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18日からティルヴァンナマライ(アルナーチャラのあるところ)に来てて、ラマナマハリシのアシュラムに泊まってます。
わたしは一見さんなので4泊だけ宿泊許可をもらい、
今日さらに3泊延長させてもらえました。

その後はすぐ近くのシェーシャートリアシュラムに泊まります。
(ここは基本的に今は外人泊めてないそうです)

シェーシャートリはラマナのグルだと占星術師は言ってましたが、ほんとかな?

19日から30日までこのあたりで大体毎日場所を変えて日本のカルマ解消のためのプージャをしています。
詳しくは占星術ブログをどうぞ。(↓)写真も見れます。

http://blog.premasai-jyoti.shop-pro.jp/

最初の3日間はすごくきつかったけど、
今日からはもうちょっとゆったりした日程になります。

最初の3日は全身疲労してたのでアーユルヴェーダマッサージとかほしくなりましたが、そんなものラマナアシュラムにはないので、Liv52.DS(肝臓の特効薬)を飲んで乗り切りました。
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【2011/06/23 02:12】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アルナーチャラの夢。
いっつも目がさめたらサイババの夢を見たかな?と、忘れないうちに自分でチェックするのですが、

今朝はアルナーチャラの山の夢を見てました。

これもシヴァダルシャンだろうか。


夢では「元の」アルナーチャラ、というのが存在してて、
それは海に半分沈んだような形で島のようになってて、
山の上部が海面から上に出てました。

風が強く吹いてたけど、
人々も住んでいて、
人々は風を避けられるような山の裏側に住んでいました。

そこに行った後、
そこからはだいぶ離れていたんだけど私は現在のアルナーチャラの方に子供や仲間たちとともに自転車で戻りました。

現在のアルナーチャラに着いたら、
アルナーチャラの山に対して、あと5分か10分後にアルティが行なわれる、というシチュエーションでした。


そんな夢でした。

寝覚めのいい夢でした。

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【2011/06/13 11:18】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(1) |
母&末の弟到着。
もうじき、日本のカルマ解消のためのプージャに行きます。


18日にプッタを出発してその日の午後にアルナーチャラに到着予定。


今日は私が行ってる間に子供の面倒を見てもらうために来てもらった母と弟が到着しました。

やはりと言うかなんと言うかいろいろ不思議なものを持ってきていました。。。
風鈴、暇なときのための手芸セット、ハエが来ないように食卓にかぶせるネットのカバー2つ、主名のいとこが製作した図画工作の作品5~6点、もち米。などなど。

8キロ重量オーバーしたから空港で減らした荷物を宅急便でで実家に送り返したそうです。

最初はのこぎりやトンカチも持ってこようとしてたんですよね。
そういうのはこっちで買えるからと思いとどまってもらったんですけど。


で、なぜかこっちで着るための母のインド服も実家に送り返しちゃったらしく。


こっちに着いて「疲れたでしょう」というと、
「ううん。まだ興奮してるから」とのこと。

空港で荷物を減らされたことで妙にテンションが上がったらしい。

本人はインド5回目のベテランを自称。


弟もバックパッカー経験あったように思ったんだけど。。。
バックパックに入れた米が重くて関空ですでにバックパックがずたずたに裂けたらしい。

結局米の3分の2は関空から実家に送り返した模様。


それでも5キロは持ってきてるだろう。


母と弟と合流してアシュラムの部屋に落ち着いたらなんか奇妙なかおりが。。。



さきいかだ!
母がするめを食べていた。

もう何年も食べてないので何の匂いか分からなかった。

かーさん、アシュラムは菜食でっせ。



なんというか、家族って不思議。

と言うか、この人達が不思議なのか?



母が子供にパック入りの切り餅を差し出して「食べるか?」と言ったので

「どうやって?」

と聞いたら

「あほ?」

と問いかけられました。

「焼くとか、煮るとか、な~~~」
と、母が子供に話を振ったら子供も調子に乗って話を合わせるし。
(「ママは、ちょっと、これだから~。」と、能無しジェスチャー。そんなんすんな!)

