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バスガス欠、ウルトラの父
シュナが
「明日はオートリキシャで学校に迎えに来てね」
というので
「なんでやねん」
と問うと、

おとといはスクールバスがガス欠で動かなかったので、歩いて帰ってきて、昨日は動いて、
今日は、途中まで少し走って止まったので、生徒たちはバスから降りて、みんなでバスを手で押して学校まで戻したそうです。
そうして、みんな歩いて家に帰ったそうです。

なので、すっごいつかれて、暑くなって、ふらふらになって倒れそうになったから、明日はオートリキシャで迎えに来て、とのことでした。

それはかわいそーー!!!と、爆笑してしまいましたが、
シュナは泣きそうな顔をするので、
「バスも明日は動くかもしれんやん」
と言ったら
「でも~~~かばんも重いし、、、、、」
と言うので、

「ええやん。トレーニングしたら強くなるやん。ウルトラマンみたいに。」
と言ったら、にやりとして、うんうんとうなづいて、

「やっぱりオートリキシャなんかい~~~~~らない!!」
と、言ったので、
しめしめ、ちょろいわ、と思いました。


最近の将来の夢はウルトラの父らしくて、(父親になりたい願望が強い子です)
ぼくは誰と結婚したらいいんだろう?と悩んでみたり、
「ぼくはウルトラの父になるけど、ほんとにはあんなに大きくなれないから、これをどうにかしないといけない」
と、自問自答したりしてます。
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【2010/09/30 02:23】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(6) |
ババお休み。
今日の午後のダルシャンは、6時にもうアルティになってたのであわててアシュラムに行ってみましたが、今日はババはお休みでした。

南アフリカの人たちは3日間、プログラムをする許可をもらってるそうです。

うう、しかし、隣に座った、仕事ができるエリート風のインド人の足が、、、、、、くさい、、、

はだしでサンダルばきなのになぜ!?

理由はどうでもいいけど、しばらく息ができませんでした。
しかし慣れてきて少しずつ息ができるようになってきました。
それもどうかと思うけど。

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【2010/09/29 21:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
南アフリカの出し物。
昨日は南アフリカのグループが出し物をしました。

私たちは夜の7時10分くらいに行ったのですが、ババは来てまもなくだったみたいで、しばらくバジャンをやってて、バジャンが止まって、南アフリカの出し物が始まりました。

見たかったので、逃さずに見れてよかったです。

「オーアフリカ!マイアフリカ!アワアフリカ!」とか言ってました。

アフリカの動物たちが語り手となって、ディズニーのライオンキングみたいなムードとともに、南アフリカの歴史や文化とかを紹介してました。

期待通り、すごくよかったです。

子供たちがいっぱい踊っていました。
歌もたくさん歌ってました。

南アフリカにもインド移民がたくさんいるらしく、インドの民族衣装でインドの踊りを踊ったりもしていました。

最初、色んな人種の子供たちが仲良く遊んでいるところに、アパルトヘイトの政策が始まって、警官たちが来て白人の子供たちと遊んでいた黒人系の子供たちを棒でぶったりする場面もありました。

南アフリカは行ったことないですが、たくさんの人種と、たくさんの文化がミックスしてる国みたいですね?

最後には、みんながひとつになって、世界各国の小旗が振られていて、そのなかには日本の旗もいくつかちゃんと入っていました。

終わった後はババは壇上から車椅子で降りていって、出演者と記念写真を撮ったりしていました。

なんにしろ、プログラムを用意していっても、上演許可が下りなかったりキャンセルされたりするときもあるみたいですから、はるばる南インドから何千人もの人たちが来て、練習もたくさんしたでしょうし、大道具、小道具、衣装、いろんなものが日の目を見てほんとによかったと思いました。

ずっと胸いっぱいという感じで見てました。

ラドゥーのプラサードが配られました。
主名は「またラドゥーなんか、つまんないや」などと文句をたれていましたが、

そのあと、ババの写真と南アフリカの地図と、メッセージ
「世界の中に見たい変化をあなた自身が生きなさい」(意訳。笑)
が描かれた小さなタぺストリーが配られました。

アフリカっぽいいろんな色のビーズの飾りがついてたので、ちゃっらちゃらしたものが好きな主名は
「今日は特別なものをもらっちゃった!よかったー!」
と、現金にも喜んではしゃいでました。

ババはあちこちにたくさん何度も両手ブレスをしていました。

車椅子で帰っていくときもまたしてたので、車椅子の回転する動きとともに、両手ブレスがホール中に放射されました。

全部終わったのは9時ごろでした。
プッタパルティはいよいよ夜型生活が定着したみたいです。
ガネーシャゲートの閉まる時間も9時から9時半に変更されたみたいですし。

ウエスタンで夕食を食べて帰りました。
出演の終わった南アフリカの子供たちがそのままの衣装で食べにきてて、すごくおしゃれな衣装でかっこよかったので、
あー、カメラ持ってきて一緒に記念写真とてもらったらよかったなとか思いました。

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【2010/09/29 14:09】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝の時間

28-9-1
朝ごはんをそこらへんの食堂で食べました。
29-9-2
ホットミルクとイドリー。
28-9-3
あーん
28ー9-4
ぱくり。最近は少し辛目のサンバルのおいしさがわかった模様。いけるね、これ。
28-9-5
主名が撮った写真。ゲハハハハ。横向いてるー!って、、、
28-9-6
朝っぱらから写真を撮り合ってたら、店先のおじさんが、「2人一緒に俺が撮ってやる!」と、撮ってくれました。
28-9-7
いっでぎま~~~ず。。。

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【2010/09/29 02:41】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ゼロの国インド
昨日は不思議なくらいどろどろに疲れてたのですが、
寝たら回復しました。

ほかにもそういう不安定な感じになった人もいるみたいですね?
昨日って、何かあったんでしょうか?

しかしそういえば昨日はシルディサイババの誕生日とされてる日でした。

インドでは誕生日の人(子供?)がみんなにキャンディーを配って、みんなに祝福してもらう習慣があるみたいで、意味なくキャンディーをあげたりすると、「今日誕生日?」と聞かれたりします。

まずキャンディーをあげて、それから祝福してもらうって、すごく現実的で数学的な気がします。

さすが、ゼロの概念を発見した国、といったところでしょうか。

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【2010/09/28 16:52】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
スカイプとCD
今日は生まれて始めてスカイプをしたら脳がぐちゃぐちゃになって、インフルエンザにかかったかとか思うくらいぼろぼろになって、7時半くらいにアシュラムに行ったら、もう終わってるかと思ったらまだダルシャンをしてました。

ババは男性側と、女性側と、正面に両手ブレスしてました。
正面の両手ブレスは小さくしてて、かわいらしかったです。

しかしフラフラのままウエスタンでご飯を食べて、ガネーシャゲートに向かってもまだだめで、ガネーシャテンプルの前で、セバダルに追い払われるまで座って休んでました。

ふらふらとネットカフェに来て、そうだ、今日、CDをもらったし聞こうと思って聞いてたら持ち直してきました。

そういえば、結婚前にフラフラで脳が常にあっちこっちいって心身ともにぐちゃぐちゃだったときには絵を描くことで精神の居場所ができて持ち直したっけ、とか思いました。

CDはちょっと前にヴェーダのチャンティングを録音したもので、スペイン語?で意味がそのつど挟まれてるものですが製品化されてやっぱりうれしいです。
数人による合作という形で、私の名前はなぜかSAWAKO FURUMOTO になってましたが、
ま、ちょうどいいわ、と思いました。
(なんかほら、ずれてるほうがいいような気がして)

やっぱり、文字だけじゃなくて、音とか、絵とか、そういうものも出していったほうが、自分のいる場所が分かって、
そこにとどまりやすいというか、そこが精神の避難場所や足場になって、いいんかもしれません。

CD,ドゥルガースークタムと、メーダスークタムはいいかんじだけど、ガナパティプラールタナはちょっと不安定な感じです。
ブースークタムは、2箇所、音の高さを変更したいところがあります。

しかし、いっぱいエコーかけてくれてて、いいですね。笑。

ヴェーダ、もっとレパートリー増やしたいのですが、私は独学タイプではないので、先生がいないとそこでピタリととまってます。
いつかまた出来るときが来るのかなあ?

ヴェーダ、習えるときがいつもあるわけではないので、今、習える状況の人はぜひその機会を活用してください。

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【2010/09/28 01:57】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
停電ばかりの一日でした。
今日は、夜7時くらいにアシュラムに行きました。

ババは前に座っていました。

もう遅い時間だったので、帰った人も多かったみたいで、ホールは結構すいていました。

ババは正面に両手ブレスをして、帰っていきました。

帰っていく途中で、インタビューを待つ場所で待ってたインド人女性たちにパダナマスカールをたくさん与え、一人ひとりの頭をぽんぽんとたたいて祝福していました。


最近は南アフリカの人たちがたくさん来ているので、夕食時はウエスタンキャンティーンはいつも超満員です。

いやはやといった感じです。

しかし、南アフリカの人たち、特に若い女の子たちは細か~い三つ編みで芸術的に髪の毛を編みこんでいるので、
その一人ひとりの髪型の造形美にはは~~~、と思わされます。

今日は昼間は町中ずっと停電でした。
夜もちょくちょく停電して、今はまた復旧しました。

いつも、暗闇の中では停電のときの電灯を買っておこうと思うのですが、停電が復旧したら忘れてしまいます。

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【2010/09/27 02:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
インドの踊りとにほんごであそぼ
昨日は、ダルシャンに行ったらどこかの北インドの地方の人たち(たぶん)が、劇とダンスをしていました。

田舎の踊り、というかんじで、農作業の踊りとかでした。

でもやはりスパイスが効いてるマサラフォークダンスな感じでした。

見てる人たちものりのりで手拍子を打ったりしていました。


この感じ、どこかで見たような、、、
と既視感を感じて考えてみると、子供のために送ってもらった、NHKの、「にほんごであそぼ」の中の、
狂言師が何かいいながら踊ったりしてる場面でした。

現代風で、おもしろおかしい風なんだけど、隠しきれない深い伝統の安定感と押しの強さ、みたいな。


踊ってる人たちが妙ににょろにょろと一体感があるところなんかも、その、北インドの人たち(もしかしたらネパールとかかも?)のダンスと、その狂言をベースにしたダンスとだぶるところがありました。


つまり、なんか、新しい感じなんだけど、すでに安心感と安らげる、芯が溶けて活性化されるような感じがあって、とてもよかったのです。


劇の話の内容はさっぱり分かりませんでした。

なんか、女の人が死にかけてそうだったり?それすらもよくわかりませんでした。
でも踊りが面白かったので、ずいぶん楽しめました。

ババは出演者たちと記念撮影をしたり、衣類とか配ってました。

ラドゥーがみんなにプラサードとして配られました。



シュナは最近反抗的なので、「ラドゥーなんかいらないや」とかいってました。


「じゃあ、絶対、手~出すなよ」
とか言ったら
「やっぱも~らおっと。前に取りに行っていい?」
とか言うので、
「あかん、来るから座って待っとき」
と、大人らしいところを見せてみました(?)


