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今日も雨が降ってきました。
今日も先ほどから雨が降ってきました。

雨のときはなにか天と地が和合してつながっている感じがします。

雨が天と地をつなぐように、すべての分離が癒されますように。
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テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2011/12/31 18:17】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
夜まで雨でした
今日は結局夜まで雨っぽかったです。

夕方は、なんでそこにいたか覚えていないのですが(←大丈夫か!?)芝生のところでヴェーダを聞いて、
一緒に唱えていました。
今日はルッドラムのほかにはヒランニャガルバスークタムをやってました。
これも、好きなんだけど、テキストなしではついて行けないので聞いていました。

今日っていったい私はなにをしてたんだっけ?


夜、同居人がラザニア、トロトロでおいしかったというので私もウエスタンキャンティーンに食べに行きました。

なるほど、おいしかったです。
いつものよりトマトソースみたいなのが味がよかったです。

まあ、同居人がいると他愛のないことでも日本語で気軽にしゃべれるというのがいいですね。

やっぱ、日本語をしゃべったり書いたりって精神衛生上必要と思います。

今、特に日本人すごく少ないし。
年末年始だというのに、やっぱ日本から来る人減ったんですね。

いつもなら日本からツアー来てたもんね。



しかし先日実家に電話したら、子供は寒いからといって布団から出てこなくて電話にもでなかったです。
すさまじく早い親離れ。

まだ8歳なんだけど。いいのかな?

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2011/12/31 00:58】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
珍しく雨が降っています。
今日は珍しく雨がしとしと降っています。

涼しくって、空気も柔らかくって、とてもやさしい、霧に包まれるような大気の状態です。

日本の湿潤な大気が日本人のわたしの根本にはあると思うので、
こういう空気のときはなんとなくしんみりします。


おとといも昨日も午後のバジャンのときにはプラサードが配られていました。
オリッサの人たちってもう帰ったのかな?

今朝は雨ということもあってか、バジャンはそれほど人も多くなかったです。

最後から2曲目にシバシバシバシバシルディプリーシュワラのバジャンが歌われて、
私はこのバジャンは数少ないレパートリーのうちのひとつで、好きなんですけど、

なんか、農村の集会の宴会で歌われるような和気あいあいとした雰囲気が好きなんだと思います。
手拍子と、合いの手と、みたいな。

切々と歌い上げる、神とわたし二人っきり、みたいな繊細なバジャンもたくさんあるんですが、
そういうのも美しいし崇高な感じで好きですが、

わたしはたぶん集会っぽいのとか、よいやさよいやさ、みたいな?笑 
能天気な、そして少し土っぽくて祭りっぽい、全員がそこに含まれて全員で共有する雰囲気が好みなんだろうなと自分で思います。

来世があるとしたら、アンデラプラデシュの農村かな?笑


昨日はふと思い立って、オートでぺヌコンダに行ってみました。

郵便局に荷物を出しにいったのですが、そのとき使ったオートのドライバーにカレシュワールスワミのアシュラム知ってるか?と聞いたら、行ったことあるというので、
じゃー今から行こうかとわたしは言ったんだけど、
そのドライバーも準備があったらしく、1時間半後に行ってみました。

その日の朝のババのサマーディ参りのときになんかわたしはボロボロな感じで、
今までだと祈りとともに全たくや明け渡しをババに求めてたかんじがあって、それは極度の集中とともに行われていたのですが、

この日はそういうのじゃなくて、
だめだ~~~~ってかんじで、ずしゃっとババに対して崩れ落ちる感じ。笑

そんで、そういう時って
何かが起こりそうな感じもあったのですが、
ふと、カレシュワールスワミってまだ生きてるのかな。元気にしてるのかな、という思いが湧いて、
行ってみようかなと行動を起こす気になりました。

というのは、近々カレシュワールスワミが自らサマディーに入ると発言したという話を少し前に聞いたので。

つまり自分で肉体を離れるということ。
彼はまだ若くて40代とかじゃないのかな?

そんで、HPとか見たら、やっぱ、インドの聖者の活動って、定型が決まってるのか、
みんな本当に共通のことをしてるなと思いました。

学校を作ったり、医療の奉仕やインフラ整備、食事の配布、足の悪い人に自分で動けるように車椅子をプレゼントしたり、などなど。

ほかの聖者のHPも見たことありますが、たとえば、バラサイババとか。アマチもそうですが。まあ、地域も近いというのもありますが、
本当に、その手のことはすごく共通のことをしてるんだなーと感心するというかあきれるというか。

でも、インドはそういう需要がいくらでもあるので、奉仕のし放題で、その観点から言えば奉仕の機会に素晴らしく恵まれた場所でもあるんでしょうね。

で、それぞれの人が同じようなことをやってはいるけど、やはりそれぞれの人の独自性はあるわけで、
でもでも、やはり奉仕活動における共通の定型のようなものはあるし、
それはインドの霊性文化の素晴らしさだと思います。

いろんな聖者がいるけど、
やはりひとつの源のさまざまな表現形態であって、だからこそみんなが同じような方向に向かっていくし、
それぞれが独自の活動として、同じようなことをそれぞれの場所で行うというのは当然の結果として見せてもらってる気もします。

聖者たちはいろいろにみえても分かれたものではないんだなと思います。

サイババは、人が進化して神を源にして自分を存在させるようになった進化した人としての聖者たちというより、
神そのものが桁違いの圧倒的な世界を携えてどかんと降臨という風に私は思っていて
なんというか、比較できない、有無を言わせないまるで違う出所のものがあると思います。

聖者たちに力を与える源それそのものというような。


それが同じように肉体をまとってこの世界にいたというのがすごいと思います。



聖者たちはそれをわかってる人も多いし、
そのことを隠されてて気がつかないようにされてる人も多かったと思います。

わかってても、その聖者の状況や立場を自らが鑑みて、それを公に言わないようにしてたり、
サイババの指示により、それらの聖者をそれぞれの場所にあえて聖者としてとどめておいてるときも多いと思います。

だからサイババに向かって無邪気に向かえるというのはある種の人たちにしたらうらやましかったりするのかもしれない。

それこそ、近所の農村の素朴な人たちはノミやダニとともに無邪気に大挙して押し寄せて、ぎゃーぎゃーいいなら大騒ぎで大迷惑な感じでダルシャンを受けたりしてましたけど、

サイババはそういう人たちが大好きでした。

そういう人たちが来たら、いつもに増して本当に幸せそうにしていました。

マナー違反を歓迎するというのではないですが、その人たちがものすごい単純にサイババのことを好きだったので、それが単純に嬉しかったんだと思います。

真理は単純。


一方でサイババ自身が言っていたように、高度に霊的に発達したヒマラヤに住むヨガ行者だからといっても
ババは自分に彼らを近づけるとは限らなかったようです。

そういうもんではないみたい。
霊性の高さよりも純粋性が求められたみたい。どっちも備えてたら最強なんでしょうけど。あと、人格も。笑


わたしが自分の周囲の人たちを見ててもやっぱり、いい人だとか、霊性修行の数々の経験をつんだ人だとかが、サイババとの強いコネクションを持つかといえば必ずしもそうではなかったです。

やはり、その人の、サイババに対する純粋性、サイババに対して開かれている度合いによってサイババも自らをそういう人たちに惜しみなく与えていたように思います。

そこにはやはり純粋に相手に対して開かれたものがあって、
それがいわゆる双方間の愛だったのでしょうか。

だから、その人が善人か、悪人か、いい人か、いじわるか、とか、あんまり関係なかったように思います。

彼に対して開けば開くほど、サイババはいくらでもそれに答えて潤沢に与える準備があるし、
自分に対して開かれるのをずっと待っていると思います。

求められているのはただ、彼に対する信頼と、その決意を表す表現としてのゆだね、自らを与えるこころだと思います。


彼に与えたものはすべて不滅になる感じがします。


これは、サイババがあらゆる聖者に対して求めているものでもあると思います。


聖者という苦しい立場。

聖者はすべての人に内在する神に対して常に開かれているので、あらゆる人のその人と神との距離を自分自身の分離の痛みとして常に感じざるを得ず、
自分をその痛みから救うために神との分離のある、自分と縁のある人にたいしてグルとして手を差し伸べます。


いったん自分にひきつけることによって重みを受け取り、それを統合して浄化し、本来の状態を復元するグル。

常に多くの負荷がかかっていて、
常に浄化し続けないといけない、わっかの中で走り続けるリスのような。

本質的には救われているといえどもこの世界で生き続けるときどれほどの負荷がかかっていることか。

休息のない生。

しかしそれが神から与えられた役割なら。


そのようなたくさんの聖者やグルがサイババを訪れ、重荷を下ろし、安息を得ていました。

人々の保護者や導き手でいなくてはならない聖者やグルたちがサイババの前ではただの子供として生き返り、愛と保護を得てさらに純化されて帰りました。

ババは私たち自身であり、彼へのゆだねは外部へ力を投影する弱さにはならないとわたしは思います。

私たち自身のより強い側面へのコミットメントだと思います。

わたしたちはそういう強さを充分に得て、活用すべきだと思う。


世界は豊かに展開していくのを待っているし、人生も豊かに展開するのを待っている。
そのためにわたしたちは私たち自身のより豊かな側面を自らのうちに見出す必要があると思います。

わたしにとってババを信用し、彼を自分自身として受けれ見出し、、彼の意思を生きることを人生のの最重要事項として自分の指針にすることはそういうことです。

それでこそ、人生は消え去り滅び行くものではなく、聖化された不滅の性質を備えるんだろうと思います。

そのような人生なら、生きる価値もあるかもと思います。



そんで、なぜかぺヌコンダ。爆

カレシュワールスワミのことは、十数年前から聞いてて、知人も何人も会いに行ったりしてましたが、
関係者には失礼な話ですが、プッタパルティでカレシュワールスワミのことを言うとちょっと馬鹿にされるような風潮もありました。

サイババにどかーんと、はまったあとではどうしても小者感がぬぐえなく。(すみません)
ここは価値観がきっぱりはっきりしてますから。
ババのあとで他の聖者にいまさらはまりに行く人は判断能力を喪失した人で、こっけいなこととみなされる空気があります。

しかしだからってサイババ帰依者がカレシュワールスワミよりも優れてるかといえば全然そんなことはないんですが、
距離を置いて安全な立場から評価するのは好きにできますから。

それに、来た人に与えるものが違うので、同じように比較するのも考えてみればおかしな話だと思います。
それぞれの好みとニーズにあったものが世界中に提供されているわけだから。

存分に活用したらいいと思います。


また、一方で、サイババ帰依者がサイババを至上として、他を見ないようにするという態度は完全に理にかなっていると思います。

そうすることでまっすぐな得がたい純粋性がたやすく得られるし、その人は強く、美しく、その純度ゆえに魅力的になり、神にも人にも愛されると思います。



わたしも何でかカレシュワールスワミに対してはずっと全然興味湧かなくて、
たぶん修行に興味ないからだと思いますが、

プッタパルティからわずか35キロのとこに彼のアシュラムがあるのでホント近いんですけど、
グルや聖者としてのいわば目上の彼としては純粋に興味なしって感じでした。



しかし昨日は自分がババの前でずしゃっと崩れたような感覚だったので、何か地上に降りてその位置からカレシュワールスワミが何か、こういうと言い過ぎと思いますが、対等な友人のような気がして、
会って話をしたいなという気持ちになりました。

そんで、行こうかなと思って、何か彼の中に自分自身を確認できそうな気がしてたのかもしれません。
友人と話しているうちに自分自身が見えてくることがあるように。

なんか、ちゃんとものの分かってる人と、この物質次元において対等に尊重しあいながら話をするということをしたかった。

気持ちをもっていかれたり、ゆだねたり信じたりすることで引き上げてもらうということではなくて、
自分の本質に対する自己確認のために。


自分が自分に戻るために。


そんで、オートを飛ばして行ったわけですが、1時間くらいでぺヌコンダに着きました。
ほんと、近いですよね。

町は城壁みたいな趣のある建造物も見受けられたりして、
山も近くに迫っていて、プッタパルティと要素はほとんど変わらないながらも新鮮でした。

カレシュワールスワミのアシュラムには上品な色合いの建物や門やそのほかの施設があって、
ファンシーな砂糖菓子みたいなプッタパルティのサイババアシュラムの色合いよりも静かで落ち着いた印象でした。

カレシュワールは一般にはもうあまり姿を見せてないんだろうと思ってたのですが、
まあ、近いし、とりあえず行ってみるかと思っていってみたわけですが、

オートのドライバーは毎日4時か4時半くらいにダルシャンがあるといってて、そんなことはないだろうと思いましたが一応それくらいの時間に行きました。

というか、まだ存命なのかどうかすらよくわからない状態で行きました。
クリスマスくらいにサマディーに入る(肉体を離れる)っぽいことを聞いていたので。

アシュラムの敷地内に入って、寺に続く門の手前にセキュリティの人たちがいたので話すと、
今は一般のインド人はもうぜんぜん入れてなくて、外国人だったら許可が取れれば入れるみたいなことを言ってて、

そこに通りがかったアシュラム訪問者のドイツ人の女性に紹介してくれて、
その女性も入構許可の責任者の立場に自分はないからと、別の誰か責任者を携帯で呼び出してくれました。

そんで、待ってる間、その女性としばらくなんとなしにしゃべってて、
しゃべりながら、やっぱ、プッタパルティに来てる西洋人と共通のものももちろんあるけど、多少雰囲気違うなーとか思いつつ話してました。

カレスワールスワミのところではヒーリング伝授とかそういうテクニックや、特殊な体験をさせてもらったり、そういうコースがきっちり決まってて、
だから来る人もそういう、たとえば自分はヒーラーであるというようなアイデンティティをたずさえて来る人が多いんじゃないかと思います。


その彼女も自分自身の中に魂として存在しているような、そんな地に足が着いたようなしっかりした雰囲気でした。



プッタパルティに来てる人はもうちょっとこう、なんていうか、ファンシーな人が多いですよね。笑
夢の世界が壊されずに大きくなっちゃったみたいな。

奇抜でへんてこなかっこうしてる人も少なくないし。大人っぽくはないと思う。

実家にいるみたいな気合の入ってなさとか。(わたしだけ?)

