スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
シャンティ
前に「シャンティシャンティシャンティヒ」が、ふつうはそれぞれ後ろ下がりの音程で唱えられるのに、
ポールナマダ~というヴェーダ?のときには後ろ上がりなのは何でか?
というのを質問されて、分からなかったので某パンディットに聞いてみたら、
それは間違って唱えてるとのことでした。
。。。。。テキストやCDもみんな間違ってるということでした。。。

ああ、インドだなあ。がく。

で、シャンティ(ヒ)と次のシャンティの間はSは2つとのことでした。
シャーンティ(ヒ)(シ)シャーンティ(ヒ)(シ)シャーンティヒ
と。
スポンサーサイト
【2007/08/30 15:20】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(3) |
オーナムと
こないだの月曜日はオーナムというケララのおまつりでした。
プラサードはバナナのお菓子の詰め合わせでした。
ババの記憶はあんまりないなあ、と思ったら、
柱の陰に隠れて顔が見えないところに座ったんでした。
そういうところはすいてて、子供がいやすいので。

そういえばヴィーナ演奏もありました。
プロ?の演奏は初めて聞いたのでおー、と思いました。

今日はおばあちゃん先生のところに来てるドイツ人もアパートのヴェーダ練習に来ました。
今日はガナパティアタルヴァシールシャムの最後のところをするといったらそれ、わたしもやりたい、ということで。

でも、西洋人は主導権を相手に渡すスタイルがきらいなのか、
最初は私が唱えて、彼女が後に続く、おばあちゃん先生スタイルはやめよう、といってきて、
でも、これは私も日本でこういう風にやってきたしここでもやってて、インドの伝統的な練習スタイルだと言ったんですけど、
まあいいかと思って同時にとなえてたら、
後からほかのいつも来てる日本人が来たので彼女も場に飲まれたのか
伝統的スタイルでしました。
そのほうがやりやすいんで、よかったー。と。
やっぱりみんなでするとエネルギーがもりあがるかんじでいいです。
【2007/08/29 15:28】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
何十年も前に。
今日は顔見知りのインド人女性がアパートの部屋のヴェーダ練習に参加しました。
彼女はヒンドゥー語ができるし、サンスクリット語も学校で教わったからわかるそうですけど、
ヴェーダチャンティングはまったく初めてなので、ということできました。
普通はインドではチャンティングは女性に教えないし、学校でも教えないそうで。ババの学校でだけ教えてるとか言っていました。

彼女のお母さんは50年くらい前にババのところに来たことがあったそうで、もちろん今とはぜんぜん状況が違っててババも若かったと。
で、そのお母さんの友達のところにババが来たことがあって、
家族の食事がみんな終わってしまってて何も食べるものをババに振舞えないから、どうしたいいんでしょう、とかババに言ったら、
ババが手をさあっと一振りしたら食べ物がお皿の上にいっぱい出てきたそうです。
若かりし日のお母さんもその場にいてそれを体験したけど、そのことをほかの人に言っても誰も信じないけどね、とか言っていました。

50年前なんか、どんなんだったんでしょうね!?
【2007/08/26 00:22】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
近頃は主名が学校に行ってる間にヴェーダを教える日課になりました。
最初はみんな一緒くたにしてたのですが、人それぞれ進み具合が違って、みんなに対して中途半端になるので曜日を割り振って、一日ひとりだけ部屋に来てもらうというスタイルに変えました。
今日はドイツ人で、ガナパティプラールタナとクシャマプラールタナは自分で勉強してて唱えられるので、今日はドゥルガースークタムにしました。
でも彼女はあと2回だけ来てもう帰国予定なのであと2回でドゥルガースークタムを終えてしまう予定です。
CDプレーヤーやカセットプレーヤーを持ってなくて自習がむずかしいらしいのでほんと、強行練習というかんじになってしまいそうです。

ほかは今は日本人が3,4人というところです。
やっぱり道連れ的に誰かがやり始めたらじぶんもというかんじでやりやすいみたいで、人が来るのとかも流行りすたりとかあるなあと思います。波というか。

