですごく涼しくてすごしやすいのがありがたいです。

ここに住むのは大変だけど守られてるからベストだと、ある人が言っていました。
いろんな人がいろんなことを言っていますけど、誰が何を言おうと基本的に何も信じられません!
でも生活していくからには色々関わって妥協点を設定してなんだかんだ活動せざるをえないです。
【2007/06/29 13:24】 | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(1) |
6月28日イスダルシャン
6月28日イスダルシャン

おとといの午後はトークンに出ました。
3番で、わりと早めだったのでキャンティーンスタッフの席の後ろに座りました。
そこだと前にスペースがあいてるので主名が多少はみ出したり寝転んだりする余裕があるので。
ババが来たときは主名は寝てて、
ババは車いすで来たし近くって、主名に気を取られることもなくよかったです。
コダイカナルを思い出しました。こんなだったなあ、と。
近いとやっぱり迫力があって、肉体がそこにあることの影響力を感じました。

昨日の午後は車で来て、今日は3時くらいに来てて、まだトークンの人らが入場してなかったと思います。
トークンは今は女性は3時なので。
わたしらは3時くらいに行ったらもうヴェーダが唱えられてて何かの間違いかと思いました。
ホールへの階段のゲートが閉められていたので少し待って、
ババが神殿に入った後にあいたのでホールに入りました。
しばらく待ってるとまたババが出てきて車いすでホールの通路をうろうろしました。
通路を車いすでうろうろしてくれると近くていいんですけど、
みんな興奮して身を乗り出すのでその雰囲気で疲れます。
前の人に座ってと頼むと逆切れされたり。
コダイカナルではそこまでみんな立ったりしないのでまだましです。

車いすでダルシャンするときは車で来るときよりも手紙はたくさん受け取るように思います。
赤ちゃんを祝福したり、こないだは拍手が起こってたので見なかったけど多分ビブーティーとか
物質化したりもしてたんだと思います。
昔、歩いてダルシャンがあったときはそんなんだったですよね。
その時はそれが当たり前で、インタビューもそんなに特別なこととは思わなかったけれど
時代は変わっていくんですね。
ダルシャンがあること自体、限られた期間ですもんね。

今はUSAの団体と、黄色いサリーのインド人の団体が来ています。
【2007/06/29 13:23】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月25日
今日は主名の学校のあと、主名の希望でまた川に行きました。
この前は向こう側に行ったんですけど、今日はこちら側の岸に行きました。
主名はまたでっかい石を投げたり棒を拾って水面をたたいたりしてものすごい楽しんでましたけど、私はだんだんしんどくなってきて、
しんどうからもう帰ろうと言っても「まだ」といい続け、30分とか40分くらいさらに過ぎたので
ついに私がぶちぎれて「しんどいしもう帰る」と言って帰ったので
ついてきた主名をぎゃーぎゃー泣かせながら帰りました。

昼は部屋で食べて、今日は久しぶりにダルシャンに間に合いました。
久しぶりでもないのか?ババが来る前にホールに入ってたのは久しぶりな気がします。

今日もババは車イスで登場でした。
最近多いです。
車椅子のときは車のときよりゆっくりです。

そのあとうちらはおやつを食べにいったんですけど、そのときもまた再登場していました。

今日はノースで夕食を早めに食べて、今はネットやにパソコンを持ち込んでウイルス対策のやつを新しくしています。
【2007/06/26 00:13】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
6月24日
6月24日

今日はもう24日ですか。早いですね。22日かと思いました。
今朝はヴェーダの音が聞こえてからアシュラムに行ったけど、
ダルシャンの最後のほうに間に合いました。
ヴェーダが聞こえてから行っても間に合うことに最近気がつきました。
今朝はババは車椅子(イス車?)でのダルシャンでした。

昼は主名に約束していた紙を組み立ててつくるはしご車の絵本を買いに行って、
部屋に帰ってつくりました。98パーセント私が作りました。
イラつきながらやけくそで作ったんですけど、主名は喜んでいました。
けっこう細かくて時間がかかって、大きいのが出来ました。
火事になってる家付きです。

やっぱり喜ぶとその後よく言うことを聞いてくれて、今日はちゃんと2時間半昼寝できました(私が)。
今日はヴェーダ教室の日だったのでCDを流しっぱなしにして寝て睡眠学習です。

起きてからご飯を作って食べさせて食べて、お湯を浴びて歯を磨いてたらまた
ダルシャンのヴェーダの声が聞こえました。
それはもう間に合うのはあきらめてたら、その後またなんか音楽が聞こえてきたので、
ババが出てるんだなと思って用意してアシュラムに行きました。

行ったらいろんな色の服装をした人たちが激しく踊っていました。
なのでおやつは後にして先に見に行きました。
今日のは体育会系なダンスでした。
格好からしたら砂漠の地方かなと思いましたが、棒や剣や他にもなにか道具を使って
輪になって激しく踊っていて、観衆もわーっとのっていました。面白かったです。

ババはその間ずっと出てて、見てました。
終わった後はその人たちとずっとしゃべっていてペンダントを物質化したりもしていました。
ヴェーダも音楽もなく、ババとその人たちがただしゃべってて、
その声とかはもちろんうちらには聞こえませんし、
なんかすごく静かな空気が流れていました。
そのうちラドゥーのプラサードが配られました。
よく出るお菓子だし、数も充分ありそうだったからかみんな比較的静かにもらっていました。

それをもらってからうちらはお茶を飲みに行きました。

バジャンのときにまたホールに戻りました。
主名が持ってたオートリキシャのおもちゃで主名のほかに
インド人の男の子や女の子が3人集まってきて遊んでいました。
主名は学校にまともに通いだしてまだ6日とかですけど、
明らかに他の子との遊び方を会得したように見えて感心しました。
今までも遊んではいたんですけど、距離や緊張感があったのが、
なんかリラックスして一体感を感じながら遊んでいるような。
余裕をかまして。誰に遊ばすか主導権を握って軽くしきったりもして。
まあ、主名のおもちゃですけど。

やっぱり英語にも興味を持つようになってこれは英語でなんていうのとか聞いてくるので
わたしも辞書で調べたりして勉強になります。
ディスとザットの複数形を今日やっとはっきり知りました。。。
学生のころからそこらへん全然認識できなくて。

主名は身近なおばちゃんたちに覚えた英語を使って話しかけてみたりしてるんですけど、
みんなテルグ語なんですよね。
通じてないか、テルグー、テルグー、テルグ語を勉強しろ、とか言われています。
で、バグンナワ(テルグ語で「元気ですか?」)と主名に言わせたら隣の部屋のおばちゃんは喜んで、
その後そのことを何回か部屋で他の人にしゃべっていました。(つつぬけ)
でも、コダイカナルでババがイーシュワランマデーでだったかしゃべったとき、
アフリカ旅行でババのお母さんが心配して何回もバグンナワと電話で?聞いてきたという箇所で、
ババのしゃべる「バグンナワ」が聞き取れたので
わたしもなんだか新鮮な喜びでした。

バジャンの後はヴェーダ教室に行きました。
今日はうちらのほかはインド人のおばちゃん2人と10代の男の子1人と8歳くらいの男の子1人でした。

今までのを唱えて、ニーラスークタムのロングバージョンを1人ずつ唱えるように言われて
おばあちゃん先生に言われて最初に私が唱えました。
主名の学校の間に練習できたおかげでわりにきれいに唱えられて、おばあちゃん先生も満足したようでした。
このニーラスークタムのロングバージョンはCDもテープもテキストもなかったので
やる気が出なくってずっと練習してなかったやつです。
一応教室で録音させてもらったり、教室にきてるおばちゃんにテルグ語のテキストをアルファベットに
翻訳してもらったりもしたのですが、どれもこれも練習するときに自分で修正が必要で。
唱え方を確定できないのがだるくって。
おばあちゃん先生も毎回どころか一日のうちでも唱え方が変わったりするのでした。
でも一応出来たという感じになりました。長くかかりました。これは。

他、10代の男の子が唱えて、みんなで唱えてそれは終わりになりました。
今日来てたおばちゃんのうちの1人は多分今日から始めようかなと思って来てた人かなと思います。
たまにそういう人が来ます。
でもテキストも持ってなかったしいきなりでわけ分からんという感じでした。
テルグ語の会話なので分からないですけど、おばあちゃん先生はそんなの音なんだから
音を聞いてやったらいいんだみたいなことを言ってたように思います。

つぎにヴィシュヌスークタムのこれもロングバージョンになるんでしょうか。
それをまた1人で唱えさせられました。
これはラーマクリシュナのところのCDにあったので比較的楽に練習できました。
プラシャンティニラヤムで売ってるCDのは半分ぐらいしか収録されていませんでした。
テキストはマントラプシュパムのテキストにほとんどありました。
一部ないところがありますが。2~3行くらい。
しかし、テキストとCDがかっちり用意されてたらヴェーダは練習するのが楽なのになあと思います。
テキストや音源を捜すのでわりと苦労します。

これもだいたいオッケーで、私の後は8歳くらいの男の子が多分音源がないんで
練習できなかったのか、半分くらいまで唱えました。
この子はけっこう知ってて覚えてて唱えられるんですけど、
おばあちゃん先生はこの子にすごいきびしく恫喝します。
おばあちゃん先生が教えてる学校の子なんでしょうか。容赦ないです。
この子は若いのに妙にこぶしをきかせて唱えがちです。
家でおじいちゃんとかに習ってたりするんでしょうか。

