スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
掲示板のアドレス
掲示板を立ち上げ、このページの右下にリンクとして追加しました。
アドレスはこちらです。(↓)

http://samasthaloka.7.bbs.fc2.com/
スポンサーサイト
【2008/09/27 16:31】 | 未分類 | トラックバック(0) |
掲示板
掲示板が立ち上がりました。
ブログの右のリンクのところから飛べます。
【2008/09/27 13:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
国内移動
3日前は横浜の家からそんなに遠くないところに住んでいる、関西出身のやはり小さな子のいる知人宅に遊びに行きました。

プッタパルティで会ったときは、そこの1歳の女の子は、3~4日間で一度だけ笑った顔を見たので、えらく貫禄があるというか、根性が入ってる子だなとか思ったのですが、やはり自宅ではリラックスできるからと思いますが、すっごくよく笑って活発に遊びまわっていました。
やっぱり、初めての海外、しかもインドで緊張してたんでしょうね?
お人形にあげるみたいにババの写真にジュースを飲ませてたのが印象的でした。

主名は来月5歳なので、遊ぶには年が離れてると思ってたのですが、対等に、楽しそうに笑いながら2人でずーっと遊んでいました。

おとといはまた別の、こんどは主名より一つ年上の女の子がいる東京のお宅に遊びに行って一泊しました。
そこの家族もこの8月に家族でプッタパルティに来てたのですが、その後、日本の自宅でも朝晩お祈りをするようになったそうで、ヴェーダ、バジャン、アルティ、マントラ、など実に盛りだくさんの内容でした。
これを毎日家族で朝晩(出勤・登園前と夕食前)にしてて、続けてるってすごいです。
お祈りの部屋は畳敷きで、以前ありがとう村のお祈りに参加したときの雰囲気を思い出しました。
あそこも家族が核ですし、朝昼晩と一日3回お祈りの時間があったので。

この知人宅の夫唱婦随の清く正しく美しい雰囲気に触れ、うーん、自分とはずいぶん隔たりがあるなあという気がして考えさせられました。

私の知り合い関係は今はサイババ関係に限られているのですが、サイババ(それと往々にして子連れ)という共通項があるにしても、それぞれの暮らしぶりや状況はもちろん様々で、いったい何が正しいのかとかあるべき姿なのかとか考えてしまいます。
最近接する相手というのはだいたい家族単位になってることが多いのですが、それぞれの家族というのはそれぞれの宇宙を持っていて、個人単位でいるよりもその宇宙は良くも悪くも安定感があるように思います。

よその家族の状況とかに触れると、ついついやっぱり何が正しいのかとかと、そういう思考の方向が出てくるのですが、結局はよその状況というか、自分の外側に見ることの出来る光景というのは参考にこそなれ、比較はそもそも無意味だということに気がつきます。
多分、それぞれがそれぞれの王道を歩く時にそれぞれが幸せで調和が取れるんだろうと思います。

昨日遊びに行ったお宅にしても、いろいろなむちゃくちゃなことも経験した上で彼らの王道である、家族全員で朝晩お祈りして、きちんと地に足をつけて生活する清く正しい道を実現することが出来たわけで、たとえば今私が同じ事をしようとしても多分それは少なくとも今の時点では私の道ではないので偽者にしかならないはずです。(夫唱婦随の時点でもう無理)

それぞれがそれぞれ与えられた条件の中でそれぞれの道を歩んでいることの尊さを感じます。自分のおかれた状況への信頼が大事だなという気がしたのでした。

昨日は知人宅から直接、関西の実家に移動しました。
実家は少し山のほうにあるので、さすがに寒くて、服を着込んでいます。
実家に来ると私も主名もここの空気に関係性を薄められ、お互いの存在をほとんど忘れられるのでいい息抜きになります。
【2008/09/27 11:52】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
公園めぐり
今日は近所の公園めぐりをしました。ここら辺は住宅地で、自然の取り入れられた公園など、公園のスペースがしっかり確保されていて遊具もあるので。
インドではもし遊具があったとしても子供の数がすごいので、たいがい公園内が嵐のようになっています。

その点こちらは争いになることもなく、平和なものです。

部屋を出ると同じマンションの5,6歳くらいの女の子たちが遊んでいたので「こんにちわ」と言って通り過ぎました。
「だれ?あいつ」とかいわれましたけど。

こっちに来て数日が過ぎましたが、なんか脳がいたいです。

こっちのぴかぴかの色んなものはインドに持っていったらすごく価値があって、こっちではそれがあたりまえで、人々は当たり前にきれいなものを使ったり身にまとったりしていますけど、インドでも生活してるときの人間関係の距離のとり方などや物とのスタンスなど、こちらとは随分違うので、自分自身の中でもそのバランスの調整がまだ行われている感じです。
【2008/09/23 21:20】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サイラムパスポート
今日、というか、既に昨日ですが、主名のパスポートの切り替えの申請に、横浜のパスポートセンターに行きました。
その前日、いまだインド時間から切り替わっていない私たちはなんでか朝まで起きてたりして、(私は本を読んでて、主名は遊んでた)朝寝て午後2時に起きて、それから出発したのでそのとき既に3時過ぎでした。
パスポートセンターは5時くらいだったはず。むりかな?
と思いましたが、とりあえず行ってみました。
通常、今の家からパスポートセンターまでは1時間半はかかります。

