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有名人?
朝のダルシャンは、バジャン中にババが来ることが多く、今朝もそうでした。

今朝は9時半くらいにグループだか家族がインタビューに呼ばれていました。
壇上から女性の仲間を呼んだあの男性は、有名なインド人音楽家じゃないかなと思いました。
日本にも演奏しに来てる。

なので、インタビューが終わって彼らが出てくるまで30分くらい待ってしまいました。
もう一度確認したくって。

その後、ババが姿を見せてアルティがあったんですけど、また別の人がインタビューに呼ばれて、馬場もまた中に入り、バジャンもおわっちゃったし、私は出て、図書館に行きました。

ババがいったんホールの人に姿を見せるのはサービスですよね。
待ってる人たちに帰るきっかけを与える!?

今は人も少なくて、しばらく大きな行事もなさそうだし、インタビューの時期なのかなあ、と思いました。
そういえば去年もこれくらいの時期に、ババが車椅子でホールを回って、つながりのない一般人をひとりずつピックアップして、まとめて前に呼んだりしましたっけ。

なんとなく陽も長くなってきて、気温も上ってきたように思います。
明け方はまだ冷えますが。
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【2008/01/24 16:17】 | プッタパルティ日記 |
主名の受難
学校が再開されてから、主名の受難がしばらく続きました。

その一、「地球」とあがめてアルティやバジャン、ヴェーダなどをささげ、いっしょにお風呂に入ったり寝たりしていた水色のビーだまを学校の先生に投げ捨てられる。
(どこかで汚いのを拾ってきたと思われたらしい)
その2、サルに弁当のサンドイッチを取られ、残ったきゅうりやナッツ類で飢えをしのぐ。
その3、、、、

なんか、そういうキャラなのかなあと思えてきました。
やられキャラというか。

わたしはわたしでここ数日こてんぱんで、脱力しています。
今日は満月、たぶん、月も大いに影響してると思うんですけれど、
こんなに影響されちゃっていいのかなあ。

ダルシャンは、ふつうです。
普通のダルシャンて、ないと思うんですけど、まあ、それはそれとして、普通です。
【2008/01/22 13:32】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
主名の学校再開
サンクランティ休みが終わり、主名はまた今日から学校です。
ああ、なんという平安。

学校が休みで、子供とずっと一緒にいるから疲れてるといったら、
「それはスワミの祝福だから、今をたのしみなさい」なんてポジティブにいわれることもあるんですけど、子供に何かやらせる義務がなかったら子供に埋没して楽しめるかもしれないけど、
自己を失い、子供を理想化して埋没していっしょにだらけてたら宿題やらせたりできないんで、疲れるのは正当だよなー、と思いつつ、
「そうですね」と、さからわず。
それぞれの理想がありますから。

主名は、昨日、「明日学校やで。うれしい?」と聞いたら、
「うれしい、わぁ~~~!ぽんぽこぽんっ!」
といいながら腹づつみを打っていました。
わたしもうれしいよ!

今日はバジャン後にアシュラムの本屋に寄って、
探してた本を見つけ、ついでに何冊か買い、
アシュラムの図書館に行って昼の閉館まで読みふけっていました。
面白い本がたくさん置いてあったんですね。
貸し出しできないのでその場で読むしかないけれど。

昼のサウスのご飯も自分の好きなものばかりだったし、
主名の学校の休みが終わって今日は私の骨休みです。



【2008/01/17 16:33】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
どわすれ
この前の日曜は13日で、ヴェーダ教室のことをすっかり忘れてました。
気がついたのは夜の9時で。
どっちみち、バジャンが終わったのが7時前だったから教室自体が無かったかもしれませんが、くちおしくて、月曜火曜とおばあちゃん先生のところへ押しかけてみましたが、「今度の日曜ね」
ということで、残念でした。

今まで忘れたことが無かったので、今回の主名の学校の中期休みがいかに疲労感のあふれるものだったかと再認識。
【2008/01/16 22:55】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マカラサンクランティ
15日はマカラサンクランティでした。
西洋暦の正月よりもこっちのほうがずいぶん神聖なものとされてるかんじです。

