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ラクシュミーテンプル
今朝はババは来て、ステージ上をうろうろしてました。

10日ほど前に、ラクシュミーテンプルで男性と坊さんが交互にルッドラムを唱えてるのに気がつきました。
毎晩やってるのかと思ったら、今朝もやってました。
しかし何で、ラクシュミーテンプルでルッドラムなんでしょうか?

最後はラクシュミーの旦那のビシュヌのヴェーダである、プルシャスークタムを唱えてましたけども。

邪魔にならないとこに座ってしばらくいてましたけど、落ち着きます。
夜は主名とも行きました。
主名もなかなか帰りたがりませんでした。
やっぱり、ヴェーダのバイブレーションは、うちらに必要なんだなと改めて実感しました。
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【2009/01/31 15:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
それってどうなん?と思った柄のサリー。
今日見たちょっとどうなん?という柄のサリー。

朝、、、木目柄サリー。色は全体的に薄茶色で、すそはこげ茶色。

夜、、、ポニーテールでパフスリーブ、ミニスカートのちょっと太目の女の子がバンビと一緒にボール遊びをしてる、ヘタウマ手書きサリー。

私と主名は、それを着てた女の人に珍しげにじろじろじろじろ見られました。
なんか変だったみたいです。うちらが。
【2009/01/31 01:11】 | サリー | トラックバック(0) | コメント(0) |
中国正月?
今日の午後は中国正月のプログラムとして、チベット僧によるチャンティングなどがありました。

低い声でのチャンティングとプージャがはじまったとたん、天井につるしてあった直径1,5メートルくらいの赤いちょうちんが落ちてきたので、なんかおかしかったです。

チベット僧のチャンティングは、大きな泡が深いところからぼぐぼぐぼぐぼぐとあがって来てるみたいな雰囲気で、インド人の時には鋭いヴェーダチャンティングよりもずっとまろやかに思いました。

メディスン仏陀のマントラ、とかで、薬師如来のことでしょうか?

チベットのタンカ(仏画)が披露されたりもしました。
中央に描かれてたのはあれはババですよね?
あんまりよく見えなかったけど。

ババに向けて仏像も置かれてたみたいでした。

ほんと、このバイブレーション、病気とか、治りそー。とか思いました。
アティルッドラマハヤグニャのときはみんな具合悪くなってましたもんねー。きつすぎて。

しかし、今日の中国正月の飾り付けや舞台セットはチェンナイノアティルッドラマはヤグニャの舞台装置を思い出しました。中国門の立て看板みたいなセットでした。

わたしがいうのもなんですけど、チベット僧のチャンティングは、前の中国正月のときのそれよりずいぶんグレードが高かったように思いました。

しかし、中国正月に毎年チベット仏教を前面に押し出すプログラムが行われるのもちょっと不思議な感じもします。
しかし、中国大陸のムードも少し感じられました。

ホワイトターラのマントラなどのあとに、ババへのマントラとかいうのも披露されました。

すごく充実したプログラムでした。
なんか、5月の仏陀祭よりもずっと仏陀祭らしいなあ、と。

プラサードは駄菓子の詰め合わせで、それとは別にお守りも配られました。
なんか久しぶりにちょっとがんばって取りに行っちゃいました。(両方ゲット)
【2009/01/31 01:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サウス小話2
夏休みの宿題などいつも最後まで残すタイプだったわたしは、毎月の予算は月の前半であらかた使ってしまうことが多いので、月末はいつも金欠で、月末は食事が、庶民の味方、サウスインディアンキャンティーンばかりになることが多いです。
ここ5日間くらいオンリーサウスです。
あるときからサウスのご飯が妙においしく感じられてきて、私も主名もサウスが好きになりました。

しかし今日は朝、ヴェーダの練習仲間のおばちゃんのとこで練習して、おばちゃんがドーサをおやつ的に焼いてくれたものをおいしいおいしいと食べたあと、そのあとさらに一緒にサウスに食べに行き、満腹感がまだ続いてるうちに夕方になり、バジャン練習のあとにビスケットやピーナツがプラサードとして配られたのも食べて、そのすぐあとにまたサウスに食べに行ったので、最近気温が上がってることもあり、さすがにちょっと疲れと飽きが来ました。

主名はさらにダルシャンでもらったプラサードもたくさん食べたあとなのでカードライスをこねてもてあそんでいました。

そんな状態でしたが、梅干みたいに強烈にすっぱいマンゴーのチャツネ、あれはいつもせいぜいひと舐めかふた舐めが限度でしたが、今日はそれがくたびれぎみの胃にはおいしくて、初めて真っ赤な汁に漬かったマンゴーの実も全部食べ、ご飯もすすみました。
サウスのご飯の奥の深さを思い知りました。
【2009/01/31 00:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サウス小話1
こないだサウスに朝ごはんを食べに行ったときに、「2年前のだ」とクーポンをつき返されました。
クーポン自体は2年前に印刷されたのを使ってますが、裏のはんこの期限が来月までのはずだと思い、
「これ見て」
と、裏のはんこを見せたら、2089年2月まで有効となっていました。

