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ダルシャン
昨日の午後はババはディスコースをしていました。
何かの日だったのでしょうか?

わたしらは音楽教室があったので、外から見た後、ババは話中でしたが6時に教室に行きました。
せっかくのディスコースなのになと思い、すこしぐずぐすしていましたが、ババに「行きなさい、行きなさい」と促されたような気もしたので行きました。

教室についてみると、少し遅れたにも関わらず、女の子先生が一人で教室で待っていました。
他の大人も、子供たちも、ババのディスコースが終わるまで来ない感じだったんだと思います。

おかげで私も主名もゆっくり練習をしてもらえました。

先生が一人で待つ苦痛というのは分かるので、あまり待たせなくて良かったと思いました。

女の子先生は時間にもきっちりしてるし、私とか他の大人のほうがずいぶん年上ということもあって、ものの言い方も非常に丁寧でにこやかだし、その点、インドではありえないようないい先生です。

一生懸命丁寧に教えてくれるので、こちらも、ちゃんとできるようにならないとなと思います。

今朝はババは来て、結構長い間前に座っててその後インタビューもありました。
途中でババにもう帰るように言われたように思ったのですが、せっかくだしと思って最後まで残ってたら、やっぱり見なくてもいいものを見たりなど、気分的に何か疲労しました。

心の声には従ったほうがいいなと思いました。
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【2009/08/30 17:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
しらみ~
おとつい、朝起きて、まだ寝てる主名を見たら彼の耳に黒い虫が止まっていました。
その虫の立ち位置からして遠くからやってきたというより、主名の頭から降りてきた感じ。

そう。しらみでした。

インドに来てから主名の頭にしらみを発見するのは2回目なのでさして驚きもしませんでしたが、寝てる主名の髪の毛を分けてみると、
あらー、いるわいるわ。

いつの間に、という感じです。

最近主名の髪は長めだったことと、毎日洗ってはいるものの石鹸で自分で洗わせてたので、虫を殺すほどの洗浄力はなかったこと、学校の子供たちにしらみがいること、が、主名の頭でシラミが増えた原因です。

さっそく見えるだけ、10匹くらいつぶして、大きいメスはすぐに分かるのですが、小さいオスは分かりにくいので、髪を短く切り、シャンプーで頭を2回洗ったら、目に見える成虫はみんな死んだみたいでいなくなりました。

しかし、卵だかさなぎだかが髪の根元近くにたくさん付いてて、これはシャンプーでも死ななさそうで、そのうち成虫になりそうだったので、いっこいっこ取ってつぶしていきました。

ぼうずにすれば早いのですが、「ぼうずはみんなが触るからいやだ」と主名が経験上主張するのでしょうがないです。

でもじつは猫のノミ取りとかせみとりなんかの虫取りは好きだったりするので、主名の頭のシラミとりにははまってしまいました。

主名が寝てからもずーっと取ってたらもういなくなりました。

今朝、最後かもしれないいっこをとった後、「残念ながらもうないわ」と言ったら主名は
「ざんねんじゃな~~~~い!」と主張していました。

主名に「(ノミの)たまごっち♪」と呼びかけてたら本気で嫌がられました。


そういえば、主名が飼ってる芋虫はさなぎになりました。

しばらく極端に食べ、まったく動かない時が続いたあと、ある日、いもむしの体の色が黄緑から茶色に変わってきてて、入れ物の中をものすごいスピードでぐるぐる歩き回ってたので、元気だなーと思ってたら、どうやらさなぎになれる棒かなんかを探してたみたいです。
気がつかず、そんなものは用意しなかったので、タイムリミットが来たいもむしは単にコロンとさなぎになって転がっていました。

インドの虫事情でした。。。?
【2009/08/29 16:21】 | 動物 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝のダルシャン
今朝は9時半過ぎにババは車で出てきて、そのまま外に出て行きました。
今日はいつもとは違うドライバーが運転していました。

今は11時ごろですがまだ帰ってきてないと思います。

うちらは10時半くらいまでホールで座ってましたが、いつ帰ってくるのか分からないので出てきました。

偶然出会ったり、すぐに来ると分かってる待ち時間の少ないカーダルシャン以外は基本的に私は待たないことにしています。

それよりも普通のダルシャンの時にホールに行って座ってるほうがよっぽどシャンティでいいです。

カーダルシャンは、とくに往路の待ちはいつになるか分からないし、たいがいすごいスピードで通り過ぎていってしまうし、人がいっぱい走って危ないので。

今日は何日なんでしょう。
もうじき8月も終わりですね。

9月になると、多くの日本人がビザの取り直しのために一気にいなくなるので、体感密度が薄くなりそうです。

わたしたちは10月半ばまでのビザがあるのですが、その後、どこで取り直すかはまだ未定です。

気分的には今現在は、一週間くらい部屋でDVDをみたり本を読んだりしながらボーっとしていたいような疲労感です。
ちょっと人疲れしました。

主名の今行ってる学校との関わり方をどうしようかとまた色々考えるのですが、多分、しばらく行かないほうがいいと思います。

そうすると主名の勉強をどうするかという問題がまた起こってくるのですが、以前の夢ではババに聞いたときに、「サイラムのサくらいはいえるでしょう?わはははは」みたいに流されたことがあったので、多分、問題ないんだろうとは思います。