メンタルホスピタル的療養所、とか。。。

またあるときは終末医療ホスピスのようなものであったり。

ときにはトラウマ発散場、とか。。。

みんな高揚してふわふわしておれる。

なんかこう書くとやばい社会みたいですが。。。意識が開かれて無邪気になるベクトルがサイババアシュラムには働いてると思います。
よくもわるくも、あらゆる意味で、ちょー無邪気。


カレスワールのとこはそういうなんでもありの実家みたいなかんじじゃなくて、やっぱ、トレーニングセンターとしてのもうちょっとまじめなというか、専門性をたたえた性質をなんとなく感じました。
だからなんとなく大人っぽかった。

ここのアシュラムを訪問するには前もってサイトを通じて申込書を提出しないといけないらしく、
それで許可が下りれば彼に会えるかどうかは別として、中には入れるらしいです。

シルディババのお寺があったので、それくらいおまいりさせてもらえるかな?と思ったけど、
やっぱそれも事前の許可が必要とのこと。


後から来た責任者の西洋人の男性もそういう説明をして、ごめんね、みたいなかんじで、
そんでその場でいくらかしゃべったんですが、
笑いをとろうと思って、オートドライバーがカレシュワールスワミは毎日4時くらいにダルシャンを与えてるって言ったので来てみたと言ったら女性も男性もウケてました。笑

最近直接指導もしないとか?聞いてたし、じきにサマディーに入るとか言ってるくらいなんだったらなおさら、そんなわけはないだろうとはわたしも思ったんですが、

なにか行事があるときには一般に姿を見せるときもあるそうです。

彼は自分はババジだと言ってるみたいで、そんなの言い出したの最近じゃないかと思うんですが、
わたしは実はババジには一度直接会ってみたいなと思っていて、ミーハー的にちょっと祈ってたんで、
え、なに?
ババジなの?という気もちょっとあって。笑

ちなみに昔何かで読んだ本に、ババジがサイババダルシャンを受けにプッタパルティに来てて、
プッタでババジにあった人が「あななたちは毎日ダルシャン受けることができていいね」とババジに言われたとか
書いてあった記憶が。。。
いったいどこの本だったんだろう。


まあでもそういうことなので、カレスワールスワミのアシュラムがどういうとこかチラッと雰囲気みれだだけでもよかったなという感じで帰りました。
なんせ10数年間すぐ近くのプッタを訪問したり住んだりしてても一度もぺヌコンダには足を運んだことがなかったんだから、足を運んだだけでも意義ありますよね。

スタッフのインド人も、西洋人も、丁重な態度で親切できちんと対応してくれて、感じよかったです。
責任者の西洋人の男性と歩きながら話してるとき、プッタパルティのアシュラムとここは違う?どう?みたいに聞かれて、
大体同じだけど、ここはもっと静かで、落ち着いてて、みたいに答えました。
一般人入れてないんだから落ち着いてて然りなのですが、
ホント静かで趣味もよく(外人好み?)、いい感じでした。


今回の記事を書いてて、プッタパルティのアシュラムはほんとファンシーで無邪気な雰囲気だなと改めて思いました。
サイババアシュラムって遊園地やテーマパークみたいだなとよく思うんですが、
(インドの別の場所に住んでる知人はサファリパークと言ってます)

まーーー、サイババ自身アフロヘアーでしたもんね。
サイババは根本的に、人をおちょくった、そうとうふざけた性格してたんだろうと思います。

なんせマハーマーヤーの主でもあるし。


そこらへんのありとあらゆるパラドックスを含んだサイババと関わるとき、
つねに困惑しながらも、味わい体験する以上の策は与えられていないんだろうなと思います。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2011/12/30 16:37】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
混乱しているのでしょうか?
自分が混乱してるかしてないかもよくわからない、というのはつまり混乱しているのでしょうか。

???

最近、何がなんだかわからない気分になることがよくあります。

そういうときはわかろうとする方が無駄ってかんじもするので、お茶を飲んだりして時を過ごすのですが。笑

意識を引っ掛ておく場所が見当たらない感じ。


ここしばらくで印象に残ったことは、オリッサの大きなグループが来てて、たぶん数千人規模かも?
で、その人たちがメインロードを歌ったり踊ったり、太鼓をたたいたり山車を引いたりしながら練り歩いてました。

そういう雰囲気に弱くって。笑
すでに老人性だろうか。
元気なムードとかに触れると感動してしまう。

小学生の運動会の練習とかでも涙腺がゆるむと前にも書きましたが、
たぶん、集団意識になってる人々の大きな意識に触れると、大自然に触れたような圧倒感があって、簡単に自分の個人性を超えちゃうのかも。


悲しい気分や痛い気分になるときもままあり、バジャンやサマーディーダルシャンに参加してると何かの拍子にそういう気分がシフトして、バジャンの調べなんかに気持ちが溶け込んで、痛みをもたらす分離が溶け去るのがよくわかるときがあります。

なんらかの分離の痛みを感じてるときには日本でサイセンターに行くとか、インドでもダルシャンに出るとかしたらなんというか、すごい「効く」んですよね。

わたしは独身のころからきままにふらりとサイセンターに行ったりしていましたが、
どーも自分て浮いてて混じれないなーという感じでした。

でも結婚して子供も生まれてとかになったらサイセンターが生活の中で正気を保つ命綱のようなものになりました。

思ったのが、サイセンターとかって、浄化装置だなあと。

独身のころはそんな必要なかったから行ってもなんだかなあという感じでしたが、
結婚&子供とかでなんか背負った感じになったらそれをアゲていかないと自分が苦しいのでセンターに行ってバジャンに参加したりして、昇華させてスッキリさせる、のを繰り返していた。

センターに来てる人って、本人はそうでもなくても、
来てる本人の家族とかがものすごく大変な状況にあるとかって人が少なくない気がします。

たぶん、親族代表で浄化しに来てるんだろうなという感じ。
そういう役割の人が集って重いものを持ち寄ってるんだからそりゃ重くもなるわとか思いますが、
つまりはそういうことなんだろうと思います。

プッタパルティもそういうのがあるかも?

なんか、痛みとか分離とかを引き受けて自分の中で感じる人がこういうとこに来て、それを癒すことを繰り返すことで、少しは世界の分離も癒されているんだろうか?
とか思いました。

ここは、そういう巨大な浄化装置なんだろうな、と。


私はわたしがどんなのかもあまりよくわかってないですが、
ちょっとでもずれたらなんか大変なことになりやすいのは自分でも思ってて、
大混乱が起きたり、具合がものすごく悪くなったり。ちょーうつっぽくなたり。

だからこういう聖地に置いてもらわないとちょっと無理。。。っていうのがあって。


インドに来たときは2012年以降はきっと日本にいても大丈夫そうだから、それまでとりあえず5年くらいインドにいようかなと思って来ました。

もう5年半が過ぎたんですが、
あと1~2年でどこに行ってどこに住んでも大丈夫な感じに自分が?世界が?なるのかなあ?などと思ったりしますがよくわかりません。


午後のサマディーダルシャンは人が多いので、だいたいいつも朝にお参りしてます。

今朝は肌寒かったので薄手のパーカーを羽織って出かけたらショールを忘れて、ショールなしではホールに入れないかもしれないので、いっそのこと芝生のところに行って、そしたらそこにスピーカーがあってホールの音が流れてくるので、
ベンチに座って周囲に人がいない状況の中、スピーカーからの音に合わせて気分よくヴェーダを唱えたりバジャンを歌ったりして、
アルティのときだけホールのとこに行って外からアルティの火を眺めました。

今日のヴェーダはいつものやつのほかはたぶんあれはガネーシャスークタムがあって、あー、唱えられるようになりたいなと思いました。

あと、イーシャーワーショーパニシャッドもやってて、これはいったん唱えられるようになってたのに、誰にも教えずにいたら自分も忘れて唱えられなくなってしまったので残念に思いつつ聞いてました。

ナカルマナくらいしかだから今日は唱えられなかった。

いったん部屋に戻ってショールを身につけ、10時過ぎくらいに送る荷物に布で包装してもらいに出て、(インドから大きめの荷物を送るときは白い布で梱包しろといわれる)そのときだったと思うけど、
先日東京センターで教えてくれてた元学生が後ろからバイクで来て、後ろからでもわたしとわかったのかな?
わたしの前で止まったのでハワユーとか何とか適当なこと言って、少し言葉を交わしました。

日本に帰国前にも今までも見かけてた人だったんだけど、あるときから顔見知りになったのが人生の不思議。


ホールに行ったらサマディーダルシャンがほとんど終了するところで、
急いで並んで、一番中央よりの列でサマディーダルシャンに参加しました。

なんというか、会ってない人にはごめんなさいと思うんですが、
サイババと肉体次元で出会ったということはやっぱ強烈だなとそのとき思いました。

そんで、サマーディ、つまりお墓ですが、
このお墓のとこに実際サイババの肉体は燃やしたりせずそのまま埋められたわけだから、
やっぱこのサマーディもそういうサイババの肉体を持ってたときの強烈さを何かしら発してると思いました。

ああ、強烈、、、と思いつつホールの裏手に回ったら、
このときは最後の最後だったのでもう神殿はしまってて中に入れなかったのでそのまま外に出ました。

最近なのかなんなのか、サマディーダルシャンの後はいつも花びらをセバダルがくれます。
サマディーに捧げられた花びらなんでしょうね。

やっぱまだサイババが肉体を持ってたころの記憶が鮮明なので多少切ないものがあります。

どうしてもいろいろ記憶が邪魔をしてそのままを味わえないというか。

きっと、サイババがなくなってから初めて来る人は逆にすごく神聖なよい体験をこの場所でするのかも。
先入観や比較がない分。


今回子供はつれてこなかったのですが、
そしたら子供がいたことで感じなくてもよかったもの、子供がいたら見えなくされてたものがいろいろ見えてくるというのもあると思います。

そこで自分がどういう存在形態として自分を在らせるか、というのが私にはよくわからなくて、
どうも方向性が。。。

サイババが肉体を持って存在していたこともいわば子供がいたのと同じようなものがあると思います。
いろんな複雑なものがあったとしても、
サイババのダルシャンではその複雑さをみんな彼が引き受けてくれて、
私たちは限りなく単純に、あっという間に純粋になれて、、個人としての重みや痛みをみんな彼に引き受けさせることができた。


どれほどの重みを彼は引き受けてくれていたのだろう。


巨大な浄化装置の中心に位置していたサイババという神殿。


彼への礼拝により私たちはひとつの純粋を共に体現していたと思います。



自分は果たして今どのように在りたいのだろうか、どのように在ろうとしているのだろうか、
やっぱりわからないのですが、

何かたぶんいつも個人性を超えていないとここにはいられないんだろうなとは思います。

そういう場所だと思う。


でもたぶん世界じゅうどこでもそうなっていくんだろうと思います。

他者に奉仕をすることでしか人は本当に安定することはできないと思います。
個人は不自然な状態でいびつなことだから。



それを思うとき、なんだかとっても悲しいような切ないような気持ちになるのはなぜでしょう?


