スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
フルタリアン生活
西洋医学の薬で、悪寒、熱、頭痛、関節痛などの症状はほとんどなくなりましたが、
おとといだっけ、朝起きると、内蔵がどーんと鉛のように膨張した感じで、すごくやばい感じでした。

トイレに行くと茶褐色の尿が!
今話題になってるらしい、肝炎か?とか一瞬思いましたが
(インドで肝炎になった知り合いが2人いるので)

とりあえずその朝から薬を飲むのをやめました。
そしたら尿も徐々に正常化しました。

吐き気があって、それは薬から来るものだろうなとは思っていたのですが、
薬を飲むのをやめたことを知った坊さんはすごく困った顔をしてました。

が、尿がこげ茶色になったとか、薬を飲んだらはきそうになる、とか、もう熱は下がったし。
とかいって説明しました。

そして、その前の日までチャパティとか野菜とか食べれてたのに、その日、内臓がかなり疲労したようで、そういうのがぜんぜん食べれなくなり、食べてみようという気すら起こらなくなりました。

なんか、もうインドはいやだー、という、インド拒否症状も出てたかも。
だから少しでもインドをイメージさせるものはうぇっとなって。

フルーツは普通に食べれるので、だから昨日今日とフルーツが主食になってます。

おじさん坊さんは
「お願いだからチャパティ食べて。じゃないと、君はとても弱くなってしまうから」
と、プリーズ連発でしたが、
文化の違いとはいえ、内臓にダメージを受けて吐き気があるのにそんなに熱心にチャパティを食べさせようとしないでくれーという感じで断固拒否。
チャパティは消化に悪いですよね?

主名は食べ飽きたという理由でチャパティ拒否。
彼はご飯が好きなので、白米をがつがつ食べてますけど。


なので、私らはもうチャパティ食べないからチャパティ持って来ないで、と頼んでるのですが、
いつも3枚のチャパティが添えられてきます。
無駄になるからもったいないのですが、チャパティは北インドの主食なので、おじさんの気持ち的には添えないわけには行かないのでしょうか?

あと、昨日の夜まで、完全に無気力になってて、何もかもいやになって、おきてもしんどいしずっとベッドと一体化して横たわってたのですが、

すごいえぐい悪夢もいっぱい見てて、なんか、この町の、かどうか分からないですが、ネガティブなものとつながりっぱなしになってる感じでした。

そのことについて思いをめぐらせていると、そういえばブラックインクを使ってないな、何で今まで使ってなかったんだろう?とか思いました。

ブラックインクはネガティブなエネルギーを転換させる、108種類のハーブで作られたペーストです。
この旅行のはじめから生理で、生理の時には神聖なものには触れないようにということだったので使ってなかったのですが、

思い出して、使ったら、すーっと深く眠ってそれまで微熱もまだあったのですが、目覚めたら熱も下がってすっきりクリアーになっていました。


そして悪夢を見るのがぴたりと止まり、その後はのどかな夢ばかりになりました。
極度の無気力と厭世観も去りました。

悪夢がぴたりと止まったのには感心しました。
これは精神病とかにもよく効くんだろうなという感じもしました。

ということで昨日今日とブラックインクを心持多めに使いまくっています。
パソコンをしたら熱が出やすいので(わたしが)パソコンにもインクをつけときました。

そしたら世界も少し変わってきたようで、いくつか変化がありました。

ここにきてネガティブな世界とどっぷりつながっていた私が変換したことで、世界も少しよくなったのだろうか?


おじさん坊さんと連絡事項を話してるときに聞かれたので、
実際はうちらは4年くらいアンデラプラデシュのサイババアシュラムのところに住んでて、
とかいう話をしたら(それまではなにも聞かれなかったから何も言わなかった)

「アンデラプラデシュ!君はサイババが好きなのか!」
とかいう話になって、

坊さんはしばらく口をあけたまま絶句してハァ~~~~と感じ入りつつ、脳内は高速回転してるようでした。

坊さんはババの大きい病院の話を聞いたので、一度アンデラプラデシュに行こうかと思ってた、と言い出しました。
心臓でも悪いのかと思って、聞いたら、血糖値が高くて、腕が上がりにくい、とのことでした。

今まで何の治療もしてこなかったけど、君がサイババのところに帰ったら病院に予約を入れてくれないか?
そしたらその日に自分は行くから。
とかいわれました。

う~~ん、スーパースペシャリティホスピタルは心臓と目の手術だったような気がするけど、、、
と思うのですが、バンガロールのほうの病院もそうだったかな?
誰か奇特な方がいたらおじさんの治療が可能かどうか調べてやってください。

血糖値ということは糖尿ということと思いますけど、
左腕が上がりにくくなってきたことが気になるみたいでした。

アンデラプラデシュには親戚も誰もいないから、というのですが、
まあ、インド人てすぐこういう発想になりますよね。
いつも「無理だよ。私外人だよ?とか思うんですけど。」

しかし私も散々ここ数日ご飯とか飲み物とかいろいろこまめに運んでもらっただけに。

スーパースペシャリティホスピタルで糖尿治療を受けられるかどうかは怪しい気もしますが、
ババのダルシャンはぜひ受けてほしいなーとか思います。

おじさんはここのアシュラム?の管理者で見た目も堂々とした坊さんで、推定年齢60歳ですが、そういう治療の理由があると、仕事を休んでアンデラプラデシュまでいけるのかも?

しかし、この坊さんの今までの人生がどうだったのか知らないですが、

インド各地からやってきた人が、スーパースペシャリティホスピタルの、あの、ロマンチックな宮殿のような姿を目にしたら、なんか、それだけで治療が進むような気がしました。
おじさん坊さんと話しているうちに、そういう、地方から来る人たちの気持ちに私もちょっとなりました。

願わくば、そういう、遠くから来た人たちには十分やさしくしてあげてほしいなあとか思います。
インドだから、また、無料だから人がいっぱい来すぎてしょうがないのでしょうけど、治療に来て、治療以前に疲れる思いをしてる人の話も何度か聞いたので。
まあ、わたしはそこでは献血しかしたことないので実情は分からないのですが。
(そのあと貧血で倒れたのでもう献血するのはやめた)

しかし、サイババのスーパースペシャリティホスピタルはインドの人に希望を与えてるんだなあと実感しました。

糖尿は知らないけど、心臓の手術が必要な人とか、ほんとに助かるんでしょうね。
スポンサーサイト

テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【2010/10/30 02:01】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(6) |
今日の夕食を坊さんが持ってきてくれたときに、
「なんで充電してるんだ」
と、パソコンのコードをコンセントから引き抜かれました。

ぬぬ、こっそりパソコンしてたのがもうばれた?



今回の旅行の苦行的(浄化的)側面はおいといて、わたしの願望を満たす側面があるとするなら2つあげられます。
ひとつはマトゥラーを一度は訪れたかったこと。

もうひとつは、病気になって、誰かに世話されたかったこと。


というのは、私一人で子供をつれてると、病気になる余裕すらないので、世話が必要な動けなくなるような病気はほとんどなかったし、プッタパルティのアパートで病気になっても炊事ができるので自分でおかゆを作ったり、主名は勝手に食べに行かせたりしてあまり世話がかからなかったのですが、「あー、病気になって世話されたい」と、よく思ってて、実際よく口に出して言ってもいました。

なんかちょっとわたしも心配されたいよー、みたいな。

あえていうならその願望、もう終了?


主名は外を出歩きたくていらいらしてますが、私は寝て暮らすのは好きなので、ああ、この上げ膳据え膳の生活があと2,3日続いてもいいなあとか思うのですが、世の中うまくいかないと言うかうまくできてると言うか、私が回復していくに連れて坊さんの態度もシビアになっていくように思い、

ちっ!もう少し甘えさせてくれてもいいじゃない!?

といった感じです。

だがまあ、熱を見るために坊さんに「失礼」と言いながら額に手を当てられて
「ああーいやされるー」
と思うような私には多少シビアにしといたほうがいいかも。


しかし、もしかしたらここのアシュラムは本来は女性は泊めないのかも?

最初、私らをここに連れてきた人に、坊さんは受け入れを渋ってみせてたところを、ここに連れてきた人がたぶん「だってこんな小さい子供がいるんだよ?」みたいな感じでごり押しでねじ込んだ感じもあったし。
別に無理にアシュラムにとまらなくてもホテルでもゲストハウスでも何でもよかったのですが、基本、宿泊費はドネーション(寄付)だし、安くとまれるということで気を利かせてごり押ししてくれたんだろうとは思いますが。。。

この坊さんは基本的にシビアな人なのかもしれないですが、今日初めて笑顔を見ました。
主名には瞬間的に時々心を開くみたいです。

インドの宗教では一般女性はほとんど伝染病か汚物扱いかもしれないので警戒中なのかもしれません。
被害妄想かな?

まあ、私も汚物でないのかと改めて問われるとあまり自信がないし、
それにさっぱりしてて楽といえば楽。

ここの団体の関係者でもないし、単純に、だれ?あんたら?みたいなのもあるかと。


しかし多分お祈り帰りかなんかのときなんでしょうけど、時には坊さんは合掌とともに恭しく現れるときもあります。

そしてシビアな感じになるときもあり。
私がリラックスしすぎなのかもしれませんが。

シビアな気配のときは気にしないようにしてます。

でも、いろいろ持ってきてもらったり買ってきてもらったりして助かりました。

こんな堂々とした立派な感じの人に用事を言いつけるのはどうかと思い、最初は主名にドーピー(洗濯や)の場所を教えてやってくださいと言って、どうせなら頼んじゃおうと思って、主名をどこか食べに連れて行ってやってくれませんか、私病気で歩けないから。と言ったのですが、
ちょっと待てちょっと待てといわれて待ってたらドーピーが部屋まで来て、洗濯物を出した後、また、ちょっと待てといわれて、主名がおなかペコペコ~!とうるさかったので
「おじさんに連れて行ってもらえ」
と、お金を持たせて部屋から出したら、ほとんど入れ違いにおじさん坊さんがご飯を持って部屋に来ました。


え!主名一人で行ったのか。なんてことだ、、、絶対戻って来れないから坊さんに捜索してもらわないと。。。と思ったのですが、30分後に2人分の定食とラッシーとミネラルウォーターをもって主名が戻ってきたので驚きました。

どこまで買いに行ったのか聞くと、前日に私らが夕食を食べた食堂とのこと。
曲がり角を3つくらい曲がって、結構な距離のある場所だったので、よく覚えてたもんだと思いました。

しかしやはり見知らぬ場所で子供一人で遠くまでうろちょろするのは危険極まりないので、坊さんにも何度も「子供一人で外に行かせないように」と言われ、主名も軟禁状態となったのでした。

ほんとは坊さんが主名を遊びに連れ出してくれれば一番いいんですが、必要があれば何でも言ってくれと言われていても、さすがにそこまでは頼めませんでした。

医者が、わたしはしばらくチャパティを主食にするようにといったので、坊さんもチャパティと野菜の煮物とかを持ってきてくれてたのですが、1回目は主名も喜んで食べてたけど、2回目になると「げー、またチャパティ!」とかいって、坊さんも主名があまり食べてないのを見て取ると、次からは主名用にご飯を別に持ってきてくれるようになりました。

主名はそれまで「海苔巻き食べたい。うめぼし、、、」などとつぶやいてましたが、
坊さんがご飯とおかずを持ってきてくれると大喜びになって
「うめーこれ!すっげーうめ~!さわこもこれ食べる?やっぱインドがサイコー!!」
などと態度が急変。

その後も「ごはんのおっさんまだかよ~」などというのですが、どこでそんな言葉遣いを覚えたんだろう。。。

薬の効果が弱まるとまた熱が出てきてるので、明日はまだ出歩く気はないですが、あさってくらいから出れるかも。
【2010/10/28 03:19】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) |
あー、くたばってました。
2晩ほど熱を出してくたばってました。

昨日医者が来てくれて3種類薬を出してくれて、飲んだので楽になりました。

西洋医学の薬はよく効くなあと改めて実感。

でも薬が切れてくる今頃の時間になるとなんとなくまた熱っぽくなってくるので、食べて寝て、もう1~2日は静養しようと思います。

ちなみにここのアシュラムはルームサービスはないけど、管理してるおじさん坊さんがこまめに必要を聞きにきてくれて気を配ってくれてるので快適に過ごしてます。

もうじきたぶん夕食を運んできてくれるので、パソコンをしてるところをみられないように切ります。
仮病じゃないんだけど、こっそりいたずらしてるみたいでなんとなくバツが悪いし、余計な想念を引き起こさないように、素直な病人らしくしておきます。

テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【2010/10/27 21:57】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
マトゥラーからブリンダバンに移動しました。(写真)
ぶり1
オートリキシャで移動しました。ほんの15キロの距離なので(な、はず)

ぶり2
のら牛?

ぶり3
宿泊場所に着きました。

ぶり4
簡素にして十分な部屋。(ルームサービスがあればなおいいけど!)

