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5分ですか。
前前日は、先にヴィーナ親子の母親の練習をして、しかもおばあちゃん先生がカルマがどうとかスワ身に祈るのがどうとかなにやらみんなに言い聞かせて熱弁を振るっていたのでヴェーダの時間は殆どありませんでした。
あとできいたら、親戚がガンになったことについてだったみたいで、たぶん、おばあちゃん先生はそれが衝撃で、しゃべらずにいられなかったんだろうと思います。そんなかんじでした。

昨日は午前に練習をしてくれるというので、それはうれしい、と思い、ヴェーダ教室ははりきって、おばあちゃん先生よりも先に一番に行って待ってたんですけど、私とセットにされてるおばちゃんがまだ来ないということで、後から来たヴィーナの親子がさきにレッスンしました。私とセットにされてるおばちゃんはまもなく来て、わたしが主名の学校に昼食を持っていかなきゃならない時間とかをおばあちゃん先生に伝えてくれたのですが、ヴィーナが終わった後にはおばあちゃん先生は、自分の友達に、音楽の初歩はどんなだかを説明したりしだして、結局昨日は私たちの時間は10分くらいでした。新しとは何もせず。

で、このために学校にもって行く昼食もあらかじめ用意して、色々都合をつけてここにきたのにたったこれだけの練習内容か、と思って、わたしがうちのめされてたら、おばあちゃん先生は私とセットのおばちゃんに、今日は親子の子供のほうには教えようと思ってたけど、親も来たし、友達も来たからしょうがなかったんだ」みたいな弁解みたいなことをことを言って、「あしたは、もし私が来なくてあなただけでも、あなただけに練習してくれるからね」と、最近私に共感して仲間意識が強まってるらしい、そのおばちゃんはおばあちゃん先生からの伝言を私に伝えてくれました。

おばちゃんが、おばあちゃん先生は今やってるイーシャーワーショーパニシャッドは、わたしは暗唱しなくちゃいけない、と言ってるとも伝えてきたので、そうだな、いままでそこまで求められなかったからやらなかったけど、暗唱できるようにしよう、と思い、とりあえず半分くらい覚えて、今日も午前に教室に行きました。
しかしおばあちゃん先生、まてどくらせどなかなか帰ってこず。
バジャン後40分位してやっと、ヴィーナの母親のほうと一緒にオートで帰ってきました。
たぶん、一人で帰ってきたくなかったんじゃないかと思います。
2人はさっさと家に入っていったので、Uターンしてきたドライバーが親切にも「帰ってきたよ」と教えてくれました。

いつものおばちゃんは今日は予告どおり来ませんでした。
だんなさんにいつも怒られながら教室に通ってるので、連日の練習はきついんだと思います。
おばあちゃん先生にはあえて逆らえないけど、休めるチャンスがあればうれしいんだと思います。

今までになく、今日はヴィーナの母親がヴェーダの練習に参加しました。
いつものおばちゃんが来ないので、ヴェーダの母親をヴェーダに引き込んだかもしれません。

いつもの型どおりの最初に唱えるやつが終わり、イーシャーワーショーパニシャッドを一回唱えました。
で、おわり。がくっ。
全体では15分か20分くらいでしたが、
レッスンは実質5分、かな。思わず時計を確認してしまいました。

わたしは覚えないといけないとか言われたし、練習をしてきたうえ、何度も待たされ続けてきたのではじけたような勢いだったのですが、おばあちゃん先生はとまりとまり。いきつもどりつ。
もう、自分では自主練習をしないんだろうか。。。そんなに何度も舌打ちをするくらいなら。。。

おわったあとに、別の練習してきたやつを聞いてもらおうとしましたが「あしただ、あしただ」
で、「あしたはタイッテーリヤウパニシャッドだ!」と予告。
すぐにヴィーナ親子の母親への練習の準備を始めました。

わたしがおばあちゃん先生をいじめてるんでしょうか。

まあ、次のレッスンの予告をもらえたので、それを練習できるのでよかったです。
それと、覚えてないやつも沢山あるし、レッスンをもらえないときは今までのを暗唱できるようにしたほうがいいなと思いました。
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【2008/07/30 15:35】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
午前の練習
昨日、いわれたとおりにおばあちゃん先生のところに練習に行きましたが、どうも、私ともう一人のおばちゃんはセットにされてるみたいで、(今、ヴェーダと歌を習ってるのは実質私とその人の2人だけ)
その人がまだ来てないからというので、ヴィーナを習ってる親子が先に練習することになりました。
歌のやつをヴィーナで弾く練習をしてたりもしたので、ついでに私たちも歌わされたりしましたが、
つっかえすぎるので拍子も取れないし歌も歌えないから途中でやる気を失いましたが一応参加していました。
子供のほうは見切りをつけて練習をせずに帰り、一応ヴェーダをしましたが、月曜だからとシヴォーパーサナを唱えただけ。で、おわり。
まあ、でも昨日は特に何も思いませんでした。

ところが寝てた主名が大おねしょをしてて、クッションを通り越して床まで濡れたので、さすがにおばあちゃん先生は練習状況の改善を考えてくれたみたいで、今日から午前中の、主名の学校の時間中にわたしは練習に行ってもいいことになりました。
よかった。

と、おもったけど、やっぱり今日もほとんど練習にならず、泣けました。

あしたは私だけに練習してくれるということですが。


【2008/07/29 17:36】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
にやり。
けさ目覚ましでおきたときに、そういえばババの夢を見たな。なんだっけ?と考えて、思い出せました。
講堂のステージみたいなところの上でダルシャンが行われていて、人々は列になってババに一人一人会っていました。
私の前に2,3人、というところまで列が進んだときに、私とババは間の人ごしに顔を見合わせて、秘密を共有しているもの同士のように、お互い、腹のそこから「にや~」としました。
すごい、「にや~~~」でした。

順番が進んで私の番が来たときに、ババはきびすを返したような態度でさっと、私の次の人の相手をしました。私も磁石のN極とN極が出会ったときの様に、ぱっ、とよけてよそにいきました。

そんな夢でした。

ババ自身が言ってるように、ババが夢にあらわれるときはババの意思によるものだとするなら、
今日の夢は、毎日いろんなことがあるけど、これでいいんだなと思わせてくれるような夢でした。

夢の中でダルシャンのあと私は自宅に帰り、そこにまるでブティックの陳列のように一面に子供服が洗濯して干してあるのを見て、自分でやったらしいんですけど、そのあまりの数におどろいて、その後自分でウケていました。

これは昨日の夕方、雨が降ってるのに何も考えずにたくさん洗濯してしまい、洗濯したものをみんな部屋の中に干す羽目になったことがわたしの潜在意識の中に強い印象として残っていたためだと思われます。
【2008/07/28 18:49】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
日曜
昨日日曜も、朝のバジャンの後は主名とずっとアシュラムにいました。
最近、夜は毎日雨が降っています。
ここ数日はは昼間もざあっと降ってはやみ、ということが多いです。
なのですごく涼しくて空気もきれいで気持ちいいです。
夜は、少し冷えるので、扇風機はもう切って、薄い掛け布団をかけて寝ています。

昨日の日曜は、午後に部屋に帰ってなんやかんやしてたら主名はいつのまにか寝てて、
そのまま4時間くらい寝てました。
夕方も雨が降っていたので夕方のバジャンはもう行きませんでした。

主名は夜9時前におきて元気いっぱいになって動き回っていました。

主名が寝てる間にわたしは主名が学校で習ってきたことを書き取りして練習してみました。
英語の月の名前とか、曜日の名前とか、今まで練習した覚えがなくて常に混乱したまま単語を使っていたので、なんか初めてすっきり認識できました。

ノートに勉強したことを起きてきた主名に自慢すると、彼は、「すーーっごいいい子」「べーりーぐっがーる」とか言ってほめてくれました。

昨日は主名は掛け算の5の段だけちょっと暗記しようと試みたくらいでした。
聞いた話によると、今は2×2=4 2×3=6 2×4=8とかいう風に覚えていますが、
それを覚えてしまった後は2×2=4 3×2=6 4×2=8というパターンの九九も覚えるんだそうです。

主名はじわじわと英語も理解するようになってきて、人の話を聞いてるようになってきたのでゆだんがなりません。
こないだは「トゥーマッチってなに?」とか聞いてきたので
「多すぎる、ってこと。だれかいっとったん?」と聞いたら、
「あのおじさんがトゥーマッチホリデーって言ってた」とかいって教えてくれました。
どこぞのおじさんが仕事がなくてぼやいてたみたいです。

【2008/07/28 18:36】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
土曜
よその家にヴェーダを教えに行くのはもうやめたつもりでいたのですが、昨日の晩に翌日の予定を聞きにこられたので、もし練習をキャンセルするときは必ず事前に連絡することを約束して、今日の午前はまた、練習しに行きました。

