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ラクシュミープージャ
今日はラクシュミープージャでした。
少なくともアンデラプラデシュではこの日にどこでもやってるみたいです。

ババが来るのが遅くって、朝9時半を回っても来なかったので、主名は「早く来てください」と祈ってました。

坊さんのリードでなんかやってましたが、「アンニャターシャラナンナースティ トヮメーワシャラナンママ タスマート カールンニャ バーベーナ」のあと、通常は「ラクシャラクシャ サーイーシュワラ」となるのですが、ラクシュミープージャだしか、
「ラクシャラクシャ サーイーシュワリ」と言っていました。

ババは壇上から降りてきて、女性たちの周りをグルッと回ったりしていました。

そのあと、プラサードうちらまで回ってきませんでしたが、主名が誰かにもらったのを私にも分けてくれたので食べたら意外に美味しかったです。

そのあと、サウスに行ったらプージャをした女性たちが食事をしたあとに一般人の食事ということで、50分くらいは待ちました。

普通はうちらは待つのが嫌いなので(だれでも?)そんなに待たないのですが、今日は日差しも結構きつくて、移動したくなかったし、しかもほとんど列の先頭だったので待ってしまいました。

つかれた。。。
久しぶりに疲れました。混んでるサウスほど疲れるものはないです。
サウスの出入り口や内部も、何でもっと人が動きやすいデザインにしなかったんだろうと改めて思いました。
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【2009/07/31 17:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
聖水(うしのおしっこ)
先週だったか、主名が眼を打撲して白目が内出血してたんですけど、それが治った頃に今度は反対の目を打ったみたいで、また、逆の目の白目が内出血しました。

これはちょっと何かしたほうがいいなと思ったので、ババのちっちゃい指輪をお守りにはめさせたんですけどあっというまに2つすぐに壊れたので、ジョーティッシュのところに行って、、お守りを買いました。

ルドラクシャがかっこいいし、金属アレルギーなんかも出なさそうでいいと思ったのですが、小さい子にはあまり適切なお守りではないということだったので、ふつうの、金属の筒の中にチャクラムの図形かなんかを巻いて入れて封をしたものを身につけさせることにしました。

身につけるときに簡単なプージャもしてくれたのですが、
その時、占星術師は足元の棚のカーテンの向こうからペットボトルに入った黄色いにごった液体を出してきて、キャップに入れて、主名とわたしの頭に振り掛けました。

なぞの液体は主名の頭から目の横を通って顔にも流れ落ちました。

「なんかにおう。。。(主名)」

「あのー。彼がなんかくさいって言ってますけど」と、占星術師に言うと、牛のおしっこだよ。と。
「ベリー神聖。ベリーパワフル&ベリーベリーグッド。牛のおしっこは。」

あー。なっとく。でも、主名には言わないでおきます。と、わたし。
そのほうがいいでしょう。と、占星術師。

しかし主名は少し聞いてました。
「え?なに?なに?うし?うしのなに?うんこ?うんこ?うんこなの???」
とすでに質問攻めの体勢。

「おしっこだってよ」

というと
「おしっこいや~~~。かけてほしくない」
と家に帰る道すがら、半泣きでした。

でもそのあとは得意げに他の人たちに牛のおしっこをかけられたことを吹聴して回っていました。
子供って分からん。

でもおかげで、プージャ&お守りはなんかよかったみたいです。

しかしわたしはその後2日頭を洗わなかったら(←洗えよ!?)すごい異臭を放っていました。
自分でも分かってたんですけど、なんかそのにおいが癖になって。。。

主名にかがせたら、「くっっさーーーー!!!」と言ってました。
「どのくらい?」と聞いたら、両腕を250度くらいの角度に広げて
「このくらい」
と言っていました。

その後、さすがに私も限界と思って頭を洗ったら、匂いが消えたことがはっきり分かるくらい匂いが消えました。
と言うか、それまでのにおいがすごかったことに気がついて、ちょっとはずかしくなりました。

主名にまだくさい?と、頭をかがせたら「まだちょびーーっとくさい」と言っていました。

「どのくらい?」と聞いたら、親指と人差し指をくっつけて、
「これくらい」と言いました。

今は頭に匂いは消えましたが、タブラーが部屋にやってきたので、いまだに部屋はすこし獣くさいにおいがします。(タブラーの皮)
【2009/07/30 19:46】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はババは来てました。
最近は木曜くらいしか朝は来ない感じです。

朝8時からヴェーダを唱えてるし、安心して出てこないんでしょうか?

私と主名が通ってる学校の子供らのうち、女の子4人が、先生に連れられてダルシャンを受けに来てました。
一緒に座ってダルシャンをうけました。

みんな、ちょっとおしゃれをして来てました。
【2009/07/30 19:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
テルグ語は話すのか?
今朝の夢では、まず、あまり良くない状況でした。
なので、わたしはいらいらしていました。

そしたらババのダルシャンがあるというので、私はダッシュしてその場所に行きました。
やわらかい砂地のスタジアムのようなところでした。

ババは誰かに車椅子を押してもらってやってきましたが、砂か何かに車輪を取られてババはゆっくり車椅子から前のめりに落ちました。

わたしは「あっ」と思って、ババの腕をとって助け起こそうとしましたがそうするまでもありませんでした。
そのままババはそこにあぐらをかいて座りました。

ババがおいでおいでと言い、私はあぐらの中に頭から突っ込むようなかたちで入っていき、足にキスをしていました。
ババに触り放題という感じでした。

わたしはふりかえって、だんなと主名を呼びました。2人は来て、私の右にだんなが、左に主名がそれぞれババに向かって立っていました。

ババは「ふたりきりだし、(この状況は)いいでしょう?」と言いました。
背後にだんなと主名がいても、ババにとっては、そこにいるのはババと私の二人きりということらしかったです。

ババは強い光のようなバイブレーションを放っていて、この姿を見ていると、高揚せざるを得ないので、堕ちたくても堕ちることができない、と、私は思いました。
そのバイブレーションを夢の中で味わっていました。
だんなの顔を見ると、彼もそのバイブレーションを受けて味わっているように明るい顔をしていました。

またもや貧乏性で、最近はババに会ったら何かを頼まないといけないような気になっているので、わたしは、
「Give me everything.」
なんていいました。
言ったあとに、逆に、
「あ、私がすべてを与えるのか。」
と思いました。
そしたらババは思考に反応して、おぉっ、みたいに言って微笑みました。

その後、ババは、「あなたはテルグ語を話すのか?」というようなことを質問してきました。

私は、ババの光を受けてるから話せるような気がして、テルグ語が私の口から話されるのを待ちましたが、出てきませんでした。

そんな夢でした。

起きてから、今日からテルグ語を習おうかな?と思いました。
【2009/07/30 19:00】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マントラ伝授の夢
こないだの月曜日はめそめそしてたのですが、そしたら火曜日の早朝の夢にサイババが来ました。

何人かでバジャンを歌ったのですが、そしたらババはすごく喜んで幸せな気分になったらしく、30代か40代の若々しい姿で、銀のローブを着ていて、輝いた顔で、今から一人一人のところに行くといいました。

で、バジャンを歌った一人一人のところに行きました。

主名のところにも来て、何かなんやかんや祝福を与えていて、主名もアルティの火の輝きを自分のほうにもってくる時みたいにババに対してそういうしぐさをしていました。

私のところに来た時にはババは真っ白いローブを着ていました。

他の人たちは自分の名刺をみんなババに祝福してもらっていましたが、私は名刺は持っていないし、何かあるかな、と、財布を探ったら紙があったので出してそれを祝福してもらいました。
それは何かの広告みたいでしたが、ドゥルガーの絵が描いてありました。