ぶり5
ベランダの向こうはラーダーダモーダルテンプルです。

ぶり6
何か変身してるらしい。

ぶり7
どこでもインターネット。便利な世の中になったもんだ。

ぶり8
まだやってる。

あー、今日は早く寝よう。

テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【2010/10/26 01:01】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
あ~、熱っぽいです
夕方、夕食を食べれる場所を探しに町に出ました。

最初、人に教えてもらったところに歩いていきましたが、ブリンダバンは迷路みたいで、目的の店はわかりませんでした。
なので、必殺、サイクルリキシャに適当に連れて行ってもらいました。

超ローカル食堂でターリー(定食)を食べました。
まあいいんですけど、辛かったです。

主名は大きくなったらすばらしい夢の町を作る計画を練っていて、その名も「広町(ひろまち)」英語では主名いわくビッグシティというそうですが、常に彼の頭の中にあって、細部の計画を常に練り直しています。

今日のターリーを食べているときにも広町のアイデアがひとつ追加されたようでした。
かれは食べながら「広町ではご飯はからくない。普通においしい」と、つぶやき確認していました。

でもまあ、出されたお米のご飯はダル(豆スープ)とともにみんな食べました。
飢えて死ぬことはないはずです。

わたしは米のご飯とチャパティのどっちももらいましたが、どっちも食べました。

しかし辛いご飯を食べてるときって、昏倒寸前みたいな心理状態ですよね。

その後、ラッシーやさんでマンゴーラッシーを半分こして飲みました。

飲み水やジュースなんかも調達しました。

またサイクルリキシャに乗ってまっすぐ帰ってもよかったのですが、せっかくなので道を確認しながら歩いて帰りました。

途中で、外人が好みそうな品揃えの店、プッタパルティで言うところのギリジャンマストアみたいなのがあったので、シャンプーとか日焼け止めとか、お菓子とか、あと、トワイニングのハーブティーもあったのでそれも買って帰りました。

わたしはだんだんちょっと悪寒がしてきて、どうも発熱してるみたいでした。

う~ん、今回は、出発前から調子がいまいちだったのでぜんぜん無理できない感じです。
代わりにいつもくたばる主名は比較的元気ですが。


それか、ブリンダバンのバイブレーションに適応するための浄化でしょうか???

ブリンダバンは以外に外国人がたくさんうろうろしてます。
東洋人も何人かいて、すれ違いざまに挨拶されたようなされてないような気もしたので、もしかしたらプッタで知ってる人かもしれません。
でもめがねもないし(折れた)、頭が朦朧としてるのか、単に視力が足りなくてぼやけてるのか、わけがわかりません。

眼鏡屋さんも発見して、新しいのを買おうかなーと思ったけど、メガネがまたサルを呼ぶかと思うといやになってやめました。


今とまってるところはアシュラムのようなので、シャワールームが共用だし、主名に使った後のひどい状態を掃除させました。

そうだ、主名の教育用にはいいかも。
しかし監督しないといけないのはだるいですね。
わたし風邪みたいだし。


ビスケットとかりんごとかも買い込んだので、もし出歩きたくなくても少しは篭城できます。

お湯を沸かすやつも持ってきたし、あ、砂糖がない。まあ、なしでもいいかな。

ああ、なんだか、10数年前に初めてブッダガヤに行ったときのことを思い出します。
あの時はすごく暑くて、石の床に水をまいてもすぐに蒸発してしまってどうにもならなくて、
バケツに水を張って両足をその中に突っ込んだまま寝たらすごい風邪を引きました。

1週間くらい寝込んで、すごい具合が悪かったのですが、そのうちよくなって、
次の目的地の、どこだっけ?パトナー?忘れましたけど、
ネパールに陸路で行こうと思ってバスに乗って、去り行くブッダガヤの村の様子を眺めていたら、
この場所の目玉である、仏陀が悟りを開いた場所に行ってなかったことに気がつきました。

でももうバスは動いていて、あ、あ、あ、と思いながら、そのまま私はブッダガヤを去りました。

そのことはずっと覚えていて、その後たしか2回、ブッダガヤを訪れなおして、無事願望を成就したのですが、
改めて行ったときが、その仏陀が悟りを開いたまさにその場所への初訪問だったのは適切だと思いました。

数年が流れすぎるうちに、いろいろ自分の状態も変わっていっていたので。

でも、今回、もしかしてカルマ解消旅行のけっこう濃縮版かもしれないけど、
まあ、お手柔らかにという感じです。

サルに引っかかれた傷はもう痛くなくなりました。
このサルはメガネだけじゃなく、財布とか帽子とかカメラとかも盗るそうで、(調教してるんじゃないでしょうか)
あとでやっぱり男(もしくは男たち)がどこからともなく登場してお金を請求するそうです。

主名が聞くのでそういうトリックを説明したら、しばらく飲み込めなかったみたいで、わたしの言ったことを口をもごもご動かして反芻していましたが、しばらくしてから、
「そんな悪いことをしなくても、落ちてる実を拾ってひもをつけて売ったりしたらいいのに」
とか、あとなんていってたっけ。
なんだかやけに実用的なビジネスアイデアをいくつか提供してきました。
ああ、健全だなあ、と思いました。

その人はババを知らないの?と主名が言うので、
ここはクリシュナの場所だから、みんなクリシュナは知ってるけど、クリシュナがまたババになってるってしらんのちゃう?
だから、悪いことしても平気と思ってるんちゃう?と言ったら考え込んでました。
実際は、プッタパルティも魑魅魍魎が、、、いやいや

しかしブリンダバンは訪れる価値がある場所だと思います。

外国人(西洋人)もたくさんいるから、私がまだ知らないだけで、きっと西洋人好みのレストランとかもどこかにあるんだろうと思います。

しかしブリンダバンは寺が多すぎて、こんなにどこもかしこも寺だと、あえてひとつを選んで入る気がしないです。
いろんな宗派や聖者の人たちが、それぞれの寺やアシュラムを建ててる感じですか。

リシケシもそんな風にアシュラムだらけでした。
プッタパルティもそのうちそんなになるんでしょうか。

まあ何しろ泊まってるところの近くの大きな寺だけでも訪れるのは十分な気がします。
多少寺に食傷気味です。

テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【2010/10/26 00:34】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
ブリンダバンへ移動しました。
今日は昼ごはんをホテルで食べて、そのあとブリンダバンに移動しました。

道でオートリキシャを捕まえて、交渉して、わかってると思ったのですが、ドライバーは行き先をあまりわかってなかったみたいです。

ホントはツーリストインフォメーションのオフィスに寄って、ブリンダバンの地図をもらってからブリンダバンに行きたかったのですが、ドライバーはヒンディーもあやしいかんじで、どこか別の地域から出てきた若者かもしれませんが、運転もなんかあやしくて、
わたしと意思疎通が図れないので埒が明かなくて、携帯で友達に助けを呼んでました。

その呼ばれてやってきた若者はなかなか好青年でよかったのですが、やはり英語があまり通じなくて、ツーリストインフォメーションは彼だよ!みたいにドライバーのことを言うので、違う違う、私は地図がほしいんだと、そんなやり取りを繰り返すばかり、

もしかしたら私の南インド英語がわけがわからなかったのかもしれませんが、
とにかくどうも前途多難な感じがしたので(そんなに難しいことでもないのに)
難しいことをいうのはやめよう、と思い、ツーリストインフォメーションはパスして直接ブリンダバンに行くように行ったら2人ともほっとしてました。

ドライバーも道を聞き聞きどうにか目的地に着き、私も荷物を降ろして宿泊先に入りました。

ここはお寺の横の、某アシュラムのゲストルームみたいです。

来る前は、苦行はいやだ、、、と思ってましたが、
来てみるとやっぱりアシュラムは雰囲気がさっぱりしてて、簡素さが心地いいです。

まあ、ルームサービスでシェイクとか持ってきてもらうわけにはいかなくなりましたが、
部屋に物が少ないと時間がゆっくり流れ出す感じがします。


食事とかは出そうにないので、(大きいアシュラムだったら出るとこも歩けど)どこでご飯を食べたらいいのか、もう少ししたら散歩に出ようかと思います。

テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【2010/10/25 19:04】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリシュナジャンマブーミーと、ヤムナー川。
今朝は朝5時くらいに目が覚めて、主名が少し喘息が出てたので吸入させてから、パソコンをしてました。

で、朝8時半か9時くらいにまた寝ました。

11時前?くらいに主名が「おなかぺこぺこ!」と言って騒ぎ出したので、私もまたおきて、ホテルのレストランで食事をしました。
今日はエアコンなしの部屋に移ることにしてたので、12時のチェックアウトまでに間に合うようにと荷物をまとめてフロントに行ったら、同じ部屋で、エアコンなしの料金でいいといわれたので、なあんだと思って、食後の昼寝をまたしました。

そしたらそのうち主名が外に遊びに行きたいと言ってまた騒ぎ出したので、
私が外出したくなるように、しばらく足の裏を踏ませたりしました。

で、4時前くらいになってやっと出かける用意ができて、出かけました。

とりあえず、サイクルリキシャでクリシュナジャンマブーミーという、クリシュナの生誕地に行きました。

ヒンズー教のお寺って、早朝からあいてて、昼間はしまってて、夕方からまた開くイメージがあったのですが、このお寺の本堂はガイドブックを見たら12時~16時までしかあいてないみたいだったので、行っても間に合わないだろうけど、まあ行ってみようと思って行ってみましたが、今日は日曜だからか?どこもかしこも開いてたような気がしましたが、よくわかりません。

しかし、クリシュナの生誕地にいるという思いは私を感動させるには十分でした。
つまり、けっこうぐっときました。
これといって特にこれがすごいと言う感じでもないのですが、やっぱりなんだかその場所自体が奇跡の空気をまとってる感じがしました。

敷地内の、でっかいお寺やちっさいお寺をいろいろ回りました。

クリシュナが生まれた地下牢風の場所もありました。
そこがまさにクリシュナが生まれた場所、ではないと思いますが、でも、クリシュナが生まれたときのことを思い起こさせるものは大いにありました。
やっぱり、場の力があるかんじでした。

しばらくはしっこで座ってると、後から来たグループが「ラデーラデー」と言いながら踊って大宴会みたいになりました。

クリシュナ信者にとってはすごく重要な場所だし、やっぱりそこにいるだけでハイテンションになるんだろうと思います。

電線に緑のオウムが何羽もとまっていました。
昨日、ブリンダバンに行くときも、道の横に、鶏並みのさりげなさで孔雀がいたりして、ああ、ここはクリシュナの里だーと思いました。

立派ではあってけど、なんてことない感じでしたが、クリシュナジャンマブーミーはすごくよかったです。
やっぱり、クリシュナとラーダーが主神になると、お寺の雰囲気も優しい感じになるんでしょうね。

しかし、またチャッパル盗られました!

その後、サイクルリキシャをまた拾って、
ホーリーゲート経由でヴィシュラムガートに行きました。

夕方で、ホーリーガート付近は人も車もごった返して渋滞してましたが、サイクルリキシャのおじさんはすごい勢いと大声で自ら交通整理をしながらぐんぐん進んでいきました。

ヴィシュラムガートでサイクルリキシャを降りると、まるで予約してたかのように男が現れて(また!)
頼んでもいないのにどんどん先導して案内しようとしました。

あとでガイド料ちょうだいと言うのか?と思って、でも、私たちの進行方向と一緒なので勝手にガイドさせといて、様子を見ていたら、プージャ道具一式を買うように手はずを整えていたので、まあ、買うのはいいけど、「私はあなたにガイド料を払わないといけないの?」と、聞いたら、
「自分はパンディットだ」
と、そのおじさんは言いました。

まあ、ほんとに坊さんぽくはあったけど、でも、あとで請求するんでしょ。と思って顔をじっと眺めたら目を合わせないようにそらしてたので、
まあ、そんなにたちは悪くなさそうだと思って、案内してもらうことにしました。

まあ、あちこちの寺を紹介してくれるので、右も左もわからないときにはこういう人がいるのは悪くはないです。

説明はヒンディーなのであんまりわからないですが。
しかし固有名詞はわかるので、ああそうか、と。

で、ヤムナー川のほとりまで行きました。

ああ、ここがかの有名なヤムナー川。。。

生まれたばかりの赤ん坊のクリシュナはこの川を越えて連れて行かれたんだと思うと、私まで歴史の証人になったような、そのクリシュナが運ばれた時の臨場感を感じました。

川の水に足を浸し、主名にも足をつけさせました。

プージャのセットを51ルピーかなんかで買って持ってきてたので、その場でヤムナー川へのプージャが始まりました。
むむむ、どのくらい後で請求されるんだろうとか、高かったら「私は頼まなかったんだからね」といって知らん振りをするつもりでプージャを受けました(笑)

プージャ自体は楽しいものなので、(花びらを川にささげたり、火を乗せたうつわを川に浮かべたり)最初から明朗会計だといいのにとか思いました。

結局、終わってから、そのプージャを仕切っ たお坊さんに2パターンくらいの料金というか御布施をいわれたので、51ルピー渡しました。

私は同じようなプージャをガンガーのほとりでしたときに、川の水を飲めと言われていちかばちかで飲んだのですが、ヤムナー川のプージャはガンガーのときほど切羽詰ってなかったので、のむふりだけにしてしまいました。
自然にはあっさりとは飲めないですよね。この茶色い水。

そのあと、建物の中に導かれ、若い僧侶が仕切ってる神像の前に座らされました。
そこでもプージャが行われました。
その若い僧侶もたちが悪くなかったので、3種類の料金のお布施(プージャ)の、真ん中のやつを頼みました。
なんだっけ、1回のプージャだと101ルピー、朝晩2回だと251ルピー、石版に寄付した人の名前を残すのが1001ルピーとかそんなだったと思います。
石に名前を残してもしょうがないので、251ルピーのにしときました。


ぜんぜんたちは悪くなかったです。
と、私には思われました。

こんな、半分だまくらかしてつれてくるみたいな形じゃなくて、みんなが行列を作ってプージャの順番を待つようなかんじになればいいのにと思いました。

すごく由緒ある場所なんだから。

まあ、そのプージャが効くかどうかは別として。

その若い坊さんも「いつもラデーラデーと唱えなさい。ラーダはクリシュナのハートだから」とか言ってて、
お礼を言って去ろうとしたときも「ラデーラデー」と答えていました。

