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山登り
今日は朝、おばあちゃん先生のところに行きましたが、留守だったので、願望成就の木の丘に登りました。

参道?で、ババの小さいときからのドラマのDVDかなんかが売ってたので買いました。
2枚組みで70ルピーでした。
何時間入ってるのか聞いたら12時間とか言っていました。
この安さで12時間て、ちゃんと見れるのか疑問です。

願望成就の木に願い事を、わたしと5歳児と12歳少女がそれぞれくくりつけてきました。

山登りをして、普段しないことをすると疲れて夕方から3人とも部屋で熟睡しました。

しかし今日はバジャンの終了時間が遅かったのでゆっくり行っても間に合ったので良かったです。

今日は久しぶりに良く晴れて気持ちのいい天気でした。
夕食はウエスタンでピザを食べました。
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【2008/11/30 00:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
チトラバティ川
今日は、朝ごはんの後はおばあちゃん先生の家に行きました。
サラスワティーガナパタハがおわりました。

おばあちゃん先生は次のCD製作のことを考えてるみたいですけど、その内容はちょっと、難しいんじゃないかと思います。
厳密に唱えないなら大丈夫ですけど、どうせするならきっちりしたい。。。。。

今日は、前回ルッドラムのCDを作ったときに参加したスペイン人も来ました。
彼女はやる気です。
ガナパティプラールタナとルッドラムのナマカムだけ知ってるというのもなんか凄いですけど、ここ最近のルッドラムブームで、そういうケースが増えてると思います。

ヴェーダやったこと無いけど、ルッドラムを教えて欲しい、とかいわれますもん。
以前なら断ってますけど、今は、ババがルッドラムをどんどんするように進めてるみたいだから、まあ、良いんじゃないかと思います。

ルッドラムって、初心者向けじゃあ、ないですよね?
でも、みんなが興味を持って、やってみたいと思うのは素晴らしいことだと思います。

今日は預かってる女の子もスペイン人と一緒にニグルシュワイラをおばあちゃん先生から習いました。
そのあと、キャンティーンで食事をして、チトラバティー川に遊びに行きました。

今まで見た中で一番水が澄んでてきれいでした。
支流をさかのぼってだいぶ上流に行きました。
自然だけが見えるようになるとインドじゃないみたいでした。

【2008/11/29 00:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日は一日中雨がしとしと降りつづいていてすごく寒いです。
ご飯おいしかったです。
【2008/11/28 00:27】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
警察
今日は警察のミーティングの案内が来たので、「もう、警察に行かなくて良いはずなのに!古い情報がまだ残ってる!」と、半分起こってアシュラムの近くの警察に行きました。
でも、外国人全員にだとかなんとか説得されたので、気分を変えて、ミーティング場所に出向きました。

でもやっぱり私は行かなくても良かったみたいでした。

だっていまはツーリストビザで滞在してるので。

外国人長期滞在者のインドの法への理解を深めるという目的だったみたいで、警察はにこやかで、ビスケットやお菓子も出ました。

アメリカ人とかは10年ビザを持ってる人が多いのですが、今までは半年に一度は国外に出なきゃいけなかったのですが、今日から、話し合いの結果国外にでなくて良いようになったみたいで、みんな喜んでいました。

今日からしばらく知り合いの12歳の日本人の女の子を預かることになりました。
学校でパソコンとか習うみたいで、今彼女は隣のパソコンでなんかよう分からん動画を見てます。

【2008/11/27 00:05】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
降誕祭2日後
今日はもう人がだいぶ少なくなって、すっかり通常モードのアシュラムでした。

日陰に入ると風が涼しくって気持ちがいいです。

今朝は久しぶりにサウスインディアンキャンティーンで朝食を食べてバジャンに行きました。
朝からババは登場しました。

なんかそろそろどこか別の場所に遊びに行きたいような気がしてきましたけど、わたしたちは当分はプッタパルティで地味に過ごします。
【2008/11/26 00:22】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
降誕祭後
昨日、夕方暗くなってから夕食を食べにアシュラムに行ったら、まだダルシャンをしていました。
ババがディスコースをしていました。
なんか、中に入れそうだったので入ろうかと思ったのですが、主名がもたもたしてるうちにアルティになってしまいました。
まあ、しかし、外から見れました。

