スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
およばれ
今日は、え~と、夕方からは主名の友達のメキシコ人のお母さんの招待で、そこの家に遊びに行きました。

私たちのほかは知人のイラン人のお母さんと子供2人の3人が来てました。

私はパーティーとか相当苦手なので、主名だけ送り込もうかと思っていたのですが、メキシコ人のお母さんも行ったら喜びそうだったので、
気を取り直して私も行きました。

まあ、よく知ってる人たち、子供たちだけだったので疲れなかったです。

私らは7時前にいったのですが、途中私とイラン人のお母さんだけ抜けたりもしましたが、結局夜11時くらいまでいました。

思ったのは、やっぱりババが亡くなってからはみんないろんなことを考えてるんだなあということ。

何をかというと身の振り方です。

スウェーデンやアルゼンチン、オーストラリア、マレーシアなどのほかの国への移住の話とか、ほかの国での福祉はどうだとか、そういう話がちょくちょく出ました。

私はそういうことはまったく考えなかったので、そうなのか~、と不思議に思いました。


スウェーデンとかよさそうだけど。笑。
でも私は寒いのと服をたくさん着るのは苦手なので。住むのは難しいかな。

ほかのお母さんは
「今スワミは私たちのハートの中にいるわ。私たちがどこへ行こうとスワミは一緒よ」
とか言ってましたが、

なんで私が動く気がしないかというと、住めば都といいますが、つまりはものすごくめんどくさがりだからかなと思います。

絶対耐えられないほどのものがないし、楽しいし、快適だし、と思える。

でも人によったらここは絶対耐えられないし、汚いし、つらいと思います。


それにババが亡くなってからプッタパルティの人々の熱気は下がったので、
そういう意味ですごしやすくなって、
以前よりもここが好きになってきました。

やっぱり一人のグルの下にみんなが集まると、全員が解脱してない限りは狂信的なムードは絶対起こってくるし。

でもババの肉体を私たちが失ってからはそういう狂信的なものに力を与える要素が明らかに減ったと思います。

それは、わたしとしては以前よりも楽に感じる部分です。


4人の男の子たちはずーーーっと遊んでましたが、さすがに11時近くなると疲れてきたのか鼻血を出したり負傷が多くなってきたので帰りました。

楽しい時間でした。

主名も「ああ、楽しかった」と言っていました。



帰りは雷が鳴り出し、少し雨も降りました。

そしてとても涼しくなりました。
スポンサーサイト

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/05/31 05:09】 | 人間模様 | トラックバック(0) | コメント(0) |
毎日のローテーション。
パソコンが、目玉焼きが焼けそうなくらい熱いです。笑

これでも動くのがすごい。

(休ませたほうがいい?)



プッタの気候はというと、数日なんとなく暑さが和らいだ気がしてましたが、今日はまたなんか蒸し暑いです。

だるいし食欲もわかないけど食べてます。



朝は主名を学校に送ってからバジャンに出て、サマディー参りはできないけどバジャンホール(神殿)の中におまいりして、シルディババ像の目がきらりと光るのをセバダルに追い立てながら確認して(何か光る石が埋め込んであるみたい)そうして一日が始まったかと思ったら昼になって夜になって夜中です。

で、また朝です。


気分転換に仕事抜きで(できれば子供も抜きで。笑?)小旅行に出かけたい気分。



ハンピとか~、ゴアとか~。




できればどこでもドアでー。

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/05/30 02:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
5月23日のホーマムとカウプージャの話の続き
ようやく午後1時半くらいにドゥルガーテンプルを後にした私たち。

主名はもう150パーセント海のことしか考えてないのがよくわかる。

ところが占星術師とドゥルガーテンプルの坊さんは、おっさん同士、気持ちがまったりと通じ合ったらしく、
ドゥルガーテンプルを後にして車を走らせてからも
主名の海海催促に占星術師の反応は鈍い。

そのまままっすぐ海に車を走らせるのかと思ったら、2分だけもうひとつ寺に行くからと言い出しました。

2分。。。そんなの絶対20分以上と思うけど。と思ったけど、様子を見ました。


主名はもう気が気じゃなくて、

「あとどれくらい遠いの?どれくらい!!?ねえ、どれくらい!?」
と、せわしなくみんなに質問攻め。

「海に行く途中にある寺だから」
と占星術師は答えるもなかなか到着せず。

さすがにわたしも「あとどれくらい?」と聞いたところでその寺に到着しました。

何でも、そこに湧いてる水で沐浴するのはガンガーで沐浴するよりも、ラーメーシュワラムで沐浴するよりもさらによくって、すべてのカルマがチャラになるんだすごいとこなんだ、という占星術師の話。

その寺はそこそこの大きさの簡素な感じで静かなたたずまいの寺でした。

よくわからないままに寺の中に入ると、なんとドゥルガーテンプルの坊さんが先に来て待ってました。
なんだよ、そんなに心が通じ合ったのかこのおじさんたちは。。。いつの間に。とか思いましたけど、
占星術師はさすがに職業柄もあるけど、話もうまいし人心掌握にも長けてるから
ドゥルガーテンプルの坊さんもうっとりしちゃったのかも?

で、そのドゥルガーテンプルの坊さんがこのマル秘寺を説明しながら案内してくれました。

残念ながらあれからもう何日もたったのでどうも記憶が定かでないですが、
月の祖父というすごく力のある聖賢の像があり、それはなんか珍しかったような気がします。
座ってる下のほうに太陽と月の図が描いてありました。

頭の上に木もあしらってある像で、
う~~~ん、なんだったのかなああああ、あの木は。
すみません、聞いたけど忘れました。


そしてその寺の本尊のシヴァリンガムにもお参りしました。

坊さんいわく、このシヴァリンガムに正しい方法でお参りすることであらゆるカルマがチャラになると。
カルマチャラはここにも。というか、ここが?
よくわかりませんが、そういうことはサンスクリット語の文献にしか書いていないので、
サンスクリットを解読できる人だけがこの寺の重要性を知ることができる。
だからここはあまり人が訪れないクローズな寺だ、ということでした。

そのシヴァリンガムは大地から自然に盛り上がって出てきたものだそうで、
てっぺんにはさらに盛り上がった部分がありました。

上から水がそこにたれてきてるのか、それともその盛り上がった部分から水が出てるのか、
どっちだったかすみません忘れましたが、
とにかくシヴァの頭にはガンガー女神がいるんですが、
そのガンガー女神つき、しかも自然に水も出てる、その水がどこから来るのか誰も知らないという
すごいリンガムだという説明でした。

わたしたちは大きなオイルランプの器を2つ用意して、
それぞれの中に、さっきの聖賢の頭のところにあった木から取れるオイルを満たし、火をともしました。

そしてドゥルガーテンプルの坊さん自らアルチャナをしてくれました。


カルマ、チャラ。

ということで、占星術師や私やタクシードライバーはそれぞれの縁故の者たちの名前をプライベートにそこで唱えてもらったのですが、
坊さんがその名前を唱える手順を終わらして用具を持ってシバリンガムのほうに行こうとしたときに

「あ」

と思い出して、
占星術師に坊さんを呼び止めてもらって、菅総理と「ジャパン」も唱えてもらいました。

思い出してよかった。。。



それが終わったあとも坊さんはほかの全部の神像でもアルチャナをしてまわってくれました。

何の像があったかはすっかり忘れました。


その後ぼうさんは水とか用意してくれて、
その寺の建物の中で、さっきのドゥルガーテンプルのプラサードのご飯を私たちが食べれるように
バナナの葉っぱ(お皿)とか、セッティングしてくれました。
そして用事をする別の男性や、坊さん自らもご飯をよそってくれました。


まあ、お腹はすいてたので「海。。。。。」
と、私も思ってましたけど、食べることにしました。
カードライスがおいしかったです。


食べ終わってから主名がじっとしてられなくてどこかにうろつきに行ったら
占星術師が主名の葉っぱを片付けようとして、
そしたら坊さんがこの方にこんなことをさせてはいけない!みたいにあわてて止めて、
せんせいじゅつしは「ほんの小さな子供だから」と、制止をさえぎって片付けました。

まったりとなじんだこの2人の中年男性のこの出来事は何か少し、いちゃつくためのお芝居めいていたようにも思えましたが

私はそれを眺めてたのですが、
この場では私は働かないのが仕事だと思ったので、
私のは主名に自分のお皿葉っぱを片付けて捨てに行かせました。


最後まで占星術師とドゥルガーテンプルの坊さんは、まったりムードで通じ合っていました。


ようやくその寺を後にしたのは2時ごろでした。

占星術師は「このまま直接海に行くの?」と聞いてきて、

「何をいまさら」と思いつつ、
「いっぺんホテルに戻るんですか?」と聞いてみたら
「いや、今からじゃ時間がかかりすぎる。。。。もごもご。直接行く。」

とか言ってたので何が言いたいんだ?とそのときは思いましたが、
あとで思うに、もう時間がないから海はまた次回にします、と、私が言うのを期待してたのかも。

でもそんなの、この主名の期待の高さを受けて言えるわけもなし。無理無理。

前回、3月にプージャに来たときも、主名は占星術師に、プージャが終わってから海に連れて行ってやるからそこで思う存分貝を拾ったらいいとインド人特有のその場しのぎの解決案をいわれてその提案を飲んで、
(主名と占星術師の子供が寺の砂地にあった貝殻の激しい奪い合いになってたので)
プージャの日程が終わるまで期待しまくって待っていたのですが、

結局そんな時間はないということで何事もなかったように却下されて、
足掛け2か月分の期待が高まっていたのですごいことになっていました。

海に行きたい一心で、大量の宿題も当日のプージャ中にまでかかってウキウキしながら書いて終わらせてました。

いまさら行かないとはいえない。


それから海までは45分と聞いてましたが軽く1時間以上かかり、
私と主名は車中でほとんど寝てたのですが

3時15分くらいに海に着いたら主名はもう、うきうきで車から降りてすぐにパンツになってました。
で、吸い込まれるように海に行きました。

海は波はけっこうあったものの水はきれいで水温も高かったです。

わたしも海で沐浴しろとか言われましたが、
着替える場所もないし、そのまま夕方の列車にクムバコーナムから乗る予定だったので
(ホテルは朝にチェックアウトして車に荷物を積んで移動していました)
何を無責任なことを。時間もないし無理だよと思って、私は沐浴は遠慮して、
足を水に浸すだけ浸しました。

それでもとても気持ちよかったです。


主名もぎこちなく、しかし実に楽しそうに波と遊んでいました。

ほんとは2~3日、もしくはせめて2~3時間くらいは遊ばせたかったのですが、
私たちは6時台のクムバコーナム発の列車でプッタパルティに戻らなければいけなかったので、
遊び始めてわずか30分後の4時45分ごろに占星術師は引き上げるように促してきました。

2ヶ月待ちに待ってわずか30分じゃああまりにも満たされないだろうと思い、
促しを聞き流して、主名には「あと10分ね」と言ってもうしばらく遊ばせてて、
そのうちいったん先に車に戻ったドライバーも何度も迎えに来たので、
主名も一応気が済んだらしく、自分に言い聞かせてたのかもしれないけど、
「あ~、きもちよかった」

と、海からあがってきたので(やっぱりどこか風呂間違えてる?)、貝殻を拾いつつ車に戻りました。


シャワー施設なんかないので、ペットボトルのミネラルウォーターで主名の塩分を流し、着替えさせて、

5時くらいに海から出発しました。



わたしは1時間以上あるし、確か6時25分発のクムバコーナムの列車に間に合うんじゃないかと思ってたのですが、
「クムバコーナムは今から行くには遠すぎる」

ということで、海から近い駅から乗ることになったみたいでした。


それから、もともと少し荒い運転のドライバーだったけど、事故寸前な感じで猛烈に飛ばしまくって、
揺れまくったので、座席で横になってたのも関わらず吐き気を催した私は車を停めてもらって
ドアを開けると同時に吐きまくって、
そしたら腹筋がつって、うーーーと、しばらく地面にしゃがみこんでました。

ようやくおさまったころに、車内にいて様子をいてた主名も「ぼくも」と出てきて、
やはり車から降りると同時に吐きまくり、
しかし子供は回復が早いので、吐いたら「すっきりした」とか言っていました。


そしてまた車を走らせ、5時半ごろに私たちが乗る列車の始発の駅らしきところに着きました。

発車は5時40分くらいみたいだったので、
占星術師は先に出て行って消え、ドライバーは私たちの荷物をもってダッシュ。


わたしらは疲れてるしあまり急ぐ気にもならなかったけど急ぎ足で高架をこえて、私たちが乗る列車がとまってるプラットホームに行きました。

ドライバーは動転してたのか、乗る車両がうまく見つけられず、なぜか私が先導して案内する羽目に。
思えば来る時もそうでした。クーリーが違う車両にまちがえて乗って連れて行こうとしたのでなぜかクーリーを正しい車両に案内して連れて行く羽目に。

で、もっと運び代くれとか言うのでそぉんなあほな、というかんじでした。

で、無事に席に着いて、消えてた占星術師はその駅からクムバコーナムまでのわたしたちの乗車券を買ってたらしく、それをもらって、まもなく列車はゆっくりと発車しました。



用事でまだクムバコーナムにもう一日残った占星術師とタクシードライバーはさぞかしやれやれと思ったことでしょう。

私は別に急ぐ人生でもないし、(主名の学校はあるにしても)もう1日や2日プッタに帰るのが伸びてもクムバコーナムでゆっくりできて、海でももっと遊ばせられるし、いいやという気持ちだったので、

間に合ったんだーーー、と、嬉しいほどでもなく悲しいほどでもなく、微妙な自分でもよくわからない感じでした。


列車が動き出して乗客の出入りもなくなったので、着替えとあきペットボトルを持ってバスルームへ行き、
水浴びして着替えました。

朝からうごきつづけで汗だくだったので、ようやくさっぱりして気分よく座席に戻りました。


車掌が来たのでさっきもらった一番安い、クムバコーナムまでの乗車券とクムバコーナムからバンガロールまでのスリーパー(エアコンなしの寝台車両)の乗車券を見せ、まだ客はその時点でほとんど乗ってなかったので、OKかな、と思ったのですが、その席にいたいなら、というかんじでクムバコーナムまでのスリーパーのチケットを買うように言われたので素直に購入しました。

クムバコーナムでは少しの間停まってたので、急いで離れたところの売店に行って、ポテトチップスとプーリーふた包みとチャイを買って席に戻りました。

席に着くとすぐに列車は発車しました。

クムバコーナムの駅のプーリーは特に期待してなかったけどおいしかったので、
車窓を眺めながら窓際の席で食べてると完全に満たされた幸福な気持ちになりました。

あと、手持ちのオレンジなんかも食べながら外を見ているうちに日が暮れて夜になりました。

「夜になった」

と、主名が言いました。


同じコンパートメントにはお母さんと男の子2人と子守の少女がいて、
主名はその2人の男の子と遊び、
私はその建設会社に勤務してるというお母さんに聞かれるままに答えたり、こちらからも一応何か聞いたりしながらしゃべってました。