たぶん個人があるという幻想への愛着を失うことへの悲しみなのかもしれません。



個人が在るというのは生きていてもっとも甘い幻想なので。

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【2011/12/29 02:48】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
最近の写真②
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芝生のとこで自分撮り(ナル入ってるとか、思っても言わないで~。)

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のどかな午後のひと時。

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久々ににぎやかなウエスタンキャンティーン。

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ウエスタンキャンティーンの前の電飾。

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子供たちも見入っている。

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自分撮りしようとしたら、誰かが「撮ったげるよ」と言って撮ってくれた。
なのでちょっと照れた。

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やしの木も電飾。

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美しい夜。

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【2011/12/27 19:13】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
最近の写真①
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朝のサマディーロード

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サマディーロードの犬

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ハヌマーンプージャの帰り。

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外は緑の海。

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ウエスタンキャンティーンの前に現れたサンタクロース。

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ウエスタンキャンティーンの前のイエス誕生シーン。

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【2011/12/27 18:50】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
リンクのお知らせ
最近は早寝早起きです。

もしやこれって時差ぼけ?

でもそうならナイスな時差ぼけだ。



今朝はアパートの部屋でおにぎりを作って3つくらい食べてコーヒーを飲んでアシュラムに行きました。

ヴェーダチャンティングの途中から行ったんですが、
今日はテキストを持ってなくて、ルッドラム、プルシャスークタムのあとはシクシャヴァリが唱えられていて、
シクシャヴァリはわたしはテキストがないとついてけないので、持ってくればよかったなと思いました。

サマディーダルシャンは一応まだクリスマスバージョンらしく、わたしもインドでは外人なのでクリスマス優待として前のほうのいい席に座らせてもらいました。

でも前に座った人がすごいでかい髪型の人だったので何も見えませんでしたが、
別に何も見なくていいのでそこに座っていました。

今年のクリスマスの装飾は手作りのものが多くて、
手作りじゃなさそうなものも実は手作りで模様が張ってあったりして、絵もいろんなのが一杯描いてあって、
クリスマスのこの数日間のために払われた労力はそれこそ見返りを考えていてはできないなといった感じです。


サマディーダルシャン(つまりサイババの墓参り)の後は頼まれ物を買いにショッピングセンターに行き、その後八百屋でフルーツとミルクを買いました。

私の後ろにレジに並んだおじさんがいらちというか、気を利かせて、
わたしのかごの中の小粒のライチを、レジの人が重量を測りやすいように、後ろから手を伸ばしてビニール袋の中にまとめて入れていっていました。

むむ?このひとはいったい。。。。なにもの??


と思いましたがやってもらって見てました。

そんでそのうしろのおじさんは私の向こうのレジの人に指示を出して手際よくやらせようとしてて、
わたしのフルーツ類が量り終わった後、わたしの清算前に、はかりに自分のトマトを入れたので、
レジのお姉さんは大混乱してました。

お金を払ってレシートを見てみたらやっぱりおじさんのトマトも私の買い物の合計金額に入っていたので
レジのお姉さんに言って返金してもらいました。

お姉さんは悩ましげな顔をしていました。笑

いったいあのおじさんはなんだったんだろう、、、アシュラムスタッフ?一般人?


ホットチョコレートをショッピングセンター横の広場のベンチで飲んで一休みしたあと、


荷物がわりと重かったのでサイクルリキシャでアパートに帰ってきました。




子供なしのプッタパルティは時間が穏やかに過ぎていきます。
子供っていかに強烈だったことか。





右のリンク集に、サイババつながりの知人、風至さんのサイト「透視カウンセラーの休日」をリンクさせてもらいました。

透視カウンセラーの休日


サイババについて話すことも多いのですが、

私の場合はサイババ体験(当ブログ右のカテゴリー「サイババ体験談」)が先にあって、そんでそれがどういうことなのかを理解したくて本とかを読んでいったり、
私は基本的にどこにもはまれないんだけどだからどこにでも入れるので、
サイババワールドの世界観がどうなってるのか知りたくて、はまるってどういうことかを体験するためにあえて自分からはまってみたりしたかんじで、
今でもサイババを理解するのは簡単じゃないし、なかなか腑に落ちないというようなことを言いました。

風至さんは
「僕は感覚的に凄いエネルギーにぶち当たる経験したから、感覚的にババを信頼しています」
とのことで、
ババを頭で理解は不可能と判断したし、できる人がいたら教えて欲しい、とのことでした。

そこらへんのことは風至さんはご自身のブログの中でも触れてらっしゃいます。

わたしはというと、ためしにはまってみたところ、サイババははまり続けてOKだと、理性的に思いました。
やはりボスの中のボスなので、というか、こういう霊性のいろんなとこに行ったりしてみましたが、根本的にステージがまるで違う感じがするので、
バガバットギータでも、クリシュナに集中することの特異性と合理性が解かれているし、わたしはクリシュナは直接的な意味でサイババとクリシュナが同じだと思っているので、
サイババに集中することがどんだけ強力でまっすぐなやり方かというのをよく思います。

だからサイババを理解することはいまだにできないし、これからもほんの極小の部分で共鳴した分だけ感じることができるだけで私はサイババを永遠に理解できないんでしょうけど、
彼に集中して彼に自分を溶け込ませることがわたしは理性的に納得できて、彼に対して自分を手放していこうと決めることができました。

でもそれはやはり最初に経験を与えてもらったからだとも思います。



何年も前にアシュラムでちょくちょく会ってた変わった人がいて、
来てる人って大体変わってはいるんですけど、

その人はすごーーーーーーーーく遠い星から来てる人らしく、笑
地球上に同じ星出身の人を誰も見つけられないとかいっていました。

彼女の元にあるとき私は白い狼の姿で現れて、彼女の痛いところをがぶっと噛んではぺっと捨てるのを繰り返したらしく、かっこよかったといわれました。。


その彼女も、サイババに帰依するのがなんか良さそう、と思ったらしく、
「じゃあ、帰依。笑」

と、帰依することにしたらしい。笑



なんかわたしも根本的にそういうノリです。



じゃあ、帰依。笑






でもそしたら、開かれた世界は予想をはるか超えて深遠で広大でした。

ナイス、帰依。笑

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【2011/12/26 15:29】 | 他ブログ紹介 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プラシャンティニラヤムのクリスマス
ヴェーダ/マントラ の しんじさんのブログで紹介されていた、今年のクリスマスの装飾の準備の様子。

http://media.radiosai.org/Journals/Vol_09/01DEC11/christmas_decoration/index.html#000.jpg


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【2011/12/26 00:25】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
新婚さん、いらっしゃ~い。
おとーはんが今日テレビに出るかもしれないというので、
インドでもネットでリアルタイムで日本のテレビが見れるやつをダウンロードして見てみました。

三枝の新婚さんいらっしゃいってやつ。

なんか、福島スペシャルで、復興がんばろう企画みたいなやつでした。


なんかもうそういうムードだけで胸が一杯になっちゃうんですけど、ちょっと異常かも。


収録済ませたおとーはんはルンルンでしたが、テレビだし、たくさん撮影しても全部カットとかってありがちなのであまり期待せずに見てみましたが、
思ったよりちゃんと出てました。

まさか新婚さんとして出てたわけではなく、

福島のフラダンサーの女性(のちの新妻)が、震災後、不安な気持ちでいたころに避難所かなんかで尺八の演奏を聴いて、
それによってみんなが喜んでる様子を見て、
自分もそんな風にみんなに喜んでもらおうと思い、震災以前にハワイアンセンターでやっていたフラの活動を再開する、新しい振り付けの復興フラを創作して踊る、というような、そんな話でした。

その、避難所?の回想シーンで尺八を吹いていた紋付はかまの男性役に、関西在住の尺八奏者の父に声がかかったというわけでした。収録関西だったし?

まあとにかく、音も姿もちゃんと出ててよかったね!
いろんな人に言いまくってたみたいだったので、全部カットだったらどうすんだろうとひそかに心配してました。笑


おとーはんのサイト。尺八教室お探しの方はどうぞ。




しかし、新婚さんの番組を、震災後、日本での生活に行きづまって行き場を失い、仕方なしにインドのわたしのもとに転がり込んできた、数年間音信普通だった(詳しく書くのは控えますがシングルライフをちょー満喫していた)もとだんなと見るというのも人生の妙でしょうか。

いまさら来られても困るけど、子供の望みでもあるしとか思って受け入れたら子供インドにいられなくなるし。
(一生延長可能な子供のビザが、もとだんながビザを取った関係でまさかの延長拒否にあった)

ちなみにたまたまですがこの番組を見ている彼はアロハなハーフパンツを履いていました。
まったくもってこの人の軽さ、責任の負わなさはまさに今生解脱級。たいへん勉強になります。

彼のチャートを見た占星術師いわく、彼は普通の男ではない(そりゃそうだ)

サドゥーのようなもんだから、援助してやると祝福が来るからなと笑ってました。。。。。

わたしがわが身の状況を自嘲したり男運の悪さを心底嘆くと彼はいかに自分が素晴らしいか、役に立っているかを必死で力説。笑

1億くらい稼いだらばーんと300万くらいあげるとか言ってます。(少なくないか?笑)




冗談抜きでひたすら世間に適応しよう、世間の中で立派にやっていこうと努力してきたはずのわたしですが、
なーんで、こうなるかな?笑 あろはおえ~。

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【2011/12/25 21:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
渡印まえ。有馬温泉。
12月21日にインドに戻ってきたわけですが、その前日、20日に荷造りもまったくできてないながら有馬温泉に行きました。

体が冷えてたのであったまりました。

有馬温泉は実家からわりと近くにあって、気軽に行けます。


有馬温泉駅についてから、その日は火曜日だったのですが、火曜日は温泉街のあちこちが定休日だということに気がつきました。

なので閉まってる店も多く、人通りも少なかったです。

今まで何回か来たことはあったのですが、
このときは観光案内所に入ってみました。

有馬温泉は金の湯と銀の湯という2種類の温泉が有名で、どっちも入りたいなと思ったので、
どっちもそろってる旅館の外湯?で入ろうかと思ったんですが、
やっぱ火曜で、いい感じのそういうとこは定休日だったので、

結局いつも行ってる銭湯みたいな感じの一般向けの温泉に行きました。

金の湯のほうに入りたくて、銀の湯はどっちみちこの日は休みだったので金の湯に行くことにしました。

金の湯っていっても茶色っぽいお湯です。


しかし観光案内所で地図を見たら徒歩圏内に滝があったので、
滝が見たいとここしばらく思っていたので、温泉に入る前に滝のほうに歩いて行きました。

滝はとっても好きです。

ちなみにひとつお勧めするなら沖縄の八重山の西表島のピナイサーラ(ヒナイサーラ)の滝です。
これは滝の近くまでカヌーで行ってもいいし、
大潮のときに潮の引いて海底の露出したマングローブの干潟?を歩いていくのもとても楽しいです。
滝つぼで泳げるし、
滝の横から滝の上に上がっていって、滝の上から滝つぼを眺めおろすことも出来ます。

そしてさらに上流に岩を伝って上って行くとさらに小さな滝がいくつかあって、そこに至る光景はこの世のものとは思えない精霊の気に満ちていました。

すみずみまで覚醒した光と静寂の光景。
隠されていたものがすべてその姿を惜しげもなく開示し、圧倒的な迫力で見せ付けてくれました。

沖縄の人があまり入らないところでは幾度となくそのような異常に鮮烈な畏ろしいほどの数々の光景に出くわしました。 わりに容易に!

極小の単位まですみずみに満ちた光と命。

もはやそれは極小の単位ではなく全体として私の人としてのささやかな境界を瞬時に飲み込みました。


目撃することの畏ろしさ。責任。目撃することによって問いかけられているもの、求められているもの。

それは私がただただそこに存在するという種類の謙虚さと潔さ。

人が目にしていないところでどれだけ無数のこのような光景が存在するのか。
人が目にしているものはどれだけこのような目にされない無数の光景に支えられているのか。

逆に縁あって目にするそれらのうちの無にも等しい極小部分がどれだけ特別な選び抜かれたものであるのか。



。。。同じようなことをブログで何度も書いてるような気がしますが、すみません。笑




しかし西表は手ごろな大きさの島で、でもその中はバラエティに富んでいて、本当に面白かった。

西表島と波照間島は私の人生にとても豊かないろどりを与えてくれました。

思えば感受性の異常に冴えたあの時期によくぞあれだけ多くのものを与えてもらった。



果たしてあれはいったいいつのことだったんだろう。


もう80年も90年ももっともっと前のことだったような気もします。




有馬温泉の滝はそんなに大きなものではなくて、せいぜい10メートルくらいなのですが、
街からてくてく川沿いを歩いて上っていった先に公園の奥にありました。


しばらく滝を見ていなかったような気がするので、
とても懐かしい、帰ってきたような気がしました。

滝は何かわたしの原風景になってるのだろうか?


