スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
ここしばらく
ここしばらくなにがあったかというと、土曜の午前の授業が終わっても主名が帰ってこないので学校に迎えに行くと、年長の男の子達に囲まれて泣いていたので、何があったか聞いたら、先生に連れられて学校(マンションの一階全部が学校で、上階は一般の人が住んでる住居)の上にエレベーターに乗せられて連れて行かれ、行った先の知らない部屋に知らない男の人がいて、その人がちょっとたたいたか何かして、だから泣いた、とのことでした。

ここの先生もよく何やかんややらかしてくれるわと半ばあきれつつ、でもこれは校長に報告しておかないといけないと思ったので、主名と、一緒に座って慰めてくれてた年長の子供達から話を聞いておおよそのことの成り行きを確認してから校長のところに行きました。

詳しく書くのもだるいので省略しますが、校長はさすがに、その教師を呼び出して話を聞きました。
その教師は呼び出されてきたとたんすでに激昂して逆切れしていました。

で、主名が行きたがったからだとか、屋上に連れて行って景色を見せただけだとかうそばっかり言って、
校長は生徒をいらんところに連れて行くのはその先生が完全にやばいので、その先生を怒ってはいましたけど、怒りつつも私や主名への攻撃もしていました。
ああいえばこうゆう、という言葉を思い出しましたがそんな風で。
生徒や親の言いなりになってたら学校が成り立たないのは分かりますけど、どうししようもないので、とにかく、先生は生徒をよその部屋とかに連れて行ってはだめだという点だけを強調して、帰りました。
でないと、いつまでもかんかんに怒った校長と教師に攻撃されるので。なんでやねん。

校長は、教師達は子供達にすごく愛を持っているのだ!とか言っていましたけど。「そう?」としかいいようがないです。
そんなに愛があるなら、なんで耳にペンさす?とか。言いましたけど、もちろんああゆえばこうゆう。

どこかに連れて行っておじさんになんかされて主名が泣いたら主名を学校に置き去りにして、その教師はさっさと自宅に帰ってるし。年長の子供達の優しいこと。教師のひどいこと。
教師はほとんどがうそつきで、校長はそのうそをうそと知りつつ肩をもち。
子供達はみんな見てるから本とのことを教えてくれるし、よく知ってるんですよね。

その日の午後は主名が私が英語を習ってる人のところに自分もいきたいというので連れて行き、一時間ほどそこで過ごした後、同じビルの主名の友達のところに行って遊びました。

日曜は主名の日本の友人が来て遊び、しかし翌日はその子も主名も熱を出しました。
昨日、元気になったそのことお母さんが帰国し、主名は昨日は熱とセキに加え、久々の喘息の大発作でしたが、今日はおさまり、夕方は外に行き久々にババのすがたをみました。
私も学校が無いとのんびり出来ました。
明日の午後から又学校に行かせる予定です。

そんな学校に行かせる私に対する非難があるのも知ってますが、今は続行です。




スポンサーサイト
【2008/08/28 00:58】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
交通整理の夢の後
先日の交通整理の夢の後、翌日はババがバイクでやってくる夢でした。
誰かが運転してて、小さいサイズのババが子供のようにその前に乗っていました。
誰か西洋人のおばさんがその前に飛び出して、、あ、危ない!と思ったのですが、バイクはうまくキッととまり、みんなはわらわらとババのほうによって行きました。
バイクを止めたおばさんは自分が止めたと得意そうでした。

しかしババはくるっとユーターンして、今度は自分で運転して去っていきました。
そのときのババはムキムキの体型になっていて、上半身は逆三角形でした。
私はそのことに感心していました。

その翌日に見た夢では何かのイベントが行われていて、そのイベントのモニュメントみたいなのをババがシバリンガムをつまむみたいに持っていて、そのイベントはうその見せ掛けのもので、安っぽいドラマだというようなことを言っていました。

そんな夢でした。
【2008/08/28 00:36】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ダルシャン
昨日は、わたしも主名に毎日宿題をやれやれと言うのに疲れたので、翌日の朝早く起きてやることを主名に約束させて、夕方はもう宿題を放ってダルシャンに行きました。