そのあと、歩いて近くのドワラカディシュ?テンプルに行きました。
プージャの坊さんはまだ案内してくれていて、
テンプルの中でも本尊のクリシュナ像を見ようとして鈴なりになってる人たちに言って、私たちを一番前に行かせてくれたりしたので、なかなか使えるガイドぶりでした。

丁度夜のアルティの時間で、アルティの前後の様子を体験することができました。
よかったです。

やっぱりこういうのはいいもんですね。

アルティの後、プラサードの甘いご飯も配られたので、もらって主名と半分こして食べました。

そのころ、ガイドの坊さんの姿が見えなくなったので、人ごみで見失ったかな?と思ってちょっと待ったけど来なかったので、ガイド料わたし損ねたな、ま、あとでまた会うだろうと思って、行こうとしたら会いました。

で、ガイド料を請求してるのかしてないのかわからないけど請求してるっぽいそぶりだったので、わりとよかったので100ルピー渡しました。
そしたら祝福で頭をぽんと上からやられました。
祝福と言うより、向こうが思ってたよりも私が気前よく渡したので、
反射的に「おお、いい子いい子」とされた感じでした(笑)

半分だまくらかしてガイドをするのも大変だろうと思います。

そのガイドのおじさんと別れたあと、またヤムナー川のほとりに行きました。
7時半くらいからヤムナー川へのアルティがあると聞いたので。

しばらくガートの階段に主名と腰掛けて、みかんを食べたりしながら待ちました。

そしたらボートに少年たちが客を集めていたので、すでに乗ってる客の顔ぶれを見て、安全そうだったので私たちもボートに乗りました。

ボートで、川から、ヤムナー川の女神に対するプージャを見る趣向でした。

ガンガーでも同じようなことをやっていましたが、ガンガーは超有名なので規模もでかくて派手でしたが、ヤムナーはこじんまりしていて、なんだかすごくよかったです。

一緒にボートに乗り合わせた人たちも一人でアルティを歌ったり、マントラを唱え続けてたりと、それぞれが自分の世界で充実した時間を過ごしてました。

帰りはホーリーゲートの近くまで歩きました。

それまで私はずっとはだしでいたので、途中の靴屋で新しいチャッパルを買いましたが、ちょっときついので、はいてるうちに大きくなりそうになかったらまた買いなおすかもしれません。

ホーリーゲートの近くでまたサイクルリキシャを拾ってホテルに戻りました。

主名は
「今日はほんとに楽しかった」
と、まるでデートのあとの女の子のようなコメントを言っていました。
楽しんでいただけたようでした。

やむなー

ヤムナー川に祈りをささげて火を流す女性。空には十六夜の月。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

【2010/10/25 04:49】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
ああ、極度に疲れました。。。
列車の旅、2泊3日でしたが、真ん中の丸一日は今回2時間くらいな感じでした。
昼寝して起きたらもう夜だった、みたいな。

今朝、6時に起きて、6時40分にアグラーで列車を降りました。

すかさずホテルの客引きがやってきたので、
「アグラーには泊まらずマトゥラーに行くから」
と言ったら、
「マトゥラー?この列車はマトゥラーに停まるよ!?」
と、今わたしが降りた列車を指して言うので、え?と思って、
駅員に聞いたら「停まる」と言ってました。
40分くらいでマトゥラーに停まるそうな。

でも、また乗っていいものか判断できず、駅員も何も言わなかったのでぐずぐずしてるうちに列車は発車しました。

で、さっきの客引きがやってきて、アグラーに泊まって観光して昼の列車でマトゥラーに行けばとか、いろいろアイデアを出してくるので
「タクシーで直接マトゥラーにいくから」
と言ったら自分のところのタクシーに乗れというので、
いくらか聞いたら1200だか1300ルピーだか言うので、
わたしのイメージでは400ルピーだったのでそう言ったらあきれられました。

おかげで離れて行きましたが、
また戻ってきて、10分後にマトゥラー行きの列車が来るから、その、1Aの席に乗ったらいいよとか言ってきて、何回も念押しして言うので、お礼を言って別れた後、
その列車が来たときに売店のおじさんに確認したら、その列車はマトゥラーには停まらない列車でした。

たぶんその客引きは意地悪を言ってみたんだろうと思います。

でも売店のおじさんに聞いても、タクシーはマトゥラーまで1000ルピーくらいと言うので、
じゃあ、列車で立っていこうか、早くて安くて楽そうだし、(2等ならたぶん数十ルピー)と思い、
30分後に来たこんどこそマトゥラー行きの列車に乗り込みました。


発車をを待ってたら車掌が来たので、空いてる席のチケットを売ってもらおうと思ったら、
「チケットカウンターで買ってきなさい。さもないとペナルティーをとるから」
とかいわれました。

適当に乗ってる人もいっぱいいそうなのにと思いましたが、ペナルティでまた1000ルピーとか取られるのもなんなので、とりあえず列車を降りてチケットカウンターに向かいました。
チケットカウンターは陸橋を渡った先だったので、
荷物を持って上って降りたらもう疲れました。

そこにオートリキシャのドライバーが来たので、チケットカウンターの場所を聞きましたが、
わたしもまたいろいろ記入してチケットを買うのも、また荷物を持って陸橋を上り下りするのもだるかったので、
ドライバーが「バスが快適だよ。バス停まで80ルピーでオートで連れて行くから」というのにのりました。

ブログで心配させるのもなんなので今になって書きますが、
出発の日に生理になって、生理のときってわたしの場合、変なバイブレーションがてきめんに作用して、見事にへんなことがいっぱい起こるので、
プッタパルティにいるときも最初の3日間はなるべく出歩かないようにしてて、ダルシャンもだいたい休んでます。
寺とかプージャとかには生理の最初の3日間は行かないようにとよく言われますが、
さもありなんというかんじです。

たぶん、今回の列車の席がグレードアップされて、コンパートメントという隔離空間ですごすことになったのも、だからじゃないかと思います。
おかげで、エアコンなしの2等なら絶対来る、こじきも変なものをいっぱい売りに来る人も、狭い通路でアクロバットをする子供たちも、場所代を集めるおかまも1等車両にはまったく来ませんでした。
お茶さえもほとんど売りに来ませんでした。
おかげで何も邪魔するものなく、いつもなら列車が停まるたびに外の駅に気分転換に遊びに出るのですが、今回は一度も外に出ず、ひたすら寝てました。

邪魔しに来るものと言えばシュナくらいのものでした。
(主名は昨日の夜、3本目の歯が抜けました)

で、今日は3日目だったので、思考能力もいっさい働かず、体もふらふらと、初めての場所に行くには最も適していない状態でした。
だから、気をつけて、安全なようにこころがけていました。

ふつうなら生理が終わってから旅行をはじめるように調整するのですが、今回はダサラが終わったらなるべく早く出発するようにという指示を感じたので、チケットが取れ次第出発しました。

で、もうバスでいいやと思ってオートでバス停まで行き
(たぶん相場は80ルピーよりもっと安かったと思いますが、値切る思考すら働かなかった)
マトゥラーバイパスと言うところに停まるという、デリー行きのバスに乗りました。

そしたら、駅でぐずぐずしてるうちにラッシュの時間になったのか、だいぶ渋滞していました。
1時間くらい走って、その間わたしもシュナもうとうとしてたのですが、1時間後に道路の表示にマトゥラーまで51キロとか書いてあったので、1時間、ほとんど動いてなかったみたいです。

その後どこかのロータリーで停まったときに、ドライバーがギアを取り外して修理し始めました。
しばらくして直ったみたいで、また走り出しました。

クラクションが強烈で、これ、二日酔いだったら死ぬな、という激しさでしたが、二日酔いではないわたしも頭がガンガンと痛くなってきました。

そのうち、マトゥラーバイパスに着いたみたいで、ドライバーと周りの人が(後ろの席のおじさんがすごく親切で、気を配ってくれてました)教えてくれたので、先にシュナをおろして、次にわたしがスーツケース(小さいやつですが)を持ってバスから降りようとして、通路に置かれてる荷物などをまたぎながら、みんなを待たせてるのであせってステップに行くと、
スーツケースの重さに弱った筋力が持ちこたえられずに、バランスを崩してスーツケースごと高いステップから転がり落ちました。

こんなに見事に転がり落ちたのは何年ぶりだろう、というかんじでしたが、見てた人たち(バスの中の人たちも外の人たちも)もびっくりしてました。
気力も体力もなくて立ち上がれなかったので、2人くらい来て助けてくれるのを待って立ち上がり、
むちゃくちゃ心配そうに窓から見てた親切なおじさんに弱々しく笑顔を送って、バスから離れました。

おじさんはどっちの方向に行ったらいいか教えてくれていたのですが、道路を横切る気力も起きず(もしかしたらバスの席から立ったときに貧血になってたのかも)オートリキシャでホテルまで行こうと思ったのですが、
空のオートが来る前に、サイクルリキシャがわたしを見つけて近づいて来たので、めぼしをつけてたホテルまで50ルピーだと言うのでそれに乗りました。

乗ってから、サイクルリキシャは速度が遅いということに気がつきました。(笑)
オートだったら速くて、20ルピーくらいだったろうなーと思いつつ乗ってました。

めぼしをつけてたホテルは2つあって、ひとつはたぶん外人観光客にも人気がありそうで川沿いでロケーションもよくて安いホテル、もうひとつは3つのホテルをチェーン展開?してる、小金もちインド人が好みそうなもう少し高いホテル。

リゾート好きなわたしの選択では川沿いの眺めのいいホテルなのですが、脳も知恵も筋力も働かないので直感に聞いたらチェーン展開の高めのホテルと出たので、わたしがこんなだし、リゾート風よりも安全策なんだろうと思ってチェーン展開してる街中のホテルに行きました。

で、レセプションで聞いたら、800ルピーのエアコンなしの部屋は空いてなくて、1200ルピーのエアコンつきの部屋しか空いてないというので、一泊500~600ルピーくらいで考えてたので、1200ルピーは高い気がしたので(どうせエアコンは使わないし)、じゃあ、しょうがないからリゾート風のほうにいこうと思い、
いったんそのホテルを出ましたが、
思い直して、引き返し、明日以降にエアコンなしのほうの部屋が空くかと聞いたら空くというので、一泊だけ1200ルピーの部屋に泊まり、翌日以降はエアコンなしの部屋に移ることにしました。

でも、部屋がきれいなのは必要なので、疲れてるときには少し高いとこに泊まったほうがいいです。

レストランの食事もそれなりにおいしく食べられました。

服なんかも明日まとめてランドリーサービスに出して洗ってもらいます。


一息ついて、メールチェックし、昼食のときに、ここに来た目的の人に携帯でしたら、自分もちょうどマトゥラーにいるから、4時にそっちに行く、とのことでしたので、それまで軽く寝ました。

4時くらいにその人らが来て、必要なことをチェックしたりして、あと、わたしが書き込んだりサインしたりしないといけない書類があるので、ブリンダバンに来てと言われたので、やっと疲れが抜けかけてきたとこだったので、
今日行くか明日行くか迷いましたが、こういうことはさっさと済まそうと思い、ルームサービスで頼んできてた飲み物をさっと飲んで、すぐにタクシーでブリンダバンに出発しました。

さすがに疲労感が濃く、幸いシュナは元気でしたがタクシーの中でよく寝てました。

マトゥラーは、アグラーから来たときに、木々の感じが変わってやさしくなったような気がしてなんだか感動しましたが、街中に入るとやっぱり人の喧騒で疲れる感じでした。

タクシーでまたマトゥラーを離れると、また、人家が少なく、木々が多くなってきて、まさにクリシュナがいたときのことを大地と木々が記憶していて、そのときのままの喜びをたたえているかのように感じました。

その木々の間からクリシュナと、牛飼いの子供たちがひょっこり出てくるようすが思い浮かぶようでした。

巡礼の人々も多く、やはりビシュヌ派(クリシュナはビシュヌの化身とされています)はシヴァ派よりも穏健な感じなのでしょうか?
よくわかんないですけど、いいかんじの誠実な雰囲気の巡礼の人たちが多いように感じました。
(わたしのシヴァ派のイメージはファンキー&パンキーです)

ブリンダバンに近づくにつれ寺の数も増えてきて、タクシーは路地のような小道をけたたましくクラクションを鳴らしながら進んでいきました。

狭い入り組んだ路地はベナレスを思い起こさせましたが、ベナレスよりもやはり穏やかな雰囲気です。
時々西洋人も見かけました。人々は「ラデー」と挨拶したり、注意を呼びかけたりしていました。
ラーダクリシュナのラデー、ですよね。インドは広いな。

途中で工事中のため、タクシーが入れず、タクシーを置いて、徒歩で目的地に行きました。

目的地に目的の人物はいなかったので、彼がくるまで、近くの寺に行きました。
わたしは生理3日目なので、ドライバーと主名だけ中に行かせて、わたしは寺の入り口から中を覗いてお参りしました。
巡礼の人とかにも体が当たってへんなものを移さないように気をつけました。

外からでも、ザアッと浄化されたような気がしました。

しかし、こういうサイクルがあるのって疲れますよね。
昔は痛みがひどくて、3日間寝込んでたので、外出どころではなかったのですが、出産後は痛みはあまりなくなりましたが、でも、あまりいいことは起こらないので結局あまり人に接触しないようにしてます。

おりしも今日は満月。
狼男の逆バージョンですわ。

目的の人が戻ってきたので用事を済ませました。
その事務所に「ハリボール!」と言いながら入ってきた白人女性もいました。
いろんな挨拶があるもんだ。

私たちはまだあと10日はこっちに滞在する必要があるようで、連絡事項もあるし、こっちの安いとこに移ってきたら?と言われたので、部屋を見せてもらって、とりあえずokしました。
某アシュラムのゲストルームで1日200ルピーくらい払えば充分みたいです。