しかも戸籍抄本をまだとってなかったり。
しかし便利なもので、パスポートセンターに行く途中の乗換駅に出張所があって、そこですぐにもらい、しかもパスポートの申請用紙も置いてあったので、何枚かもって電車に乗って、到着時間までに座席で書きました。
昔は役所の人は不親切という一般イメージに私も逆らうものではなかったのですが、インド人の店員(特に阿修羅無の)などの笑っちゃうくらいの横暴さのあとでの日本の役所の人のは、真綿でくるまれ、子守唄を歌われているような対応に感じました。やさしいやさしい!

到着駅ですでに4時45分でした。
なのでタクシーに乗り、ワンメーターで行ける、パスポートセンターに急ぎ、タクシーを降りてからはパスポート代や、きっと持参した写真は撮り直させられると思ったので、その撮影料のためにお金をコンビニでおろしました。(パスポート代は受け取り時で大丈夫でした)

パスポートセンターに入ったとき時計は4時53分でした。
しかも、パスポートセンターの申請受付時間は4時45分まででした。
でも、大丈夫でした。
主名のを私が代筆するので、よくわからなかったところは開けておいて、その場で係りの人に聞いて書きました。
でも、肝心のパスポートに転載する署名のところを、通例と違う書き方をして、しかも漢字をちょっと間違えたのですが、そのときの係りの人は「これでいいですよ。サインを直すと全部直さないといけなくなるから」と、アバウトなことをいったので、そのまま受付窓口に書類をもって行きました。

そしたら、申請受付窓口の人は「あの~。できれば、書き直していただけるとありがたいのですが、、、」とあくまで低姿勢で言って来ました。
時間オーバーでしかも書き方を間違えてる私に対してのこの低姿勢に少し感動しつつ、「でも、時間は大丈夫ですか?」と聞いたら、「それは大丈夫です」といわれたので、
その窓口の人の指示で新しい書類に書こうとしたら、主名の名前じゃなくて、今度は自分の名前を書いてしまいました!あれ?
窓口の人はまた新しい書類を席を立って取りにいってくれて、わたしは今度は間違えないように書きました。

窓口の人はサインだけ私に書かせて、その場で、自ら、他の、住所とかそういう情報を全部、ちゃんとサインしたほうに書き写してくれました。
たぶん、私にやらせるより自分がやったほうが確実で早いと判断されたのでしょう。
これがもしインドだったら、思いっきり見下されてバカにされていやみなど言われてる状況です。
ああ、和の国ニッポン。。。

間に合わない覚悟でいったけどちゃんと書類を提出できてこの日が無駄にならず、気分の良かったわたしは主名をつれてその後、旅行用品をちょっと見たり、山下公園のほうへ行って海を見たりしました。
主名はシャボン玉をしっかり持参していて遊んでいました。
夕焼け空で、色んな背の高い遠くに見える建物が桃色に染まって、きれいでした。
カメラを持ってきたらよかったなと思いました。

山下公園からは桜木町のところの遊園地の観覧車が見えます。
主名は観覧車マニアのケがあって、観覧車が好きなので、「あれにのりたい」と言って、乗る決意をしていました。
しかし、この日は、遊園地の方角にいくと、予定していた公園では遊べない、ということで、主名はふつうの公園のほうを取りました。
関内の駅の近くの球場に併設されてる、ほんとに、ちょっとした公園なんですけど。
で、途中のコンビニでちょっとした飲み物やおにぎりを買って、当初の予定の公園で休憩して、ちょっと遊んで、帰りました。

乗り物好きの主名は、今日はバス2回に電車4回、タクシーにまで乗れて、それだけでかなり満足のいく一日だったようです。

私もほんと、今日、書類提出できてよかったです。明日は祝日なので。

ちなみにインドで撮った、主名の証明写真は、規定のサイズに顔の大きさなど何ミリか足りなかったり、ふちなし規定のところ、ふちありを持っていったりしてたのですが、大丈夫でした。よかったです。
【2008/09/23 03:24】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
日本到着
今日の午後に日本に到着しました。

きのう、プッタパルティをタクシーで出て間もなくさっと雨が降り、その後、中空ではなく地面から地面に橋のようにはしからはしまで虹が出ていました。
白い空の色と交じり合って、パステル調の甘い色合いで、紫まで行ったらまたちょっと別の色になって、また紫になっていました。
で、その上にも一回り大きくて薄い虹がかかっていて、ダブルの虹でした。

