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ヤグニャ&ヤグニャ
昨日、ダサラが終わりましたけど、プージャのアビシェーカムのプラサードの蜂蜜ミルクみたいなのを少しいただきました。えへ。うれしいです。こういうのって、やっぱ人づてに出回るんですね。

今日は、別のところのヤグニャに行きました。
すごい景観の部屋で行われたそのヤグニャは古いデボーティがプッタパルティ担当になってて、その人に誘ってもらったのですが、グローバルヴェーダなんちゃらかんちゃらとかいうタイトルがついてて、プッタパルティのほかにティルバンナマライとか、マレーシアとかアメリカでも行われるそうです。
マレーシアの青年がしきってるみたいです。

すごいスペシャルなプージャということだったんですけど、3時間半くらいルッドラムを唱え続けて(多分11回)卒倒しそうでした。

坊さん二人と、あとは主催者数人と私と主名を入れても8~9人くらいだけが来てました。
これから色んな場所をヴェーダで巡る、その初日が今日で、だから、ヤグニャもしてたようです。

いやしかし煙がすごくて、何回も涙で前が見えなくなりました。
やはり暗記しておくべきだなあと思いました。
テキスト読めませんもん。

午前中に始めたのですが、ヤグニャなど全部終わって、プラサードのご飯を食べ終わったらすでに3時半くらいでした。

主名も咳き込んで涙を流しながらもよく唱えてました。

今日からプッタパルティでは11日間チャンティングをその部屋でやるそうですけど、全部は参加できません。

ちゅうか、わたしって場違いじゃないかな?とちょっと思いますけど、というのはすごい男性的な場という感じなので。がんがんがんがんいったるでー、ってかんじ。ルッドラムやしそりゃそうですけど。

私のほかには女性は今日は控えめな年配のインド人女性がひとり来てただけで、彼女も全部ルッドラムを唱えてました。まあ来るなとは言われないでしょうけど。

今日はよく雨が降って涼しいです。

いやしかし、プッタパルティにもすごいいい部屋ってあるもんだなあと思いました。(今日のヤグニャの会場)
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【2009/09/30 00:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ダサラ終了
昨日は私がなんか変なものもらったのか、一日具合が悪くなって寝ていました。

今朝はアシュラムに往ったら9時すぎで、ちょうどババが来たところでした。
ホールの外から見ました。
赤いローブを着ていました。

その後、プールナチャンドラホールに行って、その外からもまた、ホールに来たババをみて、人がいっぱいになったのでそこも逃れて、こんどはアルティの後にホールから自宅へ帰るババが見えるポイントでババをみました。

その後、配られたプラサードをもらって、そこら辺でちょっと食べたけど結構からかったので、包みなおして、持って帰りました。

小雨が降ってきてます。

なので涼しいです。

昨日も昼間は嵐のようになってました。
大体ヤグニャの最終日の前の日くらいは雨になることが多いです。
【2009/09/28 17:43】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
土星のプージャ
26日は土星が動く日とかで、ハヌマーンテンプルの惑星の神様たちに特別なプージャが今朝6時から行われたので参加しました。

ジョーティッシュを完全に信じてるわけではないですが、それ自体が持つ誤差を計算に入れても、時と場合によってはとても使える道具だなと思います。

そしてそういうもののあり方を知ると、時に、ババが介入したことによる超越的な変化や、ジョーティッシュからのずれなんかも逆に感じ取れたりもします。

世の中には色々面白いものがあるなといった感じです。たのしいですよね。

今日、こちらはまだ26日で、今朝はババはヤグニャにきてました。
明日、あさってでダサラが終わります。
さすがに人が多くなりました。

日本からダサラの最終日に間に合うようにと早めに出発した、来たるサーダナキャンプの参加者も到着してきています。

ダサラはいつもにもまして色んなものが噴出す感じですので、おかしなエネルギーの噴出に巻き込まれないように気をつけてください、と、こちらで複数人、誰かにいいたい感じです。

ダサラはやっぱりなんか激しいです。
癒されない~。(最終的にはそんなこともないんでしょうけど。。。)

なんか、2009年ももう終わりって感じがします。
次は2010年て、はやいですよね???
【2009/09/27 00:45】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヤグニャ2日目
今日はヤグニャ2日目ダサラ(ヴィジャヤダサミ?)の5日目です。
今朝はサウスで食べた後、9時過ぎにプールナチャンドラホールのヤグニャ会場に行ってみたら、
もう入れなかったので、人垣の後ろからホールの中をのぞいてみました。
そしたら5メートルくらい前にババがこっちを向いて座ってたので、わ、ババおるやん、と、びっくりしました。

ステージの向こう(左)の端からいつもババはホールに入ってくるのですが、このときは車椅子で右の端に向かってきてたところでした。
うちらは右端からのぞいたので、丁度、真向かいにババの姿を見ることが出来ました。

