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ババの夢
おとといプッタに帰ってきて、ホワイトフィールドとはうって変わって人が多いのに少し圧倒されて、「鼻血がでそう。。。」とか思ったのですが、わたしじゃなくて主名が鼻血を出しました。

で、昨日は私も主名も微熱をだしてたので、午後からはずっと部屋ですごしていました。

今日は、主名が「もう大きくなったから」といって、おもちゃをごっそり処分させてくれたので少し気分がいいです。

今朝はババの夢を見ました。

前後は省略しますが、ババがなんかパフォーマンスみたいなのをしてて、表現するのが難しいのですが、大掛かりで派手でした。
その後、ババがするようにみんながまねをするちょっとしたゲームみたいなのもしましたが、ババはありえないような手の動きをしたりして、真似するのが難しかったです。
だいぶふざけていました。

その後、私と知人がいるところにババがきて、知人に話をしました。(内容は知人に関することなので省略します)そのときババと私はなんかしらん手をつないでいて、わたしはババが知人にやさしく、しかし知人にとっては厳しい内容の話をするのを聞いていました。
で、知人に後で、彼女のおかげでババと近くで会えたことをありがとうと言おうとか思っていました。

ババは知人に「自分のことばかりだ」とか言っていて、その隣にいた人がまた自分の事を聞こうとして「私はどうですか?」と聞いたらババはその人にも「あなたも同じだ」と言いました。

ババがその場を離れようとしたので、主名の学校のことを頼もうと思い、でも、「スワミ」とはいつも呼んでないし、なんか「ババ」と呼ぶのもためらいがあったので、なぜか「先生!先生!」とババを呼び止めました。(私も自分のことばかりかもと思いつつ)

そしたらババが立ち止まったので、主名にあなたの学校のアドミッションをください。と言ったら
「アドミッション?」と言われたので
「あ、ちがった?」と思って、「パーミッションをください。息子はあなたの学校に行く気になっているので」と言ったら
「わかりました」
という返事でした。

その後さらにババはしかし幼い年齢で学校に行くとなんとかかんとか、と言いながらビジョンつきで説明してくれましたが、ちょっと意味不明でした。

そんな夢でした。

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【2008/12/29 17:40】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
息抜き
ほんと、いい息抜きしてきました。
バンガロールとホワイトフィールドで癒された。。。
ケンタッキーとかいっちゃったりして。

主名も、「来てすっごいよかった」とか言っていました。
彼はもう一泊して、列車で帰ってきたがってましたけど、今日の午後のバスでプッタに戻ってきました。

プッタに戻ってきて、ため息の出ること出ること(わたしが)
でも、今、プロの料理人の手が入ってるんだと思いますが、今日のウエスタンキャンティーンのパスタとサラダとケーキはすっごいすっごいおいしかったです。
向かいに座った西洋人が「おいしいおいしい」といいながらケーキを食べてましたが、食べてみるとほんとにおいしかったです。

ババは今日は帰りかけてから突然気が変わったのかまた引き返して、車椅子で学生の間とかをうろうろしていました。
【2008/12/28 01:52】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
知人へのメールのコピー(一部変更済み)
サイラムOOOさん。

返事が遅れてすみません。
私たちはここ数日バンガロールに行っていました。

差し歯のかけたのを何度かボンドでくっつけてごまかしてたのですが、クリスマスイブのプラサードをホールで食べてたらまた取れて、そのかけた歯って人相的に父親を表すらしく、ずっと気にはなってたのですが、今回取れた24日は父の誕生日でもあって、プラサード食べてる時に、ダルシャン中に取れるなんて、これはいよいよ治療(というか差し歯の作り直しかインプラント)したほうがいい促しだなと思い、ババも「明日バンガロールに直接行きなさい」とかいいはるものだから(?)クリスマス当日にもかかわらず、思い切って行きました。

結局、ホワイトフィールドのスーパーホスピタルでは歯の治療はしてないといわれ、ホワイトフィールドのジェネラルホスピタルは付添い人がいないと受付すらしてもらえないところだというのが行って初めてわかり、もちろん主名は付添い人にはならないので、なんもせずに2泊3日遊んで帰ってきました。

また、いい息抜きしちゃったな、という感じです。

買い物もいっぱいしてきて、これでしばらくはまたプッタで生きていく気力を養いました。

あの、バンガロールの霊感のアーユルヴェーダだかホメオのクリニックに私たちも行ってみました。
そしたら私は「疲れてるだけだな。」だんなは「覇気がないだけだな」で、治療の必要なしということで(すっごい笑いました)、主名はこの子は喘息じゃないから喘息患者として扱わないように、とかいわれて斬新な診断でした。
お医者さんが言うには水関係でお腹に問題がおきてて、そこから喘息やアレルギーも症状が出てきてる。
だからこの子は喘息患者じゃない、とのことでした。
録音したので、なんていってたかまた聞きなおして意味を調べなおしますけど、そんな診断でした。
薬は1200ルピー(一か月分)でした。