アシュラムではちょうど、プラサードをホールに運び込んでいるところで、いつも通る道が通れなかったので、昨日はいつもと違う入り口から中に入りました。
本とは一般人は入れないタイミングでしたが、もうアルティも近いということでセキュリティのおなさけでか、入れてもらえました。
クリシュナジャヤンティか何か向けの劇がインド人によって行われてたみたいで舞台セットやブランコ、クリシュナの絵などが見えました。

ババは出演者のところに降りていって交流してるところで姿は私たちのところからはしばらく見えませんでした。
しばらくしてババがステージにあがってきてちらちらっと何度か正面の顔が見えました。
でも、うちらのところからはほとんどババの後頭部が見える位置でした。
地肌見えるなあとか思いながら見ていました。

プラサードももらいました。
主名は、「これ、おいてたらくさる?」とかいうので「しばらくは大丈夫ちゃう?」と答えると、
じゃあ置いといて、日本に持って帰ってばあちゃんにあげる。とかいうので、あ、そう。というと、
自分のではなく、私のを食べずに置いとけとかいうので、じゃあ、あんたのちょっとちょうだいよ、と、主名のを割って取ったら取りすぎとか言ってすごい文句を言っていました。ごうつくばりめ。

しかしこのプラサードは全員にはあたらなかったみたいで、後で芝生に行ったら知り合いは誰ももらってなかったので主名のはその後さらに細かくわけて配られました。

アルティでババが帰っていくときにだれかが車に近づいて子供を祝福してもらうか何かしたので、車の窓が開き、私たちの近くを車が通るときもまだ窓が開いたままでした。
そして、ババは完全にこっちを向いていて、そのとき私とババは完全に反応し、交流しあってる感覚があり、なんだか最近は姿や服の色さえ見えたら自分的に上出来で、OKだったのですが、久しぶりに「ダルシャン」を受けた~、というかんじでした。
完全にこちらを向いてババからのエネルギーが意思されてこちらに放射されてる感じは、本と、久しぶりで、近くにペーシェントエリアやスタッフエリアがあったからそのついでかもしれませんが、太陽の光が放射されて花が反応して開くように、私のハートもまるでその外からの圧倒的な力で自動的に開かされたように全開になりました。

反対側の入り口は帰っていくババに近くていいですね。
入るタイミングがちょっと難しいときがあるけれど。
【2008/08/23 14:19】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
交通整理。。。にこっ。
今朝見た夢ではババは道路の右側の路上に立っていて、左側の路上にはババに向かい合ってヘッドプジャリみたいな、偉い坊さんが立っていて、何らかの理由でその坊さんは自分の後ろでババ方面に向かおうとする車とかリキシャとかを通行止めしていて、その交通規制を解除していいのかどうかをババに聞いていました。

ババと坊さんの間には20メートルかそこら距離があったので、2人は声ではなく口パクや身振りで意思を伝達していました。

わたしは二人の中間の距離のところの道路わきでその様子を見ていました。

坊さんが「(自分の後ろに来ている車やリキシャなどを)通してもいいんですか?いいんですか?」とババに確認していて、
ババはそれを肯定する表情や頭の動きで、交通規制を解除するように坊さんに伝えました。

私はババがどういう表情や動きで自分の意思を相手に伝えるのかを横から観察していて、観察することで「ああ、ああゆうふうなんだ」と感じ入り、自らもババを体験していました。

するとババはこちらをむいて、にこっ、と笑いました。

そんな夢でした。


【2008/08/23 13:54】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
8月は
今月は日本が夏休みということで、日本からや、あと、夏休みは関係ないですがインドのほかの地域から知り合いが来たりして忙しくも楽しく過ごしています。

わたしたちはいつまでここにおいておいてもらえるのかな?と思ったりもしますが、考えてもしょうがないです。

主名の学校では、たたくのを禁じられた先生が、その後耳たぶにペンを刺すとかいう苦肉の策でこっそり主名をしばいたこともありましたが、全般的におちついて、ひどいバイオレンスは減りました。
すっごいおこってた2人の保護者は子供たちを別の学校にやったみたいで、最近姿を見ません。

