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今日もはよから。
今日も朝っぱらから古いほうの部屋の掃除をしてました。

古い家具や電化製品なんかはこちらから働きかけなくてもどんどん引き取り手が見つかって。

だいたい一応、形だけ売るんですけど。100ルピーとかで。


隣のおばちゃんが一人で大きなロッカーを自分の部屋に運んでいったのには驚いた。

二そう式の洗濯機もおばちゃんの元へ。


おばちゃんは今日も3回くらい「なんでだ」「なんでだ」と、腑に落ちない感じで引越し理由を聞いてきました。
「あんたはここに合ってたのに」
と。


まあたしかに、「なんでだ」と言いたくなる気持ちはよくわかります。
私もいまだに時々思うもの。笑


「まあ、そういうタイミングだから」
とか答えました。


おばちゃんのお母さん(すごくおばあちゃん)は子供への餞別に?100ルピー札をくれました。


一応断ったんだけど、断りきれなかった。


主名も今の部屋に移ってからもときどき「前の部屋に戻ろうか」とか言ってみたり、
というのは、ウォッチマンが遊んでくれるし、隣の八百屋のおばちゃんもかわいがってくれたし、
通りを行く人にも声をかけたりかけられたりしやすくて
(知らない間にアパートの他の部屋にも遊びに行っていた模様)
周りに人がいっぱいいるから楽しいみたいで。

掃除しに古い部屋に戻ったときもふざけて「ただいま」とか言っていました。


7年半の人生のうち、4年半を過ごしたところですもんね。

わたしも、いまだに自分のこの部屋への執着にはわれながら驚きます。



しかし、自分の心とは裏腹に掃除ははかどって、今日は部屋の中を空っぽにして隅々まで掃除しました。

電化製品や家具もほぼ出て行ったのでがらんとした部屋になりました。

もういっぺん、バスルームの床をきれいにしに来る予定です。


次に借りる人のため、と言うより、私と子供の人生の大変な時期を守ってくれたこの部屋への感謝の気持ちで、隅々の見えないところまで掃除しました。

居心地のよい洞窟のような守護部屋ありがとう。


今後はこんな手厚い守護のバイブレーションはなくなるけど、
部屋の守護なしでも神にゆだねきって安心してすすんでいけるように。。。




あ、そうだ、掃除してたら突然ドカンと爆発音がして停電になったので、またサルでも電線に触ってこげたのかと思ったら、今日は猫でした。

でもなぜか猫は無傷で逃げ去ったらしい。



毎日涼しいです。

さっき夜に雨が降ったけど今はまたやんだみたいです。
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【2011/07/30 03:16】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アパートの部屋。
夕方から夜にかけて雨が降る日も多くって、

3ヶ月近く水風呂で平気だったんですが、さすがにちょっと寒く感じてきたので今日は湯沸かし器を古い部屋からはずして、新しい部屋のバスルームにつけてもらいました。

今まで住んでた古い部屋もまだ掃除が完了してなかったので、今日は何時間か掃除してました。

そしたらウォッチマンも隣のおばちゃんも見に来て家具を譲り受ける約束をとりつけようといろいろ話してくるので、

わたしはなんかやってるときに話しかけられても答えられないので「あとであとで」とか適当に答えてました。


いやしかしインド人のおばちゃんの押し出しの強さよ。

「ロッカーを売るなら買うよ」
というので、

「ああいいですよ」
と気前のいい感じで言ったんだけど、

扉を開けてみたら中に仕切りがないのががっかりだったみたいで、

ま~、文句たらたら。

あのー、こっちから買ってて頼んだわけじゃないんですけどー、、、と思いつつ、

「いるんだったらもってたらいいし、いらなかったら持っていかなかったらいいんだから」

と、話を終わらせようとしても話が終わらない~。



結局、おばちゃんの部屋の中のロッカーの中身まで2回も3回も見せられて、しきりがあるとどう使いやすいか説明されて、

しらんっちゅーねん、と思いましたが

話を聞き、
結局、不満はあるんだけど買いたいということが言いたいみたいで。よくわからんー。


でもまあ、うるさく口出ししてくるものの、よい隣人でした。
その存在感にいろいろ助けてもらいました。
彼女自身もいろいろあって、よく話も聞きました。

おばちゃん(すでに70代だからおばあちゃんだけど)の同居してるお母さんはテルグ語しかしゃべれなくて私は分からんのですが、いつもものすごい話しかけてきて、
私たちが部屋を移ることについてなんでだーとか激しい感じで言って涙ぐんでいました。

おばちゃんも何べんも「なんでだー」とか言うのですが、
まあ、直接の理由はヴェーダの練習をしたら苦情が来るようになったのがその理由で、

状況的には10人が10人とも私らは部屋を出る必要ないと言ったんだけど、

今までどんなに大声で練習しても苦情はなくて、むしろ聞いた同じアパートの人が尋ねてきて教えてくれと言ってきたり、
CDに録音したいと言ってきたり、しなかったけども地元のTV番組で唱えてくれと言われたり、
隣のおばちゃんも私や主名が練習したあとは自分も練習しだしたり、なにかいい感じで話題提供&興奮材料になってるみたいでした。

下の階の無表情なインド人のおばあさんも、練習した後はよく興奮して笑顔で話しかけてきたものでした

そういうかんじで、私の前に見える光景としては周囲に肯定的に受け入れられてたのですが、

それが苦情を言いに来られる状況になったので、
そんな状態では私も気持ちよく唱えられないし、無理だなと思って出ました。


実は私はこの古い部屋に相当はまってて執着があって、何もかもがパーフェクトと思っていました。

この部屋で一生をこのまま終えてもかまわないくらいな感じだったんで、部屋を替わるのはつらくて、
今もうっかりするとまた戻れるかなとか迷ってるんですけど、

今は前にすすむべき変化のときなのかもと思います。


4年半くらい住んで、その間にこの部屋でたくさんヴェーダもバジャンも練習しました。
一人でしたり、ほかの人と一緒にしたり、

おばあちゃん先生たちと一緒にルッドラムを録音してCDにしてババの誕生日に贈ったのもこの小さな部屋で、
「祝福された部屋」「バイブレーションがいい」とよく言われました。

インターナショナルバジャングループのデモCDもこの部屋で中心メンバーで録音したりして、それを何十枚も焼き増ししたのもこの部屋でした。

毎年の半分くらいはヴェーダを練習したいと言う人たちが集まったので定期的に一緒に練習もしました。

いいことばかりでなく、
主名もわたしも病気をして寝込んだり、主名がこけて後頭部を切って大出血したり、

楽しい気分のときもイライラしたり怒ったりした気分のときもあり、
この部屋から早朝から晩から行事によっては夜中にもアシュラムに通い続け、降誕祭なんかでアシュラムにすら入れないようなときはこの部屋でいました。

赤ん坊をつれて長期でインドに住みだして、最初に住んだアパートなのですが、
洞窟の中にいるような、何重にも守られているような安心感がありました。

私にこの部屋を貸してくれた西洋人は数年前に亡くなりました。

彼女が自分の友人のために内装もやり直してすべてをすみずみまでパーフェクトに用意した部屋を何の因果か私が借りることになったのでした。

入ったのはガネーシャチャトゥルティの日でした。

部屋のテーブルにはテーブルクロスがかけられ、お香やマッチやお香立てはもちろんのこと、
小皿にキャンディまで用意されていました。

そのように隅々まで用意された部屋に入ったのでした。


オーナーも最高で、ウォッチマンもよく働き、よい隣人たちに囲まれ、立地もよく、家賃も他にないくらい安くて誰もがよいバイブレーションだと感じる小さな部屋、

ババが与えてくれたなら、ババが次に行けというなら潔く行くしかないか、もともと自分のものではなかったんだから、、、と、かなり未練を残しつつその頃に話が来た部屋を借りたのですが、


