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海を見るのも今後しばらくはないかなー。
ホントは今日バンコクに戻る予定だったのですが、思うところあって明日にしました。

[コンタクト]は読み終わりました。
宇宙人の指示通りにマシーンを組み立てて、それに乗って5人の学者が宇宙旅行をしました。
行き着いた先は南の島のビーチでした。
(人工的なもの?)
目の前のビーチを見て、こういうところなんだろうな、と思いました。

しかし、10数年前は時間の制約もなく、行きたいところにいたいだけ いたけど、今はいろいろ制約があるようなないような、と思いました。
10数年前は行きたいところに行って、働いて、滞在、というかたちをくりかえしつつ各地ですごしていたので、物事が比較的シンプルでした。

今は常に、なにかあせりのようなものがあるような気もします。
たぶん、自分が行きたいところ、というより、半分別の口実があってあちこちにいっているので、自分はついで、みたいなところがあるからだと思います。
ビザをとるためとか、主名にいろんなものを見せるためとか。
別に見せなくても良いのかもしれませんが、実際、主名にいろんな場所を見せる口実がなければそんなにウロウロしないと思います。
10数年前に、数年間そんなあちこちを働き歩くような暮らしをして、何か、もう、動くのはいいな、と思って、一か所(岐阜)に落ち着いて(といっても1年半ほどでしたが)働きながら絵をまた描き始めたりしたのでした。

それからは絵だけでやってみようと思って実家に戻ってしばらくこもったりしてました。
結婚前後から描きためたものを発表していって、それなりに充実した活動ができました。

で、主名も生まれたりしつつ、ウ゛ェーダを習うのが始まると、絵と両立は無理と覚ったのでウ゛ェーダをとりました。
絵もカルマヨーガをテーマにしていたので、もう、その役割を果たしたなら執着するのはおかしいようなきもして。

今はウ゛ェーダを習うのも中断してて、音楽は習ってますけど、取立ててすごく興味があるわけでもなく、プッタパルティの日常に戻るのも正直ユウウツで(これは毎回のことです)今自分は何がしたいのかなあ?とふと思ってみると、部屋でダラダラ本を読むのが一番楽しいです。

プッタパルティに戻るとあそこはあそこの強力な磁場があるから、ババを追いかける感じになるのですが、全員がサイラムサイラムのサイラムワールドは正直つかれる時もありますよね。
全員がなんか信念を持ってる感じで。
わたしは本来信念のようなものはないようなきがします。
だから、サイラムワールドでもなんとかいれるのかもしれません。

いっぺんプッタパルティの外に出ると、戻るのがすごく気が重いです。。。

今回チャン島に来たのは、やはりいつものあやしげな心の声の指示だったのですが、まだビザも手にしてないし、せめてビザを手にしてからにしてほしいと思ったのですが、大使館で書類を提出したあとにすぐに行くようにとのことで、9日まで、ということで、でも、次回大使館に書類を取りに行ってまたビザセンターに提出しに行って実際のビザを手にすることができるのは何日後かわからないし、もし4~5日さらにかかるんだったら、飛行機のチケットもタイにいれる日数もどちらも15日までなので、どちらも取直しの手続きをしなくちゃいけないかもしれないし、相当悩みました。

しかし、この指示はいつも何らかの意味で確実なので、理性は拒絶していましたが、思い切ってチャン島に来ました。
私が思うに、この数日間、バンコクの都会の中にいない方がよかったんだろうと思います。たぶんいたら、いろんなややこしいエネルギーを引き寄せてたと思います。

思い切って旅行会社にチャン島までのバスとフェリーのジョイントチケットを買いに行った時に、なぜかその場のラジオからはパールバティーをたたえるバジャンが流れてきて、その後ガネーシャバジャンになりました。

多分、行かされる、ということなんだろう、と思いました。
べつに島に来てもなんもしませんけど。
でも、自分の状態を調整することは直接世界平和に貢献してるのかもしれません。
それがそれぞれの個人ができる唯一のことかもしれません。

でも主名に沖縄の自然をもっと体験させてやりたいとかは思ってて、それのなんか代わりにここに来たような気もします。
(主名が1歳くらいのときには沖縄の離島に住もうと思ってなんども通っていたのですが、主名は覚えてない)
わたしもこの数日間は何も考えずにリラックスしようと決めてました。

9日は月曜で、心の声は9日まで滞在するようにと告げていたのですが、ビザをもしかしたら月曜日にビザセンターに書類を提出できるかもしれないと思ったので、心の中で[8日まででかんべんしてください]と断って、最初は8日にバンコクに戻るように手配をしていました。

でもこっちに来てみると、なぜ9日までいた方がいいのかということがなんとなく察せられて、昨日、じゃあ、いろんな懸念(インドビザ、航空権の期限、タイ滞在期限。。。ビザなしでいれるのは1カ月まで)はあるけれど、それらはわきに置いておいて、9日に帰るように変更しようか、と思ってたらかなり大きな流星が目の前の夜空に流れ落ちていきました。燃えながら。
その時点ですでに夜9時とかで、いまだにちゅうちょしてたのですが、流星を見て、踏ん切りがついて、翌日のチケットの日付を変更しました。

そうして伸ばしたチャン島滞在最終日の今日も何ということなく過ぎ、明日は確実にバンコクに戻ります。

島はほんと好きなので、いると楽になりました。
海を見るのも今後しばらくはないかなー。
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【2009/11/09 00:06】 | Thailand | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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