しかし、テキストがあるところはこの子はわりときっちり唱えられるんですけど、
おばあちゃん先生はテキストではない、自分が覚えている上がり下がりとか唱え方に修正するから、
はたしてどっちが正しいのかなあとは思います。
きっと、この子が覚えてるとなえ方のほうが主流なんじゃないかとか。
そこらへんはみんな適当で、あんまり気にせず。修正されるがままに、です。
多分、のちにおばあちゃん先生から習わなくなったらわたしは主流な方に修正すると思います。
今もそうしてますけど、時と場合によって使い分けてます。

主名の学校の間にヴェーダを練習できると助かります。
それまではもうほとんど睡眠学習や流し聞きくらいしか出来てなかったんで。

今日は主名もガヤトリーマントラのときはちゃんと手を合わせて一緒に唱えていました。
だれにも気づかれてなかったけれど。
こないだ学校で唱えたときも唱えられたんで嬉しかったみたいです。
その後横で1人で遊んでるときもガナパティプラールタナを自分で唱えていました。
今日はそんなふうに聞き分けがよくて途中で寝たので楽でした。
学校効果でしょうか。

あと、これまた音源のない(ヴェーダ教室のは録音させてもらいました)やる気の出ない
ローガニワールナスークタムもしました。
これもだいぶ長い間ひっぱってるのでそろそろあがりにしたいところです。
全体を通してどういうのになるのかなんか全体像がつかめなくて。

ああ、アーユッシャスークタムは区切って教わりました。
前回は8歳くらいの男の子がニーラスークタムのロングバージョンのテキストを持ってなかったので
余分のコピーがあったのであげたんですけど、
今日は10代の男の子がアーユッシャスークタムの載ってるテキストを持ってきてなかったので
貸しました。
わたしはだいたいいつも余分を持ってるんですけど、いつも誰かが持ってないんですけど
どういうことですか。テキストの種類もそんなにないし持ってくればいいのにと思うんですけど、
持ってこない人がいて私みたいに余計に持ってくる人がいてなんとなく成り立ってるんでしょうか。
鉛筆とかたくさん持ってきたらみんな他の人たちが使って自分のが残ってなかったときとかありました。

教室が終わるともう8時半でキャンティーンでの食事は無理だったので
いつものチベット料理屋に行きました。
私はべジタブルギャトゥク(ラーメン)とミルクコーヒーにして、
主名はチャイニーズチョプシー(柔らかい麺に野菜のあんかけ)とミネラルウォーターにしました。
うちらしか客がいなかったのでもう閉店かと思って多少急いで食べましたが
途中でもう一組お客さんが入ってきたのでよかったと思ってゆっくり食べました。
主名はほとんど一人前をたいらげました。

あしたは月曜日ですか。
【2007/06/26 00:01】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月21日 川遊び
6月21日 川遊び

今日は保育園は11時すぎで主名が私を探してるということで携帯に連絡があったので
屋上から降りていって、今日はその時点で帰ることにしました。

屋上からチトラバティ川が見えてて、今日は曇ってて涼しかったので、保育園の後に行ってみました。
近くに行くと思ったより汚かったです。
上から見ると薄いグリーンは清流の色のように見えましたが近づくと藻でした。
ごみもいっぱい!
ドーピーはここで洗濯してるんだなあ・・・。と。
川が消えてまた出てくるところの間は川底に水がなかったので道になっていました。
そこらへんから土手を降りて、水辺に近づいていきました。

きちゃないからちょっと水遊びはできませんでした。
でも主名は石を拾っては川に投げて、ドボン!というのが面白いらしく、
飽きずにずっとやっていました。

するとドーピーの子供が4人くらい来ました。
ちっちゃい子が2人と小学生高学年ぐらいの子が2人。
で、一緒に石を投げては遊んでいて、
合間合間に「1ルピー」とか「チョコレート」とかねだってきました。
あげなかったんでちょっといじわるしてきましたけど、
主名とはずっと遊んでいました。
魚を捕まえたのも見せてくれて、小さいやつですけど、へえ、と思いました。
大きな魚もいるそうです。
「チャパ」というのがテルグ語で魚の意味で、
使う機会ないよなと思ってましたが使ってみたら通じました。

大きい男の子たちは大きなレンガなどを投げて大きな音をさせたり
平たい石を投げて水面をジャンプさせたりしていました。
小さい子は1歳くらいの子とかなんですけど、
その子らも真似をして石を拾っては水に投げていました。
大きな子が主名の石を遠くに投げてくれたり、
主名が小さい子の石を受け取って投げたり。

そのうち水牛を追いながらおばさんがやってきて、半分の水牛は村に走っていきましたが
3頭は水に入って休んでるうちに角がお互いの首のロープに引っかかって水の中で動けなくなりました。
おばさんは一生懸命声を出しながら石を水牛に投げて動かそうとしてて、
男の子たちも加勢して石を投げまくって、
主名や小さい子達も全然役に立たないけど同じように水牛に石を投げていました。
水牛は水の中で暴れてたので、どうなるんだろうと思ってしばらくみていたら、
ロープに引っかかって団子になったまま川岸に暴れながら上がってそのうちはずれて
村に走っていきました。

色々面白かったけど、ちょっと子供を遊ばせるに適した環境とはいえないなあというかんじでした。
すぐ近くに川があるのに・・・。

もう昼だったのでそのままアシュラムに行ってウエスタンキャンティーンでご飯を食べました。

昨日洗濯途中に停電になってやり直した洗濯物をいっぱい干して、
疲れたから少し寝ようと思いましたがやはり私の求めるたった20分すら寝かせてもらえない・・・。
寝ようとするのに疲れたのでバジャンに行こうと思ってアシュラムに行きました。

そしたら子供の劇をやっていてババは前に座っていました。
踊ったり歌ったりしゃべったりヴェーダを唱えたり。
今私がヴェーダ教室でやってるアーユッシャスークタムも劇の中で唱えられました。
今日の劇の中で唱えられたヴェーダはすごく上手で、
ヴェーダって、きれいだなあ、と思いました。

踊りの場面になって集団が踊りだすと主名はすごい嬉しい気持ちになったみたいで
げへへへへっと、嬉しさをこらえきれない感じで笑い出して、
同意を求めるように周りの人の顔をみたりしてて、それを見て周りの人も笑っていました。

プラサードが出て、今日は普通に座っててもちゃんともらえました。
今日の劇はレベルが高かったです。と、思います。

出演者は前もって用意されたなにかのものを一人ひとりババから手渡されていました。

芝生のところで少し過ごした後、ノースインディアンキャンティーンがやってたので
そこで夕食を食べました。
主名はノースが好きなんですけど、場所が好きみたいで、ご飯はあんまり食べないです。
走り回るのを捕まえて食べさせるのにも疲れて、もうええわ、と思って、
「あとでお腹すいたとかいわんといてよ」と、切り上げて帰りました。
でも今日は昼寝しなかったので主名は部屋に帰ってきたときにはもう眠くてぐにゃぐにゃになってて
今は熟睡しています。

ネットカフェに行ったけど、主名ががちゃがちゃするし、シャボン玉を廊下でさせてたら
液をみんなこぼしてしまったのでさっさと部屋に引き上げました。
やっぱり寝てる時に行ったほうが無難みたいです。

いまさっき、「いもいも」と寝言を言いました。
私も明日の朝早いし寝ます。
【2007/06/25 23:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
今朝はババの夢を見ました。
あんまりはっきりは覚えてないですけど、
指輪を2つ物質化していました。
ひとつはババの手の先の空間に現れて、だれかヴェーダを勉強してる人にあげました。
もうひとつはババの手の指にはまった状態で現れてきて、最初はふちだけだったけど、見てる間に金のちゃんとした指輪になりました。
わたしはその様子を見てて、わあ、現れてくるところを詳しくはっきり見れたと思いました。

その夢を今朝、ウエスタンキャンティーンで前に座った知人に話したら、その夢はなんてことない夢と思って気楽に話していたのですが、
話しているうちにそれを聞いて彼女が感じた意味を言ってくれて、
ああそうかと気づかされました。
【2007/06/23 21:42】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
保育園というか学校
今日は朝と午後、どちらもバジャンだけ行きました。
どちらもババは普通に帰って行きました。

午後にキャンティーンで休憩してるとき、数年前から顔見知りになっていて、
会うたび向こうからなんやかんや話しかけてくるインド人の女の人がいて、
わたしは引き気味だったんですけど、
最近子供をここらへんの学校に入れて、すごいいいよとか言ってきました。
聞くと、ハヌマーンテンプルの近くでやってる学校で、
月300ルピーでババの縁者がやってるそうです(兄弟??)
で、9時から12時で、2時から4時までまたあるそうです。
と、そういう情報が来ました。

彼女の上の女の子は今年ババの学校に入ったそうで、
500人の応募があって、入学は30人だったそうです。
で、そんなだから、今後家族でこっちに住むことになったみたいです。
パンジャブとかいってたから北インドの人みたいで。

で、下の子が学校で教わったことを言ってくれましたが
私はそれもよくわからない英語力だし、
まあ、授業料も払ったし、主名はしばらくは今の保育園で
一日2時間でいきます。
学校のない今日でもわたしは昼寝せずにおれなくて
昼間2時間以上寝てるのに一日2回の送り迎えはきっと難しいだろうなあと。
むしろ楽かもしれないですけど。5時間も預かってもらったら。