いつも、迎えられる状況もけっこうぐっとがまんすることがおおかったりしたのですが、今日は迎えられる状況に関しては何も言いませんでしたがたぶん向こうで話し合ったか何かで、状況がすごく改善されていました。
たとえばいつもタンクトップと短いスカートで練習してたひとがちゃんと長い袖のきちんとした服と長いズボンをはいていたり。

よっぽど怒ったように見えたんだろうと思います。

その後、今日はまた主名が昼に帰ってこなかったので学校に行ってみたら、また学校で宿題をしながら追いかけっこをしていました。
ウエスタンキャンティーンに行くならすぐに行かないとしまるので、オートに乗ってガネーシャゲートに直接行って、昼食を食べました。

その後芝生でずっといて、なんかババがもう来そうだったのでそのままダルシャンに行きました。
でも意外になかなかこなくて、バジャンが始まってから来てそれからバジャンが行われる中、インタビューがあったので終わったのは7時過ぎでした。
主名は2じかんくらいホールでたっぷり寝てました。

インタビューの後はババは表に出てきて、車椅子で少しうろうろしました。

バジャン後はわたしたちはまたウエスタンに行って食べました。
スケジュール的に平日にウエスタンに行くのが難しいので、最近土日はウエスタンの日、となっています。

今日は土曜で、テストも終わり、さしせまってやらなきゃいけないことが主名も私もないので、なんだかすごく久しぶりにゆったりした気分になれてうれしいです。
主名にやれやれとせかさなくていいことが、これほどの気持ちの余裕を招くとは。

主名も同様。
主名が夕食中に宙を見てボーっとしてるので、
「なに考えてるの?」と聞いたら、
「今日の夢のこと」というので、さっきバジャンのときに見た夢のことかと思ったら、今晩これから見る夢について考えてたそうです。


【2008/07/27 01:00】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
土曜日
今朝はダルシャンはありませんでした。

昨日は主名にテストごくろうさんおもちゃを買い与えました。
理由を言わずに。言ったらテストのたびに買い与えることになるかもしれないので。
主名は何度か理由を聞いてきましたが「なんとなく」とかそういうことを言いました。
【2008/07/26 13:35】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
日常
主名は今日はしっかり、学校が終わってすぐに帰ってきました。
補講は出ずに。やっぱり。。。

昨日、主名の勉強用に濃い目のミルクティーを作ったのですが、主名はすぐに寝たのでわたしが彼の分ものんだら私が寝れなくなって、昨日は2時か3時まで起きていました。
しょうがないのでヴェーダの本とか見て、読んでみたら、ここ数ヶ月の間にいくつかのヴェーダをサンスクリットから英語のアルファベットに書き換えたので、以前よりかはスムーズに読めるようになっててちょっとうれしかったです。

そういうわけで、わたしは寝不足だったので、今日は主名は5時に帰ってくると思って、やれやれ、と3時くらいに寝たら3時半に主名が「ただいまー」と帰ってきたので、がっくりしました。
主名も知らないうちに寝てて、2時間後くらいに起きました。

のろのろしてたらアルティーの音が聞こえてきたので今日は行くのをあきらめて、主名が宿題をしてからおばあちゃん先生のところに行って、向こうで絵を描くというので宿題を終えるのを待ち、オニオンドーサを軽くお腹に入れて主名にビスケットを買ってからおばあちゃん先生のところに行ったら「今日は娘が来てるから月曜日に来なさい」といわれました。
なのでさっさと帰りました。
また、月曜に行ったら「明日来なさい」とかいわれて、翌日行ったら「木曜日に来なさい」とか言われるんだろうか。
練習がないなら前もって知れればうちらも練習がないときの自由な動き方ができるんですけど、なんかしらんそうはいかないらしくて。
たぶん、おばあちゃん先生にエネルギーをつぎこんで、盛り上げて彼女を動かさないといけないことになってるのかもしれません。
【2008/07/25 23:14】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
テスト最終日
今日で主名のテストは終わりです。
今日は理科で、体の各名称を空欄を埋める形で記入させるそうです。

昨日、主名が学校からなかなか帰ってこなかったので様子を見に行ったら、学校の後の補講みたいなのに出ていました。
そこにいた先生に聞いたら、翌日のテストの内容が主名は全然書けないから!と、えらく怖い口調で言われましたが、主名が、単に他の子と一緒に座って宿題をしたくて自主的に残ったみたいです。
長いすにきちきちに座って、なんか嬉しそうでした。

あしたも残って勉強する。だって勉強すきやもん。などというので、
ほんまやなー?と思いつつ、校長先生のところに行ってその旨をいうと、
先生も「ほんまかー?」というかんじで笑ってました。「だって、みんなが残ってるもんね」と。
ま、いいでしょう。今日とあした、(補講に)出ていいです。と、校長は言っていました。
おためし、ということで。

学校が3時半に終わってすぐその補講と言うか、チューションといってますが、それがはじまって、
主名が昨日帰宅したのは5時過ぎでした。
宿題を済ませて帰ってきてくれたのでよかったです。
主名も、家でマンツーマンでしかられながらやるより、学校でみんなでしかられながらするほうが楽しいみたいです。

昨日のダルシャンはあっさり終わって、その後さっさと食事をして翌日の試験勉強、と思いましたが、
主名が眠たすぎたので、ざっと一通りだけやらせて、早めに寝かせて朝早く起こして、朝、2時間くらいやらせてから学校に連れて行きました。
どれだけ覚えたかはわかりませんが、まあ、ベストを尽くしたということで。

今朝のダルシャンはありました。
今日からまたヴェーダ教室と音楽教室に行きます。

【2008/07/25 13:49】 | 主名の勉強 | トラックバック(0) | コメント(0) |
テスト
今日は主名は社会のテストです。
昨日、ノートに先生への手紙を書いて、あらかじめ出題されるのを教えてもらいました。
英語のテストもそうすりゃよかったです。

社会のテストは3つの分類で、「大家族」「フェスティバル」「礼拝の場所」
家族のは、マザーとか、アンクルとかドーターとか10こくらいで、フェスティバルはダサラとかクリスマスとかそんなんが9こで、礼拝の場所はテンプル、チャーチ、モスク、グルドヮーラの4つです。
フェスティバルはラムザンとかイッドなんて、モスリムの祭りはなじみがないので??と思いましたが、
モスリムの知り合いに内容を聞いて説明してもらってわたしはわかりました。
主名はよくわかってないけど覚えました。
ポンガル、なんて調べる気も起きませんでした。

礼拝場所のグルドヮーラって、以前アガスティアの葉を開けたときにそんな単語が出てきたように思いますが、結局いまだによくわからず。

今日のテストはまあ、半分くらいはできるかなあといったところです。
昨日も2時間くらいテスト勉強しましたが、なんせ幼児。つめこむというわけにはいかないので、
慣れさせる、といったかんじです。

自分の学生時代に一夜漬けをした事を思い出しました。

明日で主名の生涯初のテストは終わりです。
あしたは理科で、体の各部分の名称を空欄を埋める形で記入させられるそうです。
これはほとんど手付かずなので、なにも準備せずに行ったら白紙の可能性があります。
言うのは言えても書くのがほとんど手付かずです。

今日の「大家族」のドーターは、主名は何回も「ドーピー」と間違えていました。
ドーピーって、洗濯やさんです。
月の名前の練習をしたときもずいぶん後まで「セプテンバー」は「イクスペンシブ」でした。
【2008/07/24 14:41】 | 主名の勉強 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日は
昨日の数学のテストは「間違えたけど全部書けた」と、主名は元気に帰ってきました。

夕方のダルシャンは、なんだったけ・・・。
ああ、どこかの国の人たち(イタリア?)がコーラスをしてて、なかなかよかったです。
で、その人たちに多分ババが指示して2曲バジャンを歌わせて、アルティもその人たちに歌わせて、
ババはそのまま車椅子で帰るかと思いきや、、車椅子で女性側をうろうろしました。
なのでみんな立ち上がって興奮していました。
昨日のババの車椅子はいつものとちがってなんだか豪華版でした。
ビブーティーを物質化してそこら辺の女性の何人かにあげたりもしていました。

で、また中央に戻って、また何か物質化したりしたのかもしれませんがなんせみんな立ってたのであんまりよく見てません。

なんか、コーラスがよかったので、ババのサービス精神があふれた感じでした。いや、「愛が」と言ったほうがいいのかもしれませんが。

プラサードはオレンジ色の粒々のかたまりみたいなお菓子でした。
前に2個もらったうちのひとつを分けてくれた人がいたので今回は私がもらったやつをあげました。
子連れだと子供と私と1こずつもらえるときが多いのでそういう融通がききます。