タクシーの中からきれいだなーと見ていて、しばらくしたら消えました。

プッタパルティでは終わったと思われた毎日4時からのルッドラム練習が続行されていました。
こちらへ帰る前日の劇ではシヴァとパールバティが踊っていました。
その日のシヴァとパールバティは神々しさはなかったですが、なんか、ボヘミアンな感じで妙な味とよさがありました。

バンガロールの新空港はうわさどおりきれいでした。
チェックインでもイミグレでも、「ビザはどこっ!?」といわれ、時間がかかりましたが、問題なく通過できました。(ビザではなく、レジデンシャルパーミットかなんかで滞在してたので、それを扱った経験のない係りの人だと不安になるみたいです。扱った経験があって、知ってる人だと、問題ないです)

空港内の色んな店を見てあるこうと思っていたのですが、私がトイレに行って主名に荷物番をさせてた間に主名に50~60代のスリランカ人の夫婦が話しかけてきて、その後ずっと主名とその夫婦は話したりしてたのでどこも行きませんでした。
だんなさんは日本の大学に留学してたので、夫婦ともに日本語がしゃべれたので、3人はずっと日本語でした。
名刺をもらいましたが、だんなさんはスリランカナンバーワン銀行の弁護士で奥さんは医者でした。
私はそういう人たちと合うか合わないかで言えば、世界が共鳴せず合致しないんですけど、主名は過去世ですごく金持ちだったとか言う話もあり、現実的にそういう、世界に地位などで居場所を確保してるような人と相性がいいような気がします。
あと、なんでか、主名はよっぱらいが好きみたいです。

わたしはめんどうなので、観光でインドに行ってたと彼らにいったんですけど、主名からどんどん情報が漏れて、プッタパルティにすんでるとかも知られていました。
飛行機でも座席をはさんで横並びの列でした。
スリランカにまたきたらコロンボをあちこち案内しますとか言ってくれて、乗り継ぎ先のゲートとかも空港で聞いてくれたりして親切で余裕のある人たちでした。
でも連絡したりはしないと思います。面倒だから。

コロンボ(スリランカ)では、天候不順で出発が少し遅れて、ロビーに乗客がぎゅうぎゅうで待ちました。
その9割が日本人でした。
そんなたくさんの日本人は久しぶりでした。
日本人以外の国の人たちに囲まれてるときと、日本人ばっかりに囲まれてるときとでは、脳の振動している部分が明らかに違う感じがしました。

主名は日本に行くというのでこの数日興奮して毎日鼻血を出していました。
一人でぐふふふと笑ったり踊ったり。
で、もうインドにはこないとか言ったりもしていました。

で、今は横浜ですが、すでにやることもないし到着数時間で飽きてぐにゃぐにゃしていました。
自分で倒れて「起こして~」と泣いてみたり。
今はテレビを見て機嫌が治りました。
日本にいたらテレビ漬けになると思います。

しかし、前回はビザの関係で急に帰国しなくちゃいけなくなって、なんか非常につらいことの多くて毎日のように泣いてた滞在生活の中でとにかく帰らないようにがんばってたのがそんなの(急遽帰国)になったちょっとした挫折感のようなものも感じましたが、
今回は気楽なもので、プッタパルティでもいろいろあるにしても、全体としては楽しいことが多い充実した生活になっていて、1年半で、ずいぶんカルマの返済が進んでバランスが取れるようになったのでしょうか???

主名も大きくなって自分で歩けるし世話もあまりかからなくなっているので、帰国も楽でした。以前の地獄に比べると。

しかし、日本滞在は帰国数時間後にして、もういいかな。とかいう気分もあり。
しかし、ひさしぶりの日本の絹ごし豆腐はおいしかったです。

空港からバスで近くの駅まで帰ったんですけど、日本はきちんとしててきれいだなと改めて思いました。このこぎれいさは美徳ですよね。
人もみんなおとなしくて優しいいし。

いつもインドから出ると感じるんですけど、自分たちがすごくがさつで浮いてる気がしました。
声もでかいし関西弁だし(これはインドとは関係ないですか。)
【2008/09/20 22:47】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ルッドラム終了
最近毎日夕方4時から行われていたサイクルワントホールでのルッドラム練習が今日で終了しました。
7日間でナマカムを全部終えました。
今日は、トリャムバカムをやってるあたりでババが登場しました。
前でみんなに唱えてみせてためがねの男性が、スワミの祝福の元で、このむずかしいルッドラムをこんなに短期間で終了することができました、とか、そういうようなことを言っていました。

