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いろいろ
いろいろ応援してくださってる方、ありがとうございます。

最近の流行なのか、皆さん、コメントを公開しない風潮になってるようなので(笑)ここに、いろいろ秘密にコメントを書いていただいてる方々にお礼申し上げます。m(__)m
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【2009/05/31 14:36】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝起きたら、体調はすっかり良くなっていました。
なので、サウスにご飯を食べに行きました。

病気明けというのは世界の見え方や自分の存在感が違って新鮮です。

サウスでも「コノ、ウプマトイウタベモノハオイシイデスネ」と、毎日食べてる同じ食べ物なんですけど、宇宙から降りてきた宇宙人のような感覚で、食べました。

いや、宇宙人になってる場合じゃなくて、今日の音楽の試験の暗記物がまだ半分ほど残ってます。
【2009/05/31 14:30】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日
昨日の朝は、トークンは2番でした。
主名も珍しく起きてて一緒に行きました。
で、ほかのところもあいていたのですが、いつもは座らないよう場所に、なんとなく座りました。

で、ふと前を見ると、ババの学校のテストを受けるように言われた、主名の友達のRくんじゃないほうの子供とその親がすぐ前に座っていました。
なるほど、こういうことかー、と思いました。
(いつもは座らない場所に珍しく朝から主名同伴で座ったことが。何でかな?と思ったので。)

なので、主名に、前に座ってる子はババの学校に入るみたいよ?と教えました。
そしたら、主名はにや~っと嬉しそうに笑ってはにかみました。
いや、あんたじゃないあんたじゃない。

このすばらしき他人と自分との区別のなさ(笑)

あちらも、こっちに気がついたので会釈しました。

この日はババは来そうで来ませんでした。

バジャンのあとに、顔見知りではあるので、「入学が決まったそうで、おめでとうございます」と言ったり、別の話を少ししたりしました。

まだ形式上の試験を受けてからなので、決まったわけではないそうなのですが、Rくんとこのおかあさんはもう入学が決まったと信じきってて、そういう態度なので、つい私もそう思ってたのでした。
でも、外国人は試験は実際、あってなきものだそうです。

彼女たちの場合も、子供が大きくなるまで待って編入、という形になったみたいなので、外国人はやはり遅めに入学させる場合が多いように思います。

そのほうが、いいのかもしれません。。。

バジャンのあと、この朝は珍しく主名も一緒だったので、一説によるとプレマサイの子供になる予定という重要人物にまたもや主名の入学に関しての懇願に行きましたが、前回と違って今回は彼は在室だったようなのですが、他の人が会わせてくれませんでした。

他の人に訪問目的を聞かれたので答えると、「彼はそういうことに関しては何もする気がないです」と、言われたので、そりゃそうだと、私も思ってて、実際期待してなかったので、「そのことは私もほんっとに良くわかってます。ただ、これを彼に渡していただけますか?」と、主名のチャンティングのCDを対応してくれた人づてに渡してもらいました。

午後のトークンはラッキーセブンでした。
私らが最後の列かと思ったら、さらに2列くらい残ってました。
やはり土日は人がぐんと増えてます。

バジャンが終わる頃には私は具合が悪くなってて、その時点ではまだ歩けるけど、無理をしたらひどくなりそうだったので、主名は遊びに行かせて、私は部屋で寝ておこうと思いました。

で、音楽教室に休むことを連絡したら、翌日がテストなので、問題の答えを書きに来てといわれ、(つまり答えを覚えればいいだけ)オートで言って、ノートに書いて部屋に帰りました。

頭がすごく痛くて体も痛くて、熱も少し出てたのですが、10年以上ぶりに試験勉強で暗記するはめに。。。
半分くらい覚えて、寝ました。


【2009/05/31 14:25】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
音楽教室
今日は主名も微熱があってしんどがってて、わたしも体調がよくなかったので、午後のダルシャンはお休みして、部屋でごろごろしたり寝たりしていました。

夕方になると主名はすっかり元気になって、私も一眠りしたら動けるようになったので、主名は芝生に遊びに行き、わたしは音楽教室に行きました。

私は今日は体調がよくなくてどよんとしてたので、あまり声が出せませんでしたが、女の子先生はあなたの声は、ソー パーフェクトだから、試験を受けたらいいと思う、だから毎日一時間自分の家でも練習するように、と言ってくれました。

毎回、練習してきた?ときかれ、すみません、してないです、と答える日々なのですが。

試験て、みんなが今取ろうとしてる、カルナータカミュージック初級、みたいなやつのことかと思ったらそうじゃないみたいで、別の何かを考えてくれてるようでした。

ほめられると言うのはやはり大切で、いつもは自分の番が終わると、わたしはなるべく早く抜けて帰ろうとするのですが、今日は一番最初の簡単なレッスンをほかの子供たちがするのにも付き合って、少し長めに残りました。

すると、インドのドレミファは「サリガマパダニサ」なのですが、上から「サニダパマガリサ」と歌うときに、わたしは半音高く始める癖があることに気がつきました。
目からうろこ。というより耳からソラマメかなんか?今頃はっと気がつくという。。。

何でかなあ?と後で考えてみると、わたしは楽器系はお琴はモノにはならなかったけど長年やってて、お琴の後は沖縄のサンシンを少しだけやっていました。
そして、そのどちらも弦が勝手に緩んでくるので、常に高め高めに修正する必要があって、そういうのが体に染み付いてるような気がします。
それが、原因のひとつじゃないかなと思いました。

で、お琴やサンシンの音階って、インドの音階と共通のムードもあったりするような気がするのですが(詳しいのは私は分かりません)しかし、インド音楽の音階って、日本の邦楽や沖縄民謡よりもわたしにとっては微妙で、インドの音階で正しいとされてる音でも、私にとっては半音低く感じて、無意識のうちに半音高く修正して、なれた音階にしたくなるんだと思います。

インド音楽にも少しずつ慣れてきた気もしていましたが、慣れてきたと思えるころにやっと自分の間違いに気がつける余裕が出てきたということでしょうか。

女の子先生は、よっぽど酷く間違ってるときしか直さないので。

しかし今日は、自分がどよんとしてたので、女の子先生やほかの子供たちの清浄さがステキと思いました。

今までは子供たちの歌声というよりむしろすごい怒鳴り声や強烈に外れた音などにげんなりしていたのですが、今日は、ああ、いい場だなあ、と思いました。

おばあちゃん先生のところは格式の高さ、という場でしたが、女の子先生のところは「清浄さ」これを感じます。
しかし、先生が一気に50歳以上若くなるって、すごいですよね?

シュルティボックスというのがあって、同じ音を出し続ける機械なんですけど、つまり、歌ってるうちに音がおかしくならないように通奏低音のようにその機会で音を流しておくためのものなんです。

それが、無機質な機械音に人間が合わせるみたいで私は嫌いで、おばあちゃん先生に、自分が練習するときに音をとるために、シュルティボックスかハーモ二ウムを買いなさいといわれ、わたしは店で一番安いシンプルなハーモニウムを買いました。

でもシュルティボックスもいいかもなあ、と、最近思うようになりました。
今日、自分の音の出し方のくせにも気がついたのでなおさらそう思います。
女の子先生のところではシュルティボックスを練習のときに使ってるので。

おばあちゃん先生のときはたいがいハーモニウムでした。
ハーモニウムで音を出すと、気分が出ていいんですけど、手が疲れるんですよね。
【2009/05/30 01:36】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はトークンの先頭に座るように言われたので、座りました。
どうせ、最後の列だったので、残ったくじを引くだけで選択の余地なしですが、、珍しいなと自分で思っていました。

わたしの前に引いたのはロシア人だったのですが、彼女はトークンのくじの袋からひとつくじを出して、見て、あっという顔をして、すばやく袋の中に戻して別のをとりました。

それが一番くじ。

わたしに残されたのは、最後の5番くじでした。

くじの係りのおばあちゃんに言おうかなと思ったのですが、なんとなく言わずじまいでした。
多分見てたのはわたしだけと思います。

でも、それをした本人のロシア人はやっぱりその後難しい顔をしてたので、
そのことを知ってたのはわたしと、彼女と、ババと思います。

やっぱりその後ちょっと気になって、ホールに座る彼女をちらちら見てたのですが、ずっと、猛烈にうちわで顔をあおいでいました。

多分、わたしなり誰かに見とめがめられて非難されてたほうが彼女としては気が楽だったのかもしれません。

でも、しばらく気になって彼女を見てたわたしも、しつこいなあと、自分で思いました。
いや、どんな気分なのかなと思って気になっちゃって。

今日はババは来ないかと思いましたが、9時35分くらいに来ました。

トークンに並んで、前に行こうとするときにはいろんなドラマが生まれるもんだなと改めて思いました。
肝心のババが来たり来なかったりもするし。
変な世界ですよね?
ゲーム?

ババは男性のほうに行かずに途中でステージのほうに曲がりました。

私はコーディネーター席のあたりの結局3列目に進み、けして悪くない位置でした。

ダルシャンの時って、ババよりも他の人のババを見る姿のほうが興味深いことってないですか?

