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ばば?
今日は夕方から雨が降り続いていて、まるで日本の秋のような涼しさです。

音楽クラスで聞いたところによると、今日ババがプッタパルティに戻ると人々が言ってたけど今日は帰ってこなかったので、明日とか、もうじきだろう、ということでした。

昨日は知人家族のところに行って長いこと遊んでいました。
途中、主名をおいて私だけ抜けて音楽クラスに行ってまた戻ってきてごはんを食べてというかんじで。

ババのいないプッタパルティに慣れて、こういうもんだという感じがしてきていました。
絶対帰ってくることになってるのを待ちながら生活するのは悪くなかったです。
今のババと次のプレマサイの間のときもこんな感じかなあ、とか思って。
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【2008/05/31 23:27】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
よかったね~!?
ここしばらく主名のギャグみたいなやつとして、ネガティブな状況での超ポジティブシンキングがはやってたみたいで、
たとえば停電になって電気がふっと消えたら
「よかったね~。よかったやんね~。さわこと主名が、よかったね~。すぅ~っごい、よかったやんね~」
と、しつこくずうっと言ってました。

発酵して固形になった牛乳を私がにおいをかいで「うっ」と、いやな顔をしたりしても、
「よかったね~。よかったよぉ~。さわこだけが、よかったやんね~よかったね~」
と、万事その調子で。

それくらいなら私も一緒にあははと笑っていたのですが、
こないだ、わたしが熱いコーヒーを太ももにこぼして「あつっ!!」と言ったときも
同じ調子で「よかったね~」と笑いながら言うのでさすがに頭にきて
「よくないわっ!うっとおしい。あっち行けっ!!」と本気で怒ったら、
次のときやっぱり私が足をぶつけて「いたっ!!」となったときに
「すっごい痛かった?ほんとに痛かった?」
とか聞いてきて、「すごい痛かったわ!」と言ったら
「じゃあ、よかったくなかったね~」
と、方針を変えていました。

「あ、かわった。」
と思いました。
【2008/05/29 01:01】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
カレー
今プッタパルティではサウスインディアンキャンティーンしかあいてないので、一日2~3食をサウスで食べています。
必然的に生活費が安くついてて、主名と二人で一日70~80ルピーほどでしょうか。
主名が今まで決して口をつけなかったカレー類をぱくぱく食べれるようになったのは予想外の展開でした。
家で作って食べようとしても
「だって、サウスのご飯のほうがおいしいやん」て。


【2008/05/29 00:50】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババのいないプッタパルティ
肉体のババのいないプッタパルティはもっとゴーストタウンみたいなのかと思いましたが、意外ににぎわってて、あれ?ババ帰ってきたのかな?と、何度か思いました。

キャンティーンはサウスだけしか開いてないですが、ショッピングセンターも時間を短縮して営業してるらしく、パン屋やコーヒーショップなんかの売店も開いています。

今日しゃべった家族連れは、単に来てみただけで、ホワイトフィールドにまで行く気はないみたいでした。
そういう観光客もいるんだなあ、と。

あと、もうじきババの学校の入試らしくて、そのために子供を連れてきてる人もいるみたいです。

昼間はさすがに暑いですが、朝のうちに芝生に行くと人もほとんどいなくて、ここはきれいなところだなあと思いました。
人が少ないと景色や動植物が鮮やかに見える気がします。

赤と黒の変わった虫や大きなカメレオンがいました。

昨日サウスインディアンキャンティーンからの帰り道に金箔がキラキラと降ってきたので見ると、セバダルがサイクルワントホールの天井のほこりを払ってて、天井の装飾の金箔も一緒に剥がれ落ちてきていました。

いくらか拾い集めてもって帰りました。
【2008/05/27 16:53】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢?
最近、毎晩ババの夢らしきものを見てるみたいなのですが、全然具体的な記憶に残りません。
最初にヴェーダを教えてもらった元ババの学生が夢に出てきたりもして、それについてさらに夢の中で考察したりしていて、気がついたこととかもありました。
夢の中の情報は夢の中で考察するに限ります。
そのほうが、考える、というよりも、疑問点があがれば、そこに答えや情報が自動的に流れ込んでくるので。

それと、なんで近頃のババの夢は印象が薄いのかもわかりました。
夢の登場人物に重なるようにババの画像がでてるだけなので、実際の夢のストーリーはババではなくべつの登場人物によるものなので。

ババ単独で出てきたこともありましたがやっぱり印象は限りなく薄かったです。
彼はサウスインディアンキャンティーンの前で何かをしていました。
何をしていたかは忘れました。

今の時期、セバダルもこじきもだれもかれもみんなマンゴーを食べています。
おいしいやつはおいしいです。
【2008/05/27 16:42】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マンゴー
のどかな時間が過ぎています。
今の季節、マンゴーがおいしいです。
今日は夢の中を探索してたら起きたら昼過ぎの1時でした。
【2008/05/24 22:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの動向
そういえば、SAIBABA OF INDIA というサイトで肉体のババの動向が確認できるそうなので、検索してみてください。
検索は小文字とか、単語の最初だけ大文字とかの方がいいかも。
【2008/05/23 22:58】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
空のプッタパルティ
おととい、昨日と夜にまとまった雨が降ったので気温が下がってすごしやすくなりました。

ホワイトフィールドの滞在費にまわそうかなあ、と思わないこともなかったのですが、昨日、ハーモニウムを買いました。
音楽クラスの自主練用に買えといわれて。
行った店で一番単純で安いやつで4500ルピーでした。
高いやつ、18000ルピーくらいのプロ用のはいろいろ機能が満載で、、ほー、と、感心しました。
勝手に和音になるようになってるんですね。
音色も美しくて、くらっ、ときましたが、
おばあちゃん先生や他のおばちゃんにそれを言ったらそんなん買わなくていいといわれたので、めでたく一番簡単なやつにしました。

主名にハーモニカも買いました。
ぷーぷー鳴らして「救急車」とか言ってあそんでいます。

今日の音楽クラスでは教室の外で主名のビスケットを「ちょうだい」と言って主名から2枚もらってたべたおじさんが「ひー」と言ってぶっ倒れたのでびっくりしました。
アレルギーらしいです。
おじさんのおかあさんが「スワミスワミ!!」と言いながら教室の中から外に飛び出して駆けつけたので、てっきりババが来たのかと思いました。

昨日はバジャンに行ってみました。
女性はマンディールの建物バジャンをする部屋の中と、その外に座ってのバジャンでした。
男性はホールに入っていました。
マイクなしでバジャンが行われていました。

最近は5時半からのバジャンです。

もしかしたら今なら子連れでもバジャンホールのなかに入れるのかもしれないですけど、まあ、いいやというかんじです。
なんか、肉体のババのいないバジャンばかり最近参加してるなあと思います。
肉体のババがいるときよりリラックスできます。
肉体のババがいるとセキュリティがぴりぴりして緊張感があるので。

カンニャクマリからプッタパルティに戻ってきたとき、プッタパルティの日常を再び自分の中に入れるのがいやでしばらく拒絶していたのですが、それもかなわずまた日常に入っていったら顔がすごいむくみました。
カンニャクマリから帰ってきたときは自分で言うのもなんですがすっきりしていい顔だったのですが。
しばらくしてなれましたが、
今度、ババが移動してそれと一緒に他の人たちが移動して行ったらなんかまた軽やかな気分になって、久しぶりに部屋でヴェーダを唱えたり歌ったりしました。
ババが動くと一緒にすごいエネルギーが動くから、同じ場所にいてもジェットコースターに乗ってるみたいです。

それと思ったのは、ババに帰依する人、バクティヨギの人たち、つまり追いかけていく人たちのバイブレーションは今の自分にとって、少し息苦しいというか縛られる感じがあるんだと思います。
というのは、他の人がいると影響されて私も同じ気分になるけど、それは自分にとっては適した(向いてる)態度ではないからだと思います。

なので、自分が旅行に行ったり、ババがプッタパルティから移動して、みんなも一緒に移動した後にプッタパルティに残ったりしたらなんか楽になるんだと思います。

かといって日本にいると、今はまだ日本のいろんなバイブレーションにやられてしんどくなるので、今みたいな形が自分にとっては楽で、ベストだと思います。

ババが留守の間はヴェーダと、不本意ながら音楽の練習が進みそうです。


【2008/05/23 22:54】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ、ホワイトフィールドへ。
今朝あたり、ババはホワイトフィールドに移動されたみたいです。
珍しく、耳に入ってきた情報がぴたりと実行されました。

主名の熱は今日には下がりましたが、うちらは今回はプッタパルティにいようと思います。
また数日でババも帰ってくるかも?と思ったり。
日本人の知り合い家族が明日たぶんよそからバンガロールのほうに行くので、主名はその同年代の男の子と遊びたいから「バンガロールに行く」とか行ってますけど。

さっき、久しぶりにザアッと雨が降って、空気がいい匂いでさわやかになりました。

そういえば、今回、ババはコダイカナルは凄い寒いと周囲に言ってたそうで、
「寒かった?」と他の人に聞かれましたけど、全然。去年よりすごしやすいと思いました。
なので、ババのことばを聞いてコダイに行こうと思ってた人も行き先を変えたりしたみたいです。