いや、生のままで食べるかと聞いてるのかと思って。
と、いうと、

再び

「あほ?」

と聞かれた。。。


年をとるに連れて母のほんとにぽかんとした表情が底抜けにぽかんとしてるのでこわい。

その顔で「あほ?」と聞かないで~。

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【2011/06/13 03:20】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
学校事情
プッタパルティの教育事情はとても厳しいものがありまして、
主名が通ってたコーチングスクールの先生に先日主名の友達のお父さんが電話して、
「プッタパルティでスワミズスクール(ババの全寮制の学校)とイーシュワランマスクール(ババの庶民派の通いの学校)以外にいい学校があったら教えてください」
と聞いたら

「これっぽっちもない」

という返答だったそうです。

。。。。。同意。笑


学校の数は掃いて捨てるほどあるのですが、そのどれもが私とかからしたら悲惨としかいえない感じで。


しかし、今年はババも亡くなって、外国人の子供たちはババの直接の許可を得て入学するというほとんど唯一の手段を失ったのでか、

インターナショナルスクールが始まるとかいう話を2~3聞きます。


そのうちの一つはこないだ見に行ってきたのですが、
(ワラディ インターナショナルスクール)
空港の裏手にあるその学校は建物とかいろいろ作りかけだったけど、
できた部分や教室の中はきれいでよかったです。

始まるのは6月20日くらいみたいですが。
そしてまだ英語の先生募集中みたいですが。笑


きれいだったので夢が持ててなんとなくほっとして、でも、もっとこの学校についての調査が必要とか思って、
2年ほど前から別のインターナショナルスクールを作る計画をしてるスペイン人(だったと思う)に会ったので
あの学校はどうですかと聞いたら、
インターナショナルスクールと名乗るにはその条件があるんだけど、
あの学校は中身は完全にローカルスクール。とのことでした。

学校に運び込まれていた教科書類が昔主名が行ってた政府系の学校でもらったものと同じだったので「あれ?」と思い、

そうかなという気(名前だけインターナショナルで中身はローカルスクールかもという気)もしてたのでなるほどと思い、
一方、その西洋人の代表者に
彼が計画してる学校はどうなってるのか聞いたら
お金だけの問題で、お金さえあればいつでも始められるというので、

「いくら必要なんですか?」
と、一応効いてみたら

「ミニマム5ミリオンダラーズ(4億円ほど?)」
「マックス9ミリオンダラーズ(7~8億円?)」

とのことでした。

う~ん、永遠にできなさそう。。。



親としてはそんな大々的に始めなくても、
建物はいいから基本的な教育をちゃんと受けれれば、という気持ちです。

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/06/11 05:54】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
日本のカルマ解消のためのプージャ1回目inアルナーチャラ
Om Sri Sai Ram

縁あって、「ATHI RUDRA MAHA YAGNAM AND CHANDI HOMAM FOR JAPAN PEACE」/
「日本のカルマ解消のためのプージャ第一回INアルナーチャラ」をしに行くことになりました。

とりあえず以下に記します。訂正などあれば後で訂正しときます。


<ガナパティホーマム>

2011年6月19日 7:00AM~ (4~5時間予定)
     ガナパティホーマム&アビシェーカム
     アルナーチャレーシュワラテンプルにて開催。
     僧侶数ミニマム7~9人
     ガネーシャからプージャの許可と祝福を得ます。


<ルッドラホーマム>

      6月20日 8:30AM~ 1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム①
     アルナーチャレーシュワラテンプル
     僧侶数23~36人


<チャンディホーマム>

      6月20日 6:00PM~9:00PM
     マハーナヴァチャンディホーマム&アビシェーカム(女神へのプージャ)①
     アルナーチャレーシュワラテンプル敷地内、シヴァテンプル隣の寺    
     僧侶数36人(チャンディホーマムのスペシャリスト含む)
     


