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ブッダプールニマグループ最終日
今日はブッダプールニマのグループでまだ席がもらえるということだったので、3時半くらいにVIPゲートに行きました。


今日はババが来るの遅く感じました。
6時過ぎくらい。

ちょうど、
バ~バ~~~~~~ アオメレ~~~キリタナメ~~~~♪
(ババ~~来てよね~~~!というような意味。たぶん。)

というバジャンのときに来たので、
自然と感情がこもりました。
(あ~おそかった~~~!みたいな)


最近ババは壇上でも、受け取った手紙をずっと読みふけっています。

仕事はなるべく家には持ち帰らないことにしたんでしょうか?



終わったのは7時半くらいでした。



おそかったなーーー、という印象でした。


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【2010/05/31 06:08】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
長い昼寝
今日の午後は眠気をこらえられなくて、寝たら昏々と4時間くらい寝てました。

疲れがちょっと出た感じ。


で、6時くらいにアシュラムに行きました。

アルティはもう終わっていたのですが、ババはインタビュールームの中にまだいたのでしばらく待って、
ババが家に帰るのを外から見ました。


今日からキャンティーンはサウスしか開いてないので、サウス初体験の主名の友達とそのお母さんと一緒にサウスでご飯を食べました。


サウスで食べると、ウエスタンほど重くないし、安いのでいいんです。

普段は主名がウエスタンに行きたがるので(日本人や日本人の子供はウエスタンに行く人が多いし)よく行きますが、6月14日までウエスタンは休みらしいので、私としてはよかったです。

【2010/05/30 01:17】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ウエスタンキャンティーンクローズ
今朝は9時くらいまでゆっくり寝ていました。

それから、主名がウエスタンキャンティーンに行きたいというので、すでに暑いのでサイクルリキシャで乗り付けて行って、朝食にしました。

これから2週間ほど、ウエスタンキャンティーンは修理とペンキ塗りなおし?のため、クローズだそうです。


食後、裏から出ようとしたら洗った食器が山積みだったので、皿拭きを手伝いました。
意外にも主名は拭くのが速いです。


そのあと、しばらく主名を遊ばせてから部屋に戻ってきました。


さっき、昼を部屋で作って食べ終わったのですが、眠いです。

主名は久しぶりにタブラーの練習に行こうとしましたが、電話したら先生に
「今はアウトオブステーションだから」と断られたそうです。


つまり、家にはいないってことらしいのですが、
みんなするこの表現、最初聞いたときには駅の外にいるんだと思いました。


今朝はババは来ないだろうと思ったのですが(昨日終わるのが遅かったから)
たぶん来なかったと思います。

【2010/05/29 18:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ハリネズミ!?
今日、ガネーシャゲートのところで夜にほかの人と立ち話をしていたら、子供たちが

「ハリネズミ!みて~!ハリネズミ~!!」

とかいうので見たら、確かにそんなシルエットの小ぶりの猫くらいの大きさの動物がタタタタ、と走って、
ガネーシャテンプルの敷地内に走りこみました。


「ええーっ!!?」
と思って、
ガネーシャテンプルの柵に駆け寄って確認してみたら、

「・・・・・毛がぼさぼさのネズミだよ!」
でした。



でも、ものすごく巨大!
そして毛が長い!!


十分びっくりしました。


ガネーシャの乗り物はムーシャカだかムーシカだかいうネズミなので、

「あれはガネーシャのネズミだよ」
ということになりました。



メルヘンですねぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(?)
【2010/05/29 04:35】 | 動物 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブッダプールニマの翌日の午後
今日のブッダプールニマの翌日の午後は、久しぶりに音楽教室に行きました。
先生がまだ来てなかったので、待ってるときに少し練習しましたが、主名が、練習の日にちの変更を言われていたことを思い出したので、そのままアシュラムに行きました。

ブッダプールニマのグループの集合時間は一応3時だったのですが、
そんなわけで3時前に行ったので、主名が1列目で私が2列目になってしまいました。

でも主名はさすがに疲れてたみたいで、直前まで横になって伸びて寝てたので、ババが来たときはボケッとしてて、あんまり意味がなかったような。


インドネシアの茶髪の武田鉄也みたいな人の指揮によるコーラスがありました。
この人が指揮をすると、表情が豊か過ぎて見入ってしまうので、あんまり聞けないんですよね。
ああゆう顔立ちでものすごくやさしい表情をしたりするので、何事かと思って目が離せなくなってしまいます。

しかし、キャラ立ちすぎです。この人もほかのキーボードをやってたりするメンバーも。
なんか、そういうののプロなんでしょうか?
インドネシアでバンドでも組んでるのでしょうか。


それと今日はタイのサイスクールの子供たちだったと思いますが、女の子たちがタイの田舎の踊りみたいなのを4種類踊りました。

タイの女の子は、前から思ってたんですけどかわいいですね!やさしそうで。
踊りのときはみんなずっと微笑んでて、たまらないかわいさでした。

タイの女の子がタイ語をしゃべる、ちょっと間の抜けた感じがすごく好きです。

踊りも、音楽が独特でよかったです。
とにかく、やさしそうでかわいかったです!
ああゆう柔和な雰囲気はインドにはないからすごくなごみました。



その後、スリランカの青年部のひとたちの劇がありました。
ブッダに帰依した元盗賊のアングリマーラの話でした。

まず、衣装がよかったです。
色味がシックで、でもバランスがよくて、

スリランカのヨーロッパ文化を吸収した洗練された感じを彷彿とさせました。

というわけで、なんだかおしゃれな感じの劇でした。


セリフも、あらかじめ録音した口パクなのですが、ババの前でやる劇にありがちな、
声高に泣き叫んだり、すごーーくおおげさだったり、耳が痛いくらいの効果音、とかいうのでなくて、
なんだか静かなオペラとか、芸術的な映画を見ているような静かなトーンに貫かれていました。

そういうのがすごくよかったです。

こういうふうに、やろうと思えば出来るもんなんだな~、と。


アングリマーラって、生まれたときのホロスコープで殺人者になると予告された子でした。

しかしとてもいい風に育ち、成績も優秀で、グルクラのグル(インドの伝統的な住み込みで色々習う学校みたいなの)の
お気に入りでもあったのですが、

そんなアングリマーラ(ほんとの名前はアヒムサカ、だったかな?)に嫉妬したほかの学友たちにはめられて、グルの怒りを買い、
グルクラを追放されてしまうのです。

そして自暴自棄になったアヒムサカ?は、殺人者のアングリマーラへと変容してしまうのです。

アングリマーラの名前は、殺したものの親指を切り取って首飾りにしていることからついた呼び名です。



しかしそんなアングリマーラでしたが、ブッダに出会い、自分の犯した過ちに気がついて改心して出家僧となります。



今日の劇では、ブッダの姿はなくて、録音した声と、照明の操作だけで仏陀を表現していました。
仏陀の出てこないブッダの劇ははじめて見ました!
これはいいな、と思いました。
演出的にわかりにくいところもあったのですが、すごく楽しめました。

英語も聞き取りやすかったです。


ババも車椅子で下に降りてきて、出演者にネックレスを物質化して首にかけてあげたり、(もらった男の子は感動してて、ほかのメンバーにも祝福されていました)
出演者何人かと話したり、パダナマスカールをしたり、記念撮影をしたりと
時間をたっぷりとっていました。


その後一曲だけバジャンが歌われ、アルティとなりました。


ババはこきざみな右手ブレスをたくさんしていました。


練乳で練った小麦粉の塊みたいな?プラサードが配られました。
お腹がすいてたので、けっこう大きいやつでしたが、主名と半分こしてすぐに一個食べました。
(もう一個は持ち帰りました)


ああ~~~、堪能しました。



今日はなんて盛りだくさんの一日だったんでしょう。


楽しかったです。

主名は
「イーシュワランマスクールのテストって、今日だったっけ?昨日だったっけ?」とかいってて、
朝の入試がすでに記憶から消えようとしてました。



終わったのはもう8時前とかだったと思います。


疲れたけど入試の終わった開放感も手伝ってか、とても楽しかったです。





そういえば、明日の昼以降、ウエスタンキャンティーンはしばらく(1週間とか10日とか?)お休みだそうです。

ノースもまだあいてないし、

いままでずっとウエスタンで食べてた人たちもいきなり、ずっとサウスで食べることになるのかな?
それはなかなか苦行ですね?



【2010/05/29 04:26】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
イーシュワランマスクールの入試
今日の午前は、イーシュワランマスクールの入試でした。

受験票に受験生の顔写真を貼る必要があって、写真はあるから大丈夫、と思って昨日の晩に貼ろうとしたらみあたらなくて、あちこちひっくり返しました。

物が多すぎるな~~~、と改めて思いました。

結局机の上にあったんですけど、
そんなので、主名の勉強は勝手にやらしてただけで、あんまり見てやれませんでした。





でもきっとその方がよかったとおもいます。

主名はこの2~3日、下痢をしたり、ずっとでてなかった喘息が出たりと、私からのプレッシャーを受けてたんじゃないかと思うので。

なんで、勉強は放棄してねさせました。

朝も、ほとんどしませんでした。




朝起きたら「頭が痛い、熱がある」とか言ってたので、
「じゃあ、もういくのやめる?」
と聞いたら
「まあ、いいわ、行くわ」
とかいってました。

私も昨日の夜は頭痛がしてたので、
グループでみんなと座ったときに、誰かの風邪かなんかをもらったんだと思います。




朝、一応ガネーシャプラールタナを一緒に3回唱えました。
最近、ガネーシャのエネルギーの強さをちょっと体感した感じがあったので。


主名はババの写真に
「テストが出来ますように。わからなかったら教えてください。書けなかったら書いてください」
とお祈りしていました。


でも主名自身はテストが何を意味するか考えてないみたいで、
「明日テストやで」
と言ったら
「ぃやった~!」
と喜んでました。

どこか珍しいところにいけると思ってる感じ。



朝、サウスで急いで食べて、8時くらいにオートリキシャで試験の行われるハイヤーセカンダリースクールに行きました。


門から中には子供しか入れなくて、かばんも靴も置いていくように言われたので、
「えんぴつは?」と聞くと、
鉛筆もダメとか言われたので、受験票だけ持たせて手ぶらで行かせました。



主名はガネーシャの像に平伏してから、どこに言ったらいいのかウロウロしてたら誰かに連れられて、校舎に入っていっていました。



私はいったん部屋に帰ってお茶を飲んで休憩しました。
受験生本人は問題をやればいいけど、親はすることがないので何かしようと思ってジャパをしました。

で、それなりにあった緊張と興奮で頭に上ってた血が下がったかんじがしたので、バジャンに行きました。

今朝はババは来なかったです。



11時に迎えに来るようにといわれたのですが、10時半には終わったようで、
主名の友達のお父さん「もう終わったよ」と電話がかかってきたので迎えに行きました。



主名は鉛筆を持ってきてなかったので先生にすっごい怒られたとか言っていました。
で、先生から鉛筆を一本もらったそうです。
「消しゴムはどうしたん?」
と聞くと、
「消しゴムはないからあんたにはあげない」と言われたということで、(主名談)
「じゃあ、間違えたところどうしたん?」
と聞くと、線で消して横に書いたりしたそうです。



理不尽なことだらけだけど、何とかなるインド、ってかんじでしょうか。
なんとかなってるんだろうか?