滝を見ていると、いつまでも豊かな水が流れ落ち続けるのであきれました。
馬鹿じゃないかと思った。

でもこれは、滝の、自然の性質だと思いなおし、

しょうがないんだと思いました。



滝は、流し出した水の一部を循環して返してとは言わない。

ただただ、馬鹿みたいに一方的に流し続けていました。



それが滝なんだから、自然の性質なんだから、しょうがない。




しかし天は滝に雨として水源を供給し続けて。



無心に水を流し続ける滝は無心に受け取り続けて。




少し悲しくなってその滝つぼに満たされた澄みすぎて青い水に視線を吸い込ませました。




しばらく誰もいなくてずっと私一人だったのですが、しばらくして誰かが来たのでその場を去りました。


街のほうにまたてくてく歩いて戻りました。
来た道とは違う道を歩いて、ロープウェイの駅をみたり、なんだか奇妙な幅と曲がり具合の坂道を降りていったり。


しばらくしたら金の湯に入れるところに出たので、そこで温泉に入りました。

金の湯は今まで入った温泉の中でも1~2を争う強烈さです。

この強烈さがたまらない。


↓金の湯
http://arimaspa-kingin.jp/cont01/cont01-flm.htm

肌もつるつるになって、ぽかぽかで帰りました。

名物の炭酸せんべいや漬物なんかもインドへの日本土産に買い込んで。

悲しいような満たされたような気分で。

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【2011/12/25 19:20】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
クリスマスイブのイルミネーション
昨日の朝はハヌマーンテンプルでのハヌマーンプージャとナバグラハプージャに参加しました。
そのあといったん部屋に戻ってからアシュラムでアルティを見て、そんでショッピングセンターに買い物に行って、
そんでからサマディーダルシャンにいきました。

なんだっけ。なにかすごく強い感じがあったんだけどそれがなんだったか忘れました。

昨日の夕方からは知人のとこに行ってでかい声でしゃべって笑ってました。

なので夕方のクリスマスプログラムは行かずに、
知人家族と一緒に直接ウエスタンキャンティーンにご飯を食べに行きました。

ウエスタンキャンティーンは今日は一律100ルピーのバイキング形式でした。

知人とその娘たちと一緒にご飯を食べてたらサンタクロースがDJ風に?なんだかんだわけのわからんことをしゃべりまくってて、

「あっはっはっはっは!!」

と不自然な笑いも交えつつにぎやかにしてたので

その無理やりの笑いの様子を聞きながらご飯を食べてて、
「これって、、、、どうなん?(苦笑)」
と、ちょっと微妙な気持ちでした。

笑うヨガをやってたらしいです。(そういうヨガが最近はあるらしいです)

あっはっはっはっはっ。



そのうちサンタクロースがそこいらじゅうにキャンディーを全力投球で投げてばらまきだしたので、知人の小さい娘はおびえていました。爆

だってキャンディー固いし当たったら怖いんだもん。笑

でもまあみんな幸福な気分で、とてもいいクリスマスでした。


何も不安がなく、何も足りないものがない。誰も傷つける人もいない。
お腹は満たされ寝る場所もある。美しい電飾を見ながら歩き、部屋に戻る前の一杯のミルクティーを飲みながら談笑し、お互いのいることを喜び合う。

お互いがおだやかな幸福を共有し、お互いの中に認め合うことを可能にするこの大気。

もちろんそれぞれの人たちが個々の自分に戻ればありとあらゆる幸福でないような要素に分かれるのですが、
この今だけはみんなが穏やかな幸福を共有するという神からのプレゼントをみんなで抱きしめているかのようでした。



今はほんとに少し先のことがどうなるかわからない人がたくさんいて、
私なんかいつもそんなだから、今に始まったことではないのですが、
今までなんらかの状態で非常に安定していた人たちでさえ、大きく揺さぶられ変化のときを迎えています。

でもみんな不思議と守られている。

まったく何もかも奪われるということはありえないです。
物質的なものが何もかも奪われたとしても、そこには神とだけともにいるという純粋性の特典がある。

だれもが決して奪われないし壊すことができないものとともにあります。


いまだかつて生まれもしなかったしこれからも死ぬことのないそれが私たちであり、わたしたちとともにあるもの。

すべてはすでに与えられていたし、これからも奪われることはない。

その中で繰り広げられるさまざまなドラマ。


時にはこのように個人個人の役柄から解放されて本来の幸福に戻りましょう。


そして明日からはまたそれぞれの役柄を演じにそれぞれの位置につく。



人生は美しく、愛に満ちています。


この美しい人生を歌いつづけていきたい。

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【2011/12/25 14:49】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
久々のアシュラム・久々のサマーディーダルシャン。
今朝はなぜか5時前に目が覚めて、起きてパソコンで知人としゃべってたら5時になってアシュラムの鐘が厳かに鳴り響きました。

そのままずっとパソコンしてたら8時になってヴェーダ吟唱が始まったのでシャワーを浴びてアシュラムに行きました。

サウスで朝ごはんを食べてるとき、一瞬異常に懐かしい記憶が呼び起こされて、あっと思いましたが
それがなんなのか、どこで感じたものだったかを思い出すまもなく、一瞬でどこかに消えて行きました。

その後ホールの裏から回ってバジャンに行きました。

セキュリティースタッフの女性のボディチェックをうけているとき、ふと彼女と目が合って、
彼女の目の中にババとだけともにいる彼女の孤独な魂を見たような気がして、
彼女にもわたしの目の中のそのようなものを認識された気がして、
なんだか少し泣きそうになりました。

バジャンで座って聞いたり歌ったりして、アルティになりました。

最近は若い人がアルティの火をサマディに捧げてるのか。
以前のおじいさんのお坊さんの姿はなかったですが、
そのアルティを捧げる様子を見ていたら、
ババが亡くなった日の朝の、ババの肉体も意識してアルティを捧げることはもう今日が最後なんだというあのときの名残惜しい独特の感覚がなぜか呼び戻されました。

ババの本質は物質的なものではないということはみんなが承知していることだと思いますが、
ババが肉体を持って存在してくれたことでわたしたちの物質次元はどれほど正され、改善されたことだろうと思います。

神だけならババが肉体をまとう必要もなくすべてが神で、すべてはすでに救われているし、何も生まれることもなく、何も死ぬことがないというレベルですが、
この物質世界というのは実に素晴らしく神を忘れさせてくれるので、
この世界で神につながりなおして神を現存させるゲームはわたしたちが今ここにいる主要目的なんだろうと思います。

この世界を楽しむというのもありだと思います。
しかしそれは神に基づいていなかったら巻き込まれて苦しみになり苦しむことを楽しんでることも忘れてしまう。

わたしたちすべては楽しんでいると思います。
しかしそれを自覚している場合と自覚してない場合とがあると思う。
神を思うときすべてが自覚されると思います。

しかし、ババの生身のダルシャン、またあったらいいなと素直にそう思います。

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【2011/12/23 14:03】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プッタパルティ到着
ようやく今日、プッタパルティに到着しました。

2ヶ月弱くらい今回は日本にいて、そんなにいたのは実に5年ぶりだったので、インドに戻ってきたら新鮮な感覚です。

バンガロール空港が前より緑化されててかわいくなってました。

タクシーで街を走ってても、
あれ?バンガロールってこんなにかわいかったっけ?
と、町が愛らしく見えました。

アシュラムというかプッタパルティにいくには5つの門の下をくぐっていくのですが、
最初の門をくぐったときにちょびっと涙が出ました。

アシュラムは外壁のところも品のよい電飾で飾られてクリスマス仕様になってて、とてもいいかんじでした。

しかしサマディロードとか、笑っちゃうくらい変わらないなと思いました。


まあ2ヶ月でそんなコロコロ変わるわけもないのですが。


もとだんなとキャンティーンに歩いていったら、わたしが歩くのが早くなってて追いつけないといって仰天されました。

どうやら日本にいたら歩くのが早くなるみたい。

そういえば、インドから日本に戻ったばかりのときはわれながら歩くのが遅かったです。


キャンティーンはババが亡くなってからは人も減り、前は一部のテーブルしか使われてなかったけど、今はクリスマスのために結構西洋人が来てて、キャンティーンのテーブルは全部使われていました。

出し物の練習や、飾りつけもみんなやってるみたいです。


しかし久しぶりに戻ってきて、プッタパルティは、アシュラムは、天界だなと思いました。
こんなところにいさせてもらうんだから、世界平和とかそういうのを祈るのはとくにここの人たちの義務だなと思いました。

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【2011/12/23 01:13】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
主名連れ神戸センター
今日は、いっぺんくらい主名をサイセンターに連れて行っておこうと思って、神戸センターに連れて行きました。

今回インドへは私だけが戻るので、私が戻るまでにいっぺんくらい連れていっとこうと思って。

今までサイババワールドで育ってるし、いきなりそれから完全に切り離されるのはよくないだろうと思い。

主名は地元の小学校への適応はばっちりなのですが、やっぱ徐々にいろいろ日本の生活からの干渉を受けて、みててちょっとな~と思うこともあり。すでにテレビ漬けだし。
あまりにしょうもないテレビ見てるので、やめさせて、今はテレビは減らして図書館で借りてきた本を読むようになりました。

べジだけは厳守してるみたいですが、食前マントラも学校では心の中で唱えてるらしいですが、家でわたしが声を出して唱えてたら恥ずかしいと思うのか、心の中で唱えろといったり。

で、久しぶりに主名と出かけたわけですが、
神戸センター、前もそう感じたのですが不思議と元気がない感じがしました。
不思議と、というとこがミソ。

ババが肉体を離れたことからまだ立ち直ってないかのようなそんなムードでした。
なんでかな?
人は結構多かったのに。


http://vimeo.com/33616174

↑人から教えてもらったサイトを横流し。笑

アメリカのお医者さんがババの声を心の中で聞くことについて語ってるらしい。

この人、プッタで見かけたときに、「あれ?〇〇さん????」と、じーーーーーっと見てしまった人かも。
最初に教えてくれてたヴェーダの先生によく似てたので。じろじろ見ちゃった。


右のほかの人の動画も、個人的に知り合いな人が何人かいたので笑えた。
ちょっとしばらく仲が悪かった人とか。笑
もう和解したけど。


今も聞き流してるけど内容は頭に入ってきてないです。
日本語を理解するくらい自然に英語が理解できたらいいなー。

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【2011/12/19 00:01】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
アイザックタイグレットさんがらみの!?夢
昨日の晩は、たまにはサイババ夢に出てきてくれないかな~、そろそろ。とか思って寝たんですが、
そしたらちょっと変な夢を見ました。

夜中じゅうずうっとスイミングプールで白人女性といっしょに水の中にいる夢で。
その女性って、ジャックマイヨールがモデルになったなんでしたっけ、グランブルーだっけ?あれにでてきたようなヒロインの女性みたいな感じで、中肉中背でナチュラルな感じの。

その彼女となんだかんだしゃべりながら、泳ぐでもなく、浮かぶでもなく、腕で水をかいたりしてなんとなく水を動かしながらずっとしゃべっていました。

私は日本語でしゃべって会話してたんですが、
時々彼女が、それはこういう風に言うのよ、と、英語での言い方を教えてくれてたりしたので、彼女の世界では英語でわたしと会話をしていたのかも。

話していた内容は覚えてないですが、夜中じゅう、会話がとぎれるでもなく、疲れるでもなく、ずうっとわたしたちは薄暗いプールの中で水とゆっくりたわむれながらすごしていました。

そのうちほかの人が来たのかもしれなくて、あまりはっきり覚えてないですが、彼女はサイババのスーパースペシャリティホスピタルを建てるお金を出した、もとハードロックカフェのオーナーの現在の彼女だということが分かってきました。

現実にはそのもとオーナーが現在既婚かどうかすらも知らないので、その夢の中の彼女は夢の中限定のの人物だと思いますが、とにかくその夢の中の設定ではそうでした。

そのうち朝になってきて、人々がバジャンをするために会場へと集まってきました。

その中に私の夢の中での知り合いがいたので、私は気軽に話しかけたのですが、
その様子が彼女には何か面白かったらしく、
すでにわたしたちはプールから出ていたのですが、わざわざまた近寄ってきて彼女は笑いながら私に何か言いました。

そんな夢でした。


この夢はいったい何を意味するのかな~~~ババ~~~~~。と考えましたけど、
あまり意味もないのかも。



でも最近、そのハードロックカフェのもとオーナーのアイザックタイグレットさんでしたっけ、その人が
ババの遺言というか、ババが肉体を離れたあとに行うべきことをいろいろ指示されていたということで、
ほんのここ最近と思いますけど、
外部に向けても活発に情報を公開しているようです。

なので、彼の彼女と夢で夜通し話したことだし。笑 彼のその活動のサイトの紹介でもしておきます。

http://www.mysticinnofthe7thray.org/

VIMEOというとこに、タイグレットさん自身が話してるビデオもいろいろありました。

http://vimeo.com/31617947

サイババ色はあまり出してなくて、サイババのことも「マスター」と言ってるようですが、
実際は個人的にサイババにこの計画をいろいろ細かく指示されたという話です。

南インドの熱帯雨林のジャングルの中に古代の英知やヒーリングなどを研究するようなえらく規模の大きい施設や街を作ったりいろいろ計画してるらしいです。
聞いたとこによると土地は取得済みらしい。