ウエスタンキャンティーンではまた、別の知人がプラサードを分けてくれました。
うちらはちゃんと面倒見てもらってるなあ、とか思いました。

昨日の降誕祭の日はいっぱい出店とか物売りがきてて、特にチトラバティロードとメインロードは縁日みたいでした。

発光ダイオードを使ったおもちゃをいっぱい買いました。

今日は、朝はおばあちゃん先生のところに行って、そのあとチトラバティー川で主名を遊ばせたらなんかすごい疲れて、午後は部屋で寝てました。
午後のダルシャンでは遅くまで劇をやってて、うちらは久しぶりにホールの中に入りました。
プラサードももらいました。

そして、すっごい久しぶりにノースインディアンキャンティーンでご飯を食べました。

その後また芝生で主名を遊ばせました。
降誕祭が終わるとすぐに人が減っていくのでよかったです。

今日はおばあちゃん先生は練習するムードではなかったので、なんやかんやしゃべってるうちに、主名がヴェーダを唱えさせられました。
今主名ができるのはガナパティプラ-ルタナとニグルシュワイラとオーオームタッブラムハーとかいうやつと、ナカルマナとドゥルガースークタムと、ナラヤナウパニシャッドと、プルシャスークタムの前3分の一くらいと、ルッドラムのファーストアヌヴァーカくらいです。

主名はあまり大きい声で唱えたがらないのでそれが歯がゆいのですが、今日もぼそぼそと唱えていました。
しかし、おばあちゃん先生には初披露だったので、おばあちゃん先生は大いに受けていました。
ルッドラムは次が何かを教えればセカンドアヌヴァーかからもそれなりに唱えられるので、なぜか主名はずっとルッドラムを唱えたがりましたけど、大人が飽きて、3か4番目のアヌヴァーカくらいでやめました。

で、今度の木曜から主名にもヴェーダを教えるとおばあちゃん先生は言い出しましたけど、なんか、混乱がおきそうで、輪あ、ありがとうございますっ!というわけにはいきませんでした。
主名も、「なんで?」と、さめた態度。。。

私がほかの人に音楽も教えてるといったらそれも大いに受けました。
だって、自分がちょっとしか教わってないのに、もうほかの人に教えてるから。
【2008/11/25 01:31】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババのバースディ
今日はババの誕生日です。

でもうちらははじめから入るのはあきらめて昼前まで寝てました。
日本のセンターの知り合いカップルの夢を見ました。

一緒にスーパーの掃除をしたり、女性のいろんな体験談を聞きながらその店の中の図書館の本棚の整理をしたりしてたら本の間からへそくりの3万円を見つけました。
そんな、喜んでる、夢でした。

昼に、ウエスタンキャンティーンで昼食を食べたくなったのでアシュラムに行ってみたら、昼だというのにアシュラムの前はぎゅうぎゅうでした。
なんとかガネーシャゲートをくぐって中に入ってしまうとそんなに混雑していませんでした。

ウエスタンキャンティーンでご飯を食べて、こんな込んでるときでもこうやってまともなご飯が食べれて幸せとか思いました。
キャンティーンにいた知り合いの日本人女性が今朝のダルシャンのプラサードを半分くれました。
早朝から、多分3時とかから並んでもらったプラサードでしょうに、ありがたいことです。
半分のをさらに主名と半分こして食べました。

食後にキャンティーンの前で主名は遊んで、私は自分の作業をしていたらインド人のおばさんが話しかけてきて、キャンティーンの前の列はダルシャンの列かと聞くのでそうだと答えると、驚いた顔をして、「わたしはもう行かない。今朝も4時間列を作ったけど中に入れなかったよ」とか言いました。

