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チェンナイにて。つづき。
チェンナイでの日記の続きです。

長くてすみません。

自分に何が起こったのか書きながら整理してるので。



最初のホテルを紹介してくれた人が、チェンナイにいい占星術師がいるというので翌日、電話してみました。

人柄とか実力とか聞いた感じではすごく評判がよくて、

わたしはプッタの占星術師には何度か鑑定してもらってるのですが、
私の場合、なんか鑑定のたびに大きく違ったりもして、占星術師もどう導くか方向性を決めかねてるようなとこもあったりして、
それってそもそも根本的にわたしが導かれるつもりがないからかもしれないですが、

インド占星術がすごく参考になるし実際的だという認識はあるので、
そんなに評判のいい占星術師なんだったら、その人の視点からも何かアドバイスしてもらえたらと思って。


で、電話したら、紹介した人から聞いてるということで、
自分のサイトは見たかときかれたので、
「今見てますし、大体は見ました」
と答えたら、
「ウェブサイトをすみずみまで全部読んで、それから電話してきなさい」
と言われました。

え、けっこう量あるんですけど、、、と思って、「大体読みましたよ?」と、しぶったんですが、
先方は「全部だ」と言って譲らなかったので、
わかりました、と言って、「でも2日後にはプッタパルティに移動するんですが」

と言ったら先方はちょっと考えて、
「じゃあ、それまでに観てあげよう」
とかいいました。

電話を切って吐き気に襲われて、
こういう感じはプッタでおばあちゃん先生と関わってたときみたいだなと思いました。

でも先方の世界観や生きてる世界、保ちたいもの保護されるべき世界も理解できたので、
もう行くのやめようかこんなの、とか思ったんですが、
この場合、相手に合わせることをしてもいいのかもと思って、
(自分を矮小化することにはならないと思った)

ウェブサイトを日本語翻訳して読んだり、めんどくさくなってそのまま流し読みしたりして、

とにかく翌日の昼くらいには読み終えてました。

占星術師と聞いてたのですが、実際は手相のエキスパートのようでした。
いろんな紹介された新聞記事とか雑誌の記事とかそういうのがたくさんウェブサイトに載ってました。
インドで唯一公認の手相みる人、みたいな。(たぶん)
手相を見るポイントとか、そういううんちくみたいなのや、彼の生い立ちや歴史みたいなのや。
あと、ケーススタディや、鑑定してもらった人からの感謝の言葉とか。

で、読み終えたのでまた電話して、

「あの、昨日電話したものですが」
と言ったら、

「なんで朝電話してこなかったんだ、昼からは停電だから鑑定にはよくない」
というので、

「だって今までサイトを読んでいたので」
というと、

「全部読んだのか!」
と、微妙に意外そうな返答で、

「全部か?」
と念押ししてきたので

「はい」
と、ぶすっとした感じで答えたら

「どうだった?興味深かったか?」
とかいうので、

「、、、、、、、とにかく単に全部読みました」
と答えたら

「読んだけど興味深くはなかったのか。。。。。」
とつぶやくので、

「だって、私にとって新しいことではなかったから」
と思い切って正直に言ったら、

「どうしてだ!全部が新しいじゃないか!?」
と、心底意外そうに言ってました。

で、
「で、、では、明日の朝8時から9時に来なさい!8時から9時に観てあげよう!」

となんだか少しうろたえた感じで言われたので、

朝8時はちょっと早いなと思って、
(それだと7時にホテルを出ないといけなくて、宿泊費に含まれてる朝食もとれないので)

午後はどうですか?それか朝10時とか。ときいてみたけど、

「8時から9時だ!」
というので、

「わかりました」
とお礼を言って電話を切りました。



この日の夜に、先の記事で書いたヴェーダティーチャーのおばあちゃん先生を訪問しました。


その後ホテルに戻ったら携帯にサイユース関係者から着信があったのに気がついたので、
連絡したら「今そっちのホテルに向かってるとこです」というので、
「え、今ですか。(夜11時過ぎ)」
「あの、私ホテル変わったの知ってますか?」
と言ったら知らないと言うので、(最初のホテルを紹介してくれた人から伝わってるかと思った)

変わった先のホテルの住所とホテルの電話を聞かれたので伝えました。

今向かう、とのことだったのですが、
私はけっこううんざりしてて、自分からはもう連絡する気になれなくて放置してたんですが、
まあ、仕事も忙しいんでしょうと思って、くるなら様子を見ようと思って待ってました。

で、すでにすごく遅い時間だったんですが、
12時近くになっても来なかったので、
翌日は例の手相のために朝6時起き予定なので、
サイユース関係者に「こっちに向かってるんですよね?」と連絡したら
「いや、今日は行かない」
とのこと。

「そうですか」
と、無感情に答えると、翌日何時だったらあいてるかと聞かれたので
早朝は出かけてますが、朝11時くらいにはホテルに戻ってきますと答えました。

そしたらホテルに戻ってきたときに電話くださいといわれたので了承し、

「あしたチェックアウトして夜の列車でバンガロールに行きます」
ということも伝えました。

サイユース関係者は、もはや何の感情も湧かない悟りの境地にどうやらいざなってくれた模様でした。
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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2012/03/31 14:49】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ラーメーシュワラムでのプージャがどんなだったか。
先日、ラーメーシュワラムでのサイユース主催の?プージャ(ルッドラホーマム)に参加してきたのですが、中途半端に記事かいて終わってたので補足的に記事書きます。

結論から言うと、あまり楽しめなかったです。
というのは、去年から今年にかけて個人的にプージャをしまくっていたので、その濃密度からしたらスカスカのゆるゆるに思えて、腑抜けに感じました。

これはそう感じてしまったのだからどうしようもない。
でも、たぶん、わたしが一般インド人以上にプージャ経験地を異常に上げすぎてしまったからだと思います。

なんか、ホーマムというより、公民館の中で会議をしてるかのような印象でした。
う~ん。。。

困った。。。おもしろくない。。。。。


と、多少苦痛に思いながら参加していました。

部屋の端のほうでホーマムをしてて、その近くにお坊さんや男性人が取り囲んでいて、女性人は離れた壁際にみんな座ってて、なんか遠くのほうでやってるな~~~という感じでした。

場所もどこかの会館でしてて、
お寺の中ではなかった。
たぶん許可が下りなかったか、お坊さん以外の参加人数が多すぎるので最初からお寺でする気はなかったのか。

ホーマムと、あと、白いシヴァリンガムも会場に設置されていて、
全員が順番にその白いシヴァリンガムに水をかけてアビシェーカムをするというのを延々時間をかけてやっていました。

私も参加させてもらいました。

しかし、ホーマムって、そもそもこういうのだったんだっけ???と、
ちょっとわからなくなりました。

なんか腑に落ちず、楽しめず、違和感をかんじる苦痛の中でいたのですが、
比較するのがそもそも間違ってるんだと思いますが。



で、最後のほうにチダムバラムからきてた今回のメインプリーストが白いシヴァリンガムにサンダルペーストとかで顔のパーツをつけて、
それを見てさらに奇妙な気分になりました。


。。。。。。。



と思ったんですけど、なんか私、否定的な態度になってるかも。。。でもどうしようもない。。。。
と思って、でもとにかく参加しました。


先の記事にも書いたんですが、このメインプリースト、今までプージャで回ってて、顔見知りが自動的に増えてくるんですが、その中でも一番苦手な人で、いつも怒る準備ができてる印象で、
そのこともさらにこのプージャから私の心を引かす理由になりました。

冷え冷えした気持ちでプージャが終わった後、食事の場所に行きました。

そしたらそのメインプリーストと近くに歩いていく羽目になり、
わたしは頭ごなしに鬼の形相で怒られたりして傷つくのいやなので心を常に閉じてたんですが、

そしたら意外にもそのメインプリーストがニコニコと話しかけてきました。
なんだろう?たくさん写真撮ってたのが逆に気に入ったのか???とか思ったんですが、

私もこわごわ応じてたのですが、そのメインプリーストは別人のように愛想がよくなっていました。
なので私も徐々に心の扉を開いてしゃべりました。

どういう変化が起こったのかわかんないですが、なんかが変化したのは確かみたいでした。



単に別の場所で顔見知りに会って親近感湧いたとか??笑



彼はプッタパルティに何度も行ったことがあって、お兄さんかなんかもスタジアムのヤグニャのときに何か務めたと言ってたような。
ババにも何度も、坊さんとしての務めをしてるときにパダナマスカールしたといってたような。はっきり覚えてないですが。


で、29日と30日に彼がプッタパルティに行くとかいう話になってて、
私のアパートの場所とか、なんていうビルだとか聞かれたので、まさか訪問してはこないと思うけど、、、と、
軽くびびりながら答えました。

で、私も、愛想よく、じゃ、今度はプッタパルティで会えますね!と、ニコニコしてみせたのでした。


わたしはアティルッドラマハヤグニャが今年の夏に日本で行われるといいと思ってて、
アティルッドラマハヤグニャって、それ専門の坊さんグループがすでにあるのかと思ってたらそうじゃなくて、
それをするときのメインプリースト(チーフプリースト)だけが決まってて、その下の140人ほどの坊さんは主催者が組織しないといけないらしいです。

だから、主催者が誰かによって集団の質もやはり変わってくるというわけ。
いくらメインプリーストは誰を通してやっても同じ人だといえども。


でもその時は私はまだそのことを知らなかったんで、誰を通してそのメインプリーストにアプローチしても同じだとはいえ、どういう形でアプローチするのが一番いいのかなと軽く模索中でした。

そういうときに、サイユースがすでにマレーシアとタイでアティルッドラマハヤグニャを行って、今度はロシアでもするそうなんですが、そういう話を聞いたので、
じゃあどんなもんかととりあえず見に来たわけです。
あ、その時は彼らがやったのかどうか定かでなかったんですが、
インド中や外国もルッドラホーマムして回ってる人たちがいるということで、それだけの認識でした。

なんか、世界平和トラスト、みたいなの作ってプージャして回ってるらしいよ!?みたいな。

それがアティルッドラマハヤグニャを含むと聞いたのは本人たちに直接確認したときでした。


まあ、ラーメーシュワラムは一度は行きたいと思ってたし、単に観光でくるより、プージャ参加というイベントがあったほうが面白いだろう、くらいのノリで参加しました。


それがまあ、来てみたら連絡がうまくつかなかったり意思疎通がうまくできなかったりでわたしは結構イライラして、なんか、だめだな、この人らなんか無理。。。と思ったんですが、


このメインプリーストの変貌振りは自分にとって印象深かったので、
この人らを通してアティルッドラマハヤグニャ、という案は自分の中で消えずに残りました。

一応自分でも努力したんです。
あまりにもイラつきすぎてただけに、相手の中の神の部分とだけつながろうとか思って。

向こうも努力、したのかどうかはわからないですが、
話の流れでアティルッドラマハヤグニャが日本で行われることを望んでるというと、
向こうもいろいろ話をしようという感じになって、
プージャのあとに
そのサイユース関係者が(実際には彼自身はサイユースではなくて、サイユースにアドバイスをしている、という人でした)私のホテルに話しをしにくるということで、

私もプージャの後、着替えて、いつ来てもいいように身支度を整えて待ってたんですが、
そのうち疲れて寝てて、起きたら結構時間がたってたのでどうなってるのかと電話したら
もう帰路についてるとのこと。

もうこのパターンには慣れたので、
はあ、そうですか、みたいな。

みんなを送っていかないといけなくて時間がなくて、、、、と、移動の車の中から言い訳してましたが
はあ、そうですか、と寒い心で答えました。


まあ、その後数日私はご存知の通り一人残ってラーメーシュワラムを満喫したのですが、

ここ数日はチェンナイにいました。


なぜかというと、そのサイユース関係者がすでにアティルッドラマハヤグニャのメインプリーストに私のことを話して、彼(アティルッドラマハヤグニャのメインプリースト)がバンガロールで会いたいといってるのでいつがいいかとか言ってきたので、

えらく先走ったな、、、と思って、

でも本気を出したのか?とも思って、

でも、ラーメーシュワラムで、まだ誰を通して頼んだらいいのか考えてるとは彼(サイユース関係者)に言ってあって、
というのは、去年から今年にかけて占星術師と一緒にずっとプージャをしてきたので、
もし個人的にするんだったらわたしは占星術師を通してしたほうがいいと思うと言ってあったので。

ただ、もし、日本のサイセンターとかがするんだったら彼らのようなサイユース関係を通してメインプリーストにアプローチするほうが心情的にスムーズと思うとか言って、そうなるんだったら私は引っ込んでたい、みたいなことも言ったような。

なので、すでにメインプリーストに話したから日にちを決めて詳細を話し合おうとか言われても、
ラーメーシュワラムでそれだけ意思疎通がうまくいってなかったのに、
だめだろう、と思って、

それで、プリーストを交える前にまず、とにかく自分たちで話をするのが先決だと思い、チェンナイに飛びました。

予算もまだ全然未定だし。(それは言ってあったけど)


で、チェンナイの到着駅に迎えをよこすといわれたんだけど、自分で動けるし、ほかの人のサポートもあるからとそれは断って、ホテルについたらじゃあ電話してくれといわれてたので電話したら
今日は疲れてるだろうから休んでください、明日行きますといわれたのでそうしたんですが、
翌日なんの連絡もなく

私ももう自分から連絡するのも疲れて、

こういうことの連続だったんで「またこれか。。。」とか思い、

紹介してもらったホテルはサイババ関係者の経営の、カパレーシュワラテンプルのすぐ近くのホテルで、
安くてきれいだったんですが、

何か自分でもわからない居心地の悪さを感じ、
でも安いし大きな問題もないしと思って、自分のエゴかもと思って違和感を気にしないようにしてたんですが、

なんかどうにもこうにももうだめだ!という瞬間が来て、
翌日は別のホテルを探して移動するのに費やしました。


いくつかホテルをみて回って、最初のホテルを紹介してくれた人が、別のホテルがいいならあそこもいいよと教えてくれたホテルも見て、そこは1つだけ残ってた一番いい部屋をシングルの値段で貸してくれようとしてて、
部屋はすごくよかったんですが、ホテル自体が何かすごく人通りが多くて忙しい雰囲気で、
部屋を見に行ったときも「危険」という字があちこちにあってそれがなんか自分の中にすごく入ってきたので、
普通考えたらここのホテルのこの部屋を取るのが賢明だよなと思いつつも、
そこはやめにして、

自分でネットで見て探した3つ目に見たホテルにしました。
そこは場所がとにかくわかりにくくて、ホテルにも近くにもレストランがなくて、不便な感じはあったのですが、
ちょっと瞑想的な繊細な空気に満たされてて、
行く前から自分の心が「ここだ」と、開いていました。


なので、そこにしました。
従業員の感じも余裕がある感じで、よかったです。ホテルとしては決して便利とはいえないホテルだったんですが。

で、最初に泊まったホテルに戻って移動のために荷造りをしました。

移動すると決めてからやっと、あ、近くにお寺があったんだった、と思い出して、
もうチェックアウトしてしまったあとだったので不本意ながらシャワーも浴びずにあせだくのままでお寺に行きました。

お寺はホントに歩いてすぐでした。
チェックアウトを決めるまでは本当に意識も視界も狭くなってる感じで、知識としては入ってても、お寺に行く発想が出てこなかったです。


お寺の横には巨大な沐浴場があったのですが、扉には鍵がかかってて、
今までクムバコーナムとかで行ったお寺の場合だと沐浴場は常に開放されてて、人々が好きに沐浴したりできてたので、
こんな立派な沐浴場、使えないんだ、、、と思いつつ、
もしかしたら朝は開いてるのかな?と思って、
近くの花売りにここは朝には開いてるの?と聞いたら、
「オンリーアンマーワーサイ」
と、答えました。

「オンリーアンマーワーサイかあ~~~~。。。」
と思いました。

アンマーワーサイは新月のことです。

つまり、月に一度だけ開くらしい。



お寺に、プージャ用の花とか買って入りました。

最初、このお寺はどんなかなと思って一通り歩いて回りました。

たぶん、10数年前の個人的なアガスティアの葉のカルマの解消で来たことあるような気もするのですが、もちろん全然覚えてません。


チェンナイに来たときから何か自分の中でなじめず、だめなかんじというか、違和感がぬぐえなくて、
それはお寺に入ってからも同じでした。

チェンナイは、私は合わないんだわ、と思いました。
なにかみんな意地悪に見えたり。

そんなことは実際はなくて、歴史ある都会の部類に入るのでチェンナイは。だから、
都会の人特有のうかがうような人との距離のとり方が、オープンハートな田舎の距離のとり方になれたわたしには痛く感じたんだろうと思います。


お寺のいよいよ核心部分に入っていったのですが、シヴァリンガムに行く前に、人の流れに乗ってたら先にパールバティのほうに流されていきました。
なので、パールバティ先でいいのかな?と思いつつ先にそっちにおまいりしました。

ちょうどアルティしてて、タイミングいいかんじでしたが、一日中やってるのかもしれないし、よくわかりません。
でも、花を女神の足元にラリタサハッスラナーマか何かを唱えながら捧げてもいたので、
やっぱりいいタイミングだったんだろうと思います。
私の持参したはすの花も持っていってもらいました。

お参りして振り返ると扉が閉められて見えないようになっていました。

その後シヴァリンガムにもおまいりして、持参のもの、ココナツとか、花とか、フルーツとか、を捧げてもらいました。

捧げられたあとのものをプラサードとしてもらい、ビブーティーとかももらい、
満足して出てきました。

パールバティのとこから何か箱をいくつかシヴァリンガムのほうに運ぶのに楽団が演奏で花を添えていました。

満足したんだけど、何かとてつもない悲しさにも襲われました。


なにかものすごく哀しくて、
シヴァリンガムと対峙したときは確かにそこに濃厚な「在る」感じを受け取って、とてもよかったんですが、
少し引いてそこに一生懸命おまいりする人たちを見てると何か虚しいというか、シヴァリンガムと人々のあり方とのギャップを感じて、ものすごい虚しさに教われました。