そのあと、何があったか忘れましたがなにかあって、そのあとババは私の左の耳元に顔を寄せてマントラをささやきました。
それはガネーシャのマントラっぽかったのですが、聞き取れませんでした。
そしたらババは今度はまた左の耳に今度はグルのマントラをささやきました。
しかしそれもはっきりと聞き取れず、覚えられなくて繰り返すことが出来ないので、そういう風にババに言ったら、3回目にまたマントラを耳元で唱え、それは聞き取れて、覚えることが出来ました。

そのあと、ババはちゅーっとキスをしてきました。

そんな夢でした。

起きてから、忘れないうちにマントラを書きとめて、せっかくなので108回唱えて、また寝ました。
【2009/07/30 18:44】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー
最近、タブラーを買いました。

最初、タブラー教師にタブラーはどうするのか聞かれ、買おうと思ってます、と言ったら、バンガロールに買いに行ったらプッタパルティで買うよりも安いから、少し後でもいいなら自分が買いに行ってあげよう、とか行ってました。

でも、聞いたらせいぜい1500ルピーくらい違うくらいみたいだったし、わざわざ買いに行ってもらうのも大変だと思ったし、自分が買いに行って丸一日つぶすのもしんどいので、プッタパルティで買うことにしました。

そしたら、自分が楽器屋についていって選ぼう、と自ら言ってくれてたので、時間をきめて行こうとしましたが、2かいほどうやむやになったり変更になったりして、最終的に、楽器屋で落ち合って、前日くらいに私たちが先に楽器屋で見て、楽器屋で薦められたタブラーでオッケーかどうかチェックしてもらいました。

結局、前回自分たちだけで行った時に薦められたタブラーをそのときいわれた値段で買いました。
(6500ルピー)
まあ、でも先生に選んでもらったということはなんとなく縁起がいいかなー?と思ったのでした。
ハーモ二ウムのときも、そのときは「一番安いのを買いなさい」という指令をおばあちゃん先生から受けて楽器屋で買って、あとでおばあちゃん先生に見せに行って、「うん、いいハーモニウムだ」といってもらって、たぶん、買った楽器を先生に見せるのは縁起物みたいなものなんだろうなと思ってたのです。

やっぱ、交渉ごとにはインド人のおじさんがいると楽だなとか思ったんですけど、
そしたら次のレッスンの時に、タブラー教師は、タブラーを入れるバッグは重要だという話をして、なんでかというと、バッグに入れとかないと虫とかねずみとか何かの動物が来てタブラーの皮(ヤギの皮だそうです)を食べてだめにしてしまうから、という話で、だから、家で練習しない時はいつもバッグに入れておいて、練習の時だけ取り出して練習し、練習後はまたバッグに収納するようにといわれました。

でも、タブラー教師自身はタブラーを常に出しっぱなしだし、いちいちバッグに入れてたらめんどうで練習しなくなりそうなので、そうする気はなかったんですけど、
たぶん、タブラー教師は自分が店についていったからバッグはおまけとして店の人がつけてくれたんだということを暗に示したかったんだと気がつきました。
バッグは買ったら多分500ルピーくらいと思います。
(でも使わないから邪魔)

で、自分がついていったから、店の人はどの品質のタブラーでも6500ルピーでいいよと言ってくれたとかいっていました。
だから、店で、いろんなタブラーをたたき比べてたという話でした。
結局、私と主名だけでまえもって店に行ったときに店の人に6500ルピーといわれた、その店では安めのタブラーをタブラー教師がこれが一番いいといったので買ったんですけど。
まあ、その6500ルピーが高いのか安いのかはよく分かりません。
前もってタブラー教師が店に電話してたみたいなので私たちだけで行っても安くしてくれたのかも知れませんし、そうじゃないかもしれません。
まあ、そこらへんはもうどっちでもいいです。

で、通常は教師に店についてきてもらったら、時間をとらせたということで500ルピーくらいお礼として払う人もいる、みたいな話をタブラー教師は言ってて、でもまあそれはあなたしだいだけれど。
という話をしたので、はあ、そうなんですか、と聞き流しました。

確かにそういう世界があるのは分かりますし、タブラー教師としてはいい技術を持ってるし尊敬されてるっぽいのはわかります(ほんとはどのくらいなのかは私にはわかりませーん)けど、
タブラー教師の自宅から200メートルくらいのところにある楽器屋にきてもらっただけでこれですよ。
バンガロールから買ってきてもらわなくて良かった。。。
ちゅうか、実際わたしはその時500ルピーも持ってなかったのですが。貧乏は最強。

このタブラー教師はババの学校に勤める前は立派な口ひげを蓄えてたそうです。
で、「おれはおとこだ!女々しく自分からダルシャンなんか行くもんか。来て欲しいならサイババが俺のところに呼びにこい!」とか言ってたそうです。自分で言ってました。

なのでプッタパルティに大学の音楽教師として呼ばれたかなんかで来ててもダルシャンも行ってなかったそうなのですが、そのうちこんなサイラムワールドに嫌気がさして、もう帰る、と決めたそうです。

そしたらババが音楽大学にやってきて、そのタブラー教師を含む数人とかがババの前で演奏して見せたそうです。

そしたらババはその演奏をほめたそうで(タブラー教師が出したタブラー教本にそのときのババのコメントを載せてます。ブログを読んでる方でもし欲しい方がいれば喜んで販売すると思います。ただし英語。)その時だかなんだかに、タブラー教師はビビビー。と変容させられたそうです。

そして7年ほどババの音楽大学に勤め、彼はそもそもタブラーについてのなんらかの資格を大学で取れるようにする仕事のために呼ばれてたらしく、そのめどがついたそうで、今は大学を辞めてフリーとしてやってるというわけです。

ババの学校に勤めてた時は写真を見る限りひげは剃ってましたが、今は昔ほどではないけれど復活しています。

多分、ババの学校に勤める前によその場所でどこか学校に勤めてたと思いますけど、その頃は9000ルピーくらいのサラリーをもらってたそうです。
ババの学校はその半額以下だそうです。
聞いてもないのにお金の話をよくするんですよね。
で、同時に、「お金は問題じゃない」ともよく言います。

ま、でもタブラーがうちに来たので、私は時々練習してます。
習うものとしては、ちゃんと練習することこそが一番の礼儀だと思うので。
【2009/07/30 18:31】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
最近時間が取れなくて、なかなかブログに書く暇がありません。

数日前に見た夢は、ババとヘリコプターに乗る夢でした。
なんか質問したら、ヘリコプターに乗るように言われて、狭いヘリコプターに乗りました。
ヘリコプターからの眺めを楽しみ、近くにババがいるんやし、と思って、貧乏性で、また主名の学校のことを聞いたらまた怒られました。
もうええから聞くな、というかんじ。

途中一回地上に降りました。

そのときババに、一分で出発できるように用意をしておきなさいといわれ、別に、言われたらすぐに出発できるわ、と思ってたら、出発するときに主名が色々物を散らかしてたので、あわててかき集めて出発しました。

その、ヘリコプターが着陸したときに、向こうのほうに敵軍みたいなのがいて、ちょっと怖いかんじでした。

出発するときも、銃弾が飛び交うような雰囲気の中を歩いてヘリコプターに戻りました。
でも、ババが先に立って歩いたので平気でした。なので、感心しました。

ヘリコプターに乗りながら、私と主名はいつかババと一緒に飛行機とかヘリコプターとか乗りたいとかいっていたので、その願いをかなえたんだなあと思いました。

次に着陸したところは温泉旅館みたいなところで、おおきな館内をババと歩きました。
昔の美術品みたいな壁画か襖絵みたいなのがあって、見事だったので、それについて私が何か言ってババも何か言いましたけど何をいったかは忘れました。

