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大掃除&片付けの日
今日も部屋の掃除&片づけをしていました。
一日3分の一ずつ片付いていってる感じです。

明日には部屋全部がきれいになるかなー。

今日は見るだけで吐き気を催す状態の主名エリア(おもちゃとかほぐれた花火とか何かよく分からないものでぐちゃぐちゃにミックス&堆積)に着手しました。

散らかってる家の子は想像力が豊かになるとかいう話もありますが、
そうなのか!?

ちなみに私の育った家も相当なもんでしたが。(弟が4人の5人姉弟だったし、常にすごい状態)

しかし主名は片付いているという認識レベルがそんなもんだから限りなく低く設定されてしまってるらしく、ちょっと床が見える面積がひろがっただけで

「わぁ~~~、きれい~~~~!」

と言います。

「こんなんきれいなうちに入らんわ!!頭おかしくなりそう!!!」

と、私はいつもキィ~~~~!!!となってるんですけど。


明日は本棚エリアに着手です。


今日の午後はババは車で病院に視察に?出かけてました。

アシュラムで日本人の姿を見るのが増えてきたので、「ああ、年末年始だなあ、、、。」と、
そんなとこで季節感を感じています。
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【2010/12/31 03:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
さらにアールッドラダルシャナムプージャのときの写真
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【2010/12/31 03:33】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
こないだのアールッドラダルシャナムプージャの写真②

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詳しくは占星術ブログのほうにも出してます。
占星術ブログ

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【2010/12/30 04:07】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ストロベリーの香り。
今日は一日部屋の掃除と片づけをしていました。

しかしワンルームなのにまだ終わらないという。

インドの部屋は汚れやすいような気もします。ホコリもたまりやすいし、
虫はどんどん増えるし、子供は外からどんどん砂を運び込むし。(これはインドとかあまり関係ないか)

風呂場も、日本のユニットバスだったら全然汚れないのに、インドはタイルの床で、しかも水に石灰分?がたくさん混じってるからどんどん堆積していって、しばらく使ってるとバケツも床も何から何まで(洗濯機の側面も水かががるので)全てが石灰で白く覆われてしまいます。

そういうところは私はあまり熱心に掃除しません。人生の無駄だから。

もともと青いタイルなんですが、今はだいぶ白っぽいです。
こすっても取れないので、2年前に薬品で溶かしていっぺんきれいになりましたが、
あれから2年たったのでまた同じようになってます。

堆積しすぎて、その堆積物が割れて、雲の間から青空がのぞくように、本来の青いタイルの色が鮮やかに出ている所もあります。

なるべく薬品は使いたくないのでまだ当分放置です。

これなら、インド人を雇って、少しずつはがしていってもらえば、自分の手間も省け、心も痛まず(環境破壊の)、インド人も雇用の機会が得られていいのかもしれませんが、
インド人を雇うと頭痛がもうひとつ増えるだけという体験談を良く聞くのでいまいち乗り気になれません。

しかし物が多すぎますね。。。



夜は7時過ぎくらいにアシュラムに行って、外からアルティを見ました。

そのあとはウエスタンキャンティーンに夕食を食べに行きました。

虚脱というか空虚な感覚はまだ続いています。
キャンティーンに集まってる人々を見ると不思議な感じがします。

どうしてこの人たちはここにいるんだろうとか、楽しそう、とか。笑。


このプッタパルティというところは確かなようで確かじゃない場所だと感じます。
私が立場とかいろんなものが不安定だからそう感じるのかもしれないけれど。


数年前から時々来る多分ロシア系白人の、でもモンゴロイドも混じったかわいい姉妹がいるのですが、
その女の子とすれ違ったときにストロベリーの香りがしたので感心しました。
なんか、いかにもかわいい女の子に似合ってる香りだったので。

私や主名なんて、、、まあ、やめときます。


主名は私の母から早くもお年玉の千円をもらったのですが、
今日は主名の友達のお母さんに頼んで両替屋でルピーに両替してもらったらしく、
(私に頼んでも「すぐに使うな。貯めとけ。」といわれるから?)
1000円は今日は520ルピーになったらしいのですが、
120ルピーのおもちゃの鉄砲を買ってきて、ものすごくうれしそうです。

おもちゃの鉄砲を買うときも
「わたしはそういうの嫌いやねんからな」
と言ったのですが、
「うん。でも買っていい?(満面の笑顔)」
と、聞いちゃいないかんじでした。

押さえつけられてもしぶとく朗らかに生きてるもんですね。子供って。



だいぶ前に再びハヌマーンテンプルでチャッパル(サンダル)を盗られたので、
仕方なく、去年タイで買ったぺったんこのチャッパルを履いていたのですが、
アスファルトの道を歩き回ると衝撃が足の骨にきて、足が(今回はかかとが特に)すごく痛くなるのですが、
ショッピングセンターにはあまりいいのがなく、
そのままぺったんこのを履いていました。

さすがにちょっと足の痛さが限界だったので、
今日の夜にようやくチトラバティーロードに買いに行きました。

ようやく、底の厚いチャッパルを購入したので、これで安心してどんどん歩けます。

明日も掃除して、物を減らしてスッキリした空間にいたいです。
いらないものはどんどん捨てれますように。

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【2010/12/30 02:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
親切でおかしな人と虚脱。
なんか、ブログに「虚脱してました」とか書くことが結構多いような気がするんですが、
今日も虚脱してました。

ここ数日アシュラムの部屋に泊まってて、やっぱりアシュラムの中はいいんですよね。
自然に高揚していくというか。
今回はアシュラムに泊まった目的が主名の聖歌隊の練習に通うのに便利がいいように、というのもあって、
わたしも主名も目的がはっきりしてたから心理的な矛盾みたいなのもなく、
平穏で充実した滞在だったわけです。

で、昨日、アシュラムからアパートの部屋に戻ってきて、
アシュラムに泊まって高揚した分、下がったみたいな。

わたしも主名も短期的な目的(聖歌隊の本番に向けて練習し、本番を迎えるということ)を喪失したので、(成就というべきか?)

バラバラになった感じ。

まあ、主名は気楽にしてますが、
わたしはというとまた主名の学校問題がどうしても頭に浮かび上がってくるし、
ああ~~~、わたしたちってなんて不安定なんだろう~~~。と。

不安定さの自由さを感じるときもあれば、不安定さの不安や寂しさを強く感じるときもあり、
今日は下がったんで、その後者でした。



まあ、それはいいんですけど、
昨日のダルシャンが終わったあと、ホールから出ようとしたらなんかショートカットの中年女性が
「あなた中国人?」と聞いてきたので(彼女は中国系なんだろうと思います。)
「いえ、日本人です」
と答えたら、

「あの水を飲みなさい!」
と、すごく熱心に言うので、
「え???」
と戸惑ってると、

「すごくスペシャルな水だから!!!」
とか言うので見ると、
単にホール内の人々に水分補給するための浄水器がそこに。


どう見てもただの水なんだけど、、、何か奇跡でも起きたのか!?まあ、のども渇いてるしと思って、彼女の勢いに抗せず、
行って飲みました。

まだ腑に落ちなかったので、
様子を見守ってたその女性に
「スペシャルなんですか??」
と再度聞いてみたら、

「そうよ!!!長い時間のダルシャンと長い時間のバジャンでこの水はすばらしいバイブレーションになっているわ!!」

ということでした。

。。。。。ああ、おかしな人だった。。。。


まあ、言ってることはもっともだけど、
見ず知らずのわたしたちに血相を変えて言うことでもないだろうに。

しかしそれでその人はわたしたちを彼女の守護範囲に入れたのか、今日ウエスタンキャンティーンでも優しげなまなざしで知らない間に主名の頭をなぜてたりしました。


害はあまりなさそうだけど、できれば関わる前に見極めて関わりを避けたかったです~。虚脱。

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【2010/12/29 02:12】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
こんどこそ聖歌隊本番。
今日の昼でアシュラムの部屋は出て、アパートに戻りました。

ずっとアシュラムに住みたくなった主名はババに手紙を書きました。
なかなかたくさん雄弁に書いてました。

誤字も結構あったのであとで書き直させようと思ってたのですが、なんだか魂がこもった手紙だったのでそのまま持たせてダルシャンに行かせました。

「ババのおかげで八日もアシュラムにとまれてほんとうにありがとうございます」
なんて書いていました。

荷物をアパートに運び込み、昼ごはんをウエスタンキャンティーンで食べ、主名を聖歌隊の集合場所に2時に連れて行った後は、もういっぺんN5の建物に戻って、今回買ったマットレスをアパートにもって帰りました。

クーリー(荷物を担いで運ぶ人)に持っていってもらいました。
さすが慣れてて、頭の上にマットを載せて、手も使わずにバランスをとってすたすたと歩いていました。

アパートに着いたら、マットレスちょうだいとか言うので、古いほうのマットを上げました。

で、わたしも風呂に入ってダルシャンに行きました。

私の並んだ保護者ラインは1番くじだったらしく、早くホールに入れたはずだったけど、なんでか区画に座ったときにはほとんど最後になっていました。

しかし久しぶりにこういういい席に座ると、周りの欲望にあおられて(少しでもいい席に座りたい)なんかこわくなってからだがぎゅっと硬くなる感じ。

なので?笑、今日も途中で抜けてお茶を飲みにいきました。

ババは今日は6時10分くらいに来ました。

今日は早めに来てくれたなーとか思ってたらババは車で登場でした。
なんかいやな予感がする、、、と思ってたらその予感は的中で、ババはそのままホールを抜け出してドライブに出かけました。
あわれホール内の人々は取り残され~~~。

バジャンはずっと続いてたので、もう、ひたすらバジャンを歌って暇つぶししていました。

なんかこんだけババに逃げられると、むなしいというか、もう、どうでもよくなってきますよね。
まあ、何か外に用事があったんでしょうけど、
結局ババが帰ってきたのは8時5分前とかだったでしょうか。

あーーー、待ちましたよ。

まあ、ババが出て行く気持ちも分かる気もしますが。
(と、勝手に共感)

なんか、昨日のこともあるし、今日もキャンセルされてアルティになっちゃうんじゃないか?と、疑心暗鬼になりましたが、今日はプログラムが始められました。

でも、式をする歌の先生もこわばった顔で、子供たちもなんか恐る恐るという感じで萎縮した状態で歌ってたように思いました。

何かがギクシャクしてて、まとまりに欠けて覇気もない感じ。

2曲歌った所でドラマ(劇)が始まり(ほんとはもっとたくさん歌う予定だったと思います)
聖歌隊はドラマの劇中で何曲か歌を歌いました。

歌もそのうちだんだん元気が出てきて、よかったんですけど、
でも、やっぱり今年は歌の完成度が低かったのかな?
なぜなのか理由はよく分かりませんが、去年はかなりよくて元気もあって、子供の歌声のよさが良く出てました。

今年はとにかく元気がない感じがします。
歌の選曲からしてちょっと沈んだ感じだったのかも。

去年は練習の部屋の外で聞きながら録音してたら「いい歌だ~~、、、、」と、思わず感動で涙ぐんだりしちゃってましたが、今年はそういう感動もなかったし。

ドラマも去年の方がなんか魂が入ってた感じがします。
今年は南米系の子供たちがほとんどいないので、そういう違いがあるのかも。

演奏も、やはり今年はなにかちぐはぐな感じでした。
演奏者も南米の人が抜けたし??