なんで事実と違うことをババは言うんでしょうか?
単に予想ミス?
深い意味があるとも思えないんですけど。
ババがコダイに行かないのをまわりに納得させるため?
謎です。

最近思うのは、ババの言葉って、絶対じゃないよなー、と。
一方に言ったことと反対のことをその反対の立場の人に言ったりしてるみたいだし、
相手の気持ちをやわらげようとするインド人的な方便なのでしょうか?
その言葉を元に、それらの人が自分の正しさを主張して対立したりして。

こういう言い方って適当じゃないかもしれませんが、何か、人格神て、扱いがむつかしい。
【2008/05/22 00:20】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
移動?
明日当たり、またババがバンガロール(ホワイトフィールド)に移動するかもという話しもありますけど、
どっちにしろうちらは、今日、久しぶりに主名が熱を出したので、プッタパルティに居残りになりそうです。
【2008/05/20 23:11】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
仏陀祭でしたけど
今日は仏陀プールニマでしたけど、飾りも一切なしとはなんともさびしい。
うちらは後から行ったので後ろに座りましたが、一応、仏教徒は前に座らせてもらってたようでした。
前に座った仏教徒だけにマンゴーが配られたと思います。

数日前のダルシャンの時にたぶん許可をもらったんだと思いますが、マレーシアあたりの団体が合唱をしました。
前もペンダントかなにかをもらったらしい長髪の金髪の中国系指揮者が今日もペンダントを物質化してもらってもらったようでした。

仏陀祭が地味だと何かさびしいです。
最近ダルシャンも何だかむなしくて。

バジャン後に芝生で少し休憩しましたが、主名の自転車は6~7人くらいの子供たちが交代で乗り回していました。
全くはじめて乗ったらしい女の子とか、ほほえましかったです。
アシュラムの中に子供が遊べる専用の広場やちょっとした遊具なんかがあればいいのになあと思います。
いらない自転車や乗り物なんかを自由に子供らが乗れるようにして。
単なる主名の自転車に子供らの群がること。

音楽教室にその後行きました。

昨日は久しぶりにヴェーダ教室で、イーシャーワーショーウパニシャッドを始めたばっかりだったはずだったのですが、ルッドラムのチャマカムをすることになりました。
これは以前、おばあちゃん先生は、ぜーんぶ習い終わって、最後に教えるとかいってたのですが方針が変わったようです。
音楽教室での主名との攻防の様子を見て、私にもう少し力をつけてやろうとか思ったんでしょうか。
音楽教室で主名に噛まれたりして悔し涙を流したりしたのでか、ヴェーダ教室ではおばあちゃん先生もほかのおばちゃんも非常に優しかったです。

そういえば、ヴェーダ教室に来てる小学校の先生が5月からアシュラムのスタッフとして働いてるみたいで、彼女がプッタパルティに住むようになったのは私と同じ時期だったと思いますが、インド人はやっぱり割りとスタッフになりやすいのかなあ、とか。
親族が先にスタッフだったり。
でも、ババの許可が下りるまではだめなんだと思います。
今もしも、彼女の部門でスタッフをしていいよといわれてもわたしは無理だなあとか思いました。
忙しそうです。拘束されるし。
それを拘束と思ってるうちはどっちみち声もかからないでしょうけど。
【2008/05/20 00:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
仏陀祭前日ですけど~。
あしたは暦の上では仏陀祭ですけど、アシュラムは完全に通常通りでかざりも全くなしです。
やっぱり今年はキャンセルされたんでしょうか?
スリランカの踊りが見れるかと少し楽しみでしたけど。

この暑いのに主名につきあって毎日午前中は芝生のところで過ごしています。

そういえば、カンニャクマリのちかくのスッチンドラとかそういう名前の寺だったか、多分そこでだったと思いますが、女のガネーシャの像を見ました。
これは珍しい、と思いましたがどうなんでしょう?
日本に伝わってるガネーシャは男女のガネーシャが抱擁しあってる像だそうですが、それの原型でしょうか。

ミーナクシ寺院内のミュージアムでもひげの生えたおじさんで体は女という像がありましたが、なんですかね?

今回の旅行でカンニャクマリ女神とドゥルガーが場合によっては同一視されてることを知って、腑に落ちました。
ドゥルガースークタムの最後に唱えられるマントラでカンニャクマリとドゥルガーが一緒に唱えられるのは何でかな?と思ってたので。
結婚前の女性にしか倒せない悪魔を倒すためにカンニャクマリもしくはドゥルガーがその悪魔と戦って打ち倒したということで、それがダサラの最終日の祝祭日を意味するとか。
違うかったら教えてください。

カンニャクマリでのお祭りで女神は毎日違う乗り物(みこしとかオウムとか孔雀とか)に乗って町を練り歩いていました。
カンニャクマリ辺りではそういうわけでか、ドゥルガーの寺も多いように思いました。
ホテルの名前も女神の名前が多かったです。
女神信仰の場所はなんか、おおらかで優しい感じがします。
カンニャクマリで女神のほうから町に出てきてそれぞれの家やホテルの前でいちいちアルティを受けて回るのも、毎年各国を回ってるアマチを連想しました。

トリバンドラムでは中心の寺は外国人はだめなんで,入れても入れなくてもと思ってたんですけど、タクシードライバーがサリーを着てたら入れると言ったので、じゃあ、サリーを着て入れたら入ろうと思いました。靴置き場のおにいさんとかも「中ではえいごをしゃべっちゃだめだよ。出身を聞かれたらどこそこだといいなさい。そこの人たちは君みたいな顔だから。」などアドバイスしてくれて協力的でした。
でも、その場でびびったそのクリスチャンのタクシードライバーが誰かに私を止めてほしかったらしく、ガードマンに「外国人だけど入れるのか」とわざわざ聞いて(ばか!)知らん振りしてしゅっと入ることも出来なくなりました。

だめもとだったので、だめならいいやと思っていたのですが、そんなんで逆にいじになって、
宮殿の王様に許可をもらわないと外国人は入れないらしい、と、ガードマンに聞いたドライバーが言うので、じゃあもらいにいこうじゃないか、となって、パレスに行きました。

その時点で午前の寺の入場可能な時間は終わって、次は夕方からだったので、ドライバーは「午後に寺に行くなら動物園もビーチもなしだよ」とか言っていました。

王様に直接会ったわけではなくて、セキュリティとかいうおじさんが帰ってくるのを待って、話をしましたが、個人で単に来ても許可は与えられない、ハレクリシュナの団体とかのグルに推薦状みたいなのをもらってきたら、自分たちもヘルプできる、とのことでした。
でも3日とかかるみたいでした。
これは自分の考えじゃなくて、王様の命令なんだよ、ということでした。
ケララ~。
その数日前にケララの昔の宮殿も見に行きましたが、インド人は10~20ルピーくらいの入場料が、外国人は200ルピーでした。
これって善政?
案内してくれたタクシードライバーは外国人料金のことは知らなかったと思います。
「どう?よかった?」とにこにこ顔で聞かれて「うーん、まあ」と、なんとも微妙な気分でした。

そのトリバンドラムの寺の中から神様が呼んでくれたら入れるだろうと思って、ドライバーに中には誰がいるのか、シヴァ?と聞いたらそうそう、シヴァだというのでシヴァにおねがいしてたんですけど、後でカンニャクマリで買った南インドの寺のガイドブックを見たらそこの主役の神様はヴィシュヌでした。クリスチャンドライバー、ほんとに知らなかったんだと思います。
今回は縁が無かった。。。

でもこのクリスチャンドライバーならこの寺には問題なく入れるはずです。
摩訶不思議。
インド国籍もしくはインド顔で、ヒンディーがしゃべれたら問題ないみたいです。
子供も入場不可とのこと。

カンニャクマリ女神は自分から寺の外に出てきてくれて、感激ですよ。。。
(外国人も寺の中にも入れて、見れますけど)
これが男性性と女性性の違いでしょうか。
【2008/05/18 18:36】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プッタパルティのカンニャクマリ
音楽クラスのテキストをコピーしようと思ったのですが、店がどこも工事中でコピー屋が軒並み閉店してて、探してたどりついたネット屋兼コピー屋はいつも使ってたところが移転した仮店舗でした。(たぶん)
ここの壁にカンニャクマリの海辺に立つヴィヴェーカーナンダのポスターが貼ってありました。
前の店の時にも貼ってあったのかもしれませんが、今日、初めて認識しました。

海辺は気持ちよかったなあ。

プッタパルティは暑いです。間違いなく。

気持ちをどこか遠くの気持ちのいいところへ飛ばしておかないと、プッタパルティに気持ちを置いていたらイライラします。
昨日も西洋人が店で、クーラーの設置工事が遅いとかで爆発して怒鳴り散らしていました。
「私はエアーコンディショナーがないと寝れないんだあ!!!がおがおがおがお!」
インド人従業員はいつものごとく他人事のように傍観。怒り損です。