テストの後にすぐに採点されて、その様子をみてたら、みんなほとんど100点で、自分もほとんど100点だった、と言ったり、
習ってない11年生くらいのすっごい難しいのが出て、20個か50個くらい間違えたと言ったり、
子供からの聞き取り調査はままなりません。

でも、問題の内容を聞いたら、英語と数学だけという話だったのですが、理科からも出てる感じでした。
たとえば馬が住む場所はどこか、とか。(答え、馬小屋~STABLE)



ほかの子供たちはほとんどみんな「マミー!マミー!」とか言って自分の頭をたたいて泣いてたとか言ってました。
こういう子供たちがババの学校で寮生活をしようとするんだから、そりゃあ、最初は阿鼻叫喚と思います。

主名の通ってる学校の、すでにババの全寮制の学校に合格した子供たちも受けに来てて、すっごい泣いてたそうです。
でも彼らはテストはばっちりできてるはずですが。

合格してても受けに来るってことは、寮生活に適応できなかったときの予防策でしょうか。


たぶんテストがあんまり出来てない主名と、もう一人の日本人の男の子はそんなほかの泣いてた子供たちの様子をうれしそうにしゃべってました(笑)



ファンタと、ビスケットが出たそうで、喜んでました。


合格発表がいつだかはしりません。



いま主名は梅干をバクバク食べています。
ちょっと弱ったときとか、隊長が悪いときとかには自主的に梅干を食べる子なので、
さすがに疲れたのかな?

巨大なやつを「なんか肉みたい。肉を食べてると思われる?」とか言いながら食べてます。




イーシュワランマスクールの英語での授業が開始される一期生ということで、全員合格を祈ります。(記念合格)



とにかく終わったのでほっとしました。

【2010/05/28 16:06】 | イーシュワランマスクール | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブッダプールニマ午後
昨日の午後はブッダプールニマ本番でした。

いちおう仏教徒グループに参加したので、3時過ぎに集合場所に行きました。

だいたい一番最後くらいだったので、グループ席の後ろのほうに座りましたが、おやつに行ってトイレに行って戻ってみると席替えで、一番後ろの人たちが新たに設置されたエリアで一番前とかになっていたので、
私たちも座布団を持って移動して、あははははと笑いながら2列目に座りました。



ババは6時前くらいでしょうか。来たのは。

でも最初はなぜかババの家の向かいのプールナチャンドラホールのほうに行っていました。



先に踊りの人たちが先導して、その後をババの車椅子が来ました。

スリランカの名物キャンディダンスのプロダンサーと思いますが、その人たちが太鼓とともに踊ってて、
私が今年見たアガスティアの葉(シバの葉)では、初めてインド国外の過去生が出てきて、
それがスリランカの有名ダンス教師とかいうものだったので、

あ~ゆ~のを踊ってたんかな~~~???
と、前に座ってた日本人長期滞在者と話して空想しちゃって、顔を見合わせて笑いました。

文章では説明できませんが、真面目なんですけどなんかちょっと笑えるダンスなんですよ。どことなく。
とくにおっさんダンスの方は。島木ジョージでしたっけ、それが思い起こされます。

他の人にも、それっぽ~い、とかいわれました。



私も私の周りの人たちも手紙を差し出したのですが、ババに
「まてまて」
というしぐさをされました。



劇とか踊りとかのプログラムが始まるのかな?と思ってたら2人スピーチがあったので、だる~。短めにお願いします。
とかいう感じでしたが、

タイ確か王族ののジュムサイ博士だったと思いますが、この人のスピーチはよかったです。内容は忘れましたが、聞いてて気持ちがよかったです。
最初に

「ブッダム シャラナム ガッチャ~ミ~~、、、、、、」

と、仏法僧への帰依のマントラを歌い上げたのですが、それもしみじみとした哀愁のようなものがあって、
遠くへ連れて行かれるかのようでした。

英語も、わかりやすい英語を選んで丁寧に話してくれてるのだと思いますが、
私にも分かりやすかったです。

内容は忘れましたが(笑)


仏陀とババのことだったのは間違いないです(笑)
タイは国を挙げての仏教国なので、その王族の話す仏陀の話には自然とにじみ出るブッダへの尊敬と愛情が感じられました。


2人目は確かインドネシアのチェアーマン?の話で、次男をなくしたこととと、それにまつわるババへの思い、体験談、みたいな話だったと思います。



そのあとブッダの劇がありました。

タイトルは「ヤショーダラ」だそうで、ブッダの奥さんが主題みたいでしたが、
そのわりには奥さんの印象は弱かったです。

仏陀が王国と妻と生まれたばかりの子供を捨てて出て行って、覚醒して仏陀になり、
また王国に帰ってくるのですが、ブッダが再び王位につく気がないと知って、
子供のラーフラもブッダのお父さんも妻のヤショーダラも国の人々もマーヤーから脱して、
グルとしてのブッダについていく、と、そういう話だったと思います。


仏陀の出身の王国でのダンスがネパールの女の子たちのダンスだったのですが、
ああ、そういえば、仏陀の生まれた場所はネパールだったな、と思い出しました。


出演者と関係者にはドーティーやサリーが配られました。

記念写真も撮ったかな?


ババはブッダの子供役の子供を何度か壇上に呼んで、なにやら話したりしていました。



プラサードはインドネシアから持ってきたらしい、チョコレートコーティングされたドーナツ型のビスケットでした。

この気温の中でチョコレートのプラサードを配るとは、チャレンジャーだなーと思いましたが、
まあ、中にビスケットがあるので溶けてはいたけど大丈夫でした。


今回のプログラムはけっこうだらだらした感じに思いました。
終わったのは7時半くらいでした。



でも、その後、夕食をウエスタンで食べて
(タイ料理が何品はメニューに加わってて、グリーンカレーみたいなすごい辛いのもありました。味はよかったです)
ほかの家族と散歩しながらガネーシャゲートへ向かってると、
こうやって、毎日余興を見て、食べて、気楽なもんだな、と思いました。


疲れたけど楽しかったです。
【2010/05/28 15:28】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブッダプールニマの朝
今日はブッダプールニマです。


今朝はサウスで食べた後、VIPゲート側にまわって、そこから入りました。
グループの席に座らせてもらって、しばらくしてから主名は学校に行きました。

やっぱり団体の中に入ると妙な緊張感というか、心臓が締め付けられるようなちょっとこわい感じが、、、。笑。


団体だとどうしても、人が人をコントロールするようなムードが出てきがちですからね。




今朝はババは来ませんでした。

バジャンの後、バジャンホールの中(寺院の建物の中)におまいりしてから部屋に戻りました。



【2010/05/27 14:23】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブッダプールニマの満月前夜
今日の昼は部屋で食べました。

その後昼寝して、宿題をさせていた主名も眠いと言うので寝かせて起きたら5時でした。

宿題が終わったのが6時半だったので、それからアシュラムに行きました。

だれかがヒンディーか何かでスピーチをしていました。
ババはネックレスを物質化してあげていました。

私たちがホールに入って10分もしたらアルティになりました。

ババは今日はしっかり高く両手ブレスを男性側と、女性側にしていました。

主名は芝生に行かせて、私は瞑想に行きました。
今日は締め出される前にバジャンホールに入って、間に合いました。

でも今日はやっぱり主名の入試の前なのでか多少興奮してるみたいで、、気が散ってました。


それでも瞑想が終わるとそれなりにゆったりした気分になりました。

芝生で主名と合流し、ウエスタンキャンティーンで夕食にしました。


日本からの親子とガネーシャゲートまで歩きました。
そこで別の日本人家族とも会い、
同年代の子供たち3人は楽しそうに遊んでいました。


主名の学校に一緒に通ってる男の子もイーシュワランマスクールをやっぱり受験することにしたみたいで、
今日、そのこのお父さんが特訓を試みたようでしたが、無理と思ってあきらめたようでした。


でも、今年のイーシュワランマスクールは、願書を出した子供は全員入れるという話が出てたときもあったので、
もしかしたら今年はイングリッシュミディアム(英語標準での授業)のスタートの年だし、
試験は形だけで、試験を受けた子供は全員入れるんじゃないのかなという気もします。


でもやっぱりできる限りのことはしたほうがいいので、
今日の夜も多少主名を特訓しました。

でも昨日ほどの緊張感とプレッシャーは私の中から消えました。


暦の上でも、空の月を見ても、明日が満月のようですね。

満月は望みがかないやすいんでしょうか?



ババに手紙を書いたのですが、もうちょっと書き足して、明日は持ち込んでみようかな。

明日はブッダプールニマだから、仏教徒のグループでまとめて手紙をババに渡すかもしれないし。



今日のサイクルワントホールの装飾に新しいのが付け加えられていました。
中央の天井のほうに、菩提樹の葉の形に切った、金と銀と銅の色の金属の飾りがいっぱいぶら下げられていました。

光に反射してきらきら揺れてとても綺麗でした。
【2010/05/27 02:08】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブッダプールニマ
昨日の晩と今朝は主名に少し勉強(というか、覚えるべきものを覚えること)をさせて、
朝ごはんはサウスで食べさせて学校にやりました。

私はそのままバジャンにいきました。
ホールはガラガラ。
ここしばらく、ババは朝に出てきてないので。

座ってバジャンを聞いたり歌ったりしていたら、ホール内の装飾を見て、
「あ~、もうすぐブッダプールニマだな」
と、改めて思いました。

なんだか毎日日常がめまぐるしくて、ついつい頭の中からそういうことが消えていっていて。

天井からつるされている、ブッダの写真とババの言葉?が一緒になってる飾りを見たら、

「あなたが母親に親切なら、宇宙の母はあなたを危害から守ります」
みたいなことが書かれていました。


宇宙の母か~。



近頃神経がとがってたので、その言葉を読んで、ふっとゆるみました。

しょうがないし、むしろ便利な面もあるかもしれないのですが、
子供の教育に関してとか世話に関してとか、実際はみんなに助けてもらってるのですが、
ずっと一人で考えたり、やったりしてる感はいなめなく、何かあるとすぐに
ぐ~~~、と自分の中の緊張や圧力が高まりがちになるのです。