しかしババはたぶん子供たちを喜ばすためにだと思いますが、劇が終わった後は下に降りてきて子供たちの中に入って記念撮影をしていました。
プログラムの責任者の、西洋人のおじいさんはほんとに感謝いっぱいといった風情でした。
どうなるか、気が気じゃなかったんでしょうね。
ババの出血大サービスだったかも。

しかし、子供たちも長い時間よく待った甲斐があったというものです。

わたしはプログラムも、いろんなことも何かすごく無感動というか、むなしさやシラ~~~という気持ちがありました。

なんか、期待しないように、基本的にだめで得られない、というあきらめの心境を基本に持っている感じで。
それはババに関わるようになって培われた何かだと思います。

がっくりすることとか多いからー。

しかし、がっかりさせるという部分がババの神性の表れでもあるような気もします。

クリスマスのプログラムも、毎年同じようなのをやってるわけなので、下手するとババは関係なしで、自分たちだけで盛り上がるようなノリもないともいえないと思うので、

がっくりさせることで本質に立ち返らせるような働きもあるんじゃないかなとちょっと思いました。

プラサードで小さい実が配られました。

ババが帰っていったのは9時ごろですか。

夕食を食べてアパートの部屋に戻ったのはすでに11時前といったかんじでした。

今はもう1時です。
ねむい、、、、、。気絶寸前なので寝ます。


しかし主名は色々楽しかったみたいです。
劇もよく見えて、劇と一緒に歌って、ババもよく見えて。

昨日キャンセルになったので特等席に2日連続で座ってダルシャンを受けれたし。
それは良く考えるとよかったなと思います。

楽しいいい経験になったようで、よかったなと思います。
普段の学校にもクリスマスのたすきをかけて登校すると言っています。

書いた手紙は他の子供たちのとまとめてババの所に持っていかれたようです。

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【2010/12/28 04:39】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
聖歌隊本番。。。。ところが!
今日は主名の子供聖歌隊の本番でした。

なので、最後の練習を午前にして、
昼の2時くらいに集合して、子供たちはまとまってダルシャンに行きました。

わたした明日アシュラムの部屋を引き払うので、少し荷物を先にアパートに持ち帰り、そのまま3時くらいからダルシャンに行きました。

プログラム出演者や子供の出演者の親は前のほうの席に座らせてもらいました。

しかし待つのが飽きたので、
5時過ぎくらいに散歩がてらにコーヒーショップにお茶を飲みに行って、トイレに行ってから席に戻りました。

それは主名は遠くから目撃してたみたいで、後から言われました。

ババが来たのは夜7時すぎですか。
子供らはその時点で5時間待ってるんで、よくがんばりますよね。

天使や羊飼いなどの子供たちの仮装行列に先導されてババが普段どおりのオレンジのローブを来て入場してきました。

ババは近くに来たときに口の半分で笑ってました。
体は相当動きにくくなってる感じですが、顔の筋肉もすでに弱ってるんでしょうね?

ホールをぐるっと回ってババが壇上中央に来て、わたしたちはいつプログラムが始められるかと待っていたのですが、
ババはひたすら、受け取った手紙を読みまくっていました。
わたしの横の人は
「スワミはぜーんぶの手紙を読んでるわ」
と、半ばあきれてました。

超マイペースとはババのことだと思います。

そのうち、ババの指示でなんとアルティになりました。
プログラムの開始を待ってたみんなは「うっそーーー」って感じでした。

プラサードが配られました。
「AUM]とビーズで作ったキーホルダーと、スティック型の薄荷キャンディーが小さな袋にはいっていました。
おなかがすいてたのですぐに食べました。

アルティのあと、子供たちのプログラムのボスと思いますが、西洋人のおじいさんがババのところに行って、プログラム内容のパンフレットを見せたりして必死に説明していましたが、

結局ババは何回かブレスをして、そのまま車に乗ってかえって行きました。

しかし、しぐさで、明日またやりなさい、みたいに言ってるのが見えました。

いやー、しかしプログラムが延期になるとは予想外の展開でした。
みんな力が抜けますよねー。

私の横の人は
「スワミ、子供たちはみんな泣いてしまいます!」
とか言ってました。
(そのつど誰に言うとでもなくつぶやく人いるんですよね。私みたいなのが聞いてるんですけど)


一応明日もプログラムの準備をしてダルシャンに望むみたいです。

しかし、明日帰国予定の子供とかもいるんじゃないのかなあ。


ウエスタンキャンティーンの前で主名と会いましたが、
プログラムをする子供たちには大きい袋のプラサードが配られてたみたいで、
中にはチョコレートがどっさり入っていました。
なので主名はごきげんでした。

ダルシャンを待ってる間は眠くてふらふらして、周りの人にバンバン当たりまくって迷惑をかけたとか言ってました。

ババが来たときはババが見てたとか言ってました。

26日までアシュラムに泊まるように促されてる感じがしてたので、今日26日の晩まで泊まって、
明日はアパートに引き上げますが、
主名は
「ぼく、ずっとアシュラムに住みたいな」
とか言っています。


やっぱりアシュラムの中はなんかいいんですよね。
それに主名は今は歌の練習で友達がいっぱいできて、主名が最年少だしみんな優しく声をかけてかわいがってくれてるし、
アシュラムにいたら部屋の外にでたらそういう子供たちとすぐに遊べるし、楽しいんだと思います。

やっぱり人はどこかに帰属するときに安らいだり楽しかったりするんじゃないかと思います。
わたしもいまでこそ協調性に欠けますが、
大家族で育ったし、いつもいろんなグループに属し、4年半も寮生活を楽しみ、仕事でもいくつも女子寮やアパートで他の女の子と同居とかしながら働いていたので、
人がたくさんいる中で暮らす楽しさは良く味わいました。

子供って、とくにそういう集団の中にいる楽しさが大事な気がします。

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アシュラムの部屋の中で。

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【2010/12/27 04:36】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマス
今日はクリスマスでした。

朝はババは出てこなかったみたいです。

夜はわたしらはゆっくり行きました。

7時くらい?

そしたらババは来たばっかりだったのかな?そんな雰囲気でした。

サウスのほうのゲートには近づくことすらできなかったので、ババの家のほうをぐるっと回って、反対側からサウスのゲートに行って、何とか中に入れました。
プログラム参加者の名札をかざしつつ。

ババは黄色のローブを着ていました。
クリスマスに白じゃないってなんか珍しい感じもします。

今日は数名の西洋人の?歌手がそれぞれソロで短時間ずつ歌っていて、それがディナーショーみたいでとてもよかったです。

オペラ的に歌ってる人も何人かいて、私はそういうのは好きなのでぞわぞわして堪能しました。

クリスマスソングは主名も練習中のがあったので、一緒に口ずさんだりしました。
しかし主名はオペラの歌い方は
「おぅおぅおぅおぅ、、、って、なんだあれ」
と、変に思ったみたいでした。

チョコの入ったウエハース菓子みたいな1つ5ルピーの(と、印刷してあった)プラサードが配られました。

やはりインド人は決死の勢いで取りに(奪いに)いくのでわやくちゃでした。
どうにかならんのかあれは。

しかし私たちのところにもセキュリティスタッフが回ってきて渡してくれたのでよかったです。

ババは小さく両手ブレスなどを何度もしていました。

出演者はみなパダナマスカールを与えられていました。

終わったのは夜10時前だったと思います。
遅くなりました。

昼過ぎの1時とか2時とかから並んでる人も多かったと思うので、お疲れだったと思います。

しかし、いいクリスマスだったな、いいダルシャンだったなー、と思いました。

ハッピーメリークリスマス。。。

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【2010/12/26 04:46】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマスイブ
昨日はクリスマスイブでした。

昨日今日と、クリスマスのプログラムの出演者と、子供が出演者の場合はその親も出演者用の席がもらえるので、
主名を男性側の席に行かせました。
私と一緒に女性側に行くと、主名はもう7歳なので、2人とも後ろに座らせられる可能性が高いので。

私は後からゆっくり行きました。

大人の聖歌隊が歌を歌っていて、
「もう10年以上同じ曲ばかりだ」
と文句を言ってる人もいましたが、

でも、インドの歌の抑圧から立ち上ってくるようなせつな過ぎる神への歌でなく、晴れ晴れと明朗に歌われる聖歌はいいものでした。

しかし週末に重なったからだと思いますが、
インド人の数もすごくって、プラサードを配られるときもやっぱり全身全霊で命を懸けてもらいに行くインド人たちですごいことになっていました。

もらうのをあきらめて、ウエスタンキャンティーンに行ったら主名が2個もらっていたので、1個もらって、他の家族と分けて食べました。
袋は西洋風でしたが、お菓子自体はインドのスイーツと言う感じでした。