ババは今朝も車椅子でダルシャンを与えていて、近くっていいんですよね。
うちらは男性側のホールの外から見ましたけど。
人はそこそこ人数が来てるという程度です。

知人のイラン人家族は今日から5日くらいハイデラバードに遊びに行きました。
うちらもどこかに遊びに行きたいです。

日本人の知人が音楽を習いたいというけど、あと2週間くらいの滞在なので、じゃあ、よかったらわたしが教えましょうか?
と、行った手前、ほんとはあと一週間くらいサボろうと思っていたのですが、昨日早速おばあちゃん先生の音楽クラスに行きました。

おばあちゃん先生に「いつ帰ってきたんだ?」といわれたので「昨日の朝に」といったら「ふん」と、一応納得していました。
前、スリランカから帰ってきた時は1週間くらいサボってから行ったので、今回はすぐ来たのでよしとされたみたいです。
よかった。すぐに行っておいて。

主名はコダイカナルで自転車に乗るのがうまくなったので(こまつき)早速実家の両親からこづかいをもらって買い与えました。
店に、主名にぴったりの大きさのが中古しかなかったのですが、そのほうが人目も引き過ぎないし、主名も「これがいい」というのでそれを買いました。
この暑いのに朝晩毎日乗っています。
「すーっごいうれしいわ」とか言っています。

ほかの長期滞在の家族にどこで買ったかとか値段とか聞かれて、1000ルピーで、確かに中古なので高いよねとは思ったんですけど、サイズもぴったりで鍵つき、ラッパつきで本人も大満足で、ほかにあいてる店もなく、予算よりもずいぶん安くで買ったのでうちらはいいと思って気分よく支払ったのですが、バンガロールだと新品が1400ルピーと聞いたからそれは高いといわれ、そこに行くリキシャ代に往復と待ちで50ルピー払ったのも高いとなぜかうちらに文句を言われました。
いいよいいよ、あなたたちはぎちぎちの往復20ルピーだけ払えばいいやん。
うちらはこれで嬉しいんだから。
長期滞在者は節約するだけが能じゃないのさ。
せちがらくって、ますますどこかに旅行に行きたくなりました。

アシュラムの中に住んでアメリカとプッタパルティを往復してるようなインド人なんかおおらかなものですよ。

アシュラムに長くいるとなぜかおおらかさが失われていくようです。なぜ?

今度、どこか行くとしたらどこにいこうかなあ。

カンニャクマリからホワイトフィールドに行く時に乗った列車は、タッカルという、エクストラの車両なので、出発日の5日前に駅で発売されるので、それに並んでチケットを購入しました。
普通の席はもう全部満席です。

朝8時に発売で、旅行会社の人に発売後5分で全部売り切れると聞いていて、
6時半に駅に行ったときに10番目で、大丈夫かなあ?と思いましたが、8時12分くらいに番が回ってきて、ちゃんと完璧に買えました。

うちらは始発のカンニャクマリの駅で買いましたが、もしかしたらどこの駅でも売ってるわけではないかもしれませんけど、そこら辺は知りません。
最初、外国人枠のチケットを買おうとしたのですが、カンニャクマリではそれは扱っていなかったので、タッカルにしたのです。
トリバンドラムでは外国人枠のチケットを扱ってるみたいでした。(プッタパルティの駅でもOK)
旅行会社に頼めば、手数料150ルピーくらいで、どこの町からでもこのタッカルのチケットは買えると思います。

タッカルは多少高めです。それと、出発24時間前までしか払い戻しはできません。
しかし、うちらはカンニャクマリからホワイトフィールドへエアコンつきの2タイヤー(2段ベッドのこと。3タイヤーという3段ベッドもあります)とかいう、寝台列車で移動して、快適でした。

ホワイトフィールドからのタクシーも予約してたので、滞りなく、楽に移動できました。
朝10時半くらい発で、翌日の朝6時前くらいにホワイトフィールドにつきました。ぜんぜん疲れませんでした。
やっぱり、いい席は楽なんだなあ、と。
その列車の席は大人一人1500ルピーくらいでした。

ケララの海沿いを通る列車だったので、景色もよかったです。




【2008/05/16 16:08】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プッタパルティへようこそ。
昨日の朝にカンニャくマリからの列車でホワイトフィールドについて、そこからプッタパルティに戻ってきました。
楽しい旅行でした。

日記を書こうと思っていたのですが、カンニャクマリの海で沐浴をした日にパソコンのデジカメの写真が全部見れなくなって、(なんかが壊れたかもとか言う表示がでてました)日本語で文字を打つことも出来なくなったのであきらめました。

マドゥライでは去年は入れなかったミーナクシ寺院の奥にもドサクサで入れて感激でした。
パラーニじゃないほうのムルガンテンプルにも行って、ディープな感じでよかったです。
しかし暑かったです!
コダイから降りてきて数時間は顔が真っ赤でした。

カンニャクマリではエアコンなしの部屋でしたが全然問題なく、さわやかにすごせました。
海風が入るからか、気持ちよく、眺めもとてもよかったです。

カンニャクマリはヴィヴェーカーナンダ関係の施設などがいくつもあって、船で渡る寺とか、アシュラムにも行きました。
孔雀が迎えてくれました。

町から2キロのところに遊園地が会ったので3回くらい行って遊びました。
プールでわたしもウォータースライダーなど滑りました。
でっかいビート板みたいなのにのって腹ばいになってすべる滑り台とか。

タクシーに乗って少しはなれたところの滝にも沐浴しに行きました。
ここは家族連れで大賑わいで楽しかったです。
滝行というより水も暖かくて打たせ湯でした。きもちよかったです。
公園やボート遊びの場所などもありました。

トリバンドラムとその近くのコバーラムビーチにも別の日に行きました。
コバーラムビーチは良ければ一泊しようかとも思っていましたがそれほどでもなかったのでその日に帰りました。
トリバンドラムでは動物園や美術館、博物館などを回りました。
寺は外国人お断りなので、もし次回行ったなら、インド人の振りをしてしゅっと入ろうかとか思います。

カンニャクマリの最後の3日間は、10日間のお祭りの最初の3日間に当たったので、カンニャクマリ女神が寺から出てきて練り歩いていました。

今日、プッタの暑さで昼間部屋で寝てたら夢にカンニャクマリアンマンらしき人が出てきました。

プッタはダルシャンやっています。
カーダルシャンで見たババの表情は晴れやかで気持ちよさそうでした。
自分の反映?遊びまわってきたもので。

ウエスタンキャンティーンはまだやってません。
聞くところによると、ババの指示でホワイトフィールドにスタッフは残ってるそうです。
なので一緒に残ってる帰依者もいるとか。

今日話をした人はやっぱり暑いのでウーティーに行ってたらしいですが彼女いわく、今回、ババは皆と遊んでる、と。みーんなかき回されておちょくられてるかんじなので。

そんなふうです。

【2008/05/16 01:28】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガヤトリー?
今メールを見たらSSOJ関係から15日と16日にガヤトリーマントラを各216回ずつ唱えるようにババからの指示があったということでした。
ほんとかにー?と、疑い深くなってる私。
こっちでは誰もそんな話しをしていないので。
今日、おばあちゃん先生のところにいったけどそこでも。
しかしガヤトリーマントラは唱えて悪いことはないし、世界平和のためだそうです。

中国で地震があったんですね?
【2008/05/16 01:10】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) |
baba ha ima
baba wa 5gatu 2niti ni putta ni modorareta soudesu.
jyouhou wo kudasatta kata arigatougozaimasu.

ima watashitati wa madurai ni imasu.
atui desu!
【2008/05/05 14:12】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(1) |
5月3日 ババが若返る夢
5月3日 ババが若返る夢

今朝の夢は、ダルシャンで、ババが車から降りてきたら妙に体がまっすぐになっていて贅肉もなく、完全に若返っていました。

みんなは感動して大きくどよめいていました。
ババの肉体が病む期間が終わったようで、ババは自らを治癒したのでした。

多くの群集が綺麗に区画に分けられたブロックごとにぎっちり座っていて、若返ったババはその区画の間を若返った勢いのまま、自由自在に軽やかに舞っていました。
ババの若返った奇蹟の高揚したムードと群集の感動の渦に誘われて、私と、私の仲間のような人たち10人くらいも人々の区画の間の空間に出てババと一緒に同じように高揚して好きなように舞って踊りました。

みんなのルールを無視して、ブロックの外に出ると、他の人たちも真似して収拾がつかなくなるかも?と、ちらっと思いましたが、他の人たちはそのまま区画ごとの決められた席にきっちり座ったままでそこから出てきませんでした。

どさくさにまぎれて舞いながらババと抱き合ったりもしていました。

その後、夢の中での翌日に、バジャンかなにかのような集まりがあって、
リーダーの男の人は、昨日の奇蹟を思い出して、感動のあまり涙ぐんでそのまま何もいえなくなっていました。

そういう夢でした。

起きてから思ったのは、次の次の目的地では知人は先にホワイトフィールドに行って、
うちらはもうしばらくそこに残ってからホワイトフィールドに移動する予定なのですが、
たぶんその選択でよかったんだろうなとか、そういうことや他のことも思いました。