その後私がコーヒーを飲みたくなったので広い芝生のところでコーヒーを買って飲みました。
雨がぱらぱらと降っていました。
昨日はすごい雨でした。
こないだのヤグニャの最終日の前日もそうでしたが、大きな行事の前日に土砂降りになった道が洪水の雨水で洗われる確率が非常に高いです。
たしか、プッタパルティで行われたアティルッドラマハヤグニャのときもそうでした。

人がたくさん来てるので、病気がはやらないようにということでしょうけど、消毒用の白い粉があちこちの道中にまかれてて、メインロードはまるで雪景色のようでした。
塩素くさくていやだったので、昨日の雨で全部流れて嬉しかったのですが、今朝になると又たっぷり撒かれていました。

昨日はたしかババの学校の卒業式だったと思います。
昨日も中には入りませんでしたが、マイクを通してババが話している声が聞こえました。

アシュラムの中にいるのも飽きたので、外に出て今はネットカフェです。
主名は朝、やっぱり5時間並んで中に入れなかったという知人がチトラバティ川に遊びに連れて行ってくれました。

昨日ブックショップに行ったのですが、やはり日本語の本は同じのばかりでした。
日本で新しい本がいっぱい出てるみたいなので、こっちのアシュラムの本屋でも売ってほしいなあ、と。アシュラムの図書館は貸し出し禁止なので、子連れで長居が出来ないのであまり読めないんです。

きのうルッドラムの練習用のcdが外の店で売ってたので買いました。
前のプジャリさんの声のでした。かなりレアなCDなんじゃないかとおもいますけど。
日本ではもう練習ようのは発売されたんですよね?

ここでダウンロードしようかとも思ったのですけど、買って、送ってもらったほうが逆に手っ取り早いかな、と思って。
ほしい人が何人かいるので。
【2008/11/23 20:04】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ録音
昨日も朝7時半からおばあちゃん先生のところでルッドラムの練習をして、今日は朝7時半からこんどは私の部屋にみんな(主名とわたしを入れて9人)が来て録音してCDをつくりました。

わたしは主名が喘息が出てたのでここしばらくマイペースでのんびりしていたのですが、録音&CD作成係なので呼ばれて、参加しました。

終わったのでよかったです。
最初のサイガヤリーやガナパティプラールタナからいくつか別のも入れつつナマカムチャマカムを経てヤダクシャラで終わるまで、48分くらいノンストップで録音て、なんか、それはすごいです。
(ヴェーダの前にはババへのメッセージを読み上げたものも録音しました)

ババのバースディに捧げるためのCD作成でした。
一応、インターナショナルヴェーダチャンティンググループ、というグループ名になったんですけど、外国人は日本人の私と主名と、スロベニアだったか、ヨーロッパの人一人と、スペイン人が一人で、5人はインド人(おばあちゃん先生関係3人とバジャングループ関係2人)でした。
自分のアパートの部屋に日本人じゃない人たちがこんなにいっぱい来たのは初めてだったので、なんか妙な夢を見ているようでした。

おばあちゃん先生が録音は私の部屋で、と、決めたみたいで昨日命じられて今日の私のアパートでの録音になったんですけど。
朝7時半に一応集合で、はじめたのは8時過ぎと思いますけど、10時過ぎくらいまで狭い部屋で、録音時には全部のドアや窓も閉めて、外の音が入ってこないようにして録音しました。
みんなタフですねえ。
朝4時くらいからのナガラサンキルタンからそのまま来てる人も2人いたし。
主名は都合よく、熟睡してくれていました。

バジャンを教えてくれてるインド人女性は、みんなの音がどんどん下がっていきがちになったり、音が外れがちな人がいるのをしきりに気にしていました。
がまんならないんでしょう。
音が下がり過ぎないようにシュルティボックスというのを使って一定の音を流しながら録音しましたが。

その後、11時半からはそのままそのメンバーでまた老人ホームに行って、ルッドラムなどを唱えました。

おばあちゃん先生はお茶も何もとらないのを知ってたので、私の部屋では水とのど飴しかださなかったので、老人ホームのプログラムが終わるころにはみんな空腹で、その後の老人ホームで出されたご飯を美味しくもりもり食べました。