タブラーと、歌と、ヴェーダを習わせて、学力は現状維持としましょうか。

今行ってる学校の校長先生は主名はセカンドスタンダードの学力があるといっていました。ほんとかどうかはわかりませんが。この学校の学力が全体的に低いこともありますし。
というか、ここは学校としての基本的な機能が整備しきれてない感じで、最初はフレキシブルな感じがいいと思ったのですが、なんのことはない、きちっとできないだけなんじゃないかと。

この学校は、まずは貧しい子供たちのためのシェルターの機能が最優先らしいのですが、私の現状認識が浅いだけかもしれませんが、ここに来てる子供たちは孤児ではなくて、親が貧しいとか勉強できる環境ではない子供たちが預けられてるようです。

でも、校長先生はその保護者たちと話しをして、時には説得して、「それじゃあ子供たちを預けましょう」と親が納得したうえで、子供たちを預かってるそうです。

でもわたしが最近思うのは、どんな良くない親でも子供は親といたほうがいいし嬉しいんじゃないかと。

それに、時々親が来ますけど、先生という権威の前であるからかもしれないですけど、
顔を見せる親の雰囲気は悪くないです。

子供を親から離して預かるからには、きちんと世話が出来る環境を維持することは義務だとおもいます。それがままならないんだったら、はたして子供を親から離すよさがあるのかどうか、最近疑問に思います。
それか、預かる人数をもっと減らして大人の注意が一人一人の子供に十分いきわたるようにするとか。

いっそのこと、校長先生は一人だけを責任を持って養子にしたほうがよっぽどいいんじゃないかと思ったりします。
でもそれだと寄付金などが流れ込んでこないんでしょうか。

過去には、スタッフがみんな去ってしまい、校長先生が40人ほどの子供たちを一人で見なくちゃいけない(勉強のほかに風呂に入れたり食事とかも)時期もあったそうですが、校長先生はこんな大変な時期もあったのよ、と、半分武勇伝のように話していましたが、それは、そもそも、そんな状況になってはいけないんじゃないかと思います。

それは子供たちのためにいいことをしてるようでも、そうではないかもしれないと思います。

この学校は無料の学校だし、貧しい子供たちのための施設だということで、多くの人が心から奉仕の気持ちで助けの手を差し伸べています。

運営費なんかも多くの外国人を含む(というかほとんど外国人?)そういう人たちからの寄付金でまかなわれています。

学校のある環境もとてもいいですし(敷地も広く、野菜を作ったりもしてます。知育玩具みたいなのもいいのをおいています)校長先生もにこやかだし、子供たちも明るいし、はじめは「いいねー」と思います。

でも継続して関わるうちにぶちぎれて、「いい経験だったわ」と、去る人も多いと思います。
しばらく関わってたフランス人も私の代わりに、私の状況に対して子供やスタッフ、校長先生などみんなにぶち切れまくってくれていました。
その時は私は怒ってなかったというか、しらっとしてたので、何も感じてなかったのですが。

しかしぶちぎれるだけじゃなく、関わってた人たちにお金やものを持ち逃げされたことも一回じゃないみたいです。

なにか、が、あるべき姿じゃない感覚がします。
それが何かはよく分からないのですが、でも、関わっていると、色々考えさせてくれる材料になることは確かです。

本当に人のためになることはなんだろうと。
人のためだからといって、自分の気持ちが気持ち悪い時はそれは本当じゃないんだとも思います。

最近、校長先生はインド人教師二人と子供の世話をしてたインド人スタッフ二人を解雇しました。
たしかにそれらの人たちは問題があったかもしれませんが、、、住み込みで子供の世話をしてた子連れのインド人はすごく明るくて好印象だったので驚きました。

なので、今まで単に遊びに来てたような近所の奥さん(すごくまともな感覚のいい人)が、子供たちの世話をしてるみたいです。
今までは自分の子供を遊びにつれてきてたような感じだったのですが、今は子供は家においてくることも多いんじゃないでしょうか。学校の食事の用意なんかもやってます。

校長先生は前のスタッフが、子供らに掃除やなんかの雑用をさせて働かせると文句を言ってて、わたしなんかはそんなのやらせてもいいんじゃないの?と思ってたのですが、
今は手が足りないので年長の子供たちは勉強する時間も野菜を切ったりなどの食事の用意をしたりしています。

インドは矛盾の宝庫ですが、理性で考えることによって状況に自分をまきこむと自分の頭がおかしくなりますね。

臨機応変すぎるように思え、人が喜ぶならと、妙な他人の問題をどんどん抱え込む校長先生は、いずれ、ルッドラムをやるとそのエネルギーが彼女にとっていい助けになるとおもって、そう言ったのですが、でも、ヴェーダはフルーツ売りじゃないので、こちらから持っていってあげるようなことはしないほうがいいと思います。

妙な他人の問題に校長先生が関わって疲弊することは預かってる子供たちのためにならないので、おかしなことを頼んでくるような(たとえば、ビザの問題解消のために校長先生の親族とか、使ってるオートリキシャのドライバーとかと結婚させろとかいう外国人)そんな人の問題はその人が自分でどうにかするべきだし、それが子供たちに対する校長先生の義務でもあるとかいう話をしたりもしたのですが、そのときは「ほんとにその通りだ」なんていっていてもやっぱり多分同じようなことを繰り返してると思います。

人との距離のとりかたって難しいですよね?