しかしそういう変な圧力が高まると、どうにかしようという気が出てきて、
そういう変な圧力がダルシャンや神に向かう原動力になってる面は確実にあります。


私の場合、そういう形で導かれているんだろうと思います。



じゃないと、何にもしないで寝て暮らしてるでしょう。




今回のブッタプールニマはスリランカが主催という巷の話だったのですが、
ふたを開けてみるとタイ主催となっていました。
これも、ほんとかな?てかんじですが。


聞くところによると、27日か28日くらいの午後にプログラムがあるだろうとかいう話しでした。


主名の入試が28日の午前ですから、ちょうど重なるような重ならないような。

どの程度、ブッタプールニマのプログラムに参加すべきかな~。
試験勉強をどの程度させるべきかな~。


まあでも何を考えようと何を思おうと時間は容赦なく過ぎていくので、それは救いといえば救いかも。
何もかもどんどん流れていくので。


そしてどうせそのうちいつかみんな死んで神に帰融するから(笑)




たどり着く先が神であるということはこの世界で遊ぶにふさわしい基盤です。
このカリユガの時代には、みんながカルマでキャーキャーと遊んでるんだそうです(笑)
【2010/05/26 14:13】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
緊張が高まった日。
ここ数日、遅くに寝ても朝7時くらいに目が覚めるので、
トークンに行けということかなあ??とか思いましたが、
よく考えたら主名の入試は朝8時集合とかだったと思うので、それくらいの時間にスッキリ起きていられるように
やっぱり7時には起きていないといけなかったので、
主名を起こしてアシュラムに行きました。

サウスで朝食を食べて、
少しバジャンに参加して主名は学校に行きました。(9時から)

私はバジャンの後、昨日、ブッダプールニマのグループのスカーフを取りに来るようにいわれていたのでN7に行きました。

あんまり数がないからたくさんはあげれないけど、と言われたので、とりあえず家族連れの人たちの分をもらうことにしました。
子供は大人と一緒だったらスカーフなしでも大丈夫だろうということだったので、大人の分だけ。

(行事などでグループを作るときは特別席がもらえるのですが、そのメンバーの目印がスカーフです)


その後は用事があったので占星術師のところに行って、その後は昼になったので部屋に戻りました。


すると、主名と、同じ学校に行ってる友達が部屋の前で待っていました。

主名の友達は親に言わずに直接うちにきたみたいだったので、親に電話して、
とりあえずサウスに連れて行って3人で昼食を食べました。


昨日の夜に主名が、学校で、習ったことがないやつを「テストだ」と言われてやらされて、
「どうやったらいいの?」
と聞いたら
「テストだから聞くな」
と言われて全身定規でたたかれた、あれはひどい、とか言うので、ノートを見てみたら、
確かに主名がやったことがない英語の文章を単数形から複数形に変換する問題でした。

数日後に迫ったイーシュワランマスクールの入試対策の勉強なんでしょうけど、この期に及んで新しいことが出てきたので私もあせりましたし主名もわからん、とか言っていました。

けっこう、試験数日前になってから、なんか次々出してきてる感じで、
いまさら~~~~、てかんじです。



しょうがないんですけど。

というのは先生はババの全寮制の学校のほうの試験対策に全霊を傾けてましたから。
そっちは親たちも死に物狂いですし。


わたしらはもうそこからは外国人ということで外れてるので、問題外だったんですけど、
今年から英語での授業も始めるイーシュワランマスクールに外国人も入って勉強できそう、ということで、
先生もそっちのことは甘く見てるというか、そっちの試験対策はしたことないし、するまでもなかったんじゃないかと、、、。

普通こんなコーチングスクールに通ってる子はみんなババの全寮制の学校を受けますから。


ちなみに、今年主名の学校からババの全寮制の学校の1年生入学の試験を受けた3人は全員合格しました。
すごいですよね。倍率何十倍なのに。
みんなにあほあほモンキーモンキーと毎日からかわれてた子も合格したと聞いてちょっと驚きました。
あの子もか~、、、。

そのお母さん方やおばあちゃんなんかと小さい子に家で教える大変さを話したこともあるので、本当にほっとしただろうな、と思います。
(子供を教えるのはほとんど母親の仕事になってるみたいです。日本だと学校にお任せなのに、インドでは母親の負担がすごく大きいです)
入ってしまえば全寮制なので、とりあえず手は離れますもんね。

ほかにも受験したはずの親子を何組か知ってるので、どうだったんかなーと思います。

3年生と4年生に編入希望の子供も主名の学校に通ってたのですが、その子達の合格発表はまだみたいです。


主名はインドではほんとだったら去年、1年生に入学する年で、主名の幼なじみの外国人の子は先に入学が決定して、
(その子の場合は校長先生にその子を入学させるよう、ババが直接手紙を書いたかなにかしたようです)
私と主名も校長先生やほかの有力者に直訴してみたりして、できるだけのことはしたのですが
(もちろんババへ手紙を渡したり、ババからの直接の許可をもらおうともしました)

力及ばず、、、というかんじで、脱力でこの時期が過ぎていったのでした。


外国人は基本的にババの全寮制の学校に入学が認められていなくて、入試すら受けられないのです。


話はそれましたが、今年は、インド人はみんな「あれはだめだめ」みたいに言う庶民派のイーシュワランマスクールに外国人も入れるチャンスがあるということで、とりあえず主名を受けさせることにしたのです。


外国人の子供の教育環境はほんとに悲惨なのです。ここプッタパルティでは。

学校に行かずに14歳くらいになってしまってみんなに「ああなったらもう遅い」みたいに陰口をたたかれてる子もいます。

もちろんそのこもそのこの親もいろいろな方法を試して試行錯誤の末にそういう道を選んだことは容易に想像がつきますが。(プッタパルティの普通のインド人向けの学校は、外国人の感覚ではあまりにも暴力過ぎて受け入れ難いのです)


日本人学校とか、インターナショナルスクールなんてものもまだ現れていませんし、今後現れるのかどうかもわかりません。


ババも、ある外国人家族には
「ここは子供を育てるにはいい環境じゃないから国に帰りなさい」
とインタビューで言ったと聞きました。


一方で、少数ながら、ババの直接の指示でババの全寮制の学校に入学する外国人の子供も時々います。

大体親は親ばかですから、「うちの子はそういう特殊な子供だろう」と思って、もしくは何らかの啓示を受けて、
ババの全寮制の学校に子供を入学させる希望を持つ外国人の親は少なくありません。
(実際、極度に霊的な子供が多いかもしれません)

なんといっても、この全寮制の学校の生徒たちがババの寵愛と注目を浴びることは周知の事実ですから、
ババの帰依者であれば子供をこの全寮制の学校に入れることを考えてみるのは自然の流れでしょう。

そしてこの学校に入学した子供たちは徹底的に管理されるので、実際普通っぽい子でも、卒業するときにはエリートになって卒業するのです。
学業面だけでなく、精神的にも徹底的にコントロールされるので、よい人格を持つ人物であるよう教育されるのです。


コントロールとは恐ろしげかもしれませんが、
言い方を変えれば、よい影響の中でのみ養育される、ということでしょうか。
そして、謙虚でしかも自信満々という不思議なバランスの人々が生み出されるのです。


私たちは意識していなくてもいろんな影響にさらされていて、あらゆるものにコントロールされて出来た自己を自由な自分だと思っている場合が多いかと思いますが、
ババの全寮制の学校ではまずそのようなかりそめの自己を全否定するような仕組みになっていて、
完全なババの意識の統制の中で、望ましい性質のみを発達させるようなコントロールのされ方をするようです。

そして、多くの人々が1センチでも近づこうと争う対象であるサイババ自身の注目がその学生たちにはふんだんに注がれるので、ババの愛に満たされ、また、アシュラムに集う人々のある種の尊敬と注目を集める存在でもある学生たちは、自然と上に立つものとしての自信も身につくのでしょうか。

もちろん、学生も実際一人一人を見ればいろいろでしょうけど、大体そんな感じがします。


この学校に入ってしまえば一生安泰、くらいの感覚が親にはあると思います。
実際、主名をここの学校に入れることを強く勧めてきたインド人の奥さんもそんなようなことを言っていました。
(その奥さんは服屋さんでしたが、上の子は入学し、したの子は今年受験なので、どうだったかまだ知りません)
実際、人生色々ですから、そうはうまくはいかないと思いますが、
でも、ババが学長の学校ですから、そりゃ、いいと思います。
学生生活の瞬間ごとがヨガ修行みたいなもんでしょうから。
しかもババにきちんと管理されて。(分単位で毎日のスケジュールが組まれてるそうです。)


インド人や、インド人の親を持つ外国籍の子供なら正規の入試を受けられるのですが、
両親ともに完全に外国人である場合、入試そのものを受けられないので、
よっぽどでないと入学は難しいです。

いくら素晴らしくスピリチュアルで聡明な子供であったとしても、それだけでは入学許可は下りないでしょうし、
さまざまな要素があると思います。
日本人で何度でもインタビューに呼ばれるような家族の子供でも(そういうケースはいくつか聞きましたが)
今まで両親が日本人の子供たちは入学してないと思います。
そこの子供たちがずばぬけてスピリチュアルな子供たちであったのは間違いないと思いますが。

何より、ババの計画に基づいて、その子がこの学校で教育されるということになるんだろうと思います。

両親が外国人の主名の遊び友達だった子供は去年入学しましたが、
そこの兄弟は、そもそも、インタビューでババに、
「良い魂を送るから子供を作りなさい」
といわれて作った子供たちなのです。
で、妊娠する前に「この子供たちは私の学校で教育を受けなければいけない」
と、あらかじめ言われていたそうです。

それでも、お母さんは不安になって、ババに「この子を入学させてください」と頼みまくって、ババにうっとおしがられてたとかいう話ですが。(本人談)

その子達の出身国について考えても、ま~、大きくなって、いろいろ国際的に?働いて、
世界の状況を改善するような重い役目、ババの計画があるんだろうな、、、とか思います。


全寮制の学校は文字通りエリート養成施設でサイババの教育のモデル校という感じがしますが、
イーシュワランマスクールは一般の村人への奉仕の一環として設立された学校ってかんじがします。


まあしかし、そのイーシュワランマスクール。
こっちもババの学校には間違いないのですが、プライベートスクールではなく、政府の管轄になってると聞きました。

今までは人気がなかったみたいなのですが、今年から英語での授業が始まるということで(今まではテルグ語だけでした)受けたい人が殺到して、願書配布も予定を繰り上げて3日で締め切ったとかいう話。

とにかく、うちらの志は低く、まともに自立できるくらいの事は身につけて大きくなってもらわないと切実に困るので、
イーシュワランマスクールがどのようなものかもあまりよく知らなかったりするのですが、
今年はそちらに導かれたというわけです。
こちらは全寮制ではなくて通いの学校です。