そしたらババが亡くなって、

次の部屋には正直不安で行きたくなかったのですが、
(親子二人暮らしなので安定してない場には怖いから行きたくない。バランスが取れなくなるから。)

とりあえずババのお葬式前後にはできるだけ平安でいられるようにアシュラムの部屋に泊まり、
そのアシュラムの平安のバイブレーションの状態になったままだったら、
あの、新しい部屋にいけるような気がしてきたので、

5月6日の吉祥のイーシュワランマデーにアシュラムから出たときに新しい部屋に直接入りました。
もう、古い部屋へは戻らなかった。

そうしてしばらく放置してたら古い部屋はものが残ったまま廃墟になりました。笑



母が来たときにお手伝いさんと一緒にだいぶ片付けて行ってくれたのですが、
今日、またわたしも荷物を運び出したり掃除したりしたら部屋がまた生き返ってきました。


でも、何も残さないようにしようと思うので、
ものをあげたり、

もっときれいに掃除したりして、

そしたら部屋が私が入る前の状態になるでしょう。




私が入ったときはものすごく隅々までセッティングされた状態だったので、
それらもない状態の部屋を見るのはとても不思議な感じです。

何か、部屋が夢から覚めたみたい。






夕方のバジャンでは四角いさくさくのお菓子が配られてました。

アニールクマールさんが静かにして、瞑想の邪魔をしないようにしましょう、みたいな事をアナウンスで言ってたけど、サマディー参りの待ち時間にみんなぺちゃくちゃしゃべるようになったのかな?

よくわからないです。


今日の夕食のパスタと上にかかったチーズはみょうに滋味深かったです。

私たちはエネルギーを食べているんだ、と、改めて思いました。

食べると木が根から水を吸い上げるように自分の中がしっかりと満たされてゆくのを感じ、

「ああ、、、」

と、思いました。

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【2011/07/29 05:33】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
新しいモバイルブロードバンド(リライアンス?)
ネットカフェで、こないだ落ちて壊れたタタフォトンのモバイルブロードバンドの代わりに新しいバージョンのをくれるというので(ネットカフェで購入)
サービスいいなと思ってたんですけど、日曜にもらえるとかいってたんですが水曜になってももらえず。

その間ネットカフェに通うので毎日何百ルピーも使うんで、

新しいの買ったほうが元が取れるんじゃあ。。。
と思い、

のらくら言う店員に、実際のところ、新しいのはいつ受け取れるんだと聞いたら10~15日後とのこと。

思わず「はははは」と笑ってしまった。


で、待ってられないので新しいのを購入。

今度はタタフォトンじゃなくてこれなんて読むんですか?リライアンス?
のやつ。



タタフォトンと同じくらいの速さで、もしくはもっと早くて、守備範囲がタタより広い、僻地でも使える、とか店員がいうんで

「え~~~、信じられない。ほんと?????ほんとに早いの??????え~~~」


と、メーカーを変えてくるのはなんかあやしいとか思って散々うるさく疑ったんですが、

結局まあ、何でもいいよと思って購入。


でも、いくらかなかなか言わずに「持って帰って明日払え」とか言ってわけがわからなかったので

「いくらだいくらだそんなの先に言ってもらわないと持って帰れるわけないやん」

と、どうせすごく高いから言わずに先に使わすつもりなんだろうとここでも散々疑ったのですが、


初期費用2850ルピー。

(モデム&1ヶ月分の使用料)

で、翌月から無制限のは毎月800ルピーとか何とか言ってたような。


タタより安い。



なんで店員がいくらなのか言い渋ってたかというと、問い合わせるのが面倒だったからみたいでした。


ぼったくろうとして不審な対応をされてるのか、単に面倒で働いてないだけか、
インド人のやることはいまだにつかめません。




でも、のらくら度今も上昇中。
2月に注文したちっちゃいラップトップの替えのバッテリーがいまだにもらえてません。
20回くらいまだかまだかと催促してるんですけど。

でもでもいつの間にか私もそういうペースになっているという話も。。。

おそろしきインド式のらくら。
日本は効率いいなーーー。

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【2011/07/28 04:40】 | インド長期滞在情報 | トラックバック(0) | コメント(2) |
バジャン
ああ、なんかしばらくまともに書いてなかったような気がします。

今日は朝にバジャンとサマディーへのおまいりに行きました。

やっぱりサイクルワントホールは長年のダルシャンで場が形成されてるんでしょうね。


なんか、現象世界ではいろんなことがありますけど、バジャンに出てると、関係性は神と人間との関係だけしかないんだなという気がしました。

ほかの関係性はその周りにいろいろ現れるかもしれないけど、やはり中心は、基本は関係性は神と自分、それだけだという気がしました。

その中心を、人間と人間との関係性に軸足を移してしまうと、どこまでもずれて行ってたくさんのいろんなややこしいことが起きて収集がつかなくなって出口もなくなってくるけど、

神と自分という関係性、そのつながりさえずれていなければ、そのつながりを第一にすることさえしていれば、
ほかの事は自然にその重みが失われるなあと感じました。


そういうことを思い出しやすくさせてくれる、こういうサイクルワントホールとか、その中のサマーディー、そしてそこに集う人たちと形成されている場、というのはやはりババの肉体亡き後もパワフルに感じられます。



たぶん、そうだ、何も考えなくていいんだった、と、安心させてくれるというか。


中心はそこじゃなかった、と、気づかせてくれるというか。



知人から今年の6月に出版されたヒンディーバジャンのバジャン集をいただきました。

ありがとうございます。


以下、SSOJのサイトより、この新刊のバジャン集の説明を転載させていただきます。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 ヒンディーバジャン(ヒンディー語とサンスクリット語のバジャン)を392曲掲載。

 各曲に発音記号付きローマ字表記、カタカナ表記、英語と日本語の訳、日本語の用語集が付いています。

 その他に、「バジャンに出て来る神々の御名」の説明がカラー写真とともに23頁、日常唱えられているお祈りとマントラがローマ字表記と日本語表記で付いています。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

(↑ここまで転載)


392曲も入ってるんですか。すごいですね。

最近バジャンもないがしろだったし(ヴェーダも)

こんなバジャンブックもいただいたし、またなんかするタイミングなのかな。



このヒンディーバジャンに収録されてる曲が全部入ったバジャンブック全集対応のCDが発売されたらすごいですよね。
(392曲はありえないか~)
いや、ヒンディーバジャンを練習するとき、目当ての曲が収録されてるCD を探すのが難しいときとかあるので。

先生がいたら先生にうたってもらって録音すればいい話なんですけど。


人気曲ばかり集めてあるので、みてたらつい歌いたくなります。


ラーマスミラマナ、ラ~マスミラマナ ♪
    ラマスミラマナ ラ~~~~~~~~ム ♪

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【2011/07/28 01:49】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アマチ(アンマ)IN 宮城
来日中のインドの女性聖者アマチ(アンマ)が、今日、急遽予定変更して宮城を訪れてるみたいです。