80年後かー、わたしは114歳か115歳です。
まだ生きてる可能性もなきにしもあらず。

【2009/01/31 00:29】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
チベット僧へのネックレス
今朝はのんびりしてたら9時になり、アシュラムに行ってみたらやっぱりサウスはもう閉まってました。

すきっぱらでダルシャンに行く気はしないので、パンを食べにいこうと思い、パン屋のほうに歩いていくと途中の、男性のサウスインディアンキャンティーンのまえでチャイが窓越しに売られていたので、とりあえずそれを飲みました。

すると空腹感がおさまったので、サイクルワントホールに引き返しました。

すると、ちょうどババが来ました。
あんまりちょうどすぎて、階段をあがって女性のゲートをいったんは抜けたのですが、その次のホール入り口のゲートがもう閉まってたのか、セバダルにまた、階段のところに押し出されました。

なので、階段のところからダルシャンをうけました。

いったんババが建物の中に入ったのでまたゲートが開き、私も中に入りました。

座ってるとまたババが出てきて、ステージ上や下をうろうろしました。

そして、ステージ前にまとまって座ってたチベット僧のところに行き、長いこと話をしていました。
そのうち年寄りのチベット僧も加わりました。

ババはチベット僧のどちらかにネックレスを物質化してあげてました。
直接首にかけようとしたみたいですが、チベット僧、遠慮かためらいかで首を出さずに手を出して受け取っていました。

その後ババはほかのチベット僧たちのところに行ってそこらへんにしばらくいてから男性側もゆっくり回っていました。

チベット僧たちが来てババのババの祝福を受けているときいつも思うのですが、近所のチベット料理屋のチベット人たち、この光景を見たらなあ、と。
【2009/01/30 14:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プラネタリウム
アシュラムの外にあるプラネタリウム(毎週木曜だけやってます。)に行ったことがないので、主名とその友達とそのお母さんとで行こうとしましたが、5歳以上じゃないとだめらしく、その子が4歳なのであきらめました。
うちらも、ま、いいか、と。

そしたら今日の夜、芝生で子供らを遊ばせているときに停電になったので、その瞬間、夜空いっぱいに満天の星が浮かび上がりました。
ほんとにきれい。
天然のプラネタリウムでした。

プレゼントかなあ?
【2009/01/30 00:19】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
数日前、アパートに子犬が迷い込んでたので、部屋の前の廊下でミルクやパンをやったりして、主名が大興奮していました。犬を描くとかいってスケッチしてみたり、おもちゃのピアノを引いて犬に聞かせたり、噛むために棒を与えてみたり、思いつく限りのことをしていました。

部屋には置いておけないし夜中はアパートは入り口の戸を閉めるので、最後はウォッチマンがアパートの外に出しましたが、子供は子犬とか子猫とか好きですね。

わたしは飼いたいとか言われても世話は絶対できないので、最初から心を閉じて警戒してました。

ウォッチマンの奥さんがよせばいいのに主名に犬に名前をつけさせたりしてて、最後はウォッチマンがその犬を荒っぽくつかんでアパートの外に放り出したので、
「主名の犬やのに、、、」といって、主名は泣いてました。
(アシュラムや道にいるどの犬も「主名の犬」とかいって、プルート、ともれなく同じ名前をつけてますけど)

ウォッチマンは「犬はまた明日来るから」と、インド人特有のその場しのぎの慰めを語っていました。

私は犬を部屋に入れたらどんなに悲惨なことになるか(犬から虫が出てきて布団に入るから、私らが布団で寝れなくなるし、虫が人間の血を吸うから皮膚が痒くなって病気になる。部屋でおしっこやうんこをする。犬を飼ったらうちらはどこにもいけなくなる。バンガロールやコダイカナルや日本にもいけなくなる。夜中に鳴くから、ほかの部屋の人が寝れなくなる、今は子犬だけど大きくなったらうちらの狭い部屋では飼えなくなるなどなど)を言い聞かせました。

で、主名が大きくなって、自分で世話ができるようになったら自分で飼えばいいとかいいました。
実家にも犬がいるのですが、あの犬は朝はじいちゃんが、夕方はばあちゃんか私の弟が散歩に連れて行ってる、毎日ご飯もやってるし。とか言ったら、主名は「しらんかった。。。」とか言っていました。
知らんかったんか?