サウスで以前会った、ババの学校のテストを受けに来た母子づれがまた話しかけてきました。
今回は入学許可を得られなかったそうですが、来年また挑戦するとか言っていました。
わたしは普通はチャンスは一回きりだと思っていたのでそんなことできるのか?と驚きましたが、
「あとは祈りだ!!」みたいにそのお母さんは気合が入っていました。
インドに住んでるインド人かと思ってたら、どうも、海外に住んでる人たちみたいでした。
そういう場合、入試は受けれるのかなあ?
今回はチャイタニアジョーティーでセバをしてるそうです。

彼女たちはもう2,3日プッタに滞在予定だそうで、今は主名の学校のあるマンションの上階に住んでるとの事で(そのマンションのグランドフロアーが学校)、縁があるといっていいのかな。

その母子の娘の名前はヴェーダの別名で、そういう名前をつけるくらいだからブラーミンなんでしょうか。穏やかでやさしそうな子で、英語はばりばり。
そのこと言葉を交わすと勉強になりました。

【2008/07/24 14:24】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
テスト
昨日から主名の学校ではテストが行われています。
昨日のテスト科目は英語で、マザーとかの家族親類関係の単語とフェスティバルの単語、(ホーリーとかクリスマスとか)、それは学校でやらされてほとんど覚えてるから大丈夫だろうと思っていましたが、社会かなんかの科目だろうと思ってた月の名前(JANUARYとか)や、曜日の名前を主に書かされたみたいで、
月の名前は少し家で書かせていたので多少できたみたいですが、曜日はほとんど手付かずで、かけなかったので書かなかったら怠慢と思われて、先生に「明日叩くからね」とか言われたそうで、びびって帰ってきました。

社会と理科のノートに月の名前と曜日の名前が書かれてあったので、それらのテストは後半なので、それまでに少しずつやらせたらいいと思っていたのですが、違ってたみたいです。

英語のテストの前日は学校から帰ってきてすぐは少し微熱があって、4時間寝たあとの主名のがんばりはなかなかすごくて、
1時間半で宿題を終えた後にさらにほとんど休まずに1時間半書き取りの勉強をしていました。
私は寝てなかったので「もう眠いから終わりにしよう」と言っても、見捨てられてそういわれてるのかと思ったのか、「まだやる」と半泣きで書いていました。

なんせ幼児なので、書くのは遅くて、大人からしたら書いた量はたいしたことないですけど、その日はそれまでからしたらびっくりするくらい集中してやっていました。
大雨が降ったのでその様子を勉強のキリがいいところで何回か見たりしたくらいで。
で、少し感心してたのですが、初日のテストは「明日叩くからね」と言われたありさまですから、
なんか、本人より私がやるせなくなって、一瞬気落ちしました。

でも、もし来年ババの学校に入るなら、そのときにある程度できてればいいから、今の学校のテストがどうでもあまり関係ないかとか思いました。

昨日も50まで英語で書き取りさせたりしていたのですが、本人SIXTYまでやるとかいって、100でもいいとかいって、なんかやる気を出してSIXTY以上まで書いていました。
で、実際どれだけちゃんと覚えてかけるようになってるかはまた別なんですけど。

今朝は学校に行くまでに主名は絵を描いていて、暇さえあれば車の絵とかを次々描いているのですが、昨日よっぽど学校がいやだったのか、先生に「明日叩くからね」と言われてびびってるのか、今日は絵を描くのをやめようとしなくて「もっといっぱい描きたい」と言って泣いて、学校に行こうとしなかったので、部屋の戸をあけていたのでウォッチマンまで様子を見物に来てわたしに「たたけ、たたけ」とか言ってきました。
結局私もバジャンに行くからと言って部屋から出して、30分くらい遅刻して学校に行きました。

今日はテストは数学なので、まだ習ってないところもあって、ほうってる箇所もありますが、ほとんど大丈夫と思います。

今の学校は普段は主名は楽しいみたいで、多少喘息が出てても学校に行って帰ってきたらたいがい治ってます。前の学校だったら必ず悪化していました。

ババの学校も、もともと別に行かせるとか考えてなかったのですが、なんとなく成り行きでそのつもりでやってみるか、ということになっていますが、外国人は試験を受けられないので全くババの直接の指示次第で入学か否かは決まります。
なのでインド人の親子のように本当に集中して入試に向けて、というふうではないのですが、それでもある程度のレベルにまで学力を持っていこうとするとかなり厳しい感じがします。
インド人の親子の取り組みはたぶんかなりすごいんじゃないかと思います。

主名は先週は久しぶりに喘息が出てて、直接の原因は学校でウインドブレーカーを着たまま汗をかいてそれが冷えてべちょべちょのままずっと着替えなくて風邪をひいて具合が悪くなったことですが、
(暑くなったら脱ぎや、と言っていたのですが、先生に「脱がないでね」といわれたそうです。気温が低めだったので気を配ってそういってくれたみたいですが)
グルプールニマで人がいっぱいだったので具合が悪くなったこともあると思います。たいがい、そういう行事のときはきっちり参加してなくても体調が崩れやすいので。

数日前は主名は片方の耳がすごーく痛かったみたいです。
病院に連れて行くかどうか考えて、連れて行かない判断をしたのですが、「自分でも治し」とか言ってたら、自分で梅干を出してきて「梅干はばい菌を殺すから」と言って食べていました。
数日たった今ではほとんど痛くなくなったみたいです。

主名は自分で自分のことを「音楽の先生」と言っています。
日常では絵ばかり描いてて、乗り物の絵が多いですが、好きなだけあって細かくて、微妙な形状や車種の違いとかも書き分けていて、タイヤの数とか、この車は6本タイヤ。すごく重いから。とか言っています。
学校で昼休み以外にも休み時間があるならノートを持っていって絵を描いたらいいのにとか思いますが、ないみたいです。
まあ、昼休みは他の子供たちと走り回って遊んでいます。

最近学校では罰として5分間立って両手を挙げる、という「ハンズアップ」をやらせてるみたいで、
遅刻していったときに自分がやらされたこととかなんか妙に嬉しそうにしゃべったりしています。
罰なんですけど、なんか、その様子を想像したら笑ってしまいました。
おとといは女の子3人がうるさかったのでそれをさせられたみたいです。
そのうちの一人はやさしい子だそうで、主名は自分の消しゴムを割ってそのこにあげたそうです。
その子は別にほしいとか言ってなかったそうですが。一方的に。

今朝、主名が絵を描くのをやめなかった時に、紙とかペンとかお金かかるし、私も働いて、絵も描いてたんやから、(働いてなかったときもあったけど)、あんたも、学校も、絵も、どっちもせなあかんし、やらなあかんことはやり。みたいな事を言ってみたりしていました。
「もっといっぱい描きたい」と言ってひーん、と泣くので、じゃあ、絵の学校行ったらいいやん。ババの学校の後に。私も行ったし。とか行ったら、「どこにあるの?」と、くいついてきました。
マシーン系の絵が多いし興味もあるみたいなのでそういう産業技術系がいいんだろうと思います。

もし日本にいて、そういう絵の教室とか行かせたらきっとすごく楽しいんだろうなあ、と思います。
今、ノートに車とか飛行機とかの絵を描きまくるだけでもすでに至福の様子ですが。

今朝はダルシャンはありませんでした。

【2008/07/23 14:28】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
講話
昨日の午後は6時くらいに行ったらババがしゃべっていました。
ディスコースの内容は聞いていませんでしたが、途中でいきなりババがインタビュールームに入って去っていって、何事かと思ったら、出てきたときにはどうやらシバリンガムを持って出てきたみたいでした。
で、それがなんだったのかよくわかりませんけど、なんかみんな盛り上がっていました。
ビブーティーがどうとか、何とか言っていましたが不明。

そのあと、ケララの?子供たち?の、劇がありました。

主名は熟睡で、私も眠くてあくびを連発しながら眺めていました。

ババは劇が終わった後に立ち上がって、スロープを自分で歩いて降りて、立ったまま出演者と記念撮影していました。
最近このパターンが多いです。

出演者には何か記念品が贈られ、会場にはプラサードが配られました。
【2008/07/23 13:32】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
キャンセル
今朝はババは9時45分くらいに来ました。
今、世界教育会議だかなんだかそんなのが行われているので、関係者のプログラムがよく行われています。
今日はたぶんタイの学生だと思いますが、前でババにパダナマスカールを与えてもらっていました。

プログラムは進行中でしたが、今朝は10時半くらいからよその家でヴェーダの練習をすることになっていたので、10時過ぎにホールを出て、その場所に向かう途中の路上で、教わるはずの本人(外国人)が大急ぎでホールに向かうところに出くわしました。
あれ、今から練習じゃあ・・・。

この日は2~3人に対するレッスンのはずだったのですが、もう一人もホールに行ってるとのこと。
いいですけどね、一応私もそれなりに気持ちの上でも準備したりしてるんで、なんかやる気を失いました。
昼は主名の学校にご飯をもっていくのでその準備もあるし。
練習の日が決まったら、その日に向けて何日も前からなんとなく準備が始まってるのです。
なので、一方的にキャンセルされるとどっと疲れが。
今日はキャンセルというより、もし行っていたら誰もいない状態。あの、7階なんです、その部屋。
エレベーターなし。

