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ホームバジャン
昨日はおばあちゃん先生と一緒に老人ホームで慰労ヴェーダでした。
2回目です。
前回はルッドラムを一人で唱えさせられましたが今回はべつのを2人で。あと、別の人も別のことやってました。スピーチとか。

夜はホームバジャンのはしごでした。。。
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【2008/02/29 16:19】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブリンダバン
昨日の午後のダルシャンではブリンダバンのババの学校の学生たちが踊ったり歌やスピーチ、というか、ババに訴えかけていました。
もう500日以上ババがブリンダバンを訪れていなくって、もうこんな日々はいやだ、みたいな哀切を帯びたスピーチでした。
来てください、スワミ!と。
なんか毎日暑いし、ババはこの訴えに心を動かされてホワイトフィールドに行くのかなあ?

まだ2月なのにかなり暑いです。日中の日差しがきつくって。
この暑さにはまだ慣れません。
【2008/02/26 00:39】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババのお腹をつつく夢2月22日
ババのお腹をつつく夢2月22日

今朝は久しぶりにババの夢を見ました。
昨日は変な日で、満月のせいもあると思いますが、頭痛がしてすごく疲労感があり、
アパートでうちの部屋だけ朝から停電でした。
満月の日は長時間、それもうちの部屋だけ停電になる確率が高いです。
確か2ヶ月前もそうでした。
2ヶ月前は部屋の外に伸びてるどこかの線がショートしてそれを取り替えて、
今回はまた別のところがショートして焼ききれたみたいで、そこを取り替えて直してもらいました。

それはそうと、ババの夢ですが、
ダルシャンのあとの人が引けてきてる会場に残っていたらババが来るとみんなが言い出して、
顔見知りが「こっちのこのラインを車が通る」というのでそこで待ってたら、
その3本くらい向こうのラインにババが行きました。

でも、平行に何本も作られていた道はただビニールの紐でくぎられていただけだったので、
紐をくぐってババの来る通路に行きました。

ババは車でくるかと思ったら歩いて来てたので私はババが歩いて来るその前に立ちはだかりました。
しかし、ババの姿はなんか変で、人間かどうかも怪しい感じでした。
オレンジのローブは着ているのですが、頭や顔のパーツの比率とかがありえない状態で。
わたしは英語で話す気がしなかったので最初っからテレパシーで、
「あなた、ほんとにババなの?なんか変なんだけど」
というふうに話かけました。
テレパシーは問題なく通じて、その変なババは「そおお?」というふうに、
やっぱりどことなく変でおおげさなリアクションを返してきました。
やっぱりなんかどこか不自然で変なので、ババの丸いお腹を4本の指先でグイッと押して調べてみました。

そしたらババを含め、世界が急に現実味というか、重さを失って、
世界は幻で、私はほんとは私だけしかいないんだと言う究極の事実を突然思い出してその状態になりました。

そしてその状態でババを包むようにお互いに抱き合いました。
その時私は、そのわたししかいないという究極の状態にあるときに初めて、
ババを包み込むことができるんだと知りました。
そして腕の中のババからなにか孤独感のような感情が立ち上ってきて私に流れ込んできて吸収されました。

そして次の瞬間にババはごく普通の状態の人間の姿のババになって去っていきました。

その後もしばらく夢が続きましたが、
目が覚めたときには自分の肉体の振動数が部屋のそれと合ってない感じでしばらくずっと全身がしびれていました。
目が覚めてから思い出しながら丸一日時間が過ぎてからこれを書いたわけですが、
その夢は夢から覚めた瞬間に逃げ去るような、この現実の振動数とはずいぶん違っていて、非常に特殊な特別な夢でした。

【2008/02/26 00:33】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
土曜は主名の抜歯のために病院に行ったのですが、医者が10時半に帰ってしまったらしくて、2時にまた来てと言われ、2時過ぎに行ったら今日は掃除だから午後はないといわれ、月曜の朝に来てと言われました。

何せ暑いので、、あんまり外をうろうろしたくないです。

マハシヴァラトリのためにアシュラムに来る人が徐々に増えてきました。
去年マハシヴァに一緒に並んだ母子に話しかけられたけどこっちは忘れてて、しばらく話してやっと記憶がよみがえってきました。