夕方おばあちゃん先生のところに2週間前から来てる別のドイツ人としゃべったら、彼女も「すっごい勉強しなくちゃ」みたいに言ってたけど
彼女もCDプレーヤーとかテキストのたぐいをみんなドイツに置いてきてしまったらしいです。

そういうのなくて、できるのかなあ?
私はそういうプレーヤーのたぐいが必須で、時々寝る時もかけて睡眠学習してるくらいなので。。。
それを、今日部屋に来たドイツ人に言ったら「ほんと!?」と言って笑ってました。
けっこう睡眠学習は効果的な気がします。

午前と午後のドイツ人にそれぞれ、
「カセットプレーヤーだったら安くで買えますよ。いっぱい聞いたほうがいいし」
とすすめてはみたのですけど。

夕方のドイツ人としゃべってたときに
「あなたはこれをバイハートでとなえられるの?」
と聞いてきて、バイハートって何?心を込めてってこと???
とか思ったら暗唱できるかってことだったみたいです。

明日はラクシュミーのお祭りだそうです。

今朝はまたババは車椅子で来て、午後はバジャンのときも誰かのスピーチのときもずっと壇上に出ていました。
でも私も主名もねむくってほとんど寝ていました。

しばらく主名におもちゃを買うのを控えてたのですが、さっき3つも買いました。まったく私の気まぐれですけどこういうのも波があって。。。

ああ、わかりました。
夕方から主名はわたしに
「主名ねえ、さわこにあれかってあげるのよ」
「これかってあげるのよ」
「神様もみんなかってくれるのよ。神様、いっぱい稼いだんよ。稼ぐの上手やなあ」
みたいにいっぱい私に買ってくれる話ばっかりしてたので
なんでかしらん、私が主名に買う気分になっちゃったんでしょうか。

【2007/08/24 00:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ディスコース?
今朝はディスコースがあったみたいです。
聞くところによると学校の創立記念の何かとか?
「過去や未来を気にせず今を生きろ!」みたいな内容だったとか。
又聞きですけど。

ここ数日は人もぐんと減って楽です。
こんなに人が少ないときにディスコースをするんだなあと驚きでした。

昼ごはんのあとにそのままダルシャンに出たらババは車椅子での登場でした。
聞くところによるとこれも4日連続だとか。
うちら最近バジャンくらいしか行ってないもので。

ダルシャンのあとは部屋に帰って休憩しようと思ってたのですが、
主名が寝てしまったのでそのままバジャン終了までいました。

で、そのあとは遊ばして晩御飯を食べての今は帰り道です。
ああ、くたくたになったので今日は早く寝たいです。

【2007/08/22 23:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ホームバジャン
昨日はアシュラムは人も多そうだったので一日部屋にいて部屋を片付けたりしていました。

夕方からはヴェーダ教室に行きました。
昨日は多くて、11人来ていました。
でも半分はサンギータ?なんかそんな楽器を習いに来てる人たちみたいでした。
しかし楽器の現物はなくて、リズムの取り方とかそんなのを習っていました。
なので私たちも同じように見てやってみたりしてなんとなく面白かったです。

その後はおばあちゃん先生に連れられて別のマンションに私とほかの2人の外国人は移動しました。
説明なしだったのでよくわからずに行ったらバジャン会でした。
そのお宅は主名の学校の友達の家で、学校の先生二人も来ていました。
プッタパルティはせまかった!
マンションの5階の部屋だったんですけどすごい広くて、部屋の中の螺旋階段でさらに上の階にもいけて、上の階もあるみたいでした。
そんな広い賃貸マンションもあるんですね。

巨大なババの写真があって、お決まりの電飾で飾られていました。
しかしインド人は薄暗いのが好きですね?
レストランでもバジャンのときも会話を楽しむような場面でも。

最初の15分間にヴェーダを唱えました。
思いがけない晴れ舞台。
しかしおばあちゃん先生が低い声で唱えたのでわたしも低い、おっさんぽい声で唱えたら、私が唱えてるんじゃなくて、どうもわたしの後ろの人が唱えてると思った人も多かったみたいです。

