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30日だったんですね。
今日はてっきり29日と思っていましたが、30日だったんですね。
(日本ではもう大みそかですね)

短縮された1日はどこに飛んでいってしまったんでしょう。

今日も変わらず人が多いです。
今日は430人のグループのインドネシアの人たちが出し物をしてたので、明日は少し人が減るかもしれません。

ババは車いすでインドネシアの人たちと写真を取ったり、グループの間を少しウロウロしたりしていました。

今日はインドネシアの人たちは忙しかったのでウエスタンキャンティーンの食事はいつもどおりでした。
インドネシア風のごはんは日本人の口にはよく合いました。

涼しくてちょうどいい気候です。
一年中こんなだと、すごしやすいですよね。
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【2009/12/31 01:26】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
ババらしき夢
昨日はババっぽい夢を見ました。

ババの夢はずいぶん長い間見てませんでした。
正確にいうと、どうも見てたのは見てたようなのですが、具体的にまったく記憶に残ってませんでした。

昨日のは、ババが来ると言うので急いで道路に出たら、もう来てるといわれました。

見ると、おみこしみたいなのに乗ったババの様な姿の、大きなケーキがありました。
わたしはそのケーキのババにパダナマスカールみたいな事をしたりひたいをつけたりしました。
ケーキのババはそのたびに動いて、手を上げて祝福したりしました。

私は、これはケーキだけど、ババなんだなと納得しました。

主名にもやらそうとしたら主名はケーキとしか思ってないみたいで、ケーキの両端を持ってぐちゃっとつぶしてしまったので、わたしはあわてて形を整えたりしました。

そんな夢でした。

起きてからよく思うのですが、10年位前にすごくよくババの夢を見た時期があって、そのころは毎日どころか一日に数回とか、起きてるときも見たり感じたりしていて、見る夢も楽しく一緒に遊んだりとか、踊ったりとか、インタビュールームの中で足をマッサージしてもらいつつ印の組み方や呼吸法を教わったりなど、親密なものでした。
時には聴衆の前でババとともにいくつかの種類のデモンストレーションをやって見せたりとかそういうのもありました。

ところが、プッタパルティに来てからは生身のババを毎日見てるので、ダルシャンのときの基本的に遠い距離感や生身のババにできるだけ近づこうとする2元性の感覚がしみこんで、夢の中での関係性も遠慮がちになったりしてました。

それはそれでいいんですけど、私の場合、なにか危機的な状況にあるときにババが夢に出てくるときも多いです。

10数年前になぜ一日に2回も3回もババの夢が見れたかといえば、それだけ、寝てたりあっちの世界に行ってたことが多かったからに他ならなく、霊的に敏感すぎて日常生活を営むのが難しい、自分としては非常に厳しい時期でした。
長期にわたっての危機的な状況の中にあったと言えます。

プッタパルティに来てからはたとえば精神的に深く傷ついたりしたときにはよくババが夢に来ました。

で、昨日もけっこうきつい日だったのでした。

ここ数日主名が夜間に喘息の発作で咳き込んでわたしも何度も夜間に気管支拡張剤を吸入させたりしてたので、昼間は主名も元気だったのですが、私はなんとなく疲れてふらふらしてました。

それに加えて、知り合いのおばちゃんちにパソコンを教えにいってるときに主名が自分に注意を引こうとして何度もよじ登ってきたり、触るなといってるものを触りまくったりするのと、あと月の周期の関係で私がイラついてたこともあり、時々なるのですが、なんびとたりとも私に触れるな!という状態になりました。

そうなってしまうと私は自分ではどうしようもなくて、主名はあいかわらずべたべたべたべたしたがるのですが、わたしはちょっとでも触られたら吐きそうになるし凶暴化するので、「私は今は心も体も全部傷みたいなもんやから触ったら痛いから触るな。触られたくないの!!!」とかいって主名に距離を置かせてたのですが、そしたら主名は免疫が落ちたり心理的な動揺と体調不良が重なってと思いますが、げーーーと大量に吐いたりしてました。

なのでケーキのババが夢に出てきてパダナマスカールをさせたのだろうと思います。

主名はクリスマスの時期に前半はクワイヤーと呼ばれるコーラス隊に参加してて、後半はプロセッションと呼ばれる仮装行列に参加してました。
そういう主名をサポートする面倒はあるにしても、気分的にはわたしはすごくその時期楽で、子供が別の団体に所属して、自分から距離を置く事の幸福感とのびのびした感じを得ていました。
なんせ、うちらはず~~~~~~~~~~~~~~っと一緒なので。

でもそれも終わり、子供が戻ってくると、それまでは麻痺して分からなくなってたのびのびした感じを再び得た後なので苦痛が耐え難くて、翌日からでも知人が子供を通わせてるコーチングスクールに主名を午前中だけでも行かそうとか思いました。

で、土曜日に忘れない限りいつもやってる土曜日のマントラを唱え始めたら、ババに、「もうそんなのしなくていい」と何度も言われたように思ったので、たった54回唱えるだけなので5分とかからないのですが、途中で唱えるのを止めて、夢でババに教わったマントラを108回かわりに唱えました。

そのときに主名をそのコーチングスクールに通わす必要も無いと言われたのでがっくりきました。
ヴェーダだけ教えるようにと。

ほんとはクリスマスが終わったらわたしもまたヴェーダを習い始めようと思ってたのですが、習おうと思ってる先生はこれから半年間海外に行ってしまうそうで、自分が習うのも延期です。
私の命綱は外部には無いのでしょうか。。。

こないだアガスティアの葉だかシバの葉だかもまた半分遊びで見てみましたが、カルマ解消の処方箋が以外に安く気楽に出来そうだったので、やっといてもいいかなと思ったのですが、それも必要ないととめられました。

ちなみに内容は自分的には特に何てこと無かったのですが、(秘密にするわけじゃないのですがここに書くのが面倒と言うのと時間が無い)アガスティア関係の葉っぱが自分を引き上げてくれる時期は終わってるんだろうなという感じもします。
それこそ10年ほど前に自分で直接何度か見たときは葉っぱとその処方箋に非常に助けられた実感があります。