ババの写真と、裏面にババのお母さんのイーシュワランマの写真が写っているカードも入っていました。

サンタクロースが数人、ウエスタンキャンティーンの上からキャンディーをばら撒いてて、
みんなキャーキャー言いながら拾い集めていました。

この日はウエスタンキャンティーンは50ルピーでバイキング方式だったのでちょっと楽しみにしてましたが、
特別ディナーというよりも、あまりにも多い人を素早くさばくための方策という意味合いが強かったみたいで、
内容はむしろいつもよりも品数が少ない感じで、
とにかくがんばって量と数を作ったんだろうなという雰囲気でした。

キャンティーンの中にもサンタクロースが数人やってきて、子供たちにプレゼントを配っていました。

これは毎年恒例になってるみたいで、
主名はこの瞬間を待ち構えて3回もプレゼントをもらい、ダルシャンでもらったプラサードは紛失していました。笑


今朝はサンタクロースは主名の枕元にはおもちゃの車を置きましたが、
主名はドラえもんのポケットを希望していたので、
「なんだこれ?」
とかいうので
「返す?」
と聞くと
「返す」
なんていってました。

でもそのうちラジコンなことにきがついて、
「やっぱこれでいいや」
「おもしれ~」
「停電のときに使えるし(光るから光源として)」

と、お世辞かもしれませんが言って遊んでます。

「ドラえもんのポケットは、ドラえもんがあげるのイヤっていったんちゃう?」
と言ったら
「フエルミラーで増やせばいいのに」
とか言ってました。

ドラえもんはほとんど無害なマンガかと思ってましたがやはりへんな知恵がついた模様。

今年のプレゼントのリクエストもしつこく私に言ってくるし。


しかし、もしかしたらアパートの部屋にドラえもんのポケットが来てるかもしれないと思ってるらしく、
部屋を見に帰りたがっています。

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ウエスタンキャンティーンの中のクリスマスツリーの前で。

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芝生のところのイルミネーション

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みなさんにプッタパルティーからハッピークリスマス! 

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【2010/12/25 12:30】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
先日のチダムバラムのプージャの写真①


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【2010/12/25 03:23】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
コメント情報の訂正
コメントに書いたプロセッション(子供の仮装行進)の参加資格の訂正です。

こちらのコメント

6歳から14歳くらいと書きましたが、今年の参加資格を見ると6歳から16歳までになってました。

ひたすら座ったり立ったり歩いたりの練習と、ダルシャンの待ち時間数時間を耐えられる、多少英語に耳なじみのある子供さんなら大丈夫と思います。

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【2010/12/24 14:25】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昨日の昼にチダムバラムからプッタパルティに戻ってきました。

子供の世話の引継ぎ?やら、部屋のことやらであたふたしててすごく忙しかったです。

主名のクリスマスの歌の練習も佳境に入り、昨日と今日は夕方のダルシャンは子供たちはまとまって指定の席に座ってました。

今年は誰も首にならなかったのかと思いましたが、やはり5人くらいの子供は途中でやめさせられたみたいです。ほんとかな?

多分私がいない間にじゃないかと思いますが。

主名は皮一枚つながってるのか、今年はまだ首にはなってないです。

でも今日のダルシャンのときに遊んじゃったとか言ってたので明日あたり怪しいかも。

今日はババは6時半くらいに来たと思います。
ホールをぐるっと回り、そのまま壇上の中央に行って、しばらくバジャンを聞いてアルティになりました。

私は主名を迎えに行かないといけないのでアルティのときにホールから抜けて男性側の出口の外で待ってましたが、
主名は主名で女性側の出口の外でずっと待ってたそうです。

美しい話かもしれませんがどっちも待ちぼうけでした。

ダルシャンのときに、ババの意識が来てる気がするのは気のせいでしょうか。
私が意識を向けてるときだからというのもあるでしょうけど、
ふっとつながってる時があるのを感じます。
ほんとはいつもわたしの内側からもババは自分自身としてあるんでしょうけども。
【2010/12/23 01:44】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
親子それぞれが外泊。
今日は早朝から今の夜中までフル活動でした。

かなり活動量多かったです。

明日から1泊2日強、タミルナドゥのチダムバラムテンプルに行ってプージャに参加してきます。
そのあと、土星の寺のアビシェーカムにも参加するみたいです。

こっちもかなりハードなスケジュールです。

主名はクリスマスの合唱の練習に参加させるので、知人がみててくれます。

うまくアシュラムの中に泊まれることになって、7歳の男の子と同室になるので、主名は
「ヤッホー!」とかいって喜んでいます。

眠くて涙が出てきたのでとりあえず寝ます。

さいら~む。

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【2010/12/19 04:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
テルグーな人々の巨大グループ来たる。
今朝は携帯の目覚し機能のアラーム(普通の目覚まし時計よりも確実。)を6時半に止めたあと、また寝て少し寝過ごしたので、部屋で主名にビスケットとミルクティーで朝食を済まさせて、クワイヤー(聖歌隊)の練習に送り出しました。

私はもう少しゆっくり用意して、後から行きました。

練習の後は芝生にいて、11時にノースインディアンキャンティーンでご飯を食べて部屋に戻り、1時間弱ほど2人とも寝てから1時10分からの午後の練習に行きました。

3時半に練習が終わってから主名が友達のところに遊びに行くといったので、練習はクリスマスまででだけだから、ちゃんと練習できるように部屋に戻って少し寝るように説得したら納得したので、寝させるために先に部屋に帰しました。

6時過ぎに私が部屋に戻ったら主名は寝ずにおもいっきり遊んでたのでちょっとキレました。

頭にきたままアシュラムに行ったらババはもう来てて、男性側の外の通路はプラサードを運び込んでて通行止めになってました。

しばらく待って通行止め解除になったらわれ先に行こうとする人でごったがえして、ついでに肘鉄とかしていったりするのでうんざりでした。

今日の夜はノースインディアンキャンティーンはモモ(チベットの餃子みたいなやつ)と知ってたので、
気分を良くするためにおいしいモモでも食べに行こうと思って行ったら、
いつもは子供連れは先に行かせてもらえるのですが、
今日はテルグ語圏の巨大グループが来てて、
子供を先に行かせたらみんな行くからということで、長い列に並ぶように言われました。

並ぶことを楽しむときもないわけでもないですが、今日は並んでまで食べたくない、という気分で楽しめなかったのであきらめてサウスインディアンキャンティーンに行きました。

幸いサウスのカードライスはおいしかったので気持ちが落ち着きました。
というか、おなかがいっぱいになってぼ~~~っとなりました。

サイクルワントホールでは例のテルグ語圏の巨大グループ(少なくとも数千人のグループと思います)が、劇をしてました。

クリシュナがいっぱい出てきてて、たくさんのクリシュナが縦に並んで手の角度を少しずつずらして、前から見たら千手観音みたいに見える、というやつもやってて、
それは結構よくあるんですが、
今日はそのたくさんのクリシュナが左右にも並んで、顔がいっぱいあるクリシュナ、というのもやってて、
それはちょっと新しい、と思いました。

でも、もう、こういうのは飽き飽きでうんざりだー、もういいよー、と思って、なんか疲れながら見てました。
全部テルグ語でわけわかんないし。
「マリ」というのだけわかりました。「続けて」という意味だったっけ?
あまり確かじゃないですが。

で、でもババは布で目をぬぐってました。

えーーーーうそ、、ババ、この劇に泣いてるのかーーー。。。と、多少虚脱。

しかし、常にババみたいな人を最後まで認めないことが多い地元民にこれだけ受け入れられるというのは素晴らしいことですよね。

ババも若いときは地元民にひどい嫌がらせとかされまくってたんでしょうから、
あるいは感慨深さもひとしおなのかも。


ババはベリーハッピーだったみたいで、にっこりと片手ブレスを出演者に投げかけていました。

出演者にはドーティーとサリーかな?が、与えられていました。

ホール内のおじさんスタッフの横柄さが遠くからでも見えたので、「あーーー」と思いました。
世界は自分の投影らしいので、気になるってことはわたしも同じ質を持ってるんでしょう。。。か。

ババは車椅子で下に下りていって、出演者と記念撮影をしていました。
拍手が起こったので、なんか物質化したんでしょうか。

アルティになったらテルググループはもう総立ちで、ああーーー、だれかどうにかしてーーーーー状態でした。

イナゴの大群みたいです。
人の群れとは思えない。
個人性はないんでしょう。良くも悪くも。
誰か、グループの内部でこういう振る舞いに反省の声とか上がらないんでしょうか?
上がらなさそうです。

赤と緑のゼリーみたいなプラサードも配られました。
もちろん恐ろしいことになってました。

何でそんなにひどいことになるのか、ほんとわけわかりません。

しかし、そんな中であくまで座ってる人たちとともに座ってたらそこをめがけてプラサードを持ったスタッフが来ました。
周囲を立ってる群衆から伸びる無数の手に囲まれましたが。
ひとつもらった後も座ってたら、立ってる人たちに囲まれてみんなの手がプラサードを求めて
宙に突き出されている中、
セキュリティスタッフはもうもらったかと再度聞いてくれました。
プラサードを配るスタッフもそりゃあ、この抑制力欠如しすぎな群集にうんざりするだろうと思います。

ほんとに抑制力欠如しすぎ!!