子供たちはサーイーシュワラーヤ~のマントラと、サーイラーマーヤ~と、ガヤトリーマントラと、サハナーヴァヴァトゥと、ガナパティプラールタナと、クシャマプラールタナが一応できるようになりました。

やっと、本格的にヴェーダを練習する枠組みが整った、というかんじで、次はドゥルガースークタムをしようと思っていたのですが、するかどうかは分かりません。

今は昼の12時ですが、まだバジャンは続いてて、ババは誰かをインタビューに呼んだそうです。

私がそもそもこの学校に関わりだしたのは、インターナショナルスクールが何らかの勉強をこの6月から始めるとかいう話だったので、その説明会で、校長先生と会ったのが最初です。

インターナショナルスクールがなかなか始まらないし、主名は勉強する準備が出来ていたし、校長先生が自分の学校はモンテッソーリ式だというので、じゃあ、インターナショナルスクールがはじまるまで、あなたの学校で主名を勉強させてもいい?と聞いたら、ウェルカムだったので、行ってみたら、貧しい子供のための住み込みの学校だったという次第です。

ふつうは、子供はお金を積んででもなんとかしていいとこのいい子供と交わらせるのが鉄則なので、家庭環境のよくない子供たちの中に主名を交わらせるのは、鉄則の逆だよね、普通のインド人はしないよね、とか思いました。

まあでも最初のうちはよく主名を教えてくれて、良かったなと私も思ってて、学校の子供たちにヴェーダを教えてと頼まれたので、だいじょうぶかなあ?いいのかな?正しい道かな?とちょっと考えて、ババにも心の中で聞いてみて、これはあなたのために仕事だとという風な返事が来たように思ったので、じゃあ、と、心をきめて、通いだしたのでした。

しだいに主名への勉強もおろそかになり、せめて宿題だけでもくださいとわたしが提案したら「ザッツグッドアイデア」なんていって、その場でノートに模写のためにチョロチョロッと書いてくれるとかいうかんじになってきました。

そのうち、行く時間をあらかじめ言っていても校長先生が学校にいない、ということも多くなり、私がぶちぎれる頻度が高くなりました。
ぶちぎれた次の時には校長先生やスタッフや生徒も改善されるのですが、その次の回にはまた怒らなくてはいけない状況になるということがしばらく繰り返されました。
わたしは無理を言ってるのだろうか?と自問自答することもありますが、私自身かなりゆるい面もありますが、それでも譲れないというか、譲ってはいけないものはあります。
お互い引き受けたからには、通さなくてはいけないものがあると感じるからです。

私のための仕事とはいっても、多分、単にヴェーダを教えるだけが仕事じゃないことは分かります。
自分のあり方、人との関わり方、扱い方、すべてが働きで、それを通して私自身も学んでゆくのだと思います。

ヴェーダを教えるというかかわりは一つの道具なので、それに固執する必要はないし、してはいけないと思います。

ヴェーダが効果的に伝えられた時の力やすばらしさは私自身体験し、助けられた覚えがあるので、それに対する信頼感は絶対のものがあります。

でもヴェーダが流れ伝わる時はきっとヴェーダ自身の意思のようなものがあると思います。
その息吹、生命力に敏感でありたいと思います。
【2009/08/28 16:09】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
カーダルシャン
こないだ、学校に行ってて、最近は2回に一回は校長先生にぶちぎれる日々なのですが、
こないだも、校長先生が消えたので、学校の子供たちにヴェーダ練習をした後、主名の勉強はまだ見てもらってなかったのですがもういいや時間の無駄。と思って帰ろうと思い、まだ昼でしたが、学校の前の道路に出てオートを拾いに行きました。

学校は、道路沿いにあって、周りに何もないところにぽつんと建っています。
アシュラムからはオートで20~30ルピーのところです。

そしたら校長先生から電話がかかってきて、今、ババがホスピタルに行くから子供たちを呼んで、道路に来させて。ということでした。

なので学校にまた入って、みんなを呼んで、道路わきでみんなババが来るのを待ちました。
子供たちは車に投げるために花をちぎってきたりしていました。

しばらくしてババが来ました。

私はてっきり、ババの車が停車するかと思いました。
それくらい、私たちの前に来たとき車はスピードを落として、時速2キロくらいというかんじでゆっくり走り、ババは一人一人の顔をのぞきこむようにしっかり見ながら、ダルシャンを子供たちに与えてくれました。

わたしもそのついでにそのすばらしいダルシャンに預かったのですが、
わたしはうれしいというよりも少しショックでした。

ババは、子供にはこんなに優しいんだなあ、と。

まあ、子供らと待っててもすごい速さであっという間に通り過ぎるときもあったのですが、このときはこんなでした。

子供たちにヴェーダを教えるのは問題ないし、小さい子なんかは寝る子もいますけど、大きい子たちはしっかり覚えるし、簡単です。

しかし、まとめ役の校長先生との意思疎通がしっくりいかないので、その点で非常に疲労することが多いです。

なので、とりあえず、しばらく休憩という形にして、この学校に行くのをやめようかなと思ってます。

インド人と一緒に仕事をすると誰でもそういう気持ちになるのかもしれないですが、でも、他の知り合いのインド人たちはもっときっちりしています。
個人に対する信頼感の問題です。
【2009/08/28 01:03】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ディスコース
ガネーシャチャトルティの最終日の翌日だったか、定かではないですが、ババのディスコースがありました。
例によって、内容はよく聞いてませんでしたけど、最後にババがガネーシャバジャンを歌いました。

ヴィナーヤカ~~~、ヴィナーヤカ~~♪

ババのバジャンを聞けるのはあと何回でしょう。

今はもうお年で声を出すのが大変そうですが、10数年前のババのバジャンの迫力は今でも覚えています。
ババのリードと会場が一体になって、自由自在にリードするババと、それを全身で受けてコーラスで返す会場の群集。

ババのバジャンは真似できない迫力でした。
だから、ババが歌うバジャンはこんなの無理、と、はなからリードする気が起きなかったのですが、最近、そういうのもバジャングループで練習するようになって(チッタチョーラとか)、ふつうのバジャンだなあ、と不思議に思います。
【2009/08/28 00:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー教室
タブラー教室に、主名の友達の女の子とそのお母さんも今日は行きましたけど、女の子は男の先生が怖くなっちゃったみたいでレッスンが出来ませんでした。

昨日の顔合わせではやる気だったんですが、そうですよね。ひげのおじさんは、4歳の女の子には、やですよね?面と向かいたくないよね?

