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ぶちぎれ
今朝はババは来なさそう。と思って、ホールを素通りしてパン屋でパンを買って食べててもバジャンが終わらないので、来たのかな、と思ってホールに入りました。

ババはホールの中をずっとあっちこっちうろうろしてました。
テルグ語圏のインド人グループが来てます。

どんどん暑くなってきてるので、すでに心身のバランスを崩してる人が、ちょっとしたことでからんで激怒してきたりします。

子供はその点そういう人を刺激しやすいので、気をつけないといけないなと思いました。

数日前は私と主名と別の日本人親子と別の外国人親子とその友人の7人がウエスタンで一緒に夕食を食べてたのですが、主名の友達二人が先に食べ終わったのでキャンティーン内で遊んでたら、近くの西洋人が激怒して、親に怒鳴りつけてきました。

外国人の知人親子はもう5年くらい住んでるので、なれっこで、そっちを見もしませんでしたが、日本人の知人は急いで子供を外に連れて行っていました。
その外国人の知人親子は、いきなり殴りかかってこられたり、よくあるそうです。
一度は子供をげんこつで殴りつけてきた人に怒ったら逆切れされて両手で両頬をひっかかかれて大量出血したとか言っていました。

あとでセキュリティオフィスに行ったら、その加害者を見つけてつれてくるように言われたそうです。
そんな恐ろしいこと、、、と思いながら探したけど、幸い見つけられなかった、と、彼女は言っていました。

昨日はサウスで私だけ少し食べて、主名はミルクを飲んでました。
私は知人としゃべりながら。

主名は片足をいすの上に折りたたんでいすの上に半分正座するみたいに座っていました。

そしたら後ろを通った人がいきなり主名のいすの上の足を蹴り上げて、「あんたの汚いつま先が私の服に触った!」とかなんとか激怒してきました。

主名も私も知人も、その人が後ろを通ったのも気にしてなかったので、びっくりして振り返って、なにごと?とか思いましたがその人はさらに私たちのほうに来て、何度かぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーどなりちらしてきました。

完全に正気じゃないみたいだから、やり過ごすのが賢明と思って、知人とその手のおかしい人についてぼそぼそしゃべりながら知らん顔してたらその人は自分の食事を始めてました。

かなり勢いよく蹴られてたのですが、主名もびっくりしたのか泣きはせず、おとなしくしてました。

まあ、足があたりそうだったら何か声をかけるのが普通ですよね。
彼女の場合、私たちの背後を自ら通って、静止してた主名のつま先が自分の服に触れたからといって、いきなり子供の足を蹴り上げてました。

その蹴った人はインド人かと思ったのですが、見たらサウスで持参のスプーンを使って食事してたので、たぶん外国人だと思います。
暑くておかしくなってたんだと思います。

あとで、主名に痛かったか聞いたらかなり痛かったらしく、主名が泣かなかったので、やったことは派手だったけど、きっと主名のサンダルの固いところを蹴り上げたんだろうと思ってたのですが、主名にあとで聞いたらすねを蹴られてたそうです。

セキュリティオフィスもすぐ近くだったし、彼女をつかんでセキュリティオフィスに連れて行くか、セキュリティの人を呼んできて少なくともこういうおかしい傾向のある人をチェックしておいてもらったほうがよかったのかもしれないな、と、あとで思いました。

ウエスタンで知人の顔を引っかいて流血さわぎを起こした人も、知人が「見つけられませんでした」と、再びセキュリティに行ったら、「この人か」と、セキュリティのほうから加害者の写真を見せてきたそうです。
セキュリティはそういうふうに誰がやばい人かという情報はつかんでるみたいなんですけど、だからといって加害者がアシュラムに出入り禁止になるのはまれなんだろうと思います。
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【2009/02/28 15:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
マハシバ後
マハシバのあと、わたしたちは昼寝を8時間くらいしたりしてたので、時差ぼけみたいに夜寝れなくなるだろうと思ったのですが、夜も寝て、また次の日の昼間も5時間くらいねたりして、寝て、時差ぼけが解消したようです。
今はまた普通のリズムに戻りました。

アシュラムの中の人たちも少しずつ減ってきてますが、入れ替わりにどこかの地方のインド人の団体も来てます。

もうじき、今来てる日本人の男の子も去るので、今のうち、また、毎日主名と遊ばしてます。

ダルシャンでは毎日スピーチやら音楽プログラムやらやってるみたいですが、そういうわけで、あんまりちゃんと行ってません。
昨日はたぶん学生たちがババに向かっての訴えかけのようなスピーチをしてました。
ホワイトフィールドの学生でしょうか?ここの学生でしょうか?
よくわかりませんでしたけど、スピーチの中でなんどもなんども「アイラブユー」とか言ってました。
わー、そんなんよーゆわんわー。とか思いました。

だれかが、今年はババはコダイじゃなくてホワイトフィールドに長くいたいと考えてるらしいとか言ってましたけど、これもいつものことで、あてになりません。
去年も、ババは3日くらいだけホワイトフィールドにいて、あとはコダイに長くいると移動の直前までみんな考えてましたが、実際はババはコダイには行かず、ホワイトフィールドに2回行ったりしてましたから。

日に日に暑くなってきてます。
でもまだ許容範囲です。

そういえば、マハシバのために私の元ヴェーダの師匠のおばあちゃん先生が来てて、外の道でばったり出くわしました。

翌々日にチェンナイに帰るという話でしたので、昨日の午後のダルシャンの後におばあちゃん先生がホールから出てくるのを待って、おばあちゃん先生がプッタから引っ越したときに撮った写真を現像しておいたものを渡しました。

ほかにも弟子たちが集まってきてて、みんな、久しぶりにあえて嬉しそうでした。
一人のおばさんなんか泣き出さんばかりでした。
おばあちゃん先生のひざにくず折れてました。で、おばあちゃん先生の手をとって自分の頭に乗せて無理やり祝福してもらってました。

そのおばさんは、おばあちゃん先生にあげた写真の中から勝手に一枚奪ってました。
おおこの帰依心の強さよ。

でもみてたら、彼女とおばあちゃん先生の間にはほんとに魂の母と娘のような愛着があるんだなあと思いました。

おばあちゃん先生は心なしかふわっとゆるんで、なんか背も伸びた?とか思いました。
プッタに住んでたときはいつもきちっとした緊張感がありましたから。

おばあちゃん先生は私にサンキューサンキューとかいって、「リメンバーミー」と言ったので、
「シュアー、シュアー」と答えました。

半分まで教わったサラスワティースークタムの勉強は進んでるかと聞かれたので、最初に誰かに教えてもらってから勉強したいので。と答えました。
実際の細部の勉強はCDとかテープとかでほとんどしますけど、最初にエネルギーを通すような意味で、誰かに一回でも導いてもらってからじゃないとなんとなく、やる気が出ないので。

今日はもう、チェンナイに戻られたはずです。
おばあちゃん先生は年が年だけに、また会えたのでよかったです。
写真も渡せて、仕事がひとつ終わった感じがしました。



【2009/02/27 18:00】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ハンガリー
マハシバの日にホテルの礼拝室でのプージャに来て、やけに上手にバジャンを歌った夫婦はハンガリーのひとだったようです。
今、SSOJの写真を見たら載ってたので。
なるほど納得。

インターナショナルグループにもハンガリーの人が何人か参加してましたが、私の隣で歌ってたハンガリーの女性はすごくかわいい人でした。
【2009/02/25 02:40】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マハシバラトリ
23日から24日にかけてマハシバラトリでした。