わりとあっさり主名は気分を変えて、(もともと、私が犬を飼う気がないのは知ってたので)部屋で機嫌よく遊んでいました。

わたしは、ああ、情け心を出して犬を部屋に入れなくてよかった、と、つくづく思いました。

【2009/01/29 14:28】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
中国正月???
こないだ尋ねた香港人によると、香港の中国正月はもう終わったそうですが、アシュラムの中ではこれからみたいに思います。

だって、今日から中国正月用の飾り付けが始まってますもん。

今朝はババは来ませんでしたが、チベット僧のグループがステージ中央の前に座ってました。

あれはあちこちの国に逃げちゃってる半分いんちき僧だなんて悪口を言う人もいましたが、N棟のあたりでその僧たちが宿泊場所から出てくるのとすれ違ったりすると、やっぱりなんだかなつかしいようなジーンとした感じになります。

ダライラマとか来たらいいのになー。
来る意味もないんでしょうけど。
【2009/01/29 14:09】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
歌。
今日の午後のダルシャンではどこぞのインド人たちが歌を歌っていました。
その完成度の高さと、「ええかんじ」だったのとで、てっきりサイの学生たちかと思いましたが、女性もメンバーに入ってたみたいだったので、サイの学生じゃないのでしょうか?

音楽学校には男性も女性もいるみたいですけど、あんまり一緒に演奏したりとかって記憶にないので。

7時前くらいにアルティでした。

お腹がすいたので、サウスでががっと食べてからバジャン練習に行きました。

今日は、前々から歌いたかったけどやけに難しかった「ボーラーバンダーリーバーバー シバシバシバサーイーバーバー」とかいうバジャンも練習したので、
「でたっ!」
と思い、嬉しかったです。
【2009/01/29 00:39】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
中国正月?
ちかごろ、香港からの人がたくさん来てるので、そろそろ中国正月なのかな?2月の最初とかかな?と思い、今日、香港の人に聞いてみたら、香港では今日までの3日間が中国正月だとのことでした。

今日が最終日だそうです。
ぜんぜん気がつきませんでした。
香港だけということはないですよね?
いつもは中国正月はもう少しそれっぽく派手に飾りつけされたりするので。

今日、はトマトブレッドがあったので、バジャンが終わって人がたくさんあふれ出す前にそこらへんでカプチーノと一緒に2つ食べました。
ダルシャンやバジャン中が、一番、ホール以外の場所が平安で満たされる時間のように思います。

アシュラム内の木々やあらゆるものもその時、本来のいのちを人目をはばからず輝かせるように思います。

ここはあまりにも多種多様の質の思考、想念があまりにもたくさん集まりすぎるところなので。

沖縄(八重山)の離島にいたときは、めったに人が入らないようなところや森に入ると木々草花、あらゆるもの、空気までもがほんとうに神か精霊かわかりませんが、そんなようなもので満ちていて、ほんとうに自然にあたりまえのようにそれらのものと心が通い合い、やさしさのような慈しみに満ちた共通言語が肌を通じて植物、海、島、風、あらゆるものと通い合いました。

アシュラムなど、神の領域だと思うのですが、普段はそれらの木々などは魂を抜かれた仏像のようによそよそしく感じます。
人が多いので、みんな、沈黙を守っているのかもしれません。
人が少なくなるとそれらはガードを緩めて本来の生命力を表現し、雄弁に話し出すのかもしれません。
そんなときは私も一人で、一人でいるということはただ、神とともにいるということなので。

ネットカフェに来て広告記事みたいなのを読みましたが、野球選手の精神修養方、平常心を保つために護摩行をしたり、昔の日本では激しいこともした、みたいなことがかいてあって、
その内容自体は別に驚くようなことでもなかったのですが、記事を書いた人が最後に、いろんな苦行めいた修養法をして常にプレッシャーと戦っている野球選手に向けての言葉と思われますが、「みなさん、神様は見てますよ」とかいてあり、それになんだかじーんときて少し涙が出ました。

多分、プッタパルティのサムサーラにまきこまれているうちに、私自身気がつかない部分でも疲労感が蓄積されていて、そのふたがその一行でばっと開いたかんじでした。

つねに、自分の中心からのズレを感じ、意識しながら、しかし自力で修正もできず、それらに甘んじている自分がいるものですから。
【2009/01/28 14:39】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
疲労と食欲とババの夢
最近、主名の日本人の友達が来てるので、毎日のようにアシュラムに連れて行ってなるべく遊ばせるようにしてたのですが、やっぱり子供に合わせすぎると(といっても、ほかの人に比べたらぜんぜんみたいですけど)私に限界が来て、ここ数日は、ちょっと、自分の体勢を立て直そうと思い、そういうことをしてませんでした。

考えてみると、ここしばらく、ババの夢を見てないなあとかおもいました。

部屋においてあるパソコンが、しょっちゅう完全に死んだかと思われた後に復活してて、この前割と大規模に長時間停電した後には、いよいよ、もう完全に死んだな、と思ったのですが、また復活しました。

復活しそうな兆しが見えたときに、主名にババに祈らすのですが(「パソコンが直りますように」と)すると復活することが多いので、そんな時主名は1秒くらいしか祈らないのに、やっぱり子供の祈りはまっすぐ届くんだろうなとか、祈る時間の長さじゃないんだろうなとか、思っていました。

