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USAの陽気な合唱、ババの祝福。
今日の午後は6時半くらいにアシュラムに行きました。


丁度ババが来たところで、男性側から中を通るババを見て、女性側から中に入りました。


今日はUSAが出し物をしてて、
パーカッションなどの楽器に合わせていくつかヴェーダを唱えた後、合唱をしていました。

陽気なアメリカ、を感じました。

でも途中、キーボードが奏でるメロディを聞いてると、
どことなく狂気をはらんだ切なくも美しい「ピアノレッスン」の映画の音楽が思い起こされました。

で、なんだか今日もよく涙が出ました。

「ピアノレッスン」と、あの音楽、マイケルナイマンの音楽は一時期すごく好きだったんですよね。

神戸かどこかでマイケルナイマンが音楽を担当してたか何かのオペラも見に(聞きに)行ったことがあって、
そしたらマイケルナイマン本人も来てたので、ミーハーな私は握手してもらってうれしかったです。
すごくふかふかの手でした。


わたしは沖縄のおばさんたちが歌ってる「ネーネーズ」も一時期好きで、思いで深いものがあるのですが、
あるネーネーズのCDにネーネーズのファンとして、マイケルナイマンが文章を寄せていたのを読んだとき、
その組み合わせの意外性に驚いたと同時に、やっぱり何かしらつながるものがあるんだなあと思いました。

人間の魂の切なくも美しいもの、が、それらをつなげていたのだと思います。

奇跡のようなその美しさ。




前に座っているババを見ながらUSAの人たちの歌うコーラスを聞いてると、なんだか今日はしみじみと、
神と一体化したい、というか、
完全にその状態になりたいなあと思いました。


しみじみと、そう思いました。


プラサードにラドゥーが配られました。

お腹がすいていたのでその場でいっこ丸ごと食べました。


アルティの後、ババは正面に一回ブレスしていました。

そのまま帰るかと思ったら、
男性側と女性側にまた、一回ずつ念入りな両手ブレスをしてくれました。



全部終わったのは8時前でした。
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【2010/06/30 02:39】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
田口ランディ「オクターヴ」
今日の昼前後は、知人の占星術鑑定に付き添っていって、

そのあとは部屋で日本から運んでもらった田口ランディの「オクターヴ」とかいう小説を読んでました。

田口ランディは久々に読みましたが、

「でた!このえぐい展開!!」

という感じで懐かしいともいえなくもなく(笑)


最近周辺でバリの話題がちょこちょこ出てることもあり、

バリが舞台のこの小説を読んでみました。

舞台が舞台なだけに、なかなか呪術的なムード満点で、楽しめています。

読んでて何度もざぁっと細胞が洗われる感じになりました。

あと半分くらいです。


追記:

「オクターヴ」はえぐい展開があったものの、よく出来た話でした。

「ソウルズ」という田口ランディの短編集も読みましたが、
こっちはどの話も読後感が良くて、とてもいい本でした。


4冊今回日本から運んでもらったのですが、2日で4冊とも読んでしまいました。

7月にもしかしたら少し小旅行?するかもと思って、その時までとっておこうと思ってたのですが、、、笑。
【2010/06/30 02:16】 | 読書 | トラックバック(0) | コメント(0) |
帰るべき場所が思い出せない夢
昨日の夜にどこかで雷が落ちてから、また接続状況が悪くなってます。

今朝は、ババの夢じゃないのですが、久しぶりに夢を覚えていました。

ひとつは電車通学をする、耳の悪い女の子の夢で、

もうひとつは、私は飛行機で西日本のどこかの空港に降り立ってさらに飛行機か何かで乗り継いで、自分の住んでいる場所に帰ろうとしていました。

夢の中では私は京都の大学はそうツ凝視、さらに別の大学にいっていたみたいだったので、その大学や友人たちの住む町に戻ろうと思っているのですが、

それがどこだったか全く思い出せなくて、

夢の中で何とか記憶をたどって、その近くの都市まで以降と思ってるのですが全く思い出せない。

空港の職員の話を聞くと、その日はずっと天候が悪く、私が乗って空港に降り立った飛行機だけがなんとか着陸できたみたいで、その後の飛行機ももう飛ばなさそうでした。

だから、私は、その、自分が住む町へ列車を乗り継いで帰ろうとして、

どこに帰ればいいかは分からないのですが、とりあえず大阪方面に列車に乗っていきました。

空港から電車の駅に車で移動しているときに、車が老女をひきそうになりました。

その老女は娘といて、その母娘はプッタパルティに昔いた西洋人の母娘でした。

「あ、あの人知ってる!」

と思いつつ列車に乗って、

するとたくさんのいろんな列車が並んでる、列車の駐車場みたいなわきを私の乗った列車は通りました。

なので、いろんな列車を眺めました。


列車は大阪の伊丹だったかについたみたいだったのですが、

そこから私は滋賀方面に行けばいいのか、

どこに行けばいいのか、

やっぱり全く思い出せませんでした。

そんな夢でした。



おきてみるとインドにいたのですが、
それは別に衝撃でもなく、

夢の中での帰るべき場所がインドだった、という風にも思わなかったんで、

おきてからもずっと、どこに帰るんだったか全く記憶がない、という心象風景が継続していました。



でも、そういう、帰るべき場所がわからないという宙ぶらりんな状態は悪い気分ではなく、
しばらくそのニュートラルな感じを楽しみました。

【2010/06/30 02:10】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝バジャンのカタルシス、夜バジャンのチョコ味スイーツ
今朝は

「パン屋さんに朝ごはんでも食べに行こうか~。昨日夜遅かったし、今朝はババこないでしょ。」

と思ってアシュラムに行ったのですが、一応確認、と思って男性側からホールの中をのぞいたら、
ちょうどババが家から出てきたところでした。

「わ、来た来た!」

ということで男性側からババが前を通るのを見、女性側から中に入りました。

昨日の晩も遅くまでダルシャンがあったし、今日はもうお腹いっぱいってかんじだな~~~、とか思ったのですが、

ババを見てたら「すばらしい、すばらしい」
という声が体の奥から上がってきて(笑)

「サッティア ナラヤナ ゴ~ヴィンダ マーダヴァ~~~ ♪」

というバジャンでぐっと来て、かなり涙が出ました。

なんかいいバジャンなんですよね、これ。


続きは、

「サイ ナラヤナゴ~ヴィンダ マ~ダヴァ~~~♪」

で、

「ハレラ~マ~~~~ ハレラ~マ~~~~ ハレラ~マ~~~~ ハ~レハ~レ~~~♪」

で、

「ハレクリシュナ~~~~~ ハレクリシュナ~~~~~ハレクリシュナ~~~~~~ ハ~レハ~~レ~~~~♪」


となるやつです。


最初が秘めた愛が神に流れ込む感じで、ハレラ~マ~~~♪ で、天界の光の中に到達、開放!てかんじで、
なんというかすごくカタルシスっていうんですか、
一点集中のいちずなかんじと全開感のどっちもあって、ぐっときました。


そのあとの、

「マナモハナ~ ナンダナ~~♪」

も、優美で優しいバジャンで好きなので、浸りました。


その次はシヴァのバジャンになり、
前で座ってバジャンを聞いてるババがシヴァとしてそこにいるように感じられ、

なかなか盛りだくさんで素晴らしい朝のバジャンでした。


朝のバジャンていいですね。



午後もババは6時半から7時半くらいまで来てました。

インドのスイーツだけど、チョコレート味という、ちょっとかわったプラサードが配られました。
【2010/06/29 01:46】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
残された時間。
今日は知人の髪の毛を切り、たまってた家事をして、主名をアシュラムで遊ばせるという、のどかだけど忙しい日でした。

主名はアシュラムの赤い実を今では木から直接もいで食べまくりです。

今日は芝生のところで知り合いにも会ったので、背の高い彼女も木からとってくれて、その、名前も知らない実をみんな食べまくりでした。


(Oきさんへ、ムルガンのブロマイド!?笑!伝えましたよ~)


部屋に帰ってから、主名は先に男性側にダルシャンに送り出し、
わたしは昼寝したいな~と思いつつ、6時くらいに女性側に行ったんだっけ?