先週はサリガマパダニサのミュージッククラスにフル参加しました。
今日の日曜だけヴェーダクラスです。
サリガマ♪でぱんぱんだったのでヴェーダぜんぜん練習できてないです。
昨日の夜中に一夜漬けで練習しました。
スーリョウパニシャッドです。
練習と言うより、テキストを自分が見やすいように書き直しました。
テキストと音源さえちゃんとあればヴェーダは簡単と思いますが、
それがきっちりそろってないので練習までに何段階かの手間を経る必要がある場合が多いです。

サリガマパダニサもいいけど、やっぱりヴェーダを唱えると空気の整い方がまるで違うのを感じます。
主名とアニメのDVDを見たあとに一緒にヴェーダを少し唱えたりなんかしたときにはそういうのをよく感じます。
ぎゅうっと空気が濃縮されてミルクがバターになります。
【2008/02/24 17:42】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
暑くて。
最近雨もまれになって気温が上がり、湿度も低くてみんな怒りっぽくなってます。明らかに。
かっかっしてます。
カミュの異邦人のよう。
今日の午後はアルティで帰ろうとしてるババのところにダッシュで駆けつけて5人くらいに取り押さえられた男の人がいました。
かなり足が早くて、ババまであと1~2メートルのところまで行ったんじゃないでしょうか。何かと思いました。

ガネ-シャゲートの外にはまた別の変になったみたいな普通の外観の男の人が何かやってて警官が注意していました。

暑いと怒りっぽくなったり切れておかしくなりやすいみたいです。ほんと。
ダルシャンの列でもそんな情景が見られました。
水飲んだほうがいいです。いっぱい。
【2008/02/23 00:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サリガマパダニさ。
先週の日曜からおばあちゃん先生にミュージッククラスにも参加するように言われて、首をかしげながらもそれから毎晩参加しています。
気楽でいいんですけど、毎晩なので多少疲れました。
リズムとサリガマパダニサの声出しみたいなやつです。
サリガマパダニサはインドのドレミみたいなやつです。

【2008/02/22 00:22】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババおやすみ
昨日の午前は長いことババはホールにいましたが、昨日の午後は珍しくお休みで、今朝もお休みだったと思います。(アルティが始まったときに私は外に出たので最後まで確認せず)

土曜日は主名の歯をジェネラルホスピタルで抜くと思います
【2008/02/21 14:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
中国正月とその翌日
昨日はアシュラムの中国正月でした。一般の中国正月ときっちり同じ日かどうかは知りません。

昨日の午後は劇をしていました。出演者はほとんどセリフを言わず、
一人のナレーターが状況説明をする方法で場面を進めていました。
それはそれでわかりやすかったです。
出演者?の声は要所要所でだけ入っていました悲鳴とか。叫びとか。
お母さんを火から救って自分がやけどして昏睡状態の息子がババの恩寵で息を吹き返した、とか、そんなようなある種、鬼気迫るドラマでした。
中国の踊りやいろんな色の旗を持ってぐるぐる回したりもしてました。
大陸の荘厳で華麗な音楽と中国特有の泣くような流れるようなメロディに、なんだかいいようのない懐かしさを覚えました。

劇などでは中国の底力のようなものを感じました。

ババは何度も両手を挙げてブレスしていました。
中国語のバジャンもありました。
定番のライオンダンスもありました。

今朝はババは9時半に来ました。
そして小学生たちのほうに行って、しゃべったり、先生に生徒たちへ何か配らせたりしていました。
長いことそこにいました。

中国正月は去年もそうでしたが今年もスローガンは「忠」とか「孝」のようです。
今朝は、すべての親としてみんなの中心にいるババを見たように思いました。
で、いつまでも子供じゃなくて、親としての神の意思を行えるように働かないといけないんだなあ、と感じました。
【2008/02/14 14:24】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日は
今朝は「今日は」と金の字でたくさん書かれた赤のショールの西洋人をダルシャンで見かけました。