一ヵ月後にまたくるように言われ、面倒だなー、いかんとこかな、と思ったんですけど、その診察の時と出された薬を飲みだしてから、多分その原因を表面に出してるみたいに思いますけど、主名が前より頻繁にお腹を痛がってるので、(時々痛がってましたけど、単なる便意と思ってました。うんこをしたら治ってたので)
とりあえずまた行ってみるかな、と思ってます。
うちの母に言ったら、「その診断はあってるかもね」と、かいってました。
というのは、うちの弟の一人が小学生のときに大病をしててそれも普通みんなが持ってる菌かなんかがその子の体質で発病したらしく、それもお腹いたが最初の症状で、その弟も主名もほかの人の持ってるものを受けやすい性質だからとかいうことでした。

OOOちゃんもお元気ですか?
もう冬休みですね?

こちらも冬休みの日本人がちょこちょこ来られてます。
プッタはとにかく人が多いですね。。。!
ホワイトフィールドである意味平安&至福のときを過ごした後にプッタに帰ってくると「ああ、世俗の渦の中に帰ってきちゃったな」みたいに思います。おかしいですね。

母に電話でプッタパルティは聖なる場所やのに、とかいわれましたけど、「ちがうで、プッタパルティは苦行の宝庫らしいで」と答えました。

サイラム
古野SAWAKO

【2008/12/28 01:42】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマスイブ
今日はクリスマスイブでした。
アシュラムでも行事がありました。

外国人は前に座らせてもらえるので、早めに(といっても4時過ぎくらいでしたが)行って前に座らせてもらいました。

ババは4時半くらいに来て、すぐに、外国人のクワイヤーのコーラスのプログラムが行われました。
いやー、しかし、曲数多いですね。

ババはプラサードを配るときだったか、何曲かリクエストしたのか、同じ曲がいくつかまた歌われました。
そのなかに、「ウィーラブユー」とか、「ユーアービューティフル」とかいう歌詞の曲があって、最初聞いたときには「イヤー、こういうのをうたうのかー、」と思ったんですけど(私はこういうの苦手なので)再び歌われたので、ババはこういうの好きなんかー、とか思いました。
子供と同じかもとか思いました。
子供もそんなんいわれるの好きみたいですし。

プラサードはビスケットと果物の2種類もらいました。
ウエスタンキャンティーンでもキャンディーやプレゼント(あけたらオートリキシャのおもちゃでした)が投げて配られたので、主名は興奮しまくりの大満足でした。
よかった。。。
【2008/12/25 00:58】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
怒られ主名
今日は主名がいつも遊んでる子に砂を投げて、そのこのお父さんにきつくしかられてました。
で、主名はショックで、しばらく瞑想状態で目をつぶって自分の中に逃げ込んでいました。

怖すぎて泣くこともできなかったみたいです。

まあ、かっとなったらきついお父さんなので、ちょっと言い方がきつすぎたようです。

でも砂を投げるなとは私も何度も言っててやめないので、言ってもらってよかったです。

ほんと、毎日なんやかんやあるなあと思います。
おもしろいですよね。
物語がどんどん展開していくのを見てるみたいです。
【2008/12/24 01:45】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バジャン
今日も昨日もバジャンが終わるのが遅かったです。
今日はバジャン中に次々インタビューに呼ばれてたのでなかなか終わりませんでした。
【2008/12/22 23:49】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝の夢
今朝の夢ではネットカフェでイチローと隣り合わせになりました。
左の席に座ったイチローに、わたしがネットで友達に聞いた、いい整体師を探してることを言ったら彼は、
「(きみは)ヴェーダをしてるんだし、そんなの必要ないんじゃない?」
みたいなことを、何では、半分言葉、半分ジェスチャーみたいなので言われました。

わたしは、ああ、やっぱり一流の人はいうことが違うなあ、と感心していました。

夢ではイチローは小学生くらいのときの友人みたいな感覚で、実際小学校のときのクラスメートも夢に出てきてイチローとしゃべっていました。
舞台は私が生まれ育った西宮でした。
神社や商店街の店なんかも夢の中で話題に上っていました。

舞台が西宮の家や町の夢を見ることが多いのですが、やはり生まれ育った場所は自分の原風景になってるんだんあと思います。

主名が成長してインド以外の場所で暮らしても、見る夢はプッタパルティで、アパートのウォッチマンやそこらの店のお兄さんや乞食のおばちゃんらがいつも出てくるのかなあと思いました。