ひとまかせとか誰かの傘の下に入るのは楽なのですが、折りあるごとに「自分ひとりで」「好きなように」するように、夢だとか直感だとか何らかのメッセージで言われ続けてきているので、なにをしても後悔せずに自分が思ったようにやることが、自分の場合は神の摂理と一致した行動ということらしくって。

今日の夢も、今の自分の日常よりもだいぶバイブレーションが高かったらしくて、目が覚めて現実世界に意識の焦点を合わせるとすぐに消えてしまってつかめなくなるようなそんな夢でした。
【2008/05/03 19:31】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(1) |
5月2日 ババの小言
5月2日 ババの小言

まるく円になって座っている知り合いたちにスーリョウパニシャッドを教える夢を見ました。
スーリョウパニシャッドのシャンティ部分はなんだったかわすれましたけど、
夢ではサハナーヴァヴァトゥ、というやつを教えていました。
みんな、全然ついてこれていませんでした。
なので、もうちょっと細切れに、丁寧にやったほうがいいなとか、ガナパティプラールタナからはじめたほうがいいかもとか思いました。

その後ババの夢を見ました。
知り合いの男性が、ヴェーダをちゃんと習う機会を与えられるために、ババの車の中に後ろから迎え入れられていました。

私もそこに近づいていって、
「私が今後、ちゃんとヴェーダを習うことはあるんですか?」
とババに聞きました。
ババは「ない」と答えました。

特に深い感情が起こるわけでもありませんでしたが、
「あぁ、そうか」となんともいえない納得感がありました。

それからババは、具体的にどういう言葉で話したかは忘れましたが、
私がだらだらしすぎだと、注意というか、小言を言いました。
遅く起きたりしてるとか。のんきにしすぎてるとか。そういうニュアンスでした。
私に対して言ってるんですけど、こっちをみてじゃなくて、半分自分に言い聞かせているかのように自閉的に話してそれをこちらに聞かせていました。

そして、インドの子供を引き合いに出して、
インドの子供はなんとかかんとか、と、インドの子供の清貧さとつつましい性格、従順さなどの美徳を言いました。

起きてから思ったのは、だらだらしすぎということに関してはそんなこと言われてもしょうがない、ということです。
キチキチしようにもそうしようという意志が与えられてないんですもん。
無理できない性質になってるし。

しかし、前日の夜、タミルナドゥのガイドブックを見ていたら次の目的地からそれほど遠くないところにクットララムの滝を発見して、滝は好きなので、ひとつじゃなくていっぱい滝がある場所らしいし、そこが開いてるシーズンは7~9月らしいのですが、
そこへ行くことや他のところに行くことをあれこれ考えて楽しんでいたので、
そこまでは羽を伸ばし過ぎないようにとババは釘を刺しに来たのかもしれません。
わかりました、次の目的地からはまっすぐホワイトフィールドに向かえるようにやってみます。
次の目的地(正確に言うと次の次)に行って滞在するのはたぶん問題ないと思います。

ヴェーダに関しては、なんか、わたしのヴェーダに関するいいカルマが終わって、ヴェーダを習うのはいちおう続けてはいるんですけど、なんか、すでに離れたような気がしていました。
興味も急速に失って。

今後、もしかしてどこかの学校に行ったりしてきっちりヴェーダを習う機会が来るのかもなあと思ったこともあったのですが、
わたしはヴェーダからも離れたのかもしれません。
何にも持つものがなくなってしまいます。
何もやりたくもないし。

今日は、昨日コダイカナルに来た別の日本人が偶然隣の建物に滞在していて、午前に彼女の訪問があったので一緒に街まで行って、前からいた知人のところに遊びに行こうと思ったのですが、知人の携帯につながったけれど音が届かなくて、
直接行ってみたらすれ違いで留守でした。
(知人は海外でも使える携帯を日本から持ってきていて、電波が一度日本を経由するので
コダイの中からコダイの中にかけても地球の裏側にかけているように声が届くまでギャップがあります。コダイ→日本→コダイと、電波が日印間を往復してるみたいです。)

なのでその近くのコーカーズウォークという眺めのいいところで持参のピザを食べました。

その後彼女と別れて私と主名は自転車でまた湖を一周しました。
主名が自転車に乗りなれてきて、徒歩で追うのがしんどいので今日はわたしも自転車を借りて併走しました。
前回は3時間かかりましたが今日は1時間半でいけました。
主名はさすがに後半は疲れが出て「1分休憩」といいながら、後半はちょくちょく自転車から降りて、
ほんとに30秒くらいだけ座って、そしてまたサイクリングというか自転車訓練を続けていました。

今日はバジャンに遅れたなと思いつつアシュラムにタクシーで行ったら今日は休みでした。
もう、日曜と木曜だけにするみたいでした。

ちょうど他の日本人2人も歩いてきたので、来たタクシーに一緒に乗って、そのまま町に引き返しました。

やっぱり他の大人がいると私も楽ですけど主名も自分を受け入れて話を聞いてくれる人ができて嬉しいらしく、部屋に帰ってから、「ずーっと、一緒にいたいの」とかいっていました。

昨日来た人は明日の飛行機でホワイトフィールドに行く予定です。
私と知人と主名もあさってには山を降りる予定です。
主名はもっとここにいたいとか言っていますけれど。

来年は2ヶ月くらいコダイに滞在する?(無理)

(しかし、一週間くらい一人だけで過ごす休暇がほしいです。)
【2008/05/03 19:30】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
5月1日
5月1日

今日から5月です。
よね?

最近1日消滅したりしてるので自信がないです。

昨日買ったドゥルガーのDVDというか、CDロムを今朝、主名に見せずに見ました。
(泣くから)

ドゥルガーって、私も昔そう思ってたんですけど、怖くてえぐいイメージがあるかと思います。血まみれであかんべーをしたカーリーとおなじような。

で、ドゥルガーという名前をした子や女性に会うと、親はすごい名前をつけたものだ、とか思っていました。

しかし、ラーマクリシュナの本を読んだりするうちにドゥルガーへのイメージが徐々に変わりました。
全ての母としてのドゥルガーだったり、ヤグニャをつかさどる女神だったり、ラーマクリシュナの本では女神は最高存在とされていますから。

今日見たCDロムでは、女性にしか殺すことができない、世界を征服しようとしている悪魔を殺すために、
シバとビシュヌとブランマーが力を合わせた光からドゥルガーが誕生していました。
悪魔の親分も結婚したがる、本当に美しい存在として。

最後にはパールバティやラクシュミーやカーリーなど、悪魔に対する戦闘に女神がみんな出てきたんですけれど、最後の最後にはそれらの様々な姿の女神たちは全部ドゥルガーに吸収されて、ドゥルガーは悪魔を殺し、シバとビシュヌとブランマーや神々が祝福の花か何かを降らせていました。

ドゥルガーには全てが含まれているんだなあ、と、思いました。
【2008/05/03 19:29】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月30日 ババがコダイに来る夢
4月30日 ババがコダイに来る夢

今朝はババがコダイカナルに来る夢を見ました。
場所は定かではありませんが、ババが来るっ!という話がぱっと広まったので、
ええっ?と思って、来るらしいところにいって、最初は1メートルくらい高さがある場所の上に立って待とうとしたのですが、
後ろから人がどんどん押してきて危ないので下に降りて待ちました。
そしたらババが車で来ました。
なんか、小さいか、なんか、存在感が薄い車だったと思います。
みんな、わーっと押し寄せました。

ババはコダイカナルに到着して、どこかのホールか講堂みたいなところに行って、
車酔いしたらしく、ぐったりと床に座り込んでいました。

そういう夢でした。

何で今頃そういう夢を見るのかなあ、と、起きてから不思議に思いました。
肉体のババはもう来ないものとして、コダイライフを満喫したり、
コダイ後のスケジュールを立て始めているのに。

ババの夢って、ババが意志しないと見ないといいますけれど、
じゃあ、この夢って、ババは何を意志してるわけ?と考えてもさっぱり分かりません。

まあ、考えても無駄だし、去年の夢ではババは「コダイに来なさい、全部面倒見るから」みたいに言ってたので、まあ、面倒見てもらわないと。

しかし、肉体のババが来てないコダイもなかなか乙なものです。

しかし、しかし、肉体のババへの執着が薄れてしまいすぎると、私は行くところがないなあとも思います。
プッタパルティも、去年もそうでしたけどもかなりうんざりしてて帰りたくないですし。
そんな気持ちのままで去年もプッタに帰ってしまえばそれはそれでよかったんですけど。
ホワイトフィールドも全然行きたくありません。
しかし行かないと本当に、他に行くところがない感じなのでしょうがないです。

今日は知人がこちらの部屋に来てくれて、昼はチベッタンで食べて、
夕方は今後の予定を立て、その後主名の自転車につきあい、馬に乗り、
買い物をしてまたおなじチベッタンで夕食を食べて部屋に帰りました。

肉体のババにはあまり依存してないかもしれませんが、チベッタンには依存しています。
チベット料理屋がないと、インドで生きるのがきっと3割くらいしんどくなります。

夜、スーパーで75ルピーで買ったドゥルガーのアニメのDVDをみてみようとしましたが、
主名が3秒で泣きじゃくったので見れませんでした。
血が出たりするのがすごく怖いみたいです。