クムバコーナムでは寺でプージャして、今度はアルナーチャラでする予定で、
でも基本は仏教徒なので2年ほど前に北インドの仏跡地を回ったと、話の流れのままにしゃべってたら、
24時間祈ってるのか?みたいに言われました。

。。。そうだった、一般インド人はもっと普通なんだった。プッタのインド人は全体からしたら特殊、と言うことを思い出し、まあでも話の流れでプッタパルティに住んでることを言ったら、
サイババが亡くなったあとも会いに行ったの?
とか聞かれたので10回くらい行ったとか何とか答えました。

で、アシュラムのこととか、ほかのこととか、年も同じくらいなのか?いろいろ話しやすいお母さんでした。

彼女たちは兄弟が日本でエンジニアとして働いてたので1年前に日本に1週間くらい行って観光したそうで、
日本はどこもかしこもきれいで、みんな親切で、みたいに日本をべた褒めしていて、インドに住んでる私たちに、日本のあとにインドに住むのは難しいでしょう、とかそんなようなことを言ったりしていました。

YESと肯定しておきました。

宮島にも行ったとかいってて私も行ったことないよとか思いました。

そしてやはりこの前の震災の話になり、
でも日本人は素晴らしいから、原爆のあとにもすぐに復興したからね、みたいに励まされました。


なかなか居心地よく楽しく時を過ごし、9時過ぎには寝て、朝はそのお母さんが「次の駅よ」と起こしてくれ、6時くらいに無事にバンガロールに到着しました。

予約してたタクシーに乗り、寝てる間に休憩なしであっというまにプッタパルティに戻ってきました。
プッタにつく直前にまた主名は酔って吐きました。

しかしながらさわやかな気分でプッタパルティに着きました。

3泊4日のプージャ旅行。
うち2泊は列車の車中泊だったのでホテルには1泊だけ。うごきっぱなし。

こんな強行軍はいやなんだけど、
ゆったりした日程を組もうとしてもなぜかこうなってしまう。

しかし海行きも含め、すべての目的は達せられた旅行でした。


ただひとつをのぞいては。。。
実は内心に秘めてちょっと買いたいものがあったんですが買えなかったので、
次回またクムバコーナムに行くことがあれば、そのときにまだ買いたければ、こんどこそ。

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/29 05:34】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
サイババのマハーサマディーへの参拝も中断している今日に思うこと。
やることは相変わらず山積みなのですが、どうもうまく活動意欲がわかないです。が、まあ、サイババも亡くなったことだし、まだいろいろ激しく調整中なのかも。

おとといでいったんマハーサマディー参拝が一時中止されました。
今は、サイババのマハーサマディー(お墓)は周囲をベニヤ板の壁で覆われて、中で工事しています。

48日間とか、6週間とかの工事期間が目標みたいですが、きっとグルプールニマの日に間に合わせるように(今年は7月15日)がんばるんでしょうね。

おとといの朝にマハーサマディーを参拝したときはその日で終わりとは知りませんでしたが、なんだかすごく胸が熱くなって圧力みたいなものを感じました。

おとといの午後もそれで終わりとは知らなかったので、午後のお参りは夜6時ごろからスタートなのですが、夜7時くらいに行ったらホールはまだまだ結構な群集でにぎわってたので驚きました。

みんなよく情報をキャッチするんですねえ。

いつもは夜7時くらいだったらまったく待たずに直接マハーサマディーに行ってゆったりたたずんだりなんかもしながらお参りできるんですが、この日はまだまだ長い順番待ちで、
参拝し終わったのは7時40分くらいでした。
でもその熱気や窮屈さが、サイババが生きていたころの群集の狂気(狂喜?)を思い出させてくれてなんだかうれしかったです。

人員整理のインド人セバダルの中に、いかにもサイババコスプレか?みたいな全身オレンジのパンジャビで黒髪アフロな女性がいましたが、
実にまじめそうな人だったので、

この人は狙ってやってるのか、それとも何か超自然的な力が彼女の風貌をこのようにしてしまったのか?と、しばし思いをめぐらせました。


昨日はどうせサマディーにお参りできないしとか思って朝も午後もバジャン参加は休んで、
今朝はさっき、サウスインディアンキャンティーンで朝食を食べて子供を学校にやったあとにバジャンに参加しました。


なぜか、ハヌマーンのバジャンでぐっときて、わたしの涙スイッチが押されたので自分でも奇妙に思いましたが、
昨日かおとといはハヌマーンジャヤンティ(ハヌマーンの誕生日?)で、もしかしたら
バジャンのリードシンガーもコーラスの群集もわたしも、そういう大気のバイブレーションに、知ってか知らずか
ハヌマーンのバジャンに気持ちが乗っていたのかもしれないなあなどと自分の中で分析しました。

パヴァナスカ ハヌ~マ~~ヌキージェイ

    パヴァナスカ ハヌ~マ~~ヌキージェイ

パヴァナスカ ハヌ~マ~~ヌキージェイ

    パヴァナスカ ハヌ~マ~~ヌキージェイ


シ~タ~パティラ~マ チャンドラキ~~~~ジェイ

    シ~タ~パティラ~マ チャンドラキ~~~~ジェイ

シ~タ~パティラ~マ チャンドラキ~~~~ジェイ

    シ~タ~パティラ~マ チャンドラキ~~~~ジェイ


パヴァナスカ ハヌ~マ~~ヌキージェイ

    パヴァナスカ ハヌ~マ~~ヌキージェイ



ホールに入ってすぐに、中央のいすのところのサイババのバイブレーションの強烈さを瞬間的に感じました。

なので、期待してなかった分、うわっと思い、座ってました。


そのうちいすの横のサイババの写真がぐぐっと動きだしたというか、立体感と厚みを帯びて息づいたように思え、
目がおかしいかと思って、
ホールのほかの写真を見たらほかのはそうでもなくて、
中央の大きい写真がそのように感じられ、それとその両横の小さめの写真も多少そんな感じに見えました。

やっぱりその場に集まってバジャンにささげてる人たちの祈りによってそれらの写真もそうなってきてるのかなあと思いました


ベニヤ板の前のいすと写真。

こんなシンプルな設定で、余計なものは何もなく、
だからベニヤ板の壁の前で、そこにいる人々の純粋な愛と祈りだけがあからさまに認識できてしまうように思いました。

余計なものがなく、満たされた感じ。


なんかすごくいいなあと思いました。

ここは超豪華な、そしておのおのの人間関係や力関係や利害関係もうずまく総本山みたいなもんですけど、

どこかの片田舎の、でもサイババが好きな人たちが集まってきているサイセンターみたいな美しいたたずまいの印象すら受けました。

神への愛のみが人々を動かす力となっているような。


そういうシンプルな感じが胸を打ちました。


実際ここに来ている人たちは自覚のあるなしなく、神にひきつけられて来ているんでしょうけれど。



ババが亡くなってからわたしも最小限の荷物を持って急遽アシュラムに避難?したり、(今はまた外)
アシュラム事態の変化とともにわたしもいろいろ変化があったのですけれど、

今はサイクルワントホールもベニヤ板で区切られて、それはわたしは避難所をどうしても連想するのですが、
そんなふうに変化に伴ってシンプルな状態を余儀なくされるような出来事を通して、
アシュラムも私たちもほんとに大事なものを再確認していき、きれいに変化していっているような気もします。

サイババの肉体という、サイババ系の人たちにとってはそれ自体恩寵でしかし史上最大のイリュージョンが失われ、
わたしたちは神への本当に純粋な愛が自ら現れてくるさまを見ているような気もします。

自然で美しい変化。

サイババが亡くなったのはきっとほとんどの関係者にとっては唐突な出来事だったと思います。

わたしもサイババはダルシャンはしなくなるかもしれないけど、あと10年は生きると思ってましたし。
本人が96歳だか97歳だかで肉体を離れると明言してたので。

ところが85歳だかで亡くなって、(インドの年齢の数え方は「かぞえ」なのでよくわからない。)
復活?するの?みたいにまた多くの人が半信半疑で、

でもそしたら実は96歳だか97歳だかというのは実は太陰暦だったんだとかいう話で、
その数え方だったらババはちょうど予告どうりの年齢で肉体を去ったという話で、

うっそ~~~、そんなん前もって言ってよ、とみんな思ったと思いますけど、

前もってそんな話が広まらなかったことも含め
ババは全てを完璧に演じて、みんなを煙にまいて去っていったんだなあという気がします。

隅々までに気を配りつつ。

今もなんとなく煙に巻かれたままみたいな気分ですけど、
おかげでみんなババの肉体の死を、それぞれのペースで受け入れ、吸収し、自らの中にババを設置しなおしていっているというか。


まだババが存命だったころ、よく、ババが亡くなるときにはその衝撃で、どれほどたくさんの熱烈な信者が後追い自殺するだろうかとか思ったりしていました。

ところがそんな話も聞かず。

ババはそれぞれが今後も生きてそれぞれの働きができるように、ほんとうにすみずみまで守り、面倒を見ていると感じます。


クリシュナが亡くなった時にはその知らせを聞いてすぐに息を引き取ったり、全ての力を失って抜け殻みたいになってじきに死んでしまったりした人たちがいたみたいですが、

ババの場合はどうだったんだろう、と昨日考えていたら、
その日の晩に外国人の知人がそれに関する話し、ババが亡くなったあと、だれそれが若くして亡くなったとかいうのをいくつか教えてくれました。(自殺ではないと思います)

ババは亡くなった時、やはりいくつかの魂もともにひっそりと連れて行ったのでしょうか。

そのイラン人の知人はババが亡くなった時、子供たちとともにマレーシアにいて、
ババがなくなる前日かなんかにマレーシアのセンターの関係者がだれか亡くなり、
みんなでその人の遺体を前に何時間も、夜中の3時までルッドラムを唱え続けていたそうです。

その際中その知人は、なにかおかしい、私たちはこの人(亡くなったマレーシアの人)にルッドラムを唱えてるのではないみたいだ、まるで私たちの前にスワミが横たわっていて、横たわっているスワミに向かって唱えているみたいだ、と感じたそうです。

そしてその数時間後にババがなくなったという知らせを聞いたそうで、
それらの一連の現象に、「なんという恩寵!」と感嘆したそうです。

亡くなったマレーシアの人に対してもセンターの誰もが
「(ババと一緒に逝けるなんて)なんて幸運な人なんだ!」と思ったそうです。


その知人の長男はババの前で何度も一人でルッドラムを唱えさせられたことのある少年で、
きっとババはその少年のルッドラムを聞きながら肉体を離れたかったのかなあと、私もその話を聞いて思いました。


いろいろなことが味わい深いです。

ババが肉体をもって活動していた最後の約5年間にここにいて、
肉体亡き後のこの場所や自分やみんなの変化を体験できるということはほんとうによかったなと思います。

ババが亡くなったということは自分の中では間違いなく大きな転換点で、
でも人生が終わって振り返ったときにはそれはある意味すばらしい恩寵が爆発的に降り注がれた瞬間でもあったと、
その強烈さを認識することと思います。

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2011/05/28 15:30】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
23日のホーマムとカウプージャ
いいかげん、忘れないうちに書いときます。

更新のない間にも拍手ボタン押してくださってる方ありがとうございます。
けっこう励みになるもので。

23日は朝からまたドゥルガーテンプル(パッティーシュワランテンプル)に行きました。

このお寺は色々独特なものがあって、
9つの惑星の神様の向きも一般の寺にあるものとは違ってました。
普通は中央の太陽の神様は東を向いてて、その周囲に配置されてる惑星の神様たちはみんなそれぞれ外側を向いているのですが、

ここのお寺では太陽は実際の太陽が日の出のときにそうであるように西を向いていて、周りの惑星の神様たちは全員、中央の太陽に向かって立っていました。

あと、悪魔マヒシャを殺したドゥルガー(この場合、パールバティと同一視)が、勝手なことをしたということで、その後シヴァに受け入れてもらえなかったらしく、

パールバティはシヴァに受け入れてもらえるように片足立ちの苦行を行なって、無事シヴァの受け入れてもらえた、ということで、
苦行中の片足立ちのパールバティの像もありました。

そのように、またもや寺のあちこちの神様たちに坊さんと一緒にお参りを済ませてからホーマムを行ないました。

これは、日本のカルマ解消のプージャを6月19日から11日間することになったのですが、
それまでのつなぎのプージャとして行なうことにしたものです。

ちょっと前にも別の場所で日本のプージャへのつなぎプージャをしたのですが、
それは日本の憲法の発行された日時を基に作成したチャートから決めたプージャでした。

日本の誕生日がわかればいいんですけど、わからないんで、(それこそ古事記の時代?)
そういう、重要な節目のタイミングからチャートを見ていくらしいです。

関係ないけど、インドで神様ドラマが根強い人気なように、
日本でも人気のある俳優とか女優で古事記のドラマすればいいのにな。


日本のチャートを作るときに、
現総理のチャートと、その、戦後の憲法発行のチャートを合わせて見ていったのですが、
「天皇で見るべきだ」とか、憲法も「もっと昔の時代ので見るべきだ」とかいう意見ももらって、
いくつか別のでも合わせてみたのですが、
不思議というか、やはりというか、それらは矛盾しないんですよね。

究極的にはどのポイントにも全体が含まれて折り込まれてるんでしょうね。


ということで、この日のは現首相のチャートを元にしたホーマム&プージャだったんですが、

最近は少し違う風も吹いてるのかもしれませんが、チャート作成時(4月)の現首相の人気のなかったこと。笑

そのひと本人がどういう人だとかそんなのは分かりませんが、
たとえ敵でも(首相が敵というわけではないですが)プージャがやるような形でエネルギーを与えるのは
それがだれを対象であっても、私は万人に利益として還元されると思っています。

まあ、プージャにもいろんなのがあるみたいですが、、、それはそれとして。


ホーマムは2~3人(基本2人)で行なわれました。

おいしそうな5種類のフルーツも火にくべてて、なかなか燃えにくそうでした。

煙がすごいときもあって、
でもこの煙にはダイオキシンとかはないだろうと思いつつ煙を浴びていました。
こういうホーマムの煙とかはいいって言いますよね。


ホーマムが終わった後にはまたドゥルガーのアビシェーカムとかいろいろあって、
この日はいい日だったからか別の人も寺の別の場所で同時にホーマムをやってたので、ホーマムでできる聖水、カラッサムウォーターがたくさんできてたので、
前日ほどの牛乳の量は浴びせず、カラッサムウォーターをたくさん使ったアビシェーカムでした。