しかし、個室をもらえるとはいえ、ブリンダバンの濃厚な雰囲気の中に入るのはちょっと苦行になりはしないか?という気もするのですが、(苦行はしたくない。さわやかな環境でのリゾートがいいです。)

やはり脳が死んでるので、直感に聞いてみると移るようにとの事だったので、まあ、そういうことにしました。
この直感が曲者で、
時々、あえてわたしを窮地に追い込むように導くのです。

あとで俯瞰すると、ああ、全部必要だったと思えるのですが、ほんとにいやです。が、
それに逆らえるようなものも持ち合わせてないぐにゃぐにゃな私でした。

どういう風に窮地に追い込むかというと、たとえば具体的に、だれそれにビザのことを頼むようにという指示があって、その指示通りに「いいロウヤー(弁護士)知ってますか?」と聞いたら、「なんで彼のことを知ってるの!?」と驚かれて、地元でやり手な「ロイさん」を紹介されて、
そのロイさんにお金を持ち逃げされたこともありました。

そのときは自分では窮地に次ぐ窮地でした。

何せ、ビザの期限が切れてもロイさんが次のビザをくれなかったので、2ヶ月くらい不本意ながら不法滞在してましたから。
その待ってる間もロイさんとのやり取りですっかり情緒不安定と人間不信になり、しかし直感の声は「大丈夫だから安心しなさい」と言い続け、自分の不安感とのせめぎ合いのうちに2~3ヶ月が過ぎました。

結局間に入ってくれた知り合いのインド人男性のおかげで1年ビザを頼んでたのですが3ヶ月ビザだけもらえて、とりあえず不法滞在ではなくなったものの、もうすでに2ヶ月過ぎてたので、残り1ヶ月。

そんなのはすぐなので、「そのときになったら次のをあげるからね」と言われ、そのときにロイさんの店に行ったら
「金曜日まで閉店します」の張り紙。
金曜日に行ったらその張り紙すらなくなってて、遅まきながら彼が逃亡したことに気がつき、
その時点でビザの残り2日。

なので、他の人たちのアドバイスを受けて、とりあえず国外へ!ということで、
荷物をまとめてバンガロールにタクシーを飛ばし、バンガロールの旅行代理店で数時間後の日本へのチケットを購入して、日付が変わるころにイミグレを通過して、無事インドを出国しました。

結局、そのときは初めて経験するインドの酷暑期だったり、強烈なロシア人との(向こうは向こうで私を見るとババに祈って助けを求めていましたが)精神戦も苛烈で、インド滞在のストレスもものすごくたまってて、心身ともに限界だったので、日本に一度強制的に帰ったことは結果的にはリフレッシュできてすごくよかったのですが、
(じゃないと、帰るのは負けみたいな気持ちがあったので、強制的じゃないと帰れなかったです)

ああ、ずいぶんカルマ解消しちゃったよ。そんなのしたくないのに、という感じです。
でも最初にロイさんに会ったときに、いわゆる知り合いのような感じがして、彼は頭は切れるけど悪いこともせざるを得ない状況になってるんだな、大変だな、とか思いました。
まさかこっちにもとばっちりが来るとは思わなかったのが私のめでたいとこですが。

つまり何らかの必然的な理由があって彼とかかわったことは感じました。

ちなみに彼は私のビザの件だけで逃げたのではなく、いろんな人(特に外国人)から多額のお金を集めて自分のビジネスをやろうとしてたのですが、それがうまくいかなかったみたいです。
で、怒った西洋人が警察に行ったので逃亡しました。
そのタイミングに、ビザを頼んだわたしも巻き込まれた感じです。

自業自得と言えばそうですが、ロイさん本人も、かかわった人たちも、気の毒と言えば気の毒です。

プッタパルティで、毎月、銀行よりもたくさんの利子を上げるから個人的にお金を自分に預けなさいといわれて、いったん預けたら、必ずと言っていいほどトラブルになっています。
外人だけじゃなく、テルグーを話す地元の知人も同じケースを体験しています。
また、そういうふうに預けろと言う人が多いんです。
そういうお金の集め方がはやってんのか?と疑問に思います。

しかしおかげでビザに関してはずいぶん神経が図太くなりました。


それはいいのですが、今日、帰ろうと、タクシーまで歩いていく途中に背後から何者かに襲われました。
びっくりする暇もなかったです。

それはでかいサルでした。

サルが後ろから頭に飛び掛ってきて、私のめがねを盗っていきました。

うそ、、、ひどすぎる、、、と、思いました。

めがねを盗るときにサルは私の目の下も引っかいていきました。

痛い、、、。

主名が「血がちょびっと出てる」と、びびってました。

すると、どこからともなく現れた男が、やはり驚いてるタクシードライバーに指示したらしく、ドライバーが「10ルピー頂戴」というので、
わけがわからないまま目も見えないまま10ルピーを渡すと、ドライバーは近くの売店からビスケットを買ってきました。

男はそのビスケットの包装をやぶってサルに投げ与え、サルがビスケットに手を伸ばして、めがねを離したときに脅かしたので、
サルはめがねを置いて逃げていきました。

男はそのめがねを拾ってわたしに返してくれたのでお礼を言うと、「50ルピー」と言われました。
ドライバーは「そりゃないだろー」という感じで、その男としばらく言い合ってましたが、
結局そこで出すような別の感情もすでに枯渇していたので、50ルピー渡しました。

あの男がサルを仕込んでるんじゃなかろうかと疑わしく思いました。

ああ、今日の私は満身創痍です。。。
てほどでもないですが、そんな気持ち。

バスから落ちてひじはすりむくし、両膝は打つし、サルに顔は引っかかれるし。

噛まれたわけじゃないから、狂犬病は大丈夫と思うけど、、、、大丈夫だろうか?
とか思い、またわたしのあやしげな直感に聞くと「洗ってビブーティーを塗っとけば大丈夫」というのですが、
信じがたく、もういいよ、死ぬなら死ね、わたし。でも、狂い死にはいやだ。と思ってホテルのフロントの人に言って、「注射とかしなくて大丈夫ですか?」とか聞いたら、
「ドクターは、エイズを持ってるサルがいると言ってるから、明日の朝、ドクターに見せたほうがいいよ」
と、彼も驚いて、予想以上に恐ろしい情報をくれました。

いろいろいやになって、部屋に戻って少しめそめそしました。
主名が「泣くな!」とえらそうに言うので「あんたなんか元気やん!」と逆切れしときました。


でも、なんかどうでもよくなってきたので、たぶん医者には見せないとおもいます。
インドで注射を打ってもらうほうがむしろエイズにかかる確率が高そうだし。


一応明日は4日目なので(生理が)浄化が終わってむしろ普段よりいい状態になるんだそうですが、
げに恐ろしきは生体のシステムかな。サルまで呼ばなくていい!
この旅行、そんなにカルマ解消しないといけないわけ?

明日はもう一泊今のホテルにいて、あさって、某アシュラムのゲスト室に移動しようかと思ってます。
ディープになりすぎな気がしてちょっと心配です。

デリーで買い物したりする予定もあったのですが、どうも、今日の話では、幸いというかなんというか、デリーに寄る必要もなくなったみたいです。。。

ああ、わたしのビザ取りリゾート旅行計画はどこに。モルジブ、、、。

すいません、吐き出しブログで。
おかげで吐き気がおさまって気分がよくなってきました。
食欲も出てきました。
どうもサルに襲われたのは自分で思ってたよりもショックだったみたいです。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/24 01:11】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
到着しました。
とりあえず、マトゥラーにつきました。
昼ごはんも食べたし、ちょっと昼寝して休もうかと思います。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/23 17:46】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
出発の日
昨日は出発1時間前にも部屋が壊滅的な散らかりようだったので、どうするんだ?とか思いましたが、
最終的にはなにもかもうまくいって、
最後にはパソコンを買ったネットカフェでたずねたいことも聞いてセッティングしてもらう余裕も見せ
(とはいってもすでに列車の出る40分前くらいでしたが)

知り合いが夕食や飲み物なんかも持たせてくれて、駅には列車の出る20分前くらいに着きました。

そしたら列車は20分遅れてくるということだったので、シュナはサウスに食べに行かせてたのですがわたしは夕食がまだだったので、知人の持たせてくれた焼き飯を駅で列車を待ちながら食べました。
食べてたらシュナもまた食べたくなったようだったので分けて食べました。

この3日間は感情の起伏が激しかったです。
ホルモンバランスの変化もあるでしょうが、
旅行で知らない場所に行くのにうきうきした自由な気持ちになったかと思えば、
翌日にはイライラして、
何でわたしの人生はこんなんなんだ、、、、と虚脱し、

昨日は体調がいまいちだったので準備もなかなか進まず、2回くらい涙しつつ、ほとんど超自然の力に旅行準備を任せてたのですが(笑)オートリキシャに乗って、プッタパルティの町を離れていくにつれて楽しさと感謝の気持ちがこみ上げてきました。

やっぱり時々住んでる町を離れるというのはいいもんですよね。

ちなみにシュナは昨日は自主的に学校を休んで、自分で自分の荷物をきちんと作ってました。
わたしよりもずっと先に荷物をリュックにつめて完成させ、うかれてしょって歩いてるので、
いらつくのでわたしから見えないところに行かせました。

シュナのこのこまめさは絶対父親譲りだと思います。

わたしはというと、自分の場に他人がいるとそれだけでもう頭がぐちゃぐちゃになって錯乱するので、右のものを左にして、左のものを右にするくらいしかできません。
シュナを夜に一人でサウスインディアンキャンティーンに食べに行かせて一人になってやっと、
フィールドがまとまって、部屋中に広がった混沌としたものが超自然的にうずをまいてスーツケースへと収斂していきました。

そうなるといろんなことが自然にうまく運んでいって、出るときに何気に入れた一本のスプーンで、そのあと知人がくれたフライドライスを食べるなど、適切になってきた感じでした。

駅で列車を待ってると、列車のはいってくるホームが向かい側に変更されたとのことだったので、頼んでたクーリーについて、向かいのホームに移動しました。

いいにおいの花などを拾いつつ平穏にべんちで列車を待ってるとぽつぽつ雨が降り出しました。

横の木の下に移動しても雨脚はどんどん強まり、ついにどしゃぶりになりました。
他の場所から来た人たちもしばらく同じ木の下に避難してきて集まって立っていましたが、そのうち雨が防ぎきれずみんなずぶぬれになりました。

わたしは傘を持ってたので、
シュナと荷物とわたしは集まって、木の下のさらにかさの下に入ってましたが、
普通のかさなので全部はカバーできず、濡れるのはしょうがないから濡らしときました。
屋根のあるところまで避難したら、列車が入ってきたときに乗るのが間に合わなさそうに思ったので、そこでがんばって立ってました。
気の毒にクーリー(荷物を運ぶ人)はかさもなくて上着を脱いでかぶってただけだったので完全にずぶぬれでした。

さすがにパソコンを水浸しにするとまずいので(またすぐに壊したら今度はちょっと補償してとも言いにくい)
パソコンはなるべく濡らさないように傘に入れてました。

みそぎですか、、、
とか思いました。

木の下で立ってたのですが、その木には大きな黒いありがうじゃうじゃいて、噛まなかったのでよかったですが、
その大きなアリたちがわたしたちも木のように扱ってどんどん上ってきてズボンのすそなんかからも入ってくるのが困りものでした。

傘から出さないように荷物を抱えてるので自分で払うこともできず。
なので、クーリーと主名がありを払ってくれましたが、あまり効果なし、というか、次々きりなく上ってきてました。

さらに列車は20分くらいは遅れたんじゃないでしょうか。

20~30分くらいどしゃぶりの雨の下でそうやって耐えて、列車が来るころには雨は少し小ぶりになっていました。

クーリーが座席番号とか見てくれるので、それに続いて列車に乗り込んで、やれやれ、と思ったら、席には先客がいました。

車掌が確認して、その先客のチケットも正しかったようなので、
わたしたちは別の車両に行くように言われました。

そうこうしてるうちに列車が動き出したので、クーリーは降りないといけなくなって、最初は40ルピーで話をつけてたのですが、ずぶぬれになって一緒に列車を待ってくれてたので100ルピー渡しました。

クーリーが降りた後は2つ分の車両を自分で荷物を持って移動しました。
案内してくれた車掌はりんごだけ持ってくれました(笑)

案内された先は1Aの席でした。

今回、わたしは気力体力ともに減退してたので、普段は乗らないエアコンつきの2等の席のチケットを取ったのですが、(普段はエアコンなしの2等寝台が多いです。何しろ安いので)
それが1等、飛行機で言うとファーストシートにグレードアップされたようでした。

この席は値段も飛行機並です。

4人が一部屋のコンパートメントになってます。
わたしがまともに1等の席を7歳の子供にも確保してやってると思ったらしい同室のおじさんは仰天していました。

傘からちょろちょろ出てびしょぬれになったシュナは列車に乗って服を着替えた後にも咳が出てましたが、前回のデリー行きで多少賢明になったわたしは今回は喘息対策の薬を持ってきていたので、今はおさまりました。

わたしはというと、今朝、列車内のバスルームで水浴びしようと、すっぽんぽんになって洋式便器に座っているところをどこかのおじさんにドアを開けられました。

やはり判断能力が普段の4割くらいしかないみたいで、外からでも開けられる鍵しかしてなかったことに後で気がつきました。

しかし、開けたのが同じコンパートメントの人じゃなくてよかったです。

今は2日目の昼です。
明日の早朝に降りる駅、アグラーに到着予定です。



【2010/10/22 16:22】 | マトゥラー&ブリンダバン | トラックバック(0) | コメント(0) |
旅行準備はいいですか?
しかしいつも間際にならないと準備ができないというのはなぜですかね。