抑制力欠如の主名もどこかに取りに行ったけどさすがに今日ははじき出されて無理みたいだったので、わたしのを半分こして食べました。

終わったのは8時半くらいでした。
ババは車で帰っていきました。

クリスマスの練習のメンバーでダルシャンに行くときに主名は白い服の上下があったほうがいいので
今日の夜に仕立て屋のところに行って、3そろい仕立てるように注文しました。
去年作ったのはみんなひざが破れてるので。

今日は金曜日ですが、火曜日にできるそうです。

店にいた仕立て屋の娘も7歳だということで、少し学校の話とかしました。


部屋に戻って、さっきまで歌の練習をしてました。

でも今日は数十分だけど昼寝したのでまだ眠気は来てないです。
主名はもう寝てます。

歌える曲が1曲でも2曲でも増えていったら、やっぱり練習も楽しいようです。
パーカッションや他の楽器と一緒に練習するので、そういうのを見るのも楽しいみたいです。

でも他の男の子たちと休憩時間に遊ぶのが一番目的みたいで、
明日の用意はというと、その子達に見せるために写真のアルバムを持っていこうとしてたのでそれはやめさせました。

まあ、今回クワイヤーが首になるかならないかはわからないですが、半分、首になるつもりでいます。
だって、ダントツに歌えなさそうなので。

首になったらプロセッションという仮装行列に参加させます。
そっちは数日間の特訓だけがあります。(歩き方とか)

そっちは仮装の衣装も仕立てないといけないので(仕立て屋に仕立てさせる)、そういうのでちょっとばたつきますが、
親としては気楽です。

聞くところによると、プロセッションの登録は19日だとか。

ということは、クワイヤーを切られるかどうかは明日、18日には分かるのかな?

まあ、やれるだけのことはやってるからどうでもいいです。

もう1時過ぎかー。明日はちゃんと起きれますように。

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【2010/12/18 04:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
子供クワイヤー3日目(あれ?4日目?)
今日は子供クワイヤー(聖歌隊)の練習の3日目<(4日目?)でした。

朝7時から今はウエスタンがあいてるので、(クワイヤーの練習するひとのため)早くにいって、朝食を取り、
7時40分から10時まで練習でした。
わたしも自主錬用の音源の録音のために付き添うことにしました。

今年は南米の子達もロシア人の子達も心なしか少なく、クワイヤーに来てるのはアメリカや南アフリカかなどのネイティブかそれ状態の子達が多いみたいな気がします。

昼までは主名は少し芝生で遊んで、そのあとまた1時10分から3時半まで練習でした。

今日はジンマシンは出ませんでした。
もう出尽くしたのかな?

そのあと、友達の家に行くというので、
「ダルシャンのときに(部屋で)熟睡せんといてよ!」
と言ったら「うん」とかいってましたけど、
結局ダルシャンのころには部屋で熟睡していました。


それでも夜8時前に起こしてアシュラムに行ったんだったと思いますが、
そしたらメインロードにでたら「ジェイ!」という声が聞こえたので、
あ、アルティ今終わったんだと思い、
急いでアシュラムの中に入り、
家に帰って行くババを裏から見ました。

今日は車で帰ってました。

夕食を食べて部屋に戻ってきて風呂に入ってから、今さっきまで歌の特訓をしていました。

メロディとかはともかく、
歌詞がぜんぜんついいていけないので。
主名が唯一聞いて覚えて合ってた歌詞はアフリカの言語の曲でした。
アフリカのってそのままローマ字読みみたいなかんじで、日本人には言いやすいみたい。

まあ、一口にアフリカと行ってもいろんな言語があるんでしょうけど。


なので、さっきまで、録音したものをもとに、英語の歌詞とメロディーを確認して合わせていく練習をしてました。

正しくは
「By one God」
とかいう歌詞を

「My one girl」
と歌ってたりするので、油断がなりません。

一日1曲でもまともに歌えるのを増やしていく作戦です。

しかし、用意されたプリントには、マントラ2つに歌が20もあるんですが、あと1週間くらいでそんなにたくさんするのは大変。

主名も去年よりかは多少読めるようになってるのが救いでしょうか。
いったん教えると、プリントを見ながらなんとか一人で歌えるようになるので。


去年はとにかく丸暗記させてましたから。
まるでヴェーダの特訓のように区切って何度も復唱させて。

主名は
「みんなすっごい早くて、1秒で全部いうからついていけなーい」
とか言ってますが。
ヴェーダと違って、誰も英語の単語の発音とかはわざわざ教えてくれないですから。
英語は前提条件なので。

アフリカの言葉の歌は、その言語はほとんどの子にとってなじみがないので、ゆっくり単語の発音とかも全体練習でやるので、ついていけるみたいですが。

でも、文字とメロディをあわせて歌う練習をした後は何とかついていけてるので、地道にやらそうと思います。
1日1曲。


ウエスタンキャンティーンで、やっぱり合唱の練習で一緒の南アフリカの10代後半くらいのおねえちゃんに手を振られて、にやつく主名。

「あのお姉さん、かわいい。。。」
とか言っていました。


しかし、去年やずっと前に会ったような子供連れの姿が多くなってきて、
向こうも「あっ」と思って手を振ってきたりします。

子供連れの家族では子供が当然ながら見るたびに成長しているので「は~~~」と感慨深いです。

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【2010/12/17 03:55】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
じんまし~~~ん。
今日は午後の合唱の練習が終わったあと、部屋に戻って、主名は夕方に寝たのですが、そしたら寝てるあいだにどんどんじんましんがでてきて、顔が赤くぼこぼこになりました。

帰農も部屋に戻って5分後くらいにどんどん出て来たし、部屋に戻ってほっとしたり、寝て神経の状態が変わると出るのでしょうか?

それとも部屋のダニへのアレルギー!?笑?

さっきまでうんうんうなりながらあちこちかきむしってたのですが、
デジカメを触らせたら余計なものを撮影してはげらげら笑って、かゆいのを忘れたみたいです。

いまはフンフンと鼻歌を歌っています。

調子に乗ってうるさくなってきました。
もう夜遅いのに、かしわ手を打って歌っています。

しかし、合唱の練習は録音して自主練するために、わたしも付き添うことにしました。
といっても保護者は部屋の中には入れないので、外で座って漏れてくる音を録音してます。

今日の夜は7時過ぎに行ったらババは前に座ってたんだっけ?
コンタクトせずに行ったのでよく見えなかったけど、
周りの人たちの動きによると、ブレスかなんかしたのかな?と思いました

そういえば、ババのダルシャンて、ただだなあ、と、ふと思いました。
まあ、インドに来るのも滞在するのもご飯を食べるのも何するにもお金はかかってきますが、

ああ、何かもっと書こうと思ったのですが、
主名が気分よく朗唱しだしたので、書こうとしたことが脳裏から消えました。

しかし、合唱の練習で、アシュラムの中にいる時間の割合が高くなってますが、
そしたら自分がどんどんきれいになって透明になって軽くなっていく気がします。(バイブレーション的に)

やっぱ、外は澱んでるよなあと思います。
外にでて、なじんでしまうともうわからないのですが。

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【2010/12/16 01:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
子供クワイヤー練習2日目
昨日、主名は練習から帰ってきたときはよかったのですが、部屋に帰ってくるととたんにジンマシンがブワーーーっと出てきて結構すごいことになっていました。

ジンマシンなんかほうっておけばそのうち引くと思うのですが、
気休めにでも何かするかと思って、
ホメオパシーの薬局に行って薬を処方してもらいました。

その後も顔や手足、おなか、背中(つまりどこでも)に出ててかゆがっていましたが、
ホメオの近くの家に遊びに行って、子供同士遊ばせてたりテレビを見たりしてるときはそっちに気を取られてかゆがりませんでした。

でもいえにもどるとまたかゆがってぐずぐずうなってましたが、眠さの方が強くて、
顔にいっぱいジンマシンを出しながらも良く寝てました。

今朝もあんまり調子もよくなさそうでしたが、
とりあえず歌の練習に連れて行きました。

さっき終わりましたが、今はほとんどジンマシンは引きました。

まだ始めたばかりだから難しく感じるのかもしれませんが、今年の選曲は、大人っぽい曲が多くて難しいみたいに思います。

来てる子供たちもなんだかおとなしい子が多い感じ。

去年来ててとちゅうで首になったロシア人の子たちなんかは今年は来てるけど不参加みたいです。
主名と友達になったマレーシアの子も来てないです。
去年で懲りたのかも。
一方的に途中で参加を拒絶されて、子供たちはしくしく泣いて親たちはかんかんに怒ってたから。

おとなしい子ばかりだと問題は起きないだろうけど、つまんないかもと思います。

いつも参加してたプッタ在住の外国人の子供たちも今年は全然参加してないです。

2人はババの学校で寮生活するようになり、
数名はビザの関係でインド国外に出ないといけないようになり、
数名は去年つめたく拒絶されて「やってられない。ばかばかしい」と、今年は合唱には不参加なのかも。

それとも学校の勉強が忙しいのか?
去年は親たちも子供をプログラムに参加させたくて学校を休ませてたけど。

合唱で激しく拒絶された子供たちへの救済処置のように、
仮装行列みたいなのがあるのですが、
そこの雰囲気はすごくまともなかんじです。

去年の合唱の、一部の子供たちを激しく拒絶するやりかたはちょっと、双方が傷つくような感じでした。

もうちょっと、うまいやり方もあるだろうにという感じでした。
去年が初めてというわけでなく、毎年行われているプログラムなのになー、と。

主名も、去年途中でもう練習には参加できないといわれて、一応納得して、
でも最後にもう一度だけ参加して終わりということになっていたので参加したら、
普通に歌ってたらしいのに途中でひとりだけわけもわからないままヒステリックに部屋の外に追い出されて戸をしめられたので、
ちょっと、スタッフ人たちの精神構造はどうなってるのかと思いました。

いつも外で練習を聞いていた私への「もう来るな」という攻撃的な意思表示だったのかもしれないですが。

わたしは基本的にすぐあきらめるので、ダメならダメでいいのですが、
そういうパターンは予想される行動パターンの候補には入ってないようで、
ダメと聞いて私が攻撃的になるということを前提に、先手を打たれて攻撃されたような感じでした。

そういうある種の西洋人的な精神構造が、あったと思いました。

まあ、それも私の偏見かもしれませんが、
昔は私は普通の日本人のように西洋人が好きだったのですが、
インドに来て普通に日常で接するようになると、西洋人の突出した攻撃性が痛いことが多いです。

しかし、子供たちはみなクリスマスが大好きで、指折り数えて楽しみにしてる行事なので、
プログラムを成功させなければいけないというプレッシャーがあるのはもちろんですが、