人々があまりにも実がなくて空虚に思えて。

そういう空虚さのほうを強く感じてしまった。
まあ、勝手な話というか、失礼な話ではあるんですが。


異邦人としてその場に降り立った私が感じたのはそういうことでした。


お寺を出て、お寺の周りをわざわざ遠回りしてぐるっとまわってホテルに戻り、
荷物をオートに乗せて、変更先のホテルに行きました。

別のホテルに行く道すがら、閉塞感やだめな気持ちが、楽しい気持ちに置き換わってることに気がつきました。
いつの間にか楽しめていた。
ホテル変えて気分が変わっていた。

最初のホテルの手配をしてくれた人が、ホテルを変更するなら変更先を教えるようにといってたので、
電話したら途中でオートと落ち合って、変更先のホテルに送ってくれました。

やっぱりホテルの変更が腑に落ちなかったみたいでまあ実際、紹介してくれてたとこはきれいで安いとこだったし、便利な場所にあったので。
だから、何でとかいろいろぶつぶつ言われましたが、
適当な当たり障りのない理由を言いました。

紹介してくれた人は「あのホテルは君にとってセンター(サイセンター)のようなものなのに」といったのを聞いて、
「ああ、だからだめだったんだ」
と、思いました。

私はサイセンターはババの直接の手足となる機関としてその存在がありがたいし、敬意をはらっているのですが、
その中にどっぷり入ってしまうことは、自分が望んでてもどうしても無理だったので。


変更先のホテルは場所はわかりにくいにしてもきれいでわりといい感じで、一言で言うと神経にさわらない。

私にはこういう繊細なムードが今どうしても必要だったんだなあ、と、部屋に入って思いました。
知らず知らずのうちに、神経の磨耗が相当すすんでいたらしい。

ちなみにそのホテルのサイト
http://www.smarthaven.in/formats.php

ブティックホテル?とかいう分類になるらしく、建設会社の半分モデルルーム的な機能も備えてるのかも。
スタッフも気のせいかなんか建築関係の学生上がりっぽかった。

数部屋にひとつ、共用キッチンとくつろげる場所がありました。



長~!  つづく。。。

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2012/03/31 06:12】 | プージャ | トラックバック(0) | コメント(0) |
プッタパルティにかえってきました。
今朝、チェンナイからプッタパルティに戻ってきました。

いろいろあったけど、プッタパルティでヴェーダを教えてもらってたおばあちゃん先生にチェンナイで会いに行きました。

連絡先とか住所とか控えてなかったので、プッタの知り合いのインド人のおばちゃんに電話して聞いて、
気軽にオートリキシャで行ってみました。

おばちゃんいわく、たぶんおばあちゃん先生はもうその住所にはいなくて、シンガポールに引っ越したと思う、でもとにかく行ってみたらどこにいるかは近所の人にでも聞いたらわかるだろうということで。

なので、いないだろうし、その住所も見つけきれないだろうと思っていくだけ行ってみました。


そしたらまったく迷うことなくあっさり見つけました。
ここら辺の住所だけど、どこ?と、オートがとりあえず停まった場所がその家の前でした。

でももう違う人が住んでるだろうと思って覗いてみたら、おばあちゃん先生愛用の椅子があったので、
わ、いるのかも、と思って、

手土産も何も持ってなかったので別のオートに乗って花や果物を買ってからひき返してきました。

呼んでも誰も出てこなかったので、どうしようかと思ったらお手伝いさんらしき人が来たので、
おばあちゃん先生はいるかと聞いたら中にいると答えて呼び鈴を鳴らして大声で呼んだら奥から出てきました。


実に2年ぶり?くらいだったのですが、プッタを去ったときよりもおばあちゃん先生は元気そうに見えて、それがうれしい誤算でした。

弱ってると聞いてたので。


おばあちゃん先生がプッタを去ってから、おばあちゃん先生はいろんなのを中途半端にしたままいきなり去ったのでわたしの中で恨めしい気持ちもあり、反面、開放されて自由になったという気持ちもありました。


奥から出てきたおばあちゃん先生は
「たったいま、パードゥカのプージャを終えたところだ。スワミの恩寵だ!」
と、喜んでいました。

なかなか、こみあげてくるものがありましたがなんとかこらえました。

コーヒーとラスクみたいなのを出してくれたので座ってしゃべりながら飲み食いしました。


家の中をこっちに来いとかいってあちこち連れて行って全部の部屋も見せてくれました。
お祈りの小さな部屋にも「ここに座りなさい」とかいって座らされたのでしばらく座ってました。

小さな部屋なんですが、いろんな神様の写真とか貼ってたり置いてたりしてて、
プッタを去った後、ここでひとり、毎日お祈りしてたのかと思うと感慨深いものがありました。

わたしがチェンナイのアティルッドラマハヤグニャでもらったシヴァリンガムの写真を御土産にあげたものも壁に貼られていました。

孫娘のためにババが黒板にオームのサンスクリットのアルファベットを書いた直筆もかざってありました。
これは貴重だと思ってみてたんですが、
別の部屋にも孫息子のためにババが書いたオームもありました。


おばあちゃん先生の世話を任されてた孫娘は最近結婚して、数日後に夫の住んでるアメリカに引っ越すとか。
長女もやはり2日後にシンガポールに戻るとか。

なのでその後はお手伝いさんは手伝いに来るものの、一人暮らしになるようでした。
気楽に来てみたけど、なんというタイミングで来たことかと思いました。


なんでもプッタからチェンナイに引っ越してからはなんでこっちに来たんだと思って毎日泣き暮らしてて、体の具合も良くなかったらしいです。
おばあちゃん先生本人はプッタに居たかったんだけど、親族が心配して、彼らに逆らえなくて、親族の居るチェンナイに引っ越していったのでした。

わたしはまだまだいろいろ習うものがたくさんあると思ってたので、わたしはほんとうに悔しくて、おばあちゃん先生に対して怒ってました。

チェンナイまで習いに行こうかと思ったけど、
親族はプッタパルティの人たちがおばあちゃん先生に負担をかけてると思ってて、歓迎ムードではなかったので
そんなとこに行くのも違うだろうと思って行きませんでした。

ときどきおばあちゃん先生がプッタに来てて、たしか1回だけプッタで会ったんですが、そのとき、別の美しくて若い愛弟子が自殺して、たぶんその関係で来てたんじゃなかったかと思うのですが、
手をとって「わたしを忘れないでね」と言われました。

それっきりでした。
その後も何回か来てたみたいですが、わたしはプッタに居なかったり、居てもタイミングが合わなかったりで会ってませんでした。

おばあちゃん先生も年だし、もう会うことはないのかもなと思ったりもしてましたが、
なにか今回、会っておいたほうがいいような気がして、
どうせ会えないだろうと思いつつ気楽に訪問したのでした。


チェンナイでは楽器やヴェーダを教えようとしたけど、誰も興味がなくて習う人も居なかったらしく、
ここら辺の人はみんな発展しようとしないと愚痴ってました。

孫娘もヴェーダやヴィーナをチェンナイでおばあちゃん先生から習い始めたけどそのうち忙しくなってやめたらしい。


で、2年間失意の日々を送っていたらしいのですが、

あるとき、ババが、自分で練習して自分で勉強しなさいとおばあちゃん先生の脳裏に語りかけたらしく、
それからおばあちゃん先生は自分でスケジュールを決めて毎日3~4時間ヴェーダのチャンティングを一人でしていたそうです。

そうしたら体も元気になったらしいです。


たしかに、すごく元気そうで、動きも機敏で驚きました。

この日訪問した時間は既に薄暗くなってて、しかも果物とか買いに引き返したりもしたので
訪問するには遅くなっちゃったなと思ったのですが、
その時間からちょうどあいてたらしく
(昼間は自主練してて、そのときは電話にも出ないらしいので)
ちょうどいいときに来たんだなと思いました。


プッタの人たちの近況とかを一通り、しゃべったり、(そしてまたもう一度一通り確認したり)
一緒にいくつかヴェーダを唱えました。

途中で声が聞こえなくなったので「?」と思って見たら目をつぶって聞いてました。

わたしははっきり言って練習不足なので、一緒に唱えてくださいとお願いしたんですが、
ドゥルガースークタムは結局全部一人で唱えさせられた。

なぜか長女は携帯に録音してました。
シンガポールで音楽学校やってるらしいので、その生徒にでも聞かせるんでしょう。


いつも、旅行のときはヴェーダのテキストを持参してて、でもいつも使わないのですが、
今回に限って持参してなくて、そういうときに限ってあったらよかったなと思うという。


しかしとにかく、久しぶりに会えて、しかも数日後から一人暮らしになるというタイミングで、
「アイムベリーベリーハッピーー!!」と、100パーセント喜んでくれてたので、
行って良かったなと100パーセント思えました。


プッタのほかの生徒たちも、やっぱりおばあちゃん先生の親族に遠慮して、訪問してなかったし、電話も控えてたようでした。

わたしもそれを思ったんですが、
プッタではいつも気のせいか、否定的な雰囲気やにらまれてるの感じてたので。
でも今回は数日後からおばあちゃん先生が独りになるというのでさすがに親族も心配だったのか、
今度来るときはここに泊まってご飯もおばあちゃん先生が作ったのを食べろ、あなたのお母さんだからと勧めてきました。

わたしも、今後月に一回くらい、中途半端で終わっていたヴェーダをチェンナイまで習いに来てもいいかなという気分になりました。


おばあちゃん先生はその場で新しいのを教えたがってたのですが、テキストもなかったし、
わたしも晩御飯食べに行きたかったし、長居しすぎるのも気兼ねだったので、
そしたら明日の3時に来なさいといわれました。

でも翌日はやっぱり、孫娘とかほかの親族との会う予定があるようで、娘がそういったので、
それはもちろんだと思って、今回はこの日で帰りました。


おばあちゃん先生はみんなが覚醒してる人だといって、パダナマスカールをしに来てたりしてて、
プッタパルティでみんなにすごく尊敬されていました。

霊感アーユルヴェーダドクターも、おばあちゃん先生がプッタを去ってから写真を見せたら、
ベリベリべりグッドティーチャーだ、彼女に習えてあなたはすごく幸運だったと言ってました。

今でも彼女に習ってた人たちは「いい先生だった」と懐かしみ、
「あんな先生はほかにはいない」と、いなくなったことを残念がっています。

わたしもすばらしい先生だと思います。
しかし途中でパダナマスカールをしはじめてからバランスが崩れて関係がおかしくなりました。

なので、わたしは途中でパダナマスカールをするのをやめました。
それは周囲に大きな衝撃を引き起こし、親族からのわたしへの否定的な思いも増大したように思いました。

でもおばあちゃん先生のすごいとこは、それはわたしがババへの帰依心からだと、周囲に言っていたとこでした。
おばあちゃん先生が、パダナマスカールをやめられたことで本人自身も、また、周囲への立場もあるし、痛みを感じてるのも知ってましたが、
そのときおばあちゃん先生を信用できると思いました。

おばあちゃん先生もやさしくて情の深い人なので、周囲の人たちを傷つけたくないと思って
自分を曲げたり変質させたり、また、そういう変質させられるのを時にはむしろ喜んでるときもあって、
そういうのがわたしはキツイとこがあるので、そういう筋の通らなさみたいなものを感じると怒りになって許せない気分になったりもして、

おばあちゃん先生がプッタパルティを去ったのもそういうやさしさであり弱さである性質がそうさせたんだと思っていて、何かそういうものに流されてだめになる、そういうのが残念でショックでした。

でもそれがおばあちゃん先生の幸せのためだったんだろうと思って
ひとつの時代が終わった。。。みたいに思って、わたしのプッタパルティ暮らしは失意を含みつつ続いていったんでした。


占星術師はそのとき、私の時期がよりよいものになってパワーアップしたから古いのが離れていったみたいな感じで説明してて、
それもそうかもしれないけど、いろんなことに対してものすごく残念に思ったものでした。


そんなわけで、ずっと気にはしてて、でも縁が深かっただけに、もう会わないほうがきれいな感じなのかもと思っていたりもしたので、
思いがけずチェンナイで再開できて、喜んでもらえて、とてもよかったです。
チェンナイに来た意味があったと思いました。

おばあちゃん先生も2年間泣き暮らしてたというのを聞いてすべてが許せた気がしました。


おばあちゃん先生の家を出るとき、娘が門を閉めようとする向こうから覗き込んで見送っていた姿が焼きついています。


やはり覚醒者?といううわさのおばあちゃん先生の祝福は強烈なのか、
その日までわたしは落ち込んでて、わたしってチェンナイだめかも。会わない気がする、みんななんとなく意地悪だ。
私の味方は誰も周りにいないし気にしてくれる人も誰もいない
という超孤独な気持ちだったのですが、

その後は関係ない人でもみんなが無意味に微笑みかけてくるようなかんじでした。

何かみんなが優しくなったような気がして孤独感が癒されました。


夕食は適当な中華料理やに入ったのですが、

学生向けみたいな感じでインド食堂並みにすごく安かったです。

周りのインド人たち、なに言ってるのかわからないけど、しゃべり方とか、早さとかで、
「若いな~~~」と思いました。

その後コーヒーショップに入って和んでから帰りました。

変えたホテルは目立たなくてわかりづらいとこになるので、オートのドライバーは見つけるのに多少苦労してましたが
電話でホテルからの指示を直接受けながら何とかたどり着きました。

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【2012/03/30 21:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ドイツZDF フクシマの嘘


確かに当時の菅さんに関する報道には明らかにあおってつぶす強い意図があったようには感じました。

個人的にアシュラムにおいてはドイツ人は個人が発達尊重されすぎてて固くて理詰めで疲れるトラブルメーカーなことも多い印象だけど、

こういう番組をみると、日本のぐにゃぐにゃと知らないうちに動く気力をそがれ、窒息させられてる集団意識の気持ち悪い側面に改めて気づかされる気がします。

ドイツも日本もたぶんどっちも一長一短なんだろうけど、とにかくこれは冷静な現実認識の助けになりそうな動画だと思いました。

テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2012/03/26 05:36】 | 東北地方太平洋沖地震や原発に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) |
この2週間の旅行写真&世界のカルマ解消プージャ(追加プージャ)写真
ここしばらくの旅行というか、移動というか、
撮った写真です。

https://picasaweb.google.com/114722135044983918099/March252012#


暇な人はみてね。




※こっちは公開し忘れてた世界のカルマ解消プージャなどの写真。
(正規日程終了後のアガスティア瞑想場所の寺での追加プージャです。私は不参加。)

https://picasaweb.google.com/114722135044983918099/March92012#

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【2012/03/26 03:46】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
世界の始まりの前と世界が終わった後にあり続けるもの。
食中毒症状は治まったものの、今朝は顔がむくんでパンパンで、しかもどす黒かったので、
そうとう肝臓疲れてるな~と思って、

お昼に町に昼食を食べに行ったついでに必殺Liv52DSを薬局で買って食後に飲みました。

おととし、急性肝炎になったときに、1週間くらい動けず食べれずで、回復の兆しがなく途方にくれてたときに、
これを飲んで寝たら翌日の朝から火の通ったものでも食べれるようになってて驚嘆しました。
(それまでフルーツしか食べれなかった)

そういう私にとっての必殺(殺すわけじゃないけど)のアイテム。

気分的に最近はいつも疲れてるということもあり、心身ともエネルギー不足でいつもくたびれてるのですが、
明日はチェンナイの移動予定なのでこれでなんとか完全回復の域に達せるか?

