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ババなしのトークン1番
昨日の朝も今日の朝もトークンは1番でした。
(今は人が少ないので、朝は4番くらいまでしかない)

でもババは来ず。
最近、朝はババは来ない日が続いています。

昨日の午後はトークン5番でした。
昨日もババは来るのは遅めでした。

家に帰っていくとき、人々が手紙を差し出してるのに対して、「待て、待て」とやってて、ほとんどとりませんでした。
でも、みんなうれしそうな顔をしていました。

主名は昨日もアルティ直前にトイレに行って締め出されて、ババが前を通るときにはその場にいられませんでした。
前日もそうだったので、昨日は2回くらいトイレに行くように促したのですが、「出ない」とかいって
行かなかったのに、アルティ直前になって「もれる」とかいって出て行ったので、
なんか意図的なんじゃないの?と思って頭にきて、
「どうせ出て行くんなら、これからは自分で男のほうに座っててよ。私は一人のほうが楽なんだから。」と、
ちょっと怒りました。

それまで2時間くらい長々と横たわって主名は寝てて、
まわりのでっかいお尻の西洋人のおばさんたちとか、主名が伸びてる分、「いいよいいよ」といって小さく座ってみんな場所を譲って我慢してくれたりしてたのに、
いざというときに主名がでていっちゃって、私もそうですが、みんな「え~」てかんじですよ。


本人は意図的じゃないといってましたが、、、。
意図的じゃないならもうちょっと考えろよー。


で、今朝はババは来なかったのですが、
なんかしらん、ババはいつもやさしいばかりだとかいう思いになって、よく泣きました。

私は自分ではこの上なくやさしいと思ってるのですが、実際は「ごうのトラですか?」とか言われるかんじなので、きついんでしょう。


そういうつもりはなくても、人を責めたり、自分を責めたりしているんだろうという気がしました。

しかし、ババの来ないダルシャンでぼうっと座っていると、そういうきつさがほぐれていくのかもしれません。
今朝はそういう、ほぐされてる感じがありました。


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【2010/04/30 15:21】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プールナアバター
今日の午前中はインド占星術の通訳を頼まれて行ってきました。
(英検3級を高校のときにとったきり)いやー、日本のおば様たちの購買力を見た!てかんじでした(笑)

念のために辞書を持っていったら一回使いました。

インドじゃなくて、英語にもっとシビアな国だったら、4年近くもいるんだし、もっとぺらぺらになってるんでしょうね~。
インドにいるので、語学力はさほど変わらず、勘だけが発達していってます。


今日は午前のトークンも午後のトークンも3番でした。

今日の午前はババ来ず。

午後は6時半過ぎに来ました。
遅かったんで、暇だし、バジャンも歌ってしまった。
のどを完全に治そうと思ってるのですが。

主名はババが来るのを3時間くらい待ったのに(ほとんど寝てたけど)、アルティの5分前にトイレに行き、入って来れませんでした。
この子はなんかこういう子だよな~~~。

今日はババを見てたら「プールナアバター」という言葉がうかんで消えませんでした。

なので、ババが帰っていくときに
「プールナアバター」
と思いながら見ていました。

ババはにやりと笑って、手紙を豪勢に次々とって帰りました。
今日は手紙をとるときに指一本動かしてませんでした。

眉毛を上げて目で合図。のみ。
で、側近がそれを見て取っていくという。

側近の人、よく見てるなーと感心しました。

最近、サマスタロ~カ~というやつを終わった後にまたやることが多いです。

ババは今日は顔を触るついでに右手でなんとなくブレスってかんじでした。


コダイカナル狙いの日本人が30人ほど来ています。
今年はコダイカナル、どうなんでしょうねー?

5月6日以降にいくかもという話もありますが、今年は北インドに行ったし、もうコダイはないんじゃないのかな~とか、個人的に思いますけど。


今日は満月です。

今日の満月はカスタードのようなとろけるクリーム色でした。





あ、そうか、満月だし、プールナアバターってこと?

プールナって、完全な、って意味でしたっけ?
【2010/04/29 00:52】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ネットよ~。
は~、
年々プッタパルティのネット環境はよくなってるとはいえ、すむーずにいかないこtすむーずにいかないことすむーずにいかないことmすむーずにいかないこともすむーずにいかないこともおすむーずにいかないこともおおすむーずにいかないこともおおいすむーずにいかないこともおおいnスムーズに行かないことも大印スムーズに行かないことも大印

↑みてくださいこれ。
今、キーボードが暴走。

ポルターガイストか?というくらい。

おとといだかに写真をブログに張ろうとしても横になったり勝手に縮んだり。
もういいや、と思って今日見たら、横のが勝手に縦に直ってました。だれがやったの?笑。

私が見えてるように日本から見えてるのかどうかもいまいち信用できません。

昨日は風が気持ちよかったですが当然のように数時間停電。

さっきも変な画面になってましたが今はましになりました。

部屋のネットはもう解約しようかとか思ったり。
修理とかそういうサービスは基本的にないものと思ったほうが精神衛生上よさそうな感じ。

わたしはBSNLでネットを頼んでるのですが、こないだ某占星術師としゃべってたら、
彼もBSNLでうんざりする目にあったらしく、あれはワーストサービスだみたいな事を言ってましたがまったく同感。

使い放題プランを申し込んでて毎月払いなのですが、申し込んですぐに一ヶ月つながらなかったし、今もこないだから2週間くらいつながらないままなのでは?
何度電話しても話中とか、ストライキ中だとか、ホリデーだとか、、、、。

彼は今はなんというんですか、モバイル型のネットのやつをパソコンにピッと差し込んで使ってるのですが、
「この3ヶ月、一分と止まったことないよ」
とのこと。
え~、いいな~、私もそっちに買い換えようかなー、と言ったら、
彼は買ったときは3000ルピーくらいだったけど、今は値下げして1900ルピーになってるとのこと。
月々無制限で800ルピーくらいとのことだから、BSNLと変わらないですし。

しかし彼のそれ、移動車両でマイクでしゃべりながら販売してたそうで、まず、その移動車両を捕まえないといけないみたいです(笑)どこにいるんだ?


あ~~、でも、だめだ。

私のパソコンはキーボードがだめになってて、もういっこキーボードを外付けでつないでるから、そのモバイル型のやつを差し込めないわー。(もういっこ差し込むとこがあるけど、その近くに絶対安静の電源コードがあるのでそのあたりを触れられない)とか言ったら

「だんなに新しいパソコンを買ってもらえ」
とかいうので、

「だんなはあんなだしな~」
とか言ったら

「じゃあお父さんに買ってもらえ」
とか言われました。


そういや、今日、だんなが大木の下敷きになって死ぬ夢を見ました。
夢の中で死ぬとその人は長生きするとかいう話ですが、かなり壮絶な死に様でした。おおこわ。


そのことをあとで占星術師に話のついでに言ったら、夢の中で死ぬということは、生まれ変わる(精神的に)ということだ、とか言っていました。そうなの?
【2010/04/27 15:37】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
風が吹く
昨日の夜は雨が降り、その後涼しい風が強く吹いてとてもきもちよかったです。

滝や強い風に当たるのはとても好きで、持っていかれる感じが気持ちいいです。

昨日の午後はババはたくさん空中に文字を書いていました。
誰かの運命を書き換えていたのでしょうか。

5回くらいブレスしてたんだったっけ?忘れました。

またラドゥーのプラサードが配られました。

昨日もババがバルコニー上にいるときに、「お母さん感」があり、ババを見ているみんなが、母親を中心とした大きな家族としてそこにまとまっているような感じがしました。

そのときバジャンは気がついてみるとやはり「サイマ~、サイマ~(サイお母さん、、、、サイ、も「お母さん」の意味らしいのですが。)」と歌われていました。

サイババは3回に分けて生まれることになってるという話ですが、シバがシルディサイババとして生まれ、シバとパールバティが今のサティアサイババとして生まれ、最後はパールバティがプレマサイとして生まれるとのことだったと思います。

今のサティアサイの時期は一番強い光が必要なときなのでシバとパールバティの両方が今のサイとして生まれてきたのでしょうか。

でももう、サティアサイも時期も残りわずか。

最近ババの女性性というか、母性を感じることが多いので、なんだか次のプレマサイのエネルギーがもう少しずつ来てるような、そんな感じもしないでもないです。
【2010/04/27 15:07】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴィシュ
今日は、ヴィシュ、でした。
ケララのお祭りみたいです。

今日は昼過ぎは眠かったので、しんどいなー、と思ったのですが、

「トークン、行った方がいいか~。」
と言ったら、主名は

「うん。ババが体があるのは珍しいからね」
「行った方がいいよね」

とかいうので、
「あんた、よーわかっとんなー」

と感心してみせたのですが、
ダルシャン中は主名は爆睡でした。

いいよねー、君はどこででも横になって寝れるから。。。



トークンは4番で、お見送りエリアの前から3列目に座りました。

ケララのバルビカスの子供達が劇をしていました。

クリシュナの偉大な帰依者(この表現、いつも奇妙な感じがするんですけど)
の、誰だか名前はよくわかりませんでしたけど、その人の話で、
きれいな人妻を見て、うっとりしてしまって、クリシュナ以外を見るような、そんな罪を犯すこの眼なんか、みたいに、自分で盲目にしてしまう人でした。

で、ドワラカかどっかに行くのかな?
で、クリシュナのダルシャンを受けて、その姿を肉眼で見ることが出来たのですが、そのあと、また盲目にしてくださいとか頼んでました。
激し。

少年クリシュナが常にうんうんとうなづいていて、かわいらしかったです。

ババはバルコニーの下に降りていって記念写真を撮ったりしてました。

ラドゥーのプラサードが配られました。


ババは5回ブレスしていました。
先にさっと右手を上げて、あとからあわてて左手がついていった感じでした。


今日もババが来たのは6時ごろで、終わったのは7時半過ぎでした。

トークンに3時半くらいに行ってるし、途中お茶を飲みに行ってるとはいえ、長いな~~~。
まー、そんだけババが表に出てきてくれてるって事はありがたいことなんですけど。



全然関係ないですけど、今、ネットカフェからなんですが、右にハードロックカフェの元オーナーが座ってます(笑)


【2010/04/26 01:02】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝
今朝はトークンは4番だったかな?