温泉旅館の中から格子窓越しに外を見ると、坂の下からはしごを上ってババのデボーティーが上ってきてました。

その次はお土産ショップもしくはデパ地下の食品売り場みたいなところで、ババは私らが家に帰ったときに食べる焼きそばを買ってくれようとしました。
値段を聞いたら野菜のあんかけと混ざってるような焼きそばは高かったので、別のカウンターで聞いたらそっちは安かったけど、野菜が入ってない素のそばだったので、さっきの売り場の裏から行ってババは別の店員に言ってディスカウントさせて買ってくれました。

ババは、自分は、こんなところまで何もかも面倒を見なくちゃいけないんだよ、みたいな事を言っていました。

そんな夢でした。
【2009/07/29 01:15】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日
昨日はババが来たのはいつでしたっけ。忘れましたけど、5時にいったんヴェーダチャンティングがストップして空白の時間があったので、5時過ぎだったはずです。

うちらは6時から音楽教室があったので、ババは6時15分前くらいにバジャンホールに中に入って行ったし、うちらもホールをあとにしました。

で、音楽教室での練習を終えて7時過ぎにホールに戻ってみるとうちらが去った時と同じような状態でみんなそのまんま座ってました。
長いインタビューかなんかやってたみたいです。

さらに続きそうだったので、お腹すいたしサウスにご飯を食べに行こうと思って、主名を連れて外に出たらヴェーダが聞こえてきたのでまたホールに戻りました。

それからアメリカのグループの劇とかバジャンのプログラムが始まったので、終わったのはなんと8時半でした。

劇は知り合いの子どもたちが出てたので、主名も熱心に見てました。
リンカーンの劇でしたが、リンカーン役の子供が3人くらい、各時代を演じるので、子供から大人になったリンカーンが、なんか不思議だったみたいです。
大人になったんよ。
というと、「ほんとに?」とか言ってました。

バジャンは、劇が母の恩寵、みたいな内容だったからか?女神のバジャンが多かったように思いました。

プラサードは三角のちょっと高級感のある美味しいやつでした。

ババはステージから降りてきて、グループの人たちと記念撮影をしていました。

その後ウエスタンでご飯を食べてアシュラムを出たのはもう10時前でした。

昨日は日本から荷物が届いてたので、主名は早く部屋に帰りたくて仕方がない様子でした。
「うれしいなダンス」を踊っていました。

昨日は学校にも行きました。
フランスからの家族も来てました。
外国人からの支援が主だからか、ここの学校は外国人の出入りも激しいです。
その家族は前日撮ったらしいこの学校の写真を、パソコンでみんなに見せるスライドショーをしていました。

音楽教室の兄妹先生もこの学校に教えに行くか演奏しに行くかそういうセバをしたそうでした。
タブラー教師の話しもして、わたしたちへのレッスン料を聞かれたので毎回一人50ルピーというと頭の中で反芻して色々思ってるみたいでした。
やはり同業者の動向は気になるんですね?

八百屋のおばちゃんも、私がよそで野菜を買って来たらいつも値段を聞きますもん。
(で、「高いっ、、、!」といいます。)
【2009/07/26 14:19】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サマスタローカー再び
昨日の朝から、また、バジャンの終わりに「サマスタローカースキノーバヴァントゥ」と唱えられるようになりました。

どうやら、サマスタジーバー~は、皆既日食前後のネガティブなエネルギー対策だったみたいです。

でも朝夕の一時間のヴェーダチャンティングは続行されています。

ガナパティプラールタナとルッドラムとプルシャスークタムは毎日唱えることになってるみたいです。

今日はそれに加えてマントラプシュパム、バッギャスークタム、スーリョウパニシャッドなんかも唱えられていました。

こないだの皆既日食ですが、インドでは日食はすごい不吉とされるみたいで、お寺なんかもみんなしまるとかいう話で、伝統として、日食の時間の前には沐浴して、日食の時間前後の数時間は掃除をしたりマントラを唱えたりして過ごし、不吉とされる日食前後の数時間が過ぎるとまた沐浴するそうです。
大体みんな外出を控えたりするそうです。

日本では日食の時は私の弟たちは奄美大島で音楽祭だったはずですよ。
天体ショー。
ところかわれば、ですね。

気の持ちようの迷信かと思いましたが、ババも日食前後にマントラを変えたりヴェーダを唱えさせるようになったりと対策してたみたいなので、、何かはあったんだろうと思います。
インド人の日食に対するネガティブな想念対策かもしれませんけど。

日食の翌日に、どこかの農地か空き地から大きなシバリンガムが二つ掘り起こされて、みんなそれを見につめかけてたので、プッタパルティの町は閑散としてたそうです。

私たちがそれを知ったのは翌日で、その時にはリンガムはハヌマーンテンプルに移動されて祭られてたので、音楽教室に行く前に夕方にハヌマーンテンプルに見に行きました。

一説によると古代の寺に祭られてたリンガムとのことで、一つは台座つきでひとつはシンプルなやつで、立派なものでした。

人が次々お参りに来てて、ココナツや花や線香やミルクなんかが次々に供えられて、途切れることがなく、みんな熱心に祈ってて、ドラマの劇的な一場面を見るような気がしました。

この国には熱心な信仰が生きていると感じたひと時でした。

マントラが再びサマスタローカーに戻されたのはその翌日のことでした。
【2009/07/26 13:58】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー教室
こないだの月曜日から主名とともにタブラー教室に通ってます。

先生はババの音楽大学のタブラー教師を7年勤めて今はフリーというおじさんです。
タブラー自体は30年くらい教えてるそうです。

まあ、悪くないと思います。(えらそうですか?)

いやしかし、思うのはババの学校の教師とか元教師とか接する時も時々ありますが、やっぱり現役の学生の清潔感は特別ですね。

年をとるといろんなものを背負うのでしょうがないのですけど、どうしても澱みますよね??

サマスタジーヴァースキノババントゥ、ってかんじですか?

知り合いのインド人にこの先生を教えてもらって、月4回で200ルピーと聞いてたのですが、いざ行ってみると子供は一回50ルピーで大人は100ルピーといわれたので、ま、いいか、と思ったのですが、
なんか、わたしってタブラーに向いてない?とか思って、(だってたたいても音が出ないんですもん)ちょっとやる気をなくして、体調もいまいちだったし、お金もったいないしとか思って、最近の2回は主名だけレッスンしてくださいとか言ったりしたんですけど、そしたら私も50ルピーに値下がりしました。
主名だけの50ルピーよりも、私のも値下げして2人で一回100ルピーとしたほうがいいと思ったのでしょうか。

じゃあ、私も毎回やろうかな。

主名に教えるより私に教えたほうが簡単なので、私に教えて主名に私が教えるという形にしたいらしいです。
主名は男の子なのでか、音はいい音を出すのですが、技術を教えるとなると、なんでそうなるね~~~ん?と、横で見てる私が突っ込みを入れたくなるような手の動きをしたりするので(本人まじめ)、先生も力が抜けるみたいです。

でも、わたしも回を重ねるとだんだん音も出るようになりました。

あと、音楽教室に通ってることを言ったらレッスン料はいくらかとか詳細を聞かれたので、週2回あるので、月8回で100ルピーと言うと、その安さがちょっとショックだったみたいです。
(音楽教室の兄妹のお兄ちゃんのほうはババの音楽大学でのタブラー教師の元教え子)