【2008/12/21 01:44】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
負けず嫌い
今日、アシュラムから部屋に帰ったら主名が起きていろいろ引っ張り出して遊んでました。
「ないた?」ときくと、「ちょ~っとも泣かんかった」とか言っていました。
部屋に私がいると思う存分遊ばせないので、逆に今は私が部屋にいないと気楽におれるのかもしれません。

「シバだっこする夢見たで。そんで、夢でパールバティとOOさんと3人でお茶飲んでケーキ食べた」
と言ったら
「それ、主名がつくったんやで」
と、きました。
私たちが夢の中で食べたのは夢の中で主名が作ったケーキだったらしいです。

いちおう「おいしかったわ、ありがとう。」
と、言っておきました。

主名はクリスマスが来るのを指折り数えてます。
自転車で爆走したあと、
「なんですっごい速く走ったか知ってる?もうすぐクリスマスやから。」
とか、
自分の靴下を洗面所で石鹸で洗っては
「何で洗ってるか知ってる?クリスマスが来るから。」
とか、
キャンティーンでご飯を食べては一人でげらげら笑い、
「何で笑ったか知ってる?もうすぐサンタさんが来るから」
とか言っています。

すごい期待のしようです。
あの、別にそんなにすっごいプレゼントとかないですけど。。。

日付けを数えるときも、あと6日、とか私が言うと、
「明日の明日の明日の明日の明日、、、になったら、明日?」
などと聞いて、「もうすぐ感」を自分でもりあげています。

クリスマスかー。
特に感想なし。というかんじ。
【2008/12/20 01:18】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝のシバが寒がってた夢をおきてから思い返してみると、シバはいつもヒマラヤで半裸でいるはずなのになあ、とか思いました。
そういえば夢の中のシバは黒皮のぴったりした服を着ていました。
夢の中では、それじゃあ、よくないものたちを封印した場所にいるには薄着過ぎたんだそうです。

しかし、目覚めはここ最近では珍しく爽快で、すばらしい気分でした。
睡眠時間もいつもより短いくらいでしたが身体も軽く、すっきりとしていて、夢のシバとの身体と意識の両方の一体感もまだ覚めやらぬ感じで、ああ、久しぶりにすばらしい夢だったなと、数十分そのまま横になっていました。

しばらくして起きて、バジャン、というか、朝食に行きました。

サウスではウプマだけしかなくて、でも、ほかのがあっても私はそれが一番好きなのでいつものようにウプマをもらい、たれみたいなのは毎日違うのですが、今日のはやっぱり一番好きなスープ(カレー?サンバ?よくわかりませんけど)だったのでたっぷりかけてもらって食べました。

人差し指を少し切っているのでそれ以外の指で食べて、少し食べにくかったですけど、
何せ、すばらしい気分でした。
「完全においしい」
という言葉が私の脳裏に訪れました。

チリが聞きすぎててむせたり、すこし腐ったような味のたまねぎが混ざっててよけたりしましたが、それらも含めて「完全においしい」と、そういう言葉を私の意識と身体感覚は発していました。

食べてるうちにバジャンが聞こえてきて、おいしいものを食べながら神をたたえる生歌まで流れてくる、そういうシチュエーションの中にいることの至福のようなものが認識されました。

食べ終わってからホールに行って(主名は昼まで起きなさそうだったので部屋に残してきてます)
ちょっと座ると、なんかもういいかな、とか思って、ホールを出ようかと思ったのですが、そうしてるうちにババが来そうになったのでみんな前に詰めだして、わたしもなんとなく前のほうに座りました。

来そうになってから来るまで少し時間があったので
なんとなくラマナのアシュラムのことを考えて、あそこの山はシバの山だったなあとか思い、だれもがあそこのご飯はおいしいというけど、主名を連れて行ったほうがいいのか、わたし一人がいいのかどっちかなあ、とか思って、そこの食堂でご飯を食べてるシーンをそれぞれシュミレーションしてみたら、私一人で食べてるイメージのほうに至福がざっとあらわれたので、私一人で行くべきなんだろうな、とか思いました。

そう思ううちにババが来ました。

いつも私は後ろのほうに座るので、今朝は近いほうだったしよく見えたのですが、
夢のシバの一体感の中にまだいたので、「遠いなあ」と思いました。
ダルシャンにいってババの姿を見る限り、いつも距離があるんだなあと改めて思いました。
ダルシャンはババの姿がありますから、その瞬間、ババの中に自分が含まれるか自分の中にババが現れるか、どちらにしろ神そのものとの接触は確実にあるのですが、しかし確実に、双方のギャップというか距離もあるように思いました。
ダルシャンのジレンマ?