わたしたちは夜中の1時すぎくらいにインターナショナルバジャングループの出番だったので、12時くらいにホールに入りました。
集合が1時とかで、早めの12時50分くらいに集合だったのですが、行ったら12時過ぎでもう集合でした。

アカンダバジャンのときはバジャンホールの中で歌ったのですが、マハシバのときは、サイクルワントホールの階段状になってる中央ステージの前で歌いました。

なるほど、だからグループの人数が60人とかに増えても大丈夫なのか、とそのとき初めて合点がいきました。バジャンホールの中に入ったアカンダバジャンのときはせいぜい30~40人がリミットだったので。

集合時間が早まってたので、リーダーが来る前に並ばないといけなくて、バジャン指導のインド人女性がわたしに、みんなをあらかじめ決めておいた順番で、並んで座らせて、といってきたので、バジャングループでマハシバで歌うのは初めてで、どこでどういうふうに歌うか知らなかった私はどっちが前かもわからないし、よりによってこの英会話力ミニマムの私に言うか?と思って、ちょっと困りました。

なので、他の、何度もこのバジャングループでのマハシバを体験してる人に聞いて、「ここ一列目、ここ2列目、ここ3列目」と、みんなを座らせましたが、どっちが前かは最初、90度間違ってました(笑)あわあわあわ。

で、リーダーもそのうちに来て、歌う順番が来て、歌う場所にみんな座って、歌いました。

ステージ(テンプル)の天井に、以前ブッダ祭で日本全国の帰依者がつくった手まりの飾りがまた使われて飾られていました。
あれはほんとに美しいですよね。
ひとつひとつの惑星が集まった小宇宙のようです。

バジャンは、多分、朝から並んだ人たちは待ち時間に少し練習でもしたのか、フォロー(リードに続いて歌う人たち)もほとんど間違えずに、ちゃんと歌えてました。
練習の最後のほうの駆け込み参加が多かったので、けっこう、フォローの質が最後の最後で下がってたのですが。

しかし、楽しかったです。

前回のアカンダバジャンのときは最後列に座ったのですが、今回は最前列に座ったので歌いやすかったです。
それと、バジャンホールの中ではなくてステージの前だったので、私たちがリードして歌ったあとにサイクルワントホール全体からのフォローの歌声が返ってくるのがちゃんと聞こえたので、それが快感でした。

楽しい経験をさせてもらってありがとうございましたと思いました。

わたしたちは来たばっかりで元気いっぱいだったのですが、主名といっしょにサウスにお茶を飲みに行って、その後、主名のどうしてもという希望をくんで、朝までサイクルワントホールにいました。
私は、自分らの歌う番が終わったら部屋に帰って寝ようと言ってたのですが。
もちろん主名はじきに横になって熟睡。

子供は横になって寝てても怒られないからいいですね。
大人は怒られてました。
熟睡しすぎて起きない人はセバダルに水をかけられたり。

最初にシバラトリに参加した2年前は私も朝から並んで、夜も部屋に帰らずがんばってたので、むちゃくちゃしんどくて、ホールで横になって寝ずにおれない感覚はまだ覚えてます。

今回は昼寝せずに夜中に来ましたが、でも楽でした。座ったままうとうとしたり、知ってるバジャンになったら突然起きて歌ったりしてるうちに朝になって、ババが真っ赤なローブで登場するまですぐでした。
ババは車椅子で会場や外のほうまであちこち回ってました。

今回インターナショナルグループで教わったバジャンのうち、「ボーラーバンダーリーバーバー」もすごく好きですが、「シバシバシバシバ シルディプリーシュワラ シャンボーシャンカラ サンバシバー」というのがなんか民謡チックで面白くて好きで、ババが来てからは特にうまい歌い手がマイクを通して歌うので、その「シバシバシバシバ」を歌わないかなーと思ってたら、歌ってくれたので嬉しかったです。

まもなくアルティになってプラサードのご飯が配られました。

ババはまだずっと前に座ってて、プラサードが配られる様子を見守ってるようでしたので、わたしらもずっと立ってババを眺めてましたが、ババはみんなにプラサードがいきわたるのを待ってるのかなと思ったので、自分らも取りに行きました。

ほぼみんなにいきわたったのを見届けてから、ババは帰って行きました。

プラサードはいつものスパイスの効いた混ぜご飯みたいなやつと、ラドゥーでした。

楽しく、満足したマハシバラトリでした。
主名も楽しかったとか言っていました。

そう、アカンダバジャンのときは主名はバジャンホールに入れないので、外で待ってましたが、今回はみんなと一緒に座れたので、私もよかったです。

私は、グループでバジャンを歌ったあとに次のグループと入れ替わるときに、組んだ足の上にはずしておいておいた腕時計(手拍子を打つと自然に外れてしまうので先にはずしておきました)のことを忘れていて、立って移動してしまったのでなくしてしまいました。
ショッピングセンターで500ルピーもしたのに、、、と思いましたが、何かのカルマと一緒に腕時計もなくなったんだろうと思いました。

部屋に帰ったら目覚まし時計まで狂っていました。

持ち帰ったプラサードの残りを食べ、ミルクティーを入れて飲んで、風呂に入ってさっぱりしたあと、私も主名も寝なおしました。
たっぷり8時間寝ました。

起きたら夕食の時間でした。
ウエスタンで食べてきました。

今回は多少は疲労しましたが心地いい疲労感だけ残っています。

楽しかったです。
【2009/02/25 02:34】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マハシバ当日
今日はマハシバラトリです。
結局、インターナショナルバジャングループでの席はもらえなかったみたいなので、それぞれがまともに並んでホールに入ることになりました。

なので、うちらは昼間に入るのはあきらめて、朝、8時過ぎくらいにアシュラムに行って、ホールの外からダルシャンを受けました。
何回もルッドラムが繰り返し唱えられていました。

けっこうあっさり午前のダルシャンは終わりました。カレンダーも配られてたようですが、うちらは一人でたくさん甘いお菓子のプラサードを持ってるインド人に言って、私と主名の分をひとかけらずつおすそ分けしてもらいました。

その後、マハシバラトリのときに半プライベートでルッドラムを11回唱えるからと、数日前に誘われた場所に言ってみました。

いわれた場所に行ってみると、あるホテルの礼拝スペースでプージャが行われていました。
リンガムにアビシェーカムとかしてました。

私を誘ってくれた本人は来てなくて、私が行った時はプージャをする坊さん2人(親子)と、そのお父さんのほうの坊さんの奥さんと、ババの音楽大学の学生っぽい坊さん服みたいなのを着た2人と、ホテルの従業員と西洋人が一人でした。

後から、もう一人、普通の服を着た音楽大学の学生が来て、彼はおばあちゃん先生のとこで会ったことがあって、そのとき撮った写真を会ったときに渡そうと思って、1ヵ月くらい持ち歩いていたので、ついに渡せてよかったです。

プージャをしてた親子らしき坊さん2人がまるで親子喧嘩をしてるみたいにヴェーダを唱えあってたのが可笑しかったです。

プージャの後にはバジャンも歌われて、もしかして息子のほうの坊さんもババの音楽大学の卒業生かなんかなのか、タンバリンさばきが妙にうまかったです。

その後妙に歌のうまい西洋人夫婦と子供が来て、だんなさんと奥さんもバジャンをリードして歌いました。

その後、息子の坊さんがお供えの果物をカットしてその場で作ったフルーツポンチみたいなプラサードなどが配られました。
インド人はみんなそうみたいですけど、まな板を使わず手の上で全部カットされたどろどろしたフルーツポンチプラサードでしたので、もらうのにちょっと躊躇しましたがもらって、なぜかお代わりまでわたしの手に注がれて、たくさん食べました。
いろんなエキスが混じってそうでした。