アマチの訪問先は宮城県多賀城市総合体育館で、住所は 多賀城市下馬(けま)5丁目9-3 と、ツイートがありました。

ツイートにかかれてた予定では12時半に訪問らしく、そろそろダルシャンが始まるのかな?といったところ。

ご近所の方でもし興味のある人は行かれてみてはいかがでしょう。

速報でした。

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【2011/07/25 14:19】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(0) |
バンガロールに行ってきました。
昨日の土曜日はバンガロールに行ってきましたー。

なんか、バンガロールでは毎週土曜にインド在住の日本人の子供向けの補習校が行なわれているので、
それに行ってみたという訳です。

前日の夜に決めて、急遽タクシーを予約して、
朝5時にプッタパルティを出発しました。

補習校は9時スタートということで、3時間半もみてればいいかなと思ったんですが、
2時間半で、補習校の行なわれるカナディアンインターナショナルスクールにつきました。

道路が整備されてほんとにバンガロールへの行き来が楽になりました。
(カナディアンインターナショナルスクールはプッタパルティからバンガロールに行く手前)

小道みたいなのを入ってって、林みたいな中を1、4キロだったか進んでいって、
その奥に学校はありました。

カナディアンインターナショナルスクールはきれいで広々した学校でした。
補習校はここの一部を借りて行なわれてるわけです。

早くつきすぎたし、また通りに戻って朝食を食べに行きました。

プッタに比べるとバンガロールはやっぱり涼しい、、、というか、寒かったです。

でもそのうち日が高く昇ると暖かくなってきました。


朝食を食べて学校に戻って、
それでもまだ早かったので構内を見学しました。

遊具があったので主名に遊んだら?というと、
「何で遊ばないといけないんだよ~」とか言うので、

この後公園に行って遊ぶとかいってたやん。
ここで遊べば?
と言ったら、

「じゃあ、もう公園にいかなくていい」

とかいいました。

なんか、勝手に遊んで誰かに怒られたら怖いと思ってるみたいだったので、
「僕が遊びたいっていってるって言わないでね」
とかいってえらくびびってる主名をほうっておいて、
近くで仕事してた学校関係者に子供が遊具で遊んでいいかとか聞いたらいいと言ったので、

「いいってよ~~~」

と呼んでも遠くで様子を見てなかなか来なかったので、
半分怒り気味に呼んで、来させて、遊ばせました。

プッタパルティで遊んでたらセバダルとかに頭ごなしに怒られることが多いので、ちょっとトラウマになって萎縮してるのかも?

で、主名はぎこちなくちょっと遊んで遊ぶのを終わりました。
きれいな学校だったから主名のインド人マインドがビビッてたのだろうか。
他の子が遊んでたらまだ違ったかもしれないけど。

それとも格好つけてたのか?


日本人がちらほら来だしてたので、
私たちも教室に行きました。

前の日に連絡してくれてた責任者?の人も来てて、挨拶したり、説明や案内を受けたりしました。

あいにくこの日は小学校2年生担当の先生がお休みだったので、主名は授業は受けなかったのですが、
日本語の本やマンガがあったので私も主名も読みふけりました。

私も久しぶりに一般日本人と話ができて楽しかったです。

バンガロールの日本企業の駐在員や、インド人と結婚してバンガロールに住んでる人とかが来てました。

プッタパルティから2時間半かけてきたと言うと他の人たちはうわーとか言っていました。
今までそんなに遠くから来る人はいなかったとのこと。

わたしは2時間半で着いて、むちゃくちゃ早いなーと思ってたんですが。

ただ、途中で、わたしと主名の声が他の人たちよりもやけに粗野で大きいような気がしたんですけど、調整できなかった。笑


来てた保護者の方たちにバンガロールの歯医者情報とかも教えてもらって、日本語の本も貸し出しもしてたので主名とわたしは3冊ずつ借りて、

12時くらいだったかに学校から帰りました。

その後、主名の希望で学校から15分くらいのところにあるマクドナルドに行ってべジバーガーのハッピーセットを食べ、

(わたし的には食堂のドーサのほうがおいしい。でもマクドナルドはマクド(関西は「マクド」だった)でバイトしてた高校時代とかを思い出す。家はマクロビして玄米菜食だったのに私は焼肉屋やマクドでバイトしてたのは今思えば不思議。)

その後、マクドナルドが入ってるショッピングモールで買い物を存分に楽しみました。
おもちゃ屋さんに行ったらなぜか水中眼鏡が売ってたので、前々からほしかったし買いました。

家電売り場とかもうろつきまわって楽しみました。
こういう、壊れたり汚れたりしてないきれいな品物がたくさんある場所にいるだけで癒やされる。笑

ファブインディア(インドでインド人にも外人にも人気のファブリック製品などのチェーン店)もあったので、
パンジャビスーツいくつかとサリーを何枚か買いました。

バンガロールに行く前の晩に、翌日何を着ていこうかと手持ちの服をバンガロールの目線で見たら絶望的だったので、
まともな普段着が必要だと思ってこの際、買っときました。

(結局、破れてた服を何枚か縫って修繕してバンガロールに着て行きました。ちょっとくらい破れてても気にしてなかった)


その後、その隣の総合病院で差し歯を作った話を補習校で聞いたので、行ってみましたが歯医者は入ってないとのことだったので、やはり補習校で聞いた、日本人がよく行くというバンガロール中心地の個人の歯医者に今から行ってもいいかと聞いたらだめだったので、翌週の土曜の午後2時にそこに予約を入れて、
総合病院のカフェでお茶を飲みました。
ご飯を食べてる人もいたけどなかなかおいしそうでした。

差し歯はもう2年くらい壊れてて、プッタパルティでは抜歯は出来ても新しい差し歯とかは作れないので、
しょうがないから破片を自分でアロンアルファでくっつけてるという。
1~2ヶ月に一回その破片がぽろっと取れるので、それをまたインド版アロンアルファ(スーパーグルー)で接着、、、と言う状態なんですが、

タクシーで片道3時間かけて歯医者のためだけにバンガロールに通うのは(列車やバスだともっとかかる)大変すぎて割に合わない感じがして、そうこうしてる間に2年たちました。

主名のバンガロールの日本語の補習校参加と組み合わせてだったらバンガロールの歯医者に通ってもいいかなと思ったので、この際、歯医者も行くことにしました。


それにしても、歯医者はなかったけど、総合病院はきれいでした。
コロンビアエイシア?とかいう総合病院で、内装は深い緑を貴重としたモダンなデザインで、病院スタッフの制服も同じ緑でそろってました。

いすとかも広々した感じで配置してあって、絵と言うか、カラフルな作品もあちこちの壁に並んでて、病院の重苦しさや緊張感を感じさせないさわやかで風通しのいい雰囲気でした。

プッタパルティのジェネラルホスピタルもこういうデザインにしたらいいのにな~。


その後、また、しつこくマクドナルドの入ってるショッピングモールに戻って、思い残すことがないように、悔いのないようにして(デパートとかに飢えてるんです。笑)6時前くらいにバンガロールを出発し、8時半くらいにプッタパルティに到着しました。

帰り、一回主名が車に酔って吐きましたけど、わたしも主名も楽しい気分で帰ってきました。

広々してきれいな学校も見れて、近代的な町並みも見れて、たくさんのやさしい日本人と話が出来て、いい気分転換になりました。



帰って来てからチトラバティーロードの食堂に夕食を食べに行ったんですが、
「ぼくは、どうしてこんなに汚いところにいるんだろう?」と、まだバンガロール気分の主名は自問自答していました。

