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ババの死から5日後にようやく流れ出した重い涙。おいしかった夕食。
今朝、アパートの部屋のつもりで目を覚ましたらアシュラムの部屋だったので、ふっと気が緩みました。

アシュラムの中はやっぱり気持ちが広がる感じでいいです。


今朝はガネーシャと昭和天皇と私の3人で日本の将来について検討し合う夢を見ました。

変な組み合わせですよね。


今朝も2~3回、サイクルワントホールでサマディーダルシャンを受けました。

子供はなんでか五体とうちのように全身うつ伏せになってサマディーにお参りしてました。
(何ですかね。全たくのポーズ?)

環境の力って大きいなと思う瞬間。


夜しっかり寝てても昼過ぎには猛烈に眠くなって昼寝しました。

やっぱり神経が張り詰めてるのが緩んできたんだと思います。


夜は8時10分前くらいにまた今度は一人でサマディーダルシャンに行きました。


今日の夜8時で、シータラーマの像のところから入ってババのサマディーの近くまで近づかせてもらえる期間は終了と聞きました。

いつもは早く行け行けとせかせるセバダルやセキュリティーもこのときは形だけそういうだけで、
無理に出て行かせようとはしませんでした。

なので、30人くらいがサマディーの近くで立ち止まって、思い思いの別れを惜しんでいました。
私も、絶対出て行かないといけなくなるまで居ようと思って、そこにいて、サマディーを眺めていました。

何か、見ても見ても見飽きることがなくて。


たぶん自分の中でまだかき混ぜられた状態で、落ち着いてないからだと思います。


ふと見ると、インターナショナルバジャングループのリーダーも居ました。
彼女ともこの4~5年、ほんとにいろんなことがありました。
バジャングループの中でも、同じ先生からヴェーダを習うときにも。

たぶんお互いが自分にないものを持っていて、だから相手を否定したい気持ちとかなわないような気持ちをお互いに持っていたような気がします。

今は、彼女も私も同じ思いの中に居ることが分かりました。



みんな、終了時間の8時を過ぎても帰らず、それぞれがババのサマディーを見つめていました。

ありがたいことに邪険に追い払われることもなく、
セバダルやセキュリティースタッフもみんなともにババの死を悼んでいるかのようでした。

このときは献花が受け入れられたので、私も外でオレンジの花と黄色い花と、白い花を少しずつ買ってきてました。
サマディーの足元にだけど、花も捧げることが出来てよかったです。
何かちょっとふふふとうれしかったです。


わたしは自分の中から出てくる祈りを心の中でささげつつ、サマディを眺めていました。

きれいに花で飾られたサマディー。

そのうち、シルディババのサマディーのようにサティアサイババのサマディーのところにも彫像が設置されたりするんでしょうか?

今のなんにもないシンプルな形がいいという人もいるけど、
私としてはババがダルシャンを与えていた姿そのままの彫像がここにあったらいいなあとも思います。



8時を過ぎても30人ほどのその場のみんなは去らず、セバダルたちやセキュリティースタッフたちは帰らない私たちを放っておいて静かに後片付けを始めました。


黙って、サマディーを見つめていたり、床に額をつけて礼拝したりしている人たち。

静かな、しかし去りがたい強烈な共通の思いがそこにありました。


去るに去れない。去ることが出来ない。




そんな中に混じっていると、なんだか胸が締め付けられて重苦しい感じになってきました。

そうして、ババが亡くなってからはじめて涙が流れてきました。


悲しいわけじゃないと思うんですけど、何か苦しくて、搾り出されるような重い涙でした。


しばらくしてからほとんど最後にホールを後にしてからも、わたしはいったい何を悼んでいるんだろう、と自問自答しました。

重い涙は少しずつ、しかし途切れずに流れ続けました。


なので気持ちもふらふらしてじっとする気になれなかったので、動いていたくて、そのままガネーシャテンプルとムルガンテンプルを回ってお参りしました。


わたしはいったい何を悼んでいるのか、
たぶん、ある自分のあり方が終焉して、次のあり方へと変化するために、今までの自分とババとの関係を葬ってもいるのだろうと結論しました。


そのための小さな喪失。

しかし重い。

ババはお父さんでもあり、お母さんでもあったから。




今まではババの意識の一体感の中で安住して遊んでいたような、なにか距離感とあそびの部分がありました。

しかし今後は私の中にババがいて、私は私であるように成るんだろうと思います。

ババという羊膜は破られて、羊水も流れ去り、むきだしの私が外気に触れる。

この逃げ場のないようなずれのない重い感覚。

自覚された自分自身の密度。



サウスでご飯を食べようと思って入ったら、軽食はもうカードライス(ヨーグルトご飯)しかなかったので、
軽い夕食でそれもいいわと思ってそれを食べました。


で、子供との待ち合わせのウエスタンキャンティーンに行ったらまだあいてたので、
中に入ってかぼちゃスープと、チーズやたまねぎを乗せて焼いたじゃがいもと、いちごラッシーを買って食べました。

ジャガイモはとてもおいしかったので、
ああ、甘やかされてるな、と思いました。

こんなに必要以上にすべて守られて与えられている。
う~~~ん。。。。

と、考え込みました。



そしたら見知らぬ西洋人の女性が

「それ、おいしいわよね!?そうじゃない!?」

と、スープを指してうれしげに話しかけてきて通り過ぎていったので、考えるのはやめました。





そうだ、スープはおいしい。











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【2011/04/30 04:41】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(4) |
合掌サイババ。みんなバイバイのしるし?
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知人の知人から回ってきた写真。

たぶん3月20日にババがした合掌ポーズだと思います。

今思うと、バイバイ、みんなまたね、ありがとね、もう逝くからねのポーズなのかなという気もしますよね。


その時は地震や原発なんかで大変な日本への秘密のメッセージか!?と思わなくもなかったんですが。


面倒なので回ってきたサイズを変更せずにそのまま出してます。

ババ、毛が。。。なくなってますね。
すでに大変な体調だったんでしょうか。


ババの意思が、起こったんでしょうね。
たとえババ自身が大変なことであっても。

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【2011/04/30 03:36】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(1) |
生身のサイババのダルシャンがないということ
今日の夕方は、6時過ぎにアルティが終わった後にサイクルワントホールの中のサマディー(お墓)にお参りしました。

まだ、シータラーマの門のところから中に入らしてもらって、行列を作ってサマディーのすぐ近くにいけるのですが、近いうちにそういうやり方はしなくなるらしいです。

普通にバジャンとかして、普通にみんな帰っていくという風になるということでしょうか?


まあしかし、生身のババがお墓になってしまったらどうしても受ける印象は違うわけで、
サマディーとなると落ち着く感じもあるんですが、
やっぱり生身のババを見た瞬間に世界が切り替わるような強烈な高揚感とか、そういうのはなくなるので、
ああ、生身のダルシャンが亡くなるということは
世界から楽しいことがひとつ減ったということなんだなあと思って、ちょっとつまらなく思いました。

というか、これはかなりつまらないことなのでは!?
という感じがしました。

ババの生身の存在感から発するエネルギーにさらされていたら、みんなエネルギーが入っちゃって良くも悪くもいつもちょっとパニクっておかしいみたいな感じもあったのですが、

サマディーになった後はみんな落ち着いて素に戻った感じです。
それが、落ち着くともいえるし、最高に楽しい夢から覚めたようなつまらなさもあるともいえるような。

まあ、私たちはまだアシュラムに滞在してるのでそういう印象なのかもしれませんが、
町の人たちなんかはこれからプッタパルティはどうなってしまうのだろうとけっこう心配してる人も多いらしいです。

でも基本的には何も変わらないような気がするのですが。



もうアシュラムのショッピングセンターも開いてるし、町の店なんかも開いてます。

ババが逝く前と同じような喧騒が戻ってきました。

非常事態の終了のような雰囲気。
そして以前と同じように慣性で?物事が営まれてるのもすごいなと思いました。



こういうふうに、何事もなかったように人々は現状をあっさり受け入れて物事はしたたかに営まれていくのでしょうか。
まあでもババ、ババ本人の逝くタイミングについての予言がなければみんな、もっとババの肉体の危機を危機として受け取っていたでしょうね。
ババは96歳まで生きるといってたんでしたっけ。

何で10年早く逝ってしまったのか。
うっかり?
それとも原発の放射能を身をもって受け止めた?
などといろいろみんな考えるわけですが、

実は月の周期の暦では27日で1ヶ月なので、計算によるとババは96才5ヶ月で逝ったことになるのです、なんていう説も流れています。

そんなのあり?ってかんじですが、

ババが96歳でチトラバティ川に入水して消えるという予定を聞いた後は、
チトラバティ川は水も少ないし、汚いし、どうするんだろう?
とか思ったり、

そんな風に前もって予告してたらそれを目にするためにとんでもない人が押し寄せるだろうな、とか、
私もそれは絶対に見届けたいものだ、と思ったり。

でももし月の暦どおり、実は予告どおりに逝っていたのだとしたら、
ババはみんなの気持ちがひとつのことに集中し過ぎないように、うまく方便でコントロールしたのかな、という気も。

ババの死は、ババの肉体への執着を突然根絶するかのような激しさを感じました。

強烈だなあと思います。


しかし、プレマサイはサティアサイが亡くなってから1年後にくるという説も根強くて。笑。

何でも、ババ自身が以前講話の中でそういったそうです。


そういえば、最後のダルシャンでババは両手ブレスをいつもの正面に掲げるやり方ではなくて、
合唱して手を掲げたそうです。
今日、そのときの写真を見せてもらいました。

もう逝くからね、という合図だったんでしょうか。

わたしは24日はタミルナドゥでナバグラハプージャに参加してたので24日のダルシャンは受けてないのですが、その前2日くらい前?に、やっぱりババが合唱した手を掲げたのを見たと思って、
「あれ?」
と思いました。

見間違いかと思ったのですが、
やっぱり21日のもそうだったのかも。


今日の夜のサマディーは、新しい花で飾られて、前日よりも豪華になっていました、

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【2011/04/29 03:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(8) |
お葬式後のバジャン
今朝は7時半くらいに起きて、同室の人を見送ってから子供とサウスインディアンキャンティーンに朝食を食べに行きました。

食べてから、ババのサマーディーにお参りしました。

お参りが出来るのは午前は8時から12時らしく(午後は4時からだったと思います)行ったのは8時半くらいでしたが、行列もほとんどなく、すぐにサイクルワントホールに入れてすぐにお参りできました。

きっと、昨日の午前のお葬式がおわるやいなや、相当数の人が帰って行ったんだろうと思います。

それにサマーディーへのお参りはきっとこれからはいつでも出来るでしょうしね。


ババのサマーディのところはこんもりしてて、オレンジの布で覆われてて、花で飾られてました。

こんもりしてても、ババの遺体はだいぶ深くに埋められたらしいので、遺体のこんもりじゃないはずですが、なんなんでしょうね。

砂かな。


でも、なんかようやく落ち着いた感じもあります。

お参りしたあと、少しホールの中に座ってバジャンに参加して、
9時前に子供を学校に送っていきました。

それからアパートに戻ってまた少し服とか取ってきて、
またサイクルワントホールに入ってお参りして、アルティまで座ってバジャンに参加してました。

けっこうたくさんの人が参加していました。


いつものようにいつものお坊さんがアルティをしました。


ただ単に今日もババはダルシャン、お休みか、みたいな感じもしなくもなかったです。


町もアシュラムもほぼ通常業務を再開して、
同じようなことが行われています。


ショッピングセンターに行ったあとにデジタルフォトスタジオに、現像が出来てる写真をもらいに行ったのですが、

今後はババの新しい写真も増えることがないと思うとそれも実感がわかない感じです。



それぞれの場所に帰る前にCDやら本やら写真やらを買い求める人々で、ブックショップのレジは長蛇の列でした。

それをみた人が「OH! GOD!」とか言ってたのがなんかおかしかったです。

私も知人がだしたCDを見つけたので買おうと思ってたのですが、並ぶのがいやだったので棚に返して、列の横を抜けてブックショップを後にしました。


子供の学校の終わる時間なので迎えに行ってきます。

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【2011/04/28 15:19】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
サイババの埋葬プチ情報
聞いた話によると、ババのサマディー(お墓)は、灰(ビブーティー)と砂を交互にかけて埋葬したそうです。