このタブラーの先生は私と主名が行ってる貧しい子のための学校に興味しんしんで、校長に自分のことを話してくれとか、一緒に学校に行こうとかいうので、校長は男&テルグピープル嫌いだしなあ、と、私はあまり気が進まなかったのですが、「校長に今日は言えなかった」とか私が言うと、「マダム~そりゃないよ~(意訳)」みたいにソフトに攻めるので、しょうがないから校長に電話して、翌日早速タブラーの先生は学校に来ました。

校長は愛想がいいので、その場ではタブラーとテルグ語をこのタブラー教師が学校で教えることになりましたが、ほんとに実現するかどうかは不明。

でも、ちゃんとした先生なので、学校にとってもいいチャンスと思います。

タブラー教師と校長先生ともう一人の学校の先生は昼ごはんのあとにいっぱいいろんな話しをしててわたしも聞いてましたが、学校の教師(ある種すさまじい性格)が、一般論にカモフラージュして、自分の最近許せなかったことなどをタブラー教師に話して意見を求めたりして、それに校長も興奮して激しく反論したりして、女二人はすごい騒ぎになりました。(子供たちは部屋で昼寝中)

タブラー教師はだんだんオーラがしぼみ。。。。。(笑)

いやでも、昨日習いに行ったときは、タブラー教師は、校長先生はすばらしい女性だと絶賛していました。
校長先生ももちろん完璧な人間じゃないと思いますが、しかし、ここの学校の子供たちは楽しそうに暮らしてるし、それは私も認めます。

タブラー教師は、学校で出されたご飯を最初は断ってたのですが最後は断りきれずに食べてました。
「自分は家以外では食事をしないのですが、ここの学校はすばらしいしみんな家族なので特別に食べることにしました。ベリーベリーハッピーホーム!!」みたいに言っていました。(一部脚色)

しかし前日、タブラー教師は外で買ってきたご飯を家で食べるために持ち帰ってきてたのを私は見た。。。

タブラー教師は昨日は実際のレッスンよりも語りが多くて、わたしはそれがババの学校のやり方なのかとか思って感心すべきかと思ったりもしたのですが、過去は過ぎ去った、明日はまだ来ない、私たちは今を楽しむべきだ、そうじゃない?みたいにさんざん熱弁をふるわれたあかつきには、わたしは、
「私はタブラーを習うためにここに来てるので、レッスンをしてください」と言わずにおれませんでした。

いやぼくは、霊性について君とディスカッションをしようと思って、、、、
とか何とかタブラー教師は言っていましたが、面白くないですもん。どこかで読んだ話ばかりだし。

いや、雑談の多いこと。部屋代はいくらだとかきかれたので1400です。グッドプライスでしょう?と言うと、ここは1800だよ?電気代は300ルピーくらいで、、、とかいうので、でもここは部屋が、一つ、二つ、と、何かまだ他にもスペースがあるじゃないですか、と、なぐさめたり?何で愚痴話を聞く羽目に。。。

外国人を見ると物売りは10ルピーのものでも20ルピーとかで売るのでプッタパルティの物価が上がる。プロブレムだ、とかいうので、(ここのレッスン料も、最初私には外国人だから2倍にしてなかったっけ?)プッタパルティだけじゃなくて世界的に不況なことを日本の状況の説明もしながら話したり。

まあ、確かにプッタパルティって他のインドの土地に比べて何でも高いみたいですけど。

現実の生活の重みと霊性の理想の間で揺れ動く多感な?タブラー教師なのでした。

主名は、というか、男の子は、やっぱり太鼓とかむいてると思います。
タブラー教師がタブラーのテクニックを披露してくれるのを見てると、小学生の時に、勉強の出来ない男の子たちが猛烈な速さと指使いで競って机をたたきまくってたのを思い出しました。

主名も、今のところ喜んで行ってます。
【2009/07/24 19:04】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(1) |
皆既日食
今日は皆既日食だったみたいですね?

それに関連してかもしれませんが、2日前にババのディスコースがあって、その後からサマスタジーバスキノババントゥ(だとおもいますけど?)にかわって、朝8時からと午後4時からババが来なくてもホールでヴェーダが唱えられてます。
今後ずっとかどうかは不明。

最近はいろんなことがありましたが暇がなくてネットカフェに来ることが出来ず。

そうそう、申し込んだ電話がもうつながりました。
半年かかるとかいう噂だったのに、一週間で工事に来るとは、いかにインドに携帯が普及してるかということだなあ、と思いました。

今はほとんど新規の電話線を引く人はいないんだと思います。
【2009/07/23 00:46】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
部屋
主名にあるとき、この部屋好き?と、住んでる部屋について聞いてみたら、

「好き。だって狭いし。」
とのことでした。

狭いところが好きなんだそうです。
【2009/07/17 14:25】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プロテクト
主名へなにかプロテクトのお守りを持たそうと思ったのですが、そのことを学校の校長先生に世間話として話したら、子供は母親の守りが一番効くとのことで、というのは、校長先生の出身地はインドのはずれのマニプリという場所なのですが、紛争地帯で、通りを弾丸が飛び交ったりしてたそうです。

で、校長先生の兄弟に、お母さんが、服のすそに何かちょっとまじないをしたら、弾丸が兄弟に当たらず、すれすれをかすっていったとか言う話でした。

それも確かに納得のいく話で、戦場に出る時に母親のものを持っていくと死なないとかいう話も聞きますし。

しかし、うちらの状況は、私に対する他人からの悪想念がまずあって、それが、私には効かないときに、ガードの甘い主名に向かう(時には意識的に攻撃される)ということなのです。
主名は結構受けやすいたちみたいで。

私は、受ける時もあるけど、受けたなと気がつくことが多いので、なんとなく浄化できるみたいなのですが。。

なので、昨日、用事ついでに占星術師に、主名に何かお守りを持たせるなら何がいいか聞いてみたら、主名の場合、ルドラクシャは5面のものなら持ってもいいとのことでした。

あと、よくインド人が首から提げてる金属の筒に入ったお守りは、ランクがあって、ハイクオリティのものなら2000ルピー、安いのなら300ルピーとのことでした。

2000ルピーはちょっと出せないなー、というと、「高すぎる?」と占星術師がいうので、300ルピーでも効く?と効いたら、オッケーというので、300ルピーのでもつけさせようかとか思いました。

しかし、よく考えてみると、ブッダプールニマか、もしかしたらチャイニーズニューイヤーのときだったかもしれませんが、ホールでババのブレスしたブッダのお守りを配ってた時があって私と主名はいっこづつもらってました。

しかしあれはネックレスとかになってなくて身につけるには何かしないといけないので、しばらく財布の中に入れてましたが、じゃまっけになってそのうちそとに出してました。

あれをネックレスにしたらいいかもしれません。

それか単に10ルピーくらいのババの写真のネックレスをそこら辺で買ってつけさせておいてもいいのかも。

ルドラクシャや金属の筒に入ったお守りなんかはなんかファッションとしてなんか嬉しい感じなので、いいかなーとも思いますけど。

しかし、他人からの悪想念を受けないためにもババの「ヘルプーエバー、ハートネバー」なんだろうと思います。

でもでも、どうしようもない場合もあるのです。

。。。。今さっき、主名は先に部屋に戻っていたいというので鍵を持たせて行かせたら、乞食の子供にすっごいたたかれたといって泣きべそをかいてやってきました。。。。
部屋に帰りつくまでは何もなかったそうなのですが、そのあと一人でまた部屋を出てネットカフェに来る途中にたたかれたそうです。

うろうろするなら部屋に行くというなよ、と、私も主名に対して腹立たしい感じ。

子供って、なんかあらゆるものが、いいものもそうでないものも流れ込む穴みたいなものなので、それを通して私にもあらゆるエネルギーが入ってくるので大変です。
多分、父親の姿があればまた違うんでしょうけど、うちは穴だらけでどこからでも攻撃可能なかんじです。