その後バジャンでした。
素人離れした男性の歌い手が3人ほどまじってました。

昨日はぜんぜんアシュラムのバジャンも行かなかったけどバジャンのほうから来てくれたなあという感じでした。
部屋の物も結構捨てたので、きっと空いた分、新しいエネルギーが流れ込んできたんだとか思いました。

甘く煮たお米のプラサードとバナナをもらって帰りました。



【2007/08/21 00:13】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
人が増えて。
今日は次々バスが到着してアシュラムの中が込み合ってます。
明日は日曜、というのもあるけれど、インドにも盆休みってあるのか?と思ってしまいました。

昨日、オーナー公認で私に部屋を又貸ししてた西洋人と話をして、
西洋人が部屋につぎ込んだお金のバランス分を支払うことで
部屋の中の家具とか電化製品とかの所有権をわたしにうつすことで決着しました。
だから今までの一年分の家賃は本来の家賃にプラスして西洋人に支払って、西洋人がオーナーに払っていたのですが、
今後はオーナーから直接私が部屋を借りる形になったので家賃も安くなりました。
うれしいのは、物が捨てれることです!
今までは家具つきの部屋だからいつか返さなきゃいけないからと、捨てるに捨てられないものがたくさんあったのですが、これで心置きなく捨てられます。
お金を払って捨てる権利をもらったというのもおかしな話ですが、
部屋がすっきりしそうでうれしいです。
【2007/08/19 00:09】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
いろいろあって疲れました。
今朝は部屋でヴェーダ練習をし、昼からは某パンディットの家にヴェーダの発音チェックなどをしてもらう目的で行ったんですけど、
突然の訪問客が2組3人あってババ話のサットサングになりました。
一回だけプルシャスークタムを唱えたんですけど、
英語ばっかりで疲れ果てたので主名と散歩に行きました。
ナナフシがいて、肩に乗せて戻ったら、それはドイツでは神に祈る虫という名前だといわれました。

バジャン後は家賃のことで話をしにいきました。
【2007/08/18 00:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
あつかったです。
今日は暑かったです。
ずっと涼しい日が続いてたので、ううっ、あついっ。。。と。

日本も暑いみたいですね。
今はお盆休みですね。
【2007/08/17 00:23】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
独立記念日
今日はインドの独立記念日でした。

午後、何人かのスピーチの後、ババのディスコースがありました。
立って話されてました。
最後はきつそうでしたけどみんな拍手でした。

今日はアパートの部屋でのヴェーダ練習に新しい人が二人みえました。
ひとりはドイツ人でした。
またドイツ人だなあと思いつつ。
もう一人の日本人の人が英語に堪能だったのでまったく問題ありませんでした。

【2007/08/16 00:16】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
8月12日ヴェーダづくしの日
8月12日ヴェーダづくしの日

今日の午後は某パンディットのお宅を訪問してヴェーダの発音チェックをしてもらいました。
プルシャスークタムと、人に教える機会が多いガナパティプラールタナとドゥルガースークタムと
ニッグッシュワイラ~で始まるスップラマンニャムのヴェーダをチェックしてもらいました。
でも完璧ということで発音の修正はありませんでした。。。
ほんとうに完璧なのか
けっこうヴェーダって適当なところがあるので、修正するほどではなかったのか、は謎です。

奥さんも一緒にいてくれたのですが、目をつぶって聞いてると私はいなくて、
ただ、インドの風が吹いてくるようだった、とかいう素敵な言葉をいただきました。
それは今思うと嬉しいです。
以前、沖縄の離島でサンシンを習ってた時にある先生に
「島唄は、島の風より強くてはいけないんだ」とか言われたことを今思いました。
その先生はすごくやさしい声で歌っていました。
今日のヴェーダをチェックしてくれた人の唱えるヴェーダもとてもやさしい、やわらかい唱え方でした。

ただ、提案、というかんじで言われたのは、
ガナパティプラールタナの始めと終わりに
「シュリーグルッビョーナマハ ハリヒオーム」と唱えたのですが、
最初の「ハリヒオーム」は高低をつけずにずっと高いままで1本調子に唱えるそうです。
というのは最初の「ハリヒオーム」は瞑想だから、ということでした。
最後の「ハリヒオーム」は普通に「ハリヒオ~ム(中高低中~)」と唱えるそうです。