ところが今日はババは来るのがすごく遅かったですよ。

来たのはなんと7時45分でした。


最近、午後のダルシャンがお休みのときも時々あるので、今日も来ないのかな~?てかんじでしたが、
バジャンは延々と続けられていたので、あ~~、ババ、来る気はあるんだなー、と。


みんなもよく待っていました。

早い人は1時や2時くらいから座って待ってたりするので、待ちに、待った後でババが来ると、さすがに来たらありがたさがひとしおという感じではありました。

わたしも、待ちきれずに帰っていった人々のあいたスペースを縫って前に行き、けっこう前のほうでダルシャンを受けることが出来ました。


壇上のババを見ると、なんだかもうダルシャンのなくなった未来から、過去の今の瞬間をみているような気がしました。

この貴重な輝ける奇蹟の瞬間、という感じがしたのです。


実際、一般へのダルシャンはもう、間もなくなくなるだろうと言われ続け、でもまだ今のようにババはダルシャンを与え続けている状況で、明日から突然ダルシャンがなくなることもありえないわけではないです。


もしかしたらほんとはもうその一般へのダルシャン終了の期限は来てるのかも知れないけど、わたしたちの必要や要望を満たすためにババは老体に鞭打って??期限後もダルシャンを与え続けているのかもしれないし、
それはだれにもわかりません。

でも、残された時間がもうあまりないということは確実に言えるわけで、
(ババは12年後に肉体を離れるらしいです。その時期が早まるとかいうデマ?もちょくちょく流れてます)

今日みたいに、くるのか来ないのかわからないまま長く待たされた後にダルシャンを与えられると、
いやでもそういう一回一回のダルシャンの貴重さが思い起こされます。




。。。。。しかし今日は遅かった~。
お腹もぺこぺこ。

しかしババはゆったりと1時間、前に座り続けてくれていました。

8時半に一度アルティになりかけて、アルティの歌も途中まで歌われて火もついてたのですが、
ちがうちがう、まだだよということで?
(たぶん、みんな、そろそろ終るんじゃないかな~とある意味期待してたんだと思います。笑)
みんななごんで拍手も少し起こり、

またバジャンが再開され、3曲くらい歌われた5分後に、ほんとにアルティになりました。

アルティの後もババはしばらく前にゆったりと座っていました。



結局全部終ってババが家に帰った時には8時45分を過ぎていました。



私たちはその後ウエスタンキャンティーンに夕食を食べに行ったのですが、
食べ終わってアシュラムを出たのはもうほとんど10時でした。


私も主名もたくさん食べて、お腹がまん丸になりました。(やばい)

【2010/06/28 03:43】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝はすっきりと目がさめました。


昨日はなんだかんだと予定が入っていた日でした。

とは言ってもゆるいものばかりですが。

昨日の予定の中で時間がなくなってできなかった、知人の髪の毛を切る、というのが
今日に持ち越しになったので、
今から部屋に帰って、切ります。

昨日はそういえば久しぶりに音楽教室にも行きました。

おとといもあったのですが、これは完全に忘れてました。


昨日は私は行けなかったのですが、午後のダルシャンにはババは来てたみたいです。


今朝も来ていました。
【2010/06/27 13:36】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝のババ、ヴェーダチャンティングの録音、満月?
昨日今日と、知り合いの外国人の要請で、ヴェーダチャンティングの録音をしていました。



スペイン語圏の人にスペイン語でヴェーダの意味を伝えるというのが目的なのですが、
かといってチャンティングの手を抜くわけにもいかないので、
ほんとに久しぶりに練習して唱えました。

最初はチャンティングはスリランカ人の男性が担当してたそうなのですが、途中で国に帰ってしまったそうなので、
私は後をついで、その男性がやり残した、主に女神系のを録音しました。

また、あとでインド人男性が加わって、私のできないヴェーダをフォローしてくれる予定みたいです。


録音は個人(外国人)がやってるスタジオがあって、そこでしました。



わたしは何かとヴェーダに助けてもらってるなあと思います。



今朝はババは来ていました。

やっぱり朝見るババは光の加減かもしれませんが、なんかくっきり見えます。


今日の午後は来てなかったみたいでした。


月がだいぶ丸かったですが、明日あたり満月ですか?


【2010/06/26 01:43】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
来てたのね。
今朝はババは来てました。

最近朝も結構来てますね。

「来そうなのかな?」
とおもいつつ、ホールに入ったら前にドンと座ってたのでぎょっとしました。

なんだか、いつもよりも大きく、くっきりして見えました。




午後も来てました。

私は7時過ぎくらいに行ったのですが、
バジャンが終わったのは8時でした。



なんか今日は、サイババがそこに存在しているということ自体が不思議に思えました。
【2010/06/25 00:46】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
トラヨダシの日のシバリンガム礼拝
ブログしばらくさぼり宣言をしたつもりだったんですけど、皆さん見に来てくださってるみたいで、ありがとうございます。

今日は朝も午後もババは来たみたいです。

今日はどっちもわたしは行きませんでした。

夕方は今日はトラヨダシという日ということで、ハヌマーンテンプルでのシバリンガムのアビシェーカムに行きました。

この日、シバは乗り物のナンディ(牡牛)も息子として認めたらしく、
ナンディは興奮して、喜んで走り回ったりしたので、踊るシバ(名前を聞きましたが忘れました。聞いたのは、ナタラージャじゃなかったです)が、ナンディの頭の上に載ってナンディを落ち着かせた日だそうです。

私の英語の聞き取りが正しければ(笑)

なので、この日にナンディの2本の角の間からシバリンガムを拝むと、シバからの祝福が得られるんだそうです。

インド人は良く知ってて、みんな律儀にナンディの2本の角の間からシバリンガムを見ていました。


私も見てみました。
(見えた見えた

雨が降るかな?と思いましたが、降りませんでした。

涼しいです。
【2010/06/24 01:11】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(1) |
パソコン休養
数日、ネットを控えようと思いつつやってたんですけど、先にキーボードが壊れて、修理したらこんどは部屋のパソコンが立ち上がらなくなりました。

ちゃんと周りから指導を固めてくれてるみたいで親切なことですよね!??
【2010/06/23 00:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババのダルシャン時間の変化と、久々のウエスタンキャンティーン
昨日の午後はババは来なくて、今朝は来た(ダルシャンがあった)みたいです。

今日の午後もババは7時くらいに来ました。

もう、そういう時間に来ることにしたのかな~???


今日は、主名の友達の女の子家族と一緒に久しぶりにウエスタンキャンティーンで夕食を食べました。

やっぱり久しぶりに食べるとおいしくて、「やばいですよね」といいながら私は無言で食べました。


どこもかしこも塗りなおされてきれいです。

ガネーシャテンプルやムルガンテンプル、ゴープラムもこれから塗りなおすみたいです。
【2010/06/23 00:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
分厚いプーリー。ウエスタンは明日リニューアルオープン予定。
昨日、パソコンに外付けして使ってるキーボードが早くも壊れたので(3ヶ月くらい使っただけなような)
買ったネットカフェにもってって修理してもらうことにしました。

なので、ネットもネットカフェで。
ネットカフェは画面が変わるのが早いな~。
自分まできびきびした人間になったような気がします。

なので、この一週間くらいブログを書くのも控えめにしようと思ってたのですが、ついつい書いてるという。



昼をサウスで食べた後、主名は男の子の友達を誘って、オートリキシャで女の子のともだちのところに一緒に遊びに行きました。

わたしは、部屋で用事が出来て助かるなーと思ったのですが、帰ったらすぐに昼寝してしまいました(笑)

主名は友達の家から帰ってきたら空想ワールド爆発でいっぱいしゃべってきました。

(フリスビーが太陽まで飛んで、太陽と雲にひっかかったからすっごいジャンプして、途中からはタケコプターが出せたから!タケコプターで取りにいけた。とかそんなようなこと)

こういうのって5歳くらいまでかと思ってたんですけど、
そんなことないんですね????