となりのおばちゃんは、「サンキュースワミ、サンキュースワミ」とつぶやいていました。

しばらくしてババは帰りましたが、その後、ヤグニャは続行されてるんでしょうね?
なんか、ババが帰ったらみんな帰るので、うちらも帰りましたが、どうなんでしょう。
あんまり声も聞こえないので、続けてやってるんでしょうね???と、不思議に思いました。

最後に2日間くらいはみんなヤグニャの最後までいるのかな。

ダサラの最終日に何か新しいことを始めると必ずうまくいくらしいので、みなさん、28日に何か新しい勉強でも始められてみてはいかがでしょうか。

ちなみにタブラーの先生は28日くらいに引越しするそうです。

私もせっかくだから何かするかなあ?

ちなみにわたしは今までは、サンスクリット語の勉強を始めたり、ルッドラムを習い始めたりしたのもこの日でした。
【2009/09/23 13:45】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヤグニャ
今朝からダサラのヤグニャがはじまりました。
終わったのは12時過ぎでした。

初日だったので最後まで参加してみました。
【2009/09/22 21:15】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝もババハ遅くに来て、ながいこと前に座ったり、車椅子でうろうろしていました。

今日もバジャンが終わったのは11時くらいでした。

サーダナキャンプに向けて朝のバジャン後に練習してますが、ナカルマナがおわり、あしたからはニーラスークタムに入ります。
これは短いので2日で終わる予定です。

あと何日かしたらヤグニャも始まると思うので、そしたら練習も出来なくなるかもしれないし、、でも、その前には一通り終わりそうなのでちょうど良かったかもしれません。

人も多いし、暑いしで気分的にちょっと疲れてるかもしれません。
【2009/09/20 17:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ダサラスタート
今日から、10日間のダサラ祭がスタートしました。

今朝は多分10時過ぎと思いますけど、ババが来て、グラマセバに行く学生たちはステージにババが座ってるバジャンホールの周りをぐるっと回って、ババの守護をうけてからトラックに乗って出発していました。

11時くらいに朝のバジャンは終わりました。

午後はババは5時半くらいに来てました。

週末ということもあり、人がいっぱいです。
【2009/09/20 00:02】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブレス
今日の午後もババは両手ブレスしていました。

明日からダサラと思いますけど、その準備か何か?ホールでたくさんサリーとか衣服が運ばれてきて、学生に配られたりしていました。

サリーほしいー。と念じましたがこちらまでは全然来ませんでした。

今日はわたしは以前コダイでババにもらったサリーを久々に着てました。
しかし、このサリーを着るたび泣く羽目になることが起こってたので、着るのが怖かったのですが、もうそういうのも終わったのか、今日は特に何もありませんでした。

ダサラで村にいろんなものを配るためと思いますが、アシュラムの中を何台ものほろつきトラックが走っていました。

ダサラかー。
【2009/09/19 00:38】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
暑いです。
今日は暑いです。

今朝はババは出てきませんでした。

そろそろダサラなのでか、オレンジ色のスカーフをしたインド人の大人数の団体がホールの大きい面積を占めて座っています。

今日は久しぶりに暑いーです。

暑いと何もかも止まる感じです。
今から部屋に帰って昼寝します。
【2009/09/18 17:29】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴェーダ練習
今日の午前中から、在プッタパルティ組のヴェーダ練習が始まりました。

サーダナキャンプまで、出来るだけ毎日する予定です。

私がこっちに長期で住むようになったのは3年前のサーダナキャンプからなので、なんだか、ぐるっとまわって振り出しに戻ったような気がします。

ほかの人たちも、3年前と同じ場所で練習を始めたので「なつかしい」と言う声が上がりました。

昼は、知人宅でご飯をご馳走になりました。
知人は日本人なのですが、行ってみたらインド人のおじさんがいて、なんだろう?というかんじでした。
知人の友達のおじさんがご飯を作ってくれました。
どこぞのヨガアシュラムの人かなんか、そんな感じの説明でしたが忘れました。

おじさんはダルと焼きたてのチャパティと、大根やピーマンなどの具の入ったパロータとかいうのを出してくれました。
おいしかったです。

よそのアシュラムに行ったらこういうおいしいご飯が食べられるのかと思って聞いたら、違うとの事でした。

今日もババは両手ブレスをしていました。
形の無い粉状のプラサードが出ました。
でも味はいわゆるインド菓子の味でした。
おいしいやつです。
【2009/09/18 00:49】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブラーカタ
今日の夕方は、昨日ダルシャンのあとに予告があったように、3人の音楽漫才みたいなブラーカタがおこなわれました。