あまり悲しい思いをさせないで欲しいと思います。

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【2010/12/15 15:09】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマスの子供クワイヤー(聖歌隊)
熱が下がって下痢も止まったと思ったら、昨日の晩から主名は全身、特に腕にすごいジンマシンが出てて、
かゆくて寝れない主名もわたしもなんだか寝たような寝てないような感じで朦朧と朝を迎えました。

まだ朝もかなりジンマシンが出てましたが、腕のはほぼ消えて、足に今度は出てたので、
多分これもそのうち消えそうと思って、本人の希望もあり、とにかく、今朝から主名は無事にクリスマスの子供聖歌隊の練習に加わりました。

去年のように、数日後にクビになる可能性も無きにしも非ずですが、少なくとも数日間は、

わたしも主名と離れる時間ができてうれしいです。

主名にとっても私にずっと両手でぶら下がってるよりもそのほうがいいはずと思います。


なんだか何で毎日こんなにハードなんだろうとか思います。
全部が不安定というか。
ラーフっ子主名の影響なんでしょうか。

しかししばらく離れてようやく脳がクールになりました。

主名と一緒にいると脳が沸騰します。



去年は主名は途中で聖歌隊を一方的に首になって、本人もわたしもすごく頑張って参加したり部屋でも毎日夜中まで練習したりしてたので、あんまりだー、と思って、多少傷ついた感じになってたからだと思いますが、
今朝、主名を送って行った後、一休みしてるとそのときの感情を思い出してううう、と悲しい感じになりました。


さっき主名が練習を終えて戻ってきましたが、やはりジンマシンはほとんど消えていました。
外に行ったほうが絶対いいんだと思います。

でも、練習中に朝に食べたイドリーを吐いたとかいってました。

そして下痢も復活。


クリスマスの練習への参加と、わたしのチダムバラムテンプルでのプージャへの参加がダブルで進行してるので、いろいろ自分らの中でも急激にかき回されてるのかもしれないと思います。

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【2010/12/14 13:52】 | 主名日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ゆるめるのが必要な日。
今日はギシギシしていました。

昨日までのうっとおしさに代わって、キレるかんじと、脳が硬く絞まる感じ。

夕方少し寝て少しマシになりましたが、
やっぱりきつくって、

しかしそのあとちょっとなんかあって少し緩みました。

アーユルヴェーダのシローダーラでしたっけ?

ああゆうのでもしてちょっとゆるめたらいいかもしれないとか思いましたが、
めんどうなのでしないと思います。

自分的にはなかなか今きついかんじですね。

体調のほうは、最近は紅茶もコーヒーも体が受け付けるようになったので、
戻ってきたんだないという感じです。

自分ではずっと前から体調は戻ってると思っていたのですが、

やっぱり、ずっとミルクやハーブテーにしていたのですが、最近紅茶やコーヒーが飲めるようになったところをみると、少なくともこの今の状態に来るまで、病気後1ヶ月はかかってますね。

最近ちょっとまた無理しがちな感じなので気をつけてペースダウンしないといけないなと思いますが、
なんやかんやとやることがあってそれもままならず。

ママ友達から電話がかかってきて少し話したのですが、
なんだか、すごく忙しいか、少し忙しいかのどっちかです。

インドの季節は「暑い」か「もっと暑い」か「最高に暑い」の3つがあるといわれるのと同じように。

彼女もこの前会った時、毎日洗い物とかあって、わけが分からない。休む暇がないとかいっていました。
だからこの前会ったときはとりあえず洗い物を放置してありました。
「みて」
と、山盛りになった洗い物を見せてくれました。

「わたしも同じ」
と思いました。言いませんでしたけど。

主名は「うちの方がもっとすごいよ!」
と、自慢していました。
お前が言うな!

最近常に何かやるべきことが山積みです。

私も放置してあることがたくさんあります。
日々積み重なって層になっていく机の上とか、
壊れたままのキッチンの蛇口とか。

タイミングが合わなくて積極的に修理に来てもらえなくて。

とかいって、実際は座ってお茶を飲んでたりするのですが、
なんというか、常に消耗してて、最近はエネルギーが満ち溢れてるという状態に日常の中ではなれなくなって余裕がない感じ。
子供と一緒にいるとエネルギーを与えることになるのでどうしてもしょうがないですが、
手伝わなくてもいいから、せめてお願いだから仕事を増やすな!と、怒鳴りました。

今日、オレンジジュースを部屋の中の床や物の上に主名がぶちまけてしかもそれに気がついてないとき。

一日に3回も4回も着替えて脱いだ服を床に脱いだままにしているとき。

主名はよく、夜でも昼間でももらしがちなので、毎日洗面台の中には数セットのパンツやズボン。
(おしっこしみ込み済み)

子供が近くにいると、その気配だけで頭の中がぐちゃぐちゃになって、い~~~~っとなってきて、何も考えられなくなってきます。
1日20分とか、子供とともに過ごすのはいいかもしれないですけど、
24時間×エンドレスみたいなのだと、対応時のゆとりが徐々に少なくなってきて、ある時点で消滅します。

今日の夕方は寝てから7時過ぎにアシュラムに行ったらすでにホールの電気が消えていたので、
ダルシャンを逃したと思ったのですが、
今日の午後はババはダルシャンはお休みだったようでした。

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【2010/12/14 06:11】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
復活?
ここ数日、かなり澱んでましたが、今日はようやくそこから抜けたみたいです。

主名の熱も下がったみたいですし、トンネルを抜けた感じ?

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【2010/12/13 04:35】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ダウナーな日。
今週は主名の体調が良くなかったです。

喘息に始まり、咳、熱、下痢と腹痛、べたべたぐにゃぐにゃ四六時中からんで干渉してきてわがままを言うなど

19日から2晩ほど、わたしはチダムバラムテンプルに行く予定で、
その間、主名は主名の友達のお母さんが見ててくれることになってるのですが、

主名が生まれたその日から、7年間一回も別々に寝たことがないので、彼なりに不安で、いろいろ今のうちにバランスを取ろうとしているのかもしれません。

もしくは、離れる2~3日分前もって私の注目をひきつけておくようにしてるとか。

しかしそれはいいのですが、学校も行かずにずっと一緒でべたべたされるとさすがにわたしも余裕がなくなって疲労してきますよね。

こういうとき、大家族だったら子供の気も散っていいんですけども。


そういうわけで、まだ熱があるので、今日の夜は主名を部屋において、7時過ぎに少しダルシャンに行きました。
インドの子供たちがつぎつぎときりなくババの前で踊っていました。

しばらく見て、ウエスタンに行って夕食を買って持ち帰りました。


あ、そうだと思ってATMに行ってお金を下ろしていたら、部屋の隅の台の上においていた袋入りのスープが傾いて、
一部中身が床にこぼれて飛び散りました。

そしたら外にいた2人組のインド人の男のうちの一人が中に顔を突っ込んできて、ぎゃーぎゃー何かいったので
謝ったのですが、

ATMから出ようとしたら外からドアを押さえて出してくれなくて、
えらい剣幕のヒンディー語で、こぼしたものを自分で拭けといってるみたいでした。

まあ、拭くくらい簡単ですが、
なんせ私はかなり疲労しててATMも何度か打ち間違えるくらいだったので
そこに雇われてる掃除の人が毎日の掃除をするときについでに拭いてくれるだろうと思って、
自分でやる義務は感じなくて、
そのいわれ方もちょっとあれだったんで、それこそ意地でも全く拭く気にならなくて、

ATMから出ようとしたんだけど、出してくれない!

いつもいる警備員とも違うし、
「あんただれよ?」
と、そのドアを外から抑えてる小柄な若い私服の男に対して思いましたが、
「ちょっと、お願いだからあけて」
といって押しても男はドアを抑えて出れないようにしてる。
もう一人のやはり私服の男は横に座ってその様子を見てニヤニヤしてるし。

どこかに警報装置があったら鳴らしてやろうと思って見回してもなかったので、
ひたすらドアから出ようとしました。

そんなことを何度か繰り返し、多少途方にくれつつ、男の目をじーっと眺めましたが、
男はドアを外から抑えてがんばってるので、
そのガラスのドアをけってやろうかと思ったけど思いとどまって、
騒いで外にいる人の注目を引こうか、とか思案しつつさらに出ようと何度か試みてるうちに
男の要求を全く実行しそうもない私の様子に、
男も気もちが引いたのか、私は外に出ました。


あああ、くたびれた、というかんじでした。

調子の良くないときはさらに調子が悪くなるようなことが起こるから、ほんとは家でじーっとしてるのが無難です。

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【2010/12/12 05:01】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サイナーマボロ♪♪♪ゴヴィンダナーマボーロー♪♪
今日の朝はインド人の知人の引越しプージャに行きました。
親子の牛と、坊さん3人とゲストが何人か来てました。
朝っぱらからプラサードの3種類のご飯とワダ(円盤型の掻き揚げ)を食べました。

その後は別の知人の家に用事で行きました。

昼はウエスタンで食べ、
そのあとは、、、芝生で一息ついた後、部屋に戻って送る荷物をつくったりしていました。
(郵便局には間に合わなかった、、、、、)

夜は7時過ぎにアシュラムに行きました。
赤い髪の西洋人女性がソロでババの横で歌っていました。
時々歌うひとで、プロのシンガーなんですよね。
どのくらい有名なひとなのかは知らないけど。

低いどすの聞いた声で歌っていました。
ある種の人はああゆううたい方をしますよね。
英語の歌を歌ってる時はムードがよくて、おおーっここはどこだ!?と思いましたが、
バジャンも同じような調子で歌ってて、バジャンはバジャンののりで歌って欲しいような気もしましたが、
ホール内は大きな拍手に包まれていました。

「サーイナーマボーローーー♪ゴビンダナーマボ~~~ロ~~~~~♪
   マハーデーヴァボ~~~ロ ジェイパンドゥランガボ~~~~~ロ~~~~♪」
の、わたしも好きなバジャンを歌っていました。

(サイの御名を唱えましょう ゴーヴィンダの御名を唱えましょう。
     唱えてよマハーデーヴァと、言ってちょうだい、パンドゥランガに栄光あれと。)
           →うそ適当日本語訳