また別の人もすごい豪勢な太い花輪とかを捧げてて、
こういうふうにみんなの祈りが合わさってプージャが行なわれているんだなあと思いました。

この日は11の、レモンを裏返した器をつかったオイルランプを灯しました。
ちょっとは慣れて、早く火がつけられるようになりました。


一つ一つのプージャの合間が長くて、
この日は午後から主名は海に行くと思ってたので、彼は気が気じゃないみたいでした。
遅くなるから昼ごはんも食べないとか言っていました。



なんか、プージャの一環としてご飯を配ったりもしました。(アンナダーナム)



その後もなんやかんやプージャをして、(もう何がなんだか)


そして寺の門のところに行って、そこに連れて来られていた、前日村で見た牝牛と子牛にもプージャをし、
それを私からいったん寺の坊さんにプレゼントし、
(ブラーミンにプレゼントする必要があるらしい)
その後坊さんはよその寺で働いている貧しい女性(多分掃除したりするような)に牛の手綱を手渡してプレゼントしてました。

プージャの最中に牝牛はボトンボトンと糞をし、
それにはみんなあまり反応しなかったけど、
プージャの終盤にはジョーーーーー!!!と、たくさんおしっこをしました。

私や主名はギャーとか思ったんですが、
占星術師や他のインド人は「ベリーラッキーだ!!」とか言いながら、
新鮮な牛のおしっこを地面に落ちる前に手の先で受けて自分の頭に振り掛けたりしてホクホクしていました。


まだまだ私はインド文化になじんだと言うには程遠いと感じた瞬間。
(と言うかむしろなじみたいとは思わない分野)


まあでもこの手のプージャをするときに牛がおしっこをするのは吉兆なんだそうです。


そんなこんなで、悠長にたっぷり時間をかけて数々のプージャを行い、
主名が時々「海に行くから!!」と、根気よく主張してましたけど、
そのドゥルガーテンプルを後にしたのはもう午後1時半くらいでした。


つづく

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/26 22:16】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クムバコーナムのドゥルガーテンプルでのプージャ
もう眠くって、寝たい気もするけど、寝たら二度と書かなさそうなので書いときます。

子どももふざけまくりで、口うるさく言えばいうほど調子に乗るのはどうしたものか。
いっぺん泣かしたら静かになるのは分かってるんだけど。


今朝30分くらいだけ遅れてバンガロールからの列車はクムバコーナムに着きました。

近くのホテルに行って、シャワーを浴びて朝食を食べてからそこから6キロほどの距離にあるドゥルガーテンプルに行きました。(なんて名前の寺だったかは忘れました)

今日の目的は、わたしのヴァシシタの葉のカルマ解消の、ドゥルガーへのプージャをすることでした。

えっとですね、ああ、寺の名前がありました。
Pattyeshwaram(パッティエーシュワラム)テンプルでした。

ここのドゥルガーに、ミルクアビシェーカムをするのと、新しいサリーを贈るのと、レモンでできた首飾りをかけるのと、灯りを年齢の数だけ灯すのと、クムクムアルチャナと、サハッスラナーマアルチャナをするってやつです。

ほんとはもっと他の寺ですることもいわれてたけど、それらはこないだナヴァグラハスペシャルプージャのときにやったので省略。

午前10時前くらいに寺について、
しばらく待たされてる間にうろうろ敷地内を見て回りました。
沐浴場ではカワセミが水中に飛び込んで魚をつかまえていました。
上に鷹みたいな鳥が来たときは、カワセミは上を心配そうに見ているように見えました。

プージャ前のプージャがいつもあって、
サンカルパンとか何とか。
毎度ながら悠長な行為だなと思います。プージャって。

ガネーシャや寺中の他の神様にもお参りしました。
ほんとにたくさん色んな神様が祭ってあるんですよね。

シヴァリンガム、パールバティ(この寺ではニャーナーンビカと言う名前だったっけ)、ムルガン(この寺ではシャンムカとか何とか行ってたような。顔が6つありました。大きくてけっこう迫力ありました。)、ガネーシャ、なんかシヴァに取り次ぐような神様、なんか聖者、などなど。

あ、あと、カーラバイラヴァもいましたけど、なぜかフルチンでした。
みた感じがすごく不動明王みたいでした。
カーラヴァイラバも怒りすぎて、着てる服もどこかに飛んでいってしまったのでしょうか。

この寺のナンディ(シヴァの従者の牡牛)は変わってて、普通ナンディはシヴァリンガムの真正面に、リンガムのほうを向いて座ってるのですが、
ここの寺ではナンディは少し脇へ押しやられていました。

なんでかというと、ある聖者(名前忘れました。トゥリニャーナなんとか)がやってきたときにシヴァが彼を直接見たくて、ナンディをちょっと脇にどかしたんだそうです。

あと、別のシヴァリンガムもあって、それはラーマがプラーナを授けて自らプージャをしたリンガムだそうです。
そんなすごいリンガムらしいのですが、寺の裏手の人もあまり来ないようなとこにありました。

これって、日本で言うと弘法大師ゆかりのものってあちこちにあるけど、そういうノリなんだろうかとちょっと思いました。


この寺は彩色の壁画もあったりして、修復とかいうのとは無縁な感じでどんどん消えていってるみたいでしたが、歴史のある寺なんだろうなと思いました。

柱の彫刻もなかなか素晴らしかったです。


ドゥルガーの像は黒い石でできていて、高さ2メートル弱くらいでしょうか?

それにじゃんじゃんアビシェーカムをしてました。
どのくらいじゃんじゃんかというと、牛乳は冗談抜きで100リットルくらいかけてました。
ヨーグルト50リットル、ターメリックウォーター、サンダルウォーター、ココナツウォーターなど各20リットル、あと、カットフルーツやジャガリー(黒砂糖)を混ぜたどろどろした甘いものとか、蜂蜜とか、いろいろたくさんかけてました。

合間合間は水で清めて。

最初はガナパティアタルヴァシールシャムをとなえて、あと、ドゥルガースークタムを繰り返し唱え、最後のほうにはシュリスークタムとか唱えていました。

アビシェーカムされてるとき、ドゥルガーは赤いふんどしみたいな長い細いぬのを首から下げられてて、細い布なんでやけにドゥルガーをなまめかしく見せてるように思いました。
まるですごく切れ込んでる水着みたいな感じで。
何だあの布は~みたいな。

アビシェーカムのあとに花輪をいっぱいかけて、そこにさらにターメリックのどろどろした液体をドゥルガーの顔とかにかけたので驚きました。
花がターメリックまみれ。。。

で、お坊さんが指でドゥルガーの顔をなぞって眉毛とかめとか口とかわかるようにしてました。
でもなんでつながり眉毛にするのかな?

よくインド人女性で顔とか手足にターメリックを塗って黄色くしてて、
みたらぎょっとする人いますけど、
あれは美白のためとからしいですけど、
ドゥルガーにも美白なのでしょうか。。。

その後わたしはレモンで作ったオイルランプ(半分に切ったレモンを裏返したものを器にしたオイルランプ)に、インド式の数え方ではひとつ増えて38個、火をつけました。
けっこう苦労しました。(人生が、じゃなくて火をつけるのが)

またドゥルガーのほうに戻ると、幕の後ろでお色直しと言うか着付けみたいなのをしてたみたいで、
幕をあげると金のカバーとかもされて、花にうずもれたようなドゥルガーが出現しました。
知らない間にサハッスラナーマもしてくれてたみたいで、きっとドゥルガーの足元に積み上げられていたはすの花びらがそのしるしなんだろうと思います。

アルチャナもして、ドゥルガープージャが終わりました。

で、プラサードをもらったり、やってくれたお坊さんにお礼を渡したりして寺を後にしました。


どっかの食堂でお昼を食べて、主名は本人の希望もあり、ホテルにおいて(テレビ&宿題&休憩のため)、私たち(私、占星術師、いろいろ手配や準備に走り回るおじさん、タクシードライバー)はそのまま片道1時間半か2時間くらい離れたところにあるヴァイティーシュワランコイルに行きました。

以前あけたヴァシシタの葉を読んだナディリーダーにお礼を渡すためです。
もとナディリーダーの占星術師は「自分の経験上そんなの渡さなくていい」とかいってましたが、
わたしは今まであけたもの(これがこの手の葉っぱの8回目)は全部やることやって、出すものは出してきてたので、どうしようか昨日まで迷ってましたが、結局渡すことにしました。

もし渡す必要がないにしても、向こうが要求してるんだし、
私のカルマをもっていってくれるんだろうとか思ったりして。
前回、ここの館の一室でプージャ中なのをチラッと見て、なんかすごくいいと思ったので、
お金や品物と一緒に私のカルマが行ったとしても、きっと彼らは上げて(昇華して)くれるだろうと思い。


まあ、向こうはもちろんいやな顔はしませんでしたけど、
プージャルームに連れて行かれてそこでプージャとともにそれらの物を渡しました。
5種類の果物、はちみつ、ビテルの葉っぱ、クムクム、ターメリック、男女一組の衣類、花、と、現金なんかです。

しかしそこのプージャルームでの簡単なプージャでしたがよかったです。
バイブレーションがぐおおと変わっていった感じがしました。

なにか望むことがあれば祈りなさいと、プージャルームに一人で取り残されて、
別にないので世界平和と、神の御心が行われますようにとだけ祈りました。



私が今日行ったのは日本ではまだあんまり有名じゃないヴァシシタの葉の館で、
でも内容の質的には悪くないです。

文句をいう人も多いけど、私の人生ではこれらの予言の葉っぱはいつも私を力づけてくれたので、そういう予言の葉っぱと私は相性がよかったのかもしれないけど、
感謝してるし、自分が得たものを考えるとお金を払ってもぜんぜんかまわない感じはしてます。

その後また車で帰りました。

途中今まで行ったことがないヴィシュヌテンプルに一つ寄り(しまってる時間でしたが)
明日のカウプージャの牝牛と子牛を村に見に行きました。
きれいな牛でした。
母牛は初産で、子牛はまだ生まれて15日目らしい。

途中、草ボーボーのところをさして占星術師が
「あそこで私のグルがサマーディーになった(死んだ)」「グル大好き」
とかいうのを聞いたり、

「この村はヘビのマントラで有名。ヘビに噛まれたらみんなこの村に来る。マントラを唱えたらもう問題なし」
とかいうのを聞きながらホテルに戻りました。

車を走らせてるホテルへの帰り道、ふと、日本画を描くのもいいな、と思いました。
もともと専門的に勉強したのは日本画なのですが、
なんで今頃そんな思いが出てくるかなあと思いましたが、
インドや日本の普通にいい風景や光景を日本画の砂絵のような画材で普通に描くのもいいなあとか思いました。

もしもう何にもやることがなくなったらそういうことをしてもいいかも。

たとえばカンニャクマリの日の出を迎えて拝む人々とか。

で、どこかにウォーリーを探せみたいにサイババが混じってたり。笑。普通じゃないか。



明日は朝8時にホテルをチェックアウトして、カウプージャしにいきます。
たぶん今日と同じドゥルガーテンプルに。

そして予定では午後に主名を海に連れて行って、夕方の列車でバンガロールに向かいます。

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/23 02:57】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝はアシュラムでマハーサマディーの墓参りをし、

今はバンガロールの駅にいます。

1時くらいにプッタパルティを出て、途中40分くらい休憩したにもかかわらず、4時半くらいに駅に着きました。
早くて驚きです。

ここ数年、大統領とかがプッタに来たりするからかなあ?道路がものすごく整備されて、
高速道路みたいなのになったので、移動時間がものすごく短縮されました。


たまに都会に出てくると自分の中でなんかホッとする部分があります。

たぶん自分は基本は都会っ子(37歳だけど)の部類に入るんだろうと思います。


タクシーの中からマクドナルドとか見えたので、主名が「マクドナルドマクドナルド!!」と騒ぐかと思いましたが、さすがにいつの間にかお兄ちゃんになったのか、もう冷めてました。

こっちのマクドナルドはベジタリアン用のメニューもあるんですよ。
ポテトコロッケバーガーみたいなのとか。


マクドナルドなんか行ったらもっとホッとしますよね。笑


3時くらいに途中の休憩場所のドライブインでわたしはプーリーを食べて、(やわらかくてでかい揚げパンみたいなやつ)主名はミールス(定職)を食べました。

実は昼ごはんも軽くアシュラムで食べてきてたので、
「ミールスなんか食べれるんかあ?」
とか思ったのですが、
ご飯大盛り全部食べてました。

そこでドライフルーツみたいなのも幾つか買いました。
アムラと、タマリンドと、マンゴーと、初めて聞く名前のもの(すでに名前忘れました。)

アムラは少し苦味があって(生はむちゃくちゃ渋い)ビタミンCとか豊富らしいです。
妙に癖になる味で、よく買って食べてます。

タマリンドは酸味があります。
暑いときにはいいかも。
主名はこれはあればあるだけ食べてしまいます。

マンゴーは柿ゼリーみたいな感じになってるやつ。

初めて聞く名前のは試食したらなんかおいしい気がしたので買ってみました。



列車が来たみたいなので動く用意をします。
【2011/05/21 22:09】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
脳内圧力とヘビの夢
昨日くらいから、脳内圧力が高まってる感じです。

暑さのせいもあるでしょうけど、時々そういうことがあって、たいがい何日かしたら何かの拍子に圧力が抜けます。

他にもその理由として思い当たることはいくつかありますが、

今朝(19日)、早朝にはすごい夢を見ました。


原発らしき建物が3度爆発して、まあそれはそれでいいんですけど、
そのあと、子どもと一緒に移動してたら山から水が流れている渓谷と田んぼの中間地点みたいなところにものすごく大きな凶暴な顔の亀がいて、

まあ、それもそれでいいんですけど、

その向こうの渓谷のふもとの渓流のせせらぎのあたりに巨大な白いようなうす黄色いようなヘビがとぐろをまいていて、
見てるとそれは1匹ではなくて3匹で、
見てるうちに上空に向かって3匹が3匹ともにょろにょろと垂直に立ち上がりました。

どのくらい巨大だったかと言うと、う~ん、長さ80メートルくらい?
それが3匹が3匹とも並んで立ち上がる様子は迫力がありました。

子どもと、

「あんなに大きかったら噛まれるよりもつるんと丸ごと飲み込まれるね」

とか話してました。


目が覚めてから、
早朝でまだ暗かったんですけど、
あれは日本の負のカルマの3本立てをあらわしてるんだろう、これは大変だ。。。でかいし。

とか思って、
いろいろ考えてたらそのまま夜が明けて、2度寝したんですけど。


その後インド占星術師のところに行く用事があったので行ったときにその夢のことを話したら、

「昨日カウプージャ(乳牛と子牛を貧しい人にプレゼント&ホーマムのセット)をしたからだ、トゥーマッチエナジーだ、ベリーラッキーだ!」

とかいうので、
ほんとかよーとか思ってあんまり信用できなかったんですが、

そういえば昨日の朝にカウプージャしたはずだったなと思い、(依頼していた)
ヘビはわたしはカルマの象徴と言う認識だったんですが、
クンダリーニのようなエネルギーと捉えることもできるのか、と、思いました。