分かった分かったすごいねと言って、バジャンに送り出しました。



日も暮れてからようやく自分の用事(ヴェーダの練習なのですが)に取り組めて、
ま、こんなもんかと思って7時くらいにアシュラムに行きました。

女性側のホールに入ったら、主名は占星術師の子供(3つ目に行った学校でクラスメートだった)と遊んでいました。
この子もかなり強烈で、ずっと主名の足の裏をこそばしていました。

しまいにお母さんに注意されていました。

ババはちょうど来たところだったみたいで、
ほんと、最近ババが来るのがゆっくりですよね。
夜の7時ですよ。


しばらくしてアルティになり、ババは家に帰っていきました。



私たちはさっさとノースインディアンキャンティーンに行き、夕食を食べました。

昨日は主名は食べ過ぎて「お腹が痛い」とか言ってて、
今日は少し学習して控えめに食べていましたが、
今日は私が食べ過ぎました。

ノースのプーリーって、分厚いんですよ。



明日の夕食からウエスタンキャンティーンもまたオープンすると聞きました。
バカみたいに食べ過ぎないように気をつけたいと思います。


ババの85歳の降誕祭に向けての準備もあるんでしょうか?
アシュラム中の建物のペンキが塗りなおされています。

ペンキが濃くなって、空気も一段と濃くなってきたような気がします。


人々もどんどんプッタパルティに戻ってきて、
またシーズンが始まるなーという感じです。
(何のシーズンか分かりませんが)

よその国では6月くらいが夏休みのところもあるんでしょうね?
この時期に毎年2ヶ月くらい来る子供づれの家族とかもたくさんいて、
懐かしい顔ぶれがそろってきています。

子供は1年見ないと雰囲気が全然違ってくるので、再開するたびに「大きくなったなー」とか思います。
赤ちゃんぽさが抜けるのって、早いですよね。こわいくらい。

みんなどんどんお兄ちゃんになったりすっかり女の子っぽくなったり、口元にうっすらひげが生えてきたりで、
生命の不思議ってかんじです。
【2010/06/21 00:38】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
土星のプージャとブレスしまくりサイババ
昨日の夕方はハヌマーンテンプルでの土星のプージャに行きました。

こないだ現地で申し込んだ人と一緒に行ったのですが、
「たのし~~~!」
と、楽しまれてたみたいだったのでよかったです。

今度の水曜日はトラヨダシという、シバを礼拝するのにいい日なのですが、そのときに行われるシバリンガムへのアビシェーカムにも一緒に行くことになりました。
彼女はプージャが好きらしいです。

私の日常がすでにこんな、頻繁にプージャに参加するようになってることに対して彼女は
「SAWAKOさんて日常が面白いですね」
みたいなことを言っていました。
まだ、わかります。その気持ち(笑)

プージャ後は私も入ったことのない、スーパーバザール横のフルーツジュースやさんに入って、主名も含めた3人はラッシーを飲みました。
10ルピーと安くておいしかったです。

実は私は昨日はかなり重くって、頭痛までしてたのですが、
夕方のプージャが終わっていったん部屋に戻り、水浴びしてバジャンに行くころには軽くなっていました。

プッタパルティの日常に多少膿んでるわたしなんかしたら、
日本から来た新鮮な感覚の人が私への処方箋のプージャになるのかもしれません。



7時半くらいにアシュラムに行ったのですが、
まだプログラム(劇)をやっていました。

テルグ語圏の人たちのグループでした。

こういうプログラム、なんか久しぶりに見た気がします。

6月も半ばを過ぎ、学生も戻ってきていろんな人々も戻ってきて、
プッタパルティも新学期スタートという感じです。

子供たちのダンスもあって、久しぶりに見ると新鮮でした。



ババが下に下りて出演者と記念写真を撮ったりしゃべったりしてるときにラドゥーのプラサードが配られました。


ババはアルティの後に小刻みに男女合わせて11回もの両手ブレスをしていました。
何回するのかと思って数えてたんですけど、
ちょっとやりすぎじゃあ?と思ったくらいご機嫌みたいでした。

で、最後に右手のブレスを正面にビシッと決めて、帰って行きました。
【2010/06/20 14:35】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
ご飯配り
今日の午前中は、アガスティアの葉のカルマの解消2人分の処方箋で身障者に50個のご飯配り、3週目行ってきました。

あー、結構な労力ですねこれは。町中を身障者を探しながら配るので。


9回行う予定なので、あと6回ですか。

まあ、できたやつを配るだけなので労力といえるほどのもんじゃないかもしれませんが。

誰にでも配っていいんだったら簡単なんですけど(勝手にどんどん四方八方から寄ってくるから)
できるだけ身障者にということで、移動しながら、元気いっぱいのこじきを振り切りながらの道程なので。

すっごい元気なこじきのおばちゃんとか「くれよーー!!」というかんじで叫ぶんですよね。
そういう強烈な人らは財布の中にちゃんとお金を持ってるの知ってますし~。
誰にももらえなかったら自分でお金を出してご飯買って食べてますもん。



ご飯を入れたかばんを持ってくれるおにいちゃんは一緒についてきてくれるので、
どの人にあげたかとか見ながら、小一時間くらいで配り終えました。

あ~、今日はなんか虚脱しました。


しかしインドはこういうカルマの解消するのに施しをする相手に事欠かないのがいいといえばいいですけど、

きりがないよな~~~~、とも思います。


昨日の朝はババはダルシャンに出てきてたそうです。

今朝は出てこなかったそうです。
【2010/06/19 15:48】 | アガスティアの葉 | トラックバック(0) | コメント(0) |
遅いバジャン
今日の昼は部屋で作って食べようと思ったら、八百屋がみんな閉まってたので、そのままサウスで食べました。

食事の後は主名を音楽教室に送り込み、あー、やれやれと一息ついたら、20~30分後にもうすでに戻ってきたのでがっかりしました。

すっごい急いで帰ってきたそうです。

いそがなくていい~~~!


夕方また主名をバジャンに送り込み(とにかく、部屋で一人になりたいのです。けっこう限界!)

自分は部屋で少しヴェーダのチャンティングをしましたが、
最近は主名にやらせるすらままならない状況で、
まして、自分自身になんか練習時間をぜんぜん割り振ってなかったのでなんか酷いかんじでした。

ちょっと、リハビリが必要だ。。。


7時くらいにアシュラムにいったらまだバジャンをしていました。

座ってしばらくしたら、ババが7人ぐらいのインド人と一緒にインタビュールームに入っていったので、
私と主名はノースインディアンキャンティーンに夕食を食べに行きました。

今日は黄色くて酸味のあるカレーがあって、私はそれが好きなので食べました。おいしかったです。


食後にサイクルワントホールに入ったら、まだインタビュー中でした。

しばらくしたらインタビューに呼ばれていたインド人たちが出てきて、ババも続いて出てきて、まもなくアルティになりました。

しかし、今日も終るの遅かった~~~。
終ったのは8時20分でした。


みんなよくがんばってホールに座り続けていますよね。すごいです。




ところで、来週末くらいまで、ちょっと用事が入る予定なので、ブログとかもしばらく手抜きで行く予定です。
よろしくどうぞ!
【2010/06/19 04:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ノースインディアンキャンティーンの前の赤い実
mi1
食後のデザートを自分で調達する子。

mi2
こんなふうにかわいい実がなっています。
予想以上にすごく甘いです。

mi3
最近、どのように写真を撮られてもそこにおばはんが写っていることに気がついた私。
主名の腕が悪いわけじゃなかった。。。

mi4
主名「あの実、とってくれないかな~~~」

mi5
主名「あの実、とってくれないかな~~~」
しょうがないからとりました。

mi6
あ、カメレオン??

【2010/06/18 18:39】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨期?
今日は、朝はフルーツやミルクティーでごまかして、昼はサウスに行こうと思ったのですがだらだらしてたら間に合いそうになくなったので、また、サイスーリャレストランに行きました。

今日は私はマサラドーサとジンジャーティーで、主名はベジタブルフライドライスとコカコーラ。

サイスーリャはハンバーガーとかもやってるみたいで、どうなんかな~?と思ってましたが、
べジフライドライスがおいしかったので、ハンバーガーもいけるのかも。


そのあと主名はタブラーの先生に電話しましたがでなかったので、友達のところに遊びに行き、
私は日本から銀行のカードが届いたのでさっそくATMで試してみましたが、
今のところどこも使えず。

届いたのは新生銀行のカードで、カナラバンクのATMで新生銀行のカードが使えると聞いたのですが、
今日はカナラバンクのATMはアウトオブサービスになってたので、
ためしにほかの銀行のATMで使ってみましたが、やっぱりだめそう。

また、カナラバンクのATMが復活したら試してみようと思います。


部屋に戻る途中にザッと雨が降り出しました。

日本はもう梅雨ですか?