私たちは今の学校を続けるのがベストだと思うので、続けています。

そろそろまた次のテストがあるのかなあと思うのですが、毎日の宿題をやっとのことでこなしたら、それらを暗記したりとかそういう余力が残ってなくて、寝ちゃってます。
まあいいや、と。
適当に時々休ませたりとかしたらいいのかもしれないですけど。

やはり、ここにいる限りは奉仕的な態度や行動が絶対必要な気がします。
じゃないと、なんと言うか安定して滞在するのが難しいように思います。
ありがたいことに、ヴェーダと、ほんのさわりですがインド音楽を人に伝えられるようになってるので、部屋に来てもらったり自分が行ったりして、主に主名が学校に行ってる間にそういう活動を入れています。

教わるほうは、おばあちゃん先生はテレビに逃避して本格的にやる気をなくしてるので、こないだ指定された日に行っても帰ってこなかったし、別のときに、いつ行けばいいかまた聞いたら多少逆ギレムードで自分からその日を教えるというので、もう、あまりつつかないようにしようかと思ってます。
もしまたおばあちゃん先生が教えるムードになるか、ババからの内的な促しを受けたら教われるときもくるかもしれません。
ただ、教えてもらってる音楽は、あとプリント一ページ分で基本が終わるので、それだけでも終えたいなと思ったりもするのですが。
むしろ、向こうが私をきちんと切ってくれたら私の別の先生を探せるのですけど、自分からは切れなくて。

今朝はダルシャンはありました。
昨日もその前の日もろくに行けなかったので、久しぶりな気がしました。
主名の宿題を待って、自分がダルシャンにいけなかったら余計に腹が立つので、ヴェーダが聞こえてきたら10分くらい部屋を空けて主名を部屋にのこしてアシュラムに行って、外からでもチラッとダルシャンを受けるようにしています。
最初主名は自分も行きたいとか言って泣いてましたが、最近は私に行かせたほうが気が楽だということに気づいたのか、文句を言わなくなりました。

さっさと宿題もやれば十分バジャンに間に合うんですが、さっさとやらないので最近はいつもバジャンが終了した後に出てくる人ごみを掻き分けてアシュラムの中に入る有様です。
夕方は芝生でほかのこらと遊ばせて、私もお茶を飲んだりして休憩し、夕食をキャンティーンで食べて、その後、今は日本からの友達も来てるのでその部屋などに遊びに行くことが多いです。

で、夜寝る前は「怒って疲れた」と言って、主名に足を踏んでもらってます。
なかなか上手になりました。
これはわたしにほめられることが多いので、主名も喜んで自分からすすんでしてくれます。
奉仕のこころ。はぐくまれてます。(?)
【2008/08/21 15:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
注意と退会手続き
サイラム

わたしからのお誘いの形でhi5からネット仲間に入りませんかと言う招待状が送られてきたかたがいらっしゃるかと思います。
うっかりと登録すると(うっかり登録してしまいました)、勝手に登録しているアドレスの人に
同じようなものが送られることが判明したので気をつけてください。
わたしもその後すぐに退会の手続きを取りました。

サイトを開いて右上にあるaccounntをダブルクリックして次の画面の
中央下にあるaccount cancelの項目にアドレスとパスワードを入れたら退会できます。

古野SAWAKO
【2008/08/18 15:13】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
木曜日に主名がたんこぶと傷を作ってて、先生に棒でたたかれてできたというので、昨日の朝に校長にまた報告しました。
ところが校長はもう開き直っていました。
校長は棒で主名の頭をたたいたという先生を呼んで、「あなた。棒でたたいたの?」と聞きましたが、その先生は「いいえ、私はただ頬をたたいただけですよ。シンプル~に。」と、笑顔とへつらいの表情で校長に報告。
「こう言ってますよ」と、校長はわたしに言って、その場は終わりという感じでした。