今回ので意外だった記述としては、祈りで国を守るという記述と、あとなんだっけ、、、わすれた。。。
あ、思い出しました。
サイババのアシュラムで奉仕活動に携わっているとかいう記述でした。

祈りで国を云々とか言うのは、それってどこの国の事?と思うくらい、私にとって日本にしろインドにしろどこにしろ国には興味が無いので、どうでもいいってかんじでした。

母は日本とか神道に縁があるようで、巫女舞をするので神道関係や邦楽関係の霊性を理解するもしくは霊性を生きる仲間達とともに直感に導かれた場所や神社に奉納して祈りを捧げ、日本やそのほかのエネルギーの調整をしてたようですが、わたしは遊びでついていくくらいでした。(時に神霊かなんかに運搬車として肉体を強制的に使われた事もありました)

究極的には自己満足の世界ですし。
そしてそのことをわきまえてないとおかしなことになると思いました。
その活動が実際に世界のために役に立ったとしても、世界と自分はひとつですから、自分のため以外の何ものでもないのです。

私はと言うと、自分にもうんざりだし、世界にもうんざりなので、基本的に根本的には何も興味ないです。
部屋でじっとしてるのが一番うれしいです。
でも主名は外出したがるし、用事もあったりで外に出てる感じです。
基本的にはなにもしたくないです。

アシュラムで奉仕活動をという記述に関しては、わたしはもちろん何の役職も立場も無い一般人ですが、ちょっとした頼まれごとが泥縄式に最近続いてるので、引き受けたり断ったりいろいろですが、奉仕活動といっても、たとえババの組織に属したりしていなくても、それをするときの状態が全てなんだろうという気がします。
私が引き受ける事と言うと、まず、自分に心理的な負担がかからないことを第一にしてるので、ほんの小さなことで頼む方と引き受ける方とどっちが得してるのか分からないようなことばかりなのですが、形ではなくてその状態や関係性に一体感があるときにはそこに神が表現されていて、奉仕の目的や意義というのはそれなんだろうと思います。

でも、今回の予言の葉っぱはたぶん葉っぱで表現された世界より自分がそのままでいる方が軽い世界なのかもなと思いました。

10数年前だと、自分のそのときの世界より、葉っぱで表現される世界の方が明るかったので、葉っぱの世界を取り込む事が自分にとってすごく助けになったのだと思います。

何との関係性も、そんかんじがします。人との関係性も。2つあったら、いいほうに合わせればいいのだろうと思います。
【2009/12/29 15:05】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
フランス人の。。。
1~2週間ほど前にあるアパートで死後6日ほど経過した、一人暮らしのインド人の老女の腐乱死体が発見されたというニュースがあって、うちのすぐ近くのアパートなんですけど、日本人の知人も何人かそこに部屋を借りて住んでて、のちに、死んでた人はインド人じゃなくて、自称インド人のフランス人だったらしく、管理のずさんさを警察が怒って、そのアパートではもう一人暮らしの外国人に部屋を貸したらいけなくなってしまったことがありました。

なのでそのとばっちりで何人かの日本人の知人は部屋を出なきゃいけなくなりました。

他の長期滞在の人たちは「明日はわが身だよね~(人知れず死んでるということが)」とか言ってましたが、うちの場合は隣同士のプライバシーもあんまりないのでそれは無いなと思いました。
【2009/12/29 13:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマスが終われば
OM SRI SAI RAM


今朝もババはおやすみだったみたいです。
わたしらがパンを買って芝生のところで食べてたら9時半くらいにアルティが聞こえてきました。
もしババが来てたらたいてい もっと遅くなるので。

クリスマスが終われば人が減るかと思いましたがたいして減ってません。
【2009/12/28 16:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日は
昨日は朝はババは来ず、午後は子供たちの合唱と劇がありました。

主名と仲良くなったインドネシアの親子とたまたま近くに座ったので、合唱隊を首になった少年二人と、主名に歌を教える都合上、結構覚えたわたしの3人は子供たちの合唱に合わせてノリノリで歌ってしまいました。
なんか、練習の成果を出せた感じ?

インドネシア人のお母さんは、自分の子供が、ちゃんと歌えてるじゃない!と、あらためて怒ってましたが。
(ぜんぜん歌ってないといってやめさせられたので)

さらにその後ババは劇の子供たちとコーラスの男たち一人ひとりに声をかけながらプレゼントの衣類を手渡してパダナマスカールを与えていたので、インドネシア人のお母さんは自分の子供がこのチャンスを逃してしまった!!と、ショックだったみたいでした。

わたしは去年もそんなだったのを知ってたので彼女にそういって、「来年また来て」と言いました。

その後何度か彼女に、来年も子供をコーラスに参加させるのかとか聞かれましたけど、そんなんわかりませんやんね?
明日何をするかもわからないのに。

でもみんなよかったですね。
いやほんと。
時間がないので強引に終わらせますが。(ネットカフェの閉店時間)

ではまた。
【2009/12/28 01:00】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマス
今日はクリスマス当日で、主名は朝のダルシャンで白いローブのババをエスコートして歩く子供たちの仮装グループに参加したので、朝7時に仮装したシュナをつれてウエスタンキャンティーン前に集合して置いていって、わたしは保護者席に座ってダルシャンを受けました。

ちびっこはちょびっとのひげを描いて、と言われていたので、私の眉墨で鼻の下とあごひげともみ上げを上品に描きました。
主名はじぶんで鏡を見て、「ちっちゃいおじさんみたい」と、そのままのことを言っていました。

単にゆっくり歩くだけなので別に心配してませんでしたが、無事に終わって、ちょっとした「やりとげた感」があります。
挫折の連続のシュナの人生で、ようやくちょっとした成功体験と言ったところでしょうか。