わたしのすぐ近くにカナダから来たモスリムの知人が座ってて、今日は1列目まで詰めていって座れた彼女は普段はそんなことないのに、今朝はモスリム的に、サリーを頭にかぶって頭を覆ってダルシャンを受けていました。

彼女にはわたしは一時期すごく嫌われてて、ある、彼女の落ち度による一件があってから友好的な関係になったのですが、そういう、かかわりを持つのは絶対偶然ではないので、不思議なもんだなと思います。

ダルシャン後に普段入った事ないレストランからいい匂いがするような気がして、そこでパンを焼いてるのかなと思い、買って帰ろうとして始めてその店に入ると、すぐあとにその彼女も入ってきました。
結局、パンやケーキは午後だけしかないということだったので、何も買わずに、ただ、彼女と言葉を交わしただけで出てきました。

人間関係て、面白いもんだなあと、改めて思います。
【2009/05/29 14:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
笑顔
今日の午後のダルシャンは、ババは出てくるのが遅くて5時半過ぎでした。

今日はトークンに行ったのですが、主名は2時間半も待ったのに、ババが来る直前におしっこに行きたくなったというので、
「もう来そうやし、我慢し。」
と言ったのですが、もれるというので、
「じゃあ、戸が閉まってはいれなくなってもいいんやったら行ってき。」
と、行かせました。

そしたら案の定、じきにババが来て、主名は閉め出されました。

今日のババはにこやかな笑顔でした。

ババがステージ上に上がってから、外に閉め出された人も入ってきました。
主名もじきに帰ってきました。
「閉められて入れへんかったん。」
というので、
「知ってるよ」と言いました。

でも、どこかに上って外から中を見てたそうです。

音楽教室は今日は主名はサボりで、ほかの子らと遊ぶと言うので、私だけ行きました。
【2009/05/29 01:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
休日
今日は平日ですが、朝は早くにはダルシャンに行かずに、ちょっと、休日にしました。
それでも主名を起こして、9時前にサウスに朝食を食べに行き、バジャンに行きました。

今朝はババは来ませんでした。

今日はわたしはちゃんと睡眠時間をとったので、頭がたぶん普通です。

バジャンの後、主名のCDを持参して、以前会いに行くように言われた人のうちの一人のオフィスに行ってみました。

入ってみると主名のインド人の友達のお兄ちゃん(プライマリースクールの学生)と、そのお父さんがそこで働いていました。

主名のともだち(最初の学校でのクラスメート)は、去年試験を受けたけど、ババの学校に入れなくて、今年再挑戦したんだと思います。
そろそろ合格発表の時期と思いますが、今年はみんなどうだったんでしょうね?
音楽教室に来てる母子も、娘が受験したそうで、無理とは分かってますが、みんな受かるといいね、と思います。
去年は知り合いの子供たちはほとんど全滅だったので、それには結構びっくりしました。

というのは、親がスタッフとか、アシュラム住人とかそういう子は受かると聞いてたのですがみんなだめで、そうでない子もかしこくていい子供たちも、みんなだめだったので、選ぶ基準というのはやはり、何かそれ以外のものもあるに違いないと思いました。
あと、入る時期も。
主名の去年だめだったインド人の友達も今年は入るかもしれませんし。

目当ての人は今日の午前は帰ってこないといわれたので、今日の午後のバジャン後か、明日の朝のバジャン後にでも出直そうかと思います。

重要人物に会うことに関してはまったく期待してないんですけど、ま、何か動いてみるというのは悪いことでもないので。

今年はもう2,3人の外国籍の子供たちが入学するみたいですし。

主名がまださらに1年か2年入学に猶予があるなら、もう少しちゃんとヴェーダを教えようかとも思います。
なんせ、去年8月くらいから学校に行かせるのをやめて、家で勉強をさせるのも私じゃ無理があるので、それで、勉強よりかはむしろヴェーダを教えだしたのでした。
勉強も、また6月からも家にいるなら何か考える必要がありますが、ほんとに、外国人はそんなにやりすぎる必要はないというのはよく分かりました。
というのは、今年入学が確定という話のRくんの勉強の状態をみてだいたいわかりましたから。
なん人かにも、「教えるのは、ほんの少~しでいいんだから」と言われてましたが、でも、インド人の子供らの状態(入学時にすでに高い学力)を見てたら、同じ年齢の子供なんだし、やれるだけはやったほうがいいんじゃないのかなあ?と思ってました。
でも少しはやる必要があります。

朝はすごく涼しかったですが、昼になるとさすがに暑くなってきました。
ババは、動かないですね?ホワイトフィールド行きはキャンセルされたのでしょうか?
動いたとしても3日、長くても7日という話ですが。
【2009/05/28 18:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
寝不足
最近寝不足が続いていて、いつも朝のバジャンが終わると、だいたいネット屋によって、そして部屋に帰って一眠りしよう、と思って帰るのですが、帰ったらたっぷり睡眠時間をとった主名が起きてる時間なので、結局そのまままた私も起きていろいろ何かすることになります。

今日も、朝はかなりしんどくて、でもダルシャンの後には調子がよくなってて、部屋に帰ったら主名がおきてて、アシュラムの友達のところで遊びたいと言うので、よっぽど一人で行かそうかと思いましたが、サウスにご飯を食べに行って、そのままその友達の部屋に遊びに行きました。

主名をその友達と遊ばせてる間に私はその部屋で少し寝させてもらったのですが、午後のトークンの時間になったので、一度部屋に帰ってシャワーを浴びてさっぱりしてからトークンに行きましたが、持っていくおもちゃがどうのこうのとかいって、のろのろしてたので、すんでのところで間に合いませんでした。

その時点でちょっとカリカリと頭にきてたのですが、その後座ったところでもさらにいろいろいらいら来て、子連れのダルシャンはほんとサイアク!と思って、悲しくなりました。
なのでしくしく泣いてたらセバダルが水を持ってきてくれましたけど断りました。

やはり睡眠不足はわたしには特に大敵です。
すぐに情緒不安定になりますもん。

というか、ず~っと一人で小さい子供の世話をするというのが、かなり限界なんですけど。
それはわかってるんですけど、どうしようもなくて。

子供をつれて一生懸命ダルシャンに行こうとしても悲しくなるばっかりなのはこの5年でよーくわかったので、自虐的にならないためにも、全然がんばらなくなってたんですけど、最近は学校の入学許可をもらうという目的があったので、コダイカナル以降かなりまじめにダルシャンに出てました。

一人で出る分には問題がないんですけど、一人でいいダルシャンの時間をもてて、その後子供を連れて行くとギャップが激しくて、なんか耐えられないっ、となってます。
もう戻れない感じです。

音楽教室でも、声を出すとどうしても感情も開放されるので、またぼろぼろ泣きながら練習してましたが、幸い、そのうち涙が尽きたみたいで自然に普通になりました。

いろんなことが、いったい、なんなんだろう、とか思います。
【2009/05/28 01:05】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
音楽教室
昨日の音楽教室は、初めのほうはいつもの女の子先生が来てなかったので、そのお兄ちゃんが練習してくれました。
お兄ちゃんは現役の音楽大学の学生らしく、おお、なかなか贅沢だなこりゃ、と思いました。

しばらくして女の子先生が来て引き継ぎました。

しかし、インド人て、テキストとか結構忘れるんですね?
おばあちゃん先生のところでもそうでしたが、ヴェーダの練習のときでも音楽の練習のときでもテキストを持ってこない人が毎回何人かいて、わたしは逆にいつも余分にいくつか持ってるので、いつも、貸してました。

昨日も、そんなで、余分なものを持たないというのはいいと思うけど、いつもちょっと足りない、というのはどうなん?と思いました。
わたしはいつも余分に持ってる感じなので、インドという国と日本という国の情況がこの私たちという末端にも現れているのかなあという気もしました。

習ったぶんをノートに毎回書くのですが、それも効率が悪くて、お互いが順番に写しあったり、先生がレッスンの手を止めて書いたり、それでやたら時間がかかったりもするので、
最初から最後までまとめて書き出してコピーして配布したい気分です。

しかし、音楽は得意分野で、声を出す事に関してはストレスがないし、ほめられることもあるので、ほめられる場、があるというのは必要だなあと思います。
【2009/05/27 15:58】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝のトークンは5番中3番でした。

待ってる間、寝たり、思いがわいてくるのを見てたり、座ってたけど色々忙しかったです。

ババは来ないかと思ったのですが、9時45分くらいに来る動きがあって、10時半くらいに来ました。

わたしは今日も中ノ島に座ってて、今日は前に詰めさせてもらえたので2列目でババを迎えました。
私が座ってるところは位置的に、ババは顔を向けずに通り過ぎることが多いのですが、今日はわたしの前を過ぎるまでしっかりずっとこっちを向いていました。

わたしは手紙を差し出していたので、完全にババの視界に入って、取れる位置でしたが、ゆっくりと前を通り過ぎていき、取りませんでした。

この手紙は、他の人に入れ知恵されて、主名の写真を封筒に入れて、メッセージも書いたものだったのですが、これじゃあ、取ってもらうには「足りない」か、何かが違うんだな、と思いました。

確か、主名をプライマリースクールの学生として受け入れてください、そしてあなたの道具として働けるように教育を与えてください、とかなんとか書いたんじゃないかと思いますが、もしかしたら、その願いは小さいかもしれないとも思います。

というのは、主名もわたしも、出産時に危険で、ババの介入があったそうなのですが、妊娠時からしてすでに危険で、毎月のようにババが介入して流産しないようにしてたとかいうことを言われた事がありましたが、そんなんするくらいなら、もう、わたしも主名も存在そのものを受け入れてもらって、すでに彼の管理下にあるんだろうと思います。
だから学生として受け入れて、というような条件をつけるとあえて狭め、離れるような気もします。