SSOJのHPではブッラカタとなってますが、なんとなくブラーカタ、ってかんじなのでブラーカタにしときます。

この3人の音楽漫才は日本でもパクって、お笑いのコントでそのまま使えそうだなあと思いました。
でも、音楽のレベルも高くないと面白くないのかも。

わたしは3人のうちの向かって左側の人が色々しゃべってて、右側の人がいろいろ相槌を打つその相槌が好きです。
「あーは」とか、「おぅおぅ」とか、「あいよぉよぉよぉ」とか。
真ん中の人は漫才のときは加わらず後ろに下がってて、一段らくしたら後ろから登場して歌う花形みたいな感じですけど、歌ってるときに足でリズムを取ってるのを見るのがなんか面白いです。

内容はさっぱりわからないんですけど、テルグ語がわかったら面白いのかな?
基本的なパターンが決まってるし、吉本や笑点みたいな面白さがあるのかなとか思いました。

吉本なんか、ギャグは決まって一緒だけど、みんな、それが出るのを待ってますもんね。
「でたー」て、笑うし。

夕方のダルシャンのあとはハヌマーンテンプルのシバプージャに参加しました。
シバリンガムにミルクとかヨーグルト(カード)とか蜂蜜とかココナツウォーターとか次々かけていくのを見てると食欲がわきました。

その後のプラサードでそれらのおすそ分けをもらうんですけど、ミルクに蜂蜜って、アーユルヴェーダ的には大丈夫だったんだっけ?と、ふと思いました。

ギー(油)と蜂蜜をあわすのが、あんまり良くなかったんでしたっけ???
忘れました。

でも、プージャって、楽しいですね。

昨日の夜と今朝はかなりまとまった雨が降りました。
今日の日中は晴れてたのですが、そういうわけで、今日はすこし蒸し暑かったです。

ババは最近よく両手ブレスをします。
ぎゅっぎゅっ、としたり、グーーーゥン、と、スライドさせたり。
前からでしたっけ?
【2009/09/17 00:20】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
おなかいた
おとといの夜から主名がおなかを痛がってて、でも、踊ったり遊んだりしたら忘れる程度だったので気にしてませんでした。

しばらくサウスで食べてて、おとといの夜に久しぶりにウエスタンで食べたのが原因じゃないかと思います。
多分重かったんじゃないかと。

でも今朝は「病院にいきたいー」というので、時間の無駄じゃないかと思いましたが連れて行きました。

小児科では「原因なし」で、痛み止めの薬だけ処方されました。

まあ、ジェネラルホスピタルって、肺炎も腸チフスもそうと診断せずに帰すところみたいですし?
やはりなという感じで、様子を見てます。

薬は甘かったみたいで主名はうれしかったみたいです。

多分、消化不良の胃もたれとガスとかそんなだと思います。
ここ数日おならばっかりしてますし。
【2009/09/16 15:13】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ならいごと
この前、音楽教室でおにいちゃん先生が主名に女の子がまるでおじさんのように自分に酔いしれてタブラーをたたきまくってる映像を見せてくれました。

私はそういう映像は好きじゃないのですが、主名は影響されたみたいで、タブラーを熱心に、速いスピードでたたく練習をしています。

タブラーの先生も、最近いいことがあってハッピーになってて、教室の雰囲気が明るくなりました。

タブラーの先生は芸人というかんじで、主名に一発芸みたいなギャグを披露することに熱心です。
先週から、主名は英語もこのタブラーの先生に習ってますが、教えてる途中にギャグを入れるので主名は混乱しています。

まあ、なので、主名はこのタブラーの先生のところはあまり休みたがりません。

昨日はバジャン練習に行きました。
ハヌマーンの最新バジャンを習いました。

バジャンもどんどん新しいのが作られてて、アシュラムのバジャンを聞いてても、「あ、これ、新曲?」と、時々思います。

多分もっと聞きなれてると、誰それが作ったやつだなこのメロディは、とかもピンと来るんでしょうね?

ここ数日は少し暑いです。
【2009/09/15 15:03】 | タブラー教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日
昨日は体調がよくなかったので午後は部屋にいました。
午後のダルシャンは混んでたそうです。
インド人の大きなグループがホールの半分くらいを占めて座ってます。

インド人のグループって、ほんと人数が多い。
多分数千人とかと思います。

今朝はババは来てたみたいです。
私はやることがあったのでいきませんでした。

そのあと知り合いのおばちゃんのインターネットの使い方などの説明のためにおばちゃんちにいっていました。

おばちゃんの娘から6月に送られてきてたメールに返信できました(笑)

音楽教室はちょうどキリがいいとこにきたので、サーダナキャンプが終わるまで無理せず数週間休むことにしました。
【2009/09/13 17:15】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
お兄ちゃん先生。
今日の夕方、お兄ちゃん先生と女の子先生とその家族について書きましたが、今日も音楽教室でした。