ちなみにヘビの夢で、ヘビに追いかけられて逃げる夢はカルマが追いかけてきてるようなよくない夢だそうで、
逆に、ヘビにかまれるのはカルマが終了して幸運が始まるすごくラッキーな夢だそうです。
占星術師いわく。

私が見たヘビの夢は、ヘビが立ってたので問題ないそうです。
かまれるとなお良かったとか言われましたが、
なんせでかかったので、もしそうなると噛まれるより飲まれてしまいそうでした。


そうそう、そんでつい最近、実際ヘビ(コブラ?)もアシュラムの中で見て、その晩に大雨になって、その翌朝サイババの夢を見たという一連のことも言ったら占星術師は今私に何が起こってるのか、私のチャートをチェックしたくなったみたいでチェックしてました。

何でも、何かやろうとするときはいつも神がサポートするということで、一般論でもあり、そうではないかもしれませんが、
そういえばほかの人にも、やたらめったらたくさんその手のサポートがついてると言われたこともあったような。

そんだけ発破かけられてるのかもしれないけれど。

実は5月6日から寝る場所を変えて違うビルにいるのですが、
この今いるところも、私たちが来る前にシヴァが部屋のエネルギーの掃除をしてたとか何とか。笑

シヴァか~。



しかし、カウプージャ、別にとくにこれといってよくわからんかも、と思ってましたが、
巨大なヘビが3匹立ち上がってうねうねするくらいだから、
巨大なエネルギーが来てるのかもしれないですね。脳内圧力も高まってるし。

さすが聖牛。


23日にもういっぺんカウプージャwithホーマムすることにしてます。


22日には自分のヴァシシタの葉のカルマ解消のためのプージャをタミルナドゥのドゥルガーテンプル
(ほんとはシヴァテンプルらしいけど、ドゥルガーのほうがすごく有名な寺らしいです。)でやってきます。


プージャまみれです。



今日は朝も夜もサイババのマハーサマディーにお参りしました。


最近夜はおまいりしてないんですけど、夕食を食べに7時前くらいにアシュラムに行ったらみんなプラサードを持ってたので、
今からでも行けばもらえるかも?行こう行こう!と、子どもとそれぞれ男性側と女性側に別れてお参りしたんですが、さすがにもう配ってませんでした。


なので、つつがなくお参りを済ませて、ウエスタンキャンティーンに夕食を食べに行きましたとさ。

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/20 02:29】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(2) |
暑くて一日が足りないです。起きたらすぐに夜。
暑くって食欲も出ないけど、食べれることは食べれるので、食べてます。
食欲がないときでもフルーツはするすると食べれるのが不思議ですよね。

去年具合が悪くなったときもフルーツだけは食べれたし、フルーツは体への負担が少ないんでしょうね。

今はスイカやメロン、マンゴー、ブドウ、それにいつでもあるパパイヤやりんご、バナナなど、果物の種類も豊富です。

今日はマンゴーとチッコーを買いました。

チッコーはサポタとも言われますが、一見小ぶりのじゃがいもみたいな外観ですが、
中は熟したらとても甘くてやわらかいです。

なんとなく庶民的な食感で(どんなだ。笑。ざらざらしてます)ちょっと柿みたいな味です。

今は大きくておいしいチッコーが売ってるので、1キロ買って、さっき部屋で4つほどむいて子供と食べました。



しかし、、、暑いです。

別の長期滞在の女性は、着てる服を直接ビシャビシャに濡らして涼んでるらしいですが、すぐに乾いてしまうそうです。

わたしはそれをするとなんか具合が悪くなりそうなのでそこまではしませんが。

インドの部屋は床がタイルなので、床に水を撒いて寝てる人とかも少なくないんでしょうね。


わたしたちは幸い寝るのには苦労してないです。

天井にくっついてる扇風機を回して寝たらすぐに寝れる。


日中の暑いときにあまり出歩かないようにすればそんなにばてたりもしないんでしょうけど。
そういうわけにもいかず。

まあでも暑さのしのぎ方も分かってきて、数年前にくらべれば全然余裕です。

数年前は暑さと育児ストレスで常に軽く精神錯乱でしたから。


今年は日本も節電ムードですね。

わたしはもともとクーラーが苦手と言うか、(なんか具合悪くなりそうとかいう思い込みがあって)警戒してるので、クーラーのある住居に住んだことはないのですが、

インドの家はたいがい天井に大きな扇風機がついてるのでとりあえずこれで十分です。
これだと部屋中涼しいからいいですよね。

最初はこの大きな羽根が外れて飛んできやしないかとちょっとビビってましたが、
(扇風機カバーとかないし)
使ってるうちに気にならなくなりました。


まあ、この暑さもしばらくしたらマシになるんだろうと思います。(そう願いたい)


暑くて体も省エネなのか、何かをするには1日が短すぎるかんじで、朝起きたらすぐ寝る時間になります。


(↓以下、食事中の方注意)


いまさっき、子供は肛門がかゆいと言って見せてくるのでいったん怒鳴って追いやりましたが
また「見てくれる?」とかいうのでしょうがないから見ました。

しばらく見てましたがべつに虫は出てこなかった。


数年前ネパールにビザを取りに行ったとき、あちこち寄りながら行って、カルカッタ(コルカタ)に泊まってたときにやっぱり子供がお尻の穴がかゆいかゆいとヒーヒー言うので、
見てやれば落ち着くだろうと見てやったら、穴から白くて細長い小さな虫が出てきて、
穴の周りを一周散歩してまた穴の中に帰って行ったことがありました。

どうしていいものやら動転して分からなかったので穴の中に戻っていくのを見届けてしまったのですが、
翌日ネットカフェであれがどういう虫なのか(ギョウチュウでした)、どういう治療をするのか調べて、
薬局で虫下しを買って飲ませました。

一応わたしも飲んだけど、虫殺しの薬!とか思うと、なんかそれこそ具合悪くなりそうでした。


ギョウチュウは2億個の卵を肛門周辺に産むのでそれがギョウチュウ保持者によって部屋中にばら撒かれます、みたいな記述を読んで、、ぎょえ~~~!!!と思って、子供と一緒のベッドに寝るのにも戦々恐々としたものでした。

まあでも命の危険もある回虫とちがってギョウチュウはかゆいとか、気色悪いとか、そんな程度みたいだったので一応安心しましたが、
2億個の卵を常にばら撒かれてるイメージはあまりにも恐ろしかったし、
次の場所のブッダガヤのクリニックで検便の検査をして調べてもらったりもしました。

いまとなってはいい思い出ですか。。。


子供は相変わらず地面に落としたものでも食べてますが。

今思えばあの時のかゆがり方に比べれば今日のはさほどでもないので、きっと暑くて肛門周辺が軽くかぶれたかなんかなんだろうと思います。


ついでにいうと、ん??子供の耳の上に虫が数匹乗って動いてる、、、と思って観察したら
頭髪の中から降りてきたシラミたちだったこともありました。

そのときはええ?まさか!?と思って髪の毛をかき分けて見てみると、ものすごくたくさん生息してました。
100匹以上のシラミたちが頭皮の上を縦横無尽に動き回っていました。
これも、ぎょえ~~~~~!!!!です。

すぐに髪の毛を短く切って、何回かシャンプーして、手で1匹ずつつぶしていきました。

そういうことは何回かありました。


虫がいるって、結構衝撃。


子供同士遊んでると、誰かが持ってたらすぐにうつるんですよね。

その頃はストリートチルドレンみたいな子供たちを住まわせて勉強させてる学校に出入りしてて、主名もその子達と遊ばせてたからそっからうつったみたいでした。

結局色々あってその学校と関わるのはやめたんですが、
インドはそういう社会福祉活動っぽいことをしようと思ったらいくらでも需要がある場所なので、
そういうことをしたい人にとってはある意味パラダイスなのかも。

しかしほんとに相手の役に立つような形で関わるとか援助していくというのは難しいものだなとも思います。


自分がよっぽとしっかりしてないとすぐにむちゃくちゃになりそう。


路上の物乞いもプッタパルティには常駐してますけど、
彼らの本当の状況なんかも知ってる人は少ないでしょうし。
彼らはある意味プロフェッショナルだから。

どういう風にそういうとこにかかわるかというのはほんと難しいなと思います。

わたしはあげようと思ったときだけ、気持ちが広がるかんじになって気持ちよくあげれるときだけなんかあげたりするようにしてますが、

物乞いも必死だから、こっちがそういう気分じゃないときも腕に触ってきて要求してきたり、
おっさんの物乞いなんかしつこく何十メートルも私と一緒に歩いてついてきたりするときもあるので、
そういうのはほんとやめて欲しい。
触られたり付きまとわれたりするのは普通にすごくいやなので。

物乞いの独特の口調も意識の中に入れてしまうとノイローゼになりかねないので、
向こうの速さよりも早く動くようにしてます。
なるべく立ち止まらないように。

あれみたいですよね、そういうコンピューターゲームみたい?

今日は、というかここ数日、おっさんの物乞いにあまりにもしつこく付きまとわれていて頭にきてるのでそういうことを思いました。

あんまりにもしつこいので「ちょっと!」と怒ると「じゃあ、あしたか!?」とか言うし。

こうなるともう意地でもいやになるし、
あんまりストレスだったらそこらにうろうろしてる警官に言ってちょっと脅かしてもらうのもいいかも。
いやなものはいやだという気持ちは大事にしたい。

単なる善人だったらインドでは何もかもむしりとられて人間不信になって気が狂ってわけわからなくなるし。


先日、口の聞けない手作りのかご売りのおばちゃんに食料品とか日用品とかまとめて店で買って渡したのを伝え聞いたか何かで、自分もわたしから何としてでも何かもらおうと決めてるのかもしれないです。

おばちゃんは自分ではっぱでかごを編んで売っていちおう努力しているもの。


インドの闇も深い。。。これはわたしの心の闇の反映か?


そういえば、タイでアティルッドラマハヤグニャするそうですね?
ほんとですか?

どうして日本でしないんだろう?

タイはサイババ帰依者に王室関係者?もいるし、強力なのかな。
しっかりしたサイスクールもあるみたいですしね。
【2011/05/19 02:50】 | インドの衛生観念 | トラックバック(0) | コメント(0) |
地味にブッダプールニマ。
最近すごく日差しがきつくて暑いので、昼ごはんは遠いウエスタンキャンティーンじゃなくて、ガネーシャゲートに近いサウスで済ますことも多かったのですが、

昨日今日とブッダプールニマ(ブッダ祭)で、多分インドネシアかマレーシアの人達がウエスタンキャンティーンで自国の料理のメニューを出してて、おいしいんで、今日はサイクルリキシャに乗って昼もウエスタンキャンティーンに行きました。

おいしかったです。笑


オクラの掻き揚げっぽいのに甘辛しょうゆみたいなたれが添えられてるヤツとか、モモ(餃子の一種)とか、インドネシア風?スープに、なんとも形容しがたいやさしい味と風味のデザートとか。

激辛インドメニューと、クリームとチーズたっぷりのこてこて西洋料理にげんなりしてたので、あんまり甘くない微妙なみつ豆みたいなデザートとか食べたらやさしい精妙な気持ちになって、明日へのさわやかな活力が沸いてくるというものです。



主名の友達がたくさん無駄な動きをしながら走ってたので、

「○○ちゃん元気やなあ。」
と言ったら主名が

「そう?」
と言うので

「よう、動いてるやん。」
と言ったら主名は

「う~~~~、だって、○○チャンはぼくより1つ年下でしょ?
ぼくは1歳年上やから疲れてんねん」

などというので「そうなん?」と答えました。


前、天皇陛下の、震災にかんするメッセージをユーチューブで主名に見せてからと言うもの、
主名は「天皇みたいな服買って」とうるさくて、
つまりは背広とネクタイなんですが、

背広とネクタイがすごくかっこよく思えるらしいです。
こんどの誕生日には天皇みたいな(背広とネクタイの)かっこうしていい?とかいうのだけれど。。。


それでは疲れたサラリーマン一直線では。。。?


主名は結構着飾ったりコーディネートに気を配ったりしてるらしく、
服の組み合わせの配色とかも自分の中で法則があるらしい。

外出時にはサングラスをして、ブレスレッド(うでわ?)をして、サイババ指輪を2つはめ、こないだ割れるまでは3Dのイエスのペンダントもしてでかけていました。



ああ眠い。
ちょっと寝ます。


ブッダプールニマのプログラムは、カンファレンスホール(ショッピングセンターの前のダブルデッカービルディング)でのスピーチを聞く、というもので、
あとはサイクルワントホールでいつものヴェーダ吟唱やバジャンに参加するだけみたいでした。

でも結構な人数が仏教徒の目印のスカーフをしてグループを作ってます。
男女合わせて200人くらいいそうな。

仏教国たちの混合グループですが。

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/18 18:54】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
しっかし、子供、自分が作ったレゴの作品?の説明を、わたしが20パーセントくらいの集中力でうん、うんと適当に聞いてても何十分も話し続けるって、、、
さすがに20パーセントの集中力で聞いてても疲れました。

しかもその後もうひとつの作品を持ってきた。。。


わたしは自分が極度に無口な子供だったので多少自分でも苦労したので、子供はよくしゃべれるようにとできるだけしゃべらすようにしてたらこんなことに。




最近は朝、マハーサマディーダルシャンに行って、午後は用事をしてたりと行かないことが多いです。
朝はバジャンホールの中にも入れるからなんかちょっと嬉しいし。

午後は朝より人が多いからお参りにも時間がかかるから。



でも明日は一応ブッダプールニマのプログラムがあるみたいですね。
よくわからないけど。



昨日の晩、雨が降ったから今日は涼しいかと思ったら涼しかったのは朝だけで、日中はやっぱりかなり暑かったです。
どうもわたし夏ばて気味みたいで、あまり食欲も出ない。
とは言ってもそれなりに食べてるので問題ないですが、あんまり暑いと疲れるということに改めて気がついた。

暑いのはどっちかというと得意と思うのですが。
寒いのはぜんぜんだめです。

主名はインド人並みに寒がりになってしまい、こんなに暑くても足元が冷えるとか言って、靴下を履いたりしてます。



今日の夜は、このまえスタジアムでもらったど派手なサリーを着てキャンティーンに行ってみました。
みんなが私を見ているような気がする。。。。笑

というのは多分気のせいと思いますが、
いかにも村人~なかんじのサリーと、着用している外人のわたしとのギャップに、見る人、特にインド人は少し混乱するのかも。

インド人はやっぱりサリーとか、着てるものからの情報でその人をすばやく判断して、自分との位置関係(上下関係)を把握するんでしょうから。


まあでも、夕食を食べ終わって帰る頃にはこの村人チックなサリーに身を包むのにも慣れて違和感がなくなりました。


帰りにメインロードの小物を売ってるようなみやげ物やを冷やかしてたら、
神経質な西洋人の女性が主名が物を見ながら近づいただけで、触ってもいないのに、ものすごい形相になって怒って、なんか病原菌をなすりつけられたかのような変な態度だったので、

店のインド人の青年がそれを見てなぜかかんかんに怒って、

「あんたは頭おかしいんか?こんな小さな男の子じゃないか!」

とか言ったらその女性はさらに怒って

「彼女は何をしてるの!」

と、様子を見てた私にまでとばっちりが来て、

インド人青年は
「彼女は店にいるだけじゃないか」

とかなんとかいって激怒しました。



わたしはその女性が神経質で怒りんぼなのは知ってたので、

「あの人、いつもあんなんだからいいですよ。ノープロブレムだから」

と言って、インド人青年を落ち着かせようと試みましたが
よっぽど気に障ったのかカンカンで、
すでに事の発端のわたしや主名は関係ないかんじになってました。


ババが亡くなってからはみんなそれぞれの自分自身の中に戻って行って、やたらと怒る人も少なくなったような気がしますが、
こういう風に切れて怒る人(西洋人女性)久しぶりに見た感じがしました。

暑いからかな。



いつも主名とふざけて遊ぶその普通のインド人青年がそんなにカンカンになったのもちょっと驚きました。



南インドの一般人は基本的に情が深くてやさしいとは思います。

今日は村人風サリーを着てたからか、そういう風に思いました。

西洋人の女性はもしかしてわたしたちをインド人、もしくはネパール人の親子と思ったりしてあんな過剰な反応をしたのだろうか?