ホールでのルッドラム練習のときは、みんなが立ち上がったり動き出すのでババが来たことはわかるのですが、練習に集中していたので、いつも、気がついたらババが前に座ってる、といった感じでした。来たことに対してまったく気持ちが動かないという。
それが「ヴェーダ」なのでしょうか。

に、しても、ババが見守る中でルッドラムの練習ができるなんて幸せだなあと感じました。
いつでもどこでも偏在ではあるのですが、先生役の男性たちの横にオレンジのローブのババが座ってて、それをみながらヴェーダ練習をするというのは格別のものがありました。

今日もひとつ、自分の間違って唱えてたところを発見しました。
やっぱり、こういう風にほかの人のと照らし合わせるとよくわかります。
特に直すところがなくても、こういう経験をつませてもらうと自信がつきます。
ほかの人がどんな風に教えるのかとかも見れるし。

タムシュトゥ。。。のところは、区切って唱えてたので、続けて言うときにそれがどうつながるのかは確認できませんでした。
まあでも、聞くべきところは聞き、聞かんでもいいところは聞かないようになってるんだろうとか思います。

19日にインドをたつので、今日は、頼んでたイグジットパーミットを取りにいき、往復のタクシーの予約をし、お土産を買ったりしました。
それまで日本に行くということががぜんぜん実感を伴ってなくて単にここでの日常のスケジュールがそのまま続いていたのですが、日本での2人のビザや主名のパスポート用の写真を用意したりもし、急に帰ることに意識の焦点が合ってきました。

日本に帰るのは1年半ぶりなので、きっと新鮮と思います。
【2008/09/17 00:55】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ルッドラム
今朝はおばあちゃん先生のところに行ったのですが、風邪を引いて熱があって、病院から帰ってきたところだということで、今日は練習はなしでした。誰かがお世話をしにくるみたいでした。

主名の学校に行ったけど、頼んでたノートはまだできてなかったのでバジャン練習に行って、ひるからはほかの人たちと部屋でヴェーダ練習をしました。

今、先週くらいからサイクルワントホールで毎日ルッドラムの練習が行われているのですが、タイミングのいいことに、わたしたちもこの8月あたまくらいからルッドラムの練習を始めていて、今日は、部屋でみんなでやったところとサイクルワントホールでやったところが同じ箇所でした。
ヴェーダプシュパンジャリのテキストで言うと、ハラハラハラハラオーム、のあとあたりです。
ホールでやってるのは基本的に前に座ってる学生向けなので、先週始めて、今週でもう終わりというざっと流す感じです。
今日は、前回の続きをやった後に、また、はじめからやってくれたので、最初のほうの回を逃した私としてはうれしかったです。4つくらい、自分の間違いを発見しました。

今、主名はうしろでネットカフェのお兄さんたちとなんか楽しそうに話しています。

11月の半ばにヴェーダ関係のイベントがあるみたいですね?
となりのおばあちゃんはそのときヤグニャがあるから、今、毎日アシュラムでルッドラム練習が行われてるんだとか言ってましたが、よくわかりません。
気になる人はSSOJのサイトを参照してください。

しっかし、満月だったこともあってか、はたまたルッドラム練習でみんな底のが浮かび上がってきてるのか、かっかっかっかっしてるみたいです。
主名はぐにゃぐにゃです。
【2008/09/16 00:38】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ練習
今日はじめて、最近毎日午後4時からやってる、サイクルワントホールでのルッドラム練習にほぼ最初から行きました。
今まですでに5回分くらい逃してると思います。
楽しかったので、もっと早く行く気を出してればよかったなーと思いました。
今日は、名前は忘れましたけど、やっぱりいつもダルシャンの時にチャンティングしてる、めがねの男性が唱えてたと思います。
いくつか発見があったり、よりよい唱え方に気がついたりしました。

19日に日本に向けて出発するので、それまでに、ナマカムが終わればいいなあと思います。
トリャムバカム~のさきの、タムシュトゥヒヤハ、のところが、CDを聞いて、自分で解釈して唱えてるので、どうなってるのか確認したいので。
おばあちゃん先生に教わったやり方だと、リズムがどうしてもうまくいかないので、リズム優先で自分の解釈方法で唱えてます。そういうのって邪道かもしれないけど。

めがねといえば、自分のめがねのレンズも取り替えました。
700ルピーでした。
視界がすごくすっきりしました。
今までむちゃくちゃしみだらけのレンズでしたので。

今日はきっと満月ですよね?
すっきりと丸い月でした。
【2008/09/15 00:44】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
自転車
主名の自転車のチェーンがひんぱんに外れるので、自転車やさんに持っていって修理してもらいました。
タイヤの軸が悪くなってて、がたがたしてたので外れやすかったみたいです。
しっかし、インドの自転車屋、スタンドをはずすのに、力任せにガツンとやったので、スタンドが曲がりました。
でももうチェーンは外れなくなりました。