わたしのラドゥーをシュナと私は半分ずつ食べ、
自分のラドゥーはシュナは友達の女の子にあげてました(笑)

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【2010/09/26 15:52】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ラーフプージャでエネルギーを注入されたシュナは電柱に登る。
ここ数日シュナは学校を休んでて、まあ、喘息が出てるからというのもあるんですけど、
わたしも子供とずっと一緒にいると、キーっ!となりますよねー。

喘息が治まりにくかったので、今朝はジェネラルホスピタルに連れて行って改めて薬を出してもらいました。
そしたらやっぱりましになったので、シュナは調子に乗って走りまくっていました。

しかし最近はジェネラルホスピタルでも当りの先生が多いです。
前は行くたびに心底傷ついてさめざめ泣くことが多かったんですけど、(行ったことがある人はなんとなく想像つくと思います)
最近は満点といってもいいような人格者っぽいお医者さんばかりに当ります。

わたしの、ジェネラルホスピタルの、というか、病院に対するカルマが終わったんでしょうか。

そうかもしれない。。。

ラーフっ子主名(ラーフの時生まれでいまだにラーフの期間中)に関して、けっこう反響があって、ラーフの時期にいる人には参考になったみたいです。
ほんと、どこに行っても、ぶたれやすいんですよね。なぜか。
昨日もインド人のおばちゃんに激怒されてぶたれていました。
走り回るのが気に障ったみたいです。
わたしがその人に謝ったら、その人は私の顔は見ず、何もいいませんでしたけど。

今日、サッティヤンマのプージャ(ドゥルガー、ラーフ)にもシュナの名前を加えてもらいましたが、
そしたら元気がついたのか、主名は電柱に登っていました。
「黒焦げになって一瞬で死ぬで」と、言ったら「ええ」と言って降りて、降りる途中にどこかぶつけて痛がってましたけど。

昨日だったか、主名の、細かい時期のチャートを出してもらいました。
普通、鑑定を受けたらだしてくれるのですが、シュナの時はなぜか時期がずれて出てきて、肝心の今現在の状況が分からなかったので、占星術師に再度出してくれるように頼んだのですが、
その時は「なんで?いらないじゃない」みたいに言われたのでそのままになってたのですが、
やっぱきついので、昨日また頼んだら今度は出してくれました。

そしたら短期の惑星がヴィーナスになってて、シュナの場合、バースチャートでヴィーナスとラーフが一緒にいるからだと思いますが、ヴィーナスの時期はラーフの時期みたいになるみたいで、
つまり今は長い時期から言うとラーフ、土星、ラーフの手下と化してるヴィーナス(金星)ということで、
ダブルラーフみたいな時期のようです。

確かそんなだったと思います。
違ってたらまたこっそり訂正しときます。

まー、ラーフの間はカルマ返しまくりな期間のようなので、いくらたくさんプージャをしてると言えども、ある程度は体で返さないとしょうがないんでしょ、と思います。

でもまあ、プージャをすると、同じ状況でも気分的になんか違うような気はします。
気分が違うと世界が違ってくるから、それが大事なんだろうなと思います。


今日はババは両手ブレスを男性側と女性側にしてました。
女性側の滞空時間は長かったです。

前に座ってた若い西洋人の女性は肩を震わせてないていました。

南アフリカの人たちのプログラムはいつやるんでしょう。
子供たちも歌の練習とかしてるみたいで、見逃さずに行けたらいいなと思います。

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【2010/09/25 03:10】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
人がいっぱいすぎ。
大体いつも最近ババは夜7じくらいに来てるので、昨日もそのあたりに行こうと思ったら、昨日は6時過ぎにもうアルティになってしまって、ダルシャンをのがしてしまったので、今日は6時くらいに行きました。

そしたらホールはいっぱいで中に入れず、またもやトークンスペースに行かされました。
今日って、ただの平日ですよね。。。
やっぱ、南アフリカから3000人?のグループが来てるのが効いてるのでしょうか。


まあ、そのうち人が減って入れるだろうと思ってたのですが、入れず。

ババは7時くらいに来ました。
アルティが終わったのは7時40分くらいでしょうか。


その後地獄の階段を降り(工事中でいつもの半分の幅なのに、ホール出口からはいつもの2倍の人が出てくる)

ウエスタンキャンティーンに行ったらまだあいてませんでした。
ウエスタンがあいたのは8時くらいでしょうか。

アシュラムも、ババのダルシャンのリズムが変わるにつれ、だんだん夜型になって来てます。

15年前とかは遅くても朝6時とか、もっと早くに行ってたような、、、

今はトークンでさえ7時半(女性側)とかですもんね。
ババが来るのも朝9時半とか10時とかもっと遅いですもんね。
しかもほとんど朝はもう来ないし。

でも、たとえ車いすでも、ババが生きて肉体を持ってるということはすごくパワフルなことなんだろうと思います。

今日はトークンスペースからダルシャンを受けたのですが、他の人たちも、きゃあきゃあ言いながら背伸びしてババを見てました。大喜び。

楽しそうだなーと、柱にもたれて座って、その人たちを見てました。。。

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【2010/09/23 01:35】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
睡眠不足のトラヨダシ。マイチャッパル(サンダル)よさようなら。
今日は夕方にトラヨダシのプージャに参加して、そのあとそのままアシュラムに行きました。
(わたしのサンダルをハヌマーンテンプルでお参り中に、誰かに持っていかれました。 サンダルと一緒に私のカルマも誰かが持っていった?しかし主名は男性が私のチャッパル(サンダル)を履いていくのを「あ~」と思いつつ見てたらしい。言ってくれよ、、、)

ホールにババは来てて、バジャンをやってて、じきに終わるかなーと思ったのですが、
バジャンが止まってもアルティにならず、学生(音楽大学の学生でしょうか?)の、楽器演奏とダンスとしゃべりのプログラムがありました。

夕方眠かったので、寝ようと思ってネットカフェから部屋に戻ったのですが、ついつい主名のドラえもんを読んでしまい、そのうち来客があったので寝そびれてぼんやりしてたので、
サイクルワントホールで体育すわりで心地よい音楽を聴いてるうちにすぐに眠りに落ちました。

そのうちプログラムが終わり、主名にほおをぺちぺちとたたかれて目覚めると、プラサードのラドゥーが配られていました。
私たちは後ろのほうに座っていたので、こっちまで来るかなー?とか思いましたが、

お恥ずかしいことに主名が前まで行って首尾よく2つもらってきたので、もう用はないとばかりにホールから出ました。

ババは両手ブレスを男性側と女性側にしてました。

今日は珍しく、サウスインディアンキャンティーンで2人ともミールス(定食)を食べました。
ミールスはさっさと食べないといけないので少しせわしないのですが、たまに食べるとおいしかったです。

しかしおかわりできて私と主名の2人で9ルピー(20円弱くらい?)という値段にはいつも感じ入ります。

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【2010/09/21 01:00】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サボリとプージャとマントラ
昨日の夜にまた主名が「明日は学校に行かない」と宣言したので、
今日も彼はサボりです。

しかし体調もいまいちみたいだったので、まあいいわと思って休ませました。

なので久しぶりにアシュラムのサウスインディアンキャンティーンで朝食を食べて、ババは来なさそうだったし荷物もあったので、そのままガネーシャゲートのほうに向かいました。

途中で日印ハーフの子の妹のほうとお母さんに出会いました。
今日は主名が学校をサボってることを言ったら、その日印ハーフの子も同じ学校に通ってて、行くのがいやになってやめた口なので、少し情報交換というか世間話をしました。

そのお母さんは
「主名くんは正義の味方タイプだからねー」
とかいってて、、さすが、よくそのお宅に遊びに行かせて放置させてもらってるだけあって、よく知ってるなーと思いました。

誰かが半分冗談でほかの子にちょっかいかけたりしてたたいたりしてるのを見ると、全然関係ない主名がなぐりかかったりして止めに入って、逆襲にあって子供たち数人に袋叩きにされたりもしてるみたいなので。

あと、場を仕切りたがったり。

そう、だから平和なところでは平和にいられるみたいなのですが、平和じゃないところではもっとぐちゃぐちゃになるみたいなのでした。

しかしこないだ学校に行ったときも校長先生に「彼はすごくRUDEだ」とか言われました。
乱暴、とかそういう意味なんだろうなー、と思って、
「そうですか?」
と聞き流しておきましたが、
今辞書を見てみたら、粗野な、無作法な、天然のままの、粗末な、大雑把な、激しい、頑健な、そんな意味が書いてありました。

まあ、ほめ言葉じゃないということは当たってたみたい。

しかし、個人的に主名を知ってる人はそれと反対の、スマートで繊細で感情や考えが深く、やさしいというような印象を持つようなので、学校って不思議なところだなとかも思います。

しかし状況が改善されるに越したことはないので、お供え用の葉っぱとバナナとココナツを買って、オーム ガネーシャーヤ ナマハ と唱えさせながら、 ガネーシャテンプルの周りを3回回らせてココナツを割り、バナナと葉っぱは路上の人に上げました。

子供って、こういう神様のこととか、おまじないみたいなものからすぐに滋養を得るかんじがします。
前ぶら下げてたお守りに対しても絶対的な信頼を寄せてたし。(今のお守りは3個目)

私は立ってみてたのですが、本人も深刻な顔で唱えながら回ってました。
で、そういうことをやったらなんかちょっと元気になってました。

ネットカフェに行く前に下のパン屋でお茶とかかってたら、知り合いのおじさんがいて、珍しくたくさんしゃべってきました。

この人は個人的にババの家にちょくちょく行く立場の人みたいなのですが、
子供はあまり好きじゃないけど主名は割りと気に入ってるみたいで、
インド人のくせにインドの一般の学校絶対反対という感じの人で、
きっと私が制服をを着た主名をつれてたりしてるのをみて、残念に思ってたと思います。

まあ、西洋風?の考えですよね。
本人も普通の学校には行かなかったみたいですけど、7~8ヶの言語はしゃべれると思います。
でも、普通の学校に入ってないけど、名前もババに付けてもらってアシュラムの中で育ち、少し大きくなってからはヴェーダのグルについてグルと生活を共にして学んでいたと聞くので、このおじさんの楽観的な話しを鵜呑みにはできないのですが。

だって私が主名に個人的に教育を与えるには限度があるし、そんなストレスに私は耐えられないので。

そのおじさんは、手を動かすことで脳が発達するから、手を使って何か作らせたり、そういうことをしてれば心配ないよとかほがらかに言ってました。
それもそうなんですが、ごく基礎のものは何かしら学ぶ必要があると思うんですけど、ヒンディーやテルグ、英語は私は教えられないし、日本語もすでに遅れてるし。と言ったら、言葉は耳からだけで十分だよ、とか言っていました。