午後のダルシャンではババは4時半くらいに来ました。
なんだっけ、ブラーカタ?だっけ?ハリカタだっけ?忘れましたけど、とにかく、3人でやる音楽漫才みたいな出し物がありました。

さっき(8時くらい)からまた雨が降り出しました。
今夜も涼しくなりそうです。
【2009/08/24 23:55】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝ダルシャン
最近は2週間に一度、朝ダルシャンがあるかどうかというかんじです。

今朝も期待せずにダルシャンに行きました。
ホールはガラガラ。

主名がだれて後ろで横になってたらセバダルに座るように言われ、子供はいつも寝てても何も言われないので、わたしはてっきり頭を引っ込めないと踏まれるといわれたのかと思って、主名を引きずって通る人に頭を踏まれないようにしたら、うしろの西洋人のおばちゃんが来て主名の頭をつかんで起こしました。

激しいおばちゃんだったので主名がびっくりして泣きじゃくったりした一幕があって、その後にババが来ました。

おばちゃんはキャーキャー喜んでいました。

わたしらは通路の向こう側に移動したので、久しぶりに近くでダルシャンを受けることが出来ました。
ババはこちら側を通り過ぎた後までしばらく視線をこちら側に残してつなぎつつ進んでいきました。
目の前を通り過ぎたので気を抜いたら、、あっまだ視線がこっちに残ってる、目の端でまだ見てる、という感じで、しばらくその意識のつながりが尾を引く感じでした。

毎日行ってはいますけど、久しぶりにダルシャンを受けた、という感じでした。

あ、そのおばちゃんが今ここに来ました。
プッタパルティってほんと狭いし、意識が関わるとよく街中でも出会う。

最近は雨が多くて涼しいです。
【2009/08/24 15:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー教室
昨日は、今来てる親子連れも一緒にタブラー教室に行きました。
タブラー教師は奥さんが戻ってきたので持ち直したみたいでよかったです。

その親子連れも子供を習わせたいということで、主名がいるほうがその子もリラックスできるだろうし主名も喜ぶだろうということで、しばらくは出来るだけ毎日レッスンに行く事になりました。

わたしは前回はダッガーだかなんだかいうタブラーテクを教わりました。
たたいてからぐぅん、と、音を伸ばすやつです。
でも私がやると音が変わらずあまり効果なし。

昨日は、バジャンのときのタブラーのはじめ方と終わり方を習いましたが、今朝のアシュラムでのバジャンを聞いててもそのテクは確認できず。
多分、私が習ったのは初歩の初歩の初歩と思われます。

同じたたき方でも4~5段階くらい、スピードを上げる必要があるみたいですけど、2倍速がやっとです。

昨日はガネーシャチャトルティだったので、路上でも芸の披露がされてて、子供たちや女性が仮設ステージ上で踊っていました。
かなり面白かったので、すべてが終わる夜の10時半まで見てしまいました。

クリシュナとヤショーダでしたっけ?おかあさんとのやりとりの場面の踊りなんかはほとんどパントマイムで、98パーセントくらい分かって、コントみたいですごい面白かったです。

表情がすごい豊かに踊るので、顔のパーツの大きいインド人ならではだなあと思いました。
手の表情と顔の表情がもう芸でした。

黒いクリシュナがいたずらをして、お母さんが怒ってクリシュナの耳をつまんだりとお仕置きをしたりするのですが、いったんクリシュナが笛を吹きだすとアラ不思議、怒ってたお母さんの表情は和らぎ、うっとりとなってクリシュナに寄り添い、クリシュナはにんまり。
というのがいたずらの種類やお仕置きの種類などのディテールを変えて何度も何度も繰り返されてました。
いや、すぐ近くで見てたこともあるせいか、かなり面白かったです。
芸人ですね。。。

日本に、山椒は小粒でもピリッと辛い、みたいな言葉がありましたけど、インド人は全員山椒だなと思いました。


【2009/08/24 15:32】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
こないだの火曜日の朝、ババの夢を見ました。
早朝でした。

知人にババはパダナマスカールをさせようとしてるのに、知人は気を効かせたつもりで「あそこに電話がありますからあれが使えます」とか、そういうことを言って、しないでいました。

なので、彼女のだんなさんはその様子を見て、せっかくの機会なのにもったいないと思って残念そうにしていました。

その後ババはわたしに、
「(主名は、南インドの)食事を食べるのか?(食べることが出来るのか?)」と聞いてきました。
なのでわたしは、
「食べます食べます。毎日食べてます。」
と答えました。

そしたらババは主名にミールス風の食事を与え、どこかに電話して、主名に与える服を持ってこさせました。

主名はババからもらった服を来て、お皿の上のインド食を手で食べていました。
ババからの服はワッフル地みたいな少し凹凸のある生地で、生成り風で、少し黄色の糸も織り込まれていました。
私が主名に服を買う時はだいたいだいぶ大き目のを与えるのですが、ババがくれた服はそれよりも少し小さい、つまりちょうどのサイズでした。
なので、これが神の目から見たぴったりサイズか、とか思いました。

