スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
雨が降った
昨日の夜はほんとーに久しぶりに雨が降りました。
前回いつ降ったのか記憶にないくらいですから。

夜、何回か停電になってて、朝も一回なったかな?
でも停電はいつもしょっちゅうですが。

朝には雨はやんでて、道路はぬれていましたが、昼になった今はもう全部乾きました。

今朝は私はバジャンは行きませんでしたが、(ババは来てなかったと思います)
アシュラムの中に入って、ガネーシャにお参りして、久しぶりにムルガン(スップラマンニャン、日本でいうところの韋駄天。ガネーシャの弟)の寺にもついでにおまいりしましたが、
なんか、ちゃんと寺の周りを回ってお参りしたほうがいいような気持ちになったので、
またガネーシャ寺に行きなおして、お祈りしながら寺の周りを3回まわって、そのあと、ムルガンテンプルにもまた行きなおして、やっぱりお祈りしながら3回まわりました。

ガネーシャとムルガンは兄弟なので、セットでお参りするといいとか聞きます。

ムルガンテンプルのところで空の太陽にむかてお祈りしてる人もよくいるので、私も真似してやってみました。
今日は曇りなので太陽は見えませんでしたが、まぶしくなくてよかったです。

そう、今日は曇りなので涼しいです。

そのあと、アシュラムの外のスーパーに、アシュラムのスーパーで売ってなかったものを買いに行きました
ババの移動の前だからか、アシュラムのショッピングセンターは品切れしてても補充していませんでした。
砂糖も、トイレットペーパーも、パスタも、シャンプーもなかったので、それらを外のスーパーに買いに行きました。


主名のズボンが破れたりして少なくなってたので、ショッピングセンターでこないだTシャツは3枚買ったのですが、ズボンも買おうと思い、スーパーバザールを見てみました。
大きめだけど、丈を詰めればいいかなという、子供用のズボンが一着100ルピーほどであったので3本買い、あと、大判のタオル地の布を2枚買いました。
それは、仕立て屋にズボンにしてもらうためです。
それも、布代と仕立て代で一本100ルピーほどで出来ます。

あと、日焼け止めも買いました。
今まで日焼け止めは日本に戻ったときにまとめ買いしてきたり、日本から送ってもらったりしていたのですが、インドのはどんなもんだろうと思って買ってみました。
もし、自分に合うやつだったら、もう送ってもらわないで済むから安上がりだし、と思って。
資生堂の化粧品なんかもバンガロールでは手に入るそうですが、バンガロールまで行くのも面倒だし。
175ルピー。
アーユルヴェーダの会社の製品だからか、4つくらいしか成分の種類が書いてないんだけど、ほんとうだろうか?
余計なものが入ってないならそれに越したことはないけど、ちゃんと日焼け防止の目的を果たすのか?

スパゲッティも500グラムの袋を4つ買いました。
今までは輸入物しかなかったので、一袋100~150ルピー位してたけど、今日は、バンガロールで作られたのしか置いてなくて、60ルピーくらいでした。やす~。
味はどうなのか分からないけど、試してみます。

オーガニックジャガリー(黒砂糖)も500グラムのを4袋ほど買いました。
最近は健康に最高というトリファラリキッドをジャガリーで甘みをつけて飲んでます。
こないだ、アシュラムのショッピングセンターでアロエベラエキスみたいなのも買ったので、それも混ぜて飲んでます。
そのおかげか、暑さにばてずに今まできています。

牛乳パックも500ミリリットルのを6つ買いました。

あと,お香がもうないので、お香も3種類くらい買いました。
いわずと知れたサイババブランドのナグチャンパと、ハレクリシュナが作ってるゴーローカというやつと、モクシ、と言うメーカーなのかな?の、スワルナマリカというジャスミンの香りっぽいやつです。

UVカッとのリップクリームと、あと、ネパール人化しすぎるのを避けたいといいつつも、
目の中に入れて書くアイラインみたいなKAJALの、アーユルヴェーダにのっとって作られてる、成分のよさそうなやつも買いました。(99ルピー)
アーモンドオイルとかで作られてるのですが、売り場の女性が言うには、太陽光線からも目を守るとか。ほんとかな。

あと、生理用品とかも買いました。これも日本から持ち込んだり送ってもらったり、ネパールやタイで買ったのを持って帰ってきて使ったりしていたのですが、最近プッタパルティのスーパーの品揃えにも変化があって、今後はこちらで事足りそうです。置いてあるときに買っておかないと、すぐに品切れになったり取り扱わなくなったりするので、売れるんだから、ちゃんと今後もこの商品を仕入れてねという店へのささやかな意思表示も込めて、こちらも多めに買い込みました。

あとは、誰かお客さんが来たときにでも出せるようにポテトチップスとか買いました。
額につけるシール式のビンディーも買いました。
これは今日の買い物の中の最安値商品。(3ルピー。6~7円ほど)
ちなみに今日の最高値商品は400ミリリットルのシャンプーで、180ルピーでした。
あ、ちがう。ナグチャンパ(お香)100グラムの195ルピーが最高でした。

けっこう買いこんだので、手持ちがあったかな?と思ったけど、足りました。
全部で2300ルピーほどでした。(5000円くらい)

重くてとてもじゃないけど下げては帰れないので、リキシャでアパートまで帰りました。
10ルピーでいいんですけど、10ルピー渡したら、ドライバーが「・・・」と動きが止まって一瞬考えてたので、もう5ルピー渡したらまた時間が動き出しました。

今日は比較的涼しくて、ほんと気持ちいいです。

おなかがぺこぺこなので、学校から帰ってきた主名とサウスにお昼を食べに行ってきます。
スポンサーサイト
【2010/03/31 16:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
最近の写真
さっき、しばらく停電になりましたが復活しました。
なので、今日の写真を載せれます。(下3枚)
えーと、いちおう、アシュラム内は撮影禁止ということで。よろしくどうぞ。

1
ラーマのお祭りの日。絵がいっぱい入ってる事典みたいなのをもらって、喜んでいる主名。
2
おなじくラーマのお祭りの日。いちおう晴れ着仕様。
3
学校に、行ってきま~す。(帽子を外出先に忘れてきたので、手ぬぐいぼうし。)
4
今日の昼過ぎの写真。アシュラム内で砂遊び中。
一緒に遊んでた子との写真がすごーくすごーくよかったのですが、
お母さんへのブログ掲載許可がうやむやなので、今回は掲載断念。ざんねん。
5
これも今日の。フルムーンですな。顔が。
うしろはいつも子供らを遊ばせて、そしてセバダルに追い払われている芝生。
6
今日の夕方の。一緒に遊んでた子が撮ってくれた写真。
【2010/03/31 05:09】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨?
さっきからゴロゴロ雷が鳴っていたのですが、雨も降り出したようです。
どれくらいぶりだろう、、、すっごい久しぶりなのは確かです。

雨や雷が強くなるとそのうち停電になる可能性が高いので、今、画像を用意してるのですが、急いでやろうと思います。
【2010/03/31 04:07】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
見えない満月
今朝はアシュラムのデジタルフォトショップで過去のプログラムの写真を見て買おうと思ったのですが、予想外に人が多くて、自分の番がまわってこなさそうだったのでやめました。

3がついっぱいでババの学校の授業が終わりみたいなので、保護者が来てて、それで、写真屋さんが混んでたんだと思います。

学生だとババと一緒に写ってる写真が多いでしょうから。

なので、本屋をぶらぶら見て、バジャンのCDを3枚買いました。(日本円にして1枚100円ほどです。言っておかないと無駄遣いをしてると思われて不利益をこうむる可能性があるので書いときます。)
今来てる日本人の人がバジャンのCDを買い込んだと言っていたので、私もつられてしまいました。
すごく影響されやすいのです。
自他の区別があいまいなこういうタイプはバイブレーションのいい環境にいないと多分生きていけないような気が自分でもします。

なので、3年ほど前に居住地を日本からプッタパルティに移したとき、5年くらいたって、2012年過ぎたら世界のバイブレーションも上がってて、私も日本にまた住めるかなあ?とか思ったものでした。
なので、とりあえず、5年をめどに移住したのでした。
(だんなは10年くらい行ったほうがいいと思うよ。直感で。とか言ってましたが)

最近、インド、もしくはそこら辺のアジアのどこかへの永住説が出てきてるのですが、ま、それならそれでもいいかという気分になりつつあります。
(その説の出所はシュカの葉と、インド占星術)

CDは、ひとつ、聴きたい曲があったのですが、マンディールバジャンのCDのとこにはなくて、ババの肉声のCDの中にその曲が入ってたので意外でした。そんな、昔の曲だったんだー、と。最近のかと思ってました。
「ハレラーマ(×2)ラーマ(×2)ハレー(×2)、ハレクリシュナー(×2)クリシュナ(×2)ハレー(×2)♪」
とかいうやつで、そのあと、よく歌詞が聞き取れないんですが、

「サッサンガーテー ニッサンガートワム、ニッサンガーテー、ジーヴァンムクティー♪」
て感じのやつです。歌詞は絶対これじゃないと思いますけど、こんなかんじ、ということで。