この人、行動力や実行力はめちゃくちゃありそうなので、何らかの形ですぐ実現しそうですよね。
財力もあるんでしょうし。

ババはこういう施設だけでなく、新通貨をつくるようなことも指示したりしたとかいう話です。

前、別の人に、タイグレットさんがババの遺言聞いてるってことで、自ら発表があったらしいんだけど、
「私が遺言です」
と発表の席で話したと聞いて、何だそれ~!と思って笑ったんですが、

こういうことなのね~、みたいな。

ちなみにタイグレットさんはだいたいいつもプッタにいてババのダルシャンを特等席で受けていて、アシュラムの中も赤いスポーツカー?で移動してました。笑 


わたしも聞いた話なので情報を受け取るのは自己責任でお願いしまーす。



そういえば、アカシックレコード読みのゲリーボーネルだと思うんですが、今日12月16日から来たる2012年の変化は始まると言ってる、と小耳に挟みました。


インド占星術的には12月21日に土星の移動があるので、
それを境に世界が大きく変化していく可能性があるみたいです。

インド占星術師の知人も12月20日から21日にかけて、夜通し連続で、土星の寺でホーマムするようです。


大きな変化があるのはおそらく確実と私も思うので、
まあ今までもずっと変化し続けではあるんですけど。

その変化に逆らわず、大きく受け入れていけるように自分を柔軟にしておければ、そして願わくばこの稀有な機会を充分楽しんで味わいつくしたいものだと思います。



。。。。いま、この計画のCGつきの動画をおかーはんに見せたら
「これって、ラムサのあれやんか」
と一言。

あれってなんや。爆

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【2011/12/16 22:16】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
なんてことない話ですが。
夕食のすいとんと、ちらし手巻き寿司(どういうメニューだ)をおかーはんとそれぞれ作りながら(べジとノンベジ)しゃべってて、

おかーはんの習ってるリメイク(手芸)の先生は料理上手で健康にもものすごく気を使ってるんだけどなぜか血圧が高いらしく、本人もそんなに健康に気を使ってるのに、なんでかわけ分からんといっているという話をしてました。

わたしが、それってもともとの体質ちゃう?といって、
私がいっつも血圧がやたら低くて、妊娠時に助産院に行ってはかってもらったら「ご臨終ってかんじですね」とかいわれた話をしたら、(今は分からないけどその頃はいつも上が70下が30くらいでした)

母も何か思い当たったらしく、
そういえば、気功を習ってたとき、気功の先生が母の脈を取って「死んでるも同然だ。。。」「大丈夫なのか」とか言ってきたので、大丈夫やから来てるんやん。あほちゃう。こいつヤブや、と思ったり、

妊娠出産のときに病院にいって血圧や脈をはかったら看護婦さんが「動けますか?」と、
普通に歩いてきた母にまじめに言ったりしてきたという話をしてました。

そうか、極端に血圧が低い体質は母からのものだったのかと初めて知った。


それに加え私はなぜか平熱がやたら高く、わけわかんないんですが中高生くらいから最近までずっと37度2分くらいありました。
でもそれはインド暮らしをしてるうちになぜか落ち着いて、今はたぶん36度5分くらいになりました。

知人の子は日本からインドに来て暮らすうちに逆に平熱が37度くらいになったそうです。


まあそんな、体質?の話をしてたわけですが、
母の見解では、わたしや母は気が強すぎるから(性格というより、気功でいうとこの気みたいなもの)
だからそういう血圧の低さやなんかで抑えてバランスとってるんちゃうか、孫悟空のわっかみたいなもんやで、きっと。とかいってました。

血圧が低いと基本何するのもだるくて、動きもなんとなく緩慢で、あんまりがんばれないんでちょうどいいのかも。無理しない分、長生きはしそうですよね。笑


そういえば、最近サイババが近々復活すると信じてる人が多いみたいですね。
学生たちは特にそう思ってるみたい。

そういう復活を書いてる予言の葉っぱがあったりとか言うのも聞きましたが、

復活したら楽しいでしょうね~~。

何でも60歳くらいの姿で復活するんじゃないかとか。
だったら歩いてるババが見れるからなおいいですね。


ババの歩く姿はまじでこの世のものではなかったですから。

なんであんなにすべるように歩けるのか、みたいな。

ババのダルシャンで歩いてた頃はなんかふとババを見失って、そしたら思いがけないところにいきなりいて、わっと思うようなことがよくありました。

たんに注意力散漫だったとしても、
歩くババの姿はそれだけで異常なほどの美しさでした。

あの異常にものすごい集中させられる吸引力をもう一度味わいたくないといったらうそになります。

あのすさまじい吸引力は本当に尋常ではありませんでした。
だれでも我を忘れて全身全霊で見入ってしまう。
そんなつもりないのに手はいつのまにか勝手に合掌してて。爆

クリシュナは「惹きつける者」としての性質を持っていたか名前がそういう意味だったかは忘れましたが、
過去生のひとつが直接的な意味でのクリシュナだというサティアサイババも圧倒的な吸引力を持っていました。

神そのもの、が歩くとあのように美しく、
その姿を目で追う何万人という巨大な群衆のすべての意識はサイババという一点へと凝縮されて吸い込まれていました。
そのうねりはものすごいダイナミックでした。
あんなことになってるのこそとてつもない超常現象だった。

あんな尋常じゃないシチュエーション、なくなってしまうとそれがいかに尋常じゃなかったかがわかります。
あれを再現できるのはもう、サイババその人でしかありえないでしょう。


どうでもいいけど、最近サイババの夢すら見てないなあ。
夢に、たまには出てきてくれないかな。

たまには夢でしゃべりたいです。
元気ですか?とかいっちゃったりして。笑
死んでるって。一応。


復活したら楽しいだろうな~、とは、思う。

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【2011/12/15 22:18】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
久々の実家
昨日、横須賀から実家に戻りました。

昨日の朝も、朝7時くらいに中目黒の駅について、東京センターのチャンティングに行ったんですが、あ、そうだ、もうヴェーダクラスないし、7時45分?50分?からのチャンティングだったかなと思って、

じゃーなんか飲んで時間調整して行こうと思ってドトールに入って、抹茶ラテとか飲んで書き物したりして、その後7時半前くらいに店を出て、そこから徒歩15分くらいのセンターに行ってる途中に、

あ、今日は水曜だった?じゃあチャンティング7時半からだ!せっかく間に合う時間に駅についてたのにまぬけ!
と思って、
とにかく東京センターに行ったら
ほかのメンバーの人がゴミだししてたので、
あれ?今日は火曜だった。じゃーやっぱ7時45分?50分?からかー、と、2重に間抜けでした。

でもおかげでチャンティングには間にあいました。

その後川沿いのベンチで座って作った封筒を2つ郵便局で出して、そんで兵庫に帰るべく中目黒の駅から電車に乗りました。

そしたら電車が動き出してすぐに、電車の窓からきれいに富士山が見えました。
多摩川にもつかないうちに。

こんな都内からきれいに富士山が見えたことは初めてだったので、ほんとに驚きました。

今回関東に来るときもきれいな富士山を見て、関西に帰ろうとするときにも思いがけずすぐに富士山を目にすることができて、
何か富士山にまっすぐ語りかけられて、見送られているかのような気持ちになりました。


今回思いがけず長く関東に滞在しましたが、
温泉には3回行き。笑
というのは長いインド滞在で、日本食とかそういうのに対する渇望はさほどでもなかったのですが、
温泉はずっとずっと入りたかったので。
インドはずっとシャワーのみなので、ゆったりした湯船につかりたいなーと、日本人はみな思うと思います。

最初は町田に部屋を貸してくれてた知人の案内で妙園寺という寺?神社?に行き、
そこって銭洗い弁天で有名らしいんですが、敷地内に洞窟があって、その中にもいろんな神様が祀ってあって、その濃厚さはインドのそれを思い起こさせてくれました。

一番奥には大日如来もあって、ああこの大日如来ためにここに来たのかなとも思いました。


そんでその知人が鶴巻の温泉に連れて行ってくれて、
市営?の温泉でしたがきれいで広い施設で、露天風呂もあり、なかなかよかったです。
駅のすぐ近くだし、おすすめ。弘法の湯だったっけ。あやふやです。

2つ目は町田の次に横須賀の知人宅にお世話になってたのですが、
金沢文庫から歩いて10分くらいの住宅地の中にある銭湯風の赤井の湯、だったかな~~~?

450円でシャンプーなどは備え付けてないのでカウンターで購入。

なんかほうじ茶を煮出したような黒っぽいお湯でしたー。
渋いムードのマニアックな温泉。というか作りは銭湯そのもの。


3つめは馬堀海岸駅から歩いて12分という湯楽の里。
うろおぼえで適当に歩いていったのでけっこう行ったりきたり、もしかしたらたどり着くのに1時間くらいかかったかも。。。

こっちはオーシャンビューの露天風呂があるということで期待していったんですが、
宣伝の写真とは違って海との間に半透明の?目隠しがしてあったので、
立ち上がったら海が見えるが、海沿いの通りからも私が見えるというしくみ。笑
あかんや~ん。

でもきもちよかったです。レジャー施設って感じ。

岩盤浴とかいうのもあったのでそれも別料金をはらって入ってみましたが、なんかおっさん率が高かったような。。。おっさんでも誰でもおそろいの専用の服を着て入るんですが。
でも連日寝不足だったのでそこで横になってちょっと寝ました。
これは一回で充分だな。。。

岩盤浴の休憩室に漫画や本があったので、よくわからん仕組みだなと思いつつも、
日本の聖地とかいう写真集みたいなのと、ニューハーフの自伝を読んだりしてすごしました。
膣形成手術がそんなに命がけのものだったとは。。。

このときは東京センターでのチャンティングの後そのまま午前から行って、日が沈むまでいました。笑

夕食はそこのレストランで夕日が沈むのを眺めながら食べました。
昔はかなり厳格なべジにしてたので、外食はほとんどしませんでしたが、
最近は自分のリラックスのためにちょっとゆるめて、メニューにべジものがなくてやむをえない場合はかつおだしのスープと卵がまじってるくらいはOKにしています。

なのでこのときはてんぷらうどんセットを頼んで、
海老のてんぷらの代わりに野菜でしてとお願いしたら春菊とまいたけのてんぷらが代わりについてきました。
言ってみるもんだなと思った。

遠回りになるけどまた海沿いを歩いて帰って、
夜の海がうねるのを眺めながら駅に向かっていたら、横の一段高いところの手すりにもたれて海を見ていたおばさんが
「今月が昇りますよ」
というので振り返って見たら、
おそろしげな真っ赤な大きな月が海から半分顔を出していました。

あんな赤い月はじめてみた。

しかもえらくでかくて。


あんまりでかくて赤くて、見てるうちにどんどん昇っていっていたので、立ち止まってしばらく見ていました。

おばさんも先に帰りました。

月は昇るにつれてその赤い光の線を水面に伸ばしました。


変な月を見すぎたからかなんとなく悲しくなってめそめそしながら帰りました。

どんどん歩いて駅に向かったのですが、ついた駅はなぜか来た時より2つとなりの駅でした。

でもそしたら乗り換えの手間がなくなったのでよかったです。


他にも結構いろんなとこにいきました。

田園調布の知人の働いてるギャラリー、

なんだっけ、田園調布の一個横の駅だっけ?の近くの浅間神社(眺めのよいテラスがあった)、

明治神宮、1回目に行ったときは明治天皇に日本と世界を守ってくださいとお願いしました。
天皇が詠んだ句があって、国民を思う気持ちに感動しました。
ここでは天皇が神なんだなーと思ったので、
あなたが神であるように、みんなも神であることを実現できるように助けてくださいともお願いしました。
不遜だったらごめん。

そこを立ち去るとき、やさしいかぜがふわっと吹いてきました。

2回目に行ったときは昔ながらのおもちゃをごっそり購入しました。笑
自分とこの子とインドの知人の子達のぶん。けん玉とかこまとか。

ちょっと前にブームになったらしい清正の井戸?は、このときは私の前に2人組のおばさんがいただけで、1分くらいでどっかいって、私一人だけになりました。

別に井戸の写真を撮って携帯の待ち受けにするあれもないので(というか日本の携帯持ってない)
しゃがんで湧き出続ける井戸水に触ったり眺めたりしました。
寒かったのかな?
水の表面を白い蒸気のようなものが常に流れていました。

見ると自分の手からもすごく白い蒸気のようなものがザンザン流れ出ていました。

しばらくしたら誰か来たので帰りました。


単に通っただけだったけど、横浜に住んでるときにはなぜか通ったことなかった元町?だっけ?
こういうおしゃれーな通りがあるとは知らなかった。

氷川台の知人のとこに行ったときは先にトイザラスに行くというので、でも歩くにはちょっと遠いし、、、というんで、9歳の女の子のチャリに私が乗って、女の子はお母さんが自転車の後ろに乗せて。
自転車に乗ったのも久しぶりだったけど、こんなちいさい自転車に乗ったのも久しぶりでした。
知人の娘は付け爪とかメイクのセットを買ってました。女の子やな~~~。

自分とこの子には鉱石発掘キットみたいなのを購入。
インドでほんとの石を掘り起こしてたからむしろ子供だましかな?