ここらへんもなんだか毎日雨っぽいです
すぐにやみますが。


夕方今日は一人で戻ってきた主名をそのままダルシャンに行かせ、
私は7時前くらいに行きました。


ホールに入って主名の横に座ってしばらくバジャンを歌ってたらババが来ました。


最近ババはほんとに来るのがゆっくりですね。


今日もババは手紙を読んでいて、バジャンの途中でプラサードが配られました。

私もわりと好きな、繊維状にさくさくはがれるお菓子でした。



先に主名はちょっと前のほうに行って一個もらってました。

そのうち私の座ってるところにもセキュリティスタッフがプラサードを配りに来たので
手を出したら主名の分も2個くれて行ってしまいました。


合計3つももらってしまったので、
ま、いいか、誰かもらってない人がいたらあげよう、と思ったのですが、
みんなもらってたので、
最初にもらった一個を主名と半分こして食べ、あとの2つは持って帰りました。

これは長持ちするプラサードだし、問題ないです。




しかし、遠くから見るババはありがたみがあるというか、神々しいですね。



後ろのほうに座ると押し合いへし合いも無いから、私も気分よく座っていられるし。





バジャンが終わったあとはそのままサウスに行って夕食を食べ、今日は早くに部屋に戻りました。

ああでも、バジャンが終わったのがすでに8時前だったので、部屋に帰ったのもすでに9時前でした。


そういえば、今日、夕食後に主名がトイレから出てくるのを待ってたら主名の友達のお母さんが話しかけてきました。

プレマサイくんという子のお母さんなのですが、
「プレマサイは今年、学校に入ったよ!」
と言っていました。

「そうなんだー。おめでと~。」
とかいってて、
「主名は?」
ときかれたので
「あそこ」
と、トイレから出てきた主名を指差しました。


主名のインドでの友達は結局けっこうババの全寮制の学校に入りました。

ラーマくん、プレマサイくん、シュルティちゃん、サイキランくん、スダルシャンくん、サイーシャくん、え~と、あとだれがいたっけ。
ヴィグネーシュワラくんは、点数は取れたけど年齢が満たないということで、来年無試験で編入の確約をもらったと聞きました。


もちろん入れなかった子もたくさんいます。

女の子は合格しにくいのかな?

女の子の方が賢そうですけど、入学させる人数がもしかして少ないのかな?

主名の友達は男の子はけっこう入ってて、女の子はあんまり入ってないです。



プレマサイくんのお母さんは2年ほど前は超ロングヘアーをティルパティに行ってばっさり剃ったりしてけっこう気合を入れててました。

私は、たおやかな雰囲気の彼女とは会えばなんやかんやしゃべる相手で、プレマサイくんの妹が生まれたばっかりのときも見に行ったりしてました。

主名は今まで学校を4つくらい変わったのですが、
プレマサイくんとは、最初の学校と3番目の学校で一緒だったんですよね。

プレマサイくんは、去年は落ちたのですが、
今年はたぶん2年生に編入できたんだと思います。

今日お母さんを見かけたとき、なんだか力が無いみたいに見えたので、今年もダメだったのかな?と内心思ったのですが、完全燃焼の虚脱の様子だったのかな?


そうかー、受かった子達はもう寮で暮らしてるんですもんね。
お母さんたちはほっと一息?ですね。


試験直前なんか、お母さんたちはすごく緊張と言うか、一心に集中してて、道で声をかけてもまったく周りが見えてなかった人とかいましたもん。

プライマリースクール(ババの全寮制の小学校)の試験は子供はもちろんだけど、なんといっても親が大変。


わたしは去年はそんな風に一生懸命自分なりに動いてみましたけど、
(試験が受けれなかったのでダルシャンでババに手紙を渡そうとしたり、有力者の人たちに直訴しにいったり)
ことしははなからあきらめてたので、比較的穏やかにこの季節が過ぎてゆきました。


【2010/06/18 01:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババの夢
最近、ババの夢を見たなと思うときはあったのですが、目を覚ますとあっというまに忘れてて、きれいに何も覚えていません。

今日の朝も見たみたいで、これは、夢の中で、見た夢をどこかに報告してたので起きたときも軽うじて覚えていました。

でもそのことについて考えようとしたとたん煙のように消えてしまいました。


今日ので覚えてるのは、ダルシャンのさきがけでマイケルジャクソンがすたすたと歩いて通り過ぎていきました。

で、その後にババが来て、
私はババとお互いを見て、何かお互い感じるところがあって、にやり、とし合う夢でした。


ただ、それだけ。

後は全部忘れました。


さいらむ!
【2010/06/17 19:57】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アマチの香り
そういえば昨日の午後3時半くらいにアシュラムの芝生から帰るとき、アマチの香水のにおいが強く一瞬香ったように思いました。

周りを見てみると、インド人のおっさんばかりだったので、おっさんのにおいじゃないと思うんですけど、
アマチの意識が来てるのかな?とか思いました。


サイババのセンターの中では、ほかの聖者のところに行くとなんとなくよくないんじゃ?
サイババに集中すべきなんじゃ?

みたいなムードもないことないと思うのですが、

私が10数年前に始めて来日してたアマチ(アンマ)こと、マータアムリタナンダマイーに会いに行ったときには私はそんなことぜんぜん気にしてませんでした。
まあ、サイセンターにそんなに深く関わってたわけでもなかったので、義理も縛りもなかったし。


その頃私はほとんどの時間、家にこもって絵を描いていました。

心の安定はなかった一方、絵を描くことが自分を保つ手段にもなっていたので、何を考えることもなく新鮮な絵がいくらでも湧いてきて、それはそれでよかったのです。

しかしあるとき、自分は人間関係において、本当の愛を知らないとつくづく思い、自分が知らないのに他人を愛せるわけがないとか思って、猛烈に悲しくなって、

ほとんど祈るということはしたことがなかったですが、その時は神に
「私は本当の愛を知らないです。本当の愛が知りたいです」

と、強烈に祈りました。


すると、たしかその翌日に、アマチが明日(だったか?)来日するという話を聞いたので、兵庫から関東に行きました。

もう、会場に向かっている途中で早くも泣いてました(笑)


ダルシャンが何時に始まるかとかも知らなかったので、会場に着いたらまだ準備中だったので、準備を手伝いました


午後からダルシャンが始まって、
受けたんですけど、
号泣もいいとこで、他の人からも「長かったね」と言われたくらいだったので、
だいぶ長くハグしてもらってたんだと思います。


たぶん、その頃は肉体レベルというか、肉体に近いレベルでのいくつかの体すべてがめちゃくちゃな状態だったんじゃないかな~?と思います。
バランスもぜんぜん取れていなかったのは間違いないし。


で、号泣ロングダルシャンが一回目だったんですけど、2回目も号泣で、

3回目はちょっと落ち着いてきて、アマチにすべてを捧げるくらいの気持ちになってて、

4回目には顔を見合わせてにっこりする余裕が出てきて、

このときのアマチの来日の期間中、結局5回ダルシャンを受けました。



サイババもそうですけど、アマチもやっぱり離れていても突然視線を投げてくる?ときがあって、


それはその時の自分の意識状態に合ったものだったので、そのたびに納得というか、静かなつながりを感じたりしました。


最終日の5回目のダルシャンを待ってるときに、希望者はアマチからマントラをもらっていたのですが、わたしは、アガスティアからもらったマントラがすでにあったので、きっと、あれでいいんだろうなー、と思ったら、その時もアマチはまっすぐこっちを見てきたので、やっぱりそうなんだろうなと思いました。


ダルシャンのための列に並んでいる時には、会場にいてそれぞれのことをしている人たちみんなが全員アマチになったり、サイババになったり、自分になったりとフラッシュしていました。