しかし、ここに来て主名の学力に不安を覚えたのですよ。


繰り返しになりますが、入試数日前になって、やったことない内容の入試対策の模擬テストみたいなのをいま行ってる学校でされてるので。


イーシュワランマスクールの入試は数学と英語だけなのですが(ファーストスタンダード、、、一年生は)
主名は数学は3年生のところをやってるという今の学校の先生の話でしたが、入試を受けるのが決まったとき、
英語はちょっと特訓しなくちゃね、みたいに言われました。

ここの学校に通いだしてから、
「主名は綺麗に字を書けるから」ということで、英語はなぜか筆記体の練習ばかりやらされていたのです。
前の学校ですでに習っていたのですが、まあ、また何度でも習えばいいわと思って気にしてませんでしたが、
そういえば、文法なんかは前々手付かず。

だいじょうぶかな~~~、と、いまさら思えてきました。


筆記体がかけても、むしろ読みにくくて、あってるものも不正解になりがちだし。


でもしょうがないので、
昨日から登場した主名がやったことなくてぜんぜん出来なかったような問題を今日は夜にやらせました。
筆記体も、誰が見ても読めるように綺麗に書くように指導して。



そんなわけで、今日は突然訪れたあせりから、私の緊張と不安が高まって、かなり凝縮されていたのですが、

ダルシャンで、ババが両手ブレスをしたのをみたら、その圧力がガスが抜けるように、だいぶ抜けました。
いままで。ブレスするのをみても「でた!」とか思うくらいでしたが、
今日はそんな効果がありました。


今日はたぶん学生が、ラーマにまつわる劇をしていました。
ババから衣類(ドーティー?)が配られ、ネックレスや指輪も出演者に物質化して、あげてたみたいでした。


終わったのはけっこう遅かったです。もう暗くなっていました。

【2010/05/26 13:48】 | イーシュワランマスクール | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日の午後
今日の昼食はウエスタンキャンティーンで食べました。

ご飯を買って、水を入れてたら、
「さわこ~、お皿落ちたんやで~~。」

と、のんきな声がするのでみたら、買ったばかりの主名の昼食が床にぶちまけられていました。

さっき、「歩くの疲れた~~~」とかふにゃふにゃした演技をしていたので、うっかりテーブルから落としたんだと思います。

なので、それって、半分わざとみたいなもんだろ!!!


と思って、ムッとしました。




そのあと、日本人系の子供が3人集まってしばらく一緒に遊んでいました。
一人はじきに部屋に戻り、主名ともう一人の男の子は場所を変えて遊び続けていました。

私は先に部屋に帰ったのですが、2人も後で一緒に帰って来ました。

どうしても、男の子は部屋に遊びに来たかったらしく、主名は部屋に呼びたかったらしく。


で、広々したペントハウスに住んでる男の子は一部屋しかないうちの部屋がめずらしかったらしく、
「ここでご飯も食べるの!?うちはご飯のときはテーブルとイスのところで食べるんだよ」
と、床を指差してびっくりしていました(笑)

ご飯だけじゃなくて、寝るのもここなんだよ。




私は洗濯とかの用事をしてて、子供らは勝手にげらげら笑いながら遊んでいました。



パソコンが、今度こそ完全に壊れたと思ったのですが、また復活しました。

昨日、知人とパソコンの話をしてて、
その人は、小さめのやつを買ったから、すっごく軽くて持ち運びに便利だよ。とかいってて、
「それだったらモバイル型のやつ(ネットに接続するやつ)持ってたら、どこででもできるからいいですね~」
とか私も言ってて
「でも、小さめのやつだったらかえって高いんじゃないですか?」
と聞いたら、
「そんなことないよ。意外に安かったよ。28万くらいだったかな~」
とかいうので、
「私のは3~4年前に中古で3万くらいでしたよ」
と言ったら
「やっす!!!買い物上手だね~、、、。」
と、ほめられました(笑?)

とにかく、何度も完全に動かなくなったと思っても、しばらく休憩したらいつの間にか復活しているこのパソコン。
ほんとにしぶといです。

ソニーのVAIOですが。
中身はハードドライブ?を交換したのでインド製になってます。



で、あ~、また生き返ってる、、、と思って、喜んで少し触ってて、

そのあと眠くなったので、子供らが笛やハーモニカを吹いて遊んでる50センチくらい横で床で布団も引かずに寝ました。




30分位して目が覚めて、6時前だったので、バジャンに行こうと思って風呂に入りました。

そしたら私の後に子供らも2人して入りました。

戸を閉めて、何をして遊んでいたのかは知りませんけど、げらげら笑いながら一緒に入っていました。

で、
「さっぱりしたな~」
「髪の毛、いい匂いになったな~!」
とか言いながら出てきました。


なんか合宿みたいなかんじ。



さっぱりして、男の子の家に電話をかけて現状報告しようとしましたが、つながらなかったので、
バジャンの後に会えるだろうと思い、
3人で女子側にバジャンに行きました。

なんか温泉に入った後に宴会にでも行くみたいな気分でした。



ババは最近はあんまりブレスしてない感じです。
腕が疲れたのかな。



主名はバジャンを歌いまくり、男の子は「いいよいいよ」と言ってもうちわですごい勢いで扇ぎ続けてくれたので、
もう、扇がせときました。


バジャン後は瞑想に行こうと思い、2人の6歳児に「かばんと、私の靴、持っていっといてね~」とたのんで、
瞑想に行きました。
でも、今日は一足遅くて扉が閉まってしまったのでそのまま芝生に行って2人と合流しました。

まもなく、男の子のお母さんとも合流しました。

男の子は、「晩ごはんの後にもちょっとだけ遊びに行っていい?」
とか言っていました。

なんか、人の家に遊びに行くのって、非日常っぽくって楽しいんでしょうね?
主名も最近は毎日のように友達の家に押しかけています。


遊びに行かすことができる家がいくつかできてよかったです。




そう、そして今日の夕食時には主名は初めてウエスタンキャンティーの給仕のセバをしました。

いままでもずっとやりたいと言っていたのですが、
何しろ食べるのが遅くて、
一番早くに入って一番最後にキャンティーンを出る日々なので、
こんな子がセバしてもセバの後に食べ始めたら遅くなるし、無理だろう、と思い、
「あんたが早く食べるのが一番みんな助かるの!!」
とかいって、やらせなかったのですが、
今日は芝生でラーメンを食べたし、
最悪、夕食抜きでもいいだろうと思ってやらせました。

そして付き添いに、じつは私も初給仕。
裏で洗い物とかはやったことはあったのですが、表に立って給仕するのは初めてでした。

牛に引かれてなんとやら~、、、てやつですか。

なんか、学園祭で、友達相手に出店のものを売るみたいで楽しかったです。

主名はパンを配り、私はアーモンドケーキを配りました。
えっへっへ。実はこういうのけっこう好きです。
くせになりそう。

もしアシュラムのスタッフやるとしたら、コーヒーショップとか好きかもとか思ったり。
でもあれやってるのは男だけだから無理みたいですけど、
ああゆう、ファーストフードの店の下っ端みたいに考えずにおんなじ様なことばっかりやるのってけっこう好きです。

あ~、でも、アシュラムのショップは、少なくともヒンディーできないと無理っぽいですよね。
【2010/05/25 02:29】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
出身
昨日、出身地の話をちょっと書いたら反応がありました(笑)


コメントとかは基本的に放置モードに入ったので、記事で書いちゃいますが、

小学校はヤスイ。(小松左京が卒業生)

中学はタイシャ。
(つるべの娘がバスケ部の後輩でした。体育祭にはつるべ本人が見に来たけど大騒ぎになってしまったのですぐに帰ってしまった)

高校はカブトヤマでした。

アーチェリー部などという公立校にしてはハイカラなクラブに所属していたのですが、
おたくっぽい男子部員が多かったですよ~。

ちなみに私は彼らに「サイヤ」と呼ばれていました。。。。
(ドラゴンボールのサイヤ星人?らしい)



やっぱり、子供時代をすごしたところは印象深いですよね~。

生まれ育った西宮の家はもうないのですが、いまだにちょくちょく夢の舞台になってます。

今朝見た夢でも西宮の生協で買い物していました(笑)



今朝は郵便局に郵便物を出しに行きました。
もう酷暑期は終わったのかな?

よく晴れてますけど、さわやかなかんじです。
【2010/05/24 14:16】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
日曜の午後
今日の昼はサウスでご飯を食べた後、主名は学校だったので行かせました。

今日は勉強と、誕生日会があったようです。

なので、「棒のあめちゃん2つももらった!!」と、大喜びで帰ってきました。

ところで、わたしは西宮(神戸と大阪の間)育ちで、そこではキャンディーのことを「あめちゃん」と言ったのですが、
滋賀の友人は「あめさん」と言っていました。

主名は横浜生まれなのですが、ほぼ関西弁です。


学校が終わったのが4時で、それまで私は昼寝してたのですが、主名が帰ってきたら今度は主名が昼寝しはじめました。


そのあと、6時くらいにアシュラムに行きました。


今日はどこかのインド人グループが歌のプログラムをしていました。
素朴な感じでなかなかよかったです。

ババは記念撮影とかはしませんでしたが、グループの人たちにはマンゴーのプラサードが配られていました。



今日はバジャン後の瞑想はありませんでした。
プログラムがあった日は瞑想はないのかな?