ドゥルガースークタムの時に言われたのは、学生とかは口やのどから唱えてるけど、
ハートから唱えるんだ、ということと、
ドゥルガーは簡単には喜ばないし、話しかけてもあっちを向いてるから、
お願いですお願いですというふうに諭すように祈るヴェーダなんだそうです。
私は今までドゥルガーは強いイメージがあったし、破壊するようなイメージがあったから
そういう風に強いドゥルガー!というかんじで唱えてたけれど、
今日教わったような気持ちで唱えるとずいぶんやわらかくなりました。
今日は一つ一つ、ドゥルガーにどういう風なお願いをしてるかを説明してくれました。

あと、シュリスークタムは先週から私がおばあちゃん先生に習い始めたので、
それも一通り教えてくれました。
おかげで、今日の夕方からはおばあちゃん先生のレッスンだったので予習できてよかったです。
今週は忙しくて全然自分の練習をしていなかったので。

シュリ(SRI)もオーム(AUM)と同じように光輝くすばらしい言葉だそうです。
どちらも3つでひとつの言葉だそうです。
主名じゃなくてシュリにすればよかったかな!?なんて。

ラクシュミーはビシュヌの奥さんじゃない、ラーダクリシュナやシータラーマも同様ということで、
ビシュヌがろうそくの火だとすればラクシュミーはその光で、分かれてない、
というような話や、
バガバットギータの中のいろんな場面の話をしてくれました。
時々主名に呼ばれて席をはずしながら。(ぼうふらとか虫を見つけたので呼びに来たのでした)

その後チャイタニアジョーティーの前の池の鯉とか見に行きました。
その夫婦と一緒だったので横で飼ってる鹿とかも見せてもらいました。
何種類かの鹿がいっぱいいました。
そんなところで鹿を飼ってるとは全然知りませんでした。
鹿がうんことおしっこをしたので主名は興味しんしんでした。
帰り道でやすでみたいな足がいっぱいの虫がたくさんいる場所を主名が見つけて、
どうやら彼はそれが一番印象的だったようです。
大人の考えと子供の実際の興味の方向はしばしば食い違うのですね!

この前死んだサイギータのかわりの小象がいました。
3歳半で、サッチャギータという名前だそうです。
まだちっちゃくてかわいかったです。
携帯とかカメラとか見ると鼻で取っちゃうそうです。

その後アルティで帰るババを外からちょろっと見て、おばあちゃん先生のヴェーダ教室に行きました。
今日は新しい西洋人が2人来てて、一人はヴェーダを、もう1人はバジャンを教わりに来ていました。
ヴェーダの西洋人は以前から知ってて、以前、
「私たちはインターナショナルヴェーダグループなの。練習してるから来てね」
とか言われたことがあって、ボロボロになったテキストを見せられて、
でもどこで練習してるのかよく分からなかったので行きませんでした。
彼女の唱えるヴェーダを実際には聞いたことはなかったのですが、
今日、彼女のを聞いて、やっぱり先生は必要だと再認識しました。特にヴェーダは。
確か彼女は4年くらい勉強しているはずですがほんとうに基本の基本がぐにゃぐにゃでした。
西洋人はなんでかだいたいみんなそんなんです。なんで??
でも、今日から彼女は先生について教わりだしたのですごく嬉しそうで幸せそうでした。

もう1人の人はバジャンということで、みんなでいくつかバジャンを歌って楽しかったです。
しっかし、その人のバジャンも不思議なくらいやばかったのでおばあちゃん先生が一緒にリードしていました。
きっとバジャンをずっと練習してる人と思うんですけど西洋人の集まりって、
怪しいのが多いのでしょうか。
彼女は今度の火曜日にまた来るそうなので私も便乗してバジャン教室に参加することにしました。
うれしいです。
ヴィーナ教室への参加も打診してみましたが、
ヴィーナは難しいからバジャンができてから、だそうです。