その後ネパールへの列車の行き方を旅行会社で聞いて、その後ウエスタンで昼食を食べて、それからほとんど今まで、主名とその友達をあちこちでずーっと遊ばせてました。
さっき、この最高に混んでる日にサウスに行って一緒にご飯まで食べて。

プールナチャンドラホールは前に大きなスクリーンが設置されていて、サイクルワントホールに入りきらなかった人たちがそっちに座ってスクリーンでダルシャンを受けていました。

今日の午後のババは黄色のローブでした。

サイクルワントホールの正面に行くと、小さくですが、ちょうどディスコースをしているババがよく見えました。
ああ、充分。

今は夜8時半くらいですので、いっぺんアパートに帰って、少し寝て、11時半くらいにサイクルワントホールに行くつもりにしています。
インターナショナルバジャングループで歌う本番が夜中1時とかなので。

寝過ごさないようにしないといけないですね。

主名はネットカフェのソファですでに熟睡しています。

夜中にバジャンを歌いに行って、そのまま朝まで残るかどうするかはまだ決めてません。
【2009/02/24 00:05】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マハシバ前前日
今年はいつになくアシュラムに人が少ないという話ですが、さすがに今日はどっと来た感じがします。

今日の午後は7時半くらいまで何かプログラムをしてたみたいですが、うちらは6時からバジャン練習だったので行きませんでした。

SSOJのサイトを見たら、アマゾンとかのサイトでババの本が買えるようになったんですね。すばらしいですね。
【2009/02/22 00:56】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(1) |
今朝
今朝はダルシャンはありませんでした。

主名を遊ばせて昼食を食べたあと、今日はババこんかったなーと、ババの家を見ながらアシュラムを出ましたが、でも、どこにでもいるんだなー、とも思いました。
【2009/02/21 18:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
もうすぐマハシバ
もうすぐマハシバラトリですね。

今朝はバジャンに行き、昼過ぎまで主名を芝生のところでほかの外国人のこらと遊ばせ、夕方のバジャンはホールの外からちらっとババの姿を見ました。

その後軽く腹ごしらえをしてバジャン練習に行きました。

前回のアカンダバジャンの時はまぎわになると一日2回練習してましたが、今回は場所の都合か、それはなさそうです。
すでに、こないだまで練習してたホテルの礼拝スペースからは音が大きすぎるということで追い出されて、今は別のアパートの礼拝スペースで練習しています。

今回は持ち時間は30分だそうで、夜中に男性のグループと交互に歌うので、30分の間に3~4曲歌うそうです。

今年はいつになくアシュラムは人が少ないそうです。
バジャングループは駆け込み参加が多くて、大所帯になりました。
【2009/02/21 01:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
メールへの返信のコピー
(インドビザに関しての話です)

ビザは、こちらの旅行会社などで延長が半年までなら可能です。

なので、一年に一度はどちらにしろインド国外に出ます。

日本に帰ったときもありましたし、スリランカに行ったときもありました。

去年の3月から4月にかけてスリランカに行きましたが、そのときの航空運賃はわたしと主名の子供料金で、一ヶ月オープンかなんかで8000ルピーほどでした。

安かった印象があります。

しかし私たちの場合はなんどもインドビザばかり取ってて、しかもインド国内でビザ延長をしてたので印象が悪くて、当時スリランカでは3ヶ月しかもらえないことになってたのですが、私たちは面接を受けて、2ヶ月しかもらえませんでした。

(その後、別の人が行ったときは6ヶ月もらえてるので、また、情況が変わってると思います。私たちのときはまだテロの余波が濃厚でしたので。)

そのときは、しかし新しいビザになったので、その2ヶ月が終わるときにインドでさらに4ヶ月だけ延長して、降誕祭前に一度日本に帰って新しい半年ビザを取り直しました。

降誕祭前は警察のチェックも厳しくなるので、そのときは、新しい半年ビザに切り替えておいてよかったと思いました。

私が頼んでるOOOOOという旅行代理店では正確にはビザ延長ではなく、ビザが切れたあとにも滞在できる滞在許可証を警察に発行してもらう形です。(レジデンシャルパーミット)

なんかちょっと裏技的な気もしますが、一応それで問題ないです。

最初頼んだときは一人15000ルピーでしたけど、2回目以降はそれより安くなりました。
いつも、手持ちのビザが切れてから新しいのをくれるので、最初は不安でしたけど、2回目以降はこんなもんかと思って慣れました。

インドを出国するときに、イミグレとかの係員がそのレジデンシャルパーミットの存在を知らなくて「何これ、ビザはどこっ!?」なんてよくいわれますが、上の人は知ってるので、大丈夫です。

ただ、出国時に出国許可証をあらかじめ取っておく必要があって、(イグジットパーミット)それを忘れると飛行機に乗れません。

私はそれでいっぺん飛行機を逃しました。

イグジットパーミットも同じ旅行代理店で取れます。

別の代理店や、弁護士に頼んでる人もいると思います。

今度また4月の頭にビザが切れるので、次はネパールに行こうかなと漠然と思っています。

飛行機だと高いですが、プラシャンティニラヤムからカトマンドゥに一本でいける列車があるかもしれないので、まだ確認してないのですが、そういうのがあるなら、ネパールもいいな、と思って。2泊3日の列車の旅だそうです。

タイに行く人も時々いますね。

タイだとそんなに安くはないけど(日本への旅費の半額ほど)いい気分転換になりそうですね。

あと、モルジブだったと思いますけど、に行く人も時々いるみたいです。

ネパールの旅行代理店では、お金を出せば1年ビザとか、いろんなタイプのビザが取れると聞きました。

ネパールで裏技的に5年ビザを取ってた人もいましたが、半年に一度はインド国外に出る必要があるタイプのビザでした。
【2009/02/20 01:21】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バジャン
今日の午後は4時半過ぎくらいにババが来て、確か6時前くらいにバジャンが終わりました。

わたしらはおやつを食べて、5時過ぎにホールに入ったのですが、ババはステージ上にいました。
バジャンが終わるまでババはそこにいました。

片手のちょっとしたブレスを3回くらいしてました。

今日のバジャン練習は教えてくれてるインド人女性が来ないという話だったので、わたしも主名をホメオの病院に連れて行くという口実で休みました。

本番直前になったら一日2回とかになるかもしれないので、ちょっと息抜きしておかないと続きませんから。

主名の自転車のタイヤの空気も抜けてたので、空気を入れに行ったりもしました。
自転車だけじゃなくてオートリキシャとかも行くようなとこなんでしょうけど、タイヤに空気を入れる専門店(というか小屋ですけど)がありました。
今まで知りませんでした。
ちなみに前後のタイヤに空気を入れてもらって5ルピーでした。
【2009/02/19 01:09】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
主名の自転車
主名の自転車が、3日ほど前にとられてしまったので、主名の友達の、今使ってない中古の自転車を1000ルピーで買いました。