バジャン後にココナツ売り場で会った人が、自分はこの7年はすごくいいらしいんだ、みたいなことを言ってたので
そうなんですか、じつは私もここ5~6年くらいは人生で一番いい時期といわれてるんですよ、
とかいう話をしました。

ここにいられるということは、そういうことなのかもね、と、お互い話しました。
いようと思ってもいられるものじゃないからね、みたいに。



ここにババが呼ぶのはいろんなパターンがあると思います。

私の一番上の弟が前回ババのダルシャンを受けに来た年を、占星術師は言い当てたのですが、
なぜわかったかと言うと、その年はその弟の最悪な時期で、
そのまま日本にいたら逮捕投獄レベルのあらゆることが起こりえた時だった、

だからババがそのタイミングにババは弟にダルシャンを受けさせて、少しカルマを落とさせたんだろう、と言う話でした。


自分の国でいろいろ追い詰められて、周りに勧められてここに逃げてくる人も実は少なくありません。
サイババのところに行けば助けてくれるだろう、みたいに。

そういう状態の人はここに来ても、その直前の状態があまりにも切羽詰ったものだったりするので、
なかなか大変そうです。

でも、ここにいて、時間をすごすうちにその人の中で何かが変わっていったりして元の状況に直面する気持ちの落ち着きを取り戻したり、
時にはいろんな人の助けが得られたり、
決して悪くはなっていません。


逆に、ここに来て、その後の人生が急降下する人もいます。
それは、表面上はそのように見えても、本質的には不必要なものを落として、より裸に、と言うか、魂の自由度を上げるためのプロセスなんだろうと思います。


ずっといたら普通になっちゃうけど、毎日ダルシャンに行ける、このありがたみをもっと実感すべきなんだろうな、と思います。
【2010/05/24 01:17】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝トークン
今日は日曜日です。

先週も、先々週もババは日曜日にだけ朝に来てたので、今週も来るかな?と思って、朝のトークンに行ってきました。

先週も先々週も日曜の朝トークンは1番でしたが、今日も1番でした。
ま、全体で3~4番までしかないですけど。


で、日曜は中ノ島エリアに一般人が座れないので、ほかの3つのエリアのどこかに座ることになるのですが、
わたしは正面のところで最前列でまともに(カーダルシャンじゃない)ダルシャンを受けた記憶がないので(あるのかな?忘れました)

日曜日にトークンで1番で早くにホールに入れたら、正面の席に最近座ってみています。
いっぺん、そこでまともに最前列でダルシャンを受けられたら自分の気が済むと思うのですが。


しかしいつも座る場所が悪くて、前ににあとからVIPが来て3列座って結局4列目になってしまったりと、なかなかギャンブルな席なのです。

前に誰も来なければ時間が進むと最前列まで詰めれるのですが、先々週はそんなわけでだめで、
先週はわたしは2列目でしたが主名は1列目(本とは子供は1列目には座れないことになっているのですが、時と場合によっては座れる)に進めるはずでした。

でも、、、まえのVIP、インド人は特に横幅が広い人ばかりなので、5人分を4人で座るので、
必然的に一般席の横並び5人のうちの縦一列は淘汰されてしまって前に出れなくなってしまって、
先週は主名が淘汰されてしまい、
主名の後ろに並んだ人たちにも気の毒でした。

今日は、いつもだったら余裕で最前列に出れそうなところに座ったのですが、
今日はVIPの数自体が多くて、一般席はほぼ全滅という感じでした。


しかし今朝はババは来ませんでした。




ババが来ないと妙にすがすがしいと感じるのはわたしだけではないはずです。

ババが来ると、わたしを含めて人々の欲望が全部ババに集中しますから。


欲望は欲望ですが、その手の欲望だけが残るように、そういう欲望がほかの欲望を淘汰する、ほかの欲望が落ちてゆく、という話ですから、
そういうみんなの意識がババに集中している状態はすごみがあって、
ものすごいエネルギーで、一般社会の中ではなかなか見ることができない奇跡のような状態なんでしょう。



でも、ババを待ち続けている人々の前にババが姿を現さないと、欲望がスカされた感じで、そういう凝縮されたエネルギーがふわっと解放されて、妙にさわやかで心地がいいのです。



そういう形でババは人々のエネルギーを昇華するときもあるんだろうと思います。





【2010/05/23 14:00】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(1) | コメント(0) |
今日の午後~バジャンホールでの瞑想
今日の午後もトークンに行きました。

新しいチャッパルは走りやすくて、(また走ってる、、、。)
そのまま長距離でも走れそうでした。


トークンは今日は10番。今日もラストでした。


今日も主名はバジャンでリードもコーラスも歌いまくっていました。
正しい歌詞で歌うならまだいいかもしれないんですけど、そうじゃないので、そろそろ、リードのときに歌うのはやめさせたほうがいいかな、と思ったのですが、
隣の子連れのインド人の奥さんに

「すっごくいいねっ!」とほめられ、
向こうの日本人の子連れの人にも

「主名くん、バジャンシンガーになれるんじゃない?」
とかおだててもらったのでした。

何も言ってこない子連れじゃない人たちは、きっと迷惑だったと思います(笑)

子連れは何か感覚がはずれちゃってるからなぁ、、、。
じゃないと子供となんかいられないからしょうがないんですけど。


ババは今日も6時過ぎくらいに来たんだっけ?
遅かったです。

前でずっと手紙を読んでいました。

バジャンも長かったです。
終わったのは7時くらいでしょうか。

右手で何回かブレスをしていました。


前を通って帰るとき、
子供たちが前に集まってみんな手紙を差し出してて、ババが取ってくれるかな~~~?
と思ったんですが
「まてまて」
のジェスチャーでした。

今日も誰かにお米で祝福をしていました。



終わったあとにまたバジャンホールでの瞑想に行きました。

今日は最初、セバダルが「今日はない」とみんな言って、追い払われたのですが、
ほんとかな?
と思ってしばらく見てたら、常駐の係りの人が「こいこい」と呼んだので行きました。

セバダルのいうことはあんまりあてにならないです。


みんな追い払われて入ってこれなかったのか、今日の瞑想は常駐っぽい最前列に座るインド人が3人と
外国人は私を入れて4人だけでした。
(男性側は何人いたか見てません)


今日はババもけっこう長い時間バジャンホールに入ってたからか、
すごく気持ちがよかったです。


むかし夢でババに教えてもらった印を組みながらの呼吸法をしてみたら、一息目でどこまでも深く入っていきました。
ぜんぜん利かないときもあるんですけど、はまるときは一息目で止まらないくらいどこまでも深く入るので、
えらいもんだな、とそのたび思うのでした。

教わってから何年もしてなくてつい最近、やっと時々するようになったのですが。

私は息が浅いらしくて、
むかし日本でババが自分の前に現れたときも、
その、呼吸の仕方を教えてくれた夢の中でも、もっと息を深く吸うように言われました。



瞑想の終わりには
「アサトーマー、、、」
のマントラをみんなで唱えるのですが、
少人数だったので声が気持ちよく響きました。


前、インターナショナルバジャングループに参加してたときに、アカンダバジャン(24時間バジャン)で出番のときにみんなでバジャンホールに入って歌いましたが、
あの時は満員のつめつめだったし、声も絶叫で何がなんだかわからないような感じでしたので、
今日みたいに少人数で調和の取れた声の響きをバジャンホールの中で体感できるのは、いいなーと思いました。

こういう、少人数かつ、いいバイブレーションというのが、しみじみしてよかったです。
【2010/05/23 01:32】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ショッピングセンター
今朝は、主名を学校にやった後、ショッピングセンターに行きました。

チャッパル(サンダル)が限界。というか分解してたので、新しいのを買いにいくのが今日の最優先事項だったのです。


ババの導きを祈って(祈ってからじゃないと何もかもうまくいかないここインド)チャッパル売り場にいきました。

女性用のは好みなのがなかったので、男性用のやつで小さいサイズはないかと聞いたら、売り場のおじいさんはいっぺん「ない」と言いましたが、
「ちょっと待って」
と言って、奥から男性用の一番小さいサイズを出してきました。

それがよかったのでそれを買いました。


精算所は別なので、10個以上カウンターが並んでるそっちに行ったら、そこの係りの人が
「クラスは来ないの?」
と聞いてきました。

私のほうは顔を覚えてなかったのですが、音楽教室に来てる人みたいでした。

昨日は音楽教室があったのですが、主名だけ行かして私はサボったのです。


「お~~い、パドマジャ~~~。彼女来てるよ。見て!」
と、ほかのレジの係りまで呼ぶし。。。。


なんでも、ショッピングセンターからは11人も音楽教室に習いに来てるそうです。
あんまりショッピングセンターのスタッフに認識されると、派手な買い物とかしにくいですやんね~。


まえ、おばあちゃん先生のところにヴェーダを習いに行ってたときは、セキュリティスタッフとか来てたので、
ダルシャンのときに心なしか態度がソフトだったりして、そこの人間関係はなかなか助けられることが多かったのですが、


ショッピングセンター軍団はね~~~。


「こないの?」とか言われたし、今日は音楽教室に行こうかな?と思ったのですが、
やっぱり今日も主名だけ送り込んでしまいました。
【2010/05/23 01:08】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日はどんな日だっけ?
今日は、朝はウエスタンで食べて、そのあと部屋に帰って掃除とか洗濯とかそんなんをしていました。

この手の家事って、必ず発生するから、ちょっとやらないと、2人暮らしでもどんどんたまっていきます。
こっちではお手伝いさん(床の掃き掃除&拭き掃除と皿洗いとか)を雇ってる家庭も多い、というか、ほとんどなんですけど。

私のところは、人を雇うほどでもないけど、けっこうやること多いよな~、て感じで、微妙なラインです。


いったん外出するとダルシャンとか行ったらなかなか帰って来れないし、部屋にいれる時間自体が少ないです。


よその奥さんとか、ダルシャンとかあんまり行かないでほとんど家にいる人も多いと思いますが、
ここにいるからにはダルシャンに行くのは義務で安全弁みたいなものなので、行かないわけにはいかないと思います。

家族連れだったら、家族のうちの誰かがちゃんと行ってくれれば、いいような気もするんですよね。
実際、ここに来てる一人身の人たちも、日本での周囲の人たちや親族なんかのカルマを代表で浄化しに来てるような気もするし。


というわけで、最近主名は一人でダルシャンに行くのもなれたようなので、代表で主名に毎日一人でダルシャンに行っていただきたい、そして私は部屋でゴロゴロしていたい!という希望があるのですが、
一人で行かないというので、
部屋で子供と二人でいるのも安らがないし、なんかしんどかったけど子供と部屋にいるよりも外に出てるほうがましなので、今日もトークンに行きました。


主名の学校は昨日今日と休みだったのです。
起きてる間中干渉してくるので、そりゃあ、脳もしびれますよ。

子供といたら、子供と話したくて来る独身の人なんかもして、
「一日に20分くらい、子供と戯れるといいって言いますよね(笑顔)」
とかいわれたりしますけど、
私も一日「20分だけ」、子供と戯れたいです。。。



トークンは今日は8番。
ラストでした。


適当なところにクッションを置いておやつを食べに行きました。

おやつのあと、どうしてもちょっと主名と離れたかったので、
「歯を磨いてくる」
と言って、主名は先にホールに入らせて、私はいったん部屋に戻りました。

いったん部屋に戻って歯を磨いたらちょっと気も晴れたので、ホールに戻りました。



ババは今日は遅くて、6時過ぎに来ました。

帰るときは、親族エリアに子供がいっぱい来てて、ババはその子供たちそれぞれに対応して話したり、ほっぺをぴっとたたいたりしていました。
何話してるのかな~?
もうすぐババの学校の入試もあるし、そういうこととか話したりお願いしたりしてるのかな?