その後部屋に帰って、私は早速CDを9枚作りました。
一枚は明日ババに届けられるそうです。

おばあちゃん先生は、CDを作るアイディアにもう乗り気で、今度はシバラトリのときにルッドラムをみんなが唱えて、自分はヴィーナで伴奏する。とか言っていました。
そのアイデアは婉曲に却下されたみたいですけど。
お元気ですねえ。。。。

しかし、こっちではバジャンもヴェーダも声がみんな低いので、なんか私も低い声ばっかり出すようになってきました。もうちょっと、高いほうが楽なんだけどなあ。と。
でもみんな、すごい低いです。

明後日の23日がババの誕生日で、今回はヤグニャもあったからだと思いますが、早くからアシュラムは混雑しています。
うちらは多分、降誕祭後までホールの中には入らないんじゃないかなあ。
というかんじです。

アシュラム内は電飾が綺麗です。
【2008/11/22 01:22】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
知人へのメール
サイラム、もうすぐ降誕祭ですね。

昨日、でしたっけ。ヤグニャも終わりました。

といっても、主名の喘息が出てたこともあり、期間中、ババが来てないすいたときに、一度だけ、スタジアムに行って「ふむふむ、こんなかんじか。。。」と、見たくらいでした。
じつは10日くらい前に夢でババに来ないように言われてて、変な夢を見たなあ、と思っていました。

先週の月曜日にすごいことが起こって、というのは、外国人女性がみんな呼ばれて、バジャンホールの中でババにサリーをもらったりパダナマスカールをしたりできたときがあって、そのとき、私たちも行って、順番に中に入れたので私たちも入れるものだと思ってたらあと少しのところで「イナフ」終了、となったことがありました。

その時、そういうえば数日前に来ないように言われた夢を見たなあ、と、思い出したのですが、それだけじゃなくて、どうも、ヤグニャも、たぶん降誕祭もなるべく行かないように、という夢だったみたいに思います。

主名の喘息が久々に大発作になったのは、発作時の薬を切らしていたからなのですが、もう使い切ってしまっていたのかと思ったら、あとで、主名が冷蔵庫の冷凍室にしまいこんでいたのを発見しました。

手持ちの薬が十分でなかったので、歯の治療ついでにジェネラルホスピタルで喘息の薬も出してもらっていたのですが、ドクターが次は月曜に来るように、とかいって、月曜はヤグニャの最終日なんだけどなあ?と思いましたが、まあ、今回はヤグニャ行かないように、ということなんだろう。と思って、そのままその日は帰りました。

しかし、ヤグニャの最終日はババがスタジアムでゴールデンシャリオット(金の馬車)に乗る予定になってたので、見に行っちゃ、だめかなあ?と思って、当日の朝に瞑想して聞いてみよう、と思ったのですが、座る前にもう、「行かないよう」と言われました。

なのでもういいや、と思って、9時過ぎに主名をつれてジェネラルホスピタルに行きました。
そしたらホスピタルは閉まってて、しばらく待ってたらあいたのですが、ドクターたちはダルシャンに行ってました。

さらにしばらく待ってたらドクターたちは帰ってきたのですが、待ってた患者たちが受付に押し寄せたので、そこでバトルを繰り広げる気が起きなくて、人が少なくなるまで待っていました。

で、受付を済ませてしばらくしたらババがスタジアムから帰ってきました。
メインロードではなくて、ホスピタルの建物のすぐ前の道を通りました。
主名はしょっちゅう病院に行っているので、顔を知ってる西洋人のドクターが入院患者やドクターたちが並ぶところに経たせてくれたので、前にセバダルも立たず、押し合いもなく最前列でビューティフルカーダルシャンとなりました。
ババは黄色いローブを着ていました。

主名に合掌するように言ったのですが、主名はちょっとだけ合掌した後、すぐにおもいっきり手を振っていました。
ババはこちらのほうをチラッ、チラッ、と、2回見たような感じでした。