買い物帰りにチャイを買って、アシュラムの裏庭みたいなところに持っていって一服しました。

つくづく、今のこの瞬間は、何も足りないものはないと思いました。
時々多幸感がやってきますが、だらければだらけるほどそういうときが多くなってるような気も。

だらけるというと語弊があるかもしれませんが、インドに来てからもいろいろキリキリとがんばってたことも多くて、最近はそういうのがずるんと抜け落ちたような状態になっています。
実際、切羽詰ってやらなくちゃいけないことがとりあえずなくなった、という現実があります。

午後は主名とウエスタンで昼を食べたあと、芝生のところでしばらく遊ばせたりしていました。
夕方は主名は、もうじき日本に帰る、友達になった子になにやらプレゼントと称する物体を作ってたので、まあいいかと思って作り終わるまで待ってたら午後のダルシャンを逃しました。

聞いたところによると、今日はババはみんなから見えやすいようにか?なんか台の上に乗ってたそうです。
今後も?
もしそうならあとでレポートします。

主名に「今日プラサードもらえへんかったー。」と、いちおう文句を言ったら、
「いいやん。いつでももらえるし」
とかいうので、
「でも、ババがおらへんくなったら、もうもらえへんで」といったら、
「いつでも、って、明日かあさって、っていうこと」と、返されました。

今日は満月と思いますが、曇ってて見えませんでした。
でもなんか、神が隠してくれてるように思いました。

ここ数日、脳の状態が少しいつもと違う感じで、満月のときはいつもそうなのですが、今回はすごく「出したい」かんじがあったので、それに従ったのかもしれません。この、ここ数日の超長文記事は。

今日もしゃべくっていたのですが、しゃべりすぎてアシュラムを出る時間が遅くなりすぎたので、反省するなんてめったにないことなのですが、今日はまじめに反省しました。
【2010/03/31 03:56】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ハレクリシュナ!
今日、アシュラムのショッピングセンターの靴売り場ものぞいてみたのですが、売り場のおじさんがすごいけんまくで買い物客のおばさんたちに靴の説明をして、説明の最後を

「ハレクリシュナ」
で、しめました。

あ、元イスコン(クリシュナ意識協会)信者発見!笑。

ショッピングセンターのスタッフの中には、元、チンモイ?チンマヤ?なんかよく覚えてませんが、アルジュナの生まれ変わりと言われていた人のアシュラムを経由してきた人もいます。

しかし、アルジュナなんて、神とひとつになったはずなのに、何でまた生まれてきたんですかね?趣味で?ひまで?

サイババのとこはなんでもかんでも「サイラム」(時にはサイラマー。なんで?)
ですが、私もよそに行ってもつい、レストランの店員に「サイラム」と呼びかけてしまったりすることがあるので赤面ものです。

でも赤面してるようじゃ甘っちょろいんでしょうね。

その点西洋人のおばちゃんなんかとよその国であってご飯を一緒に食べたりしても、平気の平左で「サイラム」連発でした。

「お前が合わせろ理解しろ」みたいな。

ちなみに主名はよその国に行っても天然でサイラム連発です。

くしゃみしたあとに、
「バガヴァ~~~ン」と言う人や、

座るときとかに
「スワーーーミッ」とかいう人もいます。

日本でいうとこの
「なまんだ~~~~」とかでしょうか。

え?いわないですか?  
【2010/03/30 08:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
げらげらげら。
大体いつも、夕食はウエスタンキャンティーンで食べて、そのあとアシュラムの門限の9時ごろまで子供たちを遊ばせて、大人たちはしゃべくって、というのが最近の日課になっています。

今日も、ようしゃべりました。

具体的な内容はかけないのが残念ですが、他の人にどんなとんでもないことを言われたとか、された、とかいうのが今日のしゃべくりのテーマのうちのひとつでした。

特に女性は、誰でも彼でもそんなことばっかりしゃべってます。
大きな声で言うととばっちりがきそうですが、特に長期滞在者って強烈なエネルギーと個性と、心の落ち着きのなさが特徴で(笑)話題には事欠きません。メンバーも適度に入れ替わっていくし。


げらげらげらげら笑って、誰かが言うには、
「わたし、本かこうかなっ。『サイババ家の人々』」

ぎゃー。げらげらげら。書いてーーー!!!

こうして夜はあっというまに更けていきました。
【2010/03/30 07:47】 | 人間模様 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日のババ
前々回の記事「子供への対応」で、なんか書きわすれたなあ?と思ったら、今日のショッピングセンターでの出来事を思い出しました。

今日、ひさしぶりにアシュラムのショッピングセンターで買い物をしたのですが、スープの素が、2個買ったら1個おまけ、というのがあって、そういうおまけは清算を済ませた後に出口の近くでスタッフのおじさんに言ったらくれるので、もらいに行きました。

そしたら出口からえらい剣幕で知り合いの奥さんが見たことのあるインド人の子供の首根っこを捕まえてつるしあげて連れてきたので、何事?と思ったら、そのインド人のこじきの子供(12歳くらい?)が、奥さんの息子(2歳か3歳?)のおもちゃを盗んだ、というので、捕まえてつれてきたようでした。

で、奥さんは、おまけ渡し係りのショッピングセンターのスタッフのおじさんにその子を引き渡して、
「セキュリティに連れて行って!あんたに託したからね!」
と言って去っていきました。

いやー、えらい怒ってはるわー。と、私もちょっとびびったのですが、でも、この乞食の子に対しては、アシュラムの中で乞食をしてることはもちろん(アシュラムの中は乞食をするのは禁止されてます)小さい子供たちが遊んでるところにからんできたりして、ときどき迷惑に思ってたので、セキュリティに連れて行って出入り禁止にしてもらえると正直助かるわー、とも思いました。でも、乞食の子供を引き渡されたおじさんが、ぼけっとしてたら乞食は走って逃げました。

あわてたおじさんは我にかえって、
「おーい、その子を捕まえろー!!」と叫んだので、何人かのそこら辺にいた男性が捕まえました。

そして、セキュリティに連れて行くかと思ったら、乞食の子供が「お母さんがあっちにいるから」とついたうそを真に受けて、開放してしまいました。

やれやれ、といった感じでわたしのスープのおまけの仕事の続きをしようとするので、おじさんに、
「なんで開放しちゃったんですか?あの子はいつもアシュラムの中で乞食をしてる子だし、物も盗るし、いつも親なしで、5人くらいの乞食のグループで入ってきてますよ」
と、軽く攻めたら、おじさんは「そうか、明日捕まえるよ」とか言いました。
でたー。インド人のその場しのぎの言い逃れー!
とか思って、

「私の息子もウエスタンキャンティーンの前で三輪車も自転車も盗られたんですよ」
というと、物が大きいし、アシュラムの中での盗難ということで、さすがにおじさんはえぇっ!?と、びっくりしていましたが、
「あの子が盗ったのか?」
と聞いてきたので、そういえば誰が盗ったかはわかんないや、、、と思って、(乞食の子供たちがうろうろはしていたのですが、盗難の現場は見てない)
「うーん、誰が盗ったかはわからないです」
と答えました。

おじさんは
「明日、捕まえるからね」
と言って、私もスープのおまけをもらって、帰りました。

奥さんは、セキュリティにあの乞食の子供を引き渡したかったら、自分で直接連れて行くべきでした。
ショッピングセンターのおまけ係のおじいさんじゃ、その場を離れるわけにも行かないし。

一応、アシュラムの中では乞食行為は禁止、となってるのですが、だいたい決まった面子がしょっちゅう乞食行為をしています。
最近は、アシュラムで雇われて働いている地元民みたいな女の人たちも
「お茶買って」
とか言ってきます。

乞食に対してはセキュリティは寛容なのでしょうか。
外国人に話しかけるのが好きな一般インド人とかには厳しく目を光らせていて、チェックしてるのになあと思います。

乞食に対して寛容、というやさしい気持ちをセキュリティスタッフが持っているというより、私が思うに、アシュラムに出入りしてる犬と同じような気分で、気にしてないんじゃないかと思います。
どうせ物乞いされるのはほとんど外国人ばかりだし。

それよか、アシュラムの景観を守るために、芝生に入って遊ぶ子供らを泣くほど怒ったりするほうが重要みたいです。

乞食はインドでどのくらいいるんでしょう。
そこら辺で野菜売ったりしてる人たちよりもよっぽど金持ちで、乞食でためたお金でビルを持ってたりするとかいう話も聞きますが、何らかの根拠はあるんでしょう。

誰も見てないと思ってぶあつい財布の中身の金勘定をしてる乞食も、見かけますし、
ご飯かってくれー、と言われて、無視してたら、自分の財布の中からお金を払って自分で買った乞食もいました。
「なんや!もってるやん!!」と笑ったのですが、
乞食にしても、乞食をするのは生業であり、究極の節約術、みたいなもんなんだろうと思います。

時々、着なくなったサリーを乞食にあげたりしたこともあるのですが、もらうときは
「さいらまー。さいらまー。(サイラムの女性形か!?)」と、ありがたそうに受け取るのですが、その清潔なサリーでは乞食は出来ないので、ボロのをまた着てきて乞食をしています。
で、また、「サリー頂戴」というので、
「まえ上げたやつ、きてへんやん」ということで、もう、普通のの乞食には、あげるのをやめました。
もうちょっと、乞食は乞食でも人を選んであげることにしました。

乞食どおしの嫉妬もあるみたいで、上げるのにも多少気を使います。

子供の乞食が、外国人は触っても同じアウトカーストだからオッケーとでも思うのか、腕をつかんできたり、ひどいししつこいです。

家がそんなんだから、子供の乞食は自分ではどうしようもないのかもしれませんが、こういう連鎖はいつかどうにかなるのでしょうか?