ババは頭を南向きにしてサマディに入ってるそうです。


しかしいまだにあんまり実感してないのかも。


なんか、ババから肉体だけが落ちたみたいなかんじで、それが何を意味するのか、生活の中で実感していくのはまだこれからの作業なのかも。

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【2011/04/28 02:31】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2011年4月27日、サティアサイババのお葬式。

昨日、ニュースか新聞で、27日のババのお葬式には一般人は参加できないと言ってたと聞いてました。

で、どうせ参加できないし、ホールの外の大画面テレビの生中継をお茶でも飲みながら見ようと思ってました。

葬式は朝8時か9時からと聞いてたので、
朝6時くらいから戸外の大画面テレビを見るのに都合がいい場所を確保しようと、ほかの人たちと計画していました。
日陰とか。

で、朝5時くらいに目覚ましをかけて起きて、
6時くらいに部屋を出て外の様子を見に行ったのですが、
昨日は大画面テレビが置いてあった場所に今日は無かったので、
あとで来るのかな?とか思いつつ、ほかの人とお茶を飲んでしゃべったりしてて、

でもまあ、ほかの場所の様子も見に行ってみよう、ということで、
ババの家のほうに回ってVIPゲートのほうに行く途中で、一般人もホールには入れてるという情報を聞いて、
それいけ~~~!というかんじで急いで行ってホールに入り、座る場所を確保しました。

あきらめてたのですごいラッキーな気分になりました。


主名は熟睡してて部屋に寝かしたままだったので、わたしはクッションで席を確保したあとに急いでアシュラムの中に借りてる部屋に戻り、主名を起こして着替えさせてホールに連れて行きました。

ほんとは朝食はサウスで食べるつもりだったので、
食べてから行こうかなとちょっと思ったのですが、
これでもし遅くなってホールに入れてもらえなくなったら大変なので、食べるのはやめてそのままホールに行きました。

もう一度ババの遺体に会うチャンスがあるとは思ってませんでした。

直接もよく見えるところに座り、ホールの中に設置されてた大画面のモニターでもよく見えました。

色んな歌がババにバックミュージック的に歌われて、捧げられていました。

「Why fare when I am here」の、私が好きな言葉がタイトルになってる歌も捧げられていました。

「サティヤ サイババ わたしの主よ」みたいなババにささげる内容と、
ババがみんなに話しかける内容の混ざったような曲です。

「わたしがいるのにどうして恐れるの?」

「わたしの求めるすべてはあなたの愛だけですよ、子供たち」


雰囲気に飲まれて少し泣きそうになりましたが、いやいや、これは私自身のの感情じゃないはずと思い直してこらえました。

なぜか(ということもないのですが)主名は涙をぬぐっていました。
彼はけっこう感傷的なのです。


色んな曲が比較的静かな感じで捧げられる中で、少し元気が出るような曲になると会場も少し元気になってノリがよくなって、なんか会場がババとの楽しかった記憶を通しての一体感に満たされているように思える瞬間もありました。



8時を過ぎても式典が始まらなかったので、9時かなと思いましたが、8時過ぎには始まりました。

各宗教の代表者みたいな人たちのスピーチがありました。

最初はユダヤ教の人で、たぶんあれは神に捧げる祈りの歌と思いますが、とてもよかったです。

そのあとモスリムの人かな、もなんか言って、
チベットのお坊さんたちも出てきました。
マイソールあたりから来てるのかな。

チベット仏教僧はチベット式の地響きのような、シンギングボウルの響きのようなすごいチャンティングから始まって、その強烈なバイブレーションには鳥肌が立ちっぱなしでした。

なんか根っこのとこがほぐされる~~~ってかんじでした。

チベット僧は最後には抑揚の無いお経的な唱え方で
「ジェイボロバガヴァ~ン シュリ サッティア サイババ ジ キ ジェイ~」
と唱えてました。なんかちょっと面白かったです。

終わったときには自然な拍手が起こっていました。

ホーリーマンサイババのお葬式は、彼が生きていたときと同じように、各宗教の境目が無いんだなと思いました。

ホールの外では空中に向けて景気づけのために?(じゃないですよねたぶん)空砲が撃たれたり、なんか兵隊みたいな人たちが国旗を持ってホールの外から行進して入場してきたりしました。

国旗がババの棺にかけられたときには大きな拍手が起こりました。


そのあと、ババの棺がサマディ(お墓)に収められるためにステージの上に向けて動かし始められると、ホールの中から悲鳴にも似た大きな声があちこちからあがりました。


ババ~~~~!

スワミィイイイイイイ~~~!!!


ステージの上に持っていかれた棺はガラスケースをはずされて、ババの遺体が直接外気に触れる状態になりました。

ちなみに棺の中はマイナス5度に保たれていたと聞きましたが。


そして、あれはトラストのメンバーであるババの弟の孫だと思いますが、40歳くらいのインド人男性が喪主という感じで
3人ほどのお坊さんの導きの下でお葬式の儀式を行いました。

ババの遺体に葉っぱでピッピッと液体を振り掛けたり。


そういう一連の儀式がたっぷり時間をかけて行われた後、
ステージの赤い幕が下ろされ、ババの遺体とその周辺の人々の姿は隠されました。

幕の中ではではきっとサマーディーの深い穴の中に遺体が降ろされ、そしてフタかなんかするときのヴェーダの儀式が進行してたんだろうと思います。


これもたっぷり時間をかけて行われ子供は横になって寝てて、私も朝早かったんで眠気がきました。
しかしその待ち時間の間中、ホールにいる人たちはサイガヤトリーを繰り返し唱えていました。




オーム サーイーシュワラーヤ ヴィドゥマヘー サッティヤ デーヴァーヤ ディーマヒー

タンナッ サルヴァッ プラ チョーダヤーートゥ


オーム サーイーシュワラーヤ ヴィドゥマヘー サッティヤ デーヴァーヤ ディーマヒー

タンナッ サルヴァッ プラ チョーダヤーートゥ


オーム サーイーシュワラーヤ ヴィドゥマヘー サッティヤ デーヴァーヤ ディーマヒー

タンナッ サルヴァッ プラ チョーダヤーートゥ


オーム サーイーシュワラーヤ ヴィドゥマヘー サッティヤ デーヴァーヤ ディーマヒー

タンナッ サルヴァッ プラ チョーダヤーートゥ


オーム サーイーシュワラーヤ ヴィドゥマヘー サッティヤ デーヴァーヤ ディーマヒー

タンナッ サルヴァッ プラ チョーダヤーートゥ




だいぶ待った後、赤い幕がまた引き上げられ、ババの遺体はすでにサマーディーの中に収められ、
もう私たちが目にすることもできなくなっていました。


そうして要人や関係者たちがステージのほうに行き、一人一人順番に灰のようなものをサマーディーの中に振りかけていました。
お焼香みたいなもんなのでしょうか。


その灰がダルシャンのときにいつもプラサードを入れて運ぶような銀の入れ物に入れて持って来られていたので、反射的に、一瞬プラサードが配られるのかと思いましたが、そうではありませんでした。

でも、ババの祝福を受けてからいつもプラサードは配られるので、それなしで配られてもつまらない気もしました。

アパートの部屋の冷蔵庫の中にはいまだにあまったプラサードが食べきれずに冷蔵してあるので、もう配られることも無いんだと思うと、これまた不思議な、妙な心持がしました。



アナウンスが一般人に向けて行われ、

マンガラアルティは終わりましたので、前に詰め掛けないように。その場所に座っててください、みたいなことを言っていました。

なので、ほとんどの人がその場でおとなしく座り続けていました。

帰っていいものやら何なのかよくわからない感じで、


そしたらそのうち、いつもババにアルティの火をささげるお坊さんが出てきて、
いつものように、しかし生きているババではなくサマディにアルティの火を捧げました。


ホールにいる人たちも、いよいよこれが最後の、ほんとに最後のアルティだという気持ちでみんな声を合わせて歌いました。


お坊さんはみんなが火をよく見ることができるように、前に出て高く火を掲げていてくれました。

本当に、ああこれで最後なんだなという気がして、さすがに感慨深かったです。



アルティのあと、私と子供はいつものように床に額をつけてから立ち上がりました。


お焼香?は、ホールに残っていたら一般人もできるのかどうか分からなかったのでしばらく眺めていましたが、出来なさそうでした。

公的な(サマーディーによる)ダルシャンは11時45分から始められますとアナウンスがあって、
そのとき11時少し前だったので、
もし今、サマーディーダルシャンのために行列に並んだ歩がよさそうだったら並ぼうと思ってサウスインディアンキャンティーン側からホールの外に出てみましたが、

行列はアシュラムの外に作られてるみたいだったので、
主名もおなかペコペコでガリガリになったとか言うので、VIPゲートのほうにチャッパル(履物)を取りに行って、そのままノースインディアンキャンティーンに行って早めに昼食を食べました。


私もおなかがペコペコだったので、ご飯がおいしくて、がっついて食べたら苦しくなりました。


ババが死んでもわたしの食欲は落ちたりしなかったなあ、なんと強靭なことだろうと思いました。

そして、ババが肉体を去ってもわたしは生きててご飯をおいしく食べるということも不思議なことだなあと思いました。

周囲の人たちがみんなこの世界に生きてて活動し続けているというのもものすごく不思議に思えました。


ババはこの物質世界からあっちの世界に解放されたので、肉体を使ってご飯を食べるという行為と、その感覚を味わうことももう無いのですが、

私たちはいまだにこうやってご飯をおいしく食べてさまざまな感覚を味わっていて。

こっち側とあっち側の間には交流は可能だとしても、明らかに境界というか存在形態の差異があると思いました。

そしてババはあっち側に開放されたんだなあと思いました。

私たちはまだこっち側でいろいろやることがあるんでしょう。


ここで働くべきことやなすべきこと、体験すべきことなどがまだ残っていて、みんなこの世界の中でそのような魂の義務を果たし、
そうして順番にあっち側に移行していくんでしょう。


アシュラムの部屋に帰ったら相部屋の人とほかの部屋の知人がいろいろ感じたこととかしゃべってたので、
私も加わって、時間の制約もないし、
思ったこととか、昔話とか、世間話とかしばらくいろいろだらだらしゃべりました。


共通の出来事を経験している人たちがいるというのはいいことだなと思いました。
それぞれの認識や受け取り方は実際は人それぞれだとしても、

ババに多かれ少なかれ心を奪われて、出来るだけ人生をババで、神で、神聖なもので満たして聖化しようとしたという共通点を持っている人たちがたくさんいるということは
それもまた恩寵に他ならないと思いました。

ババのお葬式が終わって、
本当にすべてのがんばることが終わって、肩の荷を降ろしたような気もします。

ババとともにあるときの人を向上させ、開放させる方向性は強烈な力で私たちを常に揺さぶり、息をつく暇もなかったので、

まるで反対のようですが、
今ようやく自分自身に帰ってきたような気もします。


もう、今までみたいに何かの行事のたびに何時間も並んでぎゅうぎゅう詰めの苦行を行うこともないでしょう。

他のすべての縛りをを放り出して自分の丸ごとの全エネルギーを持って事にあたらないと、
たどり着けない世界がそこにありました。

もう、外にあるババの姿かたちが無理やりのすさまじい力で私たちを揺さぶることもないでしょう。
アバターに関わるということはそのようなすさまじい力に自分を粉々にさせることを許すということでもあったと思います。

それが、肉体を持ったアバターのすごさだったと思います。

今はアバターの肉体はその役目を終え、彼がその肉体を使って今までのように私たちを外から強烈にかき回すこともないです。

彼という外側のくさびがはずれ、わたしたちそれぞれがこの世界で見た彼という美しい夢から覚め、それぞれの中に戻り、彼は内を通してのみ私たちを導いていくことでしょう。



ババは復活する、と思って祈ってる人たちもたくさんいます。
わたしはというと、復活したらそりゃいいですが、
自分自身ではあんまりそれを期待する気持ちはないです。


それより、フレッシュなプレマサイに会ってみたいかな。

マイソールに下見に行ってみようかな。笑

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【2011/04/27 21:03】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ママ友からのプレマサイに関する未確認情報。
(ママ友からの未確認情報です)

om sri sai ram

shri ravi shankar(バンガロールの)
さんが、プレマサイは6年後に誕生し、12年後にダルシャンを始めると今日(4月26日?)発言したらしいです。だから18年後ですか。
マイソールでは、早くもプージャが始まってるらしいです。(ババウエルカムの)
swamiへの感謝でいっぱいです。