箱を3つ用意してて、その中にはひとつはチョコレート類を、ひとつは子供からババへのメッセージを、ひとつは親からババへのメッセージを入れて、ブレスされるのを期待して差し出したそうですが、3つともブレスされたそうです。

チョコレート類はあとでみんなに配られました。

私たちからはよく見えませんでしたが、子供たちはババの家の前で待機してたので、ババが出てきてすごく近よったそうです。
シュナの言葉を鵜呑みにするなら、15センチくらいの当たりそうな距離まで近づいたそうです。
出てくるときにババはシュナを見てたらしくて、「そのとき何か思った?」とシュナに聞いたら「主名を見てるな」と思ったそうです。(そのまま)

まあなににしろ無事に終わってよかったです。

昨日もウエスタンでサンタさんが子供たちにちょっとしたプレゼントを配ったりして、主名はそういうのを知ってたので期待満々で向かったので、ウエスタンでの行動もすばやかったです。
子供たちはみんな大喜びでした。

クリスマスの喜びを味わえてよかったです。

午後は数人のスピーチのあとにババのディスコースがありました。
内容はどこかで聞いたり読んだりしたことが多かったですが、繰り返してもうちらは身についてないんでしょう。
(いえ、ババもお年だし、とチラッと思いましたけど。)

男性がわの西洋人に話しかけて何人か前に呼んで、しゃべったり、パダナマスカールを与えたりしていました。
女性側も期待満々だったのですが、女性には話しかけず。そりゃそうだー。女性側怖~いもの!!!

ロシア人に「何人がロシアから来てる?」とか話しかけたので、ロシア人が色めきたってざわざわして手を上げたりしてました。
そのあと「韓国人はいるのか?」みたいに聞いてて、前に座ってる人たちの中にはいなかったので変な空気になってました。
韓国人、を聞いたんだと思いますけど、韓国人はプッタパルティは少ないですね。
インドのほかの観光地にはたくさんいるのに。

韓国人はクリスチャンが多いんですよね。

いやー、一日いろいろあるなあと改めて思います。

今日の昼食はウエスタンはインドネシアメニューがたくさん出てて、どれも日本人の口にはあって(主名の口にはあわずいっぺん吐いてました。。。)おいしかったんですけど、高かったみたいで、2人で180ルピーと自分たちの最高値を更新しました。
でもおいしかったです。

今、インドネシアの430人くらいのグループが来てるそうです。
すごいですね。

ババは片手ブレスのあとに両手ブレスもしてました。
久しぶりに近くで見たババはお年だなぁと思いました。顔の肉の感じが。

でも私も人のことを言ってる場合じゃないです。
最近は毎日ウエスタンでおなかがポンポンになるまで食べてるので、おなかがすいてもポンポンのままです。
【2009/12/26 01:32】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クワイヤーくび。プロセッション参加。
こないだ主名はクワイヤーを首になったので、その後募集があったプロセッションと呼ばれる、クリスマスのダルシャンのときにババの前を先導して歩く子供達の仮装行列グループに参加しました。

毎日2時間とか歩く練習をして、午後は子供達で世話役に連れられてダルシャンに行ってました。

主名はひげをはやしたマッチョな(?)羊飼いに扮するようです。

もともと、これに参加させようと思っていたので、本来の場所におさまったというところでしょうか。
これも、もちろんシリアスな感じでスタッフも最初からキーッとなってかなり緊張感ある攻撃的なひともいましたが、幸い今のところ誰も脱落せずに本番を迎えられそうです。

25日の朝が本番です。
【2009/12/24 16:02】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クワイヤーくび。&プロセッション参加。
クリスマス用のクワイヤーの練習に、主名は毎日熱心に参加してて、毎晩夜中まで自主練もしてたのですが、くびになりました。
まー、もともと7歳以上が参加条件だったので、はいはいはいと言う感じだったのですが、スタッフ側ももうちょっとなんか配慮がないものかとは思いました。

主名だけではなくて、毎日1人とか2人の子供が泣いて出てきて、(親は中に入れてもらえないので何が起こってるのかは不明)やめさせられてるみたいでしたが、まあ、うちらは出来ることをするしかないしと思って、毎日みんなで練習する部屋の外で録音した音源で夜に帰ってから部屋で自主練してました。

で、主名と仲良くなった7歳の男の子とその親がある日かなりきつく言われて、このままだとあと2日でくびにするといわれて、その言われ方もなんかちょっとあまりにも一方的でひどかったのと突然だったのでお母さんはかんかんに怒ってたので、わたしは話を聞いたりしてたのですが、主名も首切り候補に入ってるとその親から聞いて、あ、そうなの?と思いました。

ま、しょうがないよねと思ってて、(かなり練習したので結構歌えるようになってました)翌日かなんかにやっぱりスタッフからもう来ないように言われても、OK,わかりましたというかんじでした。

同時に7人の男の子がくびになったのですが、どの親もかんかんでした。

主名が辞めさせられた理由は、ハッピーで、いつも笑ってて、ほかのこの邪魔をしてるので問題との事でした。
それを伝えてきたのが知り合いの男性だったので気を使ってそういう言い方をしたんだと思います。

で、その日の午後のダルシャンは最後にみんなと一緒に行っていいといわれました。
で、翌日からは来ないようにと。

ほかの子に対してはやめさせる理由としてスタッフはみんな厳しいことを言ってたので子供たちはみんな胸を痛めて泣いていました。

たとえばロシア人の子に対しては、いかにその子が英語が出来ないかというのをその子の落ち度として悪いこととして親にに認めさせるような感じで責め口調でした。
そりゃ、横で聞いてる当の子供本人は泣きますよ。

もしかして毎年こういう場面が繰り返されてるのかもしれないですけど、ちょっと酷いなあと思いました。

わたしはその時点では平静を保っていたのですが、午後のダルシャンにみんなと参加させてもらえるといっても、もう明日からは来るなといわれたので、その前にある歌の練習に参加させてもいいものだろうか?と疑問に思って、昼にキャンティーンで女の責任者がいたのでそのことを聞こうと思って話しかけました。

