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ババの夢
今朝はババの夢を見ました。
ダルシャンがあって、ババが来たのでだーっと走って見に行きました。
ババは(と、これを書いてるときに隣に座った西洋人男性がババのサイトを見始めました。)向かって右に曲がってダルシャンを与えながら遠ざかったので、また戻ってくると知ってましたがさらに追いかけようとしたけど誰かに制止されたのでやめました。
ババはクリシュナムルティをさらに鷹のようにした風貌をしていました。

おきたときに夢うつつで、ネパールに行ったあとにリシケシによるかどうか、昨日から考えてたので、ババの夢のムードの中でそれについて考えるというか考察を受け取りました。
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【2009/03/28 14:16】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月27日の日記(バナラシ&サールナート)
今朝は5時過ぎに起きて、6時からボートでガンガーに出ました。
主名もどこかに出かけるとなると目覚めも良く、私より先に身支度をすませていました。

部屋を出る前にもう陽は昇っていましたが、ま、いいかと思い、ゲストハウス前まで迎えに来たボートのおじさんについてガートまで出ました。

ガートまで暗い小道が続くので、おじさんに言われなかったらトンネルの暗闇の中にうずくまる牛に激突するところでした。(おじさんの懐中電灯に照らされるまでそこに牛が座ってるとは気がつきませんでした。白い牛だったのに)

早朝の、全体がうっすら白い朝もやに包まれた景色は何もかも新鮮さに満ちていて、まだ昇りたてのオレンジ色のやわらかい太陽がガートへ下っていく階段の正面に見えました。

おじさんは肩にかけていたオレンジ色の格子模様の手ぬぐいをボートの座席に敷いてくれたので、私と主名はその上に座りました。手ぬぐいを通しても、木の板のひんやりとした冷たさが下から伝わってきました。

船を漕ぎ出してまもなく、昨晩プージャを見たメインガートに着きました。
しかし朝はプジャリは沐浴をする群集の中にまぎれ、その一部としてのみ存在していました。

早朝の空気の冷たさからすると、河の水もおそらく相当に冷たいだろうと思いましたが、人々は熱心に、もしくは日常のスタートとして手早く無駄のない動きで沐浴に励んでいました。
もしかすると河の水は私が思うよりも温かいのかもしれません。
(試してみる気は今のところないですが)

つづく
【2009/03/28 00:16】 | ネパールビザ取り旅行2009の日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月26日の日記(バナラシ)
今朝はゲストハウスのルーフトップのレストランで朝昼兼用のご飯を食べました。
昨日は夜で何も見えなかったけど、朝になるとガンガーの雄大な広がりが美しく眼下に広がっていました。
ここのレストランからの眺めは素晴らしいです。

なので昼を過ぎてもずっとレストランにいました。

主名がそのうち出かけたいと騒ぎ出したので「魚でも見とき」と、水槽の魚を見せて、さらにしばらくレストランにいました。(魚好き)

前のホテルはエアコンなしの部屋に泊まったのですが、湿気がこもりやすく、室温も低かったので洗濯物が全然乾きませんでした。

なので、ためた洗濯物をここでいっきにランドリーサービスに出しましたが、プロのドーピーじゃなくて
、ホテルのおじさんが一生懸命洗って干してくれたみたいで、屋上の日当たりは抜群なのであっという間に乾いたのですが、ズボンのすそが汚れたままだったりでした。

それはいいとして(洗いなおしてもらいましたけど)、洗濯代が高いのに仰天しました。
サリーは大きいから30ルピー!ですって。
私の服は1枚20ルピーで主名のは1枚10ルピー。
しかもアイロンなし。というのは本来の仕事を別に持ってるアマチュアドーピーのおじさんだから。
プッタパルティじゃアイロンもしてくれてだいたいなんでも3ルピーですよ。

前の中級ホテルでもそれより少し安いくらいの値段でした。(アイロンつき)

プッタパルティがいかに何でも安いか実感しました。

しかしここのレストランの眺めのよさでなにもかもよしとします。

昼過ぎからはガートに出て、魚を見たり、主名をガンガーに3回ほど頭の先までつけたりしました。
(一応本人の希望による)
全てを清めるガンガーの懐に抱かれた主名。清まった?
(わたしは以前したから今回はパス)