ジェイサイラム

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【2011/04/27 17:01】 | プレマサイババ | トラックバック(0) | コメント(0) |
2011年4月26日の日記。

結局一睡もしないで夜中の2時になりました。

いっぺんくらいはちゃんとサリーで正装してご遺体ダルシャンに行きたかったので、昨日持ってきたはずのサリーを探したけど見当たらず、
しょうがないので白いシャツとロングスカートで行きました。

アシュラムの同じ棟にとまってるほかの日本人の人たちと一緒に行きましたが、
なんか、キャンティーンスタッフがバジャンを捧げるのに参加させてもらえるということで、ダルシャンの行列には並ばず、2時半にバジャンホールの裏に行きました。


主名は子供だしリードシンガーとかじゃないので、VIPゲートのところのセバダルは入ったらだめといったのですが、
ころあいを見計らってどさくさ紛れに連れて入りました。


中に入って、出番が来るのを待ってたら、サリーで正装してないと歌わせてくれないという話だったので、(実際はそうでもなかったですが)
私と、もう一人はアシュラムの外の部屋に戻ってサリーに着替えてくることにしました。

4時の出番まで45分くらいあったので余裕と思いましたが、
ガネーシャゲートから出るとバリケードでアパートのあるサマディーロードには行けないようになっていたので、チトラバティロードをチトラバティ川まで行って、
川沿いに歩いてシルディテンプルのあたりからぐるっと回ってサマディーロードに裏から入りました。

まさか、夜中の2時半過ぎにダッシュして汗だくになる羽目になるとは思いませんでした。

アパートの部屋で水浴びして汗を流してサリーに着替えました。
たまたま一度も着たことがない新しいサリーをもってたのでそれを着ました。

そしてまたダッシュでアシュラムに戻りました。
キャンティーンゲートから入り、プールナチャンドラホールやババの家の周りをぐるっと回ってVIPゲートから再び入りました。

何とか出番には間に合ったようだったので、座って待ってたらインターナショナルバジャングループのリーダーが来て、前のほうに来るように言ったので
今回はよくわからないけどキャンティーンスタッフのグループに参加してるといったら、
実はキャンティーンスタッフのグループは今回はインターナショナルバジャングループの混合グループなようでした。

なので言われるままに少し前に行きましたが、
主名は子供はだめなうえに、7歳以上の男の子なので、ほんとは女性のグループメンバーとして前のほうに行ってもいけないので、
主名を体の陰に隠しながらババの棺の近くに行きました。

で、歌ってたらまた周りの人にどんどん前に行くようにいわれたので、
あんまり前に主名を連れて行ったらさすがにセキュリティスタッフにとがめられるかもしれないし、だめだろうと思ったので、
主名はグループの人たちの中ほどに混じって座らせておいて、
私だけ前のほうに行きました。

久しぶりにグループで歌って楽しかったです。
最初はマーナサバジョレー グルチャラナムで、なるほど、こういう選曲かと思いました。
あともシヴァ系のバジャンが多かったです。
リードできるのはして、できないのは聞いてフォローで歌いました。

最後にババの前で落ち着いて座ってバジャンを捧げることができてほんとによかったです。



朝の5時きっかりに私たちの持ち時間は終わったようで、
5時からはスップラバータムが唱えられました。

スップラバータムは、ババ、起きてください朝ですよ、みたいな美しい祈りなのですが、
うう、これはやばい、感傷的になりすぎる。。。と思いました。
痛いですよね、動かないババを前にしてこの美しい旋律の祈りは。

出番が終わった私たち外人グループは、名残を惜しんでなかなかホールから出ずにババの遺体を離れたところから眺めながらスップラバータムを聞いていました。

主名もとがめられずにみんなと一緒にババの遺体の近くでバジャンを大きな声で歌ったそうで、よかったなと思いました。



ホールから出て、主名がおなかすいたとか言うので売店でカップめんを買って食べさせて、私はミルクティーを飲みました。
いったん部屋に帰り、わたしはアパートの部屋に、もう少し荷物を取りに行きました。

でもまず、また、列に並んでご遺体ダルシャン受けました。
やはり日に日に黒くなってきているような。

いろんなことが強烈だなと思いました。


たくさんの人が集まってる中で、ババのみが遺体としてそこにあるというのもすごく不思議な感じがしました。
遺体を囲んで多くの人が集まっている。。。。。
なんだこのジュールすぎる状況は、とか思いました。

こんなにたくさんの人がいて、ババだけが死んでいる。。。

日に日に黒っぽくなっていく遺体を前に、これもババの教えだとしたら強烈だなと思いました。

肉体が朽ちていくものであることをこんなにさらしてることで、肉体へ執着すること、ババと肉体を同一視することで心理的な痛みは得るものだという、強烈な提示になるような。

なんだかこの、ババの遺体をみんなが見に来て(会いに来て)24時間以上、遺体が人目にさらされ続けているというこういう状況が何なのかを私の脳はなかなか把握できないで、
遺体も徐々に変わっていく感じだし、すごくたくさんの答えを含んだ問いかけを投げかけられてるみたいで、ババの遺体は何度見に行っても見飽きることがないというか、そこに答えが含まれているので混乱はしないのですが、見るごとに自分の中でたくさんの不思議が増産されました。

見に行けば行くほど、不思議で不思議でしょうがなくなって、自分の中が不思議でいっぱいになりました。

サイババという多くの人を導き守ってきた素晴らしいひと、時間とともに黒ずみ変化していくその遺体、それを見に来るものすごい数の人。

いったい何なんだという気持ちで軽く思考停止なかんじでした。

あまりにもいろんなことが不思議すぎて。

これはいったい何なんだと、不思議で不思議でたまらなくなりました。



今日2回目のご遺体ダルシャンを終え、キャンティーンゲートから外に出てアパートに荷物の追加を取りに戻りました。

ゲートからはハヌマーンテンプルに向かって長い行列ができていました。
新しく人も続々と到着していました。

あちこちが通行止めや一方通行になってるので、到着したばかりの人は勝手が分からなくて困るだろうなと思いました。

荷物を持ってまたキャンティーンゲートからアシュラムに入りました。
もうちょっと、今後と明日はアシュラムから出ないほうが無難だなという感じがしました。
人が続々と到着してたので。



ゲートから入って、お腹がすいたのでサウスで朝食を食べました。
こんな非常事態にも変わらず食を提供してるサウスインディアンキャンティーンはアシュラムのなかでもかなり重要な施設だと思います。

食べたあと、アシュラムの部屋に戻ろうとしたら、キャンティーンの前のバリケード?の通れる部分がやたら混雑してて、ぐちゃぐちゃになってて通れなさそうでした。

う~ん、と思って横を見るとダルシャンに行く行列は、ゲートの外では長蛇の列ですが、ゲートの内側では途切れがちでした。


。。。。。これは、ダルシャンを受けるように誘われてる気がする。。。


とか思って、荷物をサウスの窓辺において、チャッパルもぬいで9回目のご遺体ダルシャンの列に加わりました。


やはり黒い顔色のババ。

日曜の夜は今起き上がっても不思議じゃなさそうな感じでしたが、今日は、ここにあるのは「肉」、だなあという感じがしました。

それがすごくすごく不思議でした。


死体を見たのは初めてというわけではないですが、
ババの遺体は初めてだったので、

生きてるということとか、肉が動いていてそれをみんながその人だと思っていたこととか、
今生きてる人たちも肉の姿かたちがその人だと思って認識してることとか、でも、
それらもいずれいつかは順に死体になって動かない肉となることとか、
そういうことが改めてすごく不思議で、

肉体を離れたときのこととか、今のババ、肉の縛りから離れた自由になったババの現在の状況のこととか、
そういうことが私が見ている世界に重なった奥の姿として感知されるような気もして、
とにかく不思議な気分でした。


姿かたちが無くなったとき、私たちはそれをどうやってそれと認識するのでしょう。

本当に不思議。


答えつきの疑問をいっぱい抱えたような気分でアシュラムの部屋に戻りました。



。。。。。ところが、



主名が部屋の中から鍵をかけたまま熟睡してて、どんなにドアをたたいても、呼びかけても、セバダルが5分おきに部屋の中にある私の携帯に電話をかけて呼び出し音を鳴らしてくれても、

まったく起きない。


困って、
前夜一睡もしてないし、
部屋にかえったら水を浴びてすぐに寝ようとすっかりそのつもりになってたので、困りました。

なので部屋の前の廊下に座布団をひいて、その上に横になって寝ました。


ほかの部屋の人たちやセバダルも心配してくれて、セバダルは5分おきくらいにひんぱんに私の携帯の呼び出しをして主名を目覚めさせようとくれてたのですが、
とうとう、窓の外に誰かをやって窓の外から中に寝てる主名に呼びかける手配をしてくれたようでした。(2階)


わたしは、そうだ、と思い出した用事で知人の部屋に行って、また用事で自室にもどって、
散々ノックしても開かなかったドアを期待せずにノックしたら、
主名はおねしょして目が覚めたみたいで、下半身丸出しでドアを開けてくれました。

いそいで、セバダルに手配の中止をするために報告しました。
親切なセバダルだった。

3時間以上締め出されてたので、まいりました。
しかもかなり疲れてるときに。



その後ウエスタンキャンティーンで昼食を食べ、
部屋に戻って一休みしたあと、昨日からたのまれて始めていた
ヴェーダのレッスンをしに行きました。

そのあとはみんなでぺちゃくちゃしゃべっていました。



明日のお葬式は一般人は入れてもらえないと新聞かニュースに出てたいう話も聞いて、
それならそれでがんばらなくていいし、楽だからよかったわと思いました。

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【2011/04/27 16:35】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2011年4月25日の日記。
昨日は遅くまで、足が痛くなって限界になるまで繰り返しサイババのご遺体ダルシャンを受けて、部屋に帰って2時ごろに寝ました。

24日の午後にアシュラムに入るだけであまりにも大変すぎたので、これはちょっと考えが甘かったと思い、ほんとは、荷物をまとめて、夜中の入れるうちにアシュラムに入って、アコモデーションオフィスが開く朝までどこか外で寝て、アコモが開いたら朝一でアシュラムに部屋が借りれるか聞いてみようと思ってたんですが、

水浴びをした後、主名が熟睡して、わたしも足も痛かったし体力的に限界だったので、
3時におきて4時にアシュラムに行って、アコモが開くのを待とうと思ったのですが、
起きられず、

結局朝5時に起きて、
6時前くらいに3~4日分の服とかちょっとした果物や生鮮食品や水などの用意を持って、まるで疎開するように子供とともにアシュラムに行きました。

早朝はアシュラムに入るのは行列もなく、問題なくすぐに入れました。


アシュラムの海外からの帰依者用のアコモは今日は開かないと、セバダルに言われ、
もし何か問題があるならローカル(インド人・ネパール人)用のアコモに行けといわれたのでまた荷物を持って、重いだの足が痛いだの文句を言う子供とともにそっちに行きました。

そこで聞いたら部屋番号を書いた紙をくれたので、その紙の番号の部屋に行ったら、なんのことはない、最初に行った海外からの人用のアコモの部屋でした。

なのでセバダルにその部屋番号の書いた紙を見せたら、
じゃあ、アコモは開くんだろうと言うことで、しばらくその場で待つように言われました。

しばらく待ってたらアコモが開いたので、必要書類を提出して、部屋代も払って、無事にアシュラムの中に部屋が取れました。

ほんとによかった。安心しました。

やはり外と中の雰囲気はぜんぜん違うし、アシュラムの中はシャンティです。安心感があります。

3つのキャンティーン(食堂)も全部あいてるし。
売店も一応開いてるし。


ホッとして、少し休んだあとに、朝食を食べにサウスに行きました。


途中にガヤトリーテンプルとラクシュミーテンプルがあるので、そこにお参りしました。
安心してお参りできるのがありがたい。

やはり外は、変にうろつかなければ平気だとはいえ、出来事に振り回されて不安な落ち着かないムードなので。
バリケードもあちこちに設置されて、道もあちこちが通行止めや一方通行になっててわけわからないし。
わけ分からない人たちもわけ分からないまま騒いでいたり、
報道のカメラなんかもわけわからなさを増幅させてて。