      6月21日 8:30AM~12:00PMもしくは続けて午後も
     マハーナヴァチャンディホーマム&アビシェーカム ②&③  
     アルナーチャレーシュワラテンプル敷地内、シヴァテンプル隣の寺
     僧侶数36人(チャンディホーマムのスペシャリスト含む)


<ハスタ(8つの)リンガムホーマム>      

      6月22日 8:30AM~1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム②
     インドラリンガムテンプル
     僧侶数18人

      6月23日 8:30AM~1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム③
     アグニリンガムテンプル
     僧侶数18人

      6月24日 8:30AM~1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム④
     ヤマリンガムテンプル
     僧侶数18人

      6月25日 8:30AM~1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム⑤
     ニルティ(空)リンガムテンプル
     僧侶数18人

      6月26日 8:30AM~1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム⑥
     ワルナ(水・雨)リンガムテンプル
     僧侶数18人

      6月27日 8:30AM~1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム⑦
     ワーユ(風)リンガムテンプル
     僧侶数18人

      6月28日 8:30AM~1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム⑧
     クベーラリンガムテンプル
     僧侶数18人

      6月29日 8:30AM~1:00PM
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム⑨
     ESASIYA(シヴァ)リンガムテンプル
     僧侶数18人


<ゴールデンシャリオット巡行>

      6月30日 8:00AM~9:00AM
     アルナーチャラの山の周りをゴールデンシャリオット巡行


<ルッドラホーマム再び>
     
        9:00AM~
     アティルッドラマハヤグニャム(シヴァ神へのプージャ)&アビシェーカム⑩
     アルナーチャレーシュワラテンプル
     僧侶数36人


アティルッドラマハヤグニャは11日間しないといけないのかと思ったら、
占星術師いわく、唱えるべき回数とかが満たされれば日数は関係ないそうです。

また、今回のプージャを行なうに当たって、アルナーチャラで坊さんたちや識者、聖者みたいな人らがどうしたら日本を守ることができるのかと話し合いをして知恵を出し合ったらしく、

スパディカムリンガムとタミル語では言うらしいですが、つまりはクリスタルのリンガムをすべてのプージャでプージャして、
(ビルバムの葉とともに?)

で、そのクリスタルリンガムとビルバムの葉は日本に持っていって、
葉っぱは日本の海に流し、
リンガムを日本でまつってその後定期的にそれにプージャするとよいだろう、ということになったようです。

なんでこんなプージャをすることになったかというと、
2011年4月の初めに日本についてのインド占星術鑑定と日本についてのアガスティアの葉を見てみて、
日本のカルマ解消のためにこういうプージャをやったらよさそうだったのでやることになりました。

11月までにこの規模のを3回するようにアガスティアの葉で指示されたのですが、
とりあえず1回目は今回完全な形でできる運びとなりました。

あと2回、できるかどうかは未定です。
(予算の都合上)

もっと詳しく知りたい方はこちらまで。↓
http://blog.premasai-jyoti.shop-pro.jp/

というわけで、もうちょっとしたらプッタパルティをしばらく離れます。

サイラム

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【2011/06/11 03:33】 | アガスティアの葉 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ベリービッグジョーク!
何でも、聞いた話ですが、今日のババの学校の新入生選抜のくじ引きは約8千人の願書の中から女30人男60人を選んだとのこと。


ほんの数年前はこれほどまでの倍率じゃなかったみたいなんですよね、上の子がババの学校に入ってる、主名の友達のお母さん方の話とか聞くと。


2年前だったかも50倍と聞いて、それでもすご!と思ったんですが、さらに増えてる。


やっぱ、インドでサイババの知名度がここ数年でも一気に広まって名声が高まったとかもあるんでしょうね?
この倍率の伸び具合は。


ババの人生がテレビドラマ化されたり。
それで一般大衆の心もとりこになった?笑
村への水の奉仕活動とかもものすごく喜ばれてるみたいですしね。


なんか変な言い方と思いますが、普通にみんなの人気者になった感じ?