トイザラスからの帰りは小さい自転車に乗るのが疲れてきて閉口しながらこいでました。笑

知人の家に行って焼きおにぎりを食べたらこの日も睡眠不足だったので眠くなってこたつで横になってぐーぐー寝ました。
その日は起きた後夜の東京センターのチャンティング&バジャンにも行きました。

あと、高尾山。紅葉がピークではなかったのかもしれないけどきれいで夜景も思いがけずきれいでした。
上の方の寺で護摩焚いてるなーと思ってガラス越しに炎を見てたら、そのうち終わって、
いろんな色の袈裟を着た坊さんたちが鳴り物入りで寺から出てきて退場していったので
いいもん見ちゃったなと思いました。

しかしこれはわたしはおばあなので筋肉の張りが翌日以降時間差で別の部位に順番に来ました。

あと、どこにいったっけ。
単にぶらぶら歩いたりもよくした。
街の本屋で数冊立ち読みで読破したり。笑

いろんな川も眺めた。

夜に人気のない道に迷って1時間以上街灯のないくらがりをさまよったり。

バスにもタクシーにも電車にもたくさん乗りまくりました。
船は乗らなかったな。
モノレールは乗ったっけ?
八景島の方に行く。
あれは前回かな?
八景島には行かなかったけどその手前の人口ビーチのあたりまで散歩したりしました。

移動するのって楽しいです。

今回子供は実家においていったので、久しぶりにずっと一人で行動できて、
好きなときに好きなところへ行って好きなだけ働いたりしながら滞在していたころを思い出しました。

生きてるといろいろうんと楽しいこともうんと悲しいこともあるけど、
知らない街に行って、そこを歩き回って体験していくことは、自分の性にあってるなあと思いました。

そういえば、滝、は見てないなあ。
滝、好きなので、またどこかで見れるかな。泳げるかな。

子供はわたしのこと、
「もうインドにかえったんちゃう?」とか朗らかにいってたらしいです。
あんまり実家に連絡しないんで、横須賀の知人がおかあさん、心配してるんじゃない?連絡したら?というので電話したら
案の定誰も私のことを心配していませんでした。
あまりに放置してたのでちょっとドキドキしながら子供としゃべったら
「インドに帰ったらアパートのおもちゃ送ってね!」との指示だけもらった。

心配されないことにかけては天下一の自負があります。

いや、ちょっとは誰か心配してくれても。。。と思わないこともないのですが。

インドにいるときも以前「疲れて帰りたいから旅費出して~」と親に泣きついたときも
「今回だけやで!」と約束させられたし。

親が心配して自由に動けない人たちからしたら恵まれてるとよく言われます。
結婚も結果的にわたしをインドに送り込んだ。

束縛されるような状況にははまれるはずもなく。
しかしなぜかプッタパルティにとどめ置かれるわたし。
きっと一般の場所ではそぐわなくて、調和を乱して迷惑だから、そういう人はプッタパルティに縛りつけれれて、
あんまりよそで迷惑をかけないようにされてるんだろうと思いますし、
私もその一人だろうと思います。

なんせ、帰る場所があってよかったです。
プッタパルティはいつしか実家以上に実家のようなものになりました。

兵庫の実家に帰ってしゃべってたらなんか自分のイントネーションが平坦でおかしかったので、
「なんかわたし東京弁になってへん!?」
と(「なってへん?」といってる時点で関西弁やんと思いつつ)言ったら
母は
「ちょっとね」
と答えました。

できるだけ毎日1時間くらいヴェーダを唱えるのを続けよう、と思ったので、
今日実家でも夜に1時間くらい一人で唱えました。

主名が寄って来たので主名にも唱えさせましたが、
あれだけいろいろ教えて暗誦していたにもかかわらず、ガナパティプラールタナとドゥルガースークタムくらいしかもう覚えてませんでした。
子供は覚えるのも早いけど忘れるのも早い。

でも一緒に唱えるととても気持ちよかったです。
子供の雰囲気ってやっぱ清冽でいいですね。

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【2011/12/14 22:25】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(1) |
日曜の東京センター
今朝も朝から東京センターに行っていました。

朝ヴェーダの後は目黒川?べりを歩いたり、そこらの店に入ったりして時間を過ごして、
午後のヴェーダ&バジャンの時間にまた東京センターに戻ってきました。

バジャン後にここしばらくヴェーダを教えてくれてるインド人青年のスピーチがあって、
あー、ほんとにそうだとか思いながら聞いてたんですけど、
大体忘れたかな。笑

ババはスピードを好むという話もあって、大きなプロジェクトのときは特に、ものすごいスピードで完成させて、周囲がなにが起こってるか認識できないうちに工事とかを終わらせるそうです。

というのは、周囲に知れるとありとあらゆる妨害がなされるからだそうです。


インドで何かプロジェクトにたずさわるときはそういうことをよく言われました。
これは誰にも言ってはだめだとか。

別にオープンでいいやーん?と、基本、性善説主義の私はよく思ったのですが、
プッタは何でもあからさまで、嫉妬もすごいので、(すごかった、というべきか?)
ああ、ほんとに、話を誰にでもするもんじゃないなと実感してわたしも認識が徐々に変わりました。

雑音が入るとどんどんだめになっていく感じが感じられて。


それはプッタではあからさまだけど、きっとどこでもそういうことはあるんだろうとは思います。
また、プッタが人との距離がなさすぎるからそういうのも濃いんで、
日本とかほかの場所だったら人と人との距離も離れてますもんね。

私は嫉妬とかって、ホント意味がわからなかったけど、
今はいいのか悪いのか、意味がわかりました。笑

なんできついこと言われたりするのかとか、ほかの人に「それは嫉妬されてる」とよくいわれ、

母にも「あんたは嫉妬されやすい」と子供のころからいわれ続け、
わたしの何に!?と、意味がわからなかったんですが、

今はわかりました。

ああ、こうやってこんなわたしも複雑になっていくのか。。。。笑


あ、この話、東京センターは関係ないですー。念のため。


基本、わたしはすごくぼんやりしてるので、
他人の心の機微もあんまりわからないしめんどうなのでわかろうとあまりしてないです。

興味もたぶんなさそうです。


スピーチの後にインド人青年は30分バッギャスークタムを教えてくれ、
一応全部終了しました。
明日の朝、また復習してくれるそうです。8時から。チャンティングは7時25分から。


センターの500円ヴェジ弁当を食べながら
「人生につかれた~~~」と言ったら、近くの2人に爆笑されました。

そんで、「ツルツルピカピカまるまるとよく育ったってかんじ」と、いわれました。ほめられたらしい。


しゃべってた人は、昨日月をみたらまんまるだったのに、
しばらくして見たらすごーーーくちっちゃくなっていた、、、、、!と恐ろしげに言っていたので、
昨日は月食だったんで、
わたしとほかの人も腰が痛くなるまで爆笑しました。

テレビとかネットとか見ないんで知らなかったらしいです。


きっと昔の人が月食や日食に感じる底知れぬ恐ろしさを彼女も鮮やかに体感したのでしょう!?


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【2011/12/12 01:23】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(2) |
バッギャスークタムレッスン
ここ最近はやたら忙しくて、毎日冗談抜きで3時間睡眠でした。
なので書くことはたくさんあったんですがブログとか書いてられませんでした。

昨日は久しぶりに休日っぽい日でのんびりしました。
とはいっても、普段やりたいことしかやってないんだから、休日も何もないのですが。

睡眠時間がなかなか取れなかった主な理由は、関東にいる間は毎朝の東京センターのヴェーダチャンティングにできるだけ参加してることです。
(別の理由はそのほかの時間に外を遊び歩いているから)

先日までは知人が提供してくれていたウィークリーマンションが町田にあったのでまだ近かったのですが、今は泊めてもらってる別の知人の家が横須賀なので、朝5時過ぎに起きて、6時前に家を出て片道約1時間半かけて通っています。

日によっては1日2回朝と夜のチャンティング両方に行ったりしたこともあって、帰ってくるのが夜11時とかで、夜中2時くらいに寝てまた3時間後の5時過ぎに起きるとかやってると、不思議な気もしないでもないです。

東京センターはまじめというか、深刻な印象があって、
基本が関西で相当ゆるい自分としてはこんな自分てここにいちゃいけない、みたいな気がしてちょっとこわくて、今回も行くつもりなかったのですが、
ヴェーダチャンティングを毎朝やってるんなら行こうかなと思って行きだしたらむちゃくちゃ頻繁に通う形になりました。
だから不思議な感じです。

やっぱりほかの人と一緒にヴェーダを唱える機会って貴重で。
勉強になります。

ヴェーダってやっぱ唱えて何ぼみたいなかんじがするので、こんな風に毎日みんなで(といっても少人数ですが)唱えてるってすごくいいと思います。

朝に唱えるとその日一日が整う感じもするし。

プッタパルティでも朝夕のヴェーダチャンティングの時間はあるのですが、
リードする人たちがいて、そこに集まってくる人たちとは一線があるような感じがするので
いまいちやる気になれないというか。
あくまでリードする人たちについていくというかんじで。
一般人でそんなに馬鹿みたいに大きい声で唱えてる人もいないし、大声で唱えたら振り返ってにらまれることもあるらしいし。(私はそういう経験ないですが、にらまれても気がついてないのかも)

でも本とは1週間くらい前に関西に戻るつもりだったんですけど、その、ダルシャンのときにヴェーダをリードするのを何年かやってたというババの元学生が10日間だけ日本に仕事で来る、そんで、東京センターで教えてくれるらしいというので、
そんな稀有な機会を逃せるわけがない、ということで、関東滞在を伸ばしたのでした。
どんな人かなと思ったら、プッタパルティでよく見かけて、顔だけは知ってる人でした。
このひとか~ 笑 みたいな。

彼は、在プッタ10数年だそうで、ババに「お前は間抜けだからヴェーダを勉強しろ」と言われて、数年間ヴェーダばっかり勉強して、
ババがホワイトフィールドにいってるときとかはラマナアシュラムのヴェーダの達人!?に学んでいたりしたそうです。
クリシュナヤジュルヴェーダはすべて暗記していて、50時間くらい暗誦し続けられるそうです。
また、アシュラムで発行されてるヴェーダテキストの編集というか内容チェック?にたずさわっていた数人のうちの一人だそうです。

聞いた話なんで、微妙に違ってたらごめんなさい。

東京センターで今回みんなが突如彼に教わることになったのはバッギャスークタムでした。
彼曰く、これは王様が戦争に行くときや領土を広げようとするときに必ず唱えられたヴェーダで、国の平安と繁栄によいヴェーダだということです。
日本はというと、震災もあって、大変な思いをしているので、みんなでこのヴェーダを唱えて母なる地球の慈悲を願いましょう、とのことでした。

それはレッスンの何回目かに彼はそういうことを言ってたのですが、そうか、そういう意味もあってこのヴェーダを教えることにしたのか~と思いました。
なんとタイムリーな。

このバッギャスークタムが女神のヴェーダだというのは知ってましたが、それ以上のことは知りませんでした。

前にプッタで教えてくれてたおばあちゃん先生はこのヴェーダが好きで、毎回必ず唱えていました。あと、健康長寿のヴェーダも大体かならず唱えていました。

彼曰く、
バッギャスークタムは3つのヴェーダの寄せ集まったものらしく、文字で書いていても音としては半分だったりほとんど発音しないような箇所がいくつかあって、それは、その部分がリグヴェーダからのものだからで、
リグヴェーダはそういう風に音声としては発音しない(でも言っている)唱え方になる箇所が多いんだそうです。

たとえば、第4スタンザ(というのかな?)の
Utedanim bhagavantasyam ota prapitva
という箇所は、私は
ウテーダーニーム バガヴァンタッスヤー モータ プラピットヮ
みたいに唱えてたんですが、
ウテーダーニーム バガヴァンタッスヤー モー(タ) プラピットヮ
と、タがほとんど発音されなくて、口の中で舌で抑えるだけみたいになって、
その分プラピットヮが、こころもち前倒しされて早くなる感じみたいです。

あと、第5スタンザの
Bhaga eva bhagavagm astu devas tena vayam
の箇所は
私は
バガエーワ バガヴァーグム アストゥ デーヴァース テーナワヤム
と唱えていたのですが、
最後のテーナ ワヤムのところも na はn(a)となって、aを発音せずにおくので、
テーン ワヤム
となっていました。

あと、第6スタンザの
Arvacinam(アルワーチーナム)は、アルもワーもチーも低い音程で唱えるのですが、
このように低い音程が3つ続くときは、
3つ目の音は先の2つよりもさらに低く唱えるそうです。

なるほど~、そうなのか~、と、発見が多かったです。

ほかにも細かくいろいろありましたが、
低い音程や高い音程を唱えるときにもっと意識的に上げ下げするように何度も言われてました。
低いところはグゥっと低く、上がるところはガッ!とあげて。

第一スタンザの
Prataragnim pratarindragmのとこは、
プラータリンドラグム
じゃなくて、プラータランドラグム だそうです。
リン じゃなくて ラン
第2スタンザの
Pretarjitam(プラータルジタム)も、
プラーティルジタム だそうです。
プラータル、じゃなくてプラーティル。

今確認してみたら、ヴェーダプシュパンジャリのテキストの方は第1も第2も修正前の発音でしたが、
その後に出たシュルティ(こっちに彼はたずさわったと聞きましたが)の方では
第1は修正されてなくて第2の方はプラーティルジタムと修正されていました。

今手元にないから確認できないけど、ラーマクリシュナのマントラプシュパムのテキストではどうなってるのかな?