前のがすでにだいぶ小さかったので、2まわりほど大きいのに乗り換えた形になってちょうどよかったです。

しかし、前のは足がべったり地面についてて、常に足ブレーキだったのですが、今度のはつま先しかつかないので、ハンドルのブレーキをとっさに使えないみたいで、今日は坂道をすごいスピードで下っていって、ポールの土台に激突したようです。

私はそのときは見てなかったのですが、あとで、その場にいた人に、
「どこも怪我してないのはすごいラッキーだったね。だってすごいスピードだったから。ババだね。」
とか興奮して言われました。

今は少し腕に青あざを見つけたので、主名は嬉しがってほかの人にそれを見せてます。

そうですね、多分いつも細かいところまで見て管理してくれてるんだろうと思います。

バジャン練習用のCDも、結局63枚焼いたのですが、私のパソコンはしょっちゅう止まるのに、今回は一回止まっただけでした。

【2009/02/19 01:02】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリシュナ
今日の夕方のダルシャンでは、クリシュナと10数人の男性が踊っていました。

まるで漁師の盆踊りみたいに土臭いのを何度も何度もちょっとずつ変えて繰り返してましたが、なんだか陶酔的ですごくよくて、感動しました。

ババはクリシュナの姿をした男の人にネックレスを物質化してあげてました。
もらったその人はホールの中のみんなに合唱して四方八方にお辞儀をしてて、会場全体から暖かい拍手が起きました。

その後ババは関係者のみんなと写真を撮ってました。

クリシュナ役の人がステージ上に呼ばれて、もう一人の人とババをはさんで記念写真を撮ってたときにはその人の感動や喜びが伝わってきました。
じっさい、その人は両手をあげてババの横でちょっと踊ってました。

その後、ステージから降りてからも、バジャンがかかってたのですが、その人はクリシュナとして踊ってました。

なんか、すばらしいもんを見たなと思いました。

ババは帰っていくときに両手ブレスをまた、会場の各方向に3方向くらいにぎゅっぎゅっぎゅっ、としてました。

この場にいる私たちは今、祝福されたんだな、と、改めて思いました。

今日のババはすごくありがたいすばらしい存在として感じられ、生き神様、ありがたや、というかんじでした。
【2009/02/18 02:40】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
CD製作
今参加してるバジャングループで自分たちの練習用にCDを製作しようという話があって、うちの部屋で録音するという話でしたが(部屋がこじんまりしててスタジオみたいで音響がいいので、あと、私の持ってるボイスレコーダーで録音するので)3転、4転して、私が連絡がつかなかったときによその部屋で録音したCDをみんなにコピーして渡そうという話になったのですが、
昨日の夜の全体練習のあとに、また、急遽主要メンバーが(だけじゃないと、部屋が小さくて入らない)私のとこに来て録音しました。

昨日録音したものをその場でみんなでスピーカーで聞いたのですが、
「プロフェッショナルだ。。。」「やっぱり日本製品は~」とかいう静かなつぶやきの声がほうぼうから上がりました。

いいのは数万円するボイスレコーダーですが、私の持ってるボイスレコーダーは最新の方じゃないのでもう値が下がってて7000円くらいのものなのですが、それでも、ほかの人(ヨーロッパ人のとかの。インド製品は論外)の持ってる録音の機械でで録音したものとは音の質は段違いです。

すばらしきかな日本製品。

で、昨日の夜、みんなが帰ってから今日の夕方までにかけて、私の壊れかけのパソコンで53枚CDを作りました。
ほんとは60枚といわれてたのですが途中、停電の時間も少しあったりして間に合わなくて。
夜は寝ながらもできるだけ13分おきにパソコンに空のCDを入れ替える作業をしました。まるであかんぼの授乳状態。

でも今日の夜の練習で配ったらぴったりの数でした。

今日来てなかった人もいるので、さらに10枚追加で作ります。

昔はよく工場の仕事をしましたが、なんか、CDを作りながらそれを思い出しました。
【2009/02/18 02:27】 | バジャングループ | トラックバック(0) | コメント(0) |
暑いです。
なんか、かなり暑いです。
自分がちょっと弱ってるからことさらそう思うのかもしれませんが。

今朝はババはお休みだったみたいです。

今日は部屋に人が来るかもしれなかったので掃除して(人でも来ないとあまり掃除しない)きれいになったので、ウエスタンに朝食を食べに行きました。
まためまいがしてたので、歩けないー、と思って、サイクルリキシャで行きました。
途中で、今日帰るらしい人たちが使い切れなかったサウスのクーポン、どうしようかー、と話してたみたいで、サイクルリキシャのおじさんはその使い切れなくなったクーポンをいっぱいもらってました。
よかったや~ん?

で、ウエスタンで朝食を食べたら64ルピーでした。
ウエスタンの朝食としては最高値です。
驚きました。

ピザの30ルピーとクロワッサン15ルピーが効きました。
ウエスタンもちょこちょこ新メーニューを提供してきてます。高いんですけど。でも、ドーナツとかはふわふわでおいしいです。

その後主名を芝生でほかの子と遊ばせて、2時2分前にサウスに入ってちゃちゃっと昼食にしました。

来客は今日はナシみたいです。
本とは昨日来てたみたいなんですけど事前連絡ももらってなかったからうちらは芝生にいてました。
なので、今日は携帯を珍しく携帯しています。
いつもは携帯していません。

サイラム

【2009/02/15 19:14】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ババ帰プ
ババは夕方の3時過ぎくらいに早々とプッタパルティに戻ってこられたようです。

バンガロール日帰りって、ちょっと大変ですよねー。

私は昨日体調を崩して寝てたのですが、今日は復活しました。
昨日今日とめまいもしてたのですが、これは暑さのための水分不足だったようで、今日の朝から水分を多量に取るようにしたらおさまりました。

毎日夕方バジャン練習で、いつもの時間(夕方)に主名を芝生で遊ばせることができないので、今日は午前中遊ばせました。
午後はもう暑くって。

部屋に帰って洗濯とかしてたらバジャンの時間が終わってしまいました。
【2009/02/15 01:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バババンガロールへ
今朝はめずらしく早めに目が覚めて、(昨日はしんどかったから早く寝たので)シャワーを浴びてから主名をみたらおねしょしてたので起こして、珍しく2人で朝のダルシャン&バジャンに行きました。

そしたらサイクルワントホールの中は空っぽでした。
なにごと?
と思ったら、今朝、ババはバンガロールに行ったそうです。
でも、建設中の学校を見たら今日中に帰ってくる予定だそうです。
日帰りは大変ですよね。
高齢なのに。

なのでサウスでわたしがご飯を食べて、その後ウエスタンで主名がご飯を食べて、その後芝生に連れて行って主名を他の子と遊ばせました。

昨日はわたしは完全に風邪の症状で、一日寝てました。
夕方のバジャン練習だけ行きました。

昨日今日とめまいがしてたので、多分暑くなって水分が足りなくなってるんだろうと思い、今日、朝から鉄やビタミンBなどの錠剤とともにたくさん水分を取ったらめまいは治まりました。

バジャン練習、気分的にすでに楽しめてないんですけど、あと一週間ほどだけなので、まあ、行くと思います。
マハシバラトリ、やっぱり自分についてだけ見てみてもすごくエネルギーが動かされます。
疲れるー。
【2009/02/14 18:28】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
風邪
なんか風邪をひきました。
バジャン練習に行きだすとなんか具合が悪くなるんだよなー、と思いつつ。
気のせいかもしれませんが。
なんか、バランスをとるのが難しいです。
東洋人はインド人以外は私と主名だけで、あとはやっぱりヨーロッパとか、南米とか、アメリカとか、今日は南アフリカからも2人来てました。オーストラリアからも何人か来てました。
イラン人も一人来てます。

だるいのと鼻水とくしゃみと、微熱くらいあるかもしれません。

練習が終わったのは今日は8時過ぎだったのでサウスで夕食を食べました。
私は練習の前に軽く食べてったのですが。

練習のとき、主名は一緒に座ってたり、どこかに遊びに行ったり好きなようにしてます。

3階建てのスーパーバザールの少し手前にもうひとつ、スーパーバザールが開店してました。
こっちは一階だけと思います。
食料品が主でした。

今日の午後のダルシャンではインド人が劇をしてました。
ストーリーはよくわかりませんでした。
ババは劇のあとに関係者にドーティーとかサリーとか配ってました。

揚げドーナツみたいなプラサードが配られました。
その人らのバジャンと、アルティがすんでから、学生によるバジャンとアルティがやりなおされました。
たまにそういうのがありますね。なんで?