夕方、今週はまったく練習してなかったので部屋で練習してからダルシャンに行かずに、ダルシャンが長引くことを願いつつ直接音楽教室に行きました。

そしたら誰もいませんでした。

電話をしても出ないし、教室の隣人が、今日はおにいちゃん先生がマンディールでプログラムをやるからみんな行ってるよ、と言ったので、わたしらも、プージャの最後の日だし、ほんとは教室を休んでダルシャンにいこうかと思ってたぐらいだったので、さっさとアシュラムに行きました。

そしたらアシュラムにつく前にアルティが聞こえてきたので、あーあ、とおもって、まあ、帰るババでも見ようと思ってホールに行ったらご飯のプラサードが配られてました。

えーっ!食べたいー。おなかすいたー!プラサードほしいー。と、思うだけじゃなくて言いながら、ババを横目で見つつ女性側の入り口にいくとやっぱりもう中には入れませんでした。

なんだー、こんなことなら最初から教室を休んでダルシャンにくればよかった。女の子先生は中でご飯を食べてるんだろうなー。女のこせんせいめっ!

とうらみつつ、でも、最後には外にいる人も後で中に入れてもらえてご飯がもらえるのを知ってたので、適当なとこで座って待ちました。

で、ゲートがあけられて外にいる人も中に入れるようになったタイミングを見計らって、わたしたちももらいに行って、ちゃんともらいました。

で、すぐに外に出て、適当なところで座って
「おいしいー」「このプラサード大好きー」「主名もー(主名の声)」
とかいいながらたんのうしました。


辛い混ぜご飯と、甘い煮たご飯と、甘いペーストをはさんだおやつチャパティ(ウォーリギ)でした。

本来、それにラドゥーがついてるはずだったのですが、ラドゥーは食べ飽きてるので、なくてもくやしくないです。

女の子先生をうらむきもちがなくなって、おなかもいっぱいになり、幸福感で思ったことは、そりゃあ、プラサードがもらえなかったら悔しいし、もらえたらうれしいさ。でした。

そしてさらに思ったのは、ここインド(プッタパルティ)にいると、色んな強烈な感情になるけれど、それをどうこうするなんて出来ないな、でした。

うれしさや悲しさに左右されない心境になろうと自分をコントロールしようとしたり、考え方を変えようとしたりしてもだめだよできないよ、と思いました。

だってうれしいときはうれしいし、悲しいときは悲しいから。

でも昔はラドゥーがもらえなくても泣くほど悔しいときもあったけど、今は食べ飽きたから、もらえなかったら食べなくていいからほっとするときもあったりしますもん。食べるの疲れるから。

それは私の努力の結果じゃないですよね。


主名の食べ残しを音楽教室に持っていくのもなんだったので、いったん部屋に帰ってそれを置いて、また教室に行ってみました。

そしたら教室は終わってましたけど、みんなはまだいました。

女の子先生は、お兄ちゃん先生の様子を見て、アルティが終わるとプラサードももらわずに急いで教室に向かって、6時15分には帰ってたそうです。
10分待ってれば女の子先生は帰ってきてたんですね。
「もし教室を休むんだったら連絡するからね」とかわいく言っていました。

プラサードもらわずかー。ほんとごめん。女の子先生。

お兄ちゃん先生は最近ずっと特訓してたので、今日、プログラムがあることは知ってたけど、なんか突然女の子先生とお母さんに連絡が入って呼ばれて突然マンディールに行ったからわたしに連絡できなかったそうです。

そんで、お兄ちゃん先生は今日、たぶんタブラーの演奏をしたんだと思いますけど、ババに、「今日のプログラムはよかったよ」といわれ、花とパダナマスカールを与えられたそうです。

よかったね、お兄ちゃん先生!
うちら、プラサードのことしか考えてなかったし、見れなかったのが残念。
プログラムとか行っても、プラサードを配る係りになってるんだろうくらいに思ってました。

いつも、落ち着きはらってにこやかなお兄ちゃん先生のお母さんは今日はすごい興奮してて、自分でも「すごい興奮した!!!」と言っていました。

この家族に祝福あれ。(もう祝福されてるけど。)
女の子先生ほんとごめんね~。


【2009/09/12 01:22】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
シュリ・ティルッパヴァイ大祭
シュリ・ティルッパヴァイ大祭、ですか。いま、SSOJのHPを見て今日までの3日間のプージャの画像を見てました。

2日目の、神像、すごいリラックスしてますね。
ブランコに乗せられて揺らされてるのは知ってたけど、あんな、ひざまくらしちゃってたとは~。
おもしろいですよね。

プージャって、色々着飾ってもらったり食べてもらったり褒め称えてくつろいでもらったりして神様に喜んでもらうんですよね。ままごとみたいで面白い。

でも、神様がほんとにその場にいるんでしょうね。すばらしいです。

何度か書きましたが昔お坊さんに頼んでシバのプージャをしたときに、シバにきてもらって色々捧げたのですが、ほんとに大きなシバがきて私たちの輪の中に座ってそれらのプージャの品々を受けてい他のが肌と心の目で感じられて驚愕して興奮したことがあったので、ほんとにそう思います。