あとはそうですね、第4スタンザの最後の方の、suryasya(スーリャッスヤ)の
Sya をクローズ&シャープに唱えるようにと言っていました。

第7スタンザは
Asvavatir gomatirna usaso(アシワーワーティール ゴーマティールナ ウシャーソ)
の、2つのRをわりとしっかり発音するのと、
この3つの語は3つで一続きなので唱えるときは途中で息を止めずに続けて唱えるということ。
Viravatissadamucchantuとsvastibhissada nah のそれぞれにある2つ連続のSがあるときの唱え方も言っていました。
これは昔、別の人に、シャンティ シャンティ シャンティヒを唱えるときに、
2つ目と3つ目のシャンティのsの前にはもうひとつsがある(ダブルS)だから、それぞれのシャンティがsでつながるように唱えるんだといわれたのを思い出しました。

また、bhadrah とvisvatah の最後のhは、彼の場合音としてはっきり発音してるわけじゃなかったですが、それぞれバッドラー(ハ)とヴィシュワタ(フ)と息としてしっかり出していて、そのようにこの息としての発音をしっかり意識するように指導していました。
人によったらしっかり ハ とか フ とか言う人もいるんじゃないかと思います。

あと、やはり第7スタンザの最後の
Pata svastibhissada のpata のta  はやはり半分のtになって、
次のsvastibhissada に続けるようにするそうです。

今日の午後のバジャン後に彼のスピーチがあるそうで、
その後のレッスンでバッギャスークタムレッスンは終わりの予定です。

バッギャスークタム、けっこう好きで人にも何度か教えたことがあり、自分もできるつもりでしたが、こうやって細かく習いなおすとたくさん知らなかったことが出てくるので同じのを何度も習うのもいいなと思います。

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【2011/12/11 11:58】 | ヴェーダ関連 | トラックバック(0) | コメント(0) |
東京センターでの数々の再会と横浜センターの新月祭
とりあえず次のマハシヴァラトリまで、中目黒のサイセンターでは毎朝7時45分から8時半まで、水曜と土曜日は7時半から8時半までヴェーダチャンティングをしてるそうです。
木曜は朝7時半から8時半までヴェーダクラスだそうです。
川崎グループで、そのことを教えてもらったので、
翌日の日曜の朝に早速東京センターに行ってみました。
といっても遅れていったので最後の10分くらいだけの参加でしたが、
その雰囲気だけでも感じれて、いいなあと思いました。
プッタパルティでよくしゃべったりしてた人も来てたので面白いなと思いました。

そのあと、ほかの人たちとしゃべっていたら、
「あ~、さわこさん~~」
と、部屋に入ってきた女性が言うので
「だれ?」
と思ったら
渡印前に横浜センターで一緒に青年部をしていた日本人ファミリーのママ友でした。

なんでも彼女は今東京センターで子供たちに霊性教育をするようなバルビカスの先生役をしてるとのことでした。
この日バルビカスがあるので来たみたいでした。

「丁度よかった。手伝ってくれる?」
とかいわれたので
「いいよ」
と言って下の階についていったら、
その日の授業で使う教材の絵を描かされました。
リンゴと、パンと、毛布と、カップに入った暖かいチャイ。

それを切り抜いて、棒をつけて、子供たちに前で見せる物語のなかで使っていました。
ほんとに始まる時間ぎりぎりで。笑
「あーよかった、たすかっちゃった。これ、私の宿題だったの」
とか彼女が言ってる間にお母さんと子供たちが集結してきて授業が始まりました。

わたしは子供つれてないんだけど参加することになって、一緒に座ってました。

授業はメインでは別の人が先生役をやってて、
その人も京都グループ?センター?にしばらく通ってたころの知人だったので、
再会して「おおー」と思いました。
その人は6年ぶりくらいになるんでしょうか。

この、別の場所での知り合い二人が東京でバルビカスの先生をやってたのでなんか面白いなと思いました。

バルビカスはその時は幼児クラスみたいなかんじで2~3歳くらいの子から6歳の子が来てました。

紙の人形劇風の神様を思う心の物語の読み聞かせと、それにまつわる問いかけがあったり、
それは神様のためにいろんなもの(授業直前に絵をかいたやつ)を用意していた男の人が、それらを困った人とかにみんなあげてしまって、神様にあげるものが何もなくなってしまうんだけど、
でも神様はそれらの人々の中にいた、それらの人々がじつは神様だった、みたいな話だったと思います。ちがってたらごめん。笑
あと、ヒーローの変身風に体を動かしながら道徳的なキャッチフレーズを言ったり、
(「常に助け、けっして傷つけない」だったっけ。)

メインの先生は体育会系なので
子供用に説明をアレンジしたヨガのポーズをしてみせたり、みんなでしてみたり。

あと、神様の絵が描いてある折って完成させるパズルがそれぞれに配られて、
白紙のところにそれぞれがババのイラストを書いて完成させ、
折って絵合わせを楽しんだり、
そういうことをしていました。
で、最後に一曲バジャンとアルティで終わりだったかな?

何組くらいの親子が来てたんだろう。
4~5組かな?
2組の親子はわりとよく知ってる人たちで、知人で、
やっぱり再会にちょっと盛り上がって、
私もそのうちの一人には今回日本に帰国してる間に連絡しようかなと思ってて、向こうも思ってたらしいので、
いやー、東京センターで会えて手間が省けちゃったなというかんじで。

ほかの親子は知らない人たちだと思ってたのですが、

バルビカスが終わった後に
そのうちの一組の親子に
「さわこさんですよね、お久しぶりです」
と言われ
「??すみません、忘れました」
と答えましたが

しゃべってるうちにそれが誰か思い出してきて、
自分の中の彼女のイメージと目の前のその人が全然違ってたのですごくびっくりしました。

その人は12年前にプッタパルティのサイババツアーでアシュラムで同じ部屋に泊まってた人で、彼女はそのときインドで出会った相手と結婚してすでに3人の子供がいました。
わたしは日本に戻ってから彼女と手紙のやり取りもして、大阪で会って一緒にご飯を食べたりもしてたんだけど、言われてもしばらく全然誰かわかりませんでした。

人ってこんなに雰囲気変わるもんなのかー、と。

当時は彼女は常に目を見開いて霊感的なかんじで彼女自体が魔よけになるような緊張感があったのですが、
12年ぶりにあったときには常に目は半分閉じたみたいになってて、柔和で突出した雰囲気を感じさせないやさしいお母さんそのものになっていました。

あまりの変わりようにびっくり。

と、彼女に言ったら
「さわこさんのほうが変わりましたよ、太りましたよね」
と言われました。笑

確かに12年前の私はなんというか、いがぐり頭に幅広のヘアバンドで頭を覆って、
変な格好をしていて、いい風に言ったら研ぎ澄まされて、逆に言ったら世界に混じれなくてひりひりしていました。

「でもいい風に仕上がってきてる」
と彼女は言いました。
そうなのかー。仕上がってきてるのか。笑

そんで、ひとしきり話して盛り上がった後、
この日は日曜だったので、午後にまたヴェーダとバジャンがあるということだったので、
それに参加してからこの日夜にある、横浜センターの新月祭に行こうかなーと思って、
東京センターで日曜に300円で食べさせてもらえるお昼を食べて、
しばらく1階で座ったりしてたんですが、

やっぱ横浜にすぐに行こうかなという気になってきたので、
東京センターの午後のヴェーダとバジャンを待たずに外に出て、
そのまま中目黒の駅から東横線だったっけ?
直通で途中からみなとみらい線になるやつに乗って横浜センターに行きました。

一本の電車でいけるし、思ったよりも早かったです。

3時くらいに横浜センターに着いたのかな?
バジャン練習をしてたのでそれに参加して、
4時からのバジャンにも参加して、
通常のバジャンは5時で終わったのですが、

この日は月に一度の新月祭で、
わたしはこの、うわさの新月祭をいっぺん見てみたかったのでこの日横浜センターに来たのでした。
なんか、踊るらしいよ?みたいな。

5年前に私がインドに移住したときにはまだこの新月祭は行われてなくて、数年前から始まったらしいのですが、
ジュレラールサイとかいう水の神様のお祭りとして祝ってるみたいでした。
最初聞いたときは なにそれ?って思ったのですが、
パキスタンのあたり?シンディ地方?のシンディの人たちが信仰する神様だそうで、
実はその人たちが昔、住む場所を追われて脱出して日本にもたくさん来てて、
日本のサイババのセンターに来てる人たちの中にもそういうシンディーの人たちが多いみたいです。
そんで、数年前にそのジュレラールサイの立派な神像が横浜センターの祭壇にも設置されたというわけ。
横浜センターはもともと神戸センターと同じように、サイババの施設と言うより、日本在住インド人のための施設として使われてたみたいで、
今もたぶんそうなんですが、
だから、来る人のインド人率が高いんですよね。
インド臭満点です。

横浜センターでは月に一度の満月祭というのもやってて、
これには私も何度か参加したことがあったのですが、ほんとにインド人のインド人のための歌と祈りと憩いのお祭りみたいなかんじで、
とてもいいかんじです。
終わった後はご飯が出てそれをみんなで食べて、みたいな。

ちなみにバジャンはもちろん、新月祭も満月祭も誰でも無料で参加できます。

そんでこの新月祭が午後6時から始まったのですが、
最初は普通のバジャンみたいに始まるかと思いきや、
あれ?言語が違う。。。

普段のバジャンはたいがいがヒンディー語のヒンディーバジャンなのですが、
この新月祭のバジャンはシンディー語で歌われていました。

ヒンディーに慣れていた耳にはすごく新鮮!
うおーと思いました
めちゃくちゃフレッシュ~。
ヒンディ普段聞いてない人にはどっちも同じようなもんかもしれないけど。

曲も、聴きなれたメロディーのシンディーバージョンもありましたが、
聞いたことのない旋律のもたくさんあって、
そのどこか哀愁をおびたようなソウルフルな歌は、プッタパルティで仲のよかったイラン人ファミリーの仲間たちが歌うモスリムの歌を耳にした時の感覚を私のなかに呼び起こしました。くううっ。

そのときあるイラン人が子供を抱いて子供に歌い聞かせていた歌だったのですが、知人のイラン人奥さんは「あれはほんとは子供に歌うような歌じゃないけどね。でも彼女は歌ってるね。」と笑ってました。
たぶん神に対して切々と歌い上げるような内容だったんじゃないかなと思います。

そんなわけで、この横浜の一角で行われている新月祭は音と、それが行われている様子の視覚的なものとともに、わたしを異次元にトリップさせてくれ、けっこうぐっときました。

横浜のこんなところでこんな異次元が展開されているとはなあという感じでした。
まあいってみればインド音楽のゆうべ、みたいなかんじですが、
ステージでお客さんに聞かせるものとちがって、祭壇に向かって直接的に神に捧げられるものであるので、その場にいる人たちの間の区別がない分、よりいっそう素晴らしいと思います。
よく知ってると思っていた顔なじみのインド人の人たちが、私が今まで聞いたことのないシンディー語で真摯にソウルフルに掛け合いながら歌い続けているのを聞いて、
今まで知らなかった、彼らのより深い根っこのところが見えるフタがあいたような気がしました。
いままでそれなりに知ってるつもりだった人たちのイメージが軽く一新されて、軽く衝撃でした。

そして、すごい太い腹まわりのインド人のおじさんが中央に出て行って華麗にステップを踏んで踊り始めました。
軽やかだ~!