主名の学校がもう、ババの学校の入試まで休みなしらしく、主名は入試を受けないんだから日曜くらい休めばいいのに、ババが来てから行ったらいいやん。と思ってそういったら、主名は欝っぽくなったので、
「じゃあ、行けば?行っていいよ。」
といったら今度はダブルバインド状態で無表情に(笑)

結局、
「行く」
と、9時過ぎにダルシャンを抜けて学校に行きました。

今は学校が楽しいらしいです。勉強、すごく好き。と思ってるようです。

時々は他の子供達に勉強しろと言ったりヴェーダを言わせたりする役をやらされたり、
お客さんが来たら先生の代わりにドアの開け閉めをする役をさせられたりして、
学校での自己評価が高まったようです。

今日はババは来るかと思ったのですが、来ませんでした。

saru-2

サルパラダイス。

saru-1

ちびっ子ざる。
どうしても横になっちゃったので、もういいやと思ってこのまま。横にみてください。
【2010/04/25 15:31】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
おっさ~~~~ん。
最近、アガスティアの葉の代行を頼まれたので、どんなもんかいまいち自信がないのもあって、とりあえず実費でやってみました。

といっても、近所のもとナディリーダーのアガスティア占星術師のバラティおじじに言えば、ヴァイティーシュワランコイル?(通称アガスティアの里)にある、彼のファミリー(親族?)の館からだしてきて、メールで送ってくるのでしごく簡単です。

17章全部を頼んだのですが、とりあえず先に2つ来て、残りを催促して待ってる状態だったのですが、昨日、彼の別の店の前を通りがかったら

「SAWAKO,SAWAKO」
と中から呼ぶので、
なんだ?
と思って店に入っていったら、
ファミリーに聞いてみたところ、3つくらいだと一つ一つ来るんだけど、17章全部頼むと、全部をひとつにまとめてくるので、あれで全部だ。とか言い出しました。

え~、そんなん聞いたことないって!!でたよ、インド人!!!!!

と思って、一通り文句を言いましたが、店の従業員の手前、ボスの面子をつぶすのも気がひけて、
トークンに行く途中だったこともあり、とりあえず行きますわ。と言ったら、

「そうだ、まずスワミに祈りなさい!」

とか調子のいいことを言うので「ハッ!」と、愛想尽かしのため息を残してダルシャンに行きました。


ダルシャン中に、あとで店に行って、どういうふうにきつく言ってやろうと考えてたら、

「それでいいんだよ。あんまり言うな」

と、ババにいわれたような気がして、それでいいわけないと思うけど、
何か別の観点からの理由があるのかもしれないと思い、
とりあえずうっちゃっておいて、その日はもう言いに行きませんでした。

翌日の今日また道端で会ったとき、

「昨日、30分ぐらい電話で館のほうと話しをしたけど、やっぱり17章を全部頼むとまとめたやつが来るんだ。(実際は、それと、シャンティカンダム)でも、ディサブクティ(と言ってたと思いますが)は、言ったら、それは別に送ると言ってた」

「何か質問やもっと詳しく知りたいことがあればいくらでも聞いてくれ」
とのことでした。

このおじさんに言ってもだめなのはわかったので、それで了承しました。

インド人のファミリー意識は強烈なので、どこかのブログで読みましたが、個人のように見えてもインド人は個人ではないと。
インド人と結婚した知人は、だんなの地元に行ったとき、20件くらいを転々とあいさつ回り?で、泊まり歩いたと聞きました。。。。

私は絶対無理。絶対インドに住んでるインド人とは結婚できません。

と、話がそれましたが、
そんなでした。



バラティさんに、アガスティアの葉は本物?それとも、占星術で作ってるの?ほんとのとこ、どうなんですか?
と以前聞いたことがありますが、
「葉は本物だ。だけど、それを取り出せるいいナディがいない」
とのことでした。


頼んできた人はいちおうカルマの解消も希望だったので、いくらかかるかとかも聞きました。

私も数ヶ月前にバラティさん経由で6回目になるアガスティアの葉をほとんど遊びで取ったんですが、
質としては、まあ、この値段でこれだったらいいんじゃない?という感じでした。

私の経験からすると、葉っぱの内容の質と、自分の満足度は必ずしも一致しなくて、
最初の3回はタンブラムで直接自分が館に行ってあけたのですが、
その3回は内容量としてはうすっぺらいものでしたが、結果を言うと、ものすごく救われました。


後の3回は内容量は多かったですが、全部人を通してあけたのでだと思いますが、
最初の3回ほどのものすごい深みと、自分の人生との密着度は感じませんでした。


2回目に行った時は1章と13章しか出してもらえなくて、

「まず、カルマの解消をしなさい」

ということだったんですが、これが大仕事で、
南インドのお寺などでの解消のほかにも北インドを何箇所か回るように言われ、2週間かけて回ったんでしたっけ
忘れましたけど、その、回るようにいわれた場所も自分の思いが残ってるような場所だったので、これは誰も知るはずがないし、自分の中ではすごく納得して、すごいもんだな、と思ったものでした。

その解消旅行の途中で、あれはたぶんモスリム?スーフィー?みたいな聖者と話をする機会があって、
その聖者のおじさんはたぶん過去生?かなんかの知り合いというかんじで、また会えてすごく嬉しかったです。

そのおじさんにその後の自分の状態の変化のことなど、どうなるかとかいろいろ教えてもらって、
それは日本に帰ってからどうすべきかという指針にすごくなりました。

日本に帰ってからも、そのおじさんは夢の中に来ていくつかトレーニングをしてくれたり、助けてくれたり、時には鏡を通して現れたりもしました。

おじさんに、自分のアシュラムに半年くらいいて、修行したらいいよ。そしたら大体のことはできるようになるし、英語とヒンディーとベンガル語もマスターできるようになるよ。
とか直接いわれてたのですが、そのときはまだカルマ解消の途中だったので、いつか行こうと思いつつ、そのままになってしまいました。

夢で、おじさんに
「いつ来てくれるんですか?」
と聞かれ、
「上(神)が決めることですから」
と答えましたが、神は私をおじさんのアシュラムには行かせなかったようで。

なんの話でしたっけ?

そうだ、その、北インドを回るカルマ解消の旅が全部終わって、デリーでの最終日にやれやれと思ってホテルのベッドで寝てたら、
その日はなんか体中がぐにゃぐにゃになっていたのですが、
それが、突然、ガシャーーーーン!!!と音がしたような大きなショックとともに全身が組みなおされたようになって、シャキーンとなって、びっくりしたことがありました。

これが、カルマ解消の結果か、、、、、すさまじい、、、
と、思ったものでした。

詳細を書くときりがないですが、そのように、私とアガスティアの葉関係の予言は相性がよく、常に私の助けになってくれたという思いがあります。

3回目にみたときには
「あなたはもうカルマは解消してしまったのでもうしなくていいです」
とか書いてましたが、

その後結婚、出産を経て、よその人のをかぶったのか?
カルマのない状態は瞬間的でした(笑)

その後の葉っぱにはまた解消すべきカルマが出てきました。

思うに、世界中の人のカルマがなくなるまで、個人のカルマはなくならないんじゃないんでしょうか。

わたしたちも、気持ちの上では個人かもしれないけど、実際はみんなつながっちゃってるので。

でも、自分のできる範囲で少しでもましにすれば、自動的に、世界中が少しましになってるんだろうと思います。



聞いた話で未確認ですが、ごく最近のぶんだったか、それか近い将来だったか忘れましたが、
そういう時期に生まれた(生まれる?)子供達の分の葉っぱはもうないそうです。

てことは、もうじき、世界の(地球の)解消すべきカルマもぜんぶ解消されるんでしょうね?