HPで見ると細かいとこまでよく見えていいですよね。
ババのつめの長さまで。
【2009/09/12 00:48】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
お兄ちゃん先生
こないだガネーシャゲートでのセキュリティとのやりとりで疲れた日は体調も良くなかったので、心身ともに力が無くなってその後寝てましたけど、音楽教室があったので行きました。

そしたら女の子先生の家族みんなが話しを聞いてくれて、昼も私らは食べ損なってたのでバナナをくれて食べろ食べろといわれ、食べながら何時間かしゃべってました。

19歳のお兄ちゃん先生はこないだ足を骨折してて動けなくて暇もあってか、いい話し相手になってくれました。

教室に来てたハイソな初老の奥さんは私の話を聞いた後、「ひとつ私の体験談を話しましょう」というので何をいってなぐさめてくれるのかと思ったらぜんぜん関係ない自分のすばらしい身近で小さな奇跡体験談をきかせてくれて、私の体験に関しては「だからそれはあなたのカルマだ」で終わり。

ハイソなインド人のひとつの典型かなってかんじ~。体験談を言いたかったのか。文脈つながってません。あなたと私の意識のていどのちがいはわかりましたよー。そうよわたしはだめだめですよー。しってるって。しょうがないやん。で、だからなに?(以上私の心の声)

ほんとのことを言えばいいってもんじゃぁ。。。。

しかしおにいちゃん先生は私の欠点には気づきつつも、それには一切触れずに私の望んでる慰めの言葉をみんな言ってくれたので気が晴れました。

言い方がきついのは相手(セキュリティ)の落ち度で、君は何も悪いことをしていないんだから、影響される必要は無いんだよ、とか、
彼らは自分の気分がいいときはみんなに優しいけどそうじゃないときは突然チェックしたりする。ムードで態度が違うんだ、とか、
スワミは人々のエゴをなくすためにスタッフとして身近においておくんだ、とか。

で、小さなことを大きく捉える必要はないじゃないか?というので、
でも、もし一日4回アシュラムに入るなら8回もチェックを受けなくちゃいけないし、そんなのしんどいとわたしが言うと、
じゃあ、パスポートのコピーを小さくたたんで財布の中に入れておいて、言われたときだけそれを見せればいいじゃない。
言われないときは君は知らん顔して通ればいいよ。
ささいなことだよ。

などというので、思わず、
「頭がいいですね」
と感心して言ってしまいました。

他人事なのによくそこまでこっちのみにたって考えられるなあと思って。
ひとごとだからよくわかるのかも知れないけど。

家族4人にたっぷりかまってもらったので、気分の晴れないわけも無く、その日のうちにアシュラムの中にしばらく引っ越そうと決意してたのですが、その後数日下痢が続いたこともあって、引越しはしませんでした。

その日の夕方にプージャも頼んでたので、そういうこともあって、いろんなことが一度に起きた感じもありました。

しかし、この日話してるうちに知ったこと、お兄ちゃん先生も女の子先生も学校に行かずに勉強は全部自宅で自分でしたそうで、それは驚きでした。
お母さんが教えることが出来たんですね?ときいたらそうじゃなくて自分でやって、わからないところだけ父親か母親に聞いたと。
そんな夢みたいなことが可能なのでしょうか。
主名の勉強に四苦八苦してる身としてはそんな夢のような子供が存在するのか???と信じられない思いです。

10年自宅で勉強して、試験だけどこかに受けに行ったそうです。
音楽は2人とも、アナンタプールの先生のところに習いに行ってたそうです。
で、お兄ちゃん先生は14歳のときにババの音楽大学(???)に入学して、2年間そこで学んで、すでに卒業したそうです。

で、今は学士の試験、と思いますが、それのための勉強をしてるそうです。

二人とも身長も低いし童顔なのでほんと、女の子先生(17歳だか18歳)と男の子先生(19歳)ってかんじなのですが、ババと写ってる写真のお兄ちゃん先生はほんと子供で、学生のときと言ってたので、20歳くらいにしてはすごい若いとそのとき内心驚いたのですが、合点がいきました。

いわゆる神童の2人なのでしょうか?