うーん、そのおじさんは色んな言語を話す親族がいたりしたし、耳から自然に覚えたかもしれないけど、私らの状況はちょっと違うんだけどなー、とか思いつつふんふんと聞いてたら、
頭の上から反対側の耳を触って、耳の下まで手が届くようになってからいろいろ詰め込んだらいいとか言ってました。
それも、インド人は腕が長いけど、日本人は手足が短いんだけどなー、と、基本的にネガティブでやる気のない私は思いながら聞いていました。

このおじさん夫婦はそういう理想的なのびのびした環境で2人とも教育を受けてるので、私が主名を村の学校にやると、特に主名に肩入れしてた奥さんのほうは私に敵意すら感じてるんじゃあ?というときもありました。

しかし私は私のできることの中でベストをつくすことしかできないのでしょうがないのですが、そういう親の気持ちはこの子供のない夫婦には理解できないのです。

まあ、理解する必要もないでしょうけど。

ここプッタパルティは魂の喜びを追求してここにたどり着いた西洋人とかもいっぱいいるので、そういう、子供には喜びのみを与えて、という理想を持ってる、自分自身も自由気ままにしてきた独身の人も大勢いて、
私もどちらかというとそういう一人だったのですが、
実際にはここでそれをしようとしたら受け皿がないので、子供はろくな教育も受けられないまま無駄に時間を浪費して大きくなってしまうかんじになるので、自分の態度を改めざるを得ない場面がたくさんありました。

でも、そういう現実は考慮しなくてもいい、独身の気ままにやってきてる人たちは私が子供に悪いことをしてると感じる人もいないこともないと思います。
特に主名はそういう人たち、サイキックな人とか、もとアダルトチルドレンとか。に受けがいいのでなおさら。

そういう人たちは主名のまるごとなかんじに簡単に共鳴して同一化し、肩を持つことが簡単なのですが、
私の気持ちとか立場には共感する体験を持たないのです。

なので、主名の立場で私に対して敵意を持つことが、私を疲れさせて、主名の状態をもっと悪くする可能性とかには思い当たらないと思います。
主名はまだ今はほとんど完全に私に依存してるような感じで、エネルギー的なつながりも密接なのです。
一方のお腹が痛くなればもう一方も痛くなるくらいに。

だから、主名の立場に立って、私を切り離して敵対化する態度だと逆効果なのですが、
今日のおじさんはそうではなくて、私のいい面を知ってるので、主名と同時に私にもエネルギーを与えてくれるので、私も楽観的なものの見方を取り入れることができて、少し気が楽になりました。


自分でよい教育を与えられればそれがいいんでしょうけど、わたしには無理ですね。
自分も子供も息苦しさで共倒れになると思います。

今朝会った日印ハーフの子のお母さんもそういう、子供は伸び伸びと育てたい、みたいな理想を持ってたと思うのですが、
やはりここでそれをするには限界があって、難しさを感じてると思います。

しかし私もそのお母さんも基本的には子供の意思と人格を尊重して、よいところを伸ばして、みたいなかんじなので、しかし子供がその尊重された人格をそのまま保てるほどの守りも与えてやれるかと言えば怪しいので、(力不足)
結果、子供は一般の学校に完全に適応してしまうほどには自分を捨てず、かといって、どうしたらいいの?みたいな感じもあります。

今日のおじさんも、「スワミの学校のみ、行かせなさい」とか晴れ晴れと言うので、
「でも、どうやって?」と具体的に問うと、話をそらせてましたが、
やっぱり理想は必要ですが、毎日毎日そのときにできる最善のことをしていくしか仕方がないなと思う今日この頃です。

まあでも、普通の良識あるインド人は、主名をきちんとした政府系の学校に通わすのがベストだと思っています。
以前は、プライベートのコーチングスクールに通わせていたのですが、ある老齢のアシュラムスタッフがそれを聞いて一人で考えて思いつめたらしく、あるとき、
「どうかこの子を普通の学校に通わせてやって。出ないとこのこの将来がだめになる、、、」
と、涙ながらに言われたこともありました。

そのときはすでに政府系の今の学校に通わせていたので、「今は政府系の学校に通ってますから」と言ったら去っていきましたが、
いろんな人の色んな価値観があるので、ほんと、目の前のことをやるしかないとか思います。

今はもう去っていきましたが、こないだまで主名とよく遊んでた日独ハーフの男の子のお母さんも、主名の学校に自分の子供も通わそうかと思ったらしく、色々聞いてきたので、
「でも、いろいろ難しいですよ。先生もたたくし」と言ったら心底ショックを受けたみたいで、
「じゃあ私は絶対うちの子供は通わせないわ!」と、憤っていました。

その子はゴアのインターナショナルスクールでいい教育を受けてるみたいだったので、
主名の今通ってる学校は難しいだろうなーと思いました。

「でも、たたかれてない子もいるし、彼(そのハーフの子)だったら大丈夫かもしれないけど、
主名はどの村の学校に行っても、この子は悪い子だからたたかないといけないとか言われる」
と言ったら、
「主名はすごく静かな子じゃない!だったらうちの子は絶対無理だわ」
とか言ってました。

私もその子は村の学校は難しいと思います。

やっぱり、親の望む子供像と、学校の求める子供像が根本的に対極なので。
ドイツなんか、多分教育は理想的な気がします。
洗練されてて、芸術的で、全体的で、自主性が求められて、遊びながら無理なく高度なものを学んでいく感じで。

でもなぜかここにいるドイツ人の女性は自己主張がすごすぎてトラブルメーカーになってるパターンも多いので、
外の世界に完璧なものは求められないんだろうとは思います。

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【2010/09/20 15:24】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
訪問者のあった日曜日。
今日は日曜日でした。

久しぶりに朝ゆっくりしようと思って、部屋で朝食を食べて、寝起きのまま布団も上げずにゴロゴロしてたら、突然主名の友達2人(日本人とインド人)が来ました。

しょうがないので布団を干して、子供らを中に入れて、なんか食べるもんとか飲むもんをだして遊ばせました。

しばらくしたら3人は別の日印ハーフの子の家に遊びに行こうとしたのですが、電話してもつながらなかったので、遊びに来た日本人の子の家に3人で行きました。

しかし、今日来たインド人の子は初めてきたのですが、あまりの部屋の小ささに驚いていました(笑)
そんなに何度もベリースモールっていうなよーみたいな。確かに狭いけど。

まー、もう一人の日本人の子の家がかなり大きいので、そのイメージでこっちにも来たんでしょう。

私ももう少し大きい部屋を借りれないこともないのですが、
部屋がいくつもあったらその分気にしないといけないことも増えそうなので、寝れればいいわくらいの部屋にもう4年住んでいます。

でも家賃は激安だし(月3000円くらい)、隣人もいいし、オーナーもいいし、ウォッチマン(アパートの掃除したり雑用をしたりする人)もいいし、場所もいいし、雰囲気も明るくて来た人はみんな「いいバイブレーションだ」とか言うし、あえて部屋を変わる気が起きないという。

誰かが代わりに管理してくれるなら、いくらでも広い部屋に住んでもいいんですが。

子供たちが出て行ってから後片付けをしたりしてたらすでに昼すぎで、一日が大半過ぎてしまったような気がしましたが、ネットカフェに来て(今も)サンドイッチ片手にメールチェックとか、作業をしました。

最近ババは夜7時くらいにしか来ない日が多いので、今日もそれくらいにアシュラムに行くつもりでいたら、6時過ぎにもうアルティの音が聞こえてきたので、あわてて外に出てアシュラムニ行こうとしましたが、
アシュラムの中から出てきた知人が、今日はババは来なかったといったので、そのまままたネットカフェに引き返しました。

もう少ししたらアシュラムに夕食を食べに行きます。

主名は今何してるのかな?ネットカフェの物陰で漢字の勉強してるか、ドラえもんを読んでいるか、、、なんにしろ静かにしています。

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【2010/09/19 22:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ドゥルガーとカーリーと唐招提寺の千手観音
しばらくこっちのブログまで手が回らなくなってました。

最近は、南アフリカのグループと、
スリランカのグループの人たちがたくさん来ています。
スリランカの人たちはみんなおそろいのサリーを着てて、
薄い水色のサリーとか、
紫色のサリーとか。

スカーフも何気にスリランカの特色を出してて、
の特色あるデザインはさりげなさ過ぎるので、
スリランカにいったことある人とかスリランカの人しかそのデザインが
どこから来てるのかわからないだろうな
という感じです。

そういうスリランカのさりげない感じが私は好きなのですが、
スリランカスタイルのサリーも久しぶりに見ました。
ウエストのところにひらひらのフリルがついてるやつ。

おとといは、インドのグループが劇というか舞踏というか、
とにかくそんなのをしてたのですが、
ドゥルガーとカーリーがメインの踊りで、なんかすごい面白かったです。
俗っぽい雰囲気で、村祭りの出し物みたいでしたが、わくわくしました。

ドゥルガーが手が10本ずつくらいあって、カーリーは5本ずつくらいあって、
あれはマヒシャか?
悪魔を倒すのですが、
悪魔もギャーとかうおーっとかいって、すごいにぎやかでした。
で、見てるほうもやんややんやといった感じで、
決め所でくるぞくるぞくるぞ、、、とみんな知ってて、
「きたーっ!」となったらワーッと拍手が起こったり、吉本新喜劇を思い出しました。

しかし手が左右に10本ずつあるって、すごいキャラですよね。ライオンに乗ってて、
ライオンも独自に悪魔を攻撃するし。

わたしは仏像を見て初めてぐっと来たのは奈良の唐招提寺の千手観音で、
あまりにもたくさん手を出してがんばってる姿に、そこまでするか!と呆然。
大きくて迫力あったし、
人けもなくていつまでも見て自分の世界に入ってられたし。

その後、千手観音が好きになって、気にしてあちこちの寺で見てました。


せんじゅ4


千手観音は全ての衆生に利益と安楽を与えてくれます。。。ということだそうです。
しかしほんとに手がいっぱい。


せんじゅ1



いっこいっこちゃんと「手」。すごい数の救いの手。



せんじゅ3


解体された千手観音。
いっぺんばらばらにしたらどうやって戻したらいいかわからなくなって
手が余ってしまったと何かで読んだ覚えがありますが。

せんじゅ2

千手観音の指先

せんじゅ5

すすはらい?こうなってくるとすでにウルトラマンの世界。でかいですよね。
これが動き出したら迫力ありますよ。

せんじゅ6

奈良の唐招提寺。この中に千手観音が静かに立ってます。
ここの寺で売ってたレターセットが好きでよく使いました。


、、、と、いうことで話は元に戻りますが、

今日のババのダルシャンもよかったです。
男性側と女性側に両手ブレスをしていました。

アルティのあともなかなかババは帰らず、学生?にネックレスを物質化して、
頭からかぶせてかけてあげてました。
ババの愛の発露があふれ出して形になったという風に、素直に思えました。

どr1

史上最強の女神ドルガーマー、、、美しき殺戮者!?ライオンも噛んでるし。

どr2

きれい。

どr3

ドゥルガーは和の国日本に来てから、ずいぶん性格が変わったとしか思えません。
(ドゥルガーは千手観音の原型だと思います。)
環境が人(神様だけど)をつくる!?