前、少しヴェーダを教えてた学校なんかは乞食同然の子供を預かってやってました。私も最初はそういうところに関われて喜んでいました。でもそこは、理念は文句なしなのですが、実際の運営状態はひどかったです。
せっかく、いい教育方針と、いい家と土地まであって、サポートしたがってる人もたくさんいたのに、内実は気持ちの悪い状況になっていました。

お金なんか、ほんとにきちんと子供にいい教育を与える場であるなら、出したい人はいっぱいいますよ。
いいことしたい人はいっぱいいるんだから。
校長先生が心から信用できなくなったので、もう一緒に働くのは無理だと思って、そこに関わるのはやめましたが、残念なことでした。

乞食の家族では子供が重要な稼ぎ手なので、もしも全寮制の何もかも無料の学校があったとしても、子供を入れたがらないんじゃないでしょうか。見てたら、お互いの愛憎も濃そうなので、なおさらです。
実際、プッタパルティにはいくつか無料の学校がありますが、乞食の親は子供をそういうところには行かせてないです。
少なくとも私が知ってる限り。

知り合い家族が、親のない子供たちを何名か引き取って、一緒に暮らして、一緒に暮らしてるからこそできる専門的な教育を施そうと計画していますが、そのように、小規模で責任を持ってするほうが、うまくいくんじゃないかと思ったりもします。量より質じゃないかと。量も質もだったら言うことないですけど。

私は教育の現場も乞食の暮らしの実態もほとんど知らないのでよくわかりませんけど、
前のその学校の校長先生は、一時期自分一人で30人の子供たちの身のまわりの世話と食事作りと勉強を全部やってた、と、自慢げに言っていましたが、そんなの、絶対手がまわるわけがないじゃないですか。

そんなことをしたらいけないと、私なんか思うんですけど、どうなんでしょう。
自分はくたくたに燃え尽きて満足だったかもしれないけど、子供らは衛生状態も悪い中で、教育もあってないようなものだったんじゃないかと思うのですが。

というのは、私が行ってた頃にその校長先生が運営してた学校の生徒は20人くらいだったと思いますが、
子供の身のまわりの世話や食事作りをする常駐のスタッフが2名いて、先生も校長を入れて3名いたのですが、勉強面も、衛生面も、十分とはいえませんでした。
私が日本人的な感覚だからそう感じるというだけでなくて、他の教師や、タブラーの先生もそこで教えることに興味を持ったので、紹介したのですが、タブラーの先生もそういっていました。

単に衛生面とか勉強とかよりも、根本的なところが何かおかしい感じがして、結局私はその学校からは離れたわけなのですが、何で今日私はこんな思い出話をしているのでしょう?(笑)

だからといって、自分が責任を持って学校運営ができるかと言えば、絶対無理だし、何も言うことじゃないのですが、
個人として、、その校長先生と交わしたいくつかの決め事が次々と破られたので、これ以上信用して関わることはやさしさじゃなくて罪だと感じたのでした。

結局は、個人レベルでの信用が基礎だと思います。
根っこにその基礎がないところには何も積み上げられないし、広げられないと思いました。

もともと、この校長先生が清廉潔白な誠実な人柄だったかどうかはしりませんが、あるいは、乞食の子供たちと深く関わることによって、吸収すべきでない性質を、校長先生は乞食の子供たちから吸収したのではないかと思ったこともありました。

人を導くというのはとてもとても難しいことだと思います。
ほんとうにブレのない、普遍の真理を内に持っている人しか、人は導けないと思います。

導くということ自体、相手に合わして自分を与えることが不可欠になってくるし、相手にあわしてつながったたあとに、ちゃんと、自分の中の真理に相手を持って再び戻っていかなくてはいけないので、やさしさや一生懸命さだけではどうにもならないように思います。

私の知り合いの年配のドイツ人の話ですが、物乞いされた時に、その乞食のおばあさんに
「ちょっと財布を見せなさい」
とかいって財布を出させて、中にほんとにお金がないのを確認してから「OK」とかいって、あげてました。
さすが。そこまでするか、ドイツ人!

援助をするにもいろいろ努力が必要ですね。
そう簡単には徳を積めないようになってるっちゅうことですか。

えーと、この記事のタイトルは、「今日のババ」?

今日のババは、男性側に3回ほいほいほいという感じに
ブレスして、そのあと女性側にもブレスしてました。
【2010/03/30 06:41】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2008年のスリランカの写真
文章だらけなので、昔の画像でも出しておきましょうか。
2008年スリランカビザ取り旅行より。

バンガロール2
バンガロールで。
プッタパルティを離れられてうれしい主名。笑顔もさわやか。
バンガロール1
同じくバンガロール。
ホテルで
こちらはスリランカで最初に泊まったホテル。場所は海辺のニゴンボです。
ニゴンボ道路
ニゴンボの道路の真ん中で休憩。
うみ
ホテルのすぐ前は海でした。
水路
ニゴンボからバスでたしか一時間ほど行ったところの水路でボートに乗ってバードウォッチング。
オオトカゲやくらげの群れ、子供のワニなんかも見ました。この水路は人々の生活の場で、子供らは泳いだりしてました。
インド脱出
スリランカサイコー。BY主名

(たぶんつづく。。。)
【2010/03/30 04:43】 | スリランカ2008 | トラックバック(0) | コメント(0) |
子供への対応
昨日の午後は私も復活したのでバジャンに行って、それまで主名は他の子のところで一緒に遊ばせてもらっていたので、バジャンホールで保護者を交代して、2人の子供をつれて芝生に行きました。

ロシア人の子供が作った遊び道具(立ってるポールに紐をくくりつけて、その端に棒をくくりつけたもの)を見つけて、2人は楽しそうに遊びだしたので、わたしは飲み物を買いにコーヒーやさんに行きました。

5分位して戻って見ると、おじさんのセバダルとかスタッフ3人くらいに子供2人は囲まれて、主名はしゃくりあげて思いっきり泣いてるし、、、。

「どうしたんですか?何で泣いてるんですか?」
と、そのアシュラムスタッフに聞くと、すでに怒りモードで
「やめろといってもやめないし、子供たちは悪いことばっかりするし、あんたは子供を放ってどこに行ってたんだ!」
とかいって怒るので、あきれて、
「飲み物を買いに行ってただけですよ」
と答えました。
なんでこんなに誰も彼もが「怒るが勝ち」みたいなんですかここは~。

子供たちに話を聞いてみると、
「いきなり腕をつかまれて、逃げようとしても離してくれないので、悪い人かと思って怖かった」
とのこと。
一緒に遊んでくれてた女の子は泣いてはいなかったけど、
「痛かった~」
と言っていました。

「言っても聞かない」とそのスタッフは言ったけど、多分、何か言うと同時に最初から怒りモードで子供たちの腕をつかんだんだろうと思います。

そんで、子供たちがどんなに悪いかということをそのおじさんは私に言ってきたのですが、あのねー、それは、はっきりいって、ロシア人の子供たちでしょ!ロシア人!完全にロシア人の超~~~悪がきども!この子らじゃないって。

「この子達はたった今来て、少し遊んだだけですよ。なんで、今までずっと遊んでたロシア人の子供たちに言わないんですか」
(このおじさんはこの場所の近くにずっといるのが仕事なので、ずっと毎日状況を見てるはず)
とかいっても、おじさんや他のセバダルは
「見ろ!植木の花も全部だめにしてしまった!」
とかいうんで見たけど、もう、枯れてますやん。
「この子らがやったんじゃないですよ。この子らはたった今来てちょっと遊んだだけでしょう?やったのは他の子供たち。」

「私も知ってますよ。悪い子供たちと親たちのことを。」
と、わたしがそのおじさん側なことを強調してみるも、結局、子供たちにその、ポールを引っ張らせるなというのがおじさんの言いたいことなので、それはそうなので、子供らに危険性を話しました。

たしかに、そのポールの上のほうには機械が取り付けてあって、今は使ってない監視カメラかなんかじゃないかと思いますが、(今はもっとちゃんとしてるのがアシュラムのあちこちに設置されてます)
その機械の下には金属の大きいとげとげがいっぱいつけてあるので、引っ張って遊んで、もしも倒れてきたら危ない、というのはもっともな話。

でも、それならそうと、子供たちもバカじゃないんだから、最初から怒りに任せて腕をつかんだりせず、普通にそう言って説明すればいいのにと思うのですが、多分、毎日のロシア人の子供たちのあまりの傍若無人ぶりに怒りがマックスになってたんじゃないかと思います。

ロシア人のむちゃくちゃな子供と、まったくわれ関せずか、、注意すると逆切れする恐ろしいロシア人の親たちのことは昨日今日のことじゃないので。

もちろんロシア人の親子みんながそうというわけではないのですが、むちゃくちゃする外国人親子の大多数はここ数年ではまずロシア人です。
国の情勢とかそういうのが、こういう親子のあり方にも影響したりしてるんだろうと思いますが、まあ、自分らレベルで言うととばっちりを受けることが多いです。