今日の劇をした人らのなかまと思いますけど、さっきまで大勢がメインロードでバジャンを歌って行進してました。もう9時半なんですけど。
で、ガネーシャゲートから中に入っていきました。

みんなでやれば怖くないというとこでしょうか。

【2009/02/13 01:11】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
暑いです。
今日は暑かったです。

なんか疲れが来て、夕方寝たら午後のバジャンには間に合いませんでした。

バジャン練習に行きました。
その後ウエスタンキャンティーンで食事をしましたが、来たのが遅い上に主名が食べるのが遅いのでセバダルたちに時間差でくちぐちに文句を言われて、ちょっと涙が出ました。(私が)

【2009/02/12 01:20】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝ババ
今朝は、サイクルワントホールはいかにもババが来なさそうな雰囲気でした。
がらすき。

でも今朝はわたしはサウスで朝食を食べるという固い決意があったので、それを実行し、その後バジャンに行きました。

今インターナショナルグループで練習してる曲も2曲ほど歌われました。

バジャン練習に参加してるおかげで、練習してる曲はもちろん歌えるようになりますが、してない曲もすごく歌いやすくなりました。
やっぱり、ちゃんと知ってる人に教えてもらって、その人の方へレベルを引き上げてもらうというのは大切だなーと思います。
歌の歌い方を教えてもらってるだけじゃなくて、教えてくれてる人のムードとか、人格とか、生きていく姿勢、その人がその人として現れてくる背景、そういうのもみんなひっくるめて吸収してるというのがよくわかります。

今日歌われた、練習してる曲のうちの一曲はレアな難しい曲だそうで、これをインターナショナルグループが歌うと、みんな(バジャン関係者とかちょっとずぶの素人じゃない人)が驚くから、という理由で選ばれたようです。

どっちかというととっつきにくい感じの曲(耳慣れてないから?)だったのですが、やはり何度も歌って覚えてくると、なれて、好きになってきました。

昨日インターナショナルグループのリーダーに
「今やあなたはベーダよりもバジャンのほうにたくさん時間を費やすようになったわね」
というようなことをすばらしく楽しいことのように言われたのですが、
わたしは英語力のなさもありますが、正直に、
「バジャンは自分にとって楽しみだけど、必要なものではないです。ヴェーダはそれとは違って、自分には必要だから」と言ったら彼女はそれ以上何も言いませんでした。

このリーダーと私は私がインドに住むようになってからすぐにずっとからみつづけてて、どうも反対の質だけど、エネルギーの大きさが似てるんだと思います。

彼女に初めて会ったとき、彼女は何年もずっとヴェーダの先生を探してて、でも見つからなくて、でも先生を呼びたい、と言うことで、先にグループを作って自分がCDやテープで覚えたヴェーダをほかの外国人に教えていました。

わたしはほかの人に誘われて、その触れ込みがいかにもすばらしかったので、行ってみたら、あまりのヴェーダとかけ離れた状態に恐ろしくなって、愕然としました。

そこで、私がすでに先生についてヴェーダを習ってることを知った彼女に何度も自分を先生に紹介するように言われて、彼女のエネルギーが教室のそれと合わないことがわかってたので、何度も断ったのですが、最後にはババに「大丈夫だから」と促されて、連れて行きました。

案の定、わたしがほかの外国人を連れてきた事に対しておばあちゃん先生は怒って、でも、彼女は私と違って人を持ち上げることができるので(年齢も高いので)、おばあちゃん先生も満足し彼女を受け入れ、しばらくは気分よく教えてくれてました。

でも結局、おばあちゃん先生と彼女はぶつかって、おばあちゃん先生は激怒して、彼女は来なくなり、おばあちゃん先生のところに通い続けるわたしと、私に教える気もなくなってろくに帰ってこなかったりするようになったおばあちゃん先生が残され、厳しいい時期が続きました。

しかし、そのおばあちゃん先生自身が、ヴェーダよりも音楽を愛する人なので、けんかして去った彼女がインターナショナルグループのリーダーをしてることを知って、気持ちが変わったみたいです

で、わたしにもバジャングループに参加するように言ったり、ヴェーダは週一回教えるか教えないかなのに音楽を週6日習うように言って、教えてきたりした時期もありました。

わたしは、ヴェーダと音楽のエネルギーの質の違いを感じてて、音楽はもちろん嫌いじゃないのですが、せっかくヴェーダに集中して集めたエネルギーが分散してもらされてだめにされるような気もして、抵抗があったのですが、でも、おしえてもらってる先生の指示なので従いました。

おばあちゃん先生は、音楽の人でした。。。

その後、インターナショナルグループのリーダーの彼女の必要性とおばあちゃん先生の何らかの必要性が合致したんだと思います。

らぶらぶな時期が来て、おばあちゃん先生がインターナショナルバジャングループの外国人を呼び込み、インターナショナルヴェーダチャンティンググループとして、ヴェーダのCDを録音する運びとなりました。(といっても、インターナショナルバジャングループとかかわってるのは私とリーダーのヨーロピアンの彼女と、バジャン指導者のインド人女性と、もう一人のスペイン人が、録音に参加しただけですが)

それが去年の降誕祭で、そのCDはババのところに届けられ、ババは聞いたという話ですけど、よく知りません。

そしてマハシバラトリには、ルッドラムをみんなが唱えて、おばあちゃん先生がそれにあわせてヴィーナをひいたCDを作る、というアイデアをおばあちゃん先生は持ってて、やる気があったのですが、バジャングループリーダーの彼女はそれはナイスじゃないし大変だと思ったみたいで、それに異議を唱えて、こんどはシヴァの数の11のスークタムを唱えましょう。と言って、おばあちゃん先生は根本的に平和主義で人に合わせたり操られたりする傾向があるように、私は勝手に思っていたのですが、そのときも、リーダーの彼女がすばらしいアイデアを出してくれたと、という感じで、彼女の手をとって喜んでいました。

で、しばらくはおばあちゃん先生はそのリーダーにちなんだようなスークタムをみんなに指導してくれてたりしたのですが、リーダーはやはりある種の強さがあって、おばあちゃん先生はもう彼女に引っ張られてる感じで、練習時間も彼女の提案どおりの時間にしたりしてたので、それは私たちにとっては楽なんですけど、おばあちゃん先生にとっては負担だったはずで、まもなく具合が悪くなりました。