今日の二人は以前私がおばあちゃん先生の教室に連れてきたヨーロッパ人
(最近彼女は別の活動とぶつかってヴェーダには来れなくなってるそうです)
の紹介できたと思うので、おばあちゃん先生のいい雰囲気のヴェーダ教室が
ぶち壊しになるんじゃないかと思って多少責任を感じたのですが、
杞憂でした。
かかってきた電話におばあちゃん先生は、今、なに人となに人となに人に教えてるんだ。と、
楽しそうにしゃべってました。

やっぱり今日もわたしはおばあちゃん先生に「あんたはドイツ人?」と聞かれました。

おばあちゃん先生は人柄がいいし、今後どんどん外国人が来て、
外国人に人気のある存在になったりして。

今日は主名も楽しかったみたいで(おばあちゃん先生のヴェーダ教室の時はほとんど寝てましたけど)
その後部屋に帰ってから興奮して歌いながら踊りまくっていました。
歯を磨けとか言っても「踊ってから!」とかいって。
【2007/08/13 17:31】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
多忙?
この一週間は毎朝何名か部屋に来てヴェーダのチャンティングをしているのでありがたいかんじで多忙にしています。
夕方はたいてい主名を芝生のところで遊ばせています。
同じくらいの歳の日本人の子がいるので楽しみに毎日芝生通いをしています。
今日はすごいスコールでした。

今朝はババの夢を見ました。
主名と一緒に夢ダルシャンを受けたので、朝はアシュラムに行かず、部屋で用事をして、他の人達が来るまでゆっくり過ごしました。

今日はガンガーの水とかもらいました。
どう使いましょうか。
【2007/08/12 00:18】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
グルプルの雨
そういえば、グルプールニマの日に雨にぬれた人、知り合いもけっこういて大変だったみたいです。やっぱり。。。
【2007/08/06 21:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
しばらくぶりに
しばらくネットカフェにきてなくてブログも更新していませんでした。

グルプルのあとはユースの人たちがババのローブをもらったりしていました。
そんなにいっぺんに大勢にあげることってあるんだー。と。

あとはいろいろ劇や演奏やらその日ごとにあったり。
いろいろ。

色々あるにはあるけどとりたてて書くほどの盛り上がりもなく。

曇りや雨が多くてすごく涼しくてすごしやすいです。
人は少なくなったように思うのですがいくつかグループが来ててアシュラムの部屋は満室状態みたいで、
グルプルあたりに外に出された人たちもなかなか中に戻れずにいるようです。
【2007/08/06 21:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
2日前に見た夢は、ダルシャンでサイババが歩いてて、
こっちには来ないだろうなあと思ってたら、
サイババが荷物の申請用の用紙みたいなのを私のほうまで歩いて持ってきてくれました。
それは夢の中で、私がまさに必要としているものだったので、わたしは
「ありがと~う!」と言って、大喜びでサイババに飛びついて抱きついてぶちゅぶちゅとキスの嵐でした。
「サイババは小さいはずなのに大きいな」と不思議に思いつつ。
するとアシュラムで顔見知りの女の子になっていて私は男になってました。
そんな夢でした。

起きてからも意味はわからず。
わたしは何か持ち込みたいようなものでもあるのでしょうか?

今日の夢はダルシャンでカレンダーが配られて、
これまた私のほうには来ないだろうなと思ってたら配られて、
5つくらい手元に来ました。
月ごとにめくるカレンダーでした。
ひとつはどんなだったか忘れましたが、もうひとつを見ると、
ヒロヤマガタとディズニーが合体したような絵柄で、「あれ?これ。。。」と思って見るとやっぱりコダイカナルの湖の周りや街中の様子が描かれていました。
カレンダーは来年の3月まであって、私の誕生日が3月なので、誕生日まであるなあと思いました。

周りの人でもらってない人がたくさんいたのでひとつあげて、でも、こういうのあげていいのかな、と思ったら、
またセバダルがたくさんカレンダーを持ってきたので、
もらってない人にそのことを言ったらそれはひとつ2ルピーとかの有料で、でももらってない人たちは大量に購入していました。

そんな夢でした。
【2007/08/06 21:40】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
| ホーム |
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。