ところが亡くなっちゃったんで、今回のくじ引きは政府がインド全体に出した指示で、この変化はババが亡くなったからというものではないらしいんですが、
ババは亡くなるわ、やたら難しい試験はくじびきになるわで、大変化ですよね。


今日のくじ引きは私はいく必要もなかったんで行かなかったんですが、
スタジアムの中で華やかに行われ、
なんかどこぞの子供を番号を引く係りにして、その場で当選番号を電光掲示板に表示して、マイクで名前を読み上げてたそうです。
知人の占星術師の子供も一応エントリーしてたんですが、
なんせ8000人の中の90人ですし、
「ノーチャンスだ」
とか言ってました。

ほんと、どこぞの子供に番号を引かせて決めるとかって、いままでわが子にむちゃくちゃ勉強させてノイローゼみたいになってたお母さん方にとってはどういうこと~!!!?ってかんじですよね。

くじに外れて泣き崩れる人とかもいたそうで、

まあ、そりゃそうだろ思いますが、

ほんと、なんだこれは!?ビッグジョークか!?ってとこです。


選抜方法がくじ引きになったんで、地方の人とかは来てない人も多かったと思いますし、
選ばれても今年は辞退する人もすごく多いでしょうね!!

地方の人(プッタパルティじゃない、インドの別の場所の出身の人)もたくさん選ばれてたみたいですし、
そういう人たちはなおさら今年は入学しないような。。。


ババが生きてるときは学生に色んなものを配ってたそうで、
サリーとかドーティーとかはよく聞きますが、
あるときは500ルピー札をババ自ら全員に配ったこともあったそうです。

ちなみにこれは賄賂とかそういうタグイのものではなくて、笑。たぶん。
インドの伝統文化的な背景があってのことだろうと推察します。

前、知人のインド人が「兄妹の契り(?というのだろうか)をしよう」とか言い出したときに
「500ルピー札もってこい!」と奥さんに言ってて、
形式的にわたしに500ルピーの現金を渡すことがなんか儀式の一環みたいだったので。
その兄妹の契りはそんなことになったら恐ろしいので拒否りましたが。笑


とにかく何が言いたかったかというと、ババが生きてるとき学生や親たちにとってはそういう楽しいイベントみたいなのが目白押しだったけど、今はないですよね。そういう意味ではつまんないですよね。

ダルシャンの特別席とか、
そういうのも今は価値が薄いし。

で、もうおいしいことないじゃ~ん、意味ないじゃ~ん、と思う人もいっぱいいるだろうとは思います。

ただでさえ厳しいプライマリースクール、ババが監督してたからババを信じて子供を預けてたけど、ババがいなくなってはもう終わりだとか思ってる人も少なくないみたいです。

で、じっさい大量の退学希望届けがプライマリースクールでは提出されてる状況のようで。
(セカンダリーとか、そいうのではそんなに退学願いの話は聞かないけどどうなんでしょうね。)

とはいってもそういうプライマリースクールも8~9割の学生はちゃんと戻ってきてるでしょうし、
ほとんどの親はプライマリースクールへの信頼は揺らがず、
欠員も学校側がそう決めたらいくらでも補充できるんだろうと思います。

一応名目上は途中の学年で欠員が出ても補充しないとなってるらしいですが、
実際は途中の学年に編入してる場合もよく聞きますよね。


私がなんでババが亡くなってもまだ、できれば子供はババの学校に入ったらいいんじゃないかと思うかというと
これはどこかの星からの指令が来てるとしか。。。笑

と言うのはまあ半分ほんとですが、
ここに住んでるし、というのが実際のところですか。

ここには自分的にあんまりまともな学校がないので自分の中で選択肢がないので。

なんでここに住んでるのかというのは、自然の流れとしか言いようがないですが。


なので、ババが生きてようが生きていまいが、できればサイスクールが望ましい様な気はしてます。

とはいっても学校側は外人受け入れ態勢ではないので、
そこでまあ色んなドラマも生まれたわけですが。


ほんと、いろいろドラマだらけですよプッタパルティって。
わたしらだけじゃなくてみんなそうですよね。
地位があるとかそんなのはあんまり関係なく、みんなここにいると波乱万丈なんじゃないだろうか。