じっさい、このマハシバラトリにもうひとつ11のスークタムのヴェーダのCDを作るのは無理だったと思います。普段からおばあちゃん先生のところで習ってたのは私ともう一人のインド人のおばちゃんだけだったし、11のスークタムをそろえるにはいくつかハードルがありました。
おばあちゃん先生のチャンティング自体が自由すぎて毎回違ってるとか。

バジャングループの指導者の女性は賢さがあるので角が立たないようにすでに消えてましたし、リーダーは、自分が提案したものの、内心無理だと思ってたみたいです。
というのは、マハシバラトリはバジャングループの練習がハードですから。

そうして具合が悪くなったりして、おばあちゃん先生はある日突然、親族のたくさん住むチェンナイへと去ってしまいました。
ある意味去らざるを得ない状況で、もちろんそれも少なくとも数年前からの、ババの計画のひとつなんだったんだろうと思います。
そして、チェンナイでおばあちゃん先生は来る人に、音楽を教えてハッピーに暮らしてるそうです。
近くに暮らす親族も、音楽を教える人が多いみたいですし。

プッタパルティでは、おばあちゃん先生は70を超えてるにもかかわらず、一生懸命さがありましたから、今はほっとして楽にしてるんだと思います。
親族にもすごく敬われてますし。

一緒にヴェーダをならってたインド人のおばちゃんとも会うと、いかにおばあちゃん先生が音楽の人だったかとかいう話になったりします。
今では笑い話ですが、ヴィーナを生徒に演奏させて、わたしらにヴェーダを唱えさせることがよくありました。
また、それが、ひどくって、、、。むちゃくちゃ。
というのはヴィーナの生徒はヴェーダに興味がないのにヴェーダのメロディをヴィーナでひかされてるんですから。
うちらも合わせるのが難儀でした。

おばあちゃん先生としては、ヴィーナもヴェーダも一緒に練習できて一石二鳥のナイスアイデアと思ってたふしがあります。

一緒にヴェーダを習ってたインド人のおばちゃんはおばあちゃん先生が去った今となると、当時ならおばあちゃん先生を恐れて絶対口にしなかった自分のそのときの気持ちとかいっぱいしゃべるので大笑いです。
やっぱり、この人も、これはあかんやろー、と思ってたんやなー、と。

今となっては面白い思い出です。
【2009/02/11 15:22】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
ほんとに最近、夢を覚えてないことが多いです。

しかし今日は久しぶりにババが出てきました。

どこか木がいっぱいある道沿いに長く延びてる公園のような半分自然の場所にいたら、人々の様子でババが来ることがわかりました。

なので道のほうに主名と行きました。
ババが車で来て、すぐ目の前にいるのに主名はぜんぜん気がつきませんでした。
ほら、そこにいるやん。とかいっても無駄でした。

ババは車の助手席にいて、最初は体全体で向こう側を向いていて顔が見えなかったのですが、すぐこちらを向いて、とても美しい光と幸福感に満ちたたたずまいでした。

ババが車の助手席にいて車の窓を閉めてるから彼の姿がよく見えない、と思っていたのですが、気がつくと、私たちが車の中にいて、私たちの車の窓が閉まっていたので視界に色がついて多少暗く見えていました。

なので、こちらの車のドアの窓ガラスを下ろすと、ババがはっきり見えました。

そんな夢でした。

起きてから思ったのは、バジャンを歌うのは自分にとって楽しみではあるけど、自分とヴェーダとの関係とは違っていて、バジャンとヴェーダの両方をするのは難しいな、ということです。

バジャンを歌ってるときの自分の存在形態とヴェーダのそれとは違うので、両立できないのです。

バジャンは楽しいけど、自分にとっては自分を包んでババと自分との間に色つきガラスをはさむようなものなんだろうと思います。
【2009/02/11 14:08】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
子連れで
今日は午前の来客はキャンセルで、午後は主名の友達とそのお母さんが来ました。
一緒に、かんじのいい喫茶店に行くつもりだったのですが、午前にチェックしてみたら内装工事中だったのでそこには行かず、いっしょに部屋でなんやかんや食べたりDVDを見たり、遊んだりして、夕方別の庶民派のケーキ屋さんでケーキとお茶にしました。

アシュラムに行くとちょうどアルティだったので、帰っていくババがホールの外からよく見えるポイントを教えて、そこからダルシャンを受け、うちらはそのままバジャン練習に行きました。

本番が近くなると力が入ってきて、最近練習が終わるのが遅いです。
8時くらいに終わり、ウエスタンでまた主名の友達とそのお母さんと合流してご飯を食べ、9時半くらいまでまたウエスタンの前で遊ばせました。(門限は一応9時なんですけど)

いやしかし、何が楽しいのか、4歳児と5歳児はおばけ~とか言いながらぐるぐる走り回って笑い崩れる、というのを永遠にやってました。

子供らの様子につられたのか、途中で犬2匹が子供らと同じように走りよってきて一緒になって転げまわりつつ走りまわったので、子供らはちょっと真剣に逃げてました。

平和ですね。
【2009/02/11 02:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ
今朝はババは来てませんでした。

わたしはサウスに間に合わなかったので、またもやサイクルワントホールを素通りしてパン屋に行ってトマトブレッドを食べてました。

午前は来客があり、午後はサウスで食べたあとに主名を芝生で遊ばせに行きました。
一時間くらいのつもりだったのですが、遊びが盛り上がってて、連れ帰れませんでした。

気温が上がってます。

5時前にサウスでおやつを食べて、わたしはシャワーを浴びに部屋に帰り、主名はガネーシャゲートのところで遊んで私を待ってました。

6時くらいにホールに入ったのですが、そのころ、ココナツを砂糖で固めたような白いお菓子がプラサードとして出ました。

ババはバジャンホールの中に入ったり、外に出てきたりいろいろでした。

バジャンのあとはバジャン練習に行きました。
今朝、数人で曲順を決めたりしてたのですが、私の好きなボーラーバンダーリーバーバーが、最初の曲になって、ハラハラガンゲー、という曲が2番目になりました。
どっちも濃いなあと思いました。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

(主名が書きたいことがあるそうです)

まえ、バンガロールに行って、遊園地に行って、汽車に乗って、ほんで、お医者さんのとこで薬もらいました。

(おわり)
【2009/02/10 01:22】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ
今朝も午後もダルシャンはありました。

気温が急に上がってきたので体が追いつかず、だるいです。

今朝はインド人のおばちゃんと部屋でヴェーダ練習をしました。
なんか疲れました。。多分私が先輩格の彼女に気を使っちゃってるから。
【2009/02/09 01:55】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バンガロール
昨日とおととい、バンガロールに行ってました。

バンガロールのクリニックで出してもらった主名のホメオの薬がなくなって、ダルシャンの時にババに聞いてみたら「バンガロールに行きなさい」とのことだったので、めんどくさかったけど行ってきました。

予算も全然なかったので、実家に電話して、嫌がられながらも2000円小遣いをもらって宿泊費が出たので(どんだけカツカツやねん、という)一泊してきました。

主名は前日には「あした、早く起きるから」と、私より先に部屋に帰って翌日の準備をしていました。
リュックに自分で着替えやら、おねしょ予防のおしっこパットなんかもつめて。

