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ちょっと嫌がる子
昨日の朝、早朝の時間帯に霊夢として、2番目の子供の夢を見ました。

夢では、施設のようなところに預けているその女の子を連れに行くのです。

もうすでに4歳くらいになってて、かわいらしかったので主名は「〇〇ちゃん(主名のともだち)みたいでかわいいねー」と喜んでいました。

でも、言葉がヒンディーくらいしか通じなかったので、しってるわずかなヒンディーでしゃべりかけたら答えました。

その女の子は、その施設でいろいろシスターたちに教えてもらって勉強したし、もうここに慣れてるのでいまさら行くのはいやだと思ったみたいで、ちょっと、あーーん、と、泣いていました。

でも、行くことになってるので、結局は私たちと一緒に行くことになるようでした。
そんな夢でした。

起きてから、その夢を見た時間帯も時間帯だったし、「これは完全に霊夢だな」と思いました。
寝てるときに実際にそこに行って来た感じ。

2番目の子供がずっと世に出るのを待ってるのは自分でも知ってたし、いろんな人に2番目の子供が待ってて、もうまもなく来るといわれ続け数年たっていたのですが、やはり現象世界での受け入れ準備が整わないので、本来だったら(順調にいっていたら)4年前くらいには来てるはずだったんだと思います。

そりゃ、もう、いやにもなるよね、と思います。

その子がシュナより先に生まれる可能性もあったのですが、これもやはり現実世界出の自分の状態が堕ちて、世俗的にも厳しい状況になったので、現状打破というか、子供がいろいろ断ち切る役目をしなくちゃいけなくなって、男として生まれる主名に生まれる順番を交代したのかもしれません。

ババともそのことについては夢で少し触れたこともありました。
ババに、子供のことを尋ねられて、(多分、結婚すらしていないときだったと思います)「もう、男になっちゃったかもしれません」と私は答えて、「そうだな」とババは答えました。

ババは夢でやはり、2番目の子供は主名と同じ魂が分かれてそれぞれ生まれてくるといったことがあって、占星術師とかにそういう話をしたらヒンズー教ではそういう概念があまりないのか、それはありえない、といわれましたが、昨日の夢では、
やっぱりそんな感じと思いました。(同じ魂)

私も主名もチベットっぽいかんじがあるので、そういう、同時にひとつの魂が2人とかに分かれて同時期に転生するというのは、、もしかしたらチベットの世界ではそんなにありえない話ではないんじゃないかと思います。

しかし、いまだに2番目の子供の受け入れ態勢が整っているとはいえないので、私も体力も落ちていくし、もう、無理ちゃうん?キャンセルちゃうん?とか思ったりもしていましたが、2番目の子供を預けてた場所から連れ出す夢を見たということは、くるんでしょうか?どうやって?(笑)

ちなみに、一時期は主名と2番目の子供を含めて4人くらいの子供候補が順番待ちをしていたような気もしますが、あとの2人はもう可能性薄ということでどっかいったみたいに思います(笑)
子供も大変ですね。

でも、もし生まれてくるなら前向きな気持ちで生まれてくれないと、難産になったり、するような気がするんで、そこんとこ前向きによろしくおねがいします。

私の一番上の弟も、ほんとかどうかはしりませんが、生まれたときに、「ああ、また生まれてしまった。」と泣いたそうですが、母はこの弟の出産時に子宮の入り口かどっか、奥のほうが裂けて縫ったりしたそうですし。

体外離脱仲間が昔いたのですが、彼女も、魂の世界でほとんど拉致されて地球に連れてこられたから出て来たくなかったそうで、逆子だったのか、えらく難産で、かんしかなんかで引っ張り出されてなんちゃらかんちゃら、と言っていました。

あの、2番目の方、前向きにお願いします。。。

ちなみにシュナは、生まれるときに、ちゃんと生まれられるのかどうか不安だったそうです。
(易で当時の状況を見てみた)
確かに、生まれた時にちょっと不安そうな顔をしていたような。

私が極度の医者嫌いだったので、マンションの風呂場で、医療関係者なしで出産を試みたという経緯があるので、それも当然と思います。

あとでプッタの霊感医者に言われたことには、妊娠時も出産時も危ない状況で、ババが妊娠時から毎月のように介入しまくってて、出産時も本来は私か子供かどっちかが死ぬような状況だったとのことですので、皆さんどうぞ真似しないでください。。。
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【2010/03/07 19:44】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(2) |
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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2010/03/08 18:33】 | #[ 編集]
「イ」さん、コメントありがとうございます。

しかしどうしてみなさん、管理者だけに表示許可!?(笑)

しかし、妊娠、出産て、わたしにとっては(みんなそうでしょうか?)長期にわたる大冒険なかんじでした。
本とは子供が主役なんでしょうけど、自分が主役のような錯覚がわくわくさせてくれました。

その後の育児のことはまったく想像してなかったし、というか想像もつかなかったのですが。

子供がほしいとか、子供がすき、とかいうのはあまりなかったように思うのですが、とにかく、あの世で待機して待ってるみたいだし、はよせな。みたいな。ほとんど強迫観念でした。

で、子供が生まれてみてから、「え?わたしは生むだけじゃないの?え?他の人誰もせわしないの?え?え?うそー。みたいな(あほ?)」

それが衝撃でした。(子供の世話は母親がするものと世間ではされているということが)だって、出て来たいって言うから体貸したんやん?何でその上さらに生まれたあとの世話まで、、、みんなわたしが、、、、まわりの人たち、助けなさーーーい!とか思いました。

しかし子連れだと街中とかで必然的にに弱者の立場を体験できるので、今だからいえますが、そのつらさは新鮮でした。

子離れというか、子供が親離れをしたらさびしいのでしょうかね?
今はひたすら子供が全寮制の学校に入ってわたしから離れてくれることを願っていますが、最近はわたしは子供を理由にだらけてる面も多々あるので、あるいはさびしいかもしれません。

子供がいると良くも悪くも生活の幅は広がって豊かに、また、複雑に、なる感じがします。

OM SAI RAM!!
古野SAWAKO
【2010/03/09 01:00】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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