帰るときはババはスタッフ席のほうをむいて帰るときが多いのですが、今日は対岸の一般席のほうをむいて帰り、手紙も結構とっていっていました。

お米を祝福のためにかけたりもしてて、
ババが帰った後に、みんな拾いに行くのですが、私も行ってみたら1粒拾ったので主名と半分こして食べました。(生)



今日は頭が詰まってる感じもあったので、バジャン後の外国人向けの、バジャンホールでの瞑想(20分間くらいだけ)にも参加しました。

バジャンホールの中で人の整理をしてるインド人のおばさんに「外国人?」と聞かれたので「外国人」と答えました。
前もしゃべったことあって、顔見知りと思ってたんですけど、インド人と思われてたのだろうか。

前は、主名の学校の事を聞かれて、「イーシュワランマスクールを受けさせてみる」と言ったら
「スワミの学校(エリート寄宿学校のほう)を受けさせなさいよ」とか言われました。


この時期、入試は住人みんなの大きな関心ごとです。



今日、バジャンホールの中にババが入ったかどうかは見てませんでしたが、ババがアシュラム不在のときに参加した同じ瞑想とはやっぱり場がぜんぜん違いますよね。
中にいる人たちの気持ちのまとまりとかも違うし。
はやくいえばバイブレーションがぜんぜん違う。


瞑想でスッキリしたかどうかはよくわかりませんでしたが、その後、芝生に行って主名やほかの子供たちや親たちと合流して、楽しい時間を過ごすことができました。



夕食の後にガネーシャゲートに行く途中で雨が降り出しました。
ゲートを出ると本降りになりました。

昨日も降って、、停電が昨日も今日も頻繁で、ネットもほとんどずっとつながらなかったのですが、今日は大丈夫みたいです。
今日は雷が鳴らなかったからかな?



ちょっと、プッタパルティの日常にはまってる感じがするので、小旅行にでも行きたい気分です。
行かないけど。


あ、そうだ、コメント(本文、拍手コメントともに)放ってますけど、読ませていただいてます。ありがとうございます。
【2010/05/22 02:13】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
涼しい雨
今日も朝から曇ってて涼しかったです。

昼は主名は一人でウエスタンキャンティーンに食べに行きました。
(友達を見つけて遊ぶため)

私はサウスに行って食べました。

主名が戻ってきて、今日は久しぶりにトークンに行きました。
トークンの場所に入ったとたん、けっこうザッと雨が降りました。

トークンは6番でした。

ババはヴェーダチャンティングが終わるくらいに来ました。

バジャンは、主名はものすごいこぶしをきかせて歌っていました。
しかも歌詞が分からなくても歌うから、チャルメラの音にあわせて遠吠えしてる犬のようでした。

しかも、バジャンはリードボーカルが1行歌って、それをコーラスが歌う形式なのですが、
主名はリードもコーラスもどっちも大声で歌っていました。

みんあ、リードがどういう風に歌ってるかを聞いて、それをまねして繰り返すので、
主名がリードのときに遠吠えをすると、きっとみんなの邪魔なんですけど、
まあ、ほうっておきました。
みんなも見てましたけど、ほうっておいてくれました。


今日は6番くじで、そんなにいい席に座れたわけでもなかったので、ほどよく遠いババを見て、気楽で平安でした。


夕食はウエスタンキャンティーンで食べましたが、
食べてるときにまた、けっこう雨になって、停電になりました。

雨が降るとすぐに停電になります。
根性なさ過ぎですよね?
ちょっと風が吹いても停電ですもん。


雨が降ると涼しくていいのですが、停電が多くなるのが難点です。


雨になると大きいかえるや小さいかえるが出てくるので笑えます。


今日の大きイボイボのかえるは体が重いようで、4本足で歩いていました。

小さなしわのないツルツルかえるはノミのようにすごく高く遠く飛んでいました。



今日は、今現在プッタパルティに滞在してる日本人、もしくは日系の子供のいる家庭3組みんなに遭遇しました。
うちを入れて4組。

プッタパルティの状況も、変わってきているんだなあ、と思いました。
プッタパルティ日本人家族会とかそのうちできたりして。

でも、こうやって、自分たちの置かれている特殊な状況を分かち合えたり、情報を交換し合ったりできるとすごく気分的にも安心して助かります。

【2010/05/21 02:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
スカイプ
知り合いがスカイプのカメラとマイクをくれたので、今日ちょっとつけてみました。

マイクで自分の声を録音して聞いてみるところまでは行きましたが、
今日はここまで。

もう、今日のスカイプ用の力は使い果たしました。

なんか、CDみたいなのもくれたので、それもインストールしてみました。


左脳を使わずに機械の設定をしようというのがそもそも無理がありそうです。

【2010/05/20 16:32】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
涼しかった一日。
今日は一日曇ってて、昼過ぎには少し雨も降ったので、ほんとに涼しく、すごしやすい一日でした。


今日は主名は日本からの子供とよく遊びました。

夕方は体がだるかったので、主名に足を踏ませてたら気持ちよくてますます動けなくなって、
「あ~、体は置いといて魂だけダルシャンに行きたい」
と、心から思いました。

6時くらいにようやくアシュラムに行ったらもうアルティは終わってみんなぞろぞろ出てきてました。

まだババは家に帰ろうとしてるところだったので、ホールの裏からチラッとダルシャン。


あとで他の人に聞くと、
昨日のディスコースでババは「詳細は明日話しましょう」と何度も言っていたように思ったのですが、
今日はディスコースはなかったようです。

やっぱ、サイババってインド人~と思う瞬間です。

その場しのぎのことを言うことでその瞬間だけのなぐさめと喜びをあたえる、みたいな。


今日はババは最近ではいつもより早く、ヴェーダ吟唱のときにもう来てたそうです。

今日は涼しかったからかな~。
【2010/05/20 02:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プッタパルティのスイミングプールって、こんなんです。
一ヶ月くらい前の、スイミングプールに行ったときの写真ですが。

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朝7時過ぎのまだ店のシャッターも下りたままのサマディーロード。


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サマディー(サイババの両親のお墓)の前でも記念撮影。
アパートのウォッチマン(門番兼掃除人みたいな人)にカメラのシャッターを押してもらいました。

いってきま~す。

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オートリキシャでプールに向かう途中。笑みを浮かべる主名。


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プールへ行く入り口。
木立の間を抜けるとそこは、、、。


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つきました~。ここがプッタパルティのスイミングプールで~す。


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向こうに子供用プール、手前が大人用プール。
こじんまりしてるけど、まあ、十分でしょ~。
レストランも併設されてて、泳いでたら時々注文をとりに来ますけど、誰も注文してなかったです。


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しばし、ぎこちなく水と戯れる主名の様子をお楽しみください。


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すっごい太ったおばちゃんが
「わたしたちには階段が必要なのよ!」
と言ったので、プールの係員が階段をプールの中に沈めているところ。


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スッキリ脱力したところで、待たせてあったオートで家路に着きます。まだ朝の9時くらい。

朝の6時から夜の7時まで営業してるそうです。
でも、昼間泳ぐと「焦げ」ますよ!!

1時間60ルピーだったかな?
(子供半額)

オートリキシャはガネーシャゲートからプールまで片道30ルピーくらいでしょうか。
【2010/05/20 01:11】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(1) |
涙が出た?
今日の午後は主名は友達のところに遊びに行っていました。
私は眠かったので、大体寝ていました

主名が帰ってきてから今度は主名が寝て、
夕方6時くらいにアシュラムに行きました。

行ったときはバジャンをやってましたが、ホールに入るくらいにババの講話になりました。

今日はババのエリート学校の入試らしいので、受験する子供たちと親たちがたくさんダルシャンに来てるでしょうし、それで講話(ディスコース)をしたのでしょうか?

いつもだったらアニールクマールさんが通訳をするのですが、今アニールクマールさんは日本かどこかに行ってるらしく、今日は別の年配の男性が通訳でした。
(ババのテルグ語から英語への通訳)

でもなかなか勝手が分からないみたいで、いろいろ周りが助け舟を出していました。
とても分かりやすい英語ではあったのですが。。。

ババは声が出にくそうで、声が音になったり音にならなかったりといった感じで、それで余計聞き取りにくかったのか、通訳しにくそうでした。

でもババはご機嫌だったのか、
「この話の詳細は明日しましょう」と、話の途中で何度も言っていました。
てことは、明日もディスコースがあるのかな?

話の内容は、サーヴィットリー(夫を貞節の力で死の神ヤマから取り帰して生き返らせた女性)の話や、ハリスチャンドラ(真理?を守るために王国や妻子を手放し、墓守になった王様、、、のちに王国復帰)の話やシータとラーマの話などが出てきました。

しかし、ババ、サーヴィットリーの話をよくしますよね?

サーヴィットリーと死の神ヤマとのやり取りなども話していました。
私たちはひとつなので、夫がいないと私は生きていけません。夫を連れて行くなら私も連れて行ってください、とか。

こういう貞節な女性たちの国だから、神はインド(バーラタ)が特にすきなのです、ほかの国々ではなく!みたいな事も言っていました。(ホール内は喝采)
ま、受験の子供と両親向けの話として聞き流しておきました(笑)


夫婦は常に一緒にいるべきです、夫婦が力をあわせれば、できないことなど何もありません、とかも言っていました


そう、だから、ここでは子供と2人で暮らしてる私はなにげに肩身が狭いし、けっこう言われるんですよね~。
お父さんから子供を取ったらかわいそ~、とか、
子どもにはお父さんが必要よ。かわいそうじゃない。とか。ま、時々ですけど。


ここにいるのは必然というか、ババの意思なしには起こりえないことなので、私がどうこうというものでもないと思うのですが、

いっつもババはそういう話をするので、はーそうですかー、その貞節な理想の女性はわたしじゃないな。てかんじです。


でも、インド女性は夫に対して完全服従を求められるし、夫が完璧な人間なんだったらそれもいいでしょうけど絶対そんなことないと思うので、忍耐に次ぐ忍耐だと思います。

妻は夫の命令には絶対従わなくてはなりません。みたいなことも今日言っていたと思います。

そういう状況に対しての、ババからのエールなのかもしれません。

それに、もしそうできるなら、やっぱ、そのように理想的に生きるのがいいですもん。

そして、そう出来ないマイノリティの?私にはそういう私なりの役割があるんだろうとも思います。


ババは声は出にくそうでしたが気合が入ってたみたいで、
両手を高々と上げて、男性側と女性側にそれぞれブレスしていました。
今日のは高かった、、、。



終わったらもう7時半くらいでした。



主名とウエスタンキャンティーンでご飯を食べてるとき、主名が
「今日、ぼくね、ババを見てたら涙が出たん」
とか言い出しました。

「ほんま~?」
と、疑いの返事をすると、(主名ってけっこう演技派なので)

「だって、今日はババしゃべってたでしょ?」
「だから、今日は特別な日やな~~~、て思ってそういう気持ちになったら涙がぽろっと流れたん。」
とかうれしそうに言っていました。

ほんとかな~~~。

まあでも最近けっこう主名はダルシャンのときに「入って」て、
ババを見つめて合唱してポーズを決めてるときが多いです。


そして時々私にも手を合わせるように言ってくるので、わたしは
「シッ」
と威嚇して無視してます。

【2010/05/19 02:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バジャン幻聴?
今朝は主名を学校に送り出したあと、部屋で用事をしていようと思ったのですが、
10時過ぎくらいに大音量のバジャンが小さなボリュームで聞こえてきたような気がしました。