しかしこの疲れはいい加減自分でも疲れてることに疲れてきました。


いったん部屋に戻ってから神像屋さんに行きました。

また修正依頼がはいったので作る人に電話したら修正了解したんだけど、その後連絡がつかなくなったので、
インド人の定例パターンの逃亡か?と思ったんですが、

とにかく店に行って座って待っていたらそのうち来ました。


私としても回を追うごとに言いにくくはなるんだけど、
まあでも言って修正してもらって、
全部、文句付け役の私の判断にゆだねられるので、
ここのラインをもうちょっと広くとかそういうすごく細かいことをいちいち言って、
やっぱ彫ってあるのを修正となると、
そこを一段全部削らないといけなくて、
そうすると全体の形のバランスがまた微妙に変わって来たり。

で、修正箇所の両サイドとかも合わせて修正していくわけですが、

お店の人たちも、もうあきらめの境地に入ったのか、(毎回、それは無理だと一応言われるんだけど)
気力を散らすことなく修正に取り組む姿には今までに感じなかった立派さを感じました。
(今まではとにかくお店の人みんなの声がやたら恫喝してるかのように耳障りにうるさかったので嫌だった)

で、今回のことで学習したとみえて、ほんとうに細かくいちいち私に聞いてきて(時に暴走するけど)
たぶんもう2度と修正しなくていいようにだと思うけど。笑

いわれたと~~~~りに修正しようと心がけていました。

最初のころの大音量の猛反発の時期からしたらずいぶん関係性も変わったなと思います。
やっぱなんだかんだいって人間関係なので、
プージャにおけるお坊さんたちとの関係もそうだけど、
何度も足を運んで直接関わりあって、なじみあうことでお互いへの「知ってる感じ」と許容量が広がっていくんだなと思います。

人は分れているようで常に交じり合っているから、
一緒にいる人と常に交じり合っているから、友人とかは選ぶようにといわれるんでしょうね。


インド人とそんなに混じっていいものかと思わないでもないですが、
インド人と日本人はお互いないものを持ってて、与え合える関係にもなりやすいんじゃないかと思います。

だいたいがインド人強烈なので、日本人はコントロール下に置かれやすいような気もしますが。。。笑
それにしてもそういう強烈さから学ぶところも少なくないです。

一応今日もねちこく何度も手を加えてもらった修正も終わってほっとしたかんじになって、

作る人が「どこからきたの?」とわたしに聞いたので、
今までずっと一緒にいて今それを聞くか、みたいな感じでみんな笑ってました。

子供の話やだんなの話になって、バラティさんが何を思ったか勝手に彼女のだんなは弁護士だとか言うので、
みんな感心してました。
。。。。2パーセントくらいはほんとかもしれないけど。。。

社会的地位って、人間関係を円滑にするために大事なんだなと思います。
とりあえずそれで気分的に安心する人がいるから。

仮面をかぶるのは自分のためでもあり、周りのためでもあると、わたしは引きこもり生活からでて画家を名乗りだしたときに思いました。
みんながそれで腑に落ちて安心したら私も安心するから。

そういう、方便というか、理解するための取っ掛かりを提供する何かを身につけておくというのは今の時代まだ有効なんだなと。

で、とりあえず安心してもらったらそこから交流が始まれるから。

なんてめんどくさい社会なんだと思うけど、
やっぱり人がそれぞれに分離的な意識を持つようになってからは何ものでもない部分でつながれることって哀しいかなまれになってしまった。

たとえばサイババ関係者どおしだったらそれだけで通じるものがあったりとか共通項を通じてつながれるというのもあるけど、
なんだかそういうのも考えさせられるものがいっぱいあります。

でも、どの切り口でつながっているかというのはやはりその人間関係の質を左右するなとは思います。


わたしはかつて、なにものでもない所でであった人も2~3人、いや、4~5人?くらいいたように思います。
それは夢の中であったり、意識の最奥の場所であったり、そして同時にこの現実世界でも彼らと出会った。

そういうのはこの世界では関係性としては、そのいくつかははなから言葉を交わさないでテレパシー的なだけの交流であったり、
個人として密接に関わっている時期があったとしても、当人の意思をしのぐ何かによっていつか突然暴力的に離れます。
わたしにとって世界はなにものでもないものどおしが出会うことを容認し続けるほどまだ甘くはなかった。


2回そのようなことがありましたが何か少し悲劇的な暴力的な連れ去る力が働いた。

あの彼女は今どうしているのだろうとか思うけど、誰もその行方を知りません。


この世界はまだそのような場所ではないんだな、彼女が安らげるような確立された場所ではないんだなとうら哀しく思ったことを覚えています。

ある種の人にとってはこの世界はとても生きにくかった。
生きにくい気持ちと、生きやすい状況とかが混在してて何がどうとはいえないんだけど、
世界の平均値はたとえばそういう彼女を容易にはぐくみ安らがしてはくれていなかったのは確か。

でもどこにでも私たちの多様な切り口のどこかに共鳴していつも何かがつながっている。

ほんとうはそういうややこしいのもうんざりだと思う気持ちがあります。

あらゆる種類の切り口で様々につながるんじゃなくて、
なにものでもないものとしてあらゆるものと出会い、
全体としての全存在に共通する自分を共有していることで通じ合っていたい、そんな気持ちがあります。

来ては去っていった、なにものでもなかった自分たち、
いつかすべての関係性が消滅して、
ただ存在を喜ぶ瞬間が来るんでしょう。


それまでは世界の分離の波に連れ去られた自分自身を悼み、まだこれからも出会うことになっている自分自身を愛し、
大海に溶けゆくまでを味わっていこうと思います。



P3250890[1]

世界が始まる前から存在し、世界が終了した後にもあり続ける、シヴァ。

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【2012/03/25 23:02】 | 人間模様 | トラックバック(0) | コメント(0) |
チダムバラムのスモールプージャと、スリラムガムのダルシャンの記憶。
いまクムバコーナムにいます。昨日の夜はチダムバラムに行きました。

なぜかというと、
世界のカルマ解消のプージャのとき、最後のおまけプージャで、わたしとバラティさんだけそれぞれ都合でチダムバラムのナタラージャテンプルのホーマムにいかなかったからです。

あのとき、5大元素のお寺の4つまで一気に回っていたので(アルナーチャラは山の周りを回ってプラダクシナをしただけで済ませてますが)
最後の空の要素のナタラージャのお寺も加えることはすごくいい、ということもあって、
最後のおまけプージャでナタラージャテンプルでホーマムをしたという面もあったのですが、

私とバラティさんは行けなかったので(他の日本人の参加者とバラティさんの子分にいってもらった)

今回、それを一応完成させようということで小さなプージャ、アルチャナだけですが、しにきました。

大きなガネーシャがあるのですが、そこでアルチャナをしたあと、
ココナツを床に打ち付けて割らせてもらうのですが、
食中毒でご飯あまり食べてなくてへろへろだったので力がはいらなくて、一応割れたものの2回、失敗して、
3回目にすごく気合を入れて投げつけて、ようやく粉々に吹き飛んで割れました。

お坊さんやバラティさんは難なく粉々にするので、やっぱ腕力の差を感じました。

そのあと、今まで何度もこの寺には来てるのですが、今までは説明を受けたことのなかった、寺の中の地味な部分を説明してもらったりしました。

こういう古い寺にはいろんな要素がありすぎてわけわかんないです。


この場所で古代のやしの葉っぱが発見された重要な場所だという場所もあり、
(アガスティアの葉みたいなやつ)
その聖なる葉っぱの束が保管されて祀られてあったりしました。

そんなのあるの、今までこれっぽっちも知らなかった。


他にも色々案内してくれたけど全部忘れました。

ナタラージャにもお参りし、
(最近はいつもどこでも最前列のかぶりつきでお参りさせてもらっているので、そういう待遇じゃないと変なような感覚になってしまった。。。)

ナタラージャの左横の、黄金のビルバムツリーの葉っぱの奥に心の目で見えるというシュリチャクラは相変わらず見えず。笑

ちなみにこの、ナタラージャの左横のスペースがこの寺で一番重要な場所らしいです。
ここにシヴァが現れたらしいです。

たくさんの聖者や聖賢がここナタラージャテンプルでモクシャを得たらしい。


ナタラージャの右横はパールバティ。



ナタラージャダルシャンを得てお堂の外に出てぐるっとお堂を回って、別の屋根の下には横たわったヴィシュヌがいました。
これってなんていうんでしたっけ???
ペルマール?
忘れた。

こないだトリチラパッリ(トリッチ)のスリラムガムに行ったときに見た本尊のヴィシュヌと同じような感じでした。

108のヴィシュヌのうち、スリラムガムは第一のヴィシュヌで、ナタラージャテンプルのヴィシュヌは第一じゃないけど、108のうちの一つに数えられるヴィシュヌだそうです。


ナタラージャテンプルの中にこんなに立派なねっころがったヴィシュヌがいたなんて、今まで知らなかったよ。。
シヴァで有名なお寺だし。

さすがにヴィシュヌの像の近くでは「ラームラーム!!」と叫んでる人とかいました。


そういえば今日(24日)ってラーマナヴァミ?なんかそういうやつでしたっけ?
きのうはウガディ、テルグー新年と聞きました。
だからナタラージャテンプルにもウガディを祝うテルグーの人らがいっぱい来てると説明を受けました。
そしておとといは確かインドは新月。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

ちなみにトリチラパッリで水の要素のお寺でのプージャを終えたあと、
これでシヴァのプージャは終わりで、その次から女神のプージャ(サハッスラチャンディホーマム)で区切りがよかったので、
その町で有名なスリラムガム(インド全部でも有名だけど)に希望者は行きました。

バジャンでもありますよね。スリラムガ~ムスリラムガ~ムラムガラムガスリラムガ~~~みたいな。ちがったっけ?


水の要素のお寺の女神も有名でバジャンがあったんだけどなんだったか忘れてしまった。



スリラムガムは予想以上にでかかった。

まず、塔(ゴープラム)がやたらでかかったです。

車を降りてどんどん入っていって、
私は念のためサリーを着てたんだけど、他の人たちはすでに外人観光客風の服装だったので
途中で「ここからはヒンズー教徒だけ」と、止められました。

なので、止められてるのを横目で見ながらすり抜けた私は先に行ってるインド人のおじさんたちに
「止められた」と言いにいって、中から招いてもらった。

寺関係者の案内で長い行列を横目に別のとこから本尊の前に連れて行ってもらって、
他の一般インド人を待たせてゆっくり説明してもらってしまった。

で、なんかプラサードとか花とかもらって、足を見ろ。足が重要だといわれたので、
ねっころがってるでっかいヴィシュヌの足(金のカバーで飾られてたような)を拝みました。

パダナマスカール的なノリですよねきっと。


ここのヴィシュヌは108のヴィシュヌの第一番目のヴィシュヌで、このヴィシュヌにお参りしたら、ほかのを全部お参りしたのと同じことだと、お坊さんはみもフタもないことを言っていました。



そのあとたぶんラクシュミーもお参りしたと思いますが残念ながら詳細はすでに忘れました。
なんかラクシュミー周辺が金ぴかだった印象が。

そのあと、ふつうは案内しない、と前置きがありつつ、
なんだか自然の小道みたいなところを通ってスダルシャナのお堂に行きました。

ここは、シヴァの逸話があって、
ブラフマー神が、「オームナマシヴァーヤ」と唱えてたらしいんですが、
5つある頭のうち1つがそれを唱えてなかったらしいんです。

で、怒ったシヴァがカーラヴァイラヴァという犬として化身し、
ブラフマー神の、シヴァをたたえるのをサボっていた頭を食いちぎったそうです。

なので、もともとブラフマー神は5つ頭があったんだけど4つになっちゃったということらしい。
なんだそれ。笑


で、ブラフマー神はブラーミンだったので、
ここでまたブラーミンを殺すカルマというか呪いというのが登場し、
シヴァがそういうカルマ(ドーシャム)を負うわけです。

で、そのカルマを解消するために(ドーシャムニヴリティ)
ヴィシュヌが化身したスダルシャナルを礼拝し、シヴァはそのカルマから逃れたということらしく、
スリラムガムのスダルシャナルを祭ってある場所はまさにシヴァがスダルシャナルのダルシャンを得て礼拝し、カルマから逃れたその場所だということでした。

スダルシャナルファン(このマニアックなヴィシュヌの化身を認識している人がどれだけ日本にいるのだろう??)
には特にたまらないスポットなわけです。スリラムガム。

わたしもスダルシャナルがでかでかと祭られてる場所ははじめて見ました。
その逸話のように、特にカルマ解消とか、
すでにネガティブなエネルギーを受けてしまってる場合に、それをクリアーにする効果が抜群らしいです。
そんで、カルマ解消のあとは、スダルシャナルを礼拝することでそのいい状態をキープすることが出来るらしい。


あとは~~~、
スリラムガム 建物の配置が、というか塀が?7重構造になってたように思います。
7重だったと思うんだけど。。

それぞれのチャクラに対応してるって言ってたかな。あやふやですみません。
で、一番中心に本尊のヘビのベッドにねっころがりヴィシュヌがいるというわけ。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


話は戻って、ナタラージャテンプルでの簡単プージャを終えて、
フレッシュジュースを飲んで休憩したあと
町の食堂で夕食にしましたがさすがに疲れてイドリー(米粉の蒸しパン)いっこしか食べれませんでした。

おじさんたちはそれぞれイドリー5個と、ゴーピーマンチュリアンと(たしかカリフラワーのてんぷらにたれをからめたようなの)と、ドーサ(甘くないクレープみたいなの)に、もちろんチャツネやらサンバルやらたっぷりつけて食べてました。

帰りの車では寝てたのか半分意識を失ってたのかわかりませんが、朦朧としてたのは確か。

ホテルに着いたらあまりにも疲れすぎてたので、
翌日の朝に、翌々日の列車のタッカルチケット(臨時車両?のチケット。臨時といっても常にこのチケットはある)を取ってもらう話を考えることもイメージ出来なくて、
翌々日に回復してる自信もなかったので、
翌日の朝に列車のチケットとってもらうのを頼むのはやめました。

翌々日の朝にとってもらって、翌々翌日に動くことにしました。
(タッカルチケットは出発日の前日の朝8時から買える。いつも大体販売開始20分くらいで完売。)

部屋に帰って、ベッドのカバーもはがさずにベッドの上に横たわってそのまま朝まで寝てました。

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【2012/03/25 01:45】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
マドゥライからクムバコーナムへ
昨日の夜、ホテルで休憩してからミーナクシテンプルに行きました。

歩いていける距離なんですが、食中毒症状で体力なかったのでオートに乗っていきました。

一方通行らしく、ぐるっと回って西門の手前で下ろしてもらいました。
寺に近づく前に少し栄養補給しておこうと思って、食堂に入ってモサンビ(かんきつ類)ジュースを注文して飲みました。

出来るのを待ってると、細胞が一つ一つ花のように開いて、脊柱に何かじわっとしたエネルギーがたまっていく感じがしました。

ドラゴンボールの孫悟空が元気だまみたいなのを宇宙からエネルギーを集めて作るときみたいなかんじ。笑
(うろ覚えで書いてるからあってるかどうかわからない)
世界から力がここに熱く集まってくるような。

で、私は今幸せだな?と実感しました。

しかし頼んだモサンビジュースは、
砂糖入りにしたらのどが焼けるほど甘かったので「失敗、、、、」と思いながら何とかのみました。


お寺の門の近くのチャッパル(サンダル)置き場にチャッパルをあずけて西門から入りました。

入った中もオープンスペースになっててまだ建物の中じゃないので、北だったと思いますが、にまわって、
そこの建物の入り口から中に入りました。


ミーナクシテンプルに来ると毎回なんともいいようのない感情に襲われます。

帰郷、のような、なにか猛烈な深いものがあるようです。


ここのお寺は中心部は外国人は立ち入り禁止になっていて、入ろうとして見つかったら「だめだめ!」と言われます。

インドはそういう場所がちょくちょくあるんですが、
インド人ならクリスチャンでもOKなんで(見分けがつかないからと思うけど)
まったくいつも解せない思いがします。


何とか入れるようにと、インド人の助っ人が現れる場合もあるんですが、
たとえば「マニプリ出身だといいなさい」とか「自分の義理の妹だって言ってあげる」とか。

ここミーナクシテンプルでも初めに来たときはどんなにがんばっても中心部には入れませんでした。
ものすごい哀しかったし、助けてくれようとしたインド人も残念そうでした。

でも2回目にきたときはなんか人の流れに乗ってドサクサ紛れにシヴァの本堂のとこも、
となりのミーナクシの本堂のとこも難なく入ってお参りできました。

入り口の見張りのインド人も「あれ?」という感じでしたがなんとなく通り過ぎてしまった。


1回目と2回目の間に何かが変わったんでしょうか?

行ける時はスッと行けるし、行けない時はどんなにがんばっても行けないというのを思いました。


今回は体調がいまいちだったこともあり、別に無理に中に入る気も起きなかったので
外人が入ってもいいところをぶらぶら歩いて回りました。

ここのお寺の彫刻は見ごたえがあります。

前来たときはたしか3年ほど前だったか、
ゴープラム(門)もみんな修繕中でしたが、今はもうきれいに塗りなおされてました。
壁画も描き直されたりしてます。

前来たときは、暑かった!!!のを覚えてます。
いつ来ただっけ。4月だったかな。
昼間、エアコンなしの部屋には居れないし、表も歩けない感じだった。暑くて。

その時はババがくるか来ないかあやふやで、結局来なかったんだけどコダイカナルに避暑に私と子供は行きました。
コダイカナルはマドゥライから2時間くらいだったかな???
少し標高のある避暑地なので朝晩は寒いくらいのとこです。

コダイを満喫して下界に降りてきたときのマドゥライの暑かったこと!!!

タクシーが地上に近づくにつれのぼせて顔がまっかっかになりました。
一気に汗が吹き出てきて。
ホント暑かった!


そのとき、コダイで会った人と降りてきて、2泊くらいしてあちこち観光してミーナクシ寺院にも行って、
本堂の中にもお参りできたんでした。
前のときにあんなに苦労してはいれなかったのはなんだったんだろうと思いました。

そのあと、カンニャクマリにも行ったんでした。


今回はそんなわけで体力には余裕はないけど心には余裕のあるミーナクシテンプルのお参りでした。


9時過ぎにはシヴァが本堂からおみこしで出てきてミーナクシのとこに帰って行く毎日のセレモニーが行われてました。

立ってみてたんですが、ずっと立ちっぱなしだとさすがにしんどくなってかなり具合が悪くなりました。

でも最後まで見たという。
(執着?笑)

確か金曜日にはミーナクシがおみこしみたいなので寺の中を練り歩くんだったと思います。



結構顔面蒼白でよれよれになったので、帰りもオートでホテルに帰りました。

ホテルのトラベルデスクに聞いたらマドゥライからクムバコーナムまでのタクシーがACなし4300で、ACつきだと5000と聞いて、
ラーメーシュワラムからのタクシーをそのまま雇ったらもっとだいぶ安かったので、
しまったな、呼び戻そうかなと思ったのですが、

まあいいわと思って、
町に出たときにどこかの旅行代理店かなんかを見つけて頼めばもっと安いだろうと思ってホテルのは断っていたのですが、
そんなわけで町でタクシーを手配する気力もなくなったので
ホテルに帰ってホテルのトラベルデスクで頼みました。

ホテルの部屋にスイートコーンスープやらフルーツサラダやらトーストや飲み物やら持ってきてもらいましたが、
スープとフルーツサラダ以外は食べられなくて
相当具合が悪かったので寝ました。



起きたらだいぶよくなってたので
ホテルのレストランに朝食を食べに行きました。

ビュッフェ式だったので一通りとってみましたが、
やっぱ火の通ってるものはたとえイドリーでも(米の蒸しパン)体が嫌という感じで
フレッシュフルーツジュースとカットフルーツを主に食べて、
あと、お湯をもらって梅昆布茶を飲みました。

あ、でも、ワダ(VADA・甘くないあげドーナツ)は好きなので、からだは拒否ってましたが半分食べました。笑

おととしの急性肝炎のときもそうでしたが、
フルーツって、具合悪くても食べれるなあと思いました。

昨日のすごく具合が悪かったときはぶどうやパパイヤはちょっとだめで、
リンゴと、普段は嫌いなんだけどパイナップルがおいしく感じました。

今日はフルーツなら何でもOKでした。


食べるのにからだに吸収するときに変換しなくてもそのままスッとなじむ感じ。

火を通した料理だとからだになじませるまでに何段階か変換させないといけなくて、疲れる。。。。。かんべん。。。と、体が拒否るかんじ。



元気なときだと味覚の欲求とかの方が勝って、多少のからだの負担は気にしないんでしょうね。


そんなわけで、出来たら朝5時にまたミーナクシテンプルにいこうかと思ったりもしてたんですが、
ちょっと無理だし、夜に行ったからいいか、ということで、そのままクムバコーナムに来ました。


今はもうクムバコーナム。


4~5時間タクシーに乗るので相当具合悪くなるかと覚悟してたのですが、(もともと車苦手)
意外に平気でした。

道がよかったからと思います。


マドゥライからクムバコーナムに最短距離で行く道は状態がよくないらしかったので、
トリッチ(トリチラパッリ?)経由で来ました。
道はホントよかった。
ずっと高速道路みたいなスムーズな道でした。

トリッチにはスリラムガムテンプルがあるから、そこによっていけとホテルのトラベルデスクもタクシードライバーもしきりに勧めてきたのですが、

実は先日の世界のプージャでトリチラパッリにいたときに、プージャのあとでスリラムガムにはお参りして、
いいダルシャンを受けてきたとこだったので、必要ないわと思って断りました。
外人が単独で行っても、そこも大事なとこには外人は入れてもらえないし。
(世界のプージャ中に行ったときは優先的に案内してもらってしまった)

なので、休憩も取らずに(ドライバーはお茶休憩してたけど私は寝てた)気がついたらクムバコーナムに到着してました。

いつもの、3つ星のわりにはそそうの多発するホテルにチェックインし、
白いご飯とスイカジュースとフルーツサラダを部屋に持ってきてもらいました。

スイカジュースは一気飲み。
フルーツサラダも完食。

お湯も持ってきてもらったので(2リットルくらい持ってきてくれた。。。)
お茶漬けの元を持ってきてたので、用意のいいことにおわんのようなものも持ってきてたので、白いご飯でお茶付けして食べました。
ちょっと微妙にいっきに食べ過ぎたような。。。

あとまたそのお湯で梅昆布茶も作って飲んだ。


ほんとはここは1泊のつもりで、長居する気はなかったんだけど、
もうちょっと調子が戻るまで2~3泊したほうがいいのかも。
無理できない状態なので。


といいつつ、30分後には車で1~2時間のチダムバラムにスモールプージャのために出発予定です。
今日中にまた戻ってきます。


なんでこんな人生なんだろう?