今日は何かすごくジーンと感動したような気もするのですけど、なんだったかは忘れました。
でも、コダイにいるとそれだけで何かしら感動的なものがあるような気がします。
どこかしらすこしある寂しさが感動につながるような。

今はたぶん一番暑い時期なんでしょうけれど、それでこれだけ涼しいんですから、冬のコダイは寒いんでしょうね?
うちら一番いいときだけ来てますけど、ここのひとたちの冬の様子はどのようなんだろうとかも思います。

主名は昨日書いた絵葉書3枚をポストに投函しました。「じぶんで!」と言いながら。
【2008/05/03 19:28】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月29日 バジャンは休憩
4月29日 バジャンは休憩

同じ建物に3泊していたインド人のおじさん連中は今日チェックアウトしたようで、
静かになって本当に良かったです。
お酒を飲んで大騒ぎして、しまいに仲間同士でけんかしてるみたいでしたもの。
今日の昼に町に出ようと思って、ロビーに言ったら昨夜のおじさんらの宴会の残骸があって汚かったので、ボーイに電話して呼んで、掃除してくれるようにいいましたが、
このボーイ、最近態度がおかしくなって、友達に接するようななめた態度でにやにやしてえらそうにするので、最初は善良そうと思っていましたが、私のかいかぶりすぎということがわかりました。

他のボーイが教えてくれたタクシーを呼んだのですが、そのタクシーのドライバーもつけあがってきて、昨日は町まで60ルピーで、ほんとは50で充分なのですが、
おまけと思って60を渡しました。
そしたら今日の電話では、「昨日の60は、まあ、いいけれど、本当は100だ」
などとあほなことを言ってきたので、「他のタクシーを呼ぶからもういい」と言ったら
「じゃあ80をくれ」とか言うのでバカかと思って切りました。
相手してられません。
オーナーに電話して、タクシーを回してくれるように言ったら「50ルピーだけでいいから」と
別のタクシーを回してくれました。
しかしそのドライバーも降りるときには「60」と言ってきて、
「オーナーが50でいいといった」と言ったら
自分には60と言ったとかいうので、めんどうなので10ルピー追加して降りました。
いま、みんな稼ぎが少ないというのもあると思います。

サイババとその帰依者軍団も来ないし、聞いた話によると先々週の日曜に、狂った人かテロリストか話は人によって違いますが、とにかくそういう人がコダイカナルから50~60キロ離れた山で一人殺したとかで、一般観光客もみんな去ったそうです。

サイババが今回コダイに来ないのも、その件で、セキュリティーだか政治的な人らだかがサイババに「来ないでください」と言ってるんじゃないかとか。
みんなうわさの域ですけど。

しかしサイババは全知全能なので安全だけど、ついてくる帰依者のために今年はコダイをさけてるんじゃないかとか。
みんな色々言っています。

5月に入ってから来るんじゃないかと言ってる人もいます。

こないだまでプッタパルティにいたわたしとしては、ホワイトフィールドの学生とかのババへの熱烈ラブコールははずせない要因だろうと思います。
それでしょう?
コダイはしけしけだからそういう面では勝ち目ないですよ。きっと。

今日、知人とバジャンに行きましたが、バジャンも今日と明日はお休みとのことでした。
昨日バジャンの後にそれらしきアナウンスがあったんですけど、聞き取れませんでした。
昨日来てた西洋人も今日、知らずに来てたからほんとになに言ってるか聞きづらかったんだと思います。
ババが来ない雰囲気が濃厚になってきて、メンバーも力尽きたのでしょうか?
いつからこのアシュラムで毎日バジャンをやっていたかは知りませんけれど。

バジャンがないので、来たタクシーにそのまま乗って、ちょっとした観光に行きました。
しかし、しかし、観光ポイントはかーなーり、はしょっていました。
私は去年ヒマにまかせて観光したからどんなポイントだかみんな知ってるんですよ!
なので、「これでもうおわり?すごい少ないけど。OOOは?」とか言って追求してみましたけど、
なんだかんだうそついたり言い訳をしたりしていました。
めんどうだし、知人ももういいと言ったので降りましたけど。
彼はうちらがサイババ関係なのでちょろいと思ったんだと思います。
実際、ちょろいですけど。
去年4時間かけて回ったコースを彼は1時間半で終えましたよ。
ほとんど、行ってない。か、別の似たようなところを適当に見せたり。
タクシーでコダイを観光するなら、やっぱりコダイのちゃんとした旅行会社を通した方がいいです。

今のアシュラムになる前、サイババが来たら泊まって、ダルシャンをしてたところとかいうところに行きました。ほんとかな?
そこ、眺めはいいけど自殺の名所だそうです。
凶暴なサルが襲ってきたので、棒を持ってサルを脅しながらその建物の場所に行ってみました。
ドライバーは「鍵が閉まってるから入れない」と言っていましたけど、開いてたので、敷地内にちょっとおじゃましました。
ババは今、「あ、不法侵入したね」とか思ってるかなあ、「ババがうちらのために扉を開けておいてくれた、ということにしておこう」とか思いつつ。

この日バジャンはなかったですけど、これがダルシャンのようでした。

この建物が本当だったら、まあ、他をはしょりまくっててもいいとしましょう。
このドライバー、お兄さんがアシュラムの従業員だとか、家がアシュラムの横だとか言ってましたけど、
うそと思っときます。

その後植物公園に行って主名と知人と3人でフリスビーをして遊んだりしました。
へたくそだけど面白かったです。

そのあとチベッタンで夕食を食べて、ネットで列車の時刻を調べようと思ったら、どこも接続できないらしくて、コダイがその時接続不可能のようだったのであきらめて、
旅行会社に直接聞きに行きました。

去年コダイからコインバトールの空港へと、今年コインバトールの駅からコダイへのタクシーを頼んだところですけれど、去年と違うおじさんがデスクに座ってましたけどやっぱり感じがよかったです。
旅行者はうそつきドライバーなど、頭に来る人と接する機会が多いので、普通にちゃんとしてる人と接するとほっとします。
どこぞの商店のまじめにこつこつ適正価格で商売してるおじさんとか。
チベットレストランもそこのチベット人もインド人も感じがいいので、食べるプラス精神のリラックス機能を果たしてくれています。

エアコンなしだとコダイからマドゥライまでは1300ルピーで行くそうです。
空港でなく、マドゥライの町で降りるならもう少し安いのかもしれません。
ちなみに別の旅行会社で来たら、ミニバスだとコダイからマドゥライまで75ルピーだそうです。
でも、バスだと停まってほしいときに停まってもらえないから、タクシーかなあ。
山道を1時間半降りるから、去年も吐いたし。

情報を得て、泊まってるところに帰ったら、わたしらにつくボーイが交代していました。
交代したボーイも英語がなんか通じにくかったんですけど、
でも、チャイを頼んだ時に、「前のボーイに24ルピーのポットティーを頼んだら120ルピーとか言われてすごいびっくりした」とか言ったら、
持って来たチャイは、「前回多く払いすぎてるから今回は差し引き100ルピーの中から出るからいりません」と言うので、
「いや、その時は払いませんでした。だって高すぎたから」と笑って、代金とチップを払いました。
ああ、ボーイが交代してくれて本当に嬉しいです。

そういや、コダイでもローカルプライスとツーリストプライスがありました。
それはアイスクリーム。
いつもは1カップ20ルピーなのに、今日は10ルピーと言われたので、あれ?10ルピー?と聞き直したら、店の人ははじめはそうだと言っていたのですが、
「あなたはインターナショナルスクールの人?地元の人?」と聞いてきて、「違います。ツーリスト」と言ったら、「あなたはインターナショナルスクールの人みたいだったから10ルピーと言ったけど、次回は20ルピーね」と言われました。
まあ、ツーリストだし20ルピーでいいけど。
なんかもうどうでもいいってかんじです。
【2008/05/03 19:27】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月27日 やる気なし
4月27日 やる気なし

私ら専属につかされているボーイは善良そうですけれどやっぱり問題で、
毎日私はルームサービスのメニューにある20数ルピーのポットティーをルームサービスで朝食を取る時に一緒に頼んでるんですけど、昨日はかれはやはりミルクティー5杯をポットに入れて、
コップ5つとともに持って来ました。50数ルピー。
またかよと思いつつ、ポットティー1つとミルクティー5杯の注文の違いを説明して、
彼も、「ああー、そうかっ、わかった!」みたいないい反応だったので、
今朝は安心してポットティーを頼んで、頼む時もしつこく何度も確認して、
ティー5杯じゃないからね、ポットティーだからね、と行ったら彼は
「ポットティー2つ?」とか言うので、
そんなに誰が飲むねん、かんがえろ!と思いつつも「一つで充分」「ひとつだけ」と言って注文しました。
そして彼が持って来たのはポットに入ったストレートティーと、これまた別のポットに入ったミルク。
カップも2つだけ。