なかなか大変。
主名って、とくにそういうのをすごい受けやすい気がします。

主名をたたいた乞食の子には近くのジュースやさんとか大人の乞食とかが怒ったらしいですけど、そういう、激しいことがいっぱいここでは起こるので疲れます。

わたしがいても乞食の子供は主名にたたいてくることもあるので、そういうときは私も怒ったり言ったりしないといけないし、疲れます。

乞食だけじゃなくて、アシュラムでもセバダルやスタッフが一般人にひどい態度をしてくることもよくあるのは皆さんご存知の通りで、先日、芝生でいたときに、5年日本で働いてたとかいうインド人が話しかけてきましたが、日本の印象を聞いてみると、日本ではみんなが優しくて、一番いい国といっていました。

外国人もたくさんいるアシュラムでこれですから、そうでない地域ではどんなひどいことになってるかわかりません。

どこの国もいいところもそうでないところもあると思いますが、格差社会のインドではあきらかにハイカーストの人にとってはいい国と思いますが、、、でも、そういう人らは海外に行っちゃいますね。。。

まとまらないところで、おわりにします。

ちなみに今朝はババはお休みでした。
【2009/07/17 14:22】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
最近
最近、なんかすごく涼しくて過ごしやすいです。

しかしなんかエネルギーが妙に高まってるようなきもして、今朝は主名はダルシャン中に鼻血をだし、午後は知人の男性はダルシャン中に高熱になったそうです。

ババは毎日のようにブレスして、いつも拍手が起きてます。

最近いろんなことが毎日毎日起きてますが月末はいつも金欠なので(まだ月半ばですが)ネットカフェからも足が遠のいていました。

主名は数日前になんでもないところで転んで目を強打して、しばらく目が充血してましたが、今日はだいぶ白くなって痛みもないとの事なので、病院はいきませんでした。

このときは、わたしは、他人の悪想念を受けて主名がこけたと瞬間的に思って、多分そうと思うんですけど、というのは多少根拠があるのですが、やっぱりここにずっと住んでるような人は想念が強い人が多いです。

私はわりとそういうのを受けたら意識的に調整しようとすることもできるのですが、主名は怪我したりとかになってくるので、何らかのプロテクトがあったほうがいいかなとも思いました。
そのとき、いちおう主名にババに祈らせたのですが、なにしろ、想念を送る相手もババの帰依者だし、

ネットカフェが閉めるというので、
つづく。
【2009/07/17 00:57】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
すっごいきれい。
こないだ服の整理をしてて、買ったものの着てない服を着てみて、主名に「これ、いいと思う?」と聞いてみました。

主名は
「さわこ、すっっごいきれいわー。ボールよりきれい!」
というので、
「ボールよりって、どんなんやねん。わからんわ」
というと、
「じゃあ。。。。車よりきれい!!」
とのことでした。

ポジティブな意見だということはわかりました。
【2009/07/12 16:13】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
インターネット(メールより転載)
主名は最中をいまは一口だけ食べては冷蔵庫に入れてる。
「だって、なくなるの、いややもーん」やって。

インターネットは、部屋でできるように早急に手続きしたくて、というのは、
ネットカフェだったら毎回主名はほかのそこらへんのインド人に泣かされたり悪い言葉を教えられたり(殺すぞ、とか)してるので。

で、とりあえず情報と許可を得ようと思ってオーナーに言ったら、調べてくれて、電話線を引いた後、(工事は通常、多分数ヵ月後)インターネットの手続きをすることになって、それはモデムが1600ルピーで、月々のインターネット無制限の料金が750ルピーとのことだったので、もう、申し込むことにした。
それだと最初はローカル電話料金のデポジットの500ルピーしか払わなくていいし、(国際電話もつながるようにするならデポジットはプラス4000ルピーだけど、携帯があるからそれは頼まない。)
ネットカフェに毎月きっと1500ルピーくらいはつぎ込んでると思うから。

モバイル方式の各携帯電話の会社がやってるサービスもあって、それだと最初に3000ルピーくらいでカードを買って、毎月の料金は1200ルピーとかで、翌月くらいにはインターネットにつなげられるみたいで、ラップトップのパソコンもワイヤレスになるからどこででもできて便利ということだったけど、オーナーが、電話線を引いてやったほうが割安と思うし自分もそうしてるというので、そうした。
多分、今の部屋は何かない限りは住み続けると思うので。
私が使ってるパソコンはご臨終寸前(というか何度も臨死体験済み)で、ラップトップといえども絶対安静で動かせないし。
バッテリーも一瞬でなくなるし。

私が今使ってる携帯はエアーテルという会社で、もしその会社にインターネットのサービスもあって無制限のサービスもあるならそのほうが簡単でいいかなと思って代理店に聞いてみたんだけど、カメラつきの携帯でだけ可能で、そかも無制限のつなぎ放題のサービスはやってないとのことだったので、やめた。
今思えば、携帯でのインターネットと、店員は思ったと思うので、パソコンでのインターネットだとまた違うかもしれないけど、まあいいや。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

プッタパルティで長期滞在を考えてらっしゃる方は、こちらで携帯を持って、インターネットもと考えてるなら、そこらへんにあるいくつか携帯の会社に条件を確認して比べてみられるといいのではないでしょうか。

1年とか一年半とかの滞在なら部屋に電話線を引くまでもないですし。
電話線の工事に半年かかる場合もあるとか言う話ですし。
【2009/07/12 16:09】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
日曜日
今日は日曜日です。

昨日はなんとなくまたホームバジャンをしました。
主名をしかりつけながら、、、主名はいっぺんべそをかきましたが、その後はまじめにやりました。
神聖なバジャン、、、ってかんじじゃないですが、まあいいです。
多分、アパートのほかの部屋の住人は「ああ、また、、、、、鬼母。。。。」と思ってることでしょうよ。

毎回、勉強のときでもバジャンのときでも何のときでも、
「やらんのやったらもうやめろ!わたしひとりでやるっ!」と、厳しくいうと、
主名は「やる~~~~~(泣)」となって、なんでもやるようになります。
それが毎回毎回なので、いちいちそのプロセスを通らなければならないのがほんとに疲れます。
単に歯を磨くのでも、主名がだるがってなかなか磨かなかったら
「じゃあもう磨かんでいいっ!虫歯になれっ!」というと
「虫歯になるのいやー(泣)磨く~(泣泣)」

毎回このパターン。

ほんと、なんでも一人でやりたいです。

ほんまにうっとおしいときがよくあります。
これ、本音。

なのに(だから?)主名はべたべたべたべたべたべたべたべたするのです。

漫画とかで、若い女の子が彼氏とかおじさんの腕にぶら下がるように甘えて歩く感じ。
ときに主名はそれ。
おもたいっ!!!!
自分で歩け!!うっとおしいっ!

(わたしはおじさん?)

子供はそういう傾向が強いでしょうが、主名はインド人以上に人とくっつきます。
ダルシャンででも知らんおばちゃんにぺたーっとくっついてもたれてたり、ときにインド人にすら嫌がられてます。
もちろん列を作れば前の人に密着してぐいぐい押します。。

いつも注意するのですが、インド育ちとなってしまった今はしょうがないのでしょうか?
いや、学校や音楽教室なんかに来てる子供たちを見てると、ちゃんとほかの子供との間隔をあけて座ってますよ?
主名はインドの子供たち以上にくっついて座ってます。
やは注意したほうがいいと思います。

日常の中でもわたしは主名にしょっちゅう「はなれろ!!」とか言ってます。
まさかその反動?