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【2012/03/23 19:20】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ラーメーシュワラムからマドゥライへ
昼2時過ぎにラーメーシュワラムを出てマドゥライに来ました。
やっぱミーナクシテンプル、いけるときには行っときたいなと思って。

タクシーで3~4時間の道のりでしたが、(2500ルピー払った←相場より安い)
やっぱ車は疲れるな~!

ずっと後部座席で横になって寝ててけど疲れました。

実は昨日の晩から少し下痢っぽいこともあり。
たぶんいろんなお寺で怪しいプラサードとか飲み食いしまくったからだと思いますが、

けだるいかんじ。
微妙に熱っぽく。

でもこれっていわゆる食中毒ですが、
平気みたいです。

学生のころ、新年会で集団食中毒になったこともあって、(新聞に載った)
やっぱああゆうのって、
やばいのを食べた量にもよるでしょうけど、
症状には個人差があるなとつくづく思いました。

そのとき私もなんとなく調子悪くて、
でも比叡山にスキーにいってて、滑って、滑り終わってギトギトラーメンを食べようとして、
なぜか食欲が湧かなくて、
「これは何かおかしい、、、食べれない。。。。」
と思って、当時住んでた学生寮に帰ったら集団食中毒の知らせが来たという。

食中毒だったんだ~。みたいな。

体力と回復力があることには定評があって、39度の熱でも普通にご飯食べてた私だったので、
ご飯が食べれないってすごくおかしい、、、と思った。


そのとき、やっぱひどい症状の人は相当ひどかったみたいで、
3日3晩上からも下からも出しまくりみたいな。
死にそうになっていたらしい。


今私も食中毒なはずですが、だるいけどまあ平気。


でもだるいので、ちょっとちゃんとしたとこに泊まりたかった。

ほら、ぼろかったり不潔なとこってそれだけで具合悪くなるし、
いいとこに泊まったらそれだけで疲労回復するし。



しかし、マドゥライのホテルは予約してませんでした。爆

あらかじめホテルチェックする余裕がなかった。



マドゥライの町についてからドライバーに「まだホテル予約してないからいいとこしってたら連れて行って」
と、適当なとこに連れて行ってもらったんだけど、
連れて行ってくれたのが以前泊まった事あるホテルで、値段の割りにいまいちだった記憶があるので、

パソコン開いてネットで調べて適当に電話してみました。

最初に電話したとこは満室で、

GRTのホテルチェーンは、前よかったので、味を占めて、
サイトではシングル2000ルピー代と書いてたので、それくらいならそこがいいなと思って
電話したけどでかい部屋もシングルも5000と言われたので
それはちょっと、と思って(直接行ったらぜんぜん安かったのかもしれないけど)

別のホテルに直接電話したつもりがインド系の旅行サイトの電話番号で、
(その名もTravelguru.com、、、トラベルグルだって。笑)

ネット予約とかだったら安いといわれたんだけど、(2500が1700に)
クレジットカードで支払わないといけなくて、持ってなかったので、
残念だけど無理だなーと思って、
部屋はありそうだったので直接そのホテルに行ってみました。

そしたら今はスイートルームしか開いてないといわれ、
でもすごいいい部屋だと勧められ、10パーセント割引するからといわれたんだけど
それでも3500だったので、(5~6千円)
明日の朝早く出発するし、泊まりたい気もするけどもったいないなと思って
そう言ったら
ACなしの1000ルピーくらい(2000円弱くらい)の部屋を「インド人仕様なんですが。。。」と出してきました。

えーなんだそんなのあるならいいやん、どうせ夜いるだけで暑くないし。と思って部屋を見せてもらったら
充分きれいで清潔で(もともとがいいホテルなので)備品も完璧だったので
喜んでそこにしました。
違いはバスルームがシャワーじゃなくてバケツ式というのと和式トイレのようなインド式トイレなだけ。
全然オッケー。
窓からの眺めもいいし。

そんなに節約する気もなかったんだけど、
まあいいかと思って。

安くていい部屋に当たってよかった。

朝食付きでWiFiもあるという。

従業員もみんな感じいいし。



部屋に案内してくれたマネージャーは屋上のレストランも案内して「あれがなんとかテンプルで」とか、景色の中の観光名所というかいいとこを教えてくれた。
(どこも行ったことあるけれど)


節約振りに好感をもたれたのか、なぜか
「きみはまるでインディアンガールのようだ」と密室のエレベーターの中で握手を求められたので
多少引きながら応じたら他の外人のお客さんが乗ってきたのでよかった。

あの様子からするとたぶん私のことを20代後半くらいに思ってるはず。



まあとにかく快適な部屋でよかった。

先日の世界のカルマ解消プージャで、下痢にはブラックティーとかレモンジュースというのがインド人の定番の治療法だと聞いたので、
あわせてレモンティーを頼んでのみました。

マドゥライは私はとても相性がいい町だと思います。

そういう場所ってあると思う。

会う人がみんななじみやすい。
会う人がみんな自分の心の中で感じられるというか。

きっといいカルマだけがこの町と私との間にあるんだと思う。


スリランカもだいたいそんなかんじでした。


マドゥライの町の制服を着てる小学生男子を見ると、
なんだか少年時代のラマナマハリシが時空を超えてそこにいるような気になります。

その後の彼の運命もまだ知らずに。

この町は何かそういう時空を越えた柔らかな羊水のようなもので大気が満たされている気がする。


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【2012/03/22 23:28】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
最後に泳いできました。
今日ラーメーシュワラムをたつので、最後に海で全身沐浴してきました。

部屋の鍵と小銭だけポケットに入れて、

海に入ると気持ちよかった。


人がいるぎりぎり沖くらいまで行ったんですが、
(波打ち際の近くはちょっと言えないような変なものがいっぱい浮いてるので。)


3回頭まで浸かった後は仰向けに浮いて波にゆられていました。

人の声と一緒に水のこぽこぽいう音や、砂が波に動かされるシャラララという音が聞こえ、

目を閉じると太陽の光で視界が全部オレンジ色になり、


打ち寄せる波の盛り上がりと一緒に自分のからだも伸びたり縮んだりしてるかのようでした。

ずっと腰が痛かったので、波マッサージみたいと思いました。


自分より大きなもののリズムにゆだねる安心感と一体感は何物にも変えがたいものがあります。

私は座ってする瞑想は一切しないといっていいけど、

こういう瞑想なら毎日してもいいなと思いました。


たぶんこのまま広がって溶けていくんだろうというかんじでした。



目をつぶって堪能してたら知らない間に波打ち際近くまで押し流されていました。

沖に流されてなくてよかった。笑



海から上がって、海の近くのカーリーテンプルに行きました。

カーリーこわいんで、あるのは知ってたけど今まで行ってなかったんです。


で、持参の小銭でお参りして(小銭で綿菓子を買ってそこらで座って食べる誘惑に打ち勝った)

ぐるぐる回ってお参りしました。



で、ホテルに帰ってきてバスルームで自分や着てた服を洗って塩気を落としました。


2時に出発予定で、今11時46分なので、昼食食べてきて、荷造りして出発しようと思います。


ラーメーシュワラムは適度にのどかでいいとこでした。


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町のメインのガート(沐浴場)


P3170315_convert_20120322152121.jpg

アディシャンカラチャリア帰依者か??ちょー気になった2人。
かなり離れてたけど、メイドインジャパンの16倍ズームカメラで狙ってみた。
彼ら自身も海の中で記念撮影。


P3170320_convert_20120322152026.jpg

思い思いに海を楽しむ人々。

海の中では黒いブラジャーも気持ちよさそうに泳いでました。
(おばちゃんの胸を束縛することから解き放たれたらしい)


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ラーメーシュワラムについた翌日に個人的に行ったアビシェーカムでもらった花輪。
海に捧げるといいといわれたので、人の少ないとこに行って海に投げ、海への感謝の祈りを捧げてみた。
(滞在中に津波が来ないようにちょっと真剣に。笑)

プラサードのココナツとかも海に聞いてから投げ入れました。
(ちょうだいといわれた気がしたのでOKかなと思って)


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世界中にここから広がっている海。

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【2012/03/22 15:37】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ラーメーシュワラム脱出
明日22日はラーメーシュワラム脱出の日です。

250px-India_Tamil_Nadu_location_map.svg[1]

ちなみにラーメーシュワラムはここ。
スリランカとつながりそうなところ。
インドの右下です。


200px-East_Gopura_of_Rameswaram_Temple[1]

ラーメーシュワラムのメインのお寺の海側の入り口。



なんか、日記が全然現実に追いついてなくてどこから書いたらいいかわからないですが、

とりあえず、明日ばたばたしてもしお寺にもう行けなかった時のために、
今日の夕食後に夜のラーメーシュワラムのお寺に行きました。

夜のお寺もいいですね。
インドのお寺の暗黒な感じと夜の闇がうまく溶け合って妙に落ち着きます。

夜8時くらいに行ったのですが、そしたら楽団の音楽が聞こえてにぎやかでした。

なにかな?

と思ったら、

たぶんシヴァが自分のとこからパールバティのとこに帰る儀式をやってたんじゃないかな。
今日も一日お疲れ!みたいなかんじで。


シヴァのいるとこの建物とパールバティのいるとこの建物は隣り合ってて。

シヴァの神像?はなんかすでに寝てて!?
神輿に乗せられて寺の中の所定のルートを練り歩いてたみたいな。

たぶん、パールバティのとこに帰るんじゃないのかな。


マドゥライのミーナクシテンプルでも毎晩そんな感じだったから。


とにかくなんか盛り上がってたのでラッキーとか思って、
そのシヴァにささげられたアルティの火をいただいて寺を後にしました。



今日は実は朝からこの町のメインのお寺以外のお寺を回ってました。

オートリキシャで1時間半で200ルピーだった。


町中に散在するお寺ってラーマ関係のお寺が多そうだったので、
ラーマにお参りするんだったら水曜日がいいかな?と思って、
(ほんとにいいかどうかわからないけど)
今日までお参りするのをあえて残しておいたんです。

この町の名前のラーメーシュワラムというのもたぶんラーマから来てるんでしょうね???
ラーメーシュワラムということで、ラーマの主、みたいなかんじになって、
結局シヴァのことをそういう呼び名で表現してるのかなと思ったりしますが。


ここはラーマのためにハヌマーンがランカ(スリランカ)に橋をかけたので有名な町ですが、後日談もあって、
ラーマが死闘の末、悪鬼ラーヴァナを殺したわけですが、
ラーヴァナはブラーミンだったので、クシャトリアのラーマが自分よりカーストが上のブラーミンを殺すという重罪を犯したということで、
(カーストが下だったらいいのか?というのはこの際おいといて)

そういうカルマを解消するために、シヴァに祈ろうとして、
シヴァリンガムを所望したらしいです。

んで、ハヌマーンが「おまかせあれ!」みたいなかんじで
はりきってヒマラヤから2つのシヴァリンガムを空を飛んで運んできたんだけど、

おそいわ!ちゅーことで?
ハヌマーンがラーメーシュワラムに戻ってくる前にシータが砂でシヴァリンガムを作って、
ラーマはそれに礼拝してさっさとカルマ解消(ドーシャムニヴリティ)を済ませてたらしい。

Rameshwaram Shiva[1]



しかしせっかくはるばるヒマラヤから2つもシヴァリンガム運んできたのに、
「なんでやね~~~~~ん!」
とハヌマーンが言ったかどうかは知りませんけど、
面白くない様子のハヌマーンに、ラーマは
「ごめんごめん」
と言ったかどうかは知りませんが、

おわびのしるしに?

ラーマのシヴァリンガムを礼拝する前に人々がハヌマーンが運んできたシヴァリンガムを礼拝するということにしよう
と決めたみたいです。

なので、ラーメーシュワラムテンプルの入り口の近くになんか昔の吉田戦車のシュールなキャラのようなハヌマーンが祀ってあるんですが、
そのよこに、ハヌマーンがヒマラヤからもってきたシヴァリンガムが祀ってあって、
ラーメーシュワラムテンプルに来た人はまずそこのリンガムを礼拝することになってるみたいです。


しっかし、ハヌマーンの像ってむっちゃくちゃシュールなのが多すぎて、、、、
インド全国のハヌマーンの写真集でも刊行したいくらいです。

まさに吉田戦車の世界ですよ。(実はかなり好きだった)

すでにサルの形すらしてないのも多いし。
なのに小さな目の視線がやたら鋭いという。


どーでもいいけど、ラーマがラーヴァナを殺したカルマを解消した、というシヴァリンガム多すぎますよね。
タミルナドゥのあちこちにそういうリンガムがあることに気がついた。

日本全国にある、弘法大師によって湧き出てきた泉、みたいなものですか。(ちょっと違うか)

とにかく、ラーマはカルマ解消のためにシヴァに祈ったということがこの場合の主題なんでしょう。
(シヴァがブラーミン殺しのカルマ解消のためにヴィシュヌの化身スダルシャナに祈った逆パターンもあります)


だから、ラーメーシュワラム(ラーマの主=シヴァ)ってことなのかなあ?
適当な推測です。



でもこのハヌマーンの運んできたリンガム、私が寺に来た初日は寺の関係者の案内で回ったので
その場所を知ったけど、その後一人で何度行ってもその場所を見つけられない。。。
ごめんハヌマーン。

ちなみに、私はてっきり、チェンナイサイユースの人がこの、寺の関係者を手配してくれたと思ってたんだけど、そうじゃなくてどうも勝手に来たらしい。
だって、ホテルに夜に到着してすぐに部屋に直接尋ねてきたのがその寺の関係者だったもんで(「明日8時に来ます」と決定事項のように言った)、サイユースが送り込んだプージャの関係者だろうと勘違いしました。
サイユースの人らは忙しくて来れないのかもしれない、とか。思って。

翌日のプージャのことも彼は心得てるそぶりだったし。(ホテルから聞いたんだと思います)

占星術師とプージャに回ってたときはいつもプージャ前かプージャ後、もしくはプージャ中にお坊さんが寺の案内や説明をしてくれてたのでそれが普通と思ってたこともあり。

私がチェックインしたホテルはサイユースの彼らが予約してくれたんだけど、私は彼らがどこにいるのか知らないし、ホテルにチェックインしたときは自分ひとりで、その後もサイユースの人らとは全然顔合わせられないし。

一人で行動するのには慣れてるからそれはそれで平気で快適に過ごしてはいたんだけど、

わたしは状況わかってなくて、
サイユースにそういう人が寺から来てるとか報告して言っても無反応で、私が、はまった状況を向こうは少なくとも私よりかは把握してるはずなのに
(だってそんな人彼らは送ってないから)

半放置で、とにかく今から行くわと電話で言われてホテルで待ってても来なかったり、(ほんの徒歩数分のとこに彼らはいた)
いろいろタイミングも悪く、話もなんか通じず、響かず、いろいろ行き違いの連続になって混乱して、しまいに「どうしたらいいんだ」と聞かれ、わたしは一人は全然平気だけど、この関係性に置かれたことにおいてはまずは会いに来るべきでしょうと思って(私は向こうの居場所知らないので)半カーリー化したというわけ。

いくら来賓を迎えるわけじゃないにしてもよ、
いちおう右も左もわからない初めての場所にプージャのために飛行機を乗り継いでやってきた女子なんですが。。。
持ち上げる必要はないけどせめてあと少し、人間的に気を回して欲しかった。。。
そーゆーのも自己中の悪魔的な考えとみなされそうな。

もしやサイババの教えに従って、異性とは極力接触しないようにしてるんかといぶかしく思いました。
(とはいっても、わたしの世話役押し付けられの2人は役員系なのでユースというもたぶん50代。。。)