あれ?教師が子供の頬をたたくのはこの学校ではいけないはずだったんじゃあ。。。
いつの間に許容範囲が広がったんでしょうか。

それでも食い下がって何やかんや言って、水曜日の主名に鼻血を出させた教師は何でたたいたのか、彼女はあなたにどのような理由を言ったのかと尋ねたら、おどろきあきれたという反応で、「あれは終わったことでしょう!」とか言うので、そりゃ、そっちは終わったことにしたいだろうと思いつつ、「私は理由を聞きたいのです」とかなんとか言ってたら校長は水曜の教師を呼んで尋ねました。
校長と水曜の教師は話をお互いしてないはずはないんですけど、一芝居、というところでしょうか。

で、水曜の教師は主名が騒いで静かにしないからだとか何とか見下すような態度で言って、もちろんあやまったりはせず、校長も水曜教師の肩を持って、「彼女は背中だけをたたいたら鼻血が出たといっている」と、彼女のうそを百も承知でそんなことをいうので、「彼女はうそをついています。子供たちみんなが彼女が主名の頬をきつくたたいたので鼻血が出たといっています」と言ったら校長は反撃に出て、主名がどんなに悪いかをべらべらべらべら言い出しました。
「HE IS BAD!」「HE IS BAD!」と。
学校や教師の権威を保つ必要性もわかりますけど、たいした教育者です。

水曜はなぢ教師がどこかにいって、木曜たんこぶ教師がまた顔を出したので、「小さい子を教えるのが難しいのはわかるけど、私たちはトゥーマッチバイオレンスはいりません。これらはトゥーマッチです」とかなんとか言ったら、校長はもう切れた!と言う態度で、
「もうこの子には触らないように!この子がどこかにいってしまってもほうっておきなさい!!!」とのこと。教育拒否。

わたしはいちおう丁寧に穏やかに話をしていたはずなんですが、校長が切れて終わりになりました。
「村では親たちもたたいて子供をしつけるんです!!」と。
そんなにきれなくても。。。
多分、ほかの親たちからもいろいろぎゃーぎゃー言われたのが積み重なってたんでしょうけど。

一切たたくな、とはいいません。しかし、鼻血が出るほどきつく何度も何度も頬をぶったたくのや、切り傷ができるようなたんこぶを作るのはやりすぎと思います。
インド人はたたかないと教えられないのは知ってましたけど。

しかし、土曜の今日、注文していた制服ができました。ベルトも購入して、主名はうれしがってベルトを持ち歩いています。
4歳児はささいなことで大喜びします。

主名の学校は、続けて行かせますけど、話しのできるいい校長だと思ってた印象はなくなりました。
今までの理解ある態度はババの学校の先生から紹介されてやってきたわたしへの単なるポーズだったのが、わかりました。
校長と教師たちの気持ち悪い連帯を見て、シラッとした気持ちになりました。

リシケシから来た人の話によると、リシケシの学校でも外国人の子供たちを教師がたたくのが問題になって、外国人の生徒はたたかないようになってるそうです。
なので、たたかれるのはインド人の子供たちだけ、と。

主名の学校はまだいいほうなんです。

はすの花が咲いたとき、遠くからハチなどの虫がやってきてその蜜を楽しむけど、その根元は花の陰になって暗い、とのことです。
ババのいるここプッタパルティで学校に通えるなんて楽しそう、ですけど、村のどろどろした暗部は依然として健在のようです。

今日は私も主名も疲れたのと、昨日の夜は主名がなんか気落ちしてて宿題をやらせることもはばかられたので夜は遊ばせて、朝やらせて、でも朝のうちに宿題が終わらなかったのと、軽く喘息が出てたのと、どうせ土曜で半日だし、学校は休ませました。






【2008/08/09 22:50】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(2) |
はなぢ
昨日はヴェーダのレッスンがあるはずだったので、学校に持っていくご飯を作って、まだダルシャンが終わってないみたいだったので10じくらいにアシュラムにいきました。
そしたらプールナチャンドラホールでなにか、教育関係のプログラムをやってて、何人かがスピーチをしました。
ババもしゃべりました。
アルティは12時過ぎでした。
なので、週一回のヴェーダレッスンはあっさり、なしでした。