服にカレーをこぼすなよー、と思いながら、主名が食べるのを見ていました。

そこに顔見知りのおばあさんがやってきて、主名がその時食べてたパパド(せんべいみたいなやつ)をちょうだいと言ったので、ババか誰かに、上げていいのか聞いたら、それは主名が食べなければいけないから上げてはいけないといわれました。

だから、そういわれたといって、そのおばあさんに断りました。

そんな夢でした。

起きてから、ババの夢を見たけど、なんだったっけ???としばらく思い出せなくて、
夢の後味というか、残った感触からして、わたしがババにご飯を食べさせてもらってたんだっけ?と思いましたが、そのうち、主名がご飯をもらってたことを思い出しました。

多分、誰がもらっても究極的には同じなんだろうと思います。

この日、学校に行く予定にしてたのですが、日本に帰った知人家族が、日本では着ないので不要になった子供たちのパンジャビドレスなどの衣類を学校の子供たちに上げてとわたしにことづけてたので、学校の子供たちに服をもって行く予定の日に夢でババが主名に服をくれたのは、多分おなじことで、つながってるんだろうと思いました。
【2009/08/20 15:08】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サイラム
サイラム、みなさん、おげんきですか?

。。。と、書きたくなるような感じです。
なかなかネットカフェに来る時間がないものですから。

今日は毎週の日本人バジャンの日でしたが、会場を提供してくれてる家族の赤ちゃんが熱を出したということで中止となったので、久しぶりに少しゆっくりした朝です。

部屋に電話線は来たのですが、ネットの手続きをまだしてないのでやはり相変わらずネットカフェ通いです。いや、いろいろ出費が多くて。おうちネットはちょっと先送り。

夏休みはやはり日本人も多いし、日本色がなんとなく濃い感じです。
今日到着の日本人も少なくとも四人はいます。

9月からはこっちの知人たちも日本に一時帰国する人たちも多くて、なんやかんやと空気にも波があります。
私たち日本人はビザの切り替えとかしないといけないから、どうしても不安定ですよね。

今回私らは10月半ばまでのビザですが、どうしようかな?
出来ればネパールにもう一度行って5年ビザを取ってみたいのですが。

今朝はババこず。
夕方は毎日来てます。
【2009/08/20 14:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリシュナジャヤンティ
数日前はクリシュナのお祭りでした。

最近ババは朝に全然来ないので、朝、来るのかなー?と思いつつ、のんびりと10時ごろにアシュラムに行ったらこの日は来てました。

数曲バジャンを聞いたあとにアルティになって、ミルク製品のプラサードが配られました。
ババは白い、ちょっと豪華版の車椅子に座ってて、黄色いローブを着ていました。

だいたいクリシュナのお祭りの時は黄色いローブなので、わたしも黄色いサリーを着て合わせてみました。

毎日ババにアルティをするお坊さんはたしか、こい赤紫の僧衣でした。
結構いろんな色のを着てますね。このお坊さん。

まえのお坊さんに比べて超自然体なので、道で会ったりしてもまったく圧迫感のようなものを感じないこのお坊さん。

だからか、一度ゴープラムゲート(スタッフ専用)を通ろうとしてセバダルにとめられてるのを見かけました。

昨日は雨が降ってたのですが、朝、アルティを終えてマンディールから出てきたこのお坊さんは頭にくしゃっとしたスーパーのロゴ入りの袋をかぶってました。

偉いお坊さんなんだし、あぁっ、傘をお貸ししようかっと、ふと思ったときにはもう頭に袋をかぶったまま足早に立ち去っていました。
他の傘を持ってるインド人たちにも、たぶんぜんぜん気がつかれていない感じで。

気を使わせない人柄なのか、単にほんとに気づかれないのかは分かりません。

クリシュナのお祭りの午後には私らは行きませんでしたが、像や孔雀や牛なんかの動物たちも来てたそうです。
サッチャギータが興奮してたかなんかで、学生のほうに行ったので学生たちが必死で逃げてたとか。。。
ババの学生は命がけですね。
スポーツ大会でも危ないことしてるし。いろんな経験して、度胸がつくかも。(そんな経験はいらないかも?)

昨日はインドの独立記念日でしたが、わたしは疲れてたので昼間寝てて、夕方前に歌の練習して、ダルシャンに出ずにそのまま音楽教室に行きました。

音楽教室の後はハヌマーンテンプルに行きました。
土曜の恒例になりそうです。

今日は日曜日で学生も来てましたが、やはりババは朝は来ませんでした。

昨日はしとしと雨が降っていて、最近曇り空だけど雨は降らないことが多かったので、「ああ、涼しくっていい天気」とか思ってたのですが、実際雨が降ると空気が違って、けだるい感じです。

今日の午前は、知り合いのインド人のおばちゃんが息子からパソコンをもらったけどどうしたらいいかわからないというので部屋に行って、とりあえず電源を入れて、パソコンでCDを聞いて、電源を切る、という操作をやってみせました。

電源を入れた後のパスワードの入力が出来なくて、電源を切るのも、待機状態になって完全に電源が落ちないので、昨日は近所の人に来てもらって大騒ぎしたとのことでした。

私もパソコンに詳しいわけではないので、最初にメールを送ったりした時の怖さは良く覚えてます。

パスワードの入力は、一文字、シフトを押しながら入力する必要がある文字があって、それがおばちゃんは同時に2つ「えいっ!」と押してたのでタイミングがうまくいかなかったようで、先に左手の指でシフトキーを押しっぱなしにしたうえで、もう一つの文字を右手で押してもらったら入力できました。

ほんと、パソコンて、便利なようで無限のトラブルも提供してくれますよね?