毎回のようにキャンセル、変更、待たされ、と、なんか私に落ち度があるのかと考えてしまいます。
彼女たちが教えてといってきた時に、冗談かと思って、そのままにしていたのですが、何度か本気で言ってきたので、しばらく前からヴェーダの練習をはじめてるのですが、私は自分でいい加減なほうだと思っていましたが、きっちりしすぎなんだろうかとか思えてきました。

相手の都合で、相手の家で練習をしてるのですが、行ってみたら寝起きで、「昨日バンガロールに行って、遅く帰ってきたから今日は疲れて練習ができない」と言われたりした事もあったので、もしキャンセルするなら連絡してと、電話番号も教えてあるのですけど、
なんか、出入りの仕立て屋くらいの扱いを受けているような気もして。

おばあちゃん先生のところでもタイミングが合わず、教えに行く先でもそう。
今回だけじゃなくて以前も教える立場のときにそのときは主名と二人で蚊の飛び交う中、待ちぼうけが多かったりしたので、もっと、おばあちゃん先生を見習って(?)あれくらい自分のペースでわがままにしたほうがいいんだろうか。。。とか思ったり。

相手の都合に譲歩するのは、自分の場合、お互いにとって、よくないのかなと思います。
もちろん相手の立場に立つことは常に必要ですけど、ヴェーダなんかだと特に、自分に合わせてもらうことでいい結果が出るんだろうと思います。

【2008/07/22 14:50】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
遅出
今朝は10時くらいにアシュラムに行ってみたら、みんなまだ待っていました。
で、ババは10時半くらいに車椅子で来ました。
それから3人ぐらいスピーチがあるみたいだったのできっとまだやってると思います。
私は今から昼ごはんの準備をします。
今、11時半くらいです。
【2008/07/21 14:58】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
グルプル
昨日ハグルプールニマデした。
朝はババは黄色いローブ。グルに関する講話あり。
午後はオレンジ。
時間がなくてこれだけ。すみません。今こちらは夜10時です。
【2008/07/20 01:29】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
テレビ!!
こないだのヴェーダ教室は、前日に「明日は7時半から8時半までするから」と言われてたので、はっきり時間を言ってくれて嬉しい。と、期待して7時半前に行って用意して座ってたんですけど、おばあちゃん先生と仲間たちはテレビを見るのをやめない!
7時35分を過ぎたころから私も半分あきらめて、自分で練習してました。
おばあちゃん先生がコントローラーを手にしてテレビに向けると「スイッチオフ?」と思いきや「ボリュームアップ」
8時過ぎに一度停電になって、テレビも電気も何もかも消えました。
5分か10分くらいそのままで、暗闇の中でヴェーダの練習してくれないかなあとか思いましたが雑談が続き、停電が直るとまたテレビ鑑賞が再開されました。
多分、ババ専用のチャンネルで、ずーとなんらかの番組がやってやつなんですけど、うちら、ヴェーダの練習のためにそれなりの用意、ヴェーダだけじゃなくて夕食の用意とかいろいろして都合をつけてここに来てるので、8時25分くらいに
「子供が宿題をしないといけないので」といって、その場に見切りをつけて去りました。
で、翌々日にまた来ることを告げて。

結局その日は練習は行われなかったみたいです。
翌々日もありませんでした。
翌々翌日はグルプールニマで、一応教室に行ったんですけど、ありませんでした。

週末と、来週の金曜までは主名のテスト勉強があるので休みました。
来週主名の学校では4日間テストで、
数学だけ、何をやるか前もって教わったのでせめてそれだけでもできるようにしていこうと、地味に特訓中です。
しかし主名も私もすでに疲れました。
175まで数字で書くのと、50まで英語で書くのと、5の段までの掛け算と、前の数字、後の数字、あいだの数字の空欄をうめるやつです。

おばあちゃんせんせいが私の持ってるボイスレコーダー(CDをつくれる)で、音楽の練習曲やヴェーダを練習用に録音する気になっているので、私らがいないときのほうが雑音を立てる人がいなくていいだろうと、練習仲間のおばちゃんに、録音を頼んだのですがびびって、「あんたが来て」というので、テスト明けにたぶん、おばあちゃん先生の気が変わってなければ録音です。

練習仲間のおばちゃんに、「あなたが日本に帰る(一ヶ月くらいだけですけど)のはほんとにさびしい」とかいわれました。
一人で音楽のレッスンに出るのが怖いそうです。
それと、わたしとそのおばちゃんの少なくとも2人以上いないと、おばあちゃん先生は練習するムードにならないそうです。
わたしがいないともっと、練習がないそうです。

わたしがいて、だからやる気が出ないのかと思ってたら、私がいるときのこの抜けっぱなしの練習でもおばあちゃん先生のやる気は最大限だったことが判明。

やらなきゃ、と思っててもやれないおばあちゃん先生のムードも最近ちょっとわかってきました。
まるで登校拒否児のように。
【2008/07/20 01:27】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(2) |
500ルピー
日曜の晩にウエスタンキャンティーンで500ルピーわたしは渡したと言って、会計はもらってないと言って、その場は私は引き下がったのですが、その晩9時を過ぎてから会計が共通の知人を伴ってアパートまで謝罪に来ました。
「余分な500ルピーを見つけた。ベリーソーリー。」と言って。

あのとき、私と主名の夕食は42ルピーで、「今、これしか持ってないので、すみません」と言って、500ルピーと2ルピーを会計に渡したのですが、(細かいお金を持ってないとウエスタンキャンティーンではよく怒られるので)そのとき会計は、
「今、十分なお釣りが無いからだめよ。食べ終わってから来て。」と言ったのでした。
そんな雰囲気で。時間がたつと、他の人の渡した細かいお金でおつりが出来るので、そういう風に会計が言うのは普通なのですが、
目の前の箱には十分なおつりがあるように見えました。

その前に、会計のテーブルに食事のトレーを計算のために置くときに、私はあいてるところにトレーをおいて、それは列を無視した形になっていて、それですでに会計はちょっと怒っていました。
でも、小さな子ども連れはウエスタンキャンティーンでは列の先頭にいけることになっていて、私も子供の分とふたつトレーを両手に持っていて、列に並んで重さに耐える気がしなかったので、そのままそのテーブルにトレーを置いていたらしかたないというふうに計算してくれました。

それで、42ルピーで、わたしは502ルピーを渡して、お釣りがないから後でもう一度来て、と言われたのでした。

でも、そういう風に言われるときは必ず、何ルピー後で受け取るかというのを紙に書いて渡してくれるのが普通なので、「書いてください」と言ったのですが、彼女は「私は完全に、絶対に覚えてるから」と拒否したので、
わたしは「OK」と、その場を離れたのでした。

その日はすでにすごく疲れてて、他の人と話をする気力も起きなかったので、主名とその友達が一緒にご飯を食べたがって、主名の友達のおかあさんも一緒で、主名の友達のお母さんがさらに他の家族連れを一緒に食べるように呼んでいたので、わたしはこりゃたまらんと思って、
「ちょっと、すごい疲れてて一人でいたいから」と言って、主名をそこに残して(その時点で友達と離すのは不可能なので)別の離れたところで一人で食べようと座りました。

で、ふと思って財布の中を見たら40ルピーがあったので、これを払ってさっきの500ルピーを返してもらえばいいわ、と思い、会計のところに行ったら、すでに私のことは忘れていました。「いくらだったっけ?」とかいって。しかし40ルピーを渡して、さっき渡した500ルピー札を返してと言ったら、「あなたは渡してないわ。だって、今日はたった一人だけが500ルピー札をくれただけだから。あの女性が。ほら」と、その女性とお金の箱を見せられて、「あなたの財布をチェックしなさい」と言われました。

そんなはずはないと思ったのですが、私も証拠がないし、会計が完全に言い切るので、私も疲れてるし、ぼうっとして、一度はそのまま席に帰ったのですが、
引換券みたいなのを一筆書いてと会計に頼んで断られた事実を思い出し、やっぱり言わないと、と思い直してもう一度会計のところに行きました。

で、「わたしの500ルピーは持ってないの?」と聞いて、さっき自分が紙に書いてと頼んだことを言ったら、やっぱりさっきと同じで、「今日は別の女性が一人だけ500ルピー札で支払っただけだ」「自分の財布をチェックして」と同じことを言われるだけだったので、
「わたしはチェックできないわ。だって、いっぱい持ってるから」と、財布の中の500ルピー札の束を見せました。(オーナーを見つけたらアパートの家賃を払おうと思って持ち歩いているので)
またなんかがんがん言われて、多分中東出身のアメリカ移住者の、たぶん仕事もバリバリやってきたようなかなりハードな女性なので、疲れてるし、持ってないといわれたらもうどうしようもないし、500ルピーで全存在を否定されるような場に自分を置き続けるのもあほらしいのでので、「OK,OK,わかった」と言って、引き下がりました。