主名が自分で書いて受け取ってもらった手紙にもそういうことを書いたものがありましたが、やっぱり、子供が書くものは純度が高いので、いいんじゃないかと思います。
しかし同じ内容でも、わたしが書いて渡すとなると、なにか良くないんだろうと思います。

わたし自身は、そのように働きかけるよりも、意識の上でいろいろ忘れる事が必要なんじゃないかと思ったりもします。

主名が生まれて1ヶ月くらいのときだったでしょうか?
妊娠中もそうですが、ババの写真を見てると、この子はわたしの子ではなく、〇〇の子だというメッセージというか、言葉を受け取ったように思ったときがありました。

そうか、わたしの子じゃないんだ、と、子供に対する執着や責任感に翻弄され気味だったわたしは一瞬の寂しさのあとにスカッとして、光に満たされたような気分になった事がありました。

でも、自分で世話しないといけないんだなー、と、なんかよく分からない気分にもなったのですが。

自覚のあるなしは関係なく、すべてはババの手の中にあるともいえますが、以前プッタパルティに来た人が、何枚もの具体的な願いを書いて、願望成就の木にその手紙を結んだら、その後グルプールニマの日の夢で、ババにそれらの手紙を全部バサッと返されて、「わたしのものになりなさい」といわれたという例もあるように、自らをババにゆだね、自分にあると思っている責任をババに戻すと、ババのものになるんじゃないかと思います。
そしてババはそのひとの責任を取らないといけないんだと思います。

わたしは、因縁をつけるみたいですが、いつも、ババはわたしの責任を取らないといけないという固い信念(怨念?)が、最初にプッタパルティを訪れた1995年以降あるのでした。。。

まあ、ババに文句を言う筋合いはまるでないのですが、ババに会うまでは何も不足のない、幸せと思って満足してた生活の中にいたものが、会ってからは世界の外にはじき出されて、苦しみの連続みたいなのになったので、どうにかしてくれるんでしょうね?と、自分ではどうしようもなくなった自分の人生の責任をババに取ってもらうためにここにいるともいえます。

まあなんにしろ、今朝のように、明らかに「取らない」という様子を見せられるのは、ある意味、手紙をとってもらうのと同じと思います。
「それじゃない」ということですから。

やはり1995年ですが、ダルシャンで、ババがわたしの目を少し離れたところからですが、凝視したときがありました。
わたしもジーッとみてて、しかし、あまりにもその時間が長く感じて、なんか、間が持たないなとか思ったわたしは、にこっと、笑顔を作って愛想笑いをしてみました。なんせそのときのわたしは花咲き誇る21歳。
そしたらその瞬間、ババは目をそらしました(笑)

でもその瞬間に、愛、のようなものが、がつんとわたしにぶち当たってきたような感じになって、その衝撃にびっくりして、一般的な感情からではない涙がだーっと、溢れて流れたことがありました。

それはちがう、という、マーヤーを拒絶する事と、人の中の神、神そのものである、ということへの確立が同時に起こると、そのような事が起こるのだと思います。

ババに受容されるということと、拒絶されるということは、だから、同じ事なのだと思います。
彼との関わりであるという点において。

そしてまたこれも誰かがいっていましたが、ババという存在も、大きな幻影、イリュージョンで、すべてはこの中、人の中にあり、すべてがそこから出てそこへ戻る、そしてそれ自身は影響されずあり続ける、形態を超えた神からの投影なのだろうと思います。

でもこの人生の映画の中にババが登場したということは、映写機からの投影の終わりが近いというしるしと思います。

しかし、今日思ったのは、ババが肉体を持って存在している事で、どれだけ多くの人がそこから喜びを引き出している事か、ということでした。
今日も何人ものひとがパダナマスカールをし、ババとしゃべり、ババから何かを投げてもらい、手紙を受け取り、ババがダルシャンに来た事で幸福感を味わっていました。

ステージ上にババが落ち着いてしばらくして、「マーナサバジャレーグルチャラナム」のバジャンが歌われました。

その瞬間、ババが若いときに家を出て、集まった人たちにこのバジャンを歌っていたとこの光景がよみがえって、眼前に繰り広げられているような錯覚が起こりました。
そのときわたしは肉体を持ってそこにいなかったはずですが、ああ、あのころみたいだ、と思いました。

というのは、今日も人がかなり少なかったからなんですが。
なので、ババが岩の上に座って、そこにそこらへんの村人とかが集まってきて前に座ってるような雰囲気を感じたのでした。

今朝は7時半から11時までダルシャンホールでしたが、この時間て、わたしの人生の中で有意義に使ったといえる時間なのかなあ?と思いました。
一日が、時間がどんどん過ぎて、過ぎていっているのも気がつかないくらいとぎれなく自動的に過ぎていっていますもの。
疲れたら寝て、明日になって、また明日が来ると思ってるけどいつまでも明日が来るわけもないのに、そのことに思いをはせてみた所で なすすべもなく流れていく時間。
【2009/05/27 15:49】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
主名のCD
ここ数日、毎日2時間とか、主名の、そらで唱えられるヴェーダを録音していました。
2時間が限度ですね。それ以上だと、声がくたびれてしまうので。

で、今日、最終のやつを録音して、CDを作って、ババに郵送しました。
明日には届くはずです。
聞いてくれるでしょうか?

CD製作はふと思いついたので始めたのですが、ババの周囲の重要人物めぐりをして入学を懇願して回るよりもいいような気がして。
だって、結局はババが要なので。

主名の写真を入れるのを忘れてたな、と、あとで思いました。

できたCDはわずか20分ほどですが、なかなかいいものになりました。

いざ録音するとなると、細かいところを直したりして、なんせ、主名はテキストなしで覚えてるから、いっぺん違う風に覚えてしまったら、何度も唱えて体で覚えなおすしかないので、すごい時間がかかりました。

わたしも、OKの出しどころが日によって厳しくなって許せなくなってしまうときもあって、そんなときは20秒ほどのサハナーヴァヴァトゥを、30~40分くらい延々とやり直しをさせたり。。。
結局、ちゃんと言えるころには疲れきっておどおどした声になってたので、初めのほうに唱えた元気な声をCDには使いました。。。

以前、私が主名に教えてる姿を「伝統芸能の稽古みたい」とか言われたことがありましたが、厳しいです。いやになって私がひっくり返ることの方がよくありますけど。

CDにして、まとめて聞いてみると、作品、てかんじです。いいものですね。
ちゃんとガナパティプラールタナからはじめて、クシャマプラールタナで終えましたよ。
サハナー~は2回入れましたが、全部で短いのも入れて20弱くらいでしょうか、種類は。
ルッドラムはネパールに行く前は間違えながらもほとんどナマカムは覚えてて、チャマカムも途中まで覚えてたのですが、いまやもうぜんぜん覚えてないので、1と2と、トリャムバカムのやつだけです。
CDにするために練習したのは、なかなかよかったです。
最近実はあんまり練習させてなくて忘れる一方だったので。
だって、遊ばせてる方が楽ですもん。

ネパールに行かずにプッタで練習してたらもっと数も多く、質も高かったでしょうけど、まあ、息抜きは必要なので、悔いはないです。

CDの中で一番元気で、すごみがあるのは、ドゥルガースークタムです。
わたしがかんかんに怒って、自分の意思ではどうしようもなくなったときにはよく唱えさせてましたから。なんか、鎮静効果があって。いやほんと。

終わってみると、楽しいCD製作でした。

重要人物めぐりをまた再開するとしても、単に懇願して彼らの恩寵を請うよりも、こういうこちらから提供できる売りや話題性があったほうが、なんかいいですやん?再開するかどうかは分かりませんけど。もうなんか、面倒だし効果なさそうだから。こういう重要人物めぐりってすごくインド的なんだと思いますけど。
【2009/05/27 02:37】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝、トークンに間に合うように部屋を出て、道を歩いていると、どこからともなく、脇から出てきた知人の女の人が、前置きなしに主名の学校事情についてたずねてきて、ババから何か言われたかとかなんとかいうので、夢でだけ話した。と言い、でも実際は、「外国人だからテストが受けられなかった」と言うと、今のこの時期に働きかけるべきよ!手紙を書くとか、今はまさにそういう時期なんだからと言われました。
「すでに5通受け取ってもらったけど、なにも起こってないです。」
とか答えましたが、さらにいろいろ親身に一方的にアドバイスしてくれたので、その様子にほろりときて、つい、涙腺が緩みました。

実はこの人は外国人だけど元スタッフで、かなり精神状態がやばそうな人です。
直接の理由が何かはわかりませんが、多分、健康状態が悪いとかそんなんと聞きましたが、最近スタッフをやめてました。

とてもやさしい人で、何かたずねたら完全に自分の問題のように、一生懸命考えてくれたり説明してくれたりします。
ババのことしか考えてない感じで、よく、空中に向かってパクパク口を動かして何か行ってたり、完全にどこかに世界に行ってしまってる姿をよく見かけます。
前も見えてなくて、よく、人や物にぶつかってるので、しょっちゅう顔面を怪我しています。

最近、特にその、あっちに行ってしまってる状態ばかりに見えたので、しゃべる機会も少なくなって他のですが、今日はいきなりどこからともなく現れて一方的にしゃべってきました。