コンクールのたてみたいなのとかはやたら並べてありますけど。

バンガロールの某アシュラムに音楽教師としてみんなにバジャンを教えてくれと高給を提示されて乞われたこともあったそうです。

また、色んな場所でもここに住んで音楽教室を開いてくれと言われたけど、自分たちがいたい場所、プッタパルティに住んでるそうです。

この家族の怖いくらいの団結力には日ごろから目を見張るものがあったのですが、この兄妹が勉強のために学校に通わなかったというのを聞いて、そのなぞが少し解けた気がしました。

何か別の宗教でもやってたんでしょうか?
まだなぞが多い家族です。

しかし私が出会った中では「すばらしきインド人」の部類の家族です。
【2009/09/11 19:12】 | 音楽教室 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プチ夢。
プージャの初日に見たババの夢は、ダルシャンで待ってて、床にごみが落ちてたのですが私はそれを見て、脳裏から消しました。
そしたらババが来て、そのごみを拾いました。

誰かがしなかったら、ババがしないといけないんだなとか思いました。

翌日の夢ではバジャンのCDのジャケットとしてのババのイメージがでてきて、ババハ横顔でアフロがまん丸では無くて少し疲れたような感じでたれてて、それがやたらとかっこいい写真でした。

もうひとつのイメージは何か小さい丸いステージの上にババが立ってました。

詳しくは忘れました。
【2009/09/11 18:20】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プージャ最終日
3日間続いたプージャは今日が最終日です。
プージャ自体は今朝で終わったのかな?というかんじで、す。
午後はどこかのおじさんのテルグ語での話が一時間くらいあることでしょう。

しかし、こういう突発的なプージャ(ちゃんと計画されて告知されてるはずですが、予定を知らない私にとっては突発的)はいいですね。

人も少ないし。

ゆったりしてて、なんというか、じっくり体験できる感じがします。

3日間、一般人もみんな、皿に入った米が配られて、手元で坊さんの吟唱に合わせて各自プージャが出来るようになってました。

去年はガヤトリーとかのプージャだったと思いますけど、今回は初日は忘れましたけど、2日目はババの1008の御名で今朝は多分女神の1008の御名だったでしょうか。
そんなかんじ。

公共の幸福のためにこういうプージャが行われてるんでしょうね?
うちらもその恩恵に預かってありがたやです。
ただだし。

今朝は3体の神像にアビシェーカムとかもしてました。
誰かが結婚式とか言ってましたけどほんとかどうかはわかりません。
でも、なんだか感動しました。
プージャって、いいもんだなー、と。
神様に次々花とか色々捧げられて、豪華に飾り付けていって、なんかご飯食べさせるまねとかもしてたみたいでした。
うちわで扇いだり。

天国~~~って感じでした。

今朝はババは来ませんでしたが、プージャで使われた水(中身は何か良くわかりませんが、2回もらったら最初はハーブのさっぱりした味で次はミルクと蜂蜜の味でした)が、プラサードとして少しずつみんなの手に注がれました。

うれしいかんじ。
人が多すぎないっていいですね。。。

いつもは男性シンガーばかりですが、今日のバジャンは全部女性が歌っていました。
それもなんだか天上感を増していました。
女性の声ってきれいだな、と。

もうじき今度はダサラが始まるんですよね?
これはいつも疲れるかんじ。
みんな興奮してわやくちゃになるから。

でも、プージャっていいな。
実は音楽プログラムよりも好きです。
【2009/09/11 18:11】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
すみません。
すみません。記事がかけてなくて。
ここ数日、単に時間が取れませんでした。

今はアシュラムでは3日間のプージャの最中で、明日が最終日です。
何のプージャかはいまいちよくわかりません。
ビシュヌやシータのような性質(化身?)の神様だけど、日本では知名度の限りなく低い神様のプージャと思います。

わたしたちも個人的に先週の土曜から土星に対するプージャを依頼して、近所の寺でやってもらってます。
そしたら月曜日に、うちの両親も10月はじめのサーダナキャンプのツアーで来るというメールが来たので驚きました。

というのは、この3年間、呼べど待てど暮らせど親族は誰もインドに来ませんでしたから。
父はインドは今度で2回目で母は4回目と思います。

二人ともインドは10年ぶりです。

主名はいよいよ、ダルシャンの時に父と一緒に男性側に入れると思ったみたいですが、忙しそうなので子供の相手は無理かも?

主名いわく、
「しょうがないから、さわこと一緒におんなのとこに行ってるんやで。ほんまは男の方がいいんやで。」

残念でした。
【2009/09/11 00:52】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガネーシャのところのチェック
今朝起きたら、少しむかむかしていました。
昨日、何か悪いものを食べたかなあ?とか思いましたが、たぶんそうじゃなくて、神経性のものだと思います。

起きる気力がわきませんでしたが、こういうときこそバジャンに行こうと思い、主名を起こしてアシュラムに行きました。

そしたら、調子の悪いときにはさらに悪いことが重なるもんで、ガネーシャゲートでの日本人へのチェックが再開されていました。

数ヶ月前に、セバダルにいわれたときに、何で?またやるの?と思いながらパスポートのコピーを持っていったら、誰か上の人に言われたみたいで、翌日、やっぱりもうやらないということで、よかった、と思っていました。

しかし今日もまた再開されてて、なくなったことをセバダルが知らないんじゃないかと思って、もうそれはやめになったんですよ、と言ったら、セキュリティのところに連れて行かれて、問答無用の剣幕でがーがー言われました。

わたしもいろいろ言ってみましたけれど、会話をはなからしてはいけないと自分に言い聞かせてるかのように、とにかく一方的に自分の言いたいことだけ言って、こちらを悪者にして私に非があるかのような強硬な態度。上からしかものが言えない人なんでしょうか?インドってそういう人すごく多いです。

インドって、縦社会ですよね?上へと下へじゃ態度が正反対。

同じこの人が、年若いべつのなにかポジションがあるような男性に従順な態度で接してて意外に思ったのを見たことがあります。別人やん?