ちなみに今日はアシュラムでは中国正月です。
昨日の午後は多分よその国に帰化したチベット僧たちがお経を唱えていました。
中国正月といっても、ここに来て行事を行っている中国人はほとんどがシンガポールやマレーシアなどの海外在住の人たちのようです。

今朝はホールはがらがらでしたがババは来て、しばらくしてバジャンの途中で外に行きました。まだ帰ってきてません。

ぐっと日差しが強くなり、気温が上がりましたが、同時に毎晩雨が降って冷やされるようになったのですごしやすいです。

昨日、インドの神様のアニメのDVDをたくさんいれたコピーCDをもらって、いくつか観ましたが、色もきれいで美しいです。
その内容に感動もし。多少のバイオレンスもありますが、聖と俗のこの国のようだと思いました。
日本とインド合作のラーマーヤナも入っていました。
日本でこれは観たことがありました。

そろそろババが帰ってきたような雰囲気です。
【2008/02/13 13:57】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マハダルシャン?
昨日の朝はダルシャンは無かったのですが、午後は5時過ぎにババは来て、今はアンデラプラでシュ州の地元から1000人くらい来てるので、その人たちが劇をしました。
地元からの人は激しすぎる人が多いのですが、今回のビッググループはなんだかおとなしめで、比較的礼儀正しい感じです。
すれ違うときにナマステポーズで微笑みとともに「サイラム」と言ってきたり。

劇はストーリーは良くわかりませんでしたが、いろんな小グループのダンスも織り交ぜられてて、そのムードに感動しました。
ちっちゃい子がばたばた元気に踊ったり、シヴァやパールバティーのダンスもなんだかとてもよかったです。
良くいろんな人たちがプログラムでシヴァやパールバティに扮して踊りますが、いつも、シヴァとパールバティそのものが今ここに降り立っていて、自分はそれを見てるという気がします。

ババは写真撮影も立って出演者と撮ったり、アルティの後も帰らず、通訳なしのババのリードのバジャナビナースカのバジャンつきのミニディスコースを始めたり、さらに一人一人に衣類をプレゼントしたりしてて、その後も帰らず、そのうちまた全体のバジャンをはじめさせたりしてました。

わたしらが食事のために会場を後にした時点で7時40分で、ダルシャンはその後も続いていました

ウエスタンキャンティーンで食べてたら、そのうちダルシャンが終わったみたいでみんなキャンティーンにやってきました。
知り合いは「今日のは『マハダルシャン』だった」と言っていました。
長かったから。

通常のダルシャンでこんだけ遅くなったのは私ははじめてです。
アンデラプラデシュの人たちにすごく満足されたんだと思います。
同じ言語の地元からアバターが出現するってどんな感じなんでしょう?
しかし、地元にこれだけ大々的に受け入れられてるという事はもう最終局面なんだろうなあ?とか思いました。
だいたい、そういう神人とかって、地元や親族など身近な人が最後まで認めないとかって聞きますし。
水プロジェクトとか、そういうのは、本当に人々の感謝を受けているんだろうなと思います。

しかし、ババのリードのバジャンもあと何回経験できるんだろうと、
バジャナビナースカを歌いながら思いました。
【2008/02/11 13:43】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2月
もう2月ですね。
2月は短いから今月もすぐ過ぎそうです。
最近は何回かブログに書いたけど消えちゃったりしたので、まあいいかと思って放っていました。

最近は気温が上がってきて、夏の雰囲気を感じます。

ヴェーダのほうは今はスーリョウパニシャッドをしています。
前回は主名が熱を出していたので教室は休みました。

スーリョはスーリャで、太陽神のことで、スーリョウパニシャッドにはそのまた別名のアーディッテャのフレーズがいっぱい出てきます。
主名は学校にアーディッテャくんという勉強をぜんぜんしない子がいるらしくて、その子のことを連想するようで、「アーディッテャ~」というフレーズが出てくるたびに
「また~!」と、反応していました。

先生がその子に「ベリーベリーバッドボーイ!」というらしく、
その子は先生に「ベリーベリーバッドティーチャー!」とかいうそうです。
【2008/02/07 23:27】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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