昨日、そんなふうに、また数日ぶりにパソコンが生き返ったので、ほうびに主名にディズニーのDVDを2本見せました。(英語教材ですが、何がそんなに面白いのか、主名はゲラゲラ爆笑して見てます)

で、今朝は久しぶりにババの夢を見ました。

いっぱいいろんなストーリーがあって、ずっとババも出てたように思うのですが、最近、夢をあんまり覚えてなくて、ほとんど忘れました。

覚えてるのは、ババがストレートヘアーで、長い前髪の一房だけを空に向かって垂直に立ち上げた斬新なヘアスタイルをしてて、そのババに会った後に、強烈な地震が起こりました。
私は横にいた人と一緒にそんなに大きくない机の下に入る、というより、その机をかぶってうずくまっていました。
すさまじい状況が突然起こりましたが、そんなときに非常に平常心で動揺がない自分の気持ちが自分で印象的でした。
地震は立て揺れで、私たちは何度も机をかぶったまま垂直に空中に飛び上がりました。

わたしは、こういうすさまじい状況が起こるからこそ、その直前にババに会ったんだろう、とか思いました。

次に覚えている状況は、ちょっとしたパーティ会場のようなところで、わたしはテーブルセッティングをしていました。
たくさんある丸いテーブルにグラスを並べたり、紙ナプキンを並べたりしていました。
紙ナプキンをそれぞれの位置に並べ終わり、もうそれ以上必要なくなったので、あまった紙ナプキンを所定の場所にしまおうとしました。

するとその場所でだれか若い男の人がのこぎりで何かを切っていました。
わたしはなにかその人に軽くあやまりながら断って、その作業中ののこぎりの下にもぐりこんで、紙ナプキンを所定の場所にしまいました。

わたしがその場所を離れた後にババが現れて、その男の人に、わたしが下にいてものこぎりの作業を続けていた事に関して、もっと気をつけなさい、とか、考えなさい、とか、注意して少ししかっていました。

その後、テーブルにおいしそうな湯気の上がっているような料理も並んで、私もうきうきした気分になり、人もみんな来て、さあ食べ始めよう、私もどこかに座ろう、と思ったら、集まった人たちが席を立ってまっすぐに並びだしました。
どうやら、ダルシャンのトークンの列を作っているようでした。

わたしも列のひとつに並んだら、その列が一番くじを引きました。

私は、こんなときに(料理が食べられる準備ができてるというのに)なんで一番を引いちゃったんだろう、、、と、なんだか残念に思いました。
(もっと後の番号なら、列を抜けて料理を食べにいけると思ったので)

前にはステージがあり、ババはすでにそこに座っていました。

すぐには移動せず、別の場所に並びなおしたときに、私のあぐらをかいた上に人のよさそうな自称こじきのおばさんが座ったので、「のいてくれよ~」と言いながら、わたしはゲラゲラ笑っていました。

そんな夢でした。
【2009/01/28 14:12】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
さんぽ
主名は、寝れば寝るだけ大きくなってるみたいなので、ほんとは早朝に起こしたほうがいいのかもしれませんけど、最近はほとんど寝るだけ寝かせてます。

で、そのあいだわたしは朝の散歩に行ってリフレッシュしています。

昼くらいに部屋に帰ってきても主名はたいがいまだ深く寝てるので、ときどき、死んでるんちゃうか?と思うときもあります。

いつもはバジャンが終わるまでにパン屋に行ったりして、疲れないためにできるだけ並ばないようにしてるのですが、今日はバジャンが終わったくらいに出かけたので、目当てのトマトブレッドはもう売り切れでした。

なので、パン屋ではもやしだけ買い、別の売店に行ってワダとかスプリングロールとか買って、カプチーノを買ってそこら辺に座ってぼうっとしながら食べました。

ぼうっとしてると、普段考えないような思考も浮かんできたりします。
今日は、何で今、自分がここにいるのか、そのことについて考えていました。

本来、沖縄の離島に10年くらい住んで、主名が中学を卒業するくらいにインドなりどこか別のところに行く予定だったんだろうと思います。(実際、島で借りて住む家を決める段階までは、いったのです)
それなら主名の日本語も基本がしっかりできてるし。
距離もインドよりかは近くて旅費も安いしビザもいらないから、親や親戚やだんなも時々は遊びに来たかもしれません。
私もそうなると島でサンシンをし、絵の仕事もしばらく続けていたと思います。

しかし、いろいろ変更が起こったり(振り返ってみると起こったことはすべて必然であるとはいえ、シナリオの変更はあったと思います)して、間をたくさんキャンセルして直接的にインドに来ちゃった感じは否めません。