こないだ見た自分のアガスティアの葉っぱにも解消の処方箋が書いてあって、比較的簡単にできるものばかりだったのですが、そのときはするのを止められてたみたいな感じだったので、やりませんでした。

でも、今回、他の人がやるかもしれないというので、私もこの際ついでにやっとこうと思います。


バラティさんに「なんでやらなかったの?自分のシャンティのためなのに」と聞かれたので

「あの時はやらなくていいと思ったから。」
「でも、今はその時期が来たと思うから」

と、答えました。

バラティさんは、私とはサイババ以外にもアガスティアつながりの縁があるとか言ってて、インド人の言うことなんでほんまかどうか知りませんけど、

だから君の事はシスターのように思ってるとか言ってて、私の山あり谷ありすぎの人生をもっと良くしたがってるので、カルマの解消を頼んだらすごい嬉しそうに、やったらいい日にちとかニコニコで調べてました(笑)

しかもなんかしらん勝手にまけてくれた(笑)


ところで、アガスティアの葉といってますが、実際あけたのはほとんどがシバの葉で、
こないだのは「マハシヴァ スクシュマ ナディ」だということでした。

「スクシュマ」って、どういう意味ですか?
とバラティさんに聞いたら

「マーヤだよ」

とのことでした。


でた!マーヤ。

「君はマーヤを切り開いていっている、ということだよ」
とのことでした。





笑いました。




【2010/04/25 01:26】 | アガスティアの葉 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日の午後
今日の午後は知人と音楽教室に行って、そのあとは公園ですこし主名を遊ばせ、部屋に帰って水を浴びてからアシュラムに行きました。

3時半過ぎに部屋を出たので、もうトークンは無理と思ってゆっくり行きましたが、一番最後に間に合いました。
7番でした。

ババが帰るときに前を通る、通称お見送りエリアに席を取りました。

おやつを食べに行った後は主名は横になって長いこと寝ていました。

今日は、タミルニューイヤーを祝うプログラムがありました。
ババは来るのが遅めで6時ごろ。

ババが来たときにウエスタンでセバをしてる知り合いのロシア人が進み出てババと何かしゃべって、そのあとしっかりパダナマスカールしていました。
わー、よかったねーーーと思いました。
ババが通り過ぎた後は感極まって、泣いてました。

12~3歳くらいに見える少年達が音楽プログラムをしていました。
さすが、芸能の都チェンナイを有するタミル。

私はのどの調子がずっと悪くて、咳もず~~~っと続いてるのですが
多分、最近はまじめにトークンとか行っちゃってるから、男性の声の高さにあわせてヴェーダやらバジャンなんかも何時間も歌いまくってるし、それでじゃないか?と、最近思いました。

なので、今日は口パクにしてたのですが、声変わり前の少年の歌うバジャンは声の高さがちょうどいいので、ついついまた歌っちゃいました。
今日のバジャンの最後は

♪シバシバシバシバシルディプリ~シュワラ
と、好きなバジャンだったので、これも歌いまくってしまいました。

プラサードはチェンナイの製菓店?のおかしで、美味でした。

ババハ何度か出演者の少年達を前に呼び、ドーティー?をあげたり、両手で彼らの頭をぽんぽんぽんぽんとたたいていったりしていました。(笑いが起きた)

ババが家に帰っていくときに、親族?の女性が祝福の米を差し出し、ババはそれを子供達にふりかけていました。
ババハ手を上げるのもなんか力がないかんじで、ふるふるしてて、あー、やっぱりおじーちゃんになってんだなー、と思いました。

ババの手元から、ローブの上にこぼれ落ちた米をチャ〇ラ〇ティさんがさっと拾い集めて、保管してたような。

お見送りエリアの1列目に主名のインド人の友達がお母さんと一緒に座ってたのですが、
ババが来たときにサッと立ち上がって手紙をババの座ってるローブの上にポンとおいたみたいですが、どういう意味だかわかりませんがババ自ら返されてました。
でも、その子はそのあとちゃっかりパダナマスカールをしてたので笑いました。

全部終わったのは7時半とかでした。
久しぶりに長かったなー、と思いました。

長く座ると体が変に固まる感じがします。
やっぱり、週に1~2回は泳ぎに行きたいものです。

前、週に3回泳いだときは明らかに全身が引き締まりましたが、ババが帰ってきてからはぜんぜん行ってないので、また、明らかに全身がふくらみました。

ウエスタンキャンティーンでご飯を取るときに知り合いの彼女がいたので
「みたよ~。おめでとう!」
と言いました。
彼女も何かいいましたが忘れました。
まだ胸がいっぱい、みたいな顔だったので、私もうれしくなりました。
【2010/04/25 01:07】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日
今日は何があったっけ、、、。

あ、音楽教室に行きました。
ほんとは休むつもりだったのですが、知人が行きたいというので行くつもりで用意したら、
知人は今日は暑いから行かない、ということになり、
私と主名はそのまま行きました。

でも、行ってよかったです。
行ったら外人クラスは私たちだけでした。

女の子先生はインド人とは思えないくらい(!?)誠実ないい先生なので、ひとりで待ちぼうけとかさせてはいけない、と思います。


その後、主名が、日本人の男の子と今日、一緒にトークンとかバジャンとか行くという口約束を?
学校でしてたそうなので、家に電話させたら不在で、
なので、いったん自分たちの部屋に戻ってからトークンに行きました。

トークンも行かないつもりだったのですが。
人と行く予定にしてて、結局キャンセルになったので自分たちだけ行ってるという。

そんな風に操られてる気もしないでもないですが。

今日は3番でした。
わたしは3の数字が多いように思います。



午後のババはどんなんだったっけ、、、、、。
う~~~ん、忘れた。


両手ブレスを男性、、、、、、あ、ちがった。
今日は、男性側と女性側にそれぞれ3回ずつ、右手ブレスをしてたと思います。

ちょっとめずらしいな、と思ったんでした。
シバかな、と、思いました。



主名は、最近なにかあるとすぐに、「さわこのせ〇りより痛い」という表現をするので、
今日は「いらいらするからやめて!」と言いました。


主名は
「なんで、ぼくって、さわこのこと、お母さんとか、ママ、とかいわないで、さわこっていうんでしょう?」
と、自問自答してましたが、
なんででしょう?(笑)
【2010/04/24 01:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
元気なババ
ババも、久しぶりに北インドに行ってリフレッシュしたのか、お元気そうです。

昨日の午後のダルシャンでは合計11回もブレスしていました。
(正面に両手4回、右(男性側)に両手一回、左(女性側)に両手一回、正面に右手5回。)
4回と5回のはブレスというより違う意味かもしれませんが、
なんにしろ、すごくお元気そうです。


今朝は私は主名が学校に行った後にアシュラムに行ったのですが、
ホールの外でぐずぐずしてたらババが来る用意が始まって中に入れなくなっちゃったので、男性側の外から見ました。


ババが家から出てきたときに朝日を浴びて、輝いていました。
あのオレンジ色のローブには蛍光塗料でも塗ってあるんじゃなかろうかと思うくらい、ババが姿を見せたとたんにあたりがバッと明るくなりました。

ババが前を通り過ぎてから女性側に行ってホールの中に入りました。
(ババが通り過ぎたら扉が開いて、中に入れる)

遅くに来たので、どうせそんなに前にはいけないし、前に行くより、ババがバルコニーに座ったときに正面に見える位置に座りました。

ババがしばらくこちらに顔を向けているときに細胞がざっと変わるような感覚を味わいました。
深く息をしたときのような。

パンドゥランガ神のバジャンの時には光が特に空間に集まってきて凝縮して密度が上がったようなかんじがしました。
パンドゥランガ神って、ムンバイのあたりで有名なビシュヌ系の神様でしたっけ?
あんまりよく知らないのですが、パンドゥランガ神のバジャンはいつもすごく明るくて力強くて愛にあふれているような印象を受けます。

ババの姿に執着しないように、とかいう話もよく聞きますが、
実際ダルシャンの時に、座る位置で体感がぜんぜん違うので、それは、肉体を持ったアバターのすごさを感じるときです。

距離ではない、といいますが、実際に数メートルババのほうに近づいて座ると、その分、いくつかの幕の奥に入って光源に近づいたような強さを感じるのは事実です。

不思議と、ババが目の前に来るとまったく何も感じなくなったりもするのですが、
それは彼が光の強さを調節しているのかもしれないし、何かほかの理由があるのかもしれません。


今は人がすごく少ないのでゆったりしています。

ババもすごくゆっくり通路を進んでいます。

今日も女性側の中ノ島では手紙を差し出す人々がたくさんいて、(昨日の午後には結構たくさんの人がまとめて受けとてもらっていました)ババは数通は受け取って、あとは受け取らずに、ただ、すごい凝視していました。

全部終わったのは10時45分でした。
【2010/04/23 14:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ともだち
主名は時々ババに

「日本人の子供がここに来るようにしてください」
とお祈りしてて、
主名に限らずここに住む子供達はいい遊び相手が少ないのでそれって切実なお願いなのですが、

いっぺん、日本人の男の子のいる家族が飛行機に乗り遅れて、
戻ってきてさらにしばらく滞在したこともありました、、、。

「あ、、、お願いが効いちゃった???」
と内心思ったりしたこともあったのですが、


昨日はガネーシャゲートのところで、これからここにずっと住む予定でいてる日本人家族に会いました。

主名と同じ6歳の男の子もいて。
私たちと同じ、関東方面から来てて。
(うちらはだれにでも「関西からですよね」と断定されますが。)

これは私たちにとってはすごく画期的な出来事です!


同じような立場の人たちがいると、いろいろ情報交換もできて心強い限りです。


早速今日の昼過ぎにおうちに遊びに行きました。

子供を含む家族連れ、という共通点はあれど、その他は当然ながらいろいろ違うわけで、
大家族で移住してきたそのお宅と、核家族以下のわたしたち。

白い子と黒い子(笑)

主名はその家族の方々に
「ボク、どこでも生きていけそうだね~~~」と、言われていました。


ああ、日本の清潔感がまぶしいっ!!