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【2011/07/24 22:31】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
「日本のカルマ解消のためのプージャ2回目INチダムバラム」実行決定のお知らせ
日本のカルマ解消プージャ第2回INチダムバラムのお知らせです。

今日、8月13日からの日本のカルマ解消プージャINチダムバラムも完全な形で実行できる運びとなりましたのでここでもご報告します。

実行できることが決まってよかったです。

以下、だいたい占星術代行ショップブログ
http://blog.premasai-jyoti.shop-pro.jp/
からの転載です。↓

プージャの具体的な内容について。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



次は南インドのチダムバラムなどで予定してます。

去年12月にアールッドラダルシャナムプージャをした濃いお寺とその周辺です。



日程は8月13日のシュラヴァナ(日本のバーススターと同じ日)の満月の日のスタートで考えてます。



初日にはチダムバラムテンプルで牛のプージャと象のプージャとガネーシャホーマムをし、

2日目にはやはりチダムバラムテンプルでのルッドラホーマム、

その日の夜からワナドゥルガテンプルでチャンディホーマム1日目、
翌日は同じ寺でチャンディホーマム2日目、

その次の日からはプラーナイーシュワラテンプル(ティルマンガラクディテンプル)やコーディーシュワランテンプルでのホーマム、

最終日はまたチダムバラムテンプル、という感じの11日間のプログラムを寺のほうに提案してます。


日本のプージャ1回目のアルナーチャレーシュワラテンプルのときも初めの2日間と最終日だけアルナーチャレーシュワラテンプルでしたのですが、
今度のチダムバラムもそんな感じになると思います。

これはなぜかというと、どっちも超有名な寺なので、11日間ずっとプライベートに貸しきり状態にしようとしても、いろいろ問題がおきてきてややこしくなってきて無理だからです。

カウプージャは牛の親子にプージャして、その牛を誰かにプレゼントする儀式です。カルマ解消にすごくいいんだそうです。

ガジャプージャと呼ばれる象のプージャは私もなんだかよくわからないのですが、象を手配して寺に連れてくるつもりみたいですが、
寺側が象が暴れたりしないかちょっと恐れてるそうです。

なので、もし手配するなら寺からちょっと離れた空き地みたいなところでするかもということでした。


チャンディホーマム予定のワナドゥルガーテンプルの「ワナ」は「森」という意味だそうです。
森の中の寺だそうです。
といっても南インドの森だから低木で明るいんじゃないかと思いますが。
どんなお寺かちょっと楽しみです。


プラーナイーシュワラテンプル(ティルマンガラクディテンプル)は、ナヴァグラハプージャのときに最初にホーマムをした、ナヴァグラハテンプルすべてにプラーナを与えたシヴァのテンプルです。

ここはお坊さんたちもいいかんじでお寺もいい感じで好印象でした。

またじきにその時の写真や動画もアップしようと思います。


コーディーシュワランテンプルは、日本のプージャINアルナーチャラの前にプージャがスムーズにいくように私自身のカルマ解消のために行ったドゥルガーテンプルの帰り道に寄ったお寺です。

この寺はカルマ解消をするのに最適な寺ということが聖典にも書かれてる、とても由緒ある寺なんだけど、サンスクリットで書かれてるのであまり一般には知られてないらしいのでいつもひっそりしてる。
けど、とてもパワフルなお寺、ということでした。

月の祖父だとかいう聖者の像があったりしました。

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【2011/07/20 01:32】 | 日本のカルマ解消のためのプージャ | トラックバック(0) | コメント(2) |
まさか今年死ぬとは思わなかった。
夕方、ハヌマーンテンプルでのガネーシャアビシェーカムに行ったんですけど、まだ始まらなさそうだったのでアシュラムに戻ってアルティをみました。

アルティを見ながら、なんというか、まさか、サイババ死ぬとは思わなかったなーと思いました。

今さらですけど、まさか今年亡くなるとは思わなかったですよー。

だって90何歳かまで生きてチトラバティ側の中に最後は自ら入っていくというババ本人の言葉がありましたから。

チトラバティ川は水が干上がってる時多いし、汚いし、
あと10年でババが入水できるようになるのかな?できるようにしなけりゃいけないんだろうな?とか思ってましたもの。

それがまさか病院で亡くなるとはね~。

ババの遺体を見ることになるとはホント夢にも思いませんでした。


皆、ババにしてやられたというとこでしょうか。。。?
うっかり死んじゃったにしては、太陰暦での数え方が亡くなる年齢にぴったり過ぎますもんね。

ババは死ぬタイミングを誰も把握できないようにみんなをかく乱しつつ亡くなったというとこでしょうか。


最後のほうのダルシャンの、ババが合掌した姿、
あれを見てもみんなたいして何にも思わなかったですもんね。

「なんだあれ?」
と一瞬思ったくらいで。


後から思えば明確なサインと取れますけど、
その瞬間、状況を把握してるのはやはりババひとりだけだったのでしょう。


新しいサマーディーになってお参りしたら、生前のババよりも遺体のババにおまいりした感覚がよみがえってきます。
あの時も同じように列になって一人ひとりお参りしてたので。

その先にあったものが日に日に黒ずんでいくババの遺体だったのが、今は真っ白なサマーディーに変わってますけど。


いやでも、ババの遺体におまいり、というのはちょっと、強烈でしたよね。
良くも悪くも一生忘れられないでしょうね。

しかも今しかないと思って目に焼き付けようと、がんばって凝視しつつ10回くらいお参りしたもんですから。


目に焼きついてますよ。笑

いや~、強烈だな、、、

と、今になって思います。



その後またハヌマーンテンプルに行ってプージャに参加し、
ウエスタンで夕食を食べ、(今日のラザニアはとろとろしておいしかった)

ネットカフェに来てます。


主名には毎日漢字ドリルをやらせてて、今日はたくさんやらせたので途中で泣きが入ったり、
現実逃避してしばらく横たわったりしてましたが、
今は主名は出した課題を全部終えて、ユーチューブでウルトラマンナイスとかいうよくわからんのを見ています。

いまはアンパンマンの「ばいきんまんとアマモグラ」

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【2011/07/19 01:15】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ウエスタンキャンティーン
最近有能なお手伝いさんに来てもらってて、依存度が日に日に高まってるんですけど(笑)
おかげでこんな私でもまともな(?)生活が送れています。

で、いつもは午後2時くらいに来てもらって1時間くらいで掃除とかしてもらってるんですけど、
今日はいきなり何を思ったかお手伝いさんは朝10時に来て働いてました。

しかし彼女の仕事が速いのには感心します。

私がお湯を沸かしてお茶一杯入れてる間に3つくらいの仕事を同時進行で行って、昨日から彼女の申し出で洗濯も任せてるんですが、

3つくらいの部屋にほうきをかけて雑巾で床を拭いて、洗濯物10枚くらい(シーツ含む)を手洗いで洗って干して、食器も洗って、
バスルームも掃除して、洗面台の水垢も掃除して、
バルコニー?の床も掃いて、植物に水をやって、アパートの共用部分の階段も掃いて、

それらを2時間でやってました。いつもは1時間で済ますんですが、
今日は洗濯物が多かったからか2時間。

彼女、いつもは仕事が少なくて30分くらいで全部終わってしまう時もあり、手持ち無沙汰気味なのですが、
洗濯物を洗うのを任せたら動きが加速しました。
体を動かすのが好きみたいです。