でも、その会計はわたしが完全に納得していないけどとりあえず引き下がったのでは納得がいかなかったらしく、駄目押しとして、その、唯一その晩500ルピーを支払ったという女性をキャンティーンの中から探してきて、その女性を連れて私の席まで来て、「どう?わかった?今日は彼女しか払ってないのよ」「わたしは会計の席を離れてはおけないんだから(それなのに、あなたの頭をはっきりさせるために並んでる人たちを待たせておいて、わざわざこの労を取ったのよ)」と言ってきました。
「OK、OK(早くあっちに行って。疲れるから)」と私が言うと、彼女は、「しっかりしなさいよ」という感じで、私の肩をたたいて、会計の席に戻っていきました。

食事の後、キャンティーンの外でまた主名とその友達を遊ばせてる時に、様子を見てて、たぶん会計に私がどこにいるのかたずねられた主名の友達のおかあさんが、「〇〇が、500ルピーのことを言ってたけど」とか言うので、
「ああ、あれはもういいいの。わたしはすごく金持ちだから」と半分冗談で半分本気で言うと、(ちなみにそのおかあさんは金持ちっぽいムードの家族で派手で目立ちます。)
「ああ、あなたは今日すごく疲れてるのにそのうえ500ルピーまで失って。。。500ルピーは少ないお金じゃないわ」と、同情してくれました。
「でも、私がまちがえてるかもしれないし」と、そのときはあんまり会計が言い切って私が間違えてるということを叩き込まれたので、私ももしかしたら自分の勘違いの可能性もありうる、とか思ってたのでそういいました。
「でも、〇〇が間違えたのかもしれないし」
と、その主名の友達のお母さんはあくまで私の肩を持ってくれました。

そのときはもうそのことはそれで忘れて、後は別の話しをしたりしてその日はそのまま普通にその家族と途中まで一緒に帰って、私はネットカフェでメールチェックをしてからアパートに戻りました。

実は、その会計がそもそもわたしに潜在意識でか顕在意識でか反発心を持って、私の存在を否定する気持ちがあるのは知っていました。
というのは、会計は主名の友達家族と親しくて、必然的に私とその会計が接触する場も多いのですが、わたしは自然に心が開く場合以外は話さないので、その彼女とは昔は話した事もあったのですが、全く共鳴しないようになり、今はお互いにお互いの存在を見ないようにしながら同じ場にいることが多くて、
それはそれでいいのですが、
主名の友達の家族は人間関係も派手で、人の出入りがむちゃくちゃ激しいので、
その、わりに顔も広くてある程度力もあるような、ババの祝福をふんだんに受けているように見える家族と、主名はともかくとして、愛想の悪い地味で貧相で英語もろくにしゃべれないわたしが一緒にいることが多いのが納得いかなくて嫌に思って違和感を持ってる人も少なくないと思います。

わたしはいつもだいたいその主名と友達家族と離れて座ったりしていたのですが、主名の友達のお母さんが、自分の友達が私に意地悪をしたり見下したりするのに気を悪くして、私のことをよく言ったり、多少宣伝したりするようなことを言って、自分の友達に私のことを認めさせたりすることが時々ありました。で、わたしがすわってるところにその友達家族が来て座ったりするようになりました。
なので、その友達や知り合いたちもこっちに来る羽目になり、私のことをよく思わない人にとっては気分が悪いと思います。

私は、悪く思われたり意地悪されるのはむしろ嬉しいときもあり、というのは、べつに仲良くしたいと思わない人に向こうから距離を置かれるのは気持ちがいいからです。
一人にしておいてもらえるほうがいいときも多いです。

で、主名の友達のお母さんがわたしのよさをその友人知人たちに認めさせるように働きかけて、びっくりして、ほんとに見直してわたしにこころを開いてくる人もいて、そしたら主名の友達のお母さんも気分がいいみたいでした。
でも、表面的には認めていても心の中では黒い気持ちになってる場合もあり、わたしはそのお母さんの人間関係にははっきりいって関わりたくないので、この前の日曜日にはやはりその家族がうちらのところに来て座ったのですが、それに伴ってその知人たちもどんどんやってきたので、わたしは主名がわたしの手にジュースをこぼしたから手を洗ってくる、と、怒ったふりをしながらその場を離れて、
手を洗って別の人の少ない場所に行って、一人で座ってました。主名だけこっそり呼んで居場所を教えて。

日曜の会計も、そんな、わたしと関わりたくないのに関わって目障りに感じてる一人と思います。
そういう背景があって、この500ルピーのトラブルが起こったのは明らかと思います。

晩に、その、共通の派手な知人家族のお父さんを伴って、そのお父さんの案内で会計がわたしのアパートまで謝りに来たときに、わたしと主名はアパートの入り口でウォッチマンの夫婦となんか、どうでもいいことをしゃべっていました。
会計はそのときは平身低頭という感じで謝り、おとうさんも彼女を擁護するように、今日の晩はみんなクレイジーだったから、とか何か言い、わたしももうすでに自分の中ではどうでもいいことに分類していたので、「ええ、わかります。だいじょうぶです。ありがとう」みたいに言って、会計は「今度は領収書をちゃんともらってね」みたいに言って(いや、頼んだんですけど、断られたんですが)、翌日の昼にわたしがキャンティーンに500ルピーを取りに行くことを約束しました。

翌日の昼、ノースで昼食を早めに済ませた後、人が少なくなった頃にウエスタンに行って彼女の会計のテーブルに行ったら、現金ではなく、なぜか440ルピーと書いた紙をくれました。
で、あなたの昨日の夕食は36ルピーだったから、とかいわれ、いまだに彼女は混乱してるみたいでしたが、さすがに、このときは言って、500ルピー札をもらってハーブティーだけ飲んで去りました。

どうでもいい出来事ですが、何が怒っているか、起こったかを把握しておくことは必要だと思います。

今朝のババはバジャンで引っ込んだ後にまた車椅子で出てきてホールをグルッと回りました。
【2008/07/15 15:17】 | 人間模様 | トラックバック(0) | コメント(0) |
そういえば、
そういえば、今朝、ババの夢を見ました。今思い出しました。
でもどんなだったか忘れました。

いつもと違って、わたしはババと他の人のやり取りを単に見てたような気がします。
【2008/07/14 00:47】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
休みつかれ。
休みも2日目になると疲れてきました。
というのは、主名を遊ばせるために出かけるので、私は疲れました。

再来週、主名の学校でテストがあるので、主名が覚えなくてはいけないのを覚えさせてたりもしたのでさらに疲れました。
主名は疲れてないかもしれないけど私が疲れました。

朝も午後もダルシャンを逃し、しかしなぜか、夕方に他の人にホールで配られてたプラサードをもらいました。お疲れプラサードでしょうか。

主名と同年代の子で毎年来るカザフスタンの子が今年も来てて、今日はその子はなぜか「与那国」と書かれたTシャツを着ていました。
あの、与那国って、日本最西端の有人島の名前です。

明日は何かの休日らしくて、アシュラムでも行事で、主名の学校も休みです。

グルプールニマもちかくて、人がいっぱいです。

ウエスタンキャンティーンでわたしは500ルピーをはらったつもりだったんですけど、
会計は払もらってないというので疲れてたしもうどうでもいいやと思いました。
【2008/07/14 00:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
休み。
土日、ヴェーダ教室の休みが取れたので、私と主名はうきうきでした。
ま、でも最近土曜の午前は私が別のところに教えにいってるのですが、午後は主名とひさしぶりにゆっくり芝生で過ごしました。
部屋に帰る途中にばばが着ました。3時半くらいでしょうか。
で、ババはそのまま外に出て行きました。
部屋で休んでバジャンにいって、そのあとまた芝生で主名は存分に友達と遊びました。

わたしはその間に頼んでたビザというか、滞在許可書をもらいにいって、今日はやっともらいました。
1ヵ月半くらいビザなしだったんですけど、こういうのなれっこになっちゃってて、今回は気にしてませんでした。

3ヶ月頼んだのですが、たぶん向日の勘違いで4ヶ月分くれました。
しかしやっぱり今回はスリランカでもむずかしめだったし、この4か月分のビザが切れたらもうインド国内での延長は無理とのことでした。
ということで9月末まではインドにいれるんですけど、
もともと9がつには一度日本に帰ってパスポートやビザの取り直しをするつもりで動いていたので、よかったなと思いました。