飽きないといえば飽きなくて面白いですよね。


今日のくじ引きの結果はすでにどこかに貼り出されてるそうです。

ネットとかに流してくれたらいいのにね。
どこかでネットでも見れるのかな。



でもくじびきといえどもいろいろ調整とかも入るんでしょうね。

編入の調整もいろいろやるんだろうなあ。

でも、ほんと、人生運しだいだな。笑。

外人の子供も、3年以上プッタパルティに、もしくは5年以上にインドに住んでたら受験(くじ引き)資格を与えるとかしてくれてもいいんじゃない?

だって、集団生活になじめないというのが理由のひとつなら、
外国(アメリカとか)暮らしのインド人の子供もそうとうそれまでの生活と寮生活じゃギャップがあると思うけどな。

主名はやっぱ2歳から住んでるので、知り合いのインド人たちはみんな当たり前のように
「受験したか?」とか「受かった?」とか聞いてくるんだけど、
みんな、そもそも主名が受験資格がもらえないとは思わないみたいで、説明してもなかなか理解してくれないという。

さすがに、そう聞かれるのも3年目なのでインド人の知り合いとか顔見知りの人たちももうほとんど聞いてこなくなったけど。
でもやっぱりずっと気にはしてくれてるみたいで、
もしかしたら!?とかも思うみたいで、
ちょっと私一人でご飯食べに行ったりしたらよく、「入学したのか?」という含みを持たせて「子供は?」と聞いてきます。
特にこの時期。


なんか、またプッタパルティのインターナショナルスクール開校の話も聞きますけど、
あまり興奮して話す人がいないところを見ると、そんなにちゃんとは始まってないんじゃないかなあ。



ああ、人生ドラマよ。

あまり激しいジェットコースタームービーは疲れますよ。
面白いといえば面白いけど。



結局は色んな出来事をとおしてババは、このインドという国は、諸行無常を見せてくれてんのかしら。


それならなおさらこの瞬間を味わって楽しまないとですね。
どんなドラマであるにせよ。


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【2011/06/04 05:14】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日はすごく涼しいです。
昨日の夜はすごく涼しくて寒いくらいでした。

今朝も水シャワーだとちょっと寒かったです。


主名は今はどこの学校も行ってないので朝寝してましたが
わたしはサウスでご飯が食べたかったので出かけて食べて、芝生のところでチャイを飲んでからバジャンに行きました。

バジャンの後はいつものようにバジャンホール(神殿)の中におまいりして、
それから主名の朝ごはんをウエスタンキャンティーンに買いに行きがてら散歩しました。

今日も曇ってて涼しくて、
ぶらぶら歩いてると妙な幸福感がやってくるかんじで。

面白い表情のあかんぼがいて、
私は子供は好きじゃないけど、赤ん坊や小さい子供はそれ自体生真面目なだけに笑えるなあとか思いながら歩いていました。

アシュラムの外に出てATMに行ったらひとつめは現金が出てこないらしく、
別のところに行ったらカードがつっかえて入らず、3つ目でようやく現金を引き出せました。

今日はババの学校の新入学の学生選抜のためのくじ引きが行われてるはずなんですけど、
今年は願書は出したもののババが亡くなったので来るのをやめた人も相当いるんでしょうね。
今年の倍率はさてどのくらいになったんだろう。