主名自身、ラッキーな子なのか薄幸な子なのかいまいちよくわからんところがあるので、よく、濡れ衣をかけられて怒られる役どころにはまってます。

少し前では、ディスプレイのサンタクロースをロシア人の子供たちが壊したり、首をもいだりしてたので、サンタクロースが大好きな主名なのこと、
「やめろ!」とサンタクロースの前に立ちはだかってサンタさんを守ってたら、誰かそれを遠くから見てた大人が怒りにやってきて、ロシア人たちはあっという間に逃げていなくなり、残った主名がこっぴどく怒られたり。(もちろん泣いた)

とばっちりを受けやすいのは日本人の弱い面かなのかもしれませんが。迫力もないし。

私もそういうときは主名を弁護ときもあるんだけど、相手に謝罪させるところまではいったことはありません。
たいていうやむやになって、怒った人は怒った態度のままどこかへいって、主名は泣き続け、ロシア人の子供たちはまたどこかで楽しく悪さを続けるという。

ぐちついでにもう言っちゃいますけど、去年のクリスマスの子供合唱団で、主名とインドネシア人の友達は途中でやめさせられたのですが、その直接の原因はというと、合唱団の子供たちでまとまってダルシャンを受けに行ったときに、12~3歳くらいのロシア人の男の子が、主名の手をつかんでインドネシア人の子を主名の手でたたいたので、そのインドネシア人の子供がロシア人の子に怒って、けんかになったからみたいです。

子供合唱団の世話役が一番恐れることは、ダルシャン中になにかそそうを子供がやらかすことですから、そういう可能性のある子供はそっこーアウトだったようです。

こないだも、主名と一緒に遊んでた女の子の顔をロシア人の男の子2人組が棒でたたいたので、
その子供たちに何を言っても私の力ではどうしようもないのはもうすでに何回か試してうんざりしていました。
ちょうどその子のお母さんが来たので、お母さんから注意してもらおうと思って、お母さんに
「あなたの息子がこの女の子の顔を棒でたたいたので、注意してもらえますか?」

と言ったらこちらの話を聞いたあと、事実関係を確認してもいないのに、とりあえず、
「そっちの子供が先にやってきたんでしょ!」とかみついてきました。

あ~~~~~、そうだった、そうだった、、しばらく関わらないようにしてたから忘れてたけど、ロシア人の母親って、こうだった、、、、、。

忘れっぽいんで忘れてましたけど、3年前くらいにもロシア人親子にはほんとびっくりさせられたので、ちょっと、もうこれは根本的に無理、、、と思って、関わらないのが一番、と思って、関わらないようにしてたら、いろいろ悪口を言いふらされたりしたこともありました。

こういう場合、どう対処していいものやら、いまだに、こどもらにも「関わらんとき」とか「ほっとき」とかいうくらいしかできないんですけど。

国の文化の違い、と単純にいうのでもないと思います。
他の国の親子はどこの国の人たちももっともっともっともっとまともで友好的ですもん。
イラン人の知り合いが多いですけど、文化なんかぜんぜん日本と違うと思いますが、ちゃんと通じ合えるものがあるし、やさしいですよ。

ロシアはそれだけ、今、なにか抑えてたものが噴出しまくってるのかもしれないと思います。

ここに来てるイラン人は、国ではこんなほかの宗教みたいなことをやったらそれこそ牢屋に入れられたりするみたいですけど、それでも真摯にインドまでやってきてる、というなにかを感じますが、

ロシアは、、、、、な~んか、厳しいです。特に、子連れのロシア人。男の子とその母親。
しかも、すごく数が多いんですよね。
中には比較的穏やかで、わたしたちと仲良く話をして、子供どおしも仲良くしてるロシア人親子(すべて、女の子と、その母親)もいますが、それでも基本が威嚇、とか、攻撃、の、態勢を感じるので、あまり気が休まらないです。

これは私たちだけの感じ方だけじゃなくて、主名と友達がやさしい性格のロシア人の子供と一緒に遊んでいるのを見て、ほかの外国人のお母さんに
「いいロシア人の子供なんてはじめて見たわ」
と吐き捨てるようにいわれたり、(彼女もいやな経験をたくさんしたみたいでした)したこともあり、多くの人が感じてるといっていいと思います。

主名と日本人から来た子が一緒に遊んでるところにロシア人の男の2人がからんできて、やめようとしないのを見て、見かねたロシア人のおばあさんがその男の子2人をしかりつけてくれたりしたこともありました。
(ずっと知り合いだったんですけど、そのおばあさんがロシア語でしかりつけるまで、彼女がロシア人とは知りませんでした)

まあ、昨日はそんなわけで主名は泣き続けで、私がなだめても何しても怒ってきたセバダルやスタッフへの憎しみをつのらせるばかり。そんな主名にしまいに私も怒りましたけど。

まあ、金属のとげがついたポールが倒れてきたら危ないというのは事実。(そんなもん、使わないんだったらさっさと撤去してほしいですけど。どこかに言えばいいのかな?ちゅうか、そういえば、怒ってきたスタッフはメンテナンスルームのスタッフじゃないですか?そんな危ないとかいうんだったら撤去するのはあの人の仕事じゃないの?)

あと、怒ってきたおじさんたちの身になって考えてみると、ロシア人の子供には言いにくくても、日本人の子供にはえらそうに怒りやすい。これも事実。

なんでかというと、ロシア人の子供が言うことをまったく聞かないし、親に言えば猛烈に逆切れ、という点以外に、ロシア人の多くが白い肌に金髪なので、普通のインド人のおじさんはそれだけでもう、びびる。最初から腰が引けてる、ということ。

一方、日本人、特に主名はネパール人も認めるネパール顔なので、ネパールはインドの属国で格下、という意識が見え隠れするインド人にとってはネパール顔の主名に頭ごなしにしかりつけることに、何の抵抗もない、というか、むしろ、小さなことでも大きくしかる、て、かんじ。

そういうことを逆効果かもしれないけど、主名に説明して、だからあんたは怒られやすいんやから気をつけろ、といつも言ってるんですけど。

こないだも、ウエスタンキャンティーンの前で夕食後にしゃべってたら、セバダルがインド人のおばちゃんに「外人たちにもう遅いから帰るように言ってくれ」と頼んだみたいで、
そのおばちゃんが「セバダルが、もう帰ってくといってるよ」と言ってきました。
わたしたちはその場を離れるところだったので

「今行くところですよ」と言ったら
「じゃあ、問題ないね」みたいなことをそのおばちゃんは言ったんですが、

その横にいて、円陣を組んでまだまだ宴が続きそうな盛り上がってるロシア人の大人数人と子供たちのことは、おばちゃんはしばらくじ~~~~、と見ていましたが、しばらくして、気がつかなかったかのように立ち去っていました(笑)

あれ~~~?言わないんだ~~~?(笑)

やっぱ、うちらって、インド人にとって言いやすいんだなと改めて思った次第です。
私も自分の雰囲気がネパール度を増すごとにインド人にぞんざいに扱われる機会が増えた気もしないでもないです。
あからさまに「このネパリが」みたいに言われることすらあります。
「ジャパンだよ」というと、言った本人はうろたえます。

わたしは日本人なのでインドに同化すると必然的にネパール人っぽくなるのですが、ま、本物のネパール人女性だったら、インド人のおっさんを怒らせるようなバカな真似はしないんじゃないかと思います。

あんまり、インドに同化するのも、考え物です。

やっぱり見た目で人は大きく左右されてるな実際。とも思います。

やっぱもうちょっとやせたほうがいいか。。。(そうくるか)
【2010/03/29 20:40】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
接続
最近ほんと、ネットがつながらないときが多いです。
ストップがかかってるのかな?

ババは最近はまた朝は休みだして、午後は出てきてます。
午後もあっさり終わってるときが多いです。

昨日は、あんまり気合が入ってない感じの両手ブレスをしていました。
【2010/03/29 18:35】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
まさか。
今日は、主名はずっとドラえもんのマンガを読んでいたのですが、そこで「まさか」という言葉を拾ったのでしょう。
ことあるごとに
「まさか」
を連発していました。

洗濯機の中の水が洗濯物から色落ちした染料で真っ青になっているのを見て
「まさか」

はいいとして、
脱水槽から脱水された洗濯ものをひっぱりだそうとしてもからまってなかなか出てこないときの
「まさか」
は、ちょっと微妙。

今日は、というか、いつも、洗濯は私がしてるので、干すのとたたむのは主名にやらせてるのですが、今日は
「洗濯は洗濯機がやってるやん。」
と、事実を発見したようでした。
【2010/03/27 23:12】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ひきこもりの日
今日はしんどかったので、一歩も外に出ず、主名に足を踏ませたりしながらごろごろしていました。

昼にようやくちょっと起きて、昼ごはんを作って主名と食べて、洗濯をして、主名に干させて、(6歳ともなるとけっこう役に立つ)また寝てました。

時々はどこにも行かない日があるといいものです。

主名は今日もタブラーに行って、タブラーの先生にみがきあげた宝石(白い石)を「光ってるでしょ」と、見せたそうです。
先生は「君のうちにはお金も宝石もたくさんあるから、泥棒が入るね」とか冗談で言ったそうで、主名は本気で少し心配になったようでした。
でも、ババが守ってるから、、、。と、気を取り直していました。

タブラーの先生に、一番光ってる宝石をあげちゃおう!とか言ってたのですが、
「やーめた」
と、やめてました(笑)

タブラーから帰ってきた主名に
「今日はしんどいからダルシャンに行かない」
というと、たたんであった布団につっぷして
「ひ~~~~ん」
と泣くので、今日の午後はバジャン後のジュースと夕食代を持たせて、一人で行かせました。
【2010/03/27 23:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月26日
今日は、26日ですか?
朝はババは来ませんでした。

午後は、6時前にアシュラムに行ったら、ババが来るところだったのでホールの中に入れず、男性側の外から見ました。

ババが通り過ぎたら中に入れるので中に入りました。
インタビューをしたあと、ババが家に帰ったのは7時前でした。

今日はプラサードなし。
あっさりと終わった日でした。

あ、でも、「サマスタローカー スキノー バヴァントゥ」×3、「オーム シャンティ シャンティ シャンティヒ」「ジェイボロバガヴァーン シュリ サティア サイババジキ ジェイ!」で、普段はバジャンが終わるのですが、今日はそのあとまたすぐに続けて「サマスタ~」からもういっぺん全部「ジェイ!」まで繰り返させていました。

時々こういうのをババはさせますが、なんでですかね?祈りやシャンティさがもうちょっと必要だったんでしょうか?