そんなわけで、今日の午後のダルシャンは5時くらいにゆっくり行きました。
行ったときにちょうどババが来たので、男性側の外からダルシャンを受けました。

ババは結構長くバジャンホールの中に入っていました。

最後に両手ブレスを男性側と女性側にしていました。
今日の両手ブレスははつらつとした感じで、勢いがありました。

ババは家に帰るときにゆっくりゆっくり帰っていきました。


あ1
今日の晩御飯をウエスタンキャンティーンで食べ中。

あ2
ウエスタンの祭壇の前。床に色をつけたお米で絵がかかれています。
今日のは、地球の上にろうそくが乗ってて、光がぴかーってなってます。
【2010/04/22 01:06】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
主名話
今日、主名が学校から帰ろうとしたら、20歳か30歳くらいのいっぱいおもちゃをも持ったインド人のお兄ちゃんに、おもちゃでたたかれた、すっごいこわかった、、、と言って、帰ってきてちょっと泣いてました。

今日は主名はそでのない服を着て行ったのですが、肩のところに4~5センチくらいの痛そうな傷が。

何だ?そんな危ない人がいたのか?

聞くと、その人は子供達に襲いかかって、少なくとも4人は顔や手に血が出た(主名もそのうちの一人)とかいう話。
子供達はみんな走って逃げたらしい。
(主名も、いつも一緒に帰ってる子と一緒にすごい速さで走って逃げたらしい)

またそんな人がいたら危険だなー、明日先生に言いに行こうか、と思いつつ、
とりあえず同じ学校に通うほかの子供のお母さんに雑談ついでに電話。

電話した子のお父さんが迎えに行ったときはもう、そんな人はいなかったとのこと。
「暑いから、頭おかしくなっちゃうのがいるんでしょうね~~~~」

電話を切って、もう一度はなしをよく聞くと、お兄ちゃんといっても、私よりも背が低かったとのこと。
え?じゃあ、小学校高学年くらいの子なんじゃ??

しかも、いつも学校の横に座ってる子とのこと。
じゃあ、顔見知り?近所の子?

そんで、うっすらひげが生えてたとのこと。
中学生くらいの子?

その子のお母さんが見てたけど、何もしなかった。
?????



そして話を聞いてるうちに話の内容はどんどん変わっていって、
主名と、いつも一緒に帰ってる子がお兄ちゃんが襲ってきた後にそのおにいちゃんを200回ずつたたいたりけったりして、お兄ちゃんがたたこうとして姿勢を低くして構えたときに、
主名がお兄ちゃんの額を蹴り上げたので、
お兄ちゃんは
「あっばっ!!!」(ここら辺のインド人の感嘆詞)

と言って、すごい速さで遠くまで逃げていなくなった、とのこと。
犬もおにいちゃんに吠えてたとまで。


これだから、子供の話は、、、、、。



でも、結構な傷がついてるのは事実なので、明日は用事ついでに見に行ってみようと思います。

【2010/04/22 00:46】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリシュナ
今朝はトークンは行きませんでしたが、8時前にアシュラムに行って、席をとってからサウスにご飯を食べに行きました。
中ノ島のババがくるときに通る通路に向いて座る場所に席を取りました。
(キャンティーンスタッフと通路を挟んで向かい合って座る席)

8時過ぎに席に戻り、しばらくヴェーダ吟唱して、主名は9時前に学校に行きました。

9時からバジャンが始まり、最初は聞いてるだけでしたが、途中から一緒に歌いました。

そしたら、
♪ヴィッタ~ラ ヴィッタ~ラハリヴィタラ~~~~~~

のバジャンのときに、
向かい側のこっちを向いて座ってる人たちの上の空間いっぱいに、
20~30メートルくらいの巨大なクリシュナが空中に横になってるのが見えた気がしました。

せいぜい10数秒間くらいでしたけど。

あ~、妄想劇場再開?
こういう感覚はずっと封印?してる感じだったんですけど、手紙をおととい受け取ってもらって、たががはずれたんでしょうか、、、。

次のバジャンはシヴァのバジャンだったので、次はシヴァが見えるかな?とか思いましたけど、見えませんでした(笑)

でも、バジャンごとにいろんな映像が浮かび上がったら面白いでしょうね。

今朝はババは来ないだろうと思いましたが、10時くらいに来る準備が始まって、
10時20分くらいに来ました。

なんとなく、いつもより丁寧に、一人一人に注意を向けているような感じがしました。

差し出された手紙とかも、あんまりとらなかったのですが、出された手紙にじっとしばらく視線を留めてから、とらない、ということをしていました。



ババの場合、拒絶の意思を見せるときも大きな祝福だったりすることが多いように思います。

知人のアメリカ人女性の場合、ババの病院でスタッフとして働きたくて、1週間くらい試用期間をもらってジェネラルホスピタル働かせてもらったそうで、その後、彼女の顔写真つきのプロフィールが採用か否かの最終決定のためにババの所に持っていかれ、不採用の通知を受けたそうです。

彼女は3日間泣き続けたそうですが、
3日目に突然、不採用の拒絶の形であっても、ババが自分の人生に直接関与した!!というすばらしい事実に気がついて、反対にものすごく幸せな気持ちになったそうです。

そして、なぜ不採用だったかという理由にも自分で納得し、
(それは、彼女いわく、ババの彼女へのいたわりでもあったそうです。彼女は高齢で、それに引き換え、病院勤務はあまりにもハードだったので)
自分がもっとフル活用される、違う形でのセバ(奉仕)が用意されていたことに気がついたそうです。


私の場合も、去年の6月にババに、主名に祝福を与えてください、、、と言ってみたときに
「エイッ!!」
としかられたことがあって、(これはここらへんのインド人の威嚇の仕方)
「おこられた~」と、一瞬、がーん、、、。ひゅるるる~~~~、、、となったのですが、
すぐそのあとに妙に高揚してうれしくなったことを覚えています。

その「エイッ!!」の中には、
「もうすでに祝福を与えてるのになんでまた言うか!?あほ!」
みたいなニュアンスを勝手にですが、感じました。

そのあと見た夢で、確かヘリコプターにババと隣りあわせで座って乗ってて、
せっかく近くにいるんだし何か言おうとか思って、
また、主名に祝福を、、、、みたいに言ったら、夢の中でも同様に怒られました(笑)

そしてそのあとにどっかのデパ地下みたいなところで、おみやげにババは焼きそばを持たせてくれて、
それは2つの店を見比べて吟味して、野菜がたくさん入ってる方を店員にまけさせる交渉とかして買ってもたせてくれたやつだったのですが、
「(自分は)こんなことまで面倒を見ないといけない」
と、世話されてることにあまりにも無自覚なわたしに具体的に説明しているかのようでした。


今日はババは朝から両手ブレスを男性側と女性側にしていました。
10時40分にアルティになり、すべて終わったのは10時50分でした。


【2010/04/21 15:26】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
拍手コメント
拍手コメント、という隠しコメント欄みたいなのが、通常のコメント欄とは別にあります。

こういう隠しコメント欄も、どうなん~?てかんじですが、妙に拍手数が多い記事の拍手ボタンの中にはコメントの書き込みが隠されてるかもしれません。見てみてくださいね。
【2010/04/20 14:49】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月20日朝
今朝もトークンに行きましたが、今日は6番中6番目でした。

今日も主名は9時前に学校へ。

しかし、昨日9時に学校に行ったら、
「何でこんなに早く来たの?といわれて、さらに20分くらい先生は寝てたそうです。ほんまか?
(学校は9時始業)

今朝はババはお休みでした。


インターネットの修理?に、昨日電話局に電話したら回線が混雑しててつながらなくて、今日かけたらつながったのですが、今日はストライキ中だとかいわれました。

あ~、インド。
【2010/04/20 14:30】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月19日午後
午後のダルシャン

主名をタブラーにやろうかと思ったら、タブラーの先生は不在だったので、主名を連れて3時半からのトークンに行きました。


またダッシュしてたら道端に座ってしゃべってた知り合いに見られて笑われました。

今朝はスイミングプールにいけなくて運動してないけど、今、走ってるからいいか、とか思いましたが、主名は嫌がってました。

トークンは10番中5番くらいでした。

おやつを食べに行ったら知り合いの日本人に
「今日はよかったねー」といわれたので、いちおう「え?」ととぼけてみましたが、
「スワミ、手紙取りにわざわざ回ってきてくれはったみたいで。へへっ。」(へへっ、て。。。笑)
といわれて、私もそんな気もしてたので、
「そんな感じですね」
とか答えました。

ヴェーダはいつもは4時からですが、今日は4時半からはじめてました。
サマータイム制導入ってことでしょうか?

プルシャスークタムの後は、朝に途中で終わってしまったシークシャバリを続きからやっていました。

途中でババが来て、ヴェーダを続けさせて、6時までやってました。
そしてそのままアルティになって終わりました。

サマスタローカー、を、終わったあとにまた改めて唱えさせていました。
今、この祈りが世界に必要なんでしょうか?

主名は途中でトイレに行って、アルティで入れなくなっちゃったので、外から見てたそうです。
【2010/04/20 14:30】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月19日「手紙」

昨日の夜は、部屋の天井についてる大きな扇風機が動いたり、止まったりを繰り返し、壁に取り付けてある風力調節のつまみのついてる機械からもバチバチ火花が散ったりして、なんだいったい?
というかんじでした。

朝は、7時前に起きて、プールに行こうかダルシャンに行こうかちょっと考えて、プールに行こう!と思い、でも、あれ?水着はどこだっけ?
洗ったはずだけど、取り込む時にはなかったし、、、とられたのかな?