今頃まだバジャンやってるってことは、今朝はババが来たのかな?
と思い、
支度をしてアシュラムに行ってみました。

アシュラムの中に入ってもバジャンが聞こえてるような気がしたのですが、
ホールの横の道は人がただ通ってるだけで、明らかにホールの中はからっぽみたいでした。

おかしいな~幻聴かな?、と思い、
せっかく来たから、ガネーシャとムルガンのお寺におまいりしました。

さて、これからどうしようか?
と、天に問うてみたら、パン屋に行けといわれた気がしたので、
パン屋に行ってパンを2つくらい買い、
パン屋の横のコーヒー屋でチャイを買って、そこら辺の日陰で座って飲みました。

飲み終わった頃に、目の前に,おととい占星術に一緒に行った知人と、長期滞在の知人が一緒に来ました。

聞いたら、マントラを自分で唱えるためのナバグラハのCDをこれから買いに行くというので、
私ももちろん予定もないし、部屋への帰り道なので売ってる店まで案内しました。


その後は3人でババの両親のサマディーにおまいりしました。


そのあと、
散らかってたんで躊躇しましたが、「いいよ~」というので、
部屋に来てもらって、3人でお茶を飲んで(というか、なぜかしょうがゆ。あったまる、、、、。)
昼過ぎに主名が学校から帰ってくるまでしゃべっていました。



そんな、幻聴はじまりの今日でした。
【2010/05/18 19:08】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日も今日も
昨日も今日もいっぱいいろんなことがありました。

昨日の朝、トークンはあきらめて行ったら間に合って1番で、ババも久しぶりに出てきたこと、(日曜日)
サウスでぬれてる床で滑ってしりもちをつき、手に持ってた2つの熱湯の紅茶のカップの中身が手にかかったけどぜんぜん熱くなかったこと、やけどもまったくなかったこと、
知人と占星術に行き、そのあと一緒にお昼を食べたこと、

ダルシャンでババはペンダントやらビブーティーやら指輪やら?を出してたような。

主名が日本からの子供と仲良くなったこと、
そのこがその日誕生日で、誕生日席はもらえなかったけど、(もうなくなった?未確認)座った席の近くにいた人がババの祝福を受けて米をかけてもらったそうで、その米がその子とお母さんのところにも来て、どうやら一緒に祝福してもらったらしいこと。

今日、昨日プージャを頼んだ知人がプージャの実行もまだなのに、すっかり高揚して変容して見えたこと、

サウスのご飯がおいしくて幸せだったこと、

ババは右手のブレスをたくさんして、両手のブレスも男性側と女性側にし、そのあと、車椅子で動くときもまた右手ブレスをそこにいた人にしていました。

今日の夜は風と、雷と、少し雨でした。
風が気持ちよかったです。

お決まりのようにしばらく停電でした。(わざと切ってたのかも)

バンガロールでは昨日、大きなヒョウが降ったそうです。


あしたはババのエリート学校のほうの入試です。
みんな、このためにがんばってきたはずなので、スムーズにいくといいなと思います。
主名の学校からも年齢の足りるインド人の子供たちはみんな受けます。

主名も28日のイーシュワランマスクールの試験に向けて、試験勉強中のはずですが、宿題もやってないという。
せんせいも「明日やってね」と、ゆるゆる路線でいいみたいです。
【2010/05/18 04:14】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
主名が渡した手紙
今朝は主名の学校は休みだったので、一緒にバジャンに行って、その後ウエスタンキャンティーンで朝食にしました。

その後、主名が芝生のところに15分だけ行きたいというので行きましたが、
「30分」
となって、砂遊びに熱中しだしたので、飲み物代と、帰りのサイクルリキシャ代を主名に渡して、私は先にサイクルリキシャで部屋に帰りました。

部屋で洗濯をしたりしてるうちに昼になったので、帰ってきた主名と部屋で昼食にしました。


音楽教室は、私は元気だったのですが、だるかったので自主休校することにしました。
主名に「お母さんはどうしたの?て聞かれたらなんて答える?」と問うと

「ベリータイヤード」
と答えたので
「OK]
と、送り出しました。


あ~、と、伸びてゴロゴロしてたらじきに主名が帰ってきました。
1時間て早いです。

今日はいつもの音程とリズムの練習のほかに、バジャンも1曲教わったそうで、帰ってきたら唸って歌っていました。



主名にそのまま部屋にいられてもからんできてうっとおしいので、

「〇〇ちゃんも手紙渡してたし、主名も今日は男のほうに早くに行って、ババに手紙渡せば?」

といったらやる気を出して、何度か書き直した末に書きあがった手紙を持って、白の上下を着て主名はダルシャンに行きました。


あ~~やれやれ。私の時間。




部屋でゆっくりして、ゆっくりダルシャンに行きました。

ちょうどババがきたところで、ホールに入ると、男性側をぐるっと回ってきたババが女性側を回りこんで中央に行こうとしました。

ん?
オレンジ色の封筒を持ってるような気がする?



最近ババはホールを回って受け取ってきた手紙を中央に行ってからその場であけて読んでることが多いです。


バジャンが終わってホールの外に出ると、主名がすでに待っていました。


「手紙は?」
と聞くと、
「ババがとっていった」
とのことでした。
はや~。



やっぱ、あのオレンジ色の封筒は主名のだったか。

よく聞くと、ババが直接じゃなくて、横にいてババの指示で手紙を取る側近が取って行ったそうですが、
主名は4列目だったけど、合唱ポーズの両手の間に手紙を挟んで、すっごい体を伸ばして差し出してたら、ババも側近もニコニコして笑ってた。で、持って行ってもらったそうです。

身長120センチくらいの主名が4列目から手紙を渡すとは、相当伸びたんでしょう。
目に浮かぶようです。


しかも、なんか、周りは学生みたいな人ばっかりで、いつもと違う、すっごい近いところところに座った、とか言ってたので、どさくさにまぎれて学生席かなんかに座っていた模様。


これからず~~~っと、男のほう(男性席)に座ったほうがいいんちゃうん?
とか思って、そう言いました。

男性席に座るたび、
ババが前を通るときにブレスしていっただの、
ビブーティーの袋にババが指を突っ込んでかき回したやつをもらっただの、
主名の妄想が入ってそうな感じもしますが、(空想というべき?)
いいことばっかりあるみたいなので。
(実際、ビブーティーの小袋はその時もらってきました)


たぶん、私の影響下から離れたほうがお互い幸せなんだろうと思います。

占星術かなんかでも、10代で主名は私から完全に離れてその後の人生を楽しむ、みたいなこといわれたような気もするし。
【2010/05/16 01:36】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ぐで~~~、と、なってた日。
今日は昨日の疲労感と今日の暑さでぐったりしていました。

朝はバジャンに行ってから(ババ来ず)、部屋のネットがつながってなかったので、インターネットカフェに行ってネットしつつ涼みました。

昼はサウスで食べました。

私は今日はしんどいし、音楽教室休もうかな、と思って、主名に「あんた一人で行き」と言ったら、主名も
「え~~~」とかいって、じゃあ、2人とも休もっか。と言ってみたりしたのですが、
女の子先生が待ってるし、結局2人ともちょっとがんばる感じで行きました。

でもやっぱ、休んだほうがよかったかな。
わたしも主名もぐったりして、あんまり練習になりませんでした。

その様子を見てお兄ちゃん先生が「どうしたの?」と心配してくれたので、
「暑くって。日本とここじゃ気候もすごく違うし、昨日も暑くてよく寝られなかったんです」

とかいってみたのですが、
まだなんかあるだろうと思ったのか、

練習が終わったあともすぐに動けなくて教室の外で休憩してたら、お兄ちゃん先生も
「よかったら話を聞くよ」
みたいな雰囲気をただよわしながら、勉強道具を外に持ってきて、横に座って勉強してました。

でも、しばらく休憩した後、わたしたちは部屋に戻りました。



ほんとはトークンに行こうかなともちょっと思ったのですが、だるすぎたので無理はせんとこ、と思い、今日は主名とともに昼寝しました。


起きたらもう夕方の6時で、
「バジャン終わったかな?」と思いつつアシュラムに行ったら、もうアルティは終わってたけどババはまだホールにいたので、
家に帰るババをホールの外から見ました。

セキュリティスタッフが中から出てきて、「うしろにさがれ」 と言って、腕をぎゅーとつかんで押してきました。
ちょうどババが通るところだったので「1分、1分」と言って、私は動かなかったのですが、
見ても減るもんじゃないし、いいじゃないとか思いました。

まあ、セキュリティにはセキュリティの言い分があるでしょうけど、乱暴な部類の行動だったので、30秒ほど悲しくなりましたが、その感情は後にはひかず、すぐに消えました。


主名がアイスを食べたいと言うので、いつもなら食べさせないのですが、今日はまあいいかと思って、ショッピングセンターの横のアイス屋に行って買い与えました。

私も、2ヶ月にいっぺんくらいしか飲まないビン入りの炭酸飲料を買って飲んだので、弱ってるなー、と思いました。


横のほうで座って休憩してたら主名がアイスを3分の1くらいたべて「後で食べよ」とかいうので、
「もうお腹いっぱいなん?」
と聞くと

「おいしいから」
と言うので、
「絶対溶けるから今食べ。」
と、その場で食べさせました。

ショッピングセンター裏の散歩コースを、いつもとは反対向けに歩きました。

工事の車がいくつもあって、主名はちょっと触ってみたり、タイヤの数を数えて、
「ここはひとつずつで、あっちは2つずつ」とか、
「8個と8個で、、、18?」

とか色々調べていました。



私が子供の頃は工事の車なんか1ミリも興味がなかったのに、人はそれぞれいろんなものに興味を持つもんだな、ってかんじです。


主名が歩きながら、
「へびって、舐めたらダメなことになってるの?」
と唐突に聞いてきたので、

「なにそれ。言ってる意味がぜんぜん分からん」
と答えましたが、
どっかのテレビで蛇を舐めてるおじさんを見たことが前提にあっての質問だったようです。



夕食はウエスタンキャンティーンで食べました。

主名は最近パスタに飽きたのか、玄米とダル(豆スープ)ばかり食べたがります。
おかげで安くついていいんですが。


食事を取るカウンターの、パンのコーナーに、知り合いのロシア人家族(一緒に願書をとりに行った家族)の下の女の子がいてパンを給仕していました。


女の子はいつもお姉ちゃんと一緒にいて黙ってる印象なのですが、今日は彼女のほうから
「サイラム」と可憐な声で言ってきて、
「主名はどこにいるの?」
と聞いてきました。