数年前にお前たち日本人が何をしたと思ってるんだ!!とか、お前はパスポートを持ってないのかっ!とか、などなどいわれました。あの~。。。

ビザなしでプッタパルティで店出して儲けてるロシア人たちじゃないんだから。
パスポートをチェックする相手が違うでしょうといいたいです。

こじきのおばさんたちや子供たちはフリーパスですし。
あのー、アシュラムの中で乞食してますよ?

日本人の犯罪グループがアシュラムで警察沙汰になった件は私も知ってますけど、彼らは日本の刑でも裁かれて牢屋の中じゃないですか。

このチェックするシステムは一度取りやめになったのに、なぜ再開するのですか、と聞くと、再開じゃない、ずっとつづいてるんだ 、たくさんの日本人がチェックしてるんだ!!とか言うので、今日からはじめたはずだからそのノートにはまだ1人か2人しかチェックしてないでしょう?と、そう言ったら名簿のノートを隠しました(笑)
で、おまえが余計なことを考える必要はない!!ときました。

しゃべるな!考えるな!自分の意見を言うな!ぶったたくぞ!そんなかんじ。
インドの学校もそんなんです。
セキュリティに腕力でたたかれこそはしませんでしたが、言葉と態度は暴力そのものですよね?
そんなに強硬な態度が必要な相手かどうかみてほしいです。

警察にもビザのこととかで何度か言ったりしましたけど、いままで私が接したプッタパルティの警察官はよっぽど親切で、友好的で、こちらの利益になるようにと考えてくれていました。

もう、アシュラムの一部の(ほとんどの?)スタッフのこうひどい態度は慣れたといえば慣れてますけど、、今日は具合があまりよくないだけにこたえました。

前のセバダルはこのシステムはなくなったといってましたよ、といったら、そのセバダルの名前を言えとかいわれました。もちろんすごい剣幕で。そんなの知ってるわけないじゃないですか。
このシステムはなくなったと思うから、もう一度上に確認してみてくれといってみましたがもちろん一歩的に大声で反撃されて終わり。
あのー、話し合いって言葉、しってますか?

気力が回復するまでしばらく、2~3週間くらい、アシュラムの中に住もうかな。
ゲートをなるべく通らないように。
なんか疲労しました。

アシュラムの中で保養ができるかどうかはうたがわしいですが。

ババはいいけど、ババの周りは疲れます。
【2009/09/05 14:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(3) |
すれちがい
今朝、サウスでご飯を食べてバジャンに行こうとしたらババが来るらしく、ホールに入れなかったので、男性側の外からババが来るのを待ちました。

30~40分くらい待ち、ババは車で来ました。

あっ、車で外に出るんだ、と思い、好位置で待っていたにもかかわらず、急いでその場所を離れてアシュラムの外に出ました。

そしたらババはそのままダルシャンをしてバジャンホールの中に入ったらしかったです。

なので、またアシュラムに戻り、ババが来た後に開かれたゲートからホールの中に入って座りました。

そのうちババはステージに出てきて、しばらくダルシャンとブレスを与えた後、ふつうにアルティで帰っていきました。

わたしとしては、ババが外に出る、と思ってその場を離れたときに考えていた事柄に対して、ババはそれは違うというメッセージを与えたように感じました。

なにかというとそれは奉仕についてなのですが、何をすることが奉仕になるのかは本当に識別力のいることだなと思うのです。

しばらく、貧しい子供たちのための学校でヴェーダを教えていましたが、思うところがあって、今週から行くのをやめてます。
わたしとしては、すべてのひとがヴェーダを学ぶべきというババの言葉もありますし、用意のできている度合いによってそれぞれにヴェーダは与えられるのだと思っています。

そして、ここの子供たちにヴェーダを伝えられる機会を与えられたことが私にとっても大きな喜びであったのですが、最近、いろいろスムーズに行かなくなっていたので、そろそろかかわりの縁もおわりか、それともそれは乗り越えて先に進むべき一時的な障害なのか、どちらだろうと考えたりしてました。

この学校にはそもそも主名を一時的にそこで学ばせるために行ってみたのがはじめですから、主名の学習が滞るようになってきたときに、そこに行く第一の理由がなくなったわけです。