きっと、もうすこし緩やかに、無理の少ないシナリオをババは用意していたと思います。

自分が感じる、ババが用意してくれているシナリオと、自分が実際演じれるものが一致しない瞬間、二通りのシナリオに基づいた世界が見えるときがあります。

しかし、それも最後にはひとつのところにたどり着くのだろうと思います。

できることならたくさん回り道をして、よりたくさんの経験をつむために、その道程の瞬間ごとを楽しむ余裕がほしいです。

それが、難しいです。
【2009/01/27 15:22】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
スライドブレス
昨日もババは劇か踊りの後に向かって左から右に両手でスライドブレスをしていました。

アンデラプラデシュ地元民グループでしょうか。インド人でごった返しています。

昨日サウスに行ったら、そんなにこんでもなかったのですが、一階は全部ミールスデでティフィンは2階で食べるようになっていました。
2階のほうが明るくてよかったです。
大量のラドゥーが並べてありました。
おばちゃんらがみんなでほとんど右手だけを使ってラドゥーを丸めていました。

ああゆう、ひとつのものが異常にたくさん並んでるような、工場みたいな光景って、日常の感覚を超えるようでなんか好きです。
【2009/01/27 01:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ
今朝はババは9時ごろ来て、インド人家族へのインタビューのあと、10時くらいに帰って行きました。

インタビュー、来たら呼ばれる家族とかいるでしょうけど、政治家とか王族とかいろいろ。

あなたは時々来た時にだけインタビューに呼ばれるのと、ずっと、ここにいるのとどっちがいいのだ?ババが誰かに言ったという話を思い出しました。

どっちもが、いいですよねー。

【2009/01/24 15:40】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ
最近はバジャンの終わりの数十分、ずっとババは前に座ってます。

今日はまたバジャン後にバジャン練習に行きました。
【2009/01/24 01:15】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ジェイ
数日前から、バジャンの終了時の「サマスタローカー スキノー バヴァントゥ」のあとに、
「ジェイボロバガワン シュリサッティヤ サイババジキ」「ジェイ!」というのが加わってます。

それまでも会場から自発的にそういう興奮したような叫び声が毎回上がってましたが、マイクを通して言われるこれらの声は、うっとりしたような優しい言い方です。

今朝はババはお休みでした。
【2009/01/23 19:11】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
出歩き
昨日の朝は、ずっとおばあちゃん先生のとこで一緒に練習してたインド人のおばちゃんが、アトランタにいる娘が誕生日だからヴェーダを唱えたい、ということで、おばちゃんの自宅に行って一緒にヴェーダを唱えました。
初めて訪問しましたが、いい家に住んでました。

そこの家で、インド人のおばちゃんと日本人の私が向き合って2人でヴェーダを唱えてる不思議を感じました。
ありえないことだよなー、と。
こんな状況、考えてみれば不思議過ぎます。

「だんなが、わたしがヴェーダを唱えるところを聞くのはこれが初めてなのよ」
なんて後でいってました。

いろんな生活があって、人の数だけいろんな世界があるんだなあと、改めて思いました。

だんなさんがバンガロールでまた仕事をはじめるとかいうので荷造りをしていました。
おばちゃんは、だんながバンガロールにいったら私はもう料理を作らない。なんてこともいってて、
普段行かないらしい、サウスキャンティーンに私が連れて行って値段を教えながらチャパティを買ったりしました。インド人にサウスのことを教えるなんて、なんかへんなかんじでしたー。

おばあちゃん先生が去った後はある種の緊張感がなくなったので、なんだか色んなことにしみじみします。

今日の夜はインターナショナルグループのバジャン練習に行きました。
去年、グループに参加したてのころはえらく風当たりがきつく感じていましたが、最近はとてもやさしい雰囲気で接してもらうことが多いです。
なんだかみんなとてもやさしいです。
こっちも、何があったわけでもないのですが、なんだかしみじみしました。
今日はアシュラムの外では、夕方からずっとさっきまで停電でした。

停電だと星がすごくきれいに見えました。
【2009/01/22 02:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババはプッタパルティ
ババは動かずにプッタパルティにいます。

夕方までずっと部屋にいました。
やっぱり部屋でじっとする時間って、なんか大事です。

今日の夕方のバジャンではババはステージ上をうろうろして、最後の何十分かくらいは中央にいました。
終わったのは6時くらいでした。

今日は気を取り直してバジャン練習に行きました。3~4曲練習しました。
ハラハラガンゲ~~~、とかいうやつとか。
【2009/01/20 01:19】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
会合みたいな練習
今日の午前中は、おばあちゃん先生のとこでずっと一緒に練習してたインド人のおばちゃんと、少し来てた、インターナショナルバジャングループのリーダーが部屋に来て、ヴェーダの練習をしました。

インターナショナルバジャングループは、というか、そのリーダーがつかむ力が強いので、バジャン練習に行ってみたり、行かなかったり、なんか疲れるので気分的にはいやなんですけど、いまは離れる力が自分に無いのかもしれません。