行きはバスで行きました。
子供は半額チケットで、私と主名で200ルピー弱でした。
ほんと、主名が大きくなったので移動が経済的になりました。(前はタクシーばっかり)
通路を挟んだ隣に年配のバックパッカー日本人夫婦が座っていたので、しゃべってるうちにすぐにバンガロールに着きました。
主名はバンガロールに向かってると考えただけで嬉しいらしくて、ずっとニヤニヤしてました。
「何がそんなに嬉しいの?」と聞くと、「オートリキシャが、プッタパルティは上が黒で下が黄色だけど、バンガロールでは上が黄色で下が黒だから」とのことでした。

そこからオートでクボンパークに移動して、その近くのマクドナルドで腹ごしらえをしました。(主名はお子様セット。スパイダーマンのおもちゃつき)
すでに主名は大喜び。
ソフトクリームとかも食べました。
マクドナルドのソフトクリームって安いんですね。
バニラで10ルピーでした。主名はチョコレートコーティングのバニラで15ルピーでした。
インドならではのべジバーガーをたべましたが、ケンタッキーのべジバーガーより、マクドナルドのべジバーガーのほうがおいしかったです。

バンガロールはもう地下鉄できてるんですか?地下鉄の入り口はありましたけど。

その後クボンパークのこどもの広場みたいなところに遊びに行きました。
前回、年末に来たときは遊園地みたいな場所は日曜で閉まってて、それはそれで周りの自然の公園で遊ぶのもむしろそっちのほうが私はよかったのですが、主名は子供用の汽車が大好きなので、今回はこれも大きな目的でした。

でも、動く気配もなくて、今日はやってないのかなーと思いつつ、主名は線路とかそういうのもマニア的に好きなので、線路に入って遊びました。
主名は線路の上に座ったり、レールのにおいをかいで喜んでました。(マニア)

動く気配のない汽車に乗り込んで遊んでると、係員が「20人以上集まったら動かすから」というので、しばらく待ちました。

でも集まる気配なし。
一瞬15人くらいまで集まりましたが、その後増えないのでみんな散ってしまいました。
係員も水をまきだして「のいてくれ」とかいうし。
30分くらいはまったような気がします

なので、待ちきれなくてほかの遊具で遊ばせました。
1ルピーコイン2枚で動く、乗る遊具もいくつかあったのでそれに乗せたり。
主名がそこら辺から動かないので、「汽車そろそろうごくんちゃうかなー」と思いながらそこにいたら、
案の定、20人以上乗せた汽車が公園の周りを回って、私らの近くも通り過ぎていきました。

あーあ、とか思いつつ、でもまた動くかも?と思ってまた汽車の所に戻りました。
また、私と主名の2人からスタートでした。
でも、夕方になるとちょろちょろ人も増えてきて、今度はわりとすぐ定員になって、ようやく汽車は動きました。
わりと広い公園の敷地内をグルッと回るので、なかなかいいです。
前回は大人6ルピーに子供3ルピーでしたが、今回は10ルピーと5ルピーに値上がりしてました。
主名はもう一度乗りたがりましたが、クリニックの午後の診療時間がもう始まってたので、公園を後にしました。
シャボン玉やらヘリウムガスが入った風船を買ったりしました。(3分後には大空へ消えました)

その後ホメオのクリニックにオートで行きました。
バスでもいけるらしいんですけど、どのバスだったか忘れたので、オートのドライバーに住所を渡して探してもらいました。一時間くらいかかってたどり着いて、130ルピーでした。

私らの前には一組患者がいただけなのですぐに順番が回ってきました。

前回と薬はほとんど同じでした。
今回はおねしょの薬も出してもらいました。

ここのドクターもシッディーの医者なのですが、このお医者さんはこちらのエネルギーを奪わないかんじがします。ちゃんとお互いのスタンスを保ちます。

私の父のことも聞いてみて、薬を出してもらうなら一月いくらでどのくらいの期間飲む必要があるかとか教えてもらいました。
最初、父の戸籍上の名前を告げたのですが、もうひとつ名前があるはずだといわれたので、芸名?を告げたら、こんどはクリアーになったようでした。

予算がなかったので、「まず、父に、その薬がいるかどうか聞いてみます」と言ったら、「一月分だけ送ってあげなさいよ。そしたら彼はハッピーになるから」とか言われたので、「そうですね」と、深く考えずに答えましたが、ドクターは父への薬は持ってきませんでした。
多分、霊感で、ほんとに予算がなくて、いまここで薬を買ったらあとで私がまずいことになるのがわかったんじゃないかと思います(笑)

オートのドライバーに聞いたらクリニックからバンガロールに行くのもホワイトフィールドに行くのも同じ距離で同じ時間と値段だと言われたので、よく使う、ホワイトフィールドの500ルピーの宿に泊まろうかと思ったんですが、主名はバンガロールがいいと言うので、オートのドライバーにバンガロールの駅の近くの安いホテルに連れて行ってもらいました。

わたしは500ルピーくらいと言ったのですが、ドライバーは安いほうがいいだろうと思ったらしく、360くらいの宿に連れて行きました。
レセプションで400と言われ、370ルピーで泊まりました。

バンガロールに来たときバスで隣に座ってた夫婦の一泊の予算が300ルピーくらいということで、地方ならいいかもしれないけど、バンガロールでその値段であるのかなー?とか思ったり。
わたしはもうそれなりにちゃんとしたところしか泊まりたくなかったのですが、そのイメージもあったので、まあ、300台の宿が、バンガロールであるんだなーと思って、泊まることにしました。

しかしまあ、消毒液くさくて、あまり長居はしたくない部屋だったので、夕食を食べにでて、その後ホテルのすぐ近くのシティ駅に翌日の列車の時間を見に行くついでもあって、遊びに行きました。

11時くらいに部屋に戻り、清潔感のない部屋でしたが主名は何でも目新しいのが嬉しいので、ベッドで飛び跳ねたりして遊んでました。
わたしは、やっぱり、もう少し高くてもいいから清潔感のある部屋がいいなあとしみじみ思いました。
部屋番号は311でした。サイーか、これも勉強ですな。とか思いつつ。

いざ寝ようと毛布をめくるとすこーし汚れがあったので、シーツくらいきれいじゃないと耐えられん、と思って、ボーイを呼んでシーツを帰るように頼みましたが、「5分待って」と言われたきり誰も来ないので、自分で廊下にあった新しいシーツをかってにも持ってきて取り替えました。
(インド人の5分は、時には1時間かそれ以上のことが多いです)

毛布は足のくさいにおいがしたので棚の上において、持参の大判のショールをかけて寝ました。
枕もなんか気持ち悪いので除去。

いやしかし、ベッドのマットのくさかったこと!
10年前にもっと節約して旅行してた時にはどんなところでも気になりませんでしたが、いまはもうだめです。
自分の着替えを顔の下にひいて、においを遮断して寝ました。

主名はすやすや寝てましたけど。(さすがに時々うなされてました)
わたしはにおいが気になってなかなか寝付けなかったのでこの匂いをどうにかしてくれとババに祈りつつ眠りの訪れを待ちました。

それなりに寝て、朝になって、朝風呂を浴びてさっさとチェックアウトしました。

まず駅に行って、14時発のプラシャンティエクスプレスのチケットを2人分買いました。
自由席だと一番安いですが、指定席を買いました。2等のスリーパーで子供は半額で、私と主名で250ルピーくらいだったと思います。
バンガロールからプラシャンティニラヤムの駅まで3時間10分でした。早いですね。

チケットを買った後、駅の近くの食堂で朝食を食べて、バスでラーマクリシュナのお寺に向かいました。
知人にここの本屋で売ってるヴェーダのカセットテープを頼まれてたので。