しかし、主名の学習というかたちで私たちは結び付けられて、しかしその先があるのかもしれないから、関係を作り直すとしたら、主名の学習をここの学校に求めるのはやめて、純粋に、一回1時間だけとか時間を決めて、この学校にヴェーダの授業のためだけに行くといいのだろうか、とかも思ったりもしたのです。

しかし、それは違う、というのが今日のすれ違いダルシャンで私が感じた答えでした。

このような形で私が奉仕にかかわりたいと思う欲望にはどこかしら、いびつさがあるのだと思います。

人それぞれサーダナの形、ババとのかかわり方の違いがあると思いますが、今の自分の場合、このようなかたちで他人に奉仕することはむしろババから遠ざかることになるような気がします。

自分自身とババに集中することがすべてだという気がします。

というのは基本的に自分自身は空っぽなので、その中にすべてを感じ、見る以外のことはズレなのだとおもいます。

外の何かに奉仕するというのは自分の場合、おかしなことになるのだと思います。

一度外にでて、あ、違う、と思い、またホールに戻って改めてダルシャンを受けたときは、自分とババとが直接つながっている感覚が強くして、その後もそれは続きました。

空っぽの自分、つまり神の部分でお互いがつながっているときにだけ、ひとは自分自身への奉仕として他人に奉仕できるのだと思います。
【2009/09/04 15:24】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日はアシュラムの外の商店がみんなシャッターを下ろして閉まってたのでなぜだか聞くと、その前日に、アンデラプラデシュのミニスター(知事かなんか?)が乗ったヘリコプターが丘に落ちてミニスターを含む5人が亡くなったからとのことでした。

今日もまだほとんどの店がシャッターを下ろしています。

インドではまだ政治家や警察や教師が敬愛されてるんですね。

アシュラム内のケララの装飾も、昨日で全部取り払われました。
【2009/09/04 14:57】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
オーナム
今日の午後、5時くらいだかにアシュラムに行ったら、ババがしゃべってました。
老人を敬いなさいとかそんなようなことを言っていました。

そのあと、劇がありました。
シバの帰依者のドラマでした。異教徒のかな?
チダムバラムというところにあるシバの寺に行きたくて、困難を乗り越えて寺に行ったけど、多分入れてもらえなくて、誰かがやったのか本人がしたのかはよくわかりませんでしたが、火の中で死のうとしたら奇跡が起きたような、そんなドラマだったと思います。

数日前に、チダムバラムについてちょっと調べてたので、おおすごい一致だなと思いました。
先日ホールでシャンカラの劇をやったときも、その劇の前にもらった本を開いたらシャンカラの同じ箇所を2かいつづけてあけたので、なんだろう?と思って読んだら、その日の劇がシャンカラでした。

最近のホールでのドラマはやたらハードボイルドなのが多くて、たとえば出演者もおっさん役ばっかりで、刑務所とか裁判所とか交通事故とか、そういうシチュエーションで緊張感や臨場感を出そうとするのが多いからしんどくて。
でも、今日のはたぶん実在の人物のドラマなのかもしれませんが、村とか寺とかでが舞台で、舞台セットの向こうの演技はほとんど見えませんでしたが、なんだか感動的でした。

その後はババはペンダントをあげたり記念撮影をしたりしていました。

プラサードは毎年恒例のバナナのお菓子などの詰め合わせみたいなやつでした。
私はこれが好きなので、もらってから自分のを食べずに、主名のを食べてました。

その後はハヌマーンテンプルで40日に一回やるというシバのプージャに誘われてたので行きました。
プージャはいいですね。
【2009/09/03 00:40】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
オーナム
今日はケララのお祭りのオーナムです。

オーナムが近づくとケララ特産の生成りにゴールドなどのラインが入ったサリーを着てる人が多くなるのでそれと気づかされます。

オーナムのときはいつも、バナナの葉っぱなどの緑がふんだんに使われる装飾がアシュラムにほどこされるので、まるでケララの滴るような深い緑の中にいるような気分になります。

なので、わたしはオーナムが好きです。

多分ババも好きと思います。
数日前からダルシャンでブレスしまくりです。

主名も「いっぱいブレスした?」と、自分の見たものを私に確認してきます。

主名はケララの舞踏劇のカタカリが昔からなぜかむしょうに好きみたいで、本や看板などにカタカリの写真があると目ざとく見つけては喜びます。

今日の午後にでも、カタカリがあればいいですね。
【2009/09/02 15:06】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ぜいたく品を買い与える夢
昨日見たババの夢は、部屋で年少のババを足の上に乗せて遊んでた後、一緒に外に行って、ババは大人として他の人たちと話したりとか接し、その後、また一緒に自宅に帰るんですが、ババは5万円のドライヤーを買ってくれといいました。

私は早く帰って遊びたかったので、ルピーやら日本円やら、いろんな国お金を合わせて5万円分にしてそのドライヤーを少年ババに買い与えました。

そんな夢でした。
【2009/09/02 14:59】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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