そしたらその人は話の内容を聞く前に激怒しました。
わーわーわーわー!!!と。
あっけにとられたので、「もういいです」といって、離れました。

参加させていいのか分からなかったのでとりあえず練習の時間に主名と共に行ったら、ほかの首になった子供たちも来てて、その時の練習には最後ということで参加させることになってるみたいでした。

で、いつものように部屋の外で座って本を読んでたら、よく練習したので主名もちゃんと歌えるようになった曲が聞こえてきたので私も聞いてたら、突然ドアが開いて主名が座ってたクッションを持たされて一人で部屋から追い出されてきました。

その時の歌は主名も好きになったはずなのでちゃんとみんなと一緒に歌ってたに違いなかったのでなんで?と思い、主名に「遊んでたん?」と聞くと「歌ってた」というし、私も絶対主名は歌ってたと思いました。

主名もなんで部屋から追い出されてドアを閉められたのかわからなくて、「なんでなんか誰かに聞いて」とか言ってました。

中から別の用事で出てきたスタッフになんで主名が追い出されたのか聞いたら、「この子はいつも遊んでほかの子の邪魔をしてる」というので、「でも、今の瞬間はちゃんと歌ってたはずなのでなんで出されたんですか?今、この子はなにか悪いことをしたんですか?」と聞いても「いつもは悪い」みたいなことばかり言ってらちがあかなくて、ボスの女性がしたんだ。彼女がボスだ。としか答えなかったので、なにか私やほかへの見せしめみたいな形で出されたんだろうなと思いました。

多分、わたしが子供をクワイヤーに参加させるようにさらにごり押しする決意を持ってるという妄想をボスは持ってて先制攻撃をかけたんじゃないかと思います。

私が毎日、ほかの子の邪魔したり、ちゃんと歌わなかったりしたら「もうこんといて」と言われるよ。もう行かんとけば?と、半分冗談で主名に言い聞かせてたのを想像もしてないでしょう。
でも主名は楽しくて仕方なかったらしくていつも「行く~!」と、半泣きになってたのです。
まさかほんとに来るなといわれるとは思いませんでしたけど。

何か非常に攻撃的な気がしたんですけど気のせいでしょうか?

しばらくして知り合いのスタッフが主名を連れ戻しに部屋から出てきました。
で、彼も「なんでこんなんなんだとババに言ってる(心で)」とか言っていました。
ま、そもそも彼がさらに上の男の責任者に言って、無理に主名を参加させてくれたのですが。というのはその夫婦が主名を好きなので。
それは明らかに女ボスの意向に反したんだろうと思います。
ま、いろいろありますね。

主名の友達になった子も、いろいろ言われたそうですが、まだ7歳なのに難しい音程のパートを受け持たされて、それで「この子はぜんぜん歌ってない」この子はホントに7歳か?6歳じゃないの?と責められたそうです。

その子もその後しばらく泣きじゃくってがっくりしてたそうです。
主名曰く、そのこはちゃんと歌ってたそうです。

色々変なことがあったように思ったクワイヤーの練習でした。

つづく。







【2009/12/22 01:21】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
なんとか
クリスマス用の子供クワイヤーの練習はなんとか続いてます。
主名は聞き取ってる所もまだらにあるけど、そもそも歌詞カードを全然見てないのでけっこうでたらめを大声で歌ってるみたいですが、まあ、誰も戦力としての彼を期待してはいないでしょうからいいです。

しかし他を邪魔しすぎるといけないので、少しずつ正しい歌詞を吹き込んでます。

ホワイフェアフェンアイアムヒアー、とかいう歌がありますけど、主名はなぜかアイアムミーと覚えてました。
あと、英単語がところどころオームとかナラヤナとかに置き換わってたり。

一人、7歳の男の子で多分中国系か何かのインドネシア人がいて、その子と仲良くなったみたいです。
その子も主名も英語はいまいちでたらめだけどはりきって参加しています。

わたしは部屋の外で座って、漏れてくる音で歌を覚えてるのですが、その7歳の子のお母さんやおばあちゃんもやっぱり一緒に座るようになって、今日はおばあちゃんと一緒に部屋の外で一緒に子供クワイヤー番外編というかんじで自主錬しました。

けっこういい歌が多くて、きいてたらジーンとしちゃったりします。

主名は最初のガネーシャのマントラの時はすごい大声で言ってるそうで、キャンティーンとかでほかのクワイヤーの子供達が「あの子はマントラをすごく上手に唱える」と保護者に言って、保護者は「え?あの子が?」と、驚いていました。
他の子供達に比べるといかにも主名はちびっこなので。最年少だし。

でもおかげでかなにか分かりませんが、こころもち冷たかったスタッフ(みんなに配られるものが私や主名はとばされたり)が笑顔を向けてくるようになりました。
うちらって、ヴェーダにいつも助けられてます。

朝と午後に各2時間ずつくらい練習があるので、ハードといえばハードですが、今はほかの事をほとんどしてないので時間を練習にさくのは難しくないです。

午後の練習は3時に終わるので、そのあと今日はアシュラムの中の警察にちょっと尋ねることがあって聞きにいって、そのあとサウスでおやつにしてたらババが来たので男性側の外からダルシャンを受けました。
右肩の上に主名を座らせてたらみんな見てました。(いっつもしてるけど)

部屋に戻って少し練習したり風呂に入ったりしたら午後のアルティには間に合いませんでした。
ま、今日はすでにダルシャン受けたし、いいか。

子供がいっぱい集まるとやはり気持ちのいいエネルギーですね。
大人もみんなもともとそうだったのですよね。

【2009/12/16 22:07】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
子供クワイヤー
クリスマス用の子供のクワイヤーに主名を参加させていますが、昨日の朝は主名ははりきって起きました。