個の発達してる西洋人が、個がどこにあるか意味不明(というか個も個人の責任の所在ももしかしてないのかも?)なインドに暮らすのは相当ストレスがあるだろうなと思います。



あいまいな日本人はその中間なかんじでしょうか。
【2011/05/17 01:40】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ババに色々質問してみる夢。
そういえば今朝はババの夢を見ました。

昨日の夜はすごく雨が降って、雷もすごくて、久しぶりの降水量でした。

わたしは昨日の夕方はぐったりして部屋で寝てしまったので、遅めにウエスタンキャンティーンに夕食を食べに行ったのですが、食べ終わった頃にそんなすごい雨になって、
しばらく待ってたらやむかな~?と思って待ってたんですけど
やむ気配がないので濡れて帰りました。

昨日雨が降ったことは何か天と地がつながった吉兆のしるしな感じがしました。

昨日の昼にへびを見たこと、夜に雨が降ったこと、そして今朝のサイババの夢、
自分の中ではそれらが全部ひとつの必然的な流れのように思えました。



夢の内容はというと、サイババと色々しゃべってて、その内容のほとんどは忘れたんですが、
いくつかは覚えてます。

別に特にしゃべりたいこととか聞きたいこともなかったのですが、
サイババと交流する目的で、なにか質問を考え出して色々聞いてたかんじでした。

今度もし同じシチュエーションの夢を見たら、なにを聞くかあらかじめ考えとくのもいいかも。


解脱とか、そういうことはいままでの夢の中でもすでに聞いたり頼んだりして、質問としてはおそらく終了してるのでもういまさら聞く気になれず。

で、何を聞いたかというと、子供のこととか、お金のこととか。爆


夢の中のババがいうには、わたしには男の子2人と女の子1人予定だそうです。。。

むりじゃ?笑 


もう37ですよわたし。


なので、「え~~~」みたいな反応したらババは「ムムムッ」というような口ごもるかんじに。




まあいいや、なんでも。






あと、「わたしは金持ちになるんですか?」とか聞きました。笑


そしたらババは「うん」と言ったので

「すごく」ですか?と聞いたら

「うん」とうなづいてました。



生活に困らないくらいはなんだかんだと入ってきますけどいつも貯金のないわたし。

昔あけたアガスティアナディで
「あなたはすごくお金持ちになって、もうお金なんかいらない、と思うくらいになる」
と書いてあったことを思い出しました。



マイナスはちょっとつらいけど、お金を持つことは「滞り」みたいな気がしてはむしろ全くない状態に長年心地よさをかんじて来た私ですが、
プッタパルティに、と言うかインドに来てからというもの、
地獄の沙汰も金次第、じゃないけどその逆バージョン(聖地の沙汰も、、、)をなんとなく体験してきて、

お金はあれば、便利。

ということにおぼろげながら気がついてきたと言うか。

余裕があればこそ寄付も出来るし、日本のプチプージャを頼むこともできるし、
お金はエネルギーの一形態だ、ということをしみじみ思います。

この世界で何かことを起こそうとしたらたとえ聖なる目的であれやはり先立つものが必要で、
そういうところに資金を出せるというのは、
やはりそういうかたちでの徳なんだろうと思います。

よく、金の亡者だとか、金に物を言わせてみたいに、お金のない純粋すぎるような人はある状況では他と自分を比べてやるせない気持ちになったりひがんだり、ある種の裕福な人を悪く言うことも多いかもしれないですが、
やはり、お金はエネルギーだなとつくづく思います。

わたしのは、あんまり資本がない立場からの発言ですが。笑。


霊性がすべて、ということもいえると思いますが、
霊性のあるところには必要なものも自ずと集まってくる、それが霊性だ、という意見もあり、
わたしもそうだなと思います。

もしかしたらそうじゃないのかもしれないけど、
でもこの世界で生きて参加して活動していくなら、いろんなことがバランスがいいに越したことはないと思います。

世界から分離して霊性の中だけに生きるのは、今まではそれもよかったと思うけど、
これからはあまりそれでは役に立たないような。

そうせざるを得ない状況の人もいると思うけど、
もしできるならやっぱり何らかの形で役に立っていくのが、活動していくのがこれからの時代に求められる霊性なんじゃないかなと思います。

多分そうすることでのみこの世界でほんとうの満足が得られるし、
世界と調和して、自分も周りもハッピーになれるんじゃないかと思います。

世界を拒絶して純粋な霊性の中にのみ生きることは非常な苦痛を呼ぶことはわたしも経験してきたように思うし、
周りも扱いに困るだろうし、そこに強烈な自意識が存在するかもしれないし。

超純粋になって、肉体を去れるくらいにイッちゃってたら、それこそ逝っちゃったら正解かもしれないですけど、
いままだこの世界にわたしたちが存在してるということは、逝けないわたしたちなわけで、
やっぱりあらゆるレベルでこの世界との。この世界の中での調和を見出していくことが求められてるんじゃないかなと思います。

世界を拒絶することは自分の一部を拒絶することだろうし、
世界に巻き込まれて自分を見失う必要はないと思うけど、
世界はわたしたち一人ひとりの中にあって、
どんな世界に生きてるかということの責任はわたしたち一人ひとりにあるということをよく考えて、

自分の中から展開しているこの世界に見える対象物をねたんだり、拒絶したり、攻撃したり、否定したり、執着したり、依存したり、コントロールしようとしたり、

そういうことがらの無意味さに改めて気づいていければいいなと思った、今日の夕方でした。



世界に巻き込まれずに、世界に見えるものを否定せずに、世界と調和して生きていきたいと思いました。

テーマ: - ジャンル:心と身体

【2011/05/16 20:55】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(2) |
ありがとうございます。いつのまにか紹介されていました。
こんな非公開コメントをいただきました。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

サイラム


こんなの見つけました。


http://news.ameba.jp/20110509-197/

http://www.myspiritual.jp/2011/05/post-3063.html

この二つのサイトは連動しているみたいなのですが。

(以下略させてもらいました)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



知人に、だれかが「紹介されてますよ」と、コメント欄に書いて教えてくれましたと言ったら

知人は

「みたよ。凄いじゃん」

わたし

「そうですか?」

知人

「下の『あわせて読みたい』で、ダライラマ訪日と同時紹介だよね」

とのこと。。。。それは凄い。笑



(ちゅうかまあ、よく考えてみると当然、サイババのお葬式ありきなわけなのだけど。)




まあ、とにかく、教えてくださった方、ありがとうございます。





そういえば今日の午前に、プッタパルティのインド占星術師のところでちょうどダライラマの話しをしていたところでした。
チベットに行ったことあるの?とか聞かれたので、

「チベットはないけど、インドのレーには行きました。あそこにはたくさんのチベット人が住んでてチベット寺もたくさんあって。。。」みたいな。

ダライラマには2回あったことあります。1回はインドのダラムサラで、2回目は東京で。

ダラムサラでは握手しました。

とか何とかそんなような話。


占星術師はダライラマは世界中の国のトップと直接会ってる。みんな彼のエネルギーが好きだから。
とてもいい人物だ、みたいなことを言ってました。

ダライラマが何度か夢に出てきて何か教えてくれたりしたことがあるというと、
占星術師は
「だからわたしはこの質問をしたんだ。何かが私にこの質問をさせたんだ!」
みたいなことを言っていました。笑



今日は朝から活動的にしていました。

でも今日の朝は曇ってて涼しくて、ここ数日猛烈に暑かったので、神の意思と恩寵を強く感じました。

天気が曇ってるだけで恩寵を強烈に感じるなんてどんな過酷なとこなんだここは、ともいえるし、
なんてすばらしい、いちいち神を実感できる場所なんだここはとも言えるし。


恩寵の中にいることを感じると最近はあっけに取られるばかりで具体的な反応が出てこないことが多いです。


昼にアシュラムのウエスタンキャンティーンに子どもとともに行きました。

子どもが「へびへび」というので「どこよ?」と見たら、
キャンティーンの前の大きな木の根元の茂みの辺りからへびが顔を覗かせていました。

うわっと驚くとまもなくヘビは顔を引っ込めて隠れました。

あの顔はコブラだったような気もします。


自分としては今朝からいろいろ活動してて、そういうことも考え合わせて、
へびが神の承認の姿とも思えました。

「それでいいよ」「ここにいるよ」みたいな。


コブラだったら危ないし、一応近くのセバダルに報告して、
その後3人のセバダルが棒を持ってそのあたりを警戒してましたが、その後は出てこなかったみたいです。



と、これをアシュラムの芝生のところで書いてるんですが、
そうしているあいだにも
今まで見たことのない奇妙な形状の小さな虫がさっきサリーの上に乗っていて、
今はやっぱりはじめて見る、極小で極彩色なクモがサリーの上に乗っていました。

深い紫ピンクと蛍光色の水色のクモ。


子どもは

「今日はいっぱい不思議なもの見るね」

と言いました。



私もそう思う。



17日のブッダプールニマにはなにかプログラムをするのでしょうかね。
仏教系の国の人たちがけっこう来てて、
日本人もけっこう来てて、

数日、昼は閉めてたウエスタンキャンティーンも今日から20日までは昼もオープンするみたいです。

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2011/05/15 19:41】 | 他ブログ紹介 | トラックバック(0) | コメント(2) |
つぶやきと回想
夜は涼しくって気持ちがいいです。

、、、て、ツイッターならこれだけで終わるところですが。



5月6日のイーシュワランマデーには私たちは早朝にアシュラムの部屋からアパートに移り、
スタジアムに行きました。

前日にサイクルワントホールでアナウンスがあり、イーシュワランマデーにスタジアムでサリーと食事が配られると聞いてたので。

でも行く途中にふらついてきたので(下痢中だったので)そこらの食堂に入ってプーリーを主名と2人で食べて腹ごしらえしてから行きました。笑

でもこれ、正解でした。

スタジアムに行ったのは朝8時ごろだったと思いますが、すでに強くなってきていた酷暑期のインドの日差しの中で9時過ぎまで座って待ちました。

わたしは日傘をさして座ってたのですが、主名は男性側にやったので、日陰も日傘もなし。

みんな並んでひたすら待ってました。


9時過ぎに葉っぱのお皿と辛いまぜご飯と水とラドゥーとサリーが配られました。

なんか知らないけど、両隣のインド人のおばちゃんはやたらフレンドリーで、
(きっと色々もらえるんで浮き浮きしてたのかも)
自分のかばんを地面に敷いて「座れ」と座らしてくれました。
一応何度か断ったんですが、座れと言い張るので座りました。

もらうものをもらったらみんなあっという間に散っていきました。
右隣のおばちゃんに「もう行こう!」とか言われたので
わたしもご飯をさらに包んで立ち上がって帰りました。

この、待つときの忍耐強さと、引き際のすばやさはインドにいて何度も感心したことのひとつです。

私なんかすることなくてもいつまでもその場にずっと座ってるタイプなので。
ババ亡き後の今もそんなかんじだったりして。



どこで主名に会ったんだったっけ。
どこかで男性側から出てきた主名とうまい具合に会いました。

主名は男性用のドーティー(巻きスカートみたいな正装の服)がほしくて、
配られるときに何度か主張したらしいけど、子どもにはくれなかったらしく、がっかりして、
さらに日差しはきついわご飯は辛いわでふらふらとしてました。

わたしは地味なサリーが自分のとこに配られますようにと念じてたんですが、一番派手なのが来ました。
黄色地に青やピンクの大きな花模様。

しかしサリーをもらうと、自分では選ばないような柄のがくるから新鮮といえば新鮮です。


あとで、だれかがスタジアムには村人しか行かないのよとか言ってたらしいんですが、
いいも~ん、村人だも~ん。と思っときました。

外国人もけっこう行ってましたよ。


あとで、その日掃除のお姉さんに「ファイティングになるから行かなかった」と聞いて、
ぜんぜんファイティングじゃなかったけどなあと思いました。

もしかしたらババが生きてたころに配られるご飯やサリーはみんなもっと血眼でほしがって、
いつもファイティングだったのかも?