明日21日の夜の列車で北インドに行ってきます。
完全に遠足気分で楽しみです。

今日はトラヨダシプージャもあったけど、明日の準備が間に合わないのでパスしました。

夕方6時半くらいにアシュラムに行ったらババが来てました。
ちょうど、プラサードを配るためにホールの外の部屋からホールに運び込んでいたので、道が通行止めでぎゅうぎゅうになって汗だくになりました。

通行規制が解除されてから女性側からホールに入りました。

本とはシュナは7歳になったので、女性側では男の子の隔離席に座らないといけないのですが、まだセキュリティに気がつかれてないので普通に女性に混じって座りました。

今度北から戻ってきたらもうやめたほうがいいですねたぶん。

ババは両手ブレスをしていました。
今日のプラサードはラドゥーでした。

ババはアルティの後もしばらく音のない中、前に座り続けていました。

しばらくして、自宅に帰っていきました。

わたしたちも今日は明日の準備をするため、家でご飯を食べることにして、部屋に戻りました。

列車の中で食べるナッツとか果物とか買いました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/21 00:46】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
モバイルブロードバンドサービス活躍中。
今朝は主名を学校に送り出しました。

今日は学校、あるはずなんですけど、帰ってこないところをみると、学校、今日はあったみたいです。

そのあとわたしはアシュラムに行ってガネーシャとムルガンのお寺の周りをくるくると回り、アルティをみて(ババは来ず、人もすごく少なかったです。たぶん昨日の夜にババが外出したから、みんな、今朝はダルシャンないだろうと踏んだのでしょう)部屋に戻りました。

部屋に帰ると停電で、
昨日買った、モバイル型のインターネットに接続するやつ(箱にはモバイルブロードバンドサービスと書いてます)は大活躍です。
電話線を使っての接続だとモデムが電気が必要なので停電のときは使えないんですよね。

ただ、モバイル型のこの買ったやつは民間の会社なのであくどいかんじで新製品を出すので機能的に買い換えないとしんどくなってくるといううわさもありますがうわさじゃないかと思います。

政府系のBSNLもモバイル型のネット接続をやってる(売ってる)らしいですが、どうなんでしょうね?

BSNLよりも近所のネットカフェ経由でこういう機器を買うと、何かのときに比較的迅速にサービスが受けられるのでストレスが少なくていいです。

BSNLは我々のカルマの解消のために存在しているかのようなサービス態度で、馬鹿にするは隠れるわ混乱させられるわで、カスタマーサイドとしてはかなり苦行の色合いが濃かったです。
苦行なんかしたくないですからね!

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/20 13:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ、夜のドライブ。
ああ、すでに夜遅くです。

21日の夜10時くらいの列車で北インドに行ってきます。
今日、チケットも手に入りました。

最近体調が万全じゃないので、ちょっと自分を甘やかしてエアコン車両の席にしました。
値段はたぶんエアコンなしの寝台車の4倍くらい
(2人で3700ルピーくらいだっけ?7000円くらいです)ですが、客層が違うので気分が楽なんですよね。
ベッドの幅も広いし。
エアコンは要らないんですが。

北インドの目的地には23日の朝6時台に到着予定です。
2泊3日の列車の旅。

今日の夕方は6時半くらいにアシュラムに行ったらもうアルティが終わったみたいでみんなぞろぞろ出てきていました。
でも、ガネーシャのお寺におまいりするのもいいんじゃない?と思って、主名をつれてアシュラムに入って、お寺でおまいりだけして外に出ました。
今日は夕食はすでに部屋で作ってあったので。
そのあと証明写真を撮りに行ったり、お金を下ろしたり、ネットカフェに行って、モバイル型のネットのなんていうんですか?ピッとさしこんだらインターネットの接続ができるやつも買いました。
旅行準備というわけです。

今もそれを使ってしてますが、なかなか早くて快適ですね。
タタフォトンというやつの最新バージョンです。
BSNLのほう、もう止めちゃおうかな。
BSNLと速さは5GB?でも大差ないです。10GB?にもグレードアップできるみたいだし。
BSNLはしょっちゅうしょっちゅう接続不能になるし。
まあ、しばらくどっちも使ってみます。

しかしスティックがパソコンから飛び出してるので、主名がむりやりむしりとろうとしたのであわてて止めました。
パソコンも、こういうネット接続機能がパソコンにもともと内蔵されてるような感じにはならないんでしょうか?
もうなってるんですか?
私は現代日本の現状を知りませんけど。


こういうモバイル型だとコードがないのがいいですよね。
コードがごちゃごちゃしてると頭の中もごちゃごちゃしてくるので。


今日は、ラップトップのパソコンにカメラがついてることも知りました。
なんだこのスナップ?みたいに思ってたのですがカメラだったとは。

ネットカフェでそのモバイル型のネット接続のスティックをパソコンにセッティングしてもらってるときにババが表を通りました。

もう夜の7時半だったので、みんなが驚いてました。
急いでネットカフェの大きな窓から通りを見下ろすと、ババの乗った車がちょうど通り過ぎていくところで、
過ぎ去る車の助手席の中にババのオレンジ色のローブと手が見えました。

どうやらババの降誕祭準備の進むスタジアムの視察という巷のうわさです。
そうかー。降誕祭ですかー。

ことしは5年に一回の大規模降誕祭なのでどうなることか考えたくもない感じ?
宿泊施設みたいなのもじゃんじゃん新設されていってますし。

もしそのとき私がプッタパルティにいたら、丘の上から眺めようかな。

ババは帰りは別の門からアシュラムに戻ったみたいです。

今日、証明写真を撮って、それが出来上がるまでに店の人がどこかのインド人のおじさんの証明写真をどのように修正するかを逐一観察しました。

いやあ、器用にやるもんですね。

どこかのインド人のおじさんのぎょぎょっとしたかんじの顔は店の人によって全面的に修正されて、つるりとしたきれいな色白になってました。

あんまり私が熱心に見てるからか、パソコン(フォトショップ)で修正してた写真屋の人はやりにくそうで、ちらちらこちらを伺いながらも、手早く的確に修正してました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/20 03:29】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
あの~、学校は?
今朝、主名を起こして学校に行く用意をさせましたが何をするにものろのろしてるので、
ああいやだと思いながら叱咤して、やっとの思いでオートリキシャに乗せて学校に送り出しました。
ああやれやれと思って自分の用事を済まそうと部屋に帰りかけたら、

そしたらオートリキシャは数メートルいって戻ってきて何かいうので聞いたら、
ドライバーの子供たちも同じ学校に行ってるけど、今日はまだ学校休みだよ、とのことでした。

なのでがーーーーっかりして、ドライバーにお礼に10ルピー上げて、主名と一緒に部屋に戻りました。

、、、、あんた、学校がいつあるのか知らんのか?
と主名に聞いたらしらんとか言ってました。

昨日来た同じ学校に通ってる子が「明日から学校だよ」と言ったので用意させて今朝は送り出そうとしたのですが。

部屋に帰ったら、昨日買った王様セットを身につけて、別人のように生き生きと暴れまわる子供がそこにいました。(鏡で自分の姿をチェックしながら)

昨日けんかをしたその子と仲直りをするという名目で、王様セットを見せびらかしに、主名はその子の家に遊びに行きました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/18 19:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴィジャヤダサミと7歳になった主名
今年はヴィジャヤダサミ(ダサラの最終日)と主名の誕生日が重なったので、きっとすごい人ごみだし、バースデーシートはもらえないだろうなーと思ってて、思ってただけじゃなくてバースデーシートの許可証みたいなカードをもらいにいくのも忘れてました。

ま、一瞬ババ見たらそれでいいよね、くらいに思ってたのですが、(誕生日にダルシャンを受けるとすごくカルマの解消になるとかいう話です)
昨日の晩に、誕生日を翌日に控えてわくわくしてるらしい主名に

「明日ダルシャンいくのに何時に起きる?」
と聞いてみたら、
「8時!」
と、あまりにも気合の入ってない答えだったので、だめ親子って感じだなーと思いましたが、
実際8時くらいにおきて、10時くらいまで2人で部屋の掃除をしてからダルシャンに行きました。


アシュラムに向かうと、人がぞろぞろ出てきたので、
「まさか終わっちゃった?」
とか思ってちょっとあせりましたが、
ババはまだ来ておらず、ババなしのアルティが終わって、待ちきれない人たちが帰っていくところでした。
サイクルワントホールのほうは、そのように空っぽになってたのですが、
ヤグニャをやってるプールナチャンドラホールのほうにはまだ人がどんどん増え続けていて、みんな座ってババの登場を待っていました。

そのうちヤグニャが始まっていましたが、
私たちは朝食を食べにウエスタンキャンティーンに行きました。(やる気あんのか!?)

ところが、今日は行事だし、ウエスタンの朝食はお休みみたいだったので、パン屋にトマトブレッド目当てに行きましたがやはり行事の日は特に行列でもあり、目当てのトマトブレッドもなかったので、主名はがっかりして、
ぐにゃぐにゃになりましたが、そのまま芝生に行って、(流浪の民のよう)
とりあえずココナツを飲んで、その後、いつもは与えるのを渋るカップラーメンを売店で買って食べさせたら上機嫌になりました。

私はほんとはノースで普通に食べたかったのですが、私も今日は選択の余地なくラーメンを食べました。
その後、ババが来たころにホールをのぞきに行こうと思ったのですが、
ヤグニャ最終日なのに今朝はババは来なくて、みんながっかりした表情でぞろぞろホールから芝生のほうにやってきました。

そのあと、どうせもらえないだろうけど、バースデーシートの申請に行こうと思って、ローカルのアコモの奥の部屋に行きました。

そしたらバースデーシートをあげる責任者がいなかったらしく、
若いスタッフに「3時半にここにまた来なさい」といわれました。

なのでその場を去って、主名は先に部屋に返し、わたしはアシュラムの外の店に注文してたケーキをとりに行きました。

主名はローカルの、新しくできたケーキ屋さんに頼んでみたいといってたのですが、土壇場になってやっぱりハヌマーンヒルロックカフェのケーキがいいと言ったので、そこに頼みました。

ローカルのケーキ屋は安いので「いいよー」と2つ返事で了解してたのですが。
ハヌマーン~だと、5倍くらいの値段と思います。

まあ、それをもらって帰ると、主名は部屋でお菓子とか出してすでにもてなす用意をしていました。

なので、来るといってた男の子に電話したけど、携帯をお父さんがなくしたらしくつながらなかったので主名に直接迎えに行かせました。

別の、女の子の姉妹も呼んだら、30分以内に来てくれるとのことで、あら、ありがたいね、と思いました。

男の子が2人来て、女の子の姉妹も2人、と、そのお母さんも来てくれて、主名の人生始まって以来の、子供たちの多い誕生日になりました。

今までは私と2人で、とか、その場にいた大人たちで祝う、とか、そういうのだったので。

なんだか感無量というか、親としての役目を果たし終えた気がしましたよ。(まだはやい)
あたふたしながら飲み物を出したりケーキを分けたりして、
ああよかったね、という感じでした。

その後、女の子は明日テストがあるというので姉妹とお母さんはバイクの3人乗り(もちろんノーヘル)で帰っていき、
男の子たちはまだそのまま遊んでいました。

そういえば、昼ごはんは?と聞いたらみんな食べてなかったので、
チベッタンレストランにポテトモモ(肉厚の餃子みたいなやつ)と、チベッタンブレッドサンドイッチを買いにいきました。

戻ったら1人へって主名ともう一人の子だけになってたので、
少しあまってしまった。

食べた後、主名に風呂に入らせて着替えさせて、もう一人の子は風呂はいいというので服だけ着替えさせて、2人にババへの手紙を書かせて(主なの友達は途中で書くのをやめたのでシュナが代筆してました)アシュラムに連れて行きました。

ローカルのアコモに3時過ぎに行ったのですが、そしたら責任者がバースデーシートをくれました。
主名はもう7歳なので男性側じゃないと前のほうに座れないのですが、女性側に行く私にもシートのカードをくれました。

2人の子供を男性側に送り込んで、私はいったんアパートに戻って風呂に入ってから改めて女性側に行きました。

そしたらいつものバースデーシートではなくてペーシェントシート(病人とかの席)の横あたりに座らされました。
2列目でした。
きっと少し早くきたら1列目だったみたいだなーと思いましたが、
なんせ私の誕生日でもないので文句を言える立場でもなく。
ヴィジャヤダサミの日に前のほうに座れるとは思ってなかったので、
今回ヤグニャほとんどでてないし、解消すべきカルマがたまってんのかな?みたいに思いました。

ヴェーダが始まるとこっくりこっくりしてきて、両隣の人が気にしてるのを感じたので、
ゆれないように座ったままがっぷり伏せて寝ました。

今日は前も後ろも強烈な人が座って、うーん、と思いました。
ハーブのインクを最近つけてて、そうしたらいつの間にか、あまり強烈な目に会わなくなってきたことに気がついていたのですが、昨日今日と、インクを突ける棒をなくしたのでつけてなかったらこのざまかー、というかんじでした。

そのうち斜めうしろの超強烈な人(ずっと住んでるロシア人)が私の横の隙間に座らせろと言ってきたので(無理じゃないけど狭くなるから自分の場所にいてほしい)、なんやかんや答えてかわしてたら、斜め前のインド人のおばさんが強烈な人におばさんらしく無遠慮な感じでなんか言ったのですが、そしたらもう、なんか空気がしんどくなってきてました。