主名は昨日もタブラーのレッスンに行ったのに今日も行くといって、行きました。
行って、ほんまに練習してるんかなあ?と、今思ったら、
主名が背後で今日の練習の様子を話し始めました。

今日はタブラーの先生のところにインド人のお客さんがいっぱい来て、主名は毎回やってるんですけど、「シヴァのー愛に~つつ~まれてー♪」という日本語バジャンをタブラーをたたきながら歌わされたみたいで、
そしたら、インド人はみんな「つつーまれてー♪」の「つつ」が言えなかった。ということです。

「ちゅちゅ」とか「すす」とかになっちゃうそうです。
【2010/03/27 02:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
休日っぽい日。
今日の午後は、ダルシャンもバジャンも早く終わりそうだなー、と思ったのですが、主名がだらだら野菜スープを食べてて、6時前にアシュラムに行こうとしたらすでにダルシャンもバジャンも終わっていました。

まあでも公園に散歩に行くようなものなので、アシュラムの中の芝生のところに行って、主名は他の子供と遊んで、私は他の大人たちとぺちゃくちゃしゃべっていました。

バジャンが早く終わると夕方の時間がゆったりします。

今日の午後は、ババも、家から出てきて5分後にはもうアルティになって終わったそうです。
朝もダルシャンなかったし、今日はババもちょっと休憩ですね?
この一週間、濃かったし。

ダルシャンは5分だったけど、みかんのプラサードが配られたそうです。
こないだみかんのプラサードが配られたときはわたしらはバジャンに行ってたんだけど、ホールの後ろのほうに座ってて、でも、人も少ないしもらえると思ってよゆうで座ってたらババがさっさと帰ったので、配るのも途中で終わりになってしまって、こっちまで回ってきませんでした。

今日もみかんを逃したし、みかんのときばっかり逃してる。
と言ったら、いっしょにいてしゃべってた人が「(それって意味が)なにかあるのかな?」と、ちょっと思案してましたけど、なんかあるの?

でも今は特にみかんは食べたくないです。暑いから。
くれるならもらうけど。

メロンもこのごろよく路上で売ってるけど、切ったりするのがなんとなくめんどうで、最近は果物を買ってません。
アシュラムでココナツを食べるくらいでしょうか。(切ってくれる)
【2010/03/26 03:23】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
題名
主名が、
「題名、のび太。」
とつぶやいていたので、
「なにゆってんの。へんなこという子。」
と言ったら、
「変な顔じゃない!!」
と怒りました。

そろそろ耳掃除か。
【2010/03/26 02:54】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はババはお休みでした。久しぶりに9時台に午前のバジャンが終わりました。
参加人数がすごく少なかったです。
今の時期は来てる人が少ないので、暑ささえ別にすれば、実はダルシャンはねらい目の時期だと思います。

その暑さですが、3月も終わろうとしていますが、今のところさほどでもありません。
暑いは暑いですが、例年のような正気を失わせるような暑さは感じません。
今年の夏は今までのような切羽詰ったストレスがないということもあるからだと思います。
ビザを取りに子連れでインド国外に出なくちゃいけないストレスとか、主名をババの学校に送り込もうとして勉強させたり許可を得ようと必死になったりとか。あと、人間関係のいろんな出来事とか。

暑さとストレスの相乗効果になっていたと思います。

主名の学校のことについては先の見通しが立ってるわけではないですが、とりあえず毎日今行ってる学校に行って、ちょっとずつなにか勉強してきてるので、ま、いいかという感じになっています。
日本語もまあ、それなりにというかんじで。

実はインドの夏(4~6月くらい)を通して経験するのは今回が初めてです。
毎年、3月に入ると日本やよその国に逃げてましたから。

主名は今日は学校に行ったあとにタブラーに行きました。

ネットの接続がずっと不調だったのですが、回復したようです。

こちらの知人なんかは満月が近いからかいらいらしてたりしますが、毎回満月にいらいらしてる私は今回はまだ平穏です。

なんもやらなくてもいなら、な~んにもしない私なので、最近ようやくそういうペースに戻ってきた感じがあります。
インドに来てからは生活することそれ自体にけっこう一生懸命だったので。
【2010/03/25 20:46】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブログの紹介
koji さんの  リアルワールド  (←このタイトルから飛べます)

カテゴリー「マザー」が特に面白かったです。
「なんか自分て覚醒?したみたいなんだけど、よーわからーん。」とか思う人は、参考になると思います。
【2010/03/25 04:31】 | 他ブログ紹介 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ネット
ネットが、太陽の出てるうちは最近はぜんぜんつながらなくて、夜中になるとなんでかつながるみたいです。

今日も主名は白っぽい石を、、、じゃなかった、宝石を拾い集めてきて、洗って、うちわで扇いで乾かして、「光ってる、、、」とつぶやきながら見ています。

かなり大きい石もアシュラムで拾ってきて部屋に持って帰るので、重くてふらふらしながら歩くし、道行く人に私が具合の悪い子供を放ってさっさと先に行ってると思われて注意されたりしました。
実はその子供はやめろと言うのに、でかい石をいくつも抱えて歩いてるんですよ!!と通行人に言いたかったけど言わず。

石ころがどんどんどんどん部屋に運び込まれるので、他の日本人にそのことをぼやいたら「テレビゲームするよりいいでしょ」ということで、「ほんまやー」と、さらにその場にいた他の人の同意も得てしまいました。

今は主名から、明日宝飾屋にそれらの石を持っていって、指輪やペンダントを作ってくれと迫られているので、まず、磨き上げろ、と答えておきました。

それを聞いた主名が自分の歯ブラシで石を磨こうとしたので止めました。
【2010/03/25 04:06】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
10月24日
10月24日

ラーマナヴァミ

今日はラーマナヴァミでした。(ラーマの誕生日?)
朝、主名も学校が休みだし、ということでトークンに行こうと思って、朝も7時前に起きて、まあ、余裕かな?と思われる時間に行ったのですが、「今、締め切った」と言われて、トークンに参加できず、レイトライン(遅く来た人が並ぶライン)に入りました。
「やっぱ、がんばるな?てこと?」

まあでも最近は来てる人自体が少なめなので、レイトラインでもキャンティーンスタッフの後ろの一般席の2列目に座布団を置いて、サウスに朝ごはんを食べに行きました。

ババはなかなか来なくて、「来ないんならさっさとアルティして終わって開放して」という感じだったのですが、10時半に来ました。

私らはババがダルシャンに来ないならそれはそれでさっぱりするような気持ちもあるのですが、でも、外国や遠くから来てる人たちは、この日の朝が最終のダルシャンで、自分の場所に帰ってからもこのときのババの姿を胸に、その後の生きる力にする人も少なくないと思うので、一回一回のダルシャンがそれぞれの人にとってすごく重い意味を持ってたりもすると思うので、やっぱ、ババが来たのでよかったとか思いました。

ババはバガヴァタムの出演者と記念撮影をしたりしていました。

繊維状になるお菓子のプラサードも配られて、(最近これが多いですが、好きなのでイヤじゃないです。腐りにくいし。)
全部終わったのは12時ごろでした。

9時から約3時間バジャンを歌い続けていたのでのどが少し痛くなりました。

ちなみに全部ラーマが出てくるバジャンでした。いっぱいあるもんですね。私はプンニャナーンパビットラナーム ラーマナーマサーイラーム♪とかいうのが、朗らかなムードなので好きです。

通常、わたしは声は出せば出すほど出るんですが、マンディールバジャンは男性のキーなので、低い野太い声で歌い続けることになるので、さすがにのどに負担がかかります。

最近、毎日音楽プログラムがあって、すばらしい歌声が披露されていますが、ぜーーーーーーんぶ男性の声なので、女性の声も聞きたいです。

ダルシャンに来てる人はたぶん女性のほうが多いのになあとか思いますが、ここはそういう世界なのでしょうがないです。
マハシヴァラトリやグローバルアカンダバジャンのときなんかは男女が交代でリードして歌うので、女性のリードだとやっぱりコーラスも歌いやすくて、やっぱり、女性のキーって、このくらいだよねえ??と、再確認します。
いつもいつも男性のキーに合わせてるからか、インターナショナルバジャングループの練習も男性並みのキーの低さで歌ってます。
教えてくれてる先生もしょっちゅうのどを痛めてるし。