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【2010/09/18 01:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ラーフッ子主名
昨日の夜、主名が明日学校に行きたくないと言うので、とりあえず、今日は休ませることにしました。

どうも、行くとこ行くとこでひどい目にあうらしく、本人もやられたらそれ以上にやり返すのでエスカレートするのですが、

最近は先生も容赦なくなって、毎日棒でぶたれるそうで、
先生が怖いから行きたくないとのことでした。

主名だけじゃなくて、ほかのインド人の子たちもぶたれてるのですが、
普通に分からなくて先生に聞いても、馬鹿にしてると思われるみたいで、返事をくれずにぶたれるそうです。

でも、今の学校はかなり放任な感じで、先生の雰囲気もすごくいいので、
私は主名の持ってるムードやバイブレーションが、どこへ行ってもそんな目にあうものを持ってるんだろうと思ってます。

同い年の、日本人の男の子なんかは問題なくすごしてて、ぶたれたりもしてないそうですし。

かといって主名が乱暴で、いつも自分からほかの子をぶってるかといえば、みんな(今まで通ったいくつかの村の学校の人たち)はそういうのですが、私は見ててそういう風には思えません。

アシュラムでほかの子と遊んでいるときは、ほかの子が遊びで「戦おう!」とか言っても、「戦うのなし」と、相手にしないで、地面に生えてるきのことかつついて遊んでる感じで、ほかの人たちがわざわざ私に「すごくいい子だ」と言いに来るようなことが多いです。

その場の雰囲気によって、捉えられ方が極端に変わるんだろうと思います。

主名に対する評価はいつも人によって2分してて、すごく悪い、どうしようもない子だといわれる場合と、すごくいい子で、この子のよさをあなたは分かってない、と、私が悪く言われるときとがあります。

どちらにしても私は疲れるんですが(笑)

ある種のタイプは、他人からの投影をすごく受けやすいと思うのですが、
主名もそういうのかもしれません。

すごく悪い、と言われて、全部の原因にされたり、逆にすっごくいい、と、理想の純粋な子供像を投影されたり。

主名が生まれてすぐに見てもらったインド占星術でも、どうしようもなく悪くなるか、人を愛するすごくいい人になるか、育ち方によってなんだかどっちにも転びそうな極端さがあるみたいだったのですが、

今はまだニュートラルな状態だろうと思います。

勉強に関しては根本的に記憶力があって、よくできるはずなのですが、今の学校では勉強以前の状態かも。

でも、色んな悪い感情や投影を受けて、実際どんどん悪くなる可能性を持った子供ではあるみたいで、
できるだけそういう悪い投影のない、いいものに焦点を当てて伸ばしてもらえるような環境で育ったほうがいいんだろうと思います。
それはどんな子供でもそうなのですが、

日本で沖縄の運命を観るおばさんに遊びで観てもらったときも、主名はほかの子と交わらないで、端っこで一人で座ってるような子だけど、そういう子だから心配しないでいい、みたいなことを言われました。

そのおばさんは、主名の中にいいものをみたみたいで、なんだっけ、将来的に人を助けるような働きをするみたいなことを言って、その後、よく、みかんとかを「主名が好きだろうと思って」とかいって、私が滞在してたとこに持ってきてくれたりしました。


日本では学校に行かせたことはないですが、時々遊ばせたりしたかんじでは、なんか無理っぽいとか思いました。

昨日も、もう学校に行かないとかいうので、
「でも、なんも勉強せんまま大きくなったらどうしょうもないで」
とか言ったら、それは主名もわかるんですが、
じゃあどうするか、というとこで、
日本に戻って日本の学校に行くかと今までも何度となく話し合ったりもしたのですが、
とりあえず、明日は休んで、いつかまた今の学校に行く、ということでその場の話し合いは終わりました。

1日休んだら、私と一緒にいてもつまらないので、また学校に行きたくなるんじゃないかと思います。

今朝はそんなわけで、主名は熟睡してたので、書置きを残して私はアシュラムに行きました。

どうしてもサウスで朝ごはんを食べたかったのですが、
時計が遅れてたのか、行っても間に合わなかったので、パン屋さんに行ってパンを買いました。
私の目当てのトマトブレッドもなかったので、
本屋で本とかCDとか買った後に、アシュラムの外に出て、食堂でイドリーを食べて、ネットショップに来ました。

今朝はババは来てたのかも?

本屋さんにいたときにバジャンの音が大きくなったり小さくなったりしてたので。
(ババが耳が遠いからか、ババの声が小さくて聞こえないからか、ババが誰かとしゃべるときはバジャンのボリュームが極端に落されてます)

しかし本屋で少し立ち読みをしたりしてたらその雰囲気と本の内容があいまって感動的な気持ちになりました。
やはり、近年世俗化したといわれてても、アシュラムの中の大気は特殊なものがあると思います。


ちなみにタイトルの「ラーフッ子」って、主名が生まれてからその重圧に耐え切れずに、幾度となく私は心の中で「このラーフラめ!」と毒づいてたのですが、実際インド占星術で去年鑑定しなおしてもらったら、主名はずばりラーフのときに生まれて、今もラーフの期間の真っ只中にいたので、ほんとにそうだったんだ?と、気が抜けました。

2015年までは勉強面をはじめ、何かと不安定になりがちみたいです。
もちろんその影響を私も受けてて、インドやほかの国にふらふら行くのも主名の影響とのことでした。

ラーフラは、仏陀の息子の名前で、仏陀は子供が生まれたときに子供を障害物とみなして、占星術上の、災いをもたらすとされている凶星にちなんで、「ラーフラ」と呼んで名づけたのです。
ひどいですよね(笑?)

のちにラーフラは再会した仏陀に帰依して出家したと思います。

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【2010/09/14 15:08】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(4) |
ガネーシャチャトルティの終わり
今日は主名も、ガネーシャを川に流す日だからというので、学校が半日だったようで、昼から帰ってきました。

でもガネーシャを見にいかずに彼は部屋で弁当を食べた後、すぐに友達の家へ遊びに行きましたとさ。

私は川に見にいってもいいなーと思ってたのですが、主名がいかないなら、別にいいや、という感じになって、ネットカフェで涼んでいました。

ネットカフェは2階にあって、大きな窓から通りを見下ろせるので、通りを行くガネーシャ像や、色の粉でお互いを染めあって踊り狂う、いろんなものを発散している若者たちを眺めました。(あの中には絶対入りたくない)

シュナが友達の家から戻ってきてからいったん部屋に帰り、アシュラムに7時くらいだかに行きました。
ババはもう来てたのですが、主名がおなかすいたからサウスで先に食べたいというし、プログラムもまだ終わらなさそうだったので、先にサウスで夕食を食べました。

私は手ぶらで、主名はかばんにいろんなものをつめて持っていたので、かばんを持ち込めないサウスに入るときに、いつものように、サウスの外の窓のところにおいて食事をしたのですが、食事を終えて出てくるとかばんが取られたみたいでした。

中身はドラえもんの漫画とか、ごちゃごちゃしたおもちゃとかだったのですが、金目のものもないし、なんだかなー、と思いました。

お祭り騒ぎに乗じて、そういうお祭りのときはプロのスリ集団とかがやってくるらしいので、今日も、そういう人たちが来てたのかもしれません。

そういう人たちも、仕事の成功を祈って、ガネーシャゲートのところのガネーシャ像の周りをぐるぐる回って熱心にお参りしてるそうです。

まあ、なくなったものはしょうがないので、サイクルワントホールに入りました。
すでに7時半とかでしたが、まだ、学生やスタッフなどによる、創作ガネーシャ山車の披露が行われていました。

1~2年目はなかなか印象深かったのですが、さすがに最近は飽きました。
毎年、あんなの作らなきゃいけなくて、大変よの~~~。
とか思いましたが、でも、みんな楽しんでやってると思います。
私も学生のときの春と秋の寮のお祭りとか、劇をやったりとかすごい大変でしたけど楽しかったですし。

しかし今日のダルシャン中はなんだかすごく虚無感で満たされていました。(という言い方はなんか変ですが)
むなし~~~、、、と。
それはそれである種の快感かも。

プラサードは揚げドーナツみたいなやつでした。

ババは片手ブレスを男性側と、女性側にしていました。

アルティの後もババはしばらく残って、誰かを呼んでしゃべったりしてました。
ビブーティーを物質化して、2人の男の子にあげていました。
ビブーティーの物質化はなんか久しぶりに見た気がします。



今、これを書いてたら、アメリカ人だと思いますが、男性が、
「それって中国語?そのキーボードでどうやってその文字が打てるわけ?」
とか聞かれました。

今使ってるのは、アルファベットのキーボードで、ローマ字で打って変換してるのですが。

だから、
「これは日本語。たとえば「A」を打ったら「あ」になって、たくさんの「あ」(吾、亜、亞、など)が出てくるから、そん中から選べるん。」
と、答えました。

「いくつのアルファベットが日本語にはあるの?」
とか聞かれたので、

「よく使う(標準の)やつで5000くらいと思う。標準ので。」
と適当に言ったら、(コモン、といったんですけど、コモンて日本語でなんでしたっけ)

「コモンで、、、!うわお、ベリーディフィカルト」
とか言ってました。

私は知ってます。
たずねてきたこのアメリカ人の彼女(やはりアメリカ人)は昔日本で英語教師をしてて、ちょっと日本語を話せることを。

今、彼はスカイプしてますが、私とのやり取りを、彼女にしゃべってるしゃべってる(笑)

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【2010/09/14 02:38】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガネーシャが動き回る日
今日はガネーシャチャトルティが終わる日で、各路地に設置された巨大ガネーシャが通りを練り歩きます。
そろそろ動き出す時間みたいです。

昼もあちこちで食事が振舞われていました。

各家庭で小さなガネーシャに対してもプージャが行われてたみたいで、それらはチトラバティ川に流されるみたいです。

ほかの地域に比べておとなしいほうだと思うのですが、それでも、色の粉を掛け合って喜んでる人たちもいます。

今日は、珍しくすごく良く晴れてて、暑いです。

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【2010/09/13 18:08】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
片付けの日
今日の午前は掃除とか洗い物とかしていました。