でもこないだはぜんぜんそんなことありませんでした。
サイクルワントホールでもババが亡くなったあとにもちょくちょくプラサードが配られてますけど、
立つ人もほとんどいなくて、
みんな自分の場所に座っておとなしく待ってます。

ババが生きてたときとは大違い。
ババが生きてたときは肉塊にたかるピラニアのようになってる人多かったですから。

それだけ、ババの吸引力とか付加価値みたいなものがどんだけ強力だったかということでしょうか。

みんなおとなしく静かになって、少しさびしいような気もしないでもないですが、
正直に言って、、、快適です。

やっぱりババが生きてたときは老若男女みんな狂ってたんだなあと思います。



このアシュラムにこんなに穏やかなときが来るなんて。




もうあの、狂気の群集に押しつぶされるような感覚も味わうこともないのかと思うと、、、

なんだか暮らしやすくなったよなと思います。



ババが生きてるときはこのサイババ王国プッタパルティはものすごい状態にあったんだなあというのが改めて思われます。

サイババという巨大なエネルギーにみんなが巻き込まれ翻弄されていた。

そうしてる間にあちこちでゴチゴチとぶつかったり、削られたり、余計なものを吹き飛ばされたりして、
ものすごい強力に猛スピードで変容させられずにいられなかった場所、

それがサイババが生きていたときのプッタパルティだったんでしょう。



ものすごい特異な空間、場所だった。。。




今は快適な場所です。



P1010011_convert_20110403052057.jpg
ヒルビュースタジアムにて。炎天下の下で忍耐強く待つ人々。

P5060158_convert_20110514040053.jpg
おー、セバダルたちによって葉っぱのお皿が配られ始めました。

P5060159_convert_20110514040359.jpg
こんなかんじ。ピーナツとかゴマとか入った混ぜご飯。水。ラドゥー(丸いお菓子)。葉っぱのお皿はエコでいいよね。

P1010013_convert_20110403052356.jpg
もぐもぐ。

P5060161_convert_20110514041649.jpg
食べ終わったり食べ終わってなかったり。とにかくもらった後はどんどん帰って行く人々。ある意味見事。

P5060162_convert_20110514041955.jpg
飾り付けをされて華やかになったサマディーロード。

P5060163_convert_20110514042223.jpg
まるでわたしたちを歓迎しているかのような飾りつけ。ちがうか。
道の奥がサマディーです。
どこかから切ってきたバナナの木が門松のようにゲートの両脇にすえつけられています。

P5060164_convert_20110514042445.jpg
上空から見たサマディー(サイババの両親のお墓)。青屋根がそう。
肝心のサマディーの敷地内での写真は撮り忘れましたとさ。
でもいいですよね。

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/05/14 02:06】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
スイカジュース
ここ数日なんかすごく暑い気がします。

でもこれを越えたらまた涼しくなってくるのかな?



バジャンホールの中にババの棺おけ?がずっと置いてあったんだけど、昨日からなくなってました。
どこにいったのかな。
チャイタニアジョーティー(プッタパルティにあるサイババ博物館)にでも運ばれたんだろうか。

結局、サマディーに設置されると聞いてたババの神像はいまだになく、サマディーの横にババの座るための椅子が置いてあるに留まっています。

アシュラムは人が少なく、落ち着いてていい感じです。

ウエスタンキャンティーンの時間が少し変わって夜は6時半からになってます。
昼は今ウエスタンはやってないので、私たちはサウスインディアンキャンティーンで食べたりノースインディアンキャンティーンで食べたりしています。


そろそろブッダプールニマだからというのもあるのか、日本人の姿が多くなってきました。
日本人はババが亡くなったあとにもしみじみしたかんじで墓参り感覚でやってくる人が多いように思います。
日本人の情緒でしょうか。


最近暑いので、朝のバジャン?マハーサマディーダルシャンのあとはN9の近くで売ってるフレッシュフルーツジュースを飲みにいってます。
サトウキビジュースは甘すぎるので、スイカのジュースばかり飲んでます。

やっぱ暑いときはスイカだな。

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2011/05/13 18:15】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
助っ人登場
「人生って何見ても不思議だね」

そう?

「だって、ママの鼻ってこんなんだし、目もぬれてるし、口もこんなんだし」

たしかにね。


「なんで宿題とかあるんだろう。地球には。」

・・・・・。



語彙の中の「人生」とか「地球」とか使う頻度が多い子。




今日は一日中濃く活動していました。

サイババの学校やイーシュワランマスクールに直訴に行ったりいろいろしてました。


昨日であったばかりの人がほんとに助けてくれて、一緒にあちこち行ってくれて、
彼女は7~8の言語ができるみたいで、
たとえば門番のセバダルにテルグ語で話しても通じなかったらタミル語で、みたいに
どんどん門を開けていってくれる感じで、

私が一人で行ってたら絶対どこの門からも中に入れなかっただろうなと思いました。

いろいろ堂々と私の状況についてとか説明してくれたり代弁してくれたりもしたので、
2年前はサイスクールの校長先生に直訴したときになんか自分たちがかわいそうになってきたりもしたのですが、
今回はさすがインド人にはインド人という感じで、インド人を挟んで向こうも安心感があったのかもしれないですが、
それなりにまともに話ができたかんじで。

結局まあ、サイスクールとしてはサイババが直接Okを出さない限り外国人の入学は認めませんのであしからず、ということで、
ババなき今となってはどうなん?てかんじですが。



インドのことだからそんなこといっても私がとどかないだけで、やり方はどこかには絶対あるはずですけど。

インドってそういう国。




そんなかんじで助っ人がほんとに助けてくれて力づけてくれたのでありがたかったです。

インド人は助けてくれようとする人はすごく多いですが、これだけほんとに一緒に行動したりして実際の助けになるように助けてくれたことはあまりなかったと思います。



よっぽど助ける必要アリと見えたのかもしれないけど。笑




「人生ってなに見ても不思議だね」



きっと世界は奇蹟だけでできてるんでしょうけど、

 それにいちいち反応するにはわたしは脱力しすぎてて。

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/05/12 03:05】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
いろいろありすぎて。
ここ数日、いろいろありすぎて疲れました。

それらについてそのうち書くかもしれないし、書かないかもしれないですが、

毎日毎日何も安定しない感じというか、安定しない、固定しないことだけが変わらないことというか、、、

なんせそんな感じです。

日本の皆さんも、もしやそんな感じなのでしょうか。



ババの学校から、主名は除外されましたという手紙が今日届きました。

だめもとで送った願書でしたが、
今年は大きく状況が違うし、もしや追い風かもと少し期待してただけにショックでした。

今年はサイスクールもイーシュワランマスクールも試験はなしでくじ引きで入学者を取るそうです。

サイスクールは6月3日がくじ引きで、イーシュワランマスクールは6月4日だそうです。

サイスクール、去年まであんなにめちゃくちゃ難しい試験だったのに。
子供も朝から晩まで勉強させられて。



主名はそのくじ引きからも除外されたんですが、
何とかならないものかと、明日また学校に行って関係者に直訴してくるかもしれません。

たまたま話を聞いた見ず知らずのインド人(親戚がババ病院のドクターか何か?)がそんなばかな、なにか力になりたいといって
関係者のところに連れて行ってくれるらしいです。
行ったからといってどうにかなるものでもないように思いますが、脱力ついでに言われるままに行ってきます。


毎年毎年こんなのなので正直もうくたくたです。
歓迎されないところにお願いに行くのってすごくすごくすごく疲れます。
向こうも疲れるでしょうけど。


主名は最近よくがんばってて、毎日の難しい模擬テストも200点満点で150点以上とか取れるようになってきてて、
なので教えてくれてるコーチングスクールの先生も除外された話を聞いて、勉強は問題ないのに、国籍だけが問題だ、と、ショックを受けてたようでした。


外のものに重要性を置くのをやめろということか?
と思ったりもしましたが、じゃあどうすればいいのか。



毎日ショックなこととか神経が疲れるようなことばかりです。

なんでだろう?


とりあえずおいおい泣いてみたら、主名もつられてちょっと泣いてしまいました。
わたしはよく脱力して泣くんだけど、じゃないと生きてけなくて。

いろんな人に、子供が心配になるから泣くなとかいわれるんですけど。


除外の手紙をもらって、今後のこともまたいろいろ考えましたが、
というのはちょうどもうじき母が遊びに?来るので、
母に主名を日本につれて帰ってもらうべきかとか。

でも自分の中で聞いてみたらまだ主名はインドにいさせるようにという返答が来たように思ったので、
その線で行く予定です。


たくさん色んな選択肢は考えられますが、
自分にしっくり来るように。
きっと選択肢はあるように見えても実はないだろうから。


主名は試験が(というかくじ引きが)受けられないと聞いて、なんで?とかいろいろ質問攻めでしたが
脱力してたので主名に言われるままにおもちゃ(笛とか、ボールとクリケットのバットとか)を買ったらそれに夢中で試験のこととかはとりあえず脳裏から去ったみたいでした。


人生って疲れる。。。

大きいほうのノートパソコンの中にもまた大量のアリが入ってるし。
キーボードをふわふわさせるシリコンみたいなのを食べに来てるみたいなんですが、
そんなもの食べずにリンゴとか砂糖とかでよろしくたのむわー。

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/05/11 04:34】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
明日はイーシュワランマデー
今日はいったい何があったっけ。。。

朝と午後にサイババサマディーにお参りして、そして。。。



今日はやっぱり下痢で力が入らないので午後も昼寝したりしてました。

明日の朝にアシュラムを出て下界へ降りる予定なんですが、
(アパートに戻る)

下痢は神経性のものもあるのかもと思ったりして。

いったんアシュラムに入っちゃうと外に出て住むのがすごく不安で。
怖さがあります。

アシュラムにずっと住めたらいいんですが、今日聞いたらやっぱり最長で1ヶ月とのこと。


やっぱりババが亡くなってババの肉体が亡くなると、
この現実世界でなにか心がしがみつくものを探そうとしてるのかもしれないなと思います。

ママ友がそんなわたしを幼稚園に連れて行かれて置き去りにされる子供にたとえて言っていましたが、
うまいこと言うなあと思いました。

嫌がる子供を幼稚園や学校に置き去りにするとき、子供はそんな気持ちなのかな?


昼寝で見た夢では2回とも、夢で出てきた人にそれぞれ抱きついていました。



明日はイーシュワランマデーです。

ババのお母さんのなくなった日でしたっけ?
それとも誕生日?忘れましたけど、
とにかくババのお母さんにちなんだお祭りです。

私の住んでるアパートはババの両親のサマディーの見えるところにあって、
いつも前を通ったりお参りしたりしてたんですけど、
ババの両親はお墓に入って、ババもサマディーになっちゃったなあ、誰も残らないんだなあとか改めて思ったりします。

みんな死んでいく。

シヴァは世界の始まる前からいて、世界が終わった後にも残るものだそうですが、
そんな壮大なのはよくわからないので、
とりあえず、みんな死ぬんだなあ、と。
どんどん死んでいって、みんなどんどん入れ替わっていくんだな後か思います。
何もほんとに変わらないものはないんだなあと。

でもそんな世界の中で、少しでも安定しようとみんな色んなものにしがみついて。

どうせ最後は何も持たずに逝くんでしょうけど、
せめて生きてる間はつらいことにはなりたくないですもんね。みんな。

死後に残るのは保持したものではなく与えたものだとかだれかが言ってたように思いますが、
与える前には持っていなくちゃいけないものねと、思ったり。

今日、用事でサイタワーに行ったら、
ババが病院にいく前のダルシャンで合掌ポーズをした写真がいろいろ置いてあって、
ババの合掌の手のアップの写真もおいてありました。

こんな風に自分で納得して最後のときを迎えたいもんだと思いました。

そして最後はこの合掌の合わさった手のように、神とひとつになることを忘れずに生きていたいものだとも思いました。


明日のイーシュワランマデーは、朝7時からヒルビュースタジアムでみんなに衣類を配ったりするそうで、
その後10時半からサウスインディアンキャンティーンで無料のご飯が振舞われるそうです。

ことしは大盤振る舞いですね。
コダイカナルでのイーシュワランマデーはいつもそんなんだったけど、
プッタパルティでのイーシュワランマデーはそんなのだったかな?

今年はババのコダイカナル滞在があるだろうと思って期待してたんですが。


プッタパルティーでのイーシュワランマデーにはババがババの両親のサマディーに来てお参り?したりしてたので、
アパートの部屋の前からダルシャンを受けれてすごく得した気分になったものでした。

明日もなんだかババが来るような気がしてなりません。

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/05/06 02:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
サイババの追悼式典?
子供は今日は学校が休みだったのですが、昨日の宿題をしてなくて、
私の顔色がいよいよヤバイと見て取ったのか、今日の昼間も集中して宿題を片付けていました。

1~2時間で終わるんだから、いつも先に宿題やって、そのあとのびのび遊べばいいのにといったのですが、
子供もほんとにそうだと思ったらしく
(ここしばらく、宿題が出てるのに出てないといって遊んでたから)
今日はスカッとした感じで遊んでいました。

一応受験生なので、最後の追い込みの時期なんです。
学校では毎日テスト(模擬テスト)をしてて、その日のテストで間違ったところを訂正して練習するのが宿題になってます。

今日はわたしは昼から下痢になりました。

今は水状態。

関節が少し痛いので何かのウイルスが体内に入った模様。



しかも夕方から停電で、他の部屋もみんなだろうと思ってたらどうもうちの部屋だけみたいです。
夕食後部屋に戻ったらうちの部屋だけまだ電気がつかないのでそこでやっと気がつきました。

なので暗闇の中でパソコンをしています。
パソコンがあると、画面の光が非常用のランタン代わりになるので重宝します。

明日の朝、修理を頼もうと思います。
たまにはこういう実害のほとんどない停電もいいものです。
夜は本来暗いものなんだなあという気がします。


永遠にアシュラムに住みたいくらいなのですが、
今日うちの部屋だけ停電になったし、そろそろ私の喪もあけたということか、
そろそろ下界に降りて働けということか、という気もします。


今日の午後は5時からサイクルワントホールでプログラムがあって、
何のプログラムかというとババに関するスピーチだったんですが、
部屋にいたらアニールクマールさんのしゃべる声が聞こえてきました。

でもテルグ語オンリーで英語への訳もなさそうだったし、
聞いてもまるで分からないのでゆっくり6時半ごろにホールに行きました。

私たちがホールに入ったときは別のスピーカーが英語でしゃべってましたが、
やっぱり聞いてても10分で飽きてきたので主名と一緒にサウスに何か食べに行きました。

私も主名もカードライス(ヨーグルトご飯)を食べました。

主名はサンバル(インド版味噌汁みたいなやつ)も買って混ぜて食べてました。


わたしはおなかを下してるにもかかわらず、カードライスのおまけの辛いチャツネがおいしくて全部食べ、
主名が半分残したサンバルも味見したらおいしかったの完食しました。

サウスのご飯がときどきたまらなくおいしく感じるときがあるんですが、なんなんでしょうね。
スピーチを聞くのをサボって食べてるからかな。
主名も今日はおいしいおいしいと言って食べていました。

ご飯を軽く食べてホールに7時くらいに戻ったらまだ誰かがスピーチしてました。

最後にまたアニールクマールさんがなんかしゃべっていました。

スピーチは要するに、サイババの肉体は亡くなったけれど、ババは私たちの中にいますみたいなことで、
ババから得たものを世界に分かち合っていきましょう、ババの指令を実行していきましょう、
みたいなことを言ってたような気がします。