今まではたぶん何十倍ですよね。

それだけじゃなく、すでに入学していた子供たちも親が別の学校に転校させるケースも相次いでるらしく、
たぶんプライマリースクール(日本で言う小学校)がそういうケースが多いんじゃないかと推測しますが、
子供がババの学校に行ってる知人たちの話を聞くと、数日前の話で各学年の10パーセントくらいは辞めたみたいで、プライマリースクールだけでも数十人はやめたんじゃないかと思います。

いや~、インド人はなんというかしたたかというか現実主義というか臨機応変というか。
感心しますよね。

でもそうでなくちゃ生きてけないですよね。

今まではババのダルシャンがあったりいろいろ他にもババがいることでいいことがあったから我慢して子供を預けてたんでしょうか。厳しいみたいだもんね、相当。特にババの学校のプライマリースクールは。

こないだ子供をババの学校に預けてる知人が言ってたけど、学校の先生が間違ったことを言っても
「そうです!その通りです!サー!」
と言わなくちゃいけないらしく、

先生に
「きみは馬鹿だ!」といわれたら
「そうです。わたしは馬鹿です。(へらへら)」
と答えるべきとか。

深い。。。笑


こうして幼少期から反射的な絶対服従の態度を訓練されるわけですね。
しかし内面はともかく、そういう態度はきっと生きていくうえで非常に有用なんでしょう。
というわけで特にプライマリースクールはそんなんらしいです。

とにかくいろいろ考えさせられる学校ではあるわけです。

余計なことを考えないように形成されて。

だから、こないだ、ババの学校が休みの学校の中でも優等生の少年とお母さんと一緒にノースインディアンキャンティーンに行ったら
その少年に「いり口はあっちだよ」と、すご~く遠回りの正規のルートを行くように指導されたんだけど、
目の前の近道をみんな自由に行き来してたので
そっちを行こうとしたらまた「あっちだよ」と遠いほうを教えられて、

でもどう考えても行きたくなかったので
「いいのよ」
と、近道を行ったら少年は、はははと力なく笑ってました。


こういう学校で先生をやるには個人尊重の精神を持ってたら先生としてもやってられないんでしょうね。



これからババの学校もどう変わっていくのでしょうか、変わっていかないのでしょうか。


主名のコーチングスクールの子達もババの学校希望で、
今年は今までのむちゃくちゃ難しい入試から一転してくじびき選考ということで、
主名もみんなと同じように勉強してたけどくじ引きも受けられないということでやっぱり気の毒に思って
いろいろアドバイスしてくれる人もいて、

もう校長に会って話して、ババの許可がないと外人の子供は入れないと言われたといっても、(しかしババが亡くなってからもその条件て。。)

もういっぺん校長に会うべきだ!
そして子供に校長先生にパダナマスカールをまずさせて、
子供自身に切々と訴えさせなさい。
何度でも会いに行って、しまいに校長が疲れて「わかりました」と言うまで行き続けるのよ!
とか、主名の友達のお母さん(上の子はババの学生でだんなはアシュラムスタッフ)にアドバイスされたりしましたが、(校長を疲労させろ指令)

そこまでやっても入学後にもきっと校長先生や先生たちに上からの圧倒的なグル目線でいじめられるんだろうよとか思ったら
なんかもういいよとか思えてきて。

わたしらは充分もう厳しいこといわれたし。2回にわたって。これがインド文化なんだろうなー。
人格否定は洗脳の前処置だし。。。
先生や校長先生の発言にあきれた私は失格だったんだな。