主名には少し日本語を書く練習をさせていました。

ほとんど廃墟みたいになってた部屋がだいぶまともになりました。

昼は部屋で食べ、主名は友達の家に行き、私はネットカフェに行きました。


6時半くらいにアシュラムに行きました。

お腹がぺこぺこだったので、ダルシャンの前にサウスでご飯を食べました。

その後サイクルワントホールに入り、ババを待ちました。

なかなか来なかったので、今日はもうダルシャンはないかと思いましたが、7時半くらいにババが来ました。

しかし、早い人は昼過ぎの2時くらいから待ってる人もいるので、よくがんばりますよね。

ババはゆったりホール内を回りました。

中央に来て、しばらくバジャンを聞いていました。

今日は、わたしはなんだかすごく全体的に受け入れられてる気がしました。
実際のところは知りませんが、そんな感じがしました。

たぶん、みんないつも受け入れられてるんだけど、自分がそれに気づくまでそういう現実は隠されているのかもしれません。

今日はプラサードとしてりんごが配られました。

主名は今日もよく寝てました。

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【2010/09/13 00:18】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ外出。
夕方、ハヌマーンテンプルのプージャにちょっと参加した後、アシュラムに行ったらババは珍しくアシュラムの外に出てたらしく、シータラーマの像のとこのゴープラムゲートが空いて、外から帰ってくるババを迎えるようになってました。

かなり待って、でもババは別の入り口から戻ってきたようでした。

ホールの中に入ろうと思ったら、トークンの場所にしか入れてもらえなかったので、そこからダルシャンを受けました。

今日はガネーシャチャトルティなのですが、特別なプログラムはなくて、あっさりアルティになりました。

ガネーシャのときにいつも配られる、粒々が集まって団子になったような、しっとりしたオレンジ色のお菓子が配られました。
トークン広場にも配られたので、私たちももらいました。

その後ウエスタンで夕食を食べ、主名は食べた後、ずっとドイツ人の男の子(この子も赤ちゃんのときからの知り合い)と激しく遊んでいました。

この子は多分ゴアとかあちこちに住んでて、時々、数ヶ月とか、プッタパルティに来ます。

ドイツ人だけど、英語で家でもしゃべってるみたいで、英語が堪能なので勉強になります。(私が)

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【2010/09/12 01:27】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
町からこじきが消えた日。
朝、恒例になった、主に身障者へのご飯配りをしたのですが、今日はガネーシャチャトルティで、町のあちこちで盛り上がってて、どこかでご飯も振舞われてるらしく、町のこじきたち(特に元気な人たち)の大半がそっちに行ってるようで、こじき人口密度が今日は薄かったです。

いつも10数人とかいる、願望成就の木のところも2人とか。

なので探しながら町をうろつきましたが、なんとか配り終わりました。

こじきって、機動力ある人多いんですよね。

ババがホワイトフィールドに行ったらバスに乗って移動してついてくるし、

コダイカナルまでもバスに乗ってついてきてますもん。
コダイカナルって、バスだとバンガロールから17時間くらいかかるんじゃないでしょうか?
しかも最後山道だからすごいしんどいのに。

プッタパルティの街中でも、若い元気な身障者のこじきなんか、オートドライバーの横に同乗して、街中をブイブイ言わしてますし。ニコニコで「サイラ~ム」とか声かけてきますし。

若者っぽく、楽しそうに生きてるように見える人も多いです。
車椅子を、そこらのレストランのお兄ちゃんに乗せてやったり。

なかには最初見たときにはびっくりなくらい、体がすごく折りたたまれて小さくなってるおじさんとかいますけど(身長40センチくらい?)
こじきとしての稼ぎは多分ダントツじゃないかと思います。
エリートのムードすら感じます。どことなく表情に余裕があるというか。 
微笑みはやわらかくて、鷹揚です。

単に老人とかの人たちは逆に、こじきとしてのインパクトが弱いからか、あまり余裕がない感じです。

老人のこじきは手の指とかがない人が多いのですが(たまに、逆に多い人もいますが)そういう病気がはやったんでしょうね。

子供のこじきたちは西洋人とかにまとわりついてかなりいろいろ買ってもらってると思うので、稼ぎはいいと思いますが、
でもやっぱりできればもっと清潔にして、教育を受けれるといいんだろうなと思います。
それも、普通のインドの教育じゃ逆効果かもしれないんで、むしろ、すごくいい教育を受けたほうがいいように思います。

ほんとに本人の子供かどうかは怪しいですが、赤ちゃん連れのお母さんこじきは大体押しが強くて、しかも仲間をどんどん呼ぶんで、たまらんかんじです(笑)

いつもものすごい悪態をつきながら街中を歩き回ってる精神を病んでるおばあさんがいて、ものすごい迫力で、今まで、その人にご飯を渡そうとしても自分が悪態をつくのに必死で(よくあれだけいつもカンカンでいれるものだという感じです)気がつかずに行ってしまうのですが、
今日は一瞬悪態と思考が止まったらしく、もっていきました。

あ、とまった、と思いました。

あの勢いはどうにもこうにも止まらなさそうだったので。

足が悪い人とかがこじきの人は多いので、こじきじゃないけど足が悪い人と、こじきの区別が微妙で、時々まちがえます。

今日も一人間違えた。

しかし、普通のそこらへんの人でも自分にも頂戴よと手を出してくるし、
インド人はやはりもらいなれてるのか?

ババもよくいろいろ配ってるし?

今日、腕が途中で切れてる女性がいたけど、きれいなサリーを着てたし、ご飯を上げて嫌がられないかどうか判断がつきかねたので、しばらく同じ方向に歩いて、なんとなくOkみたいだったので渡したら普通にOkでした。

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【2010/09/11 17:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
インドネシアとモスリムのプログラム。
今朝はまたジェネラルホスピタルに行きました。

(あ、主名に薬飲ませてないのを今思い出しました)

今日はほとんどラストの患者としていったので、お医者さんもゆったりしてて、細い掃除機みたいなのや水や薬で耳掃除もしてくれてよかったです。

主名の耳はちょっと気になってたので、今回ゆっくり見てもらってよかったです。

もう治ったと思ってましたが、聴診器を当てたらまだ喘息が残ってたみたいだったので、小児科にも連れて行かれて、喘息の薬と咳の薬ももらいました。

新顔の、すごく若い、やる気も気力も気合もまだ十分入ってる感じの男性の小児科医でした。


ようやく耳鼻科は放免です。よかったです。
年配の女性の先生にかかったのですが、やさしくて、すごく感じがよかったです。
だから、4回も通う気になったのでした。
薬をちゃんと飲ましてないことに気がついてたと思いますが怒らなかったし。



そのあとチベッタンレストランでご飯を食べて、主名は友達のところに行き、私は数週間休んでた音楽教室に行きました。

そしたら、教室は消滅してました。
どうも、教室を引っ越したみたいです。
まあいいわ、道とかで先生に会ったら「いったけど教室がなかったです」っていおう。
(行き先は知ってるけど)

なので、そのあと、主名の遊び先にちょっと顔を出して、
その後ネットカフェに来て、(今も)

6時過ぎにダルシャンに行きました。

行ってしばらくしたらババが来ました。


今日は、インドネシアのグループがプログラムをしました。
子供たちがバリの踊りを踊ったりして、とてもよかったです。
インドネシアの踊りはいつもバリのを持ってくるんでしょうか?
あれはガムランでしょうか。
とてもレベルが高くて、目が離せない感じでした。

この音楽は聴いたことあるけどどこでだっけ、、、?と思いました。
昔いた離島にあったアジア雑貨屋さんでいつもかかってたのか、、自分が働きながらかけてたCDなのか、
それとも、沖縄の音楽とごっちゃになってるのか。


とにかく、バリの神様がここに来てる感じがしました。
インドネシアの人々と一緒に来てるんでしょうね。

いろんな神様がいるけど、その神聖なものは共通だというかんじがしました。

劇とかもやってて、
両親のありがたさ、みたいなものも織り込まれてて、なかなかよかったです。

なぜか途中でシヴァも出てきて、踊ってました。
そして、「わたしはシヴァ。私は無形だ」みたいなことを言ってました。

ああー、堪能した。
おなかすいたなー、プラサード何かな、とか思ってたら、
裏からモスリムの格好をした人たちがでてきて、ラマダンに関するプログラムを始めました。

ババの学生の中のモスリムの者たちがやってたんだろうと思いますが、

うー、これからまたやるのかー、と、正直思いましたが、明日はガネーシャチャトルティみたいだし、
日程の都合でしょうがなかったんじゃないかと思います。


しかし、インドネシアの踊りとかムードがすごく女性的な感じだったのに対して、
このモスリムのはすごく男性的だったので、ううっ、ちょっと今はパス、、、とか思いました。
インドネシアのええかんじの余韻がかき消された感じで。(わたしの心は狭いのです)

モスリムの出し物のでは、しゃべりも多かったのですが、
いろんな宗教の者たちがここにこうやって、あなたゆえに集まってひとつになっていますスワミ!みたいなことを言ってて、拍手とか起こってたのですが、それは確かにそうなんですけど、

わたしはインドネシアの精妙な光り輝く余韻のままでいたかったなーとか思ったんですけど。。。


男モスリム連中は強烈なんで、別のときにそれだけで見たかったです。

歌とかスーフィー風の踊りとか、モスリムの人たちが一日に何回かいっせいにする床に伏せるお祈りをババに向かって、並んでしてました。

主名の幼なじみの男の子もモスリムなので、ババのすぐ前にお兄ちゃんと一緒に座ってるのが見えました。
群衆の中でともに一生懸命前に行こうとしてた日々ははるか遠く、、、不思議な感じもします。

プラサードは、編んだかわいい入れ物に入れたキャンディーでした。
たぶんインドネシアの人たちが用意した。
いっこいっこ手作りでしょうか?
少なくとも、キャンディーは手で入れていったと思いますが、すごい手間ですよね。

ババは誰かにネックレスを物質化したり、記念撮影をしたりしていました。

で、男性側や女性側や正面に何回かブレスをしました。

わたしたちはババが家に帰るのを待たずに先に外に出ました。
それでも9時過ぎてました。

そりゃ、お腹もすくはずだ。





今日はネットカフェで主名にユーチューブでウルトラマンを見せてやるといっていたので、主名はサウスでさっと食べて早くネットカフェに来たかったみたいですが、わたしはここ数日のウエスタンのインドネシア料理に味を占めてたので、サウスはいやだと言い張って、ウエスタンに行きました。

そしたら普通のウエスタンのご飯だったのでがっかりしました。

あーこれだったらサウスの方が10倍よかったわ。と言ったら、
主名は「今日はさわこの負けで、ぼく、、、おれの勝ちだね」とか言ってました。

そうかー、今日はインドネシアの人たちがプログラムをやってたから、ウエスタンでご飯作ってる暇なんかないですよね。うかつでした。


執着すると取り上げられるって感じですか。がく。


しかし、ジェネラルホスピタルの耳鼻科のプライドの高そうな男のお医者さんがウエスタンのご飯を給仕してました。主名が気がついて私に言ったんですけど、あのお医者さんが、と、すごく意外だったし、感心しました。