そうそう、有名な火葬場にも行って一時間ほど火葬の様子を眺めてました。
次々遺体が運び込まれてガンガーに浸されてから順々に焼いていかれるそのエンドレスな光景にカルカッタのヤギ供養を思い起こされました。
何か、感傷とかで立ち止まってる時間を取ってないかんじで。

1体、2~3時間で焼くそうです。
女性は、故人の奥さんとかが火に飛び込んじゃったらいけないから来させないようにしてるとか。

男性が4~6人くらいで遺体を運び込んでましたが、中には立派なお腹をしたまだ若い30~40代くらいの男性の大きな遺体もあって、足場も悪いし、担ぎ手も重さにぐらぐらしてたので、落としたりしないか気が気じゃないケースもありました。

しかし、若い女性なんか特に生きてるときは細やかに化粧をしたり、顔の小さな部分をすごく気にしたり、してるわけですけど、焼くときは2時間でホカホカの黒こげで、最後は白い灰ですから、身体と自己の同一視って、幸せな錯覚だなあと改めて思わされました。

魚釣りをしてる男の子たちを主名は熱心に見てて、彼らのは簡単なしかけなんですけど大きいのを釣り上げてました。
で、自分も魚を捕まえたいと言い出したので「やってみ。あんたにつかまるほど魚は遅くないわ」と答えたのですが、じゃあ、遊びでやる、と、どこかから縄を持ってきて、男の子たちのまねをして縄を投げ、魚釣りごっこを熱心にしてました。

その後別の眺めのいいルーフトップのレストランで休憩して、ボートに乗ってガンガーの対岸に渡りました。
向こう側は不浄とされてるそうでガート(木浴場)どころか家もないのですが、砂地が広がってて、人もほとんど来ないし、水が澄んでてきれいでした。

そこで主名とボートのこぎ手の弟2人はしばらく砂遊びやプージャごっこなどして遊び、チャイを皆で飲んで(小さい掘っ立て小屋のチャイ屋はありました)メインガートにわたりました。
いちおう最初の約束の80ルピーを渡しました。(貸切としては安すぎかもしれません)

メインガートから泊まってるゲストハウスの最寄のガートであるラリタガートまで、ガート伝いに歩いて帰りました。

夜のメインガートのプージャを見るためにもボートを予約してあったので、その約束の時間の5時に部屋に戻ったのですが、約束の時間になっても誰も来ないので、フレンチフライでちょっとお腹を満たしてからボートを頼みなおしてプージャを見に行きました。(こっちは1時間150ルピー)

すごく沢山のボートがそれぞれ観光客を乗せてプージャを見に来てました。
こういう薄暗い中の光がきらめくシーンはデジカメで撮るといいんだけどなあと思いましたが、今回はデジカメは持ってきてません。

メインガートでは7人のプジャリ?が、横に並んで、それぞれの台の上でいっせいに同じ動きでプージャをしてました。
河の上もガートの上も人で一杯でした。

ここのプージャで掲げる火は大きいので、腕力いるだろうな、と思いました。
しばらく見た後、切りのいいとこで帰りました。
私達もささやかに皿に乗せた花と明かりをガンガーにささげました。
しかし明かりをつけるためにすったマッチの燃えカスもガンガーへポイ。

何もかもを飲み込んで流れてゆくガンガーでした。
【2009/03/27 00:37】 | ネパールビザ取り旅行2009の日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
3月25日の日記(ブッダガヤ~バナラシ)
【2009/03/26 23:57】 | ネパールビザ取り旅行2009の日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月24日の日記
今朝はブッダガヤの病院に行って、昨日提出した主名の便の検査結果を聞きに行きました。
結果はシロでした。

といってもぎょう虫がいたのは確実なので、ほかの種類の寄生虫がいないかどうか調べてもらったのですが、調べた限りでは何もなかったそうです。

一応やることはやったという感じでほっとしました。

その後マハーボーディテンプルに行って、またお参りしたら、今日は風がよくふいてて人も少なかったので、ブッダがその下で悟りを開いた菩提樹の葉っぱがたくさん落ちてきていました。