この日はほかの人にいわせると歌もダンスも地味で盛り上がりに欠けたらしいのですが、
男性は単発でちょろちょろ進み出ては踊り、女性は輪になってぐるぐる回りながら踊っていました。
私は何度も誘われたけど様子をうかがって座っていました。笑

この日は一回盛り上がる山場があって終わった感じでしたが、いつもは3回くらい繰り返し山があるそうです。

ああ、ジュレラールサイ。なぞの神様よ。

もともと、川の神様みたいです。
日本で言うところの水天にあたるらしいです。

しかしこの神様、でっかい魚に乗った金持ちそうな姿。。。
どこかでみたような。。。

あ~、えべっさんだ。笑

わたしは西宮育ちで正月にはいつもえべっさん(西宮えびす)に初詣に行っていたのですが、
その、えべっさんみたいだなと思いました。

思わず懐かしい感じがしました。


終わった後はビュッフェ方式でご飯が出ました。
ヒヨコマメのカレーだったっけ。ダルになるのかな?は、どこかのレストランに注文したらしく、プロの味でおいしかったです。
そのほかのは持ち寄りみたいでしたが、サラダっぽいのとかおいしかったです。
祝い用らしい、ほのかに甘いごはんにおいしいカレーをかけて食べて、堪能しました。
なんかフルーツとかももらって帰って、ほくほくのジュレラールサイ、新月祭でした。
この日たまたま知らずに初めて横浜センターに来た日本人女性もいて、
こんなお祭りだと知らなかっただけに、すごく感動的だったようでした。

よかったよかった。

この日は朝からたくさんの人たちと再会して、ワーワー盛り上がって、
夜はこういうゴージャスなイベントを堪能して、
センターっていいとこだなーと思いました。

いろいろ面白いですよね。

本来の性質はサイセンターは奉仕団体なんで、日ごろの地道な奉仕活動(路上の人たちに食事などを配ったり、老人ホームや孤児院でのボランティアなど)が根底を堅固に支えているのですが、
こういう風にぶっとんだ楽しい異空間バイブレーションを街に放出することでもきっと世界の壁を押し広げて断裂の痛みを癒し、世界を大きくサポートしてるんじゃなかろうかと思います。

みんなで楽しむことは感動的だなとおもいます。

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【2011/12/05 17:03】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
富士山と川崎グループ
名古屋での降誕祭のあと、兵庫の実家で3泊し、また関東に行きました。
兵庫では子供のビザの件もあり、混乱してうつっぽくなったりもしましたが、
移動することは私に向いているのか、新幹線に乗るころには気分が軽くなっていました。

いつも新幹線のチケットは実家の最寄り駅で買い、乗る1時間前に座席指定されるから、
だいたい勝手に富士山の見える窓側に座ることになります。

その日はいい天気で、富士山が見えるのを楽しみに移動しました。
いつの間にか過ぎちゃったかな?とか思いつつ見てると、
富士山が見えました。

一部雲がかかっていたものの、やはり富士山は日本の象徴というか、素晴らしいなと思いました。
新幹線の車内アナウンスでも
「お客様にお知らせいたします。ただいま左手前方に、富士山がきれいに見えてまいります。一部雲で隠れてはいますが、前へ後ろへと見えてまいります富士山をみなさまどうぞお楽しみください」
みたいなのが流れ、
「富士山を写す際はカメラを窓に近づけて隙間のないようにして写しますときれいに撮ることができます。」
などと写真の撮り方まで車内放送で丁寧にアドバイスしてました。

なんか、日本ていいなあと思った瞬間。笑

親切でのどかですよね。

前に新幹線に乗ったときも、切符拝見で車掌が来たときに
私が何か食べながら切符を差し出したら
「お食事中大変失礼いたしました」
と、朗らかに言われ、
ああ、この礼儀正しさはインドではありえない~と思ってしまった。

インドでは横柄か、べたべたからんでやたら個人的に話しかけてくるか。笑
どっちがいいとかじゃないと思うけど、人との距離感は違うなーと思います。

新幹線の車内から流れ行く日本の景色を見ていると、日本は美しい国だなあと思えます。

この国に生まれてこの国に暮らすことが楽しめなくなり、
日本人であることに誇りとアイデンティティを感じられなくなってる人が多い昨今。

それは日本の精神性の高さを発揮できなくするためのなんらかの陰謀だという話もありますが。笑
でも原因はなんであれ、日本人が日本人であることに対して自分でもどう考えていいかよくわかってない感じはあるのかなと思います。

わたしも5年前にはなんか私、日本のカルマが終わっちゃったかなという気がしてインドに移住したりもして、
私自身かなり日本的な伝統文化に接する機会の多い環境で育ったにもかかわらず、
日本に対して思い入れが薄いというか。

母は古神道に関わったりして日本人であることにずいぶん誇りを持っているように思います。

インドにいると、日本人がすごく好意的にとらえられてるのを感じます。
勤勉さと誠実さ、ものごしのやわらかさなどの美徳。

なんか自分はそれらはすでに失っているような気もしないでもないのですが、
世界に日本という国があって、よかったという気はします。
どの国もそれぞれがかけがえのない個性を持っているんでしょうけど、
日本人のやさしさと丁寧さは半分外人目線になっている私からするとやはり時に感動的です。

一方で、首都圏の電車に乗るとだいたいいつもどこかの路線が人身事故でストップしてます。
大体いつもどこかで事故が起こっている。

人生で追い詰められて出口を見失ってしまっている人も多いということなんでしょうか。

物事には光と影がいつもあって、
やさしくて繊細な日本人は強力な日本のマトリックスの中で、人とのつながりを失って自滅しやすくもある状態でもあるのでしょうか。

外から見ると統制が取れててシステマチックで無駄のない美しくも感動的な動きの日本人ですが、
その中に入って生きるのは案外きついのかもしれません。
(わたしはすでにそういう感覚がわからなくなっている)

新幹線は新横浜で降りて、知人が提供してくれている都内の部屋に荷物を置いたあと、川崎のバジャングループのバジャンに行きました。

川崎のバジャングループに参加するのは初めてでした。
なんか、「川崎いいよ~」って聞いてたので、一度行きたいな~と思っていたのです。

ヴェーダレッスンも行こうと思ってたのですが、それには間に合わず、
行った時はスタディーサークルの時間でした。
テーマはなんだったかな。
悲しみについてだったかな?忘れました。
人生において、どういうときに悲しみや苦しみが起こるのかというのについて
そこにいた人で意見を出し合ったりしてました。

私の番になったときには、
恐れや悲しみは個人に関する利益が失われたり、損失があったりしたとき(ありそうなとき)に起こるというようなことをいったと思います。
そういう個人意識にまつわるものだみたいな。
病気とか、お金がなくてご飯が食べれないとか、(肉体、感情、精神、いろんなレベルの)個人の安寧が脅かされるようなときに恐れが出てくるように思ったので。

それからどんな話だったかな。

どういう話の流れで言ったのかは忘れましたが、
ババの言葉で、恐れに関するものが読み上げられたあとに意見交換したんだったと思います。

なんか忘れましたけど、わたしは、世界にまきこまれないためには世界に意識の重心を置きすぎないようにするみたいなことも言ったような気が。
世界が先にあって、それが自分を形作っていると思うと巻き込まれるというか、自分の力が喪失するけど、
実際は自分は世界に属してるんじゃなくて、世界が自分に属してる、みたいな。

あとは、、、苦しみや悲しみへの対処としては
やれるだけのことはやって後は神にゆだねるとか、
個人の意識から、神の視点、神の意図やシナリオはどうなってるんだろうと、そっちに意識をシフトさせることと、
というのは、すべては究極的にはいい事のために起こってるという、究極的な神の意図への信頼感というか、
そういうのが、個人として感じる苦しみや悲しみから自分を引き離してくれると、そういうような発言をした気がしますが忘れました。

ほかの人は、自分が失敗したときとかに自分をすごく責めてしまうことについて話したりしていました。
わたしもいいかげんだけど完ぺき主義やな理想主義なところもあるので、
そういうのわかるなーと思って、
そう言ったんだけど、
ほかの人と話していて、わたしは自分を責めるというのはあまりないことに気がついた。笑
そういうポーズを取るときはあるけど本気ではどうやら責めてないらしい。笑
それは生得的なものなのか、インドで暮らすうちにインド人から学んだことなのかは不明。

そういう、自分を責めるというのがどういうことかわかってきたので、
自分で自分を変えるというのが構造的に無理な気がしたので、
変えようとする主体の自分と変えられようとする客体の自分の2つの自分が分離してガチッとはまってる感じがしたので、
変わるためにはそのためのスペースが必要なので、
その分離した2つの自分を統合するようなより広いスペースを自分に与えたほうがいいんだろうなあと思って、
私の場合は、良くも悪くも自分を失いやすいので、
自分よりも意識が広がってる人につながるとそっちにスッと自分を失って、
その広がった意識の中では自分自身か変容させられることが比較的容易だということをいいました。
そんで、私たちの場合はババがいるので、結局はそこにつながっていくわけですけど。


ババの言葉を進行役のインド人男性が交えながら、英語日本語チャンポンのスタディーサークルはいい感じですすんでいって、いい感じで終了しました。

人がどういう世界から物事をどういう風に認識、分類してるのかというのがスタディーサークルではよくわかるので面白いですよね。

といっても、ほかの人がなんと言ってたかほとんど覚えていないという。笑 すみません。

そのあとは確か練習なしでぶっつけ本番バジャンでした。
川崎グループも大島と同じく、インド人が中心になってやってます。

スタディーサークルと同時に別室では子供たちへの霊性教育としてバルビカスのクラスも行われていたようでした。

バルビカスの先生役のインド人女性とスタディーサークルの進行役のインド人男性家族あたりが中心になってやってるのかな?

スタディーサークル進行役のインド人男性とその家族は昔横浜センターで私も一応青年部に参加してたのですが、そこで一緒にやってた人たちでした。
彼から連絡事項のメールもらったことがありましたが、日本人以上に礼儀正しい文体で難しい漢字もいっぱい使ったメールだったので私のメールがすごいあほに見えた。笑

しかし、横浜センターの青年部のころは、
私&息子ペアとそのインド人ファミリーを含めて3家族だけ参加してて、しかもその3家族がもれなく乳児連れだったので、
バジャンをしてても終わるころには赤ちゃん3人がそれぞれの方向に動いてって、それを母親が追っていって、
最後にはほとんど誰も座ってないみたいなすごいバジャンでしたが、
今やその3人の赤ちゃんは全員小学生。
インド人ファミリーは川崎グループでしっかり活躍してるし、わたしはなぜか単独であちこち出現してふらついてるし。笑
感慨深いものがありました。

バジャンはこの日も全部ヒンディーバジャンだったような。
トリはバルビカスの先生役をしてたらしい、インド人女性がリードして歌いました。
「ワナマ~リ~ラ~ダ~ラマナ ギリダ~リ~ゴ~ヴィンダ
 ニ~ラメ~~カ スンダラ~~~~ ナラヤナ ゴ~ヴィンダ」
って歌詞だったかな。
以前インドのバジャングループで教わったことがあったけど、難しくてリードするレベルにはいけなくて、でも好きな曲なので、
楽しみにしてましたがその女性はとてもいいかんじに歌い上げていました。

最後のほうの、
「ナラ~~~ヤナ ナラ~~~~ヤナ ナラ~~~~ヤナ ゴーヴィンダ」
というとこが好きなんですよね。
なんか、ぐるんぐるん回転するみたいで。

このインド人女性からなんかどこかしらアマチのムードを感じたので、
ほかの日本人にそう言ったら
「みんなそういうよね」
とのことでした。

いい感じのインド人がいっぱいいるセンターやグループは安定感があって充実した感じですよね。

やっぱババはインド人としてインドに生まれたので、
日本人だけでやるときれいだけどどこか地に足がつかない感じになるのかもしれないですね。

バジャンの後はご飯も出ました。
ババの降誕祭後、川崎ではさいしょのバジャン会ということで、
バースデーケーキも用意されていました。
ババは亡くなってしまったけど、ババの生まれた日はこうやってこれからもハッピーバースデーとして祝い、歌い続けられていくんだなあと思いました。

持ち寄りのご飯はビュッフェ方式で、普通に取ったつもりだったけどすぐにお腹いっぱいになって苦しくなってしまった。
ほかの日本人にそう言ったら
「川崎のプラサードはなぜかすごくお腹いっぱいになる」
とのことでした。笑
なぜだ?

インド人6割日本4割くらいの参加比率だった川崎のバジャン会、
とても和やかで軽やかでいいかんじでした。
月2回だけやってるみたいで、1回ずつ別の場所で行われてるそうですが、
また機会があれば行きたいなと思いました。

最初は少人数で始まりましたが、会が進行するにつれて続々とインド人が増えていきました。
これらのインド人はとくにサイババ帰依者というわけではない人が多いらしいんですけど、
インド人なんで、そういうスピリチュアルなムードが日本の日常の中で欲しくなるんでしょう、とのことでした。

サイセンターは光だな、いいかんじで社会貢献してるんだなと思いました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2011/12/02 16:08】 | 日本帰国時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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