スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
いろいろあったのですが、
いろいろあったのですが、なんか書くほど自分がまとまってない感じです。
そういえば主名とけっこうディープな話し合いがありました。

というのは、この年末年始に日本人の子供たちと遊んでたのですが、みんなそれぞれの場所に帰っていって、同時に主名のプッタパルティでの幼なじみの男の子が風邪でババの学校から家に帰されてて、お互い遊びたかったでしょうが、お互い風邪をうつしあってもいけないので結局3分くらい立ち話をしただけでした。(じつに、8ヶ月ぶりくらいにまともにしゃべったのです。それまで毎日のように遊んでいたのに。)
その子も多分学校の寮に帰っていきました。

で、シュナが遊ぶ子がいないというので、ババに、3年前に来て一緒に遊んだ日本人の男の子がまたプッタパルティに来ますようにとお祈りして、いつくるかと、楽しみに待っていました。
でもまあ、こないですよね。

そしたら別の日本人の女の子、というか、お姉ちゃんも来てて、ばったり会ったのですがその子も翌日別の場所に行くとかいう話でした。

誰もが来ては去っていくので、シュナも少し切れたみたいで、もう、インドの学校は行かない。日本の学校に行くという決意を語りました。年末年始に来た友達も日本の小学校に通ってたりして、楽しそうと思ったようです。(多分インドよりも楽しいと思います)

わたしは、あっそ。バイバイ。といったのですがそしたらシュナはふぇ~~~んと泣いてました。

実際問題として、わたしがシュナを日本に送っていってまた帰ってくるとかできないしやる気がないので、誰かに迎えに来てもらうか、とか、でも日本で誰が主名の世話ができるのか?とかそういう話をして、シュナは自分の父親が仕事で子供の世話をする暇がないのはわかってるので問題外としてて、私の一番下の弟が自分の世話をしてくれるとおもってたみたいですが、そんなん弟も仕事があるから無理だし、可能性としてはうちの母ですが、母も主名だけの面倒を見てるわけではないので、そういう状況を話したりしました。

あと、シュナは時々日本に行って楽しく遊んでインドに帰ってくるので、いいイメージしかないと思うけど、住むとなったらまた違うよ、ということを話しました。(でも、日本のほうが綺麗だし快適だとは思うんですけど)

あと、今まで話したことがなかったのですが、なんでみんなプッタパルティに来るかということを話しました。
プッタパルティの特殊性は主名の頭の中にまったくなかったことなので。
で、日本だと神様のことやババのことばっかり考えてるような人はあんまりいないから、自分から探さないといけないけど、プッタパルティだと、自分から探さなくてもそういう人ばっかり来るということや、日本人はほとんどの人がベジタリアンじゃないし、大学とかいったらお酒を飲むしとか、そういう、なんかよくわからない状況説明までしました。
あと、日本だといろんなテレビも見れるから、そういうのを見てたらそういうのが心の中に入ってそれが普通になるとか、そんなようなことも話しました。

実際問題今日本に行くのは無理なので、状況が整えば、いけば?とシュナに言いましたが、シュナは「やーめた」といって、そのあとは逆に気になることが彼の中で整理できたのか、うきうきした様子でした。

簡単に日本の学校にいくのをやめたので、「14歳くらいになって、やっぱり日本の学校に行けばよかったとかいって、私に怒らんとってよ。自分で決めたんやからな。」と釘を刺しておきました。

でも実際、先のことはわからないので、もし今の時点で日本の学校に行っても困らないように、日本語の文字の読み書きの練習はさせてるのですが。

しかし、シュナは善を決して認めなくなって手に負えなくなるか、人を愛するとてもよい人になるか、どっちになるか極端だと、生まれてすぐに見てもらった占星術師に言われたことがあって、私も、そうかもなあ、、、と思ったこともあり、よく成長するためにはシュナには他の子以上に神とのつながりが絶対必要とのことで、ヨガなどが絶対必要で、さもなければ大変困った状況になりそうなかんじでした。
多分、それって、正しいと思います。
なんか、極道が改心して熱心なクリスチャンになったりするような話を時々聞きますが、シュナもそういう極端なところがあると思います。

これ以上手に負えなくなると霊性どころじゃないので、シュナが独立する決意を持ってくれたのは大変ありがたいのですが、離れて悪くなると困るので、わたしから離れても、よくなってくれないなら困るとかいう話をしました。

たしかに、親密に心を通わせて遊べる常駐の友達がいないのはよくないですが、ババの学校に入る可能性が再来年まではあるかもしれないので、いろんな可能性を選べる状態にしておくしかないです。

ババの学校にシュナが入ればいいなあと思うのは、そういう、神の学校なら、そこにいることそのものがヨガでしょうから彼のそういう性質に関しても安心だし、私自身も楽になれると思うからです。

実際、主名の評判は悪くはないですが、それはそれとして、私にとっては、ラーフラであり(実際、占星術的にも、シュナの生まれたときにラーフラが関係してて、この子の誕生により、両親は非常な苦しみを味わうことになってるそうです)、それは事実としていかんともしがたい条件なのです。相性というのもありますし。(私とシュナはけっしてよくない)
だからそれによって、その苦しみからの救済の道としてプッタパルティに滞在するという道を示されたんだろうとも思います。
神の介入なしには耐えられないという。

重荷を持ってきておいていきなさい、というババの言葉が思い出されるわけです。
ほかのお母さん方の子供への愛情の示し方をみると、やっぱり、自分とは違うなあ、と思わざるをえません。
それはそれで、しょうがないなとも思います。

明日はマカラサンクランティ、(14日)神の扉が開くんでしたっけ。
この日を境に物事が好転するんですよね。たしか。

サイラム。
関連記事
スポンサーサイト
【2010/01/14 02:02】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<マカラサンクランティ | ホーム | つかれ。>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://furunosawako.blog59.fc2.com/tb.php/1065-339cf3ef
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。