で、その学校の電話番号を教えてもらったときに間違ってかけちゃって、切ったんですけど何回かたぶんその学校からか別の人か、かけなおしてきました。携帯がまだ扱え切れていないわたし。

いや、しかし今日は昼寝しました。
なんか疲れてるみたいで。
雨続きで気温の変化とかそういうのもあるし、
人と接するとそれだけでそのバランスをとるために寝ちゃうというのもあるんだと思います。
【2007/06/23 21:36】 | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨雨雨。
まさか。書いた記事が2回続けて消えました。
がっくり。
今日は一日雨が降っています。
ババはアルティで普通に帰っていきました。
車までは歩いていました。
通園1
おととい撮った写真だったと思います。気合入ってます。

通園2
うれしそう。かばんしょってます。

ちらっ
ちらっ。

字
先生に手を持ってもらってABCDと書いたそうです。本人は今マイクで歌うのに必死です。
【2007/06/22 22:38】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
イスで登場
今朝はめずらしくダルシャンに間に合いました。
午後もなんとか。
午後は車イスでババは登場しました。

保育園は問題なしです。
昼は停電だったので自炊をやめてまたチベットレストランへ。。。

保育園の間少し自由を味わうと(わたしが)いっきに主名をひきはがしたくなるこのごろ。
今日迎えに行ったときはガネーシャのアニメビデオを皆で見ていました。
今日はクレヨンとかで遊んだ、じゃなくて、勉強したそうです。
いろいろ来週までに買い揃えるものを言われました。
かばんとか、水とかクレヨンにペインティングブック?それに日本の「せんせい」みたいな磁石のボードとか。
マンション
こんなマンションの一室に子供たちが集まってきます。

マンション中庭
上から中庭を見るとくらくらします。

チトラバティ川
屋上からはチトラバティ川がよく見えます。

山
反対側には山が。あれはババがひとつの木から色んな果物をもいで見せた木がある山でしたっけ?

屋上1
主名も保育園帰りに屋上に上ってみました。

屋上2
何を思っているのかいないのか3歳児。
【2007/06/19 22:31】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月18日 保育園預けっぱなし成功
6月18日 保育園預けっぱなし成功

今朝はバジャンに途中まで出て、9時半に保育園に主名を連れて行きました。
急いでいったのでうっかり主名におしっこをさせておくのを忘れてて、
保育園に主名を預けてから先生に携帯で電話したら色々説明されて、
大丈夫、心配しないでということでした。
保育園のトイレで主名は横着して排水溝におしっこしたみたいです。
日ごろの生活が想像できるというものです。。。(あんたはインド人か!)
でももらさなくてよかったと思いました。

おしっこしたいときと水を飲みたいときは先生に言うように
ジェスチャーつきでバスルームとウォーターという単語を言う練習はしたのですが
今日は言わなかったみたいです。
インドではトイレに行きたいときは小指を立てて、
水を飲みたいときは親指を立てるみたいです。

今までは教室の外の廊下にイスを置いて私はそこで待機していて、
主名が確認したくなったら姿を見れるようにしていたのですが、
今日は呼び出されたら5分以内で教室に来れるところにいてくださいと言われたので
保育園をやってるマンションの屋上のところの階段に座って自習していました。
そこからだと保育園の様子も上から見えるし、6階だか7階建てなのでいい眺めでした。
チトラバティー川でドーピーが洗濯している様子や
周りの山々や田んぼや椰子の林などが見えました。
他のマンションも見えました。
上から見てると、主名が網戸のドアのところに来て、外の様子をうかがっているのも見えました。
先生は「お母さんは今家で料理してるよ」とかなんとか言って、
料理の様子をやってみせたりしたそうです。

結局1時間半は無事に過ぎ、主名を屋上に連れて行って景色を見せてから連れて帰りました。
チトラバティ川では水遊びが出来そうです。
(まさかワニとかいないでしょうね?あんなとこ)

今日はなんの勉強したん?とか聞いたらハートの勉強とかなんとかいって、
主名はヴェーダも唱えたとか言ってましたけど多分唱えてないと思います。
どんなん?と聞いたらなにやらほにゃほにゃと創作して唱えていました。
保育園は楽しいみたいです。
楽しいの?と聞いたら「楽しいの」と答えています。

帰り、ババの両親のお墓(サマディ)の前を通りがかったら主名が
中でボロボロサップミルボロのバジャンを歌いたいというので入りました。
サマディの前で「座って」と主名に言われたのでそこにしぶしぶ主名と座って、
主名のバジャン数曲(創作あり)とアルティを聞きました。
なんでしょう。保育園の影響でしょうか???
バジャンとかそういうのはやってないと思いますけど。

サマディの奥にクリシュナの像があって、前は門が閉じてて入れなかったのですが
今日は開いていたので入ってお参りしました。
もちろんインド的なアニメチックな像ですけど、やけに生々しく見えました。
生きてるというか、魂が入ってるんだなあというかんじで。

主名は今日もチベットレストランで食べたがったのですが
昨日は2食ともそこだったので飽きるしお金もかかるので昼は部屋で自炊しました。
やっぱり2食レストランが続くと便秘です。
自炊は野菜をたくさん食べられるので体の中の流れはよくなると思います。

主名はよく食べるけど時間がかかるので、作って食べさせるのに2~3時間かかります。
全部食べ終わるともう4時近くて、ダルシャンが始まったしるしのヴェーダの吟唱が聞こえました。
もう疲れたし、昼寝しようと思って寝てたら
主名は元気なので外の廊下におもちゃを持ち出して遊ぶのはいいんですけど
ドアをあけたり閉めたりうるさくて、開けっ放しだったら外から見えるからしめろと叫び続け、
そんなこんなで5分ごとくらいに起こされるわ、
「さわこ~、バジャン始まるで~、いこ~」とか言って能天気に叫んで起こすのでついに怒りました。私が。
朝からずっとあんたのことばっかりしてるのに何で休ませてくれへんのよ、と。
疲れたらどこにも行けへんわ、と。
で、主名がうっぎゃー、とすさまじい声で泣き叫んでもちろんもう寝れないし。
その後近所の人たちはよそよそしいし。いつものことですけど。

最近は自分の腹立ちを中和させるために主名に水を汲んで持ってこさせて、
それを飲んだあと足の裏を踏ませてます。
主名もそれがわたしの怒りを納める儀式のようなものなので言いつけられるといそいそと持ってきます。
でも足の裏を踏むのはいつも喜んで調子に乗って背中の上でぴょんぴょんジャンプしたりするので痛くて
たいがいまた怒ります。

で、なんとか気を取り直してバジャンに行こうとしたら
主名は服を脱いですっぽんぽんになっていました。
コップの水で遊んで濡らしたみたいで。
何で脱いだん?と、理由を知ってたけど聞いても絶対答えをいいません。絶対怒られるから。
なんかはにゃはにゃはにゃと、適当なことを言ってごまかしてました。
そんなで、せめて家に帰るババを外から見ようと思って
主名をベビーカーに乗せてアルティの流れる中をアシュラムに急ぎましたが
今日は間に合いませんでした。
今日は朝もバジャンを途中で抜けたし、ダルシャンなしの日でした。

ココナツだけ飲んで、雨が降りそうだったので急いでアパートに戻る途中で主名は寝ました。
で、今さっき起きて、
「さわこー、おしっこがでるー」と、布団の上で転がって泣き叫んでいます。
「トイレでしてよ」というと「一緒によー」と。一緒にトイレに行けと。いつものことですけど。
毎朝主名が起きる前に私がシャワーを浴びても目を覚まして「一緒にー」と言って泣くんですけど。
で、私も浴びなおせと。
世の中バランスなんだったら、こういうのはそのうち報われちゃったりするんでしょうか???

で、そのあとどうなったかと言うと、
「起こしてよー」というので、言うこと聞くのもうっとおしいので
「ここまで来たら起こすわ、ここまで来て」と言ったら
主名は寝たままずるずると私のところまで来ました。
なので手を持って起こしてやって、わたしも座ってたので今度は主名に起こしてもらって
(大人気ないんです)
トイレに行ったら主名はズボンとパンツを半分脱いで「脱がしてよー」というので
「あほか、自分で脱いで」とか言ってるうちにバスルームの床にじゃーっともらしました。
そんで、「なんでやねん」とか「お風呂がおしっこくさなったらいややろ」とか
「だれがこれ洗濯するんよ」とか文句を言って床を水で流して
「こういうときはなんていうの」というと「ごめんなさい」とか言うけど思ってへんやろ、と思いつつ、
もう疲れたし、遠いキャンティーンに行くのも自炊もしんどいから「ご飯食べにいこか」というと
「チベットのお店!!??」と、いきなりニコニコ。
で、「主名、さっき、泣きまねしただけなの」って。
「ちょうちょの真似しただけ」って、ちょうちょはビリビリッって泣くらしいです。
で、おならをブッとして、げへへへっ、と笑って上機嫌になりました。

というわけで、食べに行ってきます。
チベットレストランが近くにあってよかった。。。

そう、今日は保育園の入学金と5か月分の授業料、合計2000ルピー払いました。
入学祝多めにもらっておいてよかった。。。
授業料は月300ルピーだそうです。
4月と5月は休みだそうです。
ババも移動するし、みんないなくなっちゃいますもんね。

主名には学校に行けとかは言わず、
私の場合、逆に「もう学校行くな」とか「そんなふにゃふにゃしとったらもう無理や」「やめろ」とかばっかり言っています。
主名に腹が立つとそんなことばっかり言ってるので、主名は「やめない」「行くー」とか「学校すきやもん」
とかいって、学校がすごい楽しいところというかんじになってるみたいです。

でも、前に書いたか忘れましたけど、
今行ってる保育園よりババの学校のほうがいいとか、いつ行くの?とか明日行く?とか言ってます。
なので、今行ってるところで英語がしゃべれるようになったら、2年後くらいにいける、かも、ね、
と、答えています。
ババの学校ではバイクに乗れるのも魅力的らしいです。
あの、スポーツ大会、ろくでもないと思いましたけど、バイクでジャンプしたりするのは
主名にとっては楽しみな要素になってるみたいです。
飛行機は乗れる?と聞かれたので
パラグライダーは乗れるかもね、と答えました。

ババの学校って楽しいんでしょうか?