今朝は雰囲気的にババは来てなかったと思います。
昨日の午後は背広の来賓?がいっぱい来てました。
ババも来てました。
ナッツの詰め合わせのプラサードが配られました。

今朝はうちらはアルティに間に合いませんでしたが、朝食にパンを食べにアシュラムに行きました。

コーヒーを買うために店に並んでたら男性側から声をかけられて、見たら、日本のセンターのインド人の少年が横に並んでました。
ほとんど3年ぶりでしたがすぐにわかりました。
しかしすでに青年になってました。。。。
背もかなり伸びて。。。
月日が過ぎるのは本当に早い。。。

そう思うのは年を重ねた私だけかと思ったら、主名もよく、「今日は何ですぐに終わったん?何でもう夜なん?」とかいいます。
私が子供のころって、一日が本当に長かったように思いますが。
【2009/07/12 15:58】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
日々
こないだの、アフリカの出し物はよかったです。
音楽プログラムでしたが、ほがらかなかんじで。

ババはプログラムをステージの下に下りて、出演者のすぐ前で聞いていました。
その後なにかあげて、一人一人がパダナマスカールをしてたみたいでした。

最近は疲れ気味です。

主名も何かとよう泣くことも多いし。

インターネットは、モバイルのインターネットの手もあるのですが、BSNLという政府の電話のインターネットに申し込むことにしました。
電話線を引かないといけないのですが、国際電話の手続きはせずに、国内電話だけだとデポジットが500ルピーのみという話です。
国際電話だとデポジットは4000ルピーだそうです。

なので国内電話だけにして(国際電話は携帯があるし)
何ヶ月かかるのか知りませんが、電話線が引けたらその後インターネットの手続きと支払いだそうです。
それは、つなぎ放題で月々750ルピーで、モデムを最初に買うのが1600ルピーで、税金が数十ルピーだそうです。

工事費とかが別に必要なのかどうかは今のところ不明。。。

今朝はババはきませんでした。

昨日は午後に学校に行きましたが、校長や先生たちはババに学校に祝福をもらうとかいって手紙を書くのに夢中で、子供らはほったらかしでした。
私が音楽の予習をしてたら女の子達が来て一緒に練習したがったので、自分らの勉強はしたのかと聞いたら、もらってない、とかいっていました。

書きあがった手紙に署名をしてくれといわれたので、文面を読んで、、手紙の目的を聞いたらババの祝福をもらうため、という話でしたが、もうもらってるんじゃぁ???というと、校長は、それを聞いて、手紙を渡す意味を見失った。みたいな事を言っていました。なんかようわからん。

その後、ババが空港かどこかに向かうので学校の前を通りました。
ババが帰ってくるのもみんな路上で待ってたので、昨日は主名の勉強も私の勉強もヴェーダクラスもなにもできませんでした。。。

たまりかねて、路上で主名の宿題をノートに書いてもらいました。
校長は「それはグッドアイデア」なんて軽快に言っていましたが、
わたしは、なんか、お金と時間を浪費した気分で(学校までオートで往復50~60ルピーはかかるし)気分が悪かったです。

子供たちはたまにしかダルシャンにいけないから、ババが道路を通るカーダルシャンは貴重と思いますが、わたしらはさっさと帰るべきだったなと思いました。

学校にはあまり深入りすべきではないなと最近思います。
【2009/07/11 17:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
今日は
今朝は案の定ババ来ず。

午後はブラジルとインドネシアが音楽プログラムをしてました。

ババはいました。。。。。。って、つまり、わたしとしては特に感想なし。

ババを見るということはすべての瞑想やヨガの目的らしいんですけど、そうなの?

というのは、今日、学校で昨日とおとといのババのディスコースについて先生らが熱く語りまくってたので。
私は、ディスコースもあんまり聞いてなかったんで、グルプルニマではババは来るのがすごい遅かった、という感想のみ。

毎日小雨が降るので涼しいです。
【2009/07/09 00:28】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
グルプールニマ
昨日はグルプールニマでした。

朝は3時半に目覚ましをかけて起きて、5時前くらいにアシュラムに行きました。

アシュラムに入ったらゲートのガネーシャのところに大体いつもお参りするのですが、昨日はいつもはしないようなお祈りの内容が出てきました。
なので、こういう特別な日には特別な祈りになるんだなあ、と思ったのを覚えてます。
しかし何を祈ったかはもう覚えてません。
なんだったっけ?

トークンの中間くらいの順番でした。
しかし私たちが座った列は17番目のくじでした。
ほとんど最後?

しかし、先頭の人がそのトークンを引く時にババに「介入して、いいようにしてください」みたいに祈ったので、文句は言えず。

しかも、待ってる間に主名は寝てて、おねしょをしました。おい~~~。

なので、中に入って席を確保してから、周りの人に言って、ホールを出て朝食を食べていっぺん部屋に帰りました。


主名も着替え、ホールに戻りましたが、ババが来たのはかなり遅かったです。
9時半は過ぎてたと思います。
朝きたのが早かっただけに、途中抜けたにも関わらず、待ち時間が長いなーと思いました。

ババが来そうになるとホール内の人たちから拍手が起こりました。

ババは黄色のローブでした。
黄色かなーと思って、私も黄色のサリーを着てたので、当たった当たったと思いました。

なんか教育関係者???よく分かりませんけど何人かが壇上で花輪をかけられたりしてババの横にいすで座って、アルティも一緒に受けてました。
今までにないパターンて感じでしたが、私としては面白みがない感じでした。
だって、なんかよくわからないので。

いつもアルティをするお坊さんもこの時は黄色の服でした。

午後は、私はひとね入りしたら昏睡してしまって、5時過ぎにアシュラムに行きました。
もうバジャンをしてたので、普通にバジャンをして普通にあっさり終わるのかと思ったら、ババはまだ来てませんでした。

なのでホールに入れないので、芝生でくつろいでました。
飲むものも飲んで食べるものも食べたので、芝生でもっと遊ぶと言う主名を残して私だけホールに行きました。
みちすがら、バジャンの音が止まってるのに気がつきました。

そんで、またババがしゃべってるっぽかったので行ってみたらまたババがしゃべってました。
ババは午後はオレンジのローブでした。

ババは子供の世話は親がしろ、みたいなことをしゃべってました。
あと、スーパースペシャリティホスピタルやババの学校ではお金を集めるようなことをしない!!!みたいなことを。

みんなの世話は自分が面倒見るから安心しろ!みたいなことやお金じゃなくてハートツーハートだ!みたいなこととか。

スーパースペシャリティホスピタルも、見てもらえる患者の数や種類は限られてるし、ババの学校の生活費として年間一万ルピーくらいは払わないといけないみたいだし、100パーセントすばらしいかと言えば、いろいろ思うところもでてきちゃったりもするのですが、
わたしとしては、無料で差し歯とかのつくりものの歯が作ってもらえるようなしくみと、たとえば歯石を取るとかそういう予防的な機関も欲しいなあと思います。
あと、美容整形外科。

いや別に、豊胸とかそういうんじゃないですけど。

ババがしゃべったあとに何かやってましたっけ?
忘れました。
でもいいグルプールニマだったなあと思いました。

プラサードは、砂糖でコーティングされた揚げ菓子でした。
主名は、暗くなったころに、芝生からホールに来て、群衆の中の私を見つけて来ました。
連れに行く手間が省けてよかったです。
暗くなって遊ぶ子も誰もいなくなったし(一緒に遊んでた子は暗くなったらマミーマミーと泣いちゃったそうです。その後、お父さんが迎えに来た模様。)、プラサードが配られたら私しかダルシャンに行ってなかったら、一つしかもらえない、と思って、考えて、自分で芝生からホールに歩いてきたそうです。

黄色いサリーだからすぐに分かったそうです。
【2009/07/08 13:50】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ぐるプル前
今日アシュラムに午後に行ったら人がいっぱいで、長だの列で入れませんでした。

ババは5時半くらいにきたのですが、当分はいれそうにもないので芝生でお茶でも飲もうかと思って行きかけたら途中でざーざーぶりの雨になりました。

雨宿りして、雨が上がったので、なんか、ババがしゃべってるっぽかったし、またサイクルワントホールに行きました。

やっぱりババはディスコースをしてました。
グルプル前日に、するんですね?
明日も話をするんでしょうか?