夢で来ないように言われて、瞑想しようとしたときに、ほかの人がとっている霊的な態度の種類への考察のようなことがやって来て、いずれにしろ、それになりきって集中することが必要だみたいな考察が来て、あなたの場合は自分に世界を引っ張るようにとか言われたので、ババの車が通るときに、そのことを考えたり、自分自身の内面に集中しようとか思ってたのですが、さすが、ババの一瞥はすごくて、一瞬にしてわーっと高揚しました。

そんなでした。
ゴールデンシャリオットはでっかくて、ディズニーランドのパレードみたいですっごい楽しかったらしいです。
音楽もすごかったし、ジェネラルホスピタルの前から見てると、ヘリコプターから星型の紙もたくさん撒いていました。

そんなでした。

サイラム
【2008/11/19 01:23】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アカンダ翌日
昨日、アカンダバジャンがありました。
といっても、24時間参加したわけじゃなくて、睡眠時間も8時間とって、別に無理があったわけではなかったのですが、やっぱり普段使わない神経を使ってたり、普段無いような自分の中でのエネルギーの動き方をしてたりしたと思うので、やはり、どこか疲れた状態で翌日のヴェーダの稽古の一夜漬けをしてから眠りました。

朝、9時半くらいまで寝てようと思ってたのですが、8時くらいに男女の警察官がアパートの部屋に来て起こされました。
降誕祭前はいつもこうやって、外国人のパスポートやビザのチェックをして回っているようです。
たしか、グルプルニマの前にもありましたっけ。

わたしたちはこないだ日本でとってきたばかりのピカピカの観光ビザなので、余裕で対応しました。
わたしが髪を振り乱したような思いっきり寝起き姿だったので、警官は「ソーリー」と言って次のところに去っていきました。

しかし、起こしてもらってよかったです。
でないと疲れてたから11時くらいまで寝ていたかもしれません。

部屋で軽く朝食をとってから主名を連れておばあちゃん先生のところに行きました。
ヴィーナの練習に来る親子が先に来てたので、その人たちの練習が終わるのを待ってからヴェーダの練習をしてもらいました。
ヒランニャガルバスークタムのおさらいをして、今日はサラスワティガナパタハをはじめました。
ガナパティプラールタルのガナパタハの後半部分です。あの、ラップみたいな面白い感じのやつです。

英語のほうのテキストを予習して書き込んでなかったので、今日はサンスクリット語を見て直接習いました。上がり下がりだけ見ればいいので何とかついていけました。
ほんとはいつもサンスクリットを読むようにしたほうがいいに決まってるんですけどまだそこまで余裕はなくて。

おばあちゃん先生はこの手のガナパタハは5つ知ってるから、それを習いなさい、と言われました。
おお、そうなのか、そんなに知ってるんですか、と、おばあちゃん先生を少し見直しました。
最近、そのキャラの面白さにばかり目がいっていたので。
今日、ルッドラムを唱えていたときに、途中でおばあちゃん先生の声が小さくなっていって、ほとんど私しか唱えない状態になったので、なにか私たちの唱え方をチェックしてるのかと少し緊張しましたが、、おばあちゃん先生は単に寝てました。
それに気づいたときに笑わないようにするのに苦労しました。
主名が気づかなくてよかったです。
彼は容赦なくげらげら笑うから。

インターナショナルグループでバジャンを教えてくれてる若いインド人の女の先生はサイの学生時代におばあちゃん先生の教え子だった人なので、こないだの村のバジャン会でおばあちゃん先生とインターナショナルグループがひとつの場所で歌ったようなときに、「ルッドラムを唱えに来なさい」と、バジャンの先生に命じたようで、水曜日に、インターナショナルグループの中で行きたい人は、おばあちゃん先生の家に集合だそうです。

おばあちゃん先生の部屋にもし全員来たら全員は絶対入れません。5人でも狭いですもん。
多分来るのは5人くらいでしょうけど。
バジャンの先生と、グループのリーダの西洋人と、私と主名と、私と一緒にルッドラムを練習してる日本人くらい?
【2008/11/10 17:21】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アカンダバジャン
昨日から今日にかけて、アカンダバジャンがありました。
24時間連続のバジャンです。