なので、拾い集めてみました。
なんか、若い葉っぱばかりが落ちてきていましたけど。

帰りはインドの仏教寺院に寄って帰りました。
インドでも、仏教寺院におまいりするときはみんな白の服装をするんだなと思いました。
仏教では白は修行とか穢れ(て、神道ですか?)を落とすようなイメージがあるんでしょうか。
カルカッタのカーリー寺院でヤギ供養を行うために来てた家族なんかすごい厚化粧で一家全員ここぞとばかりの派手な服装でしたけど。いろいろ違いがあるんだなあ、と。

その後ホテルのレストランで食事をしたら、春巻きなどおいしかったです。
しばらくしたらどこかの国の団体が来て、ビュッフェ形式でマイ皿とマイカップ持参でわーっとたくさん食べに来て一気ににぎやかになりました。

さっさと食べて退散しようと思ってたのですが、結局うちらが食べ終わる前にみんな食べ終わって去って行っていました。

その後部屋に帰って昨日借りた本を読んだりしてたら眠くなったので寝たら起きたら夕方でした。

なのでまたマハーボーディーテンプルにお参りに行きました。
主名は、もう飽きた。別のお寺に行きたい。とか言っていました。

夜にも池に行ってみましたけど、やっぱりなまずはたくさんいました。
夜であまりはっきり見えないので気持ち悪さは半減してました。
みんな池の中央の仏陀の像よりなまずを見ちゃってます。
あまりの数なので。
【2009/03/25 00:13】 | ネパールビザ取り旅行2009の日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月21日の日記(カルカッタ~ガヤ車内)
昼間でホテルでゆっくりして、正午にチェックアウトし、荷物をフロントに預けてインターネットに行きました。

メールチェックと、ぎょう虫とかについて調べるためです。
回虫だとちょっと大変みたいでしたが、私が見たのはぎょう虫で、不快感くらいが問題なだけみたいだったので、一応、一安心しました。

ネットの後はATMに行って、その後、薬局でぎょう虫の薬を買いました。

いったんホテルに帰り、一時間後にはウラー駅に行くことを言って、中華の食べ収めに行きました。
さすがに毎日だと飽きてきましたが、気合を入れなくても食べれるので楽でした。

食事をしてると奇遇にも、カルカッタへ来た列車の中で主名のゆかりご飯を床にぶちまけたインド人男性が入ってきました。男性はサダルストリート近くのホテルの関係者だそうで、先日関係者みんなで行ったピクニックのビデオを今からみんなで見るとのことで、パソコンやらスピーカーやらを中華料理屋の2階に持ち込んでました。

主名に、あの時はご飯落としてごめんね、と、またあやまってました。

中華料理屋の外でタクシーをハウラーまで120ルピーで拾って、ホテルで自分たちの荷物をピックアップして駅に向かいました。

英語をほとんど話さないドライバーでしたが、もし、ベルルマートゥに行って、2時間待ってもらってから駅に行ったらいくらか聞いたら400と言ったので、だめだこりゃと思って、じゃあ、駅だけでいいと言ったら、いくらならいいんだと言われたので200とか言ってみたら、ベルルマートゥに片道だけでも20キロあるというので、そうなの?と思って、300で話がつきました。

というのは、けっこう時間が押してて、駅に寄って荷物を預けたりしたら30分くらいロスしそうで、さらにバスで行くとなると列車の時間に間に合わなくなりそうだったので。
タクシーでベルルマートゥに向かうとほんと、けっこう距離があったので、タクシーにしてよかった、と思いました。

4時半くらいに向こうについて、すぐにラーマクリシュナミュージアムに入りました。
入り口で10ルピーのミュージアムのガイドブックを買ったら、受付の男性が急に親切になって、
「靴はどこにおいたの?中に持ってきなさい」
と言ったので、いいの?と思いつつ、言われたとおり私と主名の靴を中に持ってきて、受付の横の扉つきの靴入れに置かせてもらいました。
(こういうとこ、インドはわかりやすいなあと思いました)