後ろの彼女はしばらくどうも私の顔を凝視してたみたいですが、「もうあなたには頼まないわ」とか言ってました。
あーよかった。

幸い私の前の強烈な人(以前主名は座ってたら後ろから蹴り上げられた)は、おとなしく自分の世界に入ってましたが、最後のほうには私の斜め前のおばさんへからんでたので、斜め前の無遠慮だけど人のよさそうなインド人のおばさんはダブルで攻撃されてご苦労様という感じでした。

ああ、インドにいること自体がビッグサーダナとはよく言ったものです。

斜め前のインド人のおばさんはたしかに無遠慮でしたが、攻撃的ではないのでそれが何よりです。
後ろの強烈なきついロシア人は、最終的にはぐいぐいと両膝を私の横に入れてきてましたが、
わたしは対抗するというより動くのがだるかったので、かといって横へよって彼女を入れてあげるのも私の両隣に影響して迷惑だし、そのままにしてました。

さすがに2列目だったのでババはよく見えました。
ずっと遠くから見る日々が続いていたので、いきなり1~2メートルの距離で見ると、遠近感がおかしくなったような錯覚に陥ります。

ババはサイクルワントホールをぐるっと回って、確かいったんバジャンホールの中に入り、そこから出てきて私の座ってるほうへまっすぐ向かってきて(そういう位置に座ってました)目の前で右折していきました。

曲がり際に、「抑えて抑えて」みたいなしぐさをしていきました。

わたしは、それは、後ろのロシア人の要求に屈せずにそのまま普通に座ってていいからね、というサイン、と、いうことにしときました。

ババがぐっと右折していくときに、自分の体というかエネルギーも一緒にザッと持っていかれるような感じがして、ぞくっと、ぞおっと?いい意味で体感しました。

ババはそのままヤグニャのやってるプールナチャンドラホールに行きました。
それを追っかけて多くの人もサイクルワントホールからプールナチャンドラホールへ移動しました。
後ろの(いまやほとんど横)のロシア人も、私や私の両隣や私の斜め前のおばちゃんを無言や有言で非難して捨て台詞を残して、ほとんど呪いつつ去っていきました。

自分の要求の正当性を疑うことはないのだろうか?
とも思いましたが、
私も彼女の性質を兼ね備えて内包してるので、疑うことはないことが分かります。

ああここはほんとに大変な世界だ、と思います。

温和であることがすごく難しい、この生き馬の目を抜いて血で血を洗うかのようなプラシャンティニラヤム(至高の平安の住居の意味)よ。。。

誰もが自分が正しいと思っていて(思っていたくて)、誰もが自分の正当性を実感したいために他人を非難します。
私もそのうちの一人なんでしょうけど、今日は感情的に巻き込まれるすんでのところで逃れた感じがします。
なので、負けん気の強いロシア人の彼女のこと、今後は私が彼女の何らかの意識を飛ばす対象になったかもしれませんけど、
しょうがないので、私は自分が自分のやるべきことをやって、考えるべきことを考えるしかできないということで。

気の毒に、私は一見温和で柔和なので多くの人が目測を誤るのです。
要求が受け入れられそうな雰囲気みたいです。

あはは、ごめん無理。と思ったときにはすでにショックを与えて嫌われてるという(笑)

今まで同じことを何度も繰り返してきましたが、
そういう役割なのかな(笑?)

プラサードは私の好きなオレンジ色のぷちぷちの集まったお菓子でした。

わたしは動くのがだるいのでそのままサイクルワントホールに座って、モニターでプールナチャンドラホールのババの様子を見てました。

ババはヤグニャをしめて、ホールから出てきてそのまま住居に帰っていきました。

私もホールの外に出て、チャッパルをはいてサウスの前で主名と待ち合わせをしてたので行ったら、最初、違う子を主名と見間違えて手を振ってしまいました。

そしたらそのうち主名のほうが私に声をかけてきました。

ぶすっとしてたのでどうしたのか聞くと、一緒にダルシャンに行った友達とけんかしたらしかったです。

「手紙は?失くした?」
と聞くと、1列目に座らせてもらえたので、ババが来たときに持っていってもらえたみたいでした。
2列目に座った、代筆した友達も持っていってもらえたみたいでした。

「すごいや~ん?」
と私は喜びましたがシュナはけんかで気分を害しててしかめっ面でした。

しかし、手紙、最初は好きなように書かしたら、
「きょうはぼくのたんじょうび。ともだちがみんなぼくのいえにあそびにきて、、、」
と、ほんとに普通の手紙になってたので、
「学校に入学させてくださいは?」
と言ったら
「あ」
といって、とってつけたように
「ババのがっこうににゅうがくさせてください」
と書いてました。

手紙は今までも結構とってもらってんですが、なかなかですよね~。

友達の分も成り代わって、
「ぼくもにゅうがくさせてください」
と書いてました。

なにしろ、そんなこんなで、ベストを尽くしたかもしれない主名の誕生日でした。


私って、ある種の人にとったらなんかひっかかって気味が悪いんだろうなとも思いました。
夕食のときも、斜め前に座った気の強い&サリー着用にもかかわらず、よく胸の谷間をのぞかせてる派手なアメリカ人?(彼女もたぶん部屋を買ってずっと住んでる)が、
私があらぬほうを向きながら食事をしてたらすごくこっちを観察してるのを感じたので、直接顔は見ずに彼女のほうに顔をむけたらはじかれたようにほかの人に向き直って意識をそらしていました。

なんなんですか。?

前、強烈に仲たがいをした別のロシア人もモデル並みのルックス&抜群のプロポーション&ファッション&気の強さでしたが、
そういう価値観を否定するようなオーラが私から出てるんでしょうか。

いや、わたしもそりゃ、美しいに越したことはないですが、
座ってても座れ座れと言われる座高の高さは開き直るしかないですから。
(ほんとによく言われる)


しかし今日はシュナをほめちぎってみたら、ウエスタンキャンティーンに忘れてきたクッションを走って取りに戻ってくれました。
ああ、いつも褒めちぎれるような心境であれるといいなあ。

誕生日だしおもちゃ買ってとか言うので、いろいろ言ってかわしてみましたが、かわしきれず、でもシュナの言うマシンガンとか手錠とかのセットはリアルすぎて私がいやなので、話し合って折衷案として二時代ほど時代をさかのぼって、王様の剣とたてとひじあてセットのあたりで交渉は成立しました。

対象年齢3歳以上でしたけど、喜んで寝るまでポーズを決めて遊んでました。

そういえば、新しいパソコンが来たので今朝から使い始めました。
前のパソコンは占星術師に使用前にプージャをしてもらったのですが、使い始めてから1週間ほどで壊れたので(高電圧が来たので)トラウマになったのか、占星術師は今回はプージャをしてくれませんでした。

即、成仏したということで、プージャが効いたと言えなくもないと思うのですが、(新しいのもただで来たし)

しょうがないので今回は私の私によるプージャだけで始めました。
でも、自分でやるプージャっていいなあと思いました。

自分のエネルギーがパソコンと混じっていく感じがして面白かったです。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/18 06:36】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヴィジャヤダサミ前日
今日はダサラ最終日の前日、つまり、ヴィジャヤダサミの前日です。

午後6時半ごろにアシュラムにいきましたが、さすがに人でごった返していました。
男性側のホールの外の通路が人が詰まっててなかなか通れない。。。

そうこうしてるうちにアルティになったので、結局中には入らずに、シーターラーマの像のところからババとアルティを見ました。

ババは両手ブレスをしていて、いつまでも人々が「ジェイ!」とか言ってもりあがっていました。


しかしホールの外から見てたので、シュナは今日はサウスで夕食を食べたがったので行ったのですが、ババが去ってからすぐにサウスに入れてよかったかも。

うっかり忘れていましたが、お祭りのときのサウスはすさまじかったんでした。

慣れてないころは普段のサウスでも胸がふさぐかんじがして、ローカルの圧力を感じましたが、最近はまあまあ慣れました。
しかしシュナは小さいので何をするにも巨大な(シュナから見たら)人々にもまれてつぶされたり、流されてどこかに行ったりしてました。
まあ、最近はウルトラマンをよくユーチューブで見てるし、いながらにして怪獣みたいなのと対決できてそれもまた一興。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/16 23:34】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プールナチャンドラホールから出てくるババ
あー、ここ数年はわたしは人生最高の時期らしいのですが、多少、疲れてますよね。。。(笑)
ずっと子供と一緒にいるからか?

もうじき用事で北インドにまた行く予定です。

なので少しずつ準備をしないと。

明日は主名の誕生日なのでいちおうケーキを注文しました。

今日は土曜日なので午前はご飯配りをしました。

毎回私が来るので、こじきの人らもいいかげん私らの顔を覚えたみたいですが、そうなると色々注文をつけてくるところがなんともしたたかというか。。。
今日はみんなにサリーもくれよと言われました。

アパートの部屋の近くのこじきの人らには時々、もう着なくなったサリーをあげたりすることもあるのですが、
あげても着てるところを見ないので、こじきをするには向いてないサリーということなのか、
それか別の理由があるのか。

こじきだけに限らないですが、満足することはずっとないんじゃないかと、疲労感を覚えるときもありますが、
まあ、このご飯配りはそもそもがカルマ解消(土星の悪影響の緩和)の名目ですから、
配る相手がいるということで、私も満足すべきなんだろうと思います。

そのあといったん部屋に戻ってからアシュラムに行きました。

すでにお昼近くでしたがヤグニャはまだやっていて、
ぐるっと回ってホールを見に行こうかと思いましたが、
ババの家の裏に立って待ってる人たちがいたので、
私たちもそこでしばらく待って、
プールナチャンドラホールから出てくるババを正面から見ました。

これは楽だなあという感じです。

ホールで人にもまれなくてもいいので。

最終日のあしたもこの戦法でいこうか?


テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/16 18:32】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
スパゲッティとインド人
最近ダサラでババも朝にちょろっと来たりするからか、午後も最近のすごく遅い時間帯のダルシャンからは少し早まりました。

でも私がその時間の変化についていけず。最近はアルティごろにアシュラムに行くことが多くて、ホールの外からちらっとババを見ることが多いです。

でもまあ1日1回ちらりと見れたらいいかという感じですが、
便利なことに、そうなると夢でどうも見てるらしく、朝目が覚めると、ババの夢見てたなーと思うのですが、内容はまったく思い出せません。

ちゃんとダルシャンに行くに越したことはないのですが、やはり日に日に人が増えてる感じで、インド人がどんどんプッタパルティにたどり着いてる感じです。

ホールの裏手の場所も帰るババを見る人たちでいっぱいです。

17日で主名は7歳になって、そしたらもう女性側で前のほうには行かせてもらえないので、(7歳以上の男の子は女性側では母親とともに隔離される)もういっぺんくらい、一緒に前のほうでババを見ようかと思ったりもしますが、ま、いいかと思ったり。。

ババをちらりと見た後はウエスタンキャンティーンに行きましたが、スパゲティを手でこねながら食べてるインド人女性がいて、さすがに食べにくそうでした。

食事のときのインド人の手の動きは手で食事をするレベルの低い日本人の私からすると驚嘆ものです。
汁物でも何でも手ですくって食べちゃうんですから。

しかしスパゲティは食べにくそうでした。
うどんを手で食べるよりかはマシと思いますが。

ここ数日は気温が高くて結構暑いです。

今日、南米にいる知人のロシア人にウエスタンユニオンという、送金に便利なとこを使って送金しようとしたら、インドからは送金できないといわれました。
インドでは受け取るしかできないそうです。

しょうがないので、「プージャでもしましょうか?」と言っときました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/15 01:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババのフェイント。運動不足のわたし。
今朝はシュナの友達二人が来たので、先に3人をウエスタンキャンティーンに行かせ、私も後から行きました。

ヤグニャは今年のダサラはないんじゃ?
と言う話も聞きましたが、
やってるみたいですよね?