ヴェーダ仲間のおばちゃんがいたので話をしたら、おばちゃんは夕方行ったけど、おばあちゃん先生はもう教える気が起きないみたいで、夕方はテレビばっかり見てるそうです。
私の週一度の午前のレッスンはちゃんとやってくれるんだろうか。。。

急いで学校に行ったら、主名が先生に連れられて泣きべそで歩いてくるところでした。
鼻血を出したそうで、連れてきた先生が今日はもうつれて帰るようにといったのですが、主名は午後も残るといったので、学校でご飯を食べさせました。
あんまり深く考えてなかったのですが、ほかの母親たちがすごい怒ってて、
鼻血は先生にたたかれて出たと、主名やほかの子たちも言うので、先生にたたいたか聞いたら、背中をたたいたら鼻血が出たとかいいました。

そんなわけないんですけど、先生はほんとのことは言わないのでほかの子供たちや主名の話を聞くと背中のほかに両ほほを何度もすごいきつくたたいて、頭もたたいたそうで、それで、鼻血が出たそうです。
ほかの母親たちに言うように言われて、校長に報告した後、昼食を食べさせてたのですが、
ほかの母親たちはすっごい怒ってて、いろいろ私に言ってきました。
ほかの子は、その先生にきつくたたかれて10日間熱を出して寝込んだり、腕に鉛筆を刺されたりしたそうです。
その先生はすごい危険で、辞めさせなかったらまた同じことを繰り返すから、わたしは学校を変えることを考えてるとかほかの母親は言ってました。
自分で校長に言いに行って、直接何度も校長とすごいやりあった母親もいるんですが、恨みだけ募らせて自分で直接言いに行ったりしない母親もいて、「ポリスに行こうと思ってる」とか言ってました。

で、その人たちにもう一度校長に、強く、言いに行くべきだとか言われて、昼食後にまた行きました。

私自身はそのとき怒りはなかったので「知ってますか?ほかの直接言いにこない親は警察にいくとか言ってますよ」とか校長に言ったんですけど、校長は「警察は何もできないわよ」とか言うくらいでした。
で、ババの学校でもすごくたたくんだから、とか言うので、言うことを聞かないこのお尻とかたたくのは聞いたけど、顔も?と思って聞いたらそうだとか言っていました。
校長の娘はババの学校の生徒なのでその子の体験なのかもしれませんが。

校長は「心配しないで」とか言っていました。何が心配しないでなんだかよくわかりませんが。校長は心配だったのかもしれません。

まあ、とにかく、すでに怒り切っていたほかの親の怒りがすごくて、その怒りと校長の間で疲れました。

何でその日主名がそんなにたたかれたかというと、本人の話によると、誰かほかの子たちがしゃべってて教室がうるさくて、先生が「しゃべるのをやめなさい!」とかいったそうで、
主名はそのときしゃべってなくて静かだったので、自分が静かなことを主張したくて「ノートーキング」と先生に言ったそうです。
そしたらすごいぶたれたそうです。
主名が先生に「しゃべるな」といったと思われたんでしょうか。

しかし、直接校長に言いに行かずにすごい恨んで怒ってる親もどうかと思ったし、小さい子に勉強させるのは難しくてイラつくのもわかるので、鼻血をださせるくらいたたくのは明らかにやりすぎですが、
校長も何らかの手を打つかもしれないし、それでいいとおもいました。

主名が「先生なんでたたいたん?」とか何度も聞くのですが「生理やったんやろ」 とかしか言いようがなくて。

ところが今日は主名の頭にたんこぶと小さな傷をいくつか見つけました。
主名に頭をぶつけたのか聞いてもわからないとか言っていましたが、
あとで家に帰ってから、今日の別の先生が棒でたたいたからそれで頭から血が出たとか言いました。
ほっぺもたくさんたたかれたそうです。

昨日の今日なので、主名は暗くなってしぼんでいました。
私もどっと疲れがきました。
昨日、主名は「もう学校に行かない。だって血でるから」とかいうのを今日、連れて行ったんですけど、何でインドの先生はみんなこうなんでしょうか。