ミュージアムの中は主にラーマクリシュナと奥さんとヴィヴェーカーナンダの住んだ場所などの模型と、彼らの使用した物などが展示してありました。

私はラーマクリシュナやヴィヴェーカーナンダ関連の本を読んですごく面白かったので彼らに興味を持ったのですが、インドで彼らが認識されているのかに触れるにつれ、自分が彼らに感じていた単純な、非常な親しさのようなものが修正されたり、自分の彼らに対する捉え方の角度が変わっていったりするのを感じます。

ラーマクリシュナミュージアムの後にトイレに行ったら主名はもう次に行きたがらなかったので、主名をタクシードライバーに託してわたしだけラーマクリシュナテンプルに行きました。

時間は夕方6時で、テンプルの中に入るとすでに多くの人が座って待っていて、アルティか何か始まりそうでした。
わたしも後ろの方のあいてるところに座りました。
けっこうつめつめで、主名がタクシーに残ってくれてほんとよかったー、と思いました。

お坊さんらテンプル関係者が前のほうに用意されたスペースに続々とやってきて座り、テンプルのホールは人でいっぱいになりました。

6時10分くらいに合唱のような荘厳な感じのチャンティングが始まり、そのバイブレーションがザァッと体細胞を洗い流しました。

ラーマクリシュナのお寺でのプージャみたいなの(なんて言うのか定かではありませんが)で唱えられたり歌われたりするものはいつも陶酔的かつ耽美な印象があります。
今までラーマクリシュナのところのそういう歌を聞くたび、サイババのところのある種、押しの強いバジャンのムードとの対比が思われました。

つづく
【2009/03/24 00:19】 | ネパールビザ取り旅行2009の日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブッダガヤ
今日の早朝にブッダガヤに来ました。

仏陀が悟りを開いたとことか行った後、スジャータ村からなりゆきでブッダが6年苦行をした岩山にも行きました。
ブッダが苦行をしたとかいう穴の中にはがいこつ状のブッダの像がありました。

写真をとってもいいらしかったので、骸骨ブッダをバックに記念撮影をしました。

日本語をしゃべりかけてくるインド人が多くてげんなりしました。
主名のおしゃべりに付き合う上にそういうインド人までしゃべりかけてくるので。。。

夜のマハーボーディ寺院は涼しくて、雰囲気があってよかったです。
灯りをそれぞれが持って列になって参拝してたり。

各国からのたくさんの参拝者が熱心にあちこちでお経を唱えていました。

ここは25日までいます。
【2009/03/22 22:52】 | ネパールビザ取り旅行2009 | トラックバック(0) | コメント(0) |
中華
今日の夜、ガヤに向かう列車は8時半ごろなので、今から中華を食べに行って、ハウラー駅に荷物を預けて、列車の時間までベルルマトゥに行こうかと思います。

今は午後2時前です。

カルカッタに長居しなくてよかったです。
なぜか?買い物天国だからです。

ひととおり街の観光も終わった昨日の夜にそのことに気づきました。
【2009/03/21 17:13】 | ネパールビザ取り旅行2009 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ぎょっ
きのう、主名がおしりの穴が痒いと、ぎゃーぎゃー言ってたので、見せてみぃ、と、半分遊びで主名の肛門を見たら、白い5~8ミリくらいの虫が出てきました。

どうしていいかわからず眺めてたらまたお尻の穴の中にはいっていきました。。。

ネットで調べたら回虫なら症状とか大変みたいですけど、ぎょう虫のようなので、単に薬を飲ませたらいいらしくて一安心です。

びっくりしました。

久しぶりにあせりました。
【2009/03/21 17:09】 | ネパールビザ取り旅行2009 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブッダガヤへ
今日の夜の列車でガヤに向かいます。

ブッダガヤにネットカフェはあったかな?
【2009/03/21 17:01】 | ネパールビザ取り旅行2009 | トラックバック(0) | コメント(0) |
カルカッタ
今はカルカッタのサダルストリートのネットカフェです。

この時期、旅行の先々での暑さを懸念してたのですが、プッタパルティの方が数倍暑いです。
よかったよかった(!?)