主名顔1
コダイカナルで撮った写真ですけど。
ボート2
コダイカナルの湖の上
回る遊具
コダイカナルの公園で
雨、キャー
すごい雨!キャーッ!(コダイカナル)
【2007/06/19 21:46】 | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(2) |
6月17日 マンゴー
6月17日 マンゴー

今朝は10時くらいまでバジャンをやっていました。
マンゴーのプラサードが配られました。
主名は先に小さめのやつをもらって、わたしもそのうち来るだろうと思ったら全員にはあたらなさそう
ということが分かったので、ちょっとあせってもらいに行こうかと思ったんですけど、
すでに人々がピラニアのようにプラサードに襲いかかっていたのであきらめました。
でもすごく大きいのをもらえました。
半分くらいぶよっとしてたので痛んでるのかと思いましたが、
アパートに帰って食べてみると痛んではいなかったです。多少発酵した感じでしたけど。
マンゴー酒といったおもむきで。
大きかったのでそれだけでお腹いっぱいになりました。

主名はマンゴージュースは好きだけど生のマンゴーは好きじゃないと言って食べてなかったのですが、
今日は「好きになった」とか言って食べていました。
インド人はマンゴーの端っこだけ皮に穴を開けてチューチュー吸って食べたりするんですね。

午後も学生の歌や発表があって、ババもずっと出てて、前に座ってて、物質化なんかしたりもしてて、
またマンゴーのプラサードが配られましたけど、品切れになってからはラドゥーに切り替わりました。
うちらはラドゥーをもらいました。

ババは前に出て座ってるときに受け取った手紙を持ってこさせて読んでました。
あー、あーゆう風にちゃんと読んでるんだなあと思いました。

昨日、ロックされた携帯は今朝はどこを押してもロックされてるという表示すら出なくて、
もう買い替えなきゃいけないの?とか思いましたが、
昨日買った店に持っていって「動かない」と言って見せたら、
店の人が電源ボタンを押しただけで動きました。
魔法のようです。なぜ?
わたしが電源を押しても動かなかったのに。
携帯に触るのを拒否されてたんでしょうか。

ずっと閉まってた近所のチベットレストランが今日からまた開店しました。
さっそく昼と夜に食べに行きました。
なんか前よりおいしくなったような気がします。
店員の人たちも北インドとかに行ってリフレッシュしたのでしょうか。
今日は店の人に薦められてタイ・ポー、だったか、そういうやつを注文してみました。
まさに肉まんでした。中身は野菜ですけど。
中華街で食べるようなでっかい、皮の分厚い中華まんです。
おいしかったです。
主名が気に入って、昼も夜もそれを注文してたくさん食べました。

主名はこの一ヶ月でも背が伸びた気がします。
ダルシャンでわたしの前に主名が立ったときに「おおきくなったな」と実感します。
なんか頭ひとつ分くらい大きくなったような。

昨日の昼、停電で洗濯が途中になってたまってたので今日は全部すませました。

今日のヴェーダ教室はいつも唱えるやつを一通りやって、
集中的にはニーラスークタム(ロングバージョン)とローガニワールナスークタムと
ヴィシュヌスークタムとアーユッシャスークタムをしました。

とちゅうでヨーロッパ人が自分で勉強した意味とか披露して、それにもとづいて
おばあちゃん先生の唱え方に異議を唱えたりして、
おばあちゃん先生はなんかわーっと反論というか、この意味はこうで自分は何度も何度もこう習ったんだから
とかそういう話になって認めず、ペースが乱れてその後、なんか教室自体が頭に血が上ったみたいになって
わーっとなりました。
べつに異議を唱えるのが悪いとかはないと思うんですけど、
おばあちゃん先生を中心にまわってる場なので、場の力点をずらすような
異議の唱え方をすると厳しいものがあるような。
場そのものの成り立ちが脅かされるような。教えづらいと思います。
別にえらそうにするとかじゃなくて、教師は場を仕切る役割なので、立場上相手に主導権をわたすと
まずいんだと思います。
なんでもそうですけど、ヴェーダを習うということは特に、エネルギーの伝達、ということだと思ってるので。
不本意に(教師を否定する形で)相手に場を持っていかれるとエネルギーが分散して、
それ以降生徒に与えることそのものが難しくなってしまうんじゃないかと。
子供がよく教室の邪魔をする私がいえたことでもないんですけど。

このヨーロッパ人は英語もぺらぺらでヴェーダも聞き込んでいっぱい自分で覚えてて、
でもヴェーダを教えてくれる人を3年間求めても継続した教師は得られなくて、
わたしはこの人におばあちゃん先生のところに連れて行ってとかなり強く頼まれて、
この人は場に合わないだろうと思ったのでわたしは最初ずっとかたくなに断ってたのですが、
結局連れて行きました。
でも、彼女が3年間先生が得られなかったのはやっぱりそういうわけがあるんだろうと思います。
でも、今はおばあちゃん先生が受け入れて、先生が得られました。
でも、意義を唱えたくなるようです。

実際、おばあちゃん先生のヴェーダはあやしいところがいっぱいあるし、
忘れっぽいし、かっちりやるのは無理です。
でもかっちりやろうと思わなければとてもいい場ができあがっていて、
おばあちゃん先生の人格や、それを取り巻く人間関係もすばらしいと思います。
わたしが言うのもあれですけど、おばあちゃん先生のヴェーダは95パーセントはオッケーと思うので、
今はその95パーセントが目の前にあるからそれを習えばいいんじゃないかと思って、
わたしは異議を唱えたりはしないです。
自分で唱えるときは自分で勝手に訂正したりしてますけど。
でもそれはおばあちゃん先生も絶対自分の唱え方じゃないとだめとは言いません。
教室では次はあれをしなさいとか言ってもらえて、それを見てもらえるというのがありがたいです。
というわけで、わたしは変だなと思ってもあんまり言わないし、
他の習ってるインド人もそこらへんは適当にしてます。

でも、ヨーロッパ人も一緒に習うようになって、
わたしは気楽になった面はあります。
それまでインド人の中に外国人一人だったので。
でも彼女は英語ぺらぺらなので英語下手な私は時に疎外感を味わう時もありますけど、それはしょうがなくて。
で、緊張感がなくなって前ほどまじめにはやってないです。
前は毎回新しいのをいくつか教わったので追いつくのが大変で、
しかもおばあちゃん先生はそれでも進み方が遅くてわたしが不満に思ってるんじゃないかと
思ってたりしたので。
やっぱり喜んでもらいたいと思う気持ちも今より強かったし。
というのは、初めて外国人を教室に受け入れてくれたので、紹介してくれた人の恩もあるし、
期待に応えないと申し訳ないということや、他のインド人の注目もあったり、
おばあちゃん先生も他の人をさしおいても力を入れてくれてたし。
たぶんおばあちゃん先生も嬉しかったと思います。

今は次回、これをあなた一人で唱えなさい、とか言われても、えぇー・・・。みたいな
反応してたり。前は「イエス」でした。
ほんとはおばあちゃん先生はわたしがもっとがんがん唱えたらいいと思ってるようなんですけど、
やっぱりわたしは自分の時間がなかなか取れないのでそれもままならず。
たぶんちょっと歯がゆいと思います。
従順な、逆らわないわたしなのでおばあちゃん先生も肩入れしやすいんだと思います。

でもヨーロッパ人は言われなくてもがんがん唱えて、時間も興味もあるし、勉強熱心です。
私は根本的にこのヨーロッパ人を受け入れてないし、向こうもそうと思いますけど、
でも最近はそれはそれでどうでもよくなって、気楽になりました。
私はそうは見えなくとも、従順すぎてしまうところがあるので、
このヨーロッパ人の彼女がいてくれることでがっちり場にはまりこみすぎなくて楽です。

しかしヨーロッパ人は社交的なものはやっぱり積極的に表現していきます。
最初教室に連れて行ったときも途中で花輪を買っておばあちゃん先生にプレゼントしたり、
おばあちゃん先生をすごいほめたり、
パダナマスカールもすばらしい先生に習えて感激、といった雰囲気でしてました。
そういうのは意外におばあちゃん先生もきらいじゃないみたいでした。
私はそういうのきらいというか、まったく信用しないところがあって。拒絶反応と不信感がおきて。
で、ヨーロッパ人が教室に来るのを断るかと思ったらおばあちゃん先生は受け入れたので、
それなら私は何も言う立場ではないし。と。
それとわたしはパダナマスカールは好きじゃなくて、ずっとしてなかったんですけど、
ヨーロッパ人がするし、しないわけにいかなくなって形式的に、チョン、とするようになりました。
主名はパダナマスカールをするのが好きなので、みんなはそれを見て面白がってます。
こないだのシンガポール人も写真を撮るからと5回くらいさせてて、
主名はりちぎに何度もしてました。