しかし女性の責任者が男性の責任者に「あの子はまだ6歳だから母親に参加できないと言って」と言ってて、男性は「でもあの子の親はとてもいい親です」とか何とか言っていました。

「そんなの理由にならないだろう」と離れたところから見て思ってたのですが
男性は「じゃああしたいいます」とか答えていました。
そしたら別の人が直接私に言いに来たので「はいはいはい」というかんじで中に座ってる(親は中に入れない)主名を呼んで、知人の責任者の男性に言って、帰りました。

その後久しぶりにトークンに参加しました。(ババ来ず)
気楽になったので子連れできてる人を主名が家に連れてくるまでにわたしは先に帰って部屋の掃除をしようと思って一人で歩いてたらまた責任者の男性に呼び止められて、別のまた誰か責任者に言って、特例で主名の参加を承認してもらったようでした。
そこまでするとは思いませんでした。

わたしは「そうだよねー、例外を認めたらほかに示しがつかないもんね」と、参加できなくて当然と思ってたので、やっぱり参加できることになって緊張感が出てきました。

特例なので、主名をちゃんとみんなについていけるように特訓しなくては。。。と。
7歳から高校生くらいの子まで来てるので曲数も多いし(21曲)レベルも高いし、英語ネイティブの子も多いので。6歳で、英語もちょぼちょぼの主名はかなりやばい、、、と思ったので。

なので、部屋の中に入れてもらえないのですが外で漏れてくる音を録音して、部屋で少し主名にメロディーとともに正しい単語を一つ一つ言わせたりしました。
こんなことしたくないなあとか、親が教えなくてはいけない時点で参加には無理があるよなとか。思いました。

しかし甲斐あってか、昨日はひとつもわからんかったとか言ってたけど今日は全部歌えたとか言っていました。
(そんな極端な・・・たぶんちょっとうそ。)

で、今日の午後になると、周りの子たちも覚えてきてのりもよくなってきて、主名もまねしやすくなったみたいで、なんとなく、すでにわたしの教える範囲を超えたような気がしました。

で、今日はガネーシャのマントラもとなえたそうで、主名はここぞとばかりはりきって大声で唱えたので、前に呼ばれてみんなの前で唱えさせられたそうで、気分がよかったみたいです。

でも、「歌ってるときに他の子の邪魔してない?」と聞いたら「わから~~~ん」とか言ってたので、さらに聞いたらふざけて邪魔してたようです。やはり。。。

まあでも私から切り離された場に主名がいくのはひさしぶりなので私も主名もちょっとすがすがしいです。
楽器もいっぱい周りで演奏するので楽しいそうです。
よかったですね。
【2009/12/16 01:22】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
子供のクワイヤー
クリスマスのときのプログラムに参加したい人のミーティングが今日ありました。

大人のクワイヤー(聖歌隊)には参加するつもりは無かったのですが、もし主名が参加できるなら連れて行ってやったほうがいいのだろうかとか思って、一応行ってみました。

主名は6歳ですが、子供のクワイヤーは7歳以上が原則なのは知ってたので、ま、だめといわれればいいわと思ってたし、去年主名の友達が6歳でクワイヤーじゃなくても、仮装してババの家の前でババを迎える役をもらったりしてたので、だめもとで行ってみました。

で、だめといわれたので、あ、そうですか、と、半ばほっとしてその場を去ったのですが、そしたら別の場所で知人に呼び止められて、クワイヤーに参加するの?ときかれて、私は参加しないといったら、でも主名はできるじゃない?といわれました。
主名は参加するにはまだ小さいからと答えたら、でも参加してみて、いけそうだったら参加したらいいよとかいわれたので、でも責任者がだめといったし。といったら、その人は自分は男性の責任者だからいいよとかいいました。

うーん、あんまり無理したくないんだけどとか思いましたが、じゃ、午後1時に集合ねとかいわれたので言われるままにまた練習に行きました。

女性の責任者とヘルパーが「何で来てるの?」と心の中で思ってるのがよくわかりましたが、まああまり何も考えずに参加しました。

主名は男性側に一人で座って、きょろきょろしてました。
だいじょうぶかなあ。。。

休憩時間には主名は「もうかえろうか」とか言ってたので、よかったと思って、じゃあもうこれから参加しなくてもいいねと聞いたら、「明日はもう来ないの?」とかいうので、今日帰るんだったらもう来ないよというと、えー、ま、いっか。というかんじだったのですが、ババがパダナマスカールくれるかもしれないけどもう、参加しなくていいよね?といったらやる気を出して、休憩後も参加して、休憩後はまじめに大きい声で歌ったそうです。(見えなかった)

休憩後はみんなも知らないアフリカの言葉の歌もあったので楽しかったのかもしれません。

なんかまだ、大丈夫かなというかんじですが、まあ、とりあえず明日の朝も参加してみます。
明日の朝は7時15分から練習だそうです。
大丈夫か?

なんか、最近特に、招かれざる場にいることが多い気がします。
あんまり気持ちのいいものでもないのですが、引き寄せる何らかの力が働いてるのだとしたら流されときます。
だめなら全員がだめといってくれれば逆に楽なのですが。

いるからには普通にいたいし。

今日はダルシャンで劇があるかと思ったのですがなかったです。
子供たちがバッチリメイクして衣装を着けてたのですが。
【2009/12/14 00:58】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プージャ?
プージャへのご招待、ということで、今日の午後2時からウエスタンでなにかやるみたいだったので行ったら、祭壇の前のスペースをそれぞれ一区切りくれて、色をつけたお米で絵を描かせてくれました。

おコメで砂絵みたいに描かなきゃいけないので、色を乗せやすい絵にしたかったのですが、主名はチョークでこちょこちょと普段通りの感じでサンタさんを描いたので、色を乗せるのにちょっと苦労しました。
しかも色を乗せるのも主名がやりたがったので大変でした。

なん色も同時進行しようとするので、[ひとつづつや!!!]と怒声をあげながらやりました。
まあでもかわいい絵になりました。

ラドゥーのプラサードをもらって記念撮影をしていったん部屋に帰りました。
帰る途中でババが来ました。
なので外からちらっとのぞきました。

部屋からまたダルシャンに行ったらちょうどアルティになりました。

主名はお米で描くの、すっごい面白かったからまたやりたいとか言ってます。
私はつかれたよ。
【2009/12/13 00:53】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
12月11日は
昨日、12月11日は今来てる子連れの人と一緒にトークンに並んでみました。
4番。まずまずです。

出入りしやすいようにサウスインディアンスタッフのうしろの通路沿いの場所に4人分席を確保して、さっそくサウスインディアンキャンティーンにおやつを食べに行きました。

4時のヴェーダが聞こえてきて。。。いつものと違うな?と思ったら、ババが来てました。あれ~~~?