私はどっちかというと縦のものを横にもしない感じに最近なってきてるんですけど、
部屋に知人に譲り受けた姿見があるんですけど、
それも壁に取り付けずに壁に立てかけたままにしてるので、
お手伝いさんの彼女に

「あなたはまずこの仕事をしないと。これが倒れたら割れる」といわれ、
「そうね、ははは」と笑ったら彼女もわたしのダメぶりに笑ってました。

たぶん、洗面台のところの支えがもげて傾いた、ものを置く場所もすごく気になってるはず。
私も気になってるけど放置してるという。


でもこういう、きびきび動いてる人が近くにいたら私も感化されて少し働けるような気になってきて、
久しぶりに作業がはかどりました。

ありがたいこと。


昼は子供をつれてウエスタンキャンティーンに行きました。
パエーリャ?があって、珍しい、と思って取ってみたけど、米が半生な部分があって、もひとつでした。

会計のお姉さんのとこに別のキャンティーンスタッフがマグカップに入ったカプチーノを運んできてて、
「お?」
と思ったんですけど、
席に着いたら別の人のところにもそのスタッフがマグカップに入ったレモンティーを運んできてたので、
呼び止めて、注文できるのか聞いたら出来るみたいだったので、
会計でお金を払って注文番号の札をもらって注文しました。

こんな新しいシステムが始まってたなんて知らなかった~。

お姉ちゃんが私のところにもレモンティーを運んできてくれて、感動~。。。

人口密度が少なくなると、こういういいこともあるんだなあ。


今までは人が多すぎて、忙しすぎていつも皆カリカリしてて、理不尽にしかりつけられたり、そこここで怒鳴りあいのけんかが始まることも珍しくなかった時には正直恐ろしかったウエスタンキャンティーン。


なので心がすさんだ時や弱気になった時にはあえてアシュラムの外のチベッタンレストランとかに行って、
お店の人がご飯を運んできてくれる(理不尽に叱り飛ばされたりしない!おつりの間違いを指摘して逆切れされたりしない!)
ゆっくりしたやさしい時間に逃避したりもしました。

でも今は人が少なくなったので、カリカリしたり切羽詰って爆発する理由も少なくなって、
キャンティーンスタッフの人たちも自分の仕事をゆったりと味わって楽しんでいるように見受けられます。
怒る人やキレる人が格段に少なくなった。

余裕があるって大事だなあ。


ゆったりした時間が流れている。

あ~~~、人間らしい暮らしという感じ。

運んできてくれたマグカップに入ったレモンティを飲んで、
異常に満ち足りた気分になりました。

ここでこういう時間が味わえるようになるとはなあ。。。

ブラックティ(ミルクなしの紅茶)のほかに、エスプレッソやカプチーノ、ホットチョコレート(ココア)なんかが注文できるみたいです。


肉体を去ったグルのアシュラムということで、
この前ティルヴァンナマライのラマナアシュラムにしばらく泊まったのですが、
サイババアシュラムもしだいにああゆう、余裕があるいい感じになっていくんだろうなあ、と、2つのアシュラムの雰囲気の重なってゆく部分が見えた気がしました。

同時に、グルが肉体を持っている時の強烈さも思い知らされたような気もしました。

強烈だったなあ、、、と。

いまだに今の人口密度が減ってゆったりした状況と、サイババが生きてた時の激しく強烈なアシュラムの状況とが自分の中でうまく収まるべきところに収まって整理がついてないようなところがあるんですけど、
いつも何かにつけてその2つの状況の差異を自分の中で思い比べて味わっています。

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【2011/07/18 19:08】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
う~ん、サイババマハーサマディ~。
最近なんかいろんな境目がぐちゃぐちゃになりつつある感じで、
ぐちゃぐちゃにならないように、あるべき状態でいなければ、みたいな気持ちもあったのですが、
もういいや~~~~と思ってなんか脱力しました。

しかし今日起きたらなにか抜けた感じで、安定してすっきりと落ち着いていました。

抵抗をやめたのが良かったのかなあ?
負けるのも大事ですね。


そしたら何か色々ささやかながら動き出した感もあり、
同時に、ソファーからパソコンがガン!と落ちて、そこに刺さってたモバイルブロードバンドが成仏しました。


というわけで、ネットカフェからです。



今日の夕方、バジャンの最後のほうにアシュラムに行って、男性側のホールの外からババのサマディを見てたのですが、
なあんか泣けて泣けてしょうがなく、涙が止まりませんでした。

なんだか感傷的なモードに入ってるのかなあ?という風にも思いましたが、

自分でなぜかと考えてみると、
ババがなくなった直後はごたごたしてて必死で、張り詰めてたのかもしれないなというのと、
亡くなったこと自体には喪失感や悲しみはあまり感じなかったのですが、
その後こうして立派なサマーディー(お墓)が作られて、

それに対して皆気持ちをあわせてバジャンを捧げてるというシチュエーションが、なんか痛みを起こしてるような気がしました。

もしサマーディが作られず、ババを思い起こすものが何もなかったらそれはそれでさっぱりしてOKだったと思うのですが、
サマーディができて、それにバジャンを捧げてるシチュエーションはやはりババが生きてた頃とは状況が違うので、
その差異がなにか自分には「全然違うよな~、、、くっ、、、いたっ!、、」という痛みとして感じられるような気がしました。

ババはその墓じゃないのに、なんでみんな墓をみてるんだ?みたいな。


でもその墓(サマーディ)は白くてきれいで立派なので、
ババがそういう白くてきれいなお墓の下に埋葬されて、ババがかつて愛を与えたたくさんの人たちに今こうやって歌を捧げられている様子には同時に大きな感動も覚えます。

きっと今後もここを訪れる人が絶えることはないんでしょう。


たくさんとめどなく涙が出るということは、
自分でも気がつかなかったようなさまざまなレベルの私の不純なものがババの肉体の死と共に葬られ、
洗い流されているんだろうなという気もしました。


まだ肉体を持ったババの印象のほうが強すぎて、
肉体を去ったババが私の中に改めて立ち上がってくるにはまだもう少し時間が必要な気もします。


ババの肉体の昇天と共に、
わたしのさまざまな癒着や執着や雑念、固定観念のようなものも一緒に昇華していけばいいなあと思いました。

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【2011/07/18 00:46】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
知人のブログ「まいにちVegi」のご紹介
知人kcm-29さんのベジタリアン料理ブログ「まいにちVegi」です。


まいにちVegi


毎日の料理が負担にならない簡単な菜食のおかずや、食材など、あれやこれや、、、

ということで、ブログを拝見するとこんな私でも「これ、作ってみようかな?」と気軽に思わせてくれる、
一見敷居が低そうなハイテクブログです(!?)

ほんと、料理したくなりました。

味噌も、つくりたくなった。

インドでも作れますよね。味噌。


ネハ#12441;ネハ#12441;和え[1]
「まいにちVegi」より、ネバネバな具材ばかりを和えた「ネバネバ和え」

キノコこ#12441;飯[1]
おなじく「まいにちVegi」より 「簡単キノコご飯 」


料理か~。

ついでにフードマントラのご紹介。。。(←あ、食べるほうに回った!)