自分の中でまだ続くシバとの一体感とのこのギャップにすこしとまどいつつ、多分このギャップ、違和感は今日はババが来るというので前に詰めたことにもよるのかもしれないなとも思いました。

ババがマンディールの中に入ったので私はホールの外に出てショッピングセンターに電池のまとめ買いに行きました。

電池を買って出て、歩いていると前から来た日本人の知人に「クワイヤー参加してるの?」みたいに聞かれたので参加してないことを言って先に進んで、お茶のもうと思ってコーヒーショップの列に並びましたが、ショッピングセンターの荷物置き場にパンを置き忘れたことに気がついて、取りに行って、またコーヒーショップの列に並びなおしてお茶を買って、その近くに腰掛けて飲んでいました。

で、また、今朝の夢のことを考えていました。
そしたら今朝夢に出てきて一緒にパールバティーと3人でお茶を飲んだアメリカ人が通りがかって声をかけてきたので、夢の話はしませんでしたけど、言葉を返しました。
彼女はそのまま通り過ぎていきました。

そしたらまもなく、突然ババがショッピングセンターのほうから車で来ました。
こんな場所(ラジオサイの前あたりです)でババに会うなんていつぶりだろう、とか思いながら車を迎えました。

ババはこっちをちらっと見て、一瞬後に視線をはずしてニコッとしたように見えました。

そのカーダルシャンで非常に嬉しいニッコニコな感じになりました。
ちょっと、静かなところに行こう、と思って、建物の裏手の庭園のようなところに行きました。

ベンチに座って、涙があふれるに任せました。

しばらくして見上げるとモーゼだかイエスだかわかりませんが、子羊を抱いた金の像が目に入りました。

わたしはクワイヤーに参加していないけれど、ああ、クリスマスだなあ、と思いました。
【2008/12/19 15:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
シヴァババの夢。
今朝の夢は詳細は忘れましたが、わたしは高校みたいなところにいて、何か服を着替えて授業に行こうかなあ、とかしてるところでした。

そしたら誰かが、
「今日は誰がインタビューに呼ばれたの?」
と聞いてきたので、
「今日はババは来てないよ。」
とか答えたのですが、そう言いながら向こうのほうを見るとババが来てました。
「あ、来てた。」とか思いながら、ほかの人たちと走ってババの方に行きました。

ババはなんか、よくない存在らしきものたちを一列に並ばせて、穴の中に入っていくようにその存在たちに指示していて、その存在たちは整列して順番にその穴の中に入っていっていました。
その存在たちはよくない、いるべきではない存在らしいのですが、身長20センチくらいで白くで丸みを帯びてる形状で、見た感じは悪いようではなかったのですが、でもよくない存在たちでした。

わたしは、みんなが見てる前でこんな風に追放されて、ちょっと気の毒だなとか思いました。

その存在たちが直径30センチくらいの丸い穴の中に全部入ってしまうと、ババはその穴に布か板か皮かわかりませんが、とにかく薄い平べったいものでふたをして、その上に氷でできた聖典を次々とおいていきました。

その時、ババはシバの姿になっていました。
お付の人みたいな男性二人が氷でできた聖典をシバに手渡し、シバがそれを穴の上のふたの上においていました。
私も手伝ってシバに聖典を手渡しました。
なんか嬉しかったです。
その聖典は溶けていっていたのですが、溶けることによりその聖典の内容を吟唱したことになってるみたいでした。
そういう形でその、よくないものたちを封印していました。

それが終了した後、シバは思いっきり後ろ向けにもたれてきました。
わたしはシバの身体が熱いのと汗ばんでいるように湿っていたと重いのとで、うわっとか思いましたが、そのままにしていました。

そのあとどこかへ移動したのですが、その間は今度はシバはこっち向きで抱きついてきてたままだったように思います。
わたしはシバの身体の重さと熱さとと湿度と充実していることによるその磁力のようなものを認識しつつ意識の上では一体となっていました。
そしてどうやってかそのまま移動して、パールバティかだれはわかりませんけど、とにかくシバの奥さんのポジションにいる女性性の存在のところに行きました。
その女性はシバに
「あなたはどうしてそんな顔をなさっているの。怒っていらっしゃるんでしょう。」
みたいな事を言いました。

わたしはこっちに体重を預けたままのシバの顔を見てみました。
「この顔は怒ってたのか?」とか思って。
そしたらシバは
「そうだ。すごく寒かったから」
みたいな事を言いました。
パールバティーのいたところは気温の高い砂漠でした。

そしてシバは今度はまた向こうを向いて、やっぱり私にもたれかかったまま眠りました。
わたしはシバを抱きかかえるような格好で、手のところにシバのもじゃもじゃひげがあったので、ちょっといじってみましたが、眠る邪魔かと思ってやめました。