昨日は4時5分前にババが来ました。

最近5時とか5時半とかだったのに。

ゆっくりリラックスしておやつを食べなさいということか?
と私は思い、連れの人はババの姿かたちにこだわるなということか?と思ったようでした。

しかし外からも見れるので、男性側に行ってホールの外から見て、時間も早かったので人もあまりいなくて見やすかったです。
男性側からって結構近くで見れるんですよね。

で、おやつをゆっくり食べて、トイレも行って、ホールに戻るころには連れの人の子供も眠くなってきてOK,OK,というかんじでリラックスしまくりで席に戻りました。

誰かがカードを配ったみたいで、ババの朝の祈りと夜の祈りが書かれたカードが席にありました。

今日は久しぶりに何もプログラムが無く、普通にバジャンがあって、普通に終わりました。

最近ババは帰りも車椅子で帰ってくれるので、正面から迫ってくる車椅子のババをしっかり拝む事が出来てよかったです。

そのあと芝生で子供らを遊ばせてご飯を食べて帰りました。
【2009/12/12 14:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
12月10日
昨日はかなり脱力してました。
思うに、まだインドに入りたくなくてずっとサリーを着てなかったのですが、おととい久しぶりに着たら、なんかプッタパルティのエネルギーと混ざって、軽い喪失感のような無力感のようなブルーな気分になったんだと思います。

しかし今日はしゃきっとしました。

数ヶ月前にババから夢でマントラを与えてもらったのですが、その日に108回唱えただけで満足して忘れてました。
そのときはヴェーダ関係で気分的にぼろぼろだったので、たぶん、マントラをもらうという満足感をババは与えたかったんだろうなんて思ってたのですが、でも、最近はせっかくもらったのに忘れちゃって、あまりにももったいないなあと思って、こんなだったかな?というのを適当に唱えたりしていました。

そしたら今日、それを書きとめた紙が出てきて、やっぱりちょっと違ってたので、出てきてうれしかったです。

なのでまた暇なときに唱えたりしました。
あんまり力がありそうなマントラじゃないように思うのですが、きっと自分に必要なエネルギーのマントラなんだろうと思います。

読み終わったタイで買った古本を10冊くらい図書館に寄贈しようと思って持っていく途中にすでに5年日本に帰ってない長期滞在の日本人に会って、図書館に行く前に借りられていきました。
時々無性に日本語の本が読みたくなりますよね。

もしプッタパルティに来る方がいたならお土産に読み終わった本を持ってきてもらえるとみんな喜ぶと思います。

そして部屋に戻ってから久しぶりにナマカムを唱えました。
やはりヴェーダを唱えるとすっきりしますね。
極度の脱力状態から脱してヴェーダを唱えられたということはマントラ効果もあったかもしれないと思いました。

ヴェーダに関しても人間関係がからんできてヴェーダもすっかりやる気を失っていたのですがなんだかまたやれそうな気もします。

そして、ずっと機会を失ったままだった、もうひとつの銀行(アシュラムの中のステイトバンク)での口座も開設しました。
こっちは国際口座と国内口座とあってわたしは国内のだけしかあけれなくて、日本に送金もできないということでした。
まあ、いいですよ。

カードは2週間後に自宅に直接届くとのことでした。

INGの方はカードはその日に未記入の小切手の束と一緒にもらったので、これがプライベートバンクと国営バンクの違いだなあと思いました。
まあ、国営はつぶれる可能性は比較的低いでしょうから、国営のもひとつあるといいよといわれたし、アシュラムの中の支店て、なんかいいかなあと思って作ったのでした。

INGの方は口座の残高が5000ルピー以下になると250ルピーだったか150ルピーだったかペナルティとして毎月持っていかれます。
ステイトバンクは1000ルピー以下で50ルピーのペナルティだそうです。

INGは日本からの送金は無料だそうです。

用事がいくつかいっぺんに片付いたのでよかったです。

5時過ぎにアシュラムに行くともうババはきてて、シンガポールがだしものをしていました。
マンゴーのお菓子のプラサードが配られました。
たぶんシンガポールの人らと思いますけど、バジャンもあって、女性のリードもあったので高さがちょうどいいから気持ちよく歌えました。
プッタパルティでは男性のリードがほとんどなので、低すぎてのどが痛くなるので。
自分の歌に感動して?少し涙が出ました。

今日もババは両手ブレスして、車椅子で帰っていきました。

そういえばこのまえはサマスタローカスキノーバヴァントゥで、ジェイボロ~~~ジェイ!と言ったあとにまたサマスタローカスキノバヴァントゥだけを3回ババの指示で唱えなおしてましたけど、あれはなんだったんでしょう。
【2009/12/11 01:22】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
12月9日
なんだかおばちゃんのパソコンのセキュリティをいじってたらどっと疲れました。
パソコンを通しておばちゃんの子供たちの不和の事情が迫ってくる感じで、パソコンの操作法を教えることを通じてですが、なんか深入りしすぎてる?と思えてきたり。
アメリカにいる娘も、パソコンを買い与えるならちゃんと教えろよなーと思ったり。そもそもパソコンなんておばちゃんに必要なさそうやし!本人も捨てたがってるし。。。
で、アメリカから毎日何を送ってくるかといえばアクセサリーの画像で、ほしかったら買うようにとのことなのですが、それに対しておばちゃんは「いらない」という返信を書いています。
何のためのパソコンなんだか。。。