去年の時点で、「2008年の9月に日本に帰るよう」に直感的に言われていたので、いや、直感の声って正確だなあ、と、信用が増しました。

ずっと日曜日みたいな人生が続いていたので、久しぶりに休日の楽しさを味わった気がします今日は。
【2008/07/13 01:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
休日!
昨日のヴェーダ教室ではその前の日までとはまた違って、充実していました。
なんだか静かないいムードで。
イーシャーワーショーパニシャッドも教えてもらって最後まで終わりました。

すごく、なごやかでした。
もう一人のおばちゃんに頼まれてた音楽クラスの練習用のCDを作成したのをおばちゃんにあげました。
教室でレコーディングしたやつをCDに焼いたやつです。

主名が外国人の友達と遊ぶ時間が取れていなかったし、私も連日の教室はきつかったので、
おばあちゃん先生に行って土日を休む許可をもらいました。
(しかしなんでわたしだけこんなの?みんな好き勝手に休んでるのに???なんでなんでなんで?)
オーケー、ユーキャンリーブ サタデー&サンデー
とかいわれました。

イーシャーワーショーパニシャッドのシャンティ部分のプールナマダでは、シャンティシャンティシャンティのメロディがほかと違うのは何でかとおばあちゃん先生にも聞いてみたら、
今はしらないけど調べる、みたいにいって、もう一人のおばちゃんとそのことについてばーっとテルグで討論しだしました。
以前、パンディットにそれを質問したら、それはテキストが間違ってるといわれたと言ったら、2人は笑っていました。
笑いの意味はよくわからないですけど。

2人が何いってるかはわからないけど成り行きを見てたら、なんだったっけ、アーロッギャスークタムと、シュリスークタムだったか、それらのヴェーダでも、プールナマダのシャンティと同じとなえ方をしてもいいといわれたので、それらが女神のヴェーダだということと関係あるのか?と思って、
イーシャーワーショーパニシャットも、女神のヴェーダですか?と聞いたら、
イーシュワラのヴェーダだから女神じゃないといわれました。

で、ヴェーダプシュパンジャリの本の最後のシャンティマントラムとかいうやつもそういう唱え方だといって、唱えて見せてくれたので、遠慮なく録音しておきました。
次何やるかは言われてないけど、これで、家で練習できるやつがひとつできたので休んでる間にやろうと思います。

あと、ルッドラムのラグニャーサの、最初のスローカ?みたいなつらつら唱えるやつが、CDをもってないこともあり、なかなかできなかったので、それの、不明な部分を質問したりもしました。

なんか、昨日は、すごくちゃんとしたヴェーダの教室みたいでした。

おととい、主名のことでもちょっと注意されたりもしてたのですが、昨日はなんかしらん、別のおばちゃんもおばあちゃん先生も「いいこだいい子だ」とか言ってました。

土日に休みが取れてすごーくうれしいです。

【2008/07/13 01:33】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
試練?
おととい、主名が芝生で遊びたいと号泣するので、直接ヴェーダ教室に行こうとしていたのですが、芝生に行って、少し遊ばせて、「もう時間だから」と行こうとしたら、主名の友達がおかあさんや知り合いのおばちゃんと一緒に、ちょっとでも一緒に道中遊びながらいけるようにとガネーシャゲートまでついてきてくれました。

主名のともだちがまさかそこで分かれると思ってなかったので、主名はもうわかってたので泣いてませんでしたが友達は泣いてしまいました。

で、教室に行ったらもう一人のおばちゃんがヴェーダを教わってて、この日は音楽クラスのはずだったので、座ってそれが終わるのを待ってたり主名の宿題をさせたりしていたらそのうち電話がかかってきて、おばあちゃんせんせいは電話の相手にどうも私の文句を言ってるみたいでした。
テルグ語なのでわかりませんけど、「あのヨギがよ、来るのが遅いんだよ」みたいな。
私にわかるようにか?「遅い」だけ英語で。

数十分ほどそうやって文句の電話をしてるうちに別の人たちが来て、今日は音楽のはずでしたが私ともう1人のおばちゃんは、前に習ったところまで一回だけいまやってるイーシャーワーショーパニシャッドを唱えてその日は「次の人らが来たから」と終わりでした。

普段は毎日音楽クラスの初心者が1人か2人来て、そっちを先にするの早く行ってもうちらの練習はないのですが、たまたまこの日は誰も来なかったみたいで、おばあちゃん先生の「待ってる」感がふくらんでたみたいでした。
べつに時間も決まってるわけじゃないし(むしろ決めてほしい)、私の前に来たおばちゃんも20分先に来てただけで、実際私より後にも2人、3人と来てるのですが、本人の中では私が彼女の時間を無駄にしたことになってて、怒りまくっていました。
あのー、うちらこの一年間待ちまくってきてるんですけど。。。
帰ってこないおばあちゃん先生を暗闇の中で蚊にさされながらいつも1時間、2時間と待ってた私と主名のことはみんな知ってるはず。

こんなんだったら、主名と友達を遊ばせてやればよかった。。。とおもいつつ、おばあちゃん先生が、次の人の練習の間座って聞いてなさいというので、座ってたらその間もテルグ後でずっとわたしの文句を言ってて、もちろん私はわかりませんけど、他の人たちはそれを聞いて笑ったり、じいっと私を見たり。
ほとんど小学生のいじめじゃあ。。。。

結局おばあちゃん先生が怒りすぎて、次の人たちの練習も出来なくなったのでみんな帰りました。
「でも待ってるように言われたし」とか思って最後までいたら
「もうないよっ!」と言われたので帰りました。

この機会にもう、教室に行かなくてもいいんじゃないかな、と思って、易で見てもらったら、卦にわたしがとことんやられてる様子が出てて、でもこの忍耐は夜明け前の暗さや産みの苦しみのようなものだから、今教室に行くのをやめるのは凶、とのことでした。
ちょっと感動して、やめるのをやめました。

おばあちゃん先生がわたしに「あんたは音楽を知らないから」と、いって、見下げるというか、自分のテリトリーを保ってた面があるかと思うのですが、多分、だんだんヴェーダだけ教えるのがきつくなって、音楽の練習という自分の専門分野に私と、もう1人のヴェーダだけ習ってたおばちゃんを引き入れました。
音楽はさすがにしっかり教えてるのですが、もう、「あんたは音楽を知らないから」と逃げれないようになってしまったような気もします。なんか、おいつめてしまったような。

いまさら、、音楽もなあ、と、なんか、それこそ自分のエネルギーを浪費してるような気がしたのですが、まあ、与えられたものだし、と、練習して教室の練習にも出てきました。

最近、一緒に練習してるおばちゃんが「だって、彼女のお父さんはミュージシャンだもの」と言ったらしく、「そうなのか?」と聞かれ、そうです、とか答えて、二人はなんか納得していました。
それまで、妙に出来がいいのが納得いかなかったらしくて。
じつは私自身、楽器も声楽も日本で何年も習ったりしてたのですが、聞かれないのであえて言っていません。
「おとうさんが」としておいたほうがなんか安全な気がします。

「ヴェーダはどこでならった?」と聞かれ、今までそれは何度も言ってるのですが、「日本のサイセンターで習いました」と言ったら「ナラヤナウパニシャッドもか?」と聞かれ、「そうです」と言ったのですが、それは納得がまだいっていないようでした。

「あの、過去世でやってたそうです」
とはいいません。
私は気楽に言ってても、深刻にとらえられて揚げ足を取られてバッシングされることが別の場であったので。

私も多少きついですが、おばあちゃん先生もきついと思います。
というのはあちらは体面とかあるし。
ヴェーダのほうは、多分、スーリョウパニシャッドあたりからはおばあちゃん先生も教えるのが初めてなんだと思います。
チャマカムの最後のほうはなかなかきつそうでした。
なりゆきで、時々私のほうが先に言って、向こうが思い出したり繰り返し唱えて練習したりするような場面も出てきてしまいました。「チッ」と、自分に舌打ちをしながら自分で唱えて練習していました。

いまやってるイーシャーワーショーパニシャットもなかなかきついです。
私なんかCDを聞いてさっさと練習してしまいますが、おばあちゃん先生はあくまで記憶を頼りになので、覚えてるところはほんとにすばらしいと思いますが、やっぱり忘れてます。

私も教える立場に立つこともあるので、そういうきつさはよくわかります。
自分が自信があるやつから教えたいとか思いますし。

おばあちゃん先生と私(このヨギ!)は、結構、微妙で複雑な関係になってるような気もします。
おばあちゃん先生の記憶があやふやになったり明らかに間違えているところは、わたしがCDとかで聞いて覚えこんだ風に自信を持って唱えたら、そういうふうに全体も唱えるようになることが多いので、それでいいのか?、と思ったり。
でも、やっぱり、直接教わって、「おばあちゃん先生、またなんか変な唱え方してる」と思って後でよくチェックしたらおばあちゃん先生の記憶が正しかったりすることもよくあって、補い合ってるような面があります。