たぶん。笑


私たちは早くアルティーにならないかなあなんて思いつつ聞いていました。

そこらへんでつんできた花をババのサマディーにささげようと思って私と主名は一輪ずつ持ってきてました。


バジャンが何曲か歌われ、
驚いたことにプラサードが配られました。

いつもババの祝福を受けてから配られてたので、もう今後はないのかなあとか思ってたのですが、
ババの椅子のところにプラサードをささげて、そのお下がりとしてみんなに配られました。

配る学生や、女性側はセキュリティスタッフが一斉にプラサードの容器を取りに行って、
そして手に手にプラサードがいっぱい入った容器を持って戻ってきたのをみたら、
なんだかババの生きてたときそのままな感じがして、
感動して、胸がいっぱいになって涙がこぼれました。

配られたのは定番のラドゥー(丸い甘いお菓子)で、

主名はもうこれを食べ飽きてるので(昔はこればっかり食べてたのでサウスインディアンキャンティーンスタッフにはいまだに「ラドゥー」というあだ名で呼ばれているという)
プラサードをセキュリティスタッフが渡してくれようとしても無視しようとしてたので、
ちょっとつついて受け取らせました。


なんだかプラサードをもらったとき、本当にいまもサイババの意識がいきわたっているんだなあという感じがしました。

これで私の喪中も明けたのかもしれません。そんなかんじ。


その後はいつものように、順番にサイババのサマーディーにお参りしました。

今日はお墓(サマーディー)の周りもいつもより豪華に派手に花が飾られていて、楽しい感じでした。


その後ウエスタンキャンティーンに行ってまた軽く食べました。
主名はジャガイモの焼いたのと、野菜に何かつめて焼いたのと、ケーキを食べてました。

さすがにわたしはあんまり力も出ない感じでふらついてたので
ハーブティーと水と、ミルクティー半分を飲んで水分摂取にとどめました。

あ、でも、小さいジャガイモは主名から一個分けてもらってちびちびよく噛んで食べました。


主名は食後に他の子供たちともっと遊びたいというので、わたしは先に部屋に戻りました。
途中でココナツウォーターも飲みました。

ココナツウォーターは下痢にいいという話なんですが、
わたしはこれを飲むといつももっと下痢するんで、
やっぱり噛むように少しずつ飲みました。

下痢にはわたしはホメオパシーの薬がてきめんに効きます。
今もってないので飲めないですが、
ホメオの下痢の薬を飲むと、いつもすぐさま下痢じゃなくなります。

日本ではホメオパシーはうそっぽく思われてるのかもしれないですが
経験上、はまると即効効きます。
驚くほど。

これはわたしだけの経験じゃないです。

効かないときは効かないんですが、というか、
効いてるか効いてないかわからないときもあるんですが、

ホメオの風邪薬とか、熱の薬とか、そういうのもなんかいい感じなので
旅行に出るときもいつも小さなケースに入れて携帯していきます。

インドではホメオパシーの薬が簡単に安く手に入るので、それはすごく助かるなあと思います。

薬は飲まないに越したことないんですが、
勝手なイメージかもしれませんが、ホメオの薬は飲むと心にもいいような気すらします。

アーユルヴェーダの薬よりもむしろわたしはホメオパシーの薬が好きです。

アーユルヴェーダは薬というより、生活の中での食とか、そんなかんじの生活することがアーユルヴェーダという印象があります。


さあ、そろそろ寝よう。

夜に暗いのは落ち着きますね。
(停電続行中)

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2011/05/05 02:51】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(2) |
サイババ追悼ホーマム、でしょうか?
今朝は朝6時半くらいからサイクルワントホールでホーマムが行なわれていました。

護摩壇は1つで、お坊さんは11人(+1人?)くらい来てました。

マイクの音も大きくて、ちょっと耳が痛かったですが、久しぶりに聞くホーマムタイプというか、坊さんのだみ声?チャンティングはパワフルでした。

サイクルワントホールでいつも行なわれてるチャンティングは坊さんのチャンティングというより、学問チャンティングみたいなムードもあるので。

習う分にはきれいで分かりやすくていいのですが。


昨日の晩は主名は一晩中うなされていて、3~4回となりのベッドから転げ落ちていました。
不思議なことに、ベッドから落ちる瞬間にわたしもぱっと目を覚まして、その瞬間を目撃するんですよね。

助けることはできないんだけど。笑

私も不穏な夢を見ました。

何か、入ってくるべきじゃない種類の人々が入ってきているような。


きのう、ウサマ(オサマ?)・ビンラディンが米攻撃で死亡というニュースを知って、それでそんな不穏な夢を見たのかなとも思いましたが、

ホーマムが行なわれるからそんな夢を見たのかもなと思いました。

ホーマムとか大きいヤグニャの前とかにはいつも怖い夢を見ることが多いので。


それとは別に、なんかむしゃくしゃして朝から怒鳴りまくってました。

子供が部屋に石ころを持ち込んだりして部屋がぐちゃぐちゃになってるのがたまらなく頭にきたりとかで。


だからか、ホーマムの炎を見たとき、自分の中で燃える火と呼応するからか、
気分がスッと落ち着きました。


今朝のホーマムはやはりババの親族の男性が中心になって行われていました。
何ヶ月かまえに交通事故で大怪我をした人で、さすがに前より少しスリムになったように思います。

ホーマムには朝の7時過ぎに主名と一緒に、サウスで朝食を食べた後に行きました。

主名は学校があるというので、結局宿題をせずに8時半ごろに学校にやりました。

そのあと引き続きホーマムに参加してたら、
色々な感情とか記憶がわいてきて二回ほどのその感情の浄化みたいなかんじで涙が出ました。

シクシャヴァリとか、ブルグワリーのヴェーダもチャンティングされてて、
こういう追悼式?みたいな場で、こういう1元や哲学っぽいヴェーダのチャンティングがされるのはなんか心地よかったです。

アナンダヴァリ?も唱えられてたのかもしれないけど、わたしができないので唱えられてるかどうか判別できませんでした。

ヴェーダももっとたくさん、習って、もっと極めたかったなあと思ったりもしました。
もし来世があるなら来世ですかね。来世なくていいけど。


最後に、ホーマムでできた聖水をお坊さんがみんなに振り掛けてくれたんですが、
振りかけてもらったらまた今度はなんかうれしいかんじで涙が出てきました。

ババが生きてるときは前のほうの人しかかけてもらえなかったでしょうけど、
今日はわりと人も少なかったし、
人々もそれほど殺気立ってないし、
お坊さんたちは女性のエリアの中に分け入ってきて、すみずみの人にまでその聖水をかけてくれて、
これは、ババが存命中には考えられないことだなあと思いました。

そのあと、ババのサマディーに行列を作ってみんなお参りしました。


昨日の午後のサマディー前は花びらでシヴァリンガムの絵が描かれてあったのですが、
今朝はサルバダルマストゥーパになっていました。


お参りをし終わったのはほとんど11時で、水とか買って部屋に戻ったら、木の下で主名がセバダルと遊んでたので、
「学校なかったんやったら、なんでホーマムにいかへんかったん!」
と、また頭にきて、自らシャンティーな気分を損なってしまいました。

まだやってるかもと思ってサマディー参りに行かせましたけど、もうゲートは閉められててお参りできなかったと帰ってきました。



午後は5時からプログラムがあるとのことですが、
ホーマムはもうないのかな?どうなんでしょう。


ババの生身のダルシャンがなくなって、プラシャンティニラヤム(プッタパルティ)では1年に380だったかのお祭りがあるとか何とかいわれる状態もなくなるでしょうけど、

アシュラムで坊さん集団をキープして、毎日でも自前のお坊さんたちでホーマムすればいいのにとか思いました。

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/04 15:41】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(4) |
ああ、雷と雨の夜。
子供が

「あのねえ、なんで今ぼく生きてるんだろう」

とか聞くので

「そうだねえ」

と答えて終わり。


きっと、カルマのバランスをとって全体に融合するためでしょうけど、

生きるのって疲れますね。笑

わたしが言うなって感じですか。

のんべんだらりとしてるわたしが。


今日の午後は7時半に最後の一人としてサイババサマディーにお墓参りをしました。

なんか、疲れるときはダルシャンがよく効くんですが、

もうないのでサマディー。


なんとなく、日本でいたときに半分頭がおかしいようなかんじで寝たり起きたりでずっとババに集中してた(せずにおれなかった)頃を思い出しました。

あの頃は毎日どころか一日何度もババの夢を見たりしたものでした。
たぶん、危機的状況のときにはよく夢に来てくれるんだろうとおもいます。

でもそういう集中の仕方はけっこうきついというか、つらいので、
こっちに来たら集中するまでもなくまわり全部がサイババ王国なので、
逆説的ですが、わたしもやっと日常生活に意識を向けることができていたような。

今日はなんとなくつらい気持ちでの墓参りでした。

なのでまたもや、そのままガネーシャテンプルをまわり、つづいてムルガンテンプルを、回りました。

今日は火曜日のはずだし、ちょうどいいやとかも思って。



サイクルワントホールには護摩壇がひとつ作られていました。

明日は何かプログラムが朝6時とか6時半とかからあるそうで、ホーマムもするんでしょうかね。

夕方は5時からだそうです。


今朝、子供の学費を払いに学校に行ったらずっと宿題をやってきてないとかいわれ、
子供はずっと毎日テストだから宿題ないとかウソいってて、
たぶん、どうせやっていかないからもう出してもらえないんだろうとか思ってたのですが、出てた模様。


しかしもう書いたかもしれませんが、今年はサイスクールもイーシュワランマスクールも入試は行なわれずくじ引きだろうという話です。

なんでも、インド政府がインド全部の学校に、プライマリースクール(日本で言う小学校)で難しい入試をしないように決めたそうです。あんまり難しいことをやらせすぎると精神異常になるからと。

インド政府もいい決断するんだなと感心しました。


サイスクールなんかもバカみたいに難解な入試で、
でも親はみんな必死ですから、子供を3歳半から調教して丸暗記させて試験を受けさせるわけです。

わたしもできるだけ頑張ってやらせましたが、
インド文化に溶け込みきってるわけじゃないし、頑張りきれずにあんまりうまくいきませんでした。
学校に通わせるのも子供も私の神経も限界で、無理。。。と思ったので、

なので自宅で英単語の基礎的なものを繰り返し暗記させるのと、
あとはヴェーダを覚えさせていました。

でも5歳のときに入試すら受けれず、6歳のときはイーシュワランマスクールを受けたけどだめで、
7歳の今年はサイスクールに願書は出しましたが、
どうなることやら。

くじびきなら最高ですが、
そもそもそのくじ引きへのエントリーをさしてくれるのかが分からないという。

もう、5歳以降はわたしも気が抜けて、行かせてた地元の学校やコーチングスクールの先生にほとんどまかせっきりで、
私はもう子供の勉強であんまり悩まないようにしてたんですが、
まあ、それなりに発展していってるみたいです。
200点満点のテストで130点くらいは取れるようになってるみたいですが、どんなもんやら。


聞いた話によると、インドのよその地域でのことでしょうけど、
5歳児の自殺が続いてたらしいです。

5歳の子が自殺するって。。。あるのか?と、驚きでした。
でもそういうのが続いてたらしいです。

プッタパルティはまだダルシャンに行ってみたりと、勉強以外のことに気がそれるけど、
よそじゃあ学校に行く前に1つか2つ塾に行かせて、学校が終わったら休憩なしでまた塾とか、
そんなの当たり前の世界もよくあったみたいで、5歳児かそれより小さい子に。


プッタパルティもでも例外ではなくほとんどそんな激しい世界でした。

価値観がもうそんなだし、親も良かれと思って必死で、
鬼気迫る世界でした。

5歳での受験のために、3~4歳から親元を離して全寮制の学校に入れて一日中勉強させるとかあたりまえでしたもの。

もちろん調教のための暴力びしびしで。

インドは激しいですよね。。。極端なとこもあるというか。


わたしもインドの教育事情の現実に触れて、これは一体どういう世界だ。。。。とか思い、葛藤しましたが、
この世界でやっていくには致し方ないことなのかと、できるとこまでやってみました。が、

ある地元の学校の先生のあまりのひどさの連続にもうわたしも主名も心が折れたかんじで、
その次を探す気も起きず、しばらくどこにも行かせてませんでした。

今は午前中の3時間だけの家庭でのコーチングスクールに行かせてますが、
先生が有能なので3時間でも、地元の政府系の学校に一日中行ってるよりもよっぽどよく勉強できてます。


基礎的なことができればそんなに勉強をしまくらなくてもいいと思うのですが、
ここでは普通にしてたら基礎的なこともろくに身につかないかんじです。

主名だけじゃなくて、インド人の子でも。




今日の夜はかみなりと雨でした。

結構激しく降ったみたい。

しばらく停電にもなりました。


まだごろごろいっています。



主名はいまごろ(夜10時半)宿題をやっていましたが、
時々逃亡して消えています。

学校の先生にも、今度宿題やってこなかったら学校に来なくていいからね、といわれたと言ってますけど、
あんまり進んでないです。
わからんで泣きべそかいたり、キーッとかなったり。


昼で学校終わりで、その後から今まで何をやってたんだよ~!と思いますが、
もう、怒るのもしんどいので先に寝ます。


わたしもやること進んでないです。



テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/05/04 02:12】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(3) |
サイババがふざける夢。
今朝おきてだいぶ経ってから、「あ、ババの夢見てた」と思い出しました。

わたしは20人くらいの仲間たちとともに、群衆の中の一区画に座ってダルシャンを待ってました。

そしたらババが来て、ダルシャンを与えてたんですが、

私の仲間たちにダルシャンについて?説明しようと、仲間の一人の女性が立ち上がって、仲間に向けてバスガイドのようにマイクで説明してしゃべりだしました。


そこへババがやってきて立ち止まり、その女性の日本語でしゃべるまねをして、意味のない言葉をふざけた言い方とふざけた態度でべらべらしゃべり、
しゃべってた女性は、ババがそこに留まっているのでしゃべるのをやめてはいけないと思った感じで
そのまましゃべりつづけ、
ババは座ってる一人ひとりに顔を近づけてふざけた物まねでしゃべりまくっていました。

私たちはげらげら笑っていたと思います。

一通り済んだらなぜか私たちはわぁっと拍手をして、
それを受けたババは満足そうな表情をしてこちらをちらりと見つつ、歩いて去っていきました。


そんな夢でした。


あまりにも内容がないのでか、おきてしばらく忘れてて、うっかりそのまま忘れ去るところでした。



でも、思い出して、ババが死んだあとに始めてみる夢がこれかあと思って、
気が抜けるような納得なような。


ババが亡くなった後、夢に出てきてくれないかなあと思って、時々寝る前にそう思いながら寝てたんですが、
たとえば対面で死後の何かメッセージをくれるような、
そんな夢をなんとなく期待してたんですが、