洗脳にもいい洗脳とそうでないのがあるんだろうし、人はみんな何らかの洗脳を受けてるんだろうけど。

学校にとりあえず一般人は表面上はこういうインド人的な絶対服従以上の親子しか入れないみたいなんですけど、
ババが亡くなってこんなにみんな学校から去っていくとは。

インド人の精神の強靭なことよ。私はそのしたたかさがある意味うらやましいよ。

でもこういう状況、当然と言えば当然なような気もしないでもないですが。



そして空きができたところに、やっぱり子供を預けたいと言う人もいて、
そういう人にとってはすごくよかったなというとこなんだろうと思います。

主名の友達の女の子もきっと途中の学年に編入できるんだろうと思います。

一応うちらもまだババの学校に入学希望ではあるんですけど、
もう充分がんばったからこれ以上がんばる気は枯渇しました。

その、主名の友達のお母さんにも校長のとこに行って訴え続けて疲れさせて編入の入学許可をもらえと言われたけど、
インドはなんで何するにも疲れるのがセットなんだろうか。
余計なエネルギーが余りすぎてるのだろうか。
そんな、普段から疲れてる校長先生をさらに疲れ果てさせなくても。。。気の毒じゃないの?


主名は昨日中古の自転車を手に入れたので、暇さえあれば乗り回してどこかに行っています。

今は昨日友達がおいていったキーボードをむちゃくちゃに演奏して遊んでいます。


なんにしろ、今日は涼しくていいです。

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【2011/06/03 16:45】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
寄稿文「私とサイババとの出会い」を読んで。
しばらくぶりにSSOJ(サイババの日本での奉仕団体組織)のHP http://www.sathyasai.or.jp/ を見てみたら、

●2011/5/21
 寄稿文「私とサイババとの出会い」掲載

というところで10年ほど前にサイババに逢った人の体験記が乗せてあって、読みました。

読んでるとサイババを前にした時の圧倒的なかんじが思い出されてきて、なんか思いがけず嗚咽がでてきました。

そのときそのときによると思うけど、サイババを前にしたら世界がサイババだけになってしまうような圧倒的な感じが、思い出されました。

そして全部手放しになってしまって自分が光の中に一体となって消え去ってしまうような。

すべての滞りやふたが開放されて。



最近、なんか、サイババのナマダルシャンの感覚、忘れてきたなあとか思ってて、
それにも慣れてきてる感じだったのですが、

こうやって、サイババの圧倒的な神聖さというかすごさを思い出すと、瞬間的に、
自分がどれだけ閉じていってて滞るままにしていたかというのにハッと気づかされます。




今日の夕方はアシュラム内のSBI(ステイトバンクオブインディア)に預金を下ろしにいったけど時間が終わってたのでそのまま夕方のバジャンに参加しました。

ババのマハーサマディの工事が始まってからはほとんど朝のバジャンとバジャンホールの中のお参りしか行ってなかったのですが、午後って工事中にもかかわらず、けっこう人が集まってるんだなあと思いました。

ああ、そろそろババの学校の新学期も始まるし、学生たちとその親とかも来てるから人が多い感じなのか。

もうすぐ学生選別のくじびき(笑)もあるし。


う、今思うと、預金通帳を入れたかばんをそこらへんにおいてバジャンに参加してました。

まあ、なぜかわたしはそれで盗られたことはないのですが。



なんであの体験談を読んで嗚咽が出てきたかなあと改めて考えてみると、
サイババと出会ったときにみんな自分の魂そのものとであったような経験をしていて、

サイババの容体悪化を聞いたときにこの体験談を書いた人は普段はサイババのことなど忘れていたのに、
心が騒ぎ、さびしい気持ちと親密感が沸き起こり、もう一度会いたいという気持ちになったそうです。

そして目を閉じると浮かぶサイババの鋭いけれどやさしいまなざし、
というとこで、ああもうだめだ~。という感じになりました。笑

ババが亡くなって1ヶ月以上たちましたが、(まだそんなものか、という気もしますが)
嗚咽が出たのは初めてなので驚きました。


サイババのダルシャンでは「世界のすべてがいまここにある」という状態が目に見える光景として出現してる、
と気がついて驚愕の気持ちになったことが何度もありました。

そういう乳児にとっての母親のような圧倒的なものを、人は心の奥底でいつも求めているのかもしれないなと思います。

なにもかも、「これは違う」と捨てていったとき、人は神に圧倒されることだけにコミットするようになるのかも。
【2011/06/01 02:16】 | 読書 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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