やっと注文どおりのがきたと思って、朝食を終えて彼が持って来た伝票を見るとポットティー120ルピー。
なにそれ?ここはカーOトンか!?
「なにこれ?」と聞くと、ティー5杯とミルク5杯をそれぞれポットに入れて持って来たとのこと。
なので合計10杯分で120ルピーと。

その計算も違ってます。ミルクティー5杯とミルク5杯の値段で計算していました。
ミルクティーじゃなくてストレートティーとミルクでしょ。
どっちみちそんなバカな考え承認しませんけど。

文句を言ったらボーイはヒンディーでしゃべりだしました。わからん、ちゅうの。

さすがにこれ以上甘やかす気にはなれず、今朝はメニューどおりの24ルピーだけ払いました。チップもなし。
ボーイは暗い顔をして帰って行きました。

明日の朝はもういやなので今日、パンとミルクを買いました。自分でミルクティー作ります。クッカー(簡単な料理ができる機械)持ってきてるもの。

プッタパルティを出発してからのことをちゃんと日記に書こうかと思っていたのですけど、なんか面倒になってきて、なんも考えずにボーっとしたいのではしょって書きます。

プッタパルティの「シュリサティアサイプラシャンティニラヤム」だかいう駅(リキシャで片道50~70ルピーくらい)から、23日の寝台列車でコインバトールに行きました。
チケットは最初はバンガロール乗車マドゥライ下車のを旅行代理店で取ってもらおうとしたのですが、一週間以上先まで満席で、なんか、今の時期ってインド人の夏休みなので、そうらしいです。
ですが、代理店の人が、外国人はツーリストチケットみたいな特別枠で買うことが可能で、それはまだ空きがあると教えてくれたので、それは直接駅に行かないと買えないらしいので行ったら、窓口の時間が決まってて、行った時には閉まってました。(開いてるのは朝から11時くらいまでと、午後4時から6時半だったかそこらへんでした)
なので駅でぶらぶらしてたらその駅からコインバトールに行ける列車があることが分かったので、出直して、そのチケットを買いました。

飛行機で行ったらこの時期は格安でも2人でバンガロール~マドゥライが6000ルピーで、バンガロールまでのタクシー代も1300ルピーほどかかるので、7000ルピーほど安くつきました。
列車だと主名は5歳以下でただなので、私の248ルピーだけでした。

バンガロール経由でしたのでバンガロールを通るときには妙な気持ちでした。
通り過ぎちゃうなあ、と。
ババがとりあえずバンガロールに移動する予定なのは知ってたので。

バンガロールでは停車時間が長かったので、インド人乗客は駅のどこかでご飯とカレーのセットを買ってきて車内で食べてたのがおいしそうでした。
うちらはパンとかは持っていたのですが、停車時間がそんなに長いと知っていたなら(40分以上)うちらもご飯を買いに行けばよかったなと思いました。
切符を買うときに途中の停車時間が長い駅もチェックしておいた方がいいなとか思いました。

インド人は翌日朝になってからコインバトールに着く前に手桶とか石鹸とか持ってバスルームにさっぱりしにいってる人もいました。
それを見たのでわたしもさっぱりしにいきました。さっぱりしました。

乗った席はエアコンなしでしたが夜風が入ってくるので暑くはありませんでした。
しかし、ビニール張りの寝椅子なので主名は寝汗で背中がぐしょぐしょになって2~3回着替えました。

列車に乗る前にコダイカナルの旅行代理店に電話して、コインバトールにタクシーを回してもらいました。
コインバトールからコダイは1900ルピーでした。
コダイに行く途中で風力発電の巨大な白い風車が数十かもしかすると100機以上立っていたかもしれません。
なんだか非現実的な光景でした。

パラーニというムルガンテンプルがある山がマドゥライの近くにあって、
去年はそこにロープウェイが通っていたのを見ていたので、
主名が乗り物好きだから、今回、ロープウェイに乗りに、その山に行ってもいいなと思っていたのですが、タクシードライバーに聞いたら、半年前にロープウェイの事故で3人死んだから、今はロープウェイはやってないとのことでした。
やっぱり、インドでロープウェイって、こわいんだ・・・。

今回はわたしがコダイへの山道で吐きました!
主名は横になって寝てたので吐かず。
去年のドライバーはすごく丁寧な運転だったんですけど、今年の人は最初は丁寧でしたが、だんだん疲れてきたのか、最後の方は荒くなっていました。

宿は3つ見て、アシュラムの裏の山の上のところにしました。
一軒家の一室を借りる感じで、湯沸かし器も大きめだし、バルコニーにはぶらんこもあり、眺めもいいのでいいかなと思って決めましたが、まさかボーイがあんなとは。

今日の夜も、部屋の蛍光灯が点滅し続けなので交換してもらったら、やっぱり同じ状態で、改善されませんでした。
ボーイがバスルームの前の電気をつけてというので、なんだこいつ、偉そうに指図してる。と思いながら電気をつけたら、部屋の蛍光灯のところには電流が来てないから、バスルームの前の電気をつけたので、それで「OK?」なんて言いました。
OKなわけないやん、部屋暗いわ、と、承知しなかったら、蛍光灯のなんていうのか知りませんけど、発火装置みたいな小さい電球を取り替えたらちゃんと蛍光灯が点滅せずにつきました。
ボーイは、なんか、てきぱき仕事をした後の人みたいに「じぶんはやりとげた」というような自信さえただよわして帰っていきました。
たぶん、彼はバカ、ということがようやく私にも飲み込めてきた、私もバカ?

一泊1000ルピーで、格安ではないですけれど、シーズン真っ最中なので高くもないです。
毛布をさらに2枚かしてくれたし、気温もそんなに冷え込まないので寒くはないです。
テレビもあるけど見ません。
ドーピーは洗濯物1枚が10ルピーで、コダイの相場です。

バスルームが異常に汚くて、そういうもんなのか?とか、わたしらは飛び込みで来たし、掃除する暇もなかったのかと思って、ボーイに掃除を頼みましたが、単に消毒液をまいて床をなぜただけみたいな掃除の仕方でした。
衛生観念が違いすぎる・・・と思って、さらに綺麗に掃除するように要請するのは無理そうでしたので、昨日、ブラシを買ってきて自分で2時間かけて掃除しました。
バイト代もらいたいくらいです。
タイルの目地も白くなって、かなり綺麗になりました。
何であんなに汚かったのか不思議です。
ここは場所も街から離れてるし、ババが来た時くらいしか貸してないのかもしれません。
バスルームの壁とか黒くてすごい汚かったのですが、掃除したらタイルの模様がどんなのだかわかるようになりました。
それくらい汚かったです。
便器の中もボーイは消毒液を入れるだけで一切こすってなかったのですが、私がブラシでこすったら全部きれいに白くなりました。
ちゃんと掃除したらきれいなのに・・・。
ボーイが掃除したはずの床も、ブラシでこすったらみるみる汚れが落ちました。

たぶん、ボーイが、というより、オーナーが問題なのかもしれません。
コダイカナルは環境はいいけど、宿泊環境はよくないです。
もう、O-ルトンとかで余計な神経を使わずに安心して泊まりたいです。

コダイカナルは主名が遊べて楽しめる活動が色々可能で、
最初の数日はボートに乗ったり自転車に乗ったり、インターナショナルスクールのグランドでやってるスポーツ観戦をしたり、植物園にいってシャボン玉をしたりといろいろしました。
反動で、私はもう今は主名に付き合ってなんにもやりたくありません!
グランドでフリスビーのサッカーみたいなのをやってて、
それが面白かったらしく、主名は昨日フリスビーを購入しましたが、(25ルピー)
今日はもう私がしんどいからやりませんでした。
植物園は、湖沿いの奥まったところにあって、観光バスがいっぱい停まってる所にあります。
植物園プラス公園という感じのところで広いし綺麗だし、子供を遊ばせるのにはいいですけど、
来てるのがインド人観光客ばっかりなので、主名がシャボン玉をしてると、しばらくするとインド人に取り囲まれ、彼らは写真を撮るために、主名の顔をつかんでカメラの方を向かせようとしたりするので遊ぶ邪魔になっていました。

コダイに来てるインド人観光客は妙に浮かれて奇声を発したり、調子に乗りすぎる人が多いように思います。特に若い男性のグループ。コダイに来るとそれだけで浮かれてらりっています。

なので主名をそこから連れ出して、温室を見に行ったりしました。
入場料は大人5ルピーで子供2ルピーだったと思います。
主名は幼児なのでただでした。
インド人ばっかりで、チケットもタミル語オンリーでした。

昨日はアシュラムのバジャンに行きました。
やっぱりのんびり気分の日本人の知り合いも来てました。
彼女も1週間くらいはいるつもりらしくて、
コダイを楽しんでいるようでした。
その前日は木曜日で、わたしは行くつもりでしたが主名の自転車湖一周に付き合ったら時間も気力も失せて結局行かなかったのですが、
彼女はその日にバジャンにいって、プラサードのご飯とかいっぱい出たとか言っていたので、行けばよかったなーと思いました。
この日はバナナとプラムのプラサードをもらって帰りました。