そのあと私はパールバティーと一緒に馬からくだに乗って砂漠を行きました。
(ここらへんは昨日ウエスタンで見たイエス誕生の場面の装飾イメージから来ているはずです)
私が前でパールバティが後ろに座って一頭の馬で行きました。

パールバティーが待たしてあったらくだと、何か運搬用の形容しがたい家畜は熱さですでに死んでしまっていて、らくだつかいがその横で座っていました。
私たちはそれにかまわず先に進みました。

途中で検問があって、警官のようなおじさんが話しかけてきて、パールバティーか私が食べていたりんごを自分にもくれたら通してやるとか言われたのですが、私たちはもうそれ以上持っていなかったので、何か言って、笑って通り過ぎました。

町に入るとよい関係を保っている知り合いのアメリカ人がいました。
なにで彼女も馬の上に引き上げて、私の前に座らせました。
しかし3人の大人は馬には重すぎたようで、明らかに進むスピードが落ちました。

おいしいコーヒーショップみたいなところでわたしたちは降りて中に入り、ポットに入ったカフェオレと、それぞれ何かおいしいサラダ兼デザートみたいなのを食べはじめました。

でも実はその店の隣の店のケーキのほうがもっとおいしいことがわかったので、食べ終わったらもうひとつの店にも行ってそこのケーキも食べましょう。
とかしゃべりながら、女3人で楽しく過ごしていました。
そんな夢でした。
【2008/12/19 15:07】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
祈り
昨日の夜、普段は主名の友達家族と夕食後ガネーシャゲートの外まで一緒に帰ることが多いのですが、昨日は奥さんが、知り合いにトラブルがあったかなんかでご飯も食べずにひとりでガネーシャテンプルのところやババの家のあかりが見えるところらへんで熱心に祈ってました。

しょうがないので私とだんなさんはウエスタンの前で子供らを遊ばせたあと、帰路で奥さんと合流して帰りました。

この奥さんの祈りは結構強烈そうで、モスリムにもかかわらず20歳くらいの若いころは先生についてヨガ修行してて、火渡りや腕に串をさしたりしても平気で、瞑想の中でほかの人のことなんかも何でもわかったとか言ってました。
今はそういう特技?みたいなのはみんななくなったそうですが、毎日ことあるごとに熱心に祈っています。
去年のコダイでアシュラムの前の広場にババが姿を見せたときも隣にいたその奥さんは「スワミ、こっちに来てください!」とかつぶやきつつ祈ってたらこっちにきて、5分くらいうちらのまん前にババが止まってました。
「あ、ほんとに呼んだな」とか思いましたけど。

私とそのだんなさんは多分、どこか似たとこがあって、(というか、わたしがおっさんぽいだけかもしれませんけど)奥さんが祈ってるのをいつも「ふーん」て感じで見てることが多いです。

昨日はそんなふうに奥さんが数時間祈ってて、私たちが来てもまだ祈ってたくらいだったので、自分はこんなふうに祈る促しがめったにおきないなあ、祈ろうと思っても祈れないしなあ、とか思って、でもためしに、その家族と別れたあとにメインロードで歩きながらババに祈ってみました。

といっても祈る内容がないので、単にババと意識をつなげただけです。
そしたらつながったので、あ、いけるやん、とか思いました。
で、家に帰りました。


【2008/12/19 14:34】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日は
今日の午後のダルシャンでは、バジャンのときにババが昨日のユースのなかでたぶん歌を歌った人じゃないかと思いますが、2人呼んで、ステージのところでしゃべったり、たぶんパダナマスカールを与えたりしていました。

ウエスタンキャンティーンは徐々にクリスマスの飾り付けが始まって、祭壇もクリスマス仕様になりました。
前の芝生にもサンタさんが現れました。
主名とその友達は今日はご飯の後で芝生のところで長いこと遊んでいました。
【2008/12/19 01:13】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
頼まれごととか。
昨日の午後はインドのどこかのユースが劇をしていました。
プラサードはガネ-シャチャトルティーのときによく出るようなオレンジ色の丸い粒粒のお菓子でした。
好きなやつだったのでその場ですぐ食べました。
ババは、どうしてたっけ。。。?
いたのは確かです。

最近、頼まれごとを引き受けたりする機会がやたらめったら多くて、自分がヴェーダの練習をする時間がぜんぜんありません。
ヴェーダ教室に行ってはいるのですが、そこでもヴェーダ練習用にCDを作ったりなどの用事が毎回のように回ってくるので。
それで、空いた時間は主名の勉強とヴェーダ練習になるので、
ほっとする間もありません。

しかし今は自分にとってそういう時期なんだろうと思います。

【2008/12/18 14:19】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
怪情報。。。?
数日前知人が秘密めいた情報を得たのを話してくれました。