ホールへの階段は上がれましたけど、トークンの広場までしか入れなかったので、そとからちらっとババをおがんで、しばらく座って、6時半になったのでサウスにご飯を食べに行きました。

おなかがぺこぺこだったのでおいしかったです。

食べてからまたホールに戻ったら今度は中に入れました。

ババのディスコースの後に劇をやってました。

なので終わったのは8時くらいでした。

ココナツのあま~~~い団子のプラサードが配られました。
めまいがするほどの甘さでした。

ババは今日もブレスしてました。

明日はグルプル本番なので、4時くらいに、いこうかな~~~?と思ってます。
起きれるかなー?
【2009/07/07 01:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はババは来なかった様子です。

こなさそうだったので、うちらはパン屋さんにいって朝食を食べました。

そのあと、インターナショナルスクールの説明会に行きました。
今日も特に進展なし。

その後、インターナショナルバジャングループの練習に行って、その後、学校に行こうかと思いましたが、今日は校長は学校に来ないということだったので、行くのはやめました。

明日はグルプールニマですね。

主名はネットカフェの床で寝てしまいました。。。

自宅でインターネットができるように、本気で考えたいです。
【2009/07/06 19:10】 | インターナショナルスクール | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日は
今日は久しぶりに何も用事がなかったです。

定例となった3回目か4回目のホームバジャンをしました。
(メンバー二人)

しかし、主名が歌えないやつをリードしようとするので、教えながら、キーーっ!となりながらのバジャンでした。
主名は太鼓もたたきたがるのですが、むちゃくちゃたたいて耳障りであたまにくるので、ちゃんと習わせようかと、本気で思い始めています。

今日のプラサードは丸い、きな粉みたいな味のお菓子でした。
おいしかったけど、ばらばらになったので、ホールの床がきちゃなくなってしまいました。

ババは今日も帰る前にブレスしてました。
最近、よくブレスして帰ります。

ウエスタンのデザートのパッションフルーツのゼリーがおいしかったです。
二人で3個食べました。
【2009/07/06 00:39】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
資格だか免状だか。
昨日は音楽教室で、サティフィケートだかサティフィケースだかの受け渡しがありました。

後で辞書で調べたら、証明書とか、免状とか、そういう意味みたいで、なんか、それぞれの名前を書いたアナンタプール発行の紙をもらいました。

こないだ、筆記テストをうけたやつです。

6畳くらい窓のない部屋に30人以上が入ってバジャンをしたりしました。完全に酸欠。

授与には、プッタパルティに警察署の一番えらいさんが来て、(いつもダルシャンの時にババの護衛をしてるポリス)彼から一人一人その証明書を手渡されて記念撮影をしました。

カルナータカミュージック初級の免状と思うんですけど、なんせもらった紙も全部テルグ語なので解読不可能です。

なんか、よーわからんです。

今朝はババは来てました。
【2009/07/05 15:20】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
くるってるっ!!!
朝はババはお休みでした。しかし、ブラジルかどこかのグループがヒンディーや英語やポルトガル語かなんかででもバジャンをリードして歌っていました。
あれはたぶんポルトガル語だったと思うんですけど、メロディーも、昔あったランバダをほうふつとさせる情熱的なバジャンでなかなかよかったです。

今日の午前はひとり、部屋にヴェーダの練習をしにくるはずだったのですが熱を出したらしく、なしになりました。

午後からは学校に行きました。

校長先生は急に腹痛が出たらしく、訪問先からクリニックに行って注射を受けたあと、そこで寝てるらしくて留守でした。

教師は2人いるのですが、この二人がまた強烈で、校長はそんなに西洋風の子供を尊重するような教育方針なのに、よりによってなんでこの2人を雇ったんだろう???というような、またとない激しい二人なのです。

そのうち一人は5年位前からの知り合いなのですが、今日は校長がいなかったので、いつもにもまして好きほうだいしてて、その二人の激しさが、今日は突き抜けてて爆笑しまくりになってしまいました。

なんだこの二人は!!!

おかしい。くるってる!!!

つつましいインド女性の対極のような2人で、あまりの強烈さに、爆笑してたら、ほかの、ご飯を作ったりするスタッフもつられてげらげら笑ってしまいました。

二人のうちの一人は、アシュラムの某有名人男性を愛してしまったらしく、公衆の面前で何度もパダナマスカールを彼に強行して逃げられてるらしいです。

愛してしまったって、、、スワミよりも?と聞くと、真顔で据わった目でうんうんっ!と、うなづくのです。
今では毎日、彼の写真に祈りをささげてるそうです。

もう一人はすごい太いんですけど、やはり数年前に恋に落ちたそうで、「だんなおるやん」と言ったら、
「だってだんなは遠くにいるから」とかいって、、、かつがれてないでしょうね?わたし?

彼女は今日は校長がいないのをいいことに、授業をしながらへナで白髪染めをしてて、十分染まったら学校のバスルームで頭を洗ってました。

ノースリーブでわきげぼーな彼女が鏡を見て染まり具合をチェックしてる姿にもう一人の教師が「うつくしいわよ」と言ってました。

主名は「ここ、OOOおばちゃんのいえちゃうのに、何でお風呂はいってるん?」と、まともな疑問を発して、それにほかのスタッフがまた爆笑し、この強烈さを画像つきでお伝えできないのが残念です。。。。
【2009/07/05 01:05】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
グルプル前
今日はエカダシというお祭りでしたが、午後は私たちは用事があったので、外からホールの中をチラッと見てよしとしました。
女の子たちが踊ってました。

グルプルニマに向けて日本人のツアーの人たちも20人くらい来てるみたいです。

行事で人が多くなると、ウエスタンの料理人の人材が豊かになるのか?
今日のラザニアはとてもおいしかったです。
今日はそれに、ブラジル料理がいろいろありました。

10年位前にブラジル人(ほとんど日系さん)と一緒に1年半くらい働いてたことがあって、時々ブラジル料理を食べさせてもらったりとかもあったので、そのころのことが思い出されました。
豆の料理が印象的です。

日系さんたちは見た目は日本人とほとんど一緒なのに、普段着の上着は短くておなか出してるし、下着はひも状だし、見た目が同じなだけに(というか、みんな黒髪だったので、顔なんかは普通の日本人よりもむしろすごい純朴でまじめそうでした)に刺激的でした。

しかし、プッタパルティではイラン人の知人の家でご飯を呼ばれることが何度かあったりして、イランの料理もブラジルの料理も問題なくおいしく食べられるのに、なんでインドの料理はそんなに辛いんでしょうか?
インドも家庭料理はおいしいけど、でも、根本的になんかぜんぜん違う気がします。
何でそんなに気合を入れなきゃ食べれないようなものにするんでしょうか。ご飯を。味が激しいです。。。

スリランカやネパールに行くと食堂の定食もまたちょっとまろやかな感じになるのに。。。

いまさらながら、インドって、独特な国ですね。。。
【2009/07/04 00:39】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ダライラマの夢
今朝はダライラマの夢を見ました。

ダライラマが私に名前をくれました。
そのスピリチュアルネームは、○○○ という名前でした。

なんか、某アニメにでてきた、湯婆婆(ユーバーバ)みたいだなとか思いました。

この名前自体がマントラになってるので、これを唱えてると、いろいろいいことがあるそうでした。

ほかにももう少し長いマントラをくれましたが、それは起きたら忘れました。
きっと、夢の中の私が覚えてて、唱えるなら唱えていることでしょう。
パーリー語で書かれていました。
パーリー語って、スリランカの仏教で使われてる言葉でしたっけ?