坊さんたちの唱えるヴェーダの吟唱の声が何十にもスピーカーを通してアシュラムに響き渡っていて、
あー、やっぱヤグニャサイコー。と思いました。
ほとんど暴力的にエネルギーをかき回される感じがわくわくして心地いいです。

朝食を食べて、しばらく3人がキャンティーンの前で遊ぶのを見てましたが、シュナの友達2人のうちの1人、インド人の年長の少年が私らの部屋に行こうというので、
「私はいかないよ」
と言ったら
じゃあ、僕たちだけで行く、というので、
「私ぬきでは行かないで」
と言ったら
「じゃあ○○○の部屋に行こう」
と、いうので、
「なんで?ここで遊んだらいいやん。気持ちいいし。」
と言ったのですが、
もう一人の日本人の子供の家に、その子を連れて行ってしまいました。

主名はぼんやりしてるうちに取り残されて
「え~~~」とか言ってたのですが、

わたしはそのインド人の少年はなんか気持ち悪くてひっかかるので信用してないので、これ幸いとばかりに
「ほっとけほっとけ」
と言って、行かせて、
主名には「行きたかったら行ったら?」と言ったのですが、彼はそのままそこらへんで遊び続けてました。

そしたらもとサウスインディアンキャンティーンのスタッフのインド人のおばちゃんが通りがかって、
「ダルシャン行かないの?」
とかいうので、
「スワミ来てるの?」
と聞いたら
「来てるよ」
というので、私たちもホールのほうに向かいました。

そういえば朝からのヴェーダの声がしなくなってるので、ババが来てるのか、と思いました。

ホールに向かう途中で、急いで駆けつける何人にも追い抜かされました。
近づくとプールナチャンドラホールにババが来て、アルティを受けたようでした。

荷物も持ってたし、私と主名は外からババのダルシャンをうけ、
その後ホールから自宅にババが帰ると思ったので、それが見える場所に行きました。

そしたら出てきたババは家に入らず、サイクルワントホールに入っていきました。

サイクルワントホールにはすでに一般人はおらず、
少数の男子学生たちがババのダルシャンを享受していました。

私たちはサイクルワントホールの外に回りこんで、そこからまたダルシャンをうけました。

その後ババは車にのってホールから出て行こうとしたので、
「外か!」
と思って、ガネーシャゲートに主名とともにダッシュしました。
突然ババが車で外に行くときには近くでいいカーダルシャンが受けられるときが多いからです。

しかしすでにガネーシャゲートは閉じられていたので、
ムルガンテンプルの横を走り抜けて坂を駆け上がり、ジェネラルホスピタルに続く小さなゲートから外に出ました。

久しぶりに走ったら10秒くらいで太ももが痛くなり、運動不足を痛感しました。

そこのゲートも私が通った後に閉められそうになったので(ババが外に行くときはアシュラムと外をつなぐゲートは閉められる)まだアシュラムの中にいてのたのたと坂をあがってきている主名を呼んで急かせました。

無事主名もゲートを通過して、今度は下り坂をメインロードに向かって降りましたが、
しばらく待ってるとガネーシャゲートの出入りが再び自由になったみたいで、
ババは外には出てこなかったみたいでした。

なんだ、朝っぱらから運動しちゃったなとかおもいました。

あとで聞いたところによると、このときババはサイクルワントホールから出て、アシュラムの中をドライブしてたみたいです。
【2010/10/12 22:35】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババ休日。辛いダサラのプラサード。
今日は午後もダルシャンはありませんでした。
6時ごろに早々とバジャンが終わってました。

今日は現地で頼まれた占星術鑑定の通訳で簡単なもの(1人当たり20~30分)を7~8人分しました。

今は30人くらいの日本人グループが来ているみたいです。
サイタワーに泊まってるみたいです。
サイタワーはきれいでいいですよね。

前は受付とかしてるおばちゃんがすごい感じ悪かったのですが、最近なぜかすごくニコニコしてます。

あ、でも、泊まる人は朝食付きだったりするときもあるみたいなので、確認したほうがいいみたいですよね。
こないだ来てた人はチェックアウトのときにそれを知って、「そちらが尋ねなかったから」とスタッフに言われて終わりだったみたいです。
すでに昼だったので、「時間切れ」ということだったみたいです。

今日はダサラだからかアシュラムからご飯が、アシュラムの外の人たちに配られていました。
私ももらいました。

インド人村人用だからか、この、インド風混ぜご飯はかなり辛かったです。
やっぱ、アシュラムの中で行事の終わりに配られるようなプラサードは、外人も食べるし辛さ控えめに作ってあるのかもしれません。

辛かったけど、体内がチリで消毒されていいかも、と思いながら食べました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/11 22:26】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
おそ~~~いダルシャン。
おかげさまで、風邪もほとんど咳だけというかんじになりました。
すでに6~7人くらいにうつしたような気もしますが。
主名も今日はよその家に遊びに行きました。

今日は午後7時にアシュラムに行ったら、ちょうどババが来るとこでした。
なのでいつものごとく、ホールの男性側の外からババを迎え見て、女性側に回って中に入りました。

今日はシムラー(北インド)の子供たちが出し物をしていました。

ダンスとかやってて、ナンダなんだという感じで見てて、
早くプラサード配って、終わらないかなとか思ってたのですが、
そのうちヴィシュヌの10回の化身のようすを乳海攪拌の亀のアバターから始まってメドレーみたいな感じのミュージカルにしてて、
これが面白かったです。

細部までなかなか神経の行き届いた演出でした。
1回の化身が終わって次に行くとき左右から坊さんの姿の子供たちが踊りながらぞろぞろ出でてきて毎回同じ歌が歌われて、そのワンパターンが面白かったです。
でも、毎回の化身ごとの特徴を取り入れたダンスをしてました。
クリシュナだったら笛を吹くまねだったり、仏陀だったら合掌だったり。

なかなか感動しました。よかったです。

プラサードはウエハースでした。
シムラーの新しい施設の建物の写真の来年のカレンダーつきでした。

おなかがすいてたので私と主名と、それぞれのを半分ずつ交換して食べました。
(私のがオレンジ味で主名のがチョコ味だったので)

今日斜め前に座ってた女性は主名に「ラブリー」とかいってにっこりしてくれてましたが、
主名は相手が日本語がわからないのをいいことに、
「このおばさんだれ?あなたの友達なの?」
などと私に向かってしれっと言っていました。

最近言葉遣いがなんかおかしいです。

ババは出演者の中に入って記念撮影をしたり、衣類をプレゼントしたり、いつもより余計にサービスしてる感じでした。

壇上に戻ってから、アルティになるかと思ったらそれからバジャンが始まりました。
ババはなぜか涙をぬぐってるみたいでした。

アルティになり、ババは控えめな両手ブレスをあちこちに向けていっぱいして、右手ブレスも一回正面に向けてしていました。

そしてそのままバジャンホールの建物の中に入り、プージャが始まったみたいで、なんかマントラを唱える声が聞こえてきました。
たぶんダサラの儀式と思いますけど、
さすがにたくさんの人が席を立って次々に帰っていきました。

だれかインド人のおばさんが倒れたみたいで人だかりがしてましたが、
担架が持ってこられて運ぼうとしたら嫌がって起きたみたいで、なんか、セキュリティスタッフに怒られてるっぽかったです。

しばらくしてババは出てきて家に帰っていきました。

だいぶ遅くなったし、8時半くらいにはなってるだろうと思い、ホールの外で時計を見たら9時半を回っていました。

9時代にプログラムが終了するのが珍しくなくなってきた今日この頃です。
5~6年ほど前は夜7時に終わったらあまりの遅さにびっくり仰天したものですが、

サウスでミールスを食べてアシュラムを後にしました。アシュラムを出たのはすでに10時でした。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/11 02:43】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
けだるいここ2~3日。
おとといは夜7時ごろにアシュラムに行きました。

この日はブラーカタ(ブッラカタ)をしていました。
3人でする音楽漫才みたいなやつです。

ババはこれが好きみたいですが、さすがにこのノリにもちょっと飽きたなーと思って、早く終わらないかなーとか思って見てました。
そのあと、歌と演奏もあって、ハムコトゥムセ~♪ もやってました。

学生にこれを歌われるとババはすぐに泣くみたいですが、この日も泣いてるっぽかったです。
人のことは言えないですが、涙腺弱いですよねー。

プラサードはなかったです。

ラーフっこ主名はこの日も後ろにカンのきついインド人のおばちゃんが座って、ひざ立ちしたら背中をばしばしたたかれたり、きつく言われたりしたので泣いてしまいました。

子供は座ったら前が見えないので、ひざ立ちしても大目に見てくれる人もいるのですが、このおばちゃんはきつくて、シュナが前に行ったので私もシュナの隣の空いてるスペースにおばちゃんの横を越えて行こうとしたけど、通してくれなくて、周りの人も少し驚いて見てたのですが、私と主名の間のスペースをふさいでがんばってました。
「子供の横に行かせてもらえません?」「通してください」と言っても行かせてもらえなかったので、
しょうがないから私と主名はおばちゃんを挟んで前後に座ってました。

そして、そのうち彼女は前に座ってる主名の背中をかんしゃくをおこしてめくらめっぽうにたたいたりしたので、主名に後ろに来させました。

主名がめそめそないたので周囲の同情が集まって、そのおばちゃんも決まりが悪くなって、振り返って笑顔を作って「どうして泣いてるの」とかいって主名の顔に触ってこようとしたので「彼に触らないでください」といって、ツーンとしておきました。

後でそのおばちゃんは他の大人の人とも軽くもめてました。

ダルシャンが終わってホールから出てからも主名がめそめそして「もういやだ」とかいうので、
「しょうがないやん、あんたはそういう時期なんや」
といっておきました。

実際、不思議と周囲のある種の人の凶暴性を引き出す主名でした。
私も主名と一緒になって泣いたり、その相手に対してかんかんに怒って憎んだりしてたのですが、最近はもうそれも疲れたというか。しょうがないやん、この子のカルマでしょ、みたいな。

この子を通して私もいろんなことに巻き込まれますが、それも私のカルマでしょうか。

昨日は朝も午後もババはお休みでした。
今日の午後はダルシャンがありました。

主名は数日前から10日間学校休みといってたのですが、実は2日早く自己申告してて、ほんとは今日から休みだったみたいです。

うそつき!とか思いましたが、たぶん本人も勘違いしてたんだと思いますが。
ここ数日寝る前に咳き込むついでに食べたものを全部ドシャッと吐いてて、元気だけど栄養を吸収してる暇があんまりない感じでやせ細りました。

学校を休んだら喘息は治まりました。
やっぱ、ストレスで喘息とかは悪化するんだろうなと思います。

わたしもここ数日風邪菌が体内で遊んでるらしく、時には悪寒がしたり、時には微熱が出たり、時には節々が痛んだり、咳がつづいたり、頭痛がしたりと、寝込むほどではないのですが、しつこく症状があって、
今日もいやな感じだったので、休もう、と思って、夕方は部屋で寝てました。

一眠りした後、夜7時過ぎにアシュラムに行ったらアルティが終わったところだったので、ホールの裏から帰っていくババを見ました。

晩御飯はウエスタンキャンティーンで食べました。
ウエスタンキャンティーンではなぜかババのことが思われました。

ウエスタンキャンティーンは西洋人や外人が多く来てるので、雑多で、気持ちもバラバラで共通性がないみたいなのですが、
やはりババという共通項が各自の中にあるので、いろんな人の様子を眺めていると、不思議とその奥に潜むババのことが思われるときも多いです。

しかし主名も咳をしてるので他の子の家に遊びに行くのも控えさせてるので、朝から晩までずっと一緒にいて、お互いだるーい気分でうんざりしてて(笑)重い二人だなーとわれながら思います。
そんなこんなで脱力気味のけだるいここ数日です。

主名の学校の制服のズボンを3着新しく洗いがえ用につくり、わたしも新しいチャッパルを買いました。
アシュラムの中も外もコンクリートの道がほとんどなので、ある程度底の厚みがあるチャッパルじゃないと足の各所の骨が痛くなってくるのです。

とりあえずその2つの用事は済みました。

そういえば、今年のアシュラムでのダサラ祭はヤグニャはせずにプージャだけなんじゃないかといううわさも聞きましたがほんとかどうかは知りません。

連日のヤグニャが始まるとエネルギーが入りすぎちゃっておかしくなる人も出てくるので、ヤグニャがないならないで平和かな、と思いますが。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/10 01:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝から物質化してみせたババ。をみていた私。
昨日はトラヨダシで、シヴァの礼拝に適した日だったのですが、
ハヌマーンテンプルでのプージャに参加すると、そのあとくたびれて、ダルシャンの前に風呂も入りたいし、とか思って、いったん部屋に帰って余裕をかましてアシュラムにいったら昨日のダルシャンは間に合いませんでした。

トラヨダシの日に寺のプージャに行って、シヴァの化身のババのダルシャンを逃すというのは本末転倒じゃあ、、、と悔しく思い、
しばらくず~~~っと悔しかったので、
ほかの事を考えられない感じになって、なんかすっきりしました(笑)

そういう集中の仕方もあるのか、、、というかんじです。

どこにでも神はいるといいますが、実際悔しいものは悔しくて、
ダルシャンを逃してもぜ~んぜん気にならない時もあるのですが、その違いが何かはよく分かりません。


そんな昨日の夜でしたが、寝ようと横になったら、今朝、そういえば久しぶりにババの夢を見ていたことを思い出しました。
内容は覚えてなくて、目が覚めたときに単にババのダルシャンの映像が脳裏に残っていただけだったのですが、
そういえば、朝、夢を見てたんだった、と思い出し、
午後のダルシャンを逃すことが予想されて、だから先に夢でもらってたんだろうか?とも思いました。



昨日の夜は主名が咳き込んだついでに派手に戻したので、(咳き込んで、のどが刺激されるとすぐに嘔吐する、簡単に嘔吐しやすいタイプ)

本人は学校に行くと入っていたけど、今日の午前はまあ、休ませておこうと思って
朝、部屋に書置きを残して、寝てる主名をおいて、ショッピングセンターで新しいチャッパル(サンダル)を買うつもりで部屋を出ました。


9時少し過ぎだったのですが、
ちょうどババが来そうで、ホールの男性側の外で待ってたらそのうちババが家から出てきました。

なので、目の前をババが通り過ぎてから女性側に回って、ホールの中に入って座りました。

今日は中ノ島エリアは女学生でいっぱいだったので、ババがよく見える正面近くの場所に座りました。

ババきたる!の報がいきわたったのか、小中高生くらいの年齢の女学生や男子学生が続々とホールに走りこんできました。

何を思って今日のババを見てたかほとんど忘れましたが、
なるべくババの視点に気持ちをあわせようとしてました。

朝にダルシャンがあることはそんなにないので、プッタパルティにいる、ほかの人たちに「ババ来てるよ!」とかばんの中の携帯で知らせたげようか、そういう雑念が浮かびまくって、それって、雑念だろうか、とか、雑念が雑念をよぶので、

ババの視点に気持ちをあわせようと努力してました。

そうしたら、色んな私の思いが全部私の個人性やその個人性に基づいた人間関係からでてくるものだということがよくわかりました。

ババに意識をとけ込ませようと試みていると、色んな自分の雑念もその硬度と重みを失って無に帰すさまが見えました。


私は部屋で座って瞑想とかしないですが、これってきっと瞑想だよねという感じでした。

目の前に意識を集中させる物が(者が)あると便利ですよね。


時々、ババの視点とか、ババのすぐ横に座ってる人たちの感じてる感覚とか、存在形態とかを意識で模写して自分の意識の視点移動をしてみようとするのですが、
そういうのって結構面白いです。

しかし、ラーマクリシュナ(今、キーボードを打ち間違えてラーマ黒主名とでました。黒主名、、、)
が生きていて、弟子たちに囲まれていた時の親密な奇跡的なムードはもうリアルタイムでは体験できないけれど、
ババはまだ生きていて、ババとその周りの人たちのやりとりは目にすることができるし、
私が座ってるところはだいぶ離れたところだけれど、
こうやって意識を飛ばしてそのムードをふっと体感(してるのかどうかわからないですけど)できる感じがあって、
ここにこうやってまさにその場所にいる、という歴史的な一こまを共有させてもらえることのラッキーさをなんとなく感じました。

しかし、バジャンは空間を震わせて、面白みがありますけど、バジャンの調べに身をゆだねるとなぜかババがどこにいるのか分からない感じになります。
ババを見るにはバジャンのメロディーから気持ちを離して静かになる必要が私はありました。
なんでかな?