と思いつつ、いやな予感がして洗濯機の脱水槽(2槽式を使ってます。)を開けたら、2日前に脱水したままになっていました。

ま、着れないこともなかったのですが、あまり着る気もしなかったので、主名を起こしてダルシャンに行きました。

トークンは6番くらいまであったと思いますが、私が並んだ列は3番くじを引きました。

順番にサイクルワントホールの中に入り、私は通称中ノ島のエリアの一般人が座れるスペースの端っこに座りました。
前にセキュリティスタッフが座るので、前から2列目になる位置です。

席を確保してから主名を連れてサウスで朝食を食べ、8時くらいに席に戻り、ヴェーダ吟唱に合わせてわたしたちも唱えていました。

今日は、いつものガナパティプラールタナとルッドラムとプルシャスークタムの後はシークシャバリを唱えていました。

でも、今日はゆっくり唱えすぎてたのかいつもより10分くらい
プルシャスークタムが終わるのが遅くて、シークシャバリの途中で9時になったので、途中で切り上げてシャンティマントラになっていました。

主名はプルシャスークタムが終わった時点で学校に行きました。

ババも移動の翌日で疲れてるだろうし、今日は来ないだろう、と思っていたのですが、バジャンが9時40分を過ぎても終わらなくて、来る予定みたいでした。

私は、今日のバジャンはよくわからないのが多かったので歌うのをやめて、瞑想というか、雑念や想念が出てくるのを見ていました。

全然瞑想になってなくて、いろんな、他の人のことを考えたり思ったりしていたのですが、すると突然、意識がオクターブ上がって、自分とババとの関係においては???という発想になり、私が意識できていなくても、ババが母親としていつも愛をもってわたしに没頭し、いかに深く思っているかに思い当たりました。

ババはお母さんなのか?

おりしも流れてきたバジャンは
♪サッチャスワルーピニマ~ サイ プレーマスワルーピニマ~~~~
(真理の化身の母よ。サイ、愛の化身のお母さ~~~ん。)

ほとんど趣味のように涙を流す私ですがこのときももれなく滂沱の涙。

その時、ホール内の人々がざわついて、ババがホールに来る前兆があったようでした。

中ノ島エリアは今日はガラガラで、中央が空洞化していたので、私は、ババが家に帰るときに通るコースの前から2列目に座布団を置いてキープしたまま、自分は中ノ島エリアの中でも、ババが来るときに前を通る位置に移動しました。

自分の体が移動したら気分も動く感じで、まだ来ないババの姿に意識が引っ張られた気がしたので、
ババもまだしばらく来なさそうだったし、また、自分の中に沈みこんでいきました。

するとまたババが来そうな動きがありました。

それでもやっぱりまだしばらく来なさそうだったので、また、自分に集中しました。
するとババが現れました。

不思議と、自分に集中すると、ババがこちらに引き寄せられるというのはあると思います。
どっちがどっちなのかは分かりませんが、相関性はあると思います。

ババが10時ごろに来て、わたしはその時は4~5列目くらいでしたが近くでよく見えました。

まださっきの母親としてのババの思いの中にいたので、そうなんだろうか。。。というかんじでババを見ていました。

ババが前を通り過ぎて行き、わたしはずっと気持ちよく涙を流していたのですが、ババが男性側をまわった後にまた女性側に向かってくる時に正面に位置する場所にまた移動しました。(いずれも中ノ島エリア)

2列目か3列目くらいだったでしょうか。
この場所はババはそんなに近くを通らないのですが、正面からやってくるときに前にさえぎるものがないのですごくよく見える場所です。

ババが学生たちの手紙をとったり、パダナマスカールを受けたりしながら正面からやってきました。
正面でいつもババは左折してステージのほうに行くのですが、この日も左折しました。

全身を見せながら前を通っていくババを見ているときに、私の心の声は紛れもなく、ババはお母さんだと告げていました。

私は今までババの父性を垣間見たことはあったと思いますし、その至高の存在としての、ババの父性の側面しかあまり認識していませんでした。
もちろんババが歩み寄ってくれたことは数知れず、というか、いつもそうなのかもしれませんが、とにかく、私の中でババを母性の化身として認識したことはあまりなかったと思います。

ババの中にはそのどちらも含まれている、と、知識として聞いてはいても。

なので、今日、ババを母性の化身として認識し、ババの母親としての人々を慈しむ思いを垣間見た気がしたのは、自分でも不思議でした。

ババはいったいどれだけの人々の母親をしているんだろう、、、と思いました。

ババが正面からやってきて、左折し、通り過ぎていく姿を見て、こころが
「おかあさんだ~~!!おかあさん~!!」
とババに勝手に強く呼びかけていました。

そしてそういう思いが前を通るババの中に吸い込まれていくのを感じました。

ババは通常はさらに左折してバルコニーの上へ行くのですが、この朝はバルコニーの手前で右折して、そのままさらに右折して、中ノ島の周りをグルッと回りこんできました。

いつもならババが家に帰るときに通るコースなので、わたしは急いで自分が座布団でキープしていた前から2列目の席に戻り、手紙を渡そうと、ババが来るのを待ちました。

私の横にも何人か手紙を差し出している人がいましたが、ババはあまり注意を払っていないような雰囲気でそのまま通り過ぎていきました。
私の前に来たときも、そのまま通り過ぎそうでした。

私は声には出しませんでしたが、「おかあさんっ!」と心の中でまっすぐババに呼びかけ、手紙をぐいっと差し出しました。

すると通り過ぎるかと思われたババは
「うん」
とうなづき、手紙の方に手を差し出しました。

それを見て側近がわたしの手紙を取り、ババに手渡しました。

ぎゃーっ。とってくれた!

うっそーってかんじでした。

思えば、自分の手紙を自分でババに渡したのはこれが初めてです。

今までは、後ろの人の、内容も知らない手紙を自分が代わりに渡したり、
グループでまとめて渡す手紙の中に自分のも入れてもらったり、
3年前のコダイカナルで6通手紙を渡したときも、全部主名に渡させていましたから。

なんか、もう、これが最初で最後でもいいって感じ。。。

もう、今年はコダイも行かなくてもいいって感じだな~。とか思いました。
(もしあるなら行くと思いますけど)



あーーー、ババ帰還後の最初のダルシャンから飛ばしすぎですよね。



ちなみに手紙の内容は、最初は、
「今、すべての疑問がなくなって、すべてに満足しますように」
みたいに書いたのですが、お願い文としてはいいけれど、
自分の気持ちと文面が乖離してて、ババも取る気がなさそうだったので、

きっと、もっと直球がいいみたい、と思い、10日ほど前に
「あなたに全託させてください」
に書き直しました。直球。

これは、もらってもらうまで、渡さなきゃ、てかんじですよね。

しかし、この手紙を取ってもらったら、
「全託、しちゃっていいんだ~~~???」
とか思いました。


ババ、託されちゃってもいいんですね!?みたいな。

なんか、決まったな、という感じがしました。
何かが。
【2010/04/20 14:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの帰還
今日の午後4時半くらいにババが帰ってきました。

帰ってきた後、ダルシャン&バジャンもありました。
お元気ですね。

チキというお菓子のプラサードが出ました。

右手だけの片手ブレスをOK,OK,というかんじでしていました。

ババ、精悍になった?とか思いましたけど、疲労で?顔の影が深かっただけかも。


あしたから、また、いつものダルシャンの日々かー、と思うと、なぜか、どよ~ん、と夏休み明けみたいな疲労感が(笑)


苦行の日々再開?
【2010/04/19 00:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
だらだらネット
昼ごはんをサウスで食べた後、主名はディズニーのDVDを見る許可を与えて部屋に返して、私はネットカフェでだらだらネットです。

もう3時なので、そろそろババは帰ってくるんでしょうか???

とりあえず外に出よう。。。

サイラム
【2010/04/18 18:30】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バースデーパーティー
今日は、主名が学校の友達のバースデーパーティーに呼ばれたので、連れて行ってきました。

誕生会って、私は基本的に好きじゃないのですが、今日はかわいい好印象な女の子の誕生会だし、アシュラムの中のR棟での会だったので、どんなかな?と、興味半分もあり。

昨日、主名と一緒に女の子へのプレゼントも買いました。
最初に主名が選んだのは変な色のでかいビーズのブレスレットだったので、
これは、、、欲しくないだろ!
と思い、
かわいい白い貝殻を使ったブレスレットへと誘導して、それを購入しました。

部屋に帰ってからそれが入った箱を紙で包ませ、紙に主名に
「HAPPY BIRTHDAY」
とか書かせました。

今日の朝10時に来てね、という招待状を受け取ったのですが、
主名はR棟の前で9時過ぎからスタンバイ。(バジャンなんか行ってられない、ってかんじ)

さすがに早すぎるので、時間をつぶしてから10時に連れて行きました。

入ったら主役の女の子と、使用人の娘とその友達が一緒に遊んでいました。

主名の友達の女の子が
「彼女は私の使用人の娘で、、、」
と、横にいる女の子を紹介するのを、おばあちゃんが私たちの手前か?
「そんな風に言うものじゃありません。私の友達です。とだけ、言いなさい。」
とたしなめるのですが、
何度言われても自然と口から「私の使用人の~」と出てくるらしく、
3回やり直しても直らなかったんで、ま、いいか、という感じで、とりあえずその子たちの名前を聞いたりしました。

こうして、上級カーストの子息達は上に立つ態度を培われているのだなー、というかんじ。
明らかに平等じゃないですもんね。
インドがあからさまなだけで、どこの国でもにたりよったりというか、人間は本質はひとつでも、表れとしては平等じゃないなーとは思いますけど。