なんだかんだいっても一緒に習う立場の外国人がいると何かと助け合えます。
今まで言ってることと矛盾してるみたいだけど彼女は親切でやさしいし。
このヴェーダはどのCDに入ってるかとか情報交換したり。
私はその他大勢のうちの一人になって気楽になったし。
以前はたぶんちょっと大事にされすぎていたのでバランスが取りづらかったです。
今は教室は気楽に楽しいです。
活気があります。

あの手のヨーロッパ人みたいなタイプ、なんでわたしは拒絶反応が起こるのか、
不思議と言えば不思議です。
彼女のような社交性がわたしにはゼロだからかもしれません。
そういう社交性に触れるときりきり舞いして自分を見失ってしまうという。
ああそうでした。私の基本は引きこもりの人でした。そこらへんでの合わなささのギャップを
埋めることが出来ないんで拒絶して身を守ってるんだと思います。

でも、最近は同志的なものがめばえてきたのか、社交ではないところで通じる感じがある気がします。
【2007/06/19 21:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月16日 疲労困憊
6月16日 疲労困憊

昨日は疲労困憊していました。
保育園が土日休みでよかったです。

主名がやる気を出して、ベビーカーを使わずどこでも歩いていくのはいいんですけど、
わたしとしてはベビーカーに乗ってくれたほうが楽なんですよね。
アシュラムから保育園までそんなに遠いわけでもないのに30分以上かかりました。
月曜からは9時半から来てと言われたので、バジャンは出れないと思ったほうがいいです。
バジャンは9時半に終わるので。
しかも、月曜は教室の外で待つんじゃなくて、どこか散歩に行ってみてくれと言われました。
主名が呼んだらすぐに来れるように携帯を持って、すぐ近くに。

ということで携帯を月曜までに持たなくちゃいけなくなったので今日、買いました。
5000ルピーくらいの予算をみてたのですが、代理店を3軒回って一番安いところでは
全部で2500ルピーくらいで持てました。

本体が2000ルピーくらいで、それにプリペイドのチップが555ルピー。
555ルピー分通話できるということみたいです。
なんか、説明聞いたり質問したりしたんですけどやっぱりあんまりよくわからなくて
適当に買いました。
家に帰ってから、あれはああゆう意味か?と想像したり。

どうせほとんど使わんだろうから、単純なやつでいいわと思ったけど、
家に帰って説明書を見たらいろいろ機能がついていました。
しかし、3歳児のようにむやみにピコピコボタンを押して音と感触を楽しんでいたら
ロックされてしまいました。
ロック解除できません。
しょうがないから明日、買った店に持っていってみます。
しらんまにパスワードを設定してロックしたみたいに思います。
もう使えなかったりして・・・。

店の人に、何にも知らんから使い方教えてと言ったんですけど、
まさかわたしが電源の入れ方も知らないとは思ってなかったのか、
プリペイドの残高の見方だけ教えてくれました。
電源の入れ方と、電話した後に電源を切らなきゃいけないのか?とか、そういうのがそもそもわかりません。
でもまあいいですけど。

ロックされる前に日本に3回電話しました。
1分10ルピーくらいです。
高いのか安いのかよくわかりません。
でも、部屋から電話できるのっていいです。
わざわざ外に電話しに行くのは面倒だし、店が開いてない時間には電話出来ないし。
日本からも連絡取れるはずだし。
(確認する前にロックされてしまった)

エアーテルとかいう所にしたんですけど、同じエアーテル同士だと一分1ルピーだそうです。
よーわからん。
ほんとは写真も取れるやつとかメールがどうとか思ったりもしたんですけど
面倒なのでそういうのはもう無しです。
電話できればいいわと。
保育園連絡用ですから。
コダイカナルで使えるかどうかは一応確認しましたけど実際どうかは分かりません。
別の州で使うときはなんか余分に料金がかかるそうです。

昨日の保育園では、主名に聞いてみたところ、イエローとブルーの勉強だけしたそうです。
予習が役に立ってよかった。
あとで、主名は「車は英語でディスカーっていうんやで」と教えてくれました。
多分先生が「この車が欲しいの?」とか主名に聞いたんだと思います。

アシュラムでも保育園の友達が声をかけてくれたり、
主名も「あの子、学校の子」(保育園、じゃなくて学校、と言ってます)と教えてくれたりします。
やっぱり、子供たちは保育園で知ってる子にアシュラムで会うとなんか嬉しいみたいです。

昨日はわたしは疲れて午後のダルシャンは出ずに部屋で寝てました。
主名は寝ずにずっと遊んでいました。

今日は朝はババは出てきませんでした。
ショッピングセンターに行って、買い物しました。
携帯代、一応主名の入学祝ということで実家に出してもらって、
多少あまりそうだったので主名がしぶとくほしがった女の子の人形と、歩くと3色の光が点滅する
これまためでたいサンダルを買ってやりました。
(こないだのハッピーバースディ三輪車も相当めでたかったですけど)
女の子の人形もサンダルも人々の反応は上々で、みんな笑ってました。
女の子の人形はレジでお金を払う時点ですでにレジの人が笑っていました。
女の子の人形は今日はずっと主名と一緒で、ダルシャンには大きすぎて持って入れなかったので
クロークルームにあずけましたが、(クロークルームでももちろん笑われました)
キャンティーンでは横に座らせてご飯も食べさせて、歩くときも手をつないで、今は抱っこして寝ています。
金髪なので他の人が「ブロンディ」と名前をつけました。。。
人形もサンダルもいつまで盗られずにもつことか。。。

主名は今日はバジャン中に寝てしまったので
主名をかついでサンダルを持ってブロンディをクロークルームに取りに行って、
しばらく歩いたらもう無理と思ったのでそこらへんに2人を横たえて主名が起きるのを待って
歩かせて部屋に帰りました。
寝てしまうとベビーカー無しでは動けません。
無理すると反動が来るし。
ベビーカーは便利なんですよ。ダルシャン中に荷物を置いておけるし。
クロークルームはめんどくさい。

午後はババは来てました。
なんか久しぶりに見た気がしました。
というのは、主名が起きてたらババが通り過ぎるときに「ほら、見て。見えた?」とか、
そんなようなことばっかり言ってるから自分は見てるけど見てないようなものなので。
今日は主名は寝てたので。

主名は今行ってる学校(保育園)よりババの学校のほうが行きたいと生意気なことを言っています。
というのは、ババの学校はご飯が出るというのと、太鼓が習えるというので、
それが魅力的らしいです。
さー、いけるのかねえ。
行けるとしたら2年後やでと言ってあります。
【2007/06/19 21:39】 | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月14日 保育園初日
6月14日 保育園初日

昨日保育園の見学に行って、その場で申し込んで、実質今日が主名の保育園の初日になりました。
保育園と言うか、幼児向けの個人塾です。

7人くらいいる子供たちはなんというかフレンドリーで、安心です。
2歳から5歳くらいまでの子供たちと思います。
主名は今は3歳と8ヶ月です。
外国人とインド人が半々くらいでしょうか。
主名の名前の意味を聞かれて、クリシュナ、というと、おー、うちには〇〇(別のアバターとか)
もいるし〇〇もいるし〇〇もいるわよ~、みたいに先生が言って、名前だけ聞くとすごいところです。

自宅でやってるようなところだし、他のメンバー(親)もそれなりの立場を持ってる人が多いみたいだったので
うちらが通う許可が出るのかちょっと疑問だったんですけど、(ほかの人、いやなんちゃうかなとか)
紹介してくれた人がいいように言ってくれたのか、即入学でした。
ありがたいことで。

主名は前々から学校に行きたい行きたいと言っていたので、やる気満々です。
(どこかに行くと聞くとどこでも絶対行きたがるんですけど)
昨日の見学程度のわずかな時間で、他の子達が歌っていた「イーアイイーアイオー♪」の歌を
その後自分で歌ってたり、
ベビーカーで移動してる時にガヤトリーマントラやガナパティプラールタナを唱えだしたり、
(分からなくなると途中で「シャンティ、シャンティ、シャンティヒ」と、終わります)
その日はおもちゃで遊ぶだけだったら
「勉強せんかったな」「勉強したい」とか不満を表明したりしていました。

しばらくは教室に慣れるまで一日一時間だけです。
主名が私を確認したくなったときに見れるように、
わたしは教室の外の通路でイスに座って終わるのを待っています。
慣れたら一日2時間で、私はいなくなります。
土日は休みです。

今日は色の勉強をしたそうで、
先生に家で教えてあげてくださいと言われました。
なのでへやに帰ってから英語で赤とか黄色とかをなんていうか教えました。
主名は変に教えられるとすぐに嫌がって、わざと違うことや独自の言葉を言ったりするのですが、
「先生が教えてあげてください、って言ったから教えたのに、もうやめよ。」
とか言ったら教えてと言ってきて、色の名前を覚えていました。
イエローは好きな色なのですぐ覚えて、あと、ホワイトも覚えて、
ブルーとグリーンは7割がた覚えたかんじで、他の色はまだかなといったところです。

日本語でだいぶ円滑にコミュニケーションが取れるようになってきてるので、
今教室に通いだすのはちょうどいいタイミングだったように思います。
他の人たちに英語を教えるように言われていて、他の外国人の親はたいてい英語ができるけど
わたしは日本語しか出来ないので自分で教えるのはもう、はなからあきらめていました。
日本語でもコミュニケーション取れてなかったし。