よその地区から来たバジャングループの女性シンガーなんかだと普通に女性の声の高さだから、すごく楽です。

と、話がそれまくりましたが、そんなわけで、昼までわたしも主名も座り続けました。
4時間ほどですか。
これは時間の無駄なんじゃなかろうか?
とか思うときもありますが、そんだけ、何も気にせずにその場にいて座りつづけることが出来るというのはまあ、なんかいいこともあるんでしょう。

昔に比べるとバジャンが歌える曲が増えたということもあり、バジャンを歌いまくってる分にはわたしも主名も楽しく座っています。
これがスピーチとかになるとちょっとつらくなってきますが。

それよりか、何も音なしで、前にババが単に座ってて、サイクルワントホールの人たちも静かにババを見てる、というシチュエーションも数年前によくあったように思いますが、そういう時は逆に濃厚にババそのものを感じたものでした。

私らや周りの人たちはわりと行儀よく座ってたのですが、最後のほうに、キャンティーンスタッフの座るスペースの余分な空間と私たち一般人の座るスペースの間をめがけて、背後からアグレッシブな方々がなだれ込んできて、セバダルの静止が追いつかず、急遽人々が入り乱れる中、一般席の先頭辺りの人たちも前につめるように指示されました。

行儀よくしてたらバカを見る世界になっちゃったら、そりゃ、誰もルールなんか守りたくないよね、とか思いました。
私の周囲の一般人の先頭集団はすごく行儀がよかったのです。
そういう人たちの自制の姿はすごく心休まるものだったのですが、最後には後ろから来たケモノ化した人たちに前の席を割り込まれて取られてしまって、ちょっとバカを見た感じになりました。
表面的にはバカを見た感じでも、人格を失わないという点では得るものはあっても失うものはなかったのかもしれませんが、う~~~ん。

しかし、今日、その数人の行儀のよさはここプッタパルティで久しぶりに見た自制心のある集団意識だったので、少し心洗われました。

昼食をウエスタンで食べて、午後も行けたらトークンに行こうかと思ったのですが、部屋に帰ってほっとしたらわたしも主名もまんまと熟睡して、寝苦しい感じで目覚めたあと、夕方にまたダルシャンに行きました。

音楽プログラムをしてて、しばらくしたらアルティになりました。
ディスコースもなしで、さらっとしたものでした。
ここ1週間バガヴァタム漬けだったし、もういいってところでしょうか。

そういえば昨日くらいから正面に宇宙をバックにしたババの写真が装飾として飾られてて、その前には頭がいっぱいの神様の像も飾られていました。
ビシュワスワルーパかなにかなんでしょうか?
頭がいっぱい!

プラサードはオレンジ色のプチプチプチが団子になってるやつで、これも私は好物なのでうれしかったです。

帰るときはババは手紙もあまり取らずにさーっと帰って行きました。
【2010/03/25 03:55】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ネットが、、、
ここ数日、すごくネットがつながりにくくて、多分プッタパルティ全体がだと思いますが、つながったと思ってもしばらくしたらまた不通になったりしていました。

今は夜中なのですが、夢を見て起きたので「つながるかな?」と試したら久しぶりにつながりました。

昨日はバガヴァタム最終日で、朝も午後もダルシャンはありました。
ババはバガヴァタムの語り手の頭をぽんぽんとたたいて祝福?したりしたので、場内から笑いが起こりました。

明日はラーマナマビ?
主名は学校が休みなのでトークンに行くとか行ってますが。
【2010/03/24 05:39】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月22日
今朝はババは来ないだろうと思ってたら来ました。
10時ごろだったと思います。

バガヴァタムは11時半くらいだったでしょうか終わったのは。
アルティのあともババはバガヴァタムの語り手としばらくしゃべっていました。

今日はデーヴァリシ、ナーラダが話の中に出てきたのが分かりました。
あとは「アッチャー!」(OK)くらいかなあ、わかったのは。
バガヴァンとかババ、とかも言ってましたけど。
内容が分かれば私ももう少し起きて聞いてるんじゃないかと思いますが。
きっと、分かったら面白いと思います。

こないだはナラシンハの話だったので、主名も、ナラシンハが柱から出てきたところとかは分かったみたいで、この数日はプラフラーダがブームになってて、プラフラーダの絵本を読んだり、絵本のプラフラーダのようにきちんと手を合わせてダルシャンを受けたりして
「ぼく、プラフラーダみたいでしょ?」
と、なかなかに感化されやすいところを見せてます。

今日の午前のダルシャンも長かったので、食費節約と、たんに好きというのもあって、私はサウスで軽く食べて帰って、主名の昼ごはんは部屋でパスタにしようと思ってたのですが、ババがダルシャンホールからなかなか出てこないので、「早くでてきてっ!食べて帰る時間がなくなる、、、」と祈ったらまもなく出てきました。

これじゃあ、サイババおっかけじゃなくてチャパティおっかけですが、そこで思い出した話が、
いくつもの神像をとっかえひっかえ礼拝していて効果がなかった男の人が、ある日にシバの神像をもうわきにやって、女神の像かなんかを礼拝しだしたら、女神の像にささげてる線香の煙がシバのほうに流れていったという話です。

シバが女神の線香の煙を横取りしてると思って怒った男がシバの鼻を布でふさいで、
「これでもう匂いがかげなくなっただろう、どうだ!」
とかしたら、その瞬間にシヴァが現れて、ダルシャンを受けたとかいう話。

男が、ちゃんと礼拝してたときにはシヴァは現れなかったのに、どうして今頃現れたのか聞いたら、シヴァは、今までは神像を像として礼拝していたけど、今日は生きているものとして布で神像の鼻をふさいだから、とか答えたんだったと思います。

なんか、私ってそんなタイプかな、と思ったりしました。

午前のダルシャンが終わってサウスに入ったのが12時15分前とかで、カレーつきチャパティとカードライスとサブジを10分くらいで食べて(6ルピー。12円くらい?)部屋に帰りました。

学校から帰ってきた主名にはトマトスープスパゲティを作って食べさせて(作るのも洗い物も簡単だし野菜もたくさんとれるので、スープスパゲティばっかり作ってます。主名もよく食べる)
少しヴェーダの練習をさせて、タブラーの練習に行かせました。

ところで、今日買ったカリフラワーは青虫だらけでした。
カリフラワーの虫食いの表面を取り除こうとしてナイフで切ると、青虫が次々躍り出てくるという。

タブラーから帰ってきた主名は道路で急にバイクが横から出てきてびっくりしたのか何かでこけたそうで、膝をけっこう怪我していました。
車の行きかう道路の真ん中でこけたそうで、見てた人たちがいろいろしてくれたそうで、そのあとそのままタブラーの練習に行ったので、タブラーの先生のところで傷口を自分でジャブジャブ洗ったりしたそうです。
「すっごいどきどきした。」
とか言っていました。
ほんとかどうか知りませんが、
「でも、泣かんかった」とか言っていました。

でも、部屋で消毒したあとにビブーティーを塗って、定着させるために軽く抑えたらちょっと泣いてしまいました。
でもそのあと、さらにビブーティーを乗せようとして容器を傾けたらどばっと出てしまって、傷口に山盛りになったので笑いました。

そのあと、部屋の掃除を軽くして、6時くらいにアシュラムに行ったらアシュラムにはいる前にアルティになってしまいました。
今日の午後は早かったみたいです。

なので、バジャンホールの裏から家に帰る途中のババを見ようと待ちました。
このときは珍しく外にまでプラサードを配りに来てくれたので、外でババ待ちをしてた人たちはみんなほくほくでした。
期待してなかった分、普通にもらうよりもうれしかったです。

テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体

【2010/03/23 02:50】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ささやかなババの夢
最近見るババの夢は間接的なものが続いています。

たとえば、
月とその周りの虹がきれいなので写真を撮ったら月の中にババの姿が写ったとか、今朝のは、用事でテレビのニュースを見たら、ベジタリアンの紹介の番組で和尚(ラジニーシ)が紹介されていて、内容もラジニーシのそれだったけど、(この人がべジだったかどうかはしらないです)使われてる写真はババで、他の人たちと
「これ、ババだよねー、間違えてるよねー」
とかいう夢でした

昨日、ウエスタンで食べ切れなかった甘い団子みたいなケーキを主名は朝食にするとか言うので食べさせましたが
「甘すぎて食べれなーい」と文句を言っています。
今日は主名の学校はあるはずです。電話して確認してみよう、、、

私はサウスに食べに行きます。

そろそろ出かけます。
【2010/03/22 12:12】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月21日のダルシャン
今朝も、私たちは8時前くらいいアシュラムに行って、サウスでご飯を食べてからサイクルワントホールに入りました。

今日は、バガヴァタムが始まるとすぐに寝ました。
横になって寝ながら聞けたらさぞいいだろうな、といつも思います。(時々お茶なんかも飲みながら)

10時くらいだったと思いますが、話の区切りにバガヴァタムの話し手が歌うバジャンのようなものが、有名な「チッタチョーラヤショーダケバ~ル♪」でした。

みんなが知ってるバジャンでしたが、プッタパルティでの歌い方とは微妙に違う歌い方をしていたので、ホールのみんなはなんだか乗り気じゃない感じで歌っていました。(わたしも)

ババは今日も来ないのかなあとか思い、次の曲が「マーナサバジャレーグルチャラナム♪」で、またなんとなく盛り上がらない感じの中、ババが登場しました。

結婚の祝福をもらうためか、家族連れが列の中から進み出て、ババに米?をかけてもらったり、パダナマスカールをさせてもらったりしていました。5~6人の一族がババの進路をさえぎっていろいろしてました。
その一族はそのあとすぐにホールを出て行ったのですが、花嫁のお母さんかな?と勝手に私は思ったのですが、彼女の優越感に満ちた満足げな表情が印象的でした。
私のものの見方がおかしいのか?