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【2010/09/11 01:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
保護者の日。
今日の朝は主名の学校に保護者が行かないといけない日だと主名が言ったので、学校が始まる時間の9時半に行けばいいんだろうと思って、今朝9時くらいに主名を起こしたら
「9時に行かないといけない」
とかいうので、もういっそのことゆっくり行きました。

行ってみると、保護者が毎月何か書き込まないといけないらしいのですが、今月は主名は必要ないとの事で無駄足でした。

オートリキシャももう返してたので、歩いて帰りました。

昨日か、今朝からか、部屋の電気がおかしくて、強くなったり弱くなったり、で、電気はつくけどコンセントのうち2つが使用不能になってるようだったので、ウォッチマンの奥さんに言っておきました。

そしたら、電灯の光が強くなったり弱くなったりする、というのがよく伝わったのか、電圧かなんか上げたのか、
電気の光は安定しましたが、
コンセントから火花は出るわ、コンセントから伸ばしたコードの先端を触るとビリビリするわ、
あげくのはてに、ノートパソコンの、マウスの役目をする場所あるじゃないですか、なんていうのか知りませんけどクリックしたりカーソルを動かしたりするところ。
そこを触ると感電するんですけど、、、たぶん電圧上げすぎでしょう。。。

部屋のネットのモデムかなんかがもしかしておかしくなったかもしれなくて、今はネットカフェです。
充電してた携帯の充電器も壊れてるみたいなので、
一時的に電圧がすごく上がって、それらを壊したのかもしれません。。。。

しかしまさかパソコンで感電するとは。。(触ると電気風呂みたいにビリビリします)


今日、夕方の6時半くらいにアシュラムに行ったらババはもう来てました。
今日はめずらしく、いちご味のプラサードが配られました。

ババは男性側と女性側に両手ブレスをそれぞれして、そのあとインタビュールームかどこかに入っていきました。
なのでわたしたちはホールから出ました。

今日は雨が降りませんでした。

あまり建設的でない感じで一日が終わってしまった気がします。
保護者会が無駄足だったからですか。

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【2010/09/10 00:36】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(4) |
昔よく聞いたCD
10年位前に実家でいっつもかかってたCD。
寝るときにいいとかいって母がかけてました。



わたしはこのCDの別の曲のほうが好きだったんですが、ユーチューブでは見つけられず。

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【2010/09/09 05:33】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(3) |
ネパールの人たちの熱狂ぶり。
昨日の夕方もすごい土砂降りの雨が降ったのですが、今日の夕方も降りました。

そしてシュナは濡れ鼠で帰ってきました。

明日から4日間学校は休みだそうで、ガネーシャチャトルティかなんかだからかもしれません。
明日は親が学校に行かないといけないらしくて、忘れて行かなさそうです。
(と、言ってる時点で行く気が薄い)

今日も主名はあちこち小さい傷を作って帰ってきて、話を聞いたらなんか危なそうなんですけど、
(顔にある3箇所の傷は他の子が尖った棒で刺しただの)

明日からの休みを遊んで暮らそうと、必死で宿題を終わらせていました。

今日、自分の頭の中の主名の身長より、実際の身長がすでに10~15センチ高くなってることに気がついてぎょっとしました。

なのに、出歩くときはなぜか両手で私の右手にぶら下がって歩くのでやめてほしいです。
一日5回くらい「ぶらさがらんといてよ!」と言っています。

片一方ばかり下に引っ張られると、骨がゆがんで腰が痛くなるので、今日は左手につかまらせました。



夜は6時半過ぎにアシュラムに行ったらババはまだ来てなくて、
しばらく待ってたら来たのですが、みんな待ちかねてたので拍手でした。


今、3000人だかなんだかはっきり知りませんがネパールの大きなグループが来てて、その人たちが音楽プログラムをしました。

最初にヴェーダをいくつか唱えて、ナラヤナウパニシャットとか、マントラプシュパムとか唱えてたように思いますが、もう、眠くて、座ったまま昏睡しました。(主名は横になって熟睡)

そのあと、歌とかやってて、ネパールののどかな民謡っぽい、でも独特な感じがとてもよかったです。
木か何かの自然の素材の笛の音もほがらかでよかったです。

なんか、うれしい、うれしい、と歌ってるように聞こえました。


その後、ネパールのジャナクプルかなんかいう場所の伝統音楽をベースにしたような音楽が演奏されたのですが、
こちらはなんだかアイリッシュっていうんですか?昔そんなのんの演奏を何回か聴いた記憶が思い出されて、
そんなかんじで、洗練されて華やかでつややかな音色でした。

ここは有名なジャナカ王でしたっけ、ラーマの奥さんのシータの実家の王国のあった場所です。
私もネパールのガイドブックとか見てこの場所に興味を引かれたことがあったのですが、ちょっと行きにくそうなのでパスしました。

音楽は、シータとラーマの時代の王族の華やかさと晴れやかさが感じられるような天上音楽でした。


しかし、ネパールの人たち、ネパールから3000人(と聞いたように思いますが)も、どうやってここまで来たんだろう、とか思いました。
ほとんどの人たちはインド国境まで車で、そこからは列車でしょうかね?2泊3日の列車。

それを思うと、そんだけの人数がグループを作って大移動してきたことそれだけとってもすごいなと思います。

お金のある人は飛行機でひとっとびでしょうけど。
でも、列車のひとはかなりいると思います。

辺鄙なとこにいる人なんか、空港や、インド国境まで行くまでも一苦労でしょうに。

ババはなんか衣類を出演者にプレゼントして、一緒に記念撮影をしていました。

帰るときは両手ブレスを男性側と女性側にして、大きな拍手が巻き起こる中、家に帰って行きました。

ここ数日の熱狂ぶりはなんかすごいように思うんですけど、
たぶん、ネパールの人たちの、ここにたどり着いてダルシャンを受けてるという喜びみたいなもんがそうさせてるんでしょうね。

もう、ババが来たらみんな立ち上がって前に詰めかけてますもん(笑)
むちゃくちゃ。

ババが帰っていくときも拍手とか、みんながみんな、わーっと手を振ってバイバーイ!としたりとか?誰も止められないし止めやしないって感じです。

しかし、ネパールの人たちは基本的に穏やかなので、熱狂も激しいとか、強烈とか、すさまじいとか、えげつな!冗談はやめて!とかいう風にはならず、暖かいとか、熱い、とか元気いっぱい、というかんじです。

そして今日の音楽プログラムは長かったけど、なんだかすごくよかったです。

ラドゥーのプラサードが配られました。


ダルシャンの後、ウエスタンで食べた後にガネーシャゲートに向かって歩いていくと、もう9時過ぎなのに、ようやく、そのネパールのグループの演奏者たちがホールの方から帰ってきてて、今までホールの中で記念撮影とかしてたのかな?というかんじで、

みんなすごくやり遂げた、満ち足りて輝くいい顔をしていました。




ネパールの団体のあとは南アフリカからまた数千人のグループが来ると聞きました。。。
もう、11月の降誕祭までずっとこんな感じですよね、たぶん。


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【2010/09/09 03:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
おとといと昨日と今日と。
おとといは、夕方にハヌマーンテンプルでトラヨダシプージャがあったんですけど、行ったら、だれかがヤグニャをやるみたいで、トラヨダシプージャはまだ始まらないみたいだったので、先にアシュラムに行きました。

7時前だったかババが来て、なんだかごく普通にダルシャンでした。
でも、前日ババは来なかったので、この日ももしかしてダルシャンないのかな?という感じだったので、
ババが来たら全員総立ちで前に詰め掛けてすごいというかなんというか。。。

シヴァとパールバティの結婚式のプージャのはずだったんですけど、日曜日(おとといの前の日)ババは少し体調不良と聞きましたが午後のダルシャンもなかったし、
3日目もプラサードとかもなしでごく普通に終わりました。

でもいいダルシャンで、ババを見たらまたハヌマーンテンプルに戻るつもりもあったんですが、結局アルティが終わってババが家に帰るまで、ずっとホールに座ってました。

その後ハヌマーンテンプルに行ったらちょうどトラヨダシプージャのアルティをやってたので、参加して、プラサードをもらいました。
その前に行われたヤグニャの灰やプラサードももらいました。


昨日は午前はシュナをジェネラルホスピタルに連れて行きました。
耳の中が少しまだ赤いということで。

昨日はかなりの人で、私らの耳鼻科の順番は63番目でした。
私らの後にも次々来てたので、全部で何人になったのか知らないですが、多かったです。

なので、売店でイドリー(インドの蒸しパン)とかドーナツとかかって、
朝食がまだだったのでそこらへんで座って食べて、その後は順番が来るまで
私もシュナも本を読んでました。
(シュナはドラえもん)

自分たちの順番が回ってきたとき、お医者さんに「昨日、シュナは喘息が出てて薬を飲ませてたから、耳の薬は飲ませられなかったんです」と、半分ほんとのことを言ったら(半分は、単に飲ますのを忘れてた)

お医者さんはデリーでもらった喘息の薬をチェックしてくれて、
「これはきついから、私たちはこんな小さい子には普通これは処方しないよ。飲ますならこっちだけにしなさい」とか
「すごく症状が出てるときにはこっちも飲ましなさい」
とか教えてくれたのでよかったです。

確かに、すごくよく効くので、私もシュナも喜んでたんですが。

で、また金曜に来るようにいわれました。
おー、またか。。。

処方された薬を受け取る列も長蛇で、しかもぎゅうぎゅうだったので、人が少なくなるまでまた離れたところで座って本を読んでました。

で、昼からシュナを学校にやりました。


午後のダルシャンは、また7時前に行ったのですが、またババもそのころに来てたと思います。
昨日はぐるぐるうずまきのおかきみたいなお菓子と、ラドゥー(ボール状の甘いお菓子)のセットがプラサードでした。

この2つがセットだなんて、なんだかめずらしいなー、と思ったのですが、もしかしたら前日の、ほんとならシヴァとパールバティの結婚式のプージャで配られる予定だったプラサードだったのかもな、と思いました。

ぐるぐるとボールが、シヴァとパールバティってかんじがしたので。

ババは男性側と女性側に両手ブレスをして、その後正面にも何回もブレスしていました。

ババが帰るときにはホールから大きな拍手が沸き起こっていました。



そのあと、私たちはウエスタンキャンティーンでご飯を食べました。
ここ数日内臓が疲弊してる感じで、ウエスタンの脂っこいご飯を食べる気もしなかったのですが、
行ってみると、きっとこの日はプロの手が加わってたのかもしれないですが、
見たことないメニューがいっぱい並んでて、どれもすごくおいしくてさっぱりしてたので、
思わずあれもこれもといっぱいとって、すごいいっぱい食べました。

どれもすごくおいしかったです。
シュナも「違うご飯やさんにきたみたい」とか言ってました。

インドネシアの人たちが作ったのかなあ?
サラダっぽいのも何種類かあって、さっぱりしてて、一つ一つの料理の味が複雑ながらもしっかりさっぱりしてて、とてもおいしかったです。

デザートも秀逸でした。
変わった飲み物もありました。

時々、こういう、プロ?の手が入ったな、という、料理がどれも2段階くらいレベルアップする時期があるのですが、やっぱそういう時はほくほくした気分になりますよね。

あれもこれも、シュナもお腹がカンカンに硬くなるまで食べてましたが、
2人で250円くらいですむので、こういうときはなんか特例的に褒美が与えられてるような気もちになります。

おいしくて、一生懸命積極的に食べたのですが、
なんとなく、他の人たちもおいしいご飯に幸福そうに見えました。



今朝はサイスーリャで食べて、シュナの昼ごはんもそこのサンドイッチを持たせました。
おやつはシュナは前の日から自分で用意してました。

昼ごはんのおべんとうを他の子に食べられたり、食べたり、というのはインドではごく日常という話も聞きましたが、知らないうちに食べられてたらいくらなんでもショックですよねー?