最初にセキュリティを設置したのは息子なのですが、そのときのパスワードもわからないので電話でどうすればいいか聞いてもらったりしたのですが話しが通じないそうです。。。
結局パスワードを設置しなおしてやってますけれどよーわからんし!英語やし。。。
いっそのことそのソフトごと捨てて、新しい、自分になじみがあるやつを最初からインストールしなおしたい気分です。

まあ、それはそれとして、午後のダルシャンではミュージカル調の劇が行われていました。
プラサードも配られました。
今日もババは両手ブレスして、車椅子で帰っていきました。

私たちも久しぶりに少し前のほうに座りました。

プッタパルティ生活が、何もやる気が出なくてすごいだれてるんですけど、久しぶりにダルシャンにちゃんと行って、ババの顔の表情が見えるくらいの距離に行こうかなと思えたり。

怖いくらいやる気がないです。
なんだか、やる気を今、出してはいけないような気さえします。

いまは、うまく、エネルギーをまとめあげる必要があるような。
【2009/12/10 01:21】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
最近はいつもそんなです
今日の昼食のあとはまた、おばちゃんのコンピューターを見に来ました。
(おばちゃんの部屋より)

メールの書き方を教えるとかはいいのですが、コンピューターのセキュリティーが怪しくて、いままたセキュリティーをダウンロードしているのですがいつ終わるか分からないです。

息子やコンピューターの店の人にも聞いたそうですが結局よく分からなくて、店の人も[自分はラップトップについてはよく知らない]とかいってたそうで、デスクトップもラップトップも同じじゃないかと思うのですが。。。

今朝はババは来なかったそうです。

今から午後のダルシャンに行きます。
今朝はババの夢を見たことは覚えてますが、内容は全然覚えていません。
最近はいつもそんなです。
【2009/12/09 20:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
12月8日
今朝はババは来なかったみたいです。

午後は5時過ぎに来たみたいです。
私たちがホールに入ったときにはすでにインタビュールームでインタビューをしていました。
終わったのは7時くらいでした。
最近ずっと、ババは車椅子で来て車椅子で帰っていきます。

クリスマスに向けてか、外国人が大分多いです。
【2009/12/09 00:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
12月7日
今日は午後は知り合いのインド人のおばちゃんにパソコンのやり方を教えに行きました。
メールとかできるようになりましたが、ウイルスのセキュリティが切れてて、更新が無料でもなさそうでログインすらできなかったので、最初に設置したおばちゃんの息子に聞いてもらうことにしました。

息子はコンピューター関係の仕事をしてるらしいのですが、助けにならないそうです。たぶん、プロ過ぎて、脳波というか使う単語が違う過ぎるんじゃないかと思います。そういうものかもしれません。

その後、おばちゃんのお金を返さないで逃げるというある店に一緒に行ったら何もいわずすぐに返してくれました。
私でもいるだけで役に立つとは驚きました。
いいとこのおばちゃんは地元の人にもだまされるカモなのかもしれません。

今日はなんやかんやでダルシャンにいけませんでした。
まあいいです。

そのあとは日本からの子連れの人が来てるはずだったので、アコモに聞いて、たずねていきました。
個室をもらえると思ったのですが、ロシア人と同室になっていました。
クリスマスも近づいてきて、外国人が増えてるのだと思います。

夜はけっこう涼しいです。
今日のウエスタンのカスタードパイみたいなやつはすごくおいしかったです。
でもすっごく高かったような気がします。いままでで最高額でした。(2人で113ルピー)
クリスマスが近づくと、人材が豊富になって、ウエスタンのご飯がおいしくなりますね。
【2009/12/08 01:13】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
12月6日
今日の午後にダルシャンに行ったらなにかダンスをしていました。
ババは出演者と写真を撮って衣類をあげたあとたぶん違うグループが音楽プログラムを始めていました。
ババはその人たちとも記念撮影をしてまたなにかあげてました。

今日は夜は結構涼しいです。肌寒いくらい。

わたしは体調もいまいちなのでここ数日部屋で本ばっかり読んでいました。
村上龍の「イビサ」これはエログロかなと思ったら、そうだったんですけど、超能力も入ってて、なんか、中学生のときに読んだ幻魔大戦の小説を思い出しました。
最初の三分の一くらいの所ではなんだか感動しました。
テレパシーの描写とかは、なんだかなつかしいものすらありました。
本来はみんなテレパシーなんでしょうね。
言語で置き換えてるけれど。
そういえば、村上龍は超能力者みたいな人と対談した本も出してたなーと思いました。

今は横尾忠則の「波乱へ!」とかいう自伝を読んでいます。
これも途中でUFOとか幽体離脱が出てきたりして、今は横尾忠則が篠山きしんたちとインドに上陸した所です。
何年か前に東京の個展に行って出し物の狂言かなんかを見てたら横に横尾忠則本人が来て座って並んで見た事がありました。

しばらくこもってたけど、明日からはまた外向きになりそうです。



【2009/12/07 00:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
迷惑メール
私のホットメールのアドレスから迷惑メールがアドレス帳知り合いに送られてるみたいです。
怪しいのは削除しちゃってください!
【2009/12/05 22:02】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マラリア???
わたしは昨日の夜からぐんぐん熱が上がり、ひどい寒気だったので、マラリヤか???と思いました。
9度2分くらいあがってました。

布団を5枚くらいかけても寒くてがちがち震えてたら主名は「うごいてるー!」と大爆笑。
私のあたまを見て「あ、白い毛」とか言いたい放題。

でも熱が上がりきると寒気がおさまって暑くなったのでほっとしました。
マラリヤかと思ったので本を見てみたら下痢はマラリヤの症状じゃないし、単なる風邪だな、と。
熱も今日は下がりました。