で、結局こちらから電話して、向こうもとにかく直接顔を合わしたほうがよさそうだとようやく思ったらしく、ようやくようやくようやく翌日の夜遅くに男2人で連れ立ってホテルに来ました。

そのころには寺の関係者はサイユースのプージャとは何の関係もないことがわかっていました。
色々案内料とかのお金を普通に請求されたから。笑

お金は別によかったんだけど、寺関係者のノリについていけなくなって途中でつまらなくなって、無表情になってたら
寺関係者は私がお金のことでカンカンに怒ってると思ったらしく、
「お金は問題じゃないんだよ!お金は来ては去るんだから!」
と、必死で説いてたのが笑えました。

ああたぶん、西洋人とか同じように案内して激怒されたりした経験がたくさんあるんだろうなあ、と思いました。


怒ってたわけじゃなくて、つまらなくて無表情になってただけ。笑


それはともかく、彼ら(サイユース関係者)は徒歩数分のとこにいたのでした。。私は街のことも着いたばかりでわからんし、彼らがどこにいるかもなぞだった。

彼らは私をこのプージャに送り込んで「彼女の世話をしてくれ」と言ったチェンナイの人とは「30年来の知り合いなんですよ」と笑顔で言ったので

「わあ」と喜んで見せる気も特に起こらなかったので、
「そうですか」
と、無表情に答えました。

なんで夕方のバジャンにこなかったの?といわれ、「だって知らなかったもの」と言ったら
「昼間にメールおくったのに」と言われ、
メール一本だけかい!そんなのたぶんトイレとか行ってて気がついてないよ、連絡つくまで電話してよ。と思ってそう言ったんですが、
「素晴らしいバジャンでごはんもあったのに(←残念そう)。ご飯食べた?」と聞かれたので
「食べました」と答えたという。(←無表情に)

だってすでに夜8時。
夕食はなんか一緒に食べるみたいなことを朝聞いた気がしたので
夕方からホテルで待機して連絡を待っててこなかったから気分切り替えて出かけて、町の食堂で適当に食べたあとだった。
これ、私だからいいようなものの、、、と思いつつ。
(逆に、放置されてもっと不安になって向こうに依存して
もっとこっちから電話とかしまくってたら、向こうにあわせたペースで物事がすすんでうまくいってたのかも?無理。。。)


で、翌日の本番プージャはどこに行けばいいのかさすがに教えてもらわないとと思って電話したらそんなかんじ。

でたよ、これがセンターだよ、善良だけど心がないよ。。。
と正直思ったんですが、(センター関係者すみません)


翌日のホーマムの場所も、顔を合わして話すものの、建物の名前を言うだけで、私を迎えに誰か来るのかこないのかわからんし決めるそぶりもなさそうだったので、

「もし歩いて数分なんだったら、今からそこに行って確認しておきたいんですけど。そしたらもし明日誰も来なくてもわたし一人で直接行けるし。」
と言ったら
「おおそれがいい」
ということになって、その2人と一緒にその場所まで歩いていきました。

その後もう一箇所でもバジャンやるけど行く?というので悔し紛れについていったら、
みんなが泊まってる場所っぽかったです。

しかし妙なローカルムードになんとなくなじめず違和感を感じながら一緒に座って時々歌ったりもしてたら、
途中で知ってるチダムバラムのお坊さんがにこやかに入ってきました。


今まで顔見知りになったお坊さんの中で一番印象悪いお坊さん。
たぶん向こうも。?
ちょっとしたことでここぞとばかりに頭ごなしに私に対して(誰に対してもなのかも知れないけど)威圧する。
そういう印象のお坊さん。




うわっ、と思って、しかもにこやかに入ってきたので、おげ、、と思って、
私もまだ微妙にカーリーだったし、

ほとんどバジャン楽しめなくて、そのあとまた別の人に「ごはんたべた?」とかいわれ(すでに夜11時)
無表情に「食べました」と答え、


私の世話を押し付けられた主要な2人はおそらくこの時のプージャの主要な2人でもあったので、
バジャン後そのお坊さんと私も加わって丸く4人で向かい合ってなんか話をしてて、
私とお坊さんは明らかにお互い知ってるんだけど
数十センチの距離で隣り合ってしゃべっててもお互いをいないものとみなしてました。笑

女性同士だとよくあるんだけど。笑。
男性相手だと今まで感じたことのないような緊張感のある空気がお互いの間に発生。。。


今までプージャで自動的に顔見知りになったお坊さんたちは、とくに責任ある高い立場や権威のある人は、
みんな最初は私に対して伝統に基づいた拒絶反応が出てるように見受けられたり辛らつな雰囲気の人も
実際少しはいて、(外人女が一人ででしゃばって違和感、みたいな??←被害妄想??)


チダムバラムは誇り高き戦闘員みたいな雰囲気のお坊さん少なくないし、そういう人も少なくはないんですが。
でも回を重ねるとみんな認識&受容してニコニコと向こうから声をかけてくれるようになったけど、
このお坊さんだけは違った。

このお坊さんだけはもう接点ないし、共鳴しないし、全然あわないし、合わす気もないという男らしい?お坊さんでした。

よりによってこの人がメインプリーストとして来るとは。。。なんか、、、今回のプージャ、自分にはすごく合わないのかもと思った瞬間でした。


しかしそれは後にくつがえされる。。。





「ちなみに」がとてつもなく長くなりましたが、

とにかく今日の朝はラーマ系のスポットめぐりをしてました。

ラーマの足蹟??????のお寺とか(眺めよくてきもちよかった)
シータが沐浴した沐浴場とか(工事中の中みた)
クリシュナテンプル、ラーマテンプル、ハヌマーンテンプルなどなど。


ラーマテンプルの敷地のなんかヘビの(シャクティ?)お地蔵さんみたいなのがいっぱい設置されてるとこが
ビジュアル的によかったです。
お参りしたらでかいトカゲが出てきて、
トカゲもヘビみたいなもんだし、ウェルカムってことかね、と思いつつ堪能してたら
そこに生えてる(植えられてる?)ビルバムの木(シヴァの木)から固い実がごとっと目の前に落ちてきたので、

これはプレゼントですかい?
と思って、

一応自分の中でそこの神様たちに聞いてみてからもらって帰りました。
もらってもどうしたものかわからんけど。

お参りを終えて去ろうとしたらまたさっきの巨大なトカゲが出てきたので記念写真を撮っておきました。


ラーマポイントめぐりを終えて寺の前でオートに降ろしてもらってからはまた、町のメインの寺の
ラーメーシュワラムテンプルに入りました。


そんなにむちゃくちゃ寺が好きというわけでもないだろうに、
なんかいつのまにか染み込んだ行動パターンに突き動かされてる気もしないでもなく。

入り口で花輪を2つ買って、本尊のシヴァとパールバティお参りしてそれぞれにささげました。

この寺のパールバティは何か私は縁があるのか?
前回お参りしたときもシヴァリンガム以上に強い印象を受け、
今日もなぜかとてつもなく美しいものに感じてこみあげてくるものがありました。


過去生で何回か来てたりとかはしててもおかしくはなさそうですが。

というか来てるんでしょうけど。


その後、有名な1000本の柱の回廊が寺の外周だということに気づき、そこを歩いたり休んだりしました。

これ有名でよく写真見てて、一度行って見てみたいなと思ってたんですが、
イメージで、スリランカに伸びる半島(砂州?)の上を回廊もまっすぐどこまでも伸びていく、と思い込んでて、
実際は回廊だけに、口の字型の、寺の外周でした。
でもこれか~!と、確認できてよかったです。
有意義でした。

11DSC01915 (1)

寺の、1000本柱といわれる回廊。



ここは海辺なだけに、貝とその製品が多く、
一応今度いつ会うのか知らないけど(ろくにしゃべってもいない。向こうも興味なし)
子供にいろんな形と大きさの貝殻を買い、

ぶおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!

と鳴らすほら貝もいくつか買いました。

ほら貝の半?重低音の音がすごく好きで。


私はうまく音を出せないんだけど。

いつか出せるようになるか、誰かが吹けるだろうと思って。


寺の中のあちこちの店で買ったんですが、面白いもの(興味深いもの)がいっぱいありました。



朝から活動量が大きかったので、さすがにお腹がすいて、昼食のミールス、たくさん食べました。




※画像はウィキやグーグルの画像集からもらいました。

ウィキ
http://en.wikipedia.org/wiki/Rameswaram

グーグル
https://www.google.co.in/search?q=Rameshwaram&hl=en&rls=com.microsoft:en-in:IE-Address&rlz=1I7PRFA_en&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=6ZpqT9yeMYPQrQfP_cyJAg&ved=0CEkQsAQ&biw=983&bih=486&sei=75pqT-yeIc7jrAfv2e2fAg

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【2012/03/22 04:03】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
遊覧船に乗って海からラーメーシュワラムの町を眺めた。
なんか最近精神的に疲弊すること多くて、
日記とか書くようなのどかな気分になれなかったという。

なのでついつい手軽なツイッターに流れてました。


今日は一応5時に目覚ましかけたんですが、寝坊したので町の食堂に8時ごろ朝ごはんを食べに行って、
そのあとはアディシャンカラチャリアがアドヴァイタの研究施設みたいなのをインドに4つ設置したらしいんですが、
どうやらそのうちの一つがここラーメーシュワラムにあるみたいで、
その施設の敷地内の日陰で涼んでました。

アシュラムの中みたいなものなので比較的静かで干渉されず、落ち着きました。


でもしばらくしたら人が増えてきて2分に3回くらい名前とか聞かれるようになってきて、
(単に好奇心を満たしたり友好関係を結ぶために)

よそ広く開いてるのにやたら近くに座って大声で話す人とかでてきたので

ダメだ、逃げよう、と、建造物の上に上がってみました。

あがっても特にこれといったものもなかったので降りてきて、船着場にいってみました。


30分の遊覧船の乗船券が60ルピーだったのでそれを買って、船が戻ってくるのを船着場で待ちました。

最初他にほとんど人がいなかったので、私だけだったら海の上で逃げられないしちょっと怖いかも?
と思いましたが、そのうち家族連れとかがたくさん来たので安心しました。

船着場の周りには色は地味だけどいろんな形の大小の魚の群れを見ることができました。

顔の長い魚、あれってなんていうんでしたっけ。
ヘラヤガラじゃなくてもっと普通っぽい、、、とにかくそういうのもいた。

こまか~~~~~い魚の群れもいた。


インド人のお母さんが食べきれないアイスをコーンごと海にぼしゃっと捨てたのでびびりました。



船に乗ってから出航までだいぶ時間があって、座ったまま本気で寝てしまった。
出航で目が覚めたら中途半端に本気で寝たけだるさがありました。


船はガートや寺の前を通り過ぎ、スリランカへつながる天然の?橋のほうへとすすみ、
途中でユーターンして戻ってきました。

船に乗ってたらいつも、イルカくらい跳ねないかなと思うのですが、
あいにくこの日もイルカは跳ねませんでした。

しかし進むにつれて変わる海の色や海から見る陸の様子など、60ルピー分はもう充分にたんのうしました。


船から下りて、船着場の周りの魚の群れをもうしばらく眺めてから、砂浜沿いの道をたどって町の中心部に戻りました。

ここ数日いくつかの食堂に入りましたが、
寺のななめ前の食堂がやさしい味で一番口にあったので、そこで昼食にミールス(定食)を食べました。
40ルピー。
ミールスがあったら、生きていけるな、と思いました。
 

北インドはチャパティ中心なので、それに味もきついことが多く、食べるのが疲れるんですが、
南、とくにタミルナドゥとかは白いご飯もおいしいし、ミールスのおかずも辛くないものが何かしらあるので生きていけます。

インド人からしたら大体平均的?日本人である私の食事量はものすごく少ないみたいで、
ミールスはごはんもおかずもお代わり自由で、
インド人なんかはものすごい量を食べたりするんですが、

私は最初に持ってこられたご飯のいつも半分くらいしか食べれないし、
食べてる間に3~5人くらいいろんなおかずのお代わりとか勧めてくるんだけど、
おかずのお代わりもらうときもあるけど、
今日はもうあるものをなるべく残さないように心がけるので精一杯で、お代わり断りまくってたら
みんなちょっと心外だというふうに去っていきます。

今日のデザートのミルクタピオカみたいなのもおいしかった。
おかずも、かんきつ類のチャツネもおいしかった。


その食堂には昼はお茶もコーヒーもなかったので、
ホテルへの帰り道に別の食堂の店先のチャイを買って飲みました。

ここの町のチャイはなぜかやたらおいしいのが多いです。
ビューティフルな味。

すごく濃く煮出したものを少しカップに入れて、それをミルクで割ってるのかも。
すごくおいしいです。

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【2012/03/20 18:54】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
自身のツイートより
まだ朝8時ですか。今はインドからスリランカに天然の?橋が伸びる場所ラーメーシュワラムにいます。朝5時から6時はお寺でクリスタルリンガム(スバディカリンガム)ダルシャンがあるので行ってきました。海に寄ってホテルに戻ってきました。

インド人は楽しそうに海で遊ぶよね。遊ぶというか今朝行った場所は一応礼拝ポイントだったんだけど、みんな砂でシヴァリンガム作ったり、腰まで海に入って朝日に向かって太陽礼拝したり、思い思いに海辺を満喫してました。

大音量で「みんなクールな潮風を楽しんでね!」「でも持ち物にはちょっと気をつけてね。泥棒がいるから!」みたいなすごく楽しそうなはじけた声の放送がずっと流れてました。



日本でのアティルッドラマハヤグニャ、実行資金のめどはまだでも、とりあえずやるとしたらどんな感じになるのか話だけしました。今年の5月29日~6月9日にはロシアでも行うそうなので、今までみたことない人なんかはその時にロシアに見に来たらイメージがつかめるんじゃないかということでした。

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【2012/03/19 12:25】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(0) |
しかし、、、ホーマム
しかし、カレシュワールのホーマムの様子とか、今日会ったチェンナイの人らの様子とかみてると、
日本のカルマ解消プージャや世界のカルマ解消プージャのホーマムがいかに猛烈に行われてきたかというのが分かりました。

明日11人のお坊さんでルッドラホーマムが行われるわけですが、
インド各地からそれに参加するために300人くらい来てるとか。聞き違いでしょうか??

カレシュワールのとこの動画でも、小さな護摩壇を大勢が囲んでやってました。
普通はそんな感じなのでしょうか。

私は先入観とそういうのに関する一般常識がないので分からないんだけど、

ああゆうのが普通だとすると
去年や今年、カルマの解消として行われてきたプージャのなんと常軌を逸した猛烈なやり方だったこと。

占星術師はプージャが終わった後でも(いつもだけど)興奮してて、
私はそういうの疲れるしどうでもいいからものすごくシラ~として冷たくしてるんですけど、
終わった瞬間忘れるし。(やることは残ってるんだけど)

今日みたカレシュワールの動画や、今日会って話を聞いたチェンナイの人らのやり方をみると、
占星術師がわたしになんというかどういうことをやってるか自覚させようとうるさく言うのもしょうがない気がしました。

わたしなんでも大ごとと思うのが好きじゃなくて。
大ごとと思った瞬間できなくなることってたくさんあるので。
だからいつも何でもそれより大きいことの比較で小さく見るようにしてます。

チェンナイの人らはジョーティーリンガムだったかな?
12のそういうリンガムがインド各地にあるらしいんですけど、
それにルッドラホーマム(11人のお坊さんで行われるルッドラのホーマム)をして回ってるらしく、今回で3つ目だそうです。

1ヶ月とか2ヶ月に1回の頻度で回ってるらしい。

今回私の世話役を押し付けられた人が、クアラルンプールやタイのチェンライでのアティルッドラマハヤグニャのアレンジをした人らしいです。

今日も夜まで行き違いの連続で「どうしたらいいんだ」といわれ、「しるか」と思ってわたしは半分くらいカーリーになりかけてたんですが、
夜になってようやく会えて、
さっきみんなの宿泊場所でのバジャンに参加してきました。

未だに半分カーリーなんですけど、
なにかわたしが他の人たちにうかつに混じってしまってはいけない、分離していないとうまく機能できなくなるような理由があるのかもなとも思ったり。

今回情報を私に流して、紹介してくれた人はクアラルンプールとかでは彼らは11人のお坊さんでしかしてないといってたんで、
そんなんだったらやる意味あるんだろうか?
と思って、今回来るのもあまり乗り気じゃなかったんですが、
実際は140人のブラーミンを、クアラルンプールとチェンライ(タイ)に連れて行ったそうです。

タイとかはビザ問題ないみたいだけど、
日本だったら難しいかもというと、日本からの招聘の手紙があったら政府は止められないよとのことでした。

わたしが8月に考えてるというと、
9月もいいよと、その責任者じゃないけどチェンライに行って参加した人が言うんだけど、
私は日本の状況からしたらできるだけ早くやったほうがいいと思うし、
夏がいいと思うという旨を話したりしました。(9月も気候的にはOK だけど)

準備にはどれくらいの期間必要か聞いたら2ヶ月あればOKとのことでした。
ただし、本番前に数名が現地の様子をチェックしに行かないといけないとのことで、
最初は3名、次は5名がチェックしに行くかんじらしいです。

ちなみに予算は招聘する国持ちです。

日本がやるなら日本が出さないといけない。

そういうかんじらしい。


でも、予算さえあれば実行にはまったく問題なさそうな雰囲気です。

占星術師に聞いてたとおり、食事とかも彼らがインドから食材と料理人を全部持っていって自分たちで全部やるから
べつに日本人がどうやって彼らを世話したらいいのか悩むこともないみたいです。

8月に日本でアティルッドラマハヤグニャはきっと行われるんだろうという流れな気がします。

たぶんそれはババの意思で、ぜんぶババが面倒見てるんだろうと思います。


しかし、この流れだと、占星術師は主催側としては関わらなくなりますね。
日本でのアティルッドラマハヤグニャには。

わたし思うに、彼(バラティさん)はインドで先日行われたサハッスラチャンディホーマムのさらに巨大な規模の、なんて名前か忘れましたけど、
1008人のお坊さんでやる女神のホーマムをインドでやることになるんじゃないのかな。

