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3月3日の日記
この日は今度は私が誕生日でした。
前日の夜に誕生日席の証明の紙をもらっておきました。
(サウスインディアンキャンティーンの向かいの、ローカルピープル用のアコモデーションの部屋の中でもらえます)

前日知人がきちんと気合を入れてバースデーダルシャンを受けてたのでわたしもつられて、ちょっと気合を入れました。

ここ数日、なんか自分の存在形態がすこし変化したような感じがしてて、当日の朝も、ん?なんだかわたし悟ってるん?みたいに感じたのですが、たぶん年をとっていろんなことを我慢したりがんばったりするのをさらにやめて、おばさん度が大幅にアップしたんだと思います。

当日の朝はちゃんときっちり風呂に入って、部屋で軽く食べてからVIP用のゲートに7時ごろに並びに行きました。

私より先にすでに何人か並んでいましたが、なんかちょびっと小競り合いがありました。
というのは、誕生日席って、証明のカードを書いてもらうときに前もっていっておけば近親者も一緒に座れるみたいで、先に列の順番をキープしてた人がいて、その人のお母さんと娘があとから遅れてやってきて先頭に入った感じになって、え?みたいなムードが流れたためです。
「彼女たちはわたしの家族なのよ」「だからなんなの?」みたいなやり取りが、2番目に並んでたインド人のおばさんと先頭家族との間で行われました。

わたしもなんかよく分からなかったので、見るからに上玉ってかんじの娘に、あなた列に並んでたっけ?みたいに聞いてみたら「ええいたわよ」とつややかな笑顔で答えられたのでそれ以上はいいませんでした。若い彼女は、私に「あなたたちのことは昔からよく知ってるわよ」みたいにいってきて妙に自信満々だったので「私はあなたのことは知らないよ」とか思って少々引きました。たぶん元学生っぽい感じでした。

私たちはそんなわけで4番目とか5番目とかでしたが、ホールの中で座るときはその若い彼女の横で、先頭に座りました。

ヴェーダの吟唱のときに彼女がテキストを貸してというので貸しました。
ルッドラムは、できれば誕生日までにナマカムを暗誦できるようにしようと思って少しやってたのでテキストなしでも大丈夫でしたが、チャマカムはさすがにちょっとあやしかったです。

この朝はババはしばらくぶりで来ませんでした。
考えてみると昨日の夜のダルシャンは終わるのがかなり遅かったので、まあ、そういうことなんでしょうけど。

そこで、私の世界は私のためにある的な超ポジティブシンキングがはじまって、私はもうバースデーダルシャンを受けて解消するようなカルマがないからババは来なかったのか?
とか思いましたが、残念ながら午後は来ました。

午後は特別なプログラムもなく、あっさりと普通でした。
私たちが誕生日席に座っていると、何人かが、シュナが誕生日なのかと思って、うれしそうに尋ねてきましたが、「私の誕生日」というと、あぁ、、、と話が終わりました。

午後のダルシャンでも今度は離れて座ってた若い彼女がわざわざテキストを人づてに貸してと言って来たので貸しました。妙に親しげでした。

ババが来て、帰っていくとき私たちはベストポジションに座っていたので、ババの顔を「ぎぃいいいいっ!」と、すっごい見てたのですが、ババは目をしょぼしょぼさせていました。そんな風に見えました。
目、見えてるのかな?とか思いました。

あとで、前日に誕生日席に座った知人が「やっぱり近くで見るとスワミは迫力があるね」とか言っていたので「なんか目がしょぼしょぼしてた」というと、「えーー?」といわれました。
ちょっと、ぎぃいいいいっ!と、気合を入れて見すぎたのかもしれないなとか思いました。

そんな、バースデーダルシャンでした。
午前も午後もそれぞれいいサリーを着て出ました。
普段の日に着てたら「今日はあんたの誕生日?」とか言われたようなサリー。

36歳になったわけなのですが、今まで人生でそんなことはあまり思わなかったのですが、今回は、なんだかすっごくとしをとった気がしました。

最近「彼女はまだ若いからね」みたいな年寄りじみた言葉をよく口にする自分がいるのですが、実はその人は自分と同年代だったとかいうこともあったりして、やばさ爆発です。
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【2010/03/05 02:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(4) |
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コメント
お誕生日おめでとうございます。
ステキなサリー姿を拝見したかったです。
喜びと感動に溢れる一年でありますように。

サイラム
【2010/03/05 03:34】 URL | KO #-[ 編集]
サイラム、KOさん。

コメントが記事のアップと同時進行で寄せられていて、なんだかチャットのようで少しどきどきします(笑)

あrがとうございます。
今回の誕生日、何人もから言葉をいただいて、ああ、誕生日って、いいものだなあ、と、ほんわかした気分になりました。

たとえシミや白髪が増えようと。(ぜいにくも)

サイラム
【2010/03/05 04:00】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
御誕生日、おめでとうございます。
【2010/03/05 07:19】 URL | 新 #-[ 編集]
新さん、ありがとうございます。

誕生日で忘れられないのは、子供のとき、誕生ケーキじゃなくて、誕生おはぎが家で出されたことです(ひなまつりなので)

サイラム
【2010/03/05 18:33】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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