自分のハグの順番が近づいてきて、前の人がハグされてるのを見てたら、アマチがサイババの姿になって、サイババがうれしそうにハグしている姿でした。

「あ、みちゃった。」
と、私は思い、

サイババは一人一人に接触する機会が限られてるから、アマチの姿を借りて、こうやって楽しんでるんだろうなあ、と思いました。


で、自分の番が来て引き寄せられてハグされてる最中に

「あなたサイババでしょ?(私知ってるよ)」
と、心の中でアマチに言ったら、

アマチはいったん体を離して神の状態にあるままで私の顔を見て

「まぁ~~~~、、、」
といって笑い、
再び私の体を引き寄せてハグしなおしてくれました。



その後、ステージの上に気が済むまで残るように言われて、ほかの人たちと一緒に残っていたのですが、
気がついたらダルシャン続行中のアマチに近づきすぎてたらしく、後ろに回るように係りの人に言われて5メートルくらいさがったのですが、

そしたら胸が破れるように痛くなったので

「数メートル離れただけでこんなに寂しくなるなら、兵庫に帰ったらどうなってしまうんだろう?」
と思い、

「私の心の中に生きてください」
とアマチに祈りました。

そしたら離れても平気かな、と思ったので。

そしたら私の前にいた人たちがいっせいにステージから降りたので、
私はまた前に行って、
今度はアマチのすぐ背後からダルシャンの様子をみる感じになりました。

そしたら、アマチと正面から対峙している時と、背後にいるときとでは感じるムードが全く違ってて驚きました。


もしかしたらアマチがあえて、彼女のオーラの?マーヤーの?(笑)外に私を出してくれたのかもしれません。

アマチの眼前にいるときは濃厚なアマチのムードに包まれていたのに、背後に回るとうそみたいにスッキリして、頭が冴え冴えとしました。

わたしはアマチの後ろから、次々と彼女にハグされる人の様子をほとんど彼女と同じ目線で見ていました。

同じようにハグされるのに、それぞれの人の表情や態度、ムードがぜんぜん違うことにも気がつきました。

アマチに対してかたくなさが残る人、開いている人、開きすぎて溶けてる人。


そんなダルシャンの合間に時々アマチはぶわっと振り返ったり横を向いたりして、
そのときは明らかに濃厚なアマチのオーラに背後の私も包まれて溶けるのでした。

そしてアマチが正面を向くとまた、その会場全体を包む濃厚なムードの外にいる、冴えた意識がわたしに戻ってくるのでした。


そのようにして、アマチにはわたしに何かを伝えて教えているようなきもしました。


最後にはアマチの弟子や組織で活動している人たちが、もう、彼ら、彼女たちにとっては何回目になるかわかりませんが、きっと数多いダルシャンのさらにもう一回を受けました。

その静かで満たされた様子も印象に残っています。



その後そのままそのステージ上のアマチの前で帰依者同士の結婚式が行われ、私たちは新郎新婦に花を振り掛けました。


その後、女神の姿をしたアマチがステージの上に立ち、
人々は会場の部屋の中をみんなでぐるぐる回ってアマチの祝福を受けました。

私は抜け殻のように、人々に流されるままその流れの中にいたのですが、そんな私にもアマチは花をかけて祝福してくれました。



そんな日本でのアマチ体験だったのですが、
兵庫に戻ってからもしばらくアマチとのつながりが強くあったようで、
意識がアマチのそれと入れ替わったり、(そもそもその時期はアマチに限らずそういうことが多い時期でした)

サイババとアマチとの境界が自分の中であいまいだったこともあり、
人に頼まれてサイババのバジャンのカセットテープをダビングしてたらアマチの香水のにおいが強く漂ってきたこともありました。

それはわりと長く続いたのですが、その場にいた父ににおいがするかと聞いたら、父はそのにおいは感じないようでした。

その後もそのにおいが、どういうシチュエーションだったかは忘れましたが、また、来たことがありました。



アマチは私がサイババ系だと知っていたと思うので、後から考えてみると、そのように適切に私に対応していたんだろうと思います。


私の中では、アマチは少女時代にクリシュナが好きだったという話を読んだので、
アマチの帰依者がむっとしたら申し訳ないですが、
クリシュナとサイババを私は同一視しているので、アマチとクリシュナの関係に基づいて、
私の中ではサイババとアマチの関係が位置づけられています。


夢にもちょくちょくアマチは出てきて、
時には太陽と月が同時に空にあるときにアマチがプッタパルティで祈っている夢を見ました。

3年前、主名が離乳できなくてわたしが困ってるときに夢でアマチが「もうやめなさい」と言ってきて、
おきてから主名に「アマチにもうやめろと言われた」と言ったら、それ以来主名がぴたりと離乳したということもありました。


わたしはアマチの存在がその10数年前には必要で、今はもう必要ないのかもしれませんが、
恩がある感じだったり、好きかどうかというと好きなことには変わりは無いので、
時々こうやって思い出すことがあります。


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【2010/06/17 16:01】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(1) |
赤い実と両手ブレス
今日の昼は主名とサウスに食べに行きました。

その後、主名はタブラーに行こうとして先生に電話したのですが「明日」と言われました。

私は人の入れたお茶が飲みたかったので、小雨が降り出してましたが芝生に行って、コーヒーショップでミルクティーを買い、そこら辺で座って飲みました。

主名はノースの前の木から落ちてきた赤い実を拾って食べまくっていました。
(食後のデザート?)

最近は主名は落ちてる実を洗わないでそのまま食べるようになってしまいました。

「洗いや」
と私はいうのですが、

「すっごいきれいだから」
といって聞きません。

また、お腹にいろんな虫がわきそうです。



芝生の辺りでしばらくウロウロした後は部屋に戻りました。

主名にヴェーダを唱えさせたらけっこう忘れていたので私は弛緩モードからキリキリモード(いらいらモード)に変わり、

「なんやねんそれっ!ダルシャンに今から行って全部覚えてこいっ!」
と、4時半からのヴェーダ吟唱に、主名を追い出しました。

主名もそんな私と一緒にいるより外に行くほうがよっぽどいいのは知ってるので、
「うんっ!」
と、さっさと着替えて出て行きました。


そして私はまた洗濯と部屋の片づけをし、(なんでいつもしなくちゃいけないのか、謎。)
6時半くらいにアシュラムに行きました。

ホールの男性側から中を見ると、ババが向こうからこちらに向かってまっすぐ来るところでした。


あれ?なんかタイミングがおかしいな、と思ったら、
ババはすでに男性側を回って女性側に行き、女性側の2週目の最中でした。

で、男性側と女性側の間でババは右折して中央に行きました。


わたしもホールの中に入って座りました。

バジャンを歌ってたら主名が来ました。
ババが男性側を通り過ぎたらもう女性側に来ることにしたのでしょうか。

しばらくしたら主名の友達の女の子とその妹とお母さんも来ました。


今日はババはやっぱり手紙を読みまくっていて、
最後には中央と男性側に一回ずつ右手ブレス、そして女性側に両手ブレスをしました。


主名は
「女の人はだいたい心がきれいだから」
などと、分かったようなことを言っていました。


その後、主名の友達家族と芝生に行って、子供たちを遊ばせました。

そして、今日からまたオープンしたらしいノースインディアンキャンティーンでみんな一緒にご飯を食べました。
久しぶりに食べるとおいしかったです。

ウエスタンはまだあいてないです。
でもいいや。ウエスタンで食べると食べ過ぎちゃうから。


で、一緒にガネーシャゲートまで帰り、ガネーシャゲートからはそれぞれの家へ帰りました。

【2010/06/17 02:41】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
知人のお店訪問
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チトラバティロードの奥のほうの左手にある知人家族(奥さん日本人)のお店の見学に行きました。
「AGORA SHOP」だったかな?違ってたらごめんなさい。
仏像とかが中心の店でした。


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いらっしゃいまっせ~~~。


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わらってるわらってる。


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魚や亀の形をした錠前。なかなかかわいい。かぎの持ちては三鈷になってます。
てことは仏教系?ネパールから仕入れたのかな?
ヨーロッパ人とかがインテリアに買っていくそうです。


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シンギングボウルっていうんですか?の、実演。
確かに場がひゅ~~~~~~~っって、上がっていく感じはありました。

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シンギングボウルだらけ。


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ヒーリングスティックがいっぱい。
「これで刺されたくはないな」みたいな奇妙な風貌のヒーリングスティックもありましたが、
こんなかわいい「魔法の棒」みたいなのもありました。

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さ~いこか~~~。


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これはなんでしょう?