でもその時思ったのが、たとえ他人に対する優越感であっても、ババはそれぞれの人たちを元気付けるためにいろいろ祝福を与えていて、その満足感が他人との比較ではなく自己充足のそれへと発展していくんだろうということです。

ババが来ないときはバガヴァタムは10時半で終わるのですが、今日はババが来たので11時半までやってて、バジャン隊によるバジャンはなしでアルティになりました。

でもそのあともババはインタビューを何組かに与えていて、ババが家に帰ったのは12時10分とかでした。
さすがにもう十分という感じでした。

ババはイラングループのリーダーに話しかけられて受け答えして、パダナマスカールも与えていました。
手紙をとったり、最近ちょっと気前がいいです。赤ちゃんの祝福みたいなこともしていました。
こういうのって、インド人はよくやってもらっていますけど、(結婚の祝福とか赤ちゃんへの祝福とか)インド人だけなんでしょうか?なんか、それようの席が与えられてるように思いますが、外国人でもいけるんでしょうか。

そのままウエスタンで昼食を食べて、主名は友達と遊ぶために残りました。
宝石をたくさん見つけたということで有頂天になってさらに地面を掘りまくっています。

私は先に帰って疲れて寝ました。
主名もそのうちに帰ってきてやっぱり寝てました。

夕方は6時半とかに行ったと思います。
もう音楽プログラムをやっていました。
私の中の音楽プログラムが飽和状態になっているのか、今日は一切感動なしで、主名と一緒にずっと折り紙を折って遊んでいました。

今日のプラサードはチキというお菓子で、おいしかったです。

ババが家に帰るときに、手紙を渡そうと思ったらババが御付の人に言って進む方向を変えさせたので渡せなかった。と、大きくショックを受けていた人がいましたが、その人の隣にはイラン人のグループがいたので、グループのリーダーの押しの強さを知っている私は、ババはそのリーダーの近くを通らないようにしたんじゃないですか?とそのショックを受けてた人に言いました。そのリーダーの近くを通るといろんな要求をがんがんされそうだから。

終わったのは7時40分ごろでした。
【2010/03/22 03:19】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月20日午後
午後は6時くらいに行きました。
バガヴァタムはもう終わってるかな?と思いましたが、まだやってました。
クリシュナのおかーさんのヤショーダの話とかしてたみたいで、ついでに今のババのおかあさんのイーシュワランマさんの事にも触れてるみたいでした。

講談師みたいなもんだなと思いながら聞いてたのですが、話の区切りごとにバジャン?みたいな歌が入って、それが普段アシュラムで歌われてるバジャンの多くに見られるような切々と歌い上げるようなのではなくて、大団円!!!ハッピーハッピー!神様サイコー!!みたいなリラックスした楽しい宴会みたいなムードなのでうれしい感じになります。

その、プロ?かなにか知りませんが、その人たちのバガヴァタムが終わったあとはまた学校関係者???という感じの人たちが出てきて、クリシュナとババについてのプレゼンテーションみたいなまあ、サティアサイババ版バガヴァタムみたいなのをはじめました。

クリシュナが幼少期に育った場所を離れて王族としての身分に復活したときに、残されたゴーピーたちや育ての親の深い悲しみと心神喪失ぶりをいちいち例を挙げて、ババの若いときの歌声の音声を流したり、自分たちが歌ったりしながら紹介していっていました。

クリシュナが去ってしまったあと、彼らがどれほどソウルレスになってしまったか、飲み水にさえ手を触れなくなってしまったゴーピーたちが野の草花や木々にクリシュナを見たかと尋ねて回る様子や、悲しみのあまり石になってしまったラーダなど。(ラーダって、そうだったんでしたっけ?)

ラーダのその悲しむ様子を紹介したあと、出演者たちが歌と演奏をして、まるで歌い手がラーダその人になってしまったかのように悲痛なしかし甘い声で
「クリシュナ~~~!クリシュナ~~~~~~~!!!!」
と叫ぶように歌う場面では、鳥肌が立ちました。ババも肩を震わせ、涙を布でぬぐって泣いていたように見えました。

そんなに悲しいならなんでみんなを悲しませるようなことをするんだろ?とか思いましたけど、神のすることは分かりません。

しかし、ババの若いときの歌はすごかった、と、ちょうど昨日だったか他の人と話していたところだったのですが、今日は今まであまり聴いたことがないようなババの若い~おじさんのときの歌をたくさん聴けて、やっぱりすごいなと思いました。これも鳥肌が立ちました。

曲の合間に自分で合いの手をいれるのが、インド人はすごい上手なのですが、ババのその雄たけびは何にもさえぎられずどこまでもどこまでも加速して浸透して拡散して行って、その無限の音の広がりに広大な宇宙を垣間見る思いがしました。

ほんとに、声が出たころのババの歌はすごかったです。

紹介の仕方が面白くて、ある音源の紹介の時には
「それでは、彼(ババ)のプリティボイスをお聞きください」
とか言っていました。
そのあとに続いたうたは早口言葉みたいななんかよくわからん歌ではあったのですが、プリティといえば、プリティ、、、、かな?

そんなかんじで、すごく面白かったです。

楽しめるプログラムが最近毎日続いててうれしいです。
今日のプラサードは昨日と同じ(多分あまってたんだと思います)、さくさく繊維に分かれる甘いお菓子でした。
でもあとに配られてたものは新しいやつでした。
明日はあれがこっちにも当たるかな?
プラサードも毎日配られています。

こないだのここら辺の地方の正月の気分がまだ続いています。
少なくとも、来週のラーマのお祭りまで続くと思います。
【2010/03/21 02:08】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バガヴァタム3月20日
あ、今日は、一番上の弟(IN 奄美)の誕生日でしたおめでとうございます。

昨日の夜は多分プッタパルティ全体がネット不通になっててて、更新できませんでした。(よくあります。今日も何回か停電してました)

昨日の夜は、バガヴァタムのあと、なんか学校関係者みたいな人たちがババに関するバガヴァタムみたいなのをやって、そのあとその人たちがひとりひとり歌って、すごく上手でした。
声も見た目も落ち着いてたので、音楽大学の教授陣なんだろうか?とか思いましたが確認していません。
一人、映画のナレーターのような、すごく落ち着いたいい声の人がいました。
聞きほれました。

今朝もがんばって早く行こうとしたのですが、またしても主名は出る間際に風呂に入って、しかもシャンプーとかはじめたのであきらめて、直接サウスにご飯を食べに行って、8時少し過ぎにホールに入りました。

9時前に主名を学校に行かせたのですが、しばらくして「なかった」とかいって戻ってきました。
「そういえば、先生昨日、明日はないって言ってて、ぼく、忘れて3回聞いたんだった」とか言っていました。
ほんとになかったのかなあ?と少し疑問も残るのですが、そんなようなことをいってすぐ前に座ってた日本から来た女の子と折り紙とかで遊んでいました。

そして今日の朝もババは来ませんでした。やっぱり!?

今日は10時半にバガヴァタム(今日はプラフラーダとヒランニャカシプとナラシンハの話をしてて、ストーリーをしってるので、今何をしゃべってるのかがなんとなく想像できて、楽しめました)が終わり、バジャンになったので、サー、がんがん歌うぞとか思ったら、今日はバジャンも簡略版で10時45分には終わってしまいました。

そのあとは主名はずーとそのこと遊んでて、ご飯の後もカメレオンをつついたりして遊んでて、私とその子のお母さんはつきあいきれないので先に部屋に帰りました。
結局4時過ぎになってやっと部屋に帰ってきました。
2時間くらい穴を掘ったら宝石が出てきたとのことでした。

では、夕方の宴(ダルシャン&音楽プログラム)に行ってきます。
【2010/03/20 21:03】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
シュリマドバガヴァタム
昨日もおとといもその前もババは朝に来てたし、ちょっとがんばっちゃおう、と思って、トークンに行こうとしたのですが、主名を起こしていこうとしたら風呂に入るとか言うので、結局8時前くらいに行きました。

バガヴァタムを歌い語りする人は毎日交代してるんでしょうけど、ホールの中の人もびっくりするくらい少なくて、今日はなんだかすごくよかったです。
なんだか早朝にガンジス川のほとりで川を渡る風に吹かれながらバガヴァタムを聞いているかのような神聖さを感じました。
これで内容が分かれば言うことないんですけど、ヒンディーなので、固有名詞くらいしか分からないです。
パリクシットだかパクリシット王のこととか。

毎日、7日間聞いてたら私もこの王様みたいに昇天するでしょうか?
パソコンいじってるようじゃ無理ですか。

朝8時から簡略版のヴェーダ吟唱があって、そのあと8時半からバガヴァタム、
主名は9時前に学校に行きました。
心地よく聞いてたのでよく眠れました。
10時半丁度に終わり、そのあと11時までいつものようにバジャンがありました。

今朝はババはきませんでした。
なんか、私ががんばってダルシャンに行くとババはこない気がします。

私の誕生日のときも、それまで朝はずっと来てたのにその日だけ来なかったし。
がんばるなってことですか?