朝はババが講話をしました。
内容はまったく頭に入らなかったのですが、ババは時々「え?ババだよね?」と思って見直したくらい、声もはりがあって力強かったです。
途中で座ってからはマイクから離れたので声は聞こえにくくなりましたが。

午後は主名に宿題をやらすのでへとへとになったのでダルシャンに行かなかったらカレンダーを配ってたらしいので、ちっ、と思いました。
しかし、最近プラサード類がぜんぜんこっちまで当たりません。
もらおうもらおうとするなということか。。。と、いちおう了承。

最近は学生の劇とか、各大学などへの表彰式とか、ワイルドな人たちを呼んでその人たちにババが一人ずつ手渡しで毛布を配ったり、そういうのがありました。
あの人たちはウォータープロジェクトで肉体労働をしてる人たちかなあ、と思いましたがよくわかりません。

ババのプライマリースクール学生のの親の話によると2ヶ月くらいはスポーツ大会の練習のため、面会が無かったそうで、大会が終わってから連続で毎日学校に来て面会するように言われたそうで、それはそれでなんだか疲労感がにじみでてて大変そうでした。
面会って、一回につき昼の2時間を一緒に過ごすらしくて、ご飯を作ってもって行ったりするそうで、普段は毎週日曜日がそういう面会の日なんだそうです。

主名の学校も11日から16日の今日までサンクランティホリディだったので、
明日からの学校を親子で心待ちにしています。
ずうっと一緒はお互いきついですよ。
主名も学校に行ってるほうが楽で楽しいと気がついたみたいです。

早く学校が始まってくれないとお互いもちません。



【2008/01/16 22:49】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
スポーツフェスティバル
スポーツフェスティバル、という名称ではなかったかもしれませんが、
とにかく学生による運動会みたいな行事がヒルビュースタジアムで行われました。

わたしは去年見てあきれたので、今年は行きたくなかったのですが、
乗り物好きな主名が行く気まんまんだったので、しょうがなく4時過ぎにおきて5時に向こうにつきました。主名は怖いくらい寝起きがよくて。

サンドイッチとか持っていきました。

ちょうど開門したところで、入り口でサンバイザーが配られて、会場のベンチ席に行ってよさそうな席に座りました。

ババは8時くらいにきて、黄色のローブを着てオープンカーで登場しました。

午前はバイクによるショーみたいなやつで、曲芸のような乗り方をしたり、
交差してみせたりして、アナウンスは「ベリーデンジャ~!!!」を連発していました。
女学生も男子学生と同様のバイクのショーみたいなのをしてて、
一人の女学生が寝て、上に板を載せて、その上をバイクが通るとか、
十人以上の女学生が横に並んで寝て、その上をバイクがジャンプするとかやっていました。
そんなん、女学生にやらすなよ~、と思って、また、あきれました。
でもインド人のおばちゃんとかは大興奮!!
多分、インド人って興奮するようなのがすごく好きなんでしょうね!?

女学生のダンスでは「キモノ」を着て、傘や扇を持った女学生の集団が踊ったりもしました。
ジャパニーズキモノ!
去年のブッダ祭の日本舞踊からアイデアを得たのかなあ、と思いました。
しかし、鮮やかな色彩のキモノを着た女の子たちが砂煙を上げて走ったりするのを見るのは
なんかシュールでした。
40パーセントは確実に中国が入っていました。
でもそれはそれでちょっとうれしい感じでした。
しかし、使われてる音楽にしろ、ダンスにしろ、中国や日本や南米の物が多かったように思えて、
ババの言葉もあるし、西洋の真似をするのはひかえて、異国情緒はそっち系で満たしてるのかなあと思いました。

午後は一時間半くらい昼寝をしてから、3時前に会場に行きました。
3時開演だったので、もう人でいっぱいでしたが、丘の上のほうの席はあいてて眺めもよかったので、かえってよかったです。

午後はババは赤いローブでした。

午後は小学生くらいの子供たちのダンスがたくさんあって、かわいらしくてよかったです。
午後に見に来たのは初めてでしたが、午後のほうが自分好みでよかったです。
小学生くらいの男の子たちが、自転車で、午前のバイクの曲芸とまったく同じことをしてたので笑いました。
なるほど、こうやって何年もかけて技を積み上げていくのか。。。と。
横に座ってた西洋人も笑ってました。
なにしろ、午前のバイクの曲芸のまるっきりミニチュア版だったので!