一時間の教室の間、何回か「これ見て」と、嬉しがっておもちゃを見せに来たくらいで、
(二階建ての黄色いバスのおもちゃで前日からすごい遊びたがってたのでそれを持って見せに来ました)
泣いたりとかはなくて、時間が来て、先生が
「もう家に帰りたい?」と聞いても(通訳わたし)
「まだ」とか言っていました。
でも最初はちょっとずつがいいからというので、もう帰りました。

アシュラムで主名と友達の子の親にここを紹介してもらったので、言葉は通じないけどその友達はいるし、
その後バジャンに行ったら、主名が別の他の子を覚えてて、「あの子学校にいた」と教えてくれて、
向こうもやっぱりもう覚えてて、その点、いい環境と思います。
バジャンでは主名はごねてぐにゃぐにゃないてましたけど。
最初教室に行ったときも先生は主名のことをダルシャンのときに見ててよく知ってたみたいでした。
やっぱり子供は目立つのでみんな知ってるんです。
自分らだけ、全然知らないという。
いっぱい色んな人に話しかけられるけど誰が誰だかなかなか認識できないです。
保育園の子供ら同士でも、他の子は主名のことを知っててもうちらは相手のことを認識できてなかったみたいです。

教室では最初先生は簡単な日本語を覚えようとしてくれましたけど、
主名も簡単な英語ならなんとなく雰囲気で分かるので(カム、とか、シッダウンとか)
それなら英語がいいですね、ということになりました。
今までやっぱり色んな外国人の子供が来て、ロシア語とか、多分簡単なやつを先生側が
覚えたりしたみたいでした。

しかし主名は先生とか、権威が言ったからと言えば納得します。
子供ってそういうもんなんですか???
アマチが夢でやめろって言ったからと言うと、納得して、どうやら乳離れも出来たみたいです。
ヴェーダ教室でも、今回こっちに戻ってきてからは
主名が暴れたりヴェーダの声に重ねてわざと大声を出して邪魔をしたりしても放っておいたら、
(今までは主名を連れて泣く泣く外に出ていました)
おばあちゃん先生が、くわっ!と怒ってくれて、そしたらびっくりして大人しくなりました。
いかにわたしの権威がないか。怒りまくってはいるんですけれども。
サイババもあんまり権威がなくて。
「サイババが怒るかもよ」とか言ってみたことがあるんですけど「笑ってるよ」とかいってだめでした。

しかし、一時間だけでも自分の時間が持てたらヴェーダの練習がはかどりました。
2時間毎日自由になったらと思うと夢が広がります。
マッサージ受けに行けるかなとか。一人で買い物に行けるのかもとか。
なんか楽器習いたいなとか。ヴィーナとか。おばあちゃん先生もヴィーナの先生でもあるんですけど。

今までは朝のバジャン後にウエスタンキャンティーンで主名は朝食を食べてたのですが、
バジャン後に教室に通うことになると行けなくなるので、
今までより少し早く部屋を出てサウスインディアンキャンティーンでバジャン前に
主名も何か食べてから行くことになって、
したがって前の日も早く寝ることになるし規則正しくなりそうです。

主名は今日はずっと昼寝なしでよく遊んでよく歩いたのですが、
わたしは疲れて2時間昼寝しました。
腰も痛くて。
多分この前、ベッドに腰掛けて、
主名を両足の甲に立たせて上下させて遊んでやったのが腰に来たと思います。

今日の午後のバジャンが終わるときにすごいスコールになって、
雨が上がったあと、あちこちが水溜りや川になってたので主名は大喜びでばしゃばしゃ走っていました。
ダルシャンホールの屋根を伝ってきた雨水だし、下はコンクリートなので
水溜りも透明感があって、まあ、いいかとおもって遊ばせました。
土の道のところとかだとほんとに汚いかんじですけど。
最後はこけて泣いてました。
川遊びとかできればいいんですけど、ここじゃちょっと難しいように思います。

お風呂の湯沸かし器をつけて、今はまだ暑いしいらないと思っていたのですが使いまくってて助かります。
やっぱり雨が降るとぐっと気温が下がるので。
今日なんか朝、昼、夕方、晩と4回浴びたので、スイッチひとつだと楽です。

明日のために主名は夜のうちからズボンをはいて寝ています。
ちいさいタオルを子供のポケットに入れておいてくださいと言われて、
今日はあひるだかひよこの柄のを持たせたら主名は嬉しがって、ダルシャンでもセバダルとかに
見せまくってて、保育園でもそれをかかげて自慢げにみんなに見せながら中に入っていきました。
で、それは洗濯するので、明日のは無地の白のなんですけど、
そしたら「あの、かわいいのがいい」とか言って注文つけてきました。
もう汚れたから洗濯すると言うと、無地のやつをズボンのポケットに入れて、今寝てます。

今日はそのうち数もやるだろうと言うことで、英語で数を数えるのをアパートのへやで練習して、
ついでに中国語とポルトガル語も教えたらそっちの方がつぼにはまって気に入ったみたいでした。
「1」が中国語で「イー」で、ポルトガル語で「ウン」なんですけど、
なんかしらんそれが好きになったらしいです。
わたしも中国語で1~8までしか覚えてないんですけど。
ポルトガル語も10以上は忘れました。

主名の日本語もあやしいんですけど、ものがたりのCDとか聞かせたらせりふを覚えて
よく言ってます。
この前は
「あさごはんは、おまえだ~~~!」ばっかり言っていました。

こないだは
「主名はね、おねえさん男の子なのよ」とか言ってました。
「そうなん?」と軽く流してますけど。

ほんとはわたしも保育園で英語教えて欲しいくらいですけど、
親は中に入れてもらえないのでもれてくる音でしか中の様子はわかりません。
先生はものすごい早口なんで説明を受けたとき半分くらいしか言ってること分かりませんでしたけど
まあ、いいや、って。(だめ?)

緊急時のため(泣き止まないときとか)に携帯電話を持ってくださいといわれました。
とうとうこの日が来たかというかんじです。
日本でも持ったことなかったので。
あと、来る前に朝食とトイレは済ましてきてくださいとか、
トイレに間に合わないといけないのでボタンのズボンははかさないでくださいとか
そういうようなことを言われました。
そのうち本代とか、教材費が多少かかってきそうです。

でも、主名も嬉しいみたいでわたしもちょっと自由な気分になって、よかったです。

しかし、3歳児って、文字って読んでましたっけ。
読んでたかな。
わたしは主名が日本語が使えなくなることを恐れていたんですけれど、
最近はあんまり思わなくなりました。

しばらく通ってみて、わたしも主名もハッピーだったら、本格的に通う
(と言っても一日2時間ですけど)ということらしく、しばらくはお試し期間です。

なんかしかし、新しい集団に接すると新しい世界が開けますね。
うちら外国人はたぶんアウトカーストなので逆にどこにでも接する機会がありますけど、
インド人同士だったらほんと、集団ごとにきっちり住み分けがされているんだろうなと思います。
接してみるまでそんな世界が存在してるとはしらなかった、という思いを時々します。
見てても見えてないんでしょうね。認識できないと言うか。
なんにしろ快活で友好的な同年代の子供たちと主名が毎日時間をすごせるのはありがたいです。
明日の金曜日に行ったら、土日の2日間は休みです。
【2007/06/19 21:36】 | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月6日 ギザ取り付け。
6月6日 ギザ取り付け。

今朝、ようやくギザ(湯沸かし器)が届きました。
ほんとは日曜に来るはずが今日の水曜日になったので、
ギザの店を紹介してくれたアパートの管理してるおばちゃんがあせって、
昨日、金を返してもらおう、大問題だ!と言ってきました。
それが昨日の夕方だったけど、一緒に行くのがだるかったので断ったら
自分でお金を取り返しに行くからオートリキシャ代20ルピーちょうだい、と言ってきました。
なので渡して行ってもらったら店が閉まってたらしくって、かなりあせっていました。
店が閉まってるなんて何か問題が起こったに違いない!と。
で、違う店のパンフレットを持ってきてくれました。

私はもうそういうのに慣れてしまったので放っておいたら今朝とどきました。
3500ルピーで機械を買ったのですが、値段が違ってたと店の人が言って、
さらに700ルピー追加を言われて、えー、と思ったけど、
店の人の態度はほんとっぽかったので言われたとおり払いました。

その日の午前中のうちに取り付け工事も来てもらって、終わりました。
工事費も入れると結局5000ルピーくらいになりました。
工事費自体はなしだったんですけど、パイプとかが必要でそれが800ルピーくらいして、
工事に来た人にそれらを自分で買いに行くかと言われたけど、
そんなん絶対分かるわけないし買いに行ってもらってチップを渡したり。

わたしが普段使ってる風呂の手桶でセメントを練って、ウォッチマンが持ってきた小石と一緒に
壁にあけた穴に詰めて金具を固定していました。
で、ギザを壁に取り付けてお湯のほうの水道管を開通させて。

主名は喜んで見てました。
ガンガンと壁に穴を開けるのが面白かったのと、コンクリートミキサー車の中に入ってるのと同じ、
コンクリートを使う現場を見れたことに興奮していました。
ほんの少量でしたけど。
「コンクリート?コンクリートミキサー車と一緒やな!?」と。
車が運んできたんじゃなくて、ウォッチマンが黒い小さいビニールに入れて下げてきたんですけど。
最初、ドーサかなんかの食べ物でも入ってるんかと思いました。
ところでコンクリートとセメントって同じですか?