今日はあれは学生だと思うのですが、誰か前に呼ばれて、ババはネックレスを物質化して、首にかけてあげていました。
チェーンがなかなか頭を通らなくて少し苦労していました。

その学生の後も何人かの学生を前に呼んで、しゃべってました。

後で呼ばれた学生2~3人は高揚してかみんな落ち着きがなくなっちゃって、腰がふわふわふわふわしてて面白く思いました。
ラーマにまとわりつくハヌマーンの仲間たちみたいでした。

アルティでババは帰って行きました。
終わったのは10時半くらいでした。



今日は曇ってて過ごしやすいです。

何をしてても毎日は毎日やってくるのが不思議です。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/06 15:21】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
午後はババお休み。
今日の午後のダルシャンはババはお休みでした。
6時過ぎにアルティになってました。

さいら~む

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/05 02:32】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝ダルシャン
今朝、シュナを学校に送り出してから、ネットカフェにいったん行ったのですが、9時40分を過ぎてもバジャンが終わってなかったので、ババが来たのかな?と思い、アシュラムに行きました。

9時50分とかにババは来て、わたしはホールの男性側の外からババが来るのを見ました。
家から出てきてすぐのババは朝の光を浴びて、オレンジのローブも本当に燃えて光っているように鮮やかに見えます。

目の前を通り過ぎてから、わたしは女性側に行き、ホールの中に入りました。
男性側を回り、再び女性側に来たババが通り過ぎてバジャンホールの中に入ってから、
通称中ノ島に移動して座りました。

しばらくして、バジャンホールの男性側の出口からまたババが姿を現し、中央に行きました。

しかし、久しぶりに至近距離でババを見ましたが、
やっぱり近くで見ると印象がぜんぜん違います。
なにかハッとするというか。

だれのどんなささいな心の動きも全て把握してて、彼から隠すことのできるものはないというふうに見えました

片手ブレスを前にしてました。

ババは静寂そのものに見えました。

台風の目のようにババが中央に静寂そのものとしていて、
その周囲をものすごいエネルギーが動いていて、遠く離れるほどその動きが激しく、強く荒くなっていくように思いました。

しかしババのいる中央は、まったくなにも起こっていないかのような森の静けさが染みていました。

「宇宙の神だよね」
という気がしました。

そういう存在を目の前にした時に、自分はどうあるべきだろうとか思いました。

その状況にもっと自覚的になるには、私のカルマはもっと燃え尽きる必要があるのかもしれません。

しかし思いがけず与えられた今朝の至近距離のダルシャンは
彼の行いなのだろうから、カルマを燃やすのも彼が全てやるんだろうと思い、
よろしくおねがいしますという感じでの祈りがでてきました。

ババを見ていると、ババとその周囲とのエネルギー差が巻き起こす台風のような巨大な全宇宙規模のうず、ババが自らを与え続けずにはおれない、そのエネルギー的な状況がほんのわずかに垣間見えたような気もしました。

静かに座っているババ、
アルティが終わり、車いすで去っていこうとする時に逃すまいと、進路をさえぎって嘆願する壇上のVIPのおじさんに、柔和に答え、それでもくいさがる人に、付き人にビブーティーの包みを持ってこさせ、それを何度かつかんで与え、にっこり微笑んで与える愛と承認の表情。

静寂と柔和さは全ての力を持っているしるしなのかもしれません。

いったんインタビュールームに入り、再び出てきて、女性側の通路を通り、ババは家に帰っていきました。

終わったのは11時ごろでした。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/04 15:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
片付け日。
今日は休日というかんじで、ほとんど部屋でなんかしていました。
洗濯、片付け、、、昼ね。夕ね。

主名も遊びの誘いの電話がかかってきたのに行かずに、部屋で遊んだり絵を描いたりマンガを読んだりしていました。

夕方小腹がすいたので、おやつに野菜スープを作って食べました。
そしたらなんでかすごい暑くなってあせだくになりました。
急に体が燃え出した感じでした。

朝昼兼用で食べたサンドイッチはなんか少しやばそうな気もしたのですが、
食べて、そのあとやっぱり私だけなんとなく具合が悪くなって寝てたので、自分で作った熱いスープで急激に活性化されたのかも。
食べ物ひとつですごく体の調子が瞬間的に変わることが最近ちょくちょくあるので、
食べ物の力、影響力ってすごいんだなーと思うのですが、
最近忙しくて外食(アシュラムの外での外食)をしがちになってて、それが常態化しています。

そんな疲労気味なあるときに、サウスインディアンキャンティーンからできたて熱々のお菓子が運ばれてきて一口食べたら、
そのバイブレーションに豊かさに驚きました。
でも、色んな状態を知っとくのもいいのかも?

夜7時過ぎにアシュラムに行きました。

ババはまだ来てませんでした。
何時くらいに来たんでしょう。8時前くらいだと思います。

今日のプラサードは丸くて甘いお菓子と、甘くない揚げがしのセットという珍しいパターンでした。

今日、冷蔵庫の中の整理してたら、古くなったプラサードがいくつも出てきて捨てるしかなかったので、
もったいない、、、と、いつも思うのですが、(食べきれないことが多い)
そんなこともあって、今日もらったプラサードは私の分はその場で主名と分けて全部食べました。

白みそのはずが、漆黒になっていた味噌(未開封)もあったので捨てました。
けっこういろいろもったいないんですよね。

部屋で食べる時期とそうでない時期がむらがあるので、お菓子とか結構無駄にしてしまうことも多いです。
だめになるまえに、すぐに食べなさそうならほかの人(アパートのウォッチマンとか)にあげるようにしてるのですが。

主名が食べたがって買った高い(こっちでは)ジャム3種も、ちょっと食べただけで忘れ去られてて、そのうちだめになりそうなので、その前にあげたほうがいいかも。

探し物ついでに色々今日は片付けてたのですが、途中で洗濯物を取り込んだり、スープを作って食べたりしてたら結局、片付ける前とあまり変わらない状態に落ち着きました。

バスルームの掃除もしたけれど、水の質が悪くて床にどんどん堆積物がつもるので、2年前に薬品で全部溶かしたのですが、また、歴史があるような床になってきたので何とかしたいですが、
薬品はなるべく流したくないのですが、どうにかならないものか。

トイレタンクもオーナーは交換してくれるといったけど、きっと私があまり部屋にいないのでタイミングが合わなくてうやむやになってる感じです。

しかし物が多すぎるというのは罪ですね!!!

物が多すぎだーーー。

主名スペースなんか、生命が生まれる前の地球みたいにどろどろに混沌としてるし、
こういうのは果たしてどうにかなるものなんだろうか!?
と、思いをはせますが、なかなか手がつけられず。

ものについて考えてる間にうっかり年取って死なないように、もっと思い切って減らして、気持ちよく暮らさなければ。

ババは今日も両手ブレスして、
「ご飯食べた?(注:想像)」をやってました。

終わったのは今日も9時前でした。

しかし部屋に主名がどこかから拾ってきたカラスの羽が落ちてて気持ち悪いので主名に
「気持ちわるいから捨てろ」といって、
その後でゴミ箱を見たら6~7枚も捨ててあったのでぎょっとしました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/04 02:08】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝と午後にダルシャンがありました。
今日は久しぶりに、午前も午後もダルシャンがありました。

ババは午前も午後も両手ブレスしてました。

午後はラドゥーと、ペッたんこのお菓子が配られました。

今日は日差しはきつかったです。

でも、暴力的なほどではないです。

きのう、女性一人で年子の小さい子3人を連れてきた人がいて、ひや~~~、大変、、、と思いましたが、
シュナは遊ぶ子ができて喜んでます。
今日も学校が休みだったので、よく遊びました。

しかし、午後のダルシャンが終わって、ホールから出ようとしたらその幼児たちが3人とも横になって寝てたので、
こ、、、これは、、、と、あまりの大変なことに、思わず笑ってしまいました。

でもわたしは子供が一人だから、うわー、と思うけど、3人が日常になればそうでもないのかもしれないですね。
しかし見てても、3人がそれぞれどういう動きをしてるかとか把握できませんでした。

その母親の立場になれば、3人三様の動きを把握するのに必要な能力が開花していくんでしょうね。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/03 02:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日のヤグニャの写真
やぐ1

ヤグニャの前にはガネーシャプージャと、お盆でシヴァリンガムプージャもしました。
これはシバリンガムプージャの終わった後です。


やぐ2

火をつける前の護摩壇(というのでしょうか?)


やぐ3

お坊さんたちがマントラを唱えて、「スワーハー」と言うのにあわせて、
中央のお坊さんがギーを火に注ぎ、わたしはお米のお菓子みたいなのを火にくべました。


やぐ4

私の隣のお坊さんはあちこちでよく会う人。すごく感じがいいです。
手を伸ばしてる人もサマディロードに住んでるのかよく会います。
めがねの人はここのお寺のお坊さん。毛の薄い人ははじめて会いました。


やぐ5

ヤグニャの仕上げ。
いろいろ包んだ包みをまとめて最後に火にくべます。


やぐ6

ここのお寺のドゥルガー女神です。
うつくしい。。。
ヤグニャが終わったころ、ちょうど朝の光がチトラバティ川の向こうの正面から差し込んできて、
このように美しい姿が浮かび上がりました。

やぐ7

ヤグニャが終わった後にまだ熱々のお菓子のプラサードが配られて、みんなもらって食べました。


やぐ8

寺の近所に住む子供たち。
ばいばいのばい。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/03 02:26】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヤグニャ
今朝は朝4時に起きて、5時からチトラバティ川沿いのドゥルガーテンプルでのヤグニャに行きました。

山や川に向けて立てられた、風通しのいい、新しくてきれいなお寺でした。


朝7時過ぎに終わって部屋に戻り、寝てる主名を起こして学校に送り出し、
私は寝直したら次におきたら午後3時でした(笑)

昨日もダルシャンが終わったのが遅かったからか、
今日の午後のダルシャンはなく、午後6時くらいにアルティになっていました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/01 23:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
パンチャムキハヌマーン。おなかぺこぺこ。
今日の午後のダルシャンでは、マハラシュトラ?州と、ゴアのバルビカスがハヌマーンの劇をしていました。

ラーマが、ラーマの帰依者のハヌマーンについて語るという設定でした。

ハヌマーンが子供のときに、太陽を果物と思って、取るために太陽に向かって飛んだエピソードのところでは、
天井近くにつけられた太陽に向かって、ワイヤーにつるされた役者が数メートル浮かび上がるなど、なかなか大掛かりでした。

さまざまなハヌマーンのエピソードが語られ、
パンチャムキハヌマーンまで登場しました。

パンチャムキ、、、5面、つまり、顔が5つあるハヌマーンです。
そんなハヌマーンはじめて見ました。
神としての属性を持つハヌマーンという感じなんでしょうか???

ハヌマーンの仲間のサルたちの役の子供たちの、サルっぽい落ち着きのない動きがなかなか可笑しかったです。

昨日ネットカフェでとなりに座ったインド人の2人組は、すごく興奮してて、一人が大声で早口で口述して、もう一人が猛烈な速さでタイピングしてたのですが、どうもこの今日のハヌマーンの劇のシナリオを書いてたみたいです。

やはりどこも、プログラム直前まで色々変更があって、大変なんでしょうね。

でも今日の、ハヌマーンを主題にした劇もサルがいっぱい出てきて楽しかったです。
ババは出演者たちと記念写真を撮ってました。

両手ブレスもしてました。

ラドゥーのプラサードが配られましたが、私たちは今日は後ろのほうに座っていたのであたりませんでした。
主名は熟睡してたのでそんなことがあったことすら知らないはずですが、
また、「ラドゥーなんか、ぜんぜんいらないや。もう飽きた」
などと不遜なことをいうに違いなかったので、
プラサードがこちらまで来なくてよかったよ、君の望みどおりだよ。と、少し思いました。

ババはこの前の南アフリカのプログラムのときと同じように、今日も、出演者に
「ごはんたべたの?」とか「ごはんたべなさいよ」
か、分かりませんが、ご飯を食べるしぐさをして見せて笑いを取っていました。
吉本新喜劇並みの反復度です。

全部終わったのは今日も9時前でした。

今日は朝ひる兼用のご飯を食べただけだったので、私もお腹がすごくすいてました。
ウエスタンキャンティーンで夕食を食べました。

夜は少し雨がぱらついていました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/10/01 02:13】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
| ホーム |
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。