ふらついてますけど回復しました。

ババハ今日も両手ブレス。
もう毎日の定番でしょうか?
【2009/12/02 01:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
口座開設
今日の午前は知り合いのおばちゃんについてきてもらって、銀行口座を開きました。
カナラバンクにしようと最初は思っていて、なんでかというと、開設時に何が必要か聞きに行ったときの対応がなかなか好印象だったからです。

ところが今日おばちゃんといったら、横のドアから入っていくのでびっくり。
え?前聞きに来た時はもう一つのドアから入ったよ?と言ったら、
前回私が聞きに行ったのは隣のシンジケートバンクでした。あれー。

肝心のカナラバンクは、なんか雰囲気がもひとつだなー、とか思っていたら、おばちゃんはこっそり、ここに来るのはいつも頭痛の種だとか言い出して、ここの銀行員は怠け者でなんとかかんとか言い出したので、え、ちょ、ちょ、チョット待って。と、横におばちゃんを連れて行ったら、ここの銀行も文句を色々言い出したので、なんかわたしも自分の受けた印象もあんまり良くなかったし、ここで開くのは止めました。

で、シンジケートバンクでもよかったのですが、前情報を何も仕入れていなかったので、前情報で評判のよかった向かいのINGバンクにしました。
ここはプライベートバンクなので利子は政府系よりもいいそうです。
お金を増やすよりもなくさない事が大事なので、もしつぶれちゃったらいけないので2つの銀行に口座を開こうと思っているのですが、
ひとつは政府系、ひとつはプライベートバンクにしようと思ってました。
私は勘違いしてて、カナラバンクはプライベートバンクと思ってたのですが政府系との事でした。

INGの方はおばちゃんもマネージャーの事を良く知ってて、いい青年だとほめていました。

私の印象としたら、なんかこのマネージャーはインド人じゃなくて日本人みたいでした。
にこやかで、すごく忙しそうで。
体壊さないかなあと大きなお世話ですが思いました。
しかし仕事ははやく、てきぱきと気持ちよく進みました。

口座開設に必要なものを全部そろえてきてたので、ほめられました。
ちなみに、パスポートとその写真の所のコピーとビザのとこのコピーと、私の場合は外人登録もしたのでその手帳とパスポートサイズの写真と、住所の証明として私の名前と住所が書いてある電話代の請求書と、あとは知り合いとしてサインをしてくれるおばちゃんです。

外人登録の手帳と電話代の請求書のコピーも必要だったのですが、その場でコピーしてくれました。

マネージャーが用事があるというので少し外に出て、おばちゃんと、共通の知人の引っ越し祝いを買いに行きました。
サマディーロードでおばちゃんは壁掛け時計を買おうとしたので、何軒か見て、でも、サマディーロードで買った時計はもれなくすぐにみんな壊れた経験がわたしにはあるし、おばちゃんも昔ここでぼられた経験(インド人なのにインド人にぼられるのー?と聞いたら、出身地が違うから、とのことでした)を思い出して怒ってたので、もう一軒行こうと誘って、ゴープラムゲートの向こうの新しいホテルの中に入ってる店に行きました。

おばちゃんはその店を知らなかったので、勝手に入って、ホテルの人に怒られるんじゃないかとちょっと怖かったそうです。普通のインド人のまじめな奥さんは自分だけで色んな所に行かないんだろうと思います。

そこでかわいらしい壁時計があったので「これにしよう」となって、それを買いました。
サマディーロードよりも品質が良くてむしろ安いという。
買うときに電池を入れて動くかどうか確かめましたが、そのあとでももし問題があれば対応するとのことで、その人の名前を聞いて、プレゼント用に包んでもらいました。

主名がスパイダーマンのステッカーをほしがったのでそれも買いました。

銀行のマネージャーから電話があったので、スーパーでおばちゃんはなにか返品して、わたしはシャンプーを買い、オートに乗って銀行に戻りました。

50000ルピーを預金しようと思っていたのですが、最近かどうか知りませんが、50000ルピーいっぺんに預金するとなるともうひとつ手続きが要るみたいだったので49000ルピーにしました。
50000ルピー以下だといいそうです。
でもそのもうひとつの手続きというのは時間がかかるのがネックなだけで、やっておくとよさそうだったので、しばらくあとにゆっくりやっておこうと思います。

カードと、領収書みたいなのとピンコードナンバーと小切手帳を渡されました。
小切手の書き方わからないんですけど、と言ったら、次来た時に全部説明するからねと言われました。3日後くらいにまた行くみたいです。
小切手なんて金持ちの小道具と思ってましたけど、インドではみんな普通に使うんですね。
おばちゃんもよく知ってました。

INGは普通預金でも利子は7パーセントくらいつくんじゃないでしょうか。確認してませんが。
(確認しろよ?)
政府系はたぶん4パーセントくらいじゃないでしょうか。
日本から送金したら1日で着くからね、とかマネージャーは言っていました。
ま、手数料がどれだけかかるのか知りませんが。
それより、プッタパルティのカナラバンクでは新生銀行のカードが手数料無しでATMで使えるみたいなので、その方がいいとは思います。

おばちゃんと主名と私とサウスに行って昼ご飯を食べて帰りました。

午後はアシュラムの中のステイトバンクオブインディア(政府系)でもうひとつの口座を開こうと思ったのですが、マネージャーがいなかったので明日出直します。
こっちも必要書類は同じですが、おばちゃんのサインはいらないみたいです。

もし、電話の請求書のようなインドで住んでるところの証明できるものがなければ、アパートのオーナーに「うちのアパートにこの人は住んでますよ」と一筆書いてもらうといいそうです。

インドの銀行は利子はいいけど、日本円で戻ってこないので、解約時に困ってた日本人もいました。
でも手数料はかかっても、日本の支店に預金を送金して日本でお金を出せば(解約すれば?そこら辺はよく知りませんが)日本円になるそうです。

ああでもお金の事は疲れました。
下痢中。
【2009/12/01 00:45】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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