そういう気がします。

ルッドラム、シヴァのホーマムだけでなく、バランスとして女神の大規模ホーマムも上では予定されているような気がします。

先日のサハッスラチャンディホーマム、あれは確かに大ごとだったらしく、
多い日には6台のテレビカメラが撮影してました。

少なくとも新聞に写真入りで記事がのってるのを一つは見ました。

毎日有力政治家とか、霊性の世界の有名人とかゲストで来てたみたい。

ホントどうでもいいと思うんだけど、
そんなかんじでした。

最終日にはインタビューをうけて、
バラティさんはわたしに、日本語でしゃべれ、そしたら自分がタミル語で通訳するからとあほなことをいうので、
(つまり、わたしがいった内容と関係なくバラティさんが適当なことを通訳してるふうにカメラに向かっていうという提案)

誰も理解しない受け手のいない日本語でしゃべる気も起きなかったので、(あまりにもばかばかしい)
たいしたこといえなくても英語でしゃべったんですが、
そしたら少しはいいたいことが直接汲んでもらえるだろうと思って。

バラティさんはそれに付け加えて10倍くらいしゃべってたから、楽といえば楽。

何がどうなるのかはよくわかんないですが、
誰かがそういうこれらのアイデアを保持する役目だろうし、
とりあえずそういうアイデアを保持しておいて、どういう形でかはわからないけど、物質化するのを見たいと思います。

なんかきっと行われるっぽい気が。

途中でわたしはエゴイスト認定されて用なしになるだろうけど。笑


とにかく、行われるでしょうね。

日本には本当に今こういうものが必要だと思います。

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【2012/03/18 03:28】 | プージャ | トラックバック(0) | コメント(0) |
メディスンブッダマントラ1Dayリトリート(ありがとうございます)
吉祥の3月17日の今日、シンガポールでメディスンブッダマントラの1日リトリート(つまりみんなでマントラを唱える)が行われました。

|| The Medicine Buddha Mantra ||

|| TADYATHA OM BHEKHANDZYE
BHEKHANDZYE MAHA BHEKHANDZYE
RANDZA SAMUGATE SVAHA ||




テヤター オーム ベーカンズェー

ベーカンズェー マハ  ベーカンズェー

ランザ サームーガーテー ソーハーー


私も少ないですがホテルの部屋で苦情が出ない程度の音量で108回唱えました。

唱えだすとすぐに、シンガポールで(だったと思いますが)人々が集まって座って唱えてる様子や、世界各国のそれぞれの場所で唱えて参加してる人たちがビジュアライズされて、
自分自身がそのネットワークへのつながりによっていっきに引き上げられるのを感じました。

まさに光のネットワーク。

からだや心の治癒を必要としている知人たちを思い浮かべながら、また、世界中の分離が統合へと光の中で解けていくように
そんな気持ちが自然に起こりながら唱えていました。

世界に見えるあらゆる身体的、精神的、霊的な病理は私自身が必要としている治癒を体現してくれているものとして、
そこにこのマントラのやさしいエネルギーが注がれて力を与えられるように祈りました。

ある種のマントラの素晴らしいバイブレーション。

サイババが世界平和のためにはマントラを唱え続けなさいといったというのはこういうことだと体感できるようなひと時でした。

当ブログで発信した情報を受け止めて主催者に個人的に連絡を取って日本や各国から参加してくださった方たちもいらっしゃったようで、
ありがとうございます。

私もこのような機会に加えていただけたことを感謝します。

サイラム

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【2012/03/17 23:29】 | マントラ | トラックバック(0) | コメント(0) |
自分のツイートより。
3月15日にインドのカレシュワールスワミがマハーサマディーに入った(自分の意思で肉体を離れた)みたいですけど、3月16日には吉本ばななのお父さんも亡くなってたんですね。人はいつか死ぬ、みたいな。

カレシュワールは自分で自分はババジだって言ってたみたいだけど、オリジナルのババジって今も生きつづけてるんですよね。てことは、カレシュワールの時は同時に2つ肉体を持ったりしたってことかな。ババジくらいになると(ってどのくらいだろう)それくらいは余裕で出来そうですね。

もうじきカレシュワールがマハーサマディーに入ると聞いて、もし彼がババジなんだったら、前からババジにあいたかったので(私の願望の一つだった)ぺヌコンダのアシュラムに1月だったか、だめもとで行ってみました。やっぱアポなしでは会えなかったんだけど、彼が肉体に留まってる間に行ってみてよかった。

カレシュワールのグルのシルディサイババへの美しいアビシェーカム(プージャ)の様子。



なんかの本で、だれかがプッタパルティでサイババダルシャンを受けに来ていたババジに出会ったと書いてありました。ババジは「あなたたちはいつもダルシャンを受けれていいね」みたいに言ったと書いてあったような。サイババの恐ろしいほどの栄光よ。


以上、自分のツイートより。

https://twitter.com/#!/furunosawako


ちなみに2:40くらいにでてくる2人の女性ダンサー、チトラバティーロードで踊ってたの見たことある。笑
すごく上手だった。

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【2012/03/17 22:25】 | 聖者 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ラーメーシュワラム行きの写真
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朝日、プッタの近くでタクシーから。
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朝日アップ

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バンガロールを飛び立ったとこかな?

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こっちはチェンナイを飛び立ったところ。雲の上。

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家がいっぱい。

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前方に海が見えたら右に旋回。

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そのまま海岸沿いを右手に見つつ南下。

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ババが何かを配ってる夢を見た。目を覚ましたときの窓の外。ぽこぽこした雲。
雲に配ってたのかな?

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ダイナミックで立体的な雲の間を行く。
海の中の崖を浮力調節で垂直に上り下りした感じを思い出した。

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マドゥライに到着。やしの木多し。

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記憶の中で掘っ立て小屋になっていたこれがたぶん旧ターミナル。

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今はこんな近代的なシルエットの建物になっていた。

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なんか沖縄の東屋のようなかわいいキャンティーン。お茶飲んでレモンライス食べた。

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自分撮り。

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沖縄の空と空気を感じた。

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太陽の恵み。

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【2012/03/17 04:49】 | 写真 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ラーメーシュワラムに到着しました。(夜なのでなにがなんだか)
今朝6時にプッタパルティを出発して、バンガロールから飛行機をチェンナイで乗り継いでマドゥライまで来て、マドゥライからタクシーで3~4時間のラーメーシュワラムのホテルにさっき、夜8時ごろに着きました。

まあ、途中飛行機だったのでそんなには疲れてないです。

ついたのはもう夜だったので街の様子はまだよくわからないです。

でもホテルに着く1時間くらい前から生臭い異臭が、、、時々焼き魚の匂いも。

最初なんだこの異臭は!と思ったけど、海で採れた魚を何かしてるんでしょうね??


バンガロールの空港は数年前に新しくなってるので関空並みですが(ちょっと言い過ぎかもしれないけど)
チェンナイの空港は数年前、チェンナイで開催されたアティルッドラマハヤグニャのあとに来たときと同じくローカルムードを(たぶん不本意ながら)保っていました。

もっと昔にアガスティアの葉を開けに何度か来たときはちゃんとガイドに会えるんだろうかと不安な気持ちでこの空港に降り立ったのが思い出されます。

マドゥライの空港は、コダイカナルにはじめて行ったとき、幼児連れだったので長時間の車は無理と思って、バンガロールからマドゥライに飛行機を使ったときにこの空港を使ったのですが、

到着して空港の建物に入って、次の部屋に入ったと思ったらもう外だったので驚いた記憶があります。

何だこの掘っ立て小屋は!?ほんとに空港?という印象。

記憶の中でどんどん矮小化されてるにしても、その小さな空港の建物のつもりで降りたらすごくきれいで近代的な建物になってたので驚きました。

空港の前も庭園みたいにかわいく整備されてて。

マドゥライの空港からコダイカナルはタクシーでほんの2~3時間なんですよね。
ただし地獄のヘアピンカーブの連続ですけど。山の向こうなので。

コダイカナルはババが行かなさそうなときでも子供つれて気分転換に行ったくらいなんで、好きなんで、また行きたい気が一瞬しました。


途中、ミーナクシ寺院に寄ってからラーメーシュワラム行けないかな?と思ったけど、聞いたらラーメーシュワラムとは反対方向に15キロだというので今回は見送りました。

タクシーでマドゥライ空港からラーメーシュワラムにはエアコンなしで3100ルピーでした。
これは空港料金なので、

ラーメーシュワラムから空港へはACつきで2800ルピーくらいだそうです。

5年位前はバンガロールからマドゥライにたくさん直通の飛行機が飛んでて、私がチケットを買ったときは特に安くて、
エアーデカン(これ、いまはキングフィッシャーかなんかに吸収されたんでしょうか)でなんと1300ルピーくらいだった記憶がありますが、(2000円くらい)

今は直通全然ないみたいで、チェンナイで乗り換えてきたので7000~8000ルピーくらいしました。(12000円くらい)

でもやっぱ飛行機は楽。


今の時期はラーメーシュワラムエクスプレスというバンガロールからラーメーシュワラム直通の列車は出てないとのことで、それを期待してたんですけど、なくって残念です。
だから飛行機で来ました。

バンガロールからラーメーシュワラムまでのバスも出てると聞きましたが、そんなの乗ったら私はたぶん死にます。
20時間くらいかかるんじゃないの?やだよそんなの。

列車の、ラーメーシュワラムエクスプレスがあればややこしくなくて楽だったんだけど。安いだろうし。(AC寝台車でせいぜい1000ルピーくらいじゃないかと)

だから、今日はとりあえず来たものの、帰りは、ど~やって帰ろうかな~~~~~?
と、ちょっと思案中です。
どっちみちあちこち乗り継がないといけないみたいで。めんどいな~。


いったんカンニャクマリに行って、2泊くらいして、そっからホワイトフィールドに直通の列車があったはずだからそれで戻ってもいいし。

列車を乗り継ぐのってめんどいからしたくないんですよね。



タクシー長く乗ったら気持ち悪くなるし。。。
(今日の3~4時間ですでに吐きそうだった)



今アマチはケララのアシュラムにいるらしいので、アマチのとこに行ってみたいような気もしないでもないけど。


なるべくめんどくさく感じない方法で帰ろうと思います。

だれかインド人の富豪がヘリコプターか自家用飛行機で来てて、それで直接プッタまで送ってもらうとかが一番理想です。
(いつかそんなことが起こるんだろうか。。。)


明日は8時に寺に行って、寺で沐浴して、アビシェーカムらしいです。

あさって、ルッドラホーマムらしいです。


今回は他の人たち(チェンナイのサイユースだそうです)主催なので、気を張らなくていいのでレジャーもしくはレクリエーション気分です。


この人たちはワールドピーストラストとか言うのを作ってて、インド各地で世界平和祈願のホーマムをして回ってるとのことです。

この人たち、マレーシアとかシンガポールとかでもルッドラホーマム(お坊さん11人でやるルッドラのホーマム)をやったとかいう話ですがまだ電話でメンバーの人と連絡事項話しただけで直接会ってないし、何がどうなのかははっきりとは聞いてません。

そんななので、日本でアティルッドラマハヤグニャやりたいんだったら情報や協力が得られるかもよ?と、紹介されたんですが、

別にそこ経由じゃなくても情報や協力は大丈夫かなとは思ったんですが、
ラーメーシュワラムにはいっぺん来たかったのでいい機会かもと思って来てみました。


昨日はなにかすごく、「もう逝ってしまってもいいのかも」という思いが強くて、
やることいちおうやったし、私が絶対気にかけないといけない人もいないしとか思って。

昔そういう機会があったとき(逝ける機会)だれかが悲しむ可能性があるならそれはちょっと、、、という気分もあって、逝かなかったんだけど、
いまはもしだれか悲しんでもそれはそれ、みたいな。笑
全部大きなスパンで見たらどっちみち移り変わっていくし。

すること全部済んで逝ける時には逝ってしまったほうが、もしかしたら全体を引き上げることになってたのかもと思います。

そこで情とかで戻ってきたら実は全体を引き下げることになる、全体を引き上げる形で全体に奉仕するチャンスを逃すことを意味するかもと思います。

情で戻ってきても、だいたいはその前よりも自分も周りもすごく大変になることが多いと思います。

実際それは単に逝かない、超えない、というだけではなく、はっきりとディセンション(降下)を選択したということを意味するんだと思います。

だからそれが全体に波及し、いったんは確実に全体を引き下げ、なにもかもばらばらになって失われる結果になる。

選択肢が与えられる(与えられるように見える?)こともあるし、
自動的に降下が始まることもあるかと思いますが。

このような形で降下が始まったらもう、最低レベルまで、それ以上ないとこまでいかないと上昇に転じはしないと思います。

しかしもしいいように思えることがあるとするなら、
世界の底から上昇に転じたとき、
世界を刻々と巻き込んで全世界とともに上昇していかざるを得ないということかなと思います。

そうして回り道だったのかもしれないけど、
結局はすべての滞りを解消し、世界とともに超えて逝くんだろうと思います。

世界はその人から展開しているから。


だから、逝こうかどうしようか、超越意識の中で選択肢があるように見えるときは、逝ったほうがいいですよ。笑

あとが楽だから。


しかしとにかく昨日はそういう気分が強かったんで、
なんだ?どっかで地震でも起こってラーメーシュワラムにも津波が押し寄せて、わたしそれにさらわれる予定なんか?
とか思ったんですが、(海に突き出した砂州なんで)

うがった見方をしたら、
私はまだまだ死なせてもらえないので、

(昔、事故で平気だったとき、守護霊の守りがあったんだと思って守護霊にに感謝しようとしたら誰も守ってない、こいつは守らなくても死なないとチャネラーを通して守護霊とやらに言われた。。。)

そんな風に波にさらわれそうなとこに配置されることで津波予防になったりしてとか思ったりして。

そういえば、チリの地震の時でしたっけ、アマチのアシュラムにも津波が押し寄せてたんですよねたしか。

日本にいたら日本の災害のことには敏感になるけど、
世界中でもいろいろ起こってますよね。

日本はホントに情報規制されてるような。
そりゃ、もっと情勢が不安定な国とかに比べたらあれですけど、

情報って恐ろしいですよね。
知らない間に考え方を決められてしまうもの。

みんなこれは自分の考えだと思ってても全然そんなことないですよね。

情報って力だなと思います。

質のいい情報、建設的な力になる情報を引き寄せ、取捨選択していきたいものです。



さいらむ



と、これを書いたあとに昨日カレシュワールがマハーサマディーに入ったとの情報に触れ、なんとまあ、と思いました。

昨日のわたしの逝きそうな、逝ってもいいような感じは何かそういうのにも感応してたんだろうか。
昨日は実はもう逝ってもいいんだと思うと泣けて、なんかほぼ一日中ぐだぐだに泣いていました。


みんないなくなっちゃいますね。

私も逝きたい気分。笑。まだ?



アマチはまだ逝かないよね?なんかあやしいな。。。


ちなみにうちのおかーはんは、地球に残る約束をすでに神様としてるそうです。
(↑ 何者や!?爆)


もしかしたらカレシュワールも、このタイミングでマハーサマディに入ることで世界を特に今のこの危機的状況からその分引き上げてくれたのかもしれないですね。

この1週間ちょっとほら、やばいって話もチラッと聞いたし。

わたしは実は1週間ここラーメーシュワラムにいるようにといわれた気がして来たので、

この1週間ちょっとやばい?と聞いて、
なんだよー、そんなときにこんな逃げ場のない、高い建物皆無の海辺に居さすなよと思ったのでした。

だから実はすっごく来たくなかった。爆

死にに行かされるような気がしてました。


明日みんなとまじめに世界平和祈っときます。笑←笑ってるし

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【2012/03/17 04:31】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
どうして日本人は移動しないの?
今朝のサマディーダルシャン後、ネットカフェに頼んでた自分のパソコンのセッティングがどうなってるか見に行ったら、

ネットカフェのボスが、「日本はビッグプロブレムなのか?」というので、
「いつ?いま?」
と聞いたら

「昨日新聞で大きい地震があったと読んだ」

というので、

「ああ~、あれはそんなに大きくないから」

と笑ったんだけど、

よく考えたら震度5って十分大きいので、

「ああ、大きいわ。でも1年前みたいなのではない」
と、地震に対する基準がおかしくなってるなと思いながら言ったら

ネカフェボスも、
「普通に大きいんだね。」と、笑ってました。
わたしも
「そう、普通に大きい」と答えました。


ネカフェボスが「前から不思議に思ってたんだけど、なんでみんな(そこ、、、首都圏に?)住んでるの?いつも問題があるのに。」
と、本気で不思議そうに聞くので、
そう思うのも無理ないわ。わたしも不思議やし。と思いつつ、

「わからない。わたしは住みたくないけど」と答えると、

ボスは「なんでみんな動かないの?」というので、
「いくらかの人は動いたけど、ほとんどの人は動けないから」と答えました。


インド人みたいにだめそうだったらさっさと潔く国内外に民族ごと大移動する人たちからしたら、日本人がその場でひたすらじっと耐えてるのは不思議なんだろうと思います。

でもそれが日本人のある意味、個人になりきれない、大人になりきれないといえる反面、赤ちゃんみたいないたいけな魂の質なのかもしれない。


ボスは話を変えて、
日本には寺はあるの?ときいてきたので、
「たくさんあるけど、ほとんどは仏教徒のためのもので、後は、日本古来の神道の神社」
「ヒンズー教の神様は日本に来て仏教と混じったから仏教のお寺でヒンドゥーの神様とか女神様を見つけることが出来る」
と答えました。

そしたらネカフェボスは、何でそんなことを聞いたかと言うと、
昨日モスリムの男性が来て、
日本に地震が起こるのは、モスクがないからだという持論を展開して、
モスクでは1日3回祈りをささげられるからそれがいい影響を及ぼすんだけど、日本にはそれがないからと言ったそうで、

それを聞いてわたしは、
確かに1日3回のモスクでの祈りはいい影響があるだろうなと思ったんだけど、
ネカフェボスはこいつは昨日日本に大きな地震があったことを知ってそんなことを言ってるんだろうか?と、頭にきたらしく、

