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幽霊騒ぎ
昨晩はシュナが幽霊がいるといっておびえ続けて、電気をつけてもまだびくびくしてて、朝になってもまだいるとかいうので、線香をたいたりしました。

シュナ自身も体が重くなってしびれるとかいうので、シュナにも線香でもくもく。。。

なんで部屋にはババの写真があるのに幽霊がくるの?と詰問してくるので、うーん、、、

シュナには言ってなかったけど、昨日、一番上の弟のブログを見てたから、私の意識がそっちに引っ張られた状態ではあったと思います。
シュナはこの一番上の弟が苦手なのでした。
ブログにはがんがん飲酒してへべれけになったときのこととか、そういう飲酒関係の記述も多いし。
飲酒するとその飲酒の仕方にもよると思いますが、幽霊みたいなのも集まって来やすい様な気はします。
私に意識を通じてシュナが反応したんだろうと思います。

わたしも昔、人との接触を通じてそれらのイメージが流れ込んできたり、時にはそれらの霊が?直接私に入れないときに他のガードのゆるい人に入って、その人を操って、その人にわたしに接触させて、その人を通じてしらんまに入ってきたときもありました。
(そのときはそれらの意識体は何百匹もの小さな竜の姿をしていました。竜の意識、というより、たくさんの人の想念がそのような姿をとったものみたいに思いました。入ってきたものはしょうがないので、そのときは自分なりに浄化してそれらを上げました。ここら辺になると、わたしも想念の世界?というかんじですが。)

やっぱり、部屋の住人と部屋の意識は一体化してるので、昨日寝るときに、部屋のバイブレーションとわたしの気持ちが変わったなぁ、とは思っていたのですが、わたしは気にせず寝ましたが、シュナは朝までに実際に2回、夢で2~3回くらいの合計5回くらい幽霊を見たとか言っていました。

わたしは、ブログをみて、あー、日本に帰りたいなとか、なんか虚しい気持ちになったりしてたのですが。

わたしはある程度、自分を浄化したりした時期があったので、以前ほど過敏ではなくなって、結婚、出産によって神経が鈍くなったこともあり、日常生活が送れるようになりました。シュナはわたしとまだ意識がつながってるから、わたしがガードになって、普段は平気なんだろうと思います。
でも、わたしがずれると、シュナに直接影響が出るのかな、と思ったり。

シュナもそういう霊的な体質だというのは以前から何人かに指摘されていましたが、ああ、いよいよ、まだ当分は日本でうちらがやっていくのは無理っぽい。とか思いました。

最近部屋でネットができるようになって、だらだら他のサイトを見たりすることも増えたのですが、なので、プッタパルティ以外の場所の状況とつながることが多くなってると思います。

でもここでは、必要じゃないことはストップがかかったりするので、多分、わたしのこのネット環境の変化というのも、プッタパルティでのわたしの滞在形態がそういう時期に来たということじゃないかと思います。

ネットがつながったのは、少し前に女性のアバター(マザーミーラ)のダルシャンを受けた翌日だったので、やっぱり女神パワーかあ?とか思ってましたが、
女神はマハーマーヤの側面もあるので、わたしのマーヤーをマハーマーヤーの状態にまで昇華していく時期なのでしょうか?

よくわかりませんけど。

シュナがまだ「重い、重い」とかいうので、アシュラムにでも遊びに連れて行ってこようかと思います。
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【2010/03/08 14:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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