でも、もし家族の人が今プッタパルティにいて心配という人がこれを読んでさらに心配になったらいけないので書きますが、
へんな事をしなければ(たとえばわざと野次馬の集まってるとこに首を突っ込むとか、警察の制止を聞かずにバリケードを突破するとか)街中もみんな普通に歩いてますし、町の治安と安全はちゃんと保たれてるので大丈夫です。

ダルシャン後にアパートに放り出して出てきた洗い物をしに行ったり、追加の荷物を取ってきたりしましたが、メインロードから少しでも通りを奥に入ると、商店のたぐいがみんなシャッターを下ろしてるということもあいまって、静かな落ち着いたものです。

しかし一方でアシュラムの中はやはり物事の中心にあって台風の目の中にいるような質の異なる静けさと安心感があります。



お寺にお参りした後、主名が木登りをしてるのを眺めてたら、
やはり外からアシュラムに避難というか、急遽、中に部屋を借りて昨日から滞在してる長期滞在の知人と、昨日日本から到着した人たち(ババの訃報に驚いたそうです。そりゃそうですよね)が来たので、
一緒にサウスに食べに行きました。

サウスで食べたあと、わたしと知人は朝のまだ人が少ないうちにまた、ババのご遺体ダルシャンの列に並びました。

昨日は装飾はほとんどなかったけど、今日はいろいろきれいに花も飾られて、だんだんお葬式っぽい荘厳なムードになってきていました。

それを見て、ああ、お葬式なんだなという気分が盛り上がってきたというか。

ババは帰依者に囲まれて、きれいな花にも囲まれて、本当にその光景はこういってはなんだけど美しいと思いました。

本当に、素晴らしいひとが亡くなったというのがしみじみ思われました。

昨日のババの顔色は黄色か土色っぽかったように思うのですが、今日はやや青黒くなってたように感じられました。

ババの、あれは棺おけといっていいのでしょうか、遺体が入っているガラスケースみたいな箱の寸法はほんとに短くて、ババの顔だけ見てるとすごくしっかりしてて、迫力満点で偉大な感じなのですが、
小柄で、華奢な人なんだなあと改めて思いました。

ババという人がいったいどういう人だったのか、わたしはいまだによく分からないし、ババが亡くなったことが具体的に何を意味するのかもまだよくつかめていません。

いったいこれから何がどう変わっていくのか、変わっていかないのか。


ババが亡くなるということは、このサイババ王国であるプッタパルティの存在形態が根こそぎ変換するということですから、
以前ババが亡くなったといううわさ(それはその時は真実ではなかったのですが)を聞いたとき、
わたし自身も町全体が感じたであろう不安とともに、ぐらりとした不安を感じました。

しかし実際なくなってみると、不安はなく、悲しみもない自分がいます。

何が変わったのか、何が変わっていないのか、それを自覚するにはまだもうちょっと時間がかかりそうですが、たぶん自分としては何も変わっていないのだろうと思います。

むしろ、肉体を持つババの強烈な磁力にひきつけられると同時に振り回され、かき回されることがもうなくなったという点ではなにか安堵している自分もいます。

それはまだ状況認識が甘くて、
今後自分の心境がどうなっていくのかは分かりません。

ババの遺体を見るとき、そのような理由で、自分の心境を図りかねるようなところもあります。

遺体はやはり、すでにあのサイババではなく物になっているという感じがしました。
ババはすでにこの乗り物から解放されて、あらゆるところに満ちているんだろうと思います。

しかしそれを見たとき、自分がどういう気持ちになるのか自分とババとのつながりはどういうものだったのかを知りたくて、
また、やはりそこにババの肉体がある限り、できる限りそれを見つめ続けるのは自分の義務な様な気もして、できるだけご遺体ダルシャンに子供と一緒に繰り返し行っています。

ババが生きてるときもそうでした。
それが私たちのどろどろの日常からの救いでもあり楽しみでもあるというのは間違いなかったですが、
それとは別に、ババがいるときにはできるだけそのダルシャンを受けるのはプッタパルティに住むものとしての、また、人間としても最優先の義務のような気がしていました。


本当に、それ以上に大切なものはこの世界にはないと思いました。
ババの道具として活動する義務を除いては。

その神との交わりの至福と神の道具としての人間の活動のバランスが、人間が人間として幸せに生きる秘訣なんだろと思います。
でないと、人間をする意味もなくなってしまうので。



近年ババはダルシャンのときとかほんとにしんどそうに見えるときも多かったし、
息が苦しいのか何なのか、口が開いたままのときとか、
ひどい顔色のときとか、
むくんでいるときとか、ブレスをしようとしても手が充分上がってなかったり、肉体の衰えは明らかでした。

しかしそれでも彼がみんなの求めに応じて、求め以上に与え続けようとしていることも明らかでした。

彼は自分でいつも自分は幸せだ、至福だとよく言っていましたが、
きっと本当にそうだったんだと思います。
たとえ肉体がすでにずっと前から限界だったのかもしれないとしても。

彼の味わっていた至福は留まるところを知らず、彼から流れ出していて、その愛の流れは私たちをも満たして至福に酔わせました。

私たちはどれだけのものを彼に返すことができたかと考えると、その収支はまるで話にならないほど彼への借りばかりだと思います。

しかし彼は母が子供に自らを与えるように、まったくの本性として自分自身をみんなに与え続けてきました。

その結果、彼がその人生で成し遂げたことはあまりにも大きく、深く、驚異的なものとなりました。

しかしそれはただ彼の人類に対する愛のみが成し遂げたことでした。


人の求めに応えて降臨したアバターは、その本性のままに自らを与えつくして肉体をも使い果たしました。

彼が彼のために残しておいたものは何もなく、
それゆえ彼は彼が自らを与えたすべての人の中に永遠に生きることでしょう。




昨日警官に聞いたときには夜中の1時までご遺体ダルシャンがあるという話だったのですが、結局夜通しやってました。

25日も24時間やってました。

今は日付が変わって26日の00:24ですが、たぶんやってると思うんで、夜中の2時ごろに、行列が短くなってることを期待して、アシュラムに泊まってるほかの人たちと一緒にまたダルシャンに行ってみます。

インド各地や世界各地からぞくぞくと人が駆けつけています。
特にインド各地からの数は明日には相当な人数になってると思います。
北インドからの臨時列車も何本も出ていると聞きました。

外国からはビザの関係もあるし、なかなかすぐには動けないでしょうけど、
でもそれでもやはり確実に増えて来ています。

アシュラムのラウンドビルディング(古くからの帰依者が多く住んでいる)の部屋の持ち主なんかも駆けつけてるみたいで、たくさんの自家用車がビルの近くに停められています。

26日もご遺体ダルシャンがあって、
27日には朝8時からお葬式だそうです。
と、新聞なんかには告知されてたそうです。

私たちはできればだめもとで26日の夕方くらいから27日のお葬式のために並んでみようかと思っています。

毎年繰り返される行事と違って、
今回のはもちろん初めてだし、どういう動きになるのかあまり予想がつかないのですが、
(それでなくてもアシュラムの行事では突発的なことがたくさん起こるので)
できるだけのことはしてみて、悔いのない様にこのおかれた状況を大事に味わいたいと思います。

ババのサマーディ(お墓)は、ババがいつもダルシャンを与えていたサイクルワントホールに設置されるというちまたの話です。


ババはいったい何者だったのか、
アバター(神の化身)です。といってしまえば早いですが、

アバターとともにあるということがいったいどういうことだったのか、
アバターとはいったい具体的に何を意味したのか、
それをほんとにわかっている人は誰もいないと思います。

ただ、私たちの人知をはるかに超えた巨大な力と英知を持った人が亡くなったということは分かります。

彼のすべてのなぞと秘密は充分明かされないままに彼とともに逝ってしまった。


ただ私たちに分かることは、彼は純粋以上の愛の人であり、彼の人生は愛そのものであったということ。

私たちに残されたのは彼に与えられた愛の記憶。


それゆえ私たちはすでにすべてを与えられ、彼の死によっても実は何も失ったものはないのだろうと思います。

すべてはすでに与えられて私たちの中に息づいているのだと思います。


泣くなら彼が私たちに与えて体感させてくれた至福の悦びのなかで涙は流されたいと思うわけです。



しかし彼が与える用意のあったものに対して、わたしたちはどれだけのものを受け取れたのでしょう。

それは悔やまれます。

だけど彼は辛抱強く私たちの歩みを見守って、私たちが知っても知らなくてもいつも寄り添ってくれていました。

私たちが道に迷ったように感じていたときでも、
彼はいつも見守っていました。



すべてのものの母であり、保護者である彼。

彼はそれを知っていたはずです。

知らないのはいつも私たち。


彼はいつもすべてを知っていて、
彼をほんとうに知るものは誰もいない。

わたしたちはただ彼に与えられた愛を通して彼に気づき、彼の中に溶け込むことを自らに許すことができるだけ。

彼に溶け込むこともまた、彼の愛なしには起こりえない。


何がこの世界に満ちているのか、

そこには彼の愛だけが。

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【2011/04/27 16:14】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サイババの肉体の最後のダルシャン
サイババのご遺体ダルシャン受けてきました。

いや、受けるまでたいへんでした。


6時とか言ってたと思ったのですが、3時くらいにババの遺体がアシュラムに運ばれるという情報が来たのでメインロードに見に行きました。

その時点ですでにアシュラムに外から入れないようになってて。

しまった。。。一生の不覚。。

とおもったんですが、

部屋でシャワー浴びて食べるもん作ったりして、
様子見にまたアシュラムにいったらゴープラムゲート?キャンティーンゲート?からすでにアシュラムに入る行列ができつつありました。