男子学生のアクロバット的なパフォーマンスもたくさんありました。
全寮制だし、みっちり仕込まれるんだろうなあ、と思いました。
通いの学校では無理です。

なかなか面白かったので、DVDとかで買って、また見てみてもいいなと思いました。

全部終了した後は男子学生たちが叫び声をあげて大盛り上がりでした。
なんか、学生時代を思い出すなあ。。。と。

最後までいて、人が少なくなってからゆっくり帰ったのですが、
小学校の中を通って帰ったら、ダンスを終えた子供たちが家族と外に座ってご飯を食べていました。
みんなそれぞれユニークな衣装を着せられてるので撮影大会もあり。
記念撮影も考えて、衣装着せてるのかなあ、と思ったり。

普段はだめですが、その日はほとんど学校も開放されたような状態だったので、
主名も校庭の遊具で暗くなるまでいっぱい遊びました。
そのうち子供たちも学校に帰る時間が来て、保護者も名残惜しそうに帰っていって、なんとなく切ないようなムードが漂っていました。

なかなか、楽しかったです。行楽気分で。
インド人たちも食べ物いっぱい持ってきてました。
そんなんでした。
天気は何しろよかったです。


【2008/01/14 15:46】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
待つのは?
待つのはしないほうがいいと書いておきながら、今朝、ネット後にメインロードでババが帰ってくるのを待ってしまいました。
なんか今日は待ちたい気分で部屋に帰れなくって。
自分のエネルギーが消耗してるか、低かったのかもしれません。

帰りはいつも結構早く、時にはすごいスピードでババは通り過ぎるのですが、今日は比較的ゆっくりでした。
一緒に、バイクに二人乗りをした学生たちもたくさん伴走してて、その関係でゆっくりめに走ってたのかもしれません。
明日はスポーツフェスティバルなのでババはそのリハーサルとかをヒルビュースタジアムに見に行ってたんだと思います。
暴走族のようにでっかい旗を翻して2人乗り、3人乗りのノーヘルのバイクの群れの男子学生も、
明日用の仕様になってるんだと思います。
キャンティーンにきてる女学生たちも、ここ数日はみんなサリーではなくパンジャビを着ています。

ババのカーダルシャン後、シャンティーライブラリーのビデオ上映会に行きました。
今日は、チベットのヨギのビデオだったので。
チベットの昔や今も包括的に紹介された、いいビデオでした。
なんとかリンポチェ、とかそういう名前のお坊さんたちもいっぱい出てきていました。
ダライラマも出てきていました。
ダライラマは、チベットが国を失うような悲劇に出会ったのは、その精神性を他と分かち合うことを怠ってきたからだと、どこかで言ってた記憶がありますが、
中国の侵攻を受けて、チベットの高僧も世界各国に散って、その教えや文化にいろんな人が触れられるようになったのは、世界にとっては間違いなく恩恵だろうなと思います。

先生がいるというのは何はともあれ嬉しいことなので。

わたしもおばあちゃん先生にヴェーダを教わってて、正直頭にくるというか、あきれてしらっとした気持ちになることもありますけど、
でもやっぱり先人はその存在感だけで導きを与えられるんだと思います。

教わるというのは体験することだなあと思います。
体験あってこそ、頭にくることもできるわけで。
いろいろあって、らせん状にぐるぐるしながらなんとなくいつの間にか進んでいってる気もします。

先週のヴェーダ教室ではむちゃくちゃいっぱい進みました。
それもどうかと思うんですけど、ぜんぜん進まないどころか、教室自体がないときが多かったので、
それはそれで幸せな気分になりました。