オーナムは一応今日までみたいで、主名はカタカリが出てくるのをかなり期待していたのですが、今年は出ませんでした。
今日の午後はルッドラムを通して唱えてて、ナマカムが終わるまでババはずっと前に座ってました。

今日はなんか疲労感がすごかったです。
今日だか明日だかはたぶん満月で、そういう影響もあるのかもしれません。
月がすごく明るいです。
昨日の月は、うす雲に光が当たって桃色の輪になっていました。

昨日、主名にインドの神様の劇画調の漫画を買ったのですが、面白くて私が夜中まで読んでいました。インドの神話は漫画にするとすごく楽しいですね。色んなエピソードがすごく漫画向き。
【2008/09/14 00:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
オーナム
今日はオーナムでした。
前にはバナナの芯で作ったのか、クリーム色の祭壇だか、なんか、ちっちゃいいえみたいなのが2つ設置されて、中には神像らしきものが設置されています。ビシュヌとラクシュミーでしょうか?

アシュラムの中ではオイルランプの火もともされて、装飾はいつも結構気合が入っています。オーナムは。
劇とかもレベルが高くて、ババは今日のディスコースでケララをべたぼめでした。
インド人の文化ですよね。。。ものすごいしかりつけるか、べたぼめか。ババは人前ではほめることが多いみたいですけど。

しかし、ババはケララ、好きなんだなあと思います。というか、ケララの人たちの帰依心のなせる技なんでしょうけど。
今朝も11時くらいまでずっと、だらだらババはアルティーが終わってもまだ帰らずなんか歌わせたりして、遅くまでいました。

午後はまた、ルッドラムの練習をディスコースの前にホールでやってました。
私は主名を歯医者に連れて行っていたので、ジェネラルホスピタルのスピーカーを通して少し聞いたくらいですけど。
こんな、ベーダの、それもルッドラムをみんなで練習するなんて、すごいですね。
今日はもう、アシヴェービョー、アシワパティッビャスチャヴォーナマハー、でしたっけ、そこらへんまでいっていました。
ホールでのヴェーダ練習の最後、シャンティのあと、今日は、「サマスタローカー」ではなく、「サハッスラルーパースキノーヴァヴァントゥ」と唱えていました。
なるほど、ルッドラはまさに「サハッスラルーパースキノヴァヴァントゥ」のヴェーダです。なるほど!

ババのディスコースは、前半は立って話されて、声も張りがあって、歌もいい声で、お元気そうでした。
後半は座っちゃいましたけど。

バルビカスの子供の劇はサヴィトゥリーでしたっけ?違ってたかもしれませんけど、死んだ夫を死の神ヤマから取り返す、シャクティの化身の女性の劇でした。
シヴァとパールバティ(たぶん)のダンスとか、すごくよかったです。

プラサードは今年も、バナナのお菓子の詰め合わせでした。おいしかったです。
【2008/09/13 00:45】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝、主名の虫歯治療のついでに私も「歯、こんなんになってるんですけど」と、差し歯をはずしてジェネラルホスピタルの歯医者に見せたら、ちゃちゃっとセメントを練って、ぴっとくっつけてくれました。
おしまい。
ミラクルです。よかった。前に言われたのと違って、ノーオペ、ノーインプラントでとりあえず、すみました。
易で見てもらったら、ジェネラルホスピタルで治療するのはいいけど、治療が長期になるとでてたので、一瞬で終わり、ババのミラクルが働いたはずです。
歯医者からすれば満足な治療じゃないかもしれませんけど、私はハッピーです。

今日から3日間、オーナムらしいです。
ケララの生成りに金のラインのサリーやドーティを着てる人々を見ると、この時期が来たんだなあと思います。

数日前にババはたぶんダルシャンで、学生にルッドラムを練習するように言って、ヴァーダナラヤナンさんが前で唱えて見せて、それを皆で復唱する練習方式でルッドラムの最初のほうをみんなでやったそうです。
ルッドラムは今の世界にとって必要で、いい働きをするんだろうと思います。
ルッドラムは世界平和のためのヴェーダだそうです。
色んな姿かたちを通してルッドラム(シヴァ神)を礼拝するからでしょうか。
色んな姿かたちの中の神でみんながつながってひとつになるんだろうと思います。
ナマカムはそういう意識の使い方をするように唱える人を導くヴェーダのようなので。


【2008/09/12 01:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
学校
今まで主名を行かせてた学校が私もかなりいやになったんで、しばらく休ませてたんですけど、易で見てみたりしたらやめないほうがいいみたいだったので、今日、今月分と来月分の授業料を払いに行きました。
そしたら校長は親切でした。
多分、うちらはもうやめたと思ったら来たし、でしょうか。
で、遅れたぶんと、日本に帰国してる間の分は私が主名に教えれるように、勉強内容を教えてくれることになりました。