アパートの管理してるおばちゃんが午後にもギザの店に行くと言っていたので昼に彼女のところに行って、
ギザはもうきたし、工事も全部終わったことを言ったら
「サイラム!」と言ってババに感謝を捧げていました。
こんなん祈らなくてもスムーズにいってほしいものです。
なんでも祈らないと物事が進まないという。

結局5000ルピーくらいかかったことを言ったら、おばちゃんは、
自分の部屋にエアコンをつけたときは
それよりもっとすごいお金がかかって工事も大変だったことを言いました。
なんかそういう話の展開の仕方も多いんですよね。
自分の大変さを持ち出して、こっちの話の印象を無くするという。
ギザ1
主名の後ろにあるのが通称「ギザ」今から取り付けます。

ギザ2
取り付ける場所をガンガンガンとやってます。

ギザ3
いつもと違う雰囲気に興奮する主名

ギザ4
無事に取り付け完了。これでお湯のお風呂が簡単になりました。
【2007/06/19 21:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
保育園
今朝は保育園に行きました。
明日からためしに主名を通わせてみます。
一日1時間。
慣れたら午前のバジャン後2時間で、土日休みです。
自宅でやってるところで、マンションの一室です。
子供は7人くらいに大人が2人。
主名は学校に行きたがってたので喜んでます。
【2007/06/13 22:39】 | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(2) |
6月13日 ババの夢(水上スキーダルシャン)
6月13日 ババの夢(水上スキーダルシャン)

今朝の夢では、夢の中での知り合いの女性と一緒にあちこち行って、
用事を済ませたあとに急いでダルシャンに行きました。
ダルシャンは森林公園の中で行われていました。
木立の中の遊歩道や橋みたいなのを渡って森林公園の中にどんどん入っていくと
人工の湖か池がつくられて開けた場所に出ました。

橋の上のようなところからその湖を見るとそこでダルシャンが行われていて、
ババはインストラクターのような付き添いの女性とともに水上スキーを乗り回していて、
湖の周りに集まった人たちに水上ダルシャンをしている最中でした。

私たちは驚いて、わーと喜んで、下がよく見える湖の上にかかる橋の上に移動しましたが、
ダルシャンは終わるらしくて、ババはスピードを落として岸辺に近づきました。

なので私たちは「もっぺんこっちにも来てー」と思ったら、
水上スキーはまた湖のほうに向きを変えてスピードを上げて走り出しました。
そして私たちが腹ばいになって湖上を見ていた橋のすぐ下を通りました。

ババが橋の下を通ると私たちは急いで橋の反対側に行き、またそこから出て来たババを見ました。

ババはスポーツ刈りで黒々した頭髪をしていて、20代の若者の姿でした。
生ビールの入ったジョッキを片手に持っていましたが途中で落としました。
しかし湖上で引き返してそれを拾いました。

ダルシャンが終わりになるのでババは短髪の青年の姿から、
もさっとしたいつものアフロのおじいさんババの姿に戻りました。
やろうと思えば若くなれるけどしてないということをみんなに示してみたみたいでした。

ババのダルシャンが終わってからはビールがバカ売れしていました。

そこで主名が登場して、トイレに行きたいとぐにゃぐにゃ言い出したので
私たちは主名を少し離れたところにあるトイレに連れて行きました。

そんなような夢でした。

昨日、うちの部屋だけ電気が止まって、あとで回復したのですが早く寝ました。
おかげで今日は早くに気持ちよく目が覚めました。
【2007/06/13 22:35】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月12日のババの夢(「〇〇〇!」)
ババの夢(「〇〇〇!」)

今朝見たババの夢はこんなでした。
どこかの場所に私たちはいて、そこにババもいたようなのですが、
ババはすでに別の山の上の会場に行ってしまったみたいでした。

だから人々は右往左往していました。
私は、知り合いたちがタクシーでその会場に行く席の空きがあると聞いたので、
そこに乗せてもらうことにして、それは夜中の三時が出発予定でした。

また別の知り合いの男性(何人かの知ってる人が合わさって一人になったような人物像でした)が
手からアムリタが出たからなめる?と言ってきたので指につけてなめました。
彼が熱っぽく私に語ることには、
自分たちの祈りが強ければババがここに帰ってくる可能性がある、そう、あのヨーロッパ人も言ってる。
でも自分はほとんど無理だと思うけど。
ということでした。

するとそのあと、その男の人の顔などからもたくさんアムリタが出て、周りの人がわー、と言いました。
私は熱心に説明してくれたからだなあと思って、
「汗じゃないの?しょっぱくない?」などと言いながらさらにそのアムリタを指につけてなめました。
男の人は「汗かもしれないけど、モゴモゴ・・・」と言っていました。
わたしが「すごい!」と言うと、
彼は「いや、自分はすごくないよ・・・」と謙遜しだしました。
私は「アムリタが」と言いました。

私も移動しようと思ったので、たまってた洗濯物をまとめてどうにかしたり荷物整理をしました。
そしたら地図が2枚出てきて、昔の日本のある地方の地図みたいなやつでした。
前に、この男の人だったかどうかは定かではないですが、誰か知り合いの男性が色々調べたものを
書き留めたりメモ書きをつけたりしてわたしにくれたものでした。
そのエリア全体が神社になっているか、そこらへん一帯にそういう神社関係の施設のようなものが
点在しているか、そういう場所の地図でした。
それにはオーナムというインドのお祭りが日本で八月の祭りとして輸入されていることや、
ガネーシャをあらわす象の仏像や巨大な象の造形物のある場所などがメモしてありました。

気がつくと夢の中でもう朝になっていて、どうやらタクシーに乗らずに私はその場所で寝ていたようでした。
朝の光の中、神殿の中の壁沿いにぐるりと人が座っていて、
割ったココナツの中の水が聖職者によって人々に振りかけられていました。
ババが帰ってきたのかな?と思ったらそうではなくて、
それは別の場所で今朝ババの前で行われた行事のお下がりとしてのココナツ水をみんながもらっていたのでした。
私は神殿の中には入らず、歩いてベランダに出て、そこから外のグラウンドのようなところを眺めました。
ベランダはかなり高さがあるところにあって、ビルにしたら8階とか10階とかでしょうか。
眼下の広いグラウンドがよく見渡せました。

するとそのうち巨大なコンテナの荷台を備えた大きなトラックが
グラウンドのふちをなぞるようにして回ってからグラウンドの中に入ってきました。
それにはババが乗っていて、別の場所からこちらに帰ってきた様子でした。

私はそれらをベランダの上から見ていたのですが、
トラックから降りたババが、〇〇〇(女神の名前)、来るように、と指示を出したことが分かりました。
わたしは自分は〇〇〇という名前なので自分のことを呼ばれたと思ってベランダから降りていきました。
他にも自分が呼ばれたと思った人や、自称〇〇〇がいっぱいグラウンドに出てきました。
たくさんの人たちとともにグラウンドに降り立って、わけが分からない状況でしたが、
ババと目が合ったのでアイコンタクトで自分のことかと聞くとそうだとババはうなづきました。

しかしみんなが自分が呼ばれたと思って来てるしどうしようもないのでその人たちの中にいたら、
「それぞれ列を作って、相手に触れられたら負けで相手の列につかなくてはいけない」
というゲームをそこに集まった人たちでするようにというババの指示があったので、
みんなわーわー言いながらゲームをしました。
わたしもひとつの列の先頭になってしまったので、しまったなあ、と思いながら逃げまくっていて、
ちょっとぐらい触れられても気にせず逃げてました。

そしたらそのうちみんなの動きが止まったので見ると、
私の以前の対戦相手だった人がババのところにいて、指を1本立てたポーズで私のほうを振り返って、
ババがあなたが〇〇〇だと言っている、と言ってきました。

そのころにはグラウンドは観客で超満員になっていて、
ババは私と、あと4,5人くらいを呼んで個室っぽいけれど壁の一方が取り払われていて
観客から全部見える、まるで映画のセットのような、コタツを置いた小さな部屋に入りました。
私は
「ババはダルシャンを休むことが出来ず、いつでも観客(?)の目にさらされている必要があるんだな」
と了承しました。

ババはわたしたちのためにコタツの上にグラスを並べたりと食事の準備をしました。
わたしの左側で床に身をかがめてごはんをよそったりして準備をするババの後姿を見てると
「ただのおじいちゃんだな」
という気がしました。
そのころにはババはオレンジのローブは脱いで、薄い水色のババ自身の顔のイラスト(リアルなやつ)の描かれたTシャツとズボンを身に着けていました。
背中を丸めて準備をしていたので背中が出てて、パンツも見えました。

大き目のお茶碗のようなうつわにご飯をよそったものが目の前に置かれました。
ご飯は黄色っぽくてつやつやしていて、なにかずるずるした流動体のようなものの中にありました。
粘ってまるで納豆のようだったので一瞬くさってないか?と思いましたが
全体としてはきらきら中から光ってるような印象でした。
それに楕円形の小ぶりの黒い豆が混ざって調理されているご飯でした。

「おたべ」
と言われてお箸でそのご飯を食べました。
薄味でした。
おいしいか聞かれたので「おいしいです」と答えたけど、すぐそのあとで
「でもほんとは緊張して全然味がわかりません」と言いました。
なんせ、全観衆の視線を一身に浴びていたので。