手帳にいちおう日記を書いてますけど、果たしてブログに載せる暇があるのかわかりません。
えらく活動的にあちこち動いてます。
プッタパルティではありえない移動距離。
地下鉄があっ便利です。
地下鉄に乗ってると、まるで東京にいるみたいです。

昨日はカーリーテンプルやプラネタリウムなどに行きました。
今日は今から中華料理屋で昼食を食べて、動物園に行く予定です。

ラーマクリシュナがいたことで有名なドッキネッショル(ダクシネシュワル?)にも着いた初日に行ってきました。

明日の夜の列車でガヤに行って、そこからブッダガヤに移動する予定です。



【2009/03/20 16:35】 | ネパールビザ取り旅行2009 | トラックバック(0) | コメント(0) |
Bangalore
kyou wa hirukara kouen de shuna wo asobase te imasita.
konya no train de Kolkata ni mukai masu.
【2009/03/15 21:33】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
見納め
しばらく、ババも見納めだなあと思いながらの、今日の午後のバジャンでした。

明日の7時55分の列車でプラシャンティニラヤムからバンガロールに行きます。
なんかしらん、どこの旅行会社に行っても、その列車は駅で直接買って。といわれたので、しょうがないのでチケットは明日の朝に駅で買います。

荷造りは7割がたできてるかんじです。

今回は、ちっちゃい荷物で、いけるかなー?
【2009/03/14 01:14】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
明日の朝
明日の朝にバンガロールに行って、用事を済ませて、15日の列車でカルカッタに行く予定です。

旅行すると、泊まるところとか食べるものとかいちいち考えないといけないから面倒です。
プッタパルティにいたら毎日同じで何も考えなくていいので。

でもやっぱりずっと同じところにいたらだんだんよどんできます。

たまにはどこかに行って人間関係をリセットしたほうがいいみたいです。

17日にカルカッタにつき、21日にガヤからブッダガヤに行き、25にヴァラナシに行き、30日にゴーラクプル、4月1日にネパール入りする予定です。バラナシの近くのサールナート、ゴーラクプルの近くのクシナーガル、ネパールの国境近くのルンピニーにも寄る予定です。

ネパールではうちらは多分3ヶ月ビザしかもらえないみたいですけど、3ヶ月でも出たら、インドに戻ってさらに延長できるのでよしとします。

私自身はブッダガヤ、バラナシはそれぞれ3回目で、10年ほど前にブッダガヤからバスでカトマンドゥに行き、ポカラを経てヴァラナシに降りてきたことがあって、実は別にそんなに面白くもなかったのですが、主名に観光させる目的での今回のネパール行きとなりました。

自分の楽しみもないとつまらないので、ネパールに行くまでに仏教聖地を訪れることにしました。
(ブッダガヤ、サールナート、クシナーガル、ルンピニー)
カルカッタは、ラーマクリシュナのお寺でも見に行ってみようかと思って、最初に行くことにしました。

ネパールの帰りにリシケシに寄ろうかどうしようかと思ってますが、これはやめるかもしれません。

とにかく、荷物を作らないと。。。
今回はできるだけ小さい荷物で行こうと思い、小さめの旅行用かばんを買いました。
【2009/03/13 18:07】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ
今日の午後は5時半くらいにババが来ました。

サッチャギータ、でしたっけ?
まだ若い、ババのペットの像もババの家の前に来てました。
かなり大きくなってたので、間違えて、人やババをぷちっ、と踏んじゃったりしないんだろうか。。。
と、しなくてもいい想像をしてしまいました。

うちら用事で、ホールの外から見たくらいで去りましたが、他の人から聞いた話によると、今日バジャンを歌った人たちはすごく上手で、ババが祝福してたとか何とか。

昼の日差しはきついけど、夜は涼しいです。
今日の月は雲に混ざって溶けてるような月でした。
【2009/03/13 01:53】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日
今日は、今日来た人たちが外に部屋を探してたので、もし情報が入れば、聞いときます、くらいに考えてたのですが(自分で探し回ると大変だから)情報が多少入ってきてたので、よその賃貸用の部屋を見学したりしました。