ダライラマは親切に、いくつかの書類に、その名前を私にあげたことを書きこんで、証明書みたいなのを作ってくれていました。

昔、10年位前はダライラマのことが好きで、ファンだったのですが、(2回、ダライラマの住居のあるダラムサラに行って、一回は面会(握手)できました。一回は日本での講演を東京に聞きにいきました)
最近は別に考えることもなかったので、何で夢に見たんだろうなあ?と、おきてから思いました。

そういえば、最近行ってる学校にダライラマの言葉と、彼の顔のイラストがかけてありましたっけ。

ダライラマって、今、どうしてるんでしょう?
マイソールのチベットの寺に来たりもするみたいだし、マイソールなら近いから、機会があればまたどこかで会うこともあるかもしれません。

でも、夢で会うし、必要ないのでしょうか?

今日はエカダシというお祭りです。
アシュラム内のガネーシャの立像に、ごっつい花のわっかがかけられていました。
【2009/07/03 14:31】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
グルプル前
グルプールニマは7日みたいですね?

やる気ないですけど、いちおうダルシャンには行っています。
今日も夕方は7時くらいまで音楽演奏をしていました。

すごいテクニックですばらしい演奏なんでしょうけど、正直、まだ終わらないかなーーー。。。と思ってしまいます。

超絶テクを披露して拍手が巻き起こりますけど、「もうええ、もうええ」という拍手じゃないんだろうか、、、?と思ったり。

ババはよく我慢して聞いてるなあとか思いましたけど、ほんとに楽しんでるんでしょうか。
出演者にはなにか衣類みたいなのが贈られていました。

背の高いステージがホール内に、ババに向かうように設置されてるので、女性席の後ろからだとほんと何もかも見えにくいです。
多分、そのうち前にスクリーンが設置されるんじゃないかと思いますが。

人が多いと、路上の売り子も強気になって、いつもは2ルピー分だけとかでも花を売ってくれるのですが、今日は3人が3人とも「10ルピー(以下は売らないよ)」という風に示し合わせて言ってきたので、もうええわ、というかんじでした。

今日のプラサードは三角で、フルーツのペーストをミルク味のスイーツでサンドイッチにした、ちょっと高級感のあるやつでした。
おいしいからこれは私も主名も好きです。

今日はプラサードはカビてませんでしたが、サウスの夕食時のホットミルクは傷んでました。。。
人が多すぎるとあちこち狂います。
【2009/07/02 23:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
かび?
最近行ってる学校の先生は、学校で貧しい子供たちの世話や教育をするだけじゃなくて、貧しい未亡人の女性をスタッフとして雇ったりもしています。

未亡人はインドでは生きていくのが非常に難しいですからそれはよく分かります。
しかしそれは女性である校長先生にとっても都合がいいんだそうです。

というのは、もし結婚してる女性をスタッフとして雇うとだんなが口出ししてくることが多いからだそうです。

この学校は貧しい子供たちのための無料の学校ではあるのですが、アメリカ人が支援してるので、経済状況はよその普通の学校よりもいいと思います。
なので、インド人がお金目当てで近づいてきたり、一緒に協力してやってた外国人がお金を持ち逃げしたりもよくあったそうです。

しかし、校長先生は、今日、わたしに、そういう、お金目当てでうそをつきまくったり演技をして同情を誘う地元の人への注意をしていましたが、今日まさに校長先生がそういう目にあって怒ってたのでした。
多分、校長先生は同情しやすい人なんだろうと思います。
もちろん同情心は慈悲に通じると思いますが、子供のための学校だし、そういう、うそをつく地元人に関わって、その間子供らへの注意がなくなるのは、どうなんだろう?と思いました。

そういう用事で校長先生は今日少し外出してたのですが、(だれかを病院に連れて行っていた)校長先生がいなくなると他のスタッフは体罰100パーセントオッケーな人たちなので、ふつうにばしばし子供らをたたいてました。

悪いスタッフではないのですが、考える基準がそもそも違う感じで。

校長が帰ってきてから、別にちくるつもりではなかったのですが、そういう話になって、スタッフが子供の頭とかたたいてた話をしたらその後校長がスタッフに注意したらしく、たぶんそれでか、スタッフたちは仕事をおろそかにして早めに帰ったみたいでした。

貧しい人をスタッフに起用する精神は分かるのですが、貧しい子供たちのための学校なだけに、信用できる高いこころざしと価値観を持った人たちが欲しい感じです。
信用できない人を雇うのはやさしさじゃなくて彼女の弱さじゃないかと思いました。
で、だまされたりいやな目にあって怒ったり泣いたりしてもそれはしょうがないような。

しかしわたしとしては深入りせずにやるべきことをやろうと思います。
幸いヴェーダの持つ力への信頼感があるので、ヴェーダを子供たちに教えることに関して自己矛盾などは感じません。

また、ヴェーダのエネルギーが入ると、いいものもそうでないものも何もかもが流れ込んできて、物事が変革していくこともよくあるので、今、この学校もいろいろ書類の上でも変更したり色々してるみたいで、変革期らしいので、そういう時期なんだろうとも思います。
なので、私としてはレッスンをするチャンスがあればその時間、無心にやることだと思います。

今日は午後のダルシャンでは音楽プログラムがあって、ババはネックレスを出したりしてました。

プラサードは団子みたいなのでしたが、かび?みたいなあやしいものがあったので、それでもいいから食べると言う主名は食べましたが(彼は大丈夫)わたしはちょっと、やめときました。

ときどきあるんですよね。
カビの生えたプラサード。
大きなイベントの時なんかは配る量も多いし、多分だいぶ前から用意してて、暑いし、痛みやすいんでしょう。

今日はバジャンのあとにはサウスでさっさと食べました。
子連れの知人が2階で持ち帰りしようとしてだめと言われてました。
また、方針が変わったんでしょうか。
オフィスで許可をもらってきたら持ち帰っていいと言われたので、クロークルームの向かいのオフィスに行ったら、スタッフか、アシュラムの住人にしか持ち帰りの許可はあげられないと言われました。
今日だけは特別に許可をもらいましたが、理不尽なことってほんと多いですよね。
【2009/07/01 23:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
学校
最近行ってる、ちょっと遠い学校に今日も行きました。

今日は子連れの知り合いと、もうひとりの知り合いも一緒に行きました。

今日は校長先生も、話に花が咲きまくって、午後からの校長先生や私が受け持つ授業はナシとなりました。。。

今朝はババは来ませんでした。午後は来て、今日もプラサードが配られました。
失礼ながら、またラドゥーか。。。と思いましたが、今日のラドゥーはおいしかったです。

まだグルプルニマの一週間前ですが、すでに人がいっぱいで、こんなに、グルプルニマって、人がいっぱい来るんだったっけ。。。?
と、疲労感です。

人がいっぱいだと、普段ならなんでもないことでも腹が立ってイライラッとしそうです。

夜に少しパラパラと雨が降ったので涼しい風が吹いています。
【2009/07/01 00:16】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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