今日は、朝食兼昼食でポットティー120ルピー騒動があったので疲れたのか、昼食後にわたしも主名もまた2時か3時くらいまで部屋で寝てました。

バジャンは4時からで、知り合いの彼女と、アシュラムのバジャンホールでリードを歌わせてもらえたらいいよねとかいっていたので、いちおう、もし出来る時があれば歌えるように少し準備をして、ここからアシュラムは近いので、歩いて行きました。

やっぱり、普段この場所を掃除したりしてる人がバジャンのリードを歌ったりもしたほうがいいだろうと思う気持ちもあるので、リードを歌う件に関してはそれほど乗り気でない部分もあるのですが、この日はどっちみちそのチャンスはありませんでした。

昨日は遅くに来たのでよく分かりませんでしたが、結構すさまじいバジャンです。
ハーモ二ウムもタブラーもなしで、タンバリンとターラムなどはあるみたいですが、
そんななので、時にはメロディーがまったくないバジャンになったり(完全に一本調子で、知ってる曲でもどんなだったかわからなくなりました)リードの歌う曲が、聞いてて何か分からない時にはコーラスがこれだろうと思う歌を歌うので、リードとコーラスが違う唄を歌ってたり、一曲の中で途中で曲が変わってたり・・・。

仮にもババが毎年のように来る場所で行われているのがこういうバジャンだとは世の中わからないものです。
なぜ!?
冬とか、普段はしてなくて、4月5月のババが来る可能性のあるときだけやってるのでしょうか?
時間が早くて、仕事のある人は来にくいというのもあると思いますけど。

しかし、それはそれとして、やっぱり今まで私も何度も何度もバジャンに参加しているので、その「場」にはいるとなんというか、「はいります」。
もう、そういうくせ、というか、体質みたいになっていて。
プッタパルティのバジャンはホールも人数も規模が大きいので歌わずにぼけっとしてる時もありますが、コダイのホールは小さいし、人数も少ないのでまさに地方のサイセンターのバジャンの雰囲気そのもので、客観視していられません。

前にはババが実際に使ってたイスがあるので、本当にババの前で歌っているような気もしてきました。それに、ババがコダイに来てるか、来るような気もしました。
臨在ということで、その時そこにまさにいたんだろうとも思います。
ババの意思というか、気配というか、そこにいるのをみるような気がしました。

バジャンの後は、そのうち注意されるかもしれませんけど、この機会にと、ババの足置き台をさわりまくり。

建物裏のトイレ(どうでもいい情報。バジャンホールの裏側に2つトイレがありました。)にいった後、知人とバルコニーからダルシャンの時にみんなが座る場所とか、向こうの景色とかをしばらく眺めていました。
ここら辺をババが歩き回って、座ってるおじさんらに声をかけたりしてバジャンホールに入るんだったな、とか、上からは座ってる人たちがよく見えてるんだなあ、とか。
去年はあそこらへんとかにうちら座ってたなとか、思い出していました。

ババが来てダルシャンが行われると、そんなバルコニーから下をぼけっと眺めたりできないので、ダルシャンがあるときとないときでは同じアシュラムにいてもずいぶん印象が違うもんだと、面白かったです。
こんな、バルコニーからの視点はもてないですもの。
わたしら幼児連れは入れてもらえないし、自分でもはなから諦めていたので。

スロープの横にバイクが停めてあったり、男性が座る場所に車が駐車してあったりと、ごくごく普通の場所になっていました。
これが、ババが来るとあっちいっちゃ駄目、こっちに座りなさいとか指示されまくりの規制されまくりの緊張感に満ちた場所になるんですから、同じ場所なのに不思議なものです。
へんなものですね・・・。

バジャンホールの中で物品販売も地味にしていたので、バジャンの歌詞とかが書いてる小さい本とCDを2枚買いました。
DVDの内容について、係の人に聞いても「自分は知らない」とかいっていました。
やる気なし。
他の場所でだったら、これはいいですよとか、熱い勧めがあるのが常ですけれど。
バジャンも、バジャン後ビブーティがまだ半分しか配られてないうちにビブーティソングは打ち切られて、みんなさっさと敷物のゴザを丸めだす有様です。
みんなさっさと帰っていきます。余韻なし。
そりゃないでしょ、ということでか、年配の西洋人2人がオリジナルメロディーと化しているビブーティソングをまた歌いだして、全員に配り終わるまで歌っていました。

主名は、今日は、バジャン中には半分瞑想して半分歌ってたそうです。
心の中で歌ったりとか。

私は今日は一人の時間が持ちたい発作が起きたので、
宿泊場所で主名に「一人になりたいから10分外に行ってて」と、絵を描く紙とペンを持たせて部屋の外に出したら、主名は下のロビーに行って、どこぞのおじさんたちとずっとなんか言い合ってゲラゲラ笑っていました。だいぶ長い間帰って来ませんでした。
主名は赤ちゃんのときから酔っ払いのおじさんとかと妙に波長が合って、本人も酔っ払いみたいにゲラゲラ笑いが止まらなくなったりしていました。
普通に大きくなったら、相当悪くなるんだろうなとか思いました。

しかし、少し1人になれてよかったです。
3日くらい、1人でボーっとしたいです。
ずっと主名の質問攻めで「なんで?なんで?」とあらゆることを意味もなく問い詰められたり、そうじゃなかったら何かを要求。そうじゃなかったら乗っかられたりもたれられたり、そうじゃなかったら主名はあちこち不用意に触りまくるので、注意しつづけで疲れました。
ちょっと、誰にも邪魔されずにぼーっとしたいです。

知人は、私の様子を見て、自分はきっとその正反対の状態、と言っていました。
静寂の中、時間があまって暇にしてるそうです。
うらやましい。時間が全然足りないです。
なにより、ぼーっとする時間が足りてません。
私の場合、そういう時間が充分足りた後に、それを土台にして他の具体的なことができるので。

なんか、私が今コダイにいるのって、死んだ後にバルドだかなんだか中途半端なところで鋭気を養うために休憩してるのと同じようなものかもという気もしてきました。

次にどこかに行くのかなあ。また生まれるのかなあ?

長すぎて読むのしんどいですよね。すみません。
【2008/05/03 19:26】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月25日 怒り爆発~沈静
4月25日 怒り爆発~沈静

今日は夜になってすっごい頭にきたので疲れました。
夕方まではいちおういい感じに一日が過ぎていって満足していました。
私はチベット料理屋に行きたかったのですが、主名がホテルで夕食を食べたいと言い張るものだから成り行きで(主名が自転車で3時間かけて湖を一周したから。)昼食を抜いてぺこぺこになっているお腹を抱えて、タクシーを拾って帰りました。

ところがそのタクシーが根性悪タクシーで、乗る前から感じが悪くて、
ドライバーが携帯で電話したり他のドライバーと言いあいみたいなのをしてなかなか車に乗らなかったので、別のタクシーにしようかと思ったのですがそしたらこっちに着たので乗りました。

料金交渉でいくらか聞いたら50と言ったので、近い場所だったのでためしに40と言ったらドライバーがOKというしぐさをしたのですが、目的地についたけれど通り過ぎ、しかしバックもしないでドライバーは携帯でまた誰かとしゃべりながらドアを開けたので、いいわ、と思って降りて40ルピーを渡して去ろうとしたらドライバーは私を呼び止めて50と言って、最低料金は60ルピーだけど自分は50と言ったと言い出しました。私は40と言って、それでOKしたじゃない、みたいに言ってもドライバーは同じことを繰り返すだけ。

最低料金が60というのは違うと知っていますけど、50がほしいならそれならそれで最初からそう通してくれれば私もそうかと思って払うんですけど、40でOKしておきながら後で違う風に言われるとうそつきにだまされた気持ちになって、ことがお金の問題じゃなくなってしまいます。
でも長く関わりたくなかったのでもう10ルピー払って、このドライバーのタクシーには2度と乗るまいと思ってナンバーを見ました。

そして、去年もコダイカナルで同じようなことがあったような気がしました。
もしかしたら同じ場所で客待ちをしていた同じドライバーで、そのときももう2度と乗るまいと思ってナンバーを覚えようとして見たかもしれません。

輪廻転生したら人はまた同じような状況を繰り返したり、その続きをするとかいいますけど、死ななくても生きてる間にも同じことを繰り返すようです。

その後、泊まってるところに帰ったら、ボーイが親切にも私が物干し場に干していた洗濯物を取り込んで共用場所のブランコの上に置いてくれたようでした。
さっき置いたばかりなのか、まだブランコがゆれていました。
しかし、午前は太陽の光も気持ちよく、今は宿泊客はわたしらだけということで気安く自分の下着なんかも干してたので、
それらもボーイに全部取り込まれていたので、なんかそれらを触られたことが気持ち悪くて、ついさっきのドライバーへのムカムカともあいまって「さわるなよ」と、心の中はかなり嫌な気分になっていました。

しかも部屋の鍵がぼろくて、差し込む深さも調節しなくてはならず、まだコツをつかんでなくてなかなか開けられなかったので「なんやねんこれっ!」と、思わずドアをけりました。