わたしはインド人の女の人の超音波みたいな声は行きすぎと思うときもあるけど、
ムードたっぷりの歌い方よりも能天気さのある歌い方の方が好きです。

でもインド人ばっかりじゃなくて、世界各地のああゆうプロの人がちょくちょくなんかやってくれたら楽しいなーと思います。

帰依者が自分らで頑張ってなんかやるのはそりゃ素晴らしいですけど、長年研鑽を積んでるプロの演奏とかはやっぱいいですよね。

今でも覚えてるのは、1995年にプッタパルティで世界音楽祭が開かれたときに歌った女性です。
どこの人だったのか分かりませんが、ヨーロッパのどこかと思いますが、
アルプスを思わせるような衣装を着て歌ってましたが??、あれは素晴らしかったです。

そこにいて歌ってるけど、爆発してはじけとんでるようでした。
素晴らしい声、奇跡の瞬間を体現し続るかのようなあの歌声は、あの時間違いなくこの世を遥か超越していました。
多分ババもあとで彼女にネックレスかなんかを出して与えてたと思います。

1999年のブッダ祭のときの、多分10代の子供たちだけどプロとして海外公演をしてる人らの太鼓も、
同じ日本人として誇りに思わせてくれるような活性化させてくれる素晴らしい演奏でした。

彼ら、彼女たちはババがどうのこうのとかって、多分思ってなかったでしょうから、余計真摯で純粋で素晴らしい演奏だったんじゃないかと。
みんなが感動して、この、毎日が行事の連続のプッタパルティの中にあって、いまだにその時の感動的な演奏を覚えてるインド人や西洋人がいます。

ババはこの、大きな太鼓を叩いていた男の子とすごくうれしそうに記念写真を撮ってましたよね。
まるでババがミーハーみたいでした。

今日の歌が終わったあと、ほんの少し通常のバジャンが行われて
(いつも思うんですが、場の状態を元に戻してるんでしょうか?)
アルティになりました。

ババは男性側と女性側に両手ブレスをしていました。

やはり手からなんか出してるんでしょうか?
ブレスがこちらに向けられると、胸がクーっとあつくなるというか、こみあげてくるというか、
今日はものすごく充電された感じがして、自分がふわふわと持ち上がってるような感じで
充電して飽和してるような、体の内部ですみずみまで激しく酸素が流しこまれてるような、プチプチあわ立つような、いい気持ちでした。

今日の午後のダルシャンが終わったのは8時くらいでした。
その後はウエスタンで夕食を食べました。

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【2010/12/10 02:30】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
遅いダルシャン。
今日は主名はぜんそくと、しんどがって2回くらい吐いて、家にいました。
わたしも疲れてたので今日は休日にしました。

夕方にイラン人の知人から電話がかかってきて、パソコンがフリーズして電源が落とせないけどどうしたらいいの?とかいうので、電話でどうしたらいいか言ったのですが、
なぜからちがあかなかったので、しばらくゆっくりしゃべってもいなかったし、主名を連れて彼女の部屋にいきました。

行ってみたらまさかと思うのですが、もしかしたら40年位前の?アメリカのラップトップでした。
いや、40年前のものということはまさかないと思いますが、
表示されてる年は40年前でした。

アメリカ人の年配の女性にもらったそうです。
で、キーボードの様子もなんか見たことないようなものだったので、
私が電話で指示してもそういうキーボードがそもそもありませんでした。

しかしなんか適当にやったら画面を通してシャットダウンできたので、魔法使いのような扱いを受けました。

ついでに、1970年になってる表示を今の2010年に合わせて、時刻とかもあわせておきました。

私なんかでも、プッタパルティではコンピューターのプロフェッショナルみたいな扱いを受けるときが時々あります。
ここに長く住んでる外国人は、ここインドで初めてパソコンと出会ったような人が少なくないので。

主名と彼女の風邪で学校から帰されてた息子も久しぶりに遊びました。
彼女の息子がババの学校に入ってからほとんど1年半ぶりじゃないでしょうか。
道端であってちょっとしゃべったりしたことはあったにしても。

で、私は7時過ぎに一人でダルシャンに行きました。

ババがきたのは8時過ぎとかだったと思います。
なかなか熱いものがこみ上げてきました。

肉体を持ったババが去ったら、肉体を持ったババに会うことは望んでもまず得られないものになってしまうでしょうから、そういう、ババが肉体を離れた時の目で、この貴重な時を満喫しました。

シルディ村に今年初めて行って、1泊2日の短い滞在でしたが、その後はやはりシルディサイババへの捉え方が変わっていって、今日もシルディサイババのところで歌われてるバジャンなんじゃないかと思われるバジャンが歌われたとき、
何かこう、とても深い感情がわきあがりました。

しかし8時すぎに来るババ、日に日にダルシャンの時間が遅くなっていっていますので、
ホールの中で長時間待ちに待った人たちがババの姿を見たときの喜びもひとしおという感じで、
その結果、ババが来たらそっこう総立ちでした(汗、、見えないよ~~~)

しかしババが来たときのホール内の温度が数度上がるようなあの高まりはすごいものだと改めて思います。
ババが来る前と来た後では歌われてるバジャンの意味もまるで違ったように思われます。

ババが与え続けているものの大きさの一端が垣間見えるように思える一瞬です。

ババがホール内を回って、女性側から入ってステージ中央に出てきたところで、わたしはホールをあとにしました。

ホールの男性側の外の通路でイラン人の彼女と会ったので、鍵を受け取って子供たちがいる部屋に戻りました。
彼女がアルティのあと、やはり学生の長男が学校に帰るのをホールの裏で見送って部屋に戻ってきたのはすでに10時過ぎでした!
今日のダルシャンは10時過ぎまでやってたそうです。

ご飯を食べて、お茶を飲んでしゃべったりして、わたしらが自分の部屋に戻ったのもすでにかなり遅く、11時過ぎとかだったかな?

明日は西洋人女性の歌手が歌うプログラムがあるそうです。
さあ、何時に終わるのやら。

この調子でどんどんダルシャンの時間が遅くなっていったら、そのうち日付越えダルシャンなんてことにもなりかねないですね。

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【2010/12/09 05:15】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
虚脱の日。@プッタパルティ(サイババメンタルホスピタル)
今朝は主名は喘息がでてると言うので学校を休んで2度寝してました。

それはいいんですけど、私は今朝の夢のこともあり、他のこともあり、多少気分が沈んでて、
前、夢でババに、今後、ちゃんとまたヴェーダを習うことがあるか聞いたときに「ない」といわれて、
そっかー、と思ったときみたいに脱力でした。

ババは最終的にはババ自身以外のものを与える気はないんだなという気がして、
そういう風に言ったらかっこいいみたいですが、私はあくまでいろんなことを楽しみつついろんなことに夢中になりつつ、ふわふわと生きていたいので、なんだか虚脱です。

与えても、取り去るんだー、みたいな。
与えられた時があることを感謝すべきなのでしょうか。

夕方喘息も治まった主名はよその家に遊びに行ってて、わたしは色々用事をしたりしてて、
夜7時40分か8時前くらいに小雨の振る中、アシュラムに行きましたが、
ババはまだ来てなくて、来る気配もなかったので、先にウエスタンキャンティーンに行きました。

おなかがぺこぺこでダルシャンを受けてもしょうがないので。
それと、まだ来る気配がなかったので、食べてから行っても間に合いそう、と思って。


で、私は30分くらいで食べ終わったのですが、
主名は食べるのがものすごく遅くて、しかも一生懸命食べてるんじゃなくていろいろしゃべったり、
別のことをして全然食事が減らないのでだんだんわたしはイラついてきて、

「わたし先にダルシャンに行っていい?ゆっくり食べて後から来たらいいやん。サウスの前で待ち合わせね」
と、行ったのですが、
「待って、待って」
といわれ、

「待ってたら終わってまうから、先に行かして」
「え~~~、今終わる。」
焦る気持ちでそういうのを何回か繰り返してるうちにダルシャンが終わったみたいで、
ホールからの人がウエスタンにも流れてきました。

なんか、今日はへこんでたしダルシャンを受けたかったので、情けなくなって、
自分が行かないだけならまだしも、私までダルシャンにいけないようにするなんて、
と、もういやだ~~~、こんな子。

みたいになって泣けてきて、
「ごめんなさい」
という主名をにらみつけながら部屋に帰ってひとしきりおいおいと泣いて、今は部屋は微妙な静寂です。笑。

ご飯食べて寝てるだけだったら犬と一緒なんで。
なんのためにここに居るのか、という。

ここ2~3日、なんとなく主名が重たいというか、ちょっとおかしな感じで。
流れがずれてギャップがあると言うか。

今日の夜8時くらいまで惑星配置も良くなかったそうなので、
そういう影響がわたしらレベルではこういう風に現れていたのかもしれないですが。

「もう、いちいち言うのいややから、自分で何したらいいか考えて動いて」
と、私の頭が痛くなるくらい毎日やれやれと言ってやらしている、漢字なんかのやるべき勉強を自らしてくれることを期待して言ったのですが、
そしたら主名は爪を切り出しました。

ああ、時々真剣に視野に入れたくないときがあります。

用事で占星術師のところに行ったとき、ほんとに難しい時がある、と言ったら、
主名は今はラーフだから、ラーフのときはだいたい学校に行きたがらないんだとかいわれました。

今は私の顔色を見て機嫌を取るために「おやすみ」と、早く寝ようとしたみたいですが、
本人も気づかないうちにと思いますが、思いっきり漫画を読んでます。

もう今日はわたしは彼を見ないように心がけてます。心にふた。

主名のラーフはあと5年くらいあって、その間何かと不安定で、その後は安定してよくなるみたいですが、
あと5年、もうちょっとどうにかなってほしい感じです。
しかし、5年が過ぎて、主名が安定して輝かしいいい状態になってまもなくすると私から完全に離れると、
何人かのひとに言われたりもしました。
あくまでカルマ解消な関係ということですか。