それによると再来年の3月くらいに3日間くらい世界が暗くなって、その日は外に出ず、部屋に鍵をかけて部屋の中でじっとしていなさい、とババがずいぶん以前に極秘に選ばれた学生に伝えたというのが、最近少しずつその情報が外に出てきているとのことでした。

しかし今日は、「どうもあの情報は違うみたい」という訂正が入りました。

まあ、2012年が大きな節目というのは以前から言われてるし、2000年のときもいろいろな話があったし、まえのアメリカのテロの直後もいろいろそんな情報が流れたりもしていましたから、そういう情報はいつもどこかで流れているんだと思います。

もちろん絶対ありえないということはなんに関してもありえないですけど、それについて考える必要は本当にないんだろうなとも思います。
というのは、考えてもダメなときはダメだし、考えなくても大丈夫な人は大丈夫なように動かされて、あるべき場所にちゃんといるようになってるので、それにすべての経験はすべて神の手の内のものですから。

それに思うのは、2012年のことに関しても、アセンションがどうのとかいうのに関しても、多分個人個人ですでに状態として2012年を超えてる人もいるだろうし、外の目印としての日付の2012年はあくまで外部における目印のような気もします。

それぞれの人の中の状態そのものがその人にとってのすべてだと思います。
そのひとの状態によってその人が経験すべきものと経験する必要がないものが決まるので、つまり何も心配ないと思います。

【2008/12/18 01:43】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
どんどん
数日前はだんなのお父さんが亡くなったのですが、きょうは、ヴェーダ教室に来てる人の知り合いがなくなったとかで、そういう話になりました。

みんなどんどん死ぬんだなあ、とか思いました。

グジャラート出身のひとがその場で、人が死んだ時に歌う歌を歌ってくれました。
最初の歌は、娑婆での人とのつながりは皆まぼろしなんだから、全部忘れて神様のところに行くんだよ、見たいな歌でした。すごくきれいで感動的で光に満ちた歌でした。

あとの2つ歌ってくれたのは、神様のマントラを唱えてはいるものの、悲しみのムードがあって、残されたものの悲しみをなんとかしようとするような現世の視点からの歌みたいでした。

最初のとはぜんぜん違ってて、あんまり好きじゃありませんでした。
最初のはあっち側からのうたでした。
とてもとてもきれいでした。
【2008/12/16 18:05】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ラマナアシュラム見送り。
一週間くらいラマナのアシュラムにいこうかなあ、とか思ったのですが、今は行かないようにいわれてるようなのでやめました。

でも、いつか、来年とか行きたいので、ほかの人にどんなか話を聞いたりしました。

来年の楽しみです。
【2008/12/16 00:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
でぶった夢。
そういえば、今朝は太った夢を見ました。
誰か知り合いがいて、私が体重を量りながら「60キロくらいあると思いますよ」とかいいながら体重計に乗ったら70キロを超えていました。

えー、うそー、と思いながら夢の中で自分の体を見てみるとすっごい太ってて、身動きができないくらいでした。

夢の中でしたが結構衝撃でした。

目が覚めたら体が重くて、最近身体がだるかったり重かったりするのでそういう夢を見たんだろうと思いました。
【2008/12/16 00:32】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
こないだ見たババの夢は、ホログラムかなんかのババの座っている姿があって、でも、さわれるし、すごいリアルだし、そのババがわたしの小学校時代の友達に宝石つきの手の甲につけるようなやつを物質化してはめてあげてたりもして、
わたしは夢の中で、このババは本物じゃないけど、本物とどこが違うんだろう?と考えていました。
このババは本物じゃないんだし、つついてみようかな?とか思いましたが、遠慮してやめました。

そしてその後、本物のババがいるという場所に皆で向かいましたが、その数百メートルくらい手前で夢が終わりました。

目が覚めてからも、ホログラムのババと、本物のババとの違いはなんなんだろう?とか考えました。
夢では本物のババのところにはたどり着けなかったし、ホログラムのババはそのときその場にいて本物であるすべての条件を備えていました。
じゃあ、そのホログラムのババを本物と考えないのがおかしいし、それを本物とみなすべきなんじゃなかったんだろうか、とか。
だってどうせ、どっちにしろ姿かたちはどれも永遠のものではないし。と。

しかし今思うのは、自分がそのときそれが本物ではないと認識していたので、やはりそれは自分にとって本物ではなかったんだろうと思います。
もしそのときそれを本物と思っていたなら、それは自分にとって本物だったんだろうと思います。

自分にとっての世界はババに限らずなんでもみんなそんなふうなんだろうと思います。
【2008/12/15 15:17】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマス前
ここ最近、満月だったこともあると思いますが、すごいだるいです。

昨日くらいからクリスマスのクワイヤー(コーラス隊)の練習が始まっています。
わたしは歌を歌うのはすきなのですが、クワイヤーは2年前に参加してみて、練習中に主名が走ったりして外に出るようにいわれたので、途中で行くのをやめました。今なら大丈夫かもしれませんが、子供づれの間はパスしようと思います。

ラマナのアシュラムに数日間くらい行きたいようなきもしますが、あそこも静寂の場所らしいし、子連れだと逆に精神的に厳しいかもなあと思ったり。
赤ちゃんを連れて行った夫婦もいましたが。

12月のアルナーチャラは寒いかなあ?
【2008/12/15 15:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
できるようになったこと。
主名が最近出来るようになったこと。
それは、スキップ!