何か言い返して、モスリムの男も怒って険悪な雰囲気になって、ネカフェボスはそのモスリムの男性を追い出したそうです。

まあ、日本にもモスクはあるんだけど。そんなにたくさんではないけれど。
と、わたしが日本人特有の間抜けな感じでネカフェボスに言うと、
ヒンドゥーのネカフェボスの気分は既にそこになく、「あいつらはいつもトラブルメーカーだ。。。」とかいっていました。

でも日本の人たちも誰でも、悲しみがないように祈っている、と、ネカフェボスは心から言っていました。


わたしもまったく同感です。

そのために何か出来ること、やるべきことはあるんだろうか?と思います。

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【2012/03/15 14:54】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(6) |
朝バジャン&ダルシャン
昨日の晩は、前回日本で何冊か買ってきた本の中からジョイ・トーマスの「人生は愛、楽しみなさい!」という体験談本を読んでました。

昔、まだ製本される前にプッタのコピーやに置いてあったやつを読んだような気もしないでもないのですが、
内容はまったく覚えてないので読んでないのかも。

半分くらい読んだのですが、久しぶりにサイババの本を読んだ気がしたんですが、
衝撃的によかったので、うわっ、ババの本てすごい。。。と思いながら くぅぅっと感涙で読んでました。

サイババの様子とかが、実際見たりしてただけに、容易にイメージできてよけいにすごく入ってくるんだと思いますが、

たとえば著者がパダナマスカールをババに頼んで、許可してもらって、
できるだけ長くパダナマスカールして、そのあとババに手を差し出したらババが数秒間だけその手をにぎっていてくれたとか、

たぶん関係者以外の人が読んだら気に留めずにすっと読み流しそうですが、

ダルシャンの高揚感を知ってて読んでてそれががんがんよみがえってきてると、その数秒間がどんなにすごい数秒間だったのかというのが容易に伝わってくるので気を失いそうになります。笑

著者もしばしば感覚が遠のいて何も認識できないような状態になって、後から周りの人にババが彼女に何をしたとか聞いてそれを知るんですが、

そういう、ババが近くに寄ってきただけですべての感覚が遠のいて光に融合してしまうような
そういうすさまじい感覚を超えた状態がたくさん喚起される本だったので意識が遠のきながらそのまま寝ました。笑


朝、早めに目が覚めて、
サウスで朝食を食べて、食べながらすでにヴェーダチャンティングが始まってたので聞いてましたが、

今の日本にはこのルッドラムのバイブレーションが必要だなぁとしみじみ思いました。


サイクルワントホールに入ってほかのヴェーダを聞いて、バジャンになって。

人は少なめだったのでゆったりリラックスして座れました。


バジャンは途中まで歌わず聞いてたんですが、
とちゅうにラーマナーマターラカム で始まる、私の好きなバジャンが歌われたので、
そこからは一緒に歌いました。

このバジャンもメロディとかは簡単なんだけど美しく歌うのにはすごく実力が必要なバジャンだと思います。
単純なだけに。

そしてすごく美しいバジャンだと思います。

もちろんすでにだだ泣きです。爆


ラーマを直接見たことはたぶん無いけど、その神がかった高貴な美しさに陶酔させられるようなバジャンです。

今日の歌い手もものすごく美しく歌っていました。
私も一緒に歌いながら気絶しそうになってました。笑


そのあとのバジャンも美しいバジャンが最後まで続き、久々になんかすごく解放されて洗われたような感じがしました。

サマディーダルシャンもいつものごとくさっさとお参りできる、端の列に並んですぐにお参りしたんですが、
座り込むとそのまま立ち上がれなくなるような何かものすごい親和性を感じました。

何とか立ち上がり、配られるバラの花びらをもらい、
裏手に回ってマンディールの中に入っていつものようにお参りしましたが、
そこでも立ち上がれなくなるようななにか大きな交流が行われたような気がしました。

「私を受け取ってください」という祈りが自分の中から自動的に出てきました。

床に額をつけ、起き上がるまでにいつもより多くの時間を要しました。

何かいろいろよっぽど、渡さないといけないものを抱えているんだと思います。笑



振り返って反対側に向けても礼拝し、

世界平和の祈りサマスタローカースキノーバヴァントゥもいつものように唱えて願い、



外に出てサンダルを履き、日傘を持ってネットカフェに行こうと思いましたが
ちょっとまだ天界にいすぎて落涙中だったので、
アシュラムの中を散歩して、ココナツウォーターを飲んで、イーシュワランマトラストの倉庫の中の
ビブーティーの出てるババの写真の前で少し座り、
そこでもらったビブーティーを食べて味わい、
ガヤトリーテンプルの近くのコーヒーショップでミルクティーを飲んで、ようやくだいぶ感覚が戻ってきて地上に戻ってきました。


この世界にこのアシュラムが出現していることは本当に恩寵だと思います。


それと久しぶりに読んだババの本のすごさ、猛烈な輝きには改めて目を開かれ、衝撃・感嘆の思いでした。

半分読んだだけでもうすでに自分の中の多くのことが変えられてることに気づかざるを得ませんでした。



膨大な、日本語には未翻訳のババの体験談の本があって、それを思うだけでもどれほどのことをあらゆるレベルでサイババが行っていたのか誰も把握することはできないと思いました。

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【2012/03/14 14:54】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
アシュラムのサマータイム
結局今日はほとんど涼しいネットカフェで涼んでて、
夕方、アルティだけ見に行こうと思って6時前にアシュラムにいったんですが、6時を過ぎてもアルティにならないので、

もしかしてサマータイム?とか思い、

スケジュールが書いてあるとこに見に行ったらやっぱり昨日からサマータイムアルティ導入されたみたいです。

おとといまで夕方は4時半からヴェーダで5時15分からバジャン、6時にアルティだったんですが、

昨日からは5時からヴェーダ、5時45分からバジャン、6時半にアルティ、その後サマディダルシャンになってました。


30分遅くなったんですね。


外からチラッと見るだけのつもりだったんですが
しょうがないからホールの中に入って座ってバジャンを聞いて、歌って、アルティをみました。

夕刻遅くのバジャンは村祭りみたいなまったりした雰囲気でとても良かったです。


こういう雰囲気はとても満たされた気分にしてくれます。

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【2012/03/13 22:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ビブーティーのでてるサイババの写真
N棟のうらの、イーシュワランマの女性向けのトラストが使ってる倉庫のひとつの中のババの写真からビブーティが出てて、
今まで2回くらい見に行ったんですが、
今日もココナツ飲んだついでに行きました。

今までは誰かがいたんだけど、今日は、横でビブーティー配るおじさんしかいませんでした。

なので一人でその写真の前に座り、瞑想、ともいえないかもしれないけどしばし黙想しました。

いろんな束縛を断ち切ってくださいという祈りが自分の中から出てきました。

20分位したら人がどやどやと入ってきたので、おじさんにビブーティーをもらい、たべたり額に塗ったりし、小さい包みももらってその場を後にしました。

既に11時半くらいだったので早めの昼食をノースインディアンキャンティーンで食べました。

最近暑くて食欲が落ち気味だったのですが、
少なめに取ったノースのご飯は全部食べることが出来ました。

やっぱ暑いときはインド食が食が進みます。
暑いとクリームソースのパスタとかそういうのは食べる気がしなくなって。


家に帰って知人とスカイプしてたらなぜかノートパソコンのなに?パッドのコントロールが利かなくなったので、
ネットカフェに来てネットカフェのパソコンいじってます。

クーラーきいてて涼しいです。

暑いからパソコンもおかしくなったのかな?


昨日の夜も、2台あるパソコンのどちらも永遠に新しいタブを開きまくりになって制御不能になってました。


今日は赤い服とショール身につけてるのでなんか元気です。笑

還暦みたいだけど。

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【2012/03/13 16:05】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
”ムンバイ”シュリニバーサンさんからのメールの日本語訳したもの
Om Sri Sai Ram

”ムンバイ”シュリニバーサンさんから311の今日、またメールが送られてきました。
なんとかインド時間の今日中に翻訳できたので載せときます。

下の比較的長い文章は私に対して今日書いて送ってきたものじゃなくて、文中の7月24日の日付の日に彼のインド国内外のメルマガ読者(2000人くらいいるらしいですが)に送信したものだと思います。

今まで日本人と接触なかったんだろうか彼は?

とにかくどうぞ。参考になれば幸いです。(以下、彼による文章)


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バガヴァンババの慈悲 - 日本の地震と福島原子力発電所

東京ー強大な地震および津波が日本の東北を破壊し、この4半世紀のうちで世界でも最悪の原発事故を引き起こした1年後、

多くの日本人が厳粛にその悲劇について追悼し、日曜を過ごしています。

他のものは、混乱の1年と魂の探求に続く国の将来を形作るために街頭集会に参加しました。


1年前、災害が日本の原子力発電所を襲った直後に、スワミは病気になりました。

核の大量虐殺の可能性、および地球全体の破壊から世界を救うために、スワミは、自分自身に地震の最も大きな衝撃を吸収する彼の神のリーラの秘密を明らかにしました。

1年前に書かれたこの物語を、災害の最初の記念日に再びお伝えします。
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Mercy of Bhagavan Baba - Japan Earthquake and Fukushima nuclear plant

TOKYO—A year after a powerful earthquake and tsunami ravaged Japan's northeast and set off the world's worst nuclear accident in a quarter century, many Japanese are spending Sunday solemnly mourning the tragedy. Others have joined street rallies to try to shape the country's future following a year of turmoil and soul searching.
A year ago, immediately after the disaster struck Japanese nuclear plants, Swami took ill. Swami revealed the secret of His Divine Leela of absorbing the greatest impact of the Earthquake, on Himself to save the world, from a possible nuclear holocast and the total distruction of the globe. This story posted by me a year ago, is being brought to you again, on the first ananiversary of the disaster.


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【バガヴァンババの慈悲 - 日本の地震および福島原子力発電所】


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慈悲深い神、バガヴァンババ
母なる大地を救う。

2011年7月24日



Sai Ram

バガヴァンババが病院に入院されてから、

この地球の様々な場所からの、非常に多くの軽微なものや重大な地震の報告がそれらのうちから毎週おおよそ3件か4件なされました、

私は、メディアにおけるこのニュースを皆がきちんと追っていると信じます。

だいぶ前から、私はこの件のメッセージをバガヴァンババによって私に知らされたとおりに、発してきました。

スワミは、マザーアースの子宮(Bhoo Garbha)の中の混乱に関して、また、バガヴァンがどのように受けたかについて鮮明に説明しました。

人類への憐れみと慈悲は彼自身の生命を危くしました。

日本の地震の影響の後、スワミは、彼が多量のまとまった影響を吸収しなければならないと宣言しました。

バガヴァンはまた、核放射線の考えられないほどの影響を最小化したのはバガヴァンであると言いました。

数年前のインタビューで、バガヴァンは“The Blitz’の編集者のR.K.Karanjia氏に
このアバター(サイババ)は核の大虐殺から地球を救うために来なければならなかったと告げました。

日本のいくつかの原子炉の破裂から出る放射性の放射線を吸収したことはバガヴァンババによるものでしたが、人は、その災害で何が延長されたのか想像することさえできませんでした。

バガヴァンの犠牲は、自由に呼吸し、生き続けることをこのマザーアースの居住者にとって可能にしました。

スワミは、Bhoo garbha(マザーアースの子宮)の中の混乱を引き起こす
鉱物および他の石油資源の開発は人々の貪欲であると言及しました



世界の統治者たちはいつ目覚め、地球の人々の将来世代にそれらが引き起こしている危機に注意を払うつもりなのでしょうか?

彼らは考え始め、賢明な消費によって貴重な資源を保全することを計画し始めるでしょうか?



私たちは、人類を守護し続けてくれるよう、ただ神、サイに祈ることが出来るのみです。



サマスタ ローカ スキノ バヴァントゥ!!


愛と敬意をこめて

”ムンバイ”シュリニバーサン


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(原文)


Mercy of Bhagavan Baba - Japan Earthquake and Fukushima nuclear plant






The merciful Lord, Bhagavan Baba

Saved the Mother Earth.

24th July 2011




Sai Ram.

Since Bhagavan Baba was admitted in the hospital, reports of so many minor and major earth quakes are coming out, from various parts of this earth, almost 3 or 4 of them every week. I believe everyone is following this news in the media, regularly.



Long back, I had sent out a message in this matter, as revealed to me by Bhagavan Baba. Swami had vividly explained about the turmoil in the womb of Mother Earth (Bhoo Garbha) and how Bhagavan had, out of compassion and mercy towards the humanity had risked his own life. Swami had then declared that he had to absorb the effects of the massive after effects of Earth quake in Japan. Bhagavan had also said that it was Bhagavan who had minimized the unthinkable effects of nuclear radiation. In an interview, several years ago, Bhagavan had told Mr. R.K.Karanjia, Editor of “The Blitz’ that this avatar had to come to save the globe from a nuclear holocaust. But for Bhagavan Baba, absorbing the Radioactive radiation emanating from the bursting of several Nuclear Reactors of Japan, one could not even imagine to what extend the disaster would have been.



The sacrifice of Bhagavan had made it possible for residents of this Mother Earth, to breathe free and live on.



Swami had mentioned that it is the greed of the people, which had made them to exploit the mineral and other petroleum resources, causing turmoil in the Bhoo garbha (the womb of Mother Earth).



When are the rulers in the world going to wake up and take note of the risk they are causing for the future generations of the earthly people? Will they start thinking and start planning to save the precious resources by judicious consumption?



We can only pray to our Lord, Sai to continue to protect the humanity.

Samastha Loka Sukhino Bhavanthu!!

With Love & Regards,

"Mumbai" Srinivasan

---------------------------------------------------------------------------------------------------------- The Web. Links:

“Previous Sareeram” - The Old Body - (Story of Shirdi Sai Baba, as told by Sri Sathya Sai Baba) :

The link: http://www.ssso.net/bombaysrinivasan-ebook2.htm

Sri Sathya Sai Hrudaya Nivasi – The link: http://www.ssso.net/bombaysrinivasan-ebook.htm

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【2012/03/12 03:27】 | 東北地方太平洋沖地震や原発に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) |
シュリさんメール
うん?

またムンバイシュリニヴァースさんからメールが。。。

また翻訳期待してるんだろうか。

そうか、今日は311。

あれから1年。

何をどう思ったらいいのかよくわからないし、今も現在進行形な気がするんですが、

だからまたメールなんですね?


ちょっとねむいんだけど、

そういうことなら出来るだけ翻訳してみます。

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【2012/03/12 00:32】 | 東北地方太平洋沖地震や原発に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) |
おばちゃんむせび泣き
今朝はさわやかな気分でサイクルワントホールに行きました。

今日はバジャンも終わってサマディダルシャンも終盤になってからホールに入って、
ダルシャンの列がほんとに最後になるまでホールの広いとこに座ってました。

まるで時の流れが止まったような、エネルギーがどこにも流れて行かずここにゆるくしかし安定して留まっているような、

そんな懐かしい感覚がしました。


この感覚はどこで感じたものだったんだろう?


と思い出してみると、
10年ちょっと前くらいはまだサイババも立って歩いていて、ダルシャンも、朝早くにあって、
ダルシャンが終わってババがバジャンホールなんかに入って行ったらバジャンまで1時間とか2時間とか時間があいてたんですよねたしか。


その、ダルシャンとバジャンの間に挟まれた、なんでもないけど満ち足りた時間が、
今日感じたすべてのエネルギーがゆるくここに留まっているような時の感覚だったのかな?と思いました。

することもなく、目の前の人の動きを見るでもなく眺めたり、
自分のうちに入って好きなだけ自分自身と静かに対話したり。

日常の瑣末な事柄はすべて分厚いゼリーの壁の向こうに置いてきてしまって、ただただこの空気を体感することだけがやるべきことという、恩寵に満ちた時間を体感していた日々でした。


プッタパルティはわたしにとって奇蹟の地でした。

そこに行けばすべてが溶かしあわされて新しくなった自分とともに大きな光のエネルギーとともにまた日本の生活に戻る。


しかし子供が生まれてからは日常を送ることそれそのものがわたしには物凄く難しくなったので、
プッタパルティは奇蹟と恩寵の地というより、
避難所みたいなわたしにとって切羽詰った真剣みを帯びた場所になりました。

今日、サイクルワントホールに座ってて、10年位前に感じていたようないろんなものが恩寵のプールの中で何のストレスもなくあるがままに存在しているのを見ている私に気づき、


ああ、子供をつれてここに滞在することはほんとうにすごくすごくすごく大変だったんだなあと思いました。

実際、ほんとうにすごくすごくすごくたいへんでした。

何であんなに大変だったのかというと子供の世話自体慣れてないというのと、男の子だったので子供にすごく精神的に引っ張られるので混乱する、というのがあったんだろうと思います。


今日また10年位前の1人のゆったりした感覚がよみがえってきて、全体の中でだれに邪魔されることもなく全体の流れに溶け込める楽さを感じます。



極楽。。。



いつもは待つのが面倒なので、列の進みが早い一番脇の列に並んで、
脇からサマディにお参りしてるのですが、
今日は最後で人がもうほとんどいなかったので、中央ののろのろしか進まない列に並んで中央でお参りしました。

横でお参りしてるインド人のおばちゃんが泣いてました。


裏に回ってバジャンホールの中でもお参りしたら、
そこでも、また別のインド人のおばちゃんが声を上げてむせび泣いていました。


つい、私もつられてぐっときて微妙につられ泣き。



なんなのか、ババが亡くなってから初めて来たのかな?