あ、主名って、この愚息の名前知ってたんだとか思って、なぜか私がどぎまぎしながら
「どこかあっちのほうにいるよ。もう座ってると思う」
と言ったら、

「今日はダルシャンで主名を見なかったわ」
と言われたので、

「ああ、今日は私たちは中に入らなかったのよ」
と、答えました。

かわい~~~~、と思ってどきどきしました。
普段ぶすっとしてると言うか、黙ってるような子なのですが、しゃべる声とか
しゃべる様子とか、さすがインド生まれでぶれてなくて、でもはかなく可憐な感じで、

見た目天使でもしゃべると悪魔みたいなロシア人の子供がここには多いのですが、
やっぱちがうな~、と思いました。

そして英語も流暢だったのでどきどきしました。

この子は主名より1つ上なのですが、主名も来年にはあれくらい上手にしゃべれるようになるんだろうか、、、。

この子は私のみまちがいじゃなかったら、昨日の午後のダルシャンでババが帰り際に手紙を取ってもらって、ババはその場であけて読んでたような。


テーブルのところで水とかフォークとかスプーンとかセットして待ってる主名のところに行って食事のトレーをおき、
〇〇ちゃんが「主名はどこ?」とか「今日は主名を見なかった」とか言ってたよ。と言ったら、
主名はうれしそうでした(笑)


テーブルで斜め向かいに女の子とお母さんが座って食事をしてたのですが、
その二人が食べ終わって行ってしまってから、主名は

「あのおねえちゃん、ぼくと遊びたいな~~~、て顔してた。うひひひひ。」
とか言ってました。


絶対外国人と思っていたのですが、その子は日本語をしゃべったたそうで、
主名は去年のわたしの両親が到着する前日(9月30日)の夜の、プログラムの全体練習で、その子が自分の前に座ってたのを覚えてるそうです。

そうだなー、子供の頃って、100パーセント隅々まで見えて(目がよかったし)、体験したことは何でも隅々までくっきり覚えていたなー、と思いました。

今ではなん十回と合って一緒にげらげら笑ってご飯を食べさせてもらい、ちょっとしたことでも気軽に電話するような人の名前でも思い出せませんもん。


今日ウエスタンキャンティーンでご飯を食べてる西洋人たちを見てたら、
みんな、それぞれひとりひとりが一生懸命で、ひとりひとりがそれぞれババにつながって、何かに耐えながら、根本的に孤独に、ここにいるんだなあ、という気がしました。

そんなわいわいとそこここで座って笑ってご飯を食べてる人たちの奥にある、それぞれの抱える孤独とひたむきな美しさに触れたような気がして、なんだか切なくなりました。


主名はこないだ拾ったエメラルド?を、食べてる途中におもむろに財布から出して、包んだ紙からも出して、見ていました。
「だって、しばらく見てないから、どんなだったかな~って思って」とか言ってましたが、
「失くしたら泣くやろ?しまっとき。」
と、しまわせました。


キャンティーンの帰りには、2人のギャング的ロシア人の子供とそのお母さんたちと、追いついたり追いつかれたりしながら子供たちを遊ばせつつ帰りました。



今は主名に
「2匹、しろげがいる」
と、いやなことを言われました。
(白髪が2本)
【2010/05/15 02:21】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
完全におかしくなった知人。
今日も暑かったです。

極力外に出ないようにしていましたが、
洗濯物を干すときに外に出たら、「焼ける」と言うよりすでに「焦げる」の域。


夕方6時過ぎにバジャンに行きました。

しばらくはずしてたお守りを、最近またつけだしたのですが、今日は昼に水浴びした時に祭壇において、忘れたまま出てきたことに気がつき、あれ?と思いました。


ホールに入って座ったら、ババが体をこちらに向けて座っていて、ババの意識がふわりとこちらに来ているような気がしました。

後から行ったので座ったのは遠くなのですが、
「あ、ババ、待ってたな、見てるな」と思い、今朝見たババの夢を思い出したりしました。
ババと、ある共通の意識でつながっているような感覚でした。

私たちがホールに入って1曲くらいですぐにアルティになりました。

ババは今日、高く、低く、正面と男性側にあわせて4回くらいブレスをしていました。

女性側にもブレスして!!
と念じたのですが(たぶん女性たちの多くがそうおもってたんじゃないかな?)
女性側にはしませんでした。

ちっ、と思い、お腹すいたなーと思いながら主名と一緒にホールから外に出ました。

ホールの出口の階段にさしかかったところで、後ろに、以前からの知り合いの西洋人?かなんかが来ました。


その人とは以前は少ししゃべったり、時々向こうから関わってきてたのですが、
あるときを境に一切関わらなくなっていました。

時々ものすごい目で見てきていたり、だんだん人相が変わってきてたのは気がついていましたが、特に気にしてませんでした。


それが今日、人で混み合う階段のところで私たちの後ろに来たとたん、ものすごい勢いで独り言を言い始めました。

内容は私たちというか、私をののしる彼女の妄想物語だったのですが、びっくりでした。
完全におかしくなっていました。

ついつい内容に耳を傾けてしまったのですが、
彼女はプッタパルティにはもう何年も、私たちよりも長く滞在してるし、私たちのこともそれなりに知っているので、彼女のののしり言葉は半分の真実に基づいた半分の妄想でした。

〇ッキン ジャパニーズ と、階段を降りきるまでに20回くらい言われました。


それらの言葉を背後から超早口で耳に注ぎ込まれてるときは
「うわ~~~、おかしくなっちゃってる、、、、、」

と、驚いただけだったのですが、

階段を降りきって彼女から離れてから、それらののろいの言葉を中に入れちゃったみたいで、ど~~~~~ん、と、エネルギーが落ちて、彼女から注ぎ込まれた攻撃性により、緊張と不安でけっこうやばいかんじになりました。


どうしようかと思ったのですが、
今日の午前、知り合いの占星術師に、邪視などのバッドエネルギーを受けるとどうなるかとか、どうクリアーにするとかいう話を聞いたばかりだったので、そうだ、あそこで、ココナツの上に樟脳を乗せて火をつけてもらって、それをくるくる回してもらおうとか思いました。(それをするとオーラの汚れが取れるのか?けっこうすっきりするので。)

で、行って、なんやかんやしてもらい、かなりましになりました。
ココナツではなくて小さなレモンを切ったやつに樟脳を乗せて火をつけて浄化してくれましたが。


で、とりあえず極度の緊張感と不安感が和らぐと、今度は涙が出てきました。


しかし、おかしくなる人が多いです。ここは。
聖地はエネルギーが強いということもありますが、ここ数日、暑さが増したことと、今日は新月らしいので、感情など、押さえが利かなくなってるみたいです。


別に、どんなことを言われたとかは占星術師には言わなかったので
「ささいなことだよ、気にするな。」
みたいに言われましたが、

なんだか、今日の朝からの一日が、色々つじつまが合ってるなという気がしました。
これは、決まってたことで、ホールに入ったとたんのあの、ふわりとしたこちらに向けられたババの意識。ババもそれが起こることは当然知っていたという気がしました。

ここしばらく、プージャしまくりということもあってか、すごく光が強くなったような、そんな感じがしていて、そういうときには闇も濃くなるし、上昇するエネルギーが強くなるときには出さなければいけない汚れもあるのだという気がしました。


占星術師はある話をしました。
ある女性が、乱暴なセバダルに押されて転んでしまって、そのことがとてもショックだったのですが、
そのすぐ後にババにインタビューに呼ばれたそうで、
インタビュールームの中でも彼女は泣いて、その、ショックな出来事を涙ながらにババに訴えたそうですが、
ババは、

「だから私はそのセバダルをあなたのところにやった。
彼女はあなたのカルマを持って行ったのだ。
それがなかったら、私はあなたをインタビューに呼ばなかっただろう。」

と彼女に言い、その女性の涙は喜びの涙に変わったそうです。



だから、あなたの場合も、その女性があなたのカルマを持って行ったんだよ。
と、いう話でした。

そうなのかも、しれない、けど、じゃあ、彼女はこれからどうなってしまうのだろう、という気がしました。

わりと親しくしていた頃は、知的で柔和な人だったのです。
いろいろ情報を教えてくれたり。


案外、涼しくなると落ち着くのかもしれないですけど。



お茶とか水とか飲んで、世間話?とかをして笑ったりして大体落ち着いたので、ウエスタンキャンティーンに夕食を食べに行きました。



早めに対処してクリアにしておいてよかったです。
こういうショックって、中に入れたままにしておくといつまでも蝕むので。


きっと、よいことの前触れなんだろうと思います。
【2010/05/14 02:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
ババへの手紙の送付先


サイババの住所載せとこ。

ババの住所は

Sri Sathya Sai Baba

Prasanthinilayam Puttaparthy  Anantapur Dist.( A.P.) India 515134


で、届きます。(A.P.)は、アンデラプラデシュ州 の略です。


手紙でお願いとか質問とか書いて送ると、ババ本人が一つ一つ読んでるそうです。

日本からだと切手は90円くらいじゃないでしょうか?

直接ババに手渡すよりも実は確実かも。

手紙の内容は日本語でも何語でもOKだそうです。


日常の中で、とか、夢を通じて、とか、何らかの形で返事が来ることも多いみたいです。


わたしは、こりゃ便利、とか思って、切手をたくさん買って、ちょっとしたことでもすぐに書いてどんどんポストに投函して送りつけてたら、そのうち切手が行方不明になりました。

隠された!?


緊急時にはファックス送付、とかいう技もあるそうなのですが、私はババのファックス番号は知りません(笑)



(その後、ファックス番号もゲットしました。でもまだ送ったことないです。)
【2010/05/13 11:33】 | ババへの手紙の送付先 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババとおしゃべりする夢
今朝は、ダルシャン中に前にしゃしゃり出て行って、ババとおしゃべりする夢を見ました。

なんやかんや、お互い気軽にいっぱいしゃべってた雰囲気の記憶はあるのですが、別にたいしたことない内容だったのか、会話の中身はまったく覚えていません。


ババにパンみたいなお菓子みたいなのをもらったので、周りにいた人に一部分ずつ分けてあげました。


そんな気楽な感じの夢でした。



ところで、昨日、ババへの手紙の送付先を載せとこ、と思って、ブログの記事として書いて公開したのですが、今朝、さっそく、
「前から知りたかったので印刷しようと思い、プリンターの電源を入れたらプリンターが勝手に2部印刷しました」
という感激の?メールをいただきました。

で、へ~面白い。と思いつつ、
今朝見たババの夢の記事を書いたのですが、ブログのトップに上がってこないので。なんで?と思ったら、
昨日の晩に書いたババの住所の記事のほうが、今朝書いた夢の記事より1分後に書いたことになってて、トップにしゃしゃり出てきていました。

しばらく、ババの住所を最初においとけってことですかね~~~?
【2010/05/13 11:32】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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