さすがにサイババはうわてなのかも。

テーマ: - ジャンル:心と身体

【2011/05/03 12:02】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
頑健になる!?アシュワガンダ。
今日の午後は7時5分くらいにサイババサマディーにお参りに行きました。

ほんとは午後はもういいやと思って、用事をしにアシュラムの外に行こうと思ってたのですが、
ホールのところを通りがかったときに見たら行列もなかったし、お参りしておきました。
まったく並ばずにお参りできました。

やっぱり人はだいぶ引いていったのかな。


サマディーの場所に地面の下深くにババの遺体は埋葬されたはずなんですが、
サマディーはあたかもそこに人が寝てるかのように微妙な長ぼそいラインで盛り上がってて、
その上は花で飾られています。

今日はなんだか満ち足りたようないい気分でした。


アシワガンダ=アシュワガンダのことを知人に話したら、
「エロ親父になるやつでしょ」
とかいうので、

それだけじゃないだろー、と思って調べてみたら、
不老長寿や若返りの薬とありました。

「 アシュワガンダは、学名: Withania somnifera。
インドに自生するナス科の常緑低木で、緑色か黄色の花を咲かせます。

アシュワガンダのパウダーを飲めば、馬の力を得ることができるということから、この薬草はアシュワガンダと呼ばれています(アシュワガンダとはサンスクリットで馬という意味)。

アーユルベーダ医学では、紀元前1000年頃にすでに紹介されおり、根を薬用として使われてきました。
アーユルベーダには、「回春強壮薬」または「強力な若返り薬」という意味の「rasayana」という言葉があり、アシュワガンダはそれ単体で「rasayana」の役目を果たす、特殊なハーブとして知られています。

アシュワガンダは、血液の浄化、健胃、滋養強壮、気管支・、関節、腰痛、子宝、抵抗力、抗ストレス、精力、リウマチなどに効果があり、近年の研究では、天然の滋養強壮・精力向上・免疫力強化・抵抗力増加作用・抗ストレス作用・老化防止作用・脳機脳改善作用・抗炎症作用等多くの効果・効能が報告されています。

アシュワガンダは、シャタバリとともに「アダプトゲン」(抗ストレス)のハーブとして指定されており、またそのエキスは、アーユルヴェーダのバイアグラとか、インドの朝鮮人参などとも呼ばれています。」

こちらのサイトを参考にさせていただきました。↓
http://ayur-indo.com/ayur/ashwagandha.html



わたしが実際飲んだ印象は、気合が入る感じ!?笑

おっ!?

と軽く驚くくらい、飲んだ瞬間意識状態が変化しました。


よさそうなのでしばらくちょっと自分のブームにしてみようと思います。

ホットミルクのお湯割り(砂糖入り)に粉末を少し混ぜると、ほんといかにも体によさそうな飲み物になります。

アーユルヴェーダクリニックで出してくれたホットミルクにはほかにもいろいろなハーブの粉末が混ぜられてたみたいだけど、(シャタバリとか)
わたしは初心者なのでとりあえず1種類で。

実はシャタバリとか、ブラフミーだったっけ?
そういうメジャーなやつは時々カプセルで飲んだりしてます。

あと、マルチビタミンとビタミンBとカルシウムとビタミンCも。

日本ではまったくその手のサプリみたいなのは飲んでなかったんですが、
やっぱりインドではちょっと補ってやったほうが調子がいいので。
日本で生まれ育ったし、もともとインドのこの気候に合う体質でもないでしょうし。


酷暑期には私はトリファラ(アマラキだったっけ?とか3種類混ぜたやつ)のリキッドで蜂蜜とか黒糖とかレモン果汁とかアロエベラのジュースを混ぜてジュースを作って飲んで
夏ばて防止にして乗り切ってたけど、
今年の夏はそんなにしんどくないので、最強アイテムのトリファラリキッドの出番も来てないです。

こっちも異常気象で酷暑期もだんだん涼しくなってきてるのか、
それとも少しはインドの夏のすごし方を心得てきたのかな?

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/03 04:11】 | アーユルヴェーダ | トラックバック(0) | コメント(0) |
アシワガンダの粉末入りホットミルク。
今朝も子供を学校に送り出したあと、バジャンに参加しました。

やっぱり、インド人も外国人もずいぶん減りました。

毎年この時期は酷暑期なのでどっちみち滞在者は一年の中でも一番少ないのですが、
それでも外国人はすごく少なくなったような気がします。

おかげでというかなんというか、アシュラムの中の人口密度は減って快適ではあります。

ショッピングセンターも大して混まないし。



ウエスタンキャンティーンも、ババのお葬式のころはかなりの人が駆けつけて、
お祭りのときみたいににぎわってて、

「こういう風に賑わうのもこれが最後なのかなあ」

とか思ったりもしたのですが、

今は人が少なくなりました。

でもまあ、こういうのが普通なんだろうと思います。



クリスマスのの時のウエスタンキャンティーンなんて、笑えるくらい人がいっぱいでしたもん。
あまりにもすごい人口密度の中、みんな半分パニックになりながらご飯を食べていた。笑


人が少なくなっても今のところアシュラムの中はちゃんと完璧に機能してるのでありがたいことです。


のんびりゆったりして快適です。

聖者オーロビンドとマザーのアシュラムのオーロビルなんかはみんなゆったりしてていい感じとか聞いてたのですが、
プッタパルティもそんな感じになるのかなあ。なったらいいなあ。


バジャンのあとはまたみんな並んでババのサマーディー(お墓)参りでした。
今朝もお花をささげてる人、多かったです。

朝のほうが人が少なくてらくだから、
朝だけサマディー参りというのもありかなとか思いました。


夕方はおまいりできるまで1時間くらいかかりましたが、朝は30分ほどで出来ました。

そのまま行列がバジャンホールの中に続いてたので、
バジャンホールの中にもおまいりしました。

今日はバジャンホールの前から入って後ろから出て行く方式にしてました。

今日始めて気がついたのですが、
バジャンホールの中の白いババ像って、目に何かはめ込んであるのか、目がきらきらと光るんですね。


そのあとはショッピングセンターにって、安いババの写真のパネルとかいくつも買いました。

ちょっと、写真が欲しくなる時期なのかも。


こないだ食事のときに前に座った西洋人女性が、
いくつか放射能対策としていいものを言ってきたので、
インドにいるので今のところ特に対策も必要ないんですが、

一応書いとくと、

・Zeolite volcanic ash
・Fulvic acid
・Ashwaganda
・Kelp powder

だそうです。

最後のは昆布の粉末かな?

で、はじめの2つはよくわからないけど、
3番目のAshwaganda(アシワガンダ)はよく聞くやつだし、
元気になるとかいうやつだったような気がしたので、
今朝、ショッピングセンターに行ったときにアシワガンダの粉末があったので買ってみました。

薬の容器に書いてある使用方法を見たら、
ミルクに混ぜるとか書いてあったので、

アシュラムのコーヒーショップで砂糖入りのホットミルクを買って部屋に持ち帰り、
その粉末を少し混ぜて飲んでみました。

最初はまずいと思ったのですが、味わっていくうちになかなかいけるということに気がつきました。
夏バテしなさそう。


苦味というかいかにもな薬草くささはあるのですが、先日アーユルヴェーダマッサージに通ってたときに、
施術が終わった後にハーブを混ぜたホットミルクをくれるのですが、
それと同じような味でした。

あれはたくさんいろんな種類の薬草を混ぜてるみたいでしたが、
この、アシワガンダも混ぜてたんだろうと思います。

アーユルヴェーダ的にはホッとミルクはお湯でちょっと薄めて飲んだほうがいいんでしたっけ?
アシュラムのコーヒーショップのホットミルクもすでにお湯で少し薄めてあるので飲みやすいです。




アーユルヴェーダにしてもなんにしても、めんどくさいのは苦手なのですが、
こういう風においしいものとか、気持ちいいものとかだったら無理なく生活の中に楽しく取り込めますよね。


今日は体がかゆいです。
たぶんダニがあちこちに散らばってるような。

昨日、私のサンダルのうえに犬が寝てて、しかもおいしそうにかじりまくってたので、
きっとあの犬のダニがサンダルの布の部分とかに移ってて、
そしてそれを履いてる私にも登ってきたんじゃないかな。

昨日、洗おうと思ってたんだけど忘れてました。


あと、ここ数日足の、足首から先の部分が痛いです。

たぶん、ご遺体サマディーダルシャンとか、お葬式や、サマディーダルシャンなんかで出入り口の関係上、
サイクルワントホールの周辺のアスファルトの地面を歩き回ることが多かったので、
なんかそれで足の骨に来てるのかなという感じです。

今までも、いすに座ったあとに歩こうとしたらかかとが痛かったり、は、してたんですが、
今回は足の側面中ほどに少しでてる骨のあたりが痛いです。

思い出せば、中学生くらいのときもこの骨、よく痛くなってたなあと思います。
たぶん運動部でジャンプしたりが多かったから(バスケ部)負荷がすごかったのかも?

運動部に入ったらどこか故障しがちですよね。
運動せず、あんまり活発じゃないほうがむしろ健康で長生きするのかも。

まじめに運動部で無茶やってたらあちこちぼろぼろですもん。


話がそれましたが、

そんなわけで、足のくるぶしから先が痛いです。



私がうお座生まれだっていうこと、関係ある?笑

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/02 18:05】 | アーユルヴェーダ | トラックバック(0) | コメント(1) |
まったりアシュラム生活。
今朝はバジャンに行った後、サマディー参りをして、そしたら行列はそのまま裏手にまわってバジャンホールの中まで続いてたので、バジャンホールの中にも子供と入ってお参り?しました。

バジャンホールの出口近くにはババの遺体が入ってたひつぎが無造作な感じで(と、見えた)置かれていたので、うわ、と思いました。

なんか、遺体を出したそのまんまって風に見えたんで、やっぱインドやなあ???とか思いました。


バジャン後は子供とアシュラム内のショッピングセンターに行って買い物したり、デジタルフォトスタジオにあるババの写真を3つほど買ったりしました。

そうとうでかいやつ。

買ったはいいけど、ラミネート加工して板みたいにしてもらうか、額縁を作ってそこに入れるか。
でもガラス入りの額縁に入れるのはちょっと怖いので、

できればラミネート加工をどこかで出来るかどうか聞いてみようと思います。



夕方のアルティは昨日は6時過ぎに終わってたので、6時少し前に部屋を出たらアルティがすぐに始まって間に合わなかったので、ホールの出口に並んでサマディー参り待ちをしました。
子供は男のほうに行ったら10分ぐらいでおまいりを済ませて戻ってきてたけど、
女性側は1時間くらいかかりました。

今日も花をもってってお供えしてきました。

なんかもうボディチェックもほとんどなくて、セキュリティがゆるくなるのは気分的には楽です。

なんか今まで見たことない、若い健康そうな男のインド人がウエスタンキャンティーンの前で薄ら笑いをしながら私が手に持ってたパンを頂戴とか言って来たので、
セキュリティーが緩むとこういう感じな人もたくさん入ってくるのかもと思ったりもしましたが。


ババがなくなってから、バジャンに出てもなんかすっきりしない感じはありますが、
サマディーに献花したらそのふさがった感じはすこし和らぎました。


やはりババの彫像はサイクルワントホールに設置されるらしく、
5月4日の何かのプログラムがそうだという人もいますがよくわかりません。


気がつけばもう5月。

早いもんですよねぇ。。。



ちなみに今年のサイスクールやイーシュワランマスクールの入試日程はまだ決まってないみたいです。

ババがなくなったので、ある親は子供をサイスクールから引き上げてよそにやるとかいう話も聞きますし、
今年は入試はなしでくじ引きか?とか、
願書を出した子供全員合格させるんじゃあ?とかつぶやいてる人もいますけど、

そうなったら入学するチャンスの少ないこちらとしては朗報なんですが。

たぶん、願書を提出してても受けるのをやめる人とかも少なからず出てくるでしょうしね。



わたしはアシュラム暮らしがリラックスできるので、
今後はプッタパルティへの訪問がなくなる、アシュラムの部屋を持ってる人とかもいるでしょうし、
今後もしアシュラムの中の部屋に関する規制もゆるむなら、
アシュラムにずっと住めるもんなら住みたいよ、とか思ったりもします。




今日のガヤトリー女神は黄緑と白が基調のサリーや装身具をつけてて、さわやかな感じでとてもきれいでした。

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/05/02 06:05】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
聖水を配ってたり。
今朝も、子供を学校に送り出したあとにダルシャン&バジャンに行きました。

もう、サマーディの近くには行かせてもらえないのかと思ってたら、アルティが終わった後、ホールの人たちは順にサマーディーの近くまで行ってお参りさせてもらえました。

献花もできてました。



お参りの済んだ人には手のひらにひとすくいずつ水が配られてました。

配ってたセキュリティヘッドに聞いたら
「これはセイクレットウォーターです」
とか言ってました。

聖水、はわかるけど、何の聖水かなあと思いつつ飲んだら、線香のような味がしました。

後でほかの人に聞いたら、ホールでアビシェーカムをしたときの水とのこと。



夕方は、アパートに戻って洗濯をしたりしてて、バジャンには行きませんでした。

やっぱ、洗濯機って便利だわ。笑


ホールの外に遅れてきた人が並んでたので、
入れてもらえるのかな?
と思って、並ぼうかと思ったけど、あまりにも汗だくだったので、
アシュラムの部屋に戻って、今日はもういいやと思ってそのまま休んでました。


後で聞いたところによると、夜7時半まで入れてもらえてたらしいです。
行けばよかったな。

そんで、午後のバジャン後にはサマーディーにささげられた花ですかね?が、お参りした人に配られてたそうです。

なので、
「なにもらえるか分からんから、行かなあかんよ」
とかいわれました。

そ~なんだ~?


今日の午後のバジャン後にはアニールクマールさんがアナウンスして、
5月4日に何かプログラムを予定してることを言ったそうです。

なんでしょうね。


サマディーにはババの彫像も設置される計画だと聞きました。

シルディ村のシルディババの彫像のような素晴らしいものだったらいいですよね。

生前ババは、自分が生きてる間には自分の彫像を作らないようにと言ったそうですが、
(でも作られてますけど)
もうなくなったし、解禁ですね。


日本からも、ゴールデンウィークなのでそれに合わせて来た人たちもいます。
コダイカナルのつもりでツアーに申し込んでたひととか。

わたしも今年はコダイカナルにババが行くのを期待してたんだけどなあ。


わたし、コダイカナルもまたいつか行くときあるのかなあ?遊びに。

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2011/05/01 02:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
| ホーム |
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。