よその部屋を見るのって面白いですね。

そのうちのひとつはうちのアパートのしたの部屋で、ちょうど空きができ、最初はインド人にしか一階(グランドフロアー)は貸さないと断られたのですが、借りる予定だったインド人が借りるのをやめたみたいで、外人でもいいよ、となりました。

私の部屋は激安物件で、月1300ルピーなのですが、下の部屋も1500ルピーと、かなり安いです。
狭いけどそれなりにちゃんとした部屋です。アシュラムにはすごく近いです。

もうひとつは2150ルピーで、2部屋あって、すごくきれいで開放的ですっきりしててすごくいいです。
ただ、少しアシュラムから遠めなのと、4階の今のところ最上階なので(上の階は建設中だけど、ストップしてそう)豪雨時には雨漏りしたそうです。
暑い日には部屋もそれに伴って暑くなるかもしれません。

家族連れとなると、外国人の知人たちは4000ルピーくらいは出して、広くて快適な部屋を借りてることが多いです。
日本人て、お金持ちなはずなんだけど?狭い部屋でも平気。だって広いと掃除が大変だから。

他の外国人は(余裕のあるインド人も)掃除などのためにメイドを雇ってる人が多いですけど、日本人はそれもあまりしませんね。
ここに住んでる日本人だけかな?
ほとんどの人がみんな手で洗濯してるし。
(うちは2そう式の洗濯機を使ってます。全自動だと水質が悪いからすぐ壊れるといわれて。)

多分、海外赴任とかでインドに住んでる日本人とかだったら生活スタイルはぜんぜん違うだろうなあ、と思います。
【2009/03/13 01:49】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝は
今朝はババは来ませんでした。

昨日の土砂降りになった雨で地面がまだぬれていて、朝方など、空気がひんやり涼しかったです。

平和ですね。
【2009/03/12 14:13】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日の午後のプログラムで、スーフィーの踊りをやってららしいです。しまった。見たかったな。

私たちが行ったときにはちょうどプラサードが配られてました。
でっかい丸いお菓子で、上等なものでした。

帰り際にババはまたブレスをしてました。3方向くらいにぐっぐっぐっ、と。

今日の夜はひっさしぶりに雨がぱらついてます。
少し涼しくなるはずです。

旅行の荷造りをするどころか部屋の片付けさえ滞ってます。
テストでもなんでもいつも一夜漬けなので。。。

今日は旅行用に鍵のチェーンと、小さい懐中電灯を買いに行きました。
チェーンはありましたが、店においてあった懐中電灯がどれもこれも壊れてて、店員も私も笑うしかない感じでした。
しょうがないので、道中のどこかで見つけるか、ろうそくでももって行きます。
【2009/03/12 00:40】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ホーリー
今日は何の祭りだろう?と思って、そこら辺のセバダルに聞いてみたら、「ホーリー」だそうです。
あ、そうか。「ホーリー」ね。と、このビッグな祭りを忘れていたことに対して自分に笑ったら、セバダルも「そう、ホーリー。」と笑ってました。

北インドではホーリーのときはだれかれかまわず色水とかかけ合って無礼講のすごいことになるらしいのですが、プッタパルティではほとんど何もないので、忘れてました。

昨日は涼しかったです。今日は少し暑さが戻りました。
気分的な疲労感がまだぬけずにいます。

今後、こっちの外国人の知り合いでもいろいろ企画してることとかあるらしいんですが、なんかあんまり人とつるみたくないです。人疲れ。
ババはグループとして協力し合うことを喜ばれるから、とみんな言いますけど、グループになったことで個人の限界を超えてよりよいバイブレーションになるならいいけど、今感じるのはそれぞれの抱える欲望の重さとババの名を借りた大義名分で装飾した表面上の協調なので、入りたくないです。
入ったら気分的に疲労困憊するのが目に見えてるので。

それでも、人が動く原動力となるならババは容認するのだろうと思いますけれど。
私はそういうのに夢中になれないし、素敵!と思えないだけにつらいものがあります。

他の人たちは結構そのアイデアに頭を熱くしてるみたいです。
【2009/03/11 18:18】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝ババ
今朝は、ババはこないかと思いましたが、来ました。