答え、ドアの取ってです。

やっぱりヨーロッパ人なんかが好んで買っていって、
自分ちのドアの取っ手をこういうのに付け替えたりするそうです。

左のウマ形のもそう。


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知人ちのベランダにサル3匹。

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みんなで食べるとおいしいね!
続きを読む
【2010/06/16 03:57】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
南インドのマハークンブメーラ!?
今日も主名は自分でサウスにご飯を食べに行って、友達のところに遊びに行きました。

私はまた用事で占星術師のところへ。

最近はこのパターンが多いです。

今日はそんなにたいした用事でもなかったのでお茶を飲んでほとんどしゃべってました。

クンブメーラの話が出て、あれはアガスティアのためのものだと占星術師が言ったので、

「そんなん聞いたことないけど!?」

と思ってよく聞いたら、有名な北インドのクンブメーラとは別に、南でもやってるそうで、やっぱり12年に一度大きいのをするそうで、次は4年後だそうです。


アガスティアのためというのはその南インド版クンブメーラなのかな?


4年後には連れて行って案内してあげよう。とかいうので、
「4年後には1008回のプージャも終ってますしね」
とかしゃべってて(わかんない人はリンクのショップブログ見てください)

「行ったら、君はもう帰りたくなるかもしれないよ。いいところだから。なんでもあるし。」

とか言っていました。

何でもあるっていうのは、川もあるし、薬草もあるし、森もあるし、、、、ってことです。

川の水はもちろん飲めるし、地面を少し掘ったらすぐにワンダフルな水が出てきて、それも飲めるそうです。


占星術師の地元にはアガスティアのお墓もあるそうです。

あ、やっぱ死んでたんだ?


でも、アガスティアだったらまた自分で肉体をどうにでもして現れそうですが。



で、しばらくアガスティア話をして、わたしはそのあとまたサイスーリャレストランに行って
今日はマサラドーサを持ち帰りました。

マサラドーサはな甘くない薄いパンケーキでたまねぎとかも入ったカレー味のマッシュポテトみたいなのを包んだ食べ物です。

チャツネとサンバルもついてます。

サイスーリャレストランのおじさんは最初無愛想なのですが数回通ったらすぐに溶けます。


部屋で洗濯とか掃除とかしてたら(しかし、こういう家事ってエンドレスなのが理解不能。)

夕方5時過ぎに主名が友達と一緒に戻ってきて、今日は最初から部屋でお茶を飲むように話をつけてたみたいでした。

まあ、あんまり早くダルシャンに行っても最近ババは出てくるの遅いですしね。。


今日はそのこの家からのもらいもんのフルーツがあったのでそれとお茶を出しました。
しばらくして停電になったので2人は外で図鑑を見ていました。

雨や風だとほんとすぐに停電になります。



6時ごろ2人は出て行って、わたしも風呂に入ってから出て行きました。

ババはまだ来てなくて、あきらめた人たちがぞろぞろ帰っていっていました。



けっこう待ちましたが、7時ごろでしょうか?ババが来たのは。

もう来ないかと思いました。
来る気配もなかったし。

来ないなら早く終わんないかな~とか思ってたんですけど、来ました。


そしてババは前でけっこう長くバジャンを聞いていました。


今日も一番後ろくらいで余裕をかましてダルシャンを受けていたのですが、

ババから遠いほど、心の平安が得られる気がするのは気のせいでしょうか。。。。。シャンティ。。。。。

しかし、ババに近づくと明らかにすごいことになりますよね?
われを忘れるというか。


あと12年かー。ババの寿命。



バジャンを聞いてたら眠くなって目をつぶってうたた寝してたら、隣に6歳児2人が男性側から抜け出してやってきました。


6さいかー。私の6分の1。


2人合わせても3分の1。




今日は男性側にはサンタクロースが4人いて、やっぱり水を飲んで、ひげの中からドラえもんのポケットを出してたそうです。

ババが家に帰ったのは8時前でした。

バジャン後はわたしはお腹がペコペコで、子供たちは芝生で遊びたがったので、それぞれ分かれました。


サウスで食べた後に芝生へ迎えにいって、帰りました。

主名の友達はお母さんにバジャン後に遊ぶのは1分だけね、といわれてたみたいなのですが、1時間遊んでました。

主名が、
「1分遊んだ後に疲れて動けなくなったって言ったらいいよ」
などと入れ知恵(ワル知恵)してました。


芝生からの帰りにはサウスは長蛇の列だったので、主名をサウスで食べさせるのはあきらめて、部屋で食べさせました。



夕方から雨になるかと思ってかさを3本持っていっていたのですが、雨は降りませんでした。

涼しくて、いい風が吹きます。
【2010/06/16 03:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(3) |
チャイタニアジョーティーらへん。
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チャイタニアジョーティーに行く途中でスタジアムの中にも入ってみました。

遠くの山の上には山を運ぶハヌマーン像が見えます。


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カメラを、チャイタニアジョーティーの横のクロークルームに預けたのですが、取りに行ったらサービスなのか??

クロークルームの係りのおじさんに、

「そこに立ちなさい。」「もうちょっと右。」
とか言われながら、

写真を1枚、半強制的に撮られました。(↑これがその写真)

しばらく、何が自分の身に起こっているのか意味がわかりませんでした。


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チャイタニアジョーティーの横には鹿が飼われているんですよ。
セバダルの性質によって、近くで見せてくれたりくれなかったりしますけど、
角がスクリュー状の、かっこいい鹿と、大型の鹿がいます。

この写真では鹿はよく見えませんけど、鹿を見る子供たちをご覧ください。
【2010/06/15 06:20】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨で快適。
今日の午前中はだるかったので、部屋で用事をしたり主名に足を踏ませたりしてました。


主名は友達のところに遊びに行きたくてうずうずしていたので、一人でサウスにご飯を食べに行って、いったん部屋に戻ってきて昨日作ってたプレゼントを持って友達の家に行きました。

私は、用事で占星術師に電話したらカムカムとか言われたので、だるくて断る気合もなくて、30分後に行くことになりました。

で、風呂に入ったりしてさっぱりしていったら50分後くらいになったので、占星術師が文句を言いました。


「生理だから早く動けないんです」

と言ったら、不浄を嫌う占星術師はおののいてたので、ふふん、とか思いました。

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たぶんネット初登場?占星術師Bさん。

前世は日本の僧侶だったそうで、(アガスティアの葉に書いてたそうです)時間に厳しいんです。

わたしは過去生、インド人が続いてたのか!?
どうやったら時間通りに目的の場所にたどりつくのかわかりません。



聞くこと聞いて、サイスーリャレストラン(インド食堂)に行って、ベジタブルウッタパを包んでもらって持ち帰り、部屋で食べました。

洗濯とかしてたら主名が友達と一緒に戻ってきました。

白の上下に着替えてすぐにダルシャンに行くかと思いきや、

主名「お茶入れて。OOくんお茶飲む?」
OOくん「いいよ」

と、2人の6歳児はお茶を飲んで図鑑を見てしばらくくつろいでいました。


「バジャン終わるで。行きや」と、しばらくしてから2人を追い出して、

私も後から行きました。


ババは6時過ぎにはもう来て座っていました。

今日は政治家かなんかが来てたみたいで、本人が乗る車と護衛?の車が8台ほどカーゲート近くに停めてありました。


ババは今日も手紙を読みまくっていました。



アルティの後、その政治家とその家族らしい人たちが呼ばれてインタビュールームに入っていきました。

ホールの中はガラガラになり、がらがらのホールって好きなので、インタビューが終ってババが帰るまで座っていたかったのですが、
外の道を主名が歩いてやってくるのが見えたので私もホールの外に出ました。

サウスで夕食を食べ、今日はラドゥーも食べました。


主名が食べるのがすごく遅くて、
私は外で待ってたのですが雨が降り出したので、サウスの窓から、中でまだ食べてる主名に早くするように言って、急いで部屋に帰りました。

雨が降って、肌寒いくらいです。


こんなに涼しいなんて。。。。快適。
【2010/06/15 04:12】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ウッタパ。ミールス。ジンジャーティー。な日。
今朝はババこず。