すぅっごい方にも足にも力はいってて、腕とか上に振り回しながらじゃないと出来ないですけど、まぎれもなくスキップです。
【2008/12/11 01:40】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
うちらが来たから???
今日はヴェーダ教室があったのですが、いろいろ休む口実もあったし、行く気もしなかったし、サボって部屋で知人とだらだら過ごしていました。
だって行こうとしたらその瞬間どんぞこのうつになりましたもん。
嫌なときはサボるに限る。

でも知人とだらだらしゃべってるうちに、気を取り直してまた行く気になりました。
おばあちゃん先生も冥土の土産に何か形として残したい気もあるんだろうし、協力すべきだよなー。と

で、だいぶ遅くに、終わっててもまあいいわという感じで夕方のバジャンに行ったら、定時をだいぶ過ぎていたにもかかわらず、ちょうどアルティでした。

なので、「うちらが来るまでババ待っててくれたで」と、主名に言ったら、一緒にいた知人に「めっちゃポジティブ」と言われました。「うちらが来たからババ帰った」じゃ、ないんや、と。

いやー、考えもしませんでした。
自分の脳内が相当めでたいことに気づいた瞬間でした。
【2008/12/11 01:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ教室
今日はヴェーダ教室がありましたが、気分的にえらく疲れました。

別に何があったわけでもないですが、たぶん、シバラトリに向けてCD録音用にサラスワティスークタムまどを練習してて、そういうノリがなんが打算的な気がしてすごく嫌なんだろうと思います。
そういうのがなければおばあちゃん先生を持ち上げる西洋人達も来るかどうか怪しいし、おばあちゃん先生もそういうのが好きみたいでのりのりなんですが、おばあちゃん先生がそういう西洋人たちに迎合してる感じがしてなんかその場にいるのがつらくって。
その場にいるうちにどんどん気分がめいってきて、吐き気も催しながら練習していました。

もとババの学生のインド人は今月はバジャン練習もヴェーダ練習も来ないことにしたらしくて、実際の理由は知りませんが、非常に賢明だと思います。

普段は好き放題練習を休むおばあちゃん先生が、西洋人たちが予定よりも遅れて来てもそれにあわせて時間にあわせて熱心に練習をしてくれるので、割り切ってわたしもその恩恵にあずかればいいようなものですが、その場にいるのが非常につらいので、明日も練習があるそうですが、どうしたもんだか、という気がしています。

普通のインド人の学校の先生とかは、金髪の西洋人とかに弱いのかもしれません。
なんか、自分を飾るもののようになるのかもしれないと思いました。
それはそれでかまわないんですけど、ただ、そういうケースを聞いたのを思い出しました。
今日また新しくつれてこられた西洋人とか、練習が始まってから飴をなめたりするし、ぺちゃぺちゃなめる音をたてながら横で練習されるとつらくって。何でこんな場所に居なくちゃいけないんだとか思いました。
しゃべる必要の無いようなところも全部言葉で埋め尽くすし。
ヴェーダそれ自体、いっぱいいっぱい唱えますが、ヴェーダは唱えていても沈黙の静寂を感じることがあり、分離感を感じません。
しかし、今日はヴェーダ自体が分離と騒音のようでした。
つらい。。。私はけして神経が細かい方ではないですが、そういうムードの中に自分を溶け込ませないといけない状況というのは非常にきつく、なにかどこかが傷つきます。

いつも来てるインド人のおばちゃんたちはクールにいつものように練習していましたが、わたしは自分も外国人だし、西洋人たちと自分を分けて割り切れないのでつらいという面もあるかもしれません。