なのでそのまま子供と並びました。

ガネーシャゲートはもう閉めてて、そこからは入れないようになってて。


4時ごろだったでしょうか。


そのままろくに列はすすまず、サウナのような熱気の中、押し合いへしあいで夜7時くらいまでそんなで、
途中で手もしびれてきて、くらくらしてきて貧血になりかけました。

しばらく座ってたらましになりました。

主名も暑さか疲れか眠気か知りませんけど、ちょっと気絶してたとか言ってました。笑。


身の危険をかんじながらもこらえていたら、そのうち群衆が押し寄せて警官が守ってるゲートを突破して、
わたしも主名を抱いたまま(おろすとつぶれるので)流れに押されて

だーっとアシュラムの中に入りました。

それからサイクルワントホールの中に入るときもまたむちゃくちゃな押し合い。



でもそれも、だーっと押されるままに入りました。
自分が水牛の群れの一頭になったかんじ。
前進あるのみで制止の声なんかきいちゃいない。



ガラスケースのような箱に安置されていたババの遺体を見たとき、変な話ですが、
ババの顔の骨格ってしっかりしてるなと思いました。
静止しててもダイナミックな。


闘病のなごりはきっとあるんでしょうけど、わたしの目からはよく分からなくて、安らかなお顔でした。

遺体は遺体でしかないのかもしれないけど、ババのご遺体をじかに見れてほんとによかった。
やっぱりこのババの肉体の姿かたちが私の重要なキーワードになっていたから。

もしかしたら明日以降はインドや世界各地から人がもっと一杯集結して、一般人のわたしたちは全然入れないかもしれないなと思います。




しかしそのあと、ウエスタンキャンティーンに入ってご飯を食べてたら、

「あれ?なんにもかわらんやん」

という気がふとしました。



というのは今日一日だけでも群衆の中で危機的状況が何度もあって、
そのたびに自分の中でババの指示を仰いでいたので、

サイクルワントホールに安置されていた遺体は遺体でじっとしてて、まさにご遺体でしたが、

ババの遺体を見るために、危機的状況を抜けるにはどうしたらいいか、待つべきか行くべきかなど、
ババに聞くのもおかしな話だなと思いつつ
聞いてて、


どっちみちババとは直接話したりする機会もいままでほとんどなかったし、
自分の中ではババが肉体的に亡くなってもあまり変わらないことに気がついたような。

自分の中での交流は変わらずあるし、あいかわらず、しょうもないことでもなんでも聞いちゃうし。
そして答えが返ってくるし。


熱心にババを追いかけていた外国人女性たちも、そのほとんどはさばさばしたもんでした。

電話で、「アイムベリーファイン」とか言ってました。

ぼろぼろに泣いてたのは乞食のおばちゃんたちでした。
おいおい泣いて抱きついてこようとしたので引いてしまいました。

わたしはまだ泣いてないみたい。。。
泣いてる人を見たらつられて泣きそうになるんですけど。


夕食の後、
帰ろうとしたらまだご遺体ダルシャンが続行中だったので、また並んでまた入りました。

一般人は立ち止まってはいけないので歩きながら参拝?するんですが、

何度も並びなおして結局5回も入りました。

もうこれがほんとに最後かもしれんからなと思って。

最初は神妙というかこわごわみたいなかんじで行ったのですが、
最後のほうは歌われてるバジャンに合わせてわたしも歌いながら参拝しました。


はだしでアスファルトの上をぐるぐる歩き回ったのでさすがにわたしも主名も足が痛くなって、もう歩けないというかんじで部屋に帰ってきました。


主名は「次いつなの?プレマサイすぐ来るの?」とかいうので、

「20年くらいあとちゃう?」
と答えたら
「がくっ」
とか言ってました。

中にはおいおい泣いてる人もいましたが、
全体的にみんな落ち着いていました。

みんなほとんどの人が、冷静に事実を受け止めていた印象でした。

アシュラムの中やキャンティーンの空気はおだやかですらありました。
微笑んでいる人も多かったです。

某VIP?は、
「ババは自分は肉体ではないと50年も前から言っていたわ。
今はとても美しいとき。」

とか言ってる人もいました。

わたしはそこまではっきりは言えないけど、
正直、なにかある種のすがすがしさをかんじなくもないです。


でも、まだサイババのダルシャンを受けたことのない人がいっぱいいて、
もっと多くの人がうけれたらよかったなあと、かなり残念な気持ちはあります。

何かやはりサイババの生ダルシャンは強烈だったので。


今は、肉体的な苦しさを味わい続けてきたであろうサイババに、ゆっくり休んでください、ありがとうございましたという気持ちです。


P1010070_convert_20110425034921.jpg

病院からアシュラムに救急車で運ばれるババのご遺体。
車の中なので直接は見えないけれど。

たくさんの人、特に女の人たちが沿道で泣いてました。

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【2011/04/25 04:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
SSOJのサイトにもお知らせが載っていました。
  ババの最新情報
4月2日~  
     
 
オーム シュリ サイ ラム
訃報
バガヴァン シュリ サティヤ サイ ババ
1926-2011


2011年4月24日インド標準時午前7時40分(日本標準時午前11時10分)、カリユガ アヴァター バガヴァン シュリ サティヤ サイ ババ様が、この地上での旅を終えられ、永遠の神性原理である宇宙普遍相にお戻りになりました。

日本の帰依者一同より、バガヴァンの無限の愛と祝福に対して、深い感謝をお捧げいたします。

バガヴァンのご逝去の報に接し、全世界が哀悼の意を表しています。バガヴァンのご遺体は、4月24日午後6時よりサイ クルワント ホールにご安置され、26日までダルシャンを与えられます。その他の詳しい情報につきましては、わかり次第お知らせいたします。

それぞれのサイ センター・グループにおきましては、帰依者の皆さまのご都合に合わせて、追悼バジャン会を催してください。追悼バジャン会のプログラムには、バガヴァンの108の御名、サイ ガーヤトリー、ヴェーダ吟唱、バジャン、アーラティ、バガヴァンのメッセージの朗読、などが含まれます。全国合同の追悼式典の予定につきましては、詳細が決まり次第お知らせいたします。

人類を向上させるという、バガヴァンの神聖で高潔な使命は、永遠に続きます。


サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパン
会長 ダヤル サムナニ


最新情報 インド標準時間2011年4月24日(日)
11:15 am (日本時間4月24日 2:45 pm)

プラシャーンティグラムのシュリ サティヤ サイ高度医科学研究所(SSSIHMS, PG)の所長A・N・サファヤ医師が10:00 am(日本時間1:30 pm)に発表した公式発表です。

バガヴァン シュリ サティヤ サイ ババ様は、もはや身体的には私たちと共にいらっしゃいません。ババ様は2011年4月24日午前7時40分(日本時間 午前11時10分)、心・呼吸不全により、この世の肉体を離れられました。
ババ様のお体は、サイ クルワントホールに2日間(月曜・火曜)安置されます。本日午後6時以降、サイ クルワント ホールでのダルシャンの準備を整える予定です。
皆様におかれましては、病院に押し寄せることなく、落ち着きを保って、通常の作法でダルシャンをお受けくださいますよう求めます。


こちらのSSOJ(サイババの奉仕団体の日本支部)のサイトより転載させていただきました。
http://www.sathyasai.or.jp/ashram/pn/sssbpt_swami.html

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【2011/04/24 17:52】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サティアサイババのマハーサマディーと最後のダルシャン
4月24日の朝7時40分にサティアサイババが亡くなったという公式発表が今朝10時ごろありました。

ちなみに聖者が亡くなることをマハーサマディーに入るとかいいます。


シルディサイババのこともあるので(3日後に復活)半信半疑の人も多いですが、
今日の午後6時に遺体はアシュラムに運ばれ、
月曜火曜と最後のダルシャンが行われるそうです。(時間はインド時間)

わたしは今朝8時くらいに知り合いから電話をもらって、そういう話を聞いて、そうなるとお店が全部閉まるので、まだあいてるうちにもし暴動なんかが起こって篭城する羽目になっても大丈夫なように、ある程度の食料品を買いに行きました。

そこらへんの家から泣く声も聞こえてきました。

でも私も半信半疑だったので、子供をつれて町に様子を見に行くとすでに店はほとんどしまっていて、
いつもは子供ひとりで学校にやるのですが、今日は危ないかもしれないので朝、アシュラムでご飯を食べたあとに学校に連れて行ったら学校もすでにしまってました。
学校の近くにアーユルベーダドクターがいたので情報交換をしました。

彼は「今はスワミが奇跡を見せる機会かもしれないし、政府の公式発表を待ちましょう」
と言っていました。

なので、
アシュラムに戻って、バジャンに参加しました。

子供を学校に連れて行く前にアニ-ルクマールさんがサイクルワントホールに向かう様子で、なんか、発表のために来た感じで、深刻そうだったので、ああ、これはほんとにそうなのかもしれないなと思いました。

サイクルワントホールではセバダルとかセキュリティスタッフは涙をぬぐってる人もちらほらいました。
バジャンは最近朝はいつも10時前には終わるのですが、
今日は10時過ぎになっても終わらず、

もしかして夕方までまたアカンダバジャンか?と思いましたが、
そのうちいつものアルティをするお坊さんがオレンジ色の僧衣をまとって出てきて、
ワヘグルワヘグルワヘグルジーボロ のバジャンのあと、(リードボーカルの声も途切れがちでした)
普通にアルティが行われました。

アルティのあと、簡易式の演壇が前に出され、アニールクマールさんが出てきて、
いつもの「オーム シュリ サイ ラム」の前振りもなしに

「スワミはもう私たちとともにいません」

との最初の言葉が語られたと同時にあちこちからどよめきやうなり声、悲鳴が上がり、
徐々に泣き声に変わっていきました。

アニ-ルクマールさんはまだ話し続けていてましたが、あちこちで泣き叫ぶ人が出てきました。
でも全体的にはみなすでに予想されたことだったので落ち着いていました。

病院からの発表も同じころ、朝10時ごろに行われてたみたいですね。
テレビでもそのころからいっせいにサイババのマハーサマディーのニュースを流し始めていたそうです。


悲しみの人々の中にい続けるのも感情的に影響されすぎてよくないし無用だと思い、ホールを後にして
アシュラムの中を子供と一緒にあちこち散歩してました。

アシュラムの中は静寂で落ち着いています。


聞いた話によると、3日ほど前からすでにババは目を開けてなくて、トラストメンバーや親族による、今後についての話し合いがもたれていたとのことです。

とにかく、今日の午後6時にババの遺体はアシュラムに移されて、明日と明後日(25,26日)には最後のダルシャンがあるとのことでした。


きっと、明日以降、インドや世界中から多くの人が押し寄せるんだろうなと思います。



今は町も静かで落ち着いています。


今日はアシュラムで長く時間を過ごしたほうがいいかもなと思います。
なんかそういう気分です。

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【2011/04/24 15:57】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
サイババのサマーディ
今日の朝の病院側からの公式発表です。

Updated Sunday, Apr 24, 2011 1115 Hrs. IST

Official Medical Bulletin by Dr. AN Safaya, Director, SSSIHMS, PG made at 1000 hrs. this morning.

Bhagawan Sri Sathya Sai Baba is no more with us physically. He left His earthly body on 24th April, 2011, at 0740 hrs. due to cardio-respiratory failure.

Bhagawan Baba's Body will lie in state at Sai Kulwant Hall for two days (Monday and Tuesday). Arrangements will be made for Darshan after 1800 hrs. today, at Sai Kulwant Hall.

We appeal to all not to rush to the hospital, but to remain calm and have Darshan in an orderly manner.

こちらのサイトを参照しました。
http://www.sssbpt.org/Pages/Prasanthi_Nilayam/darshanupdateApr2011.html

今朝方、サイババの肉体が亡くなったことが正式に発表されました。

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【2011/04/24 15:23】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
23日朝のサイババの容態
Updated Saturday, Apr 23, 2011 0850 Hrs. IST

This Morning's Medical Bulletin released by the Director, SSSIHMS, PG at 0800 hrs. reads thus:

Bhagawan Sri Sathya Sai Baba continues to be in the same critical condition as yesterday. He continues to be very critical.

He is still on ventilator support. A cycle of slow haemodialysis has been completed on Him this morning.

He continues to be under close scrutiny and round the clock treatment by the panel of doctors attending upon Him.

..and musings on yet another evening in Parthi when overcast sky and summer drizzle kept the temperature 10-15 degrees cooler...

Clearly in Parthi the mind had not lost its way into the dreary desert sand of dead habit. Taking its cue from ‘Little’ Sathya, who started a ‘Pandhari Bhajan’ group at the age of ten, many continue this tradition in Puttaparthi. Even at the age of five He was a Guru to His friends, setting an example with His ideal behavior. For Ramanavami, the children would make Sathya sit next to the picture of Sri Rama, placed upon the flower bedecked bullock cart that gently ambled its way through the village. The Pandhari Bhajan group consisted of twenty ‘little’ members. They would dye their clothes light orange, wear scarves and garlands, and bell – anklets. While some carried flags in their hands, some had little wooden clap sticks, as well as drums and a harmonium. Sathya would compose the bhajans and teach His friends. Thus, these tender aged ones would sing and dance and go around the village, to the great delight of the elders. When they ventured out to neighbouring villages, people would clean their houses to welcome them and feed them too. The villagers firmly believed that it was because of this remarkable Pandhari Group and their devotional singing that the dreaded epidemic of cholera kept its clutches away from Puttaparthi. Though Sathya was the ‘littlest’ of this assembly, He was the soul of the Pandhari Group and its most active member, often jumping and dancing in rhythm to the hymns.

Today, the Bhajan Hall in the Hanumanji Temple complex has devotional songs reverberating through the ether every evening. The clanging of bells and other holy chants that ring out from elsewhere simultaneously makes the environment intensely devout and potent.