主名は、今はキャベツか何かについてた1,5センチくらいの長さのイモムシを飼育しています。
おばちゃんちにも持参したらおばちゃんは「私、それ、ほんとに怖いのよ」と、怖がってました。
【2009/08/16 17:54】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ?
今朝は夜明けにババの夢を見ました。

ダルシャンがあるというのでその場所に行ったらババが近くの入り口から車で入ってきました。

車からババは広い台に乗せられて出てきました。

台の上でババは胎児のように丸まって横になってて、その周りには白い花が飾られていました。

わたしは、
「あっ?ババはもう死んだのかな?」
と思いました。

そしたら見てる間にババは起き上がって、台から降りて、低いステージに移動しました。

私はそのステージのほうに行って、周りの人に止められるかな?とおもいつつ、ステージの上に入って、ババのとこに行って、パダナマスカールをしようとしたのですが、ババは正座をしていたので、両手でババの太ももに手を置きました。
ババは慈愛のまなざしでこちらを見ていて、私もババの目を見ていて、お互い何も言わずにしばらく言葉もなく見ていて、そして私はそのままババの腰のあたりに抱きついたような気がします。
で、ババは私の頭くらいなぜてたかもしれませんが、
そこら辺は忘れました。

そんな夢でした。
今日は木曜日だな、と起きて思いました。


今朝、バジャンの後に今日発つ知人家族の部屋に行って記念撮影とかして、そのあとは別の家でバジャン会だったので急いでガネーシャゲートのほうへ、主名がリードするバジャンの練習をさせながら歩いていっていました。

そしたら、ババの家の前の門のところでセバダルかなんかの男性が呼び止めてきたので、「何も文句を言われることしてないけど?」と思ったら、その男性は
「ババから、子供へのプラサードです」
と、キャンディみたいに包まれたチョコレートをくれました。

ほんとにババがセバダルに「通りがかった子供にあげなさい」と、セバダルに持たせたかどうかはしりませんが、わたしとしては、ババが直接くれたような気がしました。

というのは、ダルシャンの時に、ホールの入り口近くの最前列に座ってるVIPかなんかの子供(ババが来る直前までホールの端っこで遊んでて、ババが来る直前にお母さんにつれられて最前列に座ります)がいて、その子にババはちょくちょくお菓子か何かを家から持ってきては放ってあげてて、

それを見て、いいなーとうらやましく思い、うちらは一生懸命トークンに並んで子供に「寝るな!」とか言いながら長時間座って待って、子供の入学許可をもらおうとしてもだめなのに(というか、一般人の子供は最前列に座ることがそもそも禁止されてます)、生まれた環境がちがうと最初からなにもかも違う。と理不尽な思いを強く感じたことがあったのです。

しばらくたったらうちらは後ろにばかり座るようになったこともあり、前で何が起こってるかもよく見えなくなったので脳裏からそのことは消えていたのですが、それがまず思い出されたからです。

主名や私の持つカルマによって、私たちだけでなく、それぞれの人がそれぞれふさわしい場所に寸分たがわず配置されているのだろうと思いますが、
私の感じた理不尽さというかどうしようもなさみたいなものが手放されたあとに、ババはきっとそのチョコレートをその男性を通じてくれたんだと、感じました。

今日のババのプレゼントでした。
【2009/08/13 19:31】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(2) |
最近
最近のことをかいつまんで報告しますと、

最近びっくりしたのは、ある地方からの青年男女がプログラムの出し物をしようとして、「親愛なる唯一の主であるスワミ、どうぞ私たちの心からの歌を聞いてください」みたいなことを言って、プログラムをはじめようとしたらいきなりアルティにさせられてしまったことです。

プログラムをする許可が下りないならまだしも、はじめようとして中止させられるって、すごいなあ、、、と思いました。
ホールの人たちも、えっ!?ってかんじで。
そりゃないよなーってかんじです。

その後男性の劇を始める許可が下りたみたいで、アルティの後にすこしやってましたが、その途中でやっぱりババは帰ってしまったそうです。

うちらはアルティの後に芝生に行ってたので、スピーカーからの放送を聞いてたのですが、急にシーンとなってました。

あれ?って。

今は4000人だか5000人だかのアンデラプラデシュグループが来てるので、アシュラム内は比較的混んでます。

週末は3連休らしくさらに混むのでしょうか?

【2009/08/13 19:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
タブラー教室
昨日の夜はタブラーレッスンに行きました。
先週のレッスンが、先生が今度は躁ぽくて、だいぶおかしかったので、そのおかしな積極性にぐったりして、昨日行くのは気が重かったのですが、昨日はまともになってました。
でも、インド人て、そんなのかもしれません。

まえ、ひそかに尊敬してたアシュラムの中に住んでるママ友達が、ちょっとこけてちょっと血が出ただけで死にそうになってたのを見て、意外だったのを思い出します。

インド人て、ちょっとなにかあるとあわてふためいて心神喪失状態になる感じ。と、イメージが変わりました。

タブラーの先生は、私をこの先生に紹介したアシュラムスタッフのインド人女性が自分も何か聞きたくなってこの先生を訪問したらしく、私たちのこともお互い話したらしく、それとかもあって、われ(威厳のある先生の人格)を取り戻した様子です。