で、その主名の友達のSちゃんの指示で、使用人の娘達は前へ後ろへジャンプしたりして遊んでました。
明らかに主従関係でしょう~!笑。
主名も指示されたんだけど、主名はぐにゃぐにゃなので、
「はぁ~~~~~~~」とかいってだるがって倒れこんだりしてたので、みんな笑ってました。

そのうち40センチ×60センチはあろうかという巨大なケーキがウエスタンキャンティーンから運び込まれました。

わたしは主名だけ部屋に放り込んだらどこか木陰に行って本でも読んでいようかと思ってたのですが、他にまだ誰もお客さんが来てなかったのでなんとなく立ち去れなくて、すすめられるままにベッドに腰掛けてました。

10時半になっても他の学校の友達が来なかったのでSちゃんは
「わたしは9時半から、待ってるのに!」
と軽く怒ったら、
主名が
「○○は『ぼくはsの家なんか行かないって言ってたよ~』」
と大失言。

「なんで?」
とSちゃんが聞き返すと
「○○はSのことが好きじゃないんだって(笑)」
と、、、笑って言ってる場合じゃないって。

周りの大人達は聞かなかった振りをしていました。
sちゃんも。大人だ、、、。

そのうち、アシュラムの大御所が来て軽く緊張感が高まり(わたしと彼女の。以前、その大御所に一方的にえらく叱り飛ばされたことがあるのでした。笑)、

さらにアシュラムの有名人物も姿を現し、また少し微妙な感じになって(以前、その彼女にも排他的視線で思いっきりにらみつけられたことがあったのでした(あなたたちと私たちはそもそも別格なんだから的な?。。。わたしっていったい。。。)

同じ場所に私と主名があなたたちと対等に存在していてすみませんねー、という気もその2名に対して少ししたのですが、しょうがないじゃ~ん。変なの。てかんじで、気にせずSちゃんの家族にお客様扱いしてもらってました。
何せ、そのとき来てたSちゃんが招待した学校の友達で来てたのは主名だけだったので、準主賓みたいな扱い。

その二人は最後まで私たちに対する眼に見えない一線を越えず、見なかったことにして?帰っていきました。。。笑

Sちゃんのおじいちゃんはお医者さんらしくて、大御所はドクター、と呼んでいました。
Sちゃんの家族はおじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも、みんないいかんじです。

そのうち、もう一人の学校の友達の男の子Kくんも来ました。
この子のお父さんも医者か何か知りませんが、病院勤務だし、病院関係同士の半分義理でお母さんが連れてきたのかな?て気がしました。

でもKくんが来て、主名もSちゃんもようやく子供ムードが高まって、ほっとしてうれしそうでした。

アルティを最初にして、それから一人一人がSちゃんにお米を振りかけて、それからハッピーバースデーを歌って、ケーキやジュースが配られました。

最初にアルティ、ていうのはいいですね。

ケーキは10数人で8分の一くらいしか減ってませんでした。
でも、写真に撮るならあれくらいでかいと記念になっていいですよね。

Sちゃんの家族はみんなニコニコしていました。
ハイカーストの鷹揚さといういい面を見た感じ。

でも、大人の数が多すぎて、日本の誕生会とはだいぶ趣が違うなー、と思いました。
形式、大好きですもんね、インド人。
でも半分西洋風のバースデーパーティだったけど。

ババは今日の3時過ぎに戻ってくるとかいう話で、セキュリティがまた妙な縛りをあちこちでつけ始めました。
でも、ババがいるのといないのとでは、やっぱりこの町の活気はぜんぜん違いますよね。
【2010/04/18 17:41】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババいつ?
ババは今日も帰ってこなさそうですし、明日っぽいですね。

今日はどよ~んとしてて動きたくなかったので、音楽教室も主名だけ送り込んで、わたしはサボりました。
【2010/04/17 19:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月16日
4月16日

今朝もプールに行きました。

しかしなんか今日は朝からノリがおかしくて、プールでも、水面に浮かんだロープをよけようとして潜ったら、深く潜りすぎて下唇を強打!!

一気に機嫌が悪くなって、プールの従業員が
「毎日来てるの?」とか、
「何で昨日は来なかったの?」
とか言ってきたのにたいして

「何で毎日来るわけ?(怒)」
と、不機嫌全開。

主名に子供用プールで遊ばせといて、私は大人用で泳ごうと思ったら、
水すましが泳いでるのを主名に教えたのがいけなかったのか、
主名は子供用プールの中の虫を気にしだして、
大人用プールに来ました。

なので、1時間ほどずっと主名の手を引いて、大人用のプールをあっちこっちウロウロする羽目に。
ま、主名はバタ足なんかして、楽しそうでしたけど、
わたしは最後のほうでは主名を子供用プールに強制送還しました。

主名も不穏なムードを察知しておとなしく子供用プールに行ってました。

なんでも、伸び縮みするような長い芋虫みたいな虫がいたとのことですが、
ヒル?いとみみず?

まー、いいじゃないですか。

大人用プールの側面にもカエルがくっついてましたよ。


1時間半ほど泳いだ後、主名はそのまま9時からの学校にやり、
(塩素?は、ペットボトルの水で流した)
私は風呂に入った(風呂でも滑った)後、部屋で休んでましたけど、なんか、力が入らない感じだったし、絵を描くかんじでもなかったので、
しばらく寝てから(お茶を蹴ってこぼしたあと、)ヴェーダの練習を1時間ほどしました。

久しぶりに声を出しました。大体出た。

しかし、女神のヴェーダを唱えてるうちはよかったのですが、
ここらでちょっと気合を、と思ってルッドラムを唱え始めると、
なんだか深いところからの悲しみ?みたいなのが上がってきて、
途切れ途切れにしか唱えられなくて、結局第一アヌヴァーカだけでやめました。

なんだか変な日です。


主名が帰ってきてからサウスにご飯を食べに行って、その帰りに30分だけネットカフェにより(部屋のは、修理に来たけど、原因が分からなくて帰っていった)、2時からはそのままカルナータカミュージックの音楽教室に行きました。

今日は半年振りに新しいのを習いました。

なんか、全然やる気でないんですけど、、、。
と思いつつ行ったのですが、新しいのを習ったら不覚にも楽しかったです。

インドで何か習うときは、学校でもそうなんですけど、先生が、新しいところをそのつどノートに書いてくれたりします。

テキストを作って、一気に配れば簡単なのにとか思ったりもしますが、
ちょっとづつ教えてくれるので、実は毎回新鮮です。

今日教わった曲も、「えぇ!そうくるか!」という思いがけないリズムとメロディで、エキサイティングでした。

しかもその場で先生がやって見せるのをコピーする形なので、なんというか、出たとこ勝負な真剣さがあって、楽しいのです。

こういうやり方は、先生がダメだとすごくつらいんですが、
幸いこの音楽教室の女の子先生はしっかりしてるので、コピーのし甲斐があります。
バイブレーションも一緒にコピーするので、若くてかわいい先生だと、いいですね(笑)

主名もまじめに練習していました。


女の子先生は
「日本語のアルファベットを書いて持ってきて。勉強したいから。」
とかいうんですけど、わたしが異国の地でさびしくないようにとか思ってそういってくれるなら、あの~、時間が取れないんですけど~、とか思いますけど、
まあ、先生のご要望なので、書いていくと思います。

1時間くらいでさっさと帰ろうと思っていたのですが、別の人が練習するのに合わせて歌うように言われ、結局2時間くらいいました。

いったん部屋に帰って荷物を置いて、アシュラムに行きました。

毎日夕方4時からのヴェーダチャンティングもマイクをオフにしてやってるもんだとばっかり思ってたのですが、ババ不在のときはやってませんでした。

バジャンのラインに並び、ホールの裏から入場して、主名は子供の座る場所に、私はバジャンホールにいったん入ったんですけど、
主名が他の子供の相手をしようと、壁をよじ登ってるのを見たので、指導しにバジャンホールから出たら、もう再入場できなくなってしまいました。

しょうがないので、バジャンホールの外の、半戸外の床に座ってバジャンに参加しました。

バジャンは9曲するのかと思ってたら、数えたら10曲やってました。

その時主名は子供の場所で体育すわりのまま寝てたらしく、横にばたんと倒れて、
「あ、ぼくって、寝とったんか~!!」
と思ったそうです。

アルティの後、バジャンホール内で行われる、念願の外人向け?瞑想に初参加しました。

でも、自分の雑念を眺めて終わったって感じでした~。
ダメだな。瞑想向いてない!