占星術師いわく、ここに居るということは大丈夫ということで、ババが夢で言ったみたいに静かにしてればババが何かを示すだろう。
と、静観の姿勢でした。

ここ以外、日本とかにいたら、ほんとにひどいことになってたというのは自分でも予想がつきます。
わたしも気違いみたいになってたと思いますし、(もうなってたかもしれないけど)
主名もいろいろかぶってもっと神経質になってたと思います。

なので、いろんなことがずいぶんここに居ることで開かれて軽くなって、軽減されてるんだろうと思います。


しかし、時々、あ~~~、むずかしいなーーー、と思う心ふさぐときはあります。今日のように。
それが神の手(やりくち)なのかもしれませんが。

追い込み漁みたいに広いところからどんどん先細りのところに追い込んで、逃げ場をなくして神に向かわせる。

たしかに日本で何も問題がなくて、キーっとなることもなかったら、インドにわざわざ来て住むようなこともなかったはずです。


ある意味ここは実家みたいなものなので、色々なレベルで助けが得られます。

そう、助けが必要な人が、ここに住んで、必要な助けを得られるようになってるのかもしれません。

サイババメンタルホスピタル、、、。退院のめど立たず。



3回も4回も軽く促してもやめなかったので漫画を取り上げて捨てたら主名は泣いて、10秒後にようやく横になって寝ました。

泣かすのが一番手っ取り早い時があるのは事実。


すでに日本のやさしい褒めて育てるような教育法にはなじめなくなってるような気がするわたしたち。

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【2010/12/08 02:07】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
彼は選ばれません。
昨晩は久しぶりに12時くらいに寝ました。
ここしばらく2時とか3時とかが多かったので。

そしたらババのを見て、朝4時半くらいに目が覚めました。

夢の中でよくあるシチュエーションなのですが、野球場みたいなすり鉢上のホールかスタジアムみたいなところで私はいて、周りにも人がいっぱいいるのですが、
周りがどよめく感じがして、振り返ると裏のドアからババが入ってきたところでした。

ババは一人お付みたいな白い服の男性と、小学校高学年くらいの女の子と一緒に入ってきました。

「あ、ババだ」
と私は思って、
近寄っていって軽く抱きつく感じになったのですが、軽く制されて、ババはそのまま行こうとしていたのですが、
私は何か言おうと思ってさらに何度か呼び止めました。

するとババは立ち止まってこっちを向いて、私が話すのを「言いなさい」と促しました。

私がババに話しかけるときには人とくっつくインド人もびっくりなくらい、顔も口も何もかもババと正面からびったりくっついたまま、しかしまじめに話していました。

私は主名の学校のことについてババに話しかけたのですが、ババは
「彼は選ばれません」
と言いました。

なので、主名はババの全寮制の学校に入学できないのか、と思い、
「じゃあ、わたしたちはいったいどうしたらいいのでしょうか?」
と聞きました。

主名を日本に返して日本の教育を受けさせるべきか、それとも、、、

するとババは
「静かにしていなさい」

か、「静かにやらせなさい」

か、そんなようなことを言いました。

わたしはさらに何か聞こうとしたのですが、夢はそこで終わりました。



起きて、あの、ババの横にいた女の子は誰だったのかな?
と思いました。



私は昨日も主名の勉強のことについてあせりのようなものを感じていて、
ここ最近は政府系の学校が長期の休みだったときからまた個人のコーチングスクールに行かせてるのですが、
どっちにしろ安定してしっかり勉強ができている状態ではなく、

政府系のところに通っていたらそのままずっと上の学年まであるのでいいのですが、
今までの様子だと、

学校で他の子とけんかして、物を取られて、かばんや服がぐちゃぐちゃになって、勉強はあまりせずに帰ってきてるだけで、私としても毎朝準備させてその学校に行かせる労力を払い続ける価値があるのか?という気がして
やる気が出ないです。

いつも主名も「○○が鉛筆全部取って鉛筆なかったから勉強できなかった」とか
「消しゴム○○が貸してっていって取って、あとで返してっていったら叩かれた。返してくれなかったから新しいの買って」「もうイヤだ、いたずらっこばっかり。あんな学校もう行かない」とか、
そんなようなことを言いながら毎日怒って帰ってきてます。
学力的には行けば行くほどそれまでそれなりに培ってきたものが退化していってるような。
字も汚くなり、覚えていたことも忘れ。

その学校の先生自身も「先生に対して子供の数が多いから目が行き届かない」と言っていて、
校長先生は「彼は乱暴だ(主名のこと)」とは言うけど、
やはり乱暴な環境の中にあって負けないように主名も乱暴してるという面もあると思うし、
「はあ」というしかないかんじ。

コーチングスクールだと少人数なので、もちろん物も取られないし、服やかばんもぐちゃぐちゃにならないし、
生徒同士がもめるとちゃんと先生がやめさせます。
勉強も時間は短いけどしっかりやらせる。

なので、主名は「先生が厳しいからもう行かない」
とは言いますが、
怠けて行きたがらないときはあるけど、行ったらそれなりに楽しいので、行くのに葛藤を感じて具合が悪くなるようなことはないです。スッキリした感じでいつも帰宅するし。

でも、コーチングスクールは正規の政府系の学校ではないので、大きくなるともうそこへは通えないし、
先生自身もまだ大学で勉強してるひとなので(研究か何か?すでに40~50歳くらいに見えるし)
自分の勉強との両立で、ちょくちょく休みになるので、そういう安定しなささはあります。

2年前の夢でババと話したときには2011年の6月が主名の入学のタイミングですかという私の問いにババは「そうだ」と答え、
「やはりもっと英語をさせるべきでしょうか?」というかんじで聞いたときには
「彼(主名)はサイラムのサくらい言えるでしょう?」と笑って答え、ババはその必要性の高さを打ち消して私の不安を和らげましたが、

今日の夢で「彼は選ばれません」
と言ったことで状況がどのようになっているのか、まあ、考えても分からないのですが、
主名がここに滞在するに当たって最善と思える道、ババの全寮制の学校に入ることが無理ならそれはそれでかまわないのですが、でもそしたら、、、どうなんの?
という現実問題があるわけで。

それも頭で考えてもしょうがないことなんでしょうけど、
やはり、うちらは現実の状況的にもバイブレーション的にもこのコンビ(私と主名)では足りないよなーというかんじもします。

弱いと言うか。



まあいいわ。

指示通り、
静かにしていよう。




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【2010/12/07 09:06】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
眠かった日。錠前を鉄の棒で開けた日。ババが両手ブレスをした日。
今日は1日眠かったです。
睡眠時間が7時間以下になると眠いです。

たくさん食べるし、たくさん寝るし、親知らずも4本とも生えたし(全部抜きました)
自分て、あまり進化してない方の人類なのかも?

夜7時20分くらいにアシュラムに行きました。
バジャンをやってて、ホールの男性側の外の道を歩いているときにちょうどババが向こうから来ましたが、
人の壁で見えなかったので、さっさと女性側に行きました。

主名と一緒に女性側に入って、7歳以上の男の子や透けてる服を着てる西洋人、ブラウスなしでサリーを着てるおばちゃん、その他目をつけられたあぶない人?など、ホール内の風紀を乱す恐れありの可能性のある人たちを隔離しておく隔離席に座りました。
主名はもう7歳を過ぎたので、女性の中には混ぜてはいけなくなってるので。

しかし隔離席はすいてるし、遠くだけれどババも良く見えるし実は悪くないかもと思います。

快適にバジャンを歌いまくりました。

ババは両手ブレスを男性側にも女性側にもしてました。
やっぱ、「きたっ!」てかんじでぶわっと自分が盛り上がるのを感じます。

ババはアルティのあとに、いつもババにアルティを捧げる役目の、味のあるお坊さんを呼んでなにかしゃべってました。
そのあとお坊さんはすかさずパダナマスカールをしてました。

そのあとお坊さんは立ったままたたずんでました。
毎日ババの近くにいる人でもやっぱりババとしゃべったらぽーっとなったりするんでしょうか?

何をしゃべってたんだろ~~~?

私もしゃべりた~~~い。できれば日本語で。



8時過ぎにダルシャンは終わりました。



あ、今日は、部屋の鍵を部屋の中に置いたまま錠前を閉めてしまったので、
ウォッチマンに鉄の棒とかなづちを使ってガンガンとぶったたいて、錠前を壊してもらいました。

以前も鍵を落としたときにやはりウォッチマンに頼んで錠前を壊してもらったことがあって、
ごっつい錠前がいとも簡単に壊れるのを見てたので今回は別に驚きませんでしたが、

しかし簡単に錠前って壊れますね。
ほんと気休めって感じ。
今回のは日本製のだったから少しは頑丈かと思いましたが、5~6回ガンガンたたいたらあっけなく外れてました。

壊してもらった錠前をまた閉めてみたら使えたので、また同じのを使ってます。

ちなみにうちの実家は留守でも家は開けっ放しです。
家に金目のものがないので問題ない、という話もありますが、
インドにもそういう、どの家も開けっ放しの村があると聞きましたが、どこでしたっけ。
いい人ばっかりで泥棒がいないので、鍵を閉める必要がないのだとか。

なんか惑星を信仰してる村だったような。
土星信仰の村?いや、わかりません。

でも、日本も田舎なんかはそんな感じだと思いますし、
そういうのがほんとだよなー?という気もします。


あ、今、向かいの建物で何か大きな物音がしたら赤ちゃんが起きて、ギャーンと泣きました。
でもまたすぐに寝たみたい。

、、、と思ったらまたひと泣きしました。


また寝た。

私も寝よう。


主名はまだ起きてがさがさやってます。
「いつ寝んの?」
と聞いたら
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。今歯~みがくところ」
とかいいつつまだがさがさひっくり返してうるさいのなんの。

春の野原にいるような感じで歌いだしたり。
もう夜中だよ!

さっきから何回も「怒るで」と言って実際怒ったけどもう言うのもイヤになりました。

こういうときには、今みたいなワンルームじゃなくて、別々の部屋で、電気を消してドアを閉めて強制的に寝かせたいと思います。
だんだん、物音を聞くだけでイラッ!としてくる状態に。
しかも時々ぶつかってきたり肘鉄が入ってきたりするので。

いくら子供と言えども、2人が同じ空間に暮らすのはなかなか難しい。

今は主名は持ち金の勘定をしています。
(お使いをしたりしてもらったお駄賃を地味に貯蓄中)

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【2010/12/07 03:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
なんですぐに夜になるのか?
何ですぐに夜になるのか?