主名がやらなきゃいけない時にあそんでたとかもあるんでしょうけど、4歳児をそんなバシバシしばくんですね。給料もらってるんだからもうちょっとやり方がないのか。
そんなにしばかれても勉強する気も起きてませんし。むしろ明らかにやる気ダウンの悪循環。

よさそうな先生もいないわけではないんですが、しばらくの辛抱でしょうか。
ババの学校は多少はマシなのでしょうか?
今行ってる学校はここら辺では暴力もないとかいう話で、質がいいと評判の学校なんですけども、ほかの学校の状況が察せられます。

最近英語を教わってるアメリカ人の知人に言ったら、同じことをあなたにするわよ、と教師に言ってやる、と言っていました。

3,4才とかの小さい子にじっとさせて勉強させるのがそもそも無理があるからきつい状況があらわれてくるんですけど。
【2008/08/08 00:16】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
最近
最近何があったのか?
なんかよくわからないくらい、なんだか忙しいです。

ヴェーダは先週、一回、シークシャヴァリでしたっけ、あれを教わって、今週は今日おばあちゃん先生のとこに行ったら、おばあちゃん先生も忙しいらしくて、水曜日のみの練習となりました。
もしそれできっちり毎週練習があるならそのほうがぐんと楽です。
(あるのかないのか?)

朝は私の治療のためにジェネラルホスピタルに行ってみました。
昨日、行ったら「明日きて」と言われ、主名をつれて朝に行って、病院で朝ごはんを食べさせて、時間になったら学校に連れて行って、私は病院にまた戻りました。

昨日、易ではジェネラルホスピタルに行くのが「痛みが治まる」とでて、行くことが良かったみたいだったので、行ったんですけど、日曜だったので歯医者はおらず、痛み止めの薬だけもらって、飲まなかったんですけど痛みが治まりました。
きっと、昨日のジェネラルホスピタルは私にとってエネルギースポットみたいなものだったんだろうなと思います。
世界の現れてる部分は仮のもので、エネルギーのようなものが本質なんだなあと思いました。
現れてる部分の奥でものごとは動いてるような。

今日行ったら、なんてことない、やっぱりプッタパルティでは何もできないと言われ、バンガロールに行くように言われました。

前歯3本ブリッジが上下左右にぐらぐらなのでなんかさえないかんじで、ヴェーダももごもごいいながらですけど、ま、いいかというかんじです。
総入れ歯にしたらこんな感じなんでしょうか。

主名が学校の制服を着たがって、でも、もしかしたらあと一年も行かないかもしれないし、私服の子もいっぱいいるし、学校からも何も言われないからいらんと思ってたんですが、
主名に何度も催促されて約束させられたのでようやく今日、どこで制服が買えるのか他の保護者に聞いて買いに行きました。
学校が終わったときには雨だったのですが、それでも今日の主名の意志は強く、しょうがないから雨の中、買いに行きました。
布地やさんで布を買って仕立ててもらって、3セットで1000ルピーくらいでした。
インドにしたら結構な値段ですが、主名は嬉しいと思います。
4日後にできるそうです。

ババ、今朝はダルシャンはありました。
やるべきことをやりなさいと言われたような気がしました。
これは、ヴェーダに関することで。

午後はぼやぼやしてたらアルティになってしまってだるしゃんを逃しました。
というのは、今日はいつもより少し早めにダルシャンが終わったので。
数ヶ月前からバジャンは5時半から6時になってます。
スケジュールが年々遅くなって、らくです。
女性のトークンも3時半くらいとかだそうです。

すずしいです。

【2008/08/05 00:53】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
歯!
昨日、ぐらついてた前歯の差し歯がいよいよどうにかしなきゃいけない感じになって、動かしたら痛いです。何もしなかったら痛くないけど。
動かしたら痛いから、いっそのことがちっと固定したいです。
どこk神経に障ってるのか。

毎日、ざっと、雨が降り、やはりすずしめです。
日本の夏休みで来る知人も多く、私もなんだか日本の夏気分です。
【2008/08/03 01:26】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
| ホーム |
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。