というか、ババの清めがここ1週間近くないし、バジャンホールの中もざわざわした感じだったんじゃないかとも思います。
前、瞑想じゃなくて、ただ単におまいりにダルシャンの後にバジャンホールの中に入った時はなんかもっともっとすごかったような気がするので。

でも、念願の瞑想タイムに参加できて、うれしかったです。


今日の晩のウエスタンキャンティーンのラザニアはすごくおいしかったです。

人口密度が少ないと、料理もすみずみまで神経がとどいてる感じがします。
やっぱり、これくらいの人口密度だと、人間が人間でいられるんだと思います。
普段のアシュラムは人口密度すごく高いですし、お祭りのときなんかサバイバルそのもの。

そりゃあ、セバダルも殺人的群集を人とは思えなくなるでしょうよ、、、。
【2010/04/17 19:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
4月15日 バラジ~。
4月15日 バラジ~。

今日の夜、他の人たちとご飯を食べてて、その中でティルパティの話が出てきました。

ティルパティというと、南インドにあるインドではすごく有名なお寺で、ヴェンカテーシュワラ(バラジ)と呼ばれるビシュヌの化身?の像が霊験すごすぎ、ということで、特に有名です。

話をしてた知人によると、1998年に、そのバラジの像の足がサイババの足に変わったそうで、(御足へのプージャでもしていたのでしょうか?)ティルパティのお坊さんたちの大勢がそれを目撃してびっくりし、急遽、そのお坊さんたちが、その時にホワイトフィールドのアシュラムに滞在していたババにどわーっと会いに来たそうです。

それ以降、ティルパティとババのつながりが濃くなって、何かのたびにティルパティのお坊さんたちが来るようになった、という話でした。

たしかに、なんか行事があるときに、ティルパティのお坊さんたちが来てた記憶があり、へー?と思ったことがありました。

へぇ~~~!
と、そんな話初めて聞いたし、あんまり感心してたんで、他の人に笑われました。

その昔、ガンガー女神が大勢の帰依者が見てる前で大量の水としてやってきて、水の壁になって、ババに挨拶をして、忽然と帰っていったとかいう話もどこかで読みましたが、まー、ババのところにいたら、よそには行く必要がない、みんなババの中にある、という話なわけで、

でも、あちこち行ってみたいですよね!
ティルパティも有名だし、一回くらいは行ってみたいです。
【2010/04/17 19:47】 | 神様 | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月15日
今朝は主名の学校についていって、ドアの影から主名が授業料を先生にわたすのを見届け、そのままシャンティライブラリーに行きました。

部屋の整理をして不要になった子供用の絵本を寄付しようかと思って。
そしたら休みでした。

なので部屋に戻って、ババ直伝(ただし夢で)のマントラと呼吸法をしたら、なかなかに気持ちよくて、出たくなーいという感じになりました。

単に眠くて、動きたくなかったのかも?
でも、いくつか洞察がやってきたりもしました。

それから、調子が整ったので、昨日描きかけだった絵をしあげました。

それから、電話局に行って、インターネットがつながらないんですけど~、といったら、誰かを部屋に送るから、といわれたので、
「今ですか?」
と聞いたら
「アフターサムタイム」
とか言われたので、期待するのはやめました。

主名が
「こじきに触られた~!」と、憤慨しながら帰ってきました。(面白がってちょっかいをかけられる)

久しぶりにサウスでご飯を食べて、
日本語の不要になった絵本を日本人文庫に持っていこうとしたら、こちらもお休みでした。部屋の荷物が減らない、、、捨てるか?

サマディロードのネットカフェはせちがらいので、メインロードのクーラーの効いたネットカフェに今はいます。



さっき、ようやくミクシィに入りました。
あ~、なんだか長い道のりだったなー。

新しい世界に鼻血がでそうです(笑)

でも、昔一瞬だけ入ったときには、メールのアドレス帳に登録してる人が有無を言わさずみんなリストアップされてた記憶がありますが、最近はもっとクローズなかんじになってるみたいですね。



部屋に帰って、整理整頓の続きでもしようかと思います。

ババはあしたあたりにプッタパルティに戻ってくるんじゃないかというセバダルの話でした。(あまりあてにならないかも)

でも、今日は都会からやってきたっぽいインド人の人々が大勢アシュラム内を闊歩してたので、そろそろババ帰還、という情報がインド人の中で回ってて、先回りして人々も戻ってきてるんじゃないでしょうか。
【2010/04/15 19:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月15日、さるが、ボンッ!?
さるが、ボンッ!?

今朝、閃光と爆発音で目が覚めました。

ウキャキャキャキャキャキャッ!!!!
ワンワンワンワンワンッ!!!

あ~、また、サルが電線で感電して落ちたかな?

と思いましたが、外に見に行って、見ちゃってもいやなので、確認しには行きませんでした。

他の部屋から人が様子を見に外に出る物音や、人が何人か集まってあーだこーだ言ってるのも聞こえました。

サルの興奮した鳴き声と、犬が吠える声はずっと続いていました。

そうこうしてるうちに2回目の

「ボンッ!!」

という爆発音が聞こえました。
今度は閃光なしでした。

何がどうなってるのか知らないけど、そういえば、最初の爆発音のときに夢を見てたな、と思い出しました。

なんか、わたしはキャラバン隊みたいなのであちこちを渡り歩いていて、まあ、楽しくやってるのですが、ある時、隊長みたいなのと副隊長みたいなのが一人の14~5歳くらいに見える男の子を連れてきて、
その子が私の弟だ、とか言うので、

「だれ?こんな人知りませんよ。」

と、私は答えるのですが、よく見たら一番上の弟でした。

「ごめんごめん。髪の毛がぼさぼさだから分からなかった」

とわたしは言いました。

隊長が、
「まだ朝ごはん食べてないようだよ」
とかいうので、とりあえず弟を2階建ての家の一階の部屋(昔の実家)に通し、
飲み物と簡単なものをとりあえず出してから、わたしは2階に行って、何か急いでご飯を作る、そういう夢でした。

最近、夢をぜんぜん見ないなあ、と思っていたのですが、今日みたいに突然起こされたときにはこうやって何かを覚えているから、やっぱり夢は見てるんですね。

主名はぐっすり寝てる、と思っていたのですが、学校に行く用意をする時間に起こしたら

「今日、夢を見た」
とか言い出して、
「すっごい光と、ボンッていう音がして、爆発した夢」
とかいうので、
「それ、夢じゃないよ」
と思ったのですが、そういうとまた話が長くなるので
「へぇー」
と、聞き流しておきました。

しかし、寝てるときには通りに面した部屋の窓は閉め切って、厚いカーテンも閉めてて、もちろん木のドアも閉めて寝てるので、外の閃光が入ってくるとは考えにくいのですが、
私も主名も閃光を見たので、やっぱり強く光ってたんでしょうね?
【2010/04/15 18:55】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月14日の日記(プールプールプール!)
昨日今日と主名の学校は休みでした。
主名は何かを感知したのか、昨日突然、
「明日、スイミングプールに行きたい」
と言い出しました。

私が2日前に一人で行ったことは一応内緒にしてたのですが。

そして、今朝は6時に主名にたたき起こされました。

主名自身、先に腕が起きたので、自分で自分の体をたたいて目を覚まさせたそうです。

6時、は、ちょっと早すぎるだろう、、、。
まだ外、薄暗いし。

眠いので、主名に足を踏ませて、徐々に起きて、ドーナツとミルクティーの朝食をとって、7時過ぎに部屋を出ました。

プールは朝の6時からやってて、夜の7時までやってるそうです。

私たちがプールについたのは7時半くらいでした。
今日は2時間くらい遊ばせるつもりだったので、オートリキシャには待たずに、2時間後に迎えに来てくれるように言いました。

プールサイドに行ってみると、まだ掃除中でしたが、一人の西洋人女性はもう泳いでいました。

子供用のプールは掃除が行き届いてなくて汚かったので、子供用のプールの掃除が行われている間に、主名をうきわに乗せて大人用のプールで泳がせようとしましたが、
怖がって、つかまってきたりしたので、私がおぼれそうになりました。

大人用のプールは水深が深くて、160センチはありそうな感じだったので、160ちょいの私は普通に立ったら息ができません。

なので、いきなり主名もわたしも鼻に水が入りました。
ほんとおぼれそうだった、、、
子供の世話をするときは、私も浮き袋につかまっておくべきでした。

主名は鼻にプールが入ったとか言っていました。

子供用のプールの掃除がすんで、う~~~ん、まだ汚いけど、ま、いいか、というかんじで主名を遊ばせました。

主名の初プールはスリランカのホテルのプールで、その次がインド最南端の地のカンニャクマリのプールで、今回は3つ目のプールです。
(その間にガンガーや他の川に頭までつけて沐浴させたことはありますが、これらは基本的にいやがってました)

主名は楽しいことがあると心配になる性質らしく、
しきりにあとどれだけ遊べるのかを気にしていて、今日の夕方とか明日の朝も来るとか言って、今に集中せず。

しかしまあ、楽しかったことは間違いなかったみたいなのでよかったです。

途中、インド人の男性が、
「ここは子供用のプールだから、あんたはダメだ。あっちにいきなさい。」
とかわけの分からんことを言ってきたりもしました。
「私は母親で、この子を見てるんだから」
と言っても、がちがちインド人男の心には届かず。

監視員なんかもいないんだし、変なこと言い過ぎ!

西洋人の年配の女性が横から口を挟んで応戦してくれました。

根本的なところでものすごい感覚が違うのを時々感じます。
何も人種間のみに限らず、個人同士も日本人同士も、多かれ少なかれみんなだれでもそうなんですけど。

今日はわりと人が来てて、8時半くらいには10数名になりました。

今日はビキニのおばちゃんもいました。
さすがに、プールで働いてるインド人の人たちはもう慣れてるみたいでしたが、
村のインド人の感覚からしたら珍しすぎますよね。

でもみんなそんなには泳いでない感じでした。
足の悪い女性と、超~巨大な体躯の人は水に浸かってずっとおしゃべりをしていました。(風呂!)