なので今日も、気が乗らなくて、でも一応練習して、毎週日曜にこのメンバーで練習するようなことになったみたいです。
なんか、しんどいです。

プッタパルティのサムサーラに巻き込まれてるかんじ。

午後はじっさいしんどくなって、夜になるまで熟睡してました。
今は少しましです。

あした、ババがバンガロールに1~2日行くんじゃないかという話を聞きました。
【2009/01/19 00:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日の午後はババはバジャンが始まってから来て、アルティまで壇上にいました。
終わったのは6時くらいでしょうか。

昨日の夜、主名と私と、主名の日本人の友達と、そのお母さんが風邪を引いてたのでお父さんが一緒にウエスタンキャンティーンにご飯を食べに(主名の友達のとそのお父さんはご飯を取りに)行きました。

カウンターで食べ物をとって、支払いを済ませて主名はどこかな?と見ると、ずいぶん泣いておびえて駆け寄ってきました。主名の友達とそのお父さんの姿はすでになく。

どしたん?と、事情を聞くと、おばさんにすごい怒られて、ほんとかどうか知らないけど、ほっぺもたたかれたと。

どうも、私がご飯を買ってる間に主名の友達がよその子に悪さをして、主名の友達とその子とが殴り合いみたいな激しいけんかになって、それぞれのお父さんが各自の子供を捕まえて引き離したらしいんですが、その子のおばあちゃんが激怒して、男性側まで行って、主名の友達をお父さんが子供を捕まえてるにもかかわらず主名の友達のうでを2回たたいて、そのこが泣かないのでもう一度たたいたら泣いて、おばあちゃんは女性側に戻ってきて、主名もついでに激しく怒られたらしいです。

気の毒な主名はなにもしてなかったらしいのですが、とばっちりでした。
しかも女性側で私が見てない間に猛牛みたいなおばさんに一人で怒られて。

とばっちりなので、そのおばあさんのところに行って、「主名はなにもしてないのに何で怒ったんですか?」と言ってみたのですが、彼女はまだカンカンで、英語も通じなかったので、しょうがないから引きかえして主名がおちついてからご飯を食べました。

あとで、主名の友達のけんか相手のお母さんがいたし、私は別に怒ってなかったのですが、主名が納得してなかったので、とりあえず主名に謝ってもらったほうがいいと思って、事情を言いに行きました。
そしたらそのお母さんはすごい謝ってきたので、わたしも、彼女の子供とけんかしたのは日本人だったし、それに関してこちらも謝って、お互い謝って許しあう感じになって、主名も一応納得したみたいでした。

そしたら今日、主名と友達と、また別の、いつもよく遊ぶ別の国の子が一緒に遊んでたら、前日の子供とおばあちゃんとお母さんが来て一緒に遊びました。
主名のいつもよく遊ぶ子と同じ出身国だったらしく、私と主名がそのいつもよく遊ぶ子とそのお母さんと親しいと知って、昨日の子のお母さんはまた、自分の母親がすごいことをしてしまった、と、すごく恥ずかしがってたそうです。
その、カンカンになってたおばあちゃんは、まだ怒ってましたけど。彼女はいつもよく怒ってるそうです。

いろんな人が来てるので、いろんなことがすごいスピードで起こります。
【2009/01/18 01:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バジャン、かー。
今朝はバジャンに行きましたが、朝ごはんをサウスで食べるつもりが、行ったらしまっちゃったので、すきっ腹でバジャンに行く気も起きなくて、ショッピングセンターに行って必要なものを買いました。
で、パン屋でパンを買って、そこら辺でコーヒーも買って食べました。
寝てる主名は部屋においてきてたので、しばし至福の時間です。

昼はインターナショナルバジャングループの人に頼まれ物を渡す用事もあったので、練習に行きました。
なんとなく練習に行くのがだるかったので前回とか行かなくて、もう行くのやめようかなーとかも思っていたのですが、まあ、ええわ、と思って、いっときました。

しかしここ最近私も主名も風邪気味で咳とかでてて、練習で大きな声を出したらのどが調子がさらに悪くなって、部屋に帰ってヴェーダの練習もしたら疲れてしまって、夕方20分くらい横になってる間にバジャンが終わりました。

まあ、いいか、と思って、ホメオの医者のところに行っていつもの薬を出してもらいました。
主名の喘息とか私の花粉症に出してもらってるのですが、もう1年くらい、適当にですけど飲み続けてるんじゃないでしょうか。
なんか、効いてるのか効いてないのかよくわからないんですけど、安いし、ドクターの感じもいいし、薬も甘いしで、安心して飲み続けちゃっています。
効かないかもしれないけど悪くはないだろう、という。

今日は、主名のおねしょ用の薬と、咳のシロップも買いました。
咳のシロップは甘くておいしいので、咳が出てないときもたまに趣味で飲んだりしています。
実は焼酎並みのアルコール度数だったりするのです。

今主名は、芝生に一人で遊びに行っています。
やっぱ、5歳にもなると楽ですね。
いろいろ手伝ってくれたりもするし。
【2009/01/16 22:19】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日
今日の午後のバジャンの最後30分くらいはババはずっとステージ上、中央にいました。