今日は日傘を持っていっていたので、終わったあと散歩してシュガーケインジュースを飲みました。
(日傘がないとうろうろする気にはなれない)
ノースがあいてたしすいてたので、昼ごはんをノースから持って帰りました。

やっぱり暑さ対策ということもあるのか?
ダルも酸味がある味付けでさっぱりしてておいしかったです。
ゴーヤを煮たおかずも有りました。
外国人の知人がだんなさんにゴーヤ料理を出したらぶっとはきだして、「何だこれは!毒か!?」とか言われたといっていましたが、わたしはゴーヤはけっこう好きなので、それも買って帰りました。
もちろん食べるのは私だけですが。(主名は食べない)
ノースのゴーヤのおかずは、ゴーヤを種ごと輪切りにしてて、種も食べるようになってます。

主名は今さっきタブラーの練習に出かけて行きました。

主名は今日も学校で100点だったとノートを見せてきました。
インドでは大体、子供の勉強は親が全面的にかかわって手取り足取り教えて特訓するのが不可欠みたいなのですが、わたしがそれをやると親子関係が破滅して日常生活が送れないほどお互い消耗するので、、もう、勉強を教えるのは一切やめました。
でもちゃんと勉強できてて、最近はちゃんと記憶もしてるみたいなので、よかったなと思います。

学校で、奥さんとだんなさんがご飯を食べてたらだんなさんが死んで、奥さんが何で死んだんだと泣いてたら悪い人が来て、、、というDVDを見たとかいうので、なにそれ?なんの昼メロなわけ?と思ってよく聞くと、死んだ夫を死の神から取り戻したサーヴィットリーの話でした。

学校でもアシュラムのバジャンがよく聞こえるらしく、「今日、サルダルマスワルーパーサーイー♪」のバジャン歌ってたでしょ?とか言っていました。

【2010/03/19 18:32】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
だんなが来る夢
今日の明けがたには、だんながこっちに移り住んでくる夢を見ました。
うちらは喜んでたけど、ほんまに来るんかねぇ~?
(最近見たアガスティアの葉では今年からこっちに住むと書かれていましたけど)
【2010/03/19 17:41】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
プラサード
今日の午後のプラサードは、男性側と、一部の女性側にチョコレートのプラサードが出ていました。

この暑さ、、、だれか「だいじょうぶか?」とか思わなかったんでしょうか?

外国人の帰依者が外国から寄付したプラサードかなあ?
私はもらわなかったのですが、もらった人が食べるのを観察してたら、プラサードの袋の中に突っ込んだ指がチョココーティングされて出てきて、それをなめていました。

先日実家から荷物が送られてきたのですが、兵庫の山奥はまだ0度とかだったらしく、荷物の中身は毛布とかしょうがゆとかカップ入りのおしることか、あったまるもの満載でした(笑)

何で毛布?と電話で母に聞いたら「主名が寒いかと思って」とのことでした。だ、大丈夫ですか?おかーはん。

私の誕生日はひなまつりだったので、誕生日プレゼントとしてひなあられも入っていました。
チョココーティングされたチョコひなあられでした。しかしもちろんこの暑さ。別々だったはずのあられはチョコの海のなかでただひとつのものへと進化を終えていました。
主名いわく、「なにこれ?味噌?」
冷蔵庫で固めて、ナイフで一口大に切って、主名が全部食べました。(喜んでた)
【2010/03/19 03:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
シュリマドバガヴァタム
今日はシュリマドバガヴァタムの歌い語りみたいなやつの2日目です。

朝ババは10時すぎくらいに来たんじゃないかと思います。
歌い語りみたいなやつは多分8時半くらいからやってたと思います。
(私と主名は9時前にサウスに朝食を食べに行って、主名はそのまま学校に行きました。)

今日は昨日ほどのとがったテンションは感じなくて、聞きやすかったです。
歌のときは特にまったりした空気で、あのー、アマチの弟子たちが歌う脱力系のバジャンみたいでよかったです。
ババのとこのバジャンの歌い方はこれでもかというような押しの強さがあるので、ガンガン活性化されるかもしれないけど時々うぷ、お腹いっぱいです。。。となるときもあるので。

終わった時間は定かではないですが、11時過ぎくらいでしょうか?

でもババもまったりとしてたのか、アルティのあとも長い間残っていました。
で、ババの学校の学生のイランのS君を前に呼んで、ドゥルガースークタムを途中まで唱えさせたあと、ルッドラムも途中まで唱えさせていました。
それまでわたしはあくびしたり寝たりしてたのですが、目がさめました。

難を言うと、吟唱はところどころミスがありましたが、そういう問題じゃないんだろうなという感じ。
彼は今12歳とか13歳とかそのくらいだと思いますが、ババが最後のときを迎えるころはこの子がババの身の回りの世話をするのかなあ?と思わせるような寵愛ぶり。

まあ、ほんとのところ、神の意図は外部からは計り知れないんでしょうけれど。
外人の子供がインド人の中でやっていくのは大変だし、元気付けと周囲への影響を考慮してのことかもしれないし。

あとで、去年おにいちゃんに続いて入学した弟のR君も呼ばれてて、ちっこいR君がちょこちょこ走ってババのとこにきたので「わー、もう一人ちっちゃい子が来た」というかんじで場内から笑いが起こりました。

もうすでに有名人になってるのでいいと思って名前を出してますが(出してましたが、やっぱりまた隠しました)、R君は赤ちゃんのときから主名と仲良しで毎日のように遊んだり一緒にご飯を食べたりしてたので、今日、R君が前に呼ばれてババにほっぺをぱちんとたたかれたり話しかけられたりしてるのを、主名に見せてやりたかったなあと思いました。
きっと、ニヤニヤしたと思います。

でも今後もことあるごとにこの兄弟はババに前に呼ばれそうな感じもします。
モスリムの子供たちがヴェーダを唱えたりするということはきっとすごく意味深いことなんだろうと思います。
みんなの前でこういう風に取立てられるということはそれだけババの愛と力を必要とするような重い役割やしょってるものがあるのかもしれません。

ちなみにこの子供たちは生まれる前というか、妊娠前からすでに、いい魂を送るとか、その子供たちはババの学校に入れなくてはいけないとインタビューで言われてたそうです。

ババの学校は全寮制なので、入ってしまえば親からは実質的に離れて独立したようになるので、ババの両脇に立つこんな二人を見てると、ああ、ババの子供たちになったなあ、と思い、いや、もとからババの子供たちだったのか、とも思いました。

彼らのお母さんは子供たちをちゃんと見れたかなあ?と思ってると、ババが帰るときにしっかり手紙を渡してるのが見えました。さすがアグレッシブ。

今日帰るときは(最近そうですが)ババはたくさん手紙を受け取っていました。

いやー、それにひきかえ、うちらっていつまでも変わらずしょぼいなー、と、つくづくよく思うのですが、(同期みたいな滞在者ファミリーは次々出世していってて、一般席に座らなくなっていってるので)最近、主名へのヴェーダレッスンをほとんど放り出してて、昨日、ほんとに久しぶりに唱えさせたくらいだったので、私たちに関して言えば、今朝のこの、もと主名の遊び友達の子供たちが前に呼ばれたことでババから愛の喝を入れられた気がします。

ちなみに何で昨日久しぶりに主名にヴェーダを唱えさせたかというと、主名がはちみつのたっぷり入った飲み物を一口も飲まないうちにコップいっぱい部屋にぶちまけたので。
主名が原因で私が激怒した時には主名にヴェーダをしばらく唱えさせていると数十分後には私の気分がましになってくるので。
主名もそういうときは必死で唱えるし。

そしてホールから出て時計を見るともう昼の12時15分だったのでびっくりして、いそいで部屋に戻りました。
学校から帰ってきた主名は部屋の前から道路を見下ろして待っていました。

今日はウエスタンに昼食を食べに行き、その後主名と日本から来た女の子を遊ばせていましたが、キリがなかったのでわたしは途中で一人で部屋に戻りました。
【2010/03/18 21:07】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
蛇にかまれる夢。(主名が)
昨日は、ある場所に大小さまざまな種類もさまざまな蛇がすごいいっぱいいる夢を見ました。
私は誰かとその場所を覗き込んで、すごい大きい蛇を見て「わー」とか言っていました。

そしたらそのうち主名が蛇にかまれたようでした。
主名は「ちょっと血が出ただけだから大丈夫」とか言っていましたが、もしもコブラとかだったら大変だと思い、私はその時何かやらなくちゃいけないことがあったので、誰かに頼んで主名をオートリキシャで病院に連れて行ってもらいました。
そんな夢でした。

蛇にかまれる夢って、霊性修行者にとってはすごく吉兆と聞きます。
夢でかまれたのがわたし自身じゃなくて主名なのでどうなのかよくわかりませんが。
【2010/03/17 18:35】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
| ホーム | 次のページ
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。