一番若いのが主名で、その次が私、というメンバーだったので、わたしもなんだか中学生くらいにでもなったかのような気分で泳いでいました。

主名がなれた頃には私も時々大人用のプールで泳ぎました。

9時を過ぎると急にみんな帰りました。

私たちも9時半で2時間だったので、9時半近くに、もう一度今度は私もうきわをつけて主名を大人用のプールに連れて行こうかと思いましたが、
主名はちょっと入ろうとして、やっぱり不安になったみたいで、やめて、
最後に子供用のプールでもう一度少し遊んで終わりにしていました。
賢明な子。

今日の夕方も明日の朝もプールで遊ぶ、と、主名は言いましたが、それは無理な話で、
今日の夕方はまた突如強風が吹き荒れ、雷と雨になりました。

しかし泳いだあとはすごく瑞々しい感じになって最高です。
あ~、この不毛なインド生活に欠けてたのはこれだったか、というくらいのものです。
すっきり。

泳いだあとに街に帰ってきたら、人々が煮詰まってガチガチに見えました。

インドのみんなをまんべんなく泳がせたい!くらいに思いました。

そしたらみんなもうちょっと穏やかになって、平和な世界になりそうです。

インドの学校では水泳の授業なんてなさそう(特にプッタパルティ)ですが、ババの学校にもプールを造って、水泳の授業を取り入れるべきだとさえ思いました。

プールの後は温泉に入ったかのようないいかんじに、ぼ~っとしてました。

滝に打たれるのも最高なんですよね。

血行がよくなるし。
誰か、プッタパルティに滝行用の大きい滝(温水)を作るか、温泉の大浴場を作って、打たせ湯の設備とかもしてくれないかな。

水がそんなに豊富じゃないから難しいんでしょうけど、日本みたいにそれぞれの家庭に湯船に浸かることができる風呂があれば、みんな身体の芯の疲れが取れて、ぽや~、となって、いつも新品みたいになっていいと思います。

ぽや~、となることって、インドではいつかありますかね?
アーユルヴェーダのマッサージを受けたりするときとか、ヤグニャの炎にあぶられた後ぐらいですかね。
【2010/04/15 18:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
かみなり
おととい、プールに行った日の夕方にすごい風と雷で、しばらく停電になってたんですよねー。

で、なおったあとに、ネットがつながらなくなってて、ま、よくあることだし、しばらくしたらつながるだろと思ってたら、不通になってるのはうちの部屋だけらしく、今はネットカフェからです。

電話局に行ったんですけど、「今日はホリデーだよー!」
って、6人ぐらい人がたむろしてるのに。。。

「あのー、きっと、どっかのスイッチをピッと入れればいいだけと思うので、チェックしてくれませんか?」
とかいったんですけど、
「明日の10時以降にまたきてねー」
ということでした。

はー。部屋の整理整頓でもしよう。

今朝もスイミングプールに行きました。
今日はシュナも。

なんか、温泉上がりみたいに。ぽや~、としています。
【2010/04/14 15:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
スイミングプール
ここしばらく咳をしててのどの調子がよくなかったのですが、まあ、もうそろそろ回復かな、と思ってました。

そしたら今朝起きたら今までののどの調子の悪さとはまた別方面からの?てかんじののどの腫れがあって、なんか、これは、泳ぎに行かなくちゃ、とか思って主名が学校に行ってる間にスイミングプールに行きました。

オートリキシャで30ルピーでいける距離と思うのですが、片道40で妥協して、待ち時間も入れて往復100ルピーで行ってきました。

空港に行く途中にプールはあるのですが、道路からはけっこう奥まったところにあって、なかなかいいかんじでした。

思ったよりも小さくて、20メートルプール?がひとつと、浅い丸いプール?が2つありました。

私が行ったときには年配の白人夫婦が一組と、中年の白人女性一人が泳いでいました。


ロッカールームみたいなのはないのかな?と思って、受付の人に聞くと、そこら辺にいたインド人たちと深刻な顔で話し合った末に、「何ドル持ってきてるの?」とかいうので、
「えー、と、ただ、400ルピーくらい」
と言ったら、みんな「あははは」と笑ってなごみ、
「じゃあ問題ないよ。そこら辺において、自分で見ながら泳いで」
とかいわれました。

注意書きを見ると、泳ぐ前にシャワーを浴びてくださいとあったので、シャワー室に行こうとしたら
「水は出ないよ」
とか言われたので、ま、朝シャワー浴びたし、問題ないかと思ってそのままプールに入りました。

久しぶりに泳いで気持ちよかったです。

黙々と泳ぐと言うより、いろんなことしながら泳いでましたが、潜水が好きなので、水面下を一杯泳ぎました。


最初はあまりの運動不足に、腕を回すたびにポキポキいっていました。

仰向けに浮かんで太陽の光を吸収したり、プールの床に映る自分の影と、その周りに広がる波紋の大きさを眺めたり、でもやっぱり潜水が一番楽しいです。

手も足もまっすぐにして、ドルフィンスイムでぐねぐね泳ぐのが楽しいです。

ねがわくば、ここが沖縄の海で、熱帯魚とか泳いでたら言うことないんですけど、でも、堪能しました。


とちゅうで他の3人は帰ってしまい、貸し切り状態になりました

これは、主名を連れてきたら、よろこぶだろうな、と思いました。
タイヤのチューブの浮き輪が3つ4つ、無造作に放り込んでありました。

浮き輪もあることだし。


しばらくしたらまた別の白人女性2人組が来ました。

彼女たちは浮き輪につかまってパチャパチャ泳いでいました。


時間が、ここだけにある、というかんじで、日常から切り離された空間でよかったです。


色々、思い出深い沖縄のことが思い出されました。

誰もいない浜でいつまでも泳いでいたこと、自然とのつながりのなかにいたこと、
自分と、自然、しかなかった数々の瞬間、

海の真ん中で泳ぎながら見る、上にも下にも広がる夕陽。

深く深くもぐったとき、薄暗い眼下にどこまでも広がる白い砂の海底と、浮かびもしない、沈みもしない、ただゆっくりと進んでいくときの包まれ、守られているような静かな浮遊感。。。


更衣室があるのかと思って、プールサイドの壁の向こうに行ってみたら、それはただの壁でした。

イスが一脚置いてあったので、それを使って着替えを済ませ、
プールサイドに戻ると、プールの中から女性たちが「いま何時?」と聞いてきたので、
「11時20分」と答え、

料金(1時間60ルピー)1時間半分90ルピーを受付で払って、待たせてあったオートに乗って、部屋に帰りました。


オートに約束の100ルピーを払うと、「あと80ルピー」とか言ったので、振り返らずに帰りました。

プールの水は流しておいたほうがいいだろうな?
と思ったので、部屋でシャワーを浴びなおしました。

のどの痛みは和らぎ、腫れはほとんどなくなりました。







【2010/04/12 17:58】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
4月11日
11-1
今日の夕陽。向こうでしゃがみこんでる主名が、、、


11-2
「宝石」を持って帰ってきました。
「ぼくって、宝石をたくさん見つける人」


11-3
腕の斑点はおそらくダニ。


11-4
カメラを持った主名に「ちゃんとこっちむいてね」と言われたのであっちをむいたら
腹いせ?に主名はこの写真を撮影。


11-5
今日彼はこのようなモード。


11-6
「美しく撮らないと許さないからね」とわたしが言ったあとに
主名が撮った写真。


11-7
今日うれしかったこと、、、知人女性(多分45歳)とわたし(36歳)がしゃべってたら、インド人?の女性に
「大学生なの?」と聞かれたこと。


11-8
なにかの実がなってる~。
主名「だいこん?」


11-9
ほんとに撮りたかったのは、後ろで犬の群れにえさをやってるインド人女性だったんですけど。



おしまい!
【2010/04/12 03:17】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日の夕方
今日の夕方、アシュラムの芝生のところに行ってコーヒー屋さんでミルクティを買おうとしたら、そこの人もよっぽど暇なのか、外に住んでるの?とか、家賃はいくら?とか、世間話をしたがったのでしばらくしゃべりました。

主名は昨日の散歩が気に入ったみたいで、今日も散歩をしようと思ったらしく
「ボールとか持ってこなかったの?」と聞くと、
「今日は遊ぶのが目的じゃないから」
なんて言っていました。

工事現場見物が面白かったようです。
大きな工事の車とかあるし。
鉄骨とかゴロゴロしてるし。

でも、そういうところを写真にとって、セキュリティスタッフに怒られてもつまらないので、そういう現場の写真は撮りません。

建物はなるべく撮らないようにしています(というか、基本的にアシュラムの中は写真撮影禁止、みんな結構撮ってはいるけれど。。。)。
やっぱり、生身のババが住むところなので、ババへのセキュリティ上の問題があるらしく。

そういうわけで、いい加減もう飽きたかと思いますが、わたしや主名がよく出てきますが、ご勘弁を。
(というか、単に露出好き。)

他の人との写真も出したいんですけど、「ブログにこの写真載せてもいいですか?」と聞いてみても、今のところ100パーセント「ダメ~」ですもん。


うちらはババが不在であるいみ、
「あ~、しばらくはのんびり、だね~~~」
なんて言っちゃってますが、
今頃ババは、今の時期のプッタパルティ以上の大群衆のなかにいるんでしょうね?



最近主名のはやりの言い回しは
「いっとくけど」

例えば、「いっとくけど、水って気持ちいいよね。冷たいから。」(←不正解)

    「いっとくけど、ぼくも犬が大好き。」(←べつに、いっとかなくてもいいと思うけど、正解)

     「いっとくけど、キャンティーンてこっちだったけ?」(←確信があるのかないのかよくわからないので多分不正解)

言い回しの情報源はまちがいなく漫画のドラえもんです。
(アニメのドラえもんからはヒンディーの言い回しを吸収してた)

「ぼくって、出来杉くんみたい~」
て、言ってます。。。
【2010/04/12 02:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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