ところが渋滞で、バスで行くとだいぶ時間がかかりました。
オートだと駅から30分くらいですが、バスだと1時間くらいかかりました。
時間は余裕だと思ってたのですが、そんなわけで、昼の12時15分くらいについたらラーマクリシュナのアシュラムは閉まってました。

すぐに引き返すのも疲れたので、わたしはアシュラムの前で座って休憩して、心の中でラーマクリシュナに「門を開けてー」と言ってみたり、ピザハットに昼ご飯食べに行こうかな、と思ったりしてました。主名はシャボン玉をしてました。そしたら、そのうち時間外でしたが開けてくれました。

「誰かに会いたいですか?」とかきかれましたが、申し訳ないことに、私はこのアシュラムにどういう会うべき人がいるかも知らなかったので、、そのことを言って、CDを買いたいと言ったら、本屋に連れて行ってくれて、開けてくれました。

主名は本屋の外でシャボン玉をしたり、魚を見たりしてました。坊さんらが遊んでくれたりしてたみたいです。

わたしは、CDやらDVDやらテープやら本なんかを買いました。
朝早くからみんな起きて活動してて、いまは昼休憩の時でしょうに、時間外のまぬけな訪問者のために5人も6人も出てきてくれて、ちょっと申し訳ないようにも思いました。

時間が押してたのですが、みんなで対応してもらって、本屋だけ行って帰るのもなんだし、テンプルに行って、ラーマクリシュナに挨拶をして、対応してくれた人たちにお礼を言って、アシュラムを去りました。ラーマクリシュナのとこはいつもそうでしたが、今回も皆さんすごく親切でした。

すでに1時25分になってました。
急いでオートを捕まえて駅に向かいました。
2時発の列車、無理かも?とか思いましたが、まあ、主名にババに祈らせました。主名は電車が好きで、乗るのが念願だったので、列車に乗れないかもよ。と言うと、主名は列車に間に合って乗れるように真剣に祈ってました。

ドライバーは日本はいい国だとか、のんきなことを楽しそうにしゃべってました。
携帯でも何でも日本はすばらしいとか何とか。

しかしスムーズに駅について、駅の入り口に着いたのは2時7分前でした。
あ、間に合うかも、と思って、急いでホームを確認して、階段をあがって乗る列車が停まってるホームに行きました。
ホームで水とかパンとかご飯とか買って、列車が動き出さないかどうかちらちら見ながらお茶も買って、乗り込んで席に座ったのは2時30秒前くらいだったと思います。

よー間に合ったなー、と、ほっとしました。

列車が出発したのはそれから10分後でした。

パンもご飯もおいしく全部食べて楽しい列車のたびでした。
途中までは6人席に私と主名だけでした。
途中でもう一人女性が乗り込んできました。

車内に売りに来るコーヒーとか買って飲んだり、寝たりしてたらすぐにプラシャンティニラヤムの駅に着きました。
途中で乗ってきた女の人が熟睡してたので、降りなくていいのかなー?と思って、一応起こしてみたら、まだ先まで行くみたいでした。

実際はバンガロールシティ駅からちょうど3時間でプラシャンティニラヤムの駅に到着しました。
夕方5時10分に着きました。

駅からはバスかなんかでアシュラムまで行こうと思ってたのですが、オートのドライバーが60ルピーで行くというので、オートにしました。
で、アパートの近くまで行ってもらいました。

ちょうど、アルティの音が聞こえました。

シャワーを浴びてさっぱりしてからバジャン練習に行きました。

主名は列車を降りる前から「あしたもバンガロールに行こう」などと行っていました。
2台が繋がったような長~いバスとか、いろいろ見れたし、楽しかったみたいです。
「主名、街好き。」とか言っていました。
【2009/02/07 19:35】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日は、
今日は、なにしたっけ。。。
今日は、あまり記憶にありません。

ほんとに。一秒未満で一日が終わったような気がします。

夕方はバジャン練習に行きました。

次回からは列に並んで練習しましょうとか、教えてくれてる人は言っていました。
今は、マハシバラトリのために練習してるのですが、もう、すぐですよねー!はーやーいなーーー、、、

最近は各国の華僑がたくさん来てるからか、ウエスタンキャンティーンで中華メニューが多くて、おいしくっておいしくって。

ここ何ヶ月も体重計に乗ってないですけど、しばらく着てなかった洋服を着ると確実にきついです。
サリーは、いくら太ってもいくらでも調節可能なので危険です。
お腹のところは布地がないし。
【2009/02/03 01:12】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
おかし
中国正月でもらったプラサードは2回とも駄菓子の詰め合わせで、主名は私にしきりに食べてみるようにすすめてて、言われたときは別に食べる気がしなかったので「いや。」とかいって食べなかったのですが、その後、私が部屋で無意識に次々食べてたら、主名に「一日一個にし。」とか注意されました。
「なんでよ」というと、
「そしたら減らへんやろ」と。

そういう発想は私にはないので、なんか、根本的に人間が違う気がします。
【2009/02/02 01:32】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ練習
今朝はインド人のおばちゃんとスペイン人女性が来て、部屋で一緒にヴェーダ練習をしました。
(二人とも同じくらいの年齢かもしれませんが、インド人のおばちゃんは「おばちゃん!」というかんじなので)

おばあちゃん先生のところでずっと一緒に練習してたインド人おばちゃんですが、おばあちゃん先生が去ってしまうと、おばあちゃん先生を介さずに直接的な関係になるので、まだなんかバランスをとるのが難しいです。
わたしとは兄弟弟子というか、姉妹弟子みたいなもんで、あちらのほうがずいぶん長く、年齢も30歳くらい向こうが上なのですが、知らないヴェーダを私から習うことに決めたらしく、前回はおばちゃんちで練習して、サラスワティーガナパタハを半分だけ教えました。

自分としては定期的に人の家を訪問するのはだるいのですが、行ったら行ったでまあ楽しめるし、、、、まあ、、、いいか、といったところです。

今日も、明日はおばちゃんとこに来るように誘われかけましたがさすがに無理。

今日はおばちゃんに私の持ってるCDのコピーを10枚くらい頼まれたので、その作業です。
ま、それくらい、いいか、と。
そうやってるうちに、ある日突然自分でも制御不能になって、ぶちぎれるのが私のパターンなのですが。
【2009/02/02 01:21】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
中国正月
今日の午後のダルシャンでも中国正月のプログラムがありました。

前も見た気がしますが、女の子たち10数人くらいが縦に並んで千手観音みたいに見えるような踊りをしてました。
そのあと別の踊りがあり、そのあとは劇をしてました。

劇の内容はというと、インド人がプッタパルティでよくやる劇で、アメリカなどの外国に魅了された若者が自分の国簿文化や伝統などを見直して改心して、それはシュリサティアサイババの教えだ!みたいなのが織り込まれた内容でした。
それに親孝行をプラス、僕は国にとどまるよ!親は感激!という。
それの中国版でした。。。。

そうそう、いつもライオンダンスをするライオンが出てきて、またか、と思ったのですが、この日は「息子よ、こちらにおいで」などと口をきいて、劇の導入部分で登場人物として演技をしていました。
それは少なくとも私と主名にはおおいにうけました。「しゃべったしゃべった!」

プラサードは赤いお年玉の袋みたいなのにキャンディーなどの駄菓子が入ったものでした。
【2009/02/01 00:53】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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