ここしばらくは私は外人バジャングループに参加してたので、その出番が昨日の夜中1時から2時までと、今日の昼2時から2時半までありました。
今日の分は日本のアカンダバジャンがちょうど終わるラスト30分と重なってるなーと思いながら歌っていました。

多分、マンディールの建物の中でバジャンを歌ったのは実に13年ぶりではないかと思います。

外人クループ(インターナショナルグループとか言ってますけど)のメンバーは33人くらいでした。
右っかわはババの学生たちと思いますけど、そのグループが昨日は一時間の間に3回入れ替わって歌っていました。
後ろはアナンタプールの女学生たちでコーラス(フォロー)とかパーカッションとかをやってサポートしてくれました。

わたしは昨日、初めてこの外人グループでの本番だったんですが、男女交互に歌うので、思った以上に緊張感がなくて、楽しかったです。
一応曲順は決めてあったのですが、直前に違うグループが歌った曲とかをはずしたり順番を入れ替えたりで、順番はその場で決めていました。
なので、男性側のリードで歌ってる間に「次はこれ」とかいう風に伝言ゲームみたいに次の曲が前から後ろに知らされていました。

練習のときは自分たちの声は大きいと思ってたのですが、本番はマイクなしということもありましたが、なんか、すごい声が小さく感じました。
それと、男子学生の声の大きかったこと。
マイクを使ってるんじゃないかと何度もじろじろ見てしまいました。
男子学生は人数も多かったかも知れず、パーカッションも自前なので力強かったです。

でも、あとで、外で聞いてた知り合いに「私たちの声は外まで聞こえていましたか?」と聞いたら、
「ちゃんと聞こえてて、すばらしかった。コングラッチレーション」とか言ってもらえました。

本番の緊張感がなかったので、なんか、どういう体験だったのかいまいちつかめない感じだったのですが、その日の夜にぜんぜん眠たくなかったので、緊張感はなかったけど、充分高揚した体験だったんだな、と思いました。

こういうふうにみんなで一緒に何かやるのは楽しいですね。
しかし、男子学生たちの力強さは横で聞いててすごかったので(実際、すごい声量でした)自分が男子学生としてああいう風にすべての活動が実際礼拝であるような学生生活を遅れたら、そりゃあ、楽しいだろうなあ、と思いました。

うちらインターナショナルグループも、てんでばらばらな人たちで、日本人ではありえないような主張があったりとかもしたけど、よくまとまって、毎日練習したなあと思いました。

アカンダバジャンの本番前に、何度か本番の練習を兼ねてよそのバジャン会に参加したりしたのですが、(ババの誕生日にちなんで83曲のバジャンがあちこちで捧げられてるようです)そのとき、「サルバダルマプリヤデーヴァー」とかいうバジャンのときにババの写真の上の花がババの胸のところにぽとっと落ちたときもあって、「わたしたちはインターナショナルグループだからサルバダルマの曲のときにこれが落ちたんだわ。私たちは祝福されているわ」とかいうこともありました。

夜中の出番のときは主名はそこら辺にいた知り合いに見ててもらったのですが、今日の昼過ぎのときはバジャンを歌う部屋のすぐ横の、歌ってるところが見えるところに座らせてたらそこら辺の人も見てくれてて大丈夫だったので、次回、マハシバラトリのバジャンも、いけるかなあ?とか思いました。
マハシバはアカンダバジャンとは違ってもっといろんな面でシビアと思います。
【2008/11/10 00:45】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
来るな来るなの夢
最近見たババの夢は、ダルシャンが始まって、そしたらババが一人でぽつんと座っている夢でした。
チャンスと思って、寄っていこうとしたら、来るなとか、来なくていい、みたいなことをいわれたような気がします。
でも、じゃあ、3秒だけ、と言ったら、3秒だけなら、と、近くに行く許可が出ました。
なので、ババの近くに行って、横に3秒だけ座って、なんとなく納得したので私はその場を離れました。
その後、ほかの人たちがババのところに来たかもしれません。
詳しくは忘れました。
そんな夢でした。