また、彼に色々英語とか習ったり助けたりする弟子みたいな人たちも加わって、安心感が出たのかもしれないとか思いました。

私の友人のインド人女性に、ほんとのことを言わなくてよかったです。

(習いだしてから、彼女に、彼はどうか、GOODかと聞かれたときに、わたしは、このタブラー教師は大丈夫だったのか、習ってた友達に確認してみてよと、言おうかと思いましたが、踏みとどまりました。単に、「He is OK.」とだけ言いました。そしたら、仕事に忙しく、生活費も稼がないといけない彼女は、色々習える私をいいカルマがあるとうらやましがってて、そのうちあなたが私に教えて、とか言ってました。もちろんただで。)

よかったです。
タブラーを習う(というか、主名に習わせる)だけが目的ですから。

ババが色々人を差し向けて、タブラー教師を支え、助けたのかもしれません。

「男殺し、女殺しという言葉があるけど、あなたがそうなのよ」
などというほとんど呪いの言葉のようなことを趣味で占いをする知人に言われたことを思い出しました。

よっぽどしっかりしてないと(もしくは星の影響を越えていないと)、私と近しく関わるとある種の人には破滅的になるのかもしれません。

インド占星術的に見てもらったときの説明では、私は一人でいるべきなので、そうでない状態になると神の摂理に反することになり、土星が怒って一緒にいる人を攻撃するとのことでした。

タブラーを習いに行くことは弟子入りみたいなものなので、それでも土星は怒ったのかもしれません。タブラー教師は技術云々はともかくとして、家族の生活を背負っているだけに、音楽教室の10代の兄妹先生ほど純粋無垢の強さを保持してないですし。

しかし、インドでものを習おうとすると、レッスンそのもの以外のところが大変なのはなぜでしょうか?
どこでもそうですか?

しかしおかげで、適度な距離感が生まれて、習うのを続けられそうです。
人と人が出会ったときに起こる化学反応がとりあえず一通りおわったかんじでしょうか。
【2009/08/10 14:25】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ
最近、ダルシャンの記憶が薄くって。
後ろのほうで見てるからと思いますけど。

昨日はそうだ、夕方はババは来るのが遅くて、6時過ぎでした。
人も多いし暑かったし、こんなに来るのが遅いなら、さっさとお茶でも飲みに行けばよかったなとか思いました。

しかしこの大人数をぎゅうぎゅうづめで待たせて平気なのはすごいとか変に感心したりもしました。

ババが来てからどこかの人らが歌を歌いました。
のりのりのラテン風でした。
会場もやけにのりのり。なんで??というくらい。

でも、シババジャンメドレーとかすごくよかったです。
歌よりなんかバックの楽器の演奏がよかったです。

ラドゥーがプラサードとして配られました。

今朝はババこず。

涼しいです。

もうじき独立記念日などで3連休くらいあるらしいので、またしばらくしたら人が増えることでしょう。

【2009/08/10 13:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
さる
知人にガイアシンフォニーのDVDをもらったので見てたら、ダライラマが話している場面で主名が「あははっ」と笑いました。

何がおかしかったん?
と聞くと、

昨日、アパートの隣の八百屋のおばちゃんが、ゴミ箱をあさってるサルに「おぉっ!!!(日本語表記不可能)」って怒ったら、塀の上に並んでたサルがびっくりしてみんないっぺんにおばちゃんを見たのを思い出した。

とのことでした。

ダライラマのお話を聞きなさいっ。
【2009/08/10 13:38】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
なんで?
いまだに主名の質問攻めは継続中ですが、先日、朝起きた主名が鏡を見ながら、
「なんで寝たら髪の毛が伸びるの?」と聞いてきました。

それはねぐせで髪が立ってるだけだよ。
【2009/08/08 17:14】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
だれてるような。
最近は、だれてるようなそうでないような。。。

毎年来てる知人夫婦が今年もインドの別の場所から来たので、ここしばらく毎日午前はいっしょにチャンティングをしています。

わたしはおばあちゃん先生が、教えてる途中のヴェーダ2つ(ガヤトリーガナパタハとサラスワティスークタム)を放り出して突然チェンナイに去ってからというもの、自分のヴェーダに対するまじめな気持ちもなんだか損なわれたような気もして、ヴェーダへの気力がなくなってるので、あんまり声も出ず、せっかく来てくれてる知人夫婦にも悪いなーと思いつつ、でも、久しぶりにいろんなのを唱えています。

最近は朝と午後にアシュラムででも各一時間ヴェーダの吟唱が行われているので、知人夫婦は欠かさず出てて、プッタパルティの滞在をヴェーダ漬けにしているようです。

わたしは、どうせ毎日知人夫婦とチャンティングするし、アシュラムでのヴェーダを聞きに行かなくちゃという意欲すら失いつつあります。

しかし、知人夫婦が15日に別の場所に移動したあとは、また、ヴェーダを習いにいこうかなと思ってます。

さっきは少し雨が降りました。
【2009/08/08 17:12】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかれた。
日本は夏休みなので、日本人が結構来てますが、いい面もありますが、疲れる面もあります。
今日はかなり疲れた感じ。

主名は遊ぶ子がいっぱいいて喜んでますが、わたしはやっぱり保護者としての保護者どうしの付き合いは無理。
とか思いました。

プッタパルティでこれですから、私は日本で保護者としては生きていけません。
頭痛がしてきました。

子供同士が遊ぶのは勝手ですけど。
でも子供同士が遊んでるとどうしてもそれを通じての人間関係も派生します。
それがいい広がりになるときもありますけど、今日はちょっときついかな。
子供同士は良くも悪くもすぐに混ざっちゃいます。