昼間は占星術鑑定の通訳でつきそっていました。

みんな納得した感じで質問も出尽くして、和やかに終了しました。


昼ごはんはインド大衆食堂で、私はミールス(定食)、ほかの2人(主名と鑑定を受けたヒト)はそれぞれべジタブルウッタパと、オニオントマトウッタパを食べました。

ウッタパって、インド版お好み焼きです。
おいしいですよ。
店によってアルファベットのつづりは違います。
オオッタパ、とかになってたり。

ジンジャーティーも頼みましたが、おいしかったです。
たぶん、しょうが汁をミルクティーに入れたやつです。


主名はその後友達のところに遊びに行き、そのあとはいったん部屋に白の上下に着替えに帰ってきて、2人で男のほうにダルシャンに行きました。


わたしは臨界点に達した部屋を片付けて掃除して洗濯しました。


6時半くらいにアシュラムに行ったらババがちょうどきました。
最近こういうパターンです。

男性側の外からありがたく見て、

ホールの中に入って水を飲んでから座りました。

けっこうすぐにアルティになったのですが、アルティになってからババは長く残っていました。

ババの全寮制の学校も始まって、学生たちがそれぞれババに何か見せたりして、ババは小学生くらいの男の子にネックレスを物質化して、頭からかけてあげていました。

ババは今日は女性側は2周しました。

女学生たちやスタッフたちのほうによく注目を注いでいました。



終わったあと、外で待ってた主名とその友達の男の子と合流して、芝生に連れて行って遊ばせました。

6歳児が2人いると、空想の世界を共有して体験してるので、強烈です。

今日は悪いカーリーと戦うために2人は神になって瞑想して、カーリーを日本まで飛ばしたそうです。

カーリーは他の人には見えなかったそうで、自分たちは戦ったけど血はぜんぜん出なかったそうです。


ダルシャン会場ではサンタクロースが水を飲んでいて、水を飲んだらひげの中からドラえもんのポケットが出てきて、
サンタクロースは
「なんだこれ?」
と言ってポケットを汚くて深い穴に捨てて、また水を飲んだらまたポケットがひげから出てきて、
「なんだこれ?」
と言って捨てるということを延々くりかえしていたそうです。


2人が興奮して口々に話す内容がそれぞれおなじなのが、ほんとに2人が一緒に体験したこと、ってかんじで圧倒されますけど聞いてられないので聞き流しました。
【2010/06/14 05:55】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(1) | コメント(0) |
土日に現れる市場

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毎週土日だけ、ハヌマーンテンプルの横で行われる青空(今日は曇り空でしたが)市場。
土曜日の音楽教室の帰りはいつもこんなです。


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チリ(トウガラシ)売りの夫婦。
カメラを向けたら、おばちゃんは横を向いてただんなさんにこっちに向くように指示してくれました。

ニッコリ。


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新鮮で安い野菜を買い求める人々。売る人々。


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今はマンゴーの季節です。

大きな1本の木に、シーズン中、1000個もの実が次々となるそうです。

色、形、大きさもさまざまな種類のマンゴーがあります。
青いものはピクルスにするのかな?

マンゴーはきついらしいので(食べたらびりびりする時があります)
水にしばらく漬けてからむいて食べるといいと言う人もいました。

インド人は熟したマンゴーをもんで、皮の中でマンゴージュースにして、
はしっこをちょっとかじって穴をあけて、とろりとした果汁をちゅーちゅーと吸ってる姿も見かけます。

1キロ20~40ルピーくらいでしょうか。
【2010/06/13 05:08】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
カナ カーリヤ?(ごはん食べた?)
今朝はババは来ず。



今朝は2回目の、身障者へ食事を配るのをしました。

昨日けっこう雨が降って、今日も朝から小雨が降ったりやんだりで、かなり涼しくて快適でした。


その後、今日帰国の母娘を見送り、サウスで昼ご飯を食べました。

週に一度くらいは教室に行こうと思い、部屋で歌の練習をしてたらお兄ちゃん先生から電話がかかってきて、
今日の練習は一時間遅れで始まるとのこと。

なので一時間遅れの3時に行きました。


昨日の雨で、ハヌマーンテンプルの近くの道は大人の首まで雨がたまってたと昨日一人で行かせた主名は行っていましたけど、、(じゃ、ちびっこのあんたはどうやってそこを通ったんや!?)

そんなわけはなくて、
今日もぬかるんではいましたが道に水はたまってませんでした。

主名は大げさに言うのはインド人並みになりました。



今やってるシバの歌は難しいです。

こないだまでやってたクリシュナの歌はやっぱり甘くて優しくてまろやかな感じでしたが、シバのになるとやっぱりなんかとがった感じで、音の高さもキンキンと跳ね上がります。


みんなが歌ってるときに「SAWAKOも歌ってね」と女の子先生に言われましたが、
歌いたくなかったので、先のレッスンの分をノートに書き写していました。

(テキストがテルグ語なので、お兄ちゃん先生が英語で習う人用のテキストに翻訳してくれてて、
それを各自ノートに写してます。)


教室が終わったあと、土日に開かれる市場を抜けて、ハヌマーンテンプルからゴープラムロードを上り、
途中のビシュワンホテルだったかな?
つまり食堂(食堂のことをホテルといったりするみたいです。泊まれないホテル。)でお茶を飲んで休憩しました。


お茶を飲んだらマサラドーサも食べずにおれなくなって、注文して食べました。

至福のひと時でした。

マサラドーサは、カレー味のポテトをパリッと薄く焼いたドーサでくるんだ食べ物です。

チャツネとサンバル?もついてきました。

主名もプレーンドーサ(何もついてないところ)は大好きなので、分けて食べました。


いつもはさっさと部屋に帰るところですが、なんか今日は、旅行者気分というか、なんか時間のポケットに入りたい気分だったのです。

小雨が降っていて、なんとなくしみじみした感じだったからでしょうか。




日本だったらお茶とケーキとなるところが、ここではお茶とマサラドーサ。


慣れるとやっぱりこういう味は癖になります。

しばらく日本に帰ってて、最近こっちに戻ってきた長期滞在組の女性も、日本でサンバルかけご飯を食べたくなって、
ご飯に味噌汁をぶっ掛けて七味をふりかけて食べたと今日言っていました。

わかる、その気持ち。

わたしも日本でウプマが脳裏に焼きついて消えなかったことがありました。



部屋への帰り道に用事で占星術師のところに寄ったら、昨日来た日本人の鑑定がBさんは不本意だったらしく、

「彼女は遅くに来て、アシュラムの門限の9時に戻らないといけなかったから時間がなくて半分しかいえなかった。
まだ言うことがあるからあした11時半に来て。お金は要らないから。と伝えて。」

と伝言されました。


部屋に戻ってしばらく主名の頭のしらみ取りをし、(インドに来てたしか3回目のしらみ発生)
6時過ぎに夕方のバジャンに行きました。

ババは来た後で、中とか裏とか回ってました。

ホールに座ってたらババは中央に出てきて、しばらくバジャンを楽しんでいました。


アルティになってもババはしばらく帰らず、前のほうに座ってる学生に何か投げたり、話しかけたりしていました。

今日は久しぶりに両手ブレスが出てました。



ババが女性側の校長先生や親族がいるエリアに差し掛かったときに、急に右折したのでホール内女性側は総立ち状態になり、みんな前に詰め掛けました(このワンパターンいい加減やめてほしい。私もやったけど)

ババは正面のVIPエリアでまた右折するという珍しい動きをしました。

VIPエリアの誰かのところに急遽行かなくちゃいけなかったのでそういう動きになったのか、
VIPエリアのだれかとしばらく話をしていました。

そしてそのままUターンをして、家に直進で帰っていきました。

今日はお見送りエリアに座った人の前はババは通らなかったので、残念なことでした。

わたしは立ち上がって前に詰め掛けた人たちの中にいて、どさくさまぎれに横のほうからずんずん前に行ったので、
ババがよく見えてしまいました。



主名が芝生で遊ぶというので、芝生で遊ばせていたら、伝言を頼まれた日本人が来て、
しゃべりついでにBさんからの伝言も伝えました。

そしたら
「え、でも、わたし英語できない、、、。」
といことで、明日のその指定された時間にわたしも通訳としてついていくことになりました。
まあ、こうなることは予想がつきましたが。

でも、お互い満足のいく、追加鑑定になるといいなと思います。


彼女いわく、
半分冗談ですけど、昨日はBさんが途中でバジャンを歌いだして止まらなくなったので時間がなくなったとか言ってたので、
じゃ~、それってBさんのせいや~ん!
とか言ってるうちに
話題に触発されて主名も歌いだして止まらなくなりました。


かなりインド人化が進んでいるような気がしますけどそうは思いたくないかんじ?