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


(カタカナはあくまで参考程度)

唱えるときは普通、最初に「OM」と言ってから唱え始めてます。

http://www.sathyasai.org/devotion/prayers/brahmar.html
(↑インターナショナルサイオーガニゼーションのサイトを参照させていただきました。音声もあります。)

Brahmarpanam Brahma Havir (ブラムハールパナム ブラムマハヴィル)
Brahmagnau Brahmana Hutam(ブラムハーグナウ ブラムハナーフタム)

Brahmaiva Tena Ghantavyam(ブラムマイヴァテーナ ガンターヴャーム)
Brahmakarma Samadhinaha (ブラムハカルマ サマーディナー)

Aham Vaishvanaro Bhutva(アーハム バイシュワーナロー ブットヮーー)
Praninaam Dehamaa Ashritaha (プラーニナム デーハマー シュリタハ)

Prana Pana Samayuktah(プラーナー パーナ サマーユクタハー)
Pachamyannam Chaturvidham(パチャーミャンナム チャトゥルヴィダム)



※Brahmaはブラムハーと発音したり、ブラムマーと発音したり、人によって違いますが、ブラフマーではないと思います。
hmと続くときにはmhと入れ替えて発音する法則がサンスクリット語にはあるそうです。

このマントラは食前のマントラとして有名ですが、
実際、あらゆる場面に対応する根本的なマントラなんだろうなと思います。

特に前半、なんもかんもみんな神様だよ!みたいなマントラですもんね。

このマントラ、後半は視点が変わるからぞくっとします。

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【2011/07/17 03:18】 | 他ブログ紹介 | トラックバック(0) | コメント(0) |
グルプールニマの日に
昨日はグルプールニマでした。

なぜか夜通し起きてしまって、ここ数日かなり精神状態がどろどろしてよくなかったのですが、
夜通しおきたら妙にすっきりして、
今思えば満月の影響があったのかもしれないですけど、
軽く躁?笑

で、物事を始めるのにも適したタイミングだったので、早朝にミクシィでプレマサイコミュ立ち上げてみたり、(立ち上げるのは簡単ですよね。数分でできる)

あと、部屋にある一番おおきなサイババの写真を起動させたりして、(マントラ唱えてターメリックペーストやクムクムパウダーをつけたりする)

それから朝8時くらいに寝ました。

10時くらいにおきて、
アシュラムに行きました。

プログラムは8時くらいからやってたと思いますけど、
リニューアルオープンしたサマーディにおまいりできるのは9時半からと聞いてたので、
どうせ昼くらいまでかかるだろうし、
11時くらいに行けば上等と思って、11時過ぎくらいに行きました。

そしたらまだものすごい人で、
どこからこんなに集まったんだとびっくりしました。

男性側のホールの外の通路も通れないくらいの人ごみで、
子供は一応男性側に並ばせて、私は女性側に行きました。

そしたら階段からホールには入れないようで、
人があふれてましたけど、
セバダルがプールナチャンドラホールにまわるように言ったのでほかの人たちについてプールナチャンドラホールのほうにぐるっと回りました。

そこもしまってたんですけど、しばらくしたらシャッターが上げられたので中に入りました。

中も結構人がいっぱいで、
まあでもそこらへんに座って様子を見てたのですが、
サイクルワントホールへの出口に人が詰め掛けてましたけど動く様子もなかったので、

ほかの人に習って、床に転がって寝ました。笑

次に目を覚ましたらすでに1時で、1時間熟睡してました。

見ると、人ごみが動き出してサイクルワントホールに順番に入って行ってるようだったので
私も立ち上がって列に加わりました。

スムーズにホールの中に入って、新しくなったサマーディにおまいりしました。

正面に晩年のババの大きな写真がありました。
以前はサマーディは花がたくさん盛られて古墳みたいになってましたけど、
新しいのは白い石棺がすえられていわゆる聖者のサマーディー風になってました。
おくの両サイドになんかモダンアート的なオブジェか照明か知らないけど縦に細長い黄色っぽい物が置かれてあって、
何だあれ?と思いました。


石棺があってもババの肉体は地下深くに埋められたんですよね。
知らなかったら石棺の中にあるような気がしますよね。
でもそれでいいのかな?いいんでしょうね。

工事して、ガラッとイメージが変わるのかと思ったら全体的なイメージはそんなに変わらない感じでした。

しかしなんか妙にむなしさを感じつつその場を去りました。

ババは肉体ではないと入っても、やっぱり肉体も通して関わっていたので、というのは見たり、声を聞いたり、
サイババの通る道を先回りして走っていって待ち伏せしたり。笑

やっぱりババの肉体がなくなってからは何らかの切り替えが自分で必要なんだなあといまさらながら思います。


夕食時のウエスタンキャンティーンでは小さな金の額入りのババの写真が配られていました。

ババの肉体を失った今、
この小さな品物がすごく嬉しくて感動しました。

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【2011/07/16 18:10】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
グルプールニマの日の早朝に。
最近、アシュラムにいても微妙にむなしい、、、

思わずプレマサイババコミュを立ち上げてしまいました。

blogPremaSai1304078849.jpg

参加者募集中です。(mixi 承認制)

http://mixi.jp/view_community.pl?id=5715486

画像はグーグルでさがしましたけど、サイババオブインディアのものをお借りしています。

ありがとうございます。



今日は2011年7月15日、グルプールニマです。

約6週間?サティアサイババサマーディは工事してましたけど、
今日の8時にはオープン(というのかな?)するそうです。

で、9時半から一人ひとりお参りさせてくれるそうです。


町はたくさんの椰子の葉やマンゴーの葉で飾られてます。

商店の人達、サイババ亡きあとも町が盛り上がってくれないと困るからかな?などと邪推したりして。


日本からの人も「これが最後かも」とか言いながらも、案外また何度も来るのかもしれないですね。


ハッピーグルプールニマ! (ちょっとむなしさは隠せないけど)

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【2011/07/15 08:21】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
日本の水を持ってきてもらえると助かります。
ちょっと言うのが遅かったんですけど、日本のカルマ解消プージャに日本の水が必要なので、
もし15日のグルプールニマにプッタパルティに来る人があれば、ペットボトルの水を1リットルとかスーツケースに入れて持ってきてもらえれば大変ありがたいです。
連絡いただければアシュラムの部屋などに取りに行って買い取らせていただきます。

プージャで使うそうです。

その国の水がプージャで浄化されればその国も浄化されるそうです。

ということで、日本の水を日本の工場で詰めた水が必要です。

外国の水を日本でボトルに詰めたのだと意味ないです。


6リットルくらいあれば十分みたいです。

もうちょっと早く言えばよかったな~。
もうすでにほとんどの人が来ちゃいましたもんね。


グルプールニマが終わってからでも、もしスーツケースに余裕がある場合、そういう、ペットボトル入りの日本の水を持ってきてもらえると助かります。

日本のカルマ解消プージャの2回目INチダムバラムは8月30日スタートの予定なので、お盆休みに持ってきてもらっても間に合います。

プージャの詳細はこちらです。
http://blog.premasai-jyoti.shop-pro.jp/

※当ブログは個人的な趣味のブログです。
まさか間違える人はいないと思いますけど、サイセンターの公式ブログとかではないです。

日本のカルマ解消プージャも有志がプライベートに行うもので、団体とかがするものではないです。
そりゃ、サイセンターの助けがあれば心強いですが、今のところそういう形式ではないです。


サイラム

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【2011/07/13 03:55】 | 日本のカルマ解消のためのプージャ | トラックバック(0) | コメント(2) |
エカダシ
今日はエカダシとかいう日で、アシュラムでもプログラムがありました。

最初のほうは私は行かなかったのですが、女性がヴェーダを唱える声が聞こえてきました。
その後バジャンになって、
その後はたぶんマハラーシュトラ州の子供たちのミュージカルみたいなのをやってました。