コタツの一辺に私が座って、その左隣のすぐ横の一辺にババが座っていてなんでも聞けそうな
リラックスした雰囲気だったのでいっぱい色んなことが聞けると思って、
まずはコダイカナルで渡した手紙のことについて聞こうとおもったらババのほうから
「今、世界はすごい怒りになっている」だか「満ちている」だかそんなような
世界情勢の話を話し出したので
「つまんない話になっちゃったな」と思ったら目が覚めました。

目が覚めてから思ったのは、
私の名前は〇〇〇なの?これってババに名前をもらったことになるんだろうか?でした。
ババに名前をもらった話は時々聞くし、プレマとかアーナンダとか、いいなー、
私もほしいなあ、名前つけてくれんかなあと思ったことはありましたけど。
夢でババに名前を呼ばれたのは初めてかもしれません。(でも〇〇〇)

〇〇〇、確かに親しみを覚える女神様ですけど。

今からダルシャンだか、間に合わなければバジャンだかに行ってきます。
今は8時半です。

(注;最初、この女神の名前を出してましたけど、ほかの人にそれは他人に言わない方がいいといわれたので伏せておきます。その名前のエネルギーがわたしに力を与えるんだろうということでした)
【2007/06/13 22:34】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ぶちゅ、の夢
今朝見た夢はサイババが少し高いところに座ってダルシャンをしてて、
呼ばれたので行ったらぶちゅっとキスされました。
確か2001年の正月にアシュラムに来てたときも、アシュラム滞在の最終日にそんな夢を見ました。
そのときは、その後アガスティアの葉を見に行って、でも予定変更してシヴァの葉を見て、そしたらカルマの解消で北インドを回るように言われて、2週間くらいかけて回って、
そのときにヨギか聖者みたいな人に会ってなんかいろいろ言ってもらったりしたんでした。
で、そのアドバイスを考察して、帰国してしばらくして半年実家にこもって、
引きこもりがあけてしばらくして結婚したんでした。

今回も何かこれから起こるのでしょうか?

今日はなんだかすごく「閉じた」かんじでした。
ホルモンバランスとかでしょうか?

夕方はヴェーダ教室だったので行きました。
今はニーラスークタムとヴィシュヌスークタムです。
今日はシンガポールから人が来てて、チェンナイで音楽を習ってるとかでカルナータカ音楽(歌)を披露してくれました。
その後おかえしに、私ともう一人の外国人がそれぞれ、メーダスークタムとドゥルガースークタムを唱えました。
で、そこら辺に居た人と2曲シャンカラバジャンを歌いました。
おばあちゃん先生も一曲リードしました。
ダルシャンホールでじゃなくて、個人的にバジャンを歌いたい気分だったのでよかったです。
ダルシャンホールでだとなんかあんまりにも大きい声だと場違いになるので。

ダルシャンは毎日だいたいあります。
【2007/06/11 00:25】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(2) |
6月7日涼しいです
今朝は2度寝から起きたら9時半だったので部屋ですごしました。
ホットケーキを焼いてみたり、そのあとそうめんチャンプルーを作ってみたりしました。
最近工事とか修理で家にいなくちゃいけないことが多くて買い物に行けてません。
砂糖と洗剤がもうないので、野菜も。米も買いたいです。
買いに行きたいと思っています。

今は主名が寝てるので久しぶりにネット屋に来ました。
昨日というか、今朝すごく雨が降って、今日は雨は上がっていましたけど一日涼しかったです。
お風呂の湯沸かし器が早速活躍しそうです。

最近はトークンは3時なので遅くてらくだなーと思いますが、
いつも微妙に間に合わないことが多くて。
今日もトークン締め切って3,4人目くらいでした。
まあ、それならそれで気楽です。

しかしおやつに行って5分後にババが出てきました。
まあいいや、と思ってすいてる間におやつを食べて。
その後もババは車椅子で学生の間を少し回ってたのでダルシャンはうけました。
その後学生用のプラサードが来て、うちらのところはこれまた微妙に足りず。
まあいいや、と、なんかある程度長期になるとがんばってもいいことないや、という態度になってきてます。
うちらだけかな。

でも実際、うちらの場合、がんばったら裏目に出ることが多いのでした。
【2007/06/07 21:39】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
6月7日 アマチの夢
6月7日 アマチの夢

昨日の午後はババは車に乗らず、車椅子で登場しました。
いったんバジャンホールに引っ込んでからもまた車椅子で出てきて
少し学生のほうに行ったりしていました。
一昨日の午後のダルシャンもそんなだったそうなんですが、
一昨日は私はダルシャンのときは疲れて部屋で寝ていました。

今朝はアマチの夢を見ました。
道を何人かで歩いていると、
アマチと弟子や帰依者たちが乗ったワゴンかミニバスのようなものが通りがかりました。
私はもし止まってくれたらラッキー、くらいの軽い気持ちで
「おーい」とそのミニバスに合図しました。
するとドライバーは止まっていいものかどうかしばらく思案している様子で
速度を落としたりして、そのうち止まりました。

バスの前の乗車口から乗り込みました。
乗車口のすぐ近くにアマチが座っているかと思ったらそうではなくて、
後ろに向かって右側の後ろのほうに座っていました。

アマチがハグしてくれると思って近くに行ったら、
アマチは少し距離をおいた雰囲気で、
「何か問題でもあるの?」
と言いました。

私はそういわれて自問すると問題があるようなないような、よくわからなかったので
「わかりません」
と言いました。

するとアマチは主名に乳を飲ますのをやめるように言ってきました。
前も言ったでしょ、と言って。
実際はほとんどやめてるけど完全にやめきれてないので
「そうなのか」と思いました。

そのあと、何か個人的なことを質問しようかと思ったけど、
アマチにそれらを聞くのはふさわしくないような気がしたのでやめました。
どっちかというとサイババへしたほうがいい質問のように思ったので。

バスから降りてアマチと一緒にたくさんしゃべったりしゃべらなかったりしながら歩きました。
こんな風に聖者と一緒に無言で歩いたりしゃべったりすることの肯定的な影響を感じていました。
途中からめんどくさくなって日本語でしゃべってみたら
アマチが自然な日本語で会話を続けたので、アマチでこうなら、
サイババにも日本語で大丈夫だと思いました。

アマチに自分が英語がうまくしゃべれないことを相談したら
あなたは国語(日本語)ができるから英語もできるわよ、というようなことを言ってくれました。

育った西宮の山のほうの道にさしかかったのでアマチに
「ここら辺は昔よく来ました」と言いました。
「どうして?」と聞かれたのでそれだけじゃないけれど細かく説明するのもなんなので
「学校の遠足とかで」と言いました。

そういうふうにある程度まとまった時間をすごしました。
そのうちアマチは彼女を待っている次の人のところに行きました。

その後もしばらく夢は続いて、
「ハッピーバースディトゥーユー♪」
の繰り返しの音楽が頭の中に鳴り響いて目が覚めました。

目が覚めてから夢についてしばらく考えてたら雨が激しく降ってきて雷もたくさん落ちました。
早朝4時過ぎでした。

昨日のダルシャン中に主名と同じくらいの年齢の暴れる男の子に授乳しておとなしくさせてる
インド人の母親がいて、でもそのうち男の子はむちゃくちゃ怒って
母親に殴りかかったり噛み付いたりして、母親も男の子を激しく突き飛ばしたりして、
しまいに男の子はぎゃーと泣いてました。
その若さですでに凶悪な表情を見せていた男の子でしたけど、
日々動きが激しくなる男の子を相手している身としては他人を見てるように思えなかったです。

ハッピーバースディ♪は、先日こっちで買った三輪車を昨日ウエスタンキャンティーンの前で盗まれて
主名がむちゃくちゃ気に入っていたので私がショックで、
その三輪車に赤いボタンがひとつついていて、押したら
「ハッピーバースディトゥーユー♪」と4回繰り返すようになっていたのでした。

この日記を書いてると主名も目を覚ましました。
起きてにこっとして、「主名、こういうの好きなのよ」とか
「雷なってるしな」「停電やしな」とか言ってよろこんでいました。
で、ろうそくを掲げて遊んだり腹をたたいて踊ったり。

そろそろ二度寝します。
【2007/06/07 21:27】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バージョンアップ
昨日は学生が劇や発表みたいなのをしていました。
今朝はババは出てきませんでした。
午後はマンゴーのプラサードがでました。

アパートの部屋のトイレの流れが悪かったり、タンクの中が破損しているところがあったので修理してもらいました。
去年借りたときから調子が悪かったのですがそのまま使っていました。
バケツの水をくんで流して。
ようやく直しました。

あと、湯沸かし器(お風呂の)をつけようと思ったけど、
頼んだ店から機械がなかなか来ません。
絶対疲れるから、自分の調子がいいときにこうゆうのをやろうとおもって、今はいいからやったんですけど、やっぱり一筋縄ではいかない感じで。
【2007/06/05 00:29】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
半分の月
最近は雨の降る日もあって、少し涼しいときもあります。

昨日か今日は満月ですか?
キャンティーンの帰りに「きれいな月やなー。明るいな」
というと主名は
「主名は満月は好きじゃないのよ」
「じゃあどんな月がすきなの?」
と聞くと
「半分の月がすきなの」
とのこと。

私としゃべるからしょうがないんですけど
オネエ言葉になりつつあります。
【2007/06/01 00:46】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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