今朝はババこず。
最近朝はほとんど来てません。

午後は5時半過ぎに来ました。
【2009/08/08 00:57】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日
今朝はババは来ませんでした。

午前は、昨日来た友人たちやほかの人たちとヴェーダのチャンティング会みたいなのをしました。
久しぶりに唱えた感じ。
最近はあんまりやってなかったので。

10日間くらい毎日する予定です。

サウスで昼ごはんを食べた後、学校に行きました。
最近はヴェーダに加えて、カルナータカ音楽の基礎も授業をしてます。
変な話ですよね?
日本人の私がヴェーダと民俗音楽を受け持つとは。

ここの学校の校長先生は昔から外国人と仕事をすることが多かったらしく、インド人がイエスの意味で首をぐにゃぐにゃ振るしぐさを子供たちがしたら「なにそれ」とかいいます。
で、英語の歌をギターを弾きながら教えてたりします。
サリーの着方も知らないらしいです。

でも、ヴェーダも、インド音楽のサリガマパダニサも喜んでもらっています。
子供らは音楽も好きみたいで、昼寝の時間でもずっと、さーりーがーまー♪、と、歌ってるそうです。

ヴェーダの練習をしだしてから、子供たちが健康になったとかいっていました。
毎日自主錬もしてるらしいですが、忙しくてできなかったときは2人の子供が怪我をしたとかいっていました。
だから、今はヴェーダの力を私は理解した。とかいっていました。

ダルシャンの後は、主名は日本人の11歳のはつらつとしたお姉ちゃんに遊んでもらってハッピーハッピーでした。
側転を教えてもらってました。
「シュナちゃんて、けっこうドジだね」とかいわれてました(笑)
【2009/08/05 00:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日の夕方
今日の午後はババは6時くらいにきました。

最近少し暑いからか、体調を崩してる人もよくいます。
とはいっても、私の感覚としてはまだまだ涼しくて過ごしやすいです。

こないだまでがちょっと涼しすぎるくらいでしたから。
【2009/08/04 00:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
音楽教室
木曜はタブラーレッスンに行きました。

タブラー教師は「自分にはほんとの友達がいないんだよね」とか語りに語っていました。
(だいじょうぶか?このおじさん。)
あのー、先生、主名さん、タブラーの前で座ったまま寝ちゃってるんですけど。。。

しょうがないので、私ばっかり練習してます。

昨日今日は音楽教室に行きました。(歌)
昨日は、新しいのを習ったのですが、いまだかつて聞いたことも無いメロディラインにめまいがしました。
インド音楽の底ぢからが徐々にあかされようとしてる、てかんじですか???
脳神経を新しくつながないと会得できない感じ。

しかし今日は何とかそのメロディに歌詞もつけて、歌っていちおうあがりとなりました。

その後、インドの国歌のテルグ語バージョンを女の子先生はみんなに教えました。
途中、おぉぉぉぉぉぉぉぉお、おぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉおおおおおぉ。
みたいなのがあります。

教室が終わるのを待ってたら、みんなが終わったあとに教えてあげる、と言われましたが、
今日はもう脳がいっぱいなので帰りました。

昨日は女の子先生が来たのが遅かったので、最初におにいちゃん先生(19歳)が教えてくれました。
お兄ちゃん先生は最初にオームを唱えましたが、そのエネルギーのまとまってること。
ひとっっつも漏れてない感じ。
若いって、すばらしい。

うちらだだもれ。

今日の音楽教室の後の帰り道、ハヌマーンテンプルがやけににぎわってて、主名が行きたいというので入りました。
そしたらハヌマーンにみんなおまいりしてて、花とかでいっぱいでした。
うちらもお参りしました。
ボーっとその場にいたらプージャの2順目になったので、また、ココナツウォーターのプラサーダムをもらいました。小銭のお賽銭も2度渡し。。。

アシュラムの住人も次々来てたので、何?と思いました。

寺の外に出たら、楽器屋の主人がいたので、何で今日はこんなに人が来てるのか聞いたら、毎週土曜日はハヌマーンの日だからみんなお参りしにくるんだそうです。
プロテクトのためだそうで、楽器屋の主人も毎週土曜に来てるんだそうです。

ここから35キロのところにナラシムハのお寺もあって、そこもすごくいいんだそうです。

夜のお寺とか神社とかはなんだか命が満ちてる感じがして、すごく好きです。

いい気分でスイカ35ルピーで買ったら、帰り道の服屋の店員にいくらで買ったか聞かれたので言うと、あぁ。。。。という反応だったので、やっぱり高いよね?と思い、自分だったらいくらで買う?と聞いたら、15ルピーか20ルピーかな、、、ということでした。

どこで買ったか聞かれたのでいうと、知り合いなのか、
「彼はプッタパルティで一番のスイカ売りだから、きっといいのをくれたはずだよエクセレントだよ。」
と、フォローしてくれました。

こうしてプッタパルティの物価が上がってゆくのですね。ごめんなさい。

今朝はババは来ませんでしたよね?忘れました。
夕方はバジャン中に来ました。
6時前までいて、両手ブレスして帰っていきました。

ここ2週間ほど、土曜のマントラを唱えるのを忘れていたのですが、今日は朝に唱えました。
やっぱり唱えると、たかだか5分くらいなんですけど、やっぱりなんかいいかんじです。
【2009/08/02 00:25】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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