ずっとほとんど、ヴェーダの生徒は私だけというときが続いてて、最近、昔来てたインド人のおばさんが一人また加わって2人になりました。
おばあちゃん先生の教える時間があまりにも自由すぎるというので来なくなる人がほとんどと思いますが、
ヴェーダを習い続けるのって、常にエネルギーを拡大することを意味するように思うので、大変で、なかなか続きにくいんだと思います。
そのおばさんと一緒におばあちゃん先生が帰ってくるのを待ってる間に聞いた話によると、
ダルシャンのときにヴェーダが唱えられ始めたときはだれもかれもがヴェーダに興味を持って、その教室にも3~40人くらい習いに来てたそうです。
でも、ゆっくりとみんな来なくなったそうです。

【2008/01/10 17:09】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババを待つ
こないだ、至近距離をババがくるまでゆっっっくり走ってくれたのに味を占めて、
昨日今日とババ専用の門の外で出てくるのを待ちました。

昨日は朝はダルシャンそのものがなかったのですが、今朝はババは出てきました。
しかしこないだほどゆっくりではありませんでした。
予想した人たちが多く来て、ゆっくり走ると危ないのかもしれません。

待つのは、しないほうがいいなと思いました。ダルシャンホール以外では。
たまたまのほうがいいです。
【2008/01/10 13:29】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ
今朝は、主名を学校に送った後、ATMでお金をおろそうと思ってメインロードの曲がった先にあるATMの近くに行ったら、ババ専用の扉が開いてこっちに車が向かってくるのが見えたので、ダッシュしてそこまで行って、出てくるのを迎えました。
ダルシャンホールではちっちゃい姿なので、たまに至近距離で見るととまどいます。
なんか目がおかしくなったような。
初めてコンタクトレンズをしたときに、あんまりにも視野が広くなってすみずみまで見えるので、なんか気持ち悪くなったことを思い出しました。

ババの出て行ったホールに行ってバジャンに参加してたら、プッタパルティって、いろんなことが起こるけど、神の視点とまではいかなくても、より高い、統括的な視点で物事を捉えることができやすいので、はまってる状況から抜けやすいし、楽になるのも早いなあと思いました。

いろんなことを取り留めなく考えながらバジャンを歌っていました。
ババが帰るのを待たずに今日のバジャンは終了しました。
【2008/01/08 15:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
なにがかわった?
今朝はババはバジャン中に外に行って、アルティの頃に帰ってきました。
ババの姿を見ながら、初めてここにきた12~3年前と同じように私もババもここにいるけど、
あの頃と何が変わって、何が変わってないんだろう?とか思いました。
わたしとババがそこにいるということ以外全部変わったような気もします。

今朝は先週主名のお弁当用に買っておいたパンにカビが生えていたので、朝、あわてて近くの店でクロワッサンとかかって来ました。
封も開けてなくて冷蔵庫に入れてたのになあ。
普段買わない自然食品の店でパンを買ったら高くつきました。
クロワッサンは普通の店で買ったのですが、こっちのほうが焼き立てでおいしそうだったので
こっちを弁当に入れました。
砂糖を使ってないおいしいジャムがあるので、それと、きゅうりと、昨日もらったプラサードのラドゥーを添えました。
主名はラドゥーに喜んで、
「ありがとう、ぶーりー」
とか言っていました。
最近なんにでも「ぶ~り~」をつけるのが自分の中のギャグとしてはやってるみたいです。
意味はないと思います。

【2008/01/07 13:58】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
正月
元旦にババのディスコースがありました。
でも内容は聞いてません。すみません~。

年末年始は主名の横浜での友達の女の子も来たのでちょっと一緒に遊んだりもしました。

あれは初夢だったのか?忘れましたがババの夢を見ました。
カーダルシャンで、ババの頭の上だけうずたかく1メートルくらい雪が積もっていました。
そういえば日本は寒いはずです。
ババの言葉だったか定かでないですが、
「泥棒が入りそうなのになぜ鍵をしない?」といわれました。

主名は2日から登校です、こっちは西洋暦の正月はあまり重要視されてないです。
【2008/01/03 13:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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