最近、頼まれごととかでやることが多かったので、ダルシャンはおろかバジャンすらいかない日がちょくちょくありました。

自分としては、なんか、行かない理由、つまり、ダルシャンに行かなくても切迫感や罪悪感や喪失感?みたいなものを感じなくてすむ理由があれば、ダルシャンに行かなくっても、平気なので、頼まれごとを片付けるためにダルシャンにいかなくていいのは、いやじゃなかったのでした。
マーナバセバ イズ マーダバセバ、でしたっけ?
人への奉仕は神への奉仕、とかいう。
自分が楽しいくらいの分しか引き受けないですけど。

私の場合、がんばってダルシャンに行かなくて、ほんとに無理のない分だけ行くのが今はいいみたいで、たとえばお腹がすいてたらババが来てても横を通り過ぎてご飯を食べに行ったりすることも多いのですが、そのほうが何かとうまくいくようです。

このときの夢も、そういうかんじでした。


【2008/11/10 00:19】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
金ぴかの
昨日か今日か、サイクルワントホールの男性側の片隅に7頭の馬に引かせた金ぴかの馬車を模した車が置かれています。つくりかけなのか、手直ししてるのかわかりませんが、何人かが作業をしています。

最近気がつきましたが今度83歳の降誕祭は数を足したら11でシヴァの数なんですね。
今頃気がつきました。
なるほどだからここ最近のルッドラムですか。

少なくとも1008人の学生がナマカムを暗誦できるように特訓中みたいです。
て、すでに書きましたっけ?
【2008/11/06 01:41】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
さいきんのこと
さいきんどういうことがあったかというと、主名を歯医者に連れて行き、でも、その日は見てもらえなくて2週間後に予約をもらい、その日の午後には主名の自転車が壊れたのでアシュラムにおいて帰りました。
翌日は午前中に日本人とヴェーダの練習をし、昼過ぎに主名の自転車を直しに行きました。
ブレーキ、スタンドなどあちこち壊れてたので、このさい色々直してもらいました。

その日の午後のバジャン後は、先日の老人ホームのオーナーだか何かのドイツ人の家での集まりに行って、ルッドラムを私が唱えて他のドイツ人がドイツ語で意味を言う、とかいうのをやりました。

昨日の午後はおばあちゃん先生のところに行って、ヒランニャガルバスークタムを終了しました。

で、バジャン後に芝生で少し主名を遊ばせた後、夜はアカンダバジャンの練習に行って、部屋に帰りました。
で、前に欠けた前歯の差し歯の部分がまた取れたので、今朝はスーパーでアロンアルファみたいなのをかってきてまたくっつけました。
もう、限界かなあ、という気も。

欠けてない状態で歯医者が差し歯をくっつけてくれてたら問題なかったのですが、ジェネラルホスピタルの歯医者にセメントでくっつけるのを2~3週間ほどしばらく拒否されてた間に、くしゃみをしたら、ただはめてた歯が飛んで、床に当たって砕けるということがおきたので、なんともなさけないというか。
しまいに歯医者はうるさがって「もうくるなよ」という感じでセメントでくっつけてくれたのですが、時すでに遅しという感じで。

まあ、今ならバンガロールに通うことになっても前ほどは大変じゃないかもしれません。
主名が学校に行っていないので。
でも今は寒いかも?

その後、アカンダバジャンの本番が近いということで一日2回になったバジャン練習の朝の部に行ってきました。出番は夜中と、翌日の昼過ぎの2回になって、予想より長い時間出番があるそうなので、さらに急遽何曲か追加で練習しなくちゃいけなくなったらしいです。

ダルシャンの夢だけど、なんか変な夢を見ました。
【2008/11/04 18:15】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バジャン練習
今日も、午後のバジャン後に、アカンダバジャン用のインターナショナルグループのバジャン練習がありました。

本番での出番は夜中の1時くらいなので、マイクなしですが、マンディールの中で歌えるそうなので、ちょっと楽しみです。

あと一週間しかないので、今後、本番までは毎晩練習が続くそうです。

【2008/11/01 00:31】 | バジャン練習 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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