ロシア系の国のグループ(スカーフにロシア語で書いてあるので、どこの人らかわかりません)の人が、ババにしばらくしゃべりかけて、ババはしばらく聞いていました。

ホールは風船とかでいっぱい飾り付けられてますが、何か行事があるのでしょうか。
お祭りのときのバナナの葉もそれぞれのゲートに取り付けられています。
【2009/03/11 15:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
公開
こっちは300年ぶりに公開ですか。

http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/

そういえば、仏陀の歯が小豆島の寺に分けられてるそうです。
歯をどうやって分けるんでしょうか。
仏陀の骨は世界中に散らばってて、比叡山なんかにもあると聞いたことがありますが、仏陀の骨って、必要に応じて時々増えるそうですね?

歯も?
【2009/03/11 01:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日の夕方
今日の夕方はババは来て、バジャンホールの中にはいって、また出てきて、また入って、また出てきました。
バジャンの間、ほとんどババはずっとステージのところに座ってました。
【2009/03/11 01:26】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
疲労感
いろんなことをいろんな人が言います。

ここに来る人は霊的な修行をしてる人も多いので、ヒーラーやチャネラーも多く、グルが弟子や信奉者を引き連れてくることも多いです。

なので、下手にかかわるとどっと疲労します。

勝手に私を導こうとしたり、わたしの将来を頼んでもいないのに告げてきたりします。
ほんとにめいわく。。。

すっごい疲れます。

起こることは起こるし、自分が知る必要があることは自分の心の中にババから直接告げられるのに、変にその人のフィルターを通した情報を渡されると、それを掃除して自分をニュートラルな状態に戻すためにエネルギーを使うのですごい疲れます。

だってそういう人たち本人が自分の将来のことを知らないのに、何で他人の将来に干渉するのでしょうか?ひどい話です。

自分がちゃんとガードして、他人からの必要ない情報を受けとらなければいいのですが、少しでも心を開くと、完全に神にたいして受動的でない人からは何らかのものが流しこまれてきます。

今日はそんな日でした。干渉を受けてしまった感じ。私の弱さというか、未熟さのゆえですが。
でも、そういう風にされるのを喜ぶ人もたくさんいるのは知ってます。

私は必要ないですので、そこのとこ、よろしくお願いします!!!
【2009/03/11 01:18】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
夢をみた。
そういえば、今朝は夢を見ていました。

覚えているところは、かすかなのですが、日本でわたしに最初にヴェーダを教えてくれたババの元学生の夢でした。内容は忘れました。

時々、他人の思念が夢に来ることがあるので、もしかして、向こうが私のこと(というか主名のこと?)でも思い出したんだろうか、とか思いました。

もうひとつは、どこかの大きい場所で仏陀プールニマのお祭りための何かのプログラムをしようとして、待機してる夢でした。ババはまだ来てなかったと思います。

今日は多分、満月と思います。
ほんとは満月の今日、行けるものならスリランカに行って仏陀の歯を見たかったのでこんな夢になったのでしょうか。
【2009/03/11 01:02】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はババは来てました。私はホールの外から見てましたが、女性側で手紙をたくさんとって、そのあと2回くらい女性側に何かポンと投げてました。

今朝ようやく列車のチケットを買おうかと思ったのですが、クレジットカードが使えなかったので、日本に問い合わしたら問題はなかったのですが、たぶん今の時期は混んでるから、帰りのチケットも全部きっちり買っとくべきなのかな、とか思いました。

帰りのチケットは、向こうで買えばいいわとか思ってたのですが。

バンガロールからカルカッタは普通のチケットはもうなくて、タッカルという、少し割高の出発日5日前に発売されるチケットがあるだけでした。

それも、エアコンの車両のはなかったので、こんなとこで節約するつもりはなかったのですが、エアコンナシのスリーパーで行くことになりそうです。
私と主名で1600ルピーと、安いのはいいんですけど、2泊3日乗ってますからねえ。