シュナは休み時間によく手紙を製作して、帰宅したらくれるんですが、
プレゼントの箱の絵とともに、「きょう、がっこうでむかでがいっぱいいたよ」とか、
絵と一緒に「10ルピーちょうだい」
というメッセージのときもあったり、(「いや。」終わり。)

「ハリー(ともだち)もたたくし、もういやだい。せんせいもたたくしいったいどうしたらいいの?」
という切実なときもあります。

そのときは、つめが伸びてる、というので、先生に棒で手をたたかれて、指2本が流血(下にたれるくらい)したそうで、
学校では泣かなかったそうなのですが、さすがに帰ってきてからひぃ~~~~ん、と号泣してました。

かわいそうに、、、と思ってしばしなぐさめていたのですが、
しばらくシュナが部屋にいるとわたしも間もなくぶちぎれてくるのでした。

なにかそういうフェロモン?じゃないですけど、そういうにおいというかイラッとさせる、いっぺんビシッとゆったらないかん、みたいなバイブレーションを発してるんじゃないかと思います。

やっぱり叩かれやすい子とそうじゃない子がいるわけで、
シュナはどっちかというとたたかれやすい子と思います。

保護者の姿がわたしなので弱そう、というのもあったりするかもしれないですが、
よく思うのですが、
人間は平等じゃないなーと。

もちろんいつも誰もがその人なりのベストを尽くしてるわけなんですけど、しょうがないですよね。

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【2010/09/08 19:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
夜のダルシャンにババが来なかった。
今日の朝は知らないのですが、今日の午後は久しぶりにババはお休みでした。
7時前くらいまでバジャンは粘ってたのですが、来ないと確定したみたいで、空っぽのいすが持ってこられて、アルティが行われました。

女性側の出口の階段が半分の幅になってて、結構殺人的な人ごみの圧力なのですが、今日は工事中のところを通って降りたのでさっさと人ごみから抜けれました。(だめですけど)

シュナは調子に乗って夜の7時前まで友達の家で遊んでたので、バジャンの後なかなか出会えませんでした。

7時半くらいにウエスタンキャンティーンの前で会い、夕食をそこで食べました。


今日も何があったかあまり思い出せません。
健忘症?
もしくは何もしてない?

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【2010/09/06 00:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
シヴァとパールバティの結婚式
今朝はシュナを学校にやった後、ご飯配りをして、その後はずっと部屋にいました。

昼も部屋でつくって食べました。

最近出歩いてばかりなので、区切らなくていい、邪魔されない時間をすごせると「これがほんとだよなー」とか思います。

以前、半年間まったく何も用事をいれずに、一歩も家から出ずに超然と?すごしてみたことがあって、
半年間、自分のやりたいことをやりたいだけやりたいようにやってたので、それがどこかで自分の基本として残ってます。

しかし夕方にはシュナが帰ってきて、今日持っていったフルーツとパンをいたずらっ子に食べられたから昼ごはん食べれんかったー、とかいうので、なんやねんそれ!と、イラつきました。
学校のいたずらっ子は確かにひどいみたいですが、シュナにも何か引っかかるところがあるので。
食べられてもぜんぜん気にしてなさそうだし、なんか言い訳っぽいし、
何か隠してるだろ、という。

たぶん、学校の売店でお菓子を買って食べておなかいっぱいになったんじゃないかと思います。

わたしがこづかいをやるのがいけないんですけど。

弁当を持たすのは作るにしろ買うにしろ、毎朝ごちょごちょ動くのは結構めんどくさいので、いいかげんなことをされると心底嫌になります。
学校も、しょうもない駄菓子を売る売店なんか設置せずに、簡単な食堂を作って、子供にできたてのご飯を食べさせて、親の負担を減らしてほしいです。

しかし、何でヒトの弁当食べるかな。
パンはビニール袋に入れて弁当かばんに入れといたから外から見えるにしても、フルーツはスチール?の弁当箱の中なのに。
だいぶ子供たち野放しの学校みたいです。

シュナは数年前行ってた学校でもサルに弁当を奪われたりしてたので、なんか、シュナに原因があるような気もします。トラブルがシュナの周りに引き寄せられる感じ。

お守りもたせてもすぐになくなったりするし。


夕方はハヌマーンテンプルにちょっと顔を出して、シュナは友達のところに遊びに行ってから寺に来ると言ってたのですが、今日はシヴァとパールバティの結婚式のイベントがアシュラムであるから、プージャもさっさと終わったので、シュナは間に合いませんでした。


私は疲労回復、と思って、ラッシーやさんで栄養ドリンクのようにラッシーを一気飲みし、そのあと、チャイやさんでチャイも飲もうと思って、知り合いと一緒に歩いて向かってたらようやくシュナが来て合流しました。

チャイやで3人ともチャイを飲んで、知り合いはそのままアシュラムに行って、私のそのまま行くつもりだったのですが、
シュナが巨大ななんか剣?みたいなおもちゃを借りてきてたので、そのままアシュラムに行かず、いったんそれを部屋に置きに行きました。

剣とか鉄砲とか、弓矢とか、遊ぶのは勝手だけど、アシュラムに持って入るにはおもちゃと言えどもそのコンセプトが不適切なので、頭が痛いです。



アシュラムに行ったらバジャンをやってました。

プージャかヤグニャか知りませんが、立派にセッティングしてありました。

ババは前に座っていました。

バジャンはシヴァバジャンをやってて、すごく盛り上がっていました。

女性側の入り口から入ると、ホールの中には入れず、またもやトークンスペースに行かされました。

最近こんなん多いです。
人が少なくならないです。
今はネパールから3000人だか4000人だかのグループが来てるとかいう話です。
そんなでかいグループ、どうなってんの?とか思います。

外からババを眺めていましたが、そのうち、プラサードが配られ始めました。



甘いお菓子一個とかじゃなくて、おさらに何種類かのご飯やバナナ、お菓子、別の袋にもなんか入ったやつが配られてて、トークンスペースは騒然とした感じになりました。

トークンスペースまでは配られなかったので、
ホールとの境目の壁にみんなよじ登って手を出したりとすごいことになってました。

で、そういう積極的な人たちは次々とそのプラサードをゲットして行ってたのですが、
私はそんな気力もないし、遠くで眺めてたのですが、
そしたらシュナがほしいほしいといって、わたしにも壁に上れとかいってきて、
彼自身も行って壁に上って手を出してましたが、背がちっさいのでゲットできず。

で、もらえるんだったらもらえるし、もらえないんだったらもらえないでしょ、と、鷹揚に構えてたらほっとかれて、たいていもらえないのですが、そんなかんじで今日の豪華晩プラサードものがしました。

しかし、あのすさまじい中には入りたくないという感じでした。
奪い合いですもん。
みんながみんなそうじゃないですが、なんか、みんなをそういうふうに殺気立たせて駆り立てるような雰囲気と言うか、配り方と言うか、そういうのもあるんですよね。

和をもって尊しとなす日本に生まれた私としては、そんなにぐちゃぐちゃになることが不思議ですらあります。
根本的なやり方が間違ってるとしか思えません。

でも、何が間違ってるとかそういうんじゃなくて、ここはそうなんでしょう。
この悪循環は年々ひどくなってるように思います。

年々、アシュラムにサイババ詣でに来る一般インド人ツアー客の数が増えてるからと思います。
ここは魚市場か!?みたいな活気です。

10数年前とかだったらもっと今より、マニアックな内省的な感じの人が来てたと思うので、静寂のムードが濃かったです。
もっと透明感と繊細さが空気にありました。

今はエネルギーはすごいし、何かにつけどんどん大規模になってますけど、天界の静寂、とか、至高の平安、とかそういうんじゃなくて、
エネルギー大爆発、どわーーーー!!!!ぎゃーーーー!!!どかーーーーん!!てかんじです。


しかし誰か親切なヒトが自分のもらったプラサードを一口ずつみんなに分けてあげてたので、私とシュナも一口ずつもらいました。
それで十分だろうと思って帰ろうかと思いましたが、シュナがほしがるので、状況が変わるかと思ってもうしばらく粘ってみました。

1人で5個くらいプラサードを持ってる人もいて、(つまり5人前のご飯)そういうのはちょっと、取り締まってほしいよなーと思うんですけど、でも、そんだけ欲しかったんでしょうね。

結局、意欲なく単に受身で待ってるうちに完全に品切れになり、最後はホールの中で再び少し配られるみたいだったので、もらってない人はホールの中になだれ込んだのですが、そしたらホールの出口を閉められて出ることもできなくなり、

シュナは自分が欲しいといったくせに心はもうウエスタンキャンティーンに行っていて、キャンティーンがこうしてる間に閉まっちゃわないか心配して「もう行こうよ」とか言っていました。
「あんたが欲しいっていったんやろ!」かるくキレてみせときました。

肝心のあとから運び込まれたプラサードもセバダルにだけだといわれ、そのまま反対側の出口からみんな出さされました。

なので靴を取るのもできなかったので、そのまま裸足でウエスタンキャンティーンに食事に行きました。


あー、疲れた、と思い、ババの家の前を通るときに「これはいったいどういうことですか」みたいに心の中で聞いてみたら、「それにはもう関わるな」という答えが返ってきました。
プラサード争奪戦に関わると、ほんと、ろくなことがないです。


このイベントは3日間あると聞きましたが、月曜までなんでしょうか?