こういうちょっとおかしな人は、頭かどこかが開いてしまってるので、わたしは人格を介さずに直接魂かハートかなにかでつながってしまうことが多いです。

おかしな人は、わたしのことをまともだといい、わたしも、おかしな人は、他の人よりも話がしやすいと思います。

私がおかしくて、おかしな人がほんとに錯乱しておかしかったときは、もうかれこれ10数年前になりますが、私が強く思ったことをおかしな人が自分の言葉として話す、という様なつながり方をしたときもありました。

でもおかしなひとは、ほんとにハートが開いてる人も多いのか、話をするだけでジーンと来て、涙が出るときがあります。

逆に、一般社会でしっかりやっていける人とか、ある種のいい人と接すると、胸が締め付けられてたまらなく苦しく、痛くなったりすることも多いです。

多分こんな私は以前家族に言われたように、社会不適応。

今朝の彼女は、何か、今日はわたしと話をしなくちゃと思って接近してきた感じでしたが、じつはわたしはこの3日間ほど、主名の唱えるヴェーダのCDを製作してて、ほんとは昨日録音し終わって、今朝のうちにババに郵送しようと思ってたのですが、うっかりデータをひとつ消去してしまったり、よく聞きなおしてみると間違えて唱えてたりするのがあったので、今日、また2つほど録音しなおしになって、睡眠不足もあり、ここしばらくは毎日夕方を過ぎると下痢や腹痛になったりして、疲労感がたまってたところだったので、彼女と話しているうちにその純粋性(ちょっとおかしい、という超越性?)に触れて自然に涙が出て、癒され、リフレッシュしました。

昨日は別の現役スタッフのインド人に、なんか、いやみみたいなのも入ってたのかもしれませんが、今日ババはプライマリースクールで選抜された子供たち全員をチェックしたのよ。と、言われ、あなたのところはどうなんだ、ババに何か言われたのか、とか、手紙をとるときに何かあったか、とか、聞かれたので、ただ取っていっただけで、あとは夢で話しただけで、主名はまだ小さいと言うようなことを言われたから、来年か、再来年かもしれないというと、へのじぐちになって、手のひらを上に向けるインド人の(空っぽを意味する)しぐさをされました。

しきりに、いろいろやってみるべきだ、と今朝の彼女が言うのでクッションの間に挟んでいた手紙を取り出して見せて、「今、手紙を持ってトークンに行くところ」と、笑って言うと、彼女も微笑みました。

トークンは、前日ババがビューティフルダルシャンを与えたからか、今日は前日の1,8倍くらいの人数が来てました。

私はやっぱり4番とか6番とかそこらへんでしたが、車椅子でババが通る可能性の低いところの一列目に座りました。
今日も来るかなーと思いましたが、今朝はババは来ませんでした。

時間は飛びますが、さっき、夜9時くらいですが、ダルシャンホールのステージ上の絶好の場所に座ってるおじさんで、気楽な子供好きな人がいて、よく主名やほかの子供に話しかけてきたり、お菓子をくれたりするのですが、その人がほかのインド人に主名の事を何か話してたみたいで、私たちを見ると来て、やっぱり学校のことを聞いてきました。

なんせ、今の時期はみんなの話題がそれなんだと思います。
「外国人だからテスト自体が受けられなかった」というと、主名はまだ4歳半くらいだからだろう、というので、5歳半なので、今年がテストのタイミングなのですが、校長に会ったけど、だめといわれた、というと、じゃあ、来年だな、来年、受けられるよ、とか言いました。
いえ、まだ、一応今年度入学に向けて活動中なんですけど、、、と思いましたが、いいませんでした。

そのおじさんも主名のことを幼いと感じたようなので、やはり、まだ、年齢的には足りてても幼いのかもしれないな、と思いました。
ちなみに正規の入学年齢は5歳半から6歳半です。主名はだいたい5歳半なので、まあ、ほかに比べて幼いのは当たり前と言えば当たり前です。

ここしばらく毎年のように外国人の学生が誕生してるので、インド人にとっても、なかなか面白い話題なのかもしれません。
外国人の学生はどうしても目立ちますし。
だから、今年はどうだとか、あの子は入りそうだとか、いろいろ話が出てるんだと思います。

しかし、インド人はみんな、外国人も試験を受けて入学してると思ってるんでしょうね?
みんな、「試験はどうだった?」とか、「受けたんでしょ」とか、聞いてきます。
「外国人だから受けられなかった」と言うと、いつもちょっと気まずい感じかもしれません。

主名は霊感的な人たちには「この子は入ると思う」とか「学生顔だ」とか、好きなことを言われています。霊感的な人にとっては、主名はすごく無垢でいい子らしいです。
学校の先生の評判はどこでもだいたいよくないです。ま、管理する立場からすればそんなものかもしれません。

ちなみに今年はすでに2、3人くらいは外国籍の学生の入学がほぼ確定してそうです。

今在学中の外国人の男子学生は、リトアニアの学生はもう卒業したのか見かけなくなったし、わたしは今はアメリカ人2人とスペイン人とイラン人だけかと思ってたら、どうも、イタリア人もいるみたいですね?
今日、その彼がお母さんらしき白人女性と原付の二人乗りをしてるのをみたので、あ、あの二人が親子だったんだ、と、知りました。

ちょっとづつ、いろんなところがつながってきて、だんだん全体像が見えてくるような気がします。
【2009/05/27 02:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝のババ
今朝のババは、バジャン中に天井ばかり見ていました。
ホールの天井が老朽化して落ちそうなのを、神の視線で補強していたのでしょうか!?

ババが帰るために車に向かうときに、ステージ上のVIPたちが一生懸命ババに話しかけようとするのですが、先に話してる人の肩を後ろの人がつかんで後ろにやって自分と位置を変わろうとしたりと、その攻防の様子がコミカルでした。

ババがいなくなると、さびしくなるでしょうね?
みんな、われに返って紳士になるんでしょうね?
ババの前では一般人であろうとステージ上に座っていようと、みんな必死ですね。

ババが肉体を持ってるのもあとほんの少しですね。
今を大事にしないといけないですね。
【2009/05/25 15:32】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はトークンは4番中4番だったのですが、人がすごく少なかったので、中ノ島の2列目でした。

ババは8時20分ごろに来ました。

ふと見ると、すでにババがすぐ近くにいて、大きなサイズで迫ってきてたのでちょっとびっくりしました。
人が、今日はすごく少なかったので、まるで個人的なダルシャンという感じでとてもよかったです。
私の前にスタッフが一人いただけで、後ろには誰もいない状態でしたから。
人口密度が極端に少なかったので、その点、コダイカナルのダルシャン以上でした。

私のラインは、スタッフラインの後ろの席だったので、前にスタッフが来てなければ、通常、ババが来た時点で前につめることができるはずなのですが、きょうその場所を管理してたセキュリティが、知らなかったのか、前に行ったらだめと言ったので、横の女の人(多分、数年前に子供がババの学校に入った外国人の母親)が、セキュリティに「どうしてなの?」とか、「あなたは間違ってるわよ!」とか抗議しましたが、セキュリティがうんといわなかったので、みんなそのままの場所に座っていました。

プッタパルティでのママ友だちで、やはり子供がババの学校に通う外国人がいるのですが、彼女の押しの強さも相当なもので、そういう女性はみんなやはり気合がちがうなあ、と、日本人らしく日和見的に彼女の抗議を見守ってしまいました。
あとから思えば加勢して抗議すればよかったと思いました。

前に人が座ってなかった絶好のチャンスに前に行くことを許されず、私もそうでしたが、彼女も手紙を持っていてババに渡そうとしていて、でも届かない位置だったので、「ああ、ババが行ってしまう。。。」というときに、その彼女が「スワミ!」と小さな声でババを呼びました。
するとババは動きを遅くして、ほとんど止まり、少し振り返りました。
わたしも、彼女も、ほかの人も、手紙を受け取ってもらえると思い、いっせいに自分たちの場所から手紙を差し出しました。

ババはそれらの手紙を受け取りこそしませんでしたが、小さく、うん、と、うなづきました。
そして先に行きました。

私はそのとき、主名を学生として、今年か、来年か、再来年に受け入れてください、と、念じていたので、そのうなづきは、私にとっては、また、微妙なババの受容のサインでした。

この3年間の間に受け入れてください、としたのは、もし入るなら今年か、再来年だろうと思うので、
そうしました。

夢で、3回今までババに学校のことを言ったのですが、去年見た2回目の夢では来年来なさいといわれ、その後見た3回目の夢ではババは「わかりました」と言ったあとで、でも、今、主名が学校に入るには幼すぎるため、時期が早い、という趣旨の夢だったのでした。

主名の友だちのRくんは6月1日から学校に入ることがほぼ確定したようです。
彼はインド人よりも1年遅く入学し、2年生に編入します。
外国人がインド人の子供に混じるのはさまざまな面でハードなので、少し遅めの、しっかりしてからのほうがいいのかもしれません。

ババが通り過ぎてから、同じ中ノ島の中で場所を変え、ババが今度は男性側から戻ってくる通路の正面に座りました。

ほんとうに、人口密度が少なくて、空間がたくさんあって、素晴らしいダルシャンでした。

ほかの人がババのことを「美しい」というのを、実はあんまり良くわからなかったのですが、今日、むこうからこちらへむかってまっすぐやってくるババは確実に美しいと思いました。
【2009/05/25 15:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
おやつか、ダルシャンか、
最近、トークンの時間が遅くって、午後は4時近くとかにするんですよ。
今日は8番くらい中4番でした。