マハラーシュトラって、たしかムンバイとかあのへんじゃなかったっけ。

子供たちによる美しいダンスが繰り広げられていたのですが、やっぱり空虚な感覚を拭い去ることができませんでした。

やっぱりいい意味での緊張感のようなものがまるでないみたいに思えるし、
むなしい。。。

でもこういう、胸の中を風が吹き抜けるような空虚さは嫌いじゃないなと思いながら見てました。

劇で、神(ババ)の言葉で、わたしはあなたの中にも、外にも、横にも、上にも、下にもいたるところにいるのだ~、
みたいな言葉が流れて、

ああ~、ババがいなくなってからの劇はこういうことになるんだーと、軽く衝撃でした。
やっぱり、劇の内容も変わらざるを得ないですもんね。

ババが生きてた時は神やババをおおげさに褒め称えて、やんややんやの喝采で、みたいに劇の決めどころがパターン化してたけど、
そしてときには劇中の人物が前に座ってるババに直接語りかけるというパターンも最近多かったんだけど、
そういう手はもう使えないですもんね。

なんだかホールに集ってる人たちも、劇をしてる子供たちも、
どこに意識をおいていいのかわからずにまだ気持ちがさまよったままで眠ったように劇をして、それをみんなで見ているかのように思えました。

そしたらそのうちクリシュナ役が出てきて、ゴーピーたちとのくるくる回り続けるようなダンスのシーンになりました。
それはよかったです。

なんか、神のエネルギーが舞い降りてきて粒子がさらさらと細かく光りだした感じがした。


あぁ、、、とか思ってみてたら

突然工事中の正面の壁の上部にサイババの姿の影絵みたいなのが映し出されて
縦になったり横になったり、
動き回りました。

それを見てなぜかうおお、とこみ上げてくるものがあって泣けてきました。

サイババが死んで新しい写真ももう増えず、ビデオも昔の映像ばかりでやっぱり時が止まったような感じがしてて、

それがこのたんなるきり絵みたいな影絵が壁に映し出されて動き回っていただけで、生きてるババが自分の意志で動いてるのを見てるかのような感覚がよみがえってきたからでした。


ひょこひょこと動き回るきり絵の影絵に心をかき回されて、虚脱のエカダシプログラムは終わりました。笑

プラサードは揚げドーナツみたいなお菓子を配ってました。
私らは後ろのほうに座ってたのでもらえなかったのですが、インド人の知人のおばちゃんが分けてくれました。



やっぱり、生きてるババがいないということは、相当につまらないなと改めて思います。
見るもの全てから魂が抜けて形骸化したような感じがする。

それだけ、ババは全てに命を与えて輝かせていたんだろうと思います。



なんか、つまらないし、
マイソールにでも下見に行こうかな。笑

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【2011/07/12 00:36】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
動物と子供
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ウエスタンキャンティーンで夕食を食べ終わって出て行こうとしたら呼び止められた。

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色をつけたお米で絵を描くために子供の足型がほしいらしい。

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チョークで足の形を描き写している。

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猿が部屋の中からトマトとジャガイモを奪い去り、外で食べている。

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おいしいみたい。

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この猿は手ぶら。先の2匹が去った後に残ったのを食べていた。

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朝がおもちぎって食べている。おいしいのか?すっぱいんじゃないの?

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じっとしてればかわいくないこともない。網戸越しに撮影。

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超リラックス。

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こちらでは子供を捕まえた。

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一人で写真を撮ろうとすると嫌がるのに犬と撮るというとまともな顔に。

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犬。

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アシュラムの中の憩いスペース。売店も完備。

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翌日、子供の足型はこういう絵になっていました。

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祭壇に捧げられた絵。

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ウエスタンキャンティーン内の祭壇。ダルシャンが亡くなる直前にサイババがきめた合掌ポーズの手の写真が飾られています。

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【2011/07/11 01:59】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(2) |
アシュラムでの行事のアナウンスがありました。
なんか、今日の午後のバジャンのあとに長年サイババの通訳をしていたアニールクマールさんがアナウンスしていました。

バナナの木が飾ってあったので何かお祭りかな~?と思ってたのですが、明日はエカダシで、何かプログラムがあるそうです。マハラーシュトラの人たちが出し物するって言ってたかな?

アニールクマールさんは「ヴェリーエキサイティングなプログラムが!」とか言ってたけど、
どうしても、
「ババが来てなかったら何も興奮するようなことなんかないよなー」
と、比較しちゃうんですけど、
これがよその場所で、こういうプログラムに出くわしたら大喜びすると思います。

比較してしまうというのは仕方ないけど、
ババが死んだ後にはプッタパルティのプログラムはみんな抜け殻みたいに思えてしまうのはつまらないことかも。
しょうがないですけど。

あと、7月15日のグルプールニマの日に、新しいマハーサマディー(ババのお墓)が一般公開されるので、
みんな素晴らしいダルシャンを受けられる、みたいな事も言ってました。

14~16日の3日間はそれ用の特別プログラムがあるそうです。

スーフィーの出し物もあるらしい。
後、タミルナドゥのバルビカスの子供たちやババの学生も何かやるといってたと思います。

いやあ、行事の時の狂気がババが生きてた時とは比べ物にならないくらい落ち着いたのはいいですけど、
やっぱ、つまんないですよね。

やっぱ、これは生きてるサイババをみてしまった副作用か。

でも、去年グルプルニマ直前にシルディ村に行ってシルディババのサマーディーにお参りしたときも相当群集は興奮してたから、
プッタパルティもサティアサイババの肉体がないことをスタート地点とした人たちのフレッシュな興奮がじきにかもしだされてくるのかな。

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【2011/07/10 22:40】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
シルディ土産
グルプールニマが近いので、だいぶ人が増えてきました。

とはいってもババが生きてたころの熱気や興奮とは無縁の静かなものです。
落ち着いてるので疲れはしないですが、今日の午後のバジャンでアルティを見てて、
なんか、つまらないなーという気持ちは否めませんでした。

ダルシャン中に何が起こるかわからないようなスリルはなくなったわけで。

ババの一挙一動をみんなが食い入るように見てたあのものすごい集中力などまるでありません。
あるいみ異常な場だったわけですが、
こ、、、これはすごい、、、とこんなに身をもって根底から体感できる場というのはそうなかったなと思います。

しょせん肉体、されど肉体。
ババの肉体を私たちが失ったからといって、私としては喪失感のようなものはないですが、
肉体のあるダルシャンとないダルシャンの違いというのはすごく感じます。


ここしばらく疲れてどよ~んとしてましたが、
昨日はシルディ村に行ってた知人にシルディのお土産をなんやかんやもらいました。

そういえば初めてシルディ村に行ったのは去年のちょうど今頃でした。
グルプルニマ直前に、デリーからの帰りに途中下車してシルディに一泊だけしてきたので。

あの時も、同じサイババでも肉体を持ってるのと持ってないのを短期間でそれぞれ体験したわけですが、
やっぱり、肉体を持ってるということはすごいと思いました。
やっぱりすごく場や空間がみずみずしいというか。