おばあちゃん先生は6年くらいヴェーダを習ったそうなので、私は今で日本のも合わせると4年弱くらいでしょうか。習えるヴェーダが後どれくらい残ってるのか知りたいなと思うときもありますが聞いてません。

昨日はバジャン後に主名をあそばせずに道中で腹ごしらえをしてからそのまま教室に行きました。
主名は教室に入らずにしばらく外で遊んでいました。
昨日はヴェーダの日のはずですが、音楽レッスンが行われました。
ヴェーダは前日したから、と。ヴェーダのレッスンの日数は増えましたが、新しい個所にはなかなか進みません。
音楽では英語の説明は一切なし。説明無くても大丈夫ですけど。
会話もテルグオンリー。
おばあちゃん先生は私に言いたいことは目の前で他の人にテルグ語で言って、他の人を通して言うという。
たまに、私の顔や目を瞬間的にうかがい見るんですけど、私には直接何も言わず。
英語標準の学校で教えてるくらいだから彼女は英語には不自由しないはずなんですけど。

レッスンが終わって家に帰ると頭痛がしてきていました。
一般的にヴェーダとかのレッスンの後は普通、高揚して軽やかになることが多いんですけど。

今までは教室で習ってから、家で練習するしきたりに自分でしていたのですが、
新しいところはなかなか教えてもらえないし、(わたしへの制裁?単に覚えてない?単にだるいだけ?)まだかまだかと待つのもイラつくので、最近はもう自分でどんどん先に進むことにしました。
なので、自分の練習ではイーシャーワーショーパニシャットはもうできるようになりました。
そのほうがよゆうが出来るので、後で、教室で習うときも習いやすいし、気になる部分をチェックしやすいです。

今朝はババは出てきませんでした。
【2008/07/11 14:45】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
学校
最近は主名は学校に楽しく行っています。
おゆうぎみたいな時間が増えたのか?
なんか、今日はこんなのやったとか教えてくれます。
バジャンの時間も取り入れられたみたいで、歌える子はリードして歌わされるみたいで、
主名は前の学校で覚えた、アンジャネヤビーダ、ハヌマンダシューラ、とかいうバジャン(主名の歌うのを聞いてるだけだから歌詞は不明)が得意なので、それを毎日歌わさせられてうれしいみたいです。
友達も何人か、つるむ子がいて、昼休みが終わる前にさっさと教室に自分から行っています。
先生には「モンキー」とかいわれてるみたいで、昨日は象の服を着ていったら
「エレフアントモンキー」とかいわれたみたいで笑ってました。
【2008/07/09 14:37】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ教室
先週から、週4回2時間ヴェーダレッスンになっています。(週3回は音楽レッスン。つまり休みなし)
どうも、なんかしらん、私が怒るとおばあちゃん先生は感心して気持ちが変わる傾向にあるようで。
今までもそうでした。
怒ってブチぎれると、他の生徒に、そのことをすばらしいことのように言うのでした。
すごいつかれます。そういうの。

しかし休みなしなので私も主名も遊びの時間が持ちにくくなってきついです。
週に一回のレッスンで十分と思いますが。もし、きっちりその一回をやってくれるなら。
自習の時間も大事だし。
今は自習の時間をとるのがやっとで、日常生活に支障をきたす一歩手前という感じできちきちです。
今日は昼ごはんをチベットレストランのを主名の学校に持って行こうと思ってるので、その間、午前にじかんを作れました。
夜も部屋に帰るのは9時過ぎでキャンティーンもすでに閉まってて行けないので、帰ってからご飯を作って食べるので寝るのは連日12時です。
主名も毎日宿題がたくさんあって2時間くらいかけてやってるし、
スケジュールをこなすのに必死です。

4月か5月にもう行くのをやめようと思ったくらい完全に切れて、
でも行くのはやめずにパダナマスカールをするのをやめるというインドでは暴挙に出たので、
しばらくは大変でしたが、
ヴェーダも音楽も誰よりもきっちりできるようにしていっていたらそのうち形勢が逆転して順風になりました。
実際、ヴェーダも音楽も一番ちゃんとできて、先に進みました。
おばあちゃん先生に従順な人たちのレベルは、そんなに高くないのです。。。

ヴェーダのレッスンの時間も増えたし比較的ちゃんと行われるようになったので今までサボってた人もまた来だしたり、表面上、わたしがおばあちゃん先生に反逆したことに対して軽蔑しきった視線を投げかけてきていた人の態度もかわって、むしろおばあちゃん先生より私になびいてきているかのような態度を見せたり。(そういう態度には警戒中)

普通にただ習いたいだけなんですけど、なんでこうも人間の感情が嵐のように動かざるを得ないのでしょうか?
ただ単に、毎回教えてくれて、毎回習いたいだけなんですけど。
そんなにこれがありえないことなのでしょうか?
全くもって不思議です。

スケジュールは主名の学校との両立がきつくて、どれだけ続くかわかりませんが、おばあちゃん先生がいつまたやる気を失うかわからないし、明日どうなるかは誰もわからないし、習えるチャンスがあって扉が開いてる今、習えるだけ習っておこうと思います。

夕方のバジャン後に息抜きに主名を少しだけ芝生で遊ばせてからレッスンに行くのですが、レッスン後に夕食を食べたら夜寝るのが遅くなりすぎるので、どうせ待ち時間も長いしと思い、昨日はサウスで夕食を食べてから行ったら、別の人がその間に来て、うちらのレッスンの時間はなくなってしまいました。(昨日は音楽)

今までと違い、おばあちゃん先生も少し気を使いながら「今日はもうできない」と言いましたが、
(私が爆発したり強硬手段に出たりするようになってからはみんなやさしくなりました。。。)
さすがに連日のハードスケジュールでうちらも疲れてたので、昨日はさっさと、久しぶりに早く部屋に帰りました。
主名が昨日はまだ宿題をやってなかったので(レッスン中にやるとかいっていたので)部屋でやって、寝たのは結局12時過ぎでしたけど。

そんなかんじです。

昨日は子供らの踊りみたいなのがあったみたいです。うちらは最後のほうしか行かなかったので踊りは見ませんでした。
ババは一緒に写真をとったり、服とかあげてました。

今朝はババはお休みでした。


【2008/07/08 15:04】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ教室
こないだもけっこう、ヴェーダ教室で怒りました。

というのは、大体新しいやつは最期に教えてくれるのですが教室訪問から2時間後くらいにやっとその新しいやつのタイトルだけ言った時点で、しばらく習いに来てたけど今はただ食べ物を持ってきたりしゃべりにくるだけになってしまった人が来て,みんなしゃべりだしたからです。

だいぶこらえてたんですけど、待ってることをアピールしだしたら、おばあちゃん先生はもう練習は終わりとか言うので、いっぺんは私も帰ろうとしたのですが、思い直してまた教室に入って、
「しばらく待ってたら練習をしてくれますか?今日はまだ新しい箇所をしていないので」
とか言ったら「もう、ムードが変わってしまったから」とおばあちゃん先生は多少すまなさそうに言いました。

それでも待ってたら、おばあちゃんせんせいと、弟子のおばちゃんは強制的に終わるために終わりのマントラを唱えだしました。


【2008/07/04 15:00】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
歯の治療
昨日ジェネラルホスピタルの歯医者に主名をつれていって、前詰めてもらった前歯の穴のセメントが取れたので詰めなおしてもらおうとたのですが、歯医者さんはもう詰めるのはしない、抜いていい?とかいいました。
ちょっと考えますといって即答しなかったんですけど、多分、偉い歯医者が来てて、その歯医者のムードや方針で、主名担当の歯医者さんも方針を強固なものにしたんだと思います。
なんか、態度が今までと違ってたし、その、ほかの歯医者の意識で主名担当の歯医者さんがうごいてるふうに感じたので。
今までは謙虚で明るくて、毎回おもちゃをくれたんですけど、今回は違ってました。

ついでに、私の差し歯、3本分つながってて、中の一本は欠損なのでブリッジしてるやつが、一週間ほど前に強く噛んでから少しうごくので、外して付け直してもらおうと軽く思って、見てもらいました。

最初主名担当の歯医者さんが少し見て、それから別の歯医者さんに代わりました。
主名担当の歯医者さんは一番のペーペーだということが判明。
だから腰が低かったのか。。。その治療態度を見て、これぞ奉仕、と、感動したのですが、
だんだん権威を身につけて横柄になっていくものなんですね。。。

その,代わってくれた歯医者さんに歯をチェックしてもらってるうちにもう帰りたくなりました。
あちこちぶすぶす刺して痛いし。

今つけてる差し歯は日本でいい先生に丁寧に作ってもらったやつなので壊してほしくなくて、
「これは壊さないでください」とか言いました。

部分的なレントゲンを撮って、さらにいつもはいない権威のある歯医者がそこにいたのでさらにその権威のある歯医者の指示を仰いだようでした。

すると、レントゲンによると歯の根元が膿んでるから、歯茎を切開して骨もなんかして、膿みを出してきれいにして薬を詰めて、それで治療の確立は30パーセントだとか言われました。