The walls of this bhajan hall, are adorned with many a unique picture of Bhagawan. There is a magnificent, thought provoking, lifesize painting at the back of the hall that depicts the churning of the Ocean and Lord Shiva as well as Beloved Bhagawan, swallowing the poison that spewed forth.
From then till now He is still doing so in order to shield and save humanity from its own follies.
Small wonder then, that in this sacred village of Parthi, as well as elsewhere around the globe, all hearts beat for Beloved Bhagawan and every lip has a prayer…to Him for Him…

Even as ebony and ivory exist peacefully on a piano keyboard, Parthi too, through the ideals of their cherished Sathya, has made this harmonious blend a way of life. In a world filled with despicable diatribe, their hearts are full of Beloved Sri Sathya Sai.

今朝、23日の朝の病院側の発表によると、ババの容態は昨日とおなじく、引き続き重篤な状態にあるとのこと。

こちらのサイトを参照しました。
http://www.sssbpt.org/Pages/Prasanthi_Nilayam/darshanupdateApr2011.html


プッタパルティの町の住人の様子は、前回の騒動のときとは違って非常に落ち着いているように思えます。
きっと前回で、それぞれの心の中で一通りの心的反応が終わって一巡したんだろうと思います。

ただ、前回とは違って今回はかけつけた報道関係者の姿が多く、あちこちの路上でカメラをまわし、レポートする姿が見られます。

警官もやっぱりうじゃうじゃいます。

こんな状況ですが、ゴアからグループも到着してるみたいで、今、ババの両親のサマディでアニールクマールさんの話をみんなで聞いてて、しきりに拍手が起こっています。

海外からもそれほど大人数ではないにしても、ちょこちょこグループで来てるみたいです。


ババの状態は重篤とのことですが、
最終的にはなるようになるとはいえ、
シルディババの時には3日間肉体が亡くなった状態だったのが、3日後に復活したということですし、
今回もそれと似たようなことが起こっているんだよ、とする向きもあるようです。

わたしもどうせならそっちに意識をあわせておこうと思います。


ただ、あんまり肉体的につらいのも気の毒なので、
復活するならババ、ちゃんと自分の肉体も癒してほしいものです。みんなのために。

それともやはり私たちが通り過ぎるべき心的状況というものがあるのでしょうか?


今回のことでは、誰もが死を迎えるということをみんな知りながら、
ババの肉体が危険な状態になると多くの人がうろたえました。

私も今まで何度もそういう状況をイメージトレーニングしていたにもかかわらず、いざとなると不安になりました。

やはり、肉体を持ったババに依存していて、彼の本質そのものを純粋な形では受け取っていないからだろうと思います。

しかし一連の大騒ぎがあり、プッタパルティの誰もが不安になり、その中で、ババの肉体が亡くなったときには、では自分とババとの関係はいったいどう変化するんだろう、何が自分の中に残るんだろうと、
誰もが思いをはせたあと、そこに変わらない普遍の何かを各自が捕まえたんだろうと思います。

前回の騒動のあと、プッタパルティの住人には以前には無かったような種類の落ち着きと静寂が感じられるようになりました。

わたしたちにはババの肉体がなくても大丈夫、私たちの中にはババがいるから。

状況を知った当初の不安とショックの嵐が収まったあと、そのように、それぞれがあらためて気がついて実感したような印象を受けます。

ババの姿を見るやいなや、そのかたちを誰もが走って追いかけていたプッタパルティ。
今、外のババに向けられていた感覚は内側のババに集中しています。


もしババが復活して再びダルシャンが再開されたとしたら、みんなはまたババを走って追いかけることでしょう。
感覚器官が彼の姿を捉えたとき、それはそうせずにはいられない。
すべての感覚器官はほかの事を容易に忘れてしまいます。

でもたとえそうであっても、
各自の心の中でそれぞれがババと出会いなおしたこの怒涛の数週間は、それぞれの胸の中に、決して壊れない、誰にも邪魔されることなく神と愛し合うことのできる静かな神殿を見出させてくれました。


ありのままでいられ、安らげる永遠の場所。



しかし願わくば、内の器官でも外の器官でも彼を味わうことができるこの稀有な好機をもう少し!

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【2011/04/23 15:15】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
涼しいプッタパルティ
ヤフーインディアのトップページもサイババ深刻の記事。

しかしプッタパルティの空気はなんとなく落ち着いていて、静寂を感じます。

インド時間の夕方5時ごろ聞いた話ではまた持ち直したということですが、
すべてはババの手の中にあるんだし、なるようになるという感じですか。

でもできればもう少し、私たちの中に肉体を持って存在していてほしいですよね。


ババは大変でしょうけれど。。。


最近はいつも夕方の少し雨が降るので、酷暑期のはずなのにすごくひんやりと気持ちのいい風が吹いています。


すごく涼しい。

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【2011/04/22 23:08】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
願望成就の夢。
昨日は温泉を堪能する夢を見ました。

広々して気持ちよかった。

腕にはなぜか1歳くらいの女児がいました。



広々した風呂の感覚なんかもう忘れちゃってたなあ。

そういえば、子供(主名)はプールのことを、遊びながら体をきれいにする風呂と思ってたみたいです。

散々プールではしゃいだあとの帰り道で、プールって、体を洗うためのもの?とか言い出したので驚いた。



それもいいね!

(だめか)

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【2011/04/22 02:44】 | 主名日記 | トラックバック(1) | コメント(0) |
プッタパルティのテンション、ちょっと再沸?
どこかのテレビ番組が間違った情報を流したみたいで、また、プッタアルティで動揺してる人が多いみたいです。

確かに、ここしばらく、病院側の発表もババの肝臓についてとか、むずかしげなムードでも書いてたからかもしれないと思います。

私も昨日の晩、なんとなく少し不安がよぎりました。

が、ババの容態は深刻は深刻だけど、深刻なりに特に変わりなく安定しているそうです。
きっと徐々に快方に向かうものと思われます。

動揺した人たちが問題を起こしたりしたらそれはすごく問題です。

問題を好む人たちもいると思います。
テンションが上がりやすい人とか、普段からストレスがたまってて切れる機会を待ってる人とか、
混乱に乗じてよからぬ計画を練ってる人とか。

ここはサイババ王国なので、サイババの動向で町全部が大きく揺れてしまいます。


日本も大変だし、ここもなかなか大変ですね。
きっと、関連して、つながりもあるんでしょうけど。


最近、割と涼しいのはよかったと思います。

暑くなると、それだけで頭がおかしくなる人も多いので。

今でも、普段はあまり見かけないような変なテンションの人とかいます。



さっきもまたどこかからテレビクルーが到着していました。

だいぶ前ですが、私も路上でインタビューされました。
私の英語はいまいちだからと言ったんですが、いいからいいからとかいうんで、
サイクルリキシャに乗り込みながらインタビューを受けたんですが、

なんでサイババをフォローしてるのかとか聞かれたんで、
たぶん過去生の縁があるからと思いますとか答えて、

あと、現在のババのこととか聞かれたので、
この際ゆっくり休養して、十分ないい治療を受けて欲しいと思います、とか答えました。

つまらない、あんまりインタビューする人の望むような答えじゃなかったと思うけど、
そんなに情熱的だったり感情的に答えたりするのもおかしいし。



たぶん、騒ぎを起こしたい人がたくさんいるんでしょうね。
みんな、ゴシップとか好きだもの。

ということで、またまた警察がプッタパルティに集まってきてるらしいです。
暴動防止のために。


変な話ですが、私はインドの警察とは今のところわりに相性がいいみたいで、
よくしてもらうことも時々あります。
よくしてもらうって、便宜を図ってもらうとかじゃなくて、困ったときに助けてもらったりとか。
丁寧に扱ってもらったり、好意的に話ができたりとか。

インド社会の公の場でプッタの警察のボスから資格授与されたり。

こういうのもカルマなんでしょうね。

なので、町に警官の姿が増えるとなんとなく安心します。

まあ、関わらないに越したことはないのですが。




。。。。う~んしかし、
さっき聞いた話では大丈夫っぽかったんですが、
病院発表ではなかなか難しい感じですね。
http://www.sssbpt.org/Pages/Prasanthi_Nilayam/darshanupdateApr2011.html

どこもかしこも情報が錯綜してるという話もありますが。


奇跡を見せてほしいところです。

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【2011/04/21 21:23】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
涼しい朝。サイババのいるアルティ、サイババのいないアルティ。
昨日は、私としては早めの1時に寝て、朝は7時過ぎにすっきりと目が覚めました。

やっぱり夜寝て朝起きると、それだけでいろんなエネルギーサポートがあるような気がしますよね。

何をいまさらといわれるかもしれないけど、人間は夜に寝て朝に起きるようにできてるんだなとかおもいます。


夜中は落ち着くんで、ついつい遅くまで起きちゃうんですけど。


子供を起こして、サウスインディアンキャンティーンに行って朝ごはんを食べました。

子供はそのまま学校へ。
わたしはそのままバジャンへ。


10年位前に窓のない工場で朝から晩まで仕事をしてたとき、
よく、イメージの中で荒野の風に吹かれたり、深海の静けさの中にたゆたったりして自分の細胞のバイブレーションを変換させてリフレッシュしてたんですけど、

そんなふうに、今朝のバジャン中に、ババが前に座ってるバジャンに参加してる状態になってみたら、
強烈にバァァッと自分が開いて涙がだーっと出てきました。

こういうふうに、ババの肉体を伴ったダルシャンがイメージソースとして自分の中にたくわえられている、
ババのダルシャンを受けた経験があってよかったなあと思いました。

今後ダルシャンが再開されるかどうかは知りませんし、
きっと再開されると思っていますが、
やはりアバターのダルシャンを受けることが出来るチャンスがあるなら、まだの人はそれは受けておくべきだと強く思いました。
もしまたダルシャンが再開されたら。

人間として生まれるという貴重な機会に加え、アバターと同時代に生まれあわせて、しかも本気で行こうと思えば会いにいける状況に生まれるということは本当にどれほど貴重な機会なのか想像もつきません。


今朝は実際にはババは肉体を持って、来てはいないから、その存在感が空間に変容を及ぼすさまを自分の中で検証したようなかんじでした。
もちろんわたしの認識できるものは本当にごく一部で限られてはいるのですが。


ババが来ていると思ってみることが、つまりババの臨在をかんじることが、自分自身の精神や肉体もどれだけ活性化しているのかということもよくわかりました。


今朝のアルティはいつものお坊さんではなく、もう少し若い、黒い髪の毛の背の高い人でした。

いつものお坊さんがアルティをするときはババがそこにいてアルティを受けている様子を記憶の中から感覚とともに容易に起こしてくることができるけど、

違うお坊さんになるとやはり少しギャップがあって、
ババが本格的に肉体を去った後もこういうバジャンやアルティは何らかの形で続いていくんでしょうけれど、
日々の繰り返しとなった安定した、静かで内面的なアルティと、ババがいるときの燃えるような高揚感のある天界そのものの出現のようなアルティとは、やはり少し違うんだろうなあと思い、
今日はいつもとは違うお坊さんのアルティだったので、

なんだかババが肉体を去った後の(いつかは去るわけですから)ババの肉体があったときの記憶がどんどん遠ざかっていくさまをみているような気が一瞬して、
少しさびしいような気持ちにもなりました。


昨日はしとしとと雨が降っていたので、
今朝はひんやりとした心地よい空気でした。


願わくばもっとババと直接しゃべったり、関わったりできたらよかったなと思いますが、
でも十分与えられたような気もしています。何とか滑り込みで。

ババの肉体に執着しないようにとはよく言われることですが、
ババの肉体(肉体も含めたババ)に執着することはすべてのほかの執着を根こそぎ遠くに放り投げるほどの恩寵でもあると思います。

それは神から与えられた恩寵に他ならないと思います。


肉体、この忌まわしくも有意義なもの。
これは神がそこにあるという目印で、目印であることも忘れることができる幻惑装置でもあると思います。

わたしたちは彼が「それ」であると知りながら接することもできるし、知らずに忘れた状態で接することもできる。



この世界という精巧なからくり。

巧妙にしかけられたわなやイベント。



すべての監督は彼。

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【2011/04/20 14:51】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
歯医者
主名は虫歯がたくさんあるんですが、なんとなくやりすごしてます。