でもエアコンなしだと窓の外の風景はよく見えていいという点はあります。
客層は、おじさん率が高いかな。。。
【2009/03/10 14:38】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
夢と消えたスリランカ
安いチケットがあるなら、と、仏陀の歯を見にスリランカに2~3日行こうかと本気で思いましたが、予算もどこからも回ってこなかったし、14日の私のバンガロールの予定は変えるつもりがなかったので、タイムオーバーで、スリランカ行きはナシになりました。

ま、行かない方がラクなので、いいんですけど。

ネパールも面倒なんですけど、ま、行ってきますわ。
自分の気分を盛り上げるために、ネパール用の服でも買ってみました。
主名はもうすでに盛り上がりまくりで、ネパールをだしにしたら今は上機嫌で何でも言うこと聞きます。

今日、こっちではスクーターというんですが、キックボードでしょうか?
子供が片足を乗せて蹴って進む乗り物。あれの下の金属の板とハンドルの棒のつなぎ目がバキっと折れて壊れました。
こんなん、壊れるかー?という感じですが、主名にはネパールで主名が怪我とか病気とかしないために、これが先に壊れてカルマ落しをしてくれた、だから壊れたんやん!!よかったなー。と説明したらなんとなく納得してました。
【2009/03/10 01:28】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ練習
ヴェーダ関係の知り合いがうちに集まって練習したがってるのですが、私はいまはする気がしないので、いっつものらくらかわしてます。

「ただ、リラックスしてる」とこないだ言ったら、その西洋人とインド人はなんだそれーっ、というかんじで笑ってました。
インド人は「サワコはナマケモノ」と、最初に覚えた日本語の単語(ナマケモノ)を西洋人に教えてました。
【2009/03/09 19:53】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はババはホールに来ませんでした。

旅行用のかばんを購入しました。
気分を盛り上げるために形から入ってます。

2ヶ月以上いた、4歳の男の子とその家族が今日帰ったので、私らもそろそろ動くかなあ。
【2009/03/09 14:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝は午前の通常ダルシャンとしては珍しく、ババはバジャン中、ずっとうろうろしたり、ステージ上に長いこと座ってて、プラサードも配られました。

私は仏陀のこととかいろいろ考えてたらえらく涙が出ました。

仏陀の歯を見ることについてとか、ババがいまは肉体丸ごとの姿を毎日見せてることとか、そういうことの意味を考えたりしました。

仏陀の歯は聖化されているとはいえたかが歯ですが、仏陀が生きていた時代に同時に生まれ合わせて、仏陀と直接肉体を通しても接触のあった記憶を魂に持つひとにとっては、たかが歯ではない、仏陀に対面していたその瞬間の自分自身も表現するなにかの重要なものであるかも知れず、

今はババも毎日ダルシャンしてますけど、ババが肉体を去ったあとには同じく、同時期に肉体を持っていたことの奇跡を実感するのかもしれません。

【2009/03/08 14:14】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
カルナータカミュージック教室
昨日今日と、夕方に音楽教室に行きました。

前におばあちゃん先生に教えてもらったののおさらいがまだ終わってない状態ですが、テキストが微妙に違うので、(おばあちゃんはチェンナイで習ったので)足りないところを教えてもらいながら、子供たちと一緒にやってます。

兄妹だか、姉弟だかわかりませんが、女性が教えて、男性が子供たちに、どうやったらうまく声が出るかとかを語ってました。
テルグ語なので内容はわかりませんが、多分、技法というよりは、雰囲気的に道徳訓ぽい内容だと思います。
アンティー(おばさん、の意味。英語のローマ字読みがインド語化したもの)がなんとかかんとかとか話して、子供らが振り返って私を見てたので、私も道徳訓に入ってたみたいです。

もう一人のアンティーはしばらくセバダル業務で欠席なので、昨日も今日も大人の生徒は私一人でした。
わたしも、来週からしばらく欠席します。
毎朝と夕に練習してね。と、ちっちゃい先生に言われて、インド人風に頭をグニャグニャ動かして肯定しましたが、練習しないと思います。

彼女はアナンタプールで3年半で子供500人に音楽を教えたとのことですが、今日は子供の背中をバシッとたたいたり、頭を軽く小突いたりしてました。
やっぱり、これが完全に普通なんだよなあ、インドでは。と、思いました。
【2009/03/08 01:09】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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