お参りでこんなにむせび泣いてる人は久しぶりでした。



ああ、玄関からいい風が入ってきた。

風に金属の風鈴が涼しげな音を立てています。



空気がゆるくて余裕に満ちてる。

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【2012/03/11 15:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
THE TREE OF LIFE
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遅ればせながら、THE TREE OF LIFEをDVDで見ました。

ちょっと前にバンガロールで買ってたやつ。

ほんとは半分見て寝るつもりだったんだけど気がついたらほとんど終わりだったので全部見ました。



インドで映画とか別に見てないんだけど、空気に感染してるのか、今日の139分はなんか短かったな。
インドの映画は4時間くらいあるんでしょ。

なんか、あと2~3時間あったほうがいいような気がした。

インドで別に映画を見てるわけじゃないんだけど。。。
たぶん空気感染ですね。


この映画は絵がインドとかけ離れててすごくよかった。笑

疲れなかったです見ても。


映像がきれいと聞いてたけどなるほどきれいでした。
どうやって撮ったのかなと思った。
まさか全部CGじゃないよね。


映画の感想としてはブラピがしわしわで笑えた。


人のこと全然言えないけど年取ったなと思いました。

たしかわたしが大学生の頃にリバーランズスルーイットかなんか映画館に(ブラピの顔だけを)見に行った記憶が。



映画って、こんなにゆるく終わるんだったな~~~と思いました。

多分そういうのが芸術的でいい映画とされたんだったんだろう。




まあとにかく、見終わってもさほど疲れてない映画でよかったです。




えっと、映画の内容としては、私自身人間疲れして、星のささやきにでも耳を傾けたい気分になってるとこだったんで、
非常にタイムリーなかんじでした。


人間の営みの物語性ゆえの根本的な哀しみと、あらゆるものを超越したダイナミックなミクロからマクロまでの生命そのもののただ在りひたすら生き続ける音楽的な感じが溶け合って、
ドラマが透明感のある普遍的なものへと昇華されていました。


さいごには、ドラマの外で出会う喜びを私も感じたいと思いました。


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※映画と関係ない画像も入ってます

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【2012/03/11 05:39】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ムンバイシュリニバーサンさんからの返事とサイト
ババのメッセージ、日本人に伝えましたよ!と追っかけブログのサイトアドレスつけてメールしたら

2時間後にはムンバイシュリニバーサンさんから早速返事が。はや~。






Thank you for your efforts. Japan people should be delighted, reading the mercy of SAI.
My loving sai to your Japan community.





With Love & Regards,

"Mumbai" Srinivasan


(ちょっともう今日は日本語訳する気力なし)

---------------------------------------------------------------------------------------------------------- The Web. Links:

“Previous Sareeram” - The Old Body - (Story of Shirdi Sai Baba, as told by Sri Sathya Sai Baba) :

The link: http://www.ssso.net/bombaysrinivasan-ebook2.htm

Sri Sathya Sai Hrudaya Nivasi – The link: http://www.ssso.net/bombaysrinivasan-ebook.htm

----------------------------------------------------------------------------------------------------------


なんかこの人のE-ブックみたいなのもあるみたい。

興味ある人は上のリンク見てみてくださいね。

これってこの人のサイト?SSSOのサイト?

どっちにしろ教えてくれたサイトの情報量多すぎて情報処理できてない私。

でもババが唱えるガヤトリーマントラが延々聞けるやつがサイトにつけてあって、こりゃいいわ、とつけて聞いてます。
わたしもつけようかな。

テーマ:ありがとう - ジャンル:心と身体

【2012/03/11 01:50】 | 他ブログ紹介 | トラックバック(0) | コメント(0) |
メディスンブッダリトリートの案内(シンガポール)
さわやかな華僑の息子からメディスンブッダマントラの案内が来たので一応お知らせ。
こんどの3月17日だそうです。

といっても日本で唱えられる人はほとんどいないと思うけど。。。

でもなんか、ありがたいことに、
リトリートの最後に日本のために特に祈ってくれるそうなので日本語でもお知らせしときます。

私は参加するかどうかまだ未定です。
できたら少しでも参加しようかな。(プッタから)

この日は別のヤグニャの情報ももらってて、参加するかしないか考えるの停止して放置してましたが、どうしようか。
でもということはこの日は特に吉兆な日なんでしょうね?
こういう予定が重なるということは。きっと。

でもとにかく、3月17日にはシンガポールから世界に、そして日本にも特に祈りがささげられるということです。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


SaiRam親愛なるシスター・SAWAKO


私たちは次の土曜日3月17日にメディスンブッダの1日リトリートを組織します。

その日にメディスンブッダのマントラを唱えてどうぞわたしたちに加わってください。
これは何倍にも功徳の増えるとても吉兆な日です!

リトリートのスケジュールは以下のとおりです:

10.00am – 10.15am : 開始の祈り
10.15am – 12.30pm : メディスンブッダマントラ
12.30pm - 1.30pm : 昼食
1.30pm – 4.30pm : メディスンブッダマントラ
4.30 pm – 5.00pm : お茶休憩
5.00pm – 7.00pm : メディスンブッダマントラ
7.00pm – 7.45pm : 献身の祈り
7.45pm – 8.00pm : 閉会の祈りとマンガラアラティ


私たちは、リトリートの最後に日本の回復のために非常に強力な献身(の祈り)を行います。

もしあなた自身やまたは愛する人のために特別の祈願の献身を行いたい場合、あるいは祈願献身を行いたい誰かを知っている場合、
「ーーーーーーーーーーー(一応ブログではメルアド伏せときます。)」で私にメールしてください。

(※マントラとなえるのに参加したい人がいたら下のフェイスブックのページからでも問い合わせてください)


どうぞ記入してください-
姓名(S):
________________________________
祈願:
______________________________________
病気(もしあれば):
_______________________


詳細に関してはフェースブック・イベント・ページを参照してください。

http://www.facebook.com/events/375009025844095/

Jai Sai Ram!
愛を込めて
♥ BuddhaSai


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


(原文↓)


Sai Ram Dear Sister Sawako,

We would be organising a One-Day Retreat with Medicine Buddha next Saturday, 17th March.

Kindly do join us on that day by chanting the Medicine Buddha Mantra on that day - which is a very auspicious merit-multiplying day!

The schedule of the retreat is as follows:

10.00am – 10.15am : Opening Prayers
10.15am – 12.30pm : Medicine Buddha Mantra
12.30pm - 1.30pm : Lunch
1.30pm – 4.30pm : Medicine Buddha Mantra
4.30 pm – 5.00pm : Tea Break
5.00pm – 7.00pm : Medicine Buddha Mantra
7.00pm – 7.45pm : Dedication Prayers
7.45pm – 8.00pm : Closing prayers & Mangala Arathi

We would be doing very strong dedication for the recovery of Japan at the end of the retreat. If you would like to have a special prayer dedication done for yourself or your loved ones, or if you know of anyone who would like to have a prayer dedication done, please email me at "dedication@BuddhaSai.com"

Kindly include -

FULL NAME(S): ________________________________
PRAYER: ______________________________________
SICKNESS (if applicable): _______________________

Do refer to the Facebook event page for more information
http://www.facebook.com/events/375009025844095/

Jai Sai Ram!

With Love,
♥ BuddhaSai


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

|| The Medicine Buddha Mantra ||

|| TADYATHA OM BHEKHANDZYE
BHEKHANDZYE MAHA BHEKHANDZYE
RANDZA SAMUGATE SVAHA ||




↑2009年の世界平和のためのチベッタンブッディストチャンティングプログラムで
サイババの前で唱えられるメディスンブッダマントラ

(0:40くらいから素朴でさわやかで自信たっぷりな華僑の息子(10代)がサイババに語りかけてます。
ちなみに彼は小さいころは舌が短くて言葉がしゃべれなかったらしいです&多動症(ADHD)で目を離したらベランダから飛び降りたりしてたらしいです)

The Medicine Buddha Mantra
Chanted before Bhagawan Baba in the Tibetan Buddhist Chants For Universal Peace 2009 programme

|| TADYATHA OM BHEKHANDZYE
BHEKHANDZYE MAHA BHEKHANDZYE
RANDZA SAMUGATE SVAHA ||

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【2012/03/10 21:28】 | マントラ | トラックバック(0) | コメント(1) |
ネガティブなバイブレーションを最後には引き入れる、ポジティブなバイブレーション
少し前にムンバイシュリニヴァーサンさんという人が日本語に訳してみんなに知らせなさ~い!と言ってきたので、今日、朝から翻訳してみました。

去年サイババが亡くなる前に入院して2~3日後に瞑想中に示されたメッセージだそうです。

これだけ翻訳するのに6時間くらいかかったという。。。
語彙力ないから単語の一つ一つ調べないとわからんので。


文章がこなれてないとこは読む人が直観力で補ってください。笑


この中ではネガティブなエネルギーを最後にはポジティブなものが味方に引き入れるという概念が好きでした。


それはまさにサイババやシヴァがやっていることなので。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



このマザーアースを保護するバガヴァンの慈悲:


Sai Ram

みなさんと次の情報をシェアすることをお許しください。

バガヴァンババ(サイババ)の恩寵によって、私はクンダリニーシッダヨガを幸運にも十分授かりました。

また、バガヴァンは瞑想の中で私を導き、コンスタントな接触がありました。

スワミは瞑想の間に様々な神聖な経験や神のビジョンで私を祝福してくださいました。

(サイババが)とても深刻な状態で入院された2、3日後、バガヴァンは親切にも私にビジョンを与えてくださり、彼の健康状態に関するメッセージを明らかにしてくださいました。

バガヴァンが神聖ビジョンの中で明らかにしたポイントのうちのいくつかを以下にお伝えします。



ネガティブなバイブレーションとポジティブなバイブレーション:

これらのバイブレーションは、実際、人類の考え、言葉および行為によって生成されています。

スワミは「Thrikarana」という言葉を使います。

悪魔的な性質の発達によって、ネガティブなバイブレーションは生成されています。

これらのネガティブなバイブレーションを消すただ一つの方法は神の特質を吸収するように人々に勧めることによる、ポジティブなバイブレーションの生成です。

神聖な性質、サトウィック(浄性)なバイブレーションは悪魔的な性質よりもパワフルです。

ネガティブなバイブレーションは私たちのプラーナの時期にRakshasa(ラクシャサ)たちによって、開発されました。

また、これがある限度を越える時、神は適切な方法によって、それを中和する責任を負いました。

神は、かつてはダルマ(法)を再建するアバターとして、(地上へ)降りて来ました。



Bhoomatha(ブーマータ・母なる大地)に対する負担

このカリの時代にはラクシャーサグナ(悪魔的な性質)は、多くの折り重なりや増大が見られました。

貪欲、自己本位、および人間性が崩壊した活動などはすべて世界に厳しい負の効果があります。

最初の死傷者はまさに「母なる大地」です。

天然資源の過度な開発利用(搾取)は、マザーアースへ莫大な損害をもたらしています。

現在、アースマザーの子宮は内側の天然資源の位置異常(転位)によって引き起こされている激しい混乱の中にあります。

スワミは「Bhoo Garbham」の単語を使います!!!



スワミは、地球一帯の重大な地震の再発の可能性のような、その結果(成り行き)について非常に心配しています。

天然ガス、岩、鉱物などを含む資源の激しく恐ろしい再調節が、大々的に起こっています。

そのような現象の例は日本での最近の地震です。それはまさに一大事でした。

スワミは、地球の周囲の大量破壊の可能性の制限に、彼が干渉しなければならないと言います。

スワミは、世界に広まる核放射線の濃厚な漏出の可能性についてまた別の関心を持っていました。

それぞれの原子炉の爆発は何百もの核爆弾と等しい破壊を引き起こすかもしれませんでした。

4つの炉の爆発は世界全体の破壊を引き起こしたかもしれませんでした。

より多くの地震がいくつかの場所に起こるかもしれないことが心配されます。




その後、バガヴァンは宣言しました:

「神が人間性全般に安全性と信頼を立て直すことに干渉することを決定した、その人間性の恐ろしい瞬間のもとにそれはあります。

バガヴァンは、彼自身の健康状態を危くして、状況の猛烈な衝撃を引き受けなければなりませんでした。

さらに、他のところでもっと先に起こるかもしれないさらなる地震の衝撃を最小化することも重要です。

核漏出の影響が食い止められたのが神の介在だったと理解するべきです。

ここで、神の力が科学者やエンジニアの技術および知識よりもよく人類を保護することができることを知るべきです。」




祈りの力:

スワミは続けました:

「私はポジティブやネガティブなバイブレーションの原因および結果に関して言及しました。

祈願、ヤグニャ、セヴァの姿勢および他の高貴な活動は、肯定的なエネルギーを世界中で創り出します。

それはネガティブなエネルギーを無効にすることができます。

私は、世界中の帰依者がみな深く誠実な祈願に従事していることに気づいています。

また、ネガティブなエネルギーの厳しい悪影響はゆっくりと着実に拭き取られ、もしくは中和されつつあります。

ネガティブなエネルギーがサトウィック(浄性)な、および信心深い活動によって最後に(味方に)引き入れられる時、スワミは現在経験している痛みから解放されるでしょう。

ポジティブなエネルギーのよい影響は既に働き始めました。

私は、全世界がこれまで目撃されていなかった信心深いムードにあることを非常に嬉しく思います。


全人類、特に、サイの帰依者は大きな責務に自身を従事させ、自分の役割を果たしています。

祝福をみなさんへ!」




愛と尊敬とともに
"ムンバイ" シュリニヴァーサン


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


(原文)


MERCY OF BHAGAVAN TO PROTECT THIS MOTHER EARTH:



Sai Ram.
Please allow me to share the following information with you all.

By the Grace of Bhagavan Baba I had been fortunate enough to get initiated in Kundalini Sidha Yoga,

and Bhagavan has been in constant touch in guiding me in my Dhyan marg.

Swami had blessed me with various Divine Experiences and also Divine visions during meditation

A couple of days after Hospitalization in a very serious condition, Bhagavan was kind enough to give me a vision, and revealed an import message on His physical condition.

I am giving below some of the points which, Bhagavan revealed during that Divine vision.



The Negative & Positive vibrations:

These vibrations are, in fact, being created by the human beings by their thought, words & actions. Swami uses the word, “Thrikarana” .

By developing the demonic qualities , the negative vibrations are being created.

The only way to erase these negative vibration is by creating positive vibrations, by inducing people to imbibe Divine qualities.

The Divine qualities, the Sathwik vibrations are more powerful than the demonic qualities.

The Negative vibrations were developed in our Puranic period, by the Rakshasas, and when this crosses certain limits, the God assumed the responsibility of neutralizing it, by appropriate methods. The Lord used to come down as Avatar to reestablish the Dharma.



The Burden on Bhoomatha (The Mother Earth)
The Rakshasa Guna (the Demonic quality) in this Kali Age had seen many fold increase.

The greed, selfishness, and the activities in annihilation of humanity are all having severe negative effects in the world.

The first casualty is the very “mother Earth”.

The over exploitation of the natural resources is causing immense damage to Mother Earth.

Presently the womb of Mother Earth is in great turmoil causing dislocation of natural resources within.

Swami uses the word “Bhoo Garbham”!!!




Swami is very much concerned about the consequences, such as the possibilities of recurring Major Earth quakes all around the globe.

Heavy and fearful re-adjustments of the resources including the natural gases, rocks, minerals etc. are happening in a big way.

The example of such development is the recent Earth Quake in Japan, which was a very serious matter.

Swami says , that He has to intervene in limiting the possibilities of mass destruction around globe.

Swami had another concern on the possibilities of heavy leakage of Nuclear Radiation spreading over the world.

The explosion of each of the Nuclear energy Reactors, could have caused destructions equivalent to hundreds of Nuclear Bombs.

The explosion in 4 reactors could have caused destruction all over the world.

It is feared that much more Earth quakes may happen in several places.




Bhagavan then declared:

“It is under these frightening moments of the humanity, that the Lord decided to interfere in restoring safety and confidence in the humanity at large.

Bhagavan had to take over the severe impact of the situation, risking His own Physical conditions.

It is also important to minimize the impact of possible further earth quakes elsewhere.

You should understand that it was the Lord’s intervention that the effects of Nuclear leakage had been contained.

Here, you should know that the Divine Power can protect humanity better than the skills and knowledge of the scientists and Engineers.”





The power of Prayers:

Swami continued:
“I mentioned about the cause and effect of Positive and Negative vibrations.

The prayers, Yagnas, the attitude of seva and other noble activities create the positive Energies across the globe, which can nullify the negative energies.

I am aware that all devotees across the world are engaged in deep and sincere prayers,

and the severe bad effects of negative energies are being , slowly and steadily, wiped off or neutralized.

When the negative energies are ultimately won over by the Sathwik and prayerful activities, Swami will be relieved off the pains He is presently undergoing.

The good effects of positive energies had already started working .

I am very happy that the whole world is in prayerful mood, which had never been witnessed so far.

The whole of humanity especially the sai devotees are playing their part , engaging themselves in a great task.

My Blessings to one and all !”



With Love & Regards,
"Mumbai" Srinivasan

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【2012/03/10 20:51】 | 東北地方太平洋沖地震や原発に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) |
今朝は眠かったです
きのう寝るのが遅めだったので、今朝サウスで朝ごはん食べた後バジャンに行ったらまんまと寝てしまいました。
久々に猛烈に眠かった。

朝はまだそんなに暑くないけど、日中はじわじわと平均気温が上がってきてて脳が沸くみたいな感じになるときも時々あります。

まあでもまだそんなでもない。

今朝起きたら、体のいろんなところが油が切れてるみたいな乾いた音でバキ、ボキ、と鳴ってました。
乾燥して体も水分不足なのだろうか。

なのでサマディーダルシャン後のいまはミルクティー飲んでさらにりんごジュース飲んでます。

今朝は自前のネットのスピードが遅かったのでネットカフェに来てます。


サイクルワントホールにはマレーシアのバルビカスのグループが来てました。
そんなに大きなグループではなさそうだけど。

昨日の日暮れどきは日の沈む方角だけでなく、空全体がぜんぶ赤く染まっていました。

夜には丸くて美しい月を見ました。
満月はもう過ぎていたはずだけど。


今朝はアパートの前の木の上からサルが次々こちらの手すりにばんざいしながら飛び移ってくる瞬間を見てしまった。

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【2012/03/10 13:45】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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