それで直らなかったら(つまり70パーセントの確率で)もう、歯を抜いてインプラントをする、といわれました。

なんかもう、全然信用できなくて、医者の顔と態度が。
絶対いや、と思いました。
もしその治療方針が適切でもこの医者には治療してほしくない、という。
それを想像するとすごい恐怖が襲ってきました。

その手術はすぐにはできないから、やるなら明日の午前に来てくれ、そしたら部屋の掃除とかをして午後に手術をするからといわれました。

その時点で絶対行かない、と思ってたので、2番目の医者に「私は来ないかもしれません。すっごい怖いから」と言ったら、その医者は「怖い?何が怖い?その傷は?」とか聞いてきました。
「14年前にバイクでこけた」とか答えて「医者は「ああ、それが差し歯の理由だね」みたいにどうでもいいことを言っていました。

なんか、今回、ジェネラルホスピタルのどの歯医者も信用できなくなりました。
ここはサイババの権威で動いてる場所ですから、権威嫌いなら、いるべき場所ではないのかもしれないのですが。

しかし、なんせ私は素人なので、自分の拒絶感はエゴかも?とか思って、オペを受けたほうがいいのか?ただだし。とか思って、日本に連絡して今日の午後のオペを受けることの吉凶を易で調べてもらいました。

結果、凶。やめたほうがいいと。
あ、よかった。
なので行きませんでした。
自分の感覚はいつも正しいのでした。
【2008/07/04 14:52】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(3) |
ババの夢「 SAWAKO COME. 」
「 SAWAKO COME. 」

今朝見たババの夢。

コダイカナルとホワイトフィールドの中間みたいな規模と雰囲気の場所でババのダルシャンが行われていたらしく、
私たちはそれには間に合わなかったけど、ババがそのダルシャンのあとにどこかの建物か何かに移動する場所でダルシャンをうけ
ようとしました。

野球ができるような、フェンスに囲まれて、下が固い土のグランドでみんな待ちました。
気がつくと私の前には5列かそれ以上の人の重なりができていましたがまあいいわと思っていました。

グランドの中央を向いてみんな並んで座っていたのですが、私の左後ろにグランドに入る扉があって、
最初そこから誰か入ってきました。
ババが入ってくるのかと思ってみんな見てたのが違った、というかんじです。
次にまた扉が開いて、今度はババ本人が中を少し覗くようにしてから歩いて入ってきました。

扉から入ってきたババは扉の近くで少しいたので、わたしは手を伸ばし、ババも手を差し出してお互い手をつなぎ、
わたしは手をつないだまま立ち上がって、ババは中央の通路からグランドの中に進み、私は私の前にいた人たちの間を
通って、人々の座っている塊の間に作られた通路に出ました。
わたしは、「こないだの夢での状況とまったく同じだ」と思いました。非常に現実感を持って、そう感じました。
この前の夢のことを思いながら、この夢は完全に現実世界のこととしてとらえていました。

ババは
「SAWAKO COME , SIT HEAR」
と言って、わたしをその通路に座らせました。
ババは年相応の風貌で、非常に自然な様子で、風をはらんだ羽毛のように軽く柔らかく、やさしく見えました。
声は大きくなく、抑えたようなしゃがれがちな声でしたが、あふれるような甘さを含んでいました。

わたしは、この夢を完全に現実世界でのことととらえていたので、初めてババが直接自分に話しかけたことに対する衝撃と、
自分の名前をそのまま呼んだことに対する強い印象が心に感じられました。

通路に座らされてどうするのかと思っていたら、ババはほかの人たちも次々呼んで、私の後ろにどんどん人の列ができていきました。
ババは大勢をインタビューに呼んだようでした。
誰かが「今回は(時間が)長くなりそうだ」と言いました。

そしてわたしたちは立ち上がって別の、屋根のあるホールのロビーみたいなところに行き、
ババはその場所で立ち、みんなに順番にパダナマスカールを与えました。

私の番が来たので私はババの両足をまじまじと見て、手でさわったりおでこをつけたり、口をつけたりして感触を確かめました。
しっとりとして滑らかで白っぽく、水を含んだように、気持ちひんやりとしたような感触の足でした。

パダナマスカールが終わったので自分の番が終わったのですが、わたしはババに話しかけないと、と思って、
2回ほど話をしようと試みましたが、ババは他の人と話をしたり、あきらかに私に話をさせないような見えない壁をつくって、話させないようにしていました。
それでもなお話しかけようと試みると、ババはこっちを向いて、私の破滅的な英語が最後まで話し終わるのをきちんと待って聞いてくれました。
わたしは「息子にあなたの学校の入学許可をいただきたいのです」と言ったのですが、
ババは
「(あなたは)来年また苦しむから、そのときまた(自分のところに)来なさい」
といっただけでした。

ババは
「さあ、もう行きなさい。ずっとここにいると他の人が変に思うから」
と言いました。

わたしは
「次の子供を作ることに関してなのですが」
と別の質問をしました。すでにいつの間にか日本語での会話のやり取りになっていました。

ババは
「まだ来てないのか?」
と、少し意外そうな反応をし、少し考えたふりをし、
「(その存在は)いつもあなたと一緒にいただろう?」
というようなことを言いました。

わたしは夢の中ではっと気がつき、
「そうです!いつも一緒にいました!」
と言いました。
まだ肉体を持たないその存在がずっと何年も待機して、私のそばで待っていたことが思い出されたので。

ババは魂という言葉は使いませんでしたが、その、これから肉体を持とうとする存在意識は、いっぺんに一人として生まれずに、
自分を分けて二人として生まれることがあると言いました。
なぜなら、最初の子としていっぺんに生まれると、わたしが(精神的に)抱えないといけないから、容量オーバーで持ちきれないからだと。
ババは「一人目だと抱えないといけないから」というような言い方で言いました。
順番にしないとわたしが受けれないということでしょうか。
2番目以降に来る分量ぶんは手放しておれるのでしょう。

ババの話しぶりからすると、一人目である主名と、次の子は同じ意識存在が2つに別れたものということになります。

あらゆるものがそうではあるのですが。

わたしはもう一度、ババの足にパダナマスカールをしてその場を去りました。

やはり、非常な現実感が続いていました。「これは現実だ」という自覚と感覚を持ってその夢を体験していました。

ひとつの意識存在が2人の子供として生まれてくるというババの言葉に、すごい事実を聞いたような気がして、そのムードのまま歩いていきました。

親戚のおばちゃんがいたのでインタビューに行かなかったのかと聞いたら、行かなかったみたいでした。
インタビューに呼ばれた人たちと呼ばれなかった人たちがいたのかと思っていましたがそうではなく、
ババが呼んでるからみんな来るように、というアナウンスや呼びかけが全員に対して行われていたにもかかわらず、
多くの人は買い物に行ったり、めんどくさがったりしてか、行かなかったそうで、
おばちゃんいわく、インタビューの外部では妙にほのぼのした雰囲気が漂ってたそうでした。

そんな夢でした。親戚のおばちゃんの話を聴いてるうちに目が覚めました。

目が覚めて、あれが現実以上に現実の自覚を持った夢だったことを理解するのに数秒かかりました。

わたしの名前を呼んだときのババの優しげな様子と、SAWAKO,と、名前を呼ばれたことの衝撃が改めて思い出されました。

なぜなら、前回、それは約一年前だったでしょうか?名前を呼ばれたときは「ドゥルガー!来なさい!」だったからです。(2007年6月12日「ババの夢」)

そしてわたしは夢の中で自分がドゥルガーという名前だということを知っていました。

その後いろいろなことがあり、単にすさまじい神様というイメージだったドゥルガーのたかい価値と位置づけ、その存在の美しさを知るようになり、ドゥルガーの別の姿である永遠の処女をシヴァに誓ったというカンニャクマリ女神への巡礼も終え、
ドゥルガーとカンニャクマリの同一性を知り、
わたしがドゥルガーの破壊的な姿とエネルギー形態をとる時期も終わったのかもしれません。

実際、ここ何年も、
わたしはドゥルガーのようにポジティブではあるけれども破壊的なエネルギーでもって生きてきました。
そういう面がもう十分あらわれて、そちらに焦点を当てる時期が終わったのかもしれません。

ドゥルガーとしての自分が巻き起こすとはいえ逆風の連続の疲労感のあとの、
「SAWAKO COME , SIT HEAR」というババのこの上ないやさしい様子はいたわりを与えてくれました。

女の子供に関しては何年も前にも(主名が生まれる前)何度かそれに関してババと話す夢がありました。

今朝は主名を歯医者に連れて行くために学校は午前中休ませることにしていたので、
起きてから見た夢の内容を書きとめる暇がありました。
今日は確か木曜日、ババの日ということです。
【2008/07/04 14:19】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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