たしかに、休んでる間に他の子は足し算をしてて、行ってみると今週は第2回目のテスト週間でした。
ほんとは今日行かせようと思ってたんですけど、昨日の夜に喘息が出たので学校に行かせるのをやめて、(学校に行くことを考えたら発作が出たみたいです)昼から行かせようかと思ってたら、
部屋の停電の修理で部屋に足止めを食らって、さらに、出かけようとしたら警官の、パスポートチェックとビザチェックがきたのでまた部屋に足止めで、昼からのに間に合わなくなったので、昼からも学校を休ませました。
たぶん、行かせない力が働いてるんだろうな、とか思って。
どうせ行ってもテストで、あんまりできなくて、また先生にしばかれたかもしれなかったから、行かせなくて良かったです。

他の同年代の外国人の子供は、最近評判のいいところに行かされてるみたいで、もとババの学生の女性が少人数を相手に家庭で教えてるところらしくて、上流階級っぽくって、聞こえもいいし、たぶん先生もいいでしょうけど、主名の道ではないんだろうと思います。
それに、そういうとこは親どおしの狭い世界での想念の絡み合いがあるから、外れてたほうがいいかもしれません。

主名は、多少のしごきが必要なんだろうと思います。
昔沖縄の運命をみるおばさんにも言われましたっけ。
主名の魂の輝きが表に出るまでにはだいぶ苦労が必要とかなんとか、そういうことを。

もしババの学校に主名が入ったら学生用のビザと、その保護者用のビザがもらえると思ってたんですけど、ババの学校はその手のビザを出さないそうです。あてがはずれました。
まあでももし、ババの学校に行くようになったら、間接的に何らかの形でサポートが入るはずです。

アシュラムはオーナムの装飾がされています。
カタカリ(ケララの踊り)、来るかなあ?
【2008/09/10 19:58】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ教室
予想外に、月曜と火曜日はおばあちゃん先生はひっさしぶりにヴェーダの練習をしてくれました。
しかも座ってすぐ。テレビ鑑賞なし。
新しい箇所を習えてうれしいです。

しかし、やらないときはずっ~とないのに、やるとなったら毎日むちゃくちゃ大量にという、インド人性質ですよね。これって絶対。
知り合いにそのことをいったら「インド人はすっごい怠けてるか、すっごい忙しくしてるかどっちかで、すごい貧乏とすごい金持ちに見られるように極端なのよ。かれらには普通が無い(できない)のよ。昔は何でインドに全部の神様がいるのか不思議だったけど、今は分かる。この国民には神様が必要だから」などと言っていました。確かにみんな神頼み。

毎日大量の新しい箇所を教わって、消化するのが大変!と思ったら、今日はヴィーナの生徒がきて、ヴェーダは出来なかったので、自主練が追いつけそうでよかったです。
次は金曜に来なさいといわれました。

「ヒランニャガルバスークタムを知ってるのか?」と聞かれ、「知らないです」と言ったら、
おばあちゃん先生はうれしそうににやりと笑い、「次はそれを教えよう。でもまずはシークシャバリだ」と言いました。
とかいって、全然違うのを教え始めたりするんですよね。もう慣れました。

「サマスタローカースキノババントゥ」をおばあちゃん先生にも聞いてみたら、
ローカサマスタだと、この世界だけだけど、サマスタローカになると14の世界(ローカ)の平和を願う、そうです。
14の世界というのはたぶん、アッパーの7つのローカと、ロウアーの7つのローカの合計14のようです。そういう世界の成り立ちや14に分ける分類法って、こっちでは常識みたいですけど、ヴェーダにでも書いてあるんですかね?
【2008/09/10 19:41】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
にちようび
今朝はババはおやすみでした。
主名をつれて、ウエスタンで朝食を食べ、そのあと芝生で遊ばせ、昼もウエスタンで取り、まだ遊ぶというのでウエスタンの前の芝生でしばらく遊ばせてから部屋に帰りました。

洗濯機を2回まわし、たまってた洗濯をし、疲れたので横になって寝入ったところで主名に起こされたのでかんしゃくをおこしてきれました。わたしが。
やはり学校で多少しごいてもらったほうがいいのかもと思ったり。

今日のバジャン後はひさしぶりにヴェーダ教室の予定だったので、バジャンは怒りついでに主名に9の段を暗唱させてたら終わってしまい、(怒った後は主名が神妙になるので勉強できるのです)軽くドーサだけ食べて、6時40分ごろおばあちゃん先生のところに行ったら、
おばあちゃん先生はまぶだちとしゃべってて、まぶだちに「サイラム」と言っても無言でにらまれました。
で、おばあちゃん先生は「ひどい雨だから蚊も来るしのどの調子も悪くなるから明日の朝に来なさい。ひどい雨だから」とか言いました。
まあ、確かにぱらぱら降ってますけど、傘なしでも大丈夫なくらいの雨です。
今日は、先日のバジャン会で、りっぱに世話役を務めたヨーロッパ人におばあちゃん先生はレッスンをつける気になったから、自分から彼女に声をかけて、久しぶりについでに私も呼ばれたんですけど、
そのヨーロッパ人は来てないので多分いやな気分になって、やる気をなくしたんだと思います。
で、まぶだちと私達の悪口を言っていたのかな?
なんか、同じことの繰り返しばかりです。
おばあちゃん先生も、そのヨーロッパ人を見る眼がなさ過ぎと思うんですけど、悪感情を受ける場所にいつもいる私はばか?