でも昨日からそのうちの1本がずっと痛み出したので、抜歯覚悟で本人の希望で今日は朝からジェネラルホスピタルに行きました。

9時から行ったんですが、12時前になってようやく順番がまわってきて観てもらったんですが、
プッタパルティに住んでるという理由で、削って詰めるだけの主名の治療も後回しにすることにしたらしく、
2日分の痛み止めの薬だけくれて、次回の予約を取って帰ってといわれたので、
2時間半待って、予約だけとって帰るのか、、、まあ、しょうがないか、と待ってたら、

歯医者と患者の間のこまごましたことをする男性が、次回の予約日時を持ってきて、

「じゃあ、来月来て」
と言ったので、わたしは心底驚いて

「来月~~!??ほんとに????え~~~~~~????」

と、心底驚いた気分そのままに大声で発言したら、

その男性は
「ちょっと待って、、、」
と、また治療室の中に入っていって、出てきて、

「今日の午後2時とか2時半とかに来て」

と言ったので、
ずいぶん早くなったなと思ってジェネラルホスピタルを後にしました。


で、ウエスタンキャンティーンで昼食を食べて子供に歯を磨かせて、
またすぐに2時ごろにジェネラルホスピタルに行きました。


やっぱり午前も来てた女性が1番に来て待ってて、わたしたちは2番目でした。

もう、眠くて、うとうとしながら待ってたんですが
全然順番がまわってこない。

係りの男性は後から来た人達をどんどん先に案内して、
「みんなが終わってからだからちょっと遅くなるからね」というんだけど、
次々患者が来るので全然終わらずに、
わたしたちは1番目のポジションで待合のイスに座りつつひたすら待たされてました。

先に来てた女性は1番に治療を受けてさっさと帰って行きました。


開閉するドアの向こうで、案内する係りの男性がこっちを見てるものの、
一向に案内されない。

そのうち、今日勤務していた歯医者の一人の男性はジェネラルホスピタルに歯医者に採用される前から奥さんともども個人的な知り合いだったのですが、彼が何かの用事で待合場所に出てきたときに、
わたしたちを見て、自分ももう終わるし、彼女(別の歯科医)が主名を観るからね、と、声をかけてくれました。
時すでに午後3時。
わたしはなんか本気で具合が悪くなってきてました。
病院苦手なので。

彼が中に入って何か言ってくれたみたいで、係りの男性が呼んでるのか呼んでないのか分からない感じでわたしたちを呼んで、ようやく順番がまわってきました。

入ってからも歯科医の彼はリラックスさせるような言葉を色々かけてくれました。

うーん、彼が気を使ってくれてる様子や状況からしてやはり理不尽に待たされてたような気もしないでもない。
朝に後回しにされた時点で多分なんか巧妙に理不尽だったんだろうとおもう。


歯科医のこの彼の、人物なことよ。
やっぱり歯科医の奥さんも超美人だし歌やたらうまいし。


主名の治療は、
麻酔なしでチュイ~~~ンと、削って、詰めて、所要時間は10分~15分といった所でしょうか。


これを、なんで朝にやってもらえなかったか、とちょっと思いましたけど、
とにかく終わったんで、お礼を言って帰りました。


いろいろあるんですよね。

インドではまだ医者は権威者そのものだから、
治療方針に従わない=エゴイストとみなされるという。

わたしは基本的に医者を医者というだけでは丸ごと信用できないので、
というか、盲目的に信用して泣きを見るのは自分なので、
そこらへんはみんなそうだと思いますけど、信用したり、しなかったり。

私も歯は弱くって、歯医者がよいばかりですが、
ジェネラルホスピタルの歯医者とはどうも相性が合わないというか、
ジェネラルは基本的に緊急の患者を治療というかんじがあるから、
細やかなものはあまり求めるほうがおかしいんですが、

以前、差し歯がぐらついたので再接着してもらおうと思って行ったら、
成功率20パーセントの骨を削る手術をして、それが失敗したらインプラントをしましょう、
と、恐ろしく無表情な月1回ジェネラルに来るスペシャリストに言われ、
他のそのときそこに居た歯医者たちは「なんてラッキーなこと!!」みたいに浮かれてたんですが、

わたしの口の中を直接見もしないそんな恐ろしいスペシャリストに失敗手術をされるのはイヤだ怖いと
拒否ったこと、

主名の虫歯を1本抜いてもらおうと行ったらまず隣の歯を抜かれたので、
驚いて、違いますよ!と言ったら、
歯医者は隣近所あわせて4本抜くつもりだったみたいなので、
本来抜くつもりで来た歯だけを抜いてもらって終わりにしたこと、

そんなこんなで
わたしを超エゴイストな、なんかひっかかる患者と思ってる関係者が数名いるかもしれない。
わたしの被害妄想かもしれないけど。笑。

で、微妙に関係者サイドに近かったり変に対等な感じでつながりがあったり、
でも私たち自身は何も権威も栄光もなかったり、なんとなく貧乏くさかったり?みたいに直接友好関係にない関係者からするとなんかとっても微妙な存在形態。




別にだれになんと思われようといいけれど、
無料じゃなくていいから、プッタパルティにももっとたくさん個人開業のいい歯医者がいればいいなとつくづくおもいました。



バンガロールやアナンタプールに歯の治療に通う人も多いし。


わたしも差し歯を作り変えたいけど、プッタパルティではできない。
けど、バンガロールに通うのもたいへんなので、
いい歯医者がプッタに来て開業するのを待ってます。


おかげで主名の歯の痛みは治まったようです。

歯の痛みはほんと悪魔の仕業としか思えないからね。


歯の痛いのがおさまったのはほんとによかったです。

しかし今日はこんな風に朝から丸一日病院で、心身ともにぐったり疲れました。



夕方からは雷鳴とともに雨がしとしと降り続いていました。

この酷暑なはずのこの時期にこんなに涼しいなんて、というかんじです。

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【2011/04/20 04:29】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
きっと、これは大きな大きな流れなんだろうなあ。
今朝は子供は朝ごはんはリンゴがいいというのでりんごを食べさせて学校に送り出し、
わたしは朝バジャンの最後にちょろっと出て、
トマトブレッドでも食べようとおもってパン屋に行きました。

そしたら売り切れだったのでカプチーノをのんで、フレッシュジュースやさんでスイカのジュースをのんで休憩して帰りました。

ダルシャンのない状態にも人々は慣れてきて、
なんだかこうしているうちに成熟していっているような気もします。

すくなくともダルシャン中の押し合いへしあいはないですからね!笑


なんだか落ち着く。
人も少ないし。

ババを見ようと先を争う必要もないし。



ババは2週間後くらいにアシュラムに移されて、アシュラムで治療を継続する可能性もあるみたいですね。
そのほうがババも落ち着いていいんでしょうね?


この先、ダルシャンが再開されることはあるんでしょうか?

わかんないけど、

いままで自分の状況がどんなに変わっても、何年たってもここにくれば同じようにババがダルシャンを与えていて、自分はこんなに変わっても、ここはこんなに変わらない、という、
そのことが結構不思議な感じもしてました。


今はババの方が状況が変わって、
いままでは変わらない固定したババの方から見た定点観測みたいなものだったのがくつがえり、
わたしたちがババも含んだ全体として大きく動いているような、そんな潮流を感じます。

きっと、これは大きな大きな流れなんだろうなあ、と。



いまここにこうして居ることの不思議と必然性。


みんな、流れて流されてもまれてむきだしにされて。

あなたはいま、この流れのどこにどういう形で存在していますか。



わたしは。。。。食欲に突き動かされるおばはんとしてですか。笑。

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【2011/04/19 04:53】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
書きたいことは一杯あるのだけれど。
げえ!

。。。すみません。


さっき、別ブログの記事を2~3時間かけて書いて送信したら消えたのですが、

こっちのブログに来て、こっちのブログは1分に何度も自動で下書き保存機能があるからねっ!と思って書いてたら、

消えたので、
ふんふ~ん。

とか思って保存されてるはずの下書きを開けてみたら、
消えた状態がすばやく保存されてて本文白紙。


ネットに拒否られてる?

それならそれでいいんだけど簡単にまた書こう。



今朝はバジャンに参加して、

もちろん入院中のババは来ないんですけど、

なんかいかにも来るような気分にもなりました。


まあ、来ないんだけど、

バジャンを聞いてたら、朝バジャンていいんですよね。

もう、滂沱の涙でした。


ああまさに天井音楽、、、美しすぎる~、、、、とかいうかんじでした。

時には「演歌調で重いしくどいよ」と感じる時もあるんですけど。


今日のは素晴らしく美しかったです。


なんかプッタパルティが私にとって生活の場ではなく、神の光に満ちた桃源郷そのものであったときが、すべての苦痛に満ちた世界を完全に忘れさせてくれていた場所だった時が思い起こされましたが

(今もそうなんですけど、今は生活レベルでもきっと光を当てられてるのかななんて都合よく思ったりなんかして。)

とにかくそんな今の私としては非現実的なほどの軽やかな美しさをかんじさせてくれたバジャンでした。


「シバシバシバシバシルディプリ~シュヮラ♪」
のバジャンに至っては、
これは好きなバジャンなので一緒に歌おうかと思ったんだけど軽く嗚咽して歌えなかったくらい。


ババは来ないけど、

「あ~、ええダルシャンだった。。。。」

と思いました。



その後用事であちこち回って、
そういえば2月に現像受け取りの写真、まだもらってなかったと思って取りに行きました。
アシュラムの中のデジタルフォトスタジオ?に。

そしたら8枚頼んだんですが、


5枚しか入ってなかったので袋ごと渡してくれて「6枚入ってるだろ。確認しなさい」みたいに言った係りのおじさんに
「5枚しか入ってないです」
と言ったら
しばらく話が通じなくて、
おじさんが何度か数えたら6枚になったときがあったらしく、

「6枚入ってるだろ!なんとかかんとかぁー!!!!」
と、あっという間にすっごい剣幕で怒鳴りつけて写真を台にバシーーーーーン!!!と叩きつけてきたので

「きゃ~、こりゃたいへん」

と思って、数えたらやっぱ5枚で、もし6枚でももともと頼んだのは8枚だったのでおかしいから、
1、5メートルくらいあとずさって離れてみせて、

「わ~~~なんで怒ってるんですか~~!!!!怒ってるんですね~~~!?わたし怖いわ~怖いわ~~!!!」

と、弱々しげにでも大声で回りの注目を集めてみたらおじさんはクールダウンしてごにょごにょ言い出したので、

「5枚しかないですよ」

と言ったら

「でも私が数えたら6枚だった、、、、」と言いながらおじさんが落ち着いて数えたら5枚だったので完全に静かになりました。



あ~~~~~あ、あ~~~~~~あ

たかが写真の現像受け取るだけでなんでいちいち大立ち回りを演じないといけないのかこの苦行の宝庫プラシャンティニラヤムは。非効率的過ぎ。

効率のよいのはつぎつぎ苦行が仕掛けられてくるとこにあるんだなきっと。



しかしおじさんはさすがに決まりが悪かったのか大いに反省したみたいで、(ほんとよかったよ。。。たのむでスタッフ。)
その後も何か聞くたびにぶち切れられるかと思いましたが、人が変わったように静かになって教えてくれました。

もともと頼んだのは8枚だったのに6枚になってたわけ(実際5枚しか来てなかったけど)とか。

頼んだサイズが印紙不足でできなかったので、出来上がりは違うサイズになってたからいくら差額を払わないといけないかとか(これも今考えてみるとなんかへんな話。)

ちなみに頼むときはそのサイズは印紙がないからといわれ、言われるままにストックがあるという別のサイズに申し込んだんでした。

そしたらそのサイズはないからと頼みたかったけど拒否られたサイズになって出来上がってきました。

足りなかった分は新しく申し込みなおし、差額も払い、




「ああ、病み上がりで気合が入ってなくてほんとよかったよ。」
と思いました。

朝バジャンで朝から涙垂れ流した後でもあったし。
やわやわだったんで。


「怒ってるんですね~~!?怖いわ~~~」だって。けっさく。

と、本屋&デジタルフォトスタジオを後にしながら自分でも思いました。

今度からこの手で行くか。

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【2011/04/17 04:39】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
久しぶりの雨
いま、ほんっとに久しぶりに雨がふってきました。

なんだか信じられない奇蹟を見ているみたい。

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【2011/04/15 21:34】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2011年4月15日のサイババの容態です。

Updated Friday, Apr 15, 2011 0857 Hrs. IST

This morning's Medical Bulletin reads:

Bhagawan Sri Sathya Sai Baba continues to be in a stable state of health. Most of His vital systems have shown positive response to the treatment being given to Him, but the response is slow.