今朝はババはお休みでした。
【2009/01/16 01:40】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ドクター
西洋人や日本人がどんどん行ってる霊感アーユルヴェーダドクターのところに、ついに行ってみました。
ずっと行く気が起きなかったのですが、最近、一度くらい体験してみようと思い、通訳してくれる人もいて。

行ってみた感想としては、霊感で取ってこれる情報に関してはすごくクリアで精度が高いけど、まったく取ってない(見てない)部分が勝手な自分の感覚として、35パーセントくらいあるんじゃないかなと。

いろいろな情報を教わったので、自分の中での疑問点などがクリアになってすっきりしたはずなのですが、なんとなく気がめいってすごく疲れた感じもあります。
自分の場合、あまり、彼の情報に深入りしないほうが幸せにすごせる(より軽やかな世界が目前に展開される)ような気がします。

そこのクリニックは繁盛してていつも行列なのですが、やっぱ、外国人がほとんどで、ドクターも疲れててよどんでるんじゃないかと思ったり。
ああゆう霊感的な仕事の人は大変ですよね。。。

日本でわりと有名らしいアカシックレコードを読む人に見てもらったこともありましたが、彼もすっごい疲れてる感じでふにゃふにゃでした。
その情報も、詳しくて正しかったかもしれませんが、その情報で自分の気持ちに混乱がおきました。
しばらくそれを引きずってましたが、私の場合はシバの葉にそれについて質問して、その情報についての否定的な回答が得られたときに、心の平安が戻りました。

しかし再確認できたのは、ババの力がいかに何もかもを飛び越えて作用するかということです。
たとえば妊娠中と出産時は私と主名はどっちも大変で、特に出産時はどっちかが死ぬような状況だったらしいんですが、ババの恩寵というか介入でどちらも無事だったそうです。
インド占星術でわたしと主名のチャートを見た人からも、出産時のことについて「前世の功徳のおかげですね」みたいなことをいわれたような記憶があります。
つまり、普通にいけば、やばいところを、何らかの理由で大丈夫だった、と。

易で占うときも、90パーセント以上の的中率のはずが、ババがからむとことごとくはずれてくるので、そういう時もババの力をよく感じました。

ババにどれだけ直接的に心を明け渡すことができるかと、ほんとに、それだけがあらゆることを包括的にうまくいかせられるんだなと思いました。

今回のドクターの件にしても、もしわたしが出産前にこのドクターに聞いてたら流産の可能性の高さをもとに薬が処方され、さらに、出産時にどちらかが死ぬという情報を元に対策をするならしていたと思います。

実際はどうだったかというと、自分でもやばいなとは感じていたので、シバの葉を開けてカルマの解消をしておいたりはしたのですが、陣痛開始から13時間ぐらいかかったものの、出るときはすぽんと出てきました。
(自宅マンションの風呂で出産しました)

ホワイ フェアー フェン アイ アム ヒアー、と、ババの有名な言葉がありますが、ほんとにすべてをコントロールしていて、そして実際コントロールできるのは彼なんだなあと、再確認した次第です。
いつでもどこにでもいて、すべてに浸透している彼、そこに人間個人の恐れを抱く必要は本当にない、と。

ババに意識を合わせることがどれだけ超越的効果があるのかよくわかりました。
【2009/01/16 01:36】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
マカラサンクランティの今日の朝はババは夢で傘をさして車の助手席に乗っていました。
ババが通り過ぎるとどしゃぶりの雨になりました。
雨は天地をつなぐ吉祥の象徴だと思いました。

これが今年に入ってちゃんと覚えてたババに関する初夢でした。
【2009/01/15 01:48】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マカラサンクランティ
今日はマカラサンクランティでした。

昨日は多分ババの学生の劇があって、よくできてて、ホールにスクリーンも設置されて正面からの劇がスクリーンを通して見れるようになっていました。

今日の朝はダルシャンはスーリョウパニシャッドでした。
マカラサンクランティは太陽の動きと関係あるからでしょうね?あと、学生への表彰式でした。
ディスコースもありました。
ババは深紅のローブでした。
ナッツ類のプラサードでした。

午後はまた劇をしていました。
終わったのは夜7時を過ぎてたと思います。
午後はババはオレンジのローブでした。
車椅子で帰っていきました。

外もと思いますが、アシュラム内の道に色粉できれいな絵が描かれています。
いつものお祭りならバナナの木が門に飾られますが、今日はたぶんサトウキビの木(?)も飾られています。
【2009/01/15 01:45】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
スポーツ大会午後
午後は主名の友達とそのお母さんと一緒にスポーツ大会に行きました。
ババが来た4時過ぎくらいには座ってたところが日陰になったので快適でした。