明日の午前は、予定があるんですけど、いちおうババが与えてくれた先生なので、おばあちゃん先生を優先しようと思います。でもたぶん、彼女は部屋に帰ってこないと思います。
で、後日に「待ってたんですけど」とか言ったら「学校だよ!」とかいってまたきれられるんですかね。
この悪循環はいつ好転するんでしょうか?

今はなんもかんも中途半端な感じです。
【2008/09/07 22:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(3) |
チトラバティ川
今日、洗濯屋の奥さんが、チトラバティ川をみた?すごい水。頭の上まで来てる。
というので、主名と見に行きました。なるほど、ここ数日の夜間の豪雨で枯れ川チトラバティがガンガーのように(というのは言いすぎですが、そのくらいのかんじ)なっていました。

満々と水をたたえた川が流れるのを見るのはいいものですね。
これならたくさんガネーシャ像を流しても大丈夫そうです。

今日は町では無料の食事が辻ごとにふるまわれ、設置されていた巨大ガネーシャも道路を練り歩き、おとこたちは色の粉をふりかけあって踊り狂っていました。
よその町と違って、ここでは女性や外国人には粉はかけないことになってるみたいで、多少安心です。

アシュラムではアニールクマールさんのスピーチの後に子供たちが踊っていました。
ババはずっと前に座っていました。
【2008/09/07 00:41】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バジャン
今朝は、最近参加してるバジャングループがジャナキラマイアホールだかなんだかそういうところでバジャンをするので行きました。
待ち合わせのところに言っても誰もおらず、後から来た人もどこに行っていいやらわからなかったのですが、オートリキシャのドライバーに教えられてそのホールに行ったらすでに始まっていました。
バジャンの後はプージャをしました、
シュリサッチャサイクリシュナーヤナマハ、とかいいつつ。

その後はご飯が出て、バナナの葉っぱの上にいろいろ盛ってくれて、どれもおいしかったです。

このプージャ会だかバジャン会だかにおばあちゃん先生とそのまぶだちも来てて、バジャングループの世話をしてる人が前、おばあちゃん先生を激怒させてもう来なくなった人なのですが、その彼女が立派に役を果たしているのを見て教える気が出てきたのか、今度の日曜にその彼女と私もヴェーダの練習をおばあちゃん先生のとこでまたすることになりました。

いやしかし、プッタパルティは狭い世界です。村!

前、私の部屋のベッドを売った人とか、主名の友達とかも来てました。

今日の午後には、ガネーシャが練り歩いて、学生も自作のをホールに店に来る日でしたっけ?
ここ数日夜間にかなりの量の雨が降って(ババが降らせて?)ガネーシャを流す川の水量は十分かもしれません。
【2008/09/05 16:56】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
停電
昨日今日と、停電が多いのは、やっぱり、誰かが言ってたように、町中のガネーシャチャトルティの電飾で電気を使いまくってるからなのでしょうか?
【2008/09/05 00:29】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大きくなったら。。。
昨日、ウエスタンキャンティーンでみんなでご飯を食べてたら、前に座ってた西洋人が主名の友達が自分は大きくなったら医者とパイロットになるとか言うのを聞いて、私に、主名は大きくなったら何になりたいのか聞いてきたので、わたしは、「彼は何も考えてないらしいので、大きくなったらババの手伝いをするように言ってる、と答えました。

でも一応、主名に「大きくなったら何になりたいの?」と聞いてみたら、主名は、
「日本人になりたい」と、答えました。
聞いてきた西洋人にそう伝えると、「ひゃーー!」と言って大笑いしていました。

その西洋人は小さい時には大きくなったらイヌになりたかったそうです。みんなが世話してくれるから。
医者とパイロット志望の主名の友達は、主名とその西洋人のなりたいものを聞いてショックを受けて変な顔をしていました。