なので、そんなにいいとこにも座れず、8列目くらいだったでしょうか?
手紙を渡すのは無理だなーと思い、気楽におやつを食べに行ったのですが、今日はババが4時20分くらいに来たので、ダルシャンホールに入れなくなってしまいました。
ま、いいわ、と思い、入れるようになってからのんびり入ったんですけど、2人分の席が0,5人分くらいに圧縮されてたので、前を向いて座れず、アルティが終わるまで横を向いて座ってその後のダルシャン受けました。(主名は周りの人の好意で場所を確保)

おやつを食べに行く時間が、無いんですよねー。

でも、あしたはダヒワラの日で、私も主名も好物なので、よっぽどいい席じゃなかったら食べにいくと思います。

最近はババはバジャンのときに外に出てきてステージ上に座ってることが多いので、ここ何ヶ月か、バジャンラインのトークンは無いそうです。

【2009/05/25 01:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヒマ
ヒマ。。。じゃ、ないんですけど、今朝、バジャン後にパン屋と八百屋に行って買い物して部屋に帰ったら主名はまだ寝てたので、おきるまで寝かせとこうと思って、また出かけてきてネットカフェにいます。

ここしばらくキャンティーンがサウスしか開いてないので、一日2~3食はサウスのご飯を食べてます。
なので、お金がぜんぜん減らないので、つい、普段よりもネット屋にいる時間が長くなってます。

いいオクラがあったので買いました。

ブログにはいろんな機能がついてるのですが、大体ほったらかしにしてます。
さっき、訪問者の履歴を見てみたら、ブログを持ってる人の訪問記録を発見しました。
なので、いくつか足跡をのこさず逆訪問してみました。

中に、離島暮らしの人のブログがあって、いいなぁー、と思いました。

別のときに沖縄のやんばるの森の写真をネットでたまたま見たときも思わず癒されちゃって、涙がこぼれました。

沖縄は、というか離島が好きで、しばらく住んだり働いたりしてたのですが、アマチの占星術で見てもらったときは、わたしの永住するよう場所ではないとのことでしたが。。。

そういえば、今日、他の人の分もいっしょに、アパートの横の八百屋でオクラを250グラムずつ2袋買おうとして、最初、ざるに目分量で自分で選んで取ってから八百屋のおばちゃんに天秤で量ってもらったら、オクラ一本も違わずぴったり正確に250グラムと250グラムの合計500グラムだったので、おばちゃんが「あばっ!」と、驚いて笑ってました。

実は手の感じで重さを測るのは結構得意で、何でかというと、八重山の製糖工場で働いてたときに、黒糖を袋詰めにするときにまず、手で大体220グラム分とかの黒糖の粒を袋に入れてからあとで秤で微調整して封をする、とかいう仕事もあったので、手が重さを覚えてるんだと思います。

訓練で、身につくことがあるんだなあと、ふと、あのころに思いをはせたのでした。

今までの自分が、全部、今の自分の中に生きてるんだなあ、と。
【2009/05/24 15:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はトークンは6番くらい中4番でした。
今日はセバダルの交代の日だし、日曜なのでババは来るかと思いましたが、来ませんでした。

朝もしばらく雨が降ったので、すごく涼しいです。
こっちでは、こういう天気を、「いい天気」っていうんですね。
【2009/05/24 14:24】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
音楽教室
今日も音楽教室に行きました。
やはり、子供らと一緒だと、一緒に声を出すにしてもすごいだみ声とかすごい外れた音とかで出すので、自分も声を出しながら耳をふさぎたくなります。。。
マンツーマンがいいなぁ。。。つらい。

主名は今日は一緒に行って、主名も教えてもらいましたが、主名はもともと音感はかなりいいのですが、ほかの子と一緒に習うと、つられて音痴になってるんですけど。。。

しかも、最近の、カルナータカミュージック初級、みたいな試験に向けての練習で、筆記だか、口頭記述だかのしけんもあるみたいで、たとえば、インドのフォークミュージックの形態を4つあげよ、みたいなので、答えはあらかじめ与えられるので丸暗記なのですが、頭が痛くなってきました。。。
そんな頭の使い方、ここ10年以上してないですから。しかもそんなん興味ないしー。

子供の保護者などには、こういう、資格みたいなのが取れるのは多分人気なんだと思います。
私はただ気持ちよく声が出せればそれでいいんですけど。

なんか、音楽教室、快楽度が低いかもです。

試験とか、そんなの大嫌いなので、やっぱり今回の人生がラストでいいです。もういらない。
【2009/05/24 00:49】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
最近は夜寝るのは遅いのに、朝4時くらいに目がさめるのですが、そんなに早く起きたくないので、いつも寝なおすのですが、その後は数十分ごとに目がさめます。

なんか神経が立ってるようなときって、よく早朝に目が覚めたりします。

10年位前もやはり4時過ぎくらいにいつも目が覚めてたので、そのころは住んでたアパートの屋上に上って日の出を見たりしてから仕事に行ったりしていました。

そういえばそのころ、日の出を見た後、出勤前に近所を散歩してたときに犬を拾って実家につれて帰ったことがありました。

今年の3月後半にいろいろ私や周囲に健康やその他の問題がおきてくると、何人にも言われていたのですが、何もありませんでした。
何もなかったなー?と思ってたら、その、拾った犬がそのころ、近所の犬にかまれて31針縫ったとのことでした。
身代わり?と思いました。

幸い元気な犬なので回復してるみたいです。

今朝はトークンは6番くらいまであったみたいでした。
私の並んだ列は2番でした。
ババは来ずでした。

眠いので、帰って寝なおします。

人に勧められるままに、主名の学校に関して、プッタパルティ在住のキーマンと会って話をすることが続いてたりしていますが、まあ、ババの周りの人にいくら話をしても意味がないとは思いますが、でも、そういう意味のないリーラ的なことを通じてなにか人生劇が演じられるかも知れず、また、そういう人に会うのって、なんだか、人間パワースポットめぐりみたいだなーと、ちょっと面白いです。

主名の友達のお兄ちゃんがババの学校に入る前にもやっぱり、お父さんはいろんな人に会いまくって嘆願しまくってたみたいですけど、やっぱり、ババに「どうして他の人に頼むのか」というメッセージを送られてるのを感じてたそうです。

でもまあ、人に会うのって、エクササイズみたいなものだな、と、思います。
【2009/05/23 14:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はトークンは5番まであって、私の並んだラインは4番くじでした。
ババが車椅子で来る可能性は低い場所でしたけど、最前列に座りました。
最前列って、いいですね。

ババは今朝は来ませんでした。
部屋でのんびり朝ごはんを食べてたのでしょうか?

わたしもサウスに朝食を食べに行ったら、子供はダルシャンに来てないのかとサウスのボスに言われ、まだ寝てると言ったら、「ありゃー」という反応をされました。

サウスの人たちは去年の時点から、主名はババの学校に入ったのか?入れるのか?どうなのか?と、いつも興味を持って聞いてきてくれて、親身に思ってくれてるみたいなので、暖かい気持ちになってありがたいのですが、
子供抜きでの朝の一人でのダルシャンは何物にも変えがたい至福のひと時です。
(座って寝てたりするけど)
【2009/05/22 15:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ジョーティッシュ
うちの両親も、インド占星術師に見てもらおうかということになって、生年月日や生まれた場所などをメモって、依頼しに行こうとしていたのですが、今朝、ダルシャンの夢なんですが、サイババがさーっと遠くにいってしまう夢を見て早朝に目覚め、自分で考えようともせずに色々考察がやってきて、とりあえず、両親の鑑定は保留にしたほうがよさそうと思いました。

わたしと主名とだんなが鑑定を受けたのはやはり必然性があったと思うのですが、今の時点で両親が見てもらうと、逆に鑑定が両親の足を引っ張る事にもなりかねないなという気がしました。
わたしらに関する鑑定でも、思い返してみると、50パーセントくらいの参考してもいい度になりました。
やはり、大筋ではあっていても、細かい所では色々誤差が出てきてるように思います。

わたしが来世、プレマサイとともにもう一度人生を送るというのも、聞いたときは、それ、なかなかいいねー、と思って、すぐにその気になったのですが、多分無いと思います。

子供の数も、男男女の三人といわれましたが、多分来たとしてもあと一人じゃないかと。

それと、あんまり頻繁に行くと占星術師の、わたしにとって必要でないものが何かこちらに流れ込むような、そういう流れの向きが変わりつつあるのも感じました。

まあでも、たとえ鑑定依頼とはいえ、会って何時間も話をするというのは縁があるんでしょうね?
子供同士が同じクラスメートで同じようにたたかれまくってたとか、主名と、その占星術師の子供の生まれた星も同じでした。

彼はチェンナイから移り住んできたそうで、ナディーリーダーでもあるそうです。
アガスティアの葉とか読む人です。
わたしはそういう、アガスティアとかシバの葉とか5回開けてて、全部カルマの解消もしてて、こないだシュカの葉も見てきたところだったので、そういう話や質問をしたりもしました。
彼が言うには、アガスティアの葉は本物だけど、読む人(ナディリーダー)が読み方を知らない、とのことでした。