All His clinical parameters of health are nearly normal and are showing improvement over the previous values. He continues to be on assisted ventilation and on intermittent dialysis.

The panel of doctors are satisfied with the response shown by Him to the treatment. However, His condition continues to be critical.

In the meantime, Puttaparthi township is rocking with religious processions and devotional congregations involving great devotional frenzy.

Thursday was reserved for the men folk of Parthi to express their devotion. Hundreds gathered outside Ganesh gate with candles in their hands, a prayer in their hearts and hymns in praise of their Lord on their lips. Chants of ‘Om Sri Sai Ram’ rang out aloud and echoed in the ether. Accompanying this devoted gathering was a floral float drawn by a tractor. Colorful bouquets and flowers bedecked the gigantic photo frame of Beloved Bhagawan. They passed on their ‘candles of love, hope, faith and worship’, as an offering, which was collected by sevadal and devotees from inside the Ganesh gate and made to adorn the parapet surrounding the deities under the canopy of the peeple tree opposite Ganesha.

A myriad candles glowed bright with unified prayers and collective harmony.

Further down the main street of Puttaparthi, children sang and danced in circular formations, even as the elders of the village played the drums and cymbals with synchronized rhythm. The residents of the village, each one of them were leaving no stone unturned to coax and cajole their Beloved Lord to be amidst them again. Indeed a sustained spectacular effort with amazing dedication.

こちらのサイトを参照しました。
http://www.sssbpt.org/Pages/Prasanthi_Nilayam/darshanupdateApr2011.html


ババの健康は引き続き安定した状態にあり、治療に肯定的な反応を見せているが、反応は遅いとのことです。

以下略。



※ちなみに、皆さんご承知のとおり、当サイトは単なる個人の暇つぶしもしくは趣味のサイトです。
そこのところ、よろしくどうぞ。



しかし、最近プッタパルティの最高気温は40度もあるんですか。
そんなにあるとはおもいませんでした。

あせもは出やすくなったなとはおもったけど。

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【2011/04/15 20:59】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
火星の寺の写真
火星の寺でのプージャです。
ビジュアル的には地味目。

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テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/04/12 22:19】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
早朝の寺の静寂
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テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/04/12 09:06】 | 神様 | トラックバック(0) | コメント(1) |
2011年4月11日のサイババの容態です。
Updated Monday, Apr 11, 2011 1745 Hrs. IST

The Medical Bulletin released at 1700 hrs. by Director, SSSIHMS, indicates progress in Bhagawan's health condition. The report reads as follows:

Bhagawan Sri Sathya Sai Baba who continues to be under treatment of this hospital is showing positive response to the treatment being given to Him.

He continues to be on the ventilator and is undergoing dialysis periodically.

His kidneys and lungs are showing sings of improvement. His hemodynamic values like heart rate, blood pressure, blood gas analysis are nearly normal.

The functioning of liver is also showing improvement.

His over all condition is much better than earlier although He is still critical.


(2011年4月11日インド時間午後5時に発表されたサイババの健康状態のレポートです。)

こちらのサイトを参照しました。
http://www.sssbpt.org/Pages/Prasanthi_Nilayam/darshanupdateApr2011.html

この病院で治療を受け続けているバガヴァン シュリ サティヤ サイババは彼に与えられている治療に肯定的な反応を見せています。

彼は引き続き人工呼吸器と定期的な透析を受けています。

彼の腎臓、肺は改善のきざしを見せてます。心拍数、血圧、血液ガス分析のような彼の血行動態値はほぼ正常です。

肝臓の機能も改善を見せています。

彼はまだ重篤ですが、すべての状態は当初よりもずっと良いです。


グーグル翻訳で翻訳したものをちょろちょろっと手直ししたものです。参考まで。

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2011/04/12 02:44】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
最強のマントラ。ガヤトリーマントラ。
災害の復興はすぐにどうこうできるものでもなさそうで、疲労と、さまざまな不安の中にいる方も多いと思います。

そんなときこそガヤトリーマントラをエンドレスで唱えてみてください。
ブラムマムフルタムの時間(朝4~6時)にきちんと座って唱えるのは素晴らしいですし、
日中、家事をしながら、犬の散歩をしながら、寝る前に横になりながらでも唱え続けてみてください。

そのバイブレーションの明るさ、美しさ、やさしさと力強さに救われるはずです。


下のユーチューブのガヤトリーマントラはサイババ本人が唱えているものです。



オーム ブール ブワッ スワハ
タッ(ト) サヴィトゥール ワレーニャムーーー
バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒー
ディーヨーヨー ナッ プラチョーダヤーー(トゥ)

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/04/11 01:14】 | マントラ | トラックバック(0) | コメント(0) |
4月10日の朝のサイババの容態です。
Updated Sunday, Apr 10, 2011 0900 Hrs. IST

This morning's Medical Bulletin released at 0800 hrs. reads:

Bhagawan Sri Sathya Sai Baba who entered the 14th day of treatment in this hospital has shown slight improvement in the functioning of the kidneys.

However, He continues to be on intermittent slow hemodialysis and ventilatory support.

His vital parameters of health are stable and satisfactory. The panel of doctors treating Him is satisfied with the progress He is making.

4月10日、インド時間朝8時に病院側から発表されたサイババの容態です。

こちらのサイトを参照しました。
http://www.sssbpt.org/Pages/Prasanthi_Nilayam/darshanupdateApr2011.html
日本語訳に関してはSSOJのサイトも参照しました。
http://www.sathyasai.or.jp/

当病院で治療を開始されてから14日目になるバガヴァン シュリ サティヤ サイババ様は腎機能にかすかな改善が見られます。

しかしながら彼は引き続き断続的に緩やかな人工透析と人工呼吸器のサポートを受けています。

彼の健康の生命指標は安定しており、申し分ありません。
彼の治療にあたっている医師団は彼の経過に満足しています。


(訳がひどく間違ってたりしたら教えてください)

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【2011/04/10 14:27】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アーユルヴェーダトリートメント。
この一ヶ月はめまぐるしく、精神的にも結構負担が大きかったです。

3月11日の震災に始まり、
22日に出発して1週間ほどナヴァグラハスペシャルプージャをタミルナドゥのクムバコーナムのあたりで行い、
プージャ後はサイババ入院。

4月4日の夜のサイババ重篤時のプッタパルティの大騒ぎ。

どれによっても自分の脳に相当の負担やストレスや変化が起こってるのを感じて、
ナヴァグラハプージャ中に音を上げてアーユルヴェーダマッサージデビューしたので、
この勢いで、プッタパルティに戻ってきてしばらくしてからも、ドクターのいるアーユルヴェーダクリニックで毎日
1時間のオイルマッサージと45分のシローダーラを受けています。

基本形は30分のマッサージなんですが、30分だと物足りないので1時間にしてもらいました。

今日で5日目くらいでしょうか。

これはすごくよかったなと思います。

朝起きても脳がそれこそ油が切れてるみたいにギシギシしたかんじで神経が立ってたりするのですが、
約2時間の施術を受けた後は、いいぐあいにボケ~っとなって深く考えすぎなくなるというか。


ここのクリニックでの施術はホテルで受けるマッサージとは違って「治療」の雰囲気が強くって、
リゾート気分をもうちょっと加えてくれると最高なんだけど~とか思いますが、
(マッサージのあとにシローダーラを受けるときに体にかけてくれるタオルがいまいちでなんかかゆいとか)

マッサージ自体は悪くなくて、
オイルもジャブジャブ使ってやってくれるし、
シローダーラは他でやったことないので比較できないんですが、いいんじゃないかな。
予想より額にたらすオイル?の温度が高かったかも。

1回目のシローダーラは「こんなもんか」と思いましたが、
2回目は手や足の先から邪気のようなものがザンザン抜け出て行ってるような感覚がありました。
3回目以降はだいだい寝てるみたいであっという間におわってます。

今日はいびきをかいて寝ていたような気がします。笑


全部おわったあとに、鼻と耳に変な液体を入れられて(口を閉じてたら窒息しそう)
それが流れないように耳に綿を入れられるので、初めは体にかけられてる薄っぺらい布の感触もあいまって、
なんだか死体になるってこんな感じなのかもと思いました。

そのあと、ぶっとい線香のけむりを鼻からすいこまさせられるのですが、
もちろんむちゃくちゃ鼻の奥が痛い。

これらは鼻とか耳とかの奥をすっきりきれいにするためのもので、サービスらしいんですが、
わたし的には責め苦に他ならないので、ここ数日はそれらは断固として断ってます。

体中のオイルは、なんかお湯で溶いたぬかみたいなのを渡されるので、それで体を洗うとヌルヌルが取れます。
これは石鹸よりもいいかんじ。


いっぺんドクターに目の治療として勧められた、目にギーを入れるというのもやってみましたが、
これもめちゃくちゃ痛くて、
塩分の濃い海水の中で目を開け続けてるみたいな感じでやはり拷問色が強かったので、
やってる途中でやめてもらおうかと思ったけど、一応20~30分こらえました。

これを毎日するとなると登校拒否のように通うのが苦痛になりそうと思いました。

なので20日とか40日続けると目に力がついていいといわれたけど1日でやめたのでドクターは残念そうでした。

丸一日、目とか、目の奥とか、頭とかすごい疲れた感じでした。
溜まってた疲れが出てきてるという話もありますが、
またいつか機会があればやるかもしれないけど、今はいいわということで。

日光にもその後過敏になった目がやられる感じだったのでサングラスみたいなのも買って1~2日してました。


日本でこれをやった人はそんなに痛くなかったというので、
インドのギーは粗悪品でなめらかではないとか?


全部終わった後は薄いミルクにシャタバリとか、なんかいろいろ薬草をまぜた温かい飲み物をだしてくれます。
これはすごくおいしいわけではないけどいいかんじです。


まあとにかく、施術はマッサージ&シローダーラの、とろとろゆるゆる系のみにしてもらって、
オイルで精神を緩めてもらってます。
この時期にこれができてすごくよかったです。

すごく役立った感じ。


明日からは何日かクリニック通いもちょっとお休みしようと思ってます。

数日後にはまた再開して1週間くらい通おうかと思ってます。

ちなみにクリニックの場所はゴープラムロードのウエストサードクロス奥です。
最初にドクターが脈診とか血圧はかったりとかしてくれます。

Dr.Gupta's Ayurveda Hospital & Panchakarma Centre 
朝7時から午後4時までだそうです。

ほんとはゴープラムゲートのすぐ近くにある、シャンタギリ?でしたっけ。
結構みんながよく行ってるアーユルヴェーダサービスのチェーン店みたいなとこが
評判もよかったし、行こうかと思ってたんですが、

私が行ったときはプッタパルティの非常事態でそこもシャッターを下ろして閉めてたので、
この、通りから奥まったところにあって、非常時にも開いてたドクターグプタのとこしか選択肢がなかったです。笑

でもまあ、奥まったとこにあるだけにマイペースな落ち着いた感じでよかったです。

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【2011/04/10 02:42】 | アーユルヴェーダ | トラックバック(0) | コメント(1) |
2011年4月9日のサイババの容態です。
Updated Saturday, Apr 9, 2011 1737 Hrs. IST

Evening's Medical Bulletin released at 1700 hrs. reads:



Bhagawan Sri Sathya Sai Baba continues to be stable and there is slight improvement in the overall condition of His health.

He continues to be on the ventilator and periodic slow hemodialysis. The functions of the kidneys and lungs are also showing improvement.

He is responding satisfactorily to the treatment being given to Him by the panel of doctors.

2011年4月9日、インド時間午後5時の病院側からの発表されたサイババの容態です。


こちらのサイトを参照しました。
http://www.sssbpt.org/Pages/Prasanthi_Nilayam/darshanupdateApr2011.html

※サイババは引き続き安定した状態&回復中とのことです。

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【2011/04/10 02:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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