ちなみに私は小学校の卒業アルバムに将来の夢として「OL」と書きました。
その時、何かになったり、夢を見たくなんかはなかったんで、ひねくれてそう書いたんだったと思います。
【2008/09/05 00:25】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ザバッ、の夢
今朝そういえばババが夢に出てきていましたが、銭湯みたいなでっかいお風呂の湯船の中にババは立っていて、ばっともぐって、こちら側の風呂のヘリのところまで潜水してきてザバッ!と、湯船の中から出てきました。
そんな夢でした。
なんか、意味ないですよねー?
【2008/09/05 00:13】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガネーシャチャトルティ
今日はガネーシャチャトルティで、アシュラム外の路地ごとに巨大ガネーシャが出現しています。
朝ごはんはそれらのプラサードでなんか、すましちゃったかんじです。
今朝はババは出てきませんでした。

数週間前に前歯は完全に取れてたんですが、今朝くしゃみをしたら飛んでいって床に当たってくだけました。破片を拾ってまた、アロンアルファでくっつけました。
さて、どうするか。
【2008/09/03 15:06】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
さますた?
「サマスタローカースキノババントゥ」は、もう、そう変えたんでしょうか。
あれは「サハッスラルーパースキノババントゥ」だよ、と言ってる人もいますけど、
「サマスタローカー」に聞こえます。

聞いた話によると、31日の午後のダルシャンで、ババは3時半に来て、すぐに学生たちか誰かとインタビュールームに数時間閉じこもったそうで、そのままアルティまで出てこなくて、その日の午後から「サマスタローカースキノババントゥ」になったそうです。
多分、そのときにババがそう変えるように指示したのでしょうか?

これも聞いた話ですけど今までは「ローカサマスタースキノババントゥ」で、世界の平和を祈っていたけど、これからは私たちの住むこの世界だけじゃなくて、多分いろんな次元の世界だとかほかの宇宙の世界だとか、そういう、無数にある世界すべてが幸せであるように「サマスタローカースキノババントゥ」ということだそうです。

私たちとこの世界はそんなとこまで祈れるほどの状態になったのでしょうか?
しかし、そんなにいっぱいいっぱい祈るとは、この場所は大変な場所だなあという気もしました。
ここがそういう風に今後もずっと変えるなら、世界中のサイセンターも唱え方を変えるんだろうね?
とかいう話を知人としました。
【2008/09/03 00:35】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
さいきん
ここ最近、ヒンディーバジャンの練習に参加しています。
きのう、教えてくれてるインド人がさいごに、シャンティ×3のあとに、「サマスタローカースキノーババントゥ」と唱えていて、変わった唱え方をするんだな?と思ってたら、今朝のバジャンの最後に、マンディールでもそう唱えていました。
かわったんですかね?

主名の学校はもう、行かさないと思います。
自分が体験してみたらもう、自分がもうあの世界にかかわりたくない感じ。
私がそう思えるようになったと言うことは私たちの何かも別の時期に来たのでしょうか?

明日あたり、ガネーシャチャトルティかと思います。
いまのアパートに引っ越したのも2年前のこの時期でした。

いろいろなことが何やかんやと滞りなく進んで、出るものは出て、反応するべきことは反応し尽くして、大団円へと「覚ますタローカースキノーババントゥ」?。。。

今朝は外からババがくるのを見ました。最近見るたびに「久しぶりにババを見たな」と思います。
【2008/09/02 13:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クラス見学
先週は主名は熱と喘息で結局ずっと体調がいまいちで、学校もずっと休ませました。
で、今日、月曜は行くといったので、連れて行きましたが、さすがに一週間休んだあとだとクラスに入ろうとしなくてぐずぐずしていたので、教室の前にいたわたしたちのところに校長が何度か来て、聞くので、主名が叩かれるのを怖がってるというと、校長は「はんっ」と笑ったので、「どうしてわらうんですか?」と、私もちょっと怒りました。結局、主名と一緒にわたしも教室に入って先生の横に座って授業の様子を見学しました。

2時間くらい見てて、そのあいだ2人の先生が交代で子供たちに勉強させていたのですが、ひどかったです。
なにがか?
ぶったたくのがです。

いやあ、ひどかったです。これじゃあ、鼻血も出るわと思いました。
主名はさすがに叩かれませんでしたが、ほかの子供たちは容赦なく叩かれていました。
力の限りに。
叩かなくていいようなことでも思いっきり叩かれていました。いや、ひどかったです。

なんかよくないことをしたかなんかの、4歳くらいの男の子が、廊下で3人の先生に詰め寄られてびしびしに殴られて棒で顔をぐりぐりされたりもしていました。
もちろんその子は恐怖そのものの表情で。

かわいそうにその後もその子は何かあるごとに力いっぱい叩かれ続けていました。

2時間見てただけでわたしが疲労困憊しました。
これがインドのふつうの教育現場ですね。。。

【2008/09/02 01:05】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
こないだ見た夢
何日か前に見たババの夢は、ババが何かをくれた振りをして、私はそれを両手で受け取った振りをした、夢でした。
【2008/09/02 00:54】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
| ホーム |
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。