単に興味で色々聞いたりしたのですが、「あなたはもうそんなの行く必要ないよ」とか言っていました。
行こうとしても、もう行けませんて。高いから。

ちなみにここのインド占星術は一人500ルピーと決めてるみたいでした。
でもまあ、一家の稼ぎ手として、商売っ気もしっかりある人でした。
別の場所にCDなどのグッズを売るちゃんとした店を持ってたりもしてます。

わたしのチャートや手相を見て、日本で働いて来たらいいのにとしきりに進めてきました。
チャートや手相ではすごく稼げるそうです。「こんな線が出てるのに。。。」みたいに言ってました。
でも、わたしは気分的に無理。

彼自身、インド人としては日本で働いて大金を稼ぐというジャパンマネードリームもよく見るのだろうと思いました。
子供も学校に行くようになって、将来的にかかるお金とか、そういうのももちろん考えるんだろうと思います。
彼も子供をババの学校に行かせることを考えてるようで、そういう話、いいコーチングスクールの話とかもよくしました。
ババの学校も、学費はただですが、食費などの実費は一年に10000ルピーかかるそうで、多分インド人の平均年収は14000ルピーとか、それくらいじゃないかと思うので、決して、安い学校ではないんですよね。

両親の鑑定は、何か場の情況が変化して、GOサインがでたら、遊びとして観てもらおうかと思います。
【2009/05/22 15:08】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
若いのに。
こないだ、おばあちゃん先生の教室での知り合いのインド人の奥さんと道で立ち話をしてたら、おばあちゃん先生にヴィーナを習ってた女の人が3日ほど前に死んだと言う話を聞きました。

え?なんで?と聞いたらただ首を振るだけでしたが、まだ20代半ばくらいだったと思うので、びっくりしました。
新婚さんだったので、妊娠したけど流産したとかいう話かと思ったので、単に本人が死んだと言うことを理解するために何度か聞きなおしてしまいました。

すっごくいい女性だったのに。。。と、奥さんは言ってました。
私も同感です。

結婚前なんかいつも溢れる笑顔で光り輝いていました。
すっごい金持ちで、とも奥さんは言ってました。
ほんと、見るからに裕福な家で大事に育てられたのがまるわかりな女性でした。

結婚後は溢れる光が消えたなと思ってたのですが、いろいろ夢と違った現実を知ったのかもしれません。

でもアシュラムのスタッフでもある背の高いやはりきちっとしたかんじのだんなさんといつも仲よさそうに手をつないで歩いてた姿が思い起こされます。

人って、けっこうすぐ死ぬなあ、と思いました。

死んで、肉体的に存在しなくなるって、なんか不思議です。
【2009/05/22 01:29】 | 結婚など | トラックバック(0) | コメント(0) |
音楽教室
今日は3日ぶりに音楽教室に行きました。
しかし、進むスピードが遅くて、実は多少いらっ、としてたりもしたので、一気に3日分進んで私としては良かったです。

今日は主名も習わせましたが、ぐにゃぐにゃでした。
ためだこりゃ、というかんじです。
音感はいいのですが、いままでは私が習ってる間は自由に遊ばせてたので、急にきちっと座れといわれても身が入らず気持ちが切り替わらなかったみたいです。

でも、先生がいいので、ちょっと習わせてみようかと思います。

5回くらい停電を繰り返し、しまいにすごい嵐になりました。

嵐がやんで、教室も終わってから帰ろうとすると、まだ水が腰まであるから10分くらい待ったほうがいいといわれ、部屋でしばらく待ちました。
先生に何歳か聞いたら、やはり18歳でした。くーーー、若い。

何歳か聞かれたので35歳というと、お母さんと同じくらいといわれました。
お母さんは37歳でした。ほとんど同じですやん。
私はこのお母さんはてっきり50歳くらいかと思っていました。
インド人は老けるのが早く、日本人は若く見られるというのを再認識。

おかあさんともしゃべって、アシュラムで何かセバをしてるのか聞いたら、昔はしてたけど、今は子供たちへのセバだけ、と言ってました。
私なんかと生き方が、ずいぶん違うんだろうなあ、と思いました。
しかし音楽教室の先生には大学生のお兄ちゃんがいるから、このお母さんて、16歳とか17歳とかで出産したんでしょうね?
思わず、その頃の自分を思い出しました。
高校の帰りに自販機でポカリスウェットを買ってぐびぐび飲んでる映像が現れました。

オートリキシャで帰ったら、道はまだ完全に河でした。犬がざぶざぶ歩いていました。

しかし激しく雨が降ったので空気がいいにおいです。
【2009/05/22 01:15】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ジョーティッシュ
主名がインド占星術で昨日何を言われたかというと、ババの学校は2011年までに入るだろうということでした。なので、トライし続けなさいと。
根拠は、スピリチュアルであること、記憶力など学習能力が高いこと、生まれた国では住まないこと、インドは主名にとっていいこと、などみたいでした。

で、インド人の女の子と結婚するんですって。
主名が、いやだー、といったので、「インド人は足が長いで~」と、言っておきました。
そしたら足の長いインド人の女の子のイメージが出来上がったみたいで、「どこにいるの?」「もうおねえさんなん?」などと聞いてきます。

占星術師のおじさんの子供は主名が前に行ってた学校のクラスメートでした。(そのこが一歳下ですが)
そういえば、その子にハートのあめちゃんもらった、とか、言ってたかも。
占星術師も、自分の子供は主名が言ってた学校に4ヶ月ほど行かせたあとに辞めさせたそうです。

主名に聞くと、その子は先生にいっつもたたかれてたそうです。そのときその子は若干3歳だったんですけど。
チェンナイ(タミル語圏)から移り住んできた家族みたいなので、テルグ語の先生はコミュニケーション不足を体罰で補ってたんでしょうね。。。
一応英語標準の学校でしたが、いざとなったら先生らもテルグ語で指示したりしてましたもん。
主名のほかにもきつい体罰を受けてた子はケララからの子とかだったし。
なるほどね。

子供をつれてきて、家で遊ばせたらいいとか言ってましたけど、主名に言ったら「いやー」とか言ってました。

【2009/05/22 01:03】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
ジョーティッシュ
今朝は近所のジョーティッシュ(インド占星術)に行ってみました。
なかなか評判がいいところで、一度行こうかと思ってたんですけど、昨日、校長と話しをしてだめだったので、何か新しい視点が得られるかと思って行ってみました。

結果としては、悪いことはあんまり言わない人で、いろいろいいことを言ってくれたのでいい気分になりました。昨日は学校でだめだめだめだめばかり言われたので、バランスが取れたかなあ?

3人分みてもらって、長々と3時間くらい話をしてくれました。
内容はほとんど忘れちゃったのですが、時間があるときにまたきたらさらに10時間くらい話をしてもいいとか言われました。

まあ、気が向いたらまた何を言われたかここに書くかもしれません。
書くことも、あなたにはいいといわれたので、ネットでブログを書いてて、毎日70くらい訪問者のカウントがあったりしてますというと、ベーーリーーグッド、といわれました。
なんでいいかというと、わたしは哲学がなんちゃらかんちゃらなのでほかの人がそれを読んで助けになるだか何とか。(私の英語理解は実はこんな感じ)ふんふん、とうなづいておきました。
こんな単に垂れ流し日記を書いてるとは占星術師も予想していなかったでしょうよ。

あと、生まれた星だかなにかが100万人に一人くらいのめったにないのんで、具体的にどういうことかというと、私にお金をあげると、あげた人にもっとたくさんのお金が流れ込んでくるらしいですよ!!みなさん。いやいや。それ、うちの両親とだんなに言っておきますっ!!と、つい熱が入りました。
私に流すお金を止めたら止めた人への供給も止まるんだそうです。

なぜかというと、あなたはサンニャーシだから、ということでした。
たくさん物を所有してて、子供もいたりするけど、本質的に放棄してて無所有なんだそうです。
で、私はお金はたくさん入ってきて、全部出て行くんだそうです。あはは。あらゆる人にそういわれます。貯めたことがないし貯める能力もないという。サンニャーシンだから?

おっかしかったのが、だんなの過去生はずっと瞑想三昧みたいな人で、私はその苦行者をサポートしてたそうです。(ご飯をあげたりとか?)で、主名はその私の子供、と。
なので、今生では逆の立場をしようと、だんなの魂は欲したらしいです。
なんだかだんなの格が上がってしまった。

というのは、以前アガスティアだかシバの葉だかを見たとき、みたのは別々の時期だったんですけど、私はマドゥライのヴェーダを勉強してる坊さんで、だんなはやはりマドゥライの宝石商で、寺に納める宝石を偽物を納めた人、ということだったんです。
なるほど、きっとそのいんちき宝石を納められた寺の坊さんは私だったかもしれず、だから今生ではいんちき宝石の償いをするために、だんなはほとんど家にも居ない私たちのためにひたすら稼ぐ羽目になってるのねなんて思ってたのです。

でも今日のジョーティッシュの見立てではだんなのほうが格上ということでした。
で、だんなは聖者だよ、なんてことも言っちゃってました。
根拠のひとつは満月生まれで、そういう聖者みたいな人はわざわざ満月を選んで生まれてくるそうです。
こんなに好き勝手されて、でもまじめに働き続ける懐の広さは聖者だ、なんて、うちの実家の家族が言ってたことがありましたけど、、、

で、だんなは今生がラストライフで、私と主名はもう一度、プレマサイとともに生まれ合わせるそうです。これも今までにない見立てだったので新鮮でした。
5回のアガスティア、シバの葉でも、別のインド占星術2回でも、私は今回が最後の人生といわれていたので、そのつもりだったんですけど、プレマサイと一緒にまたもう一度人生があるなら、それも悪くないなー、と思いました。

私とだんなの結婚の相性のマッチング度は95パーセントで、エクセレントだそうです。
あのー、ほとんど一緒に暮らしてないんですけど、、、というかんじですけど、ほかの相手だと私もだんなもひどい状況に陥るそうで、というのは、多分、私もだんなも結婚向きじゃないんでしょうね。一人が向いてる。なので、そういう二人なので、ほかには考えられないばっちりの相手だそうです。
なんかいいようなそうでないような(笑)

で、、私はほかの人にも言われたことがあるのですが、結婚などで誰かと一緒に暮らすとその人を破滅に追いやるそうです。(別の人談;「男殺し、女殺しという言葉があるけれど、あなたがそうなのよー!」)そうそう、結婚した直後にだんなむちゃくちゃになって破滅しましたー。わたしのせいだったの?