午後は小学生中心という感じで、ダンスが多かったです。
去年やってた自転車や一輪車の曲乗りは、あれはレギュラープログラムではなかったのか、今年はありませんでした。

全体的に去年よりも、午前も午後も地味な気がしました。
なのでほのぼのしてました。

カレンダーやババの写真も配られたのですが、みんながもぎ取るように奪い合ってもの凄いことになってたのであきらめました。
一人で6つくらいカレンダーをもらってた男の子もいました。
スタジアムで何か配ると、マンディール以上に凄いことになる気がします。
ダルシャンの時には絶対入れないような中学生くらいの男の子がいっぱい女性の席に入り込んでるというのもあると思います。保護者なしで来てる小学校高学年から中学生くらいの子供がむちゃくちゃして収拾つかない感じです。

午後はババはオレンジのローブでした。

スタジアムだと持ち物チェックとかもほとんど無いので、果物やお菓子やジュースなんかを持ち込んで、遠足気分で観ました。

終わったあとは主名と友達の男の子はスタジアムの観客席で暗くなるまで楽しそうに遊んでました。
主名は今日は早くに起きて昼寝もしてなかったのですが、一日ずっとよく遊びました。
きっと今日はすぐ寝ると思います。
私も眠たいです。

今日は満月ですか?
月の周りに虹の帯みたいなのが出ててすごく綺麗でした。
【2009/01/12 01:27】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
スポーツ大会午前
今日はスポーツ大会(正式名称はなんていうか忘れました)です。
午前のプログラムは8時からということだったので、7時半くらいに行きました。
ちょうど、オートリキシャの通行規制がはじまってたので、歩いていきました。

ババは8時半くらいに白いローブで現れました。

最初に学生が行進するんですけど、それはさすがによくそろってて感心します。

さすがに、見るのが3回目になると、基本的な線は同じなので感動が薄くなってきました。
しかし、やっぱり完全にアクロバットですよね。。。サーカスだー。
今年は中国のライオンダンスのライオンがいっぱい出てきてて、ドラゴンもいくつか出てきてました。
中で操ってるのは学生でしょうね?当然?
なんか、ライオンの首の振り方とか、音楽への乗り方、腰の振り方とか、どことなくインド人ぽかったです。一匹、台から落ちてたような。
空手の瓦割りみたいなこともやってて、(去年もやってたような気もしますが)なんか、中国っぽいのが多かったです。

でっかいシバリンガムとかもでてきて、ここらへんはさすがインドの運動会という感じでした。
ヨガみたいな体操があったりとか。

バイクのスタントショーみたいなのも今年もやってましたが、今年は女学生は改造オートリキシャでやってました。
去年みたいな、地面に女学生を並べてその上をバイクがジャンプ、というのはなくなってました。
あれは見ててちょっとこわかったです。

11時ちょっとすぎくらいにババは帰っていきました。

午後は4時からだそうです。
今は1時半くらいです。
ほかの家族と3時に待ち合わせして、一緒に見に行きます。
午後は小学生の出し物中心のかわいいやつが多いと思います。
あと、小学生による自転車のスタントショーですか。

今日はよく晴れてるので、しっかり日焼け対策をしていきます。
【2009/01/11 16:58】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
スポーツ大会みたいなのん。
あした、ヒルビュースタジアムでスポーツ大会みたいなのがあるので、張り切って行ってきます。
見るだけですけど。

今日の午後のダルシャンではババはずっとバジャンが終わるまで前に座ってました。
で、アルティーで車に乗ってそのままスタジアムに向けて脱出しました。

主名は今5歳で、6歳のこっちの友達がいて、昨日来た4歳の日本人の子もいて、3人でなんか楽しそうに遊んでます。
6歳の友達も最近学校を辞めたので友達との遊びに飢えてるのかもしれません。

6歳の子の両親がご飯の後にしゃべってたインド人親子はある地域の王族で、すっごい金持ちらしいです。
で、子供をババの学校に入れたら?とか言ったら、「それはできない」と言われたそうです。
というのは、いろんな価値のある財産があって、それをちゃんと管理して子孫に残さないといけないから、地元を離れられないんだそうです。

すっっっごい金持ちなんだそうですけど、たいへんですね。わたしならできないな。

【2009/01/11 01:14】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ビザ切れ
こっちでずっといた人が半年ビザが切れてることに、帰る前の日に気がついたりしてたので、大丈夫かなあ?とか思いましたが、アシュラムの中(N7)でビザ関係の手続きが出来たりするので、そこで聞いてみたら、最初怒られはしたものの、必要な書類を集めて、ビザが切れたあとでしたが、めでたくさらに一ヶ月、更新が出来たそうです。

でも、ビザの更新はできれば早めのほうがいいですよねー?

今朝はうちらは一応バジャンに行きましたが、ババが中々出てこなかったし、途中で部屋に帰って、主名に勉強させてました。

おばあちゃん先生がいなくなったし、主名の入学対策に集中するような状況が出来てるのかもしれません。
【2009/01/10 19:48】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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