サウスで久々にミールスを食べて、部屋に戻りました。


帰り道で「カナ、カナ、(ごはんごはん)」とふらつきながら寄ってきた老婆の乞食がいたのですが、もう夜遅くて店も閉まってるし、いつものように知らん顔をしてさっさと通り過ぎました。


でも主名が
「あの乞食泣いとった、ほっぺに涙がいっぱいうわーっとなっとった。」
とか言いました。


プッタパルティでそんな深刻そうな乞食はめったにお目にかかれないので、
(だいたい能天気な雰囲気)
現金は渡さない主義なのですが、もう通り過ぎた後だったし戻るのもだるかったので、主名に10ルピーだけもたせて渡しに走らせました。

10ルピーは安いですけど、
とりあえず道端で売ってるココナツのジュースとその実を食べれる金額なので。



【2010/06/13 03:27】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
決めるときは決めるババ。
最近、一日の時間配分がめちゃくちゃになってて、なんだかよくわかりません。

昨日の午後はババは来てました。
たぶん、カシューナッツペーストだと思うのですが、濃厚でおいしいひし形のプラサードが出ました。

なんだか、プラサードをもらったのは久しぶりな気がします。


今日の朝は私たちは部屋にいましたが、ババはダルシャンに来てなかったみたいです。


今日の午後も来ないかな~?と思いましたが、

今日の午後は遅くに来ました。

ホールをぐるりと回って、中央に来るとわりとすぐにアルティになりました。

ババはイスのところに来たおじさんにビブーティーを物質化してあげて、額にもつけてあげていました。


ババが家に帰るとき、わたしは見てなかったのですが、

ロシア人家族の母子の手紙もババは取って行ったそうで、

明日日本に帰る日本人母子の手紙もロシア人に渡してあったそうで、一緒にもっていってもらったそうです。

ババは前に来た時に右手を上げてブレスもしたそうで、

やっぱ、決めるときは決めるなー、ババ。と、話を聞いて思いました。


明日日本に帰る母子のお母さんは今日ババに手紙を渡すまでに何度も書き直したそうで、

とってもらって、よかったなあ、と思いました。

というか、彼女たちが手紙を渡そうとしていたこともわたしは忘れていました(笑)


同じころに書いた私の手紙はどこに行ったかなあ?

また、主名に持たせて男性側に送り込もうかな?


男性側は、見てたら手紙を渡し放題ですよね!!!

ババが見てなくても側近の?人が茶摘みでもするかのように、素早くどんどん取っていっていますもん。


女性側だと、ババがジ~~~~~~ッと見てても、ババが手を動かして合図するか、あごをしゃくるかしないと、
側近?の人は固まってて取ってくれないんですよ。



サウスで夕食を食べてから、主名と友達は芝生の近くで遊んでいました。

かえるがいたので、主名はかえるの近くの地面を踏みながらかえるを飛ばそうとしてました。

わたしが
「うっかり踏みそうやからやめとき」

といい、

主名の友だちが
「カルマが返ってくるよ。自分がやったことをやられるんだよ」

とか言うのを聞いて主名は

「ぼく、でっかいかえるに踏まれるの?」
とか言っていました。

それを聞いて、5メートルくらいのかえるに踏まれる主名をありありと想像してしまいました。
【2010/06/12 07:41】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
チャイタニアジョーティー
昨日会った人が、初めてきた前回は一日だけプッタパルティに来たとかで、今回も来てまだ2日目ということでした。

その時一緒にいた母娘はあと2日くらいで帰国するので、チャイタニアジョーティー(サイババ博物館)に一緒に行きませんか?みたいな話になり、

じゃ、わたしたちももし主名が行きたがるなら行こうかな、という話になりました。


で、今朝主名は張り切って起きてたのですが、私は眠かったので、
「一人でアシュラムに行って(待ち合わせはアシュラム)みんなといってくれば?」
と言ったのですが、
結局私も一緒にアシュラムに行きました。

そしたら今朝はババは来ました。

昨日丸一日来なかっただけで、みんなすごい興奮していました。

私たちは男性側の外から見たのですが、隣に立っていた30歳くらいのインド人の息子もお母さんやらお父さんやらをもちあげて大騒ぎでババの姿を見せていました
「みたか!?みたか!?母さん!!!みたか!?」
てかんじで。

まあ、新鮮な気分ではありました。

外からホールの中の様子も見えましたが、
みんなもちろん大騒ぎで立ちまくりで前に詰め掛けていました。

一日休んだだけでこれだから、ババが一週間とかダルシャンを休んで復活したりしたら、人々がどんなに興奮するか想像するのも少し恐ろしいです。


その後私たちも中に入りましたが、来てる人自体は少なかったです。

ババはけっこうあっさりアルティを受けて帰っていきました。


その後ほかの人たちと落ち合って、チャイタニアジョーティーに行きました。

今まで何回か行ったことはあるのですが、今回中に入るのは何年ぶりかだと思いますが、どうだったかな。
外の巨大なコイとか、角のかっこいいシカとかを見に来たこともありました。


中身はけっこう改良されていて、面白くなっていました。


展示物が多すぎて、いつも疲れるのですが、今日は閉める時間も近づいていたので、さっさと見たので面白かったです。



その後はワイルドフラワーズかなんかいうオーガニックレストランでみんなでご飯を食べようとしたのですが、閉まってたので、ハヌマーンヒルロックカフェに行きました。


おしゃれなとこなので量がちょっとかと言うとこれがけっこうあるので、みんなお腹がぽんぽんになるまで、なってからも食べました。

満足してみんなそれぞれの部屋に戻っていきました。


2日前に来た人が
「ここは極楽じゃないですか!?こんな風とは思いませんでした」
みたいな意味の事を言っていました。

そうですよね、博物館見て、おいしいご飯食べて、バジャンで歌って、ババが来たら「わ~」と喜んで。夜になったら何の心配もなく寝て。


でも、こういう風に感じる人と一緒にいたら、新鮮な空気が入ってきていいなと思います。
【2010/06/10 20:08】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝も午後もダルシャンのなかった日。
昨日の午後は、プッタパルティ在住の知人の家で散々ご飯を食べた後、
主名の友達が「誕生日だから来て、ケーキがあるから」と朝電話をくれてて、
電話をしたらいってもよさそうだったので、
昼ご飯を食べた知人の家の子供もつれて、大人2人子供3人でまたそのケーキのあるお宅に押しかけました。

昨日誕生日とか行ってたのですが、今日誕生日とのことで、でも実は7月がその男の子の誕生日でした(笑)

でもいつおうハッピーバースディとか歌って、みんなでケーキを食べて、
(さすがに食べ切れなかったので持ち帰りました。)

その広い家で子供4人が右へ左へと暴れるのを眺めながら大人はボケッとしていました。

しかし、子供たちはずっと止まらないんですね。
ずっと動いてる。


4時半くらいだったかに一応解散して、昼ご飯を食べた家の子供をその子のお父さんのお店に連れてって、
ようやく部屋に戻りました。

で、一息入れて水浴びしたりしてたら6時くらいになったのでアシュラムにいったらアルティが終ってました。

わ、終っちゃった。間に合わなかったか。
と思いましたが、
みんなあんまりうれしそうな顔をしてないなと思ったのですが、やっぱり午後もババはお休みだったみたいです。

朝も午後もお休みというのはかなり久しぶりとおもいます。


【2010/06/10 19:43】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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