というのは、わたしは一人でいるべきなので、ほかの人と一緒に暮らすと、神の摂理に反する感じになって、星がその相手を攻撃するんだそうです。
土星、といっていたか、忘れましたが、普通の人にとっては障害を起こしたりするその星が、私の場合は私のサポートに回り、もし私と一緒に暮らす人がいたらその人をその星が攻撃するんだそうです。おそろしいですね~。

なので、離れて暮らすべきで、離れて暮らしたら、とてもいいそうです。
例外は、プッタパルティなどの聖地で、そういうところだと神が面倒を見るので、一緒に暮らしても問題ないそうです。

ほめ殺しみたいに、3人ともいいことを言われ続けたので、あとでほかの人に言われた内容を少し、話したらちょっと引かれた気もしたので、私も少し冷静になりました。
実はその10倍くらいいいことをたくさん言われてたのですが。この人はそんなにほめまくるジョーティッシュなんでしょうか。

特にだんなを、ほめまくりでした。
【2009/05/21 02:17】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの、、、
今日、とある人にアドバイスされて、さっき、ババのある親族の家に行ってきました。
彼なら何か助けてくれるかもしれないから、行ってみるといいよ、と。

で、どういう風に嘆願したらいいかとか教わって、夕方のバジャン後にさっそくその家に出向いてみました。

バジャン後すぐに行ったら、7時半以降じゃないと帰ってこないといわれたので、それまで近所で時間をつぶして、7時半前に門の中に入れてもらって、待合室みたいなところで待たせてもらいました。
ほかにも待ってる人がいるみたいでしたが、何せ、誰が親族で誰がガードマンで誰がお客さんで誰がドライバーで誰が下働きで、とかぜんぜんわからないんですけど、いっぱいいた若いおにいちゃんたちは優しかったです。

結局8時半くらいまで待ちました。
ボスのお帰りという感じで、何人もの人たちがきちっと並んで出迎えてたので、私らもまぬけにそこら辺に立って出迎えました。

公的な話し合いを終えて帰ってきたらしいその目当ての彼に話しかけられたので、突然の訪問をわびてから、ある人に、あなたなら私たちを助けてくれるかもしれないといわれて来たこと、そして自分と主名の状況を説明しました。
プッタパルティに3年住んで、ここに永住したいこと(そう言うようにアドバイスされたのです)、子供がババの学校に行きたいと希望しているけれど外国人はテストが受けられず、願書すら受け付けてもらえないことなど。
前日、校長先生にも会ったことなども話しました。

話を聞いてくれた彼も、少し顔をしかめて、外国人は難しい、とか言っていました。

結局、彼も何もできなくて(それは分かってたんですけど)、最後にはパーマネントレジデンシャルをとりなさい。そしたら試験が受けられるだろう、とのことでした。

パ、パーマネントレジデンシャルですか、、、と、意外な提案にびっくりしつつも、何だそうか、と思い、とりあえずできる話は終わったみたいだったので、お礼を言ってその家を去りました。

パーマネントレジデンシャルって、つまりは永住許可ということですよね。
ビザの半年延長ですら半分裏でやってもらってるようなものなので、永住許可を取ればいい、といわれて、なんだそうか、と思うのも馬鹿な話なんですけど、なんか、そう思いました。

過去に、それをとった日本人がいたそうなんですけど、それをとった後すぐに亡くなったそうです。

まー、正規の試験を受けて主名が入学できるかどうかというと、まあ、それはまた別の話になってくるんですけど、なかなか斬新なアドバイスをもらったなあと思って、なんか楽しかったです。

今日、その家で待ってるうちに、2001年の正月に、この家で、今日話をした男性のお父さんと一緒に記念写真をとったことを思い出しました。
その時はたまたまその家に来て、オープンになってたから入ったら今日の男性のお父さんがいて、ほかの人もお父さんと記念写真をとってたので、100パーセントミーハーで、そのお父さんと記念写真を撮ったんですよね。
さすがババの親族、鼻の形がそっくりだなあ、とか横目で見ながら。

なんか、思いがけずそのお父さんの息子と話をするためにまたこの家に入るとは、なんだか奇遇で、何らかの縁があるのかなあ、とか思いました。

でもたくさんの人が毎日こうやって嘆願に来るんでしょうね?
嘆願されなれてる感じで、対応に無駄がなく、かつ、きちんと話を聞いてくれました。

VVIPも大変だなあ、と思いました。
その家を後にしてからの町の人たちの気楽に見えたこと。

そういえば、今日の午後は少なくとも8番くらいまでくじがあったみたいですが、私たちの並んだ列は1番くじを引きました。
列の後ろのほうに並んでたので、ホールに入った時点で一番いいところはもういっぱいだったので、ババを間近で見送れる区画の最前列に座りました。
そこの一列目に座ったのは初めてだったので、なんだか最近は初めての経験が多いです。

そこからはスタッフ席が良く見えて、先生席もすぐ近くなので、知人の先生なんかも見えちゃったりするので、いろんな役柄を演じているけど、こうやって同じようにダルシャンを受けることの面白さを、時々思うんですけど、今日も感じました。

今日も、主名の学校に関しては何も進展はなかったかもしれないけど、いろんな経験をさせてもらって、キーマンみたいな人に、会わせてもらったり、なんだか楽しいです。
遊ばせてもらってる感じです。

主名の学校のことを口実に、いろんな経験をさせてもらってるなあと思います。
【2009/05/21 01:27】 | 人間模様 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
昨日の夜はまとまった雨が降ったので、朝はまだ道路がぬれていて、空気もひんやりしていました。

トークンに行ったら今迄で一番少なくて、3列ずつなのですが、4番までしかありませんでした。
私の並んだ列は4番だったんですけど、3列目でダルシャンを待ちました。

今朝はババは出てきませんでしたが、いい機会なので、この時期、できるだけトークンに出ようと思います。

ほんとは今日、ババがホワイトフィールドに移動するという巷のうわさなのですが、(そのうわさを受けてホワイトフィールドのホテルはもういっぱいとか何とか)こんなに空気もきれいで涼しくなったし、ババはもうしばらくこっち、プッタにいるつもりなんじゃないだろうかと思ったりもします。

主名はまだ熟睡中か、そろそろ起きたころかもしれません。
昨日主名に翌朝トークンに行くかどうか聞いたら、朝は寝とくから手紙だけ持っていってと言ったので、私のと主名の手紙を持参しました。

ダルシャンはつくづく、一人がいい、と思います。
【2009/05/20 14:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プライマリースクール
今日の夕方にもプライマリースクールに行ってきました。

昨日とは打って変わって、門も難なく通過しました。
最初は学校で校長が帰ってくるのを待つのもだめといわれ、門の外で祈れといわれたのですが、同行してもらった人が肩書きがあったので学校のロビーでしばらく待たせてもらえました。そしたら知人の先生がバジャンから帰ってきて、その後校長先生も帰ってきて、昨日届けた手紙にも目を通してもらえてたようで、話をすることができました。

でももう、ぜんぜんだめでした。
誰かほかの子と間違えてるのか、朝、この子はバジャンで何とかかんとかで、英語がぜんぜんしゃべれないでしょ、とかいわれました。
今朝はバジャンには行ってないので、人違いと思うんですけど、訂正するまもなく、でもまあ、どっちにしろその場で話をしてどうこうできるような感じでもありませんでした。

私たちのほかにも嘆願者が来てました。多分、そういう嘆願者がたくさんいるんでしょうね?
はなから嘆願者になじまないようにしてる感じでした。
でも、今まで校長が誰かも知らなかったので、低レベルなんですけど、話をしたというのは大きな一歩だったりします。
後から思えば、手紙にもう少しこちらの情報を書いておいても良かったかもと思いました。
主名が勉強とヴェーダが、どの程度できるかとか。
多分、ぜんぜん訓練されてない子供をつれてきてると思われたみたいで、書いたりとかもぜんぜんできないとはなから決めてたような感じでした。
実際は、学校は去年の8月くらいまでしか行ってませんが、一年半くらいは行ったので、数字もアルファベットもかけるし、数字のつづり(1ーONE,とかで100までとか)や、曜日のつづり、月のつづりとか、体の部位のつづり、九九の暗唱など、できることもけっこうあるのですが。
この子は幼すぎるからなにもできないとか。年齢的には今年入学が適正年齢なんですけれど。幼く見えたようでした。
寮生活への準備として、インドの辛いのもだいぶ食べれるようになったし、インド式トイレも練習して、一人で全く問題なくなったし、歯磨きも風呂も全部自分でできるように練習したのですが。
喘息も最近はほとんどでなくなりました。出ても一回くらい薬を飲めばおさまります。
おねしょも、今は暑いからかもしれませんが、ほとんどしていません。