それに私がこの教室に入るときは多分、外国人が習いに来ることはそれまで無かったんだろうと思いますが、もっと敷居が高くて、ほかの人たちの前で一人で唱えさせられたりと試験みたいなことをさせられたのに、今の状況はずいぶん変わりました。
なんだかんだいいながらも、私はこのヴェーダ教室を大事に思っているのですが、おばあちゃん先生が西洋人に迎合して乗せられて浮かれ、それの質が下がるとつらいです。自分の根幹がむしばまれるような。私の狭量でしょうか?
今までも同じようなことは何度もありましたが、今までは負担が大きく利益が少なかったので、西洋人は来てもすぐに去って行って、不機嫌なおばあちゃん先生と私とインド人生徒が残されていて、その後はなかなか練習してもらえなかったりしてたのでした。
今回は「インターナショナルグループ」というかっこよさげな名目でのババへのCD作成という大きなメリットがあるのでいつもとは少し違います。
ホント、その為だけに団結しているように見えます。
わたしはそういうのがきらいで。。。

西洋人皆が嫌いというわけではないし、西洋人の知人もこっちに来てから沢山出来ましたが、今日はちょっと、かなり、つらかったです。

ラマナのところは静からしいし、そういうところに行きたくなったり。
でも私自身が子連れでうるさいので多分無理。

多分いつも自分の現在の身の丈にあったところに自分は置かれているんだろうと思います。

その後昼をサウスで食べ、部屋に戻るころにはぼろぼろになって全身が痛み出して部屋に帰ってすぐ数時間昏睡しました。夜になってから起きましたが疲れがぬけず目の下はクマになってるわ、頭は痛いわ眼球は乾いてるわ、明らかにダメージが。

今朝、久しぶりにババの夢を覚えていたのはこういう一日になるからだったのかもしれません。
ボロボロになってるときによく、ババの濃厚な夢を見ることがあるので。

自分をいじめる趣味は無いですけど、どうしたらいいのかよくわかりません。
多分いつものように現状維持でしょうか。
録音機械と場所提供の役割があるので死んだ心で参加して、しなきゃいけないことをすると思います。全然楽しめないんですけど、そんなんでいいんだろうか。。?
【2008/12/10 01:28】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
最近、ババの夢を見てるみたいでも内容が全然思い出せない日が続いていました。

今日は少し覚えていました。

今日は、ババが来て、私の左となりにくっついて座った夢でした。
ババは向かい側の誰か女性となにか必要事項について活発に話し合いをしていました。
私は話すことも無いのでただ座っていましたが、
ババの服がシャリシャリした生地でひんやりしていて、そのひんやりした生地の肌触りがすごく印象深かったです。

もうひとつは、ダライラマが飛行機のタラップを降りてきたので、自分やほかの人たちとダライラマとで写真を取りまくった夢でした。

するとババが来て、私一人の写真をとってくれようとしました。
でもカメラをかまえただけで結局ババはふざけてるのかなんなのか、写真をとりそうな様子だけ見せてカメラを置いてどこかへ行ってしまいました。
【2008/12/10 00:50】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
だれやおまえ?
昨日、半分寝ながら主名に
「ちゃんと歯~みがかなあかんで。今日、あめちゃん5個も食べたやろ。な?」
と言ったらケラケラケラッと笑いました。
「何で笑ったん?」と聞くと、

「だって、さわこがいいこと言ったから~~~!」

【2008/12/09 01:05】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サラスワティスークタム
こないだのヴェーダ教室ではみんなでサラスワティスークタムとやらを練習しはじめました。
私のやりかけのガヤトリーマントラのガナパタハは中断です。

サラスワティスークタムは耳になじみが無いので、たくさん聞かないといけないのですが、最近もなんだか忙しくてほとんど練習できてません。
明日またおばあちゃん先生のところで練習があるので、サンスクリットを英語のアルファベットに直して、一夜漬けの練習をこれからします。
【2008/12/09 01:02】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガヤトリーガナパタハ
今朝はおばあちゃん先生のところでガヤトリーガナパタハを半分くらいだけしました。

サンスクリットをアルファベットに直していく暇が無かったので、サンスクリットでやってみましたけど、
最初のほうがわけ分かりませんでした。
つわったっつさっ?なに?というかんじで。

明日も来るようにいわれたので(おばあちゃん先生が在宅かどうか怪しいけど)今度はアルファベットに直して、調べてから行きます。
【2008/12/05 01:17】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
そうじ
今日は最近風呂の壁に一気に広がった黒かびの掃除をしました。
きれいになってきもちいいです。
サリーは掃除に全く適していないことがよーく分かりました。
壁に水を掛けて自分にもかかってずぶぬれになりました。

おとといだっけ?
預かってた女の子もお母さんが帰ってきたのでアシュラムの中の部屋に戻りました。
その日主名は数時間だけ熱を出しました。
やはり、今まで他の子と生活したことなんてなかったし、ずっと楽しそうで喜んではいたけれど、初めての経験に、興奮しっぱなしで疲れもしたんだろうと思います。
今日も主名は昼過ぎまでぐっすり寝ていました。

アシュラムは平和です。

サイラム。
【2008/12/04 00:57】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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