それは最近朝起きるのが遅いから、という話もありますが、

なんだか一日24時間だと短いなーと最近思います。

年取ったからでしょうか?

1日1秒くらいなので、

あっという間に一生が終わりそうな気がします。



チダムバラムテンプルに行くなら2~3日主名
(クリスマスの子供合唱団に参加予定なので毎日練習がある。去年は途中で首になったので今年リベンジなるかならないか。)
をあずかってもいいよという、近々プッタパルティに来る予定の知人から申し出があったので、

そのためのホテルをいくつか回ったのですが、そこそこいいホテル(バックパッカーとかじゃない、普通の西洋人のおばちゃんが宿泊してもそんなに不快にならない程度のクオリティ)はクリスマス前ということで、
サイタワー周辺の3~4件のホテルはすでにほとんど満室です。

安いゲストハウスクラスだといつもどこかは空いてるんだけど、
そこそこのホテルはシーズンにはすぐに満室になるみたいです。

今日は主名と、2~3日主名を預かってくれる予定の彼女がアシュラムの中に泊まれるよう、動いてみて、うまく段取りがついた、と思ったのですが、
N8の個室に他の人たちと一緒に泊まる予定にしたら、
主名は7歳だからN8は女性棟だからだめということで、白紙に。(男の子が泊まれるのは5歳までだそうです)

なので、とりあえずまだ部屋があるうちにホテルを予約して抑えておきました。
一ヶ月前の降誕祭の時期に合わせてオープンしたばかりの新しくてきれいなホテルを。

でも人の流れがあまりない場所なので、まだ部屋が空いてて(ACつきのみ)、料金も他の同クラスのに比べて安めでした。
(ACなし900ルピー、ACつき1200ルピー)
今は夜は肌寒いときもあるくらいで、エアコンなんか全然いらないのですが、しょうがないです。

ちなみにそのホテルはジェネラルホスピタルの2件向こうに立ってるホテル「サイマー」です。
アシュラムからは徒歩5分くらい。

対応も親切でした。
レストランもついてます。

ほんとは私のお勧めは、アシュラムから徒歩10分くらいのとこの、なんて名前だったかなー。
わすれちゃったんですが、ドイツ人がオーナーの、ゆったりしたつくりのきれいで快適で安めのホテルだったんですが、
できればできるだけアシュラムに近いほうがいいという要望だったので今回はパス。

そんなこんなで、
夕方は6時半くらいにダルシャンに行きました。

ババは来てて、音楽プログラムをやってました。
今日のは割れるほどの大音量でもなく、まったりとしてとてもよかったです。
ほろりときました。

すごく素晴らしいことが、ここで起こっているなーと感じました。
祝福と吉兆と恩寵とがごたまぜになって輝いてるような。

ババは思わず出しちゃった!といったかんじで、唐突にネックレスを物質化してました。

面白いですよね。
こういう人って、すごい喜んだりしたらほんとに天から花びらが降ってきたりするんでしょうか。

そしてそのネックレスを出演者の一人の首にかけてました。
ライトに反射して、チェーンがきらりと光っていました。

そして出演者みんなになにか大きなものをあげて(額に入ったババの絵かなんかか?)、一人ひとりと記念撮影をしていました。


プラサードは揚げドーナツみたいなやつでした。
なんか今日はすばらしさをプラサードにも感じて、その場ですぐに全部食べちゃいました。


主名は今日は生まれたばかりの子犬が何匹かアシュラムにいるのを発見して、なんとか飼おうとあれやこれや言ってきます。

物思いにふけってご飯を食べてるときも動きが止まってるので、
今でさえそんなんやのに、もし飼ったら、気になってなんも出来なくなるで。と注意しました。

飼いたい気持ちは分かるけど、無理。


夕食の後も犬を見に行ったのですが、
みんな団子になってすやすやと寝ていました。

主名は自分のプラサードを少し犬のご飯皿にわけておいていました。


「もったいないからあげんときよ」
と言ったのですが、

「ババの光を犬にも分けてあげたほうがいいから」
とかなんとかうまいこといって。


他の人に言われたこともあるのですが、
どうも主名は感情がいちいち深いところがあるようです。
すでに子犬にメロメロ。
「かまれた~。でも痛くない~。」
とかいって喜んでるので、
「病気がうつって(主名が)死ぬかもしれんから、ぜったい傷つくったらあかんで」
と忠告。
狂犬病大国インドなので。


感情が深い、、、子供はみんなそういうところがありますが。



実家にいる犬や猫(猫はみんな年老いたりして死にましたが)たちは、私が拾ってきたりもらってきたりしてつれて帰ったのが多いのを主名は知ってるので、

「ぼくもそんなのしたい~。さわこ猫つれて帰ったやん。。ずるい~。。。。。。。」

とか言うのですが、

「私は世話せえへんで。あれはつれて帰ったけど私は世話せんと、全部ばあちゃんがしたの。私はぜんぜん世話しなかったし、、絶対世話しないからね。」
と、念押し。

野良猫、野良犬はたくさんいるんだから、それ見てたら十分でしょうよ。
勝手に自分でご飯調達するから手間いらずだし。
と言うか、ご飯を上げてる人たち、すでにたくさんいるから。

「ナナに会いたい~」
などと実家の犬を恋しがる主名でした。
ナナは迷惑だよっ!
(一方的にからかって遊ぶだけだから)


しかし、そんなこんなで泥縄的にそんなことをしてるうちに時の砂は速やかにこぼれ落ち、この年末もあっという間に過ぎ去りそうです。

目を閉じて、開けたら2013年くらいになってて、次に目を閉じて開けたら80歳くらいになってそうです。

油断ならないけど、さりとてどうしていいのかも分からない。



今日は新月でした。

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【2010/12/06 03:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日驚いたこと。
今日驚いたこと。

グーグルマップから緯度経度を出すやり方を教えてもらったので、ためしに自分の実家が以前あった場所(西宮市安井町、、、18歳まで18年間住んでた場所)を調べてみたら、

実家があった場所の、道路を挟んだ真向かい(距離にして5メートルくらいでは?)に、JRの駅「さくら夙川」が忽然と出来ていたこと。

はーーーー、駅前になってる、、、。

自分的にはありえない出来事だったので、ちょっとどきどきしました。

ここらは震災でみんなつぶれたので、風景はどこもかしこも大きく変わってますが、
家の真向かいが駅になってたとは。

ちなみにうちの実家は、震災の1年前くらいにねずみ年生まれの母が危機を察知するかのように主導して山のほうにひっこしたのですが、
そのままその場所にいたら家族の何人かは死んでてもおかしくなかったみたいです。
戦前からの古い家で、家の角の柱とかなんか地面から浮いてたような気がするし。
(家の隅に行くと床がたわむ感じ)

わたしはその時は京都で寮生活をしていたので、
あまり震災の直後のことは知らないです。

京都でもゆさゆさ揺れて、震度5だったので、その時はてっきり京都が震源地かと思いました。

でも、あの地震で自分が本当にやりたいことはなんだろうとか、何がほんとに大事で何がそうでないとか、色々目覚めた人が多かったんでしょうね。

私としては、18年間ほとんど変わらなかった見慣れた風景が広範囲にむちゃくちゃになったのが
「そんなことって、ありえるんだー!?」
と、驚きでした。

震災の1ヵ月後くらいにようやく西宮に行ってみたんだと思いますが、視覚的な衝撃が大きかったです。
近所の見慣れた家や商店など私の「日常」の象徴のような風景がみんなすごいことになってたので。

諸行無常ですよね~。
変わらないものなんて何もないんだなぁ、なんて、しみじみと思います。

同じ日常を繰り返してるように思っていても、実はそうじゃなくて、ものすごい速さで全てが変わりつづけていると。

悠久の国インドですが、プッタパルティなんかはどんどんどんどん変わっていっていますし。


この瞬間、ここに居る、ということすら錯覚のように思えてきました。

テーマ:ひとりごと - ジャンル:心と身体

【2010/12/05 20:36】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
いい夢をみた。
今朝はいい夢を見ました。

ババが車椅子でメインロードを来たので私は、

「ババーーー!」
といって、両手で手を振りました。
私とババの距離は1メートルか1,5メートルくらいだったでしょうか。

ババはガネーシャゲートへ入るために左折したのですが、
顔はずっとこっちを向けてて、ニコニコ満面の笑みで微笑んでいました。

私の前から通り過ぎても振り返るようにして笑顔をずっとこっちに向け続けていました。

そんな夢でした。

私は、ババがそういう風にするとは思ってなくて、
現実世界のように、前を向いたまま通り過ぎるババの態度を見る心の準備をしてたのですが、
ババがこちらを認識して反応してたので夢の中でも少し動揺してびびっていました。

いい夢だったなーと、おきてから思いました。
なんせニコニコしまくっていたので。

最近夢を全然覚えていないのですが、今朝のその夢は覚えていました。

なぜかというと、寝てた主名が早朝にアリにかまれて起き出して、
バスルームでじゃぶじゃぶと噛まれた箇所を洗い出したからです。

きっと私にこの夢を覚えておかせるために、ババは主名をアリにかませて私を目覚めさせたんだわ。
とか思いました。

テーマ:夢日記 - ジャンル:心と身体

【2010/12/05 02:11】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サイババ85歳の降誕祭の様子。
サイババ85歳降誕祭の様子がSSOJ(サイババの日本の組織)でも見れるようになってました。

サイババ降誕祭の様子

歌手のハリハラン、来てたんですねー。遠かったから全然分からなかったです。
歌ってたのも、あれ、そうだったんだ?

タタ財閥のタタさんもですか。

別ページで動画も見れるようになってます。

降誕祭動画

私のパソコンでは動画は見れないんですが、なんかソフトが足りないのか?

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2010/12/03 16:02】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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