英語もぜんぜんだめでしょ、といわれたので、「(主名に)話しかけてくみてださい」と言ってみましたが、主名も恥ずかしがって黙って後ろにいるし、校長先生も話しかけたりはしませんでした。
主名の友達で、今回入学がほぼ決定したR君なんかは、じぶんがどんだけすごいかとか、何ができるとか、そういうのをどんどんしゃべるタイプなのですが、インドでは、というか、日本以外ではそういうほうがいいんでしょうね。。。

ヴェーダはいちおう主名の売りなので、校長が去った後に、あ、ヴェーダ聞いてもらってなかった、と思い、まだそこにいた知人の先生に「聞くだけ聞いてやってくれませんか?たくさん練習してきてるので」と言いましたが、「何も助けられないわよ」みたいに言われ、私としては、今日もずっと部屋で練習させたし、入学どうのはべつとしてもせめて聞くだけでも聞いてもらえればありがたき幸せ、と思ったんで、唱えてみ、と、主名に唱えさせましたが、すぐに「シャーンティシャーンティ」と、打ち切らせようとされました。でもまあ、「イナフイナフ」などと言われてもそのまま唱えさせてたんですけど、(なんせ、たくさん練習してたので、主名は自分が言えるやつを全部言うつもりでしたから)いったん出て行った校長がまた帰ってきて、また、やめさせられようとしました。
でもまだ唱え続けてましたが、しまいに止められました。

主名はりちぎにガナパティプラールタナからはじめて、ニグルシュワイラ、オームタッブラムハー、ナカルマナ、などとと唱えていったので、ドゥルガースークタム、ナラヤナウパニシャッド、ルッドラムなどまでにはいきつかずに止められてしまいました。
よく練習したんだけどなあ。
校長先生に聞いてもらうということで練習して、大きな声で言えるようになったし。
まあ、いつか、別の機会があるんだろうと思います。
聞いてもらえるような受容的な場でもなかったですし。
迷惑がられて唱えてもヴェーダにも失礼かと。

先生方がやめさせようとする中、両手を合わせて淡々と唱える主名はなんだか哀れにも思えましたが、その後、本人はけろっとしたものでした。
ほんとに、無心に唱えてたようで。
私だったら確実に悲しくなってたと思います。

インドはほんと、下から行ってもだめですね。上から、いかないと。
今回肩書きのある人と一緒に行ったおかげでロビーで待たせてもらって、帰ってきた校長先生と会うことはできましたが、下のものとして、まったく取り合ってもらえない感じでした。

まあ、でも私も今までいろんな場面で拒絶されたりたたかれたりたくさんしてきたので、基本的に拒絶された場合に自分が傷つかないためのだめもと精神がしみついてて、わたしも、あっ、そ、そうですよね、だめですよね、わかってますわかってます。というかんじで、がっかりするほどでもなかったのですが、今回は知人3人が直接的に、そして間接的にも多分たくさんの人が応援してかかわってくれたので、私はすごく気が楽で、迷惑千万かもしれませんが、みんなに支えてもらえて楽しいくらいでした。
でも他の人たちは多分、主名の学校の件に直接かかわってくれたのは初めてとかだったので、私たち以上にがっかりしてくれてて、私たちにも慰めの気持ちを持ってくれてるみたいでした。
ありがたいことです。

実際は、今まで主名とわたしがインドに来てからはこの3年(主名が生まれてからは5年)の間に孤独さを噛みしめつつ流した涙は数知れず、なので、ああ、なんだか、わたくしごとなのに、他の人にこうして支えてもらい、かかわってもらえるようになったなんて、なんだか、私たちのある種のネガティブなカルマも尽きたのかなと思います。

もちろん今までもいろんな人に助けてもらいながらこうしてきてるのですが、なんだか、やっぱり、この時期からは何か開いたような感じもあります。
他の人にかかわってもらえるというのは、それがどういう結果になろうとも、支えて助けてもらったという事実だけでうれしいものですね。

まあ、なるようになると思うので、いましばらく、トークンにもなるべく参加して、機会を得るべく行動し続けようと思います。
今は自分からことを起こす気が、何事に対しても起きなくて、ただ、やるべきことをやってる感じです。
主名が別にババの学校に行っても行かなくてもいいんですけど、行く可能性が高いような気もするので、そのように行動してるところです。

自分としては、主名の自立度が高まるに連れて、一緒に暮らすのがすでに気分的に限界が来てると思うことがしょっちゅうなので、全寮制の学校に入るのはお互いに逆にいい関係になると思ったりもしますが、なんせ、結局はよくわかりません。

主名の友達の外国人のRくんは別個にテストを受けられるようになったので、主名にもその機会を与えてもらいたかったのですが、Rくんはお兄ちゃんがもう学校に入ってるので、そのリレーションシップがあるからとも言われました。
とりあえずなんでも言ってみようと思い、Rくんと主名はすごくいい友達なんですけど、と言ってみましたが、もちろん問題外。実際、赤ちゃんのときからの友達で、Rくんのほうが1歳年上なので、Rくんのおかあさんは、Rくんに、一緒にスワミの学校に入ったらあなたが主名を助けるのよ、なんて言い聞かせてくれてたりもしてました。

昨日とは違って、今回は、帰りもアシュラムへの通用門(スタッフ用)がすんなり通れたりと、なんだか開かれてる日でした。

近所のインド占星術にでも行ってみようかな?新たな視点が得られるかも。
【2009/05/20 02:00】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プライマリースクールの入試
今日と明日はババの学校(プライマリースクール。。。小学校のようなもの)の入試だそうです。

昨日、それを聞いて、外国人は入試が受けられないけれど、行ってみたらいいよと、ババの元学生2人組に言われ、強く勧められたので、主名の学校に関しては、自分から動く気はしなかったのですが、これは啓示か?と思い、その場にいた英語に堪能な日本人女性に通訳をお願いして、今朝、プライマリースクールに行ってみました。
月曜は朝7時半から9時まではラフカーラだから物事を始めないほうがいいというので、7時半前に向こうに着くようにしました。

しかしまあ、願書も出してないので(出しても外国人はそのまま戻されるそうです)門の中にも入れないし、手紙なら校長に届けてくれると門番のセバダルが言うので、私が日本語で書いた文面をその場で英訳してもらい、渡そうとしました。

しかし、1時半にまた来るように言われ、手紙もそのときにと言われたので、出直しました。

やはり交渉ごとなどは男性がいたほうがいいとも思い、通訳役の男性と、もう一人肩書きのある男性も門前払い防止のためにサポートとしてついてきてもらいました。

しかしまた、午後のバジャン後に来るように、そのときなら校長はフリーだから、そのときはどの門からでも入ったらいいと言われ、また、バジャン後に出直しました。

しかし、門のところでやはり入れてもらえず、門番と問答しているうちに校長先生の乗った車が中から出てきて走り去っていきました。

また別の門に回り、そこから手紙を中に届けてもらいましたが、校長先生が帰ってこなさそうだったので、また、明日出直すことにしました。

今日は、走り去る車の中に校長先生を見ましたが、今までは見たことなかったし会ったことがなかったです。

疲れました。

でもほかの人についてきてもらうと、一人で動くのと違って落ち込みが少ないので助かります。
もし一人だったら、すでにあきらめてる、というか、そもそも学校に行ってみようと思ってなかったと思います。
今までの経験上、めちゃくちゃ疲弊するだけで得るとこなし、ということになりそうだったので。
ババが主名を学校に入れる気なら、何か動きが起こってくるはずと思ってたので、自分から動く気には、なれませんでした。
なんかもう、いろいろ結構すでに疲れてるし。

午後のダルシャンではババに祝福をもらおうと思ったら、ババはにっこり微笑みました。
ババが帰っていくときもそう思ったら、誰かに手をあげてブレスしてました。
いつも微妙なババの反応。。。
はっきりしてる人にはすごくはっきりしてるみたいですけど、何なんでしょうね?この違い。

昨日はやはりいろいろな思いが沸いてきたりもしてなかなか寝れなかったので、疲労しました。
明日も学校に行ってみて、とにかく校長に話をして、主名のともだちのRくんのように、一般のインド人とは別の日にテストだけでも受けさせてもらえるようにお願いしようと思ってます。

昨日の夜、主名の伸び放題だった髪をカットし、白い上下のクルタパジャマも買って着せたので、見た目だけはまるでちょっと、学生のようになりました。

今日は良く寝れると思います。
何もしてない、というかできなかったのですが、疲れました。
【2009/05/19 01:20】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
いちじく
今朝は露天でイチジクが売ってました。

先日、「好きな食べ物は何ですか?」と聞かれて、「いちじく」と答え、でも、インドでは生のイチジクは売ってないですねぇ。。。とかいう会話をしたところだったので、(乾燥イチジクはよく売っています)
山盛りの生のイチジクに「おおっ」と思い、即、買いました。

こっちのは白っぽくって小ぶりなんですが、でも甘くて、うれしかったです。
【2009/05/18 00:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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