あのときに、まさか翌年のグルプールニマにはサティアサイババも肉体を持たないことになるとは夢にも思いませんでしたが。


しかし去年シルディに行ったことは心に残るよい経験で、
昨日シルディから戻ってきた知人もよかったと言っていました。

場所を変える、というのはたまにはいいですもんね。


プッタパルティのよさも、よそに行って戻ってきたときに体感できるようになるのでしょう。



しかし知人は久しぶりに訪れたシルディ村が様変わりしたことに驚いていました。

私は去年が初めてだったので、もう変わった後に行ったからわからないのですが、
ここ数年でずいぶん雰囲気が変わって開発されたようです。

なんでも、政府の管轄になってからそういう風に開発されて変わったとのこと。



プッタパルティはまだトラストが管理してて、見た目はアシュラムもその周辺もババがなくなったあとに大きく変わったということはないですが、
政府の管轄になるとそんなに雰囲気変わるんですね。



こないだラマナアシュラムで買って来たラマナの日本語の本読んでますが、
やっぱいいですね。なにか予想外の角度からグッとえぐって来るというか。
ラマナマハルシというフィルターは清冽ですばらしいですね。

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【2011/07/10 01:46】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ぐったりと考えること
アルナーチャラでの日本のプージャ後、私自身かなり疲弊しています。

実際、疲弊なのか、作り変えの過程なのかよくわからないですが、ぐったりして動きが鈍ってるのは事実。



自分自身にこもりたい衝動がありますけど、こもりたいというか、まるごと邪魔されずに自分自身でいたいというか。

独身のときは実際にこもってみたときもありますが、そしてそれは自分が何かを生み出すときには必要な状態だったのですが、

今は子供が常に干渉してくるし、切り離すことができないので自然と、常にエネルギーがもれてるような状態。

まだ、大人が2人以上でこどもを見てれば交代で、自分自身になれる、丸ごとの状態になれる時間を持てると思うのですが、

わたしはひとりでみてるので、たとえ子供が遊びに行っててもエネルギーはつながってていつも漏れてる感じがします。


この前の日本のプージャのときは丸ごとに、子供という弱みのない状態で参加する必要を感じたので母に来てもらって子供を預けていきましたが、

調整のために心底もう3~4日いてほしかったのですが、母と弟はわたしがプージャから帰ってきた翌日にもう帰ってしまったので、プージャのときの気を張った状態から日常に戻ってきて子供ももどってきたときにギャップがうまく調整できてなくて、いまだにうまく自分の日常が再開してない感じがします。


いろんな面で私の暮らしぶりは無理があるようなないような、余裕があるんだか無いんだか、よくわからないものですが、
子供をひとりでずっとみるのは気分的に大変というのは言えるかなと思います。

とはいっても誰かいたらそれはそれでたぶんまた私は混乱するんですけども。


こういう自分の性質は分かってたので、結婚時には私が自由に動ける状態をサポートしてくれることを条件にという、まあ、伝統的なサイババお勧めのインド文化からするとありえない結婚条件で結婚したのですが、日本人だし相手もいいよというのでOkでしたが、

ついてこれる人と思ってたけど残念ながらついてこれてないという。


最近インド占星術に関わることも多く、相性鑑定を見ることもあるので、結婚て。。。とか、インド占星術の観点で思うことも多いです。

結婚の形態を維持することと、神に集中することは矛盾することではないんでしょうけど、バランスをとることはむずかしいですよね?少なくとも私にとっては。

なにもかもスッとうまくいくなら生まれてくる必要性もなかったのかもしれないですけど。


しかし、たとえ内実がどうであれ結婚形態を維持することで利益になることはここインドでは非常に多く、逆に言うと結婚形態を維持(有力な保護者としてのだんなの姿が周囲に認識されている状況を維持)してないと特にインド人を交えての交友関係において不利益があからさまというか。


私なんかここでは外人だし、さまざまな場面で政治的に地位を上げる必要性とかを感じなければ(夫婦ってひとつの政党みたいとインドで思うようになりました)基本的にすべてから蚊帳の外なので、気にしなきゃ平気レベルで、実際平気で気楽なんですけど、
子供の世話だけはね~~~、物理的にも気分的にも一人より複数でしたほうが楽とは思います。

そういうことなどがうだうだと脳裏に浮かぶわけですね。


でも自分の場合はやっぱり伝統的な感じの、夫唱婦随みたいなのには、はまれないし、はまったら精神病んで発狂すると思います。(「今は精神まともと思ってるのか?」とかいう声は無視。)



やっぱり、自分がこの世界で発狂せずに、鬱にもならずに生きていくためには神へ意識を向けてそっちで調整してもらわないことには、自分でどうこうしようと思ってもいつまでたってもつじつまが合わないと思います。

たぶん、誰もがそれぞれの利益と損失のバランスを取りながら隣の芝を見ながらもしくは目隠しして自己満足して生きているんでしょうか。



でもそういうのを超えた広々とした状態はあるはずですよねたぶん。


今自分にできることといえば、
今のこの状態じゃなくなったときにこれがよかったと思いを残さないよう、今の状態を味わうことでしょうか。

テーマ:「生きている」ということ - ジャンル:心と身体

【2011/07/09 19:43】 | 結婚など | トラックバック(0) | コメント(0) |
見に来てくれた人のブログ
ここのブログを訪問してくださってる方たちの中で、その人自身のブログがある場合、それをこっちからもたどって見ることもできます。

なんか、その人が見れないように設定してたら見れないと思いますが。
(私は記録残さないように設定してたと思います)

暇があるときなんかにはよくそういう記録をたどって行って読んだりしてます。

こういう人がここを見に来てるのかーとか思いながら。

楽しみの一つです。


わたしはややこしいとこがあって、他人のエネルギーが入ってくると極端に混乱するときがあるので、相互リンクなどには慎重になってて、ほとんどしてないのでなんというか、愛想なくてもうしわけないですが、

こっちから発信するだけじゃなくて縁あってつながったとこの情報を読むのは楽しいです。
ひそかに読んでます。笑

テーマ:ありがとう - ジャンル:心と身体

【2011/07/09 06:20】 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プージャ疲れ
プージャから戻ってきてさすがにいろいろ疲れがでてぐったりしています。


プッタパルティの気候は涼しくてすごしやすいです。

グルプールニマも近いし、グループで来てる国もあります。

青年大会とかも開かれるんですかね。

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/07/08 19:52】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プッタパルティに戻ってきました。
7月1日になったばかりの夜中にアルナーチャラ(ティルヴァンナマライ)のプージャ旅行からプッタパルティに戻ってきました。

2日の今日、プッタパルティで子供の世話を頼んでた母と弟は早速帰国しました。

夕方は雨がザッと降ったのでとても涼しくって、肌寒いくらいです。


今回の日本のプージャの動画、
ユーチューブへのアップロードがようやく初めて成功したので4日目のプージャの様子をちょっとご紹介。



処女へのプージャ(カンニャプージャ)、独身男性へのプージャ(ブラフマチャーリヤプージャ)、母親へのプージャ、夫婦へのプージャなども22日に行われました。

ブラフマチャーリヤの青年たちはプージャに携わってるお坊さんたちです。

処女プージャ(カンニャプージャ)をうける女の子たちが真剣な面持ちなんだけど、笑いそうでかわいい。






こちらはチャンディーホーマム(女神へのホーマム)のクライマックスの様子。

大きな護摩壇の中で燃える炎にギーに浸したシルクのサリーや各種穀物、フルーツなどが次々と捧げられます。



写真は多分このアドレスから見れると思うけど。。

https://picasaweb.google.com/100945939409128691746


写真のアルバムの中にも時々動画もアップされています。

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【2011/07/02 22:21】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(3) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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