ドアも開けられて荷物を置き、夕食をルームサービスでとろうと思って、建物入り口のボーイの待機場所に行ったら誰もいなかったので、何かあったら電話してと言われてたホテルのオーナーに電話して、「誰もいないんだけど、誰かよこして」と言ったら、ボーイの携帯番号を言うから書きとめて、とか言い出すので何でやねんそっちが呼んでよ、と思って絶句したり文句を言ったりごちゃごちゃしてたら誰かが来て、待機場所のテレビを見だした音が聞こえたので電話を切り、行ってみたら単にくつろいでるインド人男性がいました。

彼にあなたは宿泊客かと聞いたら違うと言うし、
ボーイかと聞いても違うと言うので、あんた誰やねん、と思いながらもボーイを探してるんだけど、と言ったんですけど、
くつろぐ姿勢を変えなかったのでもういいと思っていったん部屋に帰ったら、その彼が大声でボーイを呼びました。
たぶん、彼は従業員だけど私にサービスする義務のない従業員だったんじゃないかと思います。
再び行ってみたら従業員風男性の横にボーイが来てて、携帯も操作してたのでたぶんオーナーからも行くようにいわれたんじゃないかと思いました。

で、その時点ですでにかなり臨界点に近かったんですけど、夕食を注文していいかと聞いたら、今日はもうレストランはクローズしたとか言いました。
はあ?今まだ夜の7時だけど、と思って、しかしまだこらえて、ここのレストランは何時に閉まるのか。今はまだ7時だけど。と聞いたら、
団体客が帰ったから3日間閉まるとか言い出しました。
なにそれ、なんで私から言うまでだれもそれをこちらに知らせない?と思い、臨界点突破。
確認すると翌朝の朝食もしたがって無理ですとのこと。

頭にきたので、こんなろくでもないとこ放っておいて、タクシーでまた町まで出て食事をしようかと思いましたが交通費を自分で出すのもばからしい。
ボーイがどこかから運んでくるから注文内容を言って、とか言いましたが、
もういやになりすぎてしゃべる気がしなくなったので部屋に帰ってベランダに出てしばらく1人で夜風に当たっていました。

主名が部屋の中からその様子をのぞき見て、わざわざ階下の従業員2人に「マミーイズクライング」とか言いに行ったので、おいこら余計なこというな!とさらに怒り増幅。

しかし、食事に関しては主名の言うことを聞いたらろくなことにならない場合が続いています。
主名も自覚しているようで、ベランダに出ている私を非常に不安そうに見ていました。
この日の夕食も主名が部屋で食べると言い張ったので町で食べずに帰ってきたので。

前日もわたしはチベット料理屋が良かったんですけど、主名がどうしても入りたがったレストランに入ったらびっくりするくらいすごいまずくて、主名は「すっごい眠くなってきた」と目をつぶって寝たふりをしだしました。

「わたしは違うところに行きたかったのにあんたがここがいいっていうから入ったんやろ?自分の皿の上にあるもんぐらい食べろ!食べてから寝ろ!」と言ったのですが全然食べず。
全然食べようとしない(食べたらおえっと出しました。)目をつぶって現実逃避中の主名を恫喝しながら私は限界点まで食べて、でもやっぱりまずかったので途中で限界が来て、半分くらい残して店を出ました。

主名は全然食べてないし、口直しにチベット料理屋でモモを頼んで持ち帰りました。
しかし私はもう胃だか胸だか分かりませんけど、むかむかしてほとんど食べれませんでした。主名はモモはほとんど1人で食べました。

ベランダで夜風に当たってるうちに怒りもおさまってきて、たぶんこれは全部が私のために用意された「ひっかけ」なんだろう、と思い、こらえられる気がしました。神は何が目的だかしらないけど、
ボーイは善良そうだし、オーナーが金儲けさえしたらあとは下っ端におしつけてるはずだから、わたしらに直接接するのは私ら専用に命じられたそのボーイだけなんですけど、末端のボーイに怒ってもしょうがないと思い、怒りで町に出てもろくなことにならなさそうだったし、ここはぐっとこらえて気を取り直し、そのボーイにどこか別のホテルから食事をはこんでもらうことにしました。

しかし、メニューも料金表もないので、主名がベジタブルフライドライスとミルクティー、と言ったので、わたしはベジタブルスープとコーヒーを頼みました。

しかしこのボーイが全然通じなくて、「ワン」と言ってるのに「フライドライスとティーとコーヒーが2つずつ?」とかいうし、ミルクティーという言葉さえ「マサラティー?」となるので、横にいた、さっきのくつろいでいた従業員らしきもう一人がいちいち通訳をして、それでもつうじない。善良そうだけれど、あほかもしれない。

またいやになって、もう、いい。町で食べるからタクシーを呼んで。と、そのもう一人の従業員に言って、携帯で電話してもらいましたが、
やっぱり、「いやいや」と、怒りをおさめて思い直し、携帯を切ってもらって、ボーイにどこぞのレストランに行ってもらいました。

ボーイは最初は町の、いいところのを運ぶから、と言っていたのですが、わたしが怒りをおさめたのを見てか、結局2件となりのホテルのレストランにしたみたいで、しばらくして帰ってきて、ベジタブルスープはない。もう遅いから。とかいってきました。

じゃあトマトスープは?ときいてもやっぱり話が通じなくて別のことを言うので、
じゃあフライドライスだけでいいというと、またもや「2つ?」とか言うので「ひとつだけ」と繰り返す私。

この件で私がかなり怒ったのは伝わっていたので、ボーイは神妙な表情でさっさとミルクティーとコーヒーを運んできました。
まさかフライドライスは彼の脳裏から消えてるんじゃないだろうかと一瞬疑いましたが、
「フライドライスは10分後にくる」ということでした。

待ってる間に外を見たら、レストランのある本館のような建物の前にはたくさん車が並んでいて人もたくさんいてそうでした。
ほんとにレストランクローズしてるのかな・・・
レストランが私に対してストをしてるんじゃないだろうかという気もしました。

というのは今朝、朝食を頼んだ時にやっぱりこのボーイに「ポットティー」が通じなくて、
「マサラティー?」とどうしてもマサラティーになるボーイ。
しまいにポットの形までパントマイムで作り出して伝えましたが、
届けられたのはポットに入ったマサラティーとコップが5つ。
マサラティー5杯分をポットに入れて持って来たようです。

持って来たのはレストランの人らしかったので、
「なにこれ?」と聞いたらマサラティー5杯というので、いくらか聞いたら60数ルピー。
「私はポットティーを注文したんだけど」と言ったら、
「ああ、それは紅茶とミルクが別になってるもので・・・」と説明されましたが、だからそれを注文したんですけど、しょうがないわと思い、
「OK」と言ってそれをうけとったものの、そもそもポットティーは20ルピーほど。
レストランの人はボーイから伝えられた注文どおりに作ったんでしょうから落ち度はないはずですけど、どうしてもその時は予想以上の料金になったうえにチップまで渡す気になれなくて渡しませんでした。
レストランから来た人は「また、皿を取りにきますから」とチップを求めていたようでした。
いつもそうしているので、特に深く考えずに、食器は部屋の外のドアの横に置いておきますから。と言ったのですが。

そういうこともあって、クローズってほんとかなあ、いやがらせじゃあ?と思ったりも。
紅茶と一緒に頼んだプーリーはとてもおいしかったので、だから主名は夕食も部屋で取りたがったみたいですけど。

ボーイが2件となりのホテルからフライドライスを持って来たのは45分後くらいでした。
待ってる間にうちらはスーパーで買ったきゅうりを食べたり、サポタと言う果物2つとみかんも4~5こ食べました。
なんせおなかがぺこぺこ・・・。

代金は全部でサービス料込みで88ルピーで、100ルピーを渡したらボーイは「おつりをもってくるから」と言ったのですが、たった2件となりといえども、行ったり来たりしたわけだし、「おつりはとっておいて」と言ったら
彼はそれは聞き返すことも間違えることもなくにこっと笑って「サンキュー」と嬉しそうに帰っていきました。
それは通じるんだ・・・。脱力。

フライドライスはおなかぺっこぺこの私たちでも2人で一皿を食べ切れませんでした。
多かったんじゃなくて、あんまりおいしくなかった!
私も主名ももうどうでもいいやという感じでした。食事するまでに気分的に疲れた。

主名いわく、私が怒るとお化けみたいだそうです。
前、私が怒って口をくわっ!とあける夢を見て主名はおびえて泣いていました。
「どうしたん?怖い夢みたん?」と聞くとうなずくので「どんなんやったん。おばけの夢?」と聞くと
「ちがう。さわこが・・・おこって・・・こーんな口した!」と、眼を見開いてくわっ!と口をあけた主名の顔を見るとなるほど、おそろしいんでしょうよ。しかし、まさかわたしの顔の悪夢で泣いてるとは思いませんでしたよっ!

数日後、主名が描いた絵は、私とだんなと主名が並んでて、主名とだんなは普通に口を閉じてるんですけど、わたしの額にはオームのマークがあって、口をクワッと開いていて、
下に小さく描かれている悪いおじさんを威嚇している絵でした。

さらに数日後、主名はその絵のわたしが怖い・・・見たくない。とかいっていました。
自分が描いたくせに!
【2008/05/03 19:25】 | コダイカナル | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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