なんかぐちゃぐちゃで、ババがいつ家に帰ったかも分かりませんでした。

脳がしびれっぱなしです。


そういえばシュナに耳の薬を飲ませるのも、今日はまる一日完全に忘れてました。

次の火曜で病院を放免されたいので、飲ませよう、、、。

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【2010/09/05 02:20】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
カタカリたち。
そういえば、今朝はコブラの夢を見ました。

コブラに追われるのですが、そのコブラ、首(というのか?)から下が、アジの開きみたいに切り開かれてて、
内臓もなくてスカスカの薄っぺらい胴なのですが、
追ってくるのです。

そんなぺらぺらコブラ、別に怖くもなかったのですが、わたしはなんとなく逃げてました。

蛇はシャクティをあらわしたり、今あるカルマなどをあらわしたりするようです。

夢で蛇にかまれるとすごくいいと言います。

もしそれがシャクティなら覚醒するかもしれないし、カルマなら、そのカルマは終わったということみたいです。


占星術師に言ったら、それはカルマだということで、聖なる牛のおしっこを振り掛けられて清められました。
くさいんですけど。

それはどうでもいいんですけど、
今朝はまたジェネラルホスピタルにシュナを連れて行くことになってたので、今日の午前は学校を休ませていました。

洗い物とかして、朝ごはんを部屋で食べて、ゆっくり病院にいきました。

前回5種類も薬をもらったので、2回くらいは飲ませたり使ったりしたのですが、
痛みもなくなったので、その後は飲ませてませんでした。

で、今日は放免になるかなと思ったら、やっぱり同じ薬を出されました。
痛みはないけど、やっぱり耳の中が腫れたりしてるのかな?

あ、しかし今日の夜、すでに飲ませるのを忘れてます、、、

また火曜日に来るようにいわれました。


そのあと、ちべったんでモモ(チベット餃子)を食べて昼食にし、シュナを学校に送り出しました。


きょうはなんか疲れて、夕方しばらく寝ました。

起きて6時半かそれくらいにダルシャンに行きました。

ダンスや劇をやってました。

そのうち、5~6人以上のカタカリがでてきたから、あれはケララの子供たちだったのかな?

シュナは数年前からカタカリ狂で、なぜかどこに行っても何を見てもカタカリを探していました。
そして、あらゆるところでカタカリを発見していました。
看板、雑誌、地図、、、、

将来カタカリを踊ると言ってたような言ってないような。

で、実物をずっと見たがってて、毎年ケララの行事のたびに期待してたのですが、見れず、
でも今日ようやくカタカリを見れました。
しかも大勢!

しかし今日はシュナはホールで熟睡で、あわてて起こして見せたのですが、視覚が脳まで伝達されてるか怪しい感じでした。

ラドゥーのプラサードが配られました。

ババは出演者たちと写真撮影をしたり、パダナマスカールさせたり、出来上がった写真をあげたりしてました。
衣類もプレゼントされていました。

今日もアルティは2回行われました。
アルティをやるのかバジャンをやるのか、ババの指示が読み取られてなくて、バジャンをやったりアルティの鐘を鳴らしたりというのを繰り返し、ちょっと混乱していました。

出口が狭くて人に押されてつぶれそうになるので、私たちは早めにホールの外に出ました。

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【2010/09/04 04:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリシュナのお祭りの日。
今日はクリシュナのお祭りの日だったので、牛とか象とかもきれいな格好をしてアシュラムに来てました。

わたしらは午後6時半くらいにアシュラムに行きました。

笑っちゃうくらい人がいっぱいでした。


でも、昨日いた人たちの動きはなんか唐突で激しかったのですが、今日はそうでもなかったです。

入れ替わったのかな?
なんか、ネパールっぽい人たちの大きいグループが来てます。
ネパールじゃないかもしれないけど、少なくとも北インドのほうと思います。

音楽プログラムが行われてて、ババはなにか物質化して出演者にあげたのか、拍手が起こってましたけど
遠くてよく見えませんでした。

プラサードも今日はあきらめときました。
一人のセキュリティ(配ってる人)を20人くらいが囲んで手を出してて、かなり激しい状況になってたので。

ホール内はクリシュナの肌の色を表してるんだと思いますが、空色を基調として装飾されてて
ホール中央の天井には青いきらきらしたテープがいっぱいぶら下げられてて、風に揺れてきれいでした。

今日はクリシュナの日だし、私も青いサリーを着てダルシャンに行こうと思ってたのですが、すっかり忘れてました。

みんな、女性は青系の服を着てきてる人が多かったです。
花火大会に浴衣を着てくるみたいなもんですよね。

アシュラムスタッフにもそろいのサリーが支給されたらしく、みんな、少し緑がかった空色と金のサリーを着てて、
上品なかんじでとてもよかったです。

ダルシャンが終わってホールの外に出るとすぐに雨がざぁっと降りました。

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【2010/09/03 02:33】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ダライラマが近くにいる日。
今日は朝昼兼用ごはんはシュナにサイスーリャでマサラドーサを買ってこさせてすませました。
(シュナはオニオンドーサ)

その後シュナは最近日本から帰ってきた日本人の男の子の友達のところに遊びに行こうとしてはやる心でスクーターごと階段から転げ落ち、しばらくして復活して遊びに行きました。

私は食べたら熟睡してました。

今日はシュナの学校は休みとのことで、なんでかな?と思ったら、どうもクリシュナのお祭りみたいです。
でも、星の関係で、ほんとは今日だけど、アシュラムのプログラムとしては明日行われるみたいです。

そういう星の動きとか、時間帯とかって、アシュラムの行事はよくちゃんと気にしてるみたいですよね。

聞くところによると、今週の土曜日にシヴァとパールバティの結婚のプージャがアシュラムで行われるそうなんですが、
(3日間行われるとか?)
そういうのはババのバーススター(アールッドラ)の日にやるそうで、今度の土曜がそうらしいです。

でも、ほんとかどうか知りませんけど。

今日はわりと晴れていました。


チベッタンレストランでスイートラッシーだけ頼んで休憩しました。

そしたら壁に新聞記事の切抜きがはってありました。

今、ダライラマがマイソールの近くのチベットの大きい新しいお寺に来てるみたいで、すごく大きなイベントをやってるっぽかったです。

そういえば、こないだシルディから列車で帰ってくるときに知り合った、バンガロールの大学だか大学院だかを卒業して、今はバンガロールに就職に行くというやたらかんじのいい親切なチベット人のお兄ちゃんと知り合いになって、シュナもべたべたになついていたのですが、
そのお兄ちゃんとしゃべってるうちに、

その新しい大きいマイソールの近くのチベット寺の話になって、今度、9月1日くらいにダライラマが来るから、泊まるとことか全部用意して
どうやったらいいか教えてあげるよといってくれて、

ダライラマがそこに来るときに私とシュナを世話してくれたそうだったのですが、
あまりやたらと知り合いのつながりは作らないほうがいいので、
なんとなく断ったような断ってないような、日本人の得意のあやふやな感じで別れました。

しかし感じのいいおにいちゃんでした。
その列車は12時間遅れたのですが、そのおにいちゃんはデリーでお坊さんたちと一緒に列車を待ったとかいってなんだか嬉しそうでした。

わたしらもシルディの駅で12時間待ったといったら驚いてました。

それはいいんですけど、新聞記事を見たらずいぶんなビッグイベントだったみたいで、ほぇー、と思いました。
ダライラマの写真もありましたが、なんだかやせておじいちゃんになったなあと思いました。

ダライラマはもう、ダライラマは自分で終わりでいいとか言ってるとか聞いたような気もしますが、どうなんでしょうね。
昔ダライラマは私のアイドルだったので、今も好きですが、
勝手ながらいつもそこはかとない悲しみと気の毒な気持ちともに思わずにはいられません。

一時期よく夢に出てきて、しゃべったり、いろいろありました。
いっぺん、ダラムサラに10数年前に行ったとき、翌日に会えて、(他の人たち大勢と一緒にですが)
握手してもらったのはいい思い出です。

もし私が過去生でチベットにいたことがあったのなら、きっとほとんどいい思い出しかなかった、幸せな人生だったに違いないと思います。

沖縄に関してもそう思います。

自分のいいとこだけしか出ない感じがするので。



初めてインドに来て、プッタパルティに来たとき、アシュラム滞在中になんとなくずっと一緒にいた女性がいるのですが、彼女はその後もちょくちょくプッタパルティに来てますが、

何回かまえにきたときに、帰りの飛行機を降りたらチベットのお坊さんたちと、空港の廊下で一緒になって、
そのうちの一人が彼女を呼んで、「インドではどこに行って来たの?」とか聞かれたりして、「プッタパルティのサイババのアシュラムに行ってたんです」とかなんとか答えて、いろいろ楽しくおしゃべりしながら一緒に空港の廊下をイミグレだと思いますが、
そっちのほうまで歩いていったそうです。

で、その人たちと別れたあとに、
周りに人に「誰としゃべってたか知ってるの?」とか聞かれ、知らなかったそうなのですが、
彼女はダライラマ本人に呼ばれて、彼とずっとしゃべってたそうです(笑)


ダライラマも数年前にプッタパルティにババに会いに来たそうですが、
その時は私は来てなかったのかどこかにいっていたのか、
知りませんでした。


ちなみにその15年前インドに来たときに、前を歩いていくサイババとたまたま一緒に写真に写ったのですが、
彼女はきちんと合掌して、集中しきった涼やかな、最高に美しい姿で写っていましたが、
隣にいたわたしは口をあけてぽかんとした顔でババをながめていました。

そういう瞬間に、出るんでしょうね。その人が。


夕方は6時半過ぎにアシュラムに行きました。

なんか、むちゃくちゃ混んでいました。

ホールの、男性側の外の通路も人でいっぱいで身動きできないくらいになってて、
というのは、ちょうどババが来る直前だったので、みんなそこで立ち止まっちゃってたので、
大変な人ごみでした。

今日がクリシュナのお祭りだと思って来ちゃった人とかいそうですよね?


ババが来るとこだったので、女性側のゲートもしまってて、私らはそこらへんに座って状況が変わるのを待ちました。

しばらくしてババが来たので、女性側のゲートが開き、私たちも階段を上って中に行きました。

でも、ホールの中はいっぱいで、入らしてくれなくて、トークンの場所にみんな座らされました。

ま、それでもそこからホールの中のババを見てたのですが、
そのうち帰る人と入れ替わりに中に入れるようになったので入りました。

バジャンがずっと行われていたのですが、
今日はババは普通にさっと帰りました。

しかしすごい人ごみで、しかも女性側の出口の階段の幅が工事のために普段の半分になってるので、
人の圧力がすごかったです。

さすがに背の低いシュナは窒息しかねないので抱き上げて階段を下りました。


いやあ、なかなか大変です。



そのあとはウエスタンキャンティーンで夕食を食べました。


そのあと、シュナはキャンティーンの前で、赤ちゃんのときから知ってるドイツ人の英語がぺらぺらの男の子と遊び(そのこが主名の英語力に合わせて片言でしゃべってくれてるのが、聞いてて面白かったです。子供は本能的にそういうことしますよね。)、私は日本から来た本